――【不思議の国の住人】に未来などない。
女王という存在をより深く理解するにつれ、そんな思いが募っていったし、レジスタンスを纏めた今でも、帽子屋が抜かす栄華も栄光もあるだなんて思っちゃいない。
自分たちは最初から詰んでいる。女王という縛りがそこにある故に、どう足掻いても希望なんてない。
女王を倒すなんて夢物語だ。仲間を全員助けるなんて現実的じゃない。眠りネズミや水早霜を煽動したものの、本気で彼らの望みが達成されるとは思っていない。
それほどに、現状は最悪なのだ。そして、それより以前から、嫌というほどその“空気”は、不思議の国にはあった。
だから、姉の絶望は、理解しているつもりだ。
死なないために生きる。リスクを避けて生きる。生存のために生きる。
勝ち気な癖にネガティブで、粗野なわりには後ろ向きで。
ひたすらにマイナスな未来を視ていた彼女。
必死だったと思う。余裕なんてなかったと思う。弟として同情もするし、尊敬する姉ではあった。
しかしそのどうしようもなさは、ずっと許せなかった。破滅へ向かう生存戦略。その矛盾が、ずっと気に入らなかった。
相手が姉だから、長女だから、これまではずっと甘んじていた。
だがそれも、ここまでだ。
帽子屋の野望も、公爵夫人の殺意も、三月ウサギの慟哭も、代用ウミガメの絶望も、それらに寄り添ってきたこれまでは、ただの建前。
己が成すべきと定めたことを成し遂げる。
俺自身の手で――彼女を殺すために。
そのために俺は、ここにいる。
☆ ☆ ☆
アギリの場には《*/零幻チュパカル/*》。相手の場には《
「《ウェイボール》……」
アギリは無機質に回転する球体型クリーチャーを見遣る。
もはやムートピアですらない。マナに見えているのも呪文ばかり。
無機質で、生命力を失った虚無なる魂たち。
自我も自己も喪失した姉のなれの果てを改めて直視すると、虚しさが込み上げてくる。
「……《極幻空ザハ・エルハ》! 《接続 CS-20》をGR召喚し、《ザハ・エルハ》をインストール! 1枚ドローする」
《チュパカル》から始まり、ドローソースも確保。滑り出しは順調。
しかし3ターン目。最速は見逃されたが、恐らく、そろそろだ。
「ァ」
肉塊から、彼女の呻きが聞こえる。
「ァ ァ ァァ ァァアァアアア――」
じゅくじゅくと泡立つ音に混じり、慟哭のような雄叫びは徐々に大きく、明瞭になっていく。
啜り泣くような声が、絶叫に。そして、劈くほどの悲鳴に変わった瞬間、世界が一変した。
「――《卍
やはり――出て来てしまった。
《卍 新世壊 卍》。魔導具呪文を吸収し、大儀式を成す無月の世界。
4枚の魔導具が装填された時、恐らくアギリはあらゆる時を失い、終わる。
「ァ――ひ、とつ」
彼女の手から、呪文が1枚、零れ落ちる
「《堕呪 ゾメンザン》……!」
なんの効果のない、虚無の言霊が残響する。
しかしその言の葉が、詠唱が、世界に取り込まれていく。
早速1枚、魔導具が吸収されてしまった。
さらに《ウェイボール》が呪文に反応し、《全能ゼンノー》を吐き出す。
ターン3
アギリ
場:《離脱[チュパカル]》《接続[ザハ・エルハ]》
盾:5
マナ:3
手札:3
墓地:1
山札:26
アヤハ
場:《ウェイボール》《ゼンノー》《新世壊(1)》
盾:5
マナ:3
手札:3
墓地:1
山札:25
「《新世壊》、水の魔導具……早めに決着をつけたいが」
アギリのデッキは、水文明単色のオレガ・オーラ。どちらかといえばコントロール寄りで、速度のあるデッキではない。
猶予は恐らく、2ターン。
あと2ターン以内にとどめを刺すほどのビートダウンを仕掛けるのは非現実的だが、
「縦に伸ばすより、横に並べるべきか。4マナをタップ……そして《パス・オクタン》をGR召喚」
すべきことは、固まった。
「世界の理、生命の理、力の理、神の理。すべての
