デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 後半戦開始


55話「破滅・星の愚者 Ⅰ」

「そういえば、三月ウサギさんは、どうしてここに?」

 

 ふと気になって、聞いてみた。

 このおかしな世界は、わたしたちの世界とは決定的に異なるルールで存在している、らしい。だから本来、わたしたちから干渉することはできず、侵入もこの世界の主の許可を得るか、あるいはディースさんの力を借りないとできないって聞いたんだけど……

 訊ねると、三月ウサギさんはムスッとした顔をする。

 

「…………」

「どうしたんですか?」

「うるさいわね、なんでもないわよ!」

「いひゃいいひゃい! いひゃいでふって!」

 

 突然、ほっぺを摘ままれて引き伸ばされる。痛い!

 

「うぅ、なんでほっぺ引っ張るの……聞いただけなのに」

「色々言えない事情があんのよ」

「事情って?」

「だから言えないっての。あいつ、無理やり妙な契約結ばせて……詐欺どころかこんなの呪いよ、呪い」

「?」

 

 よくわからなかったけど、言えない事情があるのかな。

 

「ほんっとここ最近、僕の周りはムカつく女と胡散臭い男ばっかりでやんなっちゃうわ。あぁ、帽子屋さんが恋しい……」

「帽子屋さんも相当に胡散臭いと思うよ……」

「ガキンチョにはわかんないわよ、あの人のことは。ましてや人間のガキなら尚更」

「わたし今、身体はほとんど人間じゃないらしいけどね」

「……そういうこと、サラッと対抗して言い返してくるのも異常よ。あんたもなんか、感性歪んでない?」

「? そうかな?」

「しかも自覚ないし。まあ僕からしたら、あんたのことなんてどうでもいいんだけど――」

 

 三月ウサギさんは呆れたように嘆息する。わたし、なにか変なこと言ったかな?

 鳥さんを見てみると、ちょっと悲しそうな顔をしていた。

 なんでみんなそんな反応なの? と聞き返そうとすると、

 

 

 

 ――アップデートのお知らせなのです。

 

 

 

 突如、この世界に、声が響き渡る。

 幼い、女の子の、声。

 

「!」

「え、なに? アップデート?」

 

 わたしたちの混乱などお構いなしに、声は続く。

 

 

 

 ――本邦『ティマイオス』にお越しの皆様方、此度のご来国まことにありがとうなのです。皆様の奮戦(笑)に敬意を表して、量産型メルクリウス及びその他エネミーの出現率、AI及び使用デッキを改修するのです。どうぞ引き続き、『海洋都市ティマイオス』をお楽しみくださいなのです――

 

 

 

 AI? デッキ改修?

 なにを言っているの……?

 

「ど、どういうこと?」

「知らないわよ、僕だってさっき来たばっかりなんだから!」

 

 わからない。わからないけど、なにか重要なサインであることだけは直感できる。 

 今のアナウンスに合わせるように、あの子の姿が――量産型メルクリウスが、やって来る。

 

「来た、あの子だ……でも」

「ふたりしかいないわね。こんなもんなの?」

「いや、さっきまではもっとたくさん……」

「メルル? メルメル?」

「言語能力低いわねこいつら。やる気かしら?」

「いきなり襲ってくるから、気をつけてください」

「誰にもの言ってんのよ。僕は泣く子も鳴かす三月ウサギよ。ガキは趣味じゃないけど、全員纏めて抱いてやろうじゃない」

 

 この人とは、代海ちゃんのこととか、鳥さんのこととか、前に色々あったけれど……

 今は、一緒に戦ってくれるみたい。ちょっと、心強い。

 

「……ムカつくことに、そういう契約だしね」

「どうしたんですか?」

「うるさい、なんでもないわよ!」

「だからなんでほっぺを!? いひゃい!」

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――《キング・マニフェスト》をバトルゾーンに!」

 

 

 

 姉を看取った直後、弟妹の顔がついた化物が襲いかかってきたと思ったら、妙なアナウンスが流れ、そのまま対戦へ。

 冷静沈着を旨とするアギリといえども、状況が飲み込みきれない。多少の困惑を抱えつつ、冒涜と侮辱の過ぎる敵性体と相対するも、それは姉との戦い以上に凄烈なものとなる。

 

