デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 なんだかんだでタイトルらしいことはあんまりしていない本作ですけど、ここいらからようやっと、タイトル回収というほどではないにせよ、それに近づいていくことができたかな、みたいな回です。


17話「怒るよ」

SAW

[じゃあ、2時に時計台の下ね]

[昼の時間遅いけど、大丈夫?]

 

 

 

こすず

[だいじょうぶ

朝ごはん、おそめに食べるから]

 

 

 

SAW

[了解]

[遅刻しそうなときは、また連絡して]

 

 

 

こすず

[わかったよ]

 

 

 

こすず

[霜ちゃん

明日、楽しみだね]

 

 

 

SAW

[気持ちはわかる]

[だけど早く寝た方がいいと思うよ]

 

 

 

こすず

[お昼集合だからだいじょうぶだよ]

 

 

 

SAW

[なめてかかると遅刻するよ]

 

 

 

こすず

[わたし、朝は強いから]

[楽しみすぎて、ちょっと眠れない]

 

 

 

SAW

[小学生かキミは]

 

 

 

SAW

[……そこまで言うなら、少しつきあってあげるよ]

 

 

こすず

「ありがとう!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 今日はお出かけです。え? 今日も、だって? そうかも。最近、よくお出かけしている気がします。一番最近だと、みんなで一緒に行ったプールかな。色々とショッキングだったけど、楽しい一日だったよ。

 その前には、霜ちゃんといっしょに服を買いに行ったもしたっけ。霜ちゃんたちが一生懸命わたしの服を選んでくれて、とても嬉しかった。

 今日はその服を着て、お出かけです。

 それも、また霜ちゃんと一緒に。

 特にアテがあるとか、なにをするとか、そういう明確な目的は決まっていなくて、ただショッピングモールをぶらぶらするだけなんだけどね。

 

(霜ちゃんは遅れるって言ってたし、ちょっとヒマだなぁ)

 

 ちょっと前に霜ちゃんから、遅れるとの連絡がありました。今から自転車を飛ばしてくるそうです。その辺だけ男の子っぽい。

 いつも集合五分前にはきっちり着いてるはずの霜ちゃんが遅刻する理由は、朝寝坊らしい。

 ……とても身に覚えがあるというか、たぶん、わたしのせいだね。

 昨夜、結構遅くまでお話に付き合わせちゃったもんなぁ。

 で、でも、わたしはちゃんと起きられたんだよ!

 ……そんな言い訳するのはやめようか。ごめんね、霜ちゃん。

 

「それにしても、暑いなぁ……」

 

 ショッピングモール前にある時計台。その下はベンチになってて、よく待ち合わせにも利用されている。

 屋根がついてて日陰にはなってるんだけど、屋外だからやっぱり暑いね。

 背もたれに寄りかかってぐったりしてると、リンッ、という音が聞こえた。

 わたしの鈴の音じゃない。わたしの髪紐に付いてる鈴は玉を抜いてるから音はしない。

 となると、

 

「あ、ネコさん……」

 

 足元に視線を向けると、黒い子猫がいた。

 ネコさんはわたしの傍までよじ登って、すり寄ってくる。

 

「かわいい……首輪を付けてるってことは、飼い猫かな?」

 

 さっきの鈴の音も、この子の鈴なんだろう。

 近くに飼い主がいるのかな? とキョロキョロしてみるけど、それらしい姿はいない。

 そもそも猫は犬とは違う。散歩をさせる必要なんてないし、勝手にどこかに行ってしまう、気ままな生き物だ。

 とはいえこんな街中にいるのはちょっと奇妙だけど、飼い主の人がわざわざ連れてきたとも思えないんだよね。この辺に獣医とかもないし。

 だから、迷い猫ってわけでもないと思う。

 でも気になるなぁ。子猫が一匹だけでいるって、少し不安になる。

 そんなわたしの不安なんて関係ないと言わんばかりに、この子猫はわたしにじゃれついてくる。どことか、指を舐め始めた。さらには舐めるどころか、口にくわえてしゃぶり始める。

 

「わわっ、甘えん坊だなぁ……」

 

 指先にざらざらした舌の感触が伝わってくる。

 とりあえず指を引き抜いて、抱いてみる。毛がふさふさしてるけど、真夏の炎天下には少し暑いかな。

 

「あ、この子、よく見たら尻尾がしましまだ。変わった子だね」

 

 どういう種類なんだろう。動物についてはあんまり詳しくない。

 みのりちゃんがペットとかには詳しいんだけど、尻尾だけがしましまの猫っているのかな?

 

「あ、わ……っ」

 

 そんな感じでネコさんと軽くじゃれ合ってると、不意に、ネコさんが手を伸ばしてわたしの髪に爪を絡ませた。

 あぅ、せっかく整えてきたのに……

 なんて思ってたけど、ネコさんの目的は髪を乱すことじゃなくて、わたしの髪に付いてる物っぽい。

 わたしがいつも付けてる髪紐の鈴。それに、手を伸ばしている。

 欲しいのかな? でも、これはお母さんにもらった大事なものだから、あげられない――

 

「ん……? なんか、前にもこんなことがあったような――」

 

 ブー! ブー!

 と、ポケットからバイブレーションが響いた。

 

「あ、霜ちゃんからかな? ごめんね、ちょっとおとなしくしててね」

 

 わたしがネコさんを脇に座らせて、携帯を取る。

 相手は確かに霜ちゃんだったけど、メッセージじゃなくて通話だった。通話をオンにして携帯を耳に当てる。

 

「もしもし、霜ちゃん? どうしたの」

『ごめん、小鈴。不幸にも黒塗りの高級車に――』

「え!? ぶ、ぶつかっちゃったの!?」

『――驚いてスリップして、自転車がパンクした。一度家に戻って、自転車を置いてから電車で向かう。だから、もうしばらく時間がかかりそうだ』

 

 あぁ、そういうこと。よかった、大きな事故とかじゃなくて。

 でも、黒塗りの高級車に驚いたって、どういうことなのかな?

 

「うん、わかった。でも霜ちゃん、大丈夫? ケガとかしてない?」

『その点は問題ないよ。それより、この炎天下、ずっと待ち続けるのも辛いだろう? 先に昼を食べておいてよ。どこか涼める場所で待つか、先に見て回っててもいいからさ』

「流石にそれは悪いよ。せっかく霜ちゃんが誘ってくれたんだから」

『いやいや、遅刻するのはボクだし、それについては全面的にボクが悪い。まあ、強いて言うなら、あの自転車を使い潰してる兄貴にすべての責任を押し付けてやりたいところだけど、流石にそれは筋違いだとグッと堪えて……』

 

 なんか、霜ちゃんの怖い声が聞こえた気がする。

 霜ちゃんのお兄さん、ちょっと会っただけだけど、いい人だと思うけどなぁ。

 兄弟どうし、そんな簡単な関係じゃないんだろうけど。

 

『とにかくだ。君を待たせて熱中症にでもなられたら困る。貧血でも同じくだ。君の体調のことも加味して、十分な食事と、涼しい場所で待機しててほしい』

「う、うん、わかったよ」

『じゃあ、また近くなったら連絡するよ。本当にごめん』

 

 最後にもう一度謝ってから、霜ちゃんは通話を切った。

 霜ちゃん、遅れちゃうのかぁ。

 何事もなかったみたいで安心だけど、霜ちゃんと一緒にショッピングできる時間が減っちゃうのは、ちょっと残念かな。

 それに、今日の服は、霜ちゃんに早く見てほしかった。

 霜ちゃんが選んでくれた服。今日のお出かけはこの服のためだと言っても過言ではない。

 だから、ちょっと残念だな。

 霜ちゃんが来れなくなったわけでは、ないんだけれど。

 

「……あ。ごめんね、ネコさん。置いてけぼり、に……?」

 

 振り向いたら、そこにはなにも、誰もいなかった。

 鈴の音を鳴らして現れたネコさんは、音もなく、消えていた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「先にお昼にしててと言われたけど、どうしよう……」

 

 実はこの辺のお店にはあんまり詳しくなくて、霜ちゃんと合流したら、霜ちゃんに任せるつもりだったんだけど……人任せにしようとした報いかな。

 正直、どんなお店に入ればいいのかわからない。

 なにか食べたいものがあるわけでもないし、どこかお店に入ろうにも、どこに入ればいいのかわからず困っちゃう。

 ……あぁでも、強いて言うなら、パンが食べたいかな。わたしのパン屋さんリサーチでは、この近辺に目ぼしいパン屋さんはないはずだけど。

 とりあえず近くになにがあるか見てみようか。

 

「ん、あの子……?」

 

 時計台の下にはたくさんの人が集まっている。

 その中でも目立つ子供が、一人いた。

 まず目に付くのが、真っ白なショートヘア。色が抜け落ちたみたいな髪。ユーちゃんも銀髪だけど、外国人だからとか、そういう感じじゃない。完全に脱色してる。

 次に、黒いコート。この真夏の炎天下にはあり得ない格好と言ってもいい。わたしも正直、その服装は信じられない。

 そんな、奇妙な女の子が一人、ちょこんと時計台下で、ジッと時計を見上げ、立っていた。

 歳は、かなり幼く見える。小学生か、それにも満たないかもしれない。

 この歳の子が、こんなところで一人。迷子かな? この前のプールといい、迷子に縁がある。あまり、いい縁とは言えないけれど。

 周りを見回してみる。

 奇妙な少女に心配や好奇の眼差しを向ける人はたくさんいる。けれど、誰も彼女に近づこうとはしない。

 ……別に、わたしはそれを責めようとは思わない。

 多くの人は自分のことで手いっぱいだ。わたしもそう。自分一人できないことばっかりで、自分の面倒を見るだけで精一杯。

 それに、この女の子の特異な意匠に近寄りがたい雰囲気がある……ような気がする。それは彼女に関わりたくない言い訳かもしれないけど、その気持ちもわかる。

 なんて。

 他の人なんて関係ない。

 わたしはわたしがしたいようにするだけだよ。

 わたしの、ちょっとしたワガママ。けれど今は霜ちゃんもいないし、少しくらいは、いいよね?

 

「どうしたの?」

 

 女の子の前にしゃがみ込んで、尋ねる。

 前髪の合間から覗く。少し切れ目の眼差し。さらにこの子の独特な雰囲気が、伝わってくる。

 その瞳は無感動。虚無が漂う、何者でもないような眼差し。

 ちょっとだけ、恋ちゃんと似てるかもしれない。

 

(どうしよう。両親について聞こうと思ったけど、なんか、危ないものを踏んじゃった気がするよ……)

 

 腕も足も、大きなコートにすっぽり覆われてて見えない。それがかえって、恐ろしい。

 だけど声をかけてここまで来てしまったからには、もう引き下がれない。

 

「あの――」

 

 きゅるるる……

 …………

 ……気の抜けた、可愛らしい音が鳴り響いた。

 わたしからじゃなくて、周りからでもなくて。

 この子から。

 女の子は、ぽつりと言った。

 

「……おなか、へった」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「おいしい……おねーさん、ありがとう」

「うん……よろこんでくれて、わたしも嬉しいよ……」

 

 なんでわたしは、迷子かなと声をかけた女の子と一緒にご飯を食べてるんだろう……

 場所はショッピングモールの中にあるハンバーガーショップ。

 なんでこんなところで女の子と一緒にいるのかと言えば、空腹の女の子に対して「なにが食べたい?」だなんて聞いちゃったからだろう。

 ちなみに女の子は「おにく」と答えた。わたしはパンが食べたいと思ってたから、その折衷案の結果です。霜ちゃんは先にお昼を食べててって言ってたし、いいよね?