偽りでも、気高く。
仮初めでも、強く。
人造の命は、神の領域を脅かす。人の手で、人を陵辱する神を、冒涜する。
「吼け――《Code:1059》」
龍。それが、人の空想した、神ならざる最強の象徴。
目の前の肉塊は、神の眷属ですらない。神にさえ見捨てられた廃棄物だが、腐っても邪神の末端。
秘めたる暴威に抗うには、人なるものの力を。
その不遜で以て、アギリは姉なる者へと牙を剥く。
「ターン終了時、《Code:1059》の能力で《接続 CS-20》をGR召喚!」
ビートダウンを仕掛ける場合、必要なのは打点と手数。
《Code:1059》は、ただそこにいるだけでGRクリーチャーを生み出し続ける。恒久的な戦線拡大、駒の補給を行える。
もっとも、1体ずつ出撃させる以上、大量に展開するには、時間がかかるのだが。
それに。
「《堕呪 カージグリ》!」
「《Code:1059》が戻されたか……」
直後、《Code:1059》は手札に押し返される。
手札に戻されただけなので、出し直すことはできるが、確実に時間を稼がれている。
これで、2枚目。
「――《卍獄ブレイン》……!」
ターン4
アギリ
場:《離脱[チュパカル]》《接続[ザハ・エルハ]》《接続》
盾:5
マナ:4
手札:4
墓地:1
山札:24
アヤハ
場:《ゼンノー》×2《ウェイボール》《新世壊(2)》
盾:5
マナ:4
手札:3
墓地:2
山札:22
(魔導具、ドルスザク……バンダースナッチを思い出すな)
呪文が主体であるため、バンダースナッチとはまるで趣向は違うが、堕落した彼女の姿はまるで腐乱死体。
燻り狂える様は、あまりにも悲しい怒りだ。
「…………」
――奴は今、なにをしているのだろう。奴も【死星団】に捕えられたのか……?
そういえば姉も、バンダースナッチのよく駆り出されていた。その責務を彼女に背負わせていた。
思考にノイズが混じる。決断が鈍る。意志決定が濁る。
アギリは雑念を振り払い、今は目の前の、姉なる者へ相対する。
「《*/零幻チュパカル/*》! 《
ともすれば悪足掻きにしかならないような展開。ひたすら横に横に、アギリは数多のクリーチャーを並べていく。
「3マナで《Code:1059》! 《甲殻 TS-10》をGR召喚! 《Code:1059》をインストール! ターン終了時、《シェイク・シャーク》をGR召喚し、マナドライブで2体目の《ゼンノー》を拘束だ!」
とにかくGR召喚を連打し、オーラも取り付けたが、しかし最初に想定されたリミットが訪れた。
《卍 新世壊 卍》が展開されてから2ターンが経過した。
ここが5ターン目。むしろ、長かったくらいだ。
しかし世壊は無情だ。努力も抵抗も、結実しない結果をすべて否定する。
(《Code:1059》で墓地の《卍獄ブレイン》を潰しておくべきだったか……? 手札は決して多くない、《ギ・ルーギリン》だけなら問題ない。直接のフィニッシャーを握られていなければ、ワンチャンスといったところだが)
そんな希望が通じるほど、姉だったなにかは、甘くなかった。
冷酷で、残酷だ。
「《堕呪 ウキドゥ》! 《堕呪 カージグリ》!」
3枚目、4枚目。
4枚の魔導具が、《卍 新世壊 卍》の下に装填される。
これで最低限の下準備は完了。
あとは、適切な呪文の詠唱が成功するか。
そしてその呼び声に、“彼ら”が応えるかどうか。
どう考えても確定的だというのに、言葉にされない限り希望に縋りたくなる。あり得ないはずの、ほんの少しでもあり得る可能性に祈りたくなる。
そんな祈りなど、なんの意味もないのに。その言葉が現実に降ろされる時、人の弱さを思い知らされる。
黒々とした肉塊は、確かな人の声で、彼女の言葉で、告げる――
「無月の門
――と。
「ァ ァ ア ァ ア」
ぼごぼごと、鈍く肉塊が泡立つ音が響く。
中からなにかが、這い上がってくる。黒い肉を押し退けて、迫り上がってくる。
