しばらく不思議の国の住人とか、変な奴らによる変な話ばっかりだったのですが、今回は箸休め的な日常回です。なにをもって日常を定義するのか、微妙な感じですけど。
こんにちは! 伊勢小鈴です!
最近、クリーチャーはあんまり出て来ないのに、不思議の国の住人とか帽子屋さんなんていう変な人たちに絡まれたり、チェシャ猫レディさんっていうちょっと怪しい自称・正義の味方に助けられたりと、てんやわんやな日々を送っています。
しかし今は夏休みなんです。学生なら誰もが望んで、浮かれて、楽しむ連休です。
確かに大変なことばっかりだけれど、でも、だからって、わたしたちの楽しい夏は終わっていません。まだまだ、ずっと続くんです。まだやってないこともたくさんあるんだから。
今日は、わたしがこの夏、絶対に行きたいところの一つに、行って来るんです。
今日という今日を、わたしはずっと楽しみにしていた。毎日毎晩、この日が来るのを待ち焦がれていたほどに。
ふふふ、だからわたし、今日はとっても機嫌がいいんです。
わたしたちがどこへ行くのは、わたしが楽しみにしているものはなにか。わかりますか?
答えなくても、わたしの方から答えちゃいます。
そう、今日は、今日は――
――みんなで、パンケーキを食べるんです!
☆ ☆ ☆
「ない!? もうなくなっちゃったんですか!?」
――食べる、はずだったんです……
はず、だった、のに……
もうないだなんて……!
「きゅぅ……」
「小鈴ちゃーん!?」
「あわわわわわ! 小鈴さん! しっかりしてください!」
あまりの衝撃に、意識が遠のいていく。
そう、今日はみんなと一緒にパンケーキを――それも、夏季限定トロピカルサマーパンケーキを食べようと思っていた。
お店が空いている日時と、みんなの予定と、発売期間。これら諸々が上手く噛み合わなくて、今日、ようやくみんな一緒にパンケーキを食べられると、思っていたのに。今日を逃したらもう一生食べられないのに!
それが、ない、なんて……
わたしは今まで、なんのために生きてたんだろう……
「……こすず……無事、死亡……」
「流石に見てられないな……今日の分はもうなくなってしまった、ということですか?」
「はい……そういうことになります」
みのりちゃんとユーちゃんがわたしを
「今日は発売期間の最終日だけど、まだ午前中だ。そんなに早くなくなるものか……?」
「……なくなったものは、なくなってるわけ、だし……仕方ない、ような……」
「まあそうなんだけど。なんか引っかかるんだよ」
霜ちゃんが何気なくそう呟くと、店員さんは少し言い難そうにしながらも、おもむろに口を開いた。
「……実はつい先ほど、残りの在庫すべてを注文したお客様がいらっしゃいまして……」
「は? 在庫全部!? 一体何人分食べるつもりなんだ……?」
「お陰さまで期間限定商品の売れ行きは好調なので、午後にはなくなる勢いだったのですが……そこにとどめを刺したような形で」
「……一人いくつまで、みたいな制限とかはなかったんですか?」
「あまりに多く注文される場合は、注意することもありますが……その、店側の問題と言いますか……」
「?」
「その、ですね……あまり、強く意見できないお客様でして……」
「あー……はい。わかりました……そういうことか。スポンサー的なのか」
納得したように頷く霜ちゃん。わたしはどういうことかよくわからないけど。
「それにしても、期間限定商品を買占め、ね。まあ小鈴が絶賛するほど美味しいものらしいだし、価値のあるものならそういうこともあるんだろうけど、生菓子だよね? 転売なんてできるはずもないし、そんなに持って帰ってどうするんだか」
「あ、いえ。そのお客様は店内での召し上がりです」
「! そ……その人は……どこに行きましたか……?」
「こ、小鈴っ?」
流石にもう寝てられない。
話はよくわからないけど、わたしのこの夏最大の楽しみの一つを奪った犯人は、まだこのお店にいる。
なら、やることは一つだよ。
「に、二階のテラスに向かったようですが……」
「テラスですね、ありがとうございます!」
「ちょっと小鈴! 一体なにを――」
霜ちゃんがなにか言ってるけど、よくわからない。
今のわたしは風。今だけは、わたしは神速の足を持つ女。今この瞬間に限定して、なによりも速く疾駆する。
