デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 近頃、メタ発言と、メタ発言という概念を理解したキャラクターによるメタ発言というネタを混同しつつあります。メタ発言は好きじゃないんですけど、メタ発言そのものをネタとした台詞回しは嫌いじゃないんですよね。あくまでもその作品世界の中に限定された認識ですので。そういう意味では、ある意味今回は、メタ発言へのアンチテーゼ的な意味合いがあるかもしれません。


24話「とてもメタいよ」

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 …………

 ……いえ、挨拶はしておかないとダメかなって思うんですけど、だからって毎回、なにか言うことがあるわけでもなくって……

 えーっと、要するに、今日はなにもないんです。ごめんなさい。

 いつものように、お母さんはお仕事、お姉ちゃんは生徒会。友達遊ぼうと思っても、恋ちゃんは学援部で召集されてて、ユーちゃんも部活だって言ってました。

 わりと全員が揃わないとわたしたちは集まらない傾向があって、それにならうように、今日は集まりのない日。

 家にいてもお母さんの邪魔しちゃいそうだし、ワンダーランドに行くことも考えたけど、最近ずっとデュエマしてるような気がするし、今日は気分を変えて学校の図書室に来たよ。

 というか、返却期限がギリギリの本を返さなくちゃいけないんだよね。

 

「これ、お願いします」

「わかりました。少し待っててくださいね」

 

 司書の先生が本を受け取って、バーコードを通す。カウンターを通した本は先生に回収された。

 うーん、これで目的は果たしちゃったけど、これからどうしようか……

 今からワンダーランドに行く? でも、みんなとデュエマ出来ないし……じゃあ、近くのパン屋さん? ダメだ、今日は定休日だった。購買はやってないし……恋ちゃんやユーちゃんの様子を見に行く? いやいや、流石に邪魔しちゃ悪いよね。

 と、色々と考えていて、どれもダメで、そして、ふと気づいた。

 

「……なんか」

 

 一人じゃ、なにもできないな。

 昔は一人だからって困るようなことはなかったけど、今は一人だと、なんだか物足りない。

 みんながいないと、なにか違う。

 

(わたしも、変わったのかな……)

 

 それは中学生になったから?

 それとも、鳥さんと出会ったから……?

 どっちなのかはわからない。けどそれは、いい変化、だよね。きっと。

 別に本に飽きたわけじゃないけど、やっぱりみんなと一緒の方が楽しいや。

 だけど今日は一人だし、おとなしく新しい本でも借りて――

 

「――えいやー! だーれだっ!?」

「え? えぇっ!? だ、誰ですか!?」

 

 いきなり目隠しをされました。

 なんだけど、声にあんまり聞き覚えがない。

 こんなことをするのはみのりちゃんくらいだ。身長は確かにみのりちゃんと同じくらいみたいだけど、後頭部に感じる胸のふくらみがそれなりにある。みのりちゃんはこんなに胸が大きくない。スッキリすらっとスレンダーさんだもん。

 逆のお姉ちゃんだったら、もう少し背が低いはずだし、もっと胸があるはずだし……え? 本当にわかんないよ?

 一体、この人は誰……!?

 

「あはは、ごめんねー。流石にちょっと会っただけじゃわかんないか」

「え? あ、あなたは……えーっと、(よう)さん?」

「そう! 謡だYO!」

 

 ……なんでラップ調?

 振り返ると、そこには詠さんそっくりな女の人、謡さんが立っていた。

 この人だったんだ……どうりで、聞き覚えがないなりに、聞き覚えがあると思った……

 謡さん。お姉ちゃんと同じ生徒会の人で、庶務って言ってたっけ?

 ん? 生徒会?

 

「あの……謡さん」

「なにかな、妹ちゃん」

「生徒会のお仕事は……?」

「んー?」

 

 首を捻って明後日の方向を向く謡さん。明らかに誤魔化してる。

 

「今日は、林間学校の資料をまとめるとか、お仕事があるって、お姉ちゃんから聞いてたんですけど……」

「人間ってさ、ずっと根詰めてると、心身ともに悪影響を及ぼすと思うんだよね」

「は、はぁ……」

「これは休憩! 休憩なの! 会長とのお仕事が嫌になったから逃げだしたんじゃない! 戦略的撤退なの!」

「休憩じゃないんですか?」

「そうとも言う」

 

 なんか、言動が支離滅裂だなぁ。

 テンションが高いけど、たまに急激にクールダウンして、かと思ったらまたすぐにハイになる。基本的には躁だけど、躁鬱が激しい。

 ちょっと最近のみのりちゃんっぽい。

 

「本当もう夏休みだってのに勘弁してほしいよねぇ。会長もフーロちゃんも、バリバリのキャリアウーマンになるよアレ。青春真っ只中の中学生の夏だよ? 遊ばなきゃ、って思うでしょ? 妹ちゃん」

「は、はい……そうですね……」

 

 わたしはすごく遊んでました。ごめんなさい。

 

「しかも会長も堅物っていうか、負けん気が強すぎるしねぇ……学援部にちょっと同情しちゃうよ」

「学援部? 学援部がどうかしたんですか?」

「いーやー、なんでもないよ。こっちの話さ」

「?」

「そんなことより妹ちゃんは、どうして学校に?」

「あ、わたしは、借りてた本を返却しに……」

「夏休み前に借りたやつ? そんなの休みの間は誰も借りないし、ペナルティもないんだから、期限ぶっちして夏休み終わってから返せばいいのに」

「だ、ダメですよそんなの! ルール違反です!」

「あー、そうね……こういうところは、会長とそっくりだなぁ。でも!」

「え?」

 

 謡さんが消えた。いや違う。一瞬のうちに、わたしの背後に回り込んだんだ。

 なにこの敏捷性……!?

 

「あぁー、ちっちゃくて可愛いぃ……ここが会長と違うとこだよねー、私にもこんな妹がいたらなー」

「あ、あのっ、ちょっと!」

「しかもこの胸なに? 本当に一年生? これがつい数ヶ月前までランドセルを背負ってた身体なの? こーゆーとこも会長とそっくりなのはプラスポイントだよね!」

 

 背後に回った謡さんは、ガバッとわたしに抱き着く。前と同じです。

 なんだかこの人、みのりちゃんに似た波動を感じるよ。

 

「会長も顔はいいし身体もいいのに性格がきっついのがねぇ。まあいい人だけどさ。そんでもとっつきにくいんだよねぇ。妹ちゃん的にはどう?」

「そ、そうですね、お姉ちゃんはちょっとまじめすぎますけど、でも、そこがお姉ちゃんのいいところっていうか……」

「まあね、堅物じゃなかったら会長じゃないか。あー、うん。わりと堪能できた。ありがと」

「は、はい……」

 

 やっと解放された……ちょっと暑い。

 

「あの……謡さんは、わたしのこと、知ってたんですか……?」

「うん。噂はかねがね会長から」

「お姉ちゃん、変なこと言ってませんでした?」

「たぶん言ってたと思うけど、それらは全部私たちの中で“可愛い”に変換されてるから問題はないね」

 

 いや、そんなことはありません。

 お姉ちゃん、一体なにを言ったんだろう……恥ずかしい話とかしてないといいけど……

 

「いやでもねぇ、本当にねぇ、妹ちゃんとはずっと会いたかった、って思ってたよ」

「え?」

「だって会長、妹ちゃんの話をする時、いっつも嬉しそうで、楽しそうで、自慢げだったもん。いっつも素敵な話で、面白くて、それを聞いてる私は、良くできた妹さんだなって思ったよ。だから、ね」

「……お姉ちゃん」

 

 お姉ちゃんがなにを話したのかは分からないけど、不安がる必要は、なかったかな。

 わたしはダメダメな妹だけど、お姉ちゃんが少しでも、わたしのことをよく思ってくれてるなら……

 それは、とても嬉しいことだよ。

 なにも心配することなんて、なかった。

 

「ちなみに私が一番好きなエピソードは『はじめての下着売り場』だよ」

「えっ!?」

「いやぁ、女子小学生の初々しい羞恥と期待、そして達成感あるラストは最高だった……」

「ちょ、ちょっと! 本当にどんな話してたんですか!?」

 

 前言撤回。心配しかなかった。

 お姉ちゃんもしかして、わたしを話のネタに使ってるだけなんじゃない……?

 

「いやでも、私が君に興味津々なのは確かなんだよ?」

「またお姉ちゃんの話からですか……?」

「いやいや。それもあるけど、というかそうなんだけど、そうじゃなくて」

「?」

「だって君は、お姉さんという“語り手”を得て、物語の“主人公”になってるんだよ。それは凄いことじゃない?」

「え? えっと……」

 

 どういうこと?

 語り手? 主人公?

 この人がなにを言いたいのか、いまいちよくわからない。

 ほろほろと零れ落ちるような言葉が、とくとくと流れてくる。

 

「私は脇役も脇役、モブキャラ以下のモブみたいなもんだからさ。憧れるんだよね、君みたいな――主人公に」

「主人公……」

 

 わたしが、主人公……?