「ァァァァァァアァァアアアァァァアアアアアアアアアアアァッ!」
悲痛な絶叫が、辛苦の悲鳴が、作り物の宙に響き渡る。
無理やり引きずり出されたかのように、それは、顔を出す。
「……姉さん」
「ァァ、ァァァ、アァ……あ……ァ、ギリ……!」
肉塊から絞り出されてきたのは、女の身体――体色は黒く染まり、目は虚ろで、ボロボロに痩せ細ってはいるが、それは紛うことなく、アギリの姉。
ヤングオイスターズの長女だった者。アヤハと呼称された彼女だった。
「出て来てくれた、か。いや……無理やり引きずり出されたのか。あの餓鬼の仕業だな」
意地の悪いメルクリウスのことだ。恐らくここで、実の姉に言葉を紡がせ、アギリの動揺を誘おうとでも思っているのだろう。
悪辣で小賢しい。本当に性格が悪い。
アギリは表情を変えず、涼やかではあるが。
ここで本当の姉の言葉は、確かに、効く。
そっと、アギリは自分の胸を掻き毟るように、爪を立てる。
「……その姿は、苦しかろう。我が姉よ」
「苦しい……? 苦しい……あぁ、苦しいさ。だけど、それはいつだって、そうだ。ワタシは、いつも、苦しかった!」
彼女はアヤハの声で、姉の顔で、泣き叫ぶ。
みっともなく涙を流しながら、悲しみに慟哭する。
「人の世との壁があった! 決定的に踏み越えられない隔絶があった! 女王の鎖があって、仲間の軛があって、己の呪縛があった! ワタシの! お前達の! 呪いが! 縛りが!」
十二人の群体が個。個にして群、群にして個。それぞれの意志はひとつの総体としてある。
ひとつの肉体に十二人の意志、魂がある、歪な生。それが『ヤングオイスターズ』だ。
混線する意識、自我。振り回される情緒、感覚。自分が苦しい時、誰かは悲しい。自分が辛い時、誰かの喜びがノイズになる。
歓喜は誰かの悲嘆に打ち消され、己の辛苦は誰かの悦楽によって歪められる。
自分が何者かであるかも忘れてしまいそうな喪失の恐怖を抱えながら、彼らは、我々は、混沌とした生を授かったのだ。
その苦しみを今、彼女は、吐き出している。
「はっ、いっそこのままでもいいくらいだ。女王は恐ろしい。けど、今、この時、ワタシはワタシでいる。他の弟妹なんて雑味のない、個としてのワタシでいられる! イカれた奴らに振り回されることもない、自分を見失うことも、自我が混濁することもない! 不思議の国よりは、いくらかマシな場所だ」
「……そんなにバンダースナッチのお守りは嫌だったか。公爵夫人の殺意は理解できなかったか? 帽子屋の狂行も、三月ウサギの淫行も、行眠りネズミの蛮行も、あなたはそれほど受け入れられなかったというのか?」
「言わなくてもわかってるだろうが、お前はワタシでもあったんだ。ワタシたちみたいな“人でなし”が、人の世で生きるってことを、あいつらはなんもわかっちゃいない。肝が冷える毎日だった! 意味のないリスクばかりを負って、計画も展望もない栄華を打ち立てて、ろくにそこを目指しちゃいない! 生まれながらに狂ってんだよ! あいつらは! ワタシは、ワタシは……!」
「そんなに死にたくないか」
「ッ!」
ピシャリと、アギリは言い放つ。
「知っているさ、俺はあなただった。あなたは俺だった。ヤングオイスターズの皆、誰だってあなたの苦しみは知っていた。あなたは誰よりも、死を恐れていた、と」
死にたくない。失われたくない。
短命なヤングオイスターズの、ささやかにして根源的な願い。
危険を排除したい。降りかかる災厄はすべて抹消したい。生きたい、生き延びたい。死にたくない。
ヤングオイスターズの長女であった彼女を突き動かしていたのは、そんな原始的な欲求だった。
「……哀れだな」
「んだと……? 死にたくないのは生物の本能だ! それに、誰も不思議の国の惨状を正しく理解しちゃいねぇ! 人の世に、ワタシら人外の入り込む余地なんてねぇ! いずれ淘汰されて、惨めに消えていくだけって未来が見えちゃいねぇんだ!」