「うわ早っ!? ハンデのある身体とは思えない俊足だよ!?」
「こすず……リミッター、解除……」
「ユーちゃんでもあんなに早く走れません……小鈴さん! 凄いです!」
「なんて言ってる場合か! あれはどう見ても暴走だ! 早く小鈴を止めろ!」
向かうのはこのパン屋さんの二階テラス。
繁盛してるって聞いたから人が多いのかと思ったけれど、そこは意外なほど人が少なかった。
というか、一人しかいない。
長い金髪をなびかせた、どことなく大人っぽい雰囲気の女の子。
清楚なワンピースに、大きなつばのついた帽子。窓際の令嬢なんて、使い古された表現だけど、正にそんな空気がある。
ただし、目の前に置かれたパンケーキタワーがなければ、だけど。
そしてその物的証拠が、犯人を示している。
間違いない。あの人だ。わたしの
……それにしても、美味しそうだなぁ、トロピカルサマーパンケーキ。こんがり焼き上がったパンケーキの上に、琥珀みたいにキラキラと透き通ったメイプルシロップ、純白に渦巻くホイップクリーム、そして、それらを囲むようによりどりみどりなフルーツで彩られている。
うぅ、食べたい、食べたいよぉ……パンケーキが食べたいよぅ……
わたしも、覚悟を決めないと。
一度深呼吸してから、意を決して、わたしは女の子に歩み寄る。そして、呼びかけた。
「――あの」
「はい?」
女の子が食べる手を止めて、こちらに振り返る。
真っ白い肌に、スッと鼻筋の通っていて、均整のとれた整った顔立ち。
ユーちゃんとはまた違った意味で、日本人にはない華麗さを持った、とても綺麗な子だ。
その気迫に置けされそうになるけど……わ、わたしは負けないよっ。
なんとしてでも、トロピカルサマーパンケーキを手に入れて見せるんだから!
バンッ! と、自分を鼓舞するように机を叩きながら身を乗り出して、わたしは、言い放つ。
「そ、そのパンケーキ……ゆずってもらえませんかっ!?」
「…………」
女の子は、黙った。冷ややかな目でわたしを見つめている。
う、なんて厳しい目つきなの……で、わたしは負けない!
「お、お願いします! 一口だけでいいから!」
「ちょっとやめなよ小鈴! みっともない!」
いつの間にか、背後に霜ちゃんたちがいた。みんな追いついたみたいだけど、止めないでほしい。
これはわたしの人生。わたしの生きる意味なの! だから、だから……!
「……お断りですわ」
そんな、わたしの必死な願望は、一瞬で叩き落された。
「この食事は、わたくしがわたくしの力で手に入れたものですわ。なぜそれを慈善で譲らなければならないのでしょう」
「でもさぁ。それって数量限定で、一度に買える数も制限されてるよねぇ」
「実子もやめなよ……言ってることは正論だけど、こんなところで事を荒立てるな」
「そういった制約も含めてわたくしは“自分の力で手に入れた”と言っているのです。そんなこともわからないのですか?」
「……ムッカ」
みのりちゃんが額に青筋を浮かべている。
どこか冷たい態度の女の子。一瞬で剣呑な雰囲気になったこの場で、おずおずとユーちゃんが顔を覗かせた。
「え、えっと、ユーちゃんも気になってるんですけど……そんなにたくさん、食べられるんですか……?」
「愚問ですわね。こんなにも美味なものですもの、満足するまで食べるに決まっているでしょう」
「……微妙に、会話が成立、してない……」
「用が済みましたら、庶民の皆さんは下がってくださいます? 食事の邪魔です」
「そ、そこをなんとか……!」
「小鈴はもう下手に出るのやめなよ。友人としてそれは恥ずかしいから……」
霜ちゃんに羽交い絞めにされ、引きずられるように引き離される。
あうぅ、止めないで! あそこに! あそこにわたしの夢が待ってるんだから……!
と、テラスの外まで連行されそうなところで、空からパタパタと、見覚えのある影が飛んできた。
あ、あれは……!
「小鈴!」
「鳥さん! なんか久しぶりだね」
「例の鳥か……今、取り込み中なんだけど……もしくは、君も小鈴の暴走を止めてくれると嬉しい……」
「……いや、でも……この焼き鳥が来た、ってことは……」
ぼそりと恋ちゃんが呟く。
そして、
「クリーチャーだよ! というか、今まさに、あの少女に憑りついてる!」
な、なんだってー!
