こんにちは、伊勢小鈴です。
いきなりですが、今のわたしはお出かけタイムです。どこに行くかって? それも言うけど、その前に、大事なことがあります。
それは、誰とお出かけか、です。
夏休み前の約束を果たすための、お出かけなんです。
「霜ちゃーん!」
待ち合わせの駅。構内に入ると、すぐに視界に入る女の子――の格好をした男の子。水早霜くん、霜ちゃんだ。
「ごめんね、待った?」
「いいや、ボクもさっき来たところだ」
時刻は午後2時。太陽がとても熱い時間帯。
二人で切符を買って、ホームに出る。そこで、ふと霜ちゃんが呟いた。
「……遂にこの日が来たね」
「霜ちゃん、嬉しそう?」
「こんなことを言うのは少し照れくさいけど、しかしボクが今日という日を楽しみにしてきたのもまた事実。そして、その事実は揺るがない、変わりようがないことだ。今から胸の動悸と全身の躍動が止まらないよ」
「そんな霜ちゃんはちょっと怖いけど、わたしも少し嬉しいかも。だって今日は――」
一拍置いて、あの時の言葉を思い出す。
何気ない約束だったのかもしれないけど、今日という日が来てしまえば特別だ。わたしにとっては未知に近い、詳しくない領域になる。だからこそ怖いけど、だからこそ、楽しみだ。
それはたぶん、友達が、霜ちゃんがいてくれるからかな。
こと今日に関しては、みのりちゃんでも、ユーちゃんでも、恋ちゃんでもない。霜ちゃんだからこそ、という日だ。
そう、今日は――
「――霜ちゃんがわたしを、コーディネートしてくれる日だもんね」
☆ ☆ ☆
要するに、女の子同士のお買い物です。霜ちゃんは男の子だけどね。
でも、こと衣服、ファッションに関してなら、下手な女の子よりも詳しい。少なくともわたしよりはね!
以前(11話)に、霜ちゃんと一緒に服を買いに行く約束をした。女の子同士のお買い物ではなく、わたしの服を選ぶ、霜ちゃんがわたしをコーディネートしてくれるってことなんだけど。
……まあ、それもこれも、わたしの服に関する頓着がないのが問題なんだけどね。でも流石に、正面切ってダサいと言われるとショックだよ……
「ここだ、着いたよ」
電車に揺られて数十分。そこから炎天下の道を歩いて十数分。『Brush up』と看板が掲げられたお店が見えてきた。
「あ、このお店。ここに来るの、久々だなぁ」
「君も来たことあるのかい?」
「うん、四月の後半くらいかな? みのりちゃんと一緒にお出かけした時に立ち寄ったの」
「その時も服を?」
「あの時は見るだけだったけどね」
特にアテもないお出かけだったから、服を買うほどの余裕がなかったんだよね。でも、ウインドウショッピングも楽しかったよ。
「そうか。だけど、今日はきっちり君のダサいファッションを矯正するよ。覚悟してくれ」
「あんまりダサいって言わないでよ、結構傷つくんだよ……?」
「……ごめん」
少しバツの悪そうにする霜ちゃん。ちょっと言い過ぎちゃったかな。
霜ちゃんはわたしの服をダサいって言うけど、それは、霜ちゃんなりにわたしのことを考えてくれてるからってわかるから、あんまり気にしてはいないんだけど……でも、ちょっとは気にしちゃうかな、やっぱり。
「とりあえず入ろう。外は暑い」
「うん、そうだね」
☆ ☆ ☆
「どうせワンピースとかロングスカートの類は多く持ってるだろうし、違う方向で攻めたい感じはあるな。ミニスカも似合わないわけじゃなさそうだし」
お店に入った直後、霜ちゃんのコーディネートが始まった。
店内に並んでる数々の服を手に取って、わたしに合わせてくれる。その中でも特に気になったものは試着する。それの繰り返しだ。
「こんな感じのスカートはどうだろう」
「う、脚を出すのは、ちょっと恥ずかしいかも……」
「なにを今更。制服は普通にスカートじゃないか」
「わたしのスカートはそんなに短くないよっ」
「しかし、さっきはああ言ったものの、どう攻めたものかな。今の小鈴の雰囲気そのままに、よりハイセンスな服を選ぶか。それとも、違う方向性を模索するべきか……」
服を選びながら、霜ちゃんはずっとそうやってぶつぶつ呟いてる。
なんというか、あまりに没頭していてちょっと怖いけど、こんなに真剣な霜ちゃんは初めて見た気がする。
「小鈴はどんな感じがいい?」
「え? うーん、目立ちすぎなくて、あんまり派手じゃないのがいいかな……あと、肌を出すのはあんまり……」
「よし、参考にならないな」
「えぇ!? 酷い!」
だったら聞かないで、と言いたくなる。
「でも、困ったな。ボクはボクのいいところを理解しているけど、小鈴のいいところを小鈴が理解していないのが問題だ」
「そうなの?」
「そうだとも。自分に似合う服がまったくわからないんじゃ、合せる基準が定まらない」
「わたしにも好みは一応あるんだけど……」
「好みと似合う似合わないは別だよ。とはいえ、好きな服が似合う服であることは往々にしてあるけど。でも君の場合、それが必ずしも合致するわけじゃなさそうだから、そこが難しい。まずはどういう感じが似合うのかを探してから……」
また霜ちゃんがぶつぶつ呟く世界に入ってしまった。
うーん、覚悟はしていたけど、これは長丁場になりそうだなぁ。
と、わたしたちがそうやって試行錯誤していると、トントンと霜ちゃんの肩を叩く人が。
「お困りですか? 水早さん」
「あ、どうも」
声をかけてきたのは、女の人だった。お店のエプロンつけてるし、店員さんかな?
