デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 ウサギにさぁ、キーパーソンというかさぁ、こういうある種の主人公めいたムーブさせるのはさぁ、正直さぁ、不本意なんだよねぇ!
 でもなんか筆が乗っちゃったから仕方ないんだ。ウサギの一人歩き……一人遊び? ウサギで一人遊びは意味深だ。


52話「脱獄しましょう Ⅳ」

「――穴に飛び込んだはいいものの」

 

 ここはどこだ?

 上下左右天地に至るすべてが漆黒。しかし、明かりがない、というのとも異なる。

 闇が広がっているが、暗いわけではない。自分の姿は見えている。

 バタつきパンチョウがここにいれば、この謎の世界のことも見通せるのかもしれないが……

 

「……ったく、なにやってんだか、あのバカは」

 

 ――弟たちを、よろしくね。

 

「頼む相手間違えてるでしょ。よりによって僕に、微塵も興味ない虫けらどもを任せるとか。頭お花畑にもほどがあるんじゃない?」

 

 女王に抗うというのであれば、バタつきパンチョウの神の視座は、大いに役に立つ力であるはずだった。少なくとも、情欲の権化たる三月ウサギよりは、よほど女王に牙を突き立てる手立てになる。

 しかし彼女は、その身を捨てて三月ウサギを送り出した。彼女の性格的に、そうすることに不思議はない、のだが。

 

「ほんっと……なにもかも諦めてるのね。変なとこで意固地なんだから」

 

 諦めてるくせに、泥臭い。終わってるくせに、往生際が悪い。

 己の終末を受け入れながらも、誰かの希望は、友の熱意は、否定せず、背中を押す。

 自分も、だなんて言わない。反吐が出るような自己犠牲だった。

 

「あぁ……むしゃくしゃするわね」

 

 この苛立ちは本人に文句のひとつやふたつ……いいや、もっと手痛い仕返しでもしなければ収まらない。

 

「待ってなさいよパンチョウ。次の夜、ベッドの上で獣みたいに泣かせてやるんだから」

 

 それまでに死ぬことは許さないと、一方的に決めつけて。

 再び三月ウサギは面を上げる。

 

「……しっかし、黒いわね」

 

 とりあえず歩を進めてはいるが、景色が一向に変わらない。進んでいる気がしない。ただひたすらに暗黒が続くばかり。

 穴に飛び込めば出られる、というのは男の嘘だったのだろうか。あるいはこれも、ミネルヴァの王国の罠かなにかだろうか。

 

 

 

――ごめんなさい――

 

 

 

「!? え、な、なに?」

 

 不意に、声が聞こえた。

 同時に闇の世界に明かりが灯る。しかしこの世界を照らすようなものではなく、今にも消えそうな微かな光の粒だ。

 さながらそれは、広大な宇宙に浮かぶささやかな星のようだった。

 

 

 

――こんなつもりじゃ さびしい アタシはわるく もういやだ かなしい もういい すいません いやだ どうでもいい まだ もっと せめて なら でも ダメなんだ どうにもならない――

 

 

 

 声は反響するように何度も何度も続く。そのたびに、闇の世界に星の光が浮かんでいく。

 

「このしみったれた声……まさか、代用ウミガメ?」

 

 頭に直接響いてくるような、この泣き言に、覚えがある。

 懺悔のように、自戒のように、言訳のように、未練のように、何度も何度も、纏わり付くような声。

 妙に三月ウサギの神経を逆撫でする、ひ弱で弱気な声は、間違いない。代用ウミガメだ。

 

「……あぁ、そういうこと。なんか、合点がいったわ」

 

 ミネルヴァが“姫”と呼ぶ人物についていまいちハッキリしなかったし、消えた代用ウミガメの所在もわからなかったが。

 思った以上に、面倒なことになっているのだと、三月ウサギは怒り混じりに嘆息する。

 ただ女王のエサにされているわけではなく、呆気なく死んでいるわけでもなく、【死星団】などというものまで生まれて、緩慢な死と終末の装置に成り下がっている。

 なんともまあ、憐れで面倒くさく、厄介なことか。

 

「しかしなんだってこんな時に……そもそもここはなんなの?」

 

 暗黒に浮かぶ無数の光明。本当に宇宙のような様相になってきたが、それだけだ。

 歩いても歩いても進んだ気がしないし、光に近づいている気配すらない。自分が動いている感覚すらなくなりそうだ。

 そんな時だった。

 

 

 

「ここは女神の世界。星の生まれる場所。故に、彼女の意志が渦巻き、撹拌する闇の海」

 

 

 