「なんてグッドなタイミング! 小鈴ちゃん! この女ボコれば万事解決だよ!」
「なんて物騒な……」
「そうなの!? ボコればいいの!?」
「小鈴まで……今日の君はなんかおかしいよ。目を覚ませ」
「彼女はクリーチャーに憑かれてるみたいだし、あの暴食も、そのせいかもね。クリーチャーを取り払うことができれば、収まるはずだよ」
「……なんか、想像、つくけど……なにが、憑りついてる……?」
「それは見ればわかるよ。ほら、見てごらん。彼女に憑りついたクリーチャーを」
鳥さんに言われて、目を凝らす。意識を集中させる。
じぃっと、一心不乱にパンケーキを食べる女の子を凝視する。
……うぅ、美味しそうだよ……わたしも食べたいよ……羨ましいよ……
と思いながら見てると、浮かび上がってきた。
猫なのか犬なのか兎なのかわからないけど、獣っぽいクリーチャーだ。
ただ、頭に大きな赤いリボン。金髪の縦ロール? みたいな髪の毛があって、煌びやかな服を着ている。
その姿は、まるで貴族。お姫さまみたいだ。
「《優雅なアントワネット》……ジャイアントと同盟を結んだ、ドリームメイトの貴族クリーチャーだね」
《アントワネット》。なんだか、ワガママそうなぁ名前のクリーチャーだなぁ。
鳥さんは当然のように、さり気なくわたしを例の衣装にさせるし。うん、やっぱり恥ずかしい。今はわたしたちとあの子以外、誰もいないけど、誰かきたら一発でアウトだ。
でもそんなことは今は関係ない。
だってこれは
多少の恥ずかしさは我慢して、もう一度、あの女の子の下へと行く。
女の子はまたわたしを冷ややかな視線で迎えたけど、わたしの視線の先に気付くと、少しだけ驚いたように口を開いた。
「あら、貴女……“わたくし”が見えるのですか?」
それは、女の子が告げた言葉。
なのに、お姫様のクリーチャーが言ったみたいな感じだったよ……?
今までクリーチャーに憑りつかれた人は、そのクリーチャーの性質に合わせた行動を取っていただけで、クリーチャーの意識はなかった。
でも、この子は違う。
人間の女の子の身体で、クリーチャーの意識がある。
「宿主とクリーチャーが同調してる……? 完全同調でないにしろ、目的の指向性が合致してるのか?」
「どういうこと?」
「どうもこの少女とこのクリーチャーは、気が合うらしいね。恐らく無意識なんだろうけど、お互いがお互いを許し合って、肉体と精神を共有している。憑依というよりは、同調、調和……同居? なんていうか、混じり合っている」
「うーん……? よくわかんないや」
なんだかすごく大事で重要なことっぽいけど、今のわたしにとって大事なのはそういうことじゃない。
わたしにとって大事なのは、これが、わたしの
「貴女が何者かは存じ上げませんが……わたくしの食事を邪魔するということが、どれほどのことか、おわかりでして?」
「そんなの知らないよ! そんなことより、わたしの
「だからこれは、わたくしが実力で手に入れたものだと言っているでしょうに……あぁ、しかし、あなたも実力で奪い取るというのなら、そのように。それなりの対応をさせて頂きますわ」
女の子は、ポケットからデッキを取り出した。
あ、この子もデュエマするんだ。クリーチャーに憑りつかれてるとか関係なく。
でも、向こうがやる気なら、手っ取り早くていいね。
それじゃあ、始めよう。
わたしの
☆ ☆ ☆
「《熱湯グレンニャー》を召喚! 一枚ドローして、ターン終了!」
「わたくしのターン、《電脳鎧冑アナリス》を召喚しますわ。このクリーチャー自身を破壊することで、マナブーストかドローが行えますが、ここはマナブーストを選択。ターンエンドですわ」
ターン2
小鈴
場:《グレンニャー》
盾:5
マナ:2
手札:4
墓地:0
山札:28
アントワネット
場:なし
盾:5
マナ:3
手札:4
墓地:1
山札:27
わたしと、お嬢さま……お姫さま? なんでもいいけど、わたしの
わたしは《グレンニャー》で手札補充。相手は、マナを増やしてきた。
マナゾーンを見た感じ、水と火、そして自然のカードが見える。なにをするデッキなのかな……?
