デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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55話「破滅・星の愚者 Ⅱ」

 メルクリウスが、『クリティアス』の異常に気付いた少し前、保管エリアにて。

 そこはメルクリウスが『代用ウミガメ』の意向により蒐集した、【不思議の国の住人】やマジカルベルに連なる者たちを安置する聖櫃――というのは、建前で。

 メルクリウスの真意は、彼女の研究、実験のための、数々の検体を保管する区画。

 本来ならば蒐集した後は手出し無用の『代用ウミガメ』の同胞たちだが、手を出してもいいと言質の取れた検体から順に、彼女の好奇心、探究心、向上心を満たすための贄となる。

 そんな場所に、足を踏み入れる者が、ひとり。

 帽子を目深に被った男は、堂々と、しかしキョロキョロとあたりを見回し、なにかを探しているようだった。

 時には整然と並べられた培養槽を叩き割り、こぼれ落ちた同胞らしきものたちを蹴飛ばしながら、盗賊のように奇異な倉庫を物色する。

 

「……む、ここか」

 

 その呟きの先には、少女がひとり、謎の液体で満たされたカプセルの中に収められていた。

 痩せ型で、背は高くも低くもなく、髪色にも髪型にも特徴がない。

 改めて見ると、なにも書き出すところがない、まったくもって平凡な少女だ。

 男は培養槽の中の少女を一瞥してから、拳銃を抜く。

 それを大きく振りかぶると、培養槽向けて振り下ろし――叩き付けた。

 ガラスを割るような、それでいて不快な破壊音が響き渡る。同時に、中の薬液と、少女がカプセルの中から押し出された。

 

「――!? ゲホッ、ガホッ……ゲッロ。クソ、ちょっと飲んじゃった、キモー……ってなに? なにが起こったの?」

 

 培養槽から叩き出された少女――香取実子は、噎せ込みながら、唐突に意識が覚醒したことに戸惑っていた。

 そしてふと見上げると、帽子の男。

 

「よぅ、実子」

「え!? 帽子屋さん!? どうしてここに、ってかここどこ!?」

「オレも知らん」

「助けに来た人がなんで状況説明できないのさ!」

「まあオレ様だからな」

「納得感しかないのが腹立つなー!」

 

 などとコントしている場合ではない。

 実子は、自分の中に残る最後の記憶を引きずり出す。

 そう、確か自分たちは、メルクリウスと名乗る少女に敗北して――

 

「――――」

 

 傍らに、彼はいない。

 しかし、振り向くと、自分が収められていたカプセルの隣に、いた。

 眠ったように溶液に沈む、彼が。

 

「……帽子屋さんは、なんで私んとこに来たの?」

「根無し草だったからな。家出して帰る場所がなかったのだ」

「いや私ん家にじゃなくて、ここに! ここに来た理由!」

「おいおい狂人にホワイダニットを要求しないでくれ。いつだって愉快犯に決まってるだろう」

「私が珍しく真面目にやってんのに、この人はいつも面白おかしいなぁ……!」

「まあ待て、理由はある」

「あぁ、よかった……」

「腹が減ったから飯を作ってくれ。あと、風呂掃除用の洗剤がなくなったが、あれは水洗いだけでも構わないのか?」

「ふざけた理由しかねぇ! 何度も言ってるけど、あなたご飯食べても破れたお腹から出て来るし、毎日の風呂掃除で洗剤使うな!」

 

 いつもの調子のイカレ帽子屋。変わらないことを喜ぶべきか、緊張感がないことを嘆くべきか。能天気が過ぎる。

 しかもこれが相手を慮ってのことではなく、本気で素なのが救われない。

 

「正当かつ嘘偽りのない理由を述べただけなのに、なぜ怒る?」

「なぜって……あぁ、もういいや。なんにしても、助けてくれてありがと」

「おう」

「……で、どうしよ」

 

 よくわからないが、自分たちはメルクリウスに捕えられたようだった。

 そこからどれほど時間が経ったのかも不明だが、こうして帽子屋が助けに来たようだ。

 

(ここで小鈴ちゃんを望むのは、いくらなんでも虫がよすぎるか)

 

