デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 今回で二日目午後、長々続く25話ももう折り返し地点です。


25話「林間学校だよ ~2日目・PM~」

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 林間学校も二日目に入りました。明日はほとんど帰るだけなので、実質的に今日が最終日のようなものです。

 今日やることは自然学習と称した登山と、天体観測です。

 学校保有の天文台で天体観測なんて、なかなか体験できることじゃないし、みんなで星を見たりするのは楽しそうだし、今からすごく楽しみです。

 ……だけど。

 

「これは……きついね……」

「……死ねる……」

 

 この登山は、とても大変です。

 そんなに険しい山じゃないけど、登山なんてしたことないから、普通にきつい。ただでさえ、体力には自信ないのに……

 ただこの登山は班行動と限定されてないから、霜ちゃんがいてくれる分、気持ち的に少しは楽かもしれない。

 

「道はちゃんと整備されてるし、傾斜も緩やか。とはいえ、登山は登山。普段は使わないような筋肉の使い方をするし、肉体への負担はかかるよね。正直、ボクも疲れた。少し休憩しよう」

「さんせーい。流石にへとへとだぁ」

「え? ユーちゃんはまだまだ歩けますよ?」

「ゆ、ユーさんは、元気ですね……」

 

 キョトンとしているユーちゃんをやや強引に引き留めて、霜ちゃんの提案に乗って少し休むことにしました。

 座るところなんてないから、しゃがみ込むような形になっちゃうけど、立ちっぱなしよりはいくらかマシです。

 

「ユーちゃんはもっと歩きたいんですけど……」

「そういえば、ユーは昨日の自由時間も山に繰り出してたね」

「山好きなの? ユーちゃん」

「Ja! (ベルク)だけじゃなくて、(ヴァルト)(ゼー)に囲まれて、そこを歩いて見るのは大好きです!」

「なんて言ってるのかはよくわからないけど、自然が好きそうなのは伝わったよ。君は遊泳部じゃなくてワンダーフォーゲル部の方が向いてたんじゃないのかな?」

「ワン……? なんですか?」

「登山する部活だよ、非公式だけど。山に登って自然を体感するとかなんとか」

「おぉ! それは素敵(シェーン)ですね!」

「そんな部活もあったんだ。霜ちゃん、詳しいね。」

「……剣埼先輩に聞いたことがあるんだよ」

「先輩に?」

「そういえば……そう……たまに、部室で見る……ような……」

「霜さん、学援部に行ってるんですか?」

「そんなことはどうだっていいだろう。ちょっとした世間話だ」

 

 ? なんだろう。霜ちゃんがちょっと頑なだ。

 そんなに、わたしたちに言いにくいことがあるのかな?

 

「先輩と言えば、この登山って毎年恒例らしいけど、つまりは三年生って三度目ってことだよね? だるくないのかな?」

「剣埼先輩は、なにか言ってたの?」

「別に、なにも……「今年も賭けレース取り締まりのために、風紀委員に呼びかけておかないと」とか「遭難者が出た時のための対応の詳細を先生方に確認しないと」……って言ってたくらい……」

「十分大事じゃないか」

「か、賭けレース……そんなものが、行われていたんですね……」

「思ったよりブラックだね、この登山」

「……この学校……意外と、闇多いから……」

 

 そうなんだ……

 もっと健全な学校だと思ってたけど、わたしが思うより、わたしの通う学校は黒く染まってるみたい。

 ……たぶん、お姉ちゃんとかがそういうのを正してるんだろうけど。

 

「それより……今、どのへん……?」

「どうだろう。まだ半分も行ってないんじゃないか?」

「だる……誰か、代わってほしい……」

「だ、代走なら用意できますけど、結局は恋さんが頂上に着かないと意味ないのでは……」

「代走って?」

「……昨夜の、アレ……?」

「あ、はい。そうです」

 

 昨夜って、確か、わたしたちが寝てる時にクリーチャーが出たっていう……

 深夜に二人が抜け出して、そこでクリーチャーと遭遇してしまったという話を聞いた。

 抜け出したのは二人が悪いんだけど、クリーチャーの襲撃を察知できなかったのはわたしたちの落ち度でもあるし、すごく申し訳ない。

 鳥さんはこんな時に限って働かないし。

 

「あの時はごめんね……なにもできなくて」

「別に……なんとかなったし……」

「即席でデッキ作ってクリーチャー退治とか、よくやったものだよ」

「そうだよねー。っていうか、今気づいたんだけど、その場でカード創造って、無限に好きなカード作れるってことなんじゃない?」

「あ、それは無理、です……」

「……あの後……デッキ、消えた……」

「あら、そうなの」

「アタシが創れるのは、あくまで“代用品”なので……代わりは、代わりとしての役目を終えたら……用済み、なんです……」

 

 代用品を創る力。

 代海ちゃんはそう言ってたけど、そんな超能力めいたものがあるなんて……正直、ちょっと信じがたい暗い驚きです。

 だけど、蟲の三姉弟のお姉さん――『バタつきパンチョウ』さんも、複眼だとか、神様の眼だとか言ってたし、この人たちは、そういうものなのかもしれない。

 どうしたって、人間とまったく同じ尺度では測りきれないけど……

 

「でも、それでクリーチャーを倒しちゃったんですよね! 代海さんはすごいです!」

「そ、そうですか……?」

 

 ……そのお陰で、二人とも無事だったんだから、いいよね。

 どんな力があろうと、なかろうと、代海ちゃんが代海ちゃんであることは変わりないんだし。

 

「でも、その力とやらで便利アイテムみたいなの創れないのかー」

「い、今は時間が時間なので、代わりを用意すること、それ自体は可能ですけど……望む形で、代用できるかどうかは……」

「そんな得体の知れないものに頼らずとも、歩いて登れないものじゃないだろうに」

 

 それもそうだね。大変だけど。

 まだまだ先は長い。正直、だいぶ気が滅入る。

 そんな未来に、少し憂鬱になっていると、

 

プルルルルルル!

 

 唐突に、電子音が鳴り響いた。

 

「着信音? 誰の携帯?」

「私じゃじゃないよ」

「ボクでもない」

「ユーちゃんも違います」

「あ、アタシ……です……っ」

「携帯持ってたんだね、代海ちゃん」

「は、はい……必要だろう、って、持たされて……」

 

 たどたどしい手つきで携帯を持つ代海ちゃん。明らかに慣れてない。

 代海ちゃん個人のじゃないのかな?

 

「え、えっと、これ、どうすれば……」

「……ここ……」

「あ……ありがとう、ございます。恋さん……えと、す、すいません、ちょっとだけ、失礼しますね……」

 

 そう言い残して、代海ちゃんは携帯片手に脇道に逸れる。

 そんなに気を遣わなくてもいいのに……

 

「こんな時に電話なんて、なんだか妙だね。借り物だとしても、通話に出るということは彼女に向けられた着信ってことだろうし。相手は誰なんだ?」

「……画面には、ダンナって……出てた……」

「誰さ、ダンナって。随分と雄々しい呼び方だけど」

「あ、あんまり詮索するのはよくないよっ」

「小鈴」

 

 霜ちゃんがまっすぐ、わたしを見つめる。

 すごく、真面目で、真剣で、どことなく険しい――怖い眼だ。

 

「忘れるな。彼女はどうしたって、奴らの――【不思議の国の住人】とやらの、一人なんだ。連中のやってきたことを、忘れてはいけない」

「それは、そうだけど……」

「実子のこともあるし、バンダースナッチとかいう奴のこともある。そしてなにより――あの帽子屋とかいう男だ」

「し、代海ちゃんは、帽子屋さんとは……!」

「違う。そうかもしれない。だけど、そうじゃないかもしれない。誰かを信じたい君の気持ちはわかるけど、信じすぎたらいけない。どこから、あの男が足元をすくうか、わからないからね」

