デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 前書きで本編について触れると、ネタバレになってしまいそうで語りにくいと感じてしまうのですが、ならここってあらすじとか書けばいいんでしょうか。


18話「正義の味方だよ ~前編~」

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 いつものように、わたしたちは『Wonder Land』に集まっています。ただし今日は、ちょっとしたお知らせというか、みんなに話しておきたいことがあったのです。

 それは――

 

「――店舗大会、ですか?」

「そう、せっかくの夏休みだし、なにか催し物をやろうってことになってね」

「だからこうして、常連客を手当たり次第に勧誘しているわけだ。店のためにとは言わんが、その気があるのなら盛り上がってくれ、とな」

 

 以前、詠さんが教えてくれた大会の話。

 せっかくだから、みんなにも教えようと思ったんだけど「時間は?」「規模は?」「レギュレーションは?」って質問攻めを受けて、わたしじゃ答えられなかったから、こうして主催者に直接お話を伺っている次第です。

 主催者、つまり店長さんが説明をすると、恋ちゃんや霜ちゃんはうんうんと頷いている。

 

「でもちょっとルールが特殊でね。楽しんでもらうための大会だから、ガチデッキは禁止なの」

「ガチデッキ?」

「競技性を追求した場における、勝つために特化したデッキのことだよ。いわゆる環境を意識したデッキがこう呼ばれることが多いけど、細かい定義は少し曖昧だね」

 

 霜ちゃんがそう説明してくれるけど、いまいちよくわからない。

 今はなんとなく「わたしとは違う次元の強いデッキ」くらいに考えておこう。

 

「ガチ禁止ですかぁ。それは面白そうですけど、基準が難しくないですか?」

「そうなんだよね。一応、基準となるラインはルールに明記するけど、結局はジャッジの裁量次第だし」

「ジャッジというか、俺だがな」

店長(メニジャー)さんがデッキを見るんです?」

「あぁ、そうだ」

「店長が出場者のデッキをガチか否か判断して、ガチだと判断したら、残念ながら参加できないよ、って感じ」

「ちなみに、ガチの基準は?」

「おおよそは現環境デッキを基準としている。採用カードを多少弄る程度では、残念ながらガチ認定だ。コンセプトそのもので判断するから、そちちらで合わせれば確実だろう」

「今回の大会は、色んなコンセプトのデッキを披露してもらうような場にもしたいからね。競技性を高くして勝つことに拘るよりも、みんなに楽しんでもらいたいなって」

「それは素敵(シェーン)な考えですね!」

 

 環境とかガチとか、わたしにはよくわからないけど……

 大会。色んな人、色んなデッキと出会うだろう場。

 こうしてみんなと一緒に来たものの、正直、まだ悩んでる。どうしようか……

 

「小鈴さん! いっしょに出ましょう! 大会(トゥルニーァ)!」

「ゆ、ユーちゃん……」

「いいんじゃないかな? 小鈴ちゃんも、デュエマの大会を一回くらいは経験してみたらいいよ」

「プレイングやデッキ選び、メタ読みよりも、デッキビルディングそのものが試される大会ってことだよね。それはそれで面白そうだし、ボクは出るよ」

「……私も」

 

 みんな、結構出る気満々だね……でも、それでわたしも決心がついたよ。

 

「じゃ、じゃあ、わたしも、出ます……!」

「よし決まり! 店長、五人も確保できましたよ! この子たち誘ったの私ですし、これ私の手柄ですよね? 昇給とかありません?」

「考えておこう。あぁ、そうだ、言い忘れていたが、大会には、名試合賞やデッキアイデア賞など、各種特別賞がある。そちらの方も狙ってみるといい」

「へー、そういうのも面白そう」

「では、当日はよろしく頼む。俺は裏に戻る」

「じゃあ私もそろそろ。みんなありがとう! 贔屓はできないけど、応援してるよ!」

 

 と言って、店長さんと詠さんは二人でお仕事に戻って行きました。

 

「ガチ禁止の大会かぁ。どんなデッキで出ようかな?」

「どうせなら、楽しいデッキが作りたいですね!」

「……なにを握るか、考え物……」

「え? 大会って、それ用のデッキを使うものなの?」

「別にそうと決められてるわけじゃないし、使い慣れたデッキで出場してもいいけど、大会用にデッキをチューンする人は多いね」

「でもそれは環境ありきなところもあるから、今回は好きなデッキでいいんじゃない?」

 

 好きなデッキなんて言われても、わたしが持ってるのは今のデッキだけだし、選ぶ余地がないよ……

 できるとすれば、このデッキを改造するくらいだけど、どう改造したらいいのか、悩んじゃう。

 ただでさえ改造したてで、《クジルマギカ》をまだ上手く扱えていないのだ。どう弄ればいいか、まだよくわからない。

 みんなも同じように、デッキについて考えているのか、悩む素振りが見える。

 そんな折。

 

「……よし、じゃあ、こういうのはどうだろう」

 

 不意に、霜ちゃんがそう言った。

 そして突然、自分のケースからカードを五枚取り出す。

 

「このカードは?」

「ただのカードだ。五文明それぞれ一枚ずつ入ってる。これを全員に一枚ずつ、裏向きでランダムに配ろう」

 

 わけがわからないまま、カードが配られる。

 伏せられた一枚のカード。めくってもいいのかどうかわからず困惑していると、

 

「そうだな……白、光は恋」

「ん……?」

「闇はユー、自然は実子、火は小鈴、水はボクだ」

 

 指名して、文明を宣言する。

 

「今、文明と人物を対応させた。カードを配られた人は、その文明と対応する人をイメージしたデッキを組む」

「イメージしたデッキ……?」

「そうだ。たとえば、実子がよく使うデッキと言えば、なにをイメージする?」

「え、えっと、侵略と革命チェンジとかを使ったデッキかな……?」

「まあそれがすべてじゃないけど、そういうデッキはよく組むよね」

「ならば、自然のカードを引いた場合は実子、だから、彼女が使用するデッキや戦術をイメージして、それを取り入れたデッキを組むんだ」

「革命チェンジのデッキを組むってこと?」

「引いた人が、その戦術が実子らしいと感じるなら、そうなるね」

「……その人の、イメージで、いいの……?」

「あんまり制限しすぎても自由度が落ちるしね。せっかくのデッキを組む機会だ、お互いにどんなデッキを使うのか、どんな戦術を得意とするのかはわかるだろうし、それを真似てみるのもいいんじゃないかな」

