寒空の下、閑散とした自然公園の中。
謡さんに、スキンブルくん、そしてわたし。わたしたち3人は、時が来るのを待っていた。
「僕もいるよ」
「鳥さんは戦力にならないでしょ……ほら、あんドーナツあげるからおとなしくしててね」
「むぐむぐ、甘い」
鳥さんはさておくとして、わたしたちは、3人しかいないんだ。
霜ちゃんにみのりちゃんに、ユーちゃん、ローザさん。それに、
「やっぱれんちゃんは来れなかったか……大丈夫かな」
恋ちゃんも、ここにはいなかった。
「代わりに俺がいますよ。恋様と比べれば力不足でしょうがね」
「そ、そんなことは……」
「それより本当にここでいいの? 変な罠とか、ないよね?」
「大丈夫……だと、思いますけど」
ディースさんに指定された場所と時間。そして“作戦”。
ここで待っていれば、メルクリウス――わたしたちが戦うべき人が来る、という話だった。
「なんか相手を待つって、決闘みたいだなぁ。巌流島じゃあるまいに」
「タイマンなら、よりらしくなっていたことでしょう」
「……あ、誰か来ますよ」
足音が聞こえる。それもひとつじゃない。
「ふたり……かな。ひとりではないと思う」
「足音なんてよく聞こえるね、しかも人数まで……スキンブル?」
「気配察知しました。小鈴様の言う通り、ふたりです。しかも、人間じゃありません。これは――」
ザッ、と。
“彼ら”は、現れた。
「あん? マジカル・ベル?」
「えっ、君は……ネズミくん? それに……」
「……よもや奴が先に接触していたとはな。俺たちの苦労はなんだったのか……」
「うーわー、あなた確か、朧君の……」
姿を現したのは、男性ふたり。というより、少年と青年。
刺青ピアスに赤く染めた髪、ファンキーな出で立ちの『眠りネズミ』くんに。
『ヤングオイスターズ』の長男、アギリさん。ふたりとも、不思議の国の人たち、だけど。
「ふたりとも、ど、どうしてここに?」
「情報統制が敷かれているようだな。いや、この場合は秘匿されていた、と考えるべきか。恐らくはメルクリウスなる餓鬼の監視を警戒してのことだろうが……」
「まさかまた私たちとドンパチやろうってわけじゃないよね? 今、それどころじゃないんだけど」
「それこそこちらから願い下げだ。我々は今、争っている場合ではない。いや、それよりも――」
「――小鈴様!」
アギリさんが言葉を続けようとした刹那。
ネズミくんが、目にも止まらない速さで、突っ込んで来た。
そのままわたし目掛けて手を伸ばそうとするけど――その手は、スキンブルくんに振り払われる。
「敵対意志はないのでは?」
「ない。が、彼は少々感情的になっていてな……少し話を聞いてやってくれ」
アギリさんはネズミくんの首根っこを掴む。
見ればネズミくんは、すごく興奮しているようだった。息が荒く、目は血走っていて、鬼気迫る形相だけど……どこか焦っているような、危ういようにも見える。
ネズミくんはそのまま、わたしに向けて、ほとんど怒鳴るように叫んだ。
「おい! マジカル・ベル!」
「は、はい。なにかな……?」
「ソウは……ソウはどうした!?」
「そう……? 霜ちゃんのこと?」
「それ以外あるかってんだ! あいつはどうした!?」
どうした、と聞かれても……
「……霜ちゃんは、敵の……メルクリウスって女の子に、捕まっちゃったって……」
「やはりな。眠りネズミ、認めるしかあるまい。我々は失敗したのだ」
「っ……クソッ! クソがよ……!」
「えっと……?」
なにがあったんだろう。ネズミくんが霜ちゃんを心配してる……? どういうこと?
「そっちでもなんかあったっぽいね」
「そうだな。そちらがどれだけ情報を得ているかは知らないが、我々は【死星団】によって狩られている。レジスタンスとして細々と仲間を探しながら生き延び抗い、水早霜とはその半ばで手を取り合った同志だ。しかし少し前から連絡が取れなくてな。他の仲間たちもほとんど狩られ、今や確認できる生き残りは4人だけ……組織としては瓦解同然、死に体だな」
「そ、そんな……」
【不思議の国の住人】の人たちが、今はたった4人。
目の前にいるアギリさんとネズミくんでふたり。それに加えて、さらにふたりしかいないなんて……
「我々の間に因縁はあるだろうが、今は目を瞑って欲しい。【死星団】の脅威は絶大だ、このままだとお前達も狩られるぞ」
「……まあ確かに、争ってる場合じゃなさそうだね。それはそれとして、なんでここに?」
「とある男の手引きだ。こうしてお前達もこの場にいるということは、きっとそちらも接触してきたのだろう」
「え、それって……」
わたしたちと、彼らを引き合わせた存在。
それはきっと、この場所をセッティングした――
「くっふっふー、皆々様、お集まりいただけているようなのですね!」
――声が高らかに響き渡る。
幼くて、どこか怖気の走る、明朗な声。
「いやー、流石はディジーさん! 必要な人材を纏めて一ヶ所に集めてくれて楽ちんなのです! 効率的ぃ!」
「! あ、あなたは……!」
長く流れる水のように青い、幼く小さな少女。
深海のように暗く深い青々とした双眸が、嘲笑うようにわたしたちを見つめている。
「お初の方もいらっしゃるので、ご挨拶をば。あたしはメルクリウス!