「だから生存を望んだと? あまり生者を馬鹿にするなよ、
「てめぇ……!」
「確かに不思議の国の連中は揃って馬鹿だ。どいつもこいつも頭がおかしい。なぜ今の今まで生きているのか不思議なくらいに愚かでどうしようもない狂った奴らだ」
だが、しかし。
「……奴らは、生を謳歌している」
「は?」
「楽しんでいる、と言っているんだ」
アギリの言葉に、彼女はぽかんとしている。
しかしやがて、ギリギリと、歯を軋ませる。
「楽し、んで……ふざけてんのか?」
「ふざけられる余裕もない生になんの意義がある? 生存のためにリスクを避けるのは正しいだろうさ。だが、死なないために悲観的になるのは、生きているとは言わない。そんな生き様は、なんの価値もない。快楽に溺れるでもなく、しかし悦楽を切り捨てるでもなく、歓楽と寄り添い駆け抜けるからこそ、生物の命とは輝くものになる」
アギリは捲し立てるように言葉を紡ぐ。
これまで冷静に、沈着に保っていた彼が、ありったけの熱を込める。
「最期に笑えば愚者でもいいなどとは言わん。だが、我が姉よ! 貴様には一言、ハッキリ言わなければ気が済まないことがある!」
波濤のように押し寄せる、アギリの激情。
自分は長男だが、長ではない。一番目である長女の下にいる、二番目でしかない。
今まではその顔を立てていた。序列に従い、姉への敬意で目していたが。
その軛は、もはや捨て去った。アギリはすべてを曝け出し、吐き出す。
「あなたの考えは間違っている! 長女としての責務を背負った姿には敬意を表するし、俺はその姿に憧れた……だがそれ以外は全部クソったれだ! 無能な愚姉が!」
「なっ、あぁ!? てめぇそんな口汚ぇ奴だったのかよ! つーか人が黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!」
「それはこちらの台詞だ!
「あ……!?」
一番目と二番目、姉と弟、アヤハとアギリ。
アヤハは、自分のことで精一杯だったかもしれない。
けれど『ヤングオイスターズ』は、個にして群、群にして個。
これは、ふたりだけの問題ではない。
だが、
「……馬鹿にしてんじゃねぇ」
ぐじゅぐじゅと、沸騰するかのように、彼女を覆う黒い肉塊が泡立つ。
怒り、憎しみ、妬み、嫉み。
あらゆる負の感情が、黒い仔山羊の身体を溶かし、膨張させる。
「てめぇに、ワタシの――『ヤングオイスターズ』の長が抱える苦悩の、なにがわかるかってんだッ!」
――『ヤングオイスターズ』の長。一番目と称される存在。
ただ、長兄長姉として弟妹たちを導く、だなんて簡単な話ではない。
彼らは“次に死ぬべき存在”として、余命残り僅かな者として、死の宣告を受けたことと同義なのである。
『ヤングオイスターズ』、哀れな若牡蠣たち。その名の通り、若い間しか生きられない、哀れな命だ。
「長女を継いで、僅かな時間を与えられ、その中で長としての責務を果たせってか? そんなクソったれたシステム、ワタシは、継ぎたくなかった! 自由でいられるなら、楽しく笑えるような生き方ができるなら、とっくにそうしてた!」
だけど、できない。
どうしようもなくわかっているから。この世は艱難辛苦、絶望しかなく、自分たちに未来も栄華もないと、理解しているから。辛酸を舐め、這いつくばって生きることしか、できないのだ。
だからもう、彼女は戻って来れない。
未来を黒く塗り潰され、諦念で押し潰され、重責も、思考も、生存も、呪縛も、すべてが失われた傀儡だからこそ、苦しみのない今。
このどす黒いぬるま湯から、這い出ることは、できなかった。
現実を受け止められず、心は摩耗しきった。今まで容易く流れなかっただけでも奇跡的だ。
逆説的に、彼女はもう、その奇跡を喪ってしまった。
