ある意味、本作の道筋を決めた回と言っても過言ではないでしょう。
12話「お茶会のお誘いだよ」
お茶会のお誘い
貴女を我々の主催するお茶会に招待したく思います。お時間がよろしいようでしたら、6時に地図に記した会場に来ていただきたい。食べ物は用意してないので、鳥を一羽連れて来てくれると嬉しく思います。
PS.都合が悪いようでしたら、地図の場所に不参加の連絡をしてくださいませ。
――『帽子屋』より――
☆ ☆ ☆
「……なにこれ?」
みなさん、こんにちは。伊勢小鈴です。
期末試験最終日。テストという全世界すべての学生と敵対する存在との終戦日と言える今日この瞬間、わたしは下駄箱の中でこんなわけのわからない手紙を見つけました。
「小鈴さん! どーしたんですか?」
「あ、ユーちゃん……なんかね、変な手紙が入ってたの。イタズラかなぁ?」
「……手紙……?」
「そう、こんなの」
やってきたのは、ユーちゃんことユーリア・ルナチャスキーさんと、日向恋ちゃん。わたしのお友達です。
ユーちゃんと、恋ちゃんの二人も、わたしの持つ手紙を覗き込んだ。
そしたら二人とも、同じように首を傾げた。
「お茶会のお誘いだなんて、
「……文章、怪しすぎる……食べ物がないから鶏肉持ってこいって、意味不明……」
「そもそも帽子屋ってなんなんだろうね」
意味はわかるけど、わたしにはお茶会に招いてくれるような帽子屋さんの知り合いなんていない。
しかも、なんで下駄箱に入ってるの?
「なにか盛り上がってるけど、どうかした?」
「なんだか楽しそうだねぇ」
そこに、水早霜くん――霜ちゃんと、香取実子ちゃん――みのりちゃんも来ました。
二人もわたしのお友達です。
「そんなにテストが終わって嬉しいのかな?」
「……最高にハイってる……」
「へぇ、手ごたえあったんだ」
「……それはまた、別の問題……」
「補習にならないといいね、恋ちゃん……」
お勉強会で恋ちゃんのことも見たわけだけど、授業というか、勉強に対する取り組みの低さがすごかった。意欲がまったく感じられなくて、教えるのも一苦労だったよ。
一応、それぞれの科目の基本的なところは押さえられたと思うんだけど、点数、大丈夫かな……?
「で、どうしたの? 小鈴」
「えっと、なんか下駄箱に手紙が……」
「手紙? しかも下駄箱に? まさか小鈴ちゃんがラブレター? 殺すか」
「ラブレター!? いやまさか、そんなわけないよ! っていうか殺すってなに!?」
あまりにも物騒な言葉が聞こえた気がする。気のせいだと思いたいです。
それはそれとして、みのりちゃんにはこう答えたけど、困惑が大きすぎて、この手紙がなんなのか、正常な判断はできない。
うーん……でも、お茶会のお誘いを言い換えれば、わたしと会いたいって風にも取れるよね。
わたしが好きだから、お茶会に誘いたい?
「まさかそんなわけ……」
ないとも言い切れない。
というか、本当によくわからなさすぎて、どんな可能性もあり得る気がする。
「でも、なんか最後の方によくわからない文章もあるし、違うと思うな……」
「見せてもらってもいいかい?」
「いいよ。はい」
霜ちゃんに手紙を手渡した。するとやっぱり、霜ちゃんは同じように首をカクっと傾げた。
「確かによくわからないな。ワードチョイスが奇妙だけど、文章が短くて情報量も少ない。不思議で不審な手紙だ」
「だよね」
「そうなの? 私にも見せてよ」
と、みのりちゃんが手紙を覗き込む。
そして、ピシッと硬直した。
明らかに、固まっている。わたしにはわかる。
スッとみのりちゃんの表情が消えて、冷たくなっていく。
みのりちゃんは霜ちゃんの手からバッと手紙を奪い取ると、ビリビリ、と引き裂いた。
「!? み、みのりちゃん!?」
「な、なにしてるんです!?」
「…………」
みのりちゃんの突然の蛮行に、わたしたちは目を見開いている。
だけどみのりちゃんは、さっきまでの冷たい無表情が嘘のように、いつもみたいに朗らかに笑った。
「悪戯だね、これは。タチの悪い悪戯だよ、うん」
「そ、そうなの?」
「そうそう。こういうのあるらしいよ。わけのわからないことを書いて興味を引いて、誘導するみたいなね。気をつけた方がいいよ小鈴ちゃん。小鈴ちゃんは危ない人に狙われやすそうだし」
「え? それってどういうこと?」
「そんなことより、こんなこと早く忘れて帰ろうよ。せっかくテストも終わったんだし、どこかに遊びに行こう」
「わわっ、引っ張らないでよみのりちゃん……!」
みのりちゃんはわたしの手を引く。
それだけならいつもとそう変わらない行動だけども。
(どうしたんだろう、みのりちゃん……なんか、変だよ……)
さっきの手紙を見てから、表情が消えてから、みのりちゃんの言動がイビツに感じる。
恋ちゃんやユーちゃん、霜ちゃんを見ても、みんな、困惑しているようだった。
そんな、なんだか変な気分を抱えたまま、わたしたちの夏休みは始まったのでした。
☆ ☆ ☆
「《暗黒貴族ウノドス・トレス》を
「あ、これは耐えられないかも……」
「いきますよー! 《ダースレイン》で
「S・トリガーは……《爆流剣術 紅蓮の太刀》だよ! 《デスマーチ》と《ドルゲドス》を破壊するけど……」
「まだまだクリーチャーはいますよ! 《ゴワルスキー》でダイレクトアタックです!」
夏休みが始まってから数日。
わたしたちは特に用事があるわけでもなく、『Wonder Land』に集まってデュエマをしていた。
「あぁ、負けちゃった……」
「ドンマイだよ、小鈴ちゃん」
「ユーちゃんのデッキが相手だと、手札を破壊されちゃうじゃら、こっちのやりたいことが上手くできないんだよね……」
「えへへ、ユーちゃんだって、そーゆーことちゃーんと考えて、デッキ作ってるんですよ!」
「
「どっちも持ってないや……」
「! 恋さんと霜さんのデュエマ、凄いことになってますよ!」
ユーちゃんが指差す。そっちでは、恋ちゃんと霜ちゃんがデュエマをしていた。
それに促されて、わたしたちもそっちを見遣る。
「ターンエンド。《イルカイル》の能力で《ホーガン》を手札に戻してから、《オール・フォー・ワン》の効果解決だ。《阿修羅ムカデ》を破壊、手札から戻した《ホーガン》をもう一度出すよ。《阿修羅ムカデ》を復活させてから《ホーガン》の激流連を解決。《ダイキ》と《ブルトラプス》をバトルゾーンに。《阿修羅ムカデ》の能力で《アブキュア》のパワーを9000下げて破壊だ」
「私のターン……マナ進化GV、もう一度《アブソリュートキュア》を召喚……攻撃して、メテオバーン……進化元をすべて取り除いて、シールドを三枚追加……Wブレイク……」