「Gute! 面白そうです! ユーちゃんも、みなさんみたいなデッキを使ってみたいと思ってたんです!」

 

 なるほど……改造と言っても、どうすればいいか悩んじゃうけど、こうやってお題みたいに制約を設ければ、方向性が決めやすいね。

 ユーちゃんが言ったように、みんなのデッキで、いいなと思ったものは少なくない。わたしがそれを再現できるかはわからないけれど、やってみたいとは思っていた。

 だからこれは、それができるいい機会だ。

 

「自分の対応する色を自分で引いたら、どうするの?」

「わざわざ引き直すのもなんだし、その場合は自力で組んでくれ。制約ナシだ」

 

 あ、そうなるんだ。

 極論、全員が対応する色を引くこともあるわけだけど、そうなったら悲しいね……

 

「対応はさっき言った通り。カードは配ったし、オープンだ」

 

 霜ちゃんのその掛け声で、みんな、一斉に伏せられたカードをめくる。

 

「やった! 火文明、小鈴ちゃんだ。大当たりだね!」

「げ……水、そう……」

「げってなにさ。それより、ボクは自然か。実子のは、まあ、わかりやすいけど、どう組んだものか……」

「ユーちゃんは光です。恋さんですね!」

 

 みんなそれぞれ、引いたカードで一喜一憂してる。

 この時点で被りなし。わたしの色もみのりちゃんが引いてるから、被りは絶対に出ない。

 そして、わたしの引いたカードは、

 

「闇……ユーちゃんのデッキや戦術、かぁ……」

 

 黒い闇文明のカード。

 ユーちゃんと言えば、手札破壊や、墓地のカードを利用して、攻撃を仕掛けてくるってイメージかなぁ。

 攻撃のタイミングを計ったり、搦め手を交えたり、わりと計略を弄してくるユーちゃんだけど、実際のところはかなり攻撃的だ。最初からガンガン攻撃するわけじゃないけど、事前に妨害したり、準備をして戦力を整え、機が訪れれば即座に攻撃。準備中でも攻撃の必要があると思ったら、躊躇うことなく攻撃してくる。

 攻撃前に準備するって意味では、今のわたしのデッキと似てるけど……せっかくだし、闇のカードを使ってみようかな。

 

 それからわたしたちは、いつものようにデュエマで対戦したり、どんなデッキにするか考えたり、いつもと同じように、思い思いの楽しい時間を、過ごしていました――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「今日も遅くなっちゃったね」

「自分で提案しておいてなんだけど、これ、思った以上に難題だよ……」

「本当に……」

「ユーちゃんも考えちゃいます。恋さんらしさ、こうして考えると、難しいです」

「私はもう構想は完成かな? 前に組んだデッキを調整するだけで済みそう」

 

 時刻はもう午後6時です。真夏も真夏だから、まだかなり明るいけど、早めに帰らないと、お姉ちゃんが怒りそうだなぁ。

 ……?

 なんだろう、この感じ。

 前にも、似たようなことがあったような。いや、起るような……

 もう一度、時計を確認する。

 さっきと変わらない。時刻は18時――午後6時を指していた。

 いつかと、同じように。

 

 

 

「そう。物語は繰り返す。同じことを何度も、何度も。出会いも、別れも、平等にな」

 

 

 

 ――事件なんて起きない。

 大それた騒動も、大袈裟な動乱もない。それはただ、小さな世界で、狭いコミュニティで、現れるだけ。

 まるで、陰に潜んで、静かにゆっくりと、日常に侵食していくかのように。

 じわりじわりと、わたしたちの世界に近づいて、にじり寄って、踏み込んで、入り込んで来る。

 それに気づいて、振り返った時には、もう遅い。

 だって、そこには――

 

「こんばんは、お嬢さん方」

「――帽子屋、さん」

 

 彼が、いるから。

 カジュアルなスーツに革靴。口元を覆うスカーフ、目元を覆う仮面。そして、赤い大きな帽子。

 また、会ってしまった。

 奇妙で、不思議な、別世界の住人のような、誰か。

 『帽子屋』さんが。

 

「私もいるぞ」

 

 けれど、今回はそれだけではなかった。

 この前とは違う。予想だにしない別の声。

 ぬぅっと、帽子屋さんの背後から新しい人影が顔を出す。

 その姿を見た瞬間、目を疑ってしまった。

 現れた人は、球体だった。

 いや、正確には完全な球じゃないんだけど、体が本当にまんまる……太ってるとか、そんなレベルじゃない。いや、太ってるんだけど。

 どこが肩なのかもわからない球状の胴体に、アンバランスすぎて怖いくらい細い手足と、ちょこんとした頭が飛び出している。そんな体型の男の人だ。

 その姿は、まるでタマゴみたいだった。

 

「え……誰……!?」

 

 あまりに奇妙な体型だから、思わず一歩後ずさってしまう。

 正直、ちょっと怖い。

 帽子屋さんは、そんなタマゴみたいな人を押し退けた。

 

「退いていろ、ハンプティ・ダンプティ。貴様は図体が邪魔だ」

「おいおい帽子屋、お前さんから呼んどいてそれはないぜ」

「見ろ。貴様の奇怪かつ奇異な肉体は、彼女らの恐怖の対象と化している。これでは会談もままならん」

「じゃあ呼ぶなよ」

 

 なんか、帽子屋さんとタマゴさんが、言い争ってる……?

 仲悪いのかな……?

 

「おっと、そこな娘さんらに自己紹介くらいしとかないとだな。私は『ハンプティ・ダンプティ』。言うまでもないだろうが、【不思議な国の住人】だ」

 

 タマゴさん――『ハンプティ・ダンプティ』さんは、そう名乗った。なんだか、はじめて名前らしい名前の人に会った気がする。

 そしてやっぱり、【不思議な国の住人】。帽子屋さんと同じ、彼の仲間だ。

 

「……なにしに来たんだ?」

「おっと少年、眼が剣呑だな。そう身構えるな、まだその時ではない」

「あなたと接触してから、四回。小鈴にちょっかいをかけているというのに、争う気はないって?」

「ちょっかいをかけることと、争うことは別だ。あれはただ、貴様らとの縁を結ぶための儀式みたいなものだからな。それより今は、謝罪をさせて欲しいのだが」

「謝罪……?」

 

 なんだろう、謝罪って。謝られるようなこと、あったかな?