「わたしのターン! 2マナで《エール・ライフ》! こっちもマナを増やすよ! ターン終了!」
「わたくしのターン。マナチャージして、これで4マナですわね。それではおいでませ、《優雅なアントワネット》!」
! 来た。
お姫さまに憑りついたクリーチャー、その、お姫さま自身が。
『これでわたくしはターンエンドですわ』
ターン3
小鈴
場:《グレンニャー》
盾:5
マナ:4
手札:3
墓地:1
山札:26
アントワネット
場:《アントワネット》
盾:5
マナ:4
手札:3
墓地:1
山札:26
相手のデッキの核になってそうなクリーチャーが出て来たし、除去したり、ここから攻めたりしたいけど……
「わたしのターン……うぅ、手札があんまりよくないなぁ。《グレンニャー》を召喚してドロー、《ハムカツマン》を召喚してマナを増やすよ! これでターン終了……」
今のわたしにできるのは、手札を増やしてマナを伸ばすことだけ。
ここで勢いに乗れないのは、ちょっとまずいような……
『それでは、わたくしのターンですわね』
たたらを踏むわたしをあざ笑うかのように、お姫さまは笑みを浮かべた。
『《優雅なアントワネット》の能力で、わたくしの召喚するジャイアントのコストが3軽減されますわ。それによって1マナで、《
ってことは、ジャイアントのコストは5も少なくなるの!? それって反則じゃない!?
なんて思ったけど、
『そしてこの時、《優雅なアントワネット》の能力発動。わたくしのジャイアントが場に出たので、《優雅なアントワネット》をマナゾーンへ送りますわ』
「あ、マナに行っちゃうんだ……」
ってことは、使い捨てのコスト軽減なんだね。よかった……
と、安心したのも束の間。
わたしはまだ、この後に待ち受ける悲劇を知らなかったから、こんな余裕ぶったことが言えたんだ。
「続けて《
今度は、山のように巨大な鯛焼きを頬張る巨人が現れた。あれもおいしそう……
なんて思っていたのも束の間。こぼれたあんこがマナゾーンに落ちる。すると、マナに新しい力が注ぎ込まれ、アンタップした。
「さっき使ったマナが全部起き上がった……!?」
登場時にマナをアンタップするなんて、そんなクリーチャーもいるんだ……
でも、もう手札は一枚だけだから、それ以上クリーチャーが出て来ることはないはず……
「手札が一枚なら展開できない、そうお思いでしょうか?」
「!」
「そんな甘い話はなくってよ。この一枚が、無限の巨人を生むのですから! わたくしのバトルゾーンにジャイアントが二体、シンパシーでコストを2軽減、《西南の超人》の能力でさらに2コスト軽減、4マナで《剛撃戦攻ドルゲーザ》を召喚ですわ!」
さっきから巨人のようなクリーチャーが出てくるけど、このクリーチャーはそんなレベルじゃなかった。
下半身が、大地を喰らう化け物。上半身は、筋骨隆々の益荒男。
巨人は巨人でも、迫力が段違いだよ……!
「《ドルゲーザ》の能力発動ですわ! まず、アースイーターの数だけドロー。アースイーターは《ドルゲーザ》だけなので、一枚だけですわね」
でも、やることはドローだけ? なんか地味だなぁ。
と思うわたしだけど、やっぱりその考えは、すぐに打ち砕かれる。
そのたびに、自分の浅はかさを実感する。
「次にジャイアントの数だけドローですわ! わたくしのジャイアントは《西南の超人》《鯛焼の超人》《ドルゲーザ》の三体! よって三枚ドロー!」
「え、え? ご、合計で四枚ドロー!?」
マナこそ結構使ってるけど、さっき消費した手札が瞬く間に戻ってしまう。
しかも、まだ終わらない。
「あら、とてもいい引きですわね。では、2マナで《鯛焼の超人》を召喚、マナを4枚アンタップですわ」
「ま、また!?」
「さらに《西南の超人》を召喚し、続けて《鯛焼の超人》ですわ! マナを4枚アンタップ!」
ぜ、全然マナが減らないんだけど……減らないっていうか、使っても使っても、何度も起き上って、何度もマナを使ってる……
こんな相手、初めてだよ……!
