こんにちは、伊勢小鈴です。
実は、今日は制服を着て学校に来ています。夏休みが終わったわけじゃないですよ? 恋ちゃんやユーちゃんの宿題より早く夏休みが終わったら困ります。
図書室や自習室を使うわけでもありません。今日はみんな、学校に来ています。
というのも、今日は特別登校日と言って、簡単に言うと「夏休み中だけど生徒が集まる必要があるから登校日にしている」日なんです。
じゃあその、生徒が集まる必要性とはなにか、ということですけども、これはわたしたちの学校の学校行事――林間学校のための準備です。
烏ヶ森学園では、夏休み終盤に林間学校――要するに、外泊する校外学習があります。学校が保有している大きな合宿施設で、ハイキングとかをするみたいですけど、一説には、夏休みの宿題が終わらない生徒への救済措置、という名の強制学習という噂も聞いたけど……恋ちゃんとユーちゃんは大丈夫かな……
それで、その林間学校のための準備――当日の流れや持ち物、班分けの確認。緊急時の対応の確認など、要するに確認作業――をする日が、今日というわけです。
そういう理由もあって、今日は授業とかはない。午前中で終わりなんだよね。そこは嬉しいところだよ。
だから、もしわたしに、ほんのちょっとでも憂鬱だと思えるものがあるのだとすれば、それは――
「――来週はいよいよ、2泊3日の林間学校です。もうすぐ夏休みも終わりということで、皆さんには夏休み中に緩んでしまった気を、ここで引き締めてもらいたいと思います。また、三年生の皆さんには来年に控えた高等部へ進級するということを、二年生の皆さんには上級生となったことを、一年生の皆さんには烏ヶ森学園の一員になったことを、それぞれ自覚してもらいたいと思います」
この、全校集会の時間くらいかな。
体育館に集められて、いわゆる校長先生の眠い話とか、教頭先生の退屈な話とか、生徒指導の先生の耳が痛い話とかを聞く恒例イベントなんだけど……その中の一つが、ちょっとね……
「相変わらず威風堂々って感じだねー」
背後から耳打ちされる。みのりちゃんだ。
集会は男女それぞれの出席番号順――つまり五十音順で並んでいるから、みのりちゃんはちょうどわたしの真後ろになる。ちなみにわたしの前には二人ほどいるよ。
みのりちゃんが言っているのは、今正に朝礼台の上で話をしている人――生徒会長さんのことを指しているんだろう。
「なんかさー、顔とかは似てるし、あぁ、姉妹だなぁっていうのは納得なんだけど、こういうところ見ると全然違うなぁ、って思うよね――小鈴ちゃんの、お姉さん」
「うん、そうだね。すごいよね」
そうなんです。わたしのお姉ちゃん、生徒会長さんなんです。
お姉ちゃんは、全校生徒に教職員の人たちを前にしても、まったく物怖じせずにハキハキと話している。詰まることも、どもることも、噛むこともなく、完璧にその使命をこなしている。
ありきたりで月並みなプロフィールだけど、わたしのお姉ちゃんは、成績はいつもトップクラス、運動神経抜群、生徒教師問わず人望にも厚くて、なんでもできるすごいお姉ちゃんなんです。
このお姉ちゃんの存在があったから、生徒会長さんっていうのはなんでもできる完璧で万能な人っていうイメージがついてて、ライトノベルとかでよく見る完璧超人な生徒会長さんがほとんどフィクションだってみのりちゃんに教えてもらった時、すごく衝撃を受けたのはいい思い出です。
そう。わたしとは出来が違う。すごく、優秀なお姉ちゃんなんです。
「そういえば小鈴ちゃんってお姉さんの話はまったくしないけど……仲悪いの?」
「ううん、そんなことないよ? お姉ちゃん、最近は生徒会長さんのお仕事で忙しいけど、昔はよく一緒に遊んだもん」
どころか、友達がいなかったわたしの、唯一の遊び相手がお姉ちゃんだったってくらいには、お姉ちゃんとはよく遊んでた。
今でもたまに一緒にお出かけするし、霜ちゃんのコーディネート講座があるまでは、お姉ちゃんに服を選んでもらってたしね。
それに、わたしがこの学校に入ったのは、お姉ちゃんの影響が少なからずある。それくらいには、お姉ちゃんのことは好きだし尊敬してる。
……だけど。
「お姉ちゃんは、わたしには……すごすぎるんだよね」
あまりにお姉ちゃんは完璧で、完全で、すごくて。
これもまた月並みでありふれた、平凡な感情なんだろうけど……比べちゃう、よね。どうしても。
尊敬の気持ちがある反面、お姉ちゃんとの差はわたしのコンプレックスの一つでもあった。実際に、小学校では比べられることも多々あったしね。
だから、こうわたしよりすごいところをこうまじまじと見せつけられると……ちょっと、複雑な気持ちになる。
特にこういう集会とかの場だと、お姉ちゃんは絶対に壇上に上がるから、中学に上がってからは、そんな気持ちを刺激される機会も増えた。
イヤ、なわけではない。わたしだってお姉ちゃんのことは大好きだし、お姉ちゃんが頑張ってるところを見るのは嬉しい。けれど、それによって、わたしのダメなところを自覚させられてしまうから。
だからこの時間は、憂鬱なのだ。拒絶はできないけど、触れたくないような、もやもやしてて、チクチクする感覚が、ずっと付きまとっている。
「ふぅーん……小鈴ちゃんにもそういうとこ、あるんだね」
意外そうに言うみのりちゃん。
わたしはお姉ちゃんほどできた人間じゃない。薄暗い気持ちも、汚い感情もある。
ちょっと、幻滅させちゃったかな……
と思ったら、急に後ろから抱きすくめられた。
「み、みのりちゃん……っ?」
「まー安心しなよ。いくらお姉さんが凄くても、私は小鈴ちゃんの方が好きだから」
「別に、そんな心配はしてないけど……」
「私は一人っ子だから、そういう妬いちゃう気持ちってあんまわかんないけど、そんなの気にしないでさ。小鈴ちゃんは小鈴ちゃんらしく、小鈴ちゃんのままでいてよ」
「みのりちゃん……」
「それに小鈴ちゃん、それでもお姉さんのこと大好きなんでしょ? 私はお姉さんのことは知らないけどさ、悪を知りながらも他人を善性で受け入れる小鈴ちゃんは、凄いと思うよ」
う、うーん? そうなのかな? あんまり意識したことないけど。
他人を受け入れること。それは、そんなに特別なのかな。
そりゃあ、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから、否定することなんてできない。
わたしは、当たり前のことを当たり前にしているだけのつもりだし、当たり前のことは当たり前であるだけだと思っている。
だから、当たり前じゃないことでもできるお姉ちゃんや、みんながすごいと思う。
ただ、それだけなんだけどなぁ。
なんて思ってたら、お姉ちゃんが一礼して、壇上から降りていく。
みのりちゃんとお話している間に、話し終えてしまったみたい。
最後に、終わりを告げるための放送が響く。
わたしの憂鬱な時間が、終わりました。
『以上、生徒会長、
☆ ☆ ☆
「やっと終わったーぁ!」
「意外と時間かかったね」
今日のすべての工程が終了しました。授業がないから楽だと思ってたけど、緊急時の対応とか、急病時の対応とか、思ったよりもすることが多くて、結構大変だったよ。
「……だる」
「だねー。こんなことに大して意味なんてないだろうに」
「そんなことはないけれど、もっと効率化して楽にできそうな気はするな」
「そーんなことよりもさー、早くお昼にして、どっか行くこーよ」
「ならユーちゃん、ワンダーランド行きたいです!」
「結局行き着くのはそこか。夏休みの間だけで、何度あそこに集まったことか……年頃の女子として、カードショップを溜まり場にするのはどうなんだ?」
「ま、私らの趣味からして集まりやすいとこだからねー、仕方ないね」
「……それより……おなか、すいた……」
「じゃあ、ちょっと寄り道になるけど、ワンダーランドに行く途中のパン屋さんに行こうよ! お手頃価格でおいしいパンがいっぱい食べられるよ!」
「小鈴のパン狂いも、顕著になってきたな……」
呆れたように霜ちゃんが首を振ってる。パン狂いって、そこまでおかしくないよ。普通だよ。たぶん。
それに、やっぱりおいしいものはみんなで共有したいもんね。わたしは色んなパンのおいしさを知ってもらいたいだけだよ。
みんなにパン屋さんを紹介する機会なんて、普段はなかなかないし、こういう時に売り込んでいかないとね!