「水面の月よ、黒き影にてすべて飲み込め! 妥協と受容と諦観が、苦しみから解放する標となる!」
漆黒の宙を映す水面の門扉が開かれる。
暗夜に沈む無月から聞こえてくるのは――呪詛。
この世すべてを呪い尽くす、災禍の調べ。
詠唱を続けた大儀式の果てに、彼女は災厄を呼び起こす門を創造する。
「《月下卍壊 ガ・リュミーズ 卍》ッッッッッッッッッ!」
門が開き、異形が溢れ出す。
鈍く地を鳴らす
そして、それらを引き連れた、揺蕩う水の如き神獣。
魂まで腐り落ちた今の彼女に世界を終わらせるような役割は分不相応ではあろうが。
目の前の愚弟を葬り去る程度の力はあった。
「《凶鬼卍号 メラヴォルガル》を3体! さらに《卍 ギ・ルーギリン 卍》!」
「来るか……!」
アギリは身構える。
同時に、3体の《メラヴォルガル》が、砲身を『ヤングオイスターズ』へと向けた。
「《メラヴォルガル》の能力で、互いのシールドを2枚ブレイク!」
ズンッ、と。
重い衝撃が走る。自分も相手も諸共に、命を削り取る。
2枚のシールドが失われるが、まだ終わりではない。
「S・トリガー! 《堕呪 カージグリ》! 《Code:1059》を手札に戻す! 2撃目!」
「ぐ……っ!」
「3撃目ェ!」
《メラヴォルガル》が3体、自分と相手、最大でそれぞれ6枚のシールドを叩き割る豪快な攻撃。
自分のシールドも失うが、《ガ・リュミーズ》の効果で彼女はエクストラターンが確約されている。そのためアギリは、シールドが存在しない状態でターンを渡さなければいけなくなる。
無防備なところに、ブロックされないドルスザクが4体。その他多数のウィニー。
このパターンに持ち込まれてしまったら、返すのは困難を極める。S・トリガーはほとんど引けず、アギリのデッキにはニンジャ・ストライクもない。盤面に並んだアタッカーを1体も処理できない。
もうこのまま、押し通される。
そう思える状況だが、しかし。
「……ここだ! S・トリガー!」
《メラヴォルガル》に砕かれた最後のシールドが、光り輝き、収束する。
「ギガ・オレガ・オーラ起動! 《*/弐幻キューギョドリ/*》! 《パス・オクタン》をGR召喚! さらにギガ・オレガ・オーラは、もう1体追加でGR召喚できる!」
《ギ・ルーギリン》がいるのでブロッカーは無意味。《シェイク・シャーク》は出し切った。それ以前に、相手には動けるアタッカーが多い。
GRクリーチャーの出力では、これだけ並んだクリーチャーを処理することは不可能だが、
「……姉さん。俺はあなたを否定する」
アギリは、姉だった者に、正面から立ち向かう。
「生存に焦るあまり、生きる意味を見失ったあなたは間違っている。だけど、それでも、あなたは確かに俺の……俺たちの、姉だった」
既に死した屍で、それが無理やり動かされ、尊厳が歪められ、操られているのだとしても、あれは確かに姉だ。
そんな彼女を殺すために、自分はここにいる。
しかしそれは、介錯ではない。
「一度は腐り落ちた。死んだんだ、あなたは。あなたは『ヤングオイスターズ』としての使命を果たしている」
「知らねぇ! うるせぇ! 使命がなんだ! 宿命がなんだ! 勝手に押し付けられた呪いで、てめぇの生を否定されていいわけがねぇ! ワタシは、もっと――生きたい!」
「いいや! あなたは殺す。
長女の彼女へ向けて。
長男の彼が告げる。
「一番目、長女アヤハ。あなたの生存への執着は忘れない。あなたという過去があるから、今という俺たちがあり、そして未来に繋がっていく」
これは儀式だ。本来の形からは逸脱してしまったが。
『ヤングオイスターズ』たる自分たちに必要な通過儀礼なのだ。
二番目、長男、アギリ。
彼は告げる。
彼女に、弟妹たちに。
「だから、次は、俺が――」
そしてなにより、自分に。
自分の在り方を、継承すべきものを、宣言する。
「――