「そして、シンパシーと《西南の超人》でコストを軽減! 2マナで《ドルゲーザ》を召喚ですわ!」
「に、二体目っ!?」
「アースイーターは二体! ジャイアントは七体! よって合計で九枚ドローしますわ!」
さっき引いた枚数の二倍以上。展開すればするほど、《ドルゲーザ》はコストが軽くなって、ドロー枚数も増える。並べれば並べるほど、強くなるんだ。
「これだけ引けば、なんでも手に入りますわ! つまり、なんでもできますわ!」
「で、でも、マナは流石にいつか尽きるんじゃ……」
「あら、ではおかわりいたしましょうか? 《鯛焼の超人》を召喚、マナを4枚アンタップ。さらに《西南の超人》二体でコストを4軽減、3マナ《
また
今度は、何枚にも重ねられた巨大なパンケーキを貪り食らう巨人だ。
……おいしそう。いいなぁ……トロピカルサマーパンケーキ食べたい……食べたいなぁ……
「《甘味の超人》の能力で、マナゾーンにあるジャイアント、ドリームメイトをすべてアンタップしますわ! マナの《クロック》以外をすべてアンタップ!」
「っ、またマナが復活した……!? 何回マナを使う気なの!?」
「そんなの、わたくしの気が済むまでに決まっているでしょう? 2マナで《アナリス》を召喚、破壊してマナを増やしますわ」
おまけのようにマナを増やしてから、お姫さまは言う。
横一列に並んだ巨人たちをひとりずつ、指さし確認しながら。
「さて、わたくしの場には今、ジャイアントが四体以上、存在しますわね」
「え? う、うん……」
「それでは、G・ゼロ発動ですわ! 《鯛焼の超人》を進化!」
もくもくと、白煙が立ち込める。
その煙で目が眩む、視界が遮られる。
一体、あの煙の中で、なにが……?
「おいでませ! 《
煙が晴れた時、そこには、巨大な影が渦巻いていた。
タイヤキを頬張っていた巨人はそこにはいなくて、代わりに、《ドルゲーザ》に似た巨人……というか、おっきな忍者がいた。
下半身は大地を喰らう巨大な怪物。そこから無数の触手が伸びている。
上半身は《ドルゲーザ》と比べると細身だけど、引き締まった頑強な肉体。腕と肩から刃、首には赤い巻布、覆面。
そして、背中に差した長大な刀。
怪物なのか、巨人なのか、忍者なのか、侍なのか。
なんだかハッキリしないけど、すごく、強い力を持つクリーチャーっていうことだけはわかるよ……!
「《ドルゲユキムラ》の能力発動ですわ! マナゾーンから《甘味の超人》と《ドルゲユキムラ》を回収! その後、手札の《アナリス》《アントワネット》《罠の超人》をタップしてマナに置きますわ!」
巨人忍者さんは、大地を割り砕いて、マナに埋まってるクリーチャーを掘り起こす。
同時にお姫さまが、手札のカードをマナに埋め直した。
G・ゼロでタダで出て来る上に、手札とマナのカードを入れ替えられるんだ……でも、タップして置かれるならよかったよ。また再利用されると困っちゃうからね。
……ん? 再利用……あ!
「そして3マナ、《甘味の超人》! さぁ、何度でもマナを頂きますわよ!」
そうだった、お姫さまは《甘味の超人》を回収してたんだ……!
つまり、また“マナが起き上がる”。
「2マナで《アナリス》を召喚、破壊してドローですわ! 次に2マナで《フェアリー・ライフ》! マナを増やして、1マナで《西南の超人》! G・ゼロで《ドルゲユキムラ》を、《鯛焼の超人》から進化ですわ!」
「ターンが、終わらない……!」
展開、ドロー、マナをアンタップ。
やってることは単純だけど、それを何度も何度も繰り返すことで、莫大な戦力を整えている。
わたしのターンが、全然回ってこない。
「さて……回収は《焼菓子の超人》、そして《ドルゲユキムラ》でいいですわね。G・ゼロで《ドルゲユキムラ》を召喚、《鯛焼の超人》から進化ですわ。そして2マナで《
三体目の《ドルゲユキムラ》に、マカロンを食べてる巨人が出て来たところで、遂に打ち止め。
もう数えるのもバカらしくなるくらい、お姫さまのバトルゾーンには大量の巨人が並んでいる。
これ、次のターンでなんとかできるのかな……って思ったけど、
「《焼菓子の超人》が存在する限り、わたくしのジャイアントはすべて、スピードアタッカーになりますわ!」
「っ、このターンに攻撃してくるってこと……!?」
「それだけではありませんわ。《甘味の超人》の能力で、わたくしのコスト7以上のジャイアントはパワーが5000アップし、シールドを追加で一つブレイクするのですわ! 《西南の超人》はセイバーを持っていますから、破壊しようとしても無駄ですわよ?」
お姫さまは、このターンで決める気だ。
ジャイアントたちはすべてスピードアタッカーだし、《ドルゲユキムラ》も進化クリーチャー。
パワーもブレイク数も上がってるから、当然、わたしにとどめを刺すことなんて簡単だ。
この数、何枚のS・トリガーで止めきれるの……!?