「これ以上盾を割られるときついかな……《イルカイル》でブロックだ」
「うわぁ、凄い盤面……」
「霜さん、クリーチャーがいっぱいです!」
「恋ちゃんもシールドがたくさんある……どうなってるの?」
霜ちゃんはバトルゾーンに十体以上のクリーチャーが並んでて、恋ちゃんはシールドが十一枚ある。
なにをどうしたらこんなことになるんだろう。
「殴りたいけど、どう考えてもトリガーで止まる……デッキ枚数、確認していいかい?」
「ん……」
「……こっちの方が少ないか。《N》が引ければワンチャンスだけど、どこにあるかもわからないし、盾落ちなら最悪だ。となると、
霜ちゃんはぶつぶつと呟きながら、なにか思案しているようだった。
その表情はすごく真剣で、集中している。
「なんか、わたしたちよりも真剣にデュエマしてるね……」
「はいです……」
「二人とも、結構ガチっぽいからねぇ。日向さんなんて、ずっとあのデッキを調整してるって聞いたけど」
「そういえば、恋ちゃんはずっとあのデッキ使ってるね。えっと、リース……トリガービート、だっけ?」
恋ちゃんともよくデュエマするけど、光文明だけのデッキから、いつの間にかあの光火自然のデッキに変わってた。
「……日向さん、考え方がなんかコントロール思考っぽく見えるんだけどね。闇単とか使わないのかな」
「闇って言えば、ユーちゃんはずっと闇文明のデッキだね」
「はいです! 日本に来てから初めてのデッキなので、まだこれを使っていきたいんです」
「そうなんだ」
「小鈴さんも、ずっと火文明のデッキですよね?」
「あ、うん。そうだね」
言われてみれば、わたしもずっと同じデッキを使い続けてると言えるのかな。
詠さんのアドバイスでデッキを改造したりもしたけど、それだって剣埼先輩から貰ったデッキが基(もと)だし。
「トリガー《ホーリー》……全タップで……」
「また止まるか……だけど、ハンドは潰しておくよ。《オール・フォー・ワン》で《阿修羅ムカデ》を破壊して《ニコル・ボーラス》を出すよ。手札をすべてハンデス、《阿修羅ムカデ》を復活して《ホーリー》のパワーを9000マイナスして破壊だ」
「……そのコンボ、流石に……インチキくさい……」
「悔しかったら勝つことだよ。ターンエンド」
「ん……《悠久》召喚……そのまま攻撃」
「トップで《悠久》か……シノビはないよ、ボクの負けだ」
あ、恋ちゃんと霜ちゃんのデュエマが終わったみたい。
「恋さんの勝ちです!」
「……ギリギリ、だったけど……ハンデスきつすぎだし……トップが、強かった……」
「手札破壊って、やっぱり強いんだね……」
「流石に《ボーラス》は、レベル、違う……」
「わたしも手札破壊でよくやられちゃうから、対策したいんだけど、マッドネス? ってカード、持ってないんだよね……」
「……なにが、足りないの……?」
「みのりちゃんは《ザーク・タイザー》とか《リュウセイ・カイザー》とかがいいんじゃないかって言ってたけど」
とわたしが言うと、恋ちゃんは無言で自分の鞄の中に手を入れて、ごそごそとなにか探し始めた。
すると、少し小さめの本――ではなく、ファイルが出て来た。それもただのファイルじゃなくて、なんでもカードを補完するためのカードファイルというものだそうです。デュエマをして、わたしは初めてこれの存在を知りました。
恋ちゃんはカードファイルを開くと、その中のカードを一枚、抜き取る。
「ん……はい」
「え? ……え?」
「……あげる」
「えぇ!? そ、そんな、悪いよ……なんか、キラキラしてるし……」
「別に……《タイザー》はない、けど……《永遠リュウ》なら……使わないし、余ってるし……一枚なら、あげる……」
「で、でも……」
「本人がこう言ってるんだ。受け取ったら、小鈴」
「……小鈴が弱いままじゃ……私も、張り合い、ないし……」
「そ、そんな理由……?」
確かに恋ちゃんや霜ちゃんには全然敵わないけど、わたしだって少しは強くなってると思うんだけどな……
それはともかく、恋ちゃんは無言でカードを差し出してくる。強いカードみたいだし、キラキラしてて高そうだし、タダで貰うなんて悪い気しかしないけど……
「……い、いいの?」
「うん……」
「じゃ、じゃあ……その、ありがとう……」
「ん……」
わたしは差し出されたカードを、受け取った。
恋ちゃんはいつもの無表情なままで、カードを渡してくれる。
恋ちゃんって、冷たい時は冷たいんだけど、最近は凄く優しい気がする。
なんでだろう。
「……テスト勉強……の、お礼……?」
「え? あ、あぁ……そんな、気にしなくていいのに……」
「だから……補習だったら、返して……」
「えぇ!? そういうことなの!?」
「……冗談」
真顔で言うから冗談には聞こえないよ……もう。
「よかったですね、小鈴さん!」
「う、うん。ありがとね、恋ちゃん」
「ん……別に……」
「でも、マッドネスは一枚だけじゃ対策としては不十分だよ」
「そうなの?」
「引けないと意味ないし、何度だってハンデスは繰り返してくるからね。まあ、《リュウセイ》は単純に強いから、一枚でもそれなりに役立つと思うけど、デッキは少し弄らないといけないかもしれないね。手伝おうか?」
「ううん、自分でやってみるよ。一枚だけだし」
「じゃあじゃあ小鈴さん! デッキのカイゾーが終わったら、ユーちゃんともう一回デュエマしましょう!」
「うん、いいよ。じゃあすぐに入れ替えるから、ちょっと待っててね」
「なら私は、日向さんに挑もうかな」
「……わかった」
「今度はボクがあぶれたか。まあいいよ、皆の対戦を見てるよ」
わたしは移動してデッキのカードと、恋ちゃんから貰ったカードを入れ替える。みのりちゃんと恋ちゃんは、それぞれデッキを持ってデュエマを始める。霜ちゃんは、それを横で眺めてて、ユーちゃんはわたしがカードを入れ替え終わるのを今か今かと待っている。
こんな時間が、この数日間だけ、ずっと続いていた。
それが変わったのが、今日だった――
☆ ☆ ☆
「ずっとデュエマしてたら、遅くなっちゃったね」
「でもでも、最後の実子さんと恋さんのデュエマは凄かったです!」
「トリビとドギバスの殴り合いながらの接戦は見事だったね。息を吐かせぬいい攻防だったよ」
「結局、負けちゃったけどねー。凌ぎ切られちゃった。日向さんのデッキ、堅いのなんのって」
「ん……まあ、そういうデッキに、したから……」
時刻は18時少し前、つまりは夕方です。夏だからまだ日は高いけど、ほんのり暗さがあって、微かな夜の存在を感じる時間。
みんなとのデュエマが楽しくて、つい遅くなってしまいました。お姉ちゃん、怒るかな……?