 それより、女の子がハンバーガーをもきゅもきゅと頬張っているのをただ見ているだけではいけない。可愛いけどやるべきことがある。

 聞くべきことを、聞かないと。

 

「えっと、とりあえず……あなたの名前は?」

「…………」

「えっと、お名前。お父さんとかお母さんとか、お友達とかから……なんて、呼ばれてるのかな?」

「……なっ……ち……」

「え?」

「……な、ち……」

 

 なち?

 そう言ったのかな?

 

「なちちゃん、っていうの?」

「…………」

 

 無言で見つめてくる。せめて頷くとかして欲しいんだけど……

 うーん、でも否定されないってことは、たぶんそういうことなんだと思う。

 なちちゃん……うぅん、申し訳ないんだけど、ちょっと呼びにくい。舌を噛んじゃいそう。

 

「えぇっと、じゃあ、なっちゃん、って呼んでもいいかな?」

「……いい、よ」

 

 コクリと頷いてくれた。

 あんまりコミュニケーションが取れないから、なんか嬉しい。

 これをとっかかりに、色々と聞いてみよう。

 

「なっちゃん。お母さんとか、お父さんとかは?」

「ん……」

「一人で来たの?」

「ん」

「あそこでは、誰かを待ってたの?」

「……ん」

「……その格好、暑くない?」

「んーん」

 

 あぁ、ダメだ……上手くコミュニケーション取れる気がしない。

 わたしの目をしっかりと見つめる。その眼には力強さを感じるけど、首の動きすらないせいで、なんと伝えたいのかさっぱりわからない。

 それでもなんとか、小さな反応から、手掛かりを必死で考えてみる。

 こんなに小さな子が、一人でここにいるとは思えないけど「一人で来たの?」という質問には、ハッキリとした声で答えた。ということはきっと、一人なんだ。

 一人で、ここに来た。じゃあ。それは、なんのため?

 誰かを待っていた、というわけではなさそうだけど。

 この子の用事については、よくわからない。

 とりあえず、それをハッキリさせようと思った時だった。

 

「……さがしてる」

「え?」

「きらきら……さがしてる」

「きらきら……?」

 

 唐突に、なっちゃんは告げた。

 けど、その意味はわからなかった。

 きらきらって、なんのこと?

 その表現は、主に光ってる物に使われるものだけど……

 

「いっぱいある……きらきら……でも、ない……」

「?」

「おねーさんは、きらきら……みえる……ゆーぼー」

「あ、ありがとう……?」

 

 会話が成立しなくて困ります。

 でも、なっちゃんの目的は、ちょっとだけ見えたかもしれない。

 

「なっちゃんは、その、きらきら? を、探してるの?」

「ん」

 

 コクコク、と頷く。

 頷いてくれたってことは、これは確定かな。

 きらきらっていうのがなんなのかよくわからないけれど、それが、彼女がここにいる理由なのだろう。

 そこから推理してみると、色々と考えられる。

 たとえば、両親への贈り物だとか。

 以前、ここで大切なものを落としてしまったとか。

 きらきら、というのがなにを指しているのかがよくわからないから、なんとも言えないところもあるけど、彼女がそれを目的としていることは確か。

 なら、それを見つけてあげるべき、なのかな。

 

「えっと、その、きらきらって、どこにあるかわかる?」

「ん」

 

 小さく声を発して、なっちゃんは指差す。

 ――わたしを。

 

「え? いや、そんなわけ……」

 

 きらきらしたものなら、手鏡とか、少しはそれらしいものを持ってるかもしれないけど……

 

「ん、ん」

 

 と思ったら、なっちゃんはさらに店内を、はたまた窓の外――ショッピングモールそのものを指さす。

 ……どうしよう、さらにわからなくなった。

 

「たくさんあるの?」

「うん。いっぱい。きらきら、いっぱいあるよ」

 

 いっぱいあるのかぁ。

 なっちゃんにとっての、きらきら、とは本当になんなのかわからない。

 

「でも、さいきん、あんまりない……きらきら、ちょっとしかない……」

「少ないんだ」

 

 とりあえず、そのきらきらというものは、数えられるみたい。

 うーん、このまま放っておくこともできないし、ご飯だけ食べさせてさよならなんてできないし。

 霜ちゃんは、先にショッピングしててもいいって言ってたし、ちょっとくらい、いいよね?

 

「なっちゃん――一緒にきらきら、探そうか?」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ないねぇ、きらきら」

「ない、きらきら」

 

 というわけで。

 なっちゃんと一緒に、きらきら探しに参りました、小鈴です。

 きらきらというから光ものかな? と思って、雑貨屋さんとか色々見て回ったけど、なっちゃんは首をふるふると振るばかり。きらきらは見つかりません。

 

「あ、ここ。時計屋さんだって。すごいぴかぴかしてるよ」

「ぴかぴか……だけど」

「だけど?」

「きらきら、してない……」

「そっかぁ」

 

 ぴかぴかときらきらは違うみたい。

 次に入ったのは、糸とか布とかたくさんある……手芸屋さんかな?

 

「これビーズだ。いろんな色や形があるんだね」

「きれい」

「うん、綺麗だね」

 

 他にも店内を見てみる。

 手芸の道具だけじゃなくて、小物とか、アクセサリーとかも置いてある。ちょっとした雑貨屋さんだね。

 そういえば、霜ちゃんは裁縫とか凄く上手くて、家庭科の時間はいつもテキパキと授業課題をこなしちゃうけど、こういうものでアクセサリーとかは作らないのかな?

 服はよく可愛いのを着てるけど、アクセサリーっていうのは、あんまり付けている印象がない。髪はショートだから髪飾りとか付けにくいだろうし……

 

「……なっちゃん、ちょっと待っててもらえるかな?」

「いいよ……まってる」

「ありがとう。本当にちょっとだから。あ、すいません――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「あ、こんなところにカードショップがあるんだ」

 

 またしばらく歩いてると、ショッピングモールの一角に、カードショップらしきお店を見つけた。

 店頭にデュエマの新しいパックの広告とか出てるし、間違いないよね。

 カード専門のお店って、ワンダーランドくらいしか入ったことないから、ちょっと興味あるな。

 

「なっちゃん、ちょっとこのお店を見てみても……」

 

 となっちゃんに一言断ろうとしたら、なっちゃんはすでに店に入ってた。行動が早い。

 なっちゃんはガラスケースの中を熱心に覗いていた。

 

「……ぴかぴか、してるね」

「ぴかぴか」

「なっちゃん、デュエマ知ってるの?」

「うん。しってる」

「やってるの?」

「うん。やってる」

 

 やってるんだ。

 ちょっとビックリ。このくらいの子でも、デュエマってやるんだ。

 なっちゃんが正確にいくつなのかはわからないけど、小学校低学年だとして、まあ、やっててもおかしくないのかな。

 ……それにしても、とわたしは店内をちらちらと見回す。

 

(お、男の人がいっぱいいるなぁ……)

 

 小さなお店だから多く見えるのかもしれないけれど、人口密度とその割合的に、とても男の人が多く見える。女の子はわたしたちだけかな。

 ワンダーランドとは全然雰囲気が違う。

 どことなく無機質だけど、内輪な感じもあって、まるで秘密基地みたいな感覚だった。

 でもわたしはここに来たのは初めて。なんとなく、よそ者、って感じちゃうな。

 

「なっちゃん、きらきら、見つかった?」

 

 ふるふる、と首を振る。なっちゃんも随分とまともなコミュニケーションを取ってくれるようになった。

 わたしは嬉しいよ。

 

「ここ……やだ」

「え?」

「きらきら、ない……どろどどろ、してる」

「どろどろ?」

「きたない……ぐちゃぐちゃで、やだ……くさい」

 

 し、辛辣だなぁ……

 うーん、なっちゃんはそう言うけど、そこまで不衛生で不潔なところには見えないけどなぁ。

 それなりにちゃんと掃除されてるし、換気扇もちゃんと回ってる。商品の陳列も、特におかしなところは見当たらない。どろどろとか、ぐちゃぐちゃなんて酷評するほど、酷いところには見えないけど……

 

「おねーさん……いく」

「もう出る?」

「うん。いく」

 

 くいくいと、なっちゃんはわたしの服の袖を引っ張る。布が伸びちゃうから引っ張らないで……

 袖を伸ばされても堪らないので、もう少し見ていきたい気持ちをグッと堪えて、なっちゃんと次のお店に向かう。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「うーん、それなりに回ったと思うけど、見つからないね、きらきら」

 

 結構歩き回って、ちょっと疲れたから、屋上で休憩です。青い空がきれいだなぁ。炎天がとても暑いけれど。

 なっちゃんは自動販売機で買ってあげたオレンジジュースを手に、ベンチに腰かけて足をぷらぷらさせている。

 

(結構、時間も経った気がするけど、霜ちゃん今どのへんかなぁ)

 

 時計を確認する。時刻は四時前。なっちゃんと一緒にショッピングしてた時間は二時間弱くらい。思ったより長くいたみたい。それまで、霜ちゃんからの連絡はない。

 またなにかあったのかもしれないと、ちょっと不安になっちゃうけど、大丈夫、だよね。一緒にショッピングする時間がなくなっちゃうことも心配だ。

 でも、それよりも、今はこっちだ。

 

「ねぇ、なっちゃん」

「なーに、おねーさん」

「なっちゃんは、どうしてきらきらを探してるの?」

 

 ずっと聞きたかった。

 この際、きらきらがなんなのかはどうでもいい。どうでもいいというか、わからないから置いておく。

 この子がここにいる理由が、彼女の言う、きらきら。それがわかれば彼女の目的も推測できるわけだけど、それがわからない。

 だから、アプローチを変えてみた。

 目的はなんなのか。きらきらをきらきらとして、それをどうするのか。

 それがわかれば、逆算するみたいに、きらきらがなんなのか推理できる。

 だから、聞いてみる。

 きらきらを求める、理由を。

 

「……どうする?」

「うん。なんで、きらきらを探すのかなって」

「……なんで?」

 

 復唱するなっちゃん。

 なっちゃんは、ぼぅっと虚空を見つめている。かと思えば、視線をキョロキョロさせたり、足元を見たり、挙動が一定しないというか、ちょっと不審だ。

 

「……みさだ、める、から」

「?」

「みんな、どろどろで、ぐちゃぐちゃで、きたなくて、どすぐろくて……やだ。私は、きれいで、きらきらが、すき」 

「なっちゃん? どうしたの?」

「きらきらが、ほしいの。とっても、きれいで、うつくしい、うるわしい、みてて、きもちいい……そういう、きらきらが……こころ……?」

 