「小鈴、紹介するよ。この人は見ての通り、ここの店員さんだ。名前はボクも知らない。この店に来るたびに、ボクもよくお世話になってるんだ」
「ど、どうも、こんにちは。伊勢小鈴です」
「こんにちは、伊勢さん。今日はお友達と一緒なんですね」
「はい。今日は、服のセンスがない彼女のために服を選んでるんです」
「霜ちゃん……!?」
「まあ、そうなの」
驚いたような仕草を見せる店員さん。
それはいいんだけど、センスがないって人前で言うのはやめてよ……
「水早さんが他人のために服を選ぶなんて。よっぽど大事な友達なんですね」
「えぇ、まあ……」
「でも中学生の服選びですか……だったら、私よりも適任者がいますね?」
「適任者?」
「店員さんが手伝ってくれるのでは?」
「ここで店員やってるのは親の手伝いみたいなものですし、私はあくまでデザイナーだから。人のコーディネートより創造が好きなんです。それに、あの子の方が歳も近いし、流行とかに聡いから、私よりもいいアドバイスをくれると思います。ちょっと待っててください、今呼んで来るので」
そう言って店員さんは、お店の奥へと引っ込んでしまう。
わたしたちが棒立ちで待っていると、やがて戻ってきた。適任者なる人を連れて。
「お待たせ。連れて来ましたよ。今ちょうど遊びに来てる従妹なの」
「この子たちが、ふーちゃんの言ってたお客さん?」
店員さんの後から続いてきたのは、女の子だった。
明るい髪を二つに括った、小柄な女の子。
女の子は、眩しいばかりの笑顔を見せる。
「はじめまして! ふーちゃんのいとこで、
☆ ☆ ☆
春永このみ、と女の子は名乗った。
なんだけど、わたしたちはこの子のある一点から、目を外せなかった。
((うわ、胸、すご……!))
霜ちゃんも口をあんぐりと開けている。たぶん、わたしと同じことを考えてるんだと思う。
(そ、霜ちゃん! どどど、どうしよう……! わ、わたし、同年代でわたしより胸の大きい女の子、はじめて見たよ……! ちょっと感動したよ!)
(ボクも流石に驚きだ……想像ではあり得ると思えても、こうして現実を目の当たりにすると……小鈴より小柄なのに、明らかに小鈴よりも胸があるなんて……)
彼女の身長はわたしよりも低い。ユーちゃんと同じくらいかな。わたしが150cmくらいで、そのわたしが見下ろすくらいだから、140cmあるかどうか……流石に恋ちゃんよりは背が高いようだけど、ここまで低いと比べるのも、ってなっちゃう。
「? どうしたの?」
「いえ、なんでも……ボクは水早霜です。はじめまして」
「わ、わたしは、伊勢小鈴、です……」
「んー……すずちゃんと、そーちゃんね! 覚えたよ!」
無邪気に笑っている。その笑みはとても爛漫で、子供っぽい。
一体、いくつなんだろう、この子。同い年? それとも小学生?
なんて思ってると、店員さんの口から、衝撃の事実が言い放たれる。
「このみちゃんは今年から高校生だったよね? なら、私よりも今時のファッションに詳しいと思うんだけど」
『高校生!?』
これで!? わたしよりちっちゃいのに!? 胸は大きいけど!
「この見た目で、ボクらよりも三つも年上なのか……!?」
「わたしのお姉ちゃんよりも年上だよ……?」
「あー、よく言われるなぁ、それ」
「あ……ご、ごめんなさい! 失礼でしたよね……」
「いいよー、気にしてないから。それにしても、そーちゃんは男の子なのに可愛いね!」
「え……!? ボク、男だって言いましたっけ……?」
「見ればわかるよー。最初ちょっと変わってるなーって思ったけど、可愛いから気にならないね」
「一目でボクの性別を見抜くのか……なんて人だ……!」
霜ちゃんが戦慄してる。ちょっと面白い。
そんなに自分が男の子であると見抜かれるのが驚きだったんだ。確かに、見た目じゃ女の子にしか見えないけど。
「ん……閃いた! ゆーくんにもふりふりの衣装着せたら面白くて可愛いかも……文化祭のときとか、来てくれないかなぁ。姫ちゃんにも協力してもらおうっ」
「あ、あのぅ、それより……」
「あ、ごめん。えっと、なんだっけ?」
「このみちゃん。伊勢さんが今時の女の子のファッションに悩んでるから、力になってあげて」
「うん、そーゆーことね! すずちゃんのファッションね! すずちゃんはねー……うーん」
「あ、あの……? 春永さん?」
「このみでいいよー。ぺちぺち」
このみさんが、なぜかわたしの頬をぺちぺちと軽く叩く。
それから、右に回ったり左に回ったり後ろに回ったり、下から覗き込んだり背伸びして上から覗き込もうとしたり、色んな角度から視線を向けてくる。
「……あたしとちょっと似てるかも。すっごいふりふりにするのも面白そうだけど、ふつーにいくなら森ガール系?」
「やっぱりそうなりますよね。本人は派手なのは嫌だって言うんですけど」
「じゃあギリギリを攻めてみよう! とりあえずはこの辺で……」
「お、お手柔らかにお願いします……」
そんなこんなで、霜ちゃんに加えこのみさんによる、わたしのファッションコーディネートが再開されました。
……なんか、怖いなぁ……
☆ ☆ ☆
「こんなのはどう?」
「うわぁ、ふりふり……もったいなくて着れないよ……」
「少し華美すぎじゃないですか? 小鈴の性格とあんまり合わないような」
「じゃあこっちは?」
「あのこれ、ちょっと布面積小さすぎじゃ……」
「小鈴の体型を考えると、露出が多くてやや下品になりそうです」
「ちょいとボーイッシュに、パンツ系とか?」
「き、キツイかも……!」
「体型的に無理がありますね」
「成程ねー。なら、これはどうかな?」
「か、可愛いけど、ちょっとこれは……恥ずかしいかも……」
「流石に子供すぎます。これじゃあ小鈴がダサいままです」
あれからどれくらいの時間が経っただろう。店員さんは店の奥に引っ込んでしまった。
このみさんはかなりアグレッジヴな性格みたいで、目につく服をあれやこれやと次々と試着させてくる。それはそれでいいんだけど、何度も繰り返してると疲れてくるよ。