「みんな、早く行こっ」
「……なんか、こすず……やたら、テンション上がってる……?」
「そんなに急がなくても。せめてもうちょっと前を見るべき――」
と、霜ちゃんの諫言が聞こえた、その直後。
ちょうどC組の前を通った時。すぐそこの扉が、ガラガラと音を立てて開いた。
いつもより軽快に足を運ぶわたしは、止まれませんでした。
ドンッ
「きゃっ!」
「あぅ……っ」
と、ぶつかった衝撃が伝わってくる。
その勢いで、わたしも、そして相手の人も尻餅をついてしまう。
しまった、浮かれすぎちゃった。今のは明らかな前方不注意だよ。
「ほら言わんこっちゃない……」
「う、うん。ごめんなさい。あの、大丈夫です……か……?」
ちゃんと謝らないと、と思って、顔を上げて、相手を見遣る。
そして、硬直した。
自分でも変だなっていうのがわかるくらい、固まった。
……どうして?
「こすず……?」
なんで? という気持ちがまっさきに来て。
考えようとするけど、よくわからない、という結論をすぐに出してしまう。
頭が思考停止して、混乱のあまり、上手く物事を考えられない。
「あなたは……なんで……?」
「あ、あぅ……えと、えっと……」
相手もなにやら困惑した様子で、視線を右往左往させて彷徨わせている。
目線を合わせたくないけど、逸らす方向が定まらない、みたいな感じだ。
「小鈴ちゃん、どうしたの? 知り合い?」
「いや、その、この人……」
お互いに困惑と混乱。その場から動けず、どうしたらいいのかもわからないようなパニック。
なんと言うべき? なんと伝えるべき?
慌ただしく騒々しいわたしの脳が辛うじて絞り出した言葉は……
「帽子屋さんの……」
わたしが最後まで言えず、歯切れ悪くボソッと口走った。
その瞬間、霜ちゃんとみのりちゃんが動いた。
「! 実子!」
「わかってる! そっちは空き教室確保ね!」
「了解した!」
「え? えっ? え!?」
パニックは続く。
わたしの言葉足らず過ぎる言葉に、みのりちゃんと霜ちゃんの二人は、すごいスピードでその人を捕まえると、手近かつひとけのない空き教室に飛びこんだ。
……いや、これは本当にわけがわからない。
「霜さんと実子さん、どうしたんですか!?」
「……すごい、機敏……」
もうなにが起こっているのか滅茶苦茶で、落ち着いて話を整理させてほしいけど、そのためには。
二人を追わなくちゃ。ということで、恋ちゃんとユーちゃんを連れて、三人で空き教室へ。
すると、そこでは――
「さぁ――尋問を始めようか」
――どうにかなってしまっていた。
「どうしちゃったの二人とも!?」
机を並べて、みのりちゃんともう一人が向かい合って、それを監視するように霜ちゃんが横に立っている。
まるで取調室だ。
いや、実際にここは、二人の手によって即席の取調室にされてしまっていた。
そして始まるのは、霜ちゃんの言ったように――尋問だ。
問いただすのだ。
「どうしたもこうしたもない。彼女はあれだろう? 君が以前言っていた、【不思議の国の住人】とやらの一人だろう?」
「あ……うん……」
あまりの急展開にわけがわからなかったけど、ちょっとずつ頭が冷えてきた。
そう、霜ちゃんの言う通りだ。
色んな不可解な点、疑問点をとりあえず置いておいて、わたしが目にした光景は、単純明快にただ一つ。
「あ、あのぅ……アタシに、な、なにか……?」
【不思議な国の住人】の一人、『代用ウミガメ』さん。
彼女が学校に現れました。
☆ ☆ ☆
大きなリュックサックを背負い、角っぽい装飾があるフード付きパーカー。ここまでは、以前見た姿と一緒。
だけど今は、パーカーの下に、烏ヶ森学園の――わたしたちと同じ制服を着ている。
……夏にそのパーカーは、ちょっと暑そうだけどなぁ。
それはさておき。
なんで【不思議な国の住人】である彼女が、学校にいるのか。しかも制服を着ているのか。
そのことがあまりにも不可解すぎて、わたしは軽くパニックになっちゃったけど……霜ちゃんたちはちょっと違った。
「小鈴。ボクらはね、ずっと考えてたんだ」
「な、なにを……?」
「スパイだよ」
スパイ? とわたしは呆けたように復唱してしまう。
いやでも、スパイってどういうこと?
「【不思議な国の住人】とか言ったっけ。連中は徒党を組んで、どういうわけか君を狙って付け回している。それが現在だ」
「う、うん、そうだね」
「では過去はどうだ? 君は、連中とのファーストコンタクトを覚えているかい?」
「えっと、確か手紙が来て……」
お茶会の誘いという、よくわからない手紙だった。でもそれは、みのりちゃんがすぐに破り捨てちゃって……そしたら帽子屋さんが自ら来た。
「もっと遡れば、“ボクら”と連中の初の接触は、実子を介してのものだ。彼女曰く、帽子屋とかいう胡散臭い男は、急に現れたって言ってるけど」
「ただ道を歩いてたら声をかけられたとか、そんなレベルの唐突加減だよ。まあそれはいいんだけど、そこから先を――いやさ、それより前を考えてみよう。私たちは、いつから知られていたのか、ってね」
いつから知られていたのか。
確かに、手紙が来るってことは、その時には帽子屋さんたちはわたしたちのことを知っていたことになる。
みのりちゃんに接触したのも、わたしに近づくための一つの手段だとすれば、もっと前から……一体、いつから?
「まあ、この際いつかなんて関係ないけど、問題はボクらの存在を知るための手段。そしてその後の対応だ。連中がボクらの存在を認識したのがいつなのかは知らない。けれど、ボクらの動向を探るために、近くにスパイを潜ませている可能性は常に考えていた。それがボクらを認識する以前であれ、現在であれね。まあ、まさか生徒に扮してスパイ活動しているとは思わなかったけど」
「あ、アタシ、スパイじゃないです……」
「そんな低レベルな反論を、私たちが素直に聞き入れると思う?」
カメさんに詰め寄るみのりちゃん。いつも朗らかな表情とはまるで違う。表面上こそいつもの表情を張り付かせているけど、どこか鬼気迫るような気迫がある。
その気迫はカメさんも感じているのか、ビクッと身体を震わせ、涙目になっている。明らかに怯えていた。
「あの、かわいそうですよっ」
「もう少し君らは危機意識を持った方がいい。連中が学校に潜伏していたということは、ボクらはいつ襲われるかわからないような状況だったんだ。その意味がわかるかい?」
「ん……まあ……確かに、ヤバげ……」
「あうぅ……」
肯定せず、けれど否定もできず、カメさんは呻き声を上げるだけ。
彼女が本当のところ、どう考えているかはわからない。スパイがいるかもしれないというのも、わたしには判断できないし、彼女が学校にいるという事実がなにを意味しているのかも、想像くらいはできる。
だけど、今にも泣き出してしまいそうな、不安げな表情のカメさんを見ていると、なんか……
こういうやり方は違うんじゃないかなって、思う。
「それで? あなたはなにを探ってるの? なんのためにこの学校に潜入してたのかな?」
「な、なんのためって……」
相変わらず怖い空気を発しているみのりちゃん。
たじろいで口をもごもごと動かし、なにか言おうとするけど、上手く言えなくて、言葉を発せなくて、伝えられない様子のカメさん。
喉は震えず、目線は惑う。
痛い視線。きつい言葉。ピリピリした空気。
その様子はさながら、お話の中の、虐げられる亀のようだった。
「……だ、だって……」
やがて、カメさんの辛うじて振り絞った声が、掠れようにして漏れ出た。
「だって、あなたたちにとっては……これが、普通なんでしょう……?」
「は?」
疑問符を浮かべているみのりちゃん。霜ちゃんもよくわからないといった風だ。
そしてわたしも、彼女がなにを言っているのか、よくわからない。
「小学生は小学校に、中学生は中学校に……大人は働いてお金を稼ぐ……人間の社会って、そ、そういうもの、なんですよね……?」
その通りだ。だけど、だからどうしたっていうんだろう?