 コクリ、と首を傾げるなっちゃん。

 首を傾げたいのはこっちだけど、なっちゃんの様子が、どこかおかしい、気がする。

 大人しいだけの女の子だと思ったけど、そうではない。

 それとも、これが本当の、この子の姿なのか。

 なっちゃんは立ち上がる。そして、とたとたと、小さな足で歩む。

 首を回して、大きな時計に目を向けた。

 時刻は四時。一周回った四の数字を指している。

 

「……もう、じかん」

「なっちゃん……?」

「私は、みさだめる、もの……やみよなかで、ひかるつきを、さがすもの……それを、のむもの……それが、私」

 

 わたしも立ち上がる。立ち上がって、彼女の背を追うけど、寸前で止まってしまう。

 

「きらきらは、いい……ほしいの。りゆうとか、なくて。とにかく、ほしくて。ずっと、ずっとずっと、さがしてる。ちょっとずつ、みつけた。ちいさいきらきら、ちゅうくらいのきらきら、おっきなきらきら……ちょっとずつ、だけど、みつけたの」

 

 不意に、彼女は振り返った。

 

「おねーさんは、すごく、きらきら、してた……きょう、いちばんの、きらきら。だから――」

 

 そう言ってなっちゃんは、コートのファスナーを、ジーッと、ゆっくり降ろす。

 同時に、告げた。

 

 

 

「――ほしいの」

 

 

 

「っ!?」

 

 驚愕した。

 彼女のコートの下は、普通の黒い半袖Tシャツに、黒のショートパンツ。なにもおかしなことはない。肌も白くて綺麗。痣や傷もない。なんでことのない普通の姿。

 問題なのは、彼女のコートそのもの。

 より正確に言えば、その、内側――中身だ。

 太陽の光を反射する、銀色の煌き。ギラギラとして輝き。

 包丁。果物ナイフ。カッターナイフ。ヤスリ。アイスピック。電動ドリル。ペンチ。ドライバー。ハサミ――

 わたしの家にもあるような道具の数々。どんな家庭にあってもおかしくない凶器。

 わたしの知識ではわからないものもあるけれど、多くは一度は目にした道具だ。

 それが、彼女のコートの裏に、隠されていた。

 隠されて、いたんだ。

 最初から手に握り締めていれば、それは危ないで済んだ。

 だけど、わたしの、他の人の目に映らないように、隠していた。

 その意味は、できれば理解したくなかったけど。

 本能には、抗えない。

 

「なっちゃ――」

 

 ヒュッ、と。

 空を切る音。

 わたしは床に尻餅をついていて、なっちゃんに見下ろされている。

 彼女の手には、刃の出たカッターナイフが右手に、チープな果物ナイフが左手に握られていた。

 

 ――まずい。

 

 思考が滅茶苦茶でも、目の前の存在をそう認識できるだけの理性は残っていた。

 それはもはや、本能か。

 子供が振り回す凶器ほど、稚拙で、それでいて恐ろしいものはない。

 地面を這いずるように彼女から逃げる。無我夢中で、一心不乱に。

 ようやく屋上の柵を頼りに、なんとか立ち上がったけれど、思考は混乱しっぱなしだ。

 さっきまで大人しかったなっちゃんが、急に凶器を振り回し始めた。

 わけがわからない。論理的でも理論的でもない。

 なにが起こっているのか、なにが彼女をそうさせるのか、まるでわからない。

 確かなのは、彼女はただの女の子ではないということ。いくらなんでも、おかしすぎる。さっきまで一緒にハンバーガーを食べて、ショッピングをしていたのに、この変貌。おかしすぎる。狂ってる。理解できない。

 だから、わたしは混乱した頭で、彼女に問うた。

 

「なっちゃん……あなたは、何者なの……!?」

「なにもの……私、私は……なち……なっ、ち――」

 

 時計と、自分の手を交互に見遣り、確認するように、彼女は息を吐く。

 そして、

 

 

 

「私は――『バンダースナッチ』」

 

 

 

 そう、名乗った。

 

「ぼうしやさん、との、やくそく……はたしに、きたの……」

「帽子屋さん……!? ってことは、あなたも……!」

 

 【不思議の国の住人】。

 もしかして、今まで迷子の女の子を装って、わたしを誘ってた……?

 きらきらを探してる、なんていうのも、ウソ? わたしを油断させるための方便?

 わからない。なにが真実で、なにが虚偽なのか。

 

「私、は……きらきらが、ほしい……ほしいの……おねーさんの、なかに、あるはず……そこに。その、むねの、うちに、だから……だす、とって……とり、だすよ……きって、さいて、きざんで、えぐって」

「わっ、うわっ!」

 

 なっちゃんは、迷わずわたしにカッターナイフを突き立てようとする。慌てて横に避けたけど、ぶんぶんと果物ナイフも振り回すから、近づけない。近づきたくもない。

 すごく、怖い。なっちゃんの動きは拙い。赤ん坊が刃物を持っているのと同じだ。殺意を持ってわたしを殺そうとしているとかじゃなくて、ただ、玩具みたいに振り回してるだけ。だけど、目的がないわけじゃないみたい。

 動き自体は滅茶苦茶だけど、だからこそ、どう動くのか予想できない。

 それが、怖い。とにかく怖い。

 悪意も殺意もない、真意が読み取れない、この子の眼が、たまらなく怖く感じる。

 揺れるような動きで、けれども確固たる意志で、なっちゃんは刃物を振り回す。執拗に、わたしの胸を狙う斬撃や刺突。

 それは、心臓を狙っているとしか、思えなかった。

 

「な、なんで……なんで……っ!?」

 

 わけがわからない。どうしてこんなことになっているのか。どうして、わたしはこんなにも怯えて逃げ惑わなくてはならないのか。

 今までわたしに接触しようとしてきた人たちは、勝負を仕掛けてはくるけど、こんな物理的に害のあるような行動は取らなかった。だって、彼らの目的は、わたしが知っている(と思い込んでいる)聖獣の居場所を聞き出すことなはずだから。

 それが【不思議の国の住人】の総意。そう思っていたけれど、実は違うのかもしれない。

 この子の目的は、わたしを害すること? 傷つけること? それとも、まさか――

 

「っ、いたっ!」

 

 彼女から目を離すと、それはそれで危険だ。だから、後ずさりしながらなっちゃんから離れようとしたけれど、焦りのあまり、足がもつれてしまった。

 それが、命取り。

 正に命を取られる瞬間だった。

 なっちゃんのカッターナイフが、わたしの胸元、心臓目掛けて、振り下ろされる――

 

「……!」

 

 ――寸でのところで、なっちゃんの腕を押し返して、カッターの刃は刺さらなかった。

 生きた心地がしないというか、なにも考えられない。

 目の前の命の危険に、頭が真っ白になる。

 

「あ、あぁ、ふ、ふっ、ふぅ……!」

「……おねーさん、いじわる」

 

 グッ、と。

 なっちゃんが腕の力を強める。

 でもそこは、子供の腕力。わたしも非力だけど、それでも中学生だ。同じ女の子なら、流石にわたしの方が力はある。

 だけど、カッターの刃は胸元のリボンを抉るように裂き、布地を刻む。

 襲い掛かってくるなっちゃんを、押し返そうとすると。

 ザクリ、と。

 ビリビリ、と。

 胸元が――わたしの服が、引き裂かれた。

 

「!?」

 

 それは偶然で、彼女もそれを意図したわけじゃないんだろう。

 力と力が拮抗して、そのベクトルがずれて、逸れて、勢いあまって、その結果。

 胸がはだける。肌もなにもかも、全部見えちゃってるかもしれない。

 だけど、今は、それどころじゃなかった。

 いつものわたしが同じことをされてたら、恥ずかしさが先に訪れたかもしれない。

 でも今日は違う。これは、この服は、違う。

 これは、“霜ちゃんたちが選んでくれた服”だ。

 わたしのために、考えて、悩んで、試して、選んで、決めてくれた、大切な服。

 ふっ、と。

 頭になにかが湧き上がる感覚。

 プツンと、なにかが途切れる音。

 混乱で真っ白だったわたしの頭は、赤く塗り替えられた。

 あまり感じたことのないこの感覚は――あぁ、たぶん、あれだね。

 

「……よくも」

「?」

 

 ――怒り。

 

 

 

「よくも、霜ちゃんとの思い出を――破ったなッ!」

 

 

 

「ぁぅ……っ」

 

 小さな矮躯をはね退ける。

 さっきまで手加減してたって言うと変だけど、気を遣ってたのは確かだ。小さな女の子が相手だから。下手なことはできないって、意識していなくても、そう思ってた。

 だけど、今は、少なくともさっきの一瞬くらいは、そんな気遣いが消えていた、気がする。

 無意識に、感情と、昂ぶりと、衝動のままに、突き飛ばした。

 ほんの一瞬、わたしの意識はなくなってた。気づいたら、なっちゃんをはね飛ばしてた。

 そのくらい、衝撃的だった。

 それくらい、わたしにとって、それは大きなことだった。

 

「……おねーさんも、どろどろに、ぐちゃぐちゃに……きらきら、だったのに……」

 

 なっちゃんも立ち上がる。少し涙目になってたけど、心配という感情はまったく湧いてこなかった。

 そして相手の方も、さっきまでの無感動な眼差しが、まるで汚物を見るような、嫌なものを視界に入れてしまったと言わんばかりの、冷たい目に変わっていた。

 

「やっぱり、にんげん、やだ……きたない、みにくい、おぞましい……おねーさんも、そうだった……そんなおねーさんは、きらい」

「わたしもだよ、なっちゃん。わたしをつけ回すとか、勝負を仕掛けて来るとか、本当に迷惑だけど、それでも許せた……でも、これだけは、許せないし、譲れない」

 

 人に優しくとか、情けをかけるとか、それはわたしのワガママでしかないけれど。

 これは、わたしにとっての大事なもの。

 絶対に譲れないものなんだ。

 

「わたしはいい。痛いのはイヤだけど、ガマンしようと思えばできる。でも――」

 

 これは、これだけは、ガマンならないんだ。

 

 

 

「――“友達”との思い出を傷をつけることだけは、絶対に許せない!」

 

 

 

 霜ちゃんとの、思い出の服。

 わたしのファッションセンスがダサいとか、子供っぽいとか、酷いことも言われたけど、最後に霜ちゃんは、わたしにこれをくれた。

 わたしの友達が考えて選んでくれた服。たかが服って思うかもしれないけど、霜ちゃんに選んでもらって、わたしは凄く嬉しかった。

 友達が、わたしのために一生懸命になってくれた。そして、わたしのことを思って、コーディネートしてくれた。

 その思い出を、思いの結晶を、傷つけられたんだ。

 優等生じゃない、優良生でいようとする皮なんていらない。

 いい子でいようだなんて、まったく思わない。

 今だけは、この衝動に従いたい。そうしないと、やってられない。

 

「いかり、いきどおり、ぞうお、にくしみ。そんな、しょうどう……にんげんの、みにくい、きたない、こころ、きもち……おねーさんの、きらきら、きえちゃった……ざんねん、だよ」

「なんとでも言えばいいよ。あぁ、こういうの、いけないってわかってるけど、今回ばかりは無理だよ、ガマンできない……!」

 