「まずは、《キング・マニフェスト》の能力で山札をシャッフル!」

「山札を捲って1枚目を使用する! それがクリーチャーなら“召喚”することができる」

「捲れた、出て来た、終わった! 《終末縫合王 ミカドレオ》! 山札から4枚を捲って、クリーチャーをすべてバトルゾーンへ!」

「《超絶奇跡 鬼羅丸》《完全不明》《黒豆だんしゃく》! 勝った勝った、残りはマナへ!」

「コスト8以上のクリーチャーが4体……次のターンを迎えれば、オレたちの勝ち」

「《完全不明》がいればお兄ちゃんのターンもすぐスキップされるよ」

 

 6つの顔から、それぞれ弟妹の声がする。

 見るのも堪えず、聞くにも堪えない。

 怒りの沸点などとうに振り切れており、憎しみすら覚えるほど。

 しかしアギリはそれらの激情を抑え、現状を分析する。

 

「つい先ほど、アップデートがどうとかアナウンスがされたが」

 

 なるほど確かに、強さが一段違う。

 マナゾーンにも見えている《ミステリー・キューブ》、そして《キング・マニフェスト》。大型クリーチャーを捲り、《キング・マニフェスト》によって召喚扱いで現れた《ミカドレオ》でさらに捲り、並べ、場を制する。

 運任せと言えばそれまでだが、アタリは多い。今回は一等賞を当てられてしまったようだが、二等賞でも三等賞でも十分な出力が出るように構築されているあたり、今までの量産型や壊れてしまった姉とは一線を画する力量だ。つまり、

 

「強いな……」

 

 異形の冒涜ではなく、ただ純粋に、この盤面に対してのみ、思う。

 アギリの表情には、苦しさが滲んでいた。

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

「《霊峰 メテオザ-1》を召喚! 続けて《我我我ガイアール・ブランド》を2マナで召喚! 《メテオザ-1》からスター進化!」

 

 押し寄せる量産型メルクリウス。眠りネズミはそれらを一体一体、持ち前のスピードと火力で爆速で蹴散らしていた。

 耐久も、防御も、すべてぶち抜いていった。

 しかしアナウンスが入ってから、質が変わった。

 相手の防御を打ち破る戦いから――

 

 

 

「手札が1枚になったので、召喚なのです――《“逆悪襲(ギャラクシー)”ブランド》!」

 

 

 

 ――速度勝負へと。

 

「この僕相手に速攻かよ……とことんバカにしやがって」

 

 お互いに速攻デッキ。しかもキーカードまで同じ。完全なミラーマッチの時さえある。

 一瞬でも失速したら負け。ひたすらに最高速度で競り合う。ビビった奴からコースアウトのチキンレース。

 それを、10戦、20戦、30戦――どれだけ戦わされるのか。とにかく何戦も、連戦で、走らされる。

 体力も、精神も、磨り減っていく。一戦一戦が身を削り、大きく消耗するようなスピード合戦なのだ。綱渡りでマラソンをさせられるような緊張状態が、延々と続く。

 

「クッソ、ねみぃけど、一瞬でも寝惚けたら死ぬな、こりゃあ……!」

 

 少しでも睡魔を受け入れた瞬間、焼き切れてしまう。

 心身共に擦り切れていく極限状態の中、眠りネズミは、終点の見えないコースを走り続け、戦い続ける。

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

「《全能ゼンノー》をGR召喚! これでちょっとは抑えが効くかな……」

「除去耐性なしのメタクリーチャー。マッハファイター相手ならともかくですが、少々心許ないですね」

 

 謡とスキンブルシャンクスの耳にも、例のアナウンスは届いていた。

 その瞬間から、敵が強くなる気配。世界も、相手も、すべての質が変わる感覚は、感じていたのだが、

 

「5マナで呪文《轟壊!切札MAX》! 《全能ゼンノー》を破壊なのです!」

「あ、やば……」

「さらに! 自分の場に火と自然のクリーチャーがいるので、マナゾーンから《未来王龍 モモキングJO》をバトルゾーンへ! 《モモキングJO》で攻撃する時、《ボルシャック・モモキングNEX》にスター進化! 《モモキングNEX》の能力で山札を捲って、《キャンベロ<レッゾ.Star>》をバトルゾーンに! 《ボルシャック・栄光・ルピア》からスター進化なのです! 次のターン、あなたは1体しかクリーチャーが出せないのですよ?」