しかも同時に霜ちゃんによる辛口コメントで精神的にもチクチクとダメージが蓄積される。
それにしても、まさかズボンを履くだけで大変な思いをするとは思わなかった。これがお姉ちゃんの言ってた地獄なんだね……
「難しいね、すずちゃんコーディネート」
「体型がアレだから、服を選ぶんですよね。わかってはいたけれど、実感としてあるとやっぱり厳しいな」
あぅ、体型がアレって……霜ちゃんはズバズバ言うなぁ。わたしだって、もう少し身長があれば、おかしくもなんともないんだけど。
そういえば、とわたしはこのみさんを見る。
今の霜ちゃんの言葉で、ちょっと気になったのだ。
「あの、このみさん」
「なになに?」
「このみさんは、服を選ぶ時、どうしてるんですか?」
「んー? なんで?」
「いや、その、あの……すごく、服を選ぶのが大変そうなので……」
背が低いのに胸が大きいと、着れる服が限られてくるから、結構大変なのです。わたしがファッションにあんまり興味を持てないのも、そのへんが大変だからだったりするんだよね……面倒くさい、ってことなんだけど、要するに。
だから、わたしと似た体型だけど、わたしよりも顕著なこのみさんは、わたしよりもずっと苦労してるんじゃないかと思って、聞いてみたんだけど、
「あたしの服はふーちゃんお手製のオーダーメイドだからね! 服のサイズで悩んだことはないよ!」
((オーダーメイドなんだ……))
なんか、妙に納得してしまった。
でも確かに、オーダーメイドで服のサイズを調整できるなら、苦労はしないよね……
「あ、そうだ!」
と、その時。
このみさんがなにか閃いたようだった。
「確かこの前……ふーちゃーん!」
「えぇ、このみさん!? ど、どこへ……?」
「ちょっと待ってて! すぐ戻るから!」
そう言ってこのみさんは、店の奥へと突撃するように消えてしまった。
な、なにがあったのかな……
「あのさあのさ、この前デザインしてたやつなんだけどさー――」
店の奥からそんな声がかすかに聞こえた気がする。
このみさんが戻ってくるのは、それからもうしばらく経ってからのことだった。
☆ ☆ ☆
「お待たせー! これなんかどうかな?」
「ワンピース……?」
このみさんが持ってきたのは、淡いピンクと水色に彩られた、チェック柄のワンピースだった。
袖の辺りにレースがあったり、胸元のリボンとかが素敵な服なんだけど……
「サイズ、明らかに大きくないですか?」
「大きい、よね。ちょっとこれは着れないかも」
「これを着る必要はないよ? だってこれ、ふーちゃんがデザインして、仕立てた服だもん」
「え? 店員さんが?」
「うん。思い通りの出来じゃないからって捨てるつもりだったみたいだけど、これをすずちゃんサイズに合わせれば、絶対可愛いと思う!」
「ふむ……確かに悪くないですね。装飾自体はシンプルだし、ワンピースなら小鈴にも合いそうだ。ちょっと幼い気もするけど、この辺のワンポイントとか、いい感じですね」
「でしょでしょ?」
霜ちゃんのお眼鏡にも敵ったみたい。わたしも、素敵なワンピースだと思う。
「これに薄手のジャケットかなにかあれば……こんなのはどうだろう」
「いいねそれ! じゃ、早速ふーちゃんに交渉してみるよ!」
「あ、裾は短めでお願いします」
「霜ちゃん!?」
最後にサラッと言い放つ霜ちゃん。
訂正したいけど、たぶん、わたしのことを考えて言ってるんだろうなぁ。そう思うと止められない……
「でも、これって実質オーダーメイドですよね? お金、大丈夫かな……」
「そこは任せて! あたしがちょちょいとふーちゃんを説得するから!」
そう言って、このみさんはワンピースを持って、また店の奥へと消えて行った。
☆ ☆ ☆
このみさんの交渉の結果、思った以上にあっさりと、店員さんはサイズを合わせてくれた。
没案を作り直すのはなー、なんてちょっと愚痴っぽいことも言ってた気がするけど、それはそれでまんざらでもなさそうだったし。
原価がまったくわからないからなんとも言えないけど、お金も思っていた以上に安かったし、このみさんと店員さんには感謝しないとね。
もちろん、霜ちゃんにも。
「今日はありがとう、霜ちゃん」
「こちらこそ。他人のコーディネートは初めてだったから、いい経験になったよ」
少し遅くなった帰り道。
買ったワンピースとジャケットを抱えて歩く。
今までお洒落ってあんまり気にしたことなかったし、今でも正直よくわからない。霜ちゃんやこのみさんがすごく熱くなってたけど、なにがそこまで熱意を持たせるのかはさっぱりだ。
だけど、誰かがわたしのために一生懸命になって服を選んでくれた。わたしのために、尽力してくれた。
それがすごく嬉しい。ファッションはわからないけれど、その感情だけは、しっかりと胸に刻み込まれる。
「じゃあ、服を買ったら次のステップだね」
「え? 次?」
「その服を実際に着る場が必要だろう? じゃなきゃ意味がない。買っただけで満足するんじゃ、ゲームやプラモに参考書と同じだ」
「あ、そっか……?」
……参考書?
「だから、また近いうちに、どこかに出かけよう。遊びに行くでも、買い物に行くでも」
「うんっ、ありがとう。霜ちゃん」
今日は、霜ちゃんのお陰でとてもいい日になった。
こんな楽しい日が、またやってくる。霜ちゃんはそれを約束してくれた。
そんな風に。わたしが今日という一日を噛みしめ、未来への希望に胸を躍らせていると――
「やっと見つけたぁーッ!」
――そのいい気持ちを、木端微塵に粉砕するみたいな大声が轟いた。
しかも、正面から。
その声に驚いて、わたしも霜ちゃんも目を丸くする。
そして声の轟く目の前の人たちに、目を見遣る。
「さぁさぁさぁ、予定調和上等で、本日のノルマを回収しにやって来たのよ!」
「
「……なんか、すいません、楽しそうなところ邪魔して。だけど、これが仕事なんで、どうかご勘弁を……」
うわぁ、なんかまた変な人出て来たぁ……しかも三人!