それはわたしたちにとっては当然で、当たり前のこと。常識と言い換えてもいい。
カメさんは、精一杯の抵抗と言わんばかりに、必死で、訴えかけるように、言葉を紡ぎ続ける。
「あ、アタシは……アタシたちは、ただ……人間社会のルールに則って、生活してるだけです……そうしないと、あなたたちは、“
けれどその言葉は、怯えたようにも発せられていて。
弱者の悲痛な叫びのようにも、悲壮な訴えにも聞こえた。
そんな返事が来るとは思わなかった。そう言いたげに、みのりちゃんは溜息を吐く。
「……ごめん。私、なんかよくわからなくなってきた」
「スパイ疑惑から目を逸らさせるための言い分……にしては、なんか引っかかる物言いだ。ちょっと待って、ボクも少し整理して考えたい」
みのりちゃんも霜ちゃんも、二人して頭を抱えている。
……流石にちょっと見苦しいっていうか、見てられないかも。
こういうのはよくないと思うけれど、でもわたしも、気になってきた。
彼女らが――何者なのか。
「ねぇ、代用ウミガメさん。お話、聞いてもいいかな?」
「え、えっと……はい……」
二人が尋問という名の対話を止めたところで、わたしは横槍を入れる。横槍っていうか、バトンタッチかな。
スパイだって決めつけて、無理やり話を聞き出すなんて強引なことはしないけど、わたしは純粋に、この人たちのことが知りたくなった。
興味本位と言えば、それまでだけど。
知らないままじゃ、いけないように思う。
迷惑な人たちって思ってたけど、今のカメさんを見ていると、彼らはただの迷惑なストーカーというだけではない、という気がするんだ。
彼女たちには、なにか秘められたものがある。表立っていない、隠された事実がある。それが良いものなのか、悪いものなのかは、わからないけれど。
でも、それを知らずして、彼女たちを糾弾はできないし、わたしにはそれを知る責任がある。
天啓のようにそんな考えが湧いてきて、わたしは思うままに、カメさんに問う。
「あなたたちは普段、なにをしているの?」
「…………」
これがクラスメイトとかにする質問なら、休日になにをしているの? 趣味はなに? みたいな意味になったんだろうけど。
この人が相手の時は、違う意味になる。
わたしたちの前に現れる時以外。【不思議な国の住人】としての役割から外れた時間。
その時間は、彼女たちにどんな意味があるのか。
「……生きてます。生活、してます……人間の、社会で……」
なんとも曖昧な答え。だけど、なんとなくわかったよ。
「一応、確認させてほしい。君は人間じゃないのか?」
「……はい。見た目は、人間っぽくしているつもり、ですけど……本質は違うというか……その、アタシは、【不思議な国の住人】です」
「人間じゃない生物が、人間社会に紛れ込んでるってこと?」
「みのりちゃん、そんな言い方……」
「い、いいんです……その、それは、その通り、なので……」
目を伏せて、悲壮感を漂わせるカメさんは、悲しげに語る。
「アタシたちが生きていくには、こうするしかないって、帽子屋さんが……だ、だから、アタシも、帽子屋さんたちに言われた通りに、こうやって、学校に……」
「なんか色々飛躍してる気はするけど……人間社会で生きるためには、人間社会のルールに則って生活しなければならない、ってことか。まあ、道理だね」
「それじゃあそれじゃあ、あなたはいつから学校に行ってるんですか?」
「え……入学式の日から、ですけど……」
「最初からかぁ……」
全然気づかなかった。
C組の教室から出て来たってことは、C組なんだと思う。体育の時間が一緒なのは隣のB組だけだし、面識ある人はほとんどいないけど、だからって同じ学年で、こんなに身近にいるのに気付かなかったなんて……まあ、カメさんと最初に出会ったのは夏休みが始まってからだけど……
「だからアタシ、スパイなんかじゃないです……た、確かに、あなたのことは、帽子屋さんから色々言われてますけど、そのために来ているわけじゃ、な、ないです、から……そ、それに、す、少なくとも、今のアタシは『代用ウミガメ』じゃない、ですし……違う、から、あなたたちに手は出せません……」
「……? 違うから手が出せない?」
「うぅ……あの、これ、あんまり言っちゃいけないんですけど……」
「へぇ、いい度胸」
「……い、言わないと、こ、こわ、怖いので……言いますけど……時間が、違うんです……」
「時間?」
「アタシたちの、ルールなんです……一日のうち、アタシたちが【不思議な国の住人】としていられる時間は、決まってて……そ、その時間外だと、アタシたちは、違うものなんです……はい……」
「なんだかよくわからないな」
「そう? 業務時間が決まってるってことじゃないの?」
ざっくばらんに言ってのけるみのりちゃん。だけど、わたしも霜ちゃんと同じで、よくわからない。
違うものっていっても、カメさんはカメさんだし、制服を着ていること以外は、以前見た時となにも変わらないように思える。
「うーん、時間によって立場が違うってことなのかな?」
「立場というか……本質というか……そ、その、これはアタシたち特有の、性質、なので……あなたたちには、ちょっと、わかりにくいかもしれません……」
「なんか馬鹿にされたみたいな物言いなんだけど」
「あぅっ……そ、そういうつもりじゃ……」
「いちいち突っかからなくていいよ。こっちも理解するの大変なんだから、話をとっ散らかすな」
みのりちゃんを窘め、頭を押さえて考え込んでいる霜ちゃん。
自分で一人勝手に納得しちゃったみのりちゃんに対して、客観的な見方で納得しようとする霜ちゃん。
カメさんを連行した時の連携力はすごかったけど、こういうとこ、この二人って対照的だよね
そんな二人を見かねたように、カメさんは口を開く。
「えと、あ、アタシの場合は、午前と午後、それぞれ12時から1時の間以外なら、全部『代用ウミガメ』として、いられます……だ、だからその時間、アタシは【不思議の国の住人】の『代用ウミガメ』として、その本分を、まっとうできる……です」
「今……12時半、ちょっと前……」
「さっき、今は『代用ウミガメ』じゃないって言ってたのは、その決められた時間外、という意味か」
「帽子屋さんとかは、その、す、凄く厳しくて……6時の間しか、『帽子屋』でいられないんです……」
「6時の間?」
「げ、厳密には、6時0分から、6時59分59秒の間、です……」
「一日の内でたった二時間か」
言われてみれば、帽子屋さんはいつも夕方――6時の時に、私たちの前に姿を現していた。
猫のお姉さんが来た時も、タマゴさんと時間がどうのって言ってた気がする。
もしかしてそれは、帽子屋さんが【不思議な国の住人】として活動することができる限界時間のことなのかな?