「やばいってこれ! アプデ入ってからの相手のデッキがガチすぎる!」

「もはや休憩とか分担とか言っている場合でもございませんね。一戦一戦、全力で当たらなければ死にますよ」

「わかってるよ!」

 

 こちらを小馬鹿にするような舐め腐った同系同種同型デッキを扱いつつも、中身はガチガチ。あらゆる集合知を積み上げ、研鑽され尽くした、強いデッキ。

 メタカードは容易く突破され、強烈な攻撃が襲いかかる。

 

「《モモキングNEX》でWブレイク! 攻撃後、《モモキングJO》のシンカパワーで、《モモキングNEX》を剥がしてアンタップ、さらにドローなのです!」

「スキンブルの《モモキング》の百億倍強い! やばい負けそう……!」

「頑張ってください、謡。俺では彼女に勝てる気がしません」

「そんなこと言われてもさぁ……!」

 

 こちらはデッキの種類を確保するめ、様々なカードを散らして複数のデッキに分けている。

 ひとつのデッキパワーが下がっている状況で、この相手は、非常に厳しい。

 

「……舐めてたのはこっちってことなのかな」

 

 小鈴からの伝聞だが、ディースパテルとやらはこれを予見していたのだろうか。

 ――それも、考えている暇はない。

 

「続けて《モモキングJO》で攻撃!」

 

 とにかく今は、目の前の脅威に、必死に抗わなければ。

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

「4マナで《爆龍覇 ヒビキ》を召喚! そして《ヒビキ》に《爆熱剣 バトライ刃》を装備! スピードアタッカーでそのまま攻撃する時に、革命チェンジ! 《勇者の1号 ハムカツマン蒼》!」

 

 革命チェンジで……《ハムカツマン》?

 せっかくドラグハートを装備したのに、そのクリーチャーも手札に戻しちゃった。

 

「《ハムカツマン蒼》の能力で山札から5枚を捲って、多色クリーチャーをトップに固定。そのまま《バトライ刃》の効果でトップを捲って、ドラゴンかヒューマノイドならタダ出しなのです」

「……ってことは」

「そう! 固定した《ニコル・ボーラス》が、即座にバトルゾーンへ! 手札を7枚捨てるのです!」

「!? そんな……!」

 

 ま、まだ3ターン目なのに……手札が、なくなっちゃった……

 この子、強い。今まで戦ってきた子たちも、弱くはなかったけど、明らかに強さが段違いだ。

 なんていうか、ただ強いんじゃない。カードの1枚1枚が、すごく研ぎ澄まされているような……それらが詰まったデッキはとてつもなく大きくて、積み上げたような重みがある。

 

「なんだかカードショップの大会に出た時みたいな感覚になるよ……」

 

 こんな状況で、そんなことを思うのも、変な感じだ。

 でも、なんでだろう。

 確かにこの子は強い。正直、勝てる気がしない。とてつもなく大きくて、高くて、越えられない壁のようなものを感じるんだけど。

 

 

 

 ――怖くない。

 

 

 

 恐怖だけは、まったく感じないんだ。

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

「《蒼狼の王妃 イザナミテラス》を召喚! 山札の1枚目をマナに置いて、マナから進化! 《エンペラー・キリコ》! 他のクリーチャーをすべて山札に戻して、山札からクリーチャーを3体バトルゾーンへ!」

 

 小鈴の横で、三月ウサギが相対する量産型メルクリウスが繰り出してきたのは、《キリコ》。それも《アマテラス・キリコ》ではなく、その原初――《エンペラー・キリコ》だった。

 《アマテラス・キリコ》の源流ともなる、呼び出された3体のクリーチャーは――

 

「――《緑神龍ザールベルグ》《シェル・フォートレス》2体をバトルゾーンに!」

 

 大地を貪る、龍と蟲たち。

 それらは、本能のまま、強欲に、三月ウサギのマナに喰らいつく。

 

「さぁ、たくさんお食べ! 6マナ破壊なのです!」

「っ、このガキ……!」

 

 一瞬でマナゾーンを荒れ地にされてしまった。バトルゾーンを更地にされるならまだしも、マナを喰われては、動きようがない。

 その陰湿な蛮行に、三月ウサギは歯軋りする。

 最初から、この少女のことは気に入らなかった。今でも嫌いだし、きっとその後もずっと苛立つだろう。

 可憐な容姿も、溌剌とした声も、この蛮族のような戦略も、デッキも。

 そしてなにより、

 

