デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 久し振りに投稿した気分なので、前書きになにを書くのか忘れました。


52話「脱獄しましょう Ⅲ」

「ねぇ、ずっと気になってたんだけど」

 

 『光の神殿(ルークス)愛護の契(アモール)』の下層、牢獄の世界をひたすらに進む三月ウサギとバタつきパンチョウ。

 その道中、不意に三月ウサギはバタつきパンチョウに問いかける。

 

「あんた、なんで国から出てったの?」

「え? ひょっとしてウサちゃん、私がいなくて寂しかったのよ? もー! そうならそうと言ってくれれば週一で会いに行ったのに!」

「んなこと言ってないでしょ! 金づるのジジィみたいなことすんじゃないわよ!」

 

 バタつきパンチョウは「耐えられない」と「哀しい」と告げて、弟と共に不思議の国を去った。

 三月ウサギはその理由がいまいち納得できなかった。

 

「あんたとはまあまあ付き合い長いけど、いまだあんたの考えてることはよくわからないのよね。でも、帽子屋さんに嫌気が差したからって、他の連中全員を置き捨てていなくなるなんて、能天気なあんたらしくないっていうか」

「んー……確かに皆のことは大切なお友達だと思っているのだけれど、あれはなんというか、色々吹っ切れちゃったというかー……」

 

 妙に歯切れの悪いバタつきパンチョウ。これも彼女らしくなかった。

 

「まあ……なんていうか、私は色々あきらめちゃってるから」

「諦めてる? あんたが?」

「うん。これでも私は、誰よりもお母さまについて知っている自信があるのよ。帽子屋さんより詳しいんだから」

「あぁ……そういえばあんた、女王様を“視て”たんだっけ」

「なのよ。帽子屋さん、テキトーな癖に意外と勉強熱心で慎重だったのよ。お母さまのことは、ずっと、気に掛けていた。時間を止めて、動きを止めて、命を止めるだけで満足せず、ずっと監視してた」

 

 その監視者の役割を与えられていたのが、バタつきパンチョウだった。

 

「そういえばあんたをスカウトしたのも監視役が欲しいからって理由だったわね……なんか懐かしいわね。その後にどっかの島まで流されて、ひょっこり帰ってきたと思ったら『代用ウミガメ』拾ってきたりして……不思議の国が活気づいてきた頃だったわね、あの頃は」

「だからこそ、しっかりお母さまを視ておきたかったのかもね。でもあれ、めっちゃしんどいのよ」

 

 バタつきパンチョウは苦い顔で言う。それは彼女にとって、いいや、誰にとっても思い出したくもないようなことだから。

 

「ウサちゃんには言うまでもないことだと思うけど、お母さまは人知を超えた、遙か遠い宇宙の超越的存在なのよ。本来であれば、認識するということ自体、不可能な存在。常識も条理も異次元過ぎて、理解できない。理解しようとしても、彼女という概念はこの星の生命体には規格外過ぎて、受け入れられない」

 

 ある意味では、この世ならざる存在。

 人智を超えた神の領域にほんの僅かでも触れるということは、それは人の身を逸脱したということに他ならない。

 本来、収まるべき枠組みから外れるということは、その規格を超えた負荷が掛かる。言い換えれば、理解できないものが、狂気という形で、流れ込んでくるのだ。

 

「私は神の眼を持つ虫けらだけど、この星の生命体という規格に収まってしまっているから……やっぱり、それは死ぬほどしんどかったのよ」

「…………」

 

 三月ウサギは閉口する。

 深く考えたことはなかった。バタつきパンチョウもおどけた調子で言っているが、死ぬほどというのは比喩ではない。むしろ、生きている方が不思議なくらいだ。

 帽子屋は、一度深淵を覗くだけでも発狂するような狂気の塊を、何度も、何度も、彼女に見せていた。

 それがどれほど残酷なことか。想像できない三月ウサギではなかった。

 

 

「……帽子屋さんのこと、恨んでた?」

「否定はしないけど……それが理由ではないかなぁ。あの人のお陰で楽しい思いできてたのも事実だし」

 

 ただ、それはそれ。

 鬼畜帽子屋への恨みも、不思議の国での楽しい思い出も、それぞれ別のこと。

 国から立ち去った理由はそんな個々の話ではない。もっと根本的な理由だ。

 

「私は、誰よりもお母さまの神威を知っている。あれがどうしようもないほど神聖で、どうにもできないほど冒涜的で、どうにもならない超絶の存在であると、この眼に焼き付いている」