 誰かが、いた。

 

「え……な、なに。誰よ!」

 

 それは、誰なのだろう。何者なのだろう。

 なにもわからない。人なのか、同族なのか、クリーチャーなのか、神なのか、邪神なのか、はたまた別種の異形なのか。

 その存在が知覚できない。ただそこにいる、誰かがいる。そしてなにかを発してている。それだけがわかる。

 

「わたしは光なき星、零の仔。箱に閉じこもり、災禍の奥底で希望を待つ者」

「はぁ?」

「理解しなくてもいいの。わたしそのものは、世界の趨勢には影響しない。そこにあるだけの、バックボーンですらない、ただの待ち人」

「待ち人……? あんた、なに言って……」

「今のわたしは壁。聞こえるでしょう? 彼女の苦しみが、嘆きが、悲しみが、憤りが。悔恨は海の果てまで、諦念は宙の底まで。慈悲を以て足掻き、救済と自己防衛に振りまく狂気の残響が、ここにある」

 

 なにを言っているのか、まるでわからない。その言葉はまるで届かないが、なぜか、妙に響く。

 

「あなたが憎い。みんなが憎い。世界が憎い。自分が憎い。悪いのはあなた。悪いのはみんな。悪いのは世界。悪いのは自分。だから、みんなを殺したい、害したい。だから、みんなは殺せない、害せない。だから、みんなを守ろう。この手に収めて、せめて、自分の中に。彼女の中に」

「っ……な、によ、あんた……!」

 

 

 ぞわぞわと、怖気が走る。身体の内側から、嫌悪感が湧水の如く湧き上がり、這い上がる。

 本能的で、根源的な恐怖と狂気。決して抗えない権威の威圧で、胸が苦しい。

 これは、この感覚は、

 

「お母……さま……?」

 

 絶対なる母の気配が、色濃く、そこにあった。

 闇が広がっていく。返事はない。これは対話ではないのだから。

 ただ、なにかしらの意志が、無作為に、無目的に、言の葉のようなものを紡いでいるだけ。

 意味も、意義も、そこにはない。

 

「ここはⅠ等星に貸し与えた世界、信奉と狂信の国、最も神に近い頂。懺悔、崇拝、叛逆、神に示す形は様々」

 

 闇は星々を纏い、三月ウサギらを飲み込んでいく。

 

「わたしは壁、世界の境、宇宙の扉。力があるなら打ち壊せ、意志があるなら越えて行け、恐れなければ押し開け。屈したならば膝を着け、臆したならば翻せ、恐れをなせば目を瞑れ。この箱には、いまだ災厄に満ちている」

 

 ――これは、道だ。それは、門だ。

 あの牢獄が冥府ならば、ここは黄泉比良坂。現世へ続く坂道。

 代用ウミガメの泣き言は騒がしく、目の前のなにかは意味不明。身体の奥底から這い上がる母の気配は悍ましく、動悸が止まらない、が。

 

「……立ち止まってらんないのよ、今は。泣かせたい奴がいくらでもいるんだから」

 

 ひとり勝手に自己犠牲に走った虫けらも、姿を消しても泣き言ばかりのノロマも、とにかくムカつく。腹が立つ。

 寝台の上で征服して、屈服させて、泣かせてやりたいと、身体が疼く。そう、母から貰った狂おしい才覚が嬌声をあげている。

 心はズタズタだが身体は正直なのだ。怖気と情欲がない交ぜになって、傷痕を埋めるように心まで蝕む。恐怖も狂気も、憤怒も邪淫も、なにもかも混沌に渦巻いている。

 だから、三月ウサギは折れない。誰よりも原始的な欲望が強く、母の本質に近いからこそ、その狂気に――同調できる。

 

「ほんと、癪なんだけどね。最近イライラすることばっかり。やりたいことも、やりたくないことも、全部変なものに横槍入れられて濁るのよ。異物ぶち込むのはケツだけにしときなさいっての」

 

 合理的に、対外的に、本意でないことをやらされる。

 やりたいことは、誰かの意志が介入する。

 まるで気持ちよくなれない。スッキリしない。自分が自分でないような、誰かに縛られているような、軛に繋がれているような、気持ち悪さ。

 きっとこれは解消できない。女王を殺すことなんてできっこないのだから。

 けれど、

 

「殺そうとするくらいは、試してもいいわよね」

 

 どうせ無理だろうが、だからといってこの気持ち悪さを受け入れるのは無理だった。不思議の国がある間は我慢できたのだろうが、もう限界だ。

 邪で醜い情動が、三月ウサギを突き動かす。狂気を撥ね除けて、あるいはそれ自体が狂気として。

 とりあえず、目の前の壁とやらを粉砕する。そして外の世界に戻る。考えるのは、それからだ。

 