 拳を握り締める。だけど、これは違う。

 この子に痛い目を見せたい。復讐、報復……まさか、わたしの中にこんな酷い気持ちがあるだなんて、自分でも驚きだけど、なぜか、今は受け入れられる。

 それでも、暴力は、違う。それはわたしじゃない。わたしの衝動につき従っても、わたし自身を見失っちゃいけない。

 なっちゃんは、【不思議な国の住人】。だったら――

 

「なっちゃん、あなたは許せない。だから――お仕置きだよ」

「……うん。ぼうしやさん、との、やくそく……はたすよ」

 

 ただのカードゲームかもしれないけれど。

 わたしという自分を見失わずに、この怒りをぶつけて、この子を懲らしめられる手段があるとすれば、これしかない。

 ほんの少し……じゃないね。とても、かなり、凄く。

 感情的に、この子を、なっちゃんを、『バンダースナッチ』を。

 

 わたしの友達との思い出を傷つけた――こいつを、ぶちのめそう。

 

 

 

「いこう……ふしぎの、せかいへ――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「わたしのターン! 2マナで《エール・ライフ》を唱えるよ! マナを増やして、ターン終了!」

「私の、ターン。……《一番隊 バギン16号》の、のうりょくで、しょうかんコストをひとつ、へらすね。マナをみっつ、《脳徐医 ラベン》を、しょうかんするよ」

 

 

 

ターン3

 

小鈴

場:《グレンニャー》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:1

山札:26

 

 

バンダースナッチ

場:《バギン16号》《ラベン》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:0

山札:27

 

 

 

 ……カードを触っているうちに、ちょっとずつだけど、気持ちが落ち着いてきた。

 だけどお腹の中でグツグツと煮えたぎってる気持ちは変わらない。

 今のわたしは、敵意と、悪意と、害意に見ている、酷く醜い存在だ。誰にも見られたくないようなわたしだ。

 だけどそのわたしを、今だけ許す。許すから、この破壊的な気持ちをどうにかしたい。

 そう、その、気持ちを呼び起こさせた元凶に、ぶつけるとか――

 

(――ダメ、落ち着いて、デュエマに集中しないと……!)

 

 まだ始まったばかりだけど、改めて場を見直す。

 《脳徐医 ラベン》……NEOクリーチャーってことは、NEO進化できるクリーチャー。でも、なっちゃんはNEO進化しなかった。

 NEOクリーチャーってNEO進化することが多かったから、少し怪しい気がするけど……

 

「除去できないし、ここは手札を増やすよ。マナチャージして5マナ! 《金縛の天秤》! 二つ効果があるけど、今回は二枚ドロー! ターン終了だよ」

「私のターン。……マナふたつで《凶鬼27号 ジャリ》を、しょうかん」

 

 なっちゃんのデッキは闇文明。マフィ・ギャングって種族がメインみたい。

 コストを下げる《バギン》、NEOクリーチャーの《ラベン》に続き、今度はスコップを持った《ジャリ》。

 そのクリーチャーは、なっちゃんの山札を、そして墓地を、掘削し始めた。

 

「《ジャリ》の、のうりょくで、やまふだをふたつ、ぼちへ。ぼちの、マフィ・ギャングをひとつ、てふだにするよ。《ヘモグロ》を、てふだに……もういちど、マナをふたつ。《魔薬医 ヘモグロ》を、しょうかんするよ」

「次々とクリーチャーを……!」

 

 この感じ、カメさんやネズミさんと同じ感じだよ。

 コストを下げるクリーチャーから、どんどんクリーチャーが展開される。このままじゃ……

 

「《ヘモグロ》の、のうりょくで、てふだをひとつ、すててね」

「っ、じゃあ、これ」

「《ラベン》で、こうげき。《ラベン》がこうげきしたら、てふだをひとつ、すてさせるよ」

「また手札破壊……!? せっかくドローしたのに……」

 

 

 

ターン4

 

小鈴

場:《グレンニャー》

盾:4

マナ:5

手札:3

墓地:4

山札:23

 

 

バンダースナッチ

場:《バギン16号》《ラベン》《ジャリ》《ヘモグロ》

盾:5

マナ:4

手札:2

墓地:1

山札:24

 

 

 

 立て続けに手札を削られて、少し困った。

 でも、今回のわたしのデッキは、今までと違う。

 敵から塩を送られた、なんて思わないけれど。

 『ヤングオイスターズ』の迷子の男の子のお陰で、このデッキが出来上がった。

 切り札はまだ出ないけど、改造の成果を生かす時だ。

 

「出し惜しみはしないよ。わたしもとっておき、見せちゃうんだから!」

 

 ちらりと、横の空間を見遣る。

 いつもは武器しか置いてないけれど、今回は違う。

 ドラグハート以外にも、もう一種類、入ってる。

 

「5マナで《超次元ボルシャック・ホール》! パワー3000以下の《バギン》を破壊して、コスト7以下のサイキック・クリーチャーをバトルゾーンに出すよ! 出すのは《勝利のガイアール・カイザー》!」

 

 そう、サイキック・クリーチャー。

 ドラグハートもあるけど、サイキックも入れて、さらに動きの幅が広がった。

 

「《勝利のガイアール》で《ラベン》を攻撃!」

「ぁぅ……はかい、されちゃった……」

 

 パワー5000の《勝利のガイアール》が、パワー4000の《ラベン》を切り裂く。

 なっちゃんは、クリーチャーが破壊されて少し悲しそうな表情を見せていた。

 

「……ターン終了」

「マナをみっつ。《凶鬼63号 ジュトク》を、しょうかん。《ジャリ》から、NEOしんか」

「っ、NEO進化した……!」

「《ジュトク》で、《勝利のガイアール》を、こうげきするよ。《ジュトク》の、のうりょくで、しんかじゃない、私のクリーチャーを、はかいするよ」

「え? 自分のクリーチャーを……?」

「《ヘモグロ》を、はかい。《勝利のガイアール》と、バトル」

 

 《ジュトク》のパワーは6000だから、《勝利のガイアール》は破壊されちゃう。

 でも、《勝利のガイアール》は超次元ゾーンに変えるだけ。もう一度、超次元呪文で呼び出せば来てくれるし、その時はまたアンタップクリーチャーを攻撃できる。

 

「ターンしゅうりょう。《ヘモグロ》の、のうりょくをつかうよ」

「え? 能力?」

「《ヘモグロ》は、私のターンにはかいされると、ターンのおわりに、バトルゾーンにもどってくるの」

「っ、復活するってこと? しかも、あのクリーチャーは確か……」

「うん。《ヘモグロ》の、のうりょく。てふだをひとつ、すててね」

 

 自分で選ぶとはいえ、今の手札にあるカードはどんなカードでも、この状況で有用なカードだ。

 それを、捨てさせられる。手札が、減っていく。

 ……ユーちゃんとの対戦を思い出す。

 最近はちょっと変わってきたけど、ユーちゃんはこっちが必要な手札をピンポイントで叩き落してきた。

 だけど、この子は違う。

 時に無作為に、時にわたしに選ばせて、手札をもいでくる。

 じわりじわりと、少しずつ、ゆっくり、ゆったり、緩やかに、緩慢に、手足を削ぎ落とす。

 とても、残酷で、残虐で、巧妙で、執拗な手口だった。

 

 

 

ターン5

 

小鈴

場:《グレンニャー》

盾:4

マナ:6

手札:1

墓地:6

山札:22

 

 

バンダースナッチ

場:《ジュトク》《ヘモグロ》

盾:5

マナ:5

手札:1

墓地:3

山札:23

 

 

 

「わたしのターン! 5マナで《超次元エナジー・ホール》! カードを引いて、ここは……えぇっと、これかな。《勝利のリュウセイ・カイザー》をバトルゾーンに!」

 

 なにを出せばいいのか迷ったから、とりあえず《勝利のリュウセイ》を出しておく。

 パワー6000、W・ブレイカー。それに、相手の置いたマナをタップさせるから、動きを鈍らせることができる。

 

「残った2マナで《熱湯グレンニャー》も召喚! カードを一枚引いて、ターン終了するよ」

「……私の、ターン」

 

 手札は相変わらず少ないけど、バトルゾーンは持ち直してきた。

 マナも溜まったし、早く《グレンモルト》を引いて攻めたいんだけど……

 

「マナをひとつ、ふやすね。……いこう、かな」

「っ!」

 

 ぞわり、と悪寒が走る。

 なっちゃんの無表情で、無感動な瞳が揺れて、呼び起こす。

 なにを?

 黒い、おぞましい、なにかを。

 

「マナをいつつ」

 

 マナを支払う。その動作は、供物を捧げるかのようだった。

 生み出されたマナが、一つの呪文として、その力を行使する。

 

 

 

「――《狂気と凶器の墓場(ウェボス・グレイブ)》」

 

 

 

 黒い瘴気が漂う。

 暗くて昏い、暗鬱とした霧。

 そんな暗黒の中で、なっちゃんの山札が崩れ落ちた。

 

「やまふだから、ぼちにふたつ、おとす。そしてマナがむっつまでのクリーチャーを、ぼちからだせるよ」

「マナがむっつ……6マナ以下のクリーチャーが出て来るってこと?」

「あ、しんかじゃないの、だけ」

 

 6マナといえば、わたしの《グレンモルト》や、新しい切り札と同じコスト。進化も含めれば《エヴォル・ドギラゴン》もだ。

 決して大型クリーチャーとはいえないけど、侮れない力を持つクリーチャーが出て来るはず。

 

「……私は、ひかりをみるもの」

「?」

「ひめるひかり、やどすねつい、かかえるじょうねつ……私は、わたしたちでないものたちを、みさだめる。みすかす。かんそくする」

 

 ぼぅっと虚空を見つめる。虚ろな眼差し。

 彼女はぽつり、ぽつりと、途切れ途切れで、ツギハギしたような言葉を発する。

 

「おぶつに、しゅうあくに、せいさんに、あくいに、けがれに……はいせきを。……すべてをとりはらい、そこにあるのは、なにか。そこにるのは、ひかりか。そこにあるのは……私がもとめる、なにかか」

 

 ぷつりと、糸が切れたように言葉を止めると、彼女は、わたしを見据えた。

 虚空の眼差しで、ジッと。

 

「……おねーさん」

 

 心のこもらない無情な瞳が、気持ちの入らない無感動な声が、わたしに届く。

 

「ほしい……あなたの、ひかりが――」

 

 そして、深淵の底より、黒き王が現れた――

 

 

 

「――《マキャベリ・シュバルツ》」

 

 

 

 漆黒の外套。

 暗黒の王冠。

 黒い闇の、王様。

 玉座に腰かけた王様は、脚を組んで、優雅に座す。

 その威厳を、見せつける。

 

「NEOしんかは、しないよ。《ジュトク》でこうげき。《ヘモグロ》をはかい」

「また、ターンの終わりに手札を破壊する気……」

「それだけじゃないよ。《マキャベリ・シュバルツ》の、のうりょく、はつどう」

 

 《ジュトク》が《ヘモグロ》を巻き込んで攻撃してくる。その時、王様の眼光が暗く光った。

 その瞬間、わたしの手札が、蒸発した。

 

「私のNEOクリーチャーがこうげき、するとき。てふだをひとつ、すてさせるよ」

「っ、また手札が……!」

「ふたつ、ブレイク」

 

 直後、《ジュトク》の凶器がわたしのシールドを切り裂く。

 手札を捨てられて、二枚ブレイクだから、差し引きで一枚手札が増えたけど……

 

「ターン、おわり。もどっておいで、《ヘモグロ》。のうりょくをつかうよ。おねーさんのてふだ、ひとつ、すててね」

「っ、くぅ……!」

 

 ターンの終わりに復活する《ヘモグロ》がさらに手札を捨てさせるから、手札の差し引きは±0。わたしの手札は増えない。

 

 

 

ターン6

 

小鈴

場:《グレンニャー》×2《勝利のリュウセイ》

盾:2

マナ:7

手札:1

墓地:9

山札:19

 

 

バンダースナッチ

場:《ジュトク》《ヘモグロ》《マキャベリ》

盾:5

マナ:6

手札:1

墓地:3

山札:21

 

 

 

(シールドが減ってるのに、ドローもしてるのに、手札が増えない……戦いにくい……!)