「みのりちゃんは遠いから、帰り大変だね」
「この時間ならまだ大丈夫と思うけど、まあ、あれだったら自転車置いて電車で帰るって手もあるからね」
「君らは門限とか大丈夫なの?」
「特に……つきにぃには、連絡したし……」
「ユーちゃんも大丈夫です! ローちゃんにはちゃんと伝えました!」
「私は一人暮らしだしー」
「そうなのか?」
「ま、親の都合ってやつでね」
結構遅い時間になっちゃったけど、まだ今日に未練があるかのように、もっと楽しめたと言わんばかりに、わたしたちの歩む速度は遅くなっていく……気がする。
ふと、考える。思う。感じる。
みんなと遊ぶ毎日は、楽しいって。
最近はクリーチャーも出て来ない。鳥さんと会えないのは少しさびしいけど、変な事件に巻き込まれないし、みんなと一緒の時間がすごく増えた。
夏休みだからっていうのもあると思うけど、こんな時間が永遠に続いて欲しいって、ずっと続くはずだって、時間なんて限りのことを考えずに、信じ込んでいる。
ふと、無意識に携帯を見て、時間を確認する。
まるで、時間が流れてほしくないと、思っているかのように。
時刻はちょうど18時――午後6時を指していた。
「お遊戯会は楽しかったかい、お嬢さん方?」
闇夜に響く、奇怪な声。
不意に、声をかけられた。
「っ!」
あまりに唐突で、驚いて思わず足を止めてしまう。
振り返ると、そこには背の高い男の人が立っていた。
革靴を履いて、シャツにスーツを着ているけれど、きちっとしているわけじゃなくて、カジュアルというか、無造作な感じに着崩している。
なによりも目を引くのは、口元を隠す長いスカーフと、貌を覆う仮面、そして、真っ赤な帽子だった。
男の人と言ったけれど、この人が本当に男の人なのか、わからない。ただ、声が男の人っぽかったから、男の人だと思うけど……問題はそうじゃない。
わたしは、まったくこの人のことを知らなかった。
「え……だ、誰、ですか……?」
だから思わずそう聞いちゃったけど、後からこれは失敗だったなと思う。
どう考えても不審者です。まさか自分がそんな目に遭うなんて、という考えは、誘拐事件で捨て去りました。
ここは声なんてかけずに、みんなで無視して走るべきだったのです。
だけど、どっちでも同じだったのかもしれない。
わたしたちは、この人から逃げられないという運命にあったのだから。
「誰、か。一応、自己紹介らしきことはしてるし、身分も明かしているのだがな……まあいいさ。面と向かっては言ってないからな」
男の人は誰に言うでもなくそう言ってから、名前らしきものを、名乗った。
「オレ様のことは、『帽子屋』とでも呼んでくれ」
「帽子屋って……」
名前らしからぬ名前だけど、その単語には聞き覚えがある。
その名前は、確か、どこかで見た……数日前……
「! あの手紙の、差出人……!」
「正解。まったく、せっかく丁寧に文章を書き連ねたというのに、無視はあんまりであろう。不参加の対応も教えたというのに、だ」
夏休みが始まった、テスト最終日。
わたしの下駄箱の中に入ってた、奇妙な手紙。確かその差出人が、『帽子屋』だった。
ってことは、この人があの手紙をわたしに差し出した人、ってこと、だよね……?
帽子屋と名乗る男の人は、スカーフと仮面で表情が見えないけど、わたしの方に向いていた顔を、少し動かす。
彼が見ているのは、わたしの隣に立つ――みのりちゃんだった。
「……帽子屋さん」
「貴様が余計なことをしたのか? まあ、どちらでも構わないが」
「みのりちゃん……この人のこと、知ってるの……?」
「…………」
みのりちゃんは、静かに口をつぐんでいる。
あの時、みのりちゃんがあの手紙を見た時と同じような、冷たい表情をしていた。
そのままなにも喋らないのかと、少し怖くなったけど、やがてみのりちゃんは、おもむろに口を開く。
「……帽子屋さんは、私に力をくれた人だよ」
「力……?」
「夏休み前、小鈴ちゃんとケンカしたよね。その少し前から、私の前に現れては、協力しようとか、契約しようとか、わけのわからないことを言って……最後に、“力”を持つカードを、私に渡したんだよ」
「そ、それって、みのりちゃんを騙した、ってこと……?」
「それはとんだ勘違いだな、お嬢さん。彼女が正確性を重視し言葉を選択した努力が台無しだ。オレ様は彼女を騙したわけではなく、あくまでも彼女の意志は最後まで尊重したつもりだ。最後は少々、強引だったがな」
「あなたがなにを言ってるのかはよくわからないが、君が“あの事件”の原因になっていたことはよくわかった」
話の流れを断ち切る勢いで、霜ちゃんが割って入った。
「で、君は何者なんだ? 実子に実体化するカード渡したことからして、クリーチャーと関わりが深いようだけど……それとも、あなた自身がクリーチャーなのか?」
「その疑問に正確性を持って回答することは難しいな。貴様らと比べれば、確かにクリーチャーに近しい存在と言えようが、しかしてオレ様はクリーチャーという存在そのものではないし、同時に貴様らと類似した種でもあるのだから」
「……意味不明……わかる言葉で、説明して……」
「おっと、それは失礼した。しかし先程も述べたが、オレ様たちの存在を、貴様らの概念で誤解なく伝えるというのは、相応に困難な所業だ。加え、現時点において、オレ様の存在、種を事細かに説明する必要も感じない」
とても、不思議な感覚だ。
平衡感覚が狂うみたいな。自分がどこにいるのか、わからなくなってしまいそうな、奇妙で、奇怪で、おかしな感覚に支配される。
その言葉に惑わされる。その声に振り回される。
なにを言っているのか、よくわからない。そんなよくわからないまま、わたしは、帽子屋さんのおかしさに、飲まれてしまっているのかもしれない。
「しかし、身分を明かさぬのも、不審さを高める要因ではあるか」
「今でも……十分、不審……」
「言葉にするのとしないのとでは、その意義も価値も大いに違いが生まれよう。言葉にするからこそ、意味があるのだ。そうは思わないか?」
そう問うてくる帽子屋さん。だけど帽子屋さんは、わたしたちの返事を待たず、言葉を紡ぐ。
「ゆえに、オレ様の身分を知りたくば、こう呼ぶがいい――【不思議の国の住人】とな」
「不思議の国? ふざけているのか?」
「半分くらいな」
ククッ、と帽子屋さんから笑い声が漏れる。
なんというか、上手く言えないけど、帽子屋さんの言っていることはすべて“言葉通り”と感じる。
嘘は言ってない。すべてが、言葉そのままの意味で吐き出されている。
それが、イビツに、不可解に、面白おかしく歪んでいるだけで。
「……それで、その【不思議な国の住人】とやらは、なにしに来たんだ?」
「オレ様たちには目的があるのさ。その目的を達するための手段として、探しているものがある……と、これはそこなお嬢さんには話したな」
帽子屋さんは、みのりちゃんを指した。
みのりちゃんは、否定も肯定もしないような、曖昧な素振りを見せる。
「話だけ聞いても、よくわからなかったけどね。私も実物を見ているわけじゃないし。あなたの説明はあまりにも抽象的で偶像的だったし」
「ならばやはり、オレ様の口から再び言葉にすべきか。そう、オレ様はある存在を探している」
「ある存在って……なんなんですか? それって?」
恐る恐る、尋ねる。
この人とはあまり言葉を交わすべきではない。奇妙な話術、奇怪な語り口、謎すぎる言葉に、怖いほど不思議な雰囲気。
関わらない方がいいと、頭ではわかっているはずなのに、わたしはその口に乗せられて、聞き返してしまう。
帽子屋さんは、ゆっくりと口を開いた。
「あらゆる奇跡を引き起こし、不可能を可能に不可逆を可逆に変える。そんな“あり得ない”を“あり得る”ことにしてしまう、あり得ないようで存在し得る存在。太陽の如く降り注ぐ大いなる希望の光――即ち、聖獣だ」
「聖獣……?」
大仰で、あまりに大それた向上。
正直、なにを言ってるのかよくわからないけど……その聖獣っていうのを、帽子屋さんは探している。それはわかった。
だけど、
「じゃあ、なんで小鈴さんと実子さんをケンカさせたりしたんですか……?」
「お嬢さん方の喧嘩はそっちが勝手にやったことで、オレ様の目的とは無関係だよ。ただ、オレ様は引き出したかっただけさ、聖獣の存在をな」
「……鬱陶しい……回りくどい……はっきり、結論だけ……言え」
「手厳しいな。ならば言わせてもらおう……鈴のお嬢さん」
「っ、わ、わたしっ?」
鈴。
それはわたしの名前であり体である。わたしを象徴する一つの言葉であり物体。
だから、帽子屋さんはわたしを指名したのだと思う。
そしてわたしは、その指名に体をこわばらせる。
「貴様が聖獣の存在を握る鍵なんだよ」
帽子屋さんは言った。わたしに対して、確かにそう告げた。
一瞬、その言葉の意味がよくわからなかったけど、
「……え? えぇ!? そ、そんなわけ……!」
「ないと言えるのか?」
「ないよ! だって、そんな、聖獣なんて、し、知らないもん……!」
すぐに否定する。
帽子屋さんの言う聖獣というのがなんなのか、わたしはまったく知らないけど、そんな話はまったく知らない。
人違いじゃないの?