「覚悟しなさい。あんたが代用ウミガメのなんであろうと、ミネルヴァとかいう奴の仲間であろうと、お母さまの眷属であろうと、どれでも僕にとってはムカつく要素しかないから。最高に気持ち良くしてからぶち破ってあげる!」

 

 そして、始まった。

 冥界下りも折り返し。あとは坂路を駆け上がるだけ。

 案ずることはなにもない。彼女は気が違っていても、兎なのだ。

 上り坂を駆け抜けられない道理など、どこにもない。

 

 

 

「――――」

 

 

 

 それはなにかを発したような気がした。しかしそれは言葉として認識できない。

 ただ、彼女に呼応するかのように、ただ、始まった――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「《龍魂珠(アントマ・タン・ゲンド)》を召喚」

 

 

 

ターン3

 

 

三月ウサギ

場:《デドダム》

盾:5

マナ:5

手札:3

墓地:2

山札:24

 

 

???

場:《龍魂珠》

盾:5

マナ:5

手札:3

墓地:1

山札:25

 

 

 

 三月ウサギがミネルヴァの世界から抜け出すための、最後にして異様なる関門。

 序盤は互いにマナを伸ばしてリソースを広げる展開。しかし足は、三月ウサギの方が早い。とにかく早く多く山札を掘り進んで行く。

 

「僕のターン。5マナで、墓地から《凶鬼09号 ギャリベータ》を召喚! エンド時、《ギャリベータ》の能力で山札から2枚を墓地に送ってドロー!」

「3マナで《不死妖精 ベラドアネ》を召喚。4マナで呪文《ライフプラン・Re:チャージャー》。《龍魂珠》を手札へ」

 

 

 

ターン4

 

 

三月ウサギ

場:《デドダム》《ギャリベータ》

盾:5

マナ:6

手札:4

墓地:3

山札:20

 

 

???

場:《龍魂珠》《ベラドアネ》

盾:5

マナ:8

手札:2

墓地:2

山札:21

 

 

 

 数が多いのは三月ウサギだが、相手は深く広く掘り進んでいる。なにかを探しているのだろうか。

 三月ウサギのターン。チラリと、墓地に視線を落とす。

 

(まだ全然足りないわね。もっと掘らないと……)

 

 まだ仕掛けられない。タイミングが大事だ。焦らしすぎて好機を見失うも、尚早すぎて燃焼しきれないのも、どちらも御免だ。

 相手がなにをしてくるのかはよくわからないが、もう少し、本番前に戯れる必要がある。

 

「2体目は少し怖いけど……3マナで《デドダム》を召喚! さらに4マナで《スクリーム・チャージャー》! 山札から4枚を墓地に送って、墓地の《スクリーム・チャージャー》を回収よ。さらにエンド時に《ギャリベータ》の能力で2枚落として1ドロー!」

 

 《デドダム》で3枚、《スクリーム・チャージャー》で4枚、《ギャリベータ》で3枚。

 1ターンで10枚もの山札を掘り進む三月ウサギ。身体を酷使し、破滅へと向かいながらも、その破滅的な悦楽を夢見る。

 

「これでおしまい。あんたのターンよ」

「4マナで《ライフプラン・Re:チャージャー》。《歪悪接続 ヨー・バルディ》を手札に」

 

 遂に、それらしいカードが見えた。

 しかし、切り札ではない。

 

「6マナで《歪悪接続 ヨー・バルディ》を召喚。マナゾーンの《霊宝 ヒャクメ-4》をバトルゾーンへ」

 

 

 

ターン5

 

 

三月ウサギ

場:《デドダム》×2《ギャリベータ》

盾:5

マナ:9

手札:4

墓地:10

山札:9

 

 

???

場:《龍魂珠》《ベラドアネ》《ヨー・バルディ》《ヒャクメ-4》

盾:6

マナ:10

手札:1

墓地:2

山札:17

 

 

 

「必要そうなものだけ探してるって感じ……面倒くさいわね」

 

 今度は、相手の盤面に視線を向ける。

 《龍魂珠》《ヒャクメ-4》。どちらも場に残しておくと面倒なクリーチャーだ。

 

「《デドダム》を場に残しておくのも怖いし、ここは……《デドダム》をマナに送って、フシギバースよ! 7マナで《ビバラ龍樹》を墓地から召喚!」

 

 青く燃え猛る骸に、《デドダム》は取り込まれる。

 それを火種として、屍は再び燃え上がる。

 