 

 だからこそ、バタつきパンチョウは誰よりも、この世界に輝きなど存在しないと。

 明るい世界など、夢幻でしかないと、知っている。

 

「私にはすべてが視えてる。希望なんてどこにもないのよ」

 

 だとしても、あの国は楽しかったから。

 失墜した希望を忘れるくらいには、気持ちの良い夢だったから。

 

「うん、だから私は、楽しくなくなったから、国を出て行ったのよ」

 

 楽しい夢が見られるから、不思議の国にいた。

 であれば、その楽しさが損なわれる以上、そこに留まる理由はない。

 単純明快な理由だった。だとしても、らしくないと、三月ウサギは思うが。

 

「……納得いかない?」

「あんまね」

「こういう私を見せることなんてないものね。こんな状況じゃなきゃ……ウサちゃんくらいにしか見せないのよ、こんな私」

「あっそ」

「まあでも、ネズミくんと似たり寄ったりではあるかなぁ。みんながいるから楽しい、傷の舐め合いでも、寄り合いでも、烏合の衆でも。あの国に来て、仲間っていいものだな、って感じたから」

 

 けれど帽子屋は、諦めてしまった。

 女王に抗い、仲間を――『代用ウミガメ』を、取り戻すことを。

 

「仲間を失っても、悔しさもなければ怒りもない。取り戻そうとも思わなければ悼みもしない。そんな場所は、楽しくないのよ」

「…………」

「それに、その気がないなら私も降りるのよ。みんなが頑張るなら応援するし協力もするけど、私には……自分からお母さまに立ち向かうだけの気概なんてないの」

 

 バタつきパンチョウに根付いた“諦観”。

 女王が動き出した今、誰も彼もが女王の存在を軸として動いている。

 であるならば、バタつきパンチョウの行動指針も、その諦めに依るのは道理であった。

 

「ふふ、私の闇を見ちゃって、幻滅しちゃったのよ?」

 

 バタつきパンチョウは、悪戯っぽく言う。その表情はどこか乾いており、翳りが見える。

 三月ウサギはそんな彼女をジッと見て、

 

「したわ。あんたってばだいぶクソね」

 

 最大限の侮蔑を込めて言い放った。

 

「えぇ!? 予想以上の剛速球! ストレートで酷いのよ!」

「うっさいわね。でもそうじゃない。「誰かがやるならやります、でも自分からはなにもしません」なんて意識低すぎ! 殊勝であればいいってもんじゃないけど、そんな他人依存の行動指針はちょっとダメじゃない?」

「うぅ、ウサちゃんが正論を……らしくないのはそっちもなのよ」

「ま、あんたに勝手に“善性”みたいなのを抱いてたのは否定しないけどね……あぁ、あのハエ野郎ってこんな感じだったのね。ちょっと反吐が出るわ」

「ハエ太がどうかしたのよ?」

「なんでもないわ。あんたがクソなのはそこだけじゃないけど」

「まだ続くのよ!?」

「あったりまえ。最初から人生詰んでると思いながら生きてるなんてクソ以外の何者でもないわよ。あんたそんな終わった考え持ちながら今まで僕とつるんでたわけ?」

「まあそれは……そうなんだけどぉ」

 

 気まずそうに視線を泳がせるバタつきパンチョウ。言い訳を考える子供のように口ごもりつつ、目線だけをきょろきょろさせて、

 

「……ごめんね?」

 

 最終的に、素直に謝った。

 しかし三月ウサギは非情である。

 

「謝ったら許してもらえるとでも思ってるの?」

「えーん、ウサちゃんがイジワルなのよー!」

「えぇい! ほんとうっさいわねあんた! 敵に見つかるでしょーが!」

 

 などと言う三月ウサギも声を荒げているが、彼女は、自分のことなど棚上げにして、まくし立てるように、続ける。 

 

「そもそもねぇ、希望なんて、誰も持っちゃいないわよ!」

「ん……」

 

 その言葉に、バタつきパンチョウは一瞬、硬直する。

 

「あんたヤングオイスターズの一番上の末路知ってる? 希望を捨てなかった奴は、身も心も腐って“おしゃか”になったわ。必死に生き延びようとした結末が、デッドエンドと呼ぶにも無惨で無様な結末よ」