そう言ったら、コクコクとカメさんは首を縦に振った。あかべこみたいでちょっと可愛い。
つまり、帽子屋さんが、帽子屋さんとしてわたしたちの前に立てるのは、その決まった時間のみ。それ以外の時間だと、帽子屋さんは帽子屋さんではない……? そして勿論、他の【不思議の国の住人】たちも。
まるで哲学のような難解な考え方だけど、みのりちゃんのたとえた「業務時間」と考えると、わかりやすい。
とても奇妙で、おかしな性質だとも思うけれど。それはまるで、物語の“設定”のようで。
「あ、曖昧、というか、ほわんほわんした、制約、なので……穴とかは多い、ですけど。木、基本は、そんな感じで……だから、アタシたちも、自由にアタシたちとして、う、動けない、というか……」
「だけど君は12時から1時の間以外――午前と午後を合わせて2時間分を除き、22時間も【不思議な国の住人】として動けるんだろう? 刺客としては十分な条件だと思うけど」
「その時間設定ならいつでも私たちを襲えるから、スパイとして送り込まれた、って考えることもできるよねー」
「それは……そうですけど……」
今まで必死で抗議していたカメさんだけど、ここでたじろいでしまう。
これまでの話はきっと、すべて真実だと思う。カメさんは本当のことを、そのまま話してくれたんだと思う。
だけどそれを真実とすると、霜ちゃんたちが言うような理屈も通ってしまう。
ハッキリ言って、それは悪意のある考え方だ。相手の言葉を信じたうえで、疑っている。都合のいい言葉だけを真実として、都合よく疑惑を押し付ける、よくないロジックだ。
一部分だけ信じて、一部分だけ信じない。情報の取捨選択と言えば聞こえはいいけど、それは信用の矛盾。相手に自分の考えを通したいから、こうあってほしいという欲深い願望から、都合よく物事を解釈してしまっている。
それは道理じゃない。霜ちゃんたちはきっと、一つの可能性として指摘しているだけなんだろうけど、悪意がなくても強い言葉には痛みが伴う。
カメさんは、また顔を伏せてしまった。
「やっぱり……そう、ですよね……あ、アタシたちみたいな“異物”が、人間社会にいるべきじゃ、ないんですよね……帽子屋さんも、言ってましたし……アタシも、わかってました……」
項垂れて、自己否定のような言葉を並べる。
矛盾した理屈は指摘すれば終わりだけど、彼女はそうしない。そもそも根本的な問題点は、理屈でも論理でもないから。
人ならざるものが人の社会に存在している。
みのりちゃんや霜ちゃんが見ているのは、もっと狭いコミュニティの、ミクロな視点だろうけど。
マクロな視点で見ても、カメさんの存在は、あまり許容されるようなものじゃないことは、わたしにだって想像できる。
悲観した面持ちのカメさんは、急にバッと顔を上げる。
そして、ほとんど泣き出した顔で、懇願する。
「で、でも、こうしないと、アタシたちに生きる道は、ないんです……お、お願いします、から……なにもしませんから……アタシたちのことは、放っておいてください……」
「なにもしないから、って……」
「それ、誰もなんにも保証してくれないしねぇ」
「あ、ぅ……それでも、なんです……こ、これは、替えが利かない……代用品もない、代替不可能な、ことなんです……あ、アタシは、ただ、苦しまないで、い、生きていない、だけ、です。だ、だから……」
弱気で臆病なカメさん。圧迫するような二人の問答に怯えながらの答弁だったけど、今だけは、どこまでも食い下がる。
これだけは譲れないという感じだけど、それは強い意志によるものじゃなくて、強迫観念に駆られたみたいな、ここで引き下がった崖から落ちてしまうかのような、そんな必死さがあった。
「お願いします……もう、なにも望みません……もうひとりでいいから、誰かと関わろうなんて……人と仲良くなろうなんて、思いませんから……ひっそりと、日陰者の身でいいですから……せめて、苦しくないよう……アタシたちを……この世界から、追いやらないでください……」
女の子のすすり泣く声が、静かな教室に響く。
ボロボロと零れ落ちる涙。あまりに必死で、恥も外聞も投げ捨てた懇願は、あまりに悲痛で、悲愴だった。
みのりちゃんと霜ちゃんはそんな彼女の姿に、いたたまれない様子だ。
なにもいらないから、ひとりでいいから、生きていたい。
なんて悲しいんだろう。なんて寂しいんだろう。
当たり前のことなのに、当たり前のために、すべてを捨てるなんて、そんな……そんなのは――
「――ダメだよ」
ぽつりと。
口から零れ落ちるように自然と言葉が出ていた。
一度流れると、もう、止まらない。
衝動が、感情が、押し寄せるように、流出していく。
「ひとりなんて、ダメだよ。人間はひとりじゃない。みんなで生きる生き物だよ。あなたが人間社会で生きたいって思うなら、ひとりじゃダメだよ」
「あぅ……で、でも……」
「それにさ」
いつの間にか、わたしもカメさんに詰め寄っていた。圧力になっちゃうかな。怖い思いをさせちゃうかな。一気に言葉をぶつけたら、困らせちゃうかな。
そんなことを思っても、止められなかった。
「あなたは、なにも悪くないんだよ。生きたいって思うことも、どこかに身を置きたいって思うことも、誰かと一緒にいたいって思うことも、全部、自然なことだよ。ちょっとのワガママも、少し汚い欲望も、当たり前で自然なことなの。自然なことを、当たり前のことを享受することは、なにも悪くない。それを欲することも悪いことじゃない。あなたは、悪くないんだよ」
「悪く、ない……?」
「うん。だから、そんなお願いしないで。人間らしく、当たり前でいて……“お願い”」
目元から流れる涙はそのまま。だけど、カメさんは呆けたように口を開いている。
……みのりちゃんと霜ちゃんは、この他人のこと、よく思ってないみたいだけど。
わたしにはどうしても、悪い人には見えなかった。
前にわたしの前に立った時は、帽子屋さんに言われて来ただけ。そして、わたしがネズミさんを倒した時、彼女は倒れたネズミさんを抱えて連れて帰った。
そしてこうして対面して、対話して――ちゃんと面と向かってお話しすることで、もうちょっとだけ、この他人のことが分かった。
悪い人じゃない。むしろ、すごく優しい他人なんだと思う。
言葉なんて偽れるし、心なんて曖昧なものだし、それでその人のすべてを理解できるわけがないけれど。
それでも、わたしは――
「ねぇ、あなたの名前は?」
「ふぇ……? な、名前、ですか……? それは、もう……」
「そうじゃなくて。だって、この学校の生徒なんでしょ? なら、あなたの人間としての名前があるんじゃない? 『代用ウミガメ』って、お話の中のキャラクターならともかく、人間の名前って感じじゃないから」
今までずっと心の中では、カメさん、なんて呼んでいたけれど、そうやって呼ぶのも失礼かなって思う。
この人にとっては、『代用ウミガメ』というのが本当の名前なんだろうけど、わたしはこの人のことを、人間として見たいと思った。
だってここは、人間の社会、だもんね。
「し……しろ……み」
か細く、小さな声だけど。
それでもハッキリと、彼女は――人としての名前を、名乗った。
「あ、アタシは……
「代海ちゃんだね。じゃあ、代海ちゃん」
これでわたしたちは対等だ。
なんだか強引だし、無理やりだし、突然で唐突で突飛で飛躍してて、わたしの一方的なワガママだけれども。
首を引っ込めたカメさんに頭を出してもらうため。なにより、わたしがその姿を見たいから。
わたしは、彼女に手を伸ばす。
みんなが、わたしにそうしてくれたように。
「友達になろうよ――!」
☆ ☆ ☆
「……で、こうなる、と……」
「わぁ、初めての人のデュエマは、ワクワクしますね!」
空き教室をそのまま拝借して、机と机をくっつけて、簡易デュエマ台の完成。その両端に、わたしと代海ちゃんが立つ。
前にも代海ちゃんとは、『代用ウミガメ』さんとして対戦したことがあるけど、今回はもっと純粋かつ単純。デュエマしたいからするよ。
「……呆れたというかなんというか……ボクたちの努力がバカみたいだ」
「ま、これが小鈴ちゃんの美点ではあるんだけどねー。小鈴ちゃんのためなら、私はバカでも構わないけど」
「そういうことじゃないんだけど……まあ今はいい。正直ボクも、もうどうしたらいいかわかんないし、とりあえず成り行きを見守ろう」
みのりちゃんや霜ちゃんは渋い顔をしているけれど、特に止めるようなことはしなかった。
「わたしの超次元はこれだよ。代海ちゃんは、超次元ある?」
「あ、ありません……」
「わかった。それじゃあ、始めよっか」
超次元ゾーンにカードを置いて、じゃんけんで先攻後攻を決める。先攻は代海ちゃんだった。
ちなみにわたしの超次元ゾーンのカードは、大会の時と同じだよ。
最初の1ターン目はどっちも動きなくマナチャージのみ。そして、2ターン目。
「うぅぅ……《クリスタ》が引けません……マナチャージだけで、ターン終了です……」
「わたしのターン。2マナで《【問2】 ノロン⤴》を召喚するよ。二枚ドローして、《グレンモルト》と《グレンニャー》を捨てるね」
代海ちゃんはスタートダッシュに失敗しちゃったみたいだけど、逆にわたしは、すごく順調だった。
この手札なら、かなり早い段階から仕掛けていけそうだよ。
ターン2
代海
場:なし
盾:5
マナ:2
手札:4
墓地:0
山札:29
小鈴
場:《ノロン⤴》
盾:5
マナ:2
手札:4
墓地:2
山札:26
「あ、アタシのターン、です……うぅ、手札が悪すぎます……《緑知銀 フェイウォン》を召喚して……た、タップ、します。一枚ドローして、終わりです……」
「わたしのターンだね。《熱湯グレンニャー》を召喚! 一枚ドロー!」
カードを引いて、場を見る。
《フェイウォン》はパワー1500か。それなら倒せるね。
「《ノロン⤴》で《フェイウォン》を攻撃!」
「えと、《ノロン⤴》のパワーは2000……あうぅ、ぎ、ギリギリ負けちゃってます……」
「ターン終了だよ」
ターン3
代海
場:なし
盾:5
マナ:3
手札:4
墓地:1
山札:27
小鈴
場:《ノロン⤴》《グレンニャー》
盾:5
マナ:3
手札:4
墓地:2
山札:24
「あ、アタシのターン……うぅ、《フェイウォン》しか召喚できません……タップして、一枚、ど、ドロー……ターン終わります……」
なんだか、悪いことしてるみたいだなぁ。
楽しんでもらおうと思って誘ったんだけど、こうなっちゃうと、ちょっと申し訳ない。
「めちゃくちゃ事故ってるぽいね、彼女」
「ま、仕方ないでしょ。事故る時は事故るのがデュエマだし、事故った時にどう対応するかもデッキ構築だから。それもプレイヤーの責任でしょ」
「それはその通りだけど……」
「今日の実子さん、なんだか……厳しいです……」
「そう?」
一方的な展開で、あんまりいい気持ちはしないけど。
でも、手を抜くのはもっと失礼だし、悪いけど、ここは全力で行くよ!