三人とも、それぞれ個性的な格好をしている。
一人は女の人。煌びやかなドレスを着て、様々な模様と色に彩られた、派手なマントのようなものを羽織ってる。真夏というこの季節に真っ向から反抗した格好だ。
次は男の人。結構がっしりした体つきで、その上から、燃える炎のような模様の入ったライダースーツを着ている。だから体つきがしっかりわかる。こっちも暑そう。
最後も男の人だけど、一番若く見える。浅黄色の、地味な色合いのシャツ。そして、まるで絵の具をぶちまけたみたいな、オレンジや紫、黒い色が乱雑に染められたスカーフを巻いている。一番まともな格好だけど、やっぱり暑苦しく見える。
唐突な闖入者三人組。わたしは驚愕のあまり、呆気に取られてしまったけど、霜ちゃんはどこか冷ややかな目で、彼らを見つめている。
「……なんとなく読めた気がするけど、誰ですか?」
霜ちゃんは三人組に問うた。
わたしたちは、この人たちを知らない。だけど、なんとなくわかったような気もする。
その疑問を解消するための、答え合わせのような問。そして三人からの返答は、わたしたちの創造を裏切らないものだった。
「ふふふ、そう聞かれてしまったら、お決まりとして答える他ないのよ!」
バサッと、お姉さんは羽織物を翻して、恥ずかしげもなくポーズを取る。
そして三人はそれぞれ、名乗りを上げた。
「蟲の三姉弟の長女、
「ここに宣言する! ぼくこそが、蟲の三姉弟が長男! [[rb:主役 > キング]]たる我が名は『燃えぶどうトンボ』! 姉上と同じく、帽子屋殿の命を受けた【不思議な国の住人】が一人だ!」
「……次男、末っ子の『木馬バエ』です。鬱陶しい上に阿呆な姉と兄がご迷惑をおかけしますよ……でも、まあ、諦めてください。こっちもボスに頼まれてるものでしてね」
あぁ、やっぱり。帽子屋さんの仲間の人たちなんだ……
これで三回目。なんかもう、慣れちゃったよ。
ドレスの女の人が『バタつきパンチョウ』、ライダースーツの男の人が『燃えぶどうトンボ』、若いスカーフの人が『木馬バエ』。
名前を覚えるのもしんどくなってきたなぁ。三人一緒だから、なおさら。
「……で、君たちはボクらになんの用?」
「ノルマを達成しにきたのよ」
「もっと具体的に」
「聖獣の居場所を賭けて、私たちと勝負よ!」
やっぱりそうなるのかぁ。そんなこと言われても、わたしは知らないんだけどなぁ。
今回はいつにも増しておかしな展開だ。【不思議の国の住人】の人たちと出会うと、なんだかいつも奇妙な感覚に襲われて、空気が重いのか軽いのかよくわからなくなるんだけど……今回は、そのおかしさが顕著だった。
まるでコントのようなやり取り。今まで以上に、都合が合わせられているというか、予定調和に感じられるイベント。
小説なら、こんな唐突な登場は、普通はあり得ない。事前に伏線を張るとか、なにかを仄めかすような要素があったり、あるいはそのシーンに作品における意味が見出されるはず。
だけどこの出会いは、なんだかそういうものではないように感じる。
取ってつけたような因果。こじつけたご都合主義。不要なものでも、それがなければ成立しないものを接ぎ木したかのような。
それはお姉さんが言うような、ノルマのようなもので。
予定調和、だと思えてしまう。
なんて、わたしがこの奇妙な出会いに困惑していると、その間に向こうの三人組は、なにか話し合っていた。
「問題は、誰が戦うかなのよ。相手はお子様お二人。これは、こっちも二人で臨むのがマナーというものだけれど」
「姉上! 相手の人数など関係ない! 数で勝るぼくら姉弟で蹂躙すればいいだけでは!」
「それはマナー違反なのよ。相手が二人ならこっちも二人。これがお約束なのよ。それに私たちは、一度に三人一気に出た。これは展開、演出的にはあまりよろしいとは言えないのよ。読む人が混乱するからね。だから、まずは紹介も兼ねて一人ずつなのよ」
「むしろ、いつ出るかもわからない奴らが、一人一人時間を置いてキャラ付けする方が混乱するんじゃないの……?」
「いや、ハエ。姉上がそう言うのであれば、そうなのだ。姉上を信じろ!」
「信じてはいるけど、発言の視点が意味不明すぎるんだよ、姉さんは……いや勿論、それがどういうことに起因しているのかは理解しているけども」
「じゃあここは、お姉ちゃんの一存で決定するのよ! ここは最も自然な展開、都合の良い流れで進めるのよ!」
「委細承知だ、姉上」
「わかったよ……で、とかなんとか、勝手に話進んでますけど。そちらさん、大丈夫ですか?」
若いスカーフの人――『木馬バエ』さん? が、どこか無気力に、気を遣ったような言葉を投げかけてくれる。
もっともそれは、儀礼的に言っているか、不合理がないようにするための作業、という印象が拭えなかったけど。心配は言葉上だけで、わたしたちには微塵の興味もないみたいな。
それにその言葉は、問い掛けだけど、イエスもノーも、同じ意味でしか届かないということを表しているかのようだった。
それを察した霜ちゃんは、不満と呆れを滲ませた声で答える。
「ダメって言って、聞いてくれるのかい?」
「まあ無理でしょうね。うちの愚姉愚兄は虫けら並みの素晴らしい脳ミソをお持ちなので、人の話聞けないですから」
とても皮肉の利いた、辛辣な言葉を躊躇いなくお姉さんとお兄さんに浴びせる、弟さん。
だけどお姉さんもお兄さんも、聞いているのかいないのか、どこ吹く風だ。
それを見た弟さんは、どこか呆れ気味に続ける。