 なにを言っているの、この人……主人公って……

 

「私にはなにもない。だからこそ、憧れるの。物語の主人公や、正義のヒーローにね」

「主人公に、ヒーロー……いや、わたしは、そんなんじゃ……」

「そうかな? 君はその価値が既にあると思うよ? だって君は既に、お姉さんという語り手を得て、“語り手に語られる存在”になっているんだから」

「語り手に、語られる……?」

「うん。だってほら、会長から私の話って聞いたことある?」

「え? いや、それは……」

「ないでしょ。つまりそういうこと。私には口承に登場する価値もない、つまらない人間ってこと。だけど君はそうじゃない。だから、羨ましい」

 

 そんな、人の話の中で出るか出ないかだけで、そんなこと……

 

「僻みみたいになっちゃったね、ごめんよ。別に君が妬ましいとかじゃないんだ。ただただ純粋に、物語の主人公になれる人が羨ましくて、憧れるってだけなんだ。私は会長から君の話を聞いた。でもそれはたまたまで、たまたま君の話を聞いたから、君を羨んだ。それだけ。別の話を聞いたら、その人のことを羨ましいって思ったと思うよ」

「…………」

「……うん、まあ、なんか湿っぽい話になっちゃってごめんね! こんなの中二特有のつまらん悩みだと思って聞き流して! 私、ちょっとニチアサとか好きなだけの女だからさ。ヒーロー好きのただの中学生! 大したことないし気にしなくていいよ!」

 

 取り繕うように、誤魔化すように笑う謡さん。

 だけどさっきまでの言葉は、嘘じゃないはず。

 主人公になりたい、主役になりたい、ヒーローになりたい。

 世界の中心を自分にしたいという、願望。

 人はそれを醜いと、汚い欲望だと、嘲笑うかもしれない。

 自己顕示欲の発露は糾弾される。憧れは時として、黒く反転する望みだ。

 それを、なにを思ってこの人が、主人公にこだわるのかはわからない。

 けど……

 

 

 

「……その気持ち、なんだかわかります」

 

 

 

 わたしは、その願いに同調する。

 

「わたしも、同じです……ダメダメな自分が嫌で、お話の主人公みたいになりたいって、願ったこともありました」

 

 きっかけは、お姉ちゃんの存在。そして、お母さんの描く物語。

 わたしよりもすごい人がいる。お話の中には、眩しいばかりの主役がいる。

 そんなキラキラと輝く人に、憧れた。昔も、今もそうかもしれない。

 その結果、今は変な方向でその憧れが形になってるけど……だからってわたしが主人公になれたかどうかはわからない。近づけたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 なんにもわからない。わたしはまだ、無知でダメダメなままだから。

 だから、

 

「わたしには、なにがいいことなのかはわかりません……先輩の気持ちが、正しいのか間違ってるのか、そういうことは言えませんし、わからないんですけど……でも、わかります」

 

 ただわかるだけ。共感できる。ただそれだけ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 そんな、普遍的で、平凡で、なんでもないような言葉を零すだけ、だけど、

 

「……ありがとう、妹ちゃん」

 

 謡さんは、笑っていた。

 優しく微笑んでいた。

 わざとらしい快活な笑いじゃなくて、もっと素直な、純粋な笑みだった。

 

「いやぁー、いい子だなぁ! 妹ちゃん!」

 

 と思ったら。

 穏やかな笑みは一瞬で消え失せて、また抱きすくめられた。もう少しさっきの穏やかさを保って欲しいです先輩。

 

「いい子すぎる! あぁもう可愛いなぁ! こんなに可愛いんじゃ我慢ならないよ! もう私、養子になって伊勢謡になる!」

「な、なにを言って――」

 

 

 

「なに言ってんのよあんたは!」

 

 

 

 突如、図書室に一喝する声が響く。

 この声は……

 

「げ、会長……」

 

 ……お姉ちゃんだ。

 この顔を鬼と呼ぶのはあまりに平凡だけど、それが日本人の感性としてはすごくしっくりくるって感じの、今まで見たこともないような怒りの形相で、謡さんを睨んでいる。

 

「謡。あんた、この死ぬほど忙しい時に脱走だなんて、いい度胸ね……!」

「い、いやー、その……効率的な作業のためにも、適度は休憩は必要というか……っていうか会長も現在進行形でサボりだから同罪……」

「ふざけんじゃないわよ! フーロたちだけじゃ処理しきれないんだから、あんたもさっさと来なさい!」

 

 正に問答無用だった。

 謡さんは首根っこを掴まれると、そのまま力ずくでお姉ちゃんに引きずられる。

 

「うーわー! 会長にさらわれるー。でも、もうこれ逃げられないや……とゆーわけで、じゃーねー妹ちゃん! 楽しかったよ!」

「じゃあね小鈴! うちの後輩が迷惑かけたわ! ほら自分の足で歩きなさい。生徒会室に戻ったら、二度と椅子から立てないエンドレスワークの始まりよ……!」

「あはは……ほ、ほどほどにね……」

 

 果たしてわたしの声はお姉ちゃんに届いたのか。

 届いていたとしても、謡さんの処遇は変わらなさそうだけど。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 お話というものは、作者の手によって、それ相応の筋道を立てて設計され、その通りに進んでいく。

 だから、突発的な事態は必ずどこかに意味をもたらすし、前後関係のない文章はなにかの伏線であると考えるべきだ。

 けれど現実はどうだろう。私たちの生きる現実の世界は、必ずしも整合性や前後関係、因果関係を持って事が起こるわけではない。

 事実は小説よりも奇なり。この奇を演出するのは、突発的状況、要するに予測していない急激な展開、事件の発生というのもあるのだ。

 なんて、そんな前置きをしたくなったのはわけがあります。それは、わたしが正門を出てすぐのこと。

 

「甘いお花の匂いに誘われて、やって来たのよ(アタクシ)たち!」

「夏の猛暑は秋への道標、いずれ来る豊穣を願うはこの主役(キング)!」

「……というわけで、お久しぶり」

 

 奇妙な三人組と遭遇してしまいました。

 確か、蟲の三姉弟って名乗ってた人たちで、名前は……チョウさん、トンボさん、ハエさんだっけ?

 

「まだ登場回数少ないし、キャラを覚えてもらうために、改めて名乗ってあげるのよ! 私は蟲の三姉弟が長女! 『バタつきパンチョウ』なのよ! どうぞ覚えて帰ってね!」

「ぼくこそ主役! 蟲の三姉弟が長男! 『燃えぶどうトンボ』! この名を忘れたとは言わせぬぞ! 魔導の娘よ!」

「……次男、末っ子の『木馬バエ』です。二度も名乗ることないとは思うけど、まあ、我慢してください。お互い様なんで」

 

 三人セットで現れた、蟲の三姉弟の面々。

 今日も楽しそうだなぁ、この人たち……

 

「えっと……なんの用ですか?」

「冷めてる!? ちょっとこの子、もう順応しちゃってるのよ! あなたはこういう時、あたふたして慌てふためくキャラじゃなかったの!?」

「そんなこと言われても……」

 

 確かにわたしはトラブルがあるとすぐ慌てちゃったりするけど、別にそういうキャラで通してるわけじゃないし、流石に今まで何度も【不思議な国の住人】の人たちと会ってれば、驚きも薄れるよ。

 それに、まったく驚いていないわけでもないし。

 

「それで、わたしになにか用ですか?」

「そんなにあっさりされると、逆に困るのよ……別にあなたには用はないし」

「え? そうなの?」

 

 じゃあなんでわたしの前に現れたの?

 ……通りすがり?

 

「姉上。目的の彼奴はここにはいないようだが」

「っていうか、今回の帽子屋さんからの“お願い”って、姉さん一人でいいよね? 私もう帰りたいんだけど」

「そんな悲しいこと言わないで! 私たちはいつでも三人一緒で蟲の三姉弟なのよ!」

「うむ! 姉上の言う通りである! 我々は常に三位一体! 誰一人として欠けることは許されん!」

「……あっそ。じゃあ好きにして……」

 

 楽しそうだなぁ。

 わたし、いない方がいいんじゃないのかな? 邪魔しちゃ悪いし、わたしも、もう帰りたいんだけど。

 

「……じゃあ、わたしはこれで……」

「ストップストーップ! あなたに用はないけど、こうなったらプランBなのよ! やや不本意ながら、あなたを利用させてもらうのよ!」

「り、利用?」

「応とも。獣にせよ、魚にせよ、虫にせよ、自然界のそれらを捕獲する際に、貴様らは如何なる手段を用いて捕獲を成し遂げるのだ?」

「え……? 道具を使えばいいんじゃない……? 網とか、竿とか……」

「0点」

 

 手厳しい評価です。

 

「運動能力最底辺の人間が、手足の延長程度の機能しかない道具で、野生の生物を捕獲するなんて非合理的だ。知能だけで発展した生き物なんだから、知恵を使いましょうよ。運動能力で勝てない相手を捕縛するには、まず動きを止めないといけない。では、どうします?」

「追いかけても追いつけないから……罠を張る?」

「正解なのよ! 前置きがめっちゃ長くなって、くたびれちゃうだろうから答えを言っちゃうけど、餌で釣って罠を作るのよ!」

「水面に撒き餌を散らすように、樹木に蜜を塗るように、餌は獣を魅了し、誘惑し、誘導するのだ」

「その餌が、あなただってお話です。わかりました?」

「自分がエサにされるなんて、ゾッとしない話だけど……とりあえず理解はしたよ。だけど、なにを誘き寄せるの?」

「ふふん、それはね――」

 

 と、チョウのお姉さんが言いかけたところで。

 ふっと影が差す。太陽の光が遮られる。

 ほとんど反射で顔を上げると、遥か頭上――正確には学校の塀の上(全然遥かではない)――に立つ、一つの人影が見えた。

 わたしたちがその人影を認識した瞬間、それは塀から飛び降りる。それなりの高さがあるはずなんだけど、高さなんて微塵も感じさせないほどキレイに着地して、

 

 

 

「陽光の下でも輝く正義の味方! 昼寝の時間も惜しんで出て来るぞ! チェシャ猫レディ! 推参!」

 

 

 

 高らかに、そしてちょっと残念に、名乗りを上げた。

 そういえば、この人もこの人で出て来るのが唐突だよね……

 予想外とは言わずとも、なにしに来たのかわからないチェシャ猫レディさんの登場に面食らう私。

 

「やっぱりやって来たのよ、子猫さん」

 

 そんなわたしとは反対に、だけどチョウのお姉さんは、その登場をさも当然といった風に受け止めていた。

 それを聞いて猫のお姉さんも、首を捻る。

 

「やっぱり? あれ? もしかしてこれ、今度こそ私嵌められたパターン? 窮鼠猫を噛む作戦?」

「姉上を鼠扱いとは何事か! 不敬だぞ!」

「まあまあトンボ、ネズミだって懸命に生きているのよ。確かにちょっとばっちぃけど、それがあの子たちの生き方なんだから、そこに優劣はないのよ」

「む……それもそうか。すまぬ姉上、ぼくが浅慮だった」

「わかればいいのよ。それで、私たちがあなたを意図的に呼び寄せたかというと」

「残念ながら今回は確信犯ですよ、チェシャ猫気取りのお嬢さん」

「気取りって……酷い物言いだなぁ」

 

 あぁ、エサって、猫のお姉さんを呼び寄せるためなんだ。

 確かに猫のお姉さんは、わたしを守るとかなんとかって言ってたし、この人はいつもわたしの周りに現れるけど……

 もっとも、わたしが認識できるのはわたしの周囲だけだから、猫のお姉さんがわたしの周り以外で行動していたとしても、わたしにはわかんないんだけど。

 

「ベルちゃん餌に私を誘き出すなんて、意地汚いなぁ。で、わざわざはなんの用?」

「あなたを知りに来た。ただそれだけなのよ」

「知りに来た?」

 

 たった一言。端的で短い言葉。

 だけどその中に内包される情報量が多すぎて、その言葉が発せられる過程や因果が不明瞭で、首を傾げてしまう。

 そもそも、知るってなにを?