 

 気づけばシールドは二枚。だけど、手札は一枚だ。

 じわりじわりと、首を絞められてるみたいな、息苦しい状況が続く。

 

「これに賭けるしか……マナチャージして、2マナで三体目の《熱湯グレンニャー》召喚! 一枚ドロー!」

 

 小型クリーチャーばっかり並べてる。結構ならんだけど、まだとどめを刺すまでには至らない。

 だから、ここであのカードが引ければいいんだけど……

 

「! やった! 《龍覇 グレンモルト》を召喚だよ! 《銀河大剣 ガイハート》を装備!」

 

 来た! 《グレンモルト》!

 これで、一気に龍解してとどめまで行ける! 

 

「《グレンモルト》で《ジュトク》を攻撃! バトルで破壊するよ!」

「……《マキャベリ・シュバルツ》の、のうりょくを、つかうよ」

 

 少し考えてから、なっちゃんは王様になにかを告げる。

 すると王様はコクリと頷いて、手招きで《ヘモグロ》を呼び寄せた。

 そして、

 

「私のしんかクリーチャーがはかいされるとき、かわりに、ほかのクリーチャーを、はかいする。《ヘモグロ》を、はかい」

 

 斬り捨てられた《ジュトク》はぐったりと倒れているけれど、そこにふわふわした光球が吸い込まれる。

 その光球は、《ヘモグロ》から出たもの。王様が取り出した、《ヘモグロ》の魂。

 《グレンモルト》の斬撃を受けた《ジュトク》に、《ヘモグロ》の魂を移植して、《ジュトク》は蘇った――いいや、生き残った。

 《ヘモグロ》を、犠牲にすることで。

 でもその犠牲を咎めようという気はない。

 それにここで《ジュトク》が生き残っても、わたしの攻撃は止まらない。

 

「まだ攻めるよ! 《勝利のリュウセイ》でシールドをWブレイク!」

「……S・トリガー」

「っ!」

「《魔狼月下城の咆哮》……《グレンニャー》と《グレンモルト》を、はかいするよ」

 

 狼の遠吠えが聞こえる。血と魂を貪り食らう、餓狼の悪霊の咆哮が。

 直後、わたしのクリーチャーは――《グレンニャー》と《グレンモルト》は、狼たちに食い尽くされていた。

 

「あ、っ、くぅ、止められちゃった……!」

 

 《グレンニャー》が破壊されるくらいならともかく、《ガイハート》を装備した《グレンモルト》が破壊されちゃったらどうしようもない。龍解も叶わず、わたしの攻撃は止められてしまった。

 

「これ以上攻撃しても、破壊されちゃうだけだし……ターン終了だよ」

 

 ここで攻めたかったのに……!

 少し、まずいかもしれない。というか、とてもピンチだ。

 相手にはW・ブレイカーが二体。わたしのシールドは二枚。

 普通に、とどめを刺されてしまう。

 

(相打ちになってもいいから《勝利のリュウセイ》で《ジュトク》を破壊するべきだった……攻め急いじゃったかな)

 

 《勝利のリュウセイ》が破壊されても攻撃は二回通ってるから、龍解はできる。龍解が目的なら、そっちで安全にするべきだったのかもしれない。

 自分が攻撃することばかり考えて、相手からの攻撃を忘れていた。

 完全にわたしの失策だ。反省しないと。

 そして、トリガーに祈るしかない。

 

「私のターン。《電殺医 ストマック》を、しょうかん。《ジュトク》から、NEOしんか」

 

 またNEOクリーチャー……多いね。

 王様――《マキャベリ・シュバルツ》がNEOクリーチャーに反応して手札を捨てさせてくるから、それに合わせてるのかな。

 

「《ストマック》の、のうりょく。《ストマック》が、バトルゾーンにでたとき、あいてクリーチャーのパワーを、ぜんぶ。にせん、さげるね」

「パワー、マイナス2000……!? 《グレンニャー》が……!」

「まだ。《ストマック》で《勝利のリュウセイ》に、こうげき。《ストマック》の、のうりょく。ぼちのクリーチャーをひとつ、てふだにするよ。もどってきて、《ラベン》」

 

 ……?

 このターンにわたしを倒せるだけのクリーチャーが揃ってるのに、シールドに攻撃しない?

 

「いくよ。《ストマック》で、《勝利のリュウセイ》と、バトル」

 

 本来ならどっちもパワー6000で相打ちだけど、今の《勝利のリュウセイ》は、《ストマック》の能力でパワーが下がって4000しかない。

 だから、一方的に殴り倒されてしまう。

 

「ターン、おわりだよ」

「?」

 

 どころか、シールドにも攻撃してこない。そのままターンを終えてしまう。

 

 

 

ターン7

 

小鈴

場:なし

盾:2

マナ:8

手札:0

墓地:13

山札:17

 

 

バンダースナッチ

場:《マキャベリ》《ストマック》

盾:3

マナ:7

手札:1

墓地:6

山札:19

 

 

 

(待ってる……? トリガーが出てもいいように、もっとクリーチャーを出してからとどめを刺すつもりなの……?)

 

 ユーちゃんにも似たようなことをされたけど、この子もかなり慎重だ。

 その慎重になっている隙を突いて、攻めたいところなんだけど、

 

「…………」

 

 場を見回す。

 とても酷い状況だ。

 バトルゾーンは更地に。手札もない。

 反撃するにしても、相手のシールドは三枚。たった一枚のカードで逆転は難しい。不可能とさえ言えるかもしれない。

 

「……4マナで、呪文。《王立アカデミー・ホウエイル》。三枚ドローするよ」

 

 とりあえず引けた呪文は、正に砂漠のオアシスのようだった。

 枯れ果ててしまった喉を潤すように、手札を与えてくれる。

 

「3マナで、《風の1号 ハムカツマン》を召喚。1マナ増やして、さらに《エール・ライフ》。もう1マナ増やして……ターン、終了だよ」

 

 だけど、引いてきたカードはお世辞にも強いとは言えない。

 マナを増やして、クリーチャーを出して、それで終わり。

 相手には、わたしにとどめを刺すだけのクリーチャーがいる。

 つまりわたしは、喉元に刃物を突きつけられているのと同じ状況だ。

 起死回生のチャンスも、遠い。

 

「《凶鬼25号 ギュリン》を、しょうかん。やまふだから、みっつ。ぼちにおくよ。それから、《ギュリン》を、《ラベン》に、NEOしんか」

 

 NEO進化して現れる女医のクリーチャー。これで攻撃可能なクリーチャーが三体。

 S・トリガーでクリーチャーを一体退かしても、倒しきれない。

 

「《ストマック》で、こうげき。ぼちから《ラベン》を、てふだに。それと、《マキャベリ・シュバルツ》の、のうりょく。てふだをひとつ、すてさせるね」

 

 遂になっちゃんが攻めてきた。

 わたしの残りの手札を潰して、最後の盾を殴り砕く。

 

「シールドブレイク、ふたつ。おねーさんのシールド、もう、ないよ」

 

 あとはとどめを刺すだけ。

 確かにそうだ。相手の攻撃できるクリーチャーはまだ二体残ってる。

 でも、

 

「……S・トリガー」

 

 二体で攻撃してくるなら。

 その二体とも、取り払う。

 

「一つ目、《ドンドン吸い込むナウ》! 山札から五枚見て、《熱湯グレンニャー》を選ぶよ。《マキャベリ・シュバルツ》を手札に!」

「あぅ、でも、てふだなら、いい……」

「二つ目、《父なる大地》! 《ラベン》をマナゾーンへ!」

 

 二枚のS・トリガーで、二体のクリーチャーを退かせた。

 だけど《父なる大地》にはまだ効果が残ってる。クリーチャーをマナ送りにした後、相手のマナからクリーチャーを出さなくてはならない。つまり、場とマナのクリーチャーの入れ替えだ。

 ここでもう一度《ラベン》を出して、召喚酔いさせれば攻撃は止まる。

 だけど、それだけじゃないよ。

 

「マナゾーンの《ラベン》を、もう一度バトルゾーンに出して。ただし――」

 

 実は知らなかったことだけど。

 この呪文を唱えた時、理解した。

 

「――“《ストマック》からNEO進化させて”ね!」

 

 わたしがそう宣言すると、《ラベン》がマナから現れる。《ストマック》から進化して、だけど。

 NEO進化クリーチャーを出し直した場合、進化するかどうかの権限は、出し直させたプレイヤーにある。この場合、《父なる大地》で《ラベン》をマナに送ったのはわたしだから、わたしがNEO進化させるかどうかの権限を持つ。

 そのルールで、《ストマック》を《ラベン》に進化させて、弱体化させる。クリーチャーの数も減るし、《ストマック》はタップ状態だから進化した《ラベン》もタップされる。

 反撃の、チャンスが来た。

 

「あぅ、ぁぅ……ターン、しゅうりょう……」

 

 

 

ターン8

 

小鈴

場:《ハムカツマン》

盾:0

マナ:10

手札:1

墓地:18

山札:10

 

 

バンダースナッチ

場:《ラベン》4

盾:3

マナ:8

手札:2

墓地:8

山札:15

 

 

 

 

「わたしのターン! 《グレンニャー》を召喚して一枚ドロー!」

 

 反撃のチャンスと言っても、手札がほとんどないことに変わりはないし、このドロー次第なんだけどね。

 だけどここまでまったく見えてないし、そろそろ引けそうな気がする。

 さぁ来て、わたしの新しい切り札。

 

「……《グレンニャー》を、“NEO進化”――」

 

 迷い子から貰い受けた新しい力。

 龍の武器だけじゃなくて、超次元の魔法を操って、魔物を従えて。

 単なる進化の先にある進化を成す。

 見せてあげるよ、なっちゃん。

 敵に塩を送られた、だなんて思わない。

 これはそういうものじゃない。あの子の気持ち、心だ。

 あなたとも、わたしたちとの因果も因縁も関係なく、わたしはこれを使う。

 わたしの、力の一部、そして、成長の一端として――

 

 

 

「お願い、わたしに魔法の力を――《魔法特区 クジルマギカ》!」

 

 

 