アヤハは、長の座に居座りすぎた。
そこから引きずり下ろし、次なる長として、アギリが座する。
そのために、彼女からその座を引き継ぐためだけに、アギリはここまで諦めなかった。
どんな絶望にも抗い、喪失も耐え、あらゆる言葉を建前として進んできた。
すべては、兄として――長兄に至る者としての、義務だから。
その意志が、責任が、具現化する。
「歓喜の宙へと思いを馳せ、我らは今、楽園へ至る」
水球が命を生み出す。
偽りでも、作り物でも、確かな魂の波紋が広がっていく。
「GR召喚!」
漆黒の水面を突き破って。
暗黒の宇宙を突き進んで。
アギリは長として、その名を呼ぶ。
「翔べ――《C.A.P. アアルカイト》!」
ターン5(アヤハEXターン)
アギリ
場:《離脱[チュパカル]》×2《接続[ザハ・エルハ]》《サンドロニア[シャーク]》《キューギョドリ[オクタン]》《接続》《シャーク》《アアルカイト》
盾:1
マナ:5
手札:10
墓地:1
山札:19
アヤハ
場:《メラヴォルガル》×3《ゼンノー》×2《ウェイボール》《ギ・ルーギリン》《ドゥザイコ》《新世壊(4)》
盾:1
マナ:5
手札:3
墓地:3
山札:18
それは、空想の海を渡り、幻想の空を航行する、生きた艦。
アギリが導き出した、『ヤングオイスターズ』を統べる長としての在り方。その証明にして具現。
それが――《
「ごちゃごちゃ……うるせぇ!」
《ガ・リュミーズ》の効果により、時空が歪む。。
時間は不規則に波打ち、虚空はひび割れて、世界の崩壊が始まった。
アギリに身を守る盾はない。姉だった者の殺意は、彼を容易く貫くだろう。
「てめぇがいくら吼えようと、今は、ワタシのターンだッ! 《堕呪 ゴンパドゥ》! さらに《堕呪 ザフィヴォ》! 《ザフィヴォ》の効果で《カージグリ》! 《アアルカイト》をバウンス!」
「させるものか! 《パス・オクタン》の能力で身代わりに!」
「だったらそのまま消し飛ばす! 《ギ・ルーギリン》で、ダイレクトアタック――!」
「いいや、あなたの時代は終わる。ここからは引き継ぎだ。あなたが背負ってきた時間、今度は俺が背負わせて貰う」
《アアルカイト》が啼く。絶望に打ちひしがれた絶叫でもない。苦悶に満ちた嗚咽でもない。
それは、諦めたくないと願う、未来への咆哮。
歓楽に満ちた明光を信じる楽観。そして、そこに至るための希望。
「俺の水のGRクリーチャーを4体戻し、この歪んだ世界を修正する。さぁ翔べ、《アアルカイト》! 歪められた時を超え、正しき位相へと舞い戻れ!」
《アアルカイト》は希望を乗せて、虚の海を渡る。幻の宙を飛ぶ。
それは果てしない航行。しかしそれを成し遂げた先にある、楽園を目指して――
「――超天フィーバー!」
ターン6
アギリ
場:《離脱[チュパカル]》×2《アアルカイト》
盾:0
マナ:5
手札:12
墓地:2
山札:18
アヤハ
場:《ゼンノー》×2《ドゥザイコ》×2《ギ・ルーギリン》×2《メラヴォルガル》×2《ウェイボール》《新世壊(4)》
盾:1
マナ:6
手札:3
墓地:5
山札:15
「――あ?」
なにが起こったのか、彼女は理解できなかった。
《卍 新世壊 卍》が無限にも近しい無月の門を開き、大儀式《ガ・リュミーズ》が唱えられ、数多のドルスザクが顕現し、このアギリは世界の崩落に飲み込まれて消えたはず。
そうなる、はずだったのに。
彼は、弟は――『ヤングオイスターズ』の長になった奴は、生きている。
「《アアルカイト》の超天フィーバー――相手のターンを強制終了する」
「な……に……? んな、馬鹿な……」
「なにを驚いている、ねじ曲げられた世界があるべき姿に戻っただけだ。この世界も、あなたの魂も。無理やり引き延ばされた生は、俺がここで断つ」
《ガ・リュミーズ》のエクストラターンは、《アアルカイト》によって相殺される。