慇懃無礼に、彼女はお辞儀をする。
とても可愛らしくて、明るい子供にしか見えないのに。
邪悪な気配が隠し切れていない。笑顔の裏にある嘲笑が、侮蔑が、瞳の奥底から溢れている。
そのあまりのギャップに、怖気が走る。
「おいてめぇ!」
けれどネズミくんは彼女のおぞましさに臆することなく、食い掛かる。
「ソウは……ソウをどこへやりやがった!」
「あー、あのクソ生意気で女の子みたいな男の子なのです?」
「そうだ! てめぇ知ってんだろ!? 僕のダチどこへやったか吐きやがれクソガキ!」
「とりあえず優しいメルちゃんは、その不遜で不敬で乱暴な口は見逃してあげるのです。で、えーっと、あの子でしたか」
くすくすと、彼女は楽しそうに笑う。
「あんまりうるさいので、仲良しな女の子と一緒に溶液に沈めちゃったのです☆」
「えっ!?」
「てめぇ!」
「なーんて! マジマジ! 嘘じゃなくてマジなのです。沈めたのはホントなのですよ? お姫さまからのリクエストがあるので、死んではいないですけど……死んでは、ね」
彼女は不穏な言葉を並べ立てる。
わたしたちをからかっているんだと思うけど、その言葉が本当なのか、嘘なのか、実際にどうしたのか、それを確かめる術はわたしたちにはない。
それにこの子なら、本当に、一線を越えてしまいそうな怖ろしさがある。
不安を煽られ、胸が締め付けられるみたいだ。
「……外道な餓鬼もいたものだ」
「くふふっ。まあ実際、あんまり手が出せないのはあるのですよ、弄りすぎるとミーナさんがうるさいので! だからほどほどに素材を使わせてもらったくらいなのですよ」
「るせぇ! いいからダチを返しやがれクソガキ!」
「いいですよ?」
「あん!?」
「これからゲームをしましょう。無限と夢幻の世界で、あなた方は望むままに動き、各々の望みを叶えればいいのです。返して欲しいものがあるのなら、自分で掴み取ってくださーい」
あっさりとそう言い放つと、一瞬、視界が暗転する。
刹那の明滅のうちに、世界が、切り替わった。
いや、違う。そうじゃない。
これはディースさんから聞いた、異聞神話空間――世界が変わったんじゃない。わたしたちが、別の世界に取り込まれたんだ。
やがて、新たな世界へと招かれる。
「こ、ここは……!」
そして、目を疑った。
別の世界、なんてファンタジーなイメージはふんわりあったけれど。
これはあまりも想定外で、けれどもありふれてて、だからこそ想像もしなかった。
『これこそあたしの異聞神話空間、『空想錬金工房
不気味に反響する幼い声。彼女の姿はないけれど、その音だけは、やけに大きく響く。
本来であればあり得ないはずの現象に困惑する。いつもならそうあることであるはずなのに、混乱する。
自分の呼吸を確認する。視界を疑う。そして再び、この透明な世界を、見渡した。
『即ち此なるは――『幻想海洋都市
そう、ここは――海だ。
海の中。あるいは、海の底。
近未来的な超高層ビル群が立ち並ぶ大都心。それがまるっと水没している。
水没した世界なんてファンタジー、わたしだって一度くらいは夢見たことがある。しかもここにいるわたしたちには、確かに息がある。呼吸ができる。あまりにも、都合のいいファンタジーだ。
乱立したビル群が明るい未来を示し、天まで水に満たされた水没した現状が退廃した未来を示す。繁栄をこの水で塗り潰すような、そんな二律背反の世界だった。
「海の中、水没した都市……呼吸はできる。動きは地上とさほど変わらない。見かけ倒しか」
『おやおや? ひょっとしてエラ呼吸の方ですか? ごめんなさーい、肺呼吸の生き物に配慮した造りにしてあげたのですけど、今から再調整して、纏めて溺死させちゃうのです?』
「生殺与奪は貴様が握っているとでも言いたげだな。気に入らない」
『くふふ、まー態度が気に入らないのはお互い様ということで!』
アギリさんと言い合う声が、どこかから聞こえてくる。
なんとなく、上の方から聞こえてくる気がするけど……よくわからない。
空も水で満たされているから、水流と水の揺らめきで光は曲がりくねり、太陽も見えない。そもそも太陽があるのかもわからないけど、視界は明瞭だから、光源はハッキリしてる。
だけど、あの子は一体どこに……?