 言ってしまえば、今までのストーカー染みた行為全部に対して謝罪があって然るべきだと思うんだけど、たぶん、そんな話じゃない。

 帽子屋さんは、謝罪という言葉を使うわりには、悪びれずに言った。

 

「言うなれば、直近のちょっかいについての謝罪だ。あれはやりすぎた。我らが同胞、具体的には『バンダースナッチ』が迷惑をかけた」

「…………」

 

 ……あぁ。

 なっちゃんのことか。

 あの時のことは、正直あんまり思い出したくない。恥ずかしいから。

 それに、思い出すと、またお腹とか胸のあたりがムカムカしてきちゃいそう。

 だからあんまりコメントはしたくないなと思っていると、

 

「迷惑だって? 随分と控えめな表現なんだな。ボクも話にしか聞いていないが、あれは殺人未遂というんじゃないのか?」

 

 霜ちゃんが噛みつく。

 でも、その挑発するような物言いにも帽子屋さんは動じなかった。

 

「そうか、これは知らなかった。貴様らは幼児の行為でも法典の言葉を持ち出すつもりなのか」

「年齢も法律も関係ない。ただ事実に対する認識を述べただけだ。それにそもそも、客観的に見て彼女には、小鈴を騙す意志があったように思われる。それに、君らの手引きもあったんじゃないか?」

「バンダースナッチの意志については、オレ様もコメントはできん。ゆえに後者にだけ答えさせてもらうが……手引き、か。確かに、奴の外出を許可したのも、そこなアリスの下へ赴くように指示したのも、そのために労力を払ったのもオレ様だが、アプローチの方法は一任したのでな。どの範囲を手引きとするかによるだろう」

「手引きという言葉が気に入らないなら、監督不行き届きと言い換えてようか?」

「ふむ、成程、見張りの過失か。それについては一定の理解を示さなくてはならんな。やはり言い逃れはできんか。となれば謝罪は必要だな」

 

 なんて言いながらも、やっぱり帽子屋さんは、謝っているようには見えない。

 非は認めるけど、だからどうした、と言わんとしているかのようだ。

 そして、そんな傲岸不遜で厚顔無恥な態度で、さらに続けた。

 

「少年、貴様の言い分は認めよう。だが、同時にオレ様は、許してくれと嘆願しよう」

「許す? なにを許せっていうんだ? あなたたちの行いで、許せる点なんて一つたりともないだろうに」

「まあ最後まで聞け。バンダースナッチの姿は見たか? まあ少なくともアリスは視認しているはずだろうから、貴様は知らずともいい。奴はあの通り、非常に幼い。狡猾ではあるが短慮だ。それになにより、分別が、あるいは区別がついていない」

「区別……?」

 

 なんの? と聞き返す前に、帽子屋さんが言葉を紡ぐ。

 

「これが幼いゆえなのか、奴の性質なのかはいまだ未知だが、なんにせよ奴は、あらゆる認知が混濁している。善悪、なにより、物質と幻影の区別がな。そのせいでオレ様も、少々手を焼ているのだ。奴は少しばかり、自分の欲望に忠実だからな」

「欲望、って……?」

「そうだな。では、たとえ話をするとしよう。貴様らは、幽霊、という存在を信じるか?」

「は?」

 

 あまりに唐突だった。

 幽霊、妖怪、霊魂、妖魔、人魂、お化け、物の怪、ゴースト、ウィスプ。呼び方や種類は様々だけど、それは霊的な存在で、お話の中の存在で、迷信における存在で、存在しない存在。

 それを信じるかどうかって言われたら、わたしはあんまり信じてないと思う。そんな歳でもないし。怖いとは思うけど、存在していると証明されていないことだし、それが存在することで起こる現象も観測されていない。それが幽霊というものだ。

 恐怖を煽られるだけの迷信。わたしは幽霊をそういうものだと思う。だから、信じていないけど……

 

「幽霊が見える子供がいるとする。その子供は、周りの人間が幽霊を見えていないことに気付かない。自分が認識する世界の一部を、他人が認識できないという事実を知らない。ゆえに、現実の中にある物質と幻影の区別がつかない、とな」

「……自分だけが認識できるものがあり、その自分だけという特異性に気が付かないから、すべてをあるものとして扱おうとする、か。わかる話だけど、それがなんだ?」

「心は、目には見えないだろう?」

「は?」

 

 また唐突に、わけのわからないことを言い出す帽子屋さん。今日は前にも増して、突然な物言いが多い。

 

「同じことだよ。我々にはそれぞれの認知が独立しているように見えても、奴にとっては、それらはすべて繋がっている。そして、それらの繋がりこそがすべてなのだ。奴の世界における認知と、それに呼応する欲求、そのための行為。それらすべてが一つに連なっていて、その塊が奴の欲望であり、至極当然の事柄であり、世界のすべてだ」

 

 そして、幼いから世界が狭いのだよ、と帽子屋さんは締め括った。

 相変わらず言ってることはよくわからないけれど、なっちゃんのことは、ちょっとだけわかったような気がする。

 子供にだけ見える妖精の話とか、そういうのに近いもので……だからやっぱり、なっちゃんは子供だということが、改めて分かった。

 でも、それだけだ。

 それだけでは、足りない。

 

「……そもそも」

「ん?」

 

 不意に、黙っていた恋ちゃんが口を開いた。

 

「欲望とか、なんとか……言ってる、けど……なにを求めてるのか、ハッキリ……しない」

 

 そうだ。

 なっちゃんが欲望に忠実だと言っても、それだけじゃ、文字通りわたしに刃を向ける理由にはならないはず。

 そこに、明確な方向性――確固たる“目的”がなければ。

 

「なにを求めているのか、か。ふむ……それがオレ様にもよくわからないな」

「はぁ? わからないだって? あなたは、連中のボスじゃないのか?」

「確かに指導者らしき真似事はしているが、同胞のすべてを把握しているわけではないのだよ。我々はその出自故に未知の領域も多い。それに、オレ様は頭がイカれた帽子屋だからな」

 

 ククッ、と口では自嘲しつつも、愉快そうに笑う帽子屋さん。なにが面白いのかは、さっぱりわからない。

 

「だが、わからないと簡素に切って捨てるのも味気ないな。では、乱暴だがバンダースナッチはの性質を一言で言ってやろう。奴は――心が見える」

 

 心が見える?