「マナチャージ! 3マナで《ボーンおどり・チャージャー》を唱えるよ! 山札から二枚墓地に落として、チャージャーはマナに置くね。そして《ノロン⤴》で《フェイウォン》を攻撃! 破壊して、ターン終了!」
ターン4
代海
場:なし
盾:5
マナ:4
手札:4
墓地:2
山札:25
小鈴
場:《ノロン⤴》《グレンニャー》
盾:5
マナ:5
手札:3
墓地:4
山札:21
「あぅ、やっぱり、きっちり、処理されちゃいました……あ、アタシの、ターンです……」
ここまでの4ターン、代海ちゃんはほとんどなにもしていない。
だけど、そろそろ動いて来るかな?
「! や、やっと引けました……! 《龍装者 バーナイン》を召喚、ですっ。ターン終了……っ!」
「やっとか。でも、流石に遅すぎたね」
「だね。もう小鈴ちゃん、必殺圏内に入ってるし」
「……もし、こすずのデッキ、知ってたら……《フェイウォン》、ハンドに残す、べきだった……」
恋ちゃんの言う通り。
いつもよりクリーチャーが多いから、数はちょうど足りてる。攻撃を曲げるクリーチャーがいたら届かなかったけど、下手したらこのターンに決まっちゃうね。
「マナチャージして……これで6マナだよ! 《グレンニャー》をNEO進化――《魔法特区 クジルマギカ》!」
「あぅ、そ、それは……」
「《クジルマギカ》で攻撃する時、手札からコスト5以下の呪文、《狂気と凶器の墓場》を唱えるよ! 山札の上から二枚を墓地に送って、墓地のコスト6以下のクリーチャーをバトルゾーンに!」
「えと……ぼ、墓地は……あぁ……」
「出すのはこれ! 《龍覇 グレンモルト》!」
わたしの必殺技。この陣形、この展開、この流れ。
さぁ、止められるかなっ。
「《グレンモルト》に、《銀河大剣 ガイハート》を装備! 《クジルマギカ》でWブレイク!」
「あぅ、と、トリガーはありません……」
「続けて、《グレンモルト》で攻撃! シールドブレイク!」
「うぅ、こっちにも、トリガーはありません……」
「なら、このターン、わたしのクリーチャーが二回攻撃に成功したから、《ガイハート》の龍解条件達成だね!」
シールドを三枚削ったところで、S・トリガーはなし。
ここまで来ると、本当に申し訳なさが込み上がってくるけど、でも、止まらないし、止めない。
手抜きはせず、手加減もしないで、全力全開だよ!
「龍解――《熱血星龍 ガイギンガ》!」
わたしは、わたしの全力の切り札を、代海ちゃんにぶつける。
みんなと、デュエマした時のように。
「こ、このクリーチャーは、確か……」
「《ガイギンガ》の能力発動! 龍解した時、パワー7000以下のクリーチャーを破壊するよ! 選ぶのは《バーナイン》!」
「う、ううぅ、せっかく出したのに……」
「そのまま《ガイギンガ》でWブレイク!」
《ガイギンガ》ですぐさま攻撃。これで、代海ちゃんのシールドはゼロ。
ここでもS・トリガーがなければ、《ノロン⤴》のダイレクトアタックで決まり。
仮にS・トリガーがあっても、ちょっと動きを止めるくらいじゃ、このまま押し切れると思う。攻撃しながら呪文を唱えられる《クジルマギカ》に、選ばれたらもう一度自分のターンができる《ガイギンガ》。この二体がいれば、ちょっとやそっとの防御は貫けるし、こっちの戦力を削がれることも早々ないはず。
さぁ、どう来るかな?
代海ちゃんは最後にブレイクされた二枚を手に取って、不安げな眼差しで眼を落とす。
……いや、違う。
不安げなんかじゃない。まだ揺れているけど、その瞳には光が灯っている……ような気がする。
ゆらゆらゆらゆら、ゆらめいて。
されどもキラキラ、煌めいて。
彼女は、一筋の光を、掴んだ。
「こ、このシールドは――」
☆ ☆ ☆
(この人は……全力で、アタシに向かって来てる……)
手加減なしで、情けも容赦もなく。
それ自体は、今まで何度も、あらゆる意味合いで向けられてきた。
たとえばそれは、悪意だったり。
たとえばそれは、害意だったり。
人間は排他的な生き物だ。自分たちと違う存在を見つければ、温情なんて掛けずに攻撃してくる。残酷で獰猛な種だ。
しかし、
(……? 笑ってる……?)
彼女は、笑っていた。口元から、頬から、瞳から、笑みの表情を作っていた。
嘲笑されることこそあれど、こんな優しい笑みは初めて向けられた。
まるで、今この瞬間が楽しいと言わんばかりの笑みだ。
(アタシなんかと一緒にいて、楽しい……? そんなことって……)
あり得ない。そんなことがあるはずがない。今までだってそうだった。
……だけど。
もし、微かでも、僅かでも、ほんの少しでも、その仮定が真実であるとするならば。
少しだけ、前向きに彼女らを見つめることができるかもしれない。
(……この人は、違うのかな……それとも、これが本当の“人間”なのかな……)
わからない。
人間が多面的な生き物だということは知っている。一面だけでは推し量れないものを内包している、複雑な思考回路と心情を持つ種であると。
なにが真実なのか、あるいはすべてが真実なのか、わからない。
わからない、わからない、わからない。
(……ごめんなさい、帽子屋さん……)
わからないから――見てみたい。
言いつけられた手段や方法ではなく、距離感も接触も異なるが、そんな欲望が湧いてしまった。
我侭も、欲望も、自然なこと。自然なことを受け入れるのは、当たり前。
それが人間という生き物だと、彼女は語った。
ならば、ほんの少しでも、人間に近づいてみよう。
また傷ついてしまうかもしれないけれど。
彼女の見せた希望に、縋りたい。
そして、自分の知らない人間の側面があるなら、見てみたい。
だから――
(――アタシは、アタシのやり方で……人間を、見てみます……っ!)