「知らない、か。そんなはずはないのだがな」
「そんなはずないよ! だって、そんなすごい聖獣? なんて、会ったことも見たこともないんだから! な、なにかの間違いじゃない……?」
「確かにオレ様は少々イカレているからな。見間違い、見当違い、人違い、勘違い、解釈違い。なんらかの認識の齟齬を完全に否定することはできないが、これでも情報は精査している。その可能性が限りなく低いだろうことは主張したいところだ」
今までの言葉のやり取りでも、つかず離れずの距離を取っていた帽子屋さんは、ここで詰め寄ってきた。
わたしは聖獣なんて知らないし、会ったこともないけど、帽子屋さんはそれを否定する。
でも、本当に知らないんだよ……どうすればいいの?
「オレ様は別段、貴様らと争いたいわけでも、ましてや害したいわけでもない。ただ、聖獣の在処を知りたいだけだ」
「で、でも、そんなの知らないし……」
「その否定には説得力と根拠が足りないな。あるいは、貴様が意図的に隠匿している可能性の示唆とも考えられる」
「そんなこと、言われても……」
なんだか、雲行きが怪しくなってきたように感じる。
知らないものは、わからないものは、ありもしないものは証明できない。
悪魔の証明。なんだかこの前にも、こんなことがあったような……
わたしがたじろいでいると、ガマンしかねたように、ユーちゃんが噛みついた。
「むぅ、小鈴さんは知らないって言ってるじゃないですか! 小鈴さんが、ウソつくはずありません!」
「ユーちゃん……」
「そうだね。彼女は嘘がつけるほど器用じゃない。それに、そんな大層な存在を、ボクらにも隠し通すことができるわけがない」
「確かに……クリーチャーのことも……すぐ、私たちにばれてるし……」
痛いところを突かれてしまいました。
確かに、クリーチャー事件のことは隠そうと思ってたけど、結局みんなにはばれちゃったな……
「……帽子屋さん。私は別のあなたを恨んではいないけど、あなたが小鈴ちゃんに手を出そうとするのなら、私も黙ってはいないよ」
「やれやれだ。もはや称賛に値するな、貴様は。その求心力、あるいは繋ぎとめる力。この国では“縁”とでも言うのか? オレ様のような、イカレたわけのわからない輩を前にしても、貴様の友は背を向けることなく、狂った帽子屋に牙を剥くか」
両手を上げて、首を振り、ポーズで示す帽子屋さん。
まったく表情が見えなくて不気味だけど、やけに感情豊かに見えて、なおさら不気味に見える。
できれば、あまり見たくないとさえ、思うくらいに。
「しかし、せっかく今日のお茶会をキャンセルして来たというのに、なにもせずにすごすご帰るというのも、格好がつかないな?」
「っ!?」
と、一瞬でも思ったからだろうか。
目を離した覚えはない。だけど、意識からは外れたかもしない。
気づいた時には、瞬間移動でもしたかのように、帽子屋さんがわたしの目の前にいた。
「っ……!」
「強引な手法で申し訳ない。しかし我々も焦っている、ということだ。可能性は低かろうが、僅かに灯った希望に縋るくらいは許せ」
恋ちゃんが、ユーちゃんが、霜ちゃんが、そしてみのりちゃんが、なにかを言って、なにかをしようとしているように見えたけど。
それらとは一切合切無関係に、無意味に、わたしは帽子屋さんの開いた
☆ ☆ ☆
「――これって、いつもの……」
「聖獣を呼び出す儀式のようなものだ。貴様との闘争を通じれば、あるいは……といった、希望的観測に基づくある種の可能性でしかない」
五枚の手札と、五枚のシールド。そして山札。
いつものような、デュエマを始める時の状態。
まるでクリーチャーと戦う時のような、戦場。
「さぁ、貴様の先攻だ。カードを取れ」
「…………」
少し、たじろぐ。
わけがわからない。この人のことも、目的も、聖獣とかいうものも、この状況も、なにもかもが。
混乱してばかりだし、困惑してしまうし、こんな意味不明な出来事に巻き込まれたくない、付き合いたくない、逃げ出したいって、思った。
だけど、わたしの気持ちは、それだけじゃない。
(……みのりちゃん)
わたしも、この人に対しては思うところが、ないわけじゃない。
みのりちゃんはああ言ったけど、わたしとみのりちゃんがケンカする原因がこの人にあったと知って、なにも感じないわけがない。
聖獣なんてなんのことかさっぱりわからないけど。
「……わかった」
戦う理由が、ないわけじゃない。
帽子屋さんに促されるままに、わたしは、手札を取った。
「わたしのターン! 《トップギア》をチャージして、《龍友伝承 コッコ・ゲット》を召喚! ターン終了だよ」
「オレ様のターンか。《爆砕面 ジョニーウォーカー》をチャージし、2マナで《ダーク・ライフ》を唱える。山札の上から二枚を見て、片方をマナに、もう片方を墓地に置く。マナには《飛散する斧 プロメテウス》、墓地には《裏切りの魔狼月下城》だ。ターンエンド」
ターン3
小鈴
場:《コッコ・ゲット》
盾:5
マナ:3
手札:3
墓地:0
山札:28
帽子屋
場:なし
盾:5
マナ:4
手札:4
墓地:2
山札:25
3ターン目が終わった。
2マナのクリーチャーが引けなくて、ちょっとスタートダッシュには失敗しちゃったけど、でも、ここからならまだまだ立て直せる。
それよりも不気味なのは、帽子屋さんだ。
1、2、3ターン目と、多色カードばかりをマナゾーンに置いてる。さっき遂に多色じゃないカードが見えたけど、多色カードばかりのデッキというのは初めてだ。
それに、それぞれの文明も、かなりバラけてる。光、火、自然。水、闇。火、自然。闇、自然……えっと、少なくとも五文明すべてが存在している。
どういうデッキなのか、全然わからないけど、動きは遅そう……だったら、早くシールドをブレイクすれば、いけるはず。
「一気に勝負をつけるよ! わたしのターン! 《エヴォル・メラッチ》をチャージ! 《コッコ・ゲット》のマナ武装3発動! わたしのマナゾーンに火のカードが三枚以上あるから、能力でコマンド・ドラゴンコストを2下げるよ。そして、4マナタップ! 《コッコ・ゲット》を進化!」
早速、切り札を出すよ!