 

 霜ちゃんは、まだ代海ちゃんを疑っている。それ自体はわたしにも理解できる。

 できる。けど。

 帽子屋さんや、ネズミくん、なっちゃんのことは、わたしも完全に許すことはできない。

 だけど、プールで会ったお姉さんや、その弟さんたち、蟲の三姉弟。そして、代海ちゃん。

 全員が全員、本当に悪い人だとは、わたしには思えない。

 確かに悪いこともしてるかもしれないし、わたしたちもそれを受けたけど。

 

「……だからって、やっちゃいけないことは、やっちゃいけないんだよ。悪を裁くために、わたしたちが悪になってはいけない。それに、それが本当に悪だともわからないのに」

「小鈴……しかしだな」

 

 食い下がる霜ちゃん。

 静観を続けるみのりちゃん。気が気でないと言いたげにわたしたちを交互に見遣るユーちゃん。そして、いつも通り、だけど今はそれがなによりも恐ろしいほどに表情を変えない恋ちゃん。

 代海ちゃんがいなくなった途端に出来てしまったこの空間。息が詰まりそうになる。まるで地形が歪んだような感覚に囚われる。

 こんなのは嫌だ。こんな場は、わたしの望むものじゃない。今すぐにでも逃げ出したい。

 だけどわたしが逃げたら、代海ちゃんが悪者にされちゃうかもしれない。

 動けない。この空気だけでも、なんとかして欲しい。

 そんな――時だった。

 

 

 

「やあやあ、お嬢さん方! こんなところで女子会かな? よかったら私も混ぜてよ」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 陽気な声が響く。

 振り返ると、そこにはジャージ姿の女子生徒。

 

「あ……え? よ、謡さん?」

 

 謡さん。お姉ちゃんと同じ、生徒会の人。

 それ以上のプロフィールを、わたしは知らないけど……とにかく、朗らかな人だ。

 ただ、

 

「やっほー妹ちゃん! 会いたかったよー!」

「え? わわっ!」

 

 急に後ろから抱きすくめられる。

 ……ちょっと朗らかすぎて、少しだけ困るけど。

 っていうか、手つきが少しやらしい。みのりちゃんみたいですよ……

 

「あー、いいなぁ、これ。柔らかい……会長は手ぇ出そうとすると、すぐに蹴り飛ばしてくるからいけないよね。妹ちゃんはそんな乱暴者になっちゃダメだよ?」

「は、はい……?」

 

 蹴り飛ばす? お姉ちゃんが?

 なんだか物騒な単語が聞こえたと思ったら、すごい勢いで、みのりちゃんが謡さんの首根っこを掴んで、力任せに強引に引き剥がした。

 な、なんて乱暴な……

 

「ちょっと先輩。小鈴ちゃんにベタベタするのやめてくださいません?」

「ぐぇっ」

 

 潰されたカエルみたいな声を上げる謡さん。

 みのりちゃん、それはちょっと、先輩に対しては失礼すぎるよ……!

 だけど謡さんはどこ吹く風で、すぐに笑って見せた。

 

「おっとっと、ここにもフーロちゃんみたいな子がいたか。やり方は会長みたいだけど。いやぁ、愛されてるねぇ、妹ちゃん。まるでヒロインだ」

「ひ、ヒロイン?」

「いやむしろ、ギャルゲーの主人公かもね。だったらヒーロー? ここは妹ちゃんのハーレムだったのか」

「あの……言ってることが、よくわからないのですが……」

「で? 先輩は一体、一人でこんなところでなにをしてるんですか? 私たちになんの用ですか?」

 

 みのりちゃんが、やっとわたしの言いたかったことを代弁してくれた。

 遅れているわたしたちも人のことはあまり言えないけど、まだこんなところにいるということもそうだけど。

 グループでの行動が基本なのに、一人で行動しているところは、とても引っかかる。

 みのりちゃんはすごく怖い顔で詰め寄ってるけど、謡さんはまったく怯まない。

 

「刺々しいなぁ。チクチク痛んじゃうよ」

「答えてくださいよ。可愛い後輩の頼みですよ?」

「顔はめっちゃ怖いよ、君」

「…………」

「ごめん、私が悪かった。だからその露骨に不機嫌な顔をやめて。普通に怖い。ヤンキーかね君は」

「じゃあ早く答えてくれませんかね?」

「わかったよ。いやね? 大した理由じゃないんだ。君らは知らないかもだけど、生徒会もこの自己満足林間学校に一枚噛んでてね」

「生徒会が?」

 

 そういえば、林間学校のための書類作成――という名のしおりのデザイン――をやってるって、前に言ってたけど。

 実際の活動にも、関わってたんだ。

 

「そういえば先輩、生徒会の人でしたね。確か、庶務だとか」

「そうそう。都合のいい雑用ね。面倒事をぶん投げられる事後処理と事務係だよ」

「でも先輩。生徒会が林間学校の進行に絡んでるなら、ここに一人でいるのは、おかしいのでは?」

「……確かに」

「ユーちゃんたちみたいに、休憩中ですか?」

「いやいや、これはどう考えてもサボリでしょ。ねぇ先輩?」

 

 流石にサボリなんてことはないだろうけど……霜ちゃんの言う通り、一人でこんなところにいるのは変だ。

 たぶん、先生からの指示を受けて動いてるんだろうけど、それなら麓にいるか、頂上にいるかだもんね。

 あるいは、麓から頂上に向かう途中かもしれないけど、それなら一人っていうことがおかしい。単独行動は遭難の恐れがあるから厳禁って、先生たちから厳しく言われてるわけだし。

 じゃあ謡さんは、なんでこんなところに……?

 

「うむ、残念ながらサボリだね。あんなもんやってられるかってんだよ」

 

 …………

 ……言葉を失ったよ。

 

「糾弾されるべきなのに、ここまで堂々としてると逆に清々しいな」

「あははー。ま、仕事っていうのは、ほどよく手を抜くもんさ……っていうか、それならそこの君はどーなの?」

「私……?」

「君、学援部の子だよね。たまに見かけるけど」

 

 急に恋ちゃんを指し示す謡さん。恋ちゃんが学援部だって、知ってるんだ。

 そして、ここでそのことを踏まえて、恋ちゃんを指さしたってことは、

 

「学援部も、関係してるんですか?」

「一応ね。お手伝いって形で、生徒会と合同で色々と準備とかやってるよ。賭けレースの取締とか、遭難者への対応とか」

「さっき恋が言ってたやつか……でも恋はここにいるよね?」

 

 まさか、恋ちゃんもサボリ? 普通にあり得るから困る。

 と、思ったけど、

 

「いや……私は、気にしなくていいって……つきにぃが……」

「部長自らがそう言ってるのか。あの先輩らしいな」

「ふーん。さっすが、学援部の部長さんはお優しいね。だけど、学援部(君ら)には呆れると同時に同情するよ」

「……どういう、意味……?」

 

 恋ちゃんの眉が、少しだけ動いた。

 これは……少しだけ、不機嫌の火種が蒔かれた合図だ。

 だけどそれを知ってか知らないでか――たぶん気づいてない――謡さんは続けた。

 

「知ってるでしょ? 生徒会(うち)学援部(君ら)を目の敵にしてるの。正確には、会長がそっちの部長さんに敵意剥き出しなだけだけど」

 

 ……え?

 お姉ちゃんが、剣埼先輩に……?