「うん……この目で見たけど、やっぱり、あんな風にされる前から、もうダメだったんだ」

「えぇ。あんたの言う通り、僕らはスタート地点で既に詰んでる。全員、多少なりともそれは理解していたわ。楽しそうに生きてる奴がいたら、それはにも考えてないバカだけよ。どうせ終わってんのよ、僕らは」

「……それがわかってるなら、ウサちゃん、なんで怒ってるのよ」

()()()()()()()()

 

 女王に対する認識も、理解も、そう変わらないふたり。

 しかしそれは、バタつきパンチョウと三月ウサギの、たったひとつの明確な違いだった。

 

「癪だけどひとまず認めましょう。お母さまはヤバすぎる。太刀打ちできないし勝てやしない、反逆も反抗もきっと無意味でしょう。んなこと、あんたに言われるまでもなくわかり切ってんのよ」

 

 それは大前提。決して否定できない世界の理。

 ハートの女王に逆らっても、こちらの牙は届かない。それは、承知しているが。

 

「だけどね、そんなものは、諦める理由にならない。いいえ、そんなくっだらないことを、自分の意志を曲げる理由にしたくないのよ」

「く、くだらないって……お母さまになんてことを」

「うっさいわね、くだらないものはくだらないのよ。たとえお母さまでもね、誰かに隷属して、誰かの言いなりになって、誰かの影響下で自分が縛られるなんてまっぴらごめんなんだから」

「それは……」

「現実的に無理、なんてド正論ぶつけられて引き下がれるほど僕らはお利口じゃないのよ。死ぬ気で藻掻いて意地張って、頭おかしくなって狂いながらでも、たとえ呆気なく死に絶えたとしても、我を通すの。じゃなきゃ――」 

 

 三月ウサギの眼差しは、どこか寂しげで、哀しく、けれども力強い。

 希望はないが絶望を払い除け。清さなどなく、濁りばかりの混沌でも。黒い闇の中で足掻くのは、確かな熱。

 そして彼女は告げる。

 

 

 

「――僕たちは、自分の力で、自分の意志で生きてるって、胸を張れないじゃない」

 

 

 

 女王から産み落とされた自分たちは、生かされているのではない。生きているのだ。

 女王の眷属として生まれたとしても、今はその軛から解き放たれている。女王の奴隷ではない、ひとつの命としてここにある。

 きっと、公爵夫人も同じ気持ちだったのだろう。彼女の信念は、我は、こうあったのだろう。

 だからといって、三月ウサギには彼女のように、女王を殺してしまおう、だなんて凄烈な意志は持てないが。

 それでも女王なんぞに自分の中にある熱を冷まさせてやるつもりもない。

 希望はないが諦念もない。絶望は理解しているが諦めはしない。終わっていると受け入れるが止まる気はない。

 

「……強いね、ウサちゃんは」

「当たり前でしょ。夫人様と帽子屋さんを入れて、僕も狂気の三柱の一角なのよ。誰よりも狂ってる自信はあるわ。だから現実とか知らないの。あんたなんかより、よっぽど夢見がちな乙女よ、僕は」

「ウサちゃん可愛いけど、乙女かって言われると……」

「なによ文句ある!?」

「乙女って言うと、すずちゃんとかの方がらしい気がするのよー」

「僕の前で他の女の話しないでくれる? しかもよりにもよってマジカル・ベルとか気分が悪くなるわ」

「ジェラシーなのよ?」

「そんなんじゃないわよ! あぁもう、無駄口ばっか叩いてないで、いい加減さっさとこの辛気くさいとこから出るわよ!」

「怒らないで欲しいのよー。ウサちゃーん、待ってー!」

 

 不機嫌そうに怒声を張り上げながら、三月ウサギはズカズカと先に進んで行く。

 バタつきパンチョウは慌ててその後を追いかける。

 

「……でも、良かった。ウサちゃんになら、任せられるかも」

 

 誰にも聞こえない声で、バタつきパンチョウは小さくこぼす。

 そしてふたりが急ぎ足で暗い世界を進んで行くと、やがて、光が見えてきた。

 

「ようやくこのジメジメしたとこから抜けられそうなのよ」

「後は、穴とやらから抜け出すだけね」

 

 ふたりは光の中へと飛び込む。

 するとそこは、見覚えのある広間。

 白い世界で囲われた、邪悪なる神のための祭祀場。

 『光の神殿・愛護の契』の上層部まで来たのだ。

 そして奥には、確かに、空間が歪んだような、不自然な穴のようなものがある。

 しかし、

 

 

 

「――貴様らの野望は叶わず」

 