その笑みが眩しくて、嬉しくて。
手を差し伸べてくれるのが幸せで、楽しくて
なにかが込み上げてくる。初めての感覚、かもしれない。
目頭が熱くなる。なぜだろう。悲しいなんて気持ちはない。痛くもない、辛くもない。なのに、零れそうになる。
それはすべて、彼女の存在ゆえ。
太陽みたいに輝いて見える彼女。そんな彼女に、自分ができることはなんだろうか。
わからない。だから、できることをなんでもやってみよう。
首は引っこめない、頭を出そう。
手も足も伸ばして、ジタバタと慌てふためいて足掻いて、みっともなくて格好悪くても。
自分を“人間”として見てくれた彼女に、なにかをしてみよう。
そして、一筋の光を――掴んだ。
「――スーパー・S・トリガー!」
☆ ☆ ☆
「――スーパー・S・トリガー! 発動、です……っ!」
き、来ちゃった……しかも、よりにもよってスーパー・S・トリガーかぁ。
どんなカードが来るのかな……
「呪文《ノヴァルティ・アメイズ》です……まず、相手クリーチャーを全部、タップ、します……!」
攻撃が止められた!
それだけなら別にいいんだけど、この呪文って、スーパー・S・トリガーなんだよね。
このシールドブレイクで、代海ちゃんのシールドはゼロ。ってことは……
「カードを一枚引いて……スーパー・S・トリガーのボーナスで、手札から、コスト8以下の進化でない光のクリーチャーを一体、バトルゾーンに出します……っ!」
「コスト8以下のクリーチャー!? で、でも、シールドはゼロだし、《ガイギンガ》もいるし、あのカメのクリーチャーなら……」
「……い、いいえ……違い、ます……」
首を振って、代海ちゃんは否定して見せた。
カメのクリーチャーじゃない? でも、前に対戦した時には、コスト8にも及ぶ大きなクリーチャーは、あれくらいしかいなかったはず。
それとも、手札にないのかな?
「こんなにボコボコでも……全然、クリーチャーが応えてくれなくても……アタシは今……楽しい、です……っ」
「代海ちゃん……」
「こんなの、はじめてで、わからなくって、どうすればいいのか、全然……だけど……アタシだって、じ、自分の気持ちに、自分の衝動に……嘘は、つけない、です……! だから……っ!」
キラッ、と。
彼女の目元が、煌めく。
そこから小さな一滴が、零れ落ちる。
「ごめんなさい、泣いちゃいそうです――《オヴ・シディア》」
現れたのは、一つ目の真っ黒なクリーチャー。
逆さまにした円錐形に、浮遊する二つの手。真っ黒な宝石――黒曜石のようなクリーチャーだった。
このクリーチャーもコスト8。しかも、不気味で暗い姿に反して、帽子屋さんの切り札みたいに、キラキラと輝いている。
……なんだろう、すごく、嫌な予感がします。
「《オヴ・シディア》の能力発動、です……このクリーチャーが場に出た時、相手のクリーチャーの数だけ、山札を、め、めくります……そして、その中から、コスト6以下のメタリカをすべて、バトルゾーンに、だ、出せます……っ!」
「ま、まだ増えるの!?」
わたしのクリーチャーは、《ノロン⤴》《クジルマギカ》《グレンモルト》、そして《ガイギンガ》の四体。
最大で四体まで、クリーチャーが増えるってことだよね。出て来るクリーチャー次第では、逆転されちゃうかも……
「で、出て来てくださいっ! 《一番隊 クリスタ》! 《青守銀 ルヴォワ》! 《星の導き 翔天》!」
「三体……そんなに強いクリーチャーじゃないけど……」
四枚めくった中に、出せるクリーチャーは三枚だったみたい。
それでも、たった一枚のS・トリガーから、バトルゾーンを五分の状態にされてしまった。
で、でも、代海ちゃんのシールドはゼロだから、ラビリンスももう使えないし、わたしには《クジルマギカ》も《ガイギンガ》もいる。
このターンには決められないけど、なんとかして攻め切っちゃおう。
「ターン終了だよ」
ターン5
代海
場:《オヴ・シディア》《クリスタ》《ルヴォワ》《翔天》
盾:0
マナ:5
手札:8
墓地:4
山札:19
小鈴
場:《ノロン⤴》《クジルマギカ》《グレンモルト》《ガイギンガ》
盾:5
マナ:6
手札:1
墓地:5
山札:19
「アタシのターン……《クリスタ》を、《龍装者 ヴァルハ》にNEO進化、です……! そして、《ヴァルハ》で《ノロン⤴》を、こ、攻撃……その時、《ヴァルハ》の能力で、《クジルマギカ》《グレンモルト》を、フリーズ、します……っ」
「う……」
破壊じゃないのが救いだけど、一度に二体もクリーチャーの動きを止められちゃった……
特に、攻撃する時に能力を使える《クジルマギカ》が動けなくなったのは、ちょっと痛いよ。
「これで、数ではアタシが有利……では、い、行きますっ!」
いや、ちょっとどころじゃない。
このターン、わたしは凄まじい大打撃を受けることになる。
「《オヴ・シディア》で攻撃――その時、マスター・ラビリンス、発動……ですっ!」
真っ黒な黒曜石のクリーチャーが攻撃するその時。
拭いもしない代海ちゃんの涙が、その雫がまた、零れ落ちる。
「マスター・ラビリンスは、シールド枚数だけじゃなく……クリーチャーの数が上回ってる時でも、は、発動するん、です……」
「クリーチャーの数、って……」
わたしのクリーチャーは、《ノロン⤴》が破壊されちゃったから、今は三体。一方、代海ちゃんのクリーチャーは《オヴ・シディア》で増やして、四体。
条件は、満たしてる。
「《オヴ・シディア》のマスター・ラビリンスで……アタシの手札七枚を、すべて……シールドへ、置きます……!」
「うそっ!? シールドが七枚!?」
せっかくゼロ枚まで削り切ったのに、回復どころか、最初より増えてるよ!?
ラビリンスを発動させないようにしたつもりが、一気に巻き返されちゃった……
「そして、《オヴ・シディア》の攻撃先は――《ガイギンガ》、です」
「!」
《ガイギンガ》に来るの!? と驚いたけど、その理由はすぐにわかる。
あまりにも単純で、原始的な理由で行われる突破手段だけど、確かに、確実でわかりやすい。
「《ガイギンガ》は、バトル中にパワーが4000上がって、13000になるけど……!」
「あ、アタシの《オヴ・シディア》のパワーは、13500ですっ! 破壊、ですよっ!」
パワーの差はたった500。たった500の差で、わたしの《ガイギンガ》は破壊された。
「まさか、力ずくで破壊されるなんて……!」
「次は《翔天》で、し、シールドをブレイク、です!」
「っ、S・トリガー! 《地獄門デス・ゲート》! 《ルヴォワ》を破壊して、《グレンニャー》を復活させるよ!」
「あぅ……た、ターン終了、です……っ」
代海ちゃんの怒涛のカウンター攻撃が止まって、やっとわたしにターンが返ってくる。
クリーチャーが並ばないと思ったら、たった一枚のS・トリガーから頭数でも逆転された。
シールドをゼロにしてラビリンスも封じたと思ったら、初期状態より多く回復された。
凌がれても強引に突破しようと思ったら、とことんクリーチャーの動きを封じられた。
しかも、
「……まさか、《ガイギンガ》が破壊されるなんて……」
選ばれたらもう一度わたしのターンだから、実質選ばれないようなもの。バトル中のパワーも高いから、破壊されるなんてそうあることじゃないと思ってた。
だけど、代海ちゃんはそんなわたしの予想を、上回ってきた。
……すごいなぁ。
「だけど……パワー勝負なら、わたしだって負けないよ」
《ガイギンガ》が破壊されて、《クジルマギカ》も動けない。
だけど、わたしにはまだ、切り札が残ってる!
「わたしのターン! 6マナで、《グレンニャー》を進化!」
この前の大会では、ユーちゃんのまねっこって思って、あえて入れなかったけど。
やっぱり、このカードがなくちゃね!