「姉さん、兄さん。盛り上がるのは勝手だけど、この子ら見つけるのにかなり時間使っちゃったから、もう残り時間あんまりないよ」
「なんと! それは真か! 弟よ!」
「ちゃんと時間見てよバカ兄貴。帽子屋さんも、時計はチェックしろって口を酸っぱくして言っていただろう」
「ハエだけに、酸っぱいものを舐めるから口が酸っぱいのよ?」
「うるさい。口が腐ってて悪かったな……じゃなくて」
……なんだか、テンションもそうだし、コントっぽいなぁ。
弟さんの方は、至極まじめっぽいけど。
「私らが私らとして動ける時間には限りがあるんだから、そこも意識しないとダメだろって話だよ。わかってるの?」
「それもそうなのよ。作品的な尺の問題もあるし、なにより一話一戦がこのお話のルールなのよ。となると、ここで相手できるのは一人だけと見るべきなのよ」
お姉さんは、意味不明な言葉を並べ立てる。
作品とか、尺とか、お話とかルールとか、なにを言ってるのか、わたしにはさっぱりです。まるでこの世界を、ひとつの小説として見ているみたいな、おかしな視点でものを言う人だ。
もうどうにでもなれ、と匙を投げたい気分。投げようが投げまいが、たぶん、わたしにとっていいとは言えない結果になるんだろうけど。
「それじゃあ、誰が行くのよ? やっぱりここは、年長者のお姉ちゃんが行っちゃう?」
「私が行こうか? 面倒くさいけど、汚れ役なら引き受けるよ」
「いいや、ここはぼくが行こう」
わたしたちのことなんてそっちのけで、三人で話し合っているお姉さんたち。
その中で、お兄さんが名乗りを上げる。
「帽子屋殿の命とはいえ、此度の任務はさほど重要なものでもない。であれば、姉上が出るほどのことでもなかろうよ」
「なら、やっぱり私が出るべきじゃないか、兄さん」
「ふっ。確かに年功序列を先んじて示しはしたが、我ら姉弟、それがすべてではない。麗しの弟を戦地に送り出すような無粋な真似はせん」
「え、なに、麗しとか気持ち悪い……」
「ゆえに、ここは主役たるぼくが出る幕だということだ!」
「まったく理屈が意味不明だ。ただ自分が暴れたいだけじゃないのか?」
「もうっ、ハエはそんなこと言わないの! お姉ちゃんは感動したのよ、トンボがこんなにも私たちを思って戦ってくれるだなんて……その意志は汲まないと! だから今日の主役はトンボで決まり! なのよ!」
「……あっそ。そうですか。じゃあもう好きにしてくれ」
「とゆーわけでトンボ! 今回はあなたに任せるのよ!」
「承知した。姉上、弟よ。必ずや小娘の首を取って帰還するゆえ」
「好きにしろとは言ったけど、首取るのが目的じゃないでしょ」
とまあ、そんな感じで色々あって、話はついたみたいです。
協議の結果、ライダースーツの男の人――『燃えぶどうトンボ』さんが、進み出た。
一番話通じなさそうな人が出てきちゃったよ……わたし、すごい不安です。色んな意味で。
でも逃げられそうにないし、逃げるわけにもいかないし……
と、わたしがまごまごしていたら、霜ちゃんがわたしを手で制して、前に出た。
「小鈴、下がってて」
「霜ちゃん、でも……これは、わたしの……」
「違うよ、これは君だけの問題じゃない。ボクらみんなで共有すべき問題だ。それに、いつも君ばっかりが戦ってるじゃないか。ボクらがいる時くらい、ボクらを頼ってもいいんだよ」
そう言う霜ちゃんの姿は、とても頼もしくて、いつもよりも、格好良かった。
「それに、ボクは君よりも強いしね。安心しなよ」
「……あはは、そうだったね。それじゃあ霜ちゃん、お願いしていい?」
「あぁ、任された」
そして霜ちゃんは、わたしに代わり、相対する。
「話は終わったか? ぼくは誰が相手でも頓着はせん。主役は相手選り好みはせんからな」
「それはよかった。いちゃもんつけられたらどうしようかと思ったよ」
「そのような無粋で矮小なことはせん。では、始めるぞ!」
その一言で、空気が変わった。
ピリッとした、少し痛いような、なんとも言葉にできない摩訶不思議な空気に。
「いざ行かん、不思議の世界へ――」
☆ ☆ ☆
霜ちゃんと、【不思議の国の住人】の一人で、蟲の三姉弟の長男、『燃えぶどうトンボ』さんの対戦。
先攻を取った霜ちゃんは《エマージェンシー・タイフーン》で手札を交換。序盤の動きとしてはよくあることだ。
だから相手のお兄さんも、マナ加速とかそんな感じのことををするんだろうなって、思っていたけれど、
「さぁ行くぞ! ぼくのターン! 2マナで《巨大設計図》を詠唱! 山札を四枚めくり、コスト7以上のクリーチャーをすべて手に入れることができる!」
激しい勢いのまま、カードをめくり上げるトンボさん。
そうして、めくれらてカードは、
「《メガ・ドラゲナイ・ドラゴン》《勝利天帝
!?
い、一気に三枚も手札補充をした……!?
使ったマナは霜ちゃんと同じ。だけど霜ちゃんが二枚引いて一枚捨てる、差し引き一枚しか手札に加えていないのに対し、トンボのお兄さんは三枚も手札を増やした。
な、なんなの、この差は……!?
「驚嘆は免れまい、この豪快かつ豪放な戦力供給! これぞ主役の所業にして運命よ! ターンエンドだ!」
た、確かにこの手札補充はすごい。
でも、手札に入ったのは9、10、11マナの大型クリーチャーばかり。まだ2マナしかないトンボさんは、それらのクリーチャーを召喚できないはず。
いくら手札が増えても、それを使うためのマナがなければ、意味がないような気もするよ……?
