デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 前半戦終了


54話「討滅・星の賢者 Ⅻ」

 

「三月ウサギぃ?」

 

 メルクリウスは、その存在を認知するや否や、困惑と、吃驚と、侮蔑と、嫌悪がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた表情を見せ、瞬きの間にそれを視線として――ディースパテルに向けた。

 

「ディジーさん。なんなのです? これ?」

 

 冷たく、突き刺すような声と眼差し。

 詰問、されているのだ。あるいは、彼女は尋問のつもりかもしれない。

 ディースパテルは務めて冷静に、淡々と問答を返す。

 

「お前なら見たらわかるはずだ。俺が呼び込んだ」

「そんなこと聞いてんじゃねーのですよ」

 

 メルクリウスは目に見えてわかるほどに、苛立っていた。

 不快感を隠しもせず、声を荒げてディースパテルを問い詰める。

 

「あれ、あなたの管轄でしょう? それをあたしの王国に呼び込むとか、どういうつもりなのです? まさか裏切りなんて言わないのですよね?」

「言うわけないだろ、そんなこと」

 

 事実ではあるがな、とは言わない。当然ながら。

 

「まあ黙ってたのは悪かった。お前に倣ってサプライズ、ってやつだよ」

「ふーん、ディジーさんがサプライズ、ねぇ。らしくもないことなのです」

「確かに俺は、ミネルヴァの王国から脱走した三月ウサギの捕縛の任を引き継いだ。それで実際、あいつのとこまでは辿り着いた」

「じゃあ、なんで彼女はここにいるのです? そのままあなたの王国で預かるなり、ミーナさんに引き渡すなりすればいいものを」

「こっちの方が確実だと思ったからだよ」

「むむ」

 

 ディースパテルの言葉に、メルクリウスが反応を示す。

 

「どんな手を使ったか知らんが、三月ウサギはミネルヴァの鉄壁無双の監獄『光の神殿・愛護の契』から脱出した。本来ならあり得ねぇことだ。これだけで逸話たり得る異形ってレベルでな」

「それもそうなのですね。それが?」

「運が良かったのかもしれない。奥の手があったのかもしれない。どうしたにせよ、あいつはミネルヴァの王国から脱走を果たした。その能力は認めなくてはならない」

「…………」

「で、だ。そもそも俺の王国は、あんま捕縛とか戦闘とか向いてねーからな。俺の世界は生かしどころが限定的に過ぎる。だがお前の王国はどうだ」

 

 ディースパテルは、黒い海、闇の宙に浮かぶ衛星都市――『現創星間都市クリティアス』の中枢部を、ぐるりと見回す。

 時空間を超越する監視カメラ、それらをリアルタイムで繋ぐディスプレイ。あらゆる事象を観測し、数値化する無数の計器。そしてそれらを防護する鉄壁無双の居城にして、無尽蔵の兵士を供給する工場でもある宇宙ステーション。

 この場所は、およそ現人類の手では到達できない。感覚以上に理屈が、すべてを物語っている。

 

「現人類を圧倒する科学力。空想を現実に落とし込む非実在性への反逆。それらをひとりで管理、運営、処理するマスター。俺の王国より、よほど設備がいい。地球なんて枠組みで暮らしてた連中じゃ、この圧倒的な技術の粋を集めた要塞は、絶対に崩せないだろうよ」

「……ディジーさんにべた褒めされると、むしろ怖いのですけど。なにか言いくるめようとしているのです?」

「俺は事実を述べただけだ。実際、お前の王国は拡張性が段違いだ。故に対応力も飛び抜けて高い」

 

 外界のあらゆる情報を吸収し、それを蓄積、反映させることができるメルクリウスの性質は、この異聞神話空間と最高に相性がいい。

 無限の知識を糧に、無限に広がる可能性を模索し、対応する。想像力が尽きぬ限り、彼女にできないことはなにもない。

 

「三月ウサギに限った話じゃないが、俺は種を保存するなら、ミネルヴァの堅いだけの牢獄より、お前の変幻自在の世界で幽閉する方が効果的だと思っている」

「じゃあ捕まえてから引き渡せばいいのです。なーんでわざわざ五体満足で連れてくるのですかねぇ」

「俺のボロい王国じゃ、簡単に脱走されそうで怖いってのが本音だが……それ以上に」

「それ以上に? なんなのです?」

「お前ならできるだろ、メルクリウス・エノシガイオス」

 

 ディースパテルは、値踏みするように、それでいて讃辞の如く、彼女を見据える。

 

「お前は無尽の探究心と、不朽の叡智を授かった――星の賢者だ」

「…………」

「そんなお前なら、中途半端なことせず、徹底的に事態を収束させられる力がある。俺はお前をそう評価している」

「へぇ。挑発のつもりなのです?」

「正当な評価だ。俺はお前を結構買ってるんだぜ? なんだって、お前がいるから俺たちは世界のすべてを監視し、現人類へ優位に立てる。お前のこの星への理解と、それを活用する技術が、俺たち【死星団】を支えている。生意気だが、これは事実だ」