 《グレンニャー》が進化する。だけどそれは、いつもの進化とは、ちょっと違う進化。

 縛り、条件という絶対的なものではなく、選択、可能という自由なものへの進歩。

 赤と青、熱さと冷たさ、炎と水の猫さんは、大海をたゆたうクジラへと進化した。

 

「NEOしんか……おねーさんも……? それに、それって……」

「お話は後だよ。いや、お話しする気なんてないけどね。行くよ、NEO進化ですぐに攻撃可能。《クジルマギカ》で《ラベン》を攻撃! その時、わたしの手札か墓地から、コスト5以下の呪文を唱えられるよ!」

 

 《クジルマギカ》の能力で、わたしのNEOクリーチャーが攻撃するたびに、呪文を唱えられる。

 わたしの手札には使える呪文はないけど、墓地にはたくさんある。

 それは、わたしが自分自身で唱えたものだったり。あるいは、削ぎ落とされた手札だったり。

 失われた呪文を弾に変えて、《クジルマギカ》は装填する。

 そして、射出した。

 

「唱えるよ、《超次元エナジー・ホール》! 一枚ドローして、《時空の踊り子マティーニ》《時空の英雄アンタッチャブル》をバトルゾーンへ!」

 

 発射された弾は、わたしに手札を与えてくれる。さらに超次元への穴を作って、《マティーニ》と《アンタッチャブル》を呼び出した。

 なっちゃんの手札には、《ストマック》で墓地から手札に加えた《ラベン》がある。また小型クリーチャーを出してすぐ進化されたら、そのまま攻撃されちゃうから、ブロッカーは必須。

 問題は、ブロッカーが除去されたり、二体以上の攻撃できるクリーチャーが出て来ることだけど……

 

「バトル! 《クジルマギカ》のパワーは6000! 《ラベン》を破壊するよ!」

「……ぁぁ」

 

 そんなこと、考えても仕方ない。

 今はただ、目の前の障害を取り払う。そして突き進む。今できることをするしかない。

 

「ターン終了!」

「私、の、ターン……」

 

 バトルゾーンからクリーチャーがいなくなったなっちゃん。

 これで、わたしも結構有利にはなった。

 

「……《ラベン》を、しょうかん。《ラベン》を、《ラベン》に、NEOしんか……」

「同じクリーチャーに重ねて進化……!」

「……こうげき、てふだをひとつ、すてさせる、よ……」

「《マティーニ》でブロック!」

「……ターン、しゅうりょう」

 

 

 

ターン9

 

小鈴

場:《ハムカツマン》《クジルマギカ》《アンタッチャブル》

盾:0

マナ:10

手札:1

墓地:18

山札:8

 

 

バンダースナッチ

場:《ラベン》

盾:3

マナ:8

手札:1

墓地:12

山札:14

 

 

 

 都合のいいことに、ブロッカーは除去されず、二体以上の攻撃もなかった。まだ、わたしは生きてる。

 彼女の凶刃の前に、倒れていない。

 

「わたしのターン! 4マナで《網斧の天秤》を唱えるよ。マナゾーンのクリーチャーを手札に戻せる……《グレンモルト》を手札に!」

 

 生きてるなら、まだ逆転できる。

 むしろ、相手の攻め手が切れかかってる今が好機だ。

 

「6マナで《グレンモルト》を召喚! 《ガイハート》を装備!」

 

 攻撃準備完了。

 もう一度、龍解のチャンスが訪れた。

 今度こそ《ガイギンガ》まで龍解させて、一気に決める!

 

「《グレンモルト》で《ラベン》を攻撃! さらに《クジルマギカ》でも攻撃! 墓地から《超次元フェアリー・ホール》を唱えるよ! マナを増やして、《勝利のガイアール》をバトルゾーンへ!」

 

 ダメ押しの《勝利のガイアール》も出して、とどめを刺しに行く。

 これでなっちゃんのシールドは一枚だから、《勝利のガイアール》《ハムカツマン》、そして《ガイギンガ》の三体で、一気に決められる。

 S・トリガーが出ても、これなら乗り越えられるはず。

 

「Wブレイク!」

 

 《クジルマギカ》の砲撃が、シールドを撃ち抜く。

 もう少し、もう少しだ……!

 《グレンモルト》が龍解の構えを見せる。

 だけど、

 

「……やだ、よ」

 

 ぽつりと、彼女の声が小さくこだまする。

 だんだんと大きく、必死に、そして狂乱していくように。

 

「やだ、いやだ……いやだっ!」

「……っ、なに、なんなの……?」

 

 彼女は、泣きながら、喚き散らしていた。

 さながらそれは、赤ちゃんと同じ。

 子供らしからぬ彼女は、子供のように、泣き喚く。

 

「S・トリガー……《魔狼月下城の咆哮》!」

「っ!」

 

 その叫びは咆哮として、わたしのクリーチャーも、食い荒らす。

 

「《ハムカツマン》、《グレンモルト》……はかい!」

「でも、まだ《勝利のガイアール》がいるよ!」

「……もう、ひとつ」

「!」

 

 砕かれたシールドのうち一枚は、《魔狼月下城の咆哮》として、わたしのクリーチャーを貪った。

 そしてもう一枚は、魔狼なんて生易しいものではなかった。

 冥府の王そのものが、牙を剥く。

 

「《冥王の牙(バビロン・ゲルグ)》……《勝利のガイアール》も、はかい!」

 

 せめて最後のシールドだけでもと思ったけど、それすら叶わなかった。

 《勝利のガイアール》は冥王の牙に飲まれて、砕かれて、破壊されてしまった。

 また、攻撃を止められてしまった。シールドも一枚残されている。

 でもこれ以上の攻撃はできない。ターンを終了するしかなかった。

 

「私の、ターン……」

 

 さっきまでの狂乱も、少しは落ち着いたのか、なっちゃんの声が静かになる。

 そして静かなまま、狂気を振りまくのだ。

 

「……《狂気と凶器の墓場》!」

 

 この呪文は……!

 山札を崩して、再び、墓地のクリーチャーが戻ってくる。

 

「《電殺医 ストマック》を、よみがえ、らせるよ。パワーをぜんぶ、さげる!」

「《アンタッチャブル》が……!」

「ターン、しゅうりょう……! だよ」

 

 

 

ターン10

 

小鈴

場:《クジルマギカ》

盾:0

マナ:10

手札:1

墓地:20

山札:7

 

 

バンダースナッチ

場:《ストマック》

盾:1

マナ:8

手札:1

墓地:18

山札:11

 

 

 

 思った以上にクリーチャーを削られてしまった。残るは《クジルマギカ》が一体。

 だけど、それなら、まだ戦える。

 

「5マナで呪文、《超次元フェアリー・ホール》! 《時空の喧嘩屋キル》と《時空の踊り子マティーニ》をバトルゾーンへ!」

 

 問題は、ここでマナに落ちるカード次第だけど……うん、多色じゃないカードがマナに行ってくれた。

 なら、もっと攻められる。より強い力で。

 《クジルマギカ》だけでも攻めきれそうだけど、念には念を。それに……

 

(……ここで引いちゃったんだ。これを叩きつけたいと思うのは、当然、だよ……!)

 

 また少し、醜い自分の姿を見ちゃった。

 目は瞑らない。無視もしない。

 そうであると飲み込んで、叩き込む。

 

「6マナで、《キル》を進化!」

 

 今度はNEOじゃない普通の進化。

 順当で純正な進化の形。

 さぁ、出てきて――

 

 

 

「お願い、力を貸して――《エヴォル・ドギラゴン》!」

 

 

 

 また訪れる、攻撃のチャンス。

 三度目の正直。

 今度こそ、押し切る!

 

「《クジルマギカ》で攻撃! その時、墓地から《超次元ボルシャック・ホール》を唱えるよ! クリーチャーは破壊できないけど、《勝利のガイアール》をバトルゾーンに!」

 

 これで、チェックメイトのはず。

 もうなっちゃんは、この攻撃を耐えることはできない。

 

「これでわたしの残る攻撃できるクリーチャーは二体。どっちもパワーは3000を超えてるから、《魔狼月下城の咆哮》があっても、防ぎきれないよ」

「…………」

 

 黙するなっちゃん。

 わたしとしては、これでチェックメイトになると踏んでるけど、この子からしたらどうなのか、わからない。

 やがてぽつりと、なっちゃんは言葉を漏らす。

 

「……まだ」

「…………」

「さいご、が、《冥王の牙》……なら、まだ、私は……まだ、まだ……!」

 

 まだ、希望が残ってるんだね。

 ならその望みが叶うか。それとも、潰えてしまうのか。

 勝負だよ。

 

「《クジルマギカ》で、最後のシールドをブレイク!」

 

 海洋からの砲撃が、最後のシールドを撃ち抜く。

 S・トリガーか、そうでないのか。

 目当てのトリガーがあるのか、ないのか。

 わたしは引いた。自分の命を繋ぐためのカードを。

 この子は、引けるのか。最後の、最後で。

 本当に望むカードを。

 

「ぁ、ぁぁぁ……!」

 

 小さな呻き声が聞こえた。

 砕かれたシールドは、収束して彼女の手の中に落とし込まれる。

 この結果は……なにもなかった、のかな。

 残念だけど、同情の余地はない。

 今回のわたしは、怒ってるからね。

 怒りで始めたデュエマなんだ。情けも、容赦も、ないよ。

 

 

 

「《エヴォル・ドギラゴン》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ぁぁぁ、ぅぅ、ぅぁぁぁ……っ」

 

 か細い、囁くような、今にも崩れて消えてしまいそうな、儚い泣き声。

 さっきまでのわたしみたいに、なっちゃんはわたしから逃げるかのように、地面を這う。

 

「きらい、きらいきらい……ひどい、きらい……!」

「…………」

「きもち、わるい……きらきら、じゃない……どろどろで、あつくて、いたくて……いやだ……!」

 

 さっきまでの無感動な瞳も、狂乱の声も飛び越えて、そこにあるのは、恐怖だった。

 この子は、恐れている。わたしを。

 ……かなり、わたしの感情と衝動を剥き出しにしてぶつけちゃったから、怖がられるのも無理はないけど……

 なんだか、変な感じがするよ。

 さっきまでの怒りが、スゥッと消えて。

 なにもない、空っぽな感じ。虚無感、喪失感。それと似た感覚が、胸のあたりに蟠る矛盾。

 なんだか、切なくて、苦しいよ。

 

「ごめん、なさい、ごめんなさい、ぼうしやさん……ごめんなさい、でも、やだよ、、やだ。きらいだよ、こわい、こわい、こわい……!」

 

 もはや誰に言ってるのかすらよくわからない。いや、最初から誰かに向けた言葉ではなかったのかもしれない。

 

「きらきらしてたのに……ぐちゃぐちゃに、なっちゃった……いかりも、にくしみも、つらい、いたい、かなしい……もう、いやだ……やだよ……」

 

 彼女は、泣きながらその場から立ち去っていった。それを追う気にはなれない。

 取り残されたのは、わたし一人。

 胸元に目を落とす。ビリビリに敗れたワンピースの襟。装飾のリボン。床を這いまわったせいで、ところどころほつれかけてるし、汚れてもいる。

 もう、怒る気にもならなかった。

 あの子の恐怖心を見せつけられたから、だけじゃない。

 怒りに任せた結果の虚ろな心を、思い知らされたから、だろう。

 ぽっかり胸に穴が空いたみたいな虚無の感覚が漂うのに、同時にもやもやしてる胸の奥。矛盾だ。矛盾の苦悩だ。

 苦しくて、辛くて、痛い。

 ……あぁ、でも。

 やっぱり、喪失、なのかな。

 失ってしまった。壊れてしまった。引き裂かれてしまった。

 霜ちゃんがくれた、この服。

 大切な友達との、思い出の結晶。

 それが、失われてしまった。

 もう同じ形には戻らない。

 破壊は喪失と同義だから。

 

「……ぅ」

 

 あぁ、ダメだ。

 もう、ダメだ。

 堪え、切れそうにない……!