 初めて知った。そんなことは。

 恋ちゃんはそれを聞くなり、小さく頷く。

 

「……ちょっとくらい、なら」

「普段は会長もいい人なんだけど、なーんでか部長さんが絡むと、ハブを見つけたマングースみたいになるんだよねー。しかも、この際だから言っちゃうけどさ、お手伝いなんていうのは建前でね。実際は命令っていうか、脅迫みたいなもんだよ。なにがあったか知らないけど、あんなに高圧的にならなくてもいいのに」

 

 会長。つまり、わたしのお姉ちゃん。

 生徒会長としてのお姉ちゃんのことはほとんど知らなかったけど……

 ……そんな、ことしてるんだ……

 お姉ちゃん……

 

「でも、部長さんのお人好しも、ちょっとどうかと思うよね」

 

 調子を崩さないまま、謡さんは、さらに言葉を続ける。

 今度は、剣埼先輩のことを、彼女は語る。

 

「あーんな当てつけみたいな命令を承諾するなんて、とんだお人好しだよ。あれじゃ善人を通り越してる。必要悪とも言えない。あれじゃあ」

 

 悪しざまに、というわけではない

 それは事実なのかもしれない。現実なのだろう。

 だけど、事実は残酷で。その言葉は無情で。

 思慮もなく、あけすけに、現実を明らかにする。

 白面しか見ていなかったわたしたちに、黒いものも見せつける。

 確かな現実にある一面。そんな杭が、胸に打ち込まれる。

 

「他の部員は不満たらたらって聞くし、ぶっちゃけそれを良しとするのは如何なものかと。そんなこと続けてたら部員の人たちが可哀そうだって思うよね、普通に。人の上に立つなら、集団の中心に位置するなら、人を動かす者ならば――仲間のために、悪を断じて、敵を切る無情さは持って然るべきだろうに」

 

 仲間のために、悪を断じ、切り捨てる。

 謡さんの言ってることも、言いたいことも、わかる。

 不利益があるなら、友達が傷つくなら、害あるものはいてはならない。

 それは……間違ってない。

 間違ってないん、だけど……わたしは、どうしても頷けなかった。

 お姉ちゃんのことも、剣埼先輩のことも――代海ちゃんのことも。

 なにもかも。

 

生徒会(私たち)が敵かはともかく、あの会長の言うことを素直に聞き入れる犬じゃダメだよね。流石に会長の言ってることは、あの行動は、道理からずれすぎてる。そんなのを受け入れるのは、優しすぎるって言えば聞こえは言いけど、ほとんど奴隷――」

「だまれ」

 

 驚くほど、冷たい声だった。

 なのに、怖いくらい、熱く煮えたぎっていた。

 氷のように凍てつく声は、燃える芯を内包して――恋ちゃんは、鋭利な言葉を突きつける。

 

「お前に……つきにぃの、なにがわかる……」

 

 声だけじゃない。言葉だけでは留まらない。

 小さい身体を精一杯伸ばして、先輩の襟首を掴む。

 身長差がかなりあるから、相当無理してるけど――その不恰好さを指摘できないほどに、恋ちゃんは、鬼気迫る勢いがあった。

 表情は変わらず、声の調子自体もいつもと同じ。

 だけど彼女の言葉と、彼女の発する空気は、明らかに“怒り”を放っていた。

 

「クソみたいにお人好しで、頭おかしいくらい馬鹿正直で、狂ってるほどまっすぐ、だけど……あの人は、つきにぃは……あきらと同じで、私がいくら堕ちても……狂って、壊れて、ダメになって……傷つけて、いくら突き放しても……私を、最後まで見捨てなかった……今も、昔も、ずっと……」

 

 怒り、だけじゃない。

 どこか切実で、悲しげで、願うような……そんな、慈愛と悲嘆がないまぜになっている。

 言葉が出ない。こんな感情的で、激情的な恋ちゃんは、はじめて見た。その驚愕と、彼女の無感動に感情的な必死さで、なにも言えない。

 

「つきにぃの“正しさ”は、否定させない……なにも知らない奴が……私の家族(なかま)の“正しさ”を、踏みにじるな……」

 

 ここからじゃ見えないけど、謡さんを見上げる恋ちゃんの眼は、きっと、わたしが想像してるよりずっと、わたしが想像できないくらい、険しいものなんだと思う。

 いつもは見せない、激昂する恋ちゃん。

 無表情な顔と、無感動な声に隠された、豊かな感情。それ自体は、前々から感じていたし、知っていた。

 だけど、ここまで大きく爆ぜるものだとは、思わなかった。

 それに、恋ちゃんがこんなにも、剣埼先輩のことを大切に思っているということも。

 

「……悪く言うつもりは、なかったんだ」

 

 わたしたちと同じように、恋ちゃんの静かな剣幕に圧倒されていた謡さんが、やっとという感じに言葉を発する。

 バツの悪そうな、申し訳なさそうな面持ちで、謡さんは首元を掴まれた手を退けようとすることもなく続けた。

 

「正直、君らが雑用を引き受けてくれるから私は楽できてるわけだし……それに、私もあの先輩には恩義がある。今のはただの、個人的な感想だよ。だけど言い過ぎた。それは認めるよ」

「なら……二度と、その口を、開くな……」

 

 手を離して、顔を背けて、謡さんから離れる恋ちゃん。

 こっちを向いた時に目があった。すごく、冷たい眼をしていた。

 この目は、やっぱりめちゃくちゃ怒ってる。

 謡さんは思いもよらない展開に、相当驚いている様子だ。もちろん、わたしたちもだけど。

 

「あー……ちょっとあけすけに喋りすぎたかな。いやぁ私としたことが、口が滑ったね。愚痴を言うつもりはなかったんだけどな」

 

 この剣呑な空気にいたたまれなくなったのか、無理やり陽気さを保とうとする謡さんだけど、明らかに動揺している。

 

「……こりゃ、私がいると空気が悪くなっちゃうね。あと会長に見つかったら、妹ちゃんにも迷惑かかりそうだし、逃げるようで大変申し訳ないけど、場違いな先輩はとっとと退散しますかね」

 

 朗らかな謡さんでも、このピリピリした場は耐えがたいものだったみたい。

 それに、この人も、この状況に少なからず責任を感じて、自分なりにケジメをつけようとしてるんだと思う。

 その言葉に異論を挟む人は、誰もいなかった。

 謡さんは、わたしたちを気遣ってか、あえてわたしたちが進もうとしていたルートとは違うルートに進むつもりのようで、脇道へと歩を進める。

 だけど途中、謡さんは振り返った。

 その眼は、恋ちゃんを見据えている。

 

「日向恋さん。先ほどの先輩への暴言、及び非礼を撤回し、お詫び申し上げます――ごめんなさい」

 

 謡さんは、丁寧で、慇懃に、頭を下げた。

 謝罪だ。

 できるだけ後腐れを残したくなかったのか。いや、そんな打算的じゃない。

 ただ純粋に、自分が悪いと思ったから。自分の間違い、非を認めたからだ。

 謡さんは、自分にも、他人にも、正直な人なんだね。

 だから、下級生である恋ちゃんにも素直に頭を下げて謝るし。

 

「先輩への侮辱にも等しい評価は改めます……だけど」

 

 だから――最後に、こんなことを言ったんだと思う。

 

 

 

「“私の主張”は、撤回しないからね」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「一体なんなんだろうね、あの先輩は。引っかき回すだけ引っかき回して逃げて行ったけど」

「悪い人……じゃ、ないと思うのです。ですけど……」

「滅茶苦茶、気分悪い人だねー。小鈴ちゃんにはベタベタするし、人のこと中途半端な悪口でぐちぐち言うし、小鈴ちゃんに抱き着くし、小鈴ちゃんにベタつくし」

「胸クソ悪い……あれは卑怯……あんな、まっすぐに謝られたら……恨みにくい……」

 

 謡さんが去った後。

 みんなはそれぞれ、謡さんに思い思いの評価を下していたけど、お世辞にも、いいイメージは持ってもらえなかった。

 だけど、それはわたしも同じこと。

 お姉ちゃんと同じ生徒会の人って聞いて、悪いイメージは持ってなかった。

 でも、さっきのことに加え、謡さんが言っていたこと――生徒会のこと、お姉ちゃんのこと、そして、剣埼先輩のこと。

 謡さんが撤回したのは、先輩への評価だけ。

 謡さんのことは信じたいけど、あの人の言葉を信用するということは、お姉ちゃんの評価も受け入れるということ。

 信じたくはない。だけど、それが真実なら、わたしは……

 

(わたしは……人の、なにを信じればいいの……?)