 

 

 同時に、いて欲しくない者も、いた。

 

「我が国から脱獄などと。断じて赦されるべきではない」

「あなたは……!」

「ミネルヴァ、とか言ったかしら」

「然り。我が名はミネルヴァ・ウェヌス。貴様らを処断した凶の星のひとつである」

 

 ミネルヴァは真っ白な総髪をなびかせ、鋭い眼差しを光らせる。

 最も出逢いたくない手合いと、ここに来て遭遇してしまった。

 

「……しかし、よもや我が牢から脱するとは。正直、まるで予想だにしなかった。如何なる奇術を用いた?」

「さぁ? なにかしらね」

「ふむ……神の眼、か?」

 

 ミネルヴァはバタつきパンチョウに視線を向ける。

 

「“視る”だけでは、方法が理解できても手段がないと思ったが……いや、まさかな」

「どうかな? 世の中、理解さえできれば結構なんとでもなっちゃうことはいっぱいあるのよ?」

「戯言を、と一笑に付すのは簡単だが、現にこうして、貴様らは脱獄を果たさんとしている」

 

 ミネルヴァは、ゆっくりと腰に帯びた剣を抜いた。

 

「姫を待たせている。ディジーがいる以上は問題なかろうが、手早く済ませるぞ」

「…………」

 

 三月ウサギとバタつきパンチョウは、互いに顔を見合わせる。

 

(どーすんのよこれ。あと少しなのに、とんでもない邪魔が入っちゃったじゃない)

(うーん。ウサちゃんもたぶん、この人に負けたんだよね?)

(……まあ、そうだけど)

(私も。つまり、どうしようもないのよ)

(ちょっと!)

(まあまあ。正攻法じゃあの人には勝てないなら、奇をてらうしかないのよ)

(は? ……なにする気?)

(ウサちゃんは私に続いてくれればいいのよ)

 

 バタつきパンチョウがなにかを企んでいる。彼女がこういう機転を利かせるのは珍しい。いや、本当に機転が利くのかは甚だ疑問だが。

 しかし三月ウサギになにか手があるわけでもなし、ここはバタつきパンチョウに従うことにした。

 

「密談は終いか?」

「うん。ところで、ずっと気になっていたんだけれど……姫って、どちら様なのよ?」

「……貴様らに語ることはない」

「と、とりつく島もないのよ……」

「御託を並べる時間も惜しい。迅速に、貴様らに脱獄の罪を贖わせ、再び牢へと繋ごう」

「待って待って! その、えーっと……!」

「待たん」

「――だったら、こっちから行ってあげる!」

 

 ミネルヴァが踏み出すより、半歩早く。

 バタつきパンチョウは、飛び出していた。

 

「!」

 

 ミネルヴァは剣を振ろうとするが、刹那の間に迷いが生じる。

 ――バタつきパンチョウが飛び出すと同時に、三月ウサギも動いている。ふたりとも、穴を目指して疾駆する。

 どちらを止めるか。ミネルヴァの中で一瞬の逡巡があった。

 しかしどちらも通す気はない。ならば、どちらを斬ろうと同じこと。

 ほんの僅かに間合が近かった。理由はただそれだけ。

 ミネルヴァの白刃は、三月ウサギへと向かって行く――

 

「っ!」

 

 ――作戦と呼ぶにもお粗末な、行き当たりばったりで捻りもなにもない突撃。こいつに期待した僕がバカだった、と自分を省みたくなる。

 もっともこんな状況で、頭お花畑の相方に、捻りの利いた打開策を期待するだけ無駄というのも事実。自分がバカだったということは飲み込んで、三月ウサギは走り出した。

 こんな子供騙しにもならないような行いが通用するとも思えないが、ひとりでもミネルヴァの領域から抜け出せれば御の字。そもそもこうして脱獄しようとしていること自体が奇跡のようなものなのだ。こんなものは宝くじを買う気分でいい。

 強いて言うなら、身体に傷が入るの嫌だなぁ、とか、痛い思いはできればしたくないなぁ、とか。そのくらいのことは思うが、その程度のことでしかない。

 千載一遇のチャンスではあるが、そんな風に、三月ウサギはどこか気の抜いた博打のような感覚で、駆けていったのだが。

 ミネルヴァの白刃が迫り来る、刹那。

 

「っ!?」

 

 赤い、鮮血が飛び散った。

 なぜかそこに、やたらデカい女がいる。バタつきパンチョウだった。

 自分を庇って? いや、少し、違う。

 彼女は、ミネルヴァの剣の刀身を掴んでいた。

 