「雑魚は消えなさい! あんたのクリーチャーすべてのパワーをマイナス4000! 《龍魂珠》《ベラドアネ》《ヒャクメ-4》を纏めて破壊よ!」

 

 暗き炎は弱者を、生者を許さない。苦痛を越えた快楽に耐えられぬものはすべて、灰燼へと帰する。

 ひとまず、クリーチャーはほとんど燃え尽きた。ディスタスを一掃できたのは大きい。

 しかし、三月ウサギは忘れている。

 いくらディスタスが並んでいようと、それ以前に相手は、何度もマナ加速を繰り返している。

 眷属は、産み落とされた時点で既に仕事を果たしている。母体にとって、しもべが生き残っている必要など、どこにもないのだ。

 それが――神というもの。

 

「11マナをタップ」

 

 “無情”にも、告げられる。

 “邪眼”が、見開かれる。

 ここは地の底で煉られた“獄”。闇の広がる生のなき無にして“零”の空間。

 狂気は渦巻き、無感情なる矛盾した虚無の意志へ。

 邪悪な存在理由は、数多の子種となる弾丸へ。

 異教の神など冒涜してしまえ。騎士の誉れなど陵辱するべし。

 誇り高き強欲と、邪淫に満ちた愛憎を繋げる部品は、ゴーツウッドの鉄塔から拝借しよう。

 まるで双子のようだと瞬きの悦びを噛み締めて、接続する。

 女王が選り好んだ、王として。

 

 

 

「女王命令・王位接続――《零獄接続王 ロマノグリラ0世》」

 

 

 

 どこかで見たような、しかしまるで知らない異形の怪物が、産み落とされた。

 あぁ、どこまで命というものを冒涜すれば気が済むのだろうか。

 矛盾なれども和睦の神は、竜頭だけが切り離された。

 残虐なれども高貴なる騎士は、得物も誇りも弄くり回される。

 あまつさえ、それらは邪神の標の一部たる鉄鋲で接続され、女王の悦楽のためだけに用意された、存在しないはずの作り物の王。

 己の快楽のことしか頭にない、邪悪が生んだ悲しみの命が、ふたつ。

 

「あぁ気持ち悪い。でも、こうやって尊厳を踏み躙るのって気持ちいいものね。お腹の下が疼いちゃう。気持ちだけなら、よく分かるわ」

 

 冒涜的に蹂躙するのは最高の快楽だ。嫌でもそれはわかる。母の仔なのだ、趣味が合うのは当然。

 しかし、だからこそ反吐が出る。気持ちいいからこそ気持ち悪い。母親と同じ趣味だなんて、怖気が止まらない。

 

「……矛盾、ってより、葛藤かしらね。身体が正直で困っちゃうわ」

 

 気持ち良さそう、と、気持ち悪い、が同時に押し寄せて吐きそうだ。吐き気を催すと同時に下腹部が熱い。頭だけでなく、下半身もキチガイになってしまったのかもしれない。

 

「まあ……いいわ。どっちにせよ、その趣味の合う悪趣味なのぶっ壊せば、それが一番気持ちよさそうだもの」

 

 なにかを冒涜し、蹂躙するのは楽しいし、気持ちいい。母のそれは最高に気持ちよさそうで、最高に気色悪いが。

 誰かが気持ちよくなっているものを踏み躙って、ぶち壊すのなら、さらに気持ちいいことだろう。

 そうなれば母に対する気色悪さも気にならない。冴えたアイデアだ。

 

「《ロマノグリラ0世》の登場時、山札の上3枚から1枚を墓地へ、残りをマナゾーンへ。マッハファイター起動。《ロマノグリラ0世》で《ギャリベータ》を攻撃」

 

 とは言うものの。

 実際のところ、非常にまずい。気持ち良さそうとか気持ち悪いとか、そんなことを言っている場合ではないのだ。

 《ロマノグリラ0世》の暴威が襲いかかる。

 竜頭の雄叫びが悲鳴の如く轟き、銃声は慟哭の如く響き渡る。

 それは存在しないはずの天地を揺るがす鳴動。大地は割れ、冥府は震撼する。

 王位接続。腐っても、女王の使徒。

 であるならば、さらなる眷属を生み出すことなど、造作もない。

 

「コスト合計が自分のマナゾーンのカードの枚数以下になるように、マナゾーンと墓地からクリーチャーをバトルゾーンへ」

「なっ!?、あいつのマナって……!」

 

 ――13枚。

 つまり、コスト合計13まで、出て来る。

 

「墓地から《滅将連結 パギャラダイダ》。マナから《闇鎧亜 クイーン・アルカディアス》。《パギャラダイダ》を進化元にし、進化」

「っ……!」

 

 闇の女王が、君臨する。

 関係ない。関係ない。関係ない。

 あれは、お母さまとは、関係ない……!