これで決める――
「――《エヴォル・ドギラゴン》!」
《コッコ・ゲット》の能力でコストを下げて、《コッコ・ゲット》は進化する。
わたしの切り札、《エヴォル・ドギラゴン》。ここで出せれば、一気にわたしが有利なはず。
ガンガン攻めるよっ。
「《ドギラゴン》で攻撃! シールドをTブレイク!」
「強烈なほどに刺激的だな……だが、S・トリガーだ。呪文《獅子王の遺跡》」
《ドギラゴン》が、一度に三枚のシールドをブレイクする。
S・トリガーが怖かったけど、トリガーは一枚だけだったみたい。
それも、それはこっちの攻撃を止めるどころか、クリーチャーを除去するようなカードでもない。
「《獅子王の遺跡》の効果で、山札の上から一枚目をマナに置く」
「それだけ? 《フェアリー・ライフ》と同じ……」
「残念ながら、それだけではない。マナ武装4発動。《獅子王の遺跡》は、少々変わったマナ武装を持っていてな。オレ様のマナゾーンに多色カードが四枚以上あれば、さらに追加で2マナ加速できる」
「ってことは、一気に3マナも増やせるの!? ……でも、マナに多色カードは三枚しかないから……」
「1マナだけで済むと思うだろう? 残念だな。最初のマナ加速とマナ武装は別々の効果だ。ゆえに、最初の加速で多色カードがマナに置かれれば、条件達成だ」
そう言って、帽子屋さんは山札の一枚目を、マナに置く。
そのカードは、横向けに置かれた。
「マナに置かれたのは、多色カードの《ダーク・ライフ》だ。マナ武装4達成、さらに2マナ追加だ」
「こんなマナ武装があるなんて……でも、シールドではわたしが有利だし、大丈夫だよね……? ターン終了」
一気にマナを増やされちゃったけど、逆に言えば、マナを増やされただけ、と思っておこう。
けどその認識は、正しくても、間違いだった。
確かに帽子屋さんはマナを増やしただけだ。でも、ただそれだけのことが、どれだけ大きなことに繋がるのか、わたしは知らなかった。
だから、楽観していたんだ。
「オレ様のターン。そろそろ本腰を入れるぞ。6マナで《大革命のD ワイルド・サファリ・チャンネル》を展開」
「っ! D2フィールド……! しかも、これも多色カード……!?」
横向きに出されるフィールドのカード。
展開されたのは、どこまでも広く続く草原。そのど真ん中に立つ、黄金の獅子の顔が浮かぶステージ。
D2フィールドは前にも見たけど、このカードは初めて見る。一体、どんな効果が……?
「知りたそうだな? この領域の意味を。その好奇心と恐怖心には、多少の悪戯心が芽生えそうだが、しかし今は口直しの紅茶のように
言って帽子屋さんは、マナを一枚、二枚倒す。
つまりタップ。次のカードを使うつもりのようだった。
だけど、ただ使うだけじゃない。その挙動は、わたしの知るそれとは、ほんの少し、違っていた。
「この瞬間、《ワイルド・サファリ・チャンネル》の効果発動。オレ様はマナゾーンの多色カードから、2マナ生み出せるようになる」
「……? 2マナ、生み出せる……?」
「マナゾーンにある一枚の多色カードが、2マナ分のエネルギーを持つようになる、と言えば分るか? さらに噛み砕いて言うなら、オレ様のマナゾーンに存在するカードはほぼ多色(レインボー)。ゆえに、オレ様のマナ数は、カード枚数こと変わらんが、実質的にほぼ“二倍”だ」
「……っ!」
マナが、二倍……!?
帽子屋さんのマナは8マナ。それが倍になるということは、16マナ……もちろん、多色じゃないカードもあるけど、それでも一気に10マナ以上のマナを得たことになる。
だけどまだ、その膨大なマナによる、暴力的な蹂躙はない。
ただ今は、僅かばかりの残り香のようなものを受けるだけだ。
「というわけだ。では、多色の《プロメテウス》から2マナ、単色の《ドンドン吸い込むナウ》から1マナ、計3マナで《謎帥の艦隊》を唱える。《エヴォル・ドギラゴン》を手札へ戻すぞ」
「あ……《ドギラゴン》が!」
「ターンエンド」
ターン4
小鈴
場:なし
盾:5
マナ:4
手札:4
墓地:0
山札:27
帽子屋
場:《サファリ・チャンネル》
盾:2
マナ:8
手札:4
墓地:4
山札:21
せっかく出した《ドギラゴン》は手札に戻されちゃった……これでわたしのクリーチャーはゼロ。
「でも、破壊されたわけじゃないから、また出せばいいはず……えっと、じゃあ、ここは……マナチャージして、2マナで《一撃奪取 トップギア》! 3マナで《コッコ・ゲット》を召喚! これで、わたしはターン終了だよ」
「オレ様のターン……ふむ、まだパーツが足らんな。ならば、次はこうするか。多色三枚と単色一枚で7マナ発生、《時の秘術師 ミラクルスター》を召喚。能力で、墓地にあるコストがそれぞれ違う呪文を回収するぞ。回収するのはコスト2《裏切りの魔狼月下城》コスト3《謎師の艦隊》コスト4《獅子王の遺跡》だ」
「ま、また呪文が手札に……しかもブロッカー……」
「無論、それだけではないがな。多色一枚で2マナ発生、呪文《裏切りの魔狼月下城》を唱える。こいつは普通に使えば相手にセルフで手札を一枚捨てさせる呪文だが、多色四枚のマナ武装4を達成すると、捨てさせる枚数が三枚に増加する」
「さ、三枚も!?」
わたしの手札は二枚だから、全部捨てなきゃいけない。
……だけど。
「わかった……捨てるよ」
今のわたしの手札には、これがある!
「《
「おっと……っ?」
スカーフで口元が見えないし、仮面で目元も隠れているけど、初めて帽子屋さんが驚いたような気がした。
でも、それだけだ。
「これはまずい、《リュウセイ・カイザー》か。この脅威は無視できん。ならば仕方ない、保持しておきたかったが、こうなってしまえばこのカードを切らざるを得んな」
確かにこの一手は、帽子屋さんの予想外の一手で、帽子屋さんを驚かせたし、脅威とまで見られた。
だけど、そこで終わってしまっている。
脅威でこそあれ、それで危機感を覚えさせても、わたしの優位には至らない。
残しておくのは困るけど、その元凶を取り除く術が、彼にはあるのだから。
「やむを得ず、だ。こちらも使うとしよう。多色一枚単色一枚で3マナ発生、《謎帥の艦隊》。この呪文もマナ武装4を持っている。多色カードがマナに四枚あれば、場のクリーチャーを最大三体まで手札に戻す」
「うっ、せっかく出したのに……」
「すまないな。《謎師の艦隊》の効果で、《トップギア》《コッコ・ゲット》《リュウセイ》をバウンスだ。ターンエンド」
ターン5
小鈴
場:なし
盾:5
マナ:5
手札:3
墓地:2
山札:25
帽子屋
場:《ミラクルスター》《サファリ・チャンネル》
盾:2
マナ:9
手札:4
墓地:3
山札:20
わたしの場は、またクリーチャーはゼロに巻き戻ってしまう。せっかく出せた《リュウセイ・カイザー》も、すぐに戻されちゃった。
だけど、やっぱり手札に戻されただけ。もう一度出し直せばいいし、《リュウセイ・カイザー》も手札に持っておけば、また手札破壊を対策できる。
なかなか前に進まないけど、決して無意味じゃない。
「《トップギア》をチャージ! 3マナで《エヴォル・メラッチ》と《コッコ・ゲット》をそれぞれ召喚! 《メラッチ》の能力で山札の上から四枚を見て《爆革命 グレンモルト》を手札に加えるよ。ターン終了!」
「オレ様のターンだな……今の不測の事態で、一手遅れたか。さて、どうしたものか」
帽子屋さんは、考えるような仕草を見せる。
だけど表情が見えないから、本当に考えているのか、なにかを考えているのかは、さっぱりわからない。
とにかく、不可解、不思議で、不気味だ。
「《リュウセイ》が見えてるから《裏切り》は撃ち難い。とりあえずマナチャージ。多色二枚で4マナ発生、《獅子王の遺跡》を唱える。マナ武装を達成しているから3マナ追加だ。さらに多色二枚と単色一枚で5マナ発生、《飛散する斧 プロメテウス》を召喚だ。2マナタップして追加、マナゾーンから《プロメテウス》を回収だ。そのままもう一体《プロメテウス》も召喚。2マナ追加して、《ドンドン吸い込むナウ》を回収。ターンエンドだ」
「ま、マナがすごい……」
すさまじい勢いで帽子屋さんのマナが増えていく。これで枚数だけでも10マナを超えた。そして増えたマナはほとんどが多色カードだから《ワイルド・サファリ・チャンネル》の効果でマナが二倍になってる。つまり、今のマナ数は、実質的に20マナ以上。
同時に手札も増やして、なんでもできる、とでも言わんばかりの状態だった。
ターン5
小鈴
場:《エヴォル・メラッチ》《コッコ・ゲット》
盾:5
マナ:6
手札:2
墓地:2
山札:24
帽子屋
場:《プロメテウス》×2《ミラクルスター》《サファリ・チャンネル》
盾:2
マナ:15
手札:3
墓地:4
山札:12
《リュウセイ・カイザー》の存在があるから、帽子屋さんは手札破壊を躊躇してる。お陰でわたしの行動が妨害されることはなくなったけど、それでもまだ、わたしが不利なことに変わりはない。
帽子屋さんは、手札もマナも、わたしよりずっと多い。ブロッカーもいる。
残り二枚のシールドが、すごく分厚く見えた。たった一体のブロッカーが、すごく高い壁に感じた。
だけど、
「わたしの、ターン」
どんな防御だって、突破して見せる。
わたしの、切り札があれば。
「また、来てくれた……《エヴォル・メラッチ》を進化!」
除去されても、デッキにある限り、何度だって!