 なにそれ……どういうこと?

 

「……人がなにを考えているのかがわかるってことか?」

「読心術ってやつ?」

「違うな。心が“読める”のではない。“見える”のだ。視覚的情報として、心というものが認知できる。それがバンダースナッチという化け物だ」

 

 心を読むのと、心を見るのと。

 その違いもよくわからないけれど……

 もしかしたら、なっちゃんが言ってた「きらきら」というのは、わたしたちには見えない、心、のことだったのかな。

 

「もっとも、これはオレ様が彼女から色々聞き出して、わかりやすく噛み砕いた表現に過ぎないがな。幼すぎるせいで情報伝達が不正確すぎる。故に正直に言ってしまえば、よくわからんのだ」

「成程ね。まあ、心なんて簡単に定義できるものでもない。特に、君らの言うそれは、なにかの比喩的表現にも思える」

「否定はせんよ。なんにせよ、バンダースナッチは心が見える。しかしその幼さゆえに、彼女が視認する心というものは、物質的なものと同じように扱われる。つまり彼女は勘違いしているのだよ。“心が取り出せるものだと”」

「……!」

 

 そこでようやく、わたしは理解した。

 なっちゃんが、わたしに刃を向けた理由が。

 

「わかったか? 彼女は清廉潔白な心を欲している。清浄で穢れを知らない煌びやかな心を求めている。それが、その手で抱けるものだと信じてな」

「……やはり狂ってるな。その結果、刃物を振り回すのも、それを許容するあなたたちも、狂ってる」

「それも否定はせんが、狂っているのはオレ様だけということにしておけ。バンダースナッチの暴威は、奴の果て無い欲望と幼さの現れだとな」

 

 確かにそうかもしれなかった。子供だから抑制が利かないというのは、理不尽だとしても、理屈としては納得できなくもない。

 だけど、肝心なところがわからない。

 なんでなっちゃんは、「きらきらな心」を求めているのだろう。

 認知における差異、欲求を御せないこと、手に入れる手段の凶暴性。それらについてはわかっても、求める動機が、どうしてもわからない。

 帽子屋さんはそれ以上はなにも言わない。なっちゃんの“心が見える”という言論も、帽子屋さんの見解に基づくものだし、完全な真実とは言い難い。ここでなにも言わないということは、帽子屋さんもそこまではわからないってことだと思う。

 なっちゃんは一体、どうして心を求めるのか。

 もかしたら、それを考える意味は、ないのかもしれないけれど。

 

「と、バンダースナッチについて語りつつ弁明し、しかしてこうして謝罪もさせてもらったが、どうだ?」

「……どうもこうもないよ。それで、帽子屋さんは、謝るためだけに私たちに会いに来たの?」

「あぁ、そうだな……勿論、ノーだ」

 

 帽子屋さんの目が、鋭く光る。

 

「ハンプティ・ダンプティ」

「なんだよ、お前さん。こんなことのために私を呼んだのかよ……まあ、いいけどよ」

 

 タマゴさんはどこか呆れたように溜息をつくと、わたしたちを見据える。

 そして、

 

 

 

「ほら、お前さんら、元の位置に戻りな――逆相『誰もハンプティ・ダンプティを元に戻せなかった』」

 

 

 

 と、タマゴさんが声を発した。

 台詞のようだったけれど、彼がなにかをしたようには見えないし、少なくともわたしの身にもなにも起きていない。

 ただし、なにも起きていないわけじゃない。

 

「!? み、みんな……!?」

 

 みんなが、消えた。今まで一緒に歩いていた友達の姿が、なくなっていた。

 いや、違う。消えたんじゃない。

 みんなはいつの間にか、帽子屋さんたちの後ろに、移動していた。さっきまで歩いていた道を、後戻りしたかのように。

 わたしと、みんなで、帽子屋さんとタマゴさんを挟むような形になっている。

 

「なに……これ……」

「小鈴さんが、離れたところに行っちゃいました……!?」

「いや、違う。位置的に、ボクらが動かされたんだ」

「流石の私も、驚かざるを得ないなぁ、これは」

 

 帽子屋さんたちを挟んだ向こう側でも、みんなは吃驚の表情を浮かべている。

 これが、どんな力による超常現象なのかはわからないけど。

 目的は、なんとなくわかる。

 

「さて、雑な仕事だが、舞台は整ったな」

「うるせぇ。いちいち一言多いんだよ」

 

 それはきっと、わたしたちを分断させること。

 そしてきっと、わたしを、孤立させることだ。

 

「オレ様の目的は、鈴の御嬢さん(アリス)、貴様だ」

 

 タマゴさんの苦言は無視して、帽子屋さんはわたしを指さした。

 

「正直なところ、オレ様は決めかねている。貴様らとどう付き合うのか、どう向き合うべきか。排斥なくして進化と開拓はできないが、根絶は悪だ。大義名分があったとしても、軽々しく実行していいようなものではない。即ち、可能であれば別の手段を取るべきである……ある、のだがな」

「……?」

「わからんな。難しいな。しかし、イカれていようとも、狂っていようとも、決断せねばならない。それがオレ様の使命、ここに存在する意味であり理由、物語に割り当てられた配役と役目。それくらいは全うするさ」

 

 独り言のように語らう帽子屋さん。

 なにを言ってるのか、まったくわからない。今までよくわからないことを言う人はたくさんいたし、帽子屋さんもそうだったけど、今この時ばかりは、今まで以上だ。

 自分に言い聞かせるような物言い。再確認するような口振り。

 陽気で軽薄な彼はそこにはいなくて。

 どこか、真剣味を帯びている。

 

「……御託が過ぎたな。オレ様には我々の未来を選択し、決断する役目が与えられている。その使命に従うまで。それに付き合ってもらうぞ」

 

 帽子屋さんはわたしを見据えている。

 仮面で目元は見えないけれど、今までと違う目をしているということは、なんとなく、わかった。

 わたしになにかを求めている? わたしに、なにかを見ている?