 

 チクチクと、小さな棘が胸の内に刺さる。

 信じたい気持ちが、信じたくない気持ちと、混ざっていく。

 足場が崩れて、ぐちゃぐちゃになって、混ざり合うように狂っていく。

 わたしの中でなにかが綻んで、歪んでいくような気がした。

 なにを信じればいいのか、誰を信じればいいのか。

 わたしの信心が、信じるということはなにか、わたしの中にあった芯が曲がっていくような。

 わたしが信じたい人は、わたしが好きだと思う人は、なにをもって定義されているのか。

 なにもかもが、わからなくなって――

 

「――小鈴!」

 

 その時、声がした。

 わたしの考えも、思いも、自分勝手に吹き飛ばしてしまうような、身勝手極まりない、この声は……

 

「と、鳥さん!?」

 

 山の木々を掻き分けるようにして空から現れたのは、白い羽毛に覆われた小鳥――鳥さんだ。

 昨日に続いて、また来たよ……

 だけど、ちょっと嬉しかった。

 この嫌に重苦しい空気が、少しでも和らぐ。

 そして、強引で無理やりで自由奔放でワガママな鳥さんは、一時であっても、わたしの悩みを忘れさせてくれる。

 

「来たな鳥肉! 昨日の調理場の時に来てれば、その場で揚げて唐揚げにしてやったというのに……!」

「来てたけどね、昨日の昼、調理中に。君はチーフとして忙しなく動いてたから、気づいてなかったみたいだけど」

「な、なんだってー!? 私としたことが迂闊だった……千載一遇のチャンスを無為にするなんて!」

「そんなことよりも小鈴」

「……自分が絞められて料理されそうだっていうのにこの余裕……この鳥類の豪胆さは、ある意味凄いね……」

 

 わたしもそう思う。

 良くも悪くも――ほとんど悪いことしかないけど――鳥さんは、自分の目的にしか興味ないんだろうなぁ。

 

「クリーチャーの出現を感知したよ。さぁ小鈴、急ごう!」

「それは一大事だけど、その……」

 

 ちらり、とみんなに視線を向ける。

 みんなは、コクリ、と頷いてくれた。

 

「Ja! ここは任せてください、小鈴さん! Gute Reise(いってらっしゃい)! Toi toi toil(がんばってください)!」

「……ちゃんと帰ってくるなら……それでいい……」

「それなら心配だし、私も一緒に……」

「君は厄介だからここにいろ……ボクらのことは気にせず行って来るといいさ。どうせボクらは、最後に到着する運命だろうからね」

 

 にこやかに笑ってくれるユーちゃんに、無表情でも心配してくれる恋ちゃん。

 素直じゃないけど送り出してくれる霜ちゃん、寄り添おうとしてくれるみのりちゃん。

 ……なにを信じればいいのか、信じるってどういうことなのか、よくわからなくなったけど。

 せめて、信じられる今くらいは、大切な人のことくらいは、信じないとね。

 

「うん――行ってきます!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ぼ、帽子屋さん……っ!」

「来たか、代用ウミガメ」

「き、急に電話なんて、な、なにかあったのかと、思って……っていうか、な、なんで、こんなところに……」

「それを聞くか? オレ様の、オレ様たちの目的なぞ、決まり切っているだろう。もっとも、今回はそちらは比較的サブであり、メインは姿見えぬ猫の方だが」

「ち、チェシャ猫さん、ですか……そ、そんなに、大事、なんですか……?」

「そうでもない。ただ、オレ様が気になるだけと言えば、だけだな。公爵夫人への義理立てもなくはないが」

「は、はぁ……そ、そうなんですか……ジャバウォックさんまで、引っ張り出してるのに……」

「こいつがいなければ、オレ様はまともに外に出れんからな」

「そ、そんなことより、後ろに見えてるボロボロのテントは……? まさか、ずっとそこに……?」

「その通りだが?」

「……さ、流石のアタシでも、呆れちゃいますよ……言ってくれたら、アタシが“代わり”を用意、しますのに……あ、もしかして、そのことで、呼んだんですか……?」

「いや違う。オレ様はこの拠点で十分に満足している。貴様を呼んだのは、別件だ」

「別件……?」

「なに、用というわけではない。ただ、今回、オレ様は個人で動いている。身勝手な我侭、自分勝手な自己中心的思考でな」

「は、はぁ……い、いつも通り、ですね……」

「そうだ。いつも通りだ。だから、今回の件で、オレ様が貴様に指令を出すようなことはない」

「……そ、それを伝えるために、アタシを……?」

「そうだ」

「そんなことのために……さ、先に伝えて、くれれば、よかったですのに……」

「伝え忘れていたからな。それに、これは比較的、突発的に計画したものだ。伝えるタイミングがなかった」

「はぁ……あの、その……こんなこと言うのは、し、失礼、かもしれませんが……これ、あまり、意味がないような気が……」

「意味がない。その通りだな。言われて気付いた。オレ様はイカレてるからな。許せ。伝えた方がいいと思っただけだ」

「そ、そうですか……アタシも、ごめんなさい……変なこと言って……」

「構わんさ、気にすることではない」

「で、えっと、それだけで、いいんですよね……?」

「それだけだ。だが逆に、オレ様が貴様に指令を出すようなことがあれば、それはよほどのことだと思え。まあ、そのようなことはないだろうがな。貴様は貴様の意志があり、その意志で人間社会に溶け込み、貴様の生き様がある。それを崩すのは、オレ様としても忍びない」

(既に崩しかけているような気がするのですが……早く、皆さんのところに戻りたい……)

「……む?」

「ど、どうか、しましたか……?」

「いや、大したことではない。ただ、風が荒々しいと思っただけだ」

「風……?」

「日ノ本の国の名物。野山に吹き荒ぶ夏の大風だ」

「え? そ、それって……」

「あぁ――(Typhoon)だ」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 鳥さんのナビゲートを頼りに、山中を進むわたしたち。

 本来の道から大きく外れたけど、これ、無事に帰れるのかなぁ……?