《エヴォル・メラッチ》が羽ばたいて、炎を纏い、進化する。
「もう一度、お願い――《エヴォル・ドギラゴン》!」
再びバトルゾーンに出て来る、わたしの切り札。《エヴォル・ドギラゴン》。
このクリーチャーがいれば、まだ……!
「さらに《コッコ・ゲット》も進化! 《爆革命 グレンモルト》!」
「ほぅ、あっという間に《ミラクルスター》のパワーラインを超えて
わたしの切り札が二体、場に出揃う。
だけど、まだこのターンにとどめは刺せない。シールドを割り切るのが精々だ。
それでもいい。そこまで進めれば、もうブロッカーもなにも関係なく、《ドギラゴン》で押し切れるから。
わたしはただひたすら、前に向かって突き進むだけ。
「行くよ! まずは《グレンモルト》で攻撃!」
「それは通すわけにはいかないな。《ミラクルスター》でブロックだ」
「次に《エヴォル・ドギラゴン》でブレイク!」
《グレンモルト》で《ミラクルスター》を討ち取って、帽子屋さんの残っているシールドを《ドギラゴン》が薙ぎ払う。
「……ノートリガー。いよいよオレ様も断崖に追いやられ、後がなくなったな」
S・トリガーも出ず、これで帽子屋さんのシールドはゼロ。
まだわたしのシールドは五枚もあるし、これなら、勝てるはず。
次のターンには、きっと。
……そう、思ってたけど、
「だがまあ、十分時間は稼いだ。準備も整った」
「え……?」
帽子屋さんは、どこまでも余裕だ。
崖っぷちと言いながらも、逆にわたしを崖から突き落とす算段は立っていると言わんばかりに、危機感がまるでない。
「オレ様のターン……開始時に、《ワイルド・サファリ・チャンネル》のDスイッチ
帽子屋さんはカードを引く前に、その力を行使する。
ゲーム中に一度だけ使える、D2フィールドの能力。
《ワイルド・サファリ・チャンネル》が上下逆さまになって、Dスイッチが発動したことを証明した。
「《サファリ・チャンネル》のDスイッチにより、オレ様はこのターン、マナゾーンからもクリーチャーを召喚できるようになった」
「ま、マナゾーンから、召喚……!?」
帽子屋さんのマナゾーンには、15マナもある。そこにあるクリーチャーの数も、少なくない。
それすべてが出せる状態になった。それがどのくらいすさまじいのか、わたしには判断できないけど、帽子屋さんがこのタイミングで一回しか使えないDスイッチを使ったことからも、ここが重要な局面で、だからこそこれがわたしにとって危ない状況だっていうのは理解できる。
《ワイルド・サファリ・チャンネル》の中心で、獅子が咆哮する。その瞬間、草原が眩い光に包まれた。
「っ、なに、これ……?」
見たこともないような光景に、思わず後ずさる。
ふと顔を上げると、その先には、ククッと笑い声をもらす帽子屋さんが、超然と佇んでいた。
「不思議の世界へようこそ。ここから先は、貴様の常識は通用しない……世界も、時代も、規律も、因果も、すべてがイカレた摩訶不思議な物語の始まりだ」
そう言って帽子屋さんは、光る地面に手を突っ込む。
地中の奥底から引っ張り出すようにして、一枚のカードを、マナから抜き取った。
「序章は颯爽と駆け抜けて行く。可憐な
「な、なに、なんなの……なにを、言ってるの……?」
「ただの妄言だよ。オレ様は狂いに狂った幻想のイカレ帽子屋だ。一人で訳もなく頭のおかしいことを呟くのさ。それでもただ一つ、確かなことを言うのであれば……ここから先は、絵本と同じだ。ページを捲ったら、すぐに終わってしまう。短く儚い、終わりへと向かう
帽子屋さんはそう言って、光り輝く草原の力を得て、膨大なマナを生み出す。
光の粒子が、そこかしこから湧き上がって、帽子屋さんの力となる。
「多色四枚、単色二枚タップ! 合計10マナ!」
そして、子屋さんは、地中から抜き取ったカードを、場に放り投げた。
このときから、絵本のように瞬く間に過ぎていく物語が始まった。
わたしの知らない、奇妙で怪しい、摩訶不思議な物語が――
「
嘶く声が聞こえる。銃声が響く。大地を駆ける蹄が轟く。
大草原の力を得て、地平線の遥か彼方より、何者かが疾駆する。
銃を擬獣化したような不思議な馬。その馬に騎乗するのは、巨大な銃を背負って、赤い帽子を被った騎手。
草原よりも荒野を駆けている方が似合いそうな彼らが、わたしの前に立ちはだかった。
これは《ワイルド・サファリ・チャンネル》の効果で、マナゾーンから召喚したクリーチャーのはずなんだけど、
「こ、これ、クリーチャー……?」
わたしには、それがクリーチャーとは思えなかった。と言うと言いすぎるけど、今までのクリーチャーと、明らかに違う。
なんて言ったらいいんだろう……リアルな動物とか、人型とか、モンスターじゃない。すごくイラストチックで……そう。
言うなれば、子供に合わせたようなタッチなんだ。
子供のラクガキみたいな。
もしくは、絵本の中から飛び出したかのような。
そんな、どこかイビツで不安定な姿をしている。
「ククッ、驚いているな。貴様の感じるように、こいつは他のクリーチャーと少々出自が違うものだが、それでもれっきとしたクリーチャーだから安心するがいい。もっとも、こいつの力を前にして、安堵する余裕があるとも思えないが」
「パワー19000……スピードアタッカーに、
「それだけではない。それは希望的観測という名の幻想さ。見るがいい、《ジョリー・ザ・ジョニー Joe》の登場時能力発動! こいつが召喚によって場に出た時、相手の場にクリーチャーが存在すれば、他のクリーチャーをすべて破壊する!」
「す、すべて破壊!?」
帽子屋さんの《ジョリー・ザ・ジョニー Joe》は、携えた巨大な銃を構える。そして、引き金を引いた。
バズーカ砲みたいにやたら大きなその銃から放たれるのは、その大きさに見合った、巨大な弾丸。凄まじいエネルギーを纏って放たれる弾丸が、わたしのクリーチャーをすべて、吹き飛ばしてしまった。
同時にその時に発生した爆風で、帽子屋さんの《プロメテウス》も一緒に吹き飛ばされた。
「っ、クリーチャーが、全部いなくなっちゃった……でも、これで帽子屋さんはとどめを刺せなくなったよっ!」
「そう勝負を急ぐな。確かにすぐに過ぎ行く物語と言ったが、焦っていいというものでもない。さらに多色二枚で4マナ発生、呪文《ドンドン吸い込むナウ》を唱える。山札の上から五枚を見て、《獅子王の遺跡》を手札に加えよう。ここで《ドンドン吸い込むナウ》の追加効果発生、この呪文は火か自然のカードを手札に加えると、場のクリーチャーを一体、手札に戻せる」
そのカードは、何度か見たことがある。
欲しいカードを手札に加えながら、場合によってはクリーチャーを除去できるし、S・トリガーとして防御にも有効な呪文だ。
だけど今この時に限って言うなら、わたしには帽子屋さんの行動も、発言の意味も、よく分からなかった。
《獅子王の遺跡》を手札に加える意味も、クリーチャーを手札に戻すと言った意味も。