 聖獣とやらの居場所を聞き出そうとしているだけの時とは違う。このわたしに、なにかの意味を見出しているかのような、そんな視線。

 

「さぁ、未来を決めよう。不思議の国に招かれたアリス。貴様らの命運は、貴様に委ねられた」

 

 そして、帽子屋さんは宣告する。

 奇妙奇天烈、摩訶不思議。

 数奇な命運に導かれた物語を、開くことを。

 

 

 

ようこそ、不思議の世界へ(Welcome to Wonderland)――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 よくわからないまま始まってしまった、帽子屋さんとの、二度目の対戦。

 以前の帽子屋さんは、たくさんの文明()を使っていた。すべての文明を、色とりどりに。

 だけど、今回はそうではなかった。むしろ、逆だ。

 

「オレ様のターン。1マナで呪文、《ジョジョジョ・ジョーカーズ》を唱える」

 

 帽子屋さんが使ったのは、白いカード。光文明ということではなく、カードが白いのだ。

 見たことのない、真っ白なカード。あれは、なに?

 

(なんなの、あの呪文……それに、あのマナ……色が、ない……?)

 

 様々な色を見せた前回と真逆。今回の帽子屋さんには、色がなかった。

 見たことのない文明。だけどそれは真っ白で、まっさらで、まるで文明が存在しないかのようだった。

 

「《ヤッタレマン》を手札に加えて、ターンエンドだな」

「っ……! わたしのターン! 《熱湯グレンニャー》を召喚! 一枚ドローして、ターン終了!」

「先ほど加えた《ヤッタレマン》を召喚だ。ターンエンド」

 

 

 

 

ターン2

 

小鈴

場:《グレンニャー》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:0

山札:28

 

 

帽子屋

場:《ヤッタレマン》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:1

山札:27

 

 

 

(不思議なクリーチャー……前回は、あんまりクリーチャーを出さなかったのに)

 

 学ランのような衣装に、鉢巻、腕章。太鼓にメガホン、旗。その姿はまるで、応援団のようだった。

 とてもコミカルなんだけど、不思議で、どことなく、不気味だ。

 

「わたしのターン。《風の1号 ハムカツマン》を召喚だよ! マナを増やしてターン終了!」

「オレ様のターン。《ヤッタレマン》の能力で、ジョーカーズの召喚コストは1少なくなる」

 

 ジョーカーズ? それが、あのクリーチャーたちのこと?

 種族……なのかな? それだけじゃないような感じがするけど……

 

「よって2マナで《パーリ騎士(ナイッ)》を召喚。墓地のカードをマナに置くぞ。そして増えたマナを使い、2マナ。《ツタンカーネン》を召喚だ。一枚ドロー」

 

 頭がミラーボールになった白スーツのクリーチャーに続き、お金を吐き出すツタンカーメンのようなクリーチャーが飛び出す。

 なんだろう、これは。

 脅威と感じられるほど怖いものではなく、面白い、楽しいと思わせるような風貌をしたクリーチャーたちだ。

 まるで、お話の中から抜け出したみたいな、そんな不思議さがある。

 

「おっと、いいカードを引いたな。G・ゼロ。オレ様の場に無色クリーチャーがいるため、コストを支払わずに《ゼロの裏技ニヤリー・ゲット》を唱える」

 

 無色? ゼロ?

 それも、あの真っ白なカードのこと?

 

「トップ三枚を捲り、無色カードをすべて手札に加えるぞ。さて、なにが捲れる?」

 

 使われた呪文は青い、水文明のカードだ。

 見たことのない文明に困惑するけど、あのカードはわたしもしってる文明だ。そこは安心できた。

 帽子屋さんはその呪文の効果で、山札をめくる。

 

「《バイナラドア》《バイナラドア》《バイナラドア》……成程、スリーカードか。最悪だ。ターンエンド」

 

 

 

ターン3

 

小鈴

場:《グレンニャー》《ハムカツマン》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:0

山札:26

 

 

帽子屋

場:《ヤッタレマン》《パーリ騎士》《ツタンカーネン》

盾:5

マナ:4

手札:5

墓地:1

山札:22

 

 

 

 めくれたカードは、帽子屋さんとしては嬉しくなかったみたいだけど……それでも三枚も手札が増えてしまった。

 あんまり、ゆっくりもしてられないかもしれない。

 

「5マナで《超次元ボルシャック・ホール》! パワー2000の《ヤッタレマン》を破壊して、《勝利のリュウセイ・カイザー》をバトルゾーンに出すよ! ターン終了」

「マナチャージ。1マナで《ジョジョジョ・ジョーカーズ》……ふむ、来ないな。《ヤッタレマン》を手札に加え、そのまま召喚。ターンエンド」

 

 

 

ターン4

 

小鈴

場:《グレンニャー》《ハムカツマン》《勝利のリュウセイ》

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:1

山札:25

 

 

帽子屋

場:《ヤッタレマン》《パーリ騎士》《ツタンカーネン》

盾:5

マナ:5

手札:4

墓地:3

山札:20

 

 

 

「わたしのターン、ドロー!」

 

 ! 来てくれた。いいタイミングだよ。

 ここから、一気に攻めるよ。

 

「マナチャージ! 6マナで《グレンニャー》をNEO進化! 《魔法特区 クジルマギカ》!」

「ほぅ? ヤングオイスターズの力か……」

「《クジルマギカ》で攻撃! その時、墓地から《ボルシャック・ホール》を唱えるよ! 《ヤッタレマン》を破壊して、《勝利のガイアール・カイザー》をバトルゾーンへ! 《クジルマギカ》でWブレイクだよ!」

 

 《クジルマギカ》の砲門から、《ボルシャック・ホール》と砲撃が放たれる。

 《ボルシャック・ホール》は炎で《ヤッタレマン》を焼き尽くして、超次元の門を開く。開かれた穴から飛び出すのは、《勝利のガイアール・カイザー》。これでアタッカーが一体増えて、このターンでダイレクトアタックまで届く。

 クリーチャーを破壊して、援軍を呼んで、《クジルマギカ》は帽子屋さんのシールドを二枚、撃ち抜いた。

 

「……S・トリガーだ、《バイナラドア》。オレ様の場とマナにジョーカーズが三体以上いるので、《勝利のリュウセイ》を山札の下へ送る。その後、一枚ドローだ」

 

 あぅ、流石にそんなに上手くはいかないか……

 《勝利のリュウセイ》がいなくなっちゃったから、このターンでとどめは刺せない。なら、

 