 だけど、もう今さら引き返せないし、そこは鳥さんを信じるとして。

 道中、わたしはふと気になったことを聞いてみた。

 

「ねぇ、鳥さん」

「なんだい小鈴」

「鳥さんの目的って、力を取り戻すこと、って言ってたよね?」

「うん。言ったね」

「鳥さんは、なんで力を取り戻したいの? 力を取り戻して、どうするの?」

 

 ずっと、気にはなっていた。

 わたしに協力を仰いでまで取り戻したい鳥さんの力。それを取り戻して、鳥さんは、どうするのか。なにが目的なのか。

 力はあくまで手段で、目的ではないはず。電気は単なるエネルギーで、それを使って光にするか熱にするか、という使用用途があるように。

 鳥さんの本来の力を取り戻したとして、その力をなにに使うのか。

 それを問いただそうとしたんだけど、

 

「失ったものを取り戻したいと思うのは、当然のじゃないのかい? そこに理由なんていらない。君だって、常に病に伏せったままなのは嫌なはずだ。早く病気を治したいと、そのために手を尽くそうとするだろう?」

「え? あ、そ、そうだね……」

 

 簡単に説き伏せられてしまいました。

 うぅ、鳥さん、いつも強引なくせに、いざって時には妙に舌が回るんだから……

 

「まあ、安心するといいよ小鈴。僕の力も、かなり戻ってきた。もうすぐこのやり取りも終わりさ」

「そうなの?」

「そうだ。あとクリーチャー一体分のマナで、本来の姿と力を取り戻すくらいには、回復するんじゃないかな?」

「本来の姿……? 鳥さん、それが本当の姿じゃないの?」

「あぁ、これは省エネモードさ」

「省エネ!?」

「力がなさ過ぎて、小型化しつつこの世界の生物に姿を合わせないと、まともに動けなかったんだ」

「そ、そうなんだ……」

「こっちに来ているクリーチャーは、ほとんどそうさ。世界の法則が違うんだ。その世界に合わせた姿を取るほうが、合理的だ」

 

 言われてみれば、他のクリーチャーも、人間に憑りついたりして行動することが多くて、そのままで動いてるところって、ほとんど見たことないや……正体を看破したら、姿を見せることはあるけど。

 鳥さんだけがすごく貧弱なわけじゃないんだね。

 

「それに、この世界の生物を模すとか、憑代にする方が、表面上は“筋を通せる”しね」

「筋?」

 

 なんだか、変な言い回しだ。

 エネルギーがどうとか、合理的だとか、そういう説明はなんとなくわかるけど、筋が通っているって、どういうこと?

 

「この世界にクリーチャーは、本来存在しないものだ。本来あるべきでないものがある。これは、世界の法則として“筋が通っていない”んだ。わかるかい?」

「う、うん……? なんとなく……」

「要するに、異物なんだ、クリーチャーは。この世界の概念を吸収して、溶け込めるようになったとしても、根底は覆らない。この世界という“お話”に、クリーチャーは存在しない。それが存在するのだから、筋が通らないのさ」

 

 あるべきでないものがある。

 それは、たとえば『桃太郎』という昔話に出て来るおともが、イヌ、サル、キジじゃなくて、ネコとかネズミだったらおかしいのと同じように。

 この世界の登場人物に、クリーチャーは存在しない。クリーチャーがクリーチャーのままでいると、異物となってしまう。

 だから、クリーチャーは、人の姿を偽装している?

 ……じゃあ、代海ちゃんたちは?

 代海ちゃんたち、【不思議の国の住人】の人たちは、この世界に本来存在しないものなの?

 わからない。

 代海ちゃんたちは、一体どういう立ち位置なのか。

 もしかして、この世界で生きるために、無理をしているんじゃないか。

 

「……ねぇ、鳥さん。筋が通らないことを続けてると、どうなるの?」

「どうもこうもない。いずれ“壊れる”だけだ」

「っ……! こわ、れる……?」

「驚くことじゃないよ。無理をするってことは、そういうことだ。人間だってそうだろう? 自分の肉体の限界を超えたことをしようとする。それも世界の法則を、ルールを無視した、無理をするという行いだ。その結果は、法則という限界値の壁との衝突だ。その原理は、あらゆる物事へ平等に働く」

 

 理解はできる。それは理屈だ。道理だ。納得できないはずがない。

 だけど、だからこそ、わたしの不安が募る。

 

「クリーチャーもね、同じなんだ。この世界に、本来あるべき姿のまま生きようとしても、長く続かない。純粋なエネルギーの問題もある。神話の断片、その片翼たる僕でも、こっちに来てすぐ、自らの存在を矮小化しないと死ぬと悟った程さ。マナを供給しなければ生きていけないし、そのために効率のいい身体を、合理的な[[rb:機構 >システム]]を持つ必要がある。僕らのような、別世界から来た異物は、その世界のルールに甘んじなければいけないということさ」

「……鳥さんも、結構ギリギリだったんだね」

「そうだよ。正直、死ぬかと思った」

 

 あっけらかんと言うけど、鳥さんも、わたしが思っている以上に大変な思いをしてたんだね。

 強引すぎるくらいにわたしを引っ張り出す行動も、生きるために必死だったと思うと、納得できる。

 鳥さんの強引さにはちょっとうんざりしてたけど、認識を改める必要があるかもしれない。

 ごめんね鳥さん。

 と、口に出そうと思ったけど、それよりも早く、鳥さんが鳴いた。

 

「なんて話している間に、見つけたよ。あそこだ、小鈴」

「あそこ……って、えぇ!?」

 

 視線の先。

 そこには、黒っぽいようなこげ茶色の体躯――というか、毛皮を持つ生物がいた。 現実で見るのは初めて。

 本の中では、ファンシーな存在としても登場するけど、実際に出会うと、恐怖でしかないその存在に、流石に目を見開いた。まさか、と言いたくなった。

 だって、それは……

 

「く、クマっ!?」

 

 なんでこんなところにクマさんが!?

 この山にクマはいないし、クマ避けのための対策は十分にしてあるって、先生たちは何度も言ってたのに!

 もしかして、それは全部、嘘だったとか……?

 

「クリーチャーが憑りついている……いや違うな、僕と同じか」

「お、同じって?」

「自分の本来の姿に近いこの世界の生物の姿に“擬態”している」

 

 擬態?

 ってことは、あれはクマさんに見えるけど、実際はクリーチャーってこと?

 あのクマさんについて鳥さんと問答していると、クマさんがこちらを向いた。明らかにこっちを見てる。

 あ、これはまずい……は、走ってきた!?

 

「うわぁ!?」

 

 クマさんの突進を、横に跳んで――というか、ほとんど転ぶようにしてかわす。

 この恥ずかしい衣装は恥ずかしいけど、確か肉体が強化されてるとかなんとか。その恩恵に、今までで一番感謝した。

 

「と、鳥さん! これ、ど、どうすればいいの……!?」

「いつも通りでいいじゃないか。見てくれは獣だが、中身はクリーチャーなんだから。ほら、よく見てごらん」

「よく見るって……」

 

 ほとんど尻餅をついたような体勢のまま、クマさんを見遣る。

 ……見えた。

 クマさんの本当の姿。

 

「な、なにあれ……」

 

 確かに、それはクマと言える生き物だった。

 だけどわたしの知っているものは、もっとスマートな体つきをしていたはず。

 でもこの目で見えているのは、筋骨隆々とした、屈強な肉体をしている。

 その身体には、肩から弾倉なのか爆弾なのかわからないけど、やたら太い金色の筒を繋げたものをかけているし、身体そのものにも刺青みたいな、不思議な模様が走っている。

 それに、両手には見たこともないような銃? みたいな武器を抱えている。火器って言えばいいのかな?