 誰もいないし、もう、いいかなって。

 思った、その時だ。

 

 

 

「――小鈴!」

 

 

 声が、聞こえた。

 スゥッと突き抜けるような、平静でありながらも冷たくはない、涼やかな、少年の声。

 

「っ、ぅ……霜、ちゃん……?」

 

 屋上の扉を勢いよく開け放って現れたのは、霜ちゃんだった。

 霜ちゃんは凄い剣幕で、わたしに詰め寄る。

 

「まったく、どうしたんだ、どういうことだ!? 何度メッセージを送っても連絡ないし、電話しても出ないし、なにがあった!? さっき、小さな女の子が泣きながら階段を下りてったけど……って、本当にどうしたんだ!? 服が破れてるし、暴漢にでも襲われたのか!?」

 

 冷静な声だと思ったけど、そうでもない。怒っていると思ったら今度は困惑して、混乱。コロコロと表情を変える霜ちゃんだった。

 なんとか言ってあげたい。なにか言うべきなのは分かってる。

 だけど、言葉にならない。

 抑えきれない。

 

「うぅ……そぅ、ちゃん……」

「小鈴?」

「ぅ、ぅぅぅ……!」

 

 胸の中から湧き上がる激流が、止められそうにない。

 自分の身体も、心も、もう制御しきれなかった。

 ガバッ、と霜ちゃんにしがみついて、胸に顔を埋める。

 その瞬間、すべてが、解き放たれた。

 

 

 

「う、ぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 両目から零れ落ちるのを、抑えられなかった。

 混ざり切った感情が溢れ出すのを、堪えられなかった。

 恐怖も、憤怒も、悲哀も、虚無も、すべてが混濁して、ぐちゃぐちゃに混ざったわたしの気持ちは、臨界点に達して、限界を迎えて――決壊する。

 大粒で、大量の、雫となって。

 

「!?」

「うわぁぁぁぁ! うぐ、えっぐ、うぅ、霜ちゃん! 霜ちゃん……!」

「ちょ、ちょっと、なに、なに!? どうしたんだい、小鈴、急に泣き出すのは、ちょっと、ボクも困る……!」

「だって、だって……ごめん、ごめんね霜ちゃん! わたし、あぅ、えっぐ、わたし……!」

「えぇい、よくわかんない! 泣いててもなにもわからない! ちゃんとした説明を要求したい! 一から十まで全部わかるような、理路整然とした論理的な理屈の伴った解説が必須だ! だから、とりあえず――」

 

 ぎゅっ。

 少しだけ、わたしの心が、穏やかになった気がした。

 

「――気が済むまで泣いてくれ」

 

 しっかりと、男の子の腕で、抱きしめてくれた。

 可愛いふりふりの服も、わたしの涙とかでぐちゃぐちゃになることも厭わずに。

 

「えっぐ、そうちゃぁん……」

「君の涙が枯れるまで泣いてくれ。なにもかもが枯れ果てたら、ボクが水を注いであげるよ。話は、それからだ。言葉なんて、静けさを取り戻してからで十分だから」

「……う、うぅ……」

 

 そんな甘い言葉のまま、わたしは霜ちゃんの胸の内で泣き続けた。

 その間、霜ちゃんはなにも言わず、ただただ黙って――わたしを抱きしめてくれた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「……成程、そんなことがあったのか」

「うん……ごめんね、霜ちゃん」

 

 どれくらい泣いただろう。

 霜ちゃんが選んでくれた服が傷つけられて、もう元に戻らないと理解してから、気持ちが溢れて、止まらなくなって……とにかく泣き続けた。霜ちゃんの胸がびしょびしょになっても泣き続けた。

 霜ちゃんは宣言通り、わたしの涙が枯れるまで抱きしめてくれた。泣き止んでからは、ぽつぽつと、これまでのことを話した。

 なっちゃんとの出会い。ハンバーガーショップで一緒に食事をしたこと、ショッピングモールでお買い物をしたこと、そして、屋上での出来事を、全部。

 霜ちゃんは黙って聞いてくれた。時々うんうんと頷いて、言葉を挟むことなく、わたしのたどたどしい説明を、全部聞いてくれた。

 そして、口を開いた時には、

 

「……君は馬鹿じゃないのか?」

「え、え?」

 

 罵倒された。

 わたしが困惑していると、霜ちゃんは捲し立てるように続ける。

 

「ボクが一緒にいれば、もっと違う結果になったのかもしれないけれど、遅刻したのはすべてボクの責任だから、そこはしっかりと謝ろう。ごめん、悪かった。だが、それはそれとしてだ」

 

 謝罪している人とは思えない不遜な態度の霜ちゃん。

 というか、なんか、怒ってる……?

 

「君の話を聞くに、さっきの幼女――バンダースナッチとやらは、かなり危険な存在だ。まともにコミュニケーションが取れるかどうかさえ怪しい時があるみたいじゃないか。それに加え、凶器を持ち歩いてる? そんな露骨に危ない奴は初めてだよ!」

 

 声を荒げる霜ちゃん。でも確かに言われてみれば、今までそんなあからさまに武器を持っている人はいなかったよね。

 

「そんなの相手に、ボクが選んだ服を破られたから怒って突撃するなんて、馬鹿だとしか思えない。君の頭に脳みそは入っているのか? そこは、相手を跳ね飛ばしたのなら逃げろよ! 一目散に背中を向けて! 君でも全力で走れば子供よりも速いだろうし、人目のつくところに入れば、子供だろうと刃物を振り回してる危険人物が野放しになんてならないんだから」

「で、でも! わたしは、霜ちゃんが服を選んでくれたのが嬉しくて、だから、すごく、悔しくて……!」

「わかってる。けど、それでもだ。少しでも、ボクの我儘を聞いてくれるなら、君に言っておきたいことがある」

 

 ガシッ、と肩を掴まれる。

 目を逸らすこともできず、霜ちゃんを直視する形。霜ちゃんは、まっすぐにわたしを見て、告げた。

 

「……君はもっと、自分を大事にしてくれ」

 

 とても、真剣で、真摯で、切実な眼で。

 

「……え?」

「え、じゃない。服なんて飾りだ。その人を煌びやかに飾り立てるだけのオプションに過ぎない。そんなもの、いくら破れようが裂かれようが、新しく買うなり直すなりすればいい」

 

 ちょっと、驚いた。

 あんなにファッションにこだわる霜ちゃんが、服なんてかざりだ、オプションだ、だなんて言うなんて……

 さらに霜ちゃんは、言葉を続ける。

 

「だけど、君の身体はそれ一つしかない。君の身体に傷がつく方が大ごとだ。君の身こそ、かけがえのないものだ。服なんて量産品はどうでもいい。それより、君が――」

 

 一拍置いて。

 霜ちゃんはもう一度、わたしを見つめる。

 目を逸らさずに、真っ直ぐに。

 そして、

 

 

 

「――ボクの大切な友達が傷つく方が、嫌だ」

 

 

 

 彼は、告げた。

 

「……霜ちゃん」

 

 霜ちゃんの言葉が、スゥッと入り込んでくる。

 なんだろう。さっきまでの憤慨も、虚無も、全部、なくなっちゃった。

 嫌な気持ちは取り払われて失われた穴は埋められて。

 ぽかぽかと、穏やかであったかい、ような……?

 

「……あー! もう!」

 

 わたしがぼぅっとしていると、急に霜ちゃんが、ガシガシと髪を掻き毟り始める。

 なんか、いきなり男の子っぽい仕草が……

 

「なんでこんな恥ずかしいことを言わせるんだ! 言わせるなよ! 君の馬鹿な行いで、言葉にしなくていいことまで言葉にさせるな!」

「うぅ、そんなにバカバカ言わなくても……わたしの方が頭いいよ?」

「勉強のできるいい子ちゃんでも馬鹿は馬鹿だ。量産品と唯一のもの、どっちの価値と優先度が高いかもわからないようじゃね」

 

 ふんっ、とそっぽを向いちゃった。

 お、怒らせちゃった……なんだかよくわからないけど、霜ちゃんを怒らせちゃったみたい。

 でも、まあ。

 本気で怒ってるんじゃない、っていうのは、わかるよ。

 

「……さ、帰るよ、小鈴。もうショッピングどころじゃないだろう」

「……うん」

「ほら、これ着て。ボクの上着貸すから。そんなに胸をあっぴろげてちゃいけないよ。ボクからしても目のやり場に困るというか、目に毒すぎる」

「あ、ありがとう」

 

 薄手のジャケットを羽織らせてもらう。

 そういえば、今のわたしって、服がボロボロで往来を歩けないような格好なんだよね……

 下手に人に見られたら、警察の人を呼ばれちゃいそうだよ。

 とりあえず、胸元だけでもちゃんと隠しておかないと。

 

「これ、ボタンが留められない……」

「ボクのサイズに合わせてあるからね。しかし、肝心の胸元が隠せないんじゃな……じゃあ、ボクの鞄も持って。これで隠して」

「う、うん……」

 

 霜ちゃんが手提げ鞄をを押し付けるようにわたしに渡してくる。わたしの鞄――というかポシェットじゃ小さいから、ってことなんだろうけど。

 ……あ、そうだ。

 まったく脈絡なく、思い出した。

 

「霜ちゃん霜ちゃん」

「なに?」

「これ、あげる」

 

 自分の鞄から、小さな紙袋を取り出す。リボンで装飾された袋を。

 よかった、自分を這いずりまわっても、鞄の中身までは崩れてなかったみたい。

 

「これは……?」

「開けていいよ」

「……これは?」

「ぶれすれっと……?」

「なんでたどたどしいうえに疑問形なんだ」

 

 輪っか(リング)が二重になって絡み合ったようなデザインの腕輪(ブレスレット)

 霜ちゃんって服は色々着るけど、アクセサリーとかってあんまり付けてるイメージなかったから、どうだろうって思ったんだけど……わたしが選んだものだから不安しかない。できるだけ霜ちゃんに似合いそうなものを選んだつもりだけど、ど、どうかな?