「チェックメイトですわよ! 《ドルゲユキムラ》で攻撃! シールドブレイク数は、《甘味の超人》二体の能力で二枚追加! つまり、五枚ブレイクですわ!」
《ドルゲユキムラ》の長大な忍者刀が振るわれる。
その一薙ぎで、わたしのシールドはすべて切り払われてしまう。
「っ! トリガーは……!?」
これだけ攻撃できるクリーチャーが並んでても、《クロック》が一枚でもあれば攻撃は止められる。
そんな一縷の望みに託して、シールドを確認するけど、
(S・トリガーはこれだけ……ダメ、止めきれない……!)
S・トリガーはたった二枚だけ。《クロック》もないから、止められない。
これじゃあ、どう頑張っても二体までしかクリーチャーを退かせられない。《焼菓子の超人》と《ドルゲユキムラ》を退かしても、もう一体《ドルゲユキムラ》が残ってる。
せめて《クロック》がトリガーしてくれれば、なんとかなったんだけど……
(……いや、待って。もしかして、これは……)
……耐えたところで、後に続くかわからないけれど。
やるしかないよね。
「……S・トリガーだよ!」
「あら、ここでトリガーということは、《クロック》でしょうか?」
「いいや、違うけど、間違ってないかも」
「?」
「わたしのトリガーはこれだけだよ……まずは《目的不明の作戦》。墓地の《エール・ライフ》を唱えるよ」
「ただのマナブーストでは、なにもできませんわよ?」
「そうだね。だけど、本命はこっちだよ」
マナブーストはあくまでも、次のターンのための保険。
これで、このターンの攻撃を止めて見せる。
「S・トリガー! 《父なる大地》!」
「除去トリガーですが、それ一枚では止められなくってよ?」
「ううん、止めてみせるよ。まずは、あなたの《焼菓子の超人》をマナに送るよ」
これでジャイアントのスピードアタッカー化がなくなるけど、《ドルゲユキムラ》が残ってるから、これだけじゃ意味はない。
《クロック》がトリガーしなくて、正直かなり焦ったけど。
このターンの攻撃を止めるだけなら、別に、“わたしのカードじゃなくてもいいんだ”。
「そして、あなたのマナから《クロック》をバトルゾーンへ!」
「あ……っ」
《クロック》の能力は、バトルゾーンに出た瞬間、そのターンの残りをすべて飛ばすというもの。
自分のターンに出せば、当然そのターンの召喚も、攻撃も、すべてが終わってしまう。
自分のカードだからって、不都合なことはなかったことにはできないんだ。だからこうやって、相手のマナから引っ張り出せば、強制的にターンを飛ばせる!
「《クロック》の能力で、あなたのターンはおしまいだよ!」
「くっ、わたくしのカードで攻撃を止めるだなんて、姑息で小賢しい真似を……!」
「わたしのパンケーキを奪って独り占めしてる人に言われたくないもん! お返しだよ!」
ターン4
小鈴
場:《グレンニャー》×2《ハムカツマン》
盾:0
マナ:7
手札:5
墓地:2
山札:23
アントワネット
場:《ドルゲユキムラ》×3《西南の超人》×3《ドルゲーザ》×2《甘味の超人》×2《クロック》
盾:5
マナ:7
手札:0
墓地:4
山札:9
やっと返ってきたわたしのターン。
デュエマが始まったばかりのようで、すごい長い時間が経ったような気もする。
「くっ……いいえ、落ち着きなさい、わたくし。《父なる大地》には少々驚きましたが、わたくしのシールドはまだ五枚もあります。このターンでとどめが刺せるとお思いでして?」
「当然! わたしの
とりあえず、クリーチャーを揃えないと。このターンで攻め切るだけの、攻撃手を。
足りない打点は三つ。Tブレイカーが一体新しく出ないとダメだけど、これだけマナがあれば、そのくらいは簡単に用意できる。このデッキならね。
「マナチャージ! 3マナで《ハムカツマン》を召喚! さらに《龍覇 グレンモルト》も召喚! 《ガイハート》を装備!」
これでクリーチャーは揃った。わたしの攻撃できるクリーチャーは、《グレンニャー》と《ハムカツマン》が二体ずつ、そして《グレンモルト》。
S・トリガーさえなければ、押し切れる!
「さぁ、行くよ。《グレンモルト》でシールドをブレイク!」
「トリガーは……ありませんわね」
「よしっ、続けて《ハムカツマン》でブレイク!」
「S・トリガー!」
「っ!?」
ま、まずいよ……まだ龍解できてないのに、ここで《グレンモルト》が除去されたら、龍解できなくなっちゃう……!