 左目には眼帯、赤い軍帽みたいなものを被っていて、ついでにサケ? をくわえている。

 なんと言えばいいのか……怖いんだけど、妙にシュールだ。目も変に見開かれてて、明らかにおかしい。

 とても言語化が難しいんだけど、どこか、狂ってしまったかのような。

 受け入れるべきでないものに憑りつかれてしまって――そう、イカレてしまっている。

 わたしには、そのクリーチャーはそんな風に見えた。

 

「ふむ、《獣軍隊X ゲリラフガン》か。禁断に魅せられた哀れなクリーチャーだね。まともな思考を持っているとは到底思えないから、偶然こっちに流れてしまったのかな? 人間を憑代にしないで擬態に走ったところを見ると、状況は理解してないけど、本能的に肉体の崩壊を察知して、命を繋いだってところか」

「……今日は随分と雄弁だね、鳥さん」

「そうかい? まあ、僕の言葉なんてどうでもいい。小鈴、君の出番だ」

「う、うん……」

 

 咆哮するクマさん。

 意図せずにこの世界に来てしまったのだとすると、それを倒すなんて、忍びないけれど……だからこそ、放置するのも危険だ。

 正直あまり乗り気にはなれないけど、それでも、やるしかない。

 デッキを握り締めて、いつものように、戦いの場へ――

 

「じゃあ……行くよっ!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 クマさんとの対戦……咆えたり唸ったり、言葉も通じないし、言動はすべて獣も同然だから、正直すごく怖い。

 わたしの安心はこの五枚のシールドだけ。なにをどう仕掛けてくるかもわからないし、不安です。

 

「《熱湯グレンニャー》を召喚。一枚ドローして、ターン終了」

「Guaaaaa……!」

 

 クマさんもクリーチャーを召喚する。出て来たのは、鎖に繋がれた赤い巨人。

 ――《紅の猛り 天鎖》。

 あのクリーチャーは確か、昨晩、恋ちゃんが使ってたクリーチャーだよね。シールドが七枚以上ないと、起き上がらない。

 それが出て来るってことは、クマさんのデッキはシールドを増やす手段が多いってことなのかな。

 

 

 

ターン2

 

小鈴

場:《グレンニャー》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:0

山札:28

 

 

ゲリラフガン

場:《天鎖》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:0

山札:28

 

 

 

「なら、スピードを上げていくよ! 3マナで《リロード・チャージャー》! 手札を一枚捨てて、一枚ドロー! ターン終了!」

「Guuuuuu……」

 

 今度はクワを持ったキノコみたいなクリーチャーが出て来た。《極太(ゴンブト)(マッシュ) 菌次郎(きんじろう)》……? 見たことないクリーチャーだよ。

 

 

 

ターン3

 

小鈴

場:《グレンニャー》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:1

山札:26

 

 

ゲリラフガン

場:《天鎖》《菌次郎》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:0

山札:27

 

 

 

「ラビリンスを使われるだけでも嫌だし、攻撃されたらもっと困る……攻められる前に攻めるよっ。わたしのターン! マナチャージして5マナ、《超次元ボルシャック・ホール》! 《菌次郎》を破壊して、《勝利のリュウセイ・カイザー》をバトルゾーンに! ターン――」

 

 終了、と言い切る前に。

 クマさんの手札から、《菌次郎》と入れ替わるようにした、なにかが飛び出した。

 

「――っ、クリーチャーが、出て来た……!?」

 

 《極太陽(ゴンブト トレジャー) シャイニング・キンジ》。

 屈強な肉体。鬣か、太陽のように広がった髪を持つ、人型のクリーチャー。

 右手に持つのは、大きな……クワ? かなり変形してるけど、農作業の道具だ。

 脚にはキノコみたいな突起もあるし、名前もそうだけど、どことなくさっきの《菌次郎》の面影を感じるクリーチャーだ。

 

「いや、っていうか、これは……」

 

 普通にまずいのではないでしょうか……?

 クリーチャーを倒したと思ったら、より強いクリーチャーに成り代わってしまった。

 クマさんのターン。《勝利のリュウセイ》の妨害のお陰か、クマさんは出せるカードがなかったようで、マナチャージだけ。クリーチャーを召喚したりはしなかった。

 けど、

 

「Gaaaaaaaa!」

 

 攻撃は、仕掛けてくる。相手に先んじて攻撃されてしまった。

 《シャイニング・キンジ》の攻撃と同時に、クマさんの山札から二枚めくられて、それぞれ一枚ずつがシールドとマナになる。

 攻撃時にシールドとマナを同時に増やすなんて……

 

「しかもWブレイク……!」

 

 一度の攻撃で、《天鎖》が動くためのシールドを増やし、わたしが得たマナの多さという優位性にも詰め寄ってくる。

 これはキノコなんて生易しいものじゃない、狩人だ。

 

 

 

ターン4

 

小鈴

場:《グレンニャー》《勝利のリュウセイ》

盾:3

マナ:5

手札:4

墓地:2

山札:25

 

 

ゲリラフガン

場:《天鎖》《キンジ》

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:1

山札:25

 

 

 

「これはもう……仕掛けるしかない」

 

 本当はもっとゆっくりと準備したかった。

 墓地を着実に溜めて、クリーチャーを堅実に並べて、一気に攻勢に出たいところだった。

 でも、ここまで早い段階で、守りも戦線も拡大されながら攻め込まれたんじゃ、溜まったものじゃないよ。

 《ボルシャック・ホール》のツケかな、その代償を支払わないと。

 そのためには、多少の無茶をしてでも、攻める!

 

「マナチャージして6マナ! 《龍覇 グレンモルト》を召喚!」

 

 わたしの場にクリーチャーは既に二体出ている。うち一体は《勝利のリュウセイ》。

 クマさんはシールドを増やしてるから、これだけ並んでもこのターンには決めきれない。

 

「なら、バトルゾーンから攻めるよ! 《グレンモルト》に《ガイハート》を装備! そして《シャイニング・キンジ》に攻撃!」

 

 不幸中の幸いかな、《シャイニング・キンジ》のパワーは6000だから、《グレンモルト》のままでも倒せる。

 《菌次郎》を倒した時みたいに、また手札からなにか出ないかとビクビクしたけど、その心配はいらなかったみたい。クマさんは、今度はなにも出さない。

 これで、一回目。

 

「次は……トリガーが出たら嫌だから、《グレンニャー》で攻撃するよ。シールドをブレイク!」

 

 そしてこれで、二回目。

 《グレンニャー》が割ったシールドにはなにもない。

 

「やった、トリガーなし……じゃあ、これで二回目の攻撃だから、《ガイハート》を《ガイギンガ》に龍解するよ!」

 

 対象がいないから龍解時の能力は不発だけど、《ガイギンガ》が出ただけで、わたしの勝ちはグッと近づく。

 あとは実質的に選ばれない《ガイギンガ》で攻撃していれば、大丈夫だよね。

 このターンには決めきれないけど、このまま押し切るつもりで、攻めるよ!

 

「《勝利のリュウセイ・カイザー》で攻撃! Wブレイク!」

「Guruaaaaa……」

 

 切り裂かれたシールドから光が迸る。

 S・トリガー! でも、《ガイギンガ》は選ばれないし、大抵のトリガーなら――

 

「……え?」

 

 虚を突かれ、思考が止まる。

 思わぬ光景に、意識が飛ぶ。

 なんで、なんで――

 

「が、《ガイギンガ》が……!」

 

 ――なんで、地中に沈んでるの?

 ずぶずぶと、地面に引き込まれているの?

 《ガイギンガ》は選ばれることはないのに、どうして……?