 確かに猫のお姉さんは謎が多い人だけど、それを知るために来たって?

 

「……もしかして、私の正体をこそこそ嗅ぎまわってるとか?」

「こそこそなんて失敬なのよ。正々堂々、こうやって真正面から来ているでしょ?」

「確かにね、これは失礼。でも、正々堂々だからって馬鹿正直に話すと思う?」

「思わないのよ。でもいいの。私にとっては、こうして相対することこそに意味があるのだから!」

「?」

 

 また首を傾げるお姉さん。だけど、わたしにも言ってる意味がわからない。

 人を知るには、面と向かって言葉を交わすことが一番だってお母さんは言ってた。でも、それは、その人の言葉から読み取れる人となりを知れるということ。

 そこから猫のお姉さんの正体の手掛かりも掴めると思うけど、そういうわけでもなさそうだし……

 

「どうせ明らかになることだし、変に隠しても伝わりづらいだけだから、鬱陶しい過程を全部省略して教えてあげる。【不思議の国の住人】が自己の“生存”と“確立”のために習得した、個性()について」

 

 個性()

 なんというか、とてもあやふやで、つかみ取り難いような言葉だ。

 

「ま、もっとも。チェシャ猫と絡んでいるらしいあなたには、もしかしたら言うまでもないかもしれませんけどね」

「……さて、どうだろうね」

「まあでも、あっちのアリスちゃんだけ置いてけぼりなのも可哀そうだし、やっぱり言っちゃうのよ」

 

 チラッとわたしに視線を向けて、チョウのお姉さんは語り出す。

 

「まず、私たち【不思議の国の住人】には、各々が獲得した個性()があるのよ」

「獅子が獣を喰い千切るように、馬が草原を駆けるように、鳥が空に羽ばたくように、すべての生き物には、その生物にしかない個性が、強き力が存在する」

「それが個人単位にまで凝縮されたようなものですね。あなた方から見れば、超能力、などと呼称されるようなそれに類似したものに見えるのかもしれませんが」

 

 個性、力、超能力。

 とても漫画的で、わたしには俗っぽく思えてしまうけれど。

 なんとなく、言いたいことはつかめてきたかもしれない。

 

「そして、私たち蟲の三姉弟は、そんな個性()として、この世界を認識する“眼”とは別の“眼”を持っているのよ」

「別の眼……?」

「そう。複眼ってやつなのよ」

 

 それは絶対違う。

 複眼ってそういう意味じゃないよね?

 

「世界を認識する眼とは、別の眼、ねぇ。なにを言ってるのかよくわからないんだけど?」

「通常、生物が持つ“眼”とは、視覚という情報を得るための手段。そこにある現実を見て、認識するための装置だ。だけど、私たちの別なる眼はそれとは異なる眼だ。別角度、別世界――別視点から、物事を認識することができる」

「視点を変えるって言い方が、一番伝わりやすいのかな?」

「これを我々は、通常の認識機能を持つ眼球とは別に“複眼”と呼んでいる。我らが姉弟は、複数の眼を持ち、複数の視点を持ち、複数の世界を見ることができるのだ!」

 

 別視点から世界を見る、視点を変える、複数の眼。

 いまいちなにを言ってるのかよくわからないんだけど、視点がどうこうって、まるで小説みたい。

 誰の目線でものを見るかによって、同じ文字で描かれている世界も変わって見える。

 お姉さんが言ってるのは、そういうことなのかな? だとしても、それを現実で当てはめたらどういうことなのか、いまいちよくわかんないけど……

 

「ま、ごちゃごちゃ概要説明するよりも、言って聞かせて見せてみるのが手っ取り早いかな。どうせ使うんだし、教えちゃうのよ。今回は私の眼の特別大公開日なのよ!」

 

 大公開日って、隠す気があるのかないのか、よくわからない発言だね……どっちかっていうと、なさそうだけど。

 チョウのお姉さんは高らかに宣言すると、人差し指で自身の眼を指さした。

 

「私の眼は第三の眼、三人称の眼なのよ!」

「三人称?」

 

 またわけのわからない単語が飛び出した。

 三人称って、この場にはいない第三者のことだよね? 英語でいうところの「()」と「You(あなた)」ではないもの。

 小説だと、主人公や語り部ではない人物の視点で進行するお話。いわゆる神の視点とも呼ばれるけど……それの、眼?

 それって、どういうこと?

 

「三人称。それは即ち神様の視点。あるいは“読者”の視点、なのよ」

「読者……?」

「あなたたちは、こんな風に考えたことはない? この世界は大きな物語の舞台で、誰かの人生や、この世界は、私たちでは認知できない誰かによって見られている、って」

 

 蝶のお姉さんは言う。それは、単なる仮定の話。そうであるという根拠はまったくない、荒唐無稽な夢想。

 だけれど、わたしは……ないわけでは、なかった。そんな夢物語を空想したことが。

 仮にそうであったとして、わたしたちが干渉できないのであれば、関係ないことなのだけれど。本の中の登場人物が、わたしたち読者に直接的になにかをするわけではないように、たとえこの世界が誰かの読み物だったとしても、わたしたちがこうして生きていることに干渉されることはない。

 だからそれは、まったく無意味な妄想だ。

 だけど、チョウのお姉さんは、そも妄想に、意味を肉付けする。

 

「私の持つ、この三人称の眼は、この世界がひとつの物語だと認識する。つまり、その物語を読む人物――いいえ。この世界を俯瞰する神様の視点で、ものを見ることができるのよ!」

 

 神様の視点。

 小説における三人称視点は、俗に神の視点とも呼ばれる。物語の構造をすべて把握した、神様(読者)が語る物語として。

 もし神様が存在するとして、その神様と同じ視点に立てるってことは……

 

「言うなればそれは、超客観視。完全に公平で、究極的に公正な、第三者の視点。神のみぞ知ることでも知ってしまう眼だ。個人の秘密から、世界の真理まで、その眼は不可視すらも可視化する、最高峰の探査眼だ。姉さんの眼は誰にも誤魔化されない。プライバシーもクソもあったもんじゃないですがね」

「やぁん。ハエ、そんなに褒められると、お姉ちゃん嬉しくなっちゃうのよ!」

「いや、あんまり褒めてないから舞い上がらないで、姉さん」

 

 なんでも知ることのできる眼……それは、かなりすごいことなのだということは、理解できる。すごすぎて、途方もなさすぎて、現実感がなさすぎて、どれくらいすごいのか、実感はまるで湧かないけど。

 神様が全知全能の存在なんだとしたら、神様はどんなことでもお見通しだ。それと同じ視点ということは、神様同様に、あらゆるものを視認して、理解できるということ。

 あるいはそれは、千里眼と呼ばれていた特異な眼。

 もし、そんな眼が本当に存在するのなら、チェシャ猫レディさんのことだって……?

 

「ま、大仰に言ってはみたけども、たかだか綺麗なだけのチョウチョに神様視点は大きすぎるのよ。あくまで始点はこの眼。見方が変わるだけで物理的な視野が変わるわけじゃないから、私が知覚できる範囲じゃないとダメなんだけど」

「あくまで私たちの個性()が定義される文言は『視点を変える』だけだからね。派生した状態変化は定義も定まりにくい。お陰で神の視点なんて言っても、結局はあやふやで、わからないことも少なくない」

「もうハエ! そういうこと言っちゃダメなのよ! せっかくビシッと決めたのに!」

「そうだぞ弟よ。姉上の眼は我々の中でも最も優れた素晴らしい眼だ! それを称えることはあれど貶める道理はない!」

「……まあ、私のよりはよっぽど使える力だしね。はいはい、私が悪かったですよ。ごめんなさいね」

「わかればいいのよ」

 

 適当な感じで流す木馬バエさん。そんな適当さでも、すんなり受け入れちゃうし、やっぱり姉弟仲いいよね、この人たち。

 いや、そんなことよりも。

 

「というわけだから! チェシャ猫だかなんちゃらレディだか知らないけど、そこなお嬢さん! あなたの正体、見破らせてもらうのよ!」

「…………」

 

 第三者の立場に立って、すべてを見通すバタつきパンチョウさんの眼。

 その触れ込みが本当なら、ここでチェシャ猫レディさんの正体が判明する。

 チェシャ猫レディさんは、どんな人なのか。人間なのか、クリーチャーなのか。もしかしたら、その目的までもが、解明されるのかもしれない。

 猫のお姉さんは、口をつぐんで、神妙な面持ちでチョウのお姉さんを見つめている。いつもの快活で明朗な勢いは、まるで感じないほど、静かだ。

 だけどそれは、冷静さではなくて、焦っているように見える。冷や汗が一滴流れ落ちて、なんとかしなければならないと思っても、その手立てがない。

 猫のお姉さんは自分の正体を隠しているっぽいけど、それがチョウのお姉さんの眼で明らかになる。猫のお姉さんからしたらそれは避けたいことなのかもしれない。でも、視認するだけですべてを見透かされちゃうんじゃ、逃げようがない。

 相対することに意味がある。チョウのお姉さんが言っていたのは、こういうことだったんだ。

 そしてわたしはというと、どうすればいいのかわからない。

 猫のお姉さんが嫌がることをされるのは、見ていて気持ちよくないけど、わたしだってどうやって止めればいいのかなんてわからない。

 それに、わたしも気になる。

 チェシャ猫レディと名乗るこの人の正体は、一体誰なのか。

 それが今、明かされる――

 

「……あれ?」

 

 ――はずだった。

 

「どうした、姉上。なにか異常か?」

「う、うーん? なにかなこれ……よく、わからないのだけども……」

「まあ見えるだけで、理解不能なものなら、姉さんにもわからないからな」

「違うのよ。見えることには見えるのだけれども……めっちゃぼやけているのよ!」

 

 え?