 

「はっ、はぁ……く、くぅ、ぅぅぅ……!」

 

 動悸が速くなる。

 自分にいくら言い聞かせても、心臓の鼓動が、疼きが、止まらない。溢れてくる。

 呂律が、回らない。クリーチャーの能力か? きっと、そうだ。そのはず、なのだ。

 

「《パギャラダイダ》のEXライフ発動。山札から1枚目をシールド化。墓地から《龍魂珠》を蘇生」

 

 次々とクリーチャーが湧き上がり、そして、三月ウサギのクリーチャーは撃ち抜かれる。

 

 

 

ターン6

 

 

三月ウサギ

場:《デドダム》《ビバラ》

盾:5

マナ:11

手札:4

墓地:10

山札:8

 

 

???

場:《ヨー・バルディ》《ロマノグリラ》《龍魂珠》《闇鎧亜クイーン・アルカディアス》

盾:8

マナ:13

手札:0

墓地:4

山札:10

 

 

 

 タイミングを見誤った。

 ほんのひとつの見落としで、一手出遅れた。その一手は、あまりにも致命的だった。

 

「……正直、突破できるか微妙だけれど、やるしかないわね」

 

 もうやるしかない。破れかぶれでやけっぱちだが、これしかない。

 先行き不安で無計画。自慢ではないが眠りネズミより勉強なんてできないのだ、計画性なんていつも行き当たりばったりだ。

 本当に、後手後手で、ダメダメだ。けれど、後悔はするが反省はしない。後悔だって一瞬で文句に変えてみせる。

 最後に笑えば勝ち馬だ。もっとも、不思議の国に馬などいないが。

 一か八かで三月ウサギは、異教にして異境の一手を、叩き付ける。

 

「10マナをタップ! 呪文! 《大地と悪魔の神域》!」

 

 神には悪魔。強欲で冒涜的な女王には、異端の魔性をぶつけてやる。

 

「僕のクリーチャーをすべてマナゾーンに! そしてマナゾーンから、進化と非進化のデーモン・コマンドをそれぞれバトルゾーンへ! 1体目は《ビバラ龍樹》! そして、こいつから進化!」

 

 ここは冥界、根之堅洲國(ねのかたすくに)。妻でも恋人でもないが、振り返るまでもなく友は地の底に置いてきた。

 黄泉比良坂の上り坂。黄泉醜女を討ち倒し、石榴の果実もなんのその、七つの門を押し開く。

 神を蔑むは異端の悪魔。生命溢るる多産の邪神には、死を司る冥府の神、異教を以て冒涜せん。

 

「大言壮語、大いに結構! 言うだけならタダなんだから! お母さま、あなたも犯してあげる!」

 

 神秘も、神性も、神威も、神格も。

 なにもかも冒涜し、陵辱し、蹂躙する。

 神には魔を、生には死を、それらを体現するは、冥府の魔神。

 即ち。

 

 

 

「神を犯すは悪魔の特権! 貶めろ、《悪魔神バロムハデス》!」

 

 

 

 その腕は血塗られ、肉体は黄泉を登り切れず腐り落ちた。

 零落した冥府の神は、悪魔を統べる者として君臨する。

 生者を許さず、死者を尊ぶ。多産の女王への反骨の如く、闇の魔神は悪意を振りまく。

 

「まずは片っ端からぶっ壊すわ! 《バロムハデス》の登場時、闇以外のクリーチャーをすべて破壊よ!」

 

 冥府は生者を許さない。死の国の規律に従い、《バロムハデス》はあらゆる命を奪い去る。

 

「《ヨー・バルディ》の能力起動。EXライフシールドを消費」

 

 しかしディスペクターには、魂がふたつある。

 命をひとつ、奪われようと。

 もうひとつの命が、宛がわれるだけ。

 

「《バロムハデス》で攻撃よ!」

「《ロマノグリラ0世》の能力起動。《ロマノグリラ0世》がタップしている間、攻撃されない」

「だったらそいつを殴ってやるわよ! 《バロムハデス》で《ロマノグリラ》を攻撃する時、能力発動! 僕の墓地から闇のクリーチャーを復活させる!」

 

 《バロムハデス》はパワー13000、《ロマノグリラ》は17000。さしもの《バロムハデス》でも太刀打ちできない差があり、《ロマノグリラ》にはまだEXライフが残っている。