「わたしの全力は、まだ終わってないよ――《エヴォル・ドギラゴン》!」
《クジルマギカ》や《ガイギンガ》がわたしのすべてじゃない。これがわたしの、もうひとつの切り札。これがないと、全力だなんて言えない。
さぁ、これで一気に攻め切るよ!
「《エヴォル・ドギラゴン》で、《オヴ・シディア》を攻撃!」
「う、くうぅ……《翔天》をアンタップ、して……こ、攻撃を、《ヴァルハ》に曲げ、ます……!」
「意味ないよ! 《エヴォル・ドギラゴン》はバトルに勝ったらアンタップする! 何度だって、叩き潰しちゃうんだから!」
《ヴァルハ》を破壊。バトルに勝ったから、アンタップ。
そして今度こそ、あの黒曜石を打ち砕くために、飛び掛かる。
「もう一度攻撃だよ! 《ドギラゴン》!」
「《オヴ・シディア》の、ぱ、パワーは、13500、ありますが……」
「《エヴォル・ドギラゴン》のパワーは14000! さっきのお返し、だよ!」
《ガイギンガ》を、500のパワー差で打ち倒した《オヴ・シディア》。
だけど今度は、その500に負ける番だよ。《ガイギンガ》を僅差で上回ったパワーは、《ドギラゴン》に僅差で下回るパワーだ。
ギリギリの接戦で、わたしの《ドギラゴン》は、代海ちゃんの《オヴ・シディア》を叩き割り、破壊した。
「そのままシールドにも攻撃するよ! Tブレイク!」
「あぅ……っ」
「ターン終了!」
ターン6
代海
場:《翔天》
盾:4
マナ:6
手札:3
墓地:8
山札:18
小鈴
場:《クジルマギカ》《グレンモルト》《エヴォル・ドギラゴン》
盾:4
マナ:7
手札:1
墓地:5
山札:18
「……《バーナイン》を召喚です。一枚ドローして、さ、さらに《クリスタ》も召喚、もう一枚ドローです……」
《オヴ・シディア》で一気に展開して逆転を図っていたみたいだけど、並べたクリーチャーがほとんど破壊されて、苦しそうな代海ちゃん。
次のターンからは《クジルマギカ》と《グレンモルト》も動ける。増えたシールドからのS・トリガーが怖いけど、一気に攻め切っちゃおう。
「あ……そ、そうですね……やっぱり、あ、アタシには、こっちです……」
「……?」
カードを引くなり、ぼそぼそと呟く代海ちゃん。
なにか、いいカードを引いたのかな?
「《翔天》で攻撃です……し、シールドを、ブレイク!」
「トリガーはないよ」
「では……ターン終了、です」
「じゃあわたしのターン……」
「あっ、こ、ここで……《翔天》の能力……発動、です……っ」
「っ!」
そういえば、《翔天》がいたんだったね。
前のターンは《オヴ・シディア》の能力で手札を全部シールドにして能力が発動しなかったから、うっかり忘れてた。どっちみち破壊はできなかったけど。
ここで《オヴ・シディア》が出て来るなら大丈夫。クリーチャーを並べられても、《ドギラゴン》で蹴散らせばいいだけだからね。
だけど、それ以外のクリーチャーなら――
「すみません、迷宮入りです――《大迷宮亀 ワンダー・タートル》……っ!」
――とっても、まずいことになるかもしれない。
「《ワンダー・タートル》のラビリンス、は、発動、です……このターン、アタシのクリーチャーはすべて、場を離れま、せん……っ」
やっぱり《ワンダー・タートル》……!
パワー自体は《ドギラゴン》の方が上だけど、ラビリンスでクリーチャーを破壊することが出来なくなっちゃった。
それに、下手に隙を見せると、さらにクリーチャーを出されちゃう。わたしのシールドも少しずつ削られてるし、強引に攻められるととてもまずい。
だったら……
「これ、かな……《超次元ボルシャック・ホール》! クリーチャーは破壊できないけど、《勝利のプリンプリン》を出して、《ワンダー・タートル》の動きを止めるよ!」
これで次のターンにやられる心配はないはず。
次の問題は、《ワンダー・タートル》の能力だ。
攻撃しないとわたしのクリーチャーはタップしちゃう。だから攻撃しなきゃいけないんだけど、どこに攻撃しよう。
《翔天》と《ワンダー・タートル》がタップ状態だから、《クジルマギカ》で攻撃すると破壊されちゃう。だから攻撃するのは《ドギラゴン》にしたいけど、破壊できないクリーチャーに行くか、シールドに行くか。
悩みどころではあるけれど……
「ラビリンスを使われるのも嫌だし、早く攻め切りたいから……シールドに行くよ! 《ドギラゴン》で攻撃!」
「攻撃を曲げても、突破されちゃいますね……なら、それは、シールドで受けます……S・トリガー、です」
「っ!」
「《ルクショップ・チェサイズ》が、に、二枚、です……山札の上から二枚を見て、一枚をシールドに、もう一枚は、手札に加えます……これを、もう一度、しますね……」
よ、よかった、呪文か……でも、シールドが増やされちゃった。シールド枚数は同じだから、ラビリンスは発動しないけど。
それにしても、早く倒し切りたいのに、なかなか攻めきれない。
攻撃を屈折させる能力で牽制して、シールド追加で守る。ただひたすらに堅い恋ちゃんとは違う、変幻自在で迷宮のような防御だ。ただ強固なんじゃなくて、受け流されているような感じ。
迷宮自体は攻略できず、迷宮の壁も頑丈だから強行突破もできない。二つの要素が噛み合って、総合的に高い防御力を発揮している。
これは、攻め切るにはまだ時間がかかりそうかな……
「ターン終了だよ……」
ターン7
代海
場:《翔天》《バーナイン》《クリスタ》《ワンダー・タートル》
盾:3
マナ:7
手札:5
墓地:10
山札:11
小鈴
場:《クジルマギカ》《グレンモルト》《エヴォル・ドギラゴン》《プリンプリン》
盾:3
マナ:8
手札:1
墓地:6
山札:17
「あ、アタシのターン、です……《クリスタ》でコストを下げて、1マナで《クリスタ》召喚……二体の《クリスタ》で2コスト下げて、3マナで《ルヴォワ》を召喚です……自身をタップして、《クジルマギカ》を、た、タップします……」
攻撃を曲げるクリーチャーが出て、《クジルマギカ》がタップされちゃった。
でも、攻撃を曲げる能力は《ドギラゴン》が関係なく貫けるし、《クジルマギカ》も《ワンダー・タートル》の動きを止めてるから破壊されないはず。
……ついさっきまでは、だけど。
「えっと、そ、それから2コスト減って、4マナ……《陰陽の果て 白夜》です……」
見たことのない、新しいクリーチャーが現れた。なんだかキラキラしてるけど、このクリーチャーは……?