 ぼやけてる?

 チョウのお姉さんたちの“眼”とやらは、わたしたちの目の延長というか、それとは別機能を備えているだけみたいだし、レンズのピントが合わないように、視界がぼやけるってこともあるのかもしれない。

 だけど、そのせいで正体がわからない? そんな結果が、あり得るの?

 

「……そっか、成程。そういうことね」

 

 チョウのお姉さんたちが困惑する中で、猫のお姉さんだけは一人、納得したように頷いていた。

 そして、彼女は目を細めて猫っぽく笑う。

 

「いやぁ本当、生きた心地がしなかったというか、わりと本気でヒヤヒヤしたんだけど……バレなくてよかったぁ、マジで」

 

 どことなく乾いた笑みを浮かべながら、安堵の溜息を漏らす猫のお姉さん。思った以上に余裕がなかったみたい。

 だけど、正体が看破されなかったと知るや否や、声に覇気が戻ってきた。

 

「推測が多いけど、これはそういうカラクリなのね。面白いけど、ますます謎が深まっちゃったかな?」

「……あなたは、なにか知っているのですか? 姉さんの眼でも見通せなかった事実が意味することを」

「なんとなーくね。こうかなー、っていう考えはあるよ。やっぱり神様の視点なんてものは、虫さんが持つには大きすぎたんだよ。あなたは神様なんかじゃない。いくら客観視しようとも、あくまでも読者の範囲からは脱せないよ」

 

 猫のお姉さんは、少しずつ調子を取り戻していく。

 声は軽快に、口調は朗らかに。

 まるで猫のように、お姉さんは言葉を紡いでいく。

 

「確かに、チェシャ猫らしく笑いながら姿を消しても、その眼の前では見破られてしまうんだろうね。けど、その先があったら? 見破るだけでは足りなかったら?」

「先? なんなのよ?」

「“視る”だけじゃ足りないんだよ。全知全能の神様なら、私の存在の真なる面を“見破る”こともできるのかもしれないけどね。でも、あなたは神様と同じ視点に立てたとしても、全能じゃないただの虫だよ。“視る”ことはできても、その先にあるものを“見破り”“見通す”ことは敵わない」

「なんだ、なにを言っている? 姉上の眼に、及ばぬものがあるとのたまうか!」

「それがお姉さんの限界なんじゃないの? 事実、不可視を可視化しても、誤魔化しを取り払っても、無貌の顔だけは看破できなかったんだから。偽りの存在をね」

「偽り、だって?」

「むむむ、わからなくなってきたのよ。あなたは変装でもしているの?」

「ある意味ね」

 

 ニヤリと、お姉さんは微笑む。

 

「二十の面を持つ怪人、混沌に這い寄る邪神、顔のない皐月の王……確かに見えないと言い張っても、存在しないと駄々こねても、そこにいることは変えられない。名前のある登場人物である以上、私の存在は目録に載っていると思う。姿を消したところで、アンフェアにはなれないからね」

 

 けど、と猫のお姉さんは続けた。

 

「あなた、推理小説って読んだことない? いくら目録に乗っているからって、登場人物紹介で「この人が犯人です」なんて書くわけないでしょ? つまり、第三者の、読者の視点で他人を見れるからっていっても“隠蔽されている事実”は、見るだけではわからない。読者が“読み解かなければならないよ”」

 

 多くの物語には、なんらかの形で「謎」が存在する。

 その謎を犯人やトリックという形にしたものの多くが推理小説、ミステリと分類される作品群だけど……謎は、隠されているから謎であるんだ。

 隠されていなければなぞではないし、謎だから隠されている。そして隠されているものは、それが解き明かされる時が来るまで、真実は明かされない。

 だから読者は、真実を知りたければ推理しなければならない。その謎の正体が、なんなのかを。

 そして、それを踏まえたうえで、チェシャ猫レディさんは告げた。

 

「あなたの“眼”は、読者として客観的に見ることしかできない。つまり、私が自ら隠蔽し、偽装した私の謎――真実(正体)は、自力で解き明かさない限り、見ることができない!」

「そ、そんなのアリなの!?」

 

 吃驚の声をあげるチョウのお姉さん。わたしからしても、すごい暴論だと思う。

 神様視点になれるという発言もとんでもなかったけど、自分は読者として謎を解かないと正体がわかりません、だなんて、どんな主張なの……結果としてそうなっているとはいえ、傲岸不遜というか、なんというか。

 結局、チェシャ猫レディさんの正体はわからずじまい。わたしとしては、良かったのか悪かったのか……

 

「これはちょっと困ったのよー……こんな抜け道があるなんて、考えもしなかったのよ!」

「まあ、正直私もかなり焦ってたんだけどね。でも、その分の得はしたね。あなたの言葉を信じるという前提だけど、、あなたの“眼”で私の存在がバレないってことは、私は“そういう風にキャストされている”わけで、しかも私の意志による隠蔽は、しっかりと意味を持てているってことなんだから」

「? どういう意味ですか?」

「自分の力と立ち位置を再確認しただけだよ。どうにもあなたたちといると、なにをするべきかが有耶無耶になってしまいそうだからね。私のすべきこと、私の役回りってものを、ちゃんと把握しておきたかったのさ」

 

 確認、把握……?

 ……さっきのとんでも理論は、結果から逆算して行き着いた推理なんだろう。

 正体を隠すという“設定”で覆われた登場人物。それが、チェシャ猫レディさん。

 前提条件からして既に荒唐無稽で、およそ信じられるようなことでもないし、結果だけ見るとなにもわからなかったし、これは実はただの茶番なんじゃないかと、すべてが嘘なんじゃないかと思っちゃうけど。

 でも、たぶんこれは現実なんだよね……この摩訶不思議でおかしな世界が。

 この支離滅裂な理不尽さ。まさしく、不思議の国に迷い込んだみたい。

 猫のお姉さんは、その狂いに狂った舞台で、物事を客観視できるチョウのお姉さんの眼を逆に利用して、自分の立場を見極めた?

 音の跳ね返りで海底までの距離を求めるように、事象の逆算で自分という存在の役割を認識した?

 意味不明で理解不能な域に達しかけている、私たちと、【不思議の国の住人】との歪な縁。

 その中における、チェシャ猫レディさんの配役って……?

 状況が飲み込みきれず、わたしも困惑して、混乱して、よくわからなくなってくる。

 

「さて、私の真名看破が失敗したところで、今度はこっちのターンだよね。この前のネズミの彼には聞けなかったから、改めてあなたたちに尋ねたいことがあるんだけど」

「むぅ……なんなのよ」

「あなたたちって何者? 人間でないのは確かとして、じゃあなに?」

「なにって、私たちはたちでしかないのよ。私は【不思議の国の住人】の『バタつきパンチョウ』。そうとしか言えないのよ。人間はどう足掻いたって人間であるようにね」

「はぐらかさずに教えてくれるとありがたいんだけど」

「はぐらかすだと? 姉上は話を靄にかけるような小癪な真似はせぬわ!」

「残念ながら今回は同意だ。姉さんは真実をあるがままに告げているに過ぎない。あなた方の想像力が足りないだけですよ」

「む……」

 

 姉弟三人揃って反駁する蟲の方々。

 その勢いに気圧されたかのように、猫のお姉さんは口をつぐんでしまう。

 

「まあまあ、二人とも落ち着くのよ。私もちょっぴりムッとしちゃったけど、ケンカはダーメ」

「しかし姉上……」

「残念なことだけど、私の眼が通じない事実は変わらないし、そこはもう変えられない。仕方ないことなのよ」

「じゃあどうするんだよ、姉さん。帽子屋さんからの指令とやらは放り投げるのか?」

「うーん、ぶっちゃけ面倒くさいからそれでもいいかなーって思うのよ」

「おい」

「でもでも! 任されたからには、できるところまではやらないとね! お仕事も、ノルマも、どっちも大事なのよ! だから、私は私らしく、できることをやっちゃいましょう! お互いのためにね!」

「お互いのため? ……あぁ」

 

 弟さんたちを押し退け、前に出るチョウのお姉さん。

 この流れは……読めた。

 確かに、どう話を繋げたらその結果に行き着くのか、およそ理解不能だけれど。

 それでも、この人たちの前では、整合性とか、前後関係とか、因果律とか、運命とか、そういうものはすべて歪められてしまう。

 この目で見える世界は別の視点、自分の感覚は信用できず、時の流れは歪になって、状況は荒唐無稽。

 あらゆる理屈が否定されたような、不思議なお話だ。

 そのお話の流れに沿って生きるチョウのお姉さん。彼女の手に握られていたのは――

 

 

 

「さぁ、子猫さん。私とデュエマ! なのよ!」

 

 

 

 ――一つのデッキだった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 とても不自然な流れでデュエマが始まってしまいました。わたしには疑問しか浮かびません。

 だけど猫のお姉さんは仕方ないといた風に受け入れてるし、チョウのお姉さんはそれがさも当然のようだし、わけがわからない。

 なんでこの二人はデュエマをしているの?

 

「《ツタンカーネン》を召喚! ワンドローしてターン終了かな」

「私のターン。4マナで《タバタフリャ》を召喚して、ターン終了、なのよ!」

 

 

 

ターン3

 

チェシャ猫レディ

場:《ヤッタレマン》《ツタンカーネン》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:0

山札:27

 

 

バタつきパンチョウ

場:《ステップル》《タバタフリャ》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:0

山札:26

 

 

 

 猫のお姉さんは、以前見たようなジョーカーズのデッキ。対するチョウのお姉さんのデッキは、自然文明のデッキだ。

 トンボのお兄さんのデッキは、火と自然の混色デッキだったけど、今のところお姉さんの方は、自然文明しか見えていない。

 

「私のターン、ドロー……あー、手札微妙! 《洗脳センノー》を召喚してターン終了!」

「あらまあ、動きづらそうで大変だね。でもこちらは順調なのよ! マナチャージして5マナ! 《タバタフリャ》の能力で、パワー12000以上のクリーチャーの召喚コストを2軽減! マナをフルに使ってこの子を召喚するのよ!」

 

 いまいち動きが悪そうな猫のお姉さんに対して、超のお姉さんは言葉通り、順調に動いているみたい。

 そしてその好調は、繰り出されるカードにも響いている。

 

「害虫どもを蹴散らすのよ! 《パンプパンプ・パンツァー》!」

 

 《タバタフリャ》の大幅なコスト軽減を受けて現れたのは、野菜の戦車。

 なんだかすごくエキセントリックな造形だけど、このクリーチャーは……?