「……くふふっ」

 

 メルクリウスは、笑う。

 屈託のない笑顔で。嬉しそうに、笑う。

 その一瞬だけは、本当に、ただの少女のようだったが。

 すぐ彼女の顔色は、傲慢に満ちたものに塗り替えられる。

 

「おっかしー! なにその台詞! ディジーさん、ガラにもなさすぎなのです!」

「わざわざ言うことでもないからな」

「でもそういうの嬉しいのですよ。褒められるとメルちゃん、やる気出るタイプなのです」

「そいつは重畳」

「なんか試されてるみたいなところ、ハッキリ言ってかなりムカついたのですけど。まあでも?」

 

 メルクリウスはディースパテルに背を向け、ディスプレイに齧り付く。

 

「サプライズもドッキリも、全部こなしてこそのメルちゃんなのです。あたしは誰よりも強い。無限の伸び代が確約された、未来の大賢者――メルクリウス」

 

 シリーズも、ヘリオスも、ディースパテルも、ミネルヴァも。

 【死星団】の誰もが、産まれながらにして完成形。しかし。

 メルクリウスだけは、違う。

 彼女だけは未完成のままの幼体として産まれた。未だ発展途上の未熟な姿だが、外界からあらゆる情報を取り込むことで、彼女は、無限に成長する。無尽蔵に強くなる。

 序列二位なんて飾りだ。彼女の野心は、すぐにでも一位のミネルヴァを喰らわんとしている。

 

「その安い挑発、乗ってやるのです。三月ウサギさん一匹、ちょちょいと遊んで狩ってやるのですよ。あなたはそこで見ててください、ディジーさん」

「そうさせてもらう」

 

 ――乗り切った。

 ディースパテルは内心、胸をなで下ろす。

 正直、冷や汗ものだった。ここはメルクリウスの支配領域。本気で尋問されてたら、流石に危なかった。

 

(疑念が膨らんで精神干渉までされてたら、言い訳も苦しかったな。スパイってのも楽じゃねぇな)

 

 三月ウサギは、ディースパテルにとって切札に等しかった。

 総戦力に不安があるマジカル・ベルたちの後押しをするための追加戦力。

 

(ミネルヴァの神殿から脱獄させたり、無理やり契約させたり、こっそり連れ込んだり……これまでの労力に対する能力は圧倒的にわりに合わないが)

 

 メルクリウスを処理落ちさせる。

 そのために追加できる最後の戦力が彼女だ。そもそもの人員が少ない以上、手間を惜しんではいられない。

 

(とはいえ、ここまでやって五分五分だな。最悪、メルクリウスに気取られるのは覚悟の上で、俺が王国の構成理論を断ち切りに行くっきゃ――)

 

 

 ――突如。

 低く唸るような音が、響き渡る。

 

『!』

 

 これは緊急時の警報。即ちサイレンだ。

 予期せぬ異常事態が発生した証である。

 

「おい、メルクリウス」

「……正体不明の生体反応が、『クリティアス』に侵入したのです。これもディジーさんのサプライズなのです?」

「いや、知らねぇな」

 

 これは本当に知らない。ここでイレギュラーなど、ディースパテルも想定していない。

 メルクリウスの王国に侵入できるような力を持つ者は、ほとんどいないだろう。しかも海底都市ではなく、星間都市まで侵入するなど。

 

「早急に対応するのです。緊急ナンバー0002発令――」

「待て、メルクリウス」

「なのです?」

「俺が出る。こういう予測不能の事態に対応するために、俺がいるんだろ」

「あー、そういえばそういう役割分担なのでしたねぇ、当初は」

 

 メルクリウスは露骨に渋い顔をする。おだてられて気持ちよくなっていたところに、自分の仕事を横取りされそうなのだから、当たり前である。自尊心が高いメルクリウスなら余計にだ。

 すべて自分の手で管理するからこそ満たされていたメルクリウスが、ディースパテルにその権利の一部でも譲るのは、気位が許さないだろう。ディースパテルも、そんな、メルクリウスの性格に付け込んで今回の策があるのだから、あべこべもいいところだ。

 しかし、 メルクリウスにとってのイレギュラーは、ディースパテルにとってもイレギュラーだ。

 この状況でメルクリウスの王国に侵入できるような存在を無視するわけにはいかない。たとえそれが、メルクリウスにとっての敵であろうと、ディースパテルの味方である確証もない。

 故にそれを、確かめに行く。できれば、メルクリウスに感知されないうちに。

 メルクリウスはしばし考え込む。

 