と焦ったけど、
「……ですが、《フェアリー・ライフ》ですわ……マナを増やしますわ……」
「あ、危なかったぁ……とにかく、ここで《ガイハート》の龍解条件達成! 龍解だよ! 《熱血星龍 ガイギンガ》!」
S・トリガーはマナを増やすだけの《ファリー・ライフ》。それなら《グレンモルト》は破壊されない。
とりあえず、龍解まではできた。これで、本当の意味で、とどめを刺すだけのクリーチャーが揃ったよ。
「龍解したから、パワー7000以下の《西南の超人》を破壊! 《ガイギンガ》でWブレイク!」
「ここでもS・トリガーですわね。しかし、また《フェアリー・ライフ》とは……」
なかなかいいトリガーが引けず、苦しそうな表情を見せるお姫さま。
わたしの攻撃できるクリーチャーは、残るは《グレンニャー》二体と《ハムカツマン》。残りシールド一枚のお姫様を倒すには十分だよ。
……ただ、わたしが生き残るきっかけになった《クロック》が、懸念材料だけど。
《クロック》がS・トリガーで出ちゃったら、問答無用で攻撃が止められて、わたしの負けになっちゃう。
もう出ないことを祈って攻撃するしかないんだけど……お願い! 出ないで……!
「《ハムカツマン》で最後のシールドをブレイク!」
「っ、S・トリガー……!」
うぅ、またS・トリガーかぁ……!
流石にもう《フェアリー・ライフ》は望めない。もし《クロック》か、もしくはわたしのクリーチャーを二体以上除去できるカードだったら……!
「……《
と、わたしの焦燥も、杞憂に終わる。
罠を張る巨人は《グレンニャー》をマナに送ったけど、わたしにはまだもう一体、《グレンニャー》が残っている。
かなり冷や冷やしたけど、なんとかなった。
あとはもう、ちょっと乱暴だけど、思い切り殴りつけるだけだね!
「これでとどめだよ! 覚悟してよね!」
「っ……! ちょ、ちょっとお待ちくださいませ! 貴女方に無礼を働いたことは謝罪しますわ! その、わ、わたくしはただ、人間界の美味しいお菓子を食したかっただけで……悪意があったわけでは……!」
「問答無用! それに、あなたは一つ、勘違いしてるよ!」
この際だから、教えてあげるよ、お姫さま。
わたしがずっと大切にしていること。
わたしたちの、ルールを。
「おししいものはみんなと食べる! 独り占めしない! それがわたしの、わたしたち人間のルールだよ! それを守れないお行儀の悪い人がわたしの
「っ……!」
さぁ、これで本当の本当にとどめだよ!
帰ってきて、わたしの
「《熱湯グレンニャー》で、ダイレクトアタック!」
☆ ☆ ☆
「――あれ……わたくしは、なにを……?」
対戦が終わってすぐ、女の子は目を覚ました。
思ったより早かったなぁ。その間に鳥さんが引きはがしたクリーチャーを食べたり、わたしの格好を戻したりしてたけど、ギリギリだった。
とりあえず、クリーチャーのことは基本的に秘密だし、この子がどこまで覚えているかを確認しなきゃいけないんだけど、なんて言ったらいいのかな……
すると、霜ちゃんが女の子に呼びかける。
「大丈夫かい? なにがあったか、覚えてる?」
「なにが……わたくしは……お屋敷を抜け出して、日本のスイーツとやらを食してみたいと思い、それで……それで……」
……この子も、あのお姫さまと同じような理由で動いてたんだ。
鳥さんは同調とか、気が合ってたとか言ってたけど、そういうことなの?