 

「うーわ、やなの出た……」

「《パンプパンプ・パンツァー》の能力で、まずは山札の上から一枚目をマナに置くのよ。なにが捲れるかな?」

 

 マナ加速? でも、7マナのクリーチャーなのにたった一枚だけ?

 なんて思ったけど、そんなわけがなかった。

 確かにマナ加速するけど、このクリーチャーで大事なのは、なにがマナに置かれるか。

 なぜなら、

 

「来たのよ! マナに落ちたのは《恐・龍覇 サソリスレイジ》! そのコストは8! それ以下のコストのクリーチャーはすべて、マナ送りなのよ!」

「うっへぇ……」

 

 めくったカード次第で、全体に除去効果を与えるんだ……博打みたいなものだけど、すごい大胆な能力。一瞬で場がキレイになった。

 でも、自分のクリーチャーまで全滅したけど、いいのかな……?

 

 

 

ターン4

 

チェシャ猫レディ

場:なし

盾:5

マナ:7

手札:2

墓地:0

山札:26

 

 

バタつきパンチョウ

場:なし

盾:5

マナ:9

手札:2

墓地:0

山札:24

 

 

 

「……マナチャージだけして、ターン終了するよ」

 

 クリーチャーが軒並み消え去った場。マナはたくさんある猫のお姉さんだけど、なにも出さなかった。

 

「なにもないんだ。なら、このターンで決めるのよ! マナチャージ! 2マナで《一撃奪取 ケラサス》を召喚! そして8マナで、この《ケラサス》をNEO進化!」

 

 不毛の大地に小さな苗木が植えられ、その苗木が急速に成長する。

 巨木が天に伸びるように、そのクリーチャーは、巨大化する。

 

 

 

「おっきくなーれ――《グレート・グラスパー》!」

 

 

 

 ……確かに、大きくなった。

 妖精みたいなクリーチャーは、長大な[[rb:槍 > パルチザン]]を持つ、巨大なバッタに進化した。

 だけどこのバッタ、二足歩行してるし、マントも羽織ってる……どことなく高貴さを漂わせるバッタだった。

 

「ここまで来れば、もう私の勝ちみたいなものなのよ。すべてを喰い尽くして終わらせるのよ! 《グレート・グラスパー》で攻撃! その時、能力発動! 私のNEOクリーチャーの攻撃時、そのクリーチャーよりコストの小さいクリーチャーを一体、マナから場に出すのよ!」

「やーな予感……」

「《グレート・スラスパー》のパワーは14000、よってパワー14000未満のクリーチャーを出すのよ。出すのはパワー13000のこの子!」

 

 パワー14000未満なんて、ほとんどどんなクリーチャーでも出てくるサイズだ。

 その中でもチョウのお姉さんは、最大級のクリーチャーを解き放つ。

 

 

 

「草も木も花も、肉も皮も骨まで喰らう、(イナゴ)の大群のお通りなのよ! 先陣を切って、《連鎖類超連鎖目 チェインレックス》!」

 

 

 

 次に現れたのは、恐竜。

 ティラノサウルスみたいな、トカゲっぽい巨大な肉食獣だ。

 見るからに強そうなクリーチャーだけど、ただ出すだけじゃないと思う。一体なにが起こるんだろう……

 

「うへぇ、チェイングラスパー……!」

「ここから長いから、覚悟してね。《チェインレックス》の能力発動なのよ! 自分の自然クリーチャーが場に出るたびに、そのクリーチャーよりコストが2小さい自然クリーチャーを、マナから出せる!」

 

 自然のクリーチャーが出るたびに、マナから自然のクリーチャーが出せる……《チェインレックス》のコストは10だから、次はコスト8のクリーチャーが出るんだ。

 ……ん? 自然のクリーチャーが出るたびに、マナからクリーチャーが出る……? って、まさか……

 

「出るのよ、《恐・龍覇 サソリスレイジ》! 能力で1マナ増やして、超次元ゾーンから《侵攻する神秘 ニガ=アブシューム》をバトルゾーンへ! そして自然のクリーチャーが出たから、《チェインレックス》の能力発動なのよ!」

 

 やっぱり!

 あのクリーチャー、自分の能力で出したクリーチャーをトリガーに、さらにクリーチャーが出せるんだ!

 コストは2ずつ落ちていくからいずれ止まるけど、ここから一気に展開されちゃう……!

 

「お次はコスト6、《幻影 ミスキュー》! 能力の解決は後回しにして、次にコスト4《タバタフリャ》! コスト2《ステップル》! ここで《ミスキュー》の能力を解決なのよ! 《ミスキュー》をマナへ!」

 

 あれ?

 せっかく出したのに、またマナに行っちゃった……?

 

「《ミスキュー》をマナに送って山札をシャッフル! トップを捲って、そのクリーチャーを場に出すのよ!」

「チェイングラスパーにチェインミスキューのギミック……最悪だなぁ、これは……」

 

 山札から出るから、なにが出るかはわからない。ランダムだけど、またクリーチャーが出て来る。

 クリーチャーが場に出るってことは、つまり、

 

「――トップが最高なのよ! 捲れたのはここが私のお花畑、即ち楽園(パラダイス)! 《古代楽園 モアイランド》をバトルゾーンへ! そしてこれで、コスト10の自然クリーチャーが出たのよ。ここでさらに《チェインレックス》の能力発動なのよ!」

 

 再び、《チェインレックス》の能力が起動するということ。

 新たなクリーチャーがマナゾーンから出てくる。しかも、またコストの高いところから連鎖する。

 

「コスト8《自然星人》! 能力でマナを二倍に!」

「サラッと二倍とか言わないでほしいなぁ……」

 

 チョウのお姉さんのマナは6マナだから、これで一気に12マナ!?

 何度もクリーチャーを出すからマナが減っていたところに、この大量のマナ加速は大きい。しかも、マナが増えたってことは、《チェインレックス》で出すクリーチャーの選択肢も増えたっていうことだから、さらに強力なクリーチャーが出て来るかも……

 

「まだまだ続くのよ! お次はコスト6、《ミスキュー》! 《マッカラン・ファイン》《ステップル》を出してから、《ミスキュー》の能力解決! 《ミスキュー》をマナに送って、トップを捲るのよ!」

 

 ん?

 あれ? よく見るとチョウのお姉さん、火のクリーチャーを出してる。

 《チェインレックス》って、自然のクリーチャーしか出せないんじゃないの?

 というわたしの疑問に答えてくれる人は誰もいなくて、チョウのお姉さんは《ミスキュー》の能力で山札をめくる。

 

「……《タバタフリャ》か。まあ一応そのまま出して、《チェインレックス》の能力で《ケラサス》を出しておこうかな。最後に《ステップル》二体分の能力でマナを追加するのよ」

 

 遂に連鎖が止まった。

 だけど、止まるまでが長すぎた。チョウのお姉さんの場には、数えきれないくらい大量のクリーチャーが並んでいる。しかも、半分くらいはかなりの大型クリーチャーだ。

 イナゴの大群なんて言ってたけど、これはイナゴどころじゃない。たとえイナゴであっても、蝗害は草木を根こそぎ食い荒らしてしまう、凶悪な害虫だ。

 

「待たせたね、これで処理はすべて終了。攻撃に移るのよ! 《グレート・グラスパー》でTブレイク!」

 

 そういえばこれ、《グレート・グラスパー》の攻撃中のことだったっけ。

 能力が何度も連鎖して長く続いてたから、忘れちゃってたよ。

 

「S・トリガー……《モアイランド》がいるから《タイム・ストップン》は使えないし、《ハクション・マスク》を召喚するけど……」

「そんなんじゃ全然止まらないのよ。《ハクション・マスク》は《ケラサス》を破壊するのよ」

 

 マスクをつけた風邪っぽいクリーチャーが、くしゃみでウイルスを飛ばすけど、破壊できるのはパワーの小さなクリーチャーだけ。しかもたった一体。

 その程度じゃ、この大群は止められない。

 

「さぁ、ドンドン行くのよ! 私の場には《マッカラン・ファイン》がいるのよ! マナ武装5で私のクリーチャーはすべてスピードアタッカー! そしてマナは《ニガ=アブシューム》で染色されて、すべて五色! マナ武装の条件は達成しているのよ!」

 

 さり気なく出て来たあのドラグハート・フォートレス、マナゾーンのカードに文明を追加するんだ。

 だから火文明のクリーチャーでも出て来たんだね。

 

「甘い蜜を吸い尽くし、花も草も木の根に至るまで、すべてを喰い尽くすのよ! 《チェインレックス》で残りのシールドをブレイク!」

 

 なんて納得してる場合じゃない。いや、わたしがどう思うと、戦況はなにも変わらないんだけど。

 《マッカラン・ファイン》というクリーチャーに、《ニガ=アブシューム》というフォートレス。この二枚が揃うことで、チョウのお姉さんのクリーチャーはすべてスピードアタッカーになってるってことは、このターンにダイレクトアタックを仕掛けるってこと。

 加えて呪文も封じられてるみたいだし、《タイム・ストップン》で攻撃が防げないんじゃ、この大群は止まらないんじゃ……

 

「……S・トリガー!」

 

 恐竜さんに食い破られたシールドが、光り輝く。

 すると、バタン! バタン! と扉が開いた。

 

「《バイナラドア》! 二枚あるよ!」

「う、五枚のうち四枚がS・トリガーなんて、どんな豪運してるのよ……!」

「あなただって、《ミスキュー》で《モアイランド》捲ってたじゃん。それにこれ、そういうデッキだし。《バイナラドア》二体の能力で、《モアイランド》と《マッカラン・ファイン》を山札の下に送るよ! そして二枚ドロー!」