「……まあここはディジーさんの顔を立ててあげるのです。本来の役割を遂行する方が、合理的なのですしね」

 

 などと言っているが、内心では正体不明の存在に特攻させてデータを得るための生贄にする気なのだろう。ディースパテルが同じ立場ならそうする。

 信頼は利用と同じだ。とはいえ今回はその狡猾さがありがたいが。

 

「任せろ。国の構造ではお前には敵わないが、個人の対応力なら自信がある」

「あたしもモニターしてるんで、深追い厳禁なのですよ。最悪、都市の一部を切り離して宇宙に放り出すだけなのですし」

「最悪の手段に頼らないよう努力はするさ」

 

 メルクリウスが“その気”になれば、この箱庭での小さな闘争は一瞬で終わる。

 そうならないように、その気になる前に、ディースパテルは手を尽くす。

 ディースパテルが管制室から消え、残ったメルクリウスは、モニターを通じて『ティマイオス』の様子を確認する。

 

「さて、と」

 

 長良川謡、チェシャ猫、ヤングオイスターズ、眠りネズミ、伊勢小鈴。それぞれに送り込んだ専用の刺客は退けられた。

 しかしその程度では、メルクリウスの手札は尽きない。彼らを討滅するための駒も、策も、無数にあるし、いくらでも生み出せる。

 

「懸念事項が増えてしまったわけなのですが――こっちの“遊び”も、そろそろ本腰入れないと、なのです」

 

 ユニットを編成して眺めるだけの戦争は終わりだ。

 やはりゲームは自らの手で。自ら思考し、動かす操作感が快楽の根源。

 不意に発生したイレギュラーに意識を留めつつも、メルクリウスは。操縦桿を握る。

 

「レイドバトルも面白そうなのですが、ここはリズちゃんに倣ってタイマンと行くのです。古き良き決闘、ロートルなのですが、これはこれでアツいというものなのですよ」

 

 前半戦は終了した。

 ここからは、後半戦だ。

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

 『クリティアス』に突如発生したイレギュラーな生体反応を追いかけて、ディースパテルは星間都市第十二区画へと赴く。

 しかしまったく奇妙な出来事だ。異聞神話空間は、邪神と異形の力により、無理やり神話的特権に接続することで授かった権能。言わば、擬似的な神の領域。【死星団】でもない者が、異聞神話空間内に侵入するなど、本来は不可能なのだ。

 

「【死星団】なら、多少は強引に侵入することも可能だが、そんなことする奴は……」

 

 ……いないこともなかった。

 

「まさか、ヘリオスだったりしてな……」

 

 だとしたら、それはそれで最悪だ。メルクリウスに頼んでしばらく宇宙に放り出して貰う他ない。

 いや、彼であれば宇宙に放り出されたとしても、無呼吸状態のまま、身体を爆散させながら泳いで戻ってきそうだが。

 兎にも角にも、その存在は確認しなくてはならない。どう転んでも、ディースパテルにとって手放しに喜べるような来訪者ではなさそうだが。

 

「ヘリオスの言葉を借りるなら、そうだな。鬼が出るか蛇が出るか、ってところか」

 

 などと言いながら――当該領域に到達した。

 空間の乱れが酷い。無理やり国壁をぶち破ったようだ。

 

「メルクリウスの国壁を突破するとは、ヘリオスっぽさ全開だな。だが……」

 

 違う。とディースパテルは直感する。

 国壁を突破した形跡。残留したマナの質。確かにヘリオスに近いものは感じるが、確実に別の者の仕業だ。

 彼のように狂っていて粗暴さを感じるが、もっと重く、沈んだような、乾いているのに粘り着くような感覚。

 ディースパテルは歩を進める。

 奥へ、奥へ。

 その先に、誰かが、いる。

 

「っ……お前は」

 

 思わず息を呑んだ。

 それは、ゆるりと立ち上がる。

 

「言われるがままに来てみれば――息苦しいところだ。だがしかし、風呂場で塩素が云々と書かれた洗剤を混ぜた時よりはマシだな。あの時は死ぬかと思った。まあ、もうほとんど死んでいるようなものだが」

 

 そして、こちらに、振り向いた。

 

「さて、そこの貴様。尋ねたいことがある」

 

 彼はディースパテルに問いかける。

 イレギュラーもイレギュラーだ。この来訪はまったく予想していなかった。

 しかし、彼がここにいることに、なぜか納得してしまう自分もいた。

 これならばある意味では、ヘリオスの方がまだ良かったかもしれない。

 どちらが御しがたいかなど、考える意味もない。狂気の程度など天秤にかけるだけ無駄というもの。

 だがそれでも、ただ狂っている、ということにおいて、彼以上のものはいない。

 なぜなら、彼は――

 

 

 

「実子はどこだ?」

 

 

 

 ――『イカレ帽子屋』、なのだから。




 帽子屋、参戦。
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