 助けに来たのが帽子屋であるということに、彼女ではないことに、複雑な感情はあるが、いずれにせよ助かったことに変わりはない。

 立ち上がり、周囲を見渡す。

 と言っても、見えるのは立ち並んだ怪しい培養槽だけだが。

 

「しっかし、ここなに? マッドサイエンティストの研究所?」

「よくわからんが、聞いた話によると似たようなものらしいな」

「……誰に聞いたの? それ」

「黒い男だ。どことなく怪しい奴だったが、貴様の居場所を教えてくれたのも奴だ」

「最重要証人じゃん! その人ならたぶん色々知ってるでしょ!」

「ん? あー、あぁ、そうだな」

「なにその微妙な反応」

「些事だ。気にするな」

 

 妙に気になる言動だが、頭の中が面白おかしいイカレ帽子屋のリアクションにいちいちツッコミを入れていては身が持たない。

 ひとまずスルーして、実子は再び、振り返った。

 いまだ眠り続ける、水早霜に。

 

「…………」

「どうした実子。家に帰るのだろう?」

「違うよ! ……いや、最終目標って意味では違わないか」

「早くしろ、腹が減って敵わん」

「だったら早くお腹を直しなよ」

「なにか気に掛かることでも?」

「ん、あー……あぁ、そう、だね」

「なんだその微妙な反応は」

「些事だよ。けど……」

 

 けれど。

 もし、家に戻れたとして。

 仮に、あの時の和が戻ったとして。

 彼がいなくては、きっと彼女は、喜ばないだろう。

 

「……私は、甘っちょろくて、ぬるくて、へにゃっとしてるあの子が好きなんだ。そうあってもらわなきゃ、困るから」

 

 気に喰わないが、やはり、自分たちの輪に、彼は必要なのだ。

 実子は一歩、踏み出して。

 彼の沈む培養槽を指す。

 

「帽子屋さん。これ、ついでに壊してくれる?」

「わかった」

 

 即答。

 理由も聞かず、躊躇いもなく、彼の収められたカプセルを、手にした拳銃の銃床で叩き割った。

 いくらなんでも迷いなさ過ぎだろう、と思う間もなく、実子の時と同じように、カプセルから大量の薬液と、中に収められた少年が放り出される。

 

「う……頭、痛い……なんだ? ここはどこだ、なにが起こって――」

 

 顔を上げた彼と、目が合った。

 

「やぁ、水早君」

「――実子」

 

 水早霜もまた、実子と同じように、覚醒する。

 霜は帽子屋の存在にギョッとするも、慌てた様子もなく、周囲を見回す。

 とはいえ状況を飲み込めるほど、事情を理解しているわけでも、推察できるわけでもない。

 

「……どうなっているんだ? これは?」

「私が教えて欲しい」

「オレ様も知らん」

「……とりあえず、情報という点では全員が役立たずなのは理解した」

 

 はぁ、と霜が溜息をつく。実子も同じ気持ちだ。

 

「詳細はわからないけど、とにかくボクらは捕えられていて、そこにあなたが助けてくれた、と」

「概ねそんなところだろうさ」

「ならボクらの目的は、この場所からの脱出……で、いいのか?」

「いいんじゃないか?」

「帽子屋さんがいるだけで、こんなに目的意識がふわっふわになるんだね……」

 

 どうして発起人の主体性がこんなに曖昧なのか。まるで頼りにならない。

 しかし今は彼を頼りにするしかないというのが辛いところだ。

 

「っていうか帽子屋さん、ここまで来れたなら、帰り道もわかるはずだよね?」

「いや知らん」

「どうして!?」

「オレ様も意図的にここに辿り着けたわけではないからな。実子を探して右往左往、時空の歪みを発見したから、なんとなくかつての力の残滓を思い出しつつ、神の眷属としての権能を曖昧な記憶で再現……してたら、なんか、ここに来れた感じだ」

「まったく意味がわからないんだけど」

「うーん役立たず」

「心外だな」

「ならその、狂人を理由になんでも理屈をふわふわにするのやめなよ」

「返す言葉もない」

 

 ダメだこいつ。もう手遅れだ。

 実子と霜が落胆し、これは助けられたと思いきや、実は追い詰められてるのでは? と不安が滲み始めてきた。

 