「《マッカラン・ファイン》が消えてしまっては、どうにもならないのよ……《自然星人》の能力でマナから《グレート・グラスパー》を回収して、ターン終了」

 

 

 

ターン5

 

チェシャ猫レディ

場:《バイナラドア》×2《ハクション・マスク》

盾:0

マナ:8

手札:4

墓地:0

山札:26

 

 

バタつきパンチョウ

場:《ステップル》×2《タバタフリャ》×2《グレート・グラスパー》《チェインレックス》《自然星人》《サソリスレイジ》《ニガ=アブシューム》

盾:5

マナ:10

手札:1

墓地:1

山札:14

 

 

 

 

 スピードアタッカーを与える《マッカラン・ファイン》を除去して、攻撃を止めた……

 だけど、チョウのお姉さんの場にはまだ、大量のクリーチャーが残ってる。やっぱり猫さんにも、もう後は残されていない。

 

「まずは一応、《ヤッタレマン》を召喚! そして5マナ!」

 

 でも、それでも問題なかった。

 だって、猫のお姉さんには――

 

「夜行列車が通りまーす――昼間だけど――轢かれないようにご注意くださーい。まあ……こっち撥ね飛ばすつもりで運転するけどね!」

 

 ――一撃必殺の、切り札があるから。

 

 

 

「《超特Q ダンガンオー》! 出発進行!」

 

 

 

 チェシャ猫レディさんの切り札、《ダンガンオー》。

 登場時に場のジョーカーズの数だけブレイク数が増えるクリーチャー。猫のお姉さんは、一度場をリセットされたけど、S・トリガーでたくさんクリーチャーが出てきたから、その分だけパワーアップできる。

 

「《ダンガンオー》で攻撃! 私のジョーカーズは四体! だから、六枚のシールドをぶち抜くよ!」

「っ……!」

 

 一撃で六枚のブレイク。瞬間的な爆発力なら、チョウのお姉さんより上だ。

 このブレイクが決まれば、それだけでほとんど勝ちだけど、お姉さんの攻撃はそれだけじゃなかった。

 

「さらにさらに! 保険も掛けとくよ。無色クリーチャーの攻撃時、アタック・チャンス発動!」

「アタック・チャンス? 無色ってことは《ナッシング・ゼロ》かな? でも、シールド枚数的に無意味……」

「違うね! 唱えるのはこれ! 《黄泉秘伝トリプル・ZERO(ゼロ)》!」

「っ!?」

 

 なにあれ? ヨミ……秘伝?

 よくわからないけど、《ダンガンオー》が疾駆する中、空中に三つの(ゼロ)の数字が浮かび上がって、それらはそれぞれ、シールドゾーン、手札、マナゾーンへと移動する。

 

「《トリプル・ZERO》の効果で山札から一枚シールドを追加するけど、コスト6以上の無色クリーチャーがいるから追加効果! 手札、マナも一枚ずつ追加!」

 

 移動した0の数字は、カードとなって猫のお姉さんの手に渡る。

 すごい……一気にシールドが復活しただけじゃなくて、手札もマナも増やしちゃった。

 でも、この一撃ですべてが決まるんだから、あんまり意味はないんだろうけど。

 

「そーれ、ぶち抜け! ダンガンインパクト!」

 

 《ダンガンオー》の鉄拳が、チョウのお姉さんのシールドを打ち砕く。

 拳の一振りで、木端微塵に粉砕された盾。一瞬で消え去った防御壁。

 もちろん、S・トリガーの可能性はある。だけど、猫のお姉さんの残る攻撃可能なクリーチャーは三体。果たして何枚のトリガーで、それらのクリーチャーを処理できるのか。

 大群となって放たれたクリーチャーたちはなんの意味もなく、チョウのお姉さんは、一転して窮地に追い込まれてしまった。

 

「……私は『バタつきパンチョウ』。蟲の三姉弟が長女。一番、お姉ちゃん……なのよ」

 

 粉々になったシールドの破片を浴びながら、チョウのお姉さんは小さく呟く。

 そこには、朗らかでにこやかな彼女はいなかった。

 

「流石にもうヘラヘラ笑ってられない。メタも読者も神様も関係ない。私はお姉ちゃんなんだから、弟たちにカッコ悪いとこは見せられないのよ。これが単なるノルマでも、意味のない戦いでも……意地くらいは、あるのよ」

 

 鋭い目つきで、真剣な眼差しで、相手を見据える。

 獲物に口づけし、その身を穿ち、命を吸い上げる蟲。

 優雅で、華麗で、煌びやかな蝶々ではなく。

 それは――獰猛なる蝶であった。

 

「そう、これは長女としての意地っ張り。弟たちの手前――私も負けるわけにはいかないのよっ!」

 

 シュッと伸ばした手が、一枚のカードを掴む。

 それは――

 

 

 

「スーパー・S・トリガー! 《コクーン・マニューバ》!」

 

 

 

 ――チョウのお姉さんの、逆転の一手だった。

 

「まずは《バイナラドア》をマナ送りなのよ! そしてスーパー・S・トリガーのボーナス発動! マナゾーンから、《パンプパンプ・パンツァー》をバトルゾーンへ!」

 

 空中に浮かぶ繭から伸びる糸が、《バイナラドア》一体を絡め取って、マナゾーンへと縛りつける。

 そして繭の中から、新たなクリーチャーが生まれた。

 産み落とされた野菜戦車は、砲塔を天に掲げる。

 

「それで蹴散らすつもりだね。でも、私の場にはまだコスト8の《バイナラドア》がいるよ? コスト7以下のカードじゃ止まらないよ」

「そんなことは分かっているのよ! だけど、私は蟲の三姉弟の長女、バタつきパンチョウなのよ! ここで負けたら、弟たちに示しがつかないのよ!」

 

 力強く叫ぶチョウのお姉さん。

 穏やかな笑みを浮かべて、どこか掴みどころのないような人だと思ってたけど……その言葉には、すごく、純粋な心が詰まっているように感じた。

 姉弟仲がいいとは思ってたけど、それだけじゃないんだね。

 

「姉上……感服いたす」

「……まったく、姉さんはいつもヘラついてる癖に意地っ張りなんだから」

 

 ちらりと横を見遣ると、弟さんたちもなにか思うところがあるようだった。

 ……なんだか、変な感じだ。

 代海ちゃんとは仲良くなれた。ネズミさんにも普通に友達がいた。そして蟲の人たちは、すごく姉弟の絆が強い。

 【不思議な国の住人】と名乗る人たちは、確かに意味不明にわたしたちに突っかかって来たし、酷いこともしてきたけど……でも、純粋に悪い人たちとは思えない。

 本当に、不思議な人たちだ。

 

「蹴散らせトップ! 蝗の大群は田畑を食い荒らし 巨蝶は甘い蜜を吸い尽くす! この場を不毛の大地とするのよ!」

 

 っと、それよりも、対戦だね。

 《パンプパンプ・パンツァー》の能力で、チョウのお姉さんは場を一掃するチャンスを得た。ここでめくれるカード次第では、一発逆転もあり得る。

 果たして、お姉さんのマナに落ちたカードは……?

 

 

 

「――喰い荒らせ! 《連鎖類超連鎖目 チェインレックス》! コスト10以下のクリーチャーはすべて、マナ送りなのよ!」

 

 

 

 刹那、核爆弾のような砲弾が爆発し、その猛烈な爆風によって、バトルゾーンが吹き飛んだ。

 ドラグハートを除いて、バトルゾーンは更地。お互いにクリーチャーゼロだ。

 盤面がリセットされた……すごい。なにもなくなちゃったよ……

 

「……これはターン終了しかないね」

 

 一瞬でクリーチャーを全滅させられては、もうなにもできない。猫のお姉さんも、大人しくターンを終えるしかなかった。

 だけど、状況は猫のお姉さんが有利だよね? 場にはほとんどなにもないけど、猫のお姉さんは保険と言って、シールドや手札を増やしている。まだ二枚のシールドがあるからすぐにはやられないだろうし、手札もマナも増えたから、とどめを刺すのもそう時間はかからないはず。

 一方でチョウのお姉さんは、自分の場のクリーチャーも一掃しちゃったから、反撃に出ようにも出にくい。シールドはゼロだし、あと一発で負けちゃうから、プレッシャーも大きいと思う。

 ダイレクトアタックは防いだけど、追い詰められていることに変わりはなかった。

 

「私のターン! さぁ、今度こそ決めるのよ! 《タバタフリャ》を召喚して、そのまま《グレート・グラスパー》にNEO進化!」

「また来たよ……」

「さぁ、まだマナは残ってるのよ、6マナで《ミスキュー》を召喚! トップを捲るのよ!」

 

 山札をめくる時間。

 またランダムでクリーチャーが放たれるけど、今度はなにが……

 

「《コクーン・マニューバ》……これはハズレなのよ」

 

 めくれたのは呪文だった。クリーチャーじゃないから、場には出ない。

 

「だけど、まだ弾は残ってるのよ。《ミスキュー》を召喚!」

「うへぇ、二発目かぁ。胃に悪いよそれ」

 

 二枚目の《ミスキュー》で、また山札からクリーチャーが飛んでくる。

 《チェインレックス》とか《モアイランド》みたいなクリーチャーが出て来ないことを祈るばかりだけど、

 

「次は……うぐ、また《コクーン・マニューバ》……!」

 

 連続でハズレを引いてしまうチョウのお姉さん。これは運が悪い。猫のお姉さんとしては、一安心なんだろうけど。

 

「手打ちは完全ハズレ、だけど本命はこっちなのよ! 《グレート・グラスパー》で攻撃! 能力でマナから《チェインレックス》をバトルゾーンに!」

 

 あ、そっか……《パンプパンプ・パンツァー》で《チェインレックス》はマナに行ってるんだった。

 それがまた、バトルゾーンに戻ってくる。

 

「連鎖開始! コスト8《サソリスレイジ》! コスト6《ミスキュー》! 《サソリスレイジ》の能力でマナを増やして、《恐龍界樹 ジュダイオウ》をバトルゾーンへ! 《ミスキュー》の能力でトップを捲るのよ! 捲れたのは《グレート・グラスパー》! 《サソリスレイジ》の上に重ねてNEO進化なのよ! そして、再び連鎖開始! コスト6《ミスキュー》! 《ミスキュー》をマナに送るのよ! そして捲れたのは……《ステップル》! マナを増やすのよ!」

「っ!」

 

 《グレート・グラスパー》で《チェインレックス》を引っ張り出して、何度も《ミスキュー》の能力を使って、大きなクリーチャーを踏み倒して……連鎖が止まらない。

 

「! 来たのよ、《マッカラン・ファイン》! 《チェインレックス》の能力で、コスト6に続きコスト4《マッカラン・ファイン》をバトルゾーンに!」

 

 しかも、また《マッカラン・ファイン》が出て来ちゃった。

 山札の下に送ったけど、《ミスキュー》で山札をシャッフルするうちに、デッキの上まで上ってきたんだ。

 

「次はコスト2《ステップル》! マナを増やすのよ……また《マッカラン・ファイン》が落ちたね。待機中の《チェインレックス》の能力で、コスト4の《マッカラン・ファイン》、コスト2の《ケラサス》をバトルゾーンへ!」

 

 と、ここで連鎖終了だけど……

 

「……まさか、たった1ターンでほぼ同じ状況まで再生されるとは……」

 

 1ターンで、全滅したバトルゾーンが戻った……!