ターン2
霜
場:なし
盾:5
マナ:2
手札:4
墓地:2
山札:27
燃えぶどうトンボ
場:なし
盾:5
マナ:2
手札:7
墓地:1
山札:25
「ボクのターンだね。3マナで《聖龍の翼 コッコルア》を召喚だ。ターンエンド」
「なんと矮小で鈍重なことか。小賢しく挙動だ。その程度の凡愚な動きでは、追い抜くどころか追従すら敵わんぞ! ぼくのターン!」
いちいち台詞と行動と態度が大きなトンボさんは、大仰な動きでカードを引くと、マナチャージ。
そして、
「再び刮目せよ! これぞ主役の権威なり! 3マナで《キング・シビレアシダケ》を召喚!」
「っ、そいつは……!」
……? 霜ちゃんが苦い顔をしているけど、なんだろう。
見た感じ、クラゲみたいなクリーチャーに見える。キノコっぽくもあるけど。だけど、雰囲気とか王冠とかからして、王様っぽい。キングって言ってるし。
なんだろう、あのクリーチャー。3マナだし、あんまり強そうには見えないけど……?
「《キング・シビレアシダケ》の能力発動! 自身の手札を好きな枚数、タップしてマナゾーンに置く。それにより、手札の四枚をマナゾーンへ!」
え!? さっき手札に加えたカード、全部マナに置いちゃった!?
わたしは再び驚かされる。この、豪快で急激なマナ加速に。
手札は一気に減ったけど、同時にマナが大きく増えた。前のターンにたくさん手札を溜めていたからこそできる所業だ。
そして、これでトンボさんのマナは……7マナ!? まだ3ターン目なのに!
「ふははははは! 見たかこの偉大なるマナの恵みを! 大いなる豊穣こそ主役の証よ! ターンエンドだ!」
ターン3
霜
場:《コッコルア》
盾:5
マナ:3
手札:3
墓地:2
山札:26
燃えぶどうトンボ
場:《キング・シビレアシダケ》
盾:5
マナ:7
手札:2
墓地:1
山札:24
手札を大きく減らした代わりに、大量のマナを得たトンボさん。
それでも最初に《巨大設計図》でカードを三枚も手に入れてたから、まだ手札は残ってる。
次のターンから、切り札級のクリーチャーが出て来そうな勢いだ。
「《巨大設計図》からの《キング・シビレアシダケ》……開拓アンノウンみたいなデッキか。だけどフィニッシャーはゼニスじゃない。ドラゴンが多いようだけど、一体なにを飛ばしてくるつもりだ……?」
霜ちゃんは思案している様子。
ここからどうするんだろう……
「まだ相手のデッキの全貌がわからない。それにこのデッキだ。ここは、ボクもボクにできることをするしかないな。《コッコルア》でコマンド・ドラゴンのコストを1軽減、4マナで《白壁の精霊龍 ヌーベル・バウラ》を召喚。ターンエンドだ」
「惰弱な。その程度のクリーチャーでは、すぐさま燃え尽きて終焉を迎えるが関の山! 行くぞ、ぼくのターン! 《メガ・ドラゲナイ》をチャージし、4マナで《ボントボ》召喚! 山札からマナを追加だ!」
「《ボントボ》……」
「さらに、マナに落ちたのがパワー12000以上の《Gメビウス》であるため、さらにもう1マナ追加! ターンエンド!」
ターン5
霜
場:《コッコルア》《ヌーベル・バウラ》
盾:5
マナ:4
手札:2
墓地:2
山札:25
燃えぶどうトンボ
場:《キング・シビレアシダケ》《ボントボ》
盾:5
マナ:10
手札:1
墓地:1
山札:21
「ボクのターン。マナチャージして、まずは2マナで《エマージェンシー・タイフーン》だ。二枚引いて《コッコルア》を捨てるよ。さらに3マナで《ポッピ・ラッキー》を召喚。ターンエンドだ」
「ふん、その程度か。ではそろそろ、火付けの幕を下ろそうぞ」
霜ちゃんはまだ大きな動きを見せていない。
対するトンボさんも、やっていることはマナを溜めることばかりだけど、もう10マナもある。
そしてこの様子。明らかに、なにかを仕掛けてくる。
「三度刮目せよ! これがぼくの切り札! 我が身と共に、魂をも燃焼せよ! 《キング・シビレアシダケ》をNEO進化!」
NEO進化! カメさんやネズミさんも、NEO進化するクリーチャーがデッキの中核になっていた。ってことは、やっぱりトンボさんの切り札が来るの……!?
クラゲみたいな王様が、眩しい光に包まれて、進化する。
「その命を燃やせ――《ハイパー・マスティン》!」
NEO進化で現れたのは、大きな人型の虫だった。
身体の節々にトゲトゲがあって腕には鎌みたいな刃。額にはV字に伸びる触覚――じゃないよね。装飾がある。
そう、それはまるで、ヒーローみたいな姿の、カマキリだ。
「ドラゴン軸だと思ったが、核はそいつか……!」
「応とも! この巨体こそが我が力の証左! 小さき者よ、王威を放つ巨虫に踏み潰されるがいい!」
トンボのお兄さんが、そして《ハイパー・マスティン》が、大きく、雄々しく、咆える。
「NEO進化した《ハイパー・マスティン》は、登場と同時に攻撃可能! さあ行け、展開せよ、そして蹂躙せよ! 攻撃時に能力発動!」
背中の翅を展開して、空に羽ばたく《ハイパー・マスティン》。その時、翅の羽ばたきが大気を、そして大地を震わせた。
振動が地面を割り、そして、新しいクリーチャーが這い出てくる。
「《ハイパー・マスティン》は攻撃時、山札を三枚見る。そして、その中にあるパワー12000以上のクリーチャーを好きな数呼び出すことができるのだ!」
パワー12000以上のクリーチャーを、好きな数呼び出せる!? パワー12000って、絶対に切り札レベルの大型クリーチャーじゃない!