 しかし、冥界下りはまだ終わっていない。ここにあるのは闇の意志、悪意であり殺意であり害意であるが、狂気ではない。

 気の違った三月ウサギが秘めたる、狂おしいほどの性への情愛の災禍が、冥府の底から、引っ張り上げられる。

 

「究極進化!」

 

 ――《バロムハデス》が、飲み込まれる。

 悪魔との契約は満了だ。残りは三月ウサギ自身の手で、己の欲望と、愛欲と、狂騒で、ケリをつける。

 

「ハッキリ言って、冥界下りなんてごめん被るわ。性も快楽も、生きているから愉しいのよ! 死んで成せる仔はない。男と女のまぐわいは、生者の特権にして本領! 気持ちよくなれない死も終わりも、僕はまっぴらごめんよ!」

 

 生への執着に哭き、性への渇望を叫ぶ。

 生死の端境を乗り越えて、黄泉路の坂路を駆け上がり、地獄の門扉を叩き壊す。

 そして溢れる、狂った兎の見上げる――輝ける月。

 

 

 

「すべての子種を、呼び戻せ――《神羅ヘルゲート・ムーン》!」

 

 

 

 それは悪夢のような舞踏会。死者すら生者に成り代わり、夜通し騒いで狂い果てる。

 会場は地獄。その門を開くは、月の使者。災厄の化身が、現世と隔世を、接続する。

 

「《ヘルゲート・ムーン》がバトルゾーンに出た時、お互いの墓地のクリーチャーをすべて蘇生させる!」

 

 さぁ、宴は始まった。不思議の国らしく、意味もなく狂ったように馬鹿騒ぎだ。

 三月ウサギの墓地から、わらわらと無駄打された子種が形を成す。巨人も、蟲も、妖精も、悪魔も、鬼も、龍も、神も。すべてが等しく、蘇る。

 

「《アナリス》に《ベラドンナ》、《バフォロメア》に《ギャリベータ》、《とこしえ》《ビバラ》《デドダム》《ドケイダイモス》――締めに《バロムハデス》! 《ギャリベータ》から進化よ!」

 

 三月ウサギの場に、夥しい数のクリーチャーが並ぶ。

 しかしこの地獄門は、相手にも開く。《ロマノグリラ》によってもたされた墓場から、命が、舞い戻――

 

「悪いけどあんたは寸止めよ! 気持ちよくなんてさせないんだから。《とこしえ》の能力で、あんたが手札以外から出すカードは、全部マナ送り!」

 

 破壊されたクリーチャーたちは、こぞって墓地からマナへ叩き伏せられる。芽生えなかった種のように、枯死して、儚く消える。生まれもしない、命。

 

「《バフォロメア》と《ビバラ龍樹》の能力で、アンタのクリーチャーのパワーはすべてマイナス7000! これで《ヘルゲート・ムーン》は《ロマノグリラ》のパワーを上回ったわ! そのまま破壊よ!」

「EXライフ起動。破壊される代わりに、シールドを消費」

「だったら《バロムハデス》で攻撃! 今度こそ破壊よ!」

 

 今の煮え滾った頭と心では、小細工なんてできない。できることと言えば、真正面から、力ずくで嫌がらせして、叩き潰すことだけだ。

 《バロムハデス》の赤い腕が、崩壊しつつある《ロマノグリラ》の身体を粉砕する。騎士の鎧は砕け散り、竜の頭は潰れ、繋げられた鉄鋲が弾け飛ぶ。

 

「――ターンエンド!」

 

 完全ではないが、相手の切り札を潰した。クリーチャーもこれでもかというほどに展開した。

 物量では完全に勝っている。支配も屈服も不完全だが、戦況は確実に三月ウサギに傾いた。

 そう、三月ウサギの優勢なのだ。

 なのだが。

 

「12マナをタップ」

 

 零獄王など前座。

 否。女王にとっては、邪神にとっては、外なる者にとっては。

 どれもこれも、等しくただの駒。眷属のひとつ。

 少し変わった玩具が壊れた程度で、なにが変わるはずもなし。

 ただ次の仔を、産み落とすだけだ。

 

 

 

「女王命令・王国監視――《大樹王 ギガンディダノス》」

 

 

 

 そうして――最悪の監視者が、投げ落とされた。

 

「――は?」

 

 手札から、さも当然のように投げつけられる、新たな王。

 《大樹王 ギガンディダノス》。それは、彼が――『イカレ帽子屋』が繋がれている、忌まわしき呪い。女王のしがらみの形であり、罰則のような堕落の軛。

 不思議の国を見張る者。不思議の国にこびり付いた癌のような悪性。

 それが、今、三月ウサギの目の前に――

 

 

 

ターン7

 

 

三月ウサギ

場:《ヘルゲート・ムーン》《ベラドンナ》《デドダム》《バフォロメア》《ドケイダイモス》《ビバラ龍樹》《悪魔神バロムハデス》

盾:5

マナ:17

手札:0

墓地:4

山札:4

 

 

???