「くっ、ぬぅ……!」

 

 ミネルヴァは慌てた様子で、強引にバタつきパンチョウの手を振り払い、振り下ろそうとしていた剣を無理やり引っ込める。

 バタつきパンチョウの手指からはドクドクと血が流れていたが、彼女は一切、気にした様子はなかった。

 

「あんた……まさか、最初からこのつもりで……?」

「……えへへ」

 

 ミネルヴァの動きは止まった。しかし、バタつきパンチョウの足も止まっている。

 そしてミネルヴァと三月ウサギの間に、壁になるようにバタつきパンチョウがいる。

 つまり、これは、三月ウサギにとっては絶好の好機だった。

 今ならミネルヴァを振り切って、穴に飛び込むことができるかもしれない。

 しかしバタつきパンチョウによって、彼女の犠牲によって作られた好機ということだけが、気に入らないが。

 穴に飛び込む。その直前、刹那の間に、バタつきパンチョウは言った。

 

「行って、ウサちゃん」

「パンチョウ……」

「言ったよね、私はもう全部あきらめちゃってるから。そんなクソったれな私なんかより、あなたが外に出て頑張る方がずっといいのよ」

「でも、あんた……!」

「私はもうおしまい。だから、後のことは、ウサちゃんに託すのよ」

 

 バタつきパンチョウは、こんな時に似つかわしくないほど、彼女らしい柔らかな笑顔で、三月ウサギを見送った。

 

 

 

「弟たちを、よろしくね」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――成程、神の眼とは。このような局所的、刹那的状況でも行使可能であるか。私の動きを読んでいたな」

 

 三月ウサギは逃した。しかしバタつきパンチョウは、即座にミネルヴァによって無力化されてしまった。

 地に伏した虫けらは、もはや神の遣いに抗うこともできない。

 しかし、してやられた。ミネルヴァが()()()()()()()()()()()()()()()ということを理解した上で、自ら殺されに行くような行動を取るとは。

 殺せない。殺してはならない。その天命があるが故に、ミネルヴァは剣を振り切れなかった。そして、故にこその今がある。

 それらすべてを、彼女は、その眼で見通していたのだろう。

 

「脱獄を許したことは、私の最大の失態。しかし些事だ。三月ウサギ程度であれば、ひとり増えようと支障はない」

「……かもね。でも、私は友達を助けられて、ちょっぴり自己満足なのよ」

「そうか。もっとも、ここは神殿の内層。穴を通ったということは、外層へと放出されたことを意味する……奴は果たして、生きて抜けられるかどうか」

「え? それって、どういう……」

「貴様が知る必要はない。かくゆう私も、外層に広がる闇の宇宙は把握しきれない領域だ。“彼女”の思念渦巻く世界で、奴はなにを見るのか……」

「ウサちゃん……」

「……話が逸れた。ひとまず貴様の処遇を決めなくてはな。脱獄は大罪、女王への反逆罪に上乗せし、極刑も辞さないが……」

 

 ミネルヴァは剣の切っ先を、バタつきパンチョウに向ける。

 押しても、振り下ろしても、容易く彼女を断ち切る白い刃。それでバタつきパンチョウを処断するのは簡単だ。

 

「しかし彼女はそれを望まない。だが同時に、私は貴様の眼の脅威を知った」

「っ……」

 

 切っ先が僅かに動き、バタつきパンチョウの瞳へと、突きつけられる。

 

「その眼は厄介だ。神の眼、とはよく言う。王国の壁の修繕をしたとして、またぞろその眼で悪事を働かれては堪らん」

「あらら。別に私、悪いことなんてしないのよ。そっちの勝手な善悪観を押し付けないでほしいな」

「私にとっての悪は、女王にとっての悪性。それがすべてだ。闇の母神すらも捉える神眼は悪の温床であり不敬と冒涜の証左。さてその眼、どうしてくれよう。彼女はどれほどまでなら許されるだろうか。どこまで“潰してもよい”だろうか」

「…………」

 

 剣先を突きつけられてもなお、バタつきパンチョウは気丈に、臆さず、まっすぐにミネルヴァを睨み返す。

 

「……貴様の処遇は決定した。裁定を下す」

 

 そして。

 ミネルヴァの刃が――振り下ろされた。




 久し振りに投稿した気分なので、後書きでなにを書くのか忘れました。
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