「ふむ……なら弁明のために言うが」

「役に立たなさそうだけど、一応聞いてあげるよ」

「そもそもこの場所は、我々が生きる星や大地とは違う夢の世界だ。本来ならばあり得ざる時空の歪みによって形成されているからには、どこかに創造主がいるのだろうと愚考するが」

「……どういうこと?」

「……別世界。そういえば、メルクリウスとかいう奴も、アトリエとか劇場とか言って、周りの景色を変えてたというか……別の場所へと、転移しているようなことをしてたけど……」

「ってことは、これはメルちゃんが? 私たちがいるってことは、まあそうなんだろうけど」

「ここのどこかにいる可能性は高いような気がする。と言っても、だからってどうしようもないけど。ボクはデッキもないし……」

「あー、私も家に忘れたんだった」

「デッキなら机の上に置き忘れてきたから、持って来てやったぞ、実子」

「え、ありがと……帽子屋さん、初めて役に立ったね……」

「ふっ」

「大して褒めてないしむしろちょっと馬鹿にしてることくらいわかって欲しいな……」

 

 もっとも、煽られて怒るような相手でもないが。

 

「……纏めると、とりあえずボクらの目標はここからの脱出。手段は問わないが、この場所の主だとかいう者を倒すのが現実的……なのか?」

「オレ様はそう思う」

「うーん、不安……」

 

 恐らく敵地真っ只中だというのに、あまりにも状況不明の先行き不安で竦みそうになる。

 その時だ。

 

 

 

「――しかし、癪ながらも正鵠は射ている」

 

 

 

 とても力強く、凜と通る声。

 だがその言葉に気高さはなく、威圧的な怒りと、憎しみと、嘆きが込められているようだった。

 

「餓鬼に縋って随分と腑抜けたようだが、腐っても原初の眷属か」

「……公爵夫人」

 

 彼らの前に姿を現したのは、公爵夫人。高貴な名の通りの豪奢な衣装も、ボロボロに破け、幽玄と成り果てている。

 しかし生来の険しい目つき、射殺さんばかりの鋭い眼光はそのままに、帽子屋を睨み付けていた。

 

「貴様、まだ生きていたのだな。まあ容易く仕留められるようなタマではないと思っていたが」

「嫌味か? 儂なぞ先に陥落した方だ。とうに敵の手に堕ち、今やこの通りでな」

 

 公爵夫人は朽ち果てたドレスを胸元から、引き裂くようにはだける。

 醜悪を反転させた、美を極めた肌と肉が、本来ならそこにあるはずだった。

 

「っ……!」

「うわ……」

 

 しかし彼女の服の下は、ドロドロと融解した肉塊が泡立ち蠢く、おぞましい混沌の坩堝。

 隠しきれない異形が、そこに発現していた。

 

「……力の制御を失った、というわけでもなさそうだが、なんだそれは? 貴様にしては妙だな」

「メルクリウスとかいう餓鬼に弄られた。しかしこんなものは表面上の“先祖返り”に過ぎん。むしろ、感情を支配されていることの方が問題だ」

「なるほどな。だから気味悪いくらいに冷静なのか、貴様」

「え? なに、どういうこと?」

「オレ様に説明を求めるな。まあなんというか、オレ様たちは、極端に冷静さを失うと、あぁやって本来の姿に戻ってしまうことがあるという話だ」

 

 それは先祖返りなどと呼ばれ、【不思議の国の住人】全員に当てはまる性質だ。先祖返りのしやすさにはかなり個人差、バラつきがあるが、肉体が異形化するほどともなると、相当だ。ただ単純に激昂したというだけでは、先祖返りは起きない。

 寿命の近いヤングオイスターズが錯乱してようやくその兆しが現れるレベルだ。

 

「……つまり、異形の姿になっているのに、冷静な今はおかしい、ってこと?」

「理解が早いな少年よ」

 

 狂気にでも飲まれでもしなければ発現しないような異形が現れている。しかも公爵夫人は、努めて冷静な状態にあるのに、だ。

 これは異常に他ならない。確実に、何某かの干渉がある。

 そしてこのような悪辣な手を加えるものは、メルクリウスひとりしかいない。

 

「して公爵夫人よ。オレ様たちの前に現れてどうした? 出口を教えてくれるのか?」

「まさか。殺しに来たに決まっていよう」

「まあそうか」

「なんで!? この流れで!?」

「わからん餓鬼共だな」

 