「《勝利のガイアール》で《パーリ騎士》を攻撃! ターン終了するよ」

 

 あんまり手札も与えたくないし、ここはクリーチャーを減らしておく。

 帽子屋さんは動きが鈍いけど、なんだか怪しいし、クリーチャーを倒しておくに越したことはないよね。

 

「オレ様のターンだな。《ヤッタレマン》を召喚、コストを1下げて《ツタンカーネン》を召喚、一枚ドローして《パーリ騎士》を召喚、マナを増やして《ジョジョジョ・ジョーカーズ》を詠唱。《パーリ騎士》を手札に」

「せっかく倒したのに、すぐに戻ってきた……!」

「ふふ、しかし安心しろ。こんなものは児戯、下ごしらえのようなものだ。ターンエンド」

 

 

 

ターン5

 

小鈴

場:《クジルマギカ》《ハムカツマン》《勝利のガイアール》

盾:5

マナ:6

手札:1

墓地:0

山札:25

 

 

帽子屋

場:《ヤッタレマン》《パーリ騎士》《バイナラドア》《ツタンカーネン》×2

盾:3

マナ:7

手札:4

墓地:5

山札:16

 

 

 

 下ごしらえ……つまり、マナを増やしたり、ドローしたりするのは、準備ってことなのかな。

 まだ切り札らしきカードは見えない。なら、それが出て来る前に決めたいところ。

 それなら、

 

「わたしのターン! 《龍覇 グレンモルト》を召喚!」

「おっと……これはまずいな」

 

 わたしの切り札の一つ、《グレンモルト》。

 場にはまだ《クジルマギカ》に《ハムカツマン》、《勝利のガイアール》がいるし、たとえ龍解まで届かなくても、一気に攻められるはず。

 このターンで決めるよ!

 

「《銀河大剣 ガイハート》を装備! 《グレンモルト》でシールドブレイク!」

「これは前のターンに決めにかかるべきだったか? トリガーはない」

「《クジルマギカ》で攻撃! その時、手札から《超次元フェアリー・ホール》を唱えるよ! 《時空の喧嘩屋キル》《時空の踊り子マティーニ》をバトルゾーンへ! そしてWブレイク!」

 

 《勝利のガイアール》は既に場にいるから、追加でアタッカーを呼ぶことはできない。念のために、手札戻し対策に《キル》を、防御を固める《マティーニ》を出しておいて、帽子屋さんの残りのシールドを全部ブレイクする。

 攻撃できるクリーチャーはまだ他にもいるから、S・トリガーの一枚や二枚なら、止められないはず。

 そう、思ったけど。

 

「S・トリガー発動――《タイム・ストップン》」

 

 ベルが鳴り響く。鈴の音なんて優しいものじゃなくて、ジリリリリリ! という、喧しい、騒々しい、うるさい目覚まし時計の音だ。

 ブレイクされたシールドから出たS・トリガー。クリーチャーみたいな姿だけど、あれは、呪文……?

 

「《タイム・ストップン》の効果で、コスト6以下のクリーチャーを一体、山札の下に送る。対象は《グレンモルト》だ。龍解されるのは恐ろしいからな」

「龍解が止められた……でも! まだわたしには、《ハムカツマン》と《勝利のガイアール》が……」

「それもさせない。なぜなら、《タイム・ストップン》はスーパー・S・トリガー。自分のシールドがない時、つまり、最後のシールドとしてブレイクされた時、ボーナスが発動する」

 

 スーパー・S・トリガー。その効果は、わたしも知ってる。

 このカードにも、その効果があったんだ……!

 

「《タイム・ストップン》のボーナス発動、このターン、クリーチャーは攻撃できない」

「っ、そんな……!」

 

 攻撃できない。シンプルだけど、その効果は絶大で致命的だ。

 まだ攻撃できるクリーチャーが残ってるのに、帽子屋さんにはもう守るものがないのに、最後の一撃が通せない。

 あと一歩、なのに……!

 

「……ターン、終了だよ……」

 

 わたしは、なにもできずにターンを終えるしかなかった。

 帽子屋さんのターンが訪れる。

 

「さて、随分と長かったが、待った甲斐はあった……というより、もうこれに賭けるしかないな。待たせたな、と言うよりは、待たされたな、か」

 

 カードを弄びながら一人呟くように語る帽子屋さん。

 やがて手札のカードを一枚、切った。

 たった一枚のカードを。

 その一枚であればいいと言うように。

 それが最強札(ジョーカー)であり、切り札(ワイルドカード)であるかのように、

 

悪戯(ジョーク)のように、道化(ジョーカー)を演じる、支配者(ジョー)呪われしカードたち(カーズ)。名誉と思え。オレ様たちが紡ぐこの物語に、貴様の名を刻んでやろう」

 

 七つのマナを使って、カードを切る。

 

 

 

「Your name is――《ジョリー・ザ・ジョニー》!」

 

 

 

 銀色に輝く銃身の馬。それに騎乗するのは、赤い帽子のガンマン。

 西部劇にでも出てきそうなクリーチャーが現れた。だけど……

 

「このクリーチャー、前にも……!」

「そうだ。だが、あの時の落書きとは似ても似つかぬナイスガイさ」

 

 確かに、以前見た時は子供が描いたみたいな姿だったけど、今回のそれは、普通のクリーチャーに見える。

 銀の馬に赤い帽子、赤いジャケット、赤いスカーフ。両手に握る二挺拳銃。

 あの時と同じクリーチャー。だけれど違うクリーチャー。矛盾しているようだけど、矛盾はない。

 

「いい感じに盛り上がったな。では、そろそろこのお茶会もお開きにしよう」

 

 そう言って帽子屋さんは、命令を下す。

 不思議な理想が現実となった、銀馬の騎手に。

 

「《ジョリー・ザ・ジョニー》はスピードアタッカー、そして、マスター・W・ブレイカーの能力を持っている」

「ま、マスター……ブレイカー……?」

「登場ターンのみ、各シールドブレイクの前に、相手クリーチャーを破壊する……要するに、シールドブレイクの直前に、ブレイクする枚数だけ相手クリーチャーを破壊できる能力だ」

 

 シールドブレイク前に、ブレイク枚数分だけクリーチャーを破壊できる。《ジョリー・ザ・ジョニー》はマスター・W・ブレイカー。つまり、シールドブレイクと同時に、クリーチャーを二体も破壊できるんだ。