「……ごめんなさい。よく覚えてませんわ。そもそも、ここはどこなんでしょう?」
「洋菓子店、かな?」
「違うよ! パン屋さんだよ! パンケーキがあるんだから!」
「……パン屋だよ」
「パン屋……うぅん、覚えてませんわね。わたくしの口に合いそうなお店を探しているところまでは覚えているのですが……」
どうもこの子は、クリーチャーのことを覚えてないみたい。
それはよかったよ。あんまり、こういうことに関係ない人を巻き込みたくないからね。
「ところで、貴女方は……?」
「通りすがりの客だよ。君がここで倒れているのが見えて、ついさっき慌てて駆け寄ってきた。でも、大事なさそうでよかったよ」
「はぁ、わたくしが倒れて……」
「貧血とかじゃないかな? あれだったら、店員さんとか救急車とか呼ぶけど」
「いいえ、結構ですわ。いざとなれば使いの者に連絡しますので……それより、貴女方には迷惑をかけてしまったようですわね。申し訳ありません」
さっきまでの傲慢な態度が嘘のように、素直に頭を下げる女の子。
あれはクリーチャーが憑りついてたせいで、本当は優しい素直な子なのかな。
「うん、その点は別に構わないよ。ボクらも特になにかしたわけではないし……ただ」
「ただ?」
「君が注文したと思しきアレだけは、なんとかするべきだと思う」
「アレ……?」
そう言って霜ちゃんが指差したのは、わたしの
だいぶ一人で食べたみたいだけど、まだ何人分か残ってる。おいしそう。
「……あのタワーのようなものはなんでしょう?」
「パンケーキだ」
「違うよ! 期間限定トロピカルサマーパンケーキだよ!」
「……期間限定トロピカルサマーパンケーキだ」
「はぁ、パンケーキ……」
自分で注文したことも覚えてない様子。自分の注文も忘れてものを食べるのはちょっとお説教ものだけど、クリーチャーに憑かれてたわけだし、そこは情状酌量の余地ありってことで、見逃すよ。
「……わたくし、流石にあの量のパンケーキをすべて食べきるのは、無理なのですが……」
「そこで提案というか、お願いなんだけど」
「お願い?」
「あ、あのっ! そのパンケーキ! ゆずってもらえませんか!? お代は払いますから!」
隣で霜ちゃんが呆れたような溜息が聞こえた気がするけど、気にしない。
だって、これがわたしの目標で、わたしが戦った意味だもん。
みっともないと言われようと、醜いと蔑まれようと、意地汚いと罵られようと、諦められるわけがない。
絶対に、掴み取るんだ。
わたしが力を込めて、熱も込めて、縋るように女の子を見つめる。
女の子は戸惑うように瞳を揺らしてたけど、やがて、
「……どうぞ。構いませんわ。あるだけご自由にどうぞ」
「あ、ありがとう!」
「あぁ、お金は結構ですわ。よく覚えていませんが、貴女方には迷惑をかけてしまたようですし……そのお詫びということで」
静かに言う女の子。冷たい態度だったのは、やっぱりクリーチャーの影響だったのかな。根はとてもいい子みたい。
「やっぱり、クリーチャーに憑かれていいことなんてないんだね……わたし、それを実感したよ……」
「なんだろう。凄く成長してる感出てるのに、この腑に落ちないもどかしさは……」
「……わたくしは帰ります。その……本日はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでしたわ。そして、ありがとうございました……それでは」
あ……
女の子はそそくさとテラスから出て行ってしまった。
うーん、同じ外国人でも、ユーちゃんとはだいぶ違う子だったなぁ。
冷徹な態度はクリーチャーのせいみたいだし、悪い子ではないみたいんだろうけど。
でも……もう、会うことはないかな。なんだか、ちょっともやもやする。
……だけど、今は、ちょっと自分の欲望に忠実になろう。
流石にもう、我慢が利かない。
「やったぁー! みのりちゃん! 恋ちゃん! ユーちゃんに霜ちゃん! 期間限定トロピカルサマーパンケーキだよ! みんなで食べよう! おいしそう……!」
「Ja! ユーちゃんもお腹ペコリンです!」
「……やれやれ。ここまで随分と遠回りしたな」
「まったく……その通り……」
「私は小鈴ちゃんが楽しそうだし、それで満足かな。昼代も浮いたしね!」
周りに人がいないことをいいことに、ちょっとだけはしゃぎすぎた真夏のある日。
家に帰ってから、今日のことを思い出したら――恥ずかしさで死にそうになったのはいい思い出です。
果たしてクリーチャーの事件が起きるのは、日常回と言えるのか。というより、最も狂っていたのは暴徒と化した暴走小鈴だったような気もしますが、雰囲気がライトなら日常回でしょう。
また相手のデッキはわりとスタンダードなジャイアントの種族デッキです。正直《アントワネット》はいらない。ジャイアントで固める方が強いと思います。
ジャイアントと言えば、クロニクルデッキでシノビドルゲとして復活しましたが、ジャイアントの種族で固めると、防御力を捨てる代わりに異常なまでの展開力と攻撃力を叩き出せるのが楽しいです。
それでは今回はこれにて。次回もまた日常回っぽく、そして前々から予定していた大会編です。
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