そういえば、最初に《巨大設計図》で手札に加えてたカードも、コストが重くてパワーが大きなクリーチャーばかりだった。ってことは、まさか……
「さぁ、出でよ一騎当千の
めくられ、放たれ、宙を舞う三枚のカード。
それらすべてが、バトルゾーンへと降り立つ。
「《勝利天帝 Gメビウス》! 《龍世界 ドラゴ大王》! そして――《ハイパー・マスティン》!」
「二体目……っ!」
現れたのは、二体の大きなドラゴン。
そして、それらの先陣を切るようにして着陸したカマキリ――二体目の《ハイパー・マスティン》だ。
「ふははははは! 愉快、痛快、爽快であるなぁ! 平伏し天を見上げよ! この圧倒的に巨大な、竜なりし蟲けらの戦士たちを!」
高笑いを上げるトンボさん。
でも確かに、この光景はすごい。たった一枚のカードから、コスト10以上のクリーチャーが三体も出て来るなんて……!
「粉砕せよ、破壊せよ! 主役の覇道を見せつけるのだ! 二体目の《ハイパー・マスティン》は《ボントボ》からNEO進化! 《ドラゴ大王》の能力で《コッコルア》を戦闘破壊! そして、《ハイパー・マスティン》でTブレイク!」
「S・トリガー! 《エマージェンシー・タイフーン》! カードを二枚引いて、一枚捨てるよ」
「今更そのような呪文を唱えたところで、まるで関係ないわ! 無意味なり! 蹂躙続行だ! 二体目の《ハイパー・マスティン》で攻撃! 攻撃時、山札を三枚めくるぞ!」
二体目の《ハイパー・マスティン》が攻撃し、トンボさんは再び山札をめくる。
これでまた、最大で三体のクリーチャーが出てきちゃう……!
「《界王類絶対目 ワルド・ブラッキオ》《メガ・ドラゲナイ・ドラゴン》をバトルゾーンへ! 残りは手札だ。さぁ、絶え間なく粉砕せよ! 残りのシールドをブレイク!」
今度は二体だけ。でも一体はスピードアタッカー。
これは、流石にもう……
と思っていると、砕けた霜ちゃんのシールドから、光が迸った。
「……S・トリガーだ。一枚目、《ドレミ団の光魂Go!》」
「ぬぅ、小癪な。だが、《Gメビウス》は一度のタップでは止まらんぞ?」
「いいや、ボクが選ぶのはタップ効果じゃない。もう一つの効果さ。よって一枚ドロー」
「なに?」
目を丸くしているトンボさん。
えっと、あの呪文は見たことあるよ。確か、相手クリーチャーをタップするか、手札から呪文を唱えられる呪文だ。
タップすれば攻撃を防げそうだけど、霜ちゃんはそうしなかった。なにか、考えがあるんだ。
「その後、手札からコスト5以下の光の呪文を唱える。唱えるのは《ドラゴンズ・サイン》! コスト7以下の光のドラゴンをタダで呼び出すよ。出すのはこいつだ!」
霜ちゃんは手札から呪文を唱える。そして、龍を呼ぶ印が結ばれる。
そこから、一体のドラゴンが呼び出された。
「戦士なんて脳筋
霜ちゃんが呼び出したのは、魔法使いみたいな出で立ちのドラゴンだった。
ローブのような法衣、大きなつばのとんがり帽子、そして大きな杖。
やっぱりどう見ても、ファンタジーでよく見る魔法使いの意匠だ。ドラゴンがその姿をしているっていうのは、斬新だけど。
「さぁ、こいつが今回のボクの切り札だよ」
「ブロッカーか……だが、そいつを出したところで止まらんだろうに」
「どうかな? 実はもう一枚S・トリガーがあるんだ。二枚目、《攻守の天秤》。こっちは当然、タップ効果を選択するよ。相手クリーチャー二体、《Gメビウス》と《ドラゲナイ》をタップだ」
「だが、《Gメビウス》は各ターン初めてタップした時、アンタップする!」
二枚目のトリガーで、攻撃できるクリーチャーを縛りつける。
だけど《Gメビウス》は自力で、《攻守の天秤》の束縛から解き放たれた。
《ドラゴ大王》と《ワルド・ブラッキオ》はスピードアタッカーじゃないみたいだから、これでトンボのお兄さんが攻撃できるクリーチャーは《Gメビウス》だけ。
それなら、このターン出て来た《マホズン》でブロックすれば、なんとか耐えられる。
「このターンに終止符を打つことはできんか……だが、貴様の戦力は削ぎ落す。よって攻撃続行! 《Gメビウス》で攻撃する時、パワー6000以下の《ポッピ・ラッキー》を破壊だ!」
「《マホズン》でブロック! この時《マホズン》の能力発動! 《マホズン》のブロック時、カードを一枚引いて、手札からコスト7以下の呪文を唱えるよ。唱えるのは《ドレミ団の光魂Go》だ! こっちの効果でも一枚引いて、《ドラゴンズ・サイン》! 《マホズン》をバトルゾーンへ!」
「ぬぅ、潰したと思ったが、また湧いてきたか……これは止む無し。ターンエンド」
ターン6
霜
場:《ヌーベル・バウラ》《マホズン》
盾:0
マナ:5
手札:1
墓地:14
山札:18
燃えぶどうトンボ
場:《マスティン》×2《Gメビウス》《ドラゴ大王》《ワルド・ブラッキオ》《メガ・ドラゲナイ》
盾:5
マナ:10
手札:2
墓地:1
山札:14
「ボクのターン」
結果としては、実質的に場の損害なしで、霜ちゃんはトンボさんの攻撃を凌ぎ切った。
だけど、場にクリーチャーは二体しかいない。トンボさんの場には、大きなクリーチャーが何体もいる。
霜ちゃん、大丈夫かな……?