 しかも今度は、《マッカラン・ファイン》が二体、すぐに攻撃可能な《グレート・グラスパー》までいる。

 もう《バイナラドア》じゃ防げない。

 

「でも……助かった」

「? なにがなのよ」

「《モアイランド》出てたら流石に無理だったけど、いないなら、ギリギリ希望に縋れる……!」

 

 呪文で増やした保険のシールドが二枚。

 そのうちの一枚が光り輝き、そしてけたたましい音を鳴り響かせる。

 

「スーパー・S・トリガー! 《タイム・ストップン》! 《マッカラン・ファイン》を山札に戻して、攻撃中止!」

「むぐぐ、またトリガーなんて……ターン終了なのよ!」

 

 

 

ターン6

 

チェシャ猫レディ

場:なし

盾:0

マナ:16

手札:3

墓地:3

山札:18

 

 

バタつきパンチョウ

場:《グレート・グラスパー》×2《ステップル》×2《ケラサス》《チェインレックス》《マッカラン・ファイン》《ニガ=アブシューム》《ジュダイオウ》

盾:0

マナ:20

手札:1

墓地:2

山札:8

 

 

 

「私のターン……3マナで《ツタンカーネン》を召喚、一枚ドロー。お次は1マナ、《ジョジョジョ・ジョーカーズ》! 四枚見て、《ダンガンオー》を手札に!」

「引かれちゃったのよ……トリガー対策に《ジュダイオウ》を立てたのも、無意味だったかな」

「6マナタップ! 《超特Q ダンガンオー》を召喚!」

 

 チョウのお姉さんのシールドはもうないから、ここで攻撃可能な《ダンガンオー》が出た時点で決まり。

 だけど、

 

「さらに6マナ! 後続車が来るよ、《ダンガンオー》!」

 

 ダメ押しのように、猫のお姉さんは二体目の《ダンガンオー》を繰り出す。

 たぶん、シノビや革命0トリガーに備えての二体目だ。一体目の攻撃は防がれても、二体目で決めるつもりなんだ。

 

「二車両編成でぶち抜くよ! 《ダンガンオー》でダイレクトアタック!」

「ニンジャ・ストライク! 《ハヤブサマル》を召喚して、ブロックするのよ……!」

「それじゃあ足りてないんだなぁ! こっちにはもう一体《ダンガンオー》がいるんだよ!」

 

 そしてお姉さんの読みは当たってたようで、チョウのお姉さんが割り込ませたシノビが、一撃目を防ぐ。

 だけどそれは予測済み。その予測によって発車した、二両目の新幹線が突撃する。

 

 

 

「《超特Q ダンガンオー》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「うぅ……」

「姉上!」

「姉さん……!」

 

 大戦が終わるや否や、弟さんたちは、一目散にチョウのお姉さんに駆け寄った。

 なぜかチョウのお姉さんは、ぷるぷると震えながら、弟さんたちに手を伸ばす。まるで仲間に看取られる戦争映画のワンシーンのようだ。

 

「ごめんね。トンボ、ハエ……お姉ちゃん、負けちゃったのよ」

「構うものか。姉上は負け姿も麗しい」

「それあんま褒めてないよね、兄さん。というか姉さんも、無駄にシリアスな空気出さなくていいから」

「あぁん、もうちょっと気分に浸らせてくれてもいいのに。ハエはイジワルなのよ」

「まあそう言うな姉上。ハエは本心では、姉上の無事に歓喜している。それを表層で表せぬだけなのだ」

「そうだね。ハエはツンデレさんだもんね!」

「うぜぇ……こいつら面倒くせぇな……」

「コントするのは結構だけど、こっちのこと忘れてないよね?」

 

 姉弟の仲睦まじいワンシーンに割り込む猫のお姉さん。

 不服そうに唇を尖らせながら、チョウのお姉さんはそちらを向く。

 

「こっちの話、いい? あなたたちの正体について話してもらいたいんだけど? さっきは変なところで切り上げられそうになったけど、隠し通させる気はないよ」

「別に私たちは正体を隠してはいないのよ。何度も言ってるように、私たちは【不思議な国の住人】以外の何物でもない、あるがままでそのままの私たちなのよ」

 

 一貫して主張を変えないチョウのお姉さん。

 うーん、わたしには、チョウのお姉さんたちがウソをついてたり、なにかを隠しているようには見えないけど……でも、なにか腑に落ちないのも確かだ。

 なんだろう、なにか、とても大事なことを見落としているような……あるいは、チョウのお姉さんのように、見ている立ち位置が違うような。

 同じものを見ていても、見方も、視点もまるっきり違うみたいな、噛み合わなさがある。

 

「……アプローチを変えてみようかな。あなたたちは、人間が嫌い?」

「どうかな。私はそうでもないけど、嫌ってる子は多いのよ。ハエはわりとそっち側じゃないかな?」

「別に……そんなことはないさ」

「だって言ってるのよ。まあ、ハエはツンデレさんだから、口ではこう言ってても、心は違うかもしれないけどね!」

「うるさいよ、姉さん」

 

 話を振られたハエのお兄さんは、視線を逸らして口数少なくぶっきらぼうに答える。口では否定しているけど、その態度が否定を表しきれていない。

 人間、嫌いなんだ……この人たちの中でもまともそうな人だと思ってたけど、実はすごく敵愾心を持たれてたのかな……

 

「カメ子ちゃんとかは、嫌ってはないけど苦手そうだよね。ネズミ君は人間というか個人を見るし……あ、ウサちゃんとかはかなーり見下してるね!」

「いや、ウサちゃんって誰なの……」

「……同族の人間嫌いがどうとか、至極どうでもいいことですけどね」

 

 とそこで、ハエのお兄さんが口を挟む。

 

「そんなことより。まさか、あなたは私たちの所業が、人間に対する恨み辛みで行われているとでも思っていたのですか? そんな短絡的で、単純な動機だと、本気で思っていたのですか?」

「嫌味っぽいなぁ……じゃあ、なんだって言うのさ」

「それは語るまでもないこと。我々がこうして生きていることそのものが、我らの生存理由であり、魂の輝きに他ならん。そこに無粋な言葉など不要だ」

 

 トンボのお兄さんは堂々とそう言ってのけますが、しかし結論としてはなにもかもが不明瞭で、理解も納得もできるものではなかった。

 わたしにとっても。そして勿論、猫のお姉さんにとっても。

 

「結局はぐらかされるのか……」

「ごめんなさいね。私たちは虫けらなもので、理路整然とした説明というものは苦手なのですよ、お嬢さん」

「って言っても、【不思議の国の住人】とやらって、基本的に話が通じない連中ばっかじゃん。その中でもあなたたちは、比較的マシな部類だと思ってたんだけどねぇ」

「それは光栄なのよ。でも、ご期待に沿えなくてごめんね!」

 

 笑顔で謝るチョウのお姉さん。屈託ない無邪気で眩しい笑顔だ。

 皮肉とか、嫌味なんてものは微塵も感じさせない笑み。

 どこまでも、楽しそうな人だ。

 

「嵌められて、誘き出されて、収穫ゼロ。プラマイゼロなだけマシだけど、無駄に疲れたし、むしろマイナスかもなぁ」

「あらら、それはお気の毒なのよ」

「あなたたちのせいだけどね。まったく、話が通じないってのはなんとなくわかってたけど、ここまでとはね」

「先ほどから聞いていれば、毒の効いた舌ばかり回す小娘だな」

「まあ仕方ないさ。私たちは思考回路も、考え方も、物事の筋道も、理屈も、彼女たちのような人間から外れてしまっているのだから。人間社会に溶け込むにあたって矯正はしたけど、そのずれや歪はなくならないし、偽り切ることなど不可能だ」

「それもそうなのよ! なにより、私たちの頭目たる帽子屋さんがもう、あっぱっぱーにイカれちゃってるもの! 仕方ないよね!」

 

 笑顔で言ってのけるチョウのお姉さん。

 思ったより酷い。

 

「あっぱっぱーって……そんなに?」

「うむ。帽子屋殿は畜生とも怪物とも取れぬ、実に奇々怪々な思索を巡らせる。あれはもう狂人と言っても差し支えないような回路だな」

「まともぶってるけど、本人が自称するだけあって、一番イカれてるよね。まあ、それを隠す技術っていうか、擬態も凄い上手いけど」

 

 この場にいないことをいいことに、結構散々なことを言われてる帽子屋さん。

 リーダーっぽい人だったけど、思ったよりも人望ないのかな……

 

「とまあ、てきとーにお喋りしてたけど、満足したかな?」

「まったくしてないけど、あなたたちとの会話から欲しい情報が得られる気もしないし、もういいや」

「バッサリなのよ」

 

 いっそ清々しいほどすっぱりと諦める猫のお姉さん。いや、諦めたというより、切り上げた、のかな。

 まあ確かに、なんだかこの人たちの物言いは、わたしたちには理解しがたいものがあるけど……

 言ってることはわかるのに意味がわからない。その言葉に秘められた意味が。

 だけどそれは、わからないというよりも……見えない。

 読み取れないし、見通せない。

 この人たちの言葉は、そんな風に感じる。

 