「なんで僕だけこんな化石みたいなデッキの相手しなきゃなんないのよ!」

 

 なにもかもが怒りのツボを刺激し、イライラする。

 メルクリウスとはそういう奴なのだと、事前に多少は聞いていたが、実際に相手すると想像以上に腹が立つ。

 こんな奴の相手をさせた、あの男にも、不満が募って仕方ない。

 

「ボイコットしてやりたいけど、契約を結ばれた以上、逆らえない……あぁ、こんなクソみたいな契約結ばされた自分にも苛立つ! この欲求不満を解消できる予定もないし、もうぶん殴って気持ち良くなるしかないじゃない! 首は締めるより締められる方が気持ちいいってのに」

「……このお姉さん、こわー。えっちのし過ぎで性癖歪んでるのです……」

「なにか言った?」

「いいえなんでも」

 

 さておき、イライラしてばかりもいられない。

 陰湿でも、蛮族でも、化石であろうと、現状は芳しくない。

 なんとか盛り返して、そして、

 

「この生意気なガキ、わからせてやらないといけないわね……!」

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

「くふふ、良い具合なのですね。これは正しく神アプデ!」

 

 『ティマイオス』(下界)の様子をモニタリングし、メルクリウスは悦に浸るように笑う。

 突如アナウンスされた、量産型メルクリウスその他の使用デッキの改修。それはありていに言えば、強さの上方修正だ。

 なぜ唐突にメルクリウスがそのようなことを行ったのか。それは彼女のきまぐれであり、

 

「デッキを複数持ってこっちに対処されづらくするなんて猪口才な真似、あたしに通用すると思っているのでしょうか? そんなの何度かやり合えば、データベース化していくらでも対応可能になるというのに」

 

 同時に、プライドでもあった。

 使用デッキを複数に分けて対応させないようにする。その作戦そのものは、正直、予想していなかったことだ。マジカルベルらが、そのような対策を事前に施すほど、【死星団】について深く認識しているとは思っていなかった。

 しかしその認識は、どうやら誤りであった。実際にその盲点を突かれて、メルクリウスはこうして対処に負われる結果となっている。

 とはいえ、だ。

 そんなものは小細工に過ぎない。

 これまでは余裕を見せて軽く遊んでいたが、そろそろその遊びも、難易度を上げる頃合い。

 ここはメルクリウスの王国、『空想錬金工房 愚者の海』。すべてを見渡し、見通し、あらゆる知識を集積する世界。

 いくらデッキを切り替えようと、何戦も続けていれば、それらすべての内容は読み取れる。読み取れれば、それらを集めて記録にできる。記録が生まれれば、思考が介在する。思考すれば、それは対抗手段となり得る。

 最初から彼女たちに安定択などないのだ。

 

「星の賢者の知識と対応力、舐めないで欲しいのです。もっとも、そんな当たり前な対策はナンセンスなので、ここはもっと過激に、苛烈に、暴力的に! どかーんと対応させて頂いたのですが!」

 

 世界のすべてを記録する王国にて、力となるのは集積された知識そのもの。

 しかしメルクリウスはあえて、直接的な対策は施さない。

 分析はした。集積し、出力した。しかしそれは、マジカルベルたちのカウンターとして在ったものではない。

 

「この世界のすべてを知るあたしなのですよ? 全世界の集合知があたし、そしてこの国に集められているのです。すべてのプレイヤーが研鑽し、研磨した、過去と現在に至るまでの多種多様な“知識”――それらを集積し、引用するだけ」

 

 メルクリウスが行使したのは、この瞬間の対応ではない。いわば彼女が引き出しているのは、この星の歴史そのもの。

 古今東西に至るすべての人類が磨き上げてきた技術の蓄積。現在まで積み重ねてきた叡智の結晶。

 言うなればマジカルベルらが今相手にしているのは、人類史そのもの。

 

「自分たちと同じ人類の手で撃墜される気分はどうなのでしょう? くふふ、ちょっと刺激が強すぎるかもなのですが、それもまた人類の愚かさということで」

 

 普段ならその場のノリで即応し、対処するところだが、今日はどうにも興が乗る。

 しかし確実に、こちらの方が面白い。過去を掘り返すというのも、一興というものだった。

 いつもはしないことに、楽しみを見出す。そう思えるのは、そんな行動に出たのは、いつもは隣にいないディースパテルの影響だろうか。

 