 強い。けど、わたしのクリーチャーは五体。Wブレイカーじゃ、いくら破壊しても全然足りない。

 相手も攻撃できるクリーチャーの数が多いけど、ブロッカーの《マティーニ》もいるし、そこまでの脅威ではない。

 まだ、この時は。

 

「ふっ、希望に満ちた少女の表情も悪くないが……すまないな。光しか見えぬ者は、愚鈍と言うのだ」

 

 そんなわたしを、帽子屋さんは嗤う。

 

「御託はここまでにしよう。《ジョリー・ザ・ジョニー》で攻撃――する時に」

 

 攻撃宣言の直後。

 帽子屋さんは、手札のカードを放った。

 銃弾を籠め、それを撃ち放つように。

 

「アタック・チャンス発動! 《破界秘伝ナッシング・ゼロ》!」

「ア、アタックチャンス……!?」

「条件を満たしたクリーチャーが攻撃する時、手札からタダで唱えられる呪文だ。《ナッシング・ゼロ》の条件は無色クリーチャーの攻撃時。ゆえに、ジョーカーズたる《ジョニー》はそのトリガーとなる」

 

 つまり、条件次第で手札からタダで唱えられる呪文なんだね。

 嫌な、予感がする。

 

「《ナッシング・ゼロ》の効果は、自身の山札の上三枚を公開し、その中の無色カードの数だけ、このターンのブレイク数を増加させる。さぁ、トップを公開だ! なにが捲れる?」

 

 カードゲームに興じるように、帽子屋さんは薄ら笑いを浮かべて山札をめくる。

 これはギャンブルだと言わんばかりの様子だけど、たぶん、これは全然ギャンブルなんかじゃなくて。

 確定された出来レース。わたしは、カモなんだ。

 

「《ヤッタレマン》! 《タイム・ストップン》! 《バレット・ザ・シルバー》! てんでバラバラなスリーカード、三枚ともジョーカー(無色)だ」

 

 捲られた三枚はすべて、真っ白な色のないカード。帽子屋さんの言う、無色カードだった。

 これで《ジョリー・ザ・ジョニー》のブレイク数は三枚増加する。

 

「これで《ジョリー・ザ・ジョニー》は五枚のシールドを撃ち抜く弾を装填したことになる。ただしその弾丸を放つ銃は、マスター・ブレイカーの性質を持つ。この意味がわかるか?」

「っ……! それって、五枚のマスター・ブレイク……!?」

「That,s right(その通り)だ、アリス。《ジョニー》のマスター・ブレイクは本来なら二枚、しかし《ナッシング・ゼロ》のブレイク数増加によって、その枚数は跳ね上がる。つまり」

 

 帽子屋さんは告げる。

 死の宣告を。

 

 

 

「貴様のクリーチャーを五体、撃ち殺す」

 

 

 カチャッ、と。

 銃口が、差し向けられる。

 

「……! そ、んな……!」

「ちなみに《ジョニー》は、場とマナゾーンにジョーカーズが五体以上存在すれば、ブロックされない。そら、シールドを五枚ブレイクだ!」

 

 撃鉄が起き上がり、引き金が引かれ、銃声が鳴り響く。

 回転式弾倉が回って、その中に溜め込んだ弾をすべて吐き出す。

 その攻撃は、回避不能、防御貫通の弾丸。

 《キル》は頭を潰された。

 《マティーニ》は胸を貫かれた。

 《ガイアール》は腹を穿たれた。

 《ハムカツマン》は胴体を吹き飛ばされた。

 《クジルマギカ》は背中を砕き散らされた。

 五発の弾丸がわたしのクリーチャーの急所を撃ち抜いて、すべて、破壊した。

 勿論、それだけじゃない。

 放たれた弾丸はすべて、クリーチャーの身体を貫通して、わたしまで届く。

 それはわたしの前に展開された五枚のシールドが守ってくれた。けれど、シールドはすべて、割れてしまう。

 木端微塵に、粉々に、粉砕される。

 弾丸を受け止めた盾はすべて砕け、わたしを守るものは、なくなった。

 後ろに控えるクリーチャーたちがわたしを狙っている。このままだと、ダイレクトアタックを受けてしまうけれど、

 

「S・トリガー! 《ドンドン吸い込むナウ》! 山札を五枚めくって《グレンモルト》を手札に! 《ヤッタレマン》を手札に戻すよ!」

 

 まだ、負けてない。

 クリーチャーは全部破壊された。シールドは全部ブレイクされた。

 だけど、ブレイクされたシールドから、S・トリガーが出て来る。

 シールドがないのは帽子屋さんも同じ。このトリガーでなんとしてでも凌げれば、まだ勝ちの目はある。

 

「もう一枚S・トリガー、《天守閣 龍帝武陣》! マナ武装を達成してるから、《パーリ騎士》と《バイナラドア》を破壊するよ!」

「凄まじいが、どうした? まだクリーチャーは三体も残ってるぞ?」

「まだまだ! 三枚目! 《目的不明の作戦》! 墓地の《龍帝武陣》をもう一度唱えるよ! 《ツタンカーネン》二体を破壊!」

 

 三枚も来てくれたトリガーのお陰で、横に並んだ五体のアタッカーはすべて、排除できた。

 これで、ダイレクトアタックは飛んでこないね。

 

「な、なんとか凌げ――」

 

 

 

 カチャッ

 

 

 

「――え?」

「悪いな、お嬢さん」

 

 ……なんで?

 意味がわからなかった。

 なんで、わたしに銃口が向けられているの?