『まあ御託はこのへんで。お宝探しのはじまりなのですよ。あたしは王座でゆっくり高みの見物させてもらうのです』
「宝探しだぁ? ふざけてんのか!」
『いえいえまさか! この世界のどこかにあたしはいるのです。ひょっとすると、あなた方のお友達やご家族の方もいらっしゃるかもしれないのですよ?』
「! 霜ちゃんやみのりちゃんが……」
「……家族、か」
この水没した街のどこかに、霜ちゃんやみのりちゃんがいるなら、早く助けないと……!
『あぁ、そうそう。大事なことを言い忘れていたのでした』
「大事なこと?」
「どうせろくでもないことな気がするけどね」
「なにを仰いますか、とっても大事なことなのですよ」
「えっ!?」
唐突に、目の前にあの子が現れた。
「い、いつの間に……?」
「っていうかいきなりご本人が登場? どういう風の吹き回し?」
『あー、いえいえ、それはあたしなのですが、あたしではないのです』
「ん? あれ……?」
また、空から声が聞こえてきた……?
っていうか、目の前のこの子……
「おい、なんかこいつ増えてるぞ!?」
気付けばその子は、2人、3人、4人と、数が増えている。
いや、違う。そんな手で数えられるような数じゃない。
もっといる。彼女たちの背後に、見上げた満天の海に、数多の、彼女が。
『これめっちゃ大事なお知らせなのですよ? そうビッグニュース! 本日より、海原メルちゃんのアバター大量配布! 言うなれば、そう! 量産型メルちゃんなのです!』
同じ顔の女の子が、四方八方天地に至るまで、水の中を無数に浮かんでいる。
これは、色んな意味で恐ろしい……!
「アバター……配布だと? ふざけているのか」
『ふざけてないのでーす!』
などと言いながらも、くすくすと彼女は笑っている。
『そこにいるのは紛うことなき1分の1スケールの海原メルご本人! 思考も嗜好も指向もすべてがあたしとおんなじ超クオリティなのです! ま、神格までは流石に完コピできなかったのですけどー。でも性能はお墨付きなのです!』
「……それって」
「こいつら全員、
その時だ。
にやにやと笑みを浮かべている、同じ顔をした幼い女の子の大群。
それらが一斉に、飛びかかってくる。
「鳥さん!」
「お腹いっぱいで力もほどほど、いけるよ!」
一歩、前に踏み出す。
そして、渾身の力で、剣を振り抜く。
そのひと薙ぎで、襲いかかってきた軍勢は振り払えた。
『あー! メルちゃんアバターになんてことを! それプレミアなのですよ!? まあいくらでも量産できるのですけど』
手応えは……微妙。
彼女たちはむくりと起き上がって、またこちらを嘲笑するような目で見つめてくる。
鳥さんに力を借りて、この姿になっても物理的には倒しきれない。となると、ひとりひとり確実に倒していかないと、いけない……?
『ま、ゲーム開始時のインフォメーションはこんなところなのです。そういうことですので! 皆々様、ご健闘をお祈り申し上げるのです。ではでは~メルメル~』
お気楽な声は、それっきり聞こえなくなった。
残っているのはそれと同じ声を発する、無数の同じ顔の女の子の群れ。
「これひょっとして、あのちっこい女の子の大群を蹴散らしていけって? デュエマで?」
「弾切れはなさそうだな。だいぶ不利な消耗戦だ」
「上等じゃねぇか。ムカつくツラならいくら殴っても殴り足りねぇってことはねぇ!」
「敵の幹部の同等の力を持つ存在が群れをなしているのです。現実的に考えて、押し切ることは不可能でしょうが」
「……わたしはやるよ」
「まあ妹ちゃんがそう言うなら仕方ない。一応、そういう作戦だしね。君も腹括りなよ、スキンブル」
「御意に。あまり俺のことは戦力として期待しないで欲しいのですがね」
聞いていないこと……思ったよりも、想定外の驚きが多いけれど。
わたしたちのやるべきことは、なにも変わっていない。
「状況はほぼ四面楚歌。増援の期待もない以上、固まっていても仕方ない。散るぞ」
「あぁ、待ってろよソウ……! 今行くからな!」
「俺は謡と一緒に。その方が色々と都合がいいので」
「うん。じゃあ妹ちゃん、気をつけて」
「……はい」
アギリさん、ネズミくん、謡さんにスキンブルくん。そして、鳥さんとわたし。
たった5人で、悪意と暴威の渦巻く、この海洋都市探索が、始まりを告げる。
「……待っててね。霜ちゃん、みのりちゃん」
そして――代海ちゃん。
量産型メルちゃん。
誰か作ってくれねーかな。作られても活用方皆無だけど。