《メラヴォルガル》の力は諸刃の剣。アギリを追い詰めた邪神の力は、今、呪文の担い手であった彼女へ向けられる。
残りシールドゼロ。まだ、ブロッカーはいるが、
「終わらせるぞ。1マナで《*/零幻チュパカル/*》! 2マナで《Code:1059》! 《C.A.P.アアルカイト》にインストール!」
アギリは超天フィーバーのため、場に残っているのは《チュパカル》2体と《アアルカイト》のみ。
《メラヴォルガル》3体に《ギ・ルーギリン》の壁は決して低くはないが、アギリは先の攻防で、既に手に入れていた。
「3マナでさらに――《
求めていた切札が、今、この手にある。
「害為す邪悪を修正し、世界は今、楽園へ至る」
《アアルカイト》が、希望を運んでくれた。
楽園へと到達し、届けてくれた。
なればあとは、執行するだけ。
苦しみの中でも、楽しいと思う感覚は捨てたくない。自分の生を感じるために、楽しさは手放さない。
今と、未来への歓楽を、力に変えて。
それが“生きる”ということだと、証明するために。
「飛べ――《ア・ストラ・ゼーレ》!」
龍の
どちらも人造なれど、楽園という未来のために尽力する存在。
それらが引き合わされ、《アアルカイト》はより高く、先へ、飛んでいく。
「《Code:1059》で4000、《ア・ストラ・ゼーレ》で6000、そして《アアルカイト》のパワーは、水のGRクリーチャーが4体以上いれば9000となる! 合計パワー19000!」
場には《チュパカル》がインストールされたGRクリーチャー3体に、《アアルカイト》。すべて水文明だ。
「《ア・ストラ・ゼーレ》の効果により、パワー19000未満のクリーチャーをすべて手札へ!」
「が、ァ、アァ……!」
《Code:1059》が、《ア・ストラ・ゼーレ》が、《アアルカイト》が、吼える。
その魂の叫びが、あらゆる邪悪を浄化する。《メラヴォルガル》も《ギ・ルーギリン》も、すべて、消滅した。
「こうして6体以上のクリーチャーが手札に戻されたことで、今度は俺が追加ターンを得る……もっとも、これ以上あなたを生かしはしない」
「いや、だ……嫌だ! ワタシは、死にたく、ねぇ……! まだ、生きたいんだ! 生きたい……!」
「……その慟哭は、流石に、胸にくる。しかし妄執に取り憑かれたあなたを、生きていると認めるわけにはいかない。これ以上、自分の尊厳を踏み躙らないでくれ。これ以上、俺の敬愛する姉を、貶めないでくれ――姉さん!」
如何に長といえど、弱音くらいは吐くだろう。心折れてしまいそうなこともあるだろう。それを責めることなんて、本当はできないはずなのに。
それを支えてやれなかった悔恨が募る。しかし今更、過去には戻れない。誰だって、今と未来にしか生きられないのだから。
だからせめて、この後悔は未来に持って行く。
女王の打倒も、仲間の救出も、建前で。
ただこの無念を晴らし、贖罪を成し遂げ、長の位を継承する――そんな自分本意な理由で、アギリはここにいる。
後ろめたく、後ろ暗い。
そんな罪と、偉大なる先代達の怨嗟を背負って。
アギリは、姉と――決別する。
「さぁ、終わらせよう。これが
先代の死を以て、『ヤングオイスターズ』は代替わりとなる。一番目が死に、二番目がその座につき、序列が動く。
哀れな若牡蠣の姉よ、苦しみに満ちた生だったかもしれないが、せめてこの一瞬だけでも、安らかであれ。
目元を拭い、ぽつりと、こぼす。
――最後まで助けてやれなくてごめんなさい、姉さん――
「《
裏でちまちま描写していたアギリのサイドストーリーは、ここで一時完結です。
無事、アギリはアヤハを討ち、長男と相成りました……しかし過程があまりにも歪んでしまったあたり、やはり彼らはどうしたって、哀れな若牡蠣なのでしょう。
しかしその悲哀を背負いつつも、アギリならば、希望を失ことはないのでしょうけれど。