「手札に戻すって……でも、クリーチャーはもう、いないよ……?」
「なにを言っている? クリーチャーならここにいるだろう」
「ここにって……まさか……」
わたしは“それ”に視線を向ける。
そこには、お互いのバトルゾーンを蹂躙して、たった一人、孤高に佇む不思議なクリーチャーがいた。
そう、それは、
「そのまさかだ《ジョリー・ザ・ジョニー Joe》を手札に戻す」
帽子屋さんの切り札と思しきクリーチャー、《ジョリー・ザ・ジョニー Joe》。
それを帽子屋さんは、惜しげもなく手札に戻した。
「10マナも払って出したクリーチャーを、わざわざ戻しちゃうの……!?」
「そこに意味があるんだ、このクリーチャーはな」
わけがわからなかった。
自分で自分のクリーチャーまでも破壊して、かと思ったらたった一体残ったクリーチャーも手札に戻して、わたしには理解できない、わたしの常識が通じないことばかりだった。
それは、確かに不思議の国とでも言える、イビツに狂った歪んだ世界かもしれない。
「多色五枚で10マナ発生! 《ジョリー・ザ・ジョニー Joe》を再び召喚だ!」
「ま、また出た……でも、もうクリーチャーはいないよ……あなた一体、なにがしたいの……?」
「おっと、先に言うが、不快に感じるのは筋違いだ。これは遊んでいるわけでも、弄んでいるわけでもない。貴様を愚弄するつもりなど欠片もなく、むしろ敬意の表れだと思ってもらいたい」
やはり、わからない。
わたしには理解ができない、なんでそうなってるのか、なんでそうするのか、なにがそうさせるのか、なにがそうであるのか、意味不明で理解不能な世界の中で、帽子屋さんはまたわけのわからないことを言っている。
わたしの知らないところで、どんどんお話が進んでいってて、そこはかとない不安が掻き立てられる。
なにもわからない。言葉だけを連ねても、決定的になにかが足りていない。
「オレ様の言葉に偽りがないことを証明するため、こいつの真の能力を教えてやろう。こいつが召喚された時、相手の場にクリーチャーがいれば、他のクリーチャーをすべて破壊する。では、クリーチャーがいない時はどうなる?」
「ど、どうなるって……」
そんなことは知らない。
知らないことだらけだ。
わたしは答えられない。
「答えは単純明快だ」
だから、帽子屋さんが答える。まるで自問自答だ。
帽子屋さんはクイッと帽子のつばを押し上げて、言った。
ある意味では、わたしの不安を解消するように。
だけど実際には、わたしの不安を後押しするように。
現実なのか、非現実なのか、わからない、混沌とした結果だけを、押し付けてくる。
だけど、終わりはハッキリしてる。
帽子屋さんの言うように、簡単で、単純明快だ。
そこにあるのは、たった一つの終焉だけ。
「オレ様がゲームに勝利する」
「……え?」
こんどは、理解の拒絶だ。
その言葉の意味が受け入れられなくて、だから、わけがわからない、と思ってしまった。
だけど本当は分かっていた。嫌な予感は、していたんだ。
それが今、現実になっただけ。
「これで物語は終了だ。あとがきもエピローグもない……本を閉じろ、
すべて終わったんだ、と帽子屋さんは言い放つ。
その時、わたしはあの不思議なクリーチャーが、わたしに銃口を向けていることに気付いた。
直感でわかる。あれは、まずい。
まずいけど、無理だった。もう終わってしまう。どうしようもないということだけは、理解できた。
理屈じゃない、感覚的なもので、理解する。
「引き金は何度だって引くさ。ルールも理屈も捻じ曲がった世界では、プライドもこだわりもひん曲がっている。常軌を逸した不可思議なことが理だ。無知な
「……っ!」
バキュン!
乾いた銃声。空を切る音。
刹那。
一発の弾丸が、わたしの胸を射抜く――
「――Extra win」
☆ ☆ ☆
わたしは、一発の銃弾に射抜かれる――ことはなく。
ふっと意識が戻った時には、確かに五体満足で、なに一つ異状はなかった。
あるのは、ただの敗北感だけ。
「契約者を危機に晒せばあるいは、と思ったが、そう簡単な話でもないか。命の危機に瀕するまで進むべきだったか? いやさ、銃口を突きつけられてなお、予兆さえも感じさせないということは、同じ結果だっただろう」
ぶつぶつと帽子屋さんはなにかを呟いている。
そしてふと、こちらに視線を向けた、ような気がした。
「なんだ、五体満足なのが不思議か? 五臓六腑が散るとでも思ったのか?」
「い、いや、その……」
みのりちゃんと最初に戦った時は、わたしは気を失ってたみたいだし、今回もそういうことがあるのかなとは思った。
けど、どうも今回は、そういうわけでもなさそうだった。
「オレ様があえて射線を外した、ということもあるが……あの決戦場は本来、性質の違う生命体同士が、同じ立場、同じ土俵で争うための仕組みだ。なぜこのような理が存在し、誰がこんなシステムを創り出したのかまでは知らんが、本質的には“勝敗を決する”という概念に基づいている。ゆえに、物理的な干渉はルールで統制されてはいない。もっとも、ルールの外にあるということは、如何様にも利用可能ということでもあるのだが」
「………」
「それに言ったはずだ、危害を加えるつもりはないと。それはオレ様の本意ではない」
帽子屋さんは静かに言う。
確かに言葉通りではあった。今のデュエマも、結局わたしはなんの被害もない。ケガもしていないし、ただデュエマしただけだ。
……銃弾が飛んできた時は、冷や冷やしたけども。
それに……
「それはさておき、聖獣の出現条件というのも、よくわからんな。貴様のことは重要な手足と認識しているものと思っていたが。あるいは、危機意識が段階的なのか? どの程度までが聖獣にとっての“危機”と感じるのか、試してみるのも一興か?」
「っ!」
その言葉に、思わず身体がビクンッと跳ね上がる。
すると帽子屋さんは、肩をすくめた。
「そう怯えるな。流石に、危害を加えることが本意ではないと言っておきながら、舌の根も乾かぬうちに撤回するつもりはない。おっと、イカレたオレ様が言っても説得力は皆無か」
また、ククッ、と笑いながら言う帽子屋さん。
説得力がないなんて自分で言っておきながら、踵を返す。
「だが、オレ様は、お茶会とカードゲームは一日一回と決めているのでな。時間も時間だ、今日はもう帰るさ。家に飾った植木鉢の中身も気になるしな」
意味不明なことを言いながらも、本当にもう、帰るつもりのようだ。
「また会う日が来るだろう。その時まで、聖獣のことを思い出しておいてくれるとありがたい……では、またな」
…………
その姿が完全に見えなくなるまで、わたしは動けなかった。なにも言葉も出せず、沈黙のまま、夜の帳が降りてきた静寂の中にいた。
「……二度と来るな」
「わけがわからないまま、嵐のように過ぎ去っていったな……」
「小鈴さんっ! 大丈夫ですか!?」
「う、うん……なんともないよ」
「ほら、掴まって。立てる?」