場:《ヨー・バルディ》《闇鎧亜クイーン・アルカディアス》《ギガンディダノス》

盾:6

マナ:17

手札:0

墓地:4

山札:9

 

 

「こいつ、まだこんな……!」

 

 完全に想定外、予想外、規格外。

 《ギガンディダノス》のせいで、すべての手札が失われた。大量に並んだクリーチャーも動けなくなった。

 女王の神威に、屈服、させられたのだ。

 

「……いや。そんなの、認めないわ」

 

 身体は正直だが、心は反抗的だ。

 女王に、しかも母そのものではなく、その気配があるというだけのよくわからないなにかに、その化身だか疑似だかよくわからないものに、眷属やらしもべやらに屈するだなんて、そんなこと、認められない。許されない。受け入れたくない。

 心が抗えば、身体も反骨する。三月ウサギは折れ曲がった気骨を、逆側に折り直す。

 心身の歪みに、身体も心も軋み、悲鳴を上げる。二律背反の葛藤が、混濁して気が触れそうになる。

 そんなもの知ったことか。脳みそを焼き切るほど熱く、身も心も、ただ“今”だけを見て。この刹那のためだけに、この魂を震わせて。

 後先など考えず、正気(SAN)を投げ捨てて、挫けず愚直に進み続ける。

 

「頭いい反撃とか、捻りの利いた切り札とか、ここぞという時の作戦とか、僕にはそんなものなんにもないのよ。だから、ただ引くか引けるか。真正面からそいつを叩き潰せるかどうか。ただ、それだけよ」

 

 山札は残り少ない。耐え凌いでも終わる。無闇にカードを探すようなことはできず、できる動きは限られる。後先考えず掘り進むからこうなる。しかし後悔はない、リソースを広げるのは気持ちがいいから。

 そしてこれだけのクリーチャーを解き放ったのも、最高に気持ちがいい。

 だからこそ、それらすべてをおじゃんにする《ギガンディダノス》は、気持ち悪い。許せない。

 許せない、だから、それを握り潰せる、手があれば――

 

「――引いてやったわよ! 双極(ツインパクト)詠唱(キャスト)! 《デーモン・ハンド》!」

 

 単純で強引で、なんの捻りもない明快な解決策。

 山札から引いたものを、そのまま投げつけるだけの、力技。けれどそれでいい。運だけだろうとなんだろうと、どうでもいい。最終的に気持ち良ければ、過程など二の次だ。

 なにせ彼女は、邪淫の獣なのだから。

 

「《ギガンディダノス》を――破壊!」

 

 悪魔の手が、《ギガンディダノス》を握り潰す。

《クイーン・アルカディアス》の存在下であっても、その詠唱には重圧がかかるだけ。唱えられないわけではない。重い唇を無理やり動かして放たれた魔手は、活路を切り開いた。

 

「もう夜明けよ、太陽が昇ったら夜伽はおしまい。そのくらいの風情は僕にだってあるの。だから、いい加減、眠りなさい! 《バロムハデス》で攻撃! Tブレイク!」

 

 

 

――くるしい つらい もっとじゆうに しらない わからない しりたい しりたくない ただへいわに たのしければ それでよかったのに――

 

 

 

 砕け散ったシールドから、声が響く。泣き言のように木魂する、癇に障る少女の声。

 

「今更なによ……こんな時に鬱陶しい! あんたに同情なんかしないわよ! いいから、ここから、出しなさい――!」

 

 纏わり付く言の葉を振り切って、三月ウサギは駆ける。黄泉比良坂を駆け上がるように、隔世から現世を、目指して。

 

「G・ストライク、《フェアリー・Re:ライフ》。対象は《ヘルゲート・ムーン》。S・トリガー、《霊宝 ヒャクメ-4》を召喚」

「あぁもう、うざったい! 《ドケイダイモス》でWブレイク!」

「《ヒャクメ-4》でブロック」

「だったら《バフォロメア》でWブレイクよ!」

 

 残り1枚。しかし。

 

 

 

――まもりたい しなせたくない うしないたくない のこしたい アタシたちの ばしょ おもいで なかま どうせ おわりだから でも それでも――

 