 面倒くさそうに、公爵夫人は実子たちも睨みつける。

 

「儂は【死星団】の手に堕ちていると言ったはずだ。今の儂は奴らの傀儡。我が身に宿る女王への反旗の憎悪が渦巻いたまま、この身は儂に主導権がない」

「ということらしい。今の公爵夫人の殺意から出力される行動は、本来向くはずの女王ではなく、別ベクトルにさせられている。そう――我々だ」

「……敵ってこと?」

「平たく言えばそうなるな」

「マジぃ? 公爵夫人ってなんかめっちゃ強い人でしょ? ヤバいって!」

「あぁ。マジでヤバいな」

「この人、本当に感情が読めないというか、なに考えてるかわからないな……」

 

 公爵夫人は【不思議の国の住人】の中でもトップクラスの強者。霜や実子など歯牙にも掛けないだろう。ともすれば帽子屋ですら負けうる可能性がある。

 それでも帽子屋は、薄ら笑いを浮かべていた。

 

「緊張感のない。帽子屋、やはり貴様、相当に腑抜けたな」

「かもしれんな。しかしだとしても、貴様には負けんよ」

「……なんだと?」

 

 帽子屋は、実子らの盾になるように、霜たちを追い払うように、前に出た。

 

「ここはオレ様が引き受けよう。どうせ道案内などできんのだ、好きに走れ」

「帽子屋さん……でも」

「元同胞の相手をするならオレ様が適任だろうよ。なにか不満か?」

「不満というか不安……いや、帽子屋さんがいても不安が増すだけなんだけどさ」

「ならば良かろう」

「…………」

 

 本当に、なにを考えているのか、わからない。

 あまりにも奇天烈にして荒唐無稽で奇々怪々な人物だが、あれでも元は【不思議の国】の王。一国、一組織を統べていた男だ。

 多少なりとも、信用も信頼もあった。それだけの力が、彼にはあった。

 だから、心細いという気持ちは、確かにあったのだが。

 

「……行こう、水早君」

「悪手な気もするが、こんな状況で正解の手なんてわかるわけもないけど……いいのか?」

「いいよ。早くしよう」

 

 甘えた考えを振り払い、実子は駆けた。その後を、霜も追いかける。

 

「……行ってしまったか。また探す手間があることを忘れていたな」

「先ほどから何度も何度もふざけたことを。冗句と悪ふざけの区別もつかなくなったか。それとも、本当に阿呆になったか。帽子屋」

「さて、わからんな。オレ様はなんにもわからんよ」

 

 マジカル・ベルとの死闘を経て、眠りネズミの慟哭を聞き、実子と生活し、こうして【死星団】の世界へと足を踏み入れた。

 それでもなお、自分の存在も、行動も、なにもわからない。

 理屈も道理も通せない。不可解で、不条理。そんな歩き方しかできていない、イカレ帽子屋は。

 

「……ふん、まあいい。腑抜けた貴様には腹が立つが、わざわざ諭してやるほどの義理なぞとうに尽きた。儂は今から、貴様を殺す。女王への怨嗟の捌け口にし、腐り渇いたその身を粉砕する」

「それは恐ろしいな」

「貴様も必死で抵抗しろ。女王の眷属に操られたままなど、それも業腹だからな。儂を殺してみせろ」

「矛盾というやつか?」

「両賭けだ。殺そうが殺されまいが、どちらでもいい。この刹那においては」

 

 なぜならば。

 

「どうせ我々は種として終わっている。女王によって詰んでいる。ならば、どのような爪痕を立てようと、自由というものだ」

「……らしくないな」

「だろうさ。儂もそろそろ、自分がなにを言っているのか、おぼろげになってくる。意識を、意思を、混濁させられて、己の信念の所在すらわからなくなってきた」

「オレ様と同じだな。おそろだ」

「やめろ、反吐が出る」

「そんなこと言うな。悲しくなる」

 

 などと軽口を叩きつつも。

 公爵夫人の放った言葉は、ほんの僅かに、帽子屋に爪を立てる。

 

(既に終わっている。もはや詰んでいる)

 

 その通りだ。故に、今の【不思議の国の住人】は崩壊している。

 しかし、だからこそ。

 

(――どのような爪痕を立てようと、自由、か)

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