 

「《大地の超人(ガイア・ジャイアント)》……」

 

 クマさんのシールドから飛び出したS・トリガー。

 山のような姿の巨人は、自身と共に、《ガイギンガ》を地中へと引きずり込む。

 わたしは、二つの勘違いしていた――思い上がっていた。

 《ガイギンガ》も選ばれる可能性がある。選ばれないのではなく、選ばれても不利にならないことが、《ガイギンガ》の本質。それが、一つ目の勘違い。

 そして、《ガイギンガ》は決して無敵ではない。選ばれた際の不利を覆すだけ。自ら選ばなければ、《ガイギンガ》は倒れる。それが、二つ目の思い上がり。

 《大地の超人》の能力は、自分のアンタップクリーチャーをマナに送ることで、相手のアンタップクリーチャーをマナゾーンに送ること。

 ただし送るクリーチャーは、相手プレイヤー――即ち、“わたしが選ぶ”。

 わたしの場のアンタップしているのは《ガイギンガ》だけだから、当然、選ぶクリーチャーも一体だけになる。

 勘違いして、思い上がって、過信していた。

 その慢心を、突き崩された。

 

「そんな……」

 

 自ら選ばず、相手に選ばせて除去を放つカードの前には、《ガイギンガ》は無力。

 いつも、実質的な選ばれない能力を盾に強引に攻めていたから、それが身体に染み付いて、誤認してしまっていた。認識をずらしてしまっていた。

 そのせいで、わたしはむざむざと《ガイギンガ》を失ってしまった。

 無駄死に、だ。

 

「う、うぅ……」

 

 これ以上は攻撃もできない。中途半端に手札を与えてしまっただけ。

 しかし動けないわたしは、ターン終了を宣言する他なかった。

 

「Guuuuu……」

 

 クマさんは、《無頼聖者スカイソード》を召喚して、マナとシールドを同時に増やす。

 またシールドが増えた……ますます攻め切るのが難しくなってくる。

 

 

 

ターン5

 

小鈴

場:《グレンニャー》《勝利のリュウセイ》《グレンモルト》

盾:3

マナ:6

手札:3

墓地:2

山札:24

 

 

ゲリラフガン

場:《天鎖》《スカイソード》

盾:4

マナ:8

手札:3

墓地:2

山札:21

 

 

 

 ……落ち込んでばかりは、いられない。

 わたしのミスで《ガイギンガ》を失ってしまったけど、まだ、負けてはいない。

 失敗なんて、今までいくらでもしてきた。そのせいで負けたり、それでも勝ったり、色々あった。

 ちょっとやそっとのミスで挫けてなんていられない。状況は依然不利だけど、まだ諦められない。

 少しでも状況を打開するため、前に向きになるため、わたしはカードを引く。

 

「あ……これ……」

 

 ここに来て、これを引くんだ……

 ……《ガイギンガ》はやられちゃったけど、それでも、わたしにはまだ切り札が残ってる。

 初めて使うから、上手く使える自信は全然ないけど……今は、これに賭けるしかないよね。

 

「6マナで、進化――」

 

 場の小さなクリーチャーに、大きな力を。

 進化の強さを与える。

 進化元は、《グレンニャー》――

 

「――(ボルテックス)!」

 

 ――と、《グレンモルト》。

 二体の火のクリーチャーを重ねて、召喚するよ。 

 

 

 

「お願い――《暗黒邪眼皇ロマノフ・シーザー》!」

 

 

 

 わたしの新しい切り札、《ロマノフ・シーザー》だよ。

 切り札と言っても、能力が《クジルマギカ》と似てて、文明も合うからたまたま持ってた一枚を入れてるだけなんだけど。

 でも強いクリーチャーには変わりないはず。それに、このクリーチャーなら、ここから逆転だって不可能じゃない。

 

「《ロマノフ・シーザー》で攻撃! その時、メテオバーン発動だよ! 進化元にした《グレンモルト》を墓地に送って、墓地の《ボルシャック・ホール》をもう一度唱えるよ!」

「Gua……」

「《スカイソード》を破壊! そして《勝利のガイアール・カイザー》をバトルゾーンへ!」

 

 Tブレイカーの《ロマノフ・シーザー》に、二体のサイキック・クリーチャー。

 これでクリーチャーの数は十分。今度こそ、決めに行くよ!

 

「《ロマノフ・シーザー》でTブレイク!」

 

 銃弾が放たれ、クマさんのシールドを撃ち抜く。《ロマノフ・シーザー》の攻撃が、三枚のシールドを粉砕する。

 すると、クマさんは激しく咆哮した。

 

「Guaaa!」

 

 っ、またトリガー!?

 しかも出て来たのは《獣軍隊X ゲリラフガン》――クマさん自身だった。

 

『Guuuuuu……』

 

 まるでわたしの侵攻を阻むかのように、立ち塞がるクマさん。

 なぜか場に出た瞬間にタップされたし、本来持ってないはずのS・トリガーで出て来たし、なんだかよくわからないけど、一つだけ確かなことがある。

 

「攻撃が、止められた……」

 

 いや、厳密には止まっていない。わたしはまだ、攻撃できる。

 だけど攻撃対象を定めようとすると、クマさんがその間に割り込んで、壁のように立ち塞がるのだ。

 クマさんのパワーは7000。決して高くはないけど、《勝利のリュウセイ》では突破できない。

 仕掛けはわからないけど、なんにしてもこれ以上の攻撃はできなくなっちゃったみたい。悔しいけど、また中途半端なところで、ターン終了するしかない。

 

『Guaaaaaa!』

 

 クマさんのターン。クマさんは《スカイソード》に、《虹彩奪取 ケラサイト》を召喚する。とにかくシールドをどんどん増やして、防御力を上げる。

 今さら気づいたけど、クマさんのデッキは、恋ちゃんのデッキと似ている。トリガービート、って言うんだっけ? S・トリガーをたくさん入れて、シールドを増やしてトリガーの確率を上げて、相手の攻撃から身を守りつつ攻めていくデッキ。

 《アブソリュートキュア》で一気にシールドを増やしてくる恋ちゃんより、爆発力は劣るのかもしれない。だけど、継続的に何度もシールドを増やされるのは、とてもやりづらい。

 それに、守りだけじゃない。

 いよいよクマさん自身も動き出して、攻撃。わたしのシールドが二枚まとめて砕かれた。

 

 

 

ターン6

 

小鈴

場:《ロマノフ・シーザー》《勝利のリュウセイ》《勝利のガイアール》

盾:1

マナ:7

手札:4

墓地:2

山札:24

 

 

ゲリラフガン

場:《天鎖》《ゲリラフガン》《スカイソード》《ケラサイト》

盾:2

マナ:10

手札:3

墓地:3

山札:18

 

 

 

「わたしのターン……《プリンプリン》が出せれば、覚醒リンクできるし、そうすればきっと……」

 

 混戦というか、色んなクリーチャーが出て来て、S・トリガーやらシールド追加やらで、明らかにわたしは翻弄されている。

 だからここで一度、すっごく大きなクリーチャーを出して攻めることができれば、この“惑い”から抜け出せるような気がする。

 幸いにも、今のわたしの場には《勝利のリュウセイ》《勝利のガイアール》と、覚醒リンクに必要なクリーチャーが二体揃っている。

 残す《プリンプリン》はどの超次元呪文からでも出せるし、それさえ出せれば、状況を一気に打開できそうだよ。

 

「《グレンニャー》を召喚! 一枚ドローして、《ノロン⤴》を召喚! 二枚引いて二枚捨てるよ!」

 

 できそう、なんだけど。

 

「ん、うぅ、引けない……3マナで《リロード・チャージャー》! 手札を捨てて一枚ドロー……!」

 

 肝心の超次元呪文が引けない。

 まあ、都合よく引きたい時に引ければ苦労しないよね……

 墓地の《ボルシャック・ホール》は前のターンに使っちゃって山札の底。

 となると今は、とにかくカードをたくさん引いて、引き込むしかないかな。

 

「《ロマノフ・シーザー》で攻撃する時に、メテオバーン! 進化元を一枚墓地に置いて、《地獄門デス・ゲート》を唱えるよ! 《スカイソード》を破壊して、《ノロン⤴》をバトルゾーンへ!」

 

 さらにドロー、そして手札を捨てる。

 これで《ロマノフ・シーザー》は弾切れ。なんだか地味な活躍だったけど……でも、ありがとう。お陰で、少しとはいえ確かに状況は好転したし、わたしも前向きになれた。

 次からは、もっと上手く使ってみせるよ。

 