「ありがとう、みのりちゃん……」
みのりちゃんに手を借りて、立ち上がる。
物理的な干渉はないとか帽子屋さんは言ってたけど、身体が少し重い気がする。
でも、これは本当に負けたからなのかな。
……この身体の重みが敗北感によることなのかどうかはわからないけど。そうだ。
わたしは、負けたんだ。
あの、帽子屋さんに。
「帽子屋とか、【不思議な国の住人】とか、わけがわからないことばかりだ……君はいつも、こんな変なことに巻き込まれているのかい?」
「今回は特別に変というか、いつもはクリーチャーが変な事件を起こしてるから、今回みたいなのは初めてというか……」
「いつかのロリコンさんよりも、おかしな人でしたね」
「とりあえず、今日はもう帰ろうか。私は電車で帰るから、家まで送るよ、小鈴ちゃん」
「え? い、いいよ。そんな……」
「……用心は、した方がいい……と思う……あいつの言うことも、信用、できないし……また、戻って来る、かも……」
「そうだね。言えの方向はボクも同じだから、一緒に送るよ」
「だったら、ユーちゃんも行きます!」
「ご、ごめんね……みんな」
「気にしないでください! ユーちゃんたちは、小鈴さんのお友達なんです! このくらい当然ですっ!」
「そうだよ小鈴ちゃん。本当に困ってる時は、私たちを頼ってもいいんだよ。友達なんだから」
「……うん、ありがとう」
結局その日は、みんなに送られて帰ることに。家に着く頃には、七時になっていました。
そうして、奇妙で怪しい、摩訶不思議なわたしの一日は終わるのでした。
☆ ☆ ☆
負けちゃった。
もう少しで勝てた、なんて思えなかった。
シールドで追い詰めても、そんなものは関係なかった。
たくさんのマナと手札と、強力なカードで、圧倒的に負けた。
そんな気分だった。
「それで今日はアンニュイに一人で来たんだね」
わたしは、一人で『Wonder Land』に来ていた。恋ちゃんやユーちゃんは部活があって、霜ちゃんとみのりちゃんは家族と用事があるらしくて、今日は一人だ。
世間でも今は夏休みだけど、他のお客さんも少ない。だからか、いつもわたしによくしてくれている店員さん、長良川詠さんは、わたしの話を聞いてくれていた。
帽子屋さんのことはもちろん伏せてるけど、帽子屋さんとの対戦で負けたこと。そのことを、話した。
なんでかわからないけど、あの対戦と、あの敗北は、わたしの中でわだかまりを作っていたから。
この気持ちのやり場。それがどうしようもなくって、思わず、逃げ込むようにわたしはここに来た。
「小鈴ちゃんがデュエマで負けて愚痴りに来るなんてねー」
「そ、そんなつもりはないですけど……でも」
「でも?」
「……なんか、すごく……悔しかったです」
帽子屋さんに負けた時、わたしの中にはいろいろな感情が、混沌と入り混じっていたと思う。
わたしの知らない戦術、わたしの知らないカード、わたしの知らない勝ち方……帽子屋さんのデュエマは、わたしが知らないデュエマで、わたしはあの不思議な世界に飲まれてしまっていた。
だから負けた後、わたしにはなにが起こったのか、まったくわからなかった。今でもよくわからないままだ。
だけど、一つだけハッキリしてることがある。
それは、どんなにわけがわからなくても、わたしは負けた。その事実は確かだ。
負けちゃったんだ。それも、圧倒的に、絶対的に。
その敗北をちゃんと認識して、感じてから、無性に胸の奥がむずむずする。
まだ自分でもよくわからないけど、たぶんこれは、悔しいってことなんだと思う。
「そっかぁ、小鈴ちゃんも遂に“楽しさ”以外を覚えたかぁ」
「? 詠さん?」
「デュエマは楽しいだけじゃないからね。強くなればなるほど、マイナスの感情も芽生えてくるものだよ」
「そうなんですか……」
「だけど、悔しいって気持ちは、決して悪いことじゃないよ。それの気持ちは力になるからね」
「力に……えっと、どうしたらいいんでしょう?」
「小鈴ちゃんはとにかくもっと経験値を積むべきだと思うけど……それ以外にできることといったら」
「いったら……?」
「うーん……デッキ、かな」
「デッキ、ですか? デッキを改造するってことですか?」
「そうと言えそうだけど、違うと言えば違うかな」
「?」
「改造じゃなくて、組むんだよ、デッキを」
「なにが違うんですか?」
「今あるデッキのコンセプトを崩して、まったく違うデッキを作るってこと。メインにする種族を変えるとか、新しい文明を追加するとか、戦術を変えるんだよ」
「まったく別のデッキにする、ってことですか?」
「そういうこと。それが一人でできるようになったら一人前かもね」
「ひ、一人で、ですか……」
「一人で組むのは、まだちょっとハードルが高いかな? だったら、誰かと一緒に組んでみてもいいかもね」
「詠さんは、手伝ってくれないんですか?」
「んー、今回は小鈴ちゃんの力で頑張ってみた方がいいんじゃないかな? どうしようもなくなったら頼ってもいいけどね」
どうしようもなくなったら。それはつまり、最後の手段という意味……だと思う。
もっと話を聞きたかったけど、詠さんは店長さんに呼ばれて、店の奥へと行ってしまった。
そして、わたし一人、残される。
「デッキを一から作る、かぁ……」
思い出すのは、みのりちゃんとケンカしたあの時。あの時は、みんなと一緒にデッキを作った。
でもそれができたのは、みんながいたからだ。一人で同じことをするなんて、とてもじゃないけど、わたしには無理だと思う。
「でも……誰かと、一緒なら……」
一人ではできなかったけど、逆に言えば、みんなの力があれば、わたしでもデッキが作れる。
わたしたちの中で一番強い、恋ちゃん。
わたしと同じ目線で対戦できる、ユーちゃん。
わたしの知らないデュエマを教えてくれる、霜ちゃん。
わたしの中で一番心に残るデュエマをしたことのある、みのりちゃん。
みんなそれぞれ、使うカードも、戦術もスタイルも、全然違う。
だからこそ、誰と一緒にデッキを作るかで、出来上がるデッキも大きく変わるような気がする。
一人でやるべきなのか。それとも、誰かに協力を求めるべきなのか。
「……どうやって、デッキを作ろうかな――」
前々から伏線とも呼べないようなあからさまに怪しい奴が出ていましたが、【不思議の国の住人】より、『帽子屋』の登場です。
およそ名前とも呼べないような名ですが、【不思議の国の住人】が組織の名であり、『帽子屋』がキャラ名です。
今ではめっきり見なくなった5cジョニーを携えて、唐突に現れては颯爽と消えていく変質者です。少し前はVVギガタックのフィニッシャーで使われてましたね、赤ジョニー。
珍しく次回予告なんぞをしてみますが、次回はデッキ構築回です。ピクシブでは、読者にアンケートを取って、その結果を反映させた回にしたりして、痛い目を見たりもしたのですが……こちらは再掲のようなものなので、特にアンケートなどは取らず、既にある者を改稿して掲載する予定です。