「……そういえば、ディジーさん遅いのですね。流石にとっくに現場には到着しているはず、なのに連絡のひとつもないとは、どういうことなのです?」

 

 盲点と言えば、『クリティアス』(上界)に入り込んだ侵入者の存在だ。

 ディースパテルが調査に向かったはずだが、あれから通信がない。

 

「あのディジーさんがそんなサクッとやられるとは思えないのですけど、一応、あたしの方でも確認しておくのです。空間照合、映像を出力して、バックログも開放、っと」

 

 手元のデバイスを操作し、侵入者の反応があった区画を映し出す。同時に、ディースパテルが通ったはずの経路すべての記録も出力する。

 

「……え?」

 

 その瞬間、メルクリウスは一瞬、思考が停止した。

 目を丸くして、愕然とする。あり得ないと、思考を放棄しそうになる。

 

「ログが残ってない……? ディジーさんの反応も消失してるのです!? こんなのあり得ない……な、なにがあったのです!?」

 

 しかしそこはメルクリウス、思考の流れが止まったのは、ほんの一瞬だけ。

 混乱は消えないものの、次の瞬間には頭をフル回転させ、解決策を模索する。

 ディースパテルに反応はない。ログも消えている。ならば、侵入者の反応があったエリアそのものに走査を掛ける。

 

「あ、良かった。侵入者の痕跡は残ってるのです。ここから予測演算、各区画に残存する微量因果を辿って、第二次予測演算開始。分岐可能性の集約、剪定。候補を絞って……出力!」

 

 モニターに齧り付き、必死に痕跡を辿るメルクリウス。

 あらゆる可能性を見据え、あり得ない可能性は切り捨て、答えを絞り込み、侵入者の現在値へと辿り着く。

 

「出た、区画MΔ-51に反応……んん!? これって、まさか、帽子屋さん!?」

 

 出力された結果を照合し、その場所の映像を出すと、飛び込んできたのは、『イカレ帽子屋』の姿。

 まさかまさかの闖入者だ。彼はほとんど消息不明だったはす――誰かと交戦していたのか、時々、強い反応を示すことがあったが、メルクリウスでも完全に所在を把握しきれななかった――それが、今、ここに?

 どうして、と思ったが、まっとうに考えれば仲間の救出だろうか。しかし狂気に冒された彼が、そんなまっとうな思考で動くだろうか。

 狂人にホワイダニットを問うのは愚かだ。それに、メルクリウスが気に掛かるのは、そこではない。

 

「どーやって入って来たんですかこの人……いや、それより、ここって保管エリアだから……!」

 

 同エリア内の状況を確認。どうやって、という部分が気になっていたが、それを考えている余裕はなさそうだ。

 仲間を助けに来たなんて、およそイカレた帽子屋らしくはないが、今この現状がすべてを表している。

 

「っ、やられた……! あぁもう、ディジーさんはどこでなにやってるのです!? これ、早く排除しないとダメな奴なのです!」

 

 『ティマイオス』なんて遊びにかかずらっている場合ではない。今は『クリティアス』の防護が最優先。

 しかし、まさかこの星間都市に直接侵入してくる者がいるとは思わなかった――それを許すような設計ではなかった――ため、この対処には大きな問題がある。

 

「えーっと、えーっと、どうしよう。量産型のあたしは完全に『ティマイオス』での運用前提になってるから、『クリティアス』で運用できる戦力が……」

 

 そもそも外部から直接侵入されることを想定していない、侵入されない構造なため、防衛ラインは相当手薄だ。監視はできるが撃退はできない。戦力リソースはほぼすべて『ティマイオス』に回しているため、番兵のひとりすらいない。

 こういう時のためのディースパテルでもあるのだが、肝心の彼はどこかへ消えてしまった。大事な時に役に立たない。

 

「……あ、そうだ。別の保管エリアから使える奴を引っ張ってきて……うぅん、それより、改造区画の彼女を使うのです! まだ完全体じゃないけど、8割以上完了してるから平気なはずなのです! とりあえずこれで時間稼ぎして、その間に憲兵さんの量産体制を確保すれば……!」

 

 ガチャガチャと、思考も挙動も忙しない。良い気分になっていたというのに、予想外のことが起こりすぎている。

 メルクリウスは天を見上げ、嘆息した。

 

「あー……忙しくなってきたのです」




 三月ウサギも丸くなったなぁ。
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