 

「その、服を選んでくれたり、今日のお出かけとかの、お礼にと思って……」

「……呆れた。君は天然の大馬鹿女だな」

「え……?」

「自分の服をボロボロにされて大泣きしたのに、ボクにはアクセをプレゼントする余裕があるのか。豪胆というべきか、図太いと取るべきか、やはり天然なのか。あるいは、ある意味、大物なのかもね」

 

 はぁ、と吐息。やれやれと言わんばかりの仕草。

 だけど、優しい目で、わたしを見てくれている。

 

「でも、凄く嬉しいよ」

 

 わたしの服選びについては、ダサいとか子供っぽいとか、いつも酷評してたけど。

 このわたしの贈り物には、なにも言わなかった。

 なにも言わずに、受け入れて、受け取ってくれた。

 

 

 

「ありがとう――小鈴」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――ぼうしや、さん……」

「バンダースナッチか。どうだ、散歩の結果は? お前の探し求めるものは――純粋で綺麗な人間の心? 的なものは、見つけられたか?」

「……うん。……でも、なくなっちゃった……」

「そうか、それは残念だ」

「おねーさんの、きらきら……すごく、すごく、きれいだった、のに……ぐちゃぐちゃに、よごれて、だめに、なっちゃった」

「……ほぅ?」

「にんげんは、やっぱり、こわくて、おそろしくて、きたなくて、おろかだよ……ぼうしやさん」

「そうか。貴様は他の連中とは違う。見定める者、観測者だ。貴様には人の心が見える――そも、心などという曖昧なものを定義したならばの話だが――だからこそ、貴様に観察してもらった。あのお嬢さんを、そして、人間を。しかしだ」

「……?」

「オレ様は貴様のことを信用している。貴様だけではない、代用ウミガメも、眠りネズミも、ヤングオイスターズも、蟲の三姉弟も、信用と信頼のおける同胞だ。しかしそのような信頼とはまた別の意味で、ある意味では信頼があるからこそ理解できる、決定的かつ致命的な貴様の穴が心配でならない」

「あな?」

「幼さだ。今の貴様に言っても詮無きことではあるのだがな。人を見定める観測者、あるいは観察者。その命を任じたのはオレ様だが、正直、貴様には荷が重いと思っている。力不足というやつだな」

「……私、じゃ、だめなの……?」

「そういうことではない。適役が貴様以外にいるとも思えん。単なるスキル、熟練度の問題だ。ただ貴様は幼すぎる。如何様に心なるものが視認できたとしても、貴様がそれをどう認識し、処理するか。その点で多大なノイズが混じる。貴様の判断能力は、貴様の姿そのものと相違ない。即ち、童と同等。ゆえに、その言葉を鵜呑みにするわけにはいくまいというだけだ」

「じゃあ……私は、なんの、ために……?」

「さてな。縁を結ぶ一手ではあったが、どうやら刺激が強すぎたようだ。アリスにとっても、貴様にとってもな。とはいえ、貴様とて己が目的に近づいたのではないか?」

「……わかんない」

「そうか。まあいいさ、貴様の目的は貴様の目的だ。オレ様が直々に関与することでもない。貴様の手でどうにかしろ」

「ぼうしやさん、つめたい」

「貴様がもう少し理解のできる存在であったならば話は別だったのだがな。貴様は幼いがゆえに、あるいが幼かろうがどうしようが、あまりにも理解不能だ。存在の見えない獣。獣という表現が適切なのかさえ分からぬ魔物。魔物と呼ぶことができるのかもわからん怪物。ゆえに貴様は『バンダースナッチ』なのだからな。その意味不明さは『ジャバウォック』と同等だが、貴様には確固たる意志がある分、奴よりも悪辣で厄介と言えような」

「私、やっかい?」

「おっと失言だったな。オレ様とて貴様に刺されるのは御免だ。聞き流せ」

「うん、わかった」

「いいぞ。貴様の素直さだけは、ジャバウォックよりも好感が持てる。なにせ奴は、扱いが困るからな。意志があるからこそ困る貴様も、だからこそ同格以上、あるいは同格以下なのだが」

「それで、ぼーしやさんは、どうするの?」

「オレ様はどうもせんよ……と、言いたいところだがな」

「だが?」

「……まあ、そろそろいいだろう、と思いたいところだ。これは不合理で、奇妙奇天烈で、およそ狂っているだろうと思われるだろう。綺麗な物語の造りとは程遠い、不整合にして稚拙なご都合主義の如き、あるいは尺稼ぎと同義の愚かな行いだと罵られることだろう。それでもあえてオレ様は、無意味有意義を求め、意味もなく意義を望み、打算的な楽観した希望的観測でもって、理解されない下手な展開へと導く、道化となろう。つまり――」

 

 

 

「――再び、オレ様直々にお茶会の開催だ」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「難儀してるなぁ、帽子屋よぉ」

「帽子屋さんはいつもそうね。うふふ」

「……貴様らか。今日は客が多いな」

「客ぅ? 私たちはそんなかたっくるしい仲だったか?」

「どうだったか」

「ねぇ帽子屋さん、なっちゃんの監察結果はどうだったの?」

「相変わらずだな。人間は醜く穢れたおぞましい心を持つ生き物。一瞬でもその中に光を見たようだが、すぐに塗り潰されてしまったようだな」

「あらら、なっちゃん可哀そう」

「私はバンダースナッチの奴は苦手なんだよな。思考回路がイカれてるぜ、あいつはよ」

「だからこそ、帽子屋さんと気が合うんじゃない? ほら、同じイカれた者どうしだし?」

「否定はしないが、好き勝手言ってくれるな。奴をお茶会に招いたのはオレ様だからな。その義理くらいは果たすというだけだ」

「そいつはご立派なことだな」

「義理なんてあるのかないのか分からないくらい、すぐ放り出すこともあるのにね?」

「その逆もあるから、こいつはわけがわからないんだがな」

「戯言は聞き流そう。して、なんの用だ? バンダースナッチの報告を又聞きに来たのではあるまい」

「なに、別に用ってほどのもんじゃねぇさ。お前さん、どうすんのかって思ってな」

「どう、とは?」

「帽子屋さんが熱心に追いかけてる女の子。彼女をどうするのか、気になるのよ。みんな、ね」

「…………」

「ダンマリかよ。そりゃねーぜ、帽子屋よ」

「黙秘するつもりはない、少し、考えてただけだ。オレ様もいまだに決めかねているところがあるからな」

「でも、八割くらいは決まってるんじゃない?」

「残り二割を蔑ろにしたくないだけさ。まあだが、うむ」

「なんだよ?」

「ここまで、代用ウミガメ、眠りネズミ、蟲の三姉弟……ついでにヤングオイスターズらの接触によって、流石に理解した」

「なにを?」

「無知を、だ。あのお嬢さんは聖獣を知らない。あるいは、知っていてもそれを聖獣だと認識していない。はたまた、聖獣を知り、正しく認識していても、その居場所がわからない、正確に在処を伝えることができない、といったところだろう」

「ふん、まあそうだろうな。お前さんにしては、まともな結論に辿り着いたもんだ」

「つまり聖獣の居場所を探るのに、必ずしもアリスを追う必要がなくなった、ということ。となれば」

「生かしておく必要はない?」

「そこまで言い切れないのがもどかしいところだな。奴が存在する限り、聖獣への道の手掛かりが残されていることは事実。我々は、真になにも持ち合わせていないのだから。ランタンの灯がないのならば、儚い星の灯りに縋るしかあるまい。縋ったところで、それは文明の明かりに掻き消されるほど淡いものであるが」

「ふふふ、帽子屋さんも右往左往してるわね」

「ゆえに、八割だ。可能性を残すか、雑音を掻き消すか」

「決めかねてるって、そういうことかよ」

「生かすか殺すか。生殺与奪は8:2。あるいは、別の手段も取れるかもしれないが……」

「その手段が思いつかない限りは、やるっきゃねぇよなぁ」

「ゆっくりしすぎると、お茶も冷めちゃうしね?」

「あぁ。ゆえに遠くない将来。明日か、明後日か、夏を超えた先か、あるいはさらに先か。オレ様にも読めん暗き未来、オレ様はあのお嬢さん(アリス)を――」

 

 

 

「――殺してしまうかもな」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「今日もあの子のところに行って来たの? 好きだねー」

「――――」

「うん、うん。いいよ言わなくても。わかってるから」

「――――」

「で、今日はなにを見て来たの?」

「――――」

「そんな意地悪しないで教えてよー。ストーカーにはストーカーの利点があるでしょうに。情報共有くらいしてもいいじゃない」

「――――」

「あ、ごめん、ごめんって! ストーカーは言い過ぎたよ。チェイサーって呼んであげる」

「――――」

「そんなんで納得するのもどうかと。それで今日はどうしたの? こんなに引っ張るってことは、よほど面白かった? それとも」

「――――」

「……単純に、言いにくい?」

「――――」

「まあ気持ちは分からないでもないよ? いや、分かんないけどね? でも想像はできるし、こっちとしても知っておきたいんだよ。君のこと、なんだかんだで全然知らないし、君もあんまり喋ってくれないし。喋るっていうのは、なんだか語弊があるような気がしないでもないけど」

「――――」

「君とは一心同体、一蓮托生。そういう仲でしょ? 少しでも恩義を感じるなら、そして、少しでも義理を感じるなら、さらに、少しでも温情があるのなら、包み隠さず言って」

「――――」

「押し付けがましいって? 君には言われたくないなー。なに、心配せずとも大丈夫だよ。君のことは信じてるから」

「――――」

「そうそう、素直になればいいのさ。あんまり真面目にさせないでよ、キャラが保てなくなっちゃうじゃん」

「――――」

「え? どうせキャラ作りだって? それはそれ、これはこれ。キャラっていうのは作ろうが作らまいが一口には言い表せない奥深いものだよ。時に本質、時に虚構、時に糊付け、時に被せて、時に投げ捨てる。使い方も色々さー」

「――――」

「ふーん、ん? あー、そゆこと。だから言い渋ってたのか。ういやつめ」

「――――」

「まー、安心してよ。いつかはそういうこともあるだろうって思ってたから」

「――――」

「そう、だから演じてみせるよ。君のために、あの子たちのために、自分のために。それか世界ためとか、なにかのためとかに――」

「――――」

「――ヒーローかぶれの道化みたいな、ね?」




 幼女とはものはどうしてこんなにも合うのでしょう。
 持ってるのは日用品の域を出ないものばかりだけど、異常な嗜好をを跳ね除けて、正常な思考で考えたら、ただただヤバい奴でしかない幼女、バンダースナッチの登場です。ここまでヤバい奴を書いたことは今までありません。
 デッキはわりと普通なんですけどね。マフィ・ギャングのNEO進化ハンデスビートという、種族シナジーに寄せた黒単ザマルみたいなデッキです。例によって、これもちょっと古いデッキなのですが。
 一方小鈴は、前回手に入れたクジルマギカ入りのグレンモルト、通称モルト☆マギカです。今回出したものとは違う型なのですが、なんか大会でちょこっとだけ結果出したことがあるようで、クジルマギカ→狂気墓場→グレンモルトの流れが綺麗で好きです。なにより、デッキ名が魔法少女っぽい。フィニッシュはガイギンガなので、完全に相手ぶった切ってますが。
 今回はやたらと地の文なしの会話劇が多いですが、ちょっとずつ話もそちらに寄せていくので……というわけで、今回はここまで。
 それでは、ご意見ご感想、誤字脱字の報告等々、なにかりましたら遠慮なく気軽に送ってください。
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