 

 

「G・ストライク、《ライフプラン・Re:チャージャー》。対象は《デドダム》」

 

 亡者の如く声が追いかけてくる。壁は常世からの逃亡を許さない。

 しかし、三月ウサギは走り続ける。彼女の声は振り切って、目の前の壁は突っ切って、駆け抜ける。

 

「《ベラドンナ》で最後のシールドをブレイクよ!」

 

 

 

――いたい もうやだ しんで しにたい しんじゃえ ころして ころしたい おわって おわらせたい しゅうまつ もう おわり――

 

 

 

 もう鬱陶しい泣き言は聞こえないフリをして無視した。

 後は、この世界の端境。希望を待つという、何某かが、道を譲るかどうか。

 すべてのシールドは消え去った。障害はすべて取り払った。

 あと一手。あと一歩。あと一瞬。

 少しでも掛け違えば三月ウサギの足は止まり、奈落の底まで真っ逆さま。

 けれどもし、なにもなければ。このまま、走り抜けられるのであれば。

 それを見遣る。S・トリガーか、G・ストライクか、ニンジャ・ストライクか。

 なんでもいい。なんでもないならそれでいい。

 三月ウサギは駆け抜ける刹那、それと、目が合った。

 

「…………」

 

 沈黙。

 なにも、なかった。

 

「……《ビバラ龍樹》で、ダイレクトアタック」

 

 終わりだ。

 かくして『光の神殿・愛護の契』の外層に広がる宇宙の果てに辿り着いた三月ウサギは。

 冥界の坂路を登り切り、隔世より現世へ。

 脱獄を果たし、元の世界へと、帰還してみせたのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――わたしは零の星。最後まで、待ってるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ここは――」

 

 三月ウサギが気付いたそこは、森……いや、山か。

 山の麓。とても覚えがある場所にいた。

 そう、ここは、不思議の国が居を構えている山の麓であり、国の入口とも言える場所。公爵夫人が山ひとつを買い取って私有地にしてしまった、自分たちの国土。

 確かミネルヴァに襲われ、敗北したのも、ここだった。彼に囚われ、彼の世界に幽閉され、その彼の世界から抜け出したのだから、元の場所に戻った、ということだろうか。

 

「リスポーンってやつかしら……まあいいわ。とにかく戻って来られたみたいだけど、これからどうしましょう」

 

 正直、まったくアテはない。いや、あるにはある。バタつきパンチョウがほんの少しだけ話した、彼女の弟たちや、ヤングオイスターズの生き残り、眠りネズミ。彼らと合流できれば、あるいは。

 

「問題はどうやって会うか、ね。せめて捜索の間、拠点くらいはどうにかしたいのだけれど、僕たちの家はまだ使えるかしら?」

 

 他の仲間と合流するまでの間の拠点として、恐らくもはや滅びているであろう不思議の国の屋敷をアテにする三月ウサギは、山を登っていく。

 使えれば御の字。最悪、雨風凌げればそれでいい。それすらもできないほど朽ちているのであれば、仕方ない。適当な男を捕まえるしかないだろう。

 しかしそんな折、ふと三月ウサギは、違和感を覚えた。

 道がおかしい。いつも通る不思議の国の道とは違う感触だ。

 草が、木が、土が、空気が。なにもかもが違う。異質で、異様な、なにかに変わっている。

 おかしさを理解しながらも三月ウサギは登る。山ではなく森のような異界を進み、そして。

 

「え……な、なに。なによ、これ……!?」

 

 信じがたい光景だった。

 あり得ない、あり得ない、あり得ない!

 同じ言葉が何度もリフレインする。その不可解さに、異常に、思わず踵を返して走り出した。

 ――気がついた時には、もう、麓まで戻っていた。

 

「そん、な……僕たちの家が、土地が、国が……あんな……!」

 

 山中で見た光景に、気が狂いそうになる。最初から狂っているのだが、もっと嫌悪感溢れる蹂躙が、そこにはあった。

 思い出が穢され、陵辱されるような。あぁ、それは気持ちいいことだと理解は示していたが、これは、流石に、度が過ぎている。共感なんて、できるはずもない。前言撤回したい。

 

「……くそったれ。これはもう、なりふり構ってられないわ」

 

 力なく吐き捨てて、それっきり、三月ウサギは山に背を向ける。

 兎が一羽、死に損なって。

 重い足取りで、いずこかへと、去って行くのだった。




 月光の世界からの脱獄、終了。
 次回は遂に! 皆さんお待ちかね! 恐らく1年以上振りに主人公が出て来るよ!



 ――たぶん。
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