 攻撃可能な残りのクリーチャーはすべて、除去したのに。

 

「言っただろう? まだ“三体も残っている”と。そこから二体破壊しても、足りないのだよ」

 

 帽子屋さんの場に残っているクリーチャーは、一体だけ。

 攻撃が終わった《ジョリー・ザ・ジョニー》。たったそれだけで、攻撃も終わってるのに。なんで……

 

「狂瀾怒濤の勢いでトリガーを乱射、素晴らしい。その必死な防衛には敬意を表してもいい。だが、あと一手、足りなかったな」

 

 目の前には、銃を構えた帽子屋さん。

 結末は、眼に見えていた。冷たい感覚が纏わりついている。

 今まで何度も読んだことがある、人が死ぬ物語。

 その言葉、その表現、その描写。それらを現実のものとして現した場合、こんな感じなんだろうな、と思えるような奇妙で恐ろしい感覚。

 終わりの空気が、わたしを縛り、絡め取る。

 

「元より、オレ様はこの一撃――もとい乱撃乱射にすべてを賭けていた。ダイレクトアタックを決めるつもりは、それほどなかったのでな」

「ダイレクトアタックを、決めるつもりがない……? ど、どういうこと……?」

「《ジョリー・ザ・ジョニー》の能力だ。《ジョニー》の攻撃後、場とマナにジョーカーズが五体以上存在しており、かつ相手のシールドとクリーチャーが存在しない時、エクストラウィンが発生する」

「それって……ことは……」

「《ジョニー》を退かさなければ、貴様に勝ち目はなかったということだ。もっとも、そのトリガーでは《ジョニー》を退かしたところで、横のクリーチャーがとどめを刺すだけだが」

 

 そのような終わり方は不本意だがな、と言って帽子屋さんは笑う。

 笑っている。この終わり方は不本意なものではなく、自分の望んだ結末であることに。

 

「あまり事を荒立てたくはなかったのだがな。しかし、このままではあまりにも展望が見えない。故に貴様との縁は切り捨てよう」

「な、にを……」

「“面倒になった”というのが本音。建前としては、貴様との接続が切れた聖獣が、貴様の死骸を貪りに来るかもしれないという打算だな。もう我々は、貴様の命に、存在に、固執しない」

 

 事もなげに言い放つ帽子屋さん。

 それは、不思議で奇妙で狂ったイカレ帽子屋(マッドハッター)

 彼は、弾倉を回し、銀色に光る拳銃(リボルバー)を持ち、撃鉄を降ろして、引き金に指をかける。

 

「その幼くも麗しい姿に免じて、顔を撃つのはやめよう。女性は可憐で、華麗で、純潔であるべきだ。実体がどうであろうと、内面が如何なものであろうと、その殻の美しさを欠いてはならない。故に狙うなら、こちらだな」

 

 と言って帽子屋さんは、銃口をわたしの胸に押し付ける。

 身体の中央、やや左より。

 心の臓の位置するところ。

 

さようなら、そしてありがとう(Good bye and thank you)鈴のお嬢さん(Magical Bell)。こうしてオレ様のお茶会に付き合い、話を聞いてくれて感謝する。しかして貴様はアリスにはなれなかった。はたまた、この物語に[[rb:貴様 >アリス]]の命は不要だった。ただそれだけだ。嘆くことはない。貴様の生は恥じるべきものではなかったはずだ。これはそういう運命にあったのか、巡り合わせが悪かっただけさ。そう、奇妙奇天烈、摩訶不思議。こんなイカれた物語に触れてしまった不幸だ」

 

 饒舌に、流暢に、陽気に語りかける帽子屋さん。

 なにを擁護しているのか、なにを慰めているのか、なにを諭しているのか、さっぱりわからない。

 だけど、なんとなく、この先に待ってる展開は読めました。

 たぶん――

 

「最後に言葉を交わすのが、こんなイカれた帽子屋ですまないな。せめて、安らかに終わらせてやろう。平凡なるアリスよ。最後の運命を、この一発に委ねてな――」

 

 これですべてが――

 

 

 

「――Extra win(死ね)

 

 

 

 ――おしまいです。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ――――

 …………

 ……?

 ――あれ?

 なんだろう、なんでだろう。

 身体に、まだ感覚がある。だけど、ちょっとだけふわっとした浮遊感。

 実は幽霊って、肉体感覚があるものなのかな。だけど足がなくて浮いてるから、ふわふわして……

 ……ふわふわ?

 柔らかい。そして、温かい。

 ……温かい?

 浮遊感が消えた。

 地に足をつけている感覚はないけど、自分がここに存在する感覚は持っている。

 真っ暗な世界に光が灯る。目が開いた。そういう感覚がある。

 指も、腕も、足も、鼻も、口も、動く。

 わたしの身体は動いている。

 生きて、いる……?

 

「いやー、間一髪。助かったねー」

 

 声がする。耳の奥で鼓膜が震えて、その音が言葉として、意味を与える。

 誰の声だろう。恋ちゃんや、ユーちゃんや、霜ちゃんや、みのりちゃんじゃない。

 甘くて明るくて軽い声だ。

 すぐそこから聞こえてくる声。柔らかくて、温かい。とても、安心できる。

 

「……誰だ? 貴様」

「私の名前を聞いた? そういうの待ってたよ」

 

 コホン、と咳払いしてから、名乗りを上げる。

 名乗る前に、口上があったけど。

 

「魔性の夜天に星が瞬く時、自由の獣が街に集う。無貌の黒猫は姿を隠し、月光の賛美に嘲笑う。道化を演じる色無き玩具は汽笛を鳴らし、己が存在証明を主張する」

 

 静かに、詠うよう、に言葉を、声が響く。

 とても綺麗で、澄んでいて、清らかで、その美しさに見惚れ、聞き惚れてしまいそうだった。

 ……なのに。

 急に、声を張り上げる。

 すべてを打ち壊すかのように。

 

「されど……この私はここにあり! 集会なんてクソ食らえ! 顔は隠せど身は隠さず! 色彩豊かに色を足せ! 自由気ままに豪放磊落! それこそが私! そう、私の名は――」

 

 まるで俳句がロックンロールに変わったかのような変貌を遂げた。

 あぁ、そうだ。

 この状況も、この世界も、この空気も、この人物も――

 

 

 

「――正義の味方、チェシャ猫レディ! ここに推参!」

 

 

 

 ――意味が、わかりません……なにもかも。




 何度も言っていることではありますが、今回も酷いくらい旧型のジョーカーズが出て来てしまいました。とはいえ、ジャンゴ・ニャーンズのお陰で無色ジョニーが珍しく強化されそうなのは、嬉しいですね。
 今後は、溜めに溜めて一射必滅の銃撃よりも、Jチェンジでタイミングを計って奇襲を仕掛けるようなジョニーが見られたりするのでしょうか。
 今回は前後編の前編、次回が後編です。チェシャ猫レディ、その正体は如何に……とでも言っておきましょう。
 それでは、ご意見ご感想、誤字脱字の報告等々、なにかりましたら遠慮なく気軽に送ってください。
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