「《白夜》の能力で、シールドを追加……こ、これで、ラビリンス発動、です……っ。アタシのクリーチャーは、次のアタシのターンまで……す、すべてのバトルに、勝ちますっ」
「すべてのバトルに!? ま、まず……っ」
自分でシールドを増やしてシールド枚数を上回りながら、自分のラビリンスを発動させるなんて……
しかもわたしの数少ない優位性である“クリーチャーのパワーの高さ”が、一瞬で塗り替えられてしまった。
「《翔天》で、《エヴォル・ドギラゴン》を攻撃、です!」
「ド、《ドギラゴン》が……」
「《バーナイン》も《クジルマギカ》を攻撃……ターン終了、です……」
わたしの切り札がまとめて破壊されちゃった。
残っているのは《グレンモルト》と《プリンプリン》。代海ちゃんの場には《ワンダー・タートル》がいるけど、タップ状態じゃないから、攻撃を曲げて新しいクリーチャーを出されることもない。《翔天》と《ルヴォワ》で攻撃を曲げられちゃうけど、もうこれ以上はもたない。なんとかして、次のターンで強引に攻撃するしかないかな……
「と、とりあえず、わたしのターン……」
「《翔天》の能力を、つ、使いますね……? 《オヴ・シディア》をバトルゾーンへ……」
「ま、また!?」
絶望的状況で現れるまっくろくろすけ、《オヴ・シディア》。
そこから展開されるクリーチャーが、さらにわたしを追いつめる。
「《緑知銀 フェイウォン》《正義の煌き オーリリア》……この二体を、だ、出します……どっちも、攻撃を曲げられますよ……?」
さらに攻撃を曲げるクリーチャーが追加で二体。つまり、最低でも四回は攻撃を曲げられてしまう。
わたしのクリーチャーは二体で、代海ちゃんのシールドは三枚……元々攻め切れるか不安しかなかったけど、その不可能性が、さらに高まった。
まあ「可能かもしれない」が「不可能」に変わったくらいの変化だけど……希望の芽を摘まれちゃったよ。
「一応、悪足掻きくらいは……5マナで、《超次元リバイヴ・ホール》――」
「あ……そ、それ、ダメ、です……」
「え? なんで?」
「《オーリリア》のラビリンス、です……あ、相手は、コスト5以下の呪文を、唱えられ、ません……」
悪足掻きすらもさせてもらいないみたい。
「……もう、どうしようもないよ……ターン終了……」
流石にこれは、どうにもならない。
諦めてターン終了するしかありません。
ターン8
代海
場:《クリスタ》×2《翔天》《バーナイン》《ワンダー・タートル》《ルヴォワ》《白夜》《オヴ・シディア》《フェイウォン》《オーリリア》
盾:4
マナ:8
手札:3
墓地:10
山札:5
小鈴
場:《グレンモルト》《プリンプリン》
盾:3
マナ:8
手札:2
墓地:10
山札:16
「《オヴ・シディア》で攻撃……マスター・ラビリンスで、て、手札四枚を、シールドへ……!」
これでシールドが八枚。《ドギラゴン》で頑張って削ったシールドも、また一気に回復されてしまう。
攻撃は曲げる、シールドは増える、バトルゾーンからは離れない、バトルには絶対勝つ、山札からはクリーチャーを出す。
あらゆる手を尽くして、尽くされて、わたしは時間切れになっちゃったみたい。
タイムオーバー。代海ちゃんの迷宮を、攻略できませんでした。
「Tブレイク、です……!」
「……トリガーは、ないよ」
本当はスーパー・S・トリガーで《ドドンガ轟キャノン》が来てくれたけど、《オーリリア》がいるから唱えることもできない。
完全に、おしまいです。
「《大迷宮亀 ワンダー・タートル》で、ダイレクトアタックです――っ!」
☆ ☆ ☆
「あ、あの……」
「ん? どうしたの?」
「これは、その……ど、どういうこと、なんでしょう……?」
「お昼ご飯だよ?」
目の前のトレに乗った数々のパン。
みんなで行こうって話していたパン屋さんに、代海ちゃんも連れてきました。代海ちゃんのチョイスはメロンパン。控えめだけど、ここの焼き立てメロンパンを選ぶセンスはなかなかだよ。サックリふわふわで、ほどよい砂糖の甘みが、すごくおいしいんだよね。
だけど、代海ちゃんはパンに手をつけていなかった。なんでだろう?
「……あ、もしかしてご飯派だった? パンはダメ?」
「いえ、そ、そんなことはないんですけど……ご一緒しても、よかったんですか……?」
「当然だよ。あ、こっちのも食べる?」
「え? あ、ありがとうございます……」
「はい、あーん」
「あ、あーん……?」
わたしの取ったラスクをひとつつまんで、代海ちゃんの口に放り込む。
サクサクと軽快な咀嚼する音が聞こえる。
「……おいしいです」
「でしょ? おやつみたいなものだけど、このサクサク感がいいよね」
「はい……あの、も、もうひとつ、いいですか……?」
「なに?」
「あのデュエマには、なんの意味が……?」
「え? 意味なんてないよ」
「えっ?」
驚いたように目を見開く代海ちゃん。
うーん、人間じゃないって言っても、見た感じがわたしたちと全然変わらないし、人間じゃないって感じがまったくないから、こうやってナチュラルに驚かれると、逆に戸惑っちゃうな。
デュエマしたことに意味なんてない。それはその通り。だって、
「なにかの意味や理由をつけて、友達と遊ばなきゃいけないかな?」
「え、えっと……」
「友達と遊ぶのに、理由なんていらないよ。誰かと一緒にいることは、普通のことで、当たり前のことなんだから」
遊びたいのは、遊びたいから。
わたしたちはこうやって知り合って、こうやって遊んで、こうやって仲良くなった。
だから代海ちゃんも、そうやって仲良くなれたらいいなって、それだけのこと。
「……って、格好つけてるけど、流石に強引すぎたよね……ごめんね。イヤ、だったかな?」
「そ、そんなこと……っ。イヤ、じゃないっていうか、その……えっと……」
わたわたと慌てたような素振りを見せる代海ちゃん。
このおどおどした感じ、やっぱり、似てるなぁ。昔のわたしに。
だからって、それはまったく関係ないんだけど。
代海ちゃんに同情したのはその通り。だけど、友達になりたいって思ったのは、わたしが代海ちゃんのことを、もっと知りたいって思ったから。
義務じゃなくて、どっちかっていうと興味。もっと言うと、衝動?
やっぱり突き詰めると、そうしたい、っていうワガママなんだけど。
やがて、代海ちゃんはぽつぽつと言葉を零していく。
「……アタシは、他の人と、違うから……人間と、あまり触れ合うべきじゃないって、触れ合っちゃいけないって、思うから……」
「関係ないよ。わたしの周りには変な鳥さんはいるし、クリーチャーもしょっちゅう出て来るし、そういうのに比べたら、全然気になることじゃない」
「で、でも、今はもう1時を超えましたし、だから今のアタシは『代用ウミガメ』のとしての……【不思議な国の住人】としての、アタシですよ……?」
「だから関係ないんだって。だって、あなたが人間でなかったとしても、人間らしく人間社会で暮らしていこうと思っているんだから。それに、その気持ちくらいは、汲み取るべきだもん。人としてね」
みんな、やっぱりなんか理屈っぽいよね。
友達って、そんな難しいものじゃないのに。
やりたい、そうしたい、そうありたい。ただ、それだけ。
酷く衝動的で感情的だけど、そういうものだと思う。
楽しければ、嬉しければ、それでいい。
それが、友達、っていうものじゃない?
「あ……ありがとう、ございます……」
「お礼なんていいよ。それよりも、これからよろしくね、代海ちゃん」
「……はい、よろしくお願いします……っ」
☆ ☆ ☆
小鈴と『代用ウミガメ』――代海が仲睦まじくパンを頬張っている様子を見て、実子は呆れたように、諦めたように、それでいてどこか嘆くように、溜息を漏らした。
「……小鈴ちゃんは甘々だなぁ」
「ボクもそう思う。いつ隠している牙が剥かれるか、わからないっていうのにね」
「それとも、私たちが疑いすぎ?」
「否定はできない。けれど、実のところどうなるかはわからない。彼女一人がその気でも、彼女は一人じゃない」
「一人の意思じゃどうにもならないこともあるかもしれないって? まあ、相手が組織立ってるとね、そうなっちゃうか」
「しかし、小鈴がここまでぐいぐい押してくるとは思わなかったよ。まさかボクらの中に取り込むとは……」
「あー、なーんかわかるけどねー。小鈴ちゃん、中学に上がるまでほとんど友達いなかったっていうし、シンパシー感じちゃったりとか?」
「同情か。人情は美徳だけど、絆されるのはなぁ」
「私は小鈴ちゃんがそうしたいって言うなら、あんまり止めないけど……けどねぇ? 流石にこれはねぇ?」
「わかってる。あの様子じゃ、ユーは小鈴側、恋は様子見で中立って風だ。となると」
「警戒体制を敷かなきゃ、って感じだね」
「あぁ。何事もなければいいけど、なにかあってからじゃ困る。だから、ボクらが目を光らせておかなくてはならない……ボクらの日常を、守るためにもね」
とまあ、どういうわけかと言えば、こういうわけです。この辺りを発端に、【不思議の国の住人】とはどういう存在なのかを、描写していくつもりですが……まあ、じんわり気長に読んでくだされば。
そしていつものごとく、ご意見ご感想誤字脱字etc、なにかありましたら遠慮なく送って来てください。