と、そんなわたしの心配は、杞憂だった。
「残念だけど、ここからはもう、ボクの勝ちパターンに入ってる」
「……なんだと?」
「君の勝ち筋はトリガーだけさ」
「そのたった二体のクリーチャーで、ぼくの布陣を打破できると? そんな馬鹿な。虚勢のための妄言は、己が価値を貶めるだけだぞ」
「虚勢でもないし、妄言でもないよ。大きな力っていうのは、ちょっとしたロジックとトリックでコロッと覆せるんだから」
自信満々に告げる霜ちゃん。
ハッタリ、ってわけでもなさそうだけど……ここからどうやって勝つんだろう。
「もう謎を解くための証拠は出揃っている。見えているパーツから推理するといいさ。君が暇すぎて頭を働かせている間、ボクは為すべきことを為すからさ……まずは呪文《エマージェンシー・タイフーン》! 二枚引いて《ドラヴィタ・ホール》を捨てる! 次に《コアクアンのおつかい》! 山札を三枚めくるよ!」
めくれたのは《コアクアンのおつかい》《攻守の天秤》《超次元シャイニー・ホール》の三枚だった。
「《攻守の天秤》と《シャイニー・ホール》を手札に加えて《おつかい》は墓地へ……このくらいでいいかな? 《ドラゴ大王》さえいなければ、《ポッピ・ラッキー》を出していたんだけどね」
と言いながら、霜ちゃんは自分のクリーチャーに手をかける。
「まずは《ヌーベル・バウラ》で攻撃! 《ヌーベル・バウラ》の能力発動、攻撃時に墓地の呪文を回収するよ。回収するのは、さっきトリガーで唱えた《攻守の天秤》だ。シールドをブレイク!」
「ふむ、トリガーはない」
「じゃあ、次に《マホズン》で攻撃だ。《マホズン》は攻撃時にも能力が使える。カードを一枚引き、手札からコスト7以下の呪文を唱えるよ。唱えるのは《攻守の天秤》だ。今回はアンタップ効果を使う。ボクのクリーチャーをすべてアンタップするよ」
「む?」
「Wブレイク! トリガーは?」
「……ないぞ」
「じゃあアンタップした《ヌーベル・バウラ》で再び攻撃だ。」
あれ? この《ヌーベル・バウラ》って、さっき攻撃してたよね?
もしかして、これって……
「そして《ヌーベル・バウラ》の能力発動。墓地から、さっき唱えた《攻守の天秤》を回収し、シールドをブレイク」
「ぐぬぬ、トリガーはない……しかもこれは、無限攻撃ではないか!」
「そうだよ」
霜ちゃんがあっさりと肯定する。
わたしにも、すぐにわかった。
たった二体のクリーチャーで大丈夫かと思ったけど、霜ちゃんにとっては、その二体で十分……いや、その二体こそが、大事だったんだ。
「《ヌーベル・バウラ》で《攻守の天秤》を回収、《マホズン》で詠唱。このサイクルを作るだけで、この二体は無限に攻撃できる。トリガーやシノビでどちらかを無力化しないと、止められないよ。ほら、次は《マホズン》で攻撃だ。一枚引いて《攻守の天秤》、クリーチャーをアンタップして、最後のシールドをブレイク!」
「ぐぬぬ、パワーが3000以下でなければ、《ハイパー・マスティン》でも止められないではないか……!」
《マホズン》と《ヌーベル・バウラ》。二体の魔法使いの龍たちは、王威も、巨虫の壁も乗り越えて、まるで夢のような――あるいは、魔法のような結末をもたらす。
「S・トリガー、《バトクロス・バトル》……! 《ヌーベル・バウラ》を破壊するが……」
「それじゃあ止まらない。《マホズン》で攻撃する時、《攻守の天秤》を唱えてアタップ!」
止まることのない怒涛の連続攻撃が、これで終了する。
霜ちゃんの、勝利によって。
「《導師の精霊龍 マホズン》で、ダイレクトアタック――!」
☆ ☆ ☆
「…………」
対戦が終わって、霜ちゃんが勝利した。
それが決まるや否や、トンボさんは立ち尽くして、白目を剥いて固まっていた。
ど、どうしたんだろう……怖いんだけど……
「あぁ! トンボが燃え尽きてしまったのよ!」
「いつも通りの魂燃焼ですね。トンボ兄さんは勝つと調子乗るけど、負けると燃え尽きるからなぁ、普通に最悪な性格してるよね」
「ハエ、説明ご苦労なのよ。今日のノルマも達成したし、ここはもう、トンボを連れて帰るのよ!」
「……いつも思うけど、チョウ姉さんのノルマってどういう基準なの? 感覚的すぎて、私はいまだよくわかってないんだけど」
「そんな話は後なのよ! それじゃあ皆さん、さようなら!」
ぐったりして動かないトンボさんを抱えて、残りの二人は瞬く間にわたしたちの前から消え去った。
すごい、本当に瞬きしている間に遠くに行っちゃって、少し呆けている間に消えてる。意識した時には、そこにはいなかった。
だけど、
「……嵐のように過ぎ去っていったね」
「うん……」
一体なんだったんだろう、あの人たちは。
帽子屋さん、カメさん、ネズミさんと、今までビックリドッキリで、ファンキーかつファンシーで、サイケデリックにしてエキセントリックな【不思議な国の住人】の人たちを見てきたけど、今日の人たちはいっとう変な人たちだった。ノルマとかなんとかって言ってたけど。
一度に色々なことが起こりすぎて、わたしにはなにがなんだか。
とりあえず思ったことは、二つだけ。
まだまだ変な人に絡まれるんだろうなぁ、という明日以降への憂鬱と、
(今日は終始、霜ちゃんに頼りっぱなしだったなぁ――)
――ということだけだった。
蟲の三姉弟の元ネタは、『不思議の国のアリス』ではなく、『鏡の国のアリス』なのですが、まあ些末な問題ですね。
作中で燃えぶどうトンボが使用した開拓マスティンですが、これも新章が始まった直後くらいに組んだものなので、今ではもう少し改造の余地がありそうです。ツインパクトが出たので、ドラゴンに拘らずクリーチャー面が高コスト、呪文面が低コストのカードを使ったりとか。具体的には黒豆白米。
霜が私用した無限攻撃マホズンも、《ミラダンテⅩⅡ》や《ジャミング・チャフ》を入れて詰め性能を高められそうな感じ。
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