「うーん、イベントはこれで終わりみたいなのよー。残念!」

「イベントってなんだよ」

「あーあ、もっと華麗にお仕事をこなすつもりだったのに、ちょっぴり消化不良なのよ」

「こればかりは仕方あるまい。姉上の“眼”をもってしても見通せぬ存在があるなど、予測不可能だ」

「いや、前例があるんだから予測しとけって。もっとも、予測したところで対処できるわけではないけれど。割り切るという点では、兄さんの言葉も一理ある」

「なんにしたって、これ以上はお仕事をこなせないのよ。そういうわけだから」

「我らは潔く立ち去るのみだな」

「えぇ、私たちは帰ります。邪魔したね、お二人さん」

 

 そうして蟲の人たちは、三人揃って颯爽と立ち去っていった。

 ……本当に行っちゃった。一体なにしに来たんだろう。いや、わかるんだけど、結果だけ見ればなにも変化なく終わったし……

 そもそも、なんでわたしがここにいるのかわからない……わたしの存在って、この場ではまったく無意味だったよね。

 誰もなにも得ずに終わった、虚無の結末。

 強いて言うなら、蟲の人たちには特殊な“眼”があるっていうことと、猫のお姉さんの正体は神様の意志で隠されているということがわかったくらい。冷静に考えると、まったく意味不明だし荒唐無稽な結論だ。

 結局、猫のお姉さんも、【不思議の国の住人】も、その正体はまったく不明なままだったし。

 ……正体、かぁ。

 

「あの……チェシャ猫レディ、さん?」

「なにベルちゃん? とゆーか大丈夫? あいつらに変なことされてない?」

「それは大丈夫ですけど……その、お姉さんは、ずっと正体を隠したままなんですか?」

「……気になる?」

「はい……ちょっと」

 

 信用してないとか、疑ってるわけじゃないけど、ずっと気になってる。

 だって、いきなり現れてわたしを守るなんて言う人だ。わたしとどこかで会ってるのか、どこかで関係があったのか……その繋がりくらいは、気になってしまう。

 なんでこの人は、わたしを守りたいのか。なんでわたしなのか。

 誰かを無償で守ることが正義の味方の使命だとしても、わたしに固執する理由はないはず。

 だから、この人は必ずなにかしらの目的があるはずなんだ。

 それはなんなのか。それはどこから来るものなのか。

 この人は、本当はなにを隠しているのか。

 正直に言うと――知りたい。

 だけど、

 

「前にもなんか聞かれたねぇ。あの時は目的だっけ? まあ、私の正体を知れば、そこから推測も可能っちゃ可能だけども」

「べ、別に探ろうとしてるわけじゃ……」

「分かってるよ。ベルちゃんはそういう性格じゃないもんね。でも、私の正体か。まあぶっちゃけはぐらかしちゃうけど、そうでなくっても説明がとっても煩雑、難解、面倒なんだよねー」

 

 どうやら真面目に答える気はないようです。

 煙に巻くというほど緻密でもなく、真剣に隠匿している風でもなく。

 ごちゃごちゃと言い訳がましいことを言ってるけど、この人の思いは多分、単純明快。

 それはただ“言いたくないから言えない”というだけのこと。

 

「うん、そだね。私の正体を探るのはよした方がいいというか、やめてくれると助かるな。それを望まないものがいる。ただそれだけの理由なんだけど、他者の気持ちは尊重しないとね」

「望まないものがいる……?」

 

 なんでそんな、自分じゃない誰かの意志、みたいな言い方なんだろう。

 この人が探ってほしくないと思っている、わけじゃないの?

 

「まあ安心しなよ。私もずっとダンマリ決め込むつもりはないし、いずれ明かさなきゃいけない時が――時が満ちる時が来ると思うから。犯人の正体が明かされない推理小説なんて、それこそあり得ないでしょ。やがてその時は来る、それまで待ってくれると嬉しいな」

 

 なんと一方的で、曖昧なお願いなんだろう。

 いつかもわからない、いずれ訪れる時まで待てなんて、誰が保証してくれるのかもわからない要求。

 だけど、わたしはそれを突っぱねることはできない。

 いずれ来る時っていうのを信じたわけじゃないし、保証人がいるとも思わないし、この人を完全に信用できるかと言うと、ちょっと怪しいんだけど。

 でも……わたしが無理やりこの人の正体を暴こうとしたら、この人は――もしくは、この人の言う“望まないもの”は、きっと傷ついてしまう。

 それを思うと、これ以上は踏み込めなかった。

 だからわたしは、信じるしかない。

 猫のお姉さんの言う、時が満ちる時を。

 

「さーて、と。そんじゃー私もそろそろお仕事に戻りますかなー。ばいばーい、ベルちゃん! またねー!」

 

 と、最後にはお気楽に笑って、猫のお姉さんも瞬く間に姿を消した。みんな、すごくフットワーク軽い。

 それはそれとして、お姉さん、最後に気になることを言い残していきました。

 

「……お仕事?」

 

 正義の味方は、本業じゃなかったんだ。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――と、いうわけなのよ」

「成程。ご苦労だった」

「味気ないのよ、帽子屋さん」

「いや、これでも結構驚いている。まさか個人という単位で、貴様の“眼”で認識できないものが存在するとはな」

「それは私が一番驚きなのよ。でも、これじゃあ結局、あの子猫さんの正体はわからずじまいなのよ」

「そうだな……侯爵夫人の鑑定で、奴とチェシャ猫が関係しているところまではわかったんだが、あと一歩、あと一歩が掴めない」

「ところで、その侯爵夫人様はなんて?」

「ん? 眠りネズミが千切り取った奴の衣服の断片を見て、触って、嗅いで、舐め取って、こう言ってのけた。「これは確かに我が駄猫の魂を感じる。しかし濁っているな、とても汚らしい。あぁ汚い、あの駄猫が人間臭さに汚染されている。汚らわしい、嘆かわしい」とな」

「侯爵夫人様も相変わらずなのよ。それで帽子屋さん、どうするの?」

「どうする、とは?」

「だって、鈴の子とか聖獣とかをほっぽって、子猫さんの正体を探ってるんでしょ? それがそんなに大事なら、私はそれでいいと思ってるけど、そう思ってない子たちもいるんじゃないのよ?」

「否定はできんな。公爵夫人に関しては、奴自身にも関わること故に、珍しく同意を得られたがな。しかしヤングオイスターズやハンプティ・ダンプティあたりには、やや反感を買ってしまっているか。まあ、そんなものは些末な問題だ」

「まあ、カキちゃんたちも可哀そうなのよ。それに、本来の目的を放り出してサイドイベントにかかりっきりになって――しかもそのイベントの成果が出ないんじゃ、帽子屋さんも肩身が狭い思いをしちゃうのよ」

「なにを言っている? ここはオレ様の築いた場所だ。無論、貴様らの助力あってこそだが、【不思議の国の住人】はオレ様ありきの場であろう? 何故、オレ様の肩身が狭くなる?」

「急に我を強くしないで欲しいのよー。これだから帽子屋さんは、頭があっぱっぱーなんだから」

「なにか言ったか?」

「なーんにも言ってないのよ。そんなことより、せっかくサイドイベントを楽しんでるのなら、やっぱり最後までキッチリやり切らなきゃダメなのよ? 帽子屋さんのあるのかないのかわからない示しもつけなきゃダメだしね」

「無論だ。実益からは遠く離れた興味と衝動ではあるが、これは恐らく使命であり義務でもある。即ち、オレ様の役割だ。それは遂行せねばならんだろう」

「役割、ねぇ。まあいいけど! それで、私の“眼”でも認知できなかったあの子の存在を、どう探るっていうのよ」

「……さてな。オレ様にもわからん」

「万策尽きるのが早すぎるのよ!」

「別に万策は尽きていない、千策程度だ。しかし貴様の“眼”が最大の手であったのも確かだ。それが通用しないとなると、奴の言うように、手順を踏まなければなるまい」

「手順? って、なんなのよ?」

「貴様が報告していたろう。奴は物語の犯人の如く、存在が隠匿されていると」

「確かに言ったのよ」

「ならばすべきことは、それに倣うことだ。つまるところ、捜査と推理、そして検証だな。捜査は眠りネズミや貴様らのお陰で十分。推理も、侯爵夫人の証言により証拠がかなり整った。おおよその予想はついたところだ」

「えー、なーんだ。私が出向いたのは確認のためだってことだったのよ? ちょっと酷くない?」

「なにも酷くはない。これは有効だと思われる強力な武器を投入したら、それが通じない相手であったというだけの話だ」

「むぅー、なんだか釈然としないのよ」

「膨れるな。貴様の配役が犯人を暴くという役割に準じていなかったというだけなのだからな。相性の問題だ」

「でもぉー、そのせいでトンボやハエの前でカッコ悪いとこ見せちゃったしぃー」

「そうか、オレ様にはどうでもいいことだな」

「帽子屋さんも酷いのよ! 冷たい!」

「そうだ。オレ様はクールだからな」

「頭おかしいだけなのに、クールとか言っちゃって……別にどうでもいいけどね。それで、話を戻すのよ。手順がどうとか言ってたけど、どうやってあの子猫さんの正体を暴くのよ?」

「ふむ。では、話がとっちらかってきたので、少しばかり整理してやろう。奴はいわば、推理小説(ミステリ)犯人(クロ)だ。そして空想なる狂人を暴くには、正式な手順と、正当な配役が必要であると決定づけられている

「正当な配役? それって、つまり……」

「あぁ。奴が犯人役。そしてその正体を暴く配役が必要であるならば――」

 

 

 

「――オレ様が、探偵役となってやろう」




 だんだんと異能力バトルもの染みてきていますが、この作品はあくまでもデュエル・マスターズですので、ご心配なきよう。ほら、昔だって、闇眼とか究極音感とかあったしね。
 次回からは、前々から予告していた林間学校編です。結構、長い話になる予定なので、お覚悟を。
 例の如く、誤字脱字とか、感想とか、なにかあったら遠慮なく仰ってくださいな。
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