「バトルだよ! 《ロマノフ・シーザー》のパワーは13000! パワー7000の《ゲリラフガン》には負けない!」

 

 とにかく今は対戦だ。

 わたしの侵攻を阻む壁となっていった《ゲリラフガン》は、《ロマノフ・シーザー》の純然たるパワーで破壊する。

 これで攻撃が通るようになった。S・トリガーの危険性は常にあるけど、これはわたしがとどめを刺すチャンスでもある。

 

「よしっ……あれ?」

 

 と、思ったのも束の間。

 厄介な《ゲリラフガン》を破壊したけど、なにか、変だ。

 地面が――相手のマナゾーンが、蠢いている。

 そしてそこから、クリーチャーが這い上がって――場のクリーチャーを、飲み込んだ。

 

「マナからクリーチャーが……しかも進化クリーチャー!?」

 

 《大神砕シンリョク・ガリバー》というクリーチャー、らしい。

 《ケラサイト》から重ねて進化されたそのクリーチャーは、さらにマナゾーンを揺るがす。

 隆起した大地はそのままシールドゾーンへと移り、そのまま盾として形成される。

 つまり、マナゾーンのカードが、シールドに置かれた。

 しかも、置かれたカードに、とても困った。

 

「マナの《ホーリー》が、シールドに……!?」

 

 これって、どう考えてもまずいよね……

 《ホーリー》が仕込まれたシールドがある限り、わたしの攻撃は必ず止められてしまう。だから早めにブレイクしたいけど、《ホーリー》のシールドをブレイクしたら、次のターン、わたしはシールドを割り切られてとどめを刺されてしまう。

 トリガービートの強みは、カウンター性能にあると、恋ちゃんや霜ちゃん、それにみのりちゃんも言っていた。

 防御は攻撃に転じる鍵。増え続ける盾こそが攻めの刃。防御は最大の攻撃。とかなんとか。

 要するに、S・トリガーで出たクリーチャーが、そのまま攻撃の手段になる、ってことなんだろうけど。

 わたしがここでとどめを刺すチャンスであるのと同時に、クマさんにとっても、ここでS・トリガーしたクリーチャーが出ることは、わたしに反撃してとどめを刺すチャンスでもある。

 その可能性が、《シンリョク・ガリバー》の登場で確定した未来に変わったわけだけど、それによって困ったのはわたしだ。

 《ホーリー》をシールドから追いやらないと、わたしはとどめが刺せない。けれど《ホーリー》を場に出したら、わたしがピンチ。

 ブレイクはしたくないけど、このまま手をこまねいているわけにもいかない……ど、どうしよう……

 

「……た……ターン、終了……」

 

 あぅ……怖気づいちゃった……

 臆病風に吹かれて、トリガーの危険性を意識しすぎて、怖がって、恐ろしくて……攻撃の手を、止めてしまった。

 わたしにだって、トリガーのチャンスはあったのに。

 それが正解か間違えいかは、わからないけど……だけど、恐怖で攻撃をためらってしまった自分が、情けなく思えてしまう。

 

「Guuu……」

 

 クマさんはここで、《奪太陽(ゲットレジャー) サンサン》を召喚。そして、

 

「これって……」

 

 場が一変する。これは、D2フィールド?

 《Dの牢閣 メメント守神宮》……よく見るフィールドだ。確か、クリーチャーをブロッカーにするフィールドだったよね。

 ……あれ? ここでそのカードって、すごくまずいんじゃ……

 

 

 

ターン7

 

小鈴

場:《ノロン⤴》×2《ロマノフ・シーザー》《グレンニャー》《勝利のリュウセイ》《勝利のガイアール》

盾:1

マナ:9

手札:3

墓地:6

山札:17

 

 

ゲリラフガン

場:《天鎖》《シンリョク・ガリバー》《サンサン》《メメント》

盾:3

マナ:9

手札:2

墓地:5

山札:16

 

 

「わたしのターン、ドロー……」

 

 その瞬間。

 《メメント守神宮》のDスイッチが発動する。

 

 わたしのクリーチャーはすべて、タップされてしまった。

 想定外の拘束。このターン、わたしは攻撃するという選択肢を奪われることになる。

 困った。あのD2フィールドはまずい。

 あのたった一枚のフィールドが、か細いけど、わたしの中にあった“勝ち筋”を掻き消してしまった。

 どうにかしてあのフィールドを取り除かないと、わたしに勝ち目はない。

 だけど、逆転の手を用意しながら、フィールドまで除去するなんて、そんな余裕があるのかな……

 

「……と、とりあえずこれ……《超次元リバイヴ・ホール》! 《グレンニャー》を手札に戻して、《勝利のプリンプリン》をバトルゾーンへ! 《プリンプリン》の能力で、《サンサン》の攻撃とブロックを封じるよ! さらに(ビクトリー)覚醒(サイキック)リンク!」

 

 このターン、どうしたって攻撃はできないんだし。

 ならせめて、少しだけでも反撃の準備くらいはしておこう。

 

「《唯我独尊ガイアール・オレドラゴン》! ……タップしちゃってるから、攻撃できないけど」

 

 三体のサイキック・クリーチャーが裏返って、連結し、一体のクリーチャーとなる。

 そんなに何回も出したことはないけど、やっぱり壮観だなぁ。

 今はそんな感傷に浸ってる場合じゃないけど。でも、この大きさはどこか安心できる。

 もちろん、今この状況は、まったく安心できないけど。

 

「まだだよ、《ボルシャック・ホール》! 破壊できるクリーチャーはいないけど、クリーチャーは出せる! 《時空の喧嘩屋キル》《時空の探検家ジョン》を出して、ターン終了! ターン終了時に、このターン二体以上クリーチャーを出してるから、《ジョン》を《ジョンジョ・ジョン》に覚醒!」

 

 クマさんのターン。

 《サンサン》の動きは止めたから、このターンにとどめは刺されない……と、思ったけど、

 わたしの場から《勝利のリュウセイ》がいなくなったことで、マナがアンタップ状態で置かれるようになったクマさんは、そのマナをフルに使って、クリーチャーを展開する。

 一体目は《スカイソード》。またシールドが増えて辟易する。

 けど、それだけじゃない。

 

「うっ、《シンリョク・ガリバー》……!」

 

 《スカイソード》を進化元に、再び現れる《シンリョク・ガリバー》。またマナゾーンの《ホーリー》をシールドに仕込んでいく。

 まずいよ。シールドが五枚まで回復されたのもそうだけど、これで攻撃できるクリーチャーが二体になっちゃった……

 ダイレクトアタックまで、届いちゃう。

 

「Guaaaaaaaaaaa!」

「っ……!」

 

 《シンリョク・ガリバー》がわたしのシールドを打ち砕く。

 これでわたしのシールドはゼロ。だけど、

 

「あ……S・トリガー――いや、スーパー・S・トリガーだよ!」

 

 最後のシールドから、S・トリガーが来てくれた。

 それも、この状況を覆す一手となる、最高の一枚だ。

 

「《ドドンガ轟キャノン》! まずはコスト5以下の相手のカード……《メメント守神宮》を破壊!」

 

 まずは邪魔なフィールドを破壊。

 そして、

 

「次にスーパー・S・トリガーのボーナス発動! わたしのシールドがゼロの時にトリガーしたから、コスト7以下の相手クリーチャーをすべて破壊するよ!」

 

 クマさんの場のクリーチャーはすべて、コスト7以下。すべてのクリーチャーが砲撃によって破壊されるけど、

 

「っ、あれは……!」

 

 《サンサン》が光って、手札から《シャイニング・キンジ》が現れる。

 あのクリーチャーからも出て来るんだ……でも、もうそれは関係ない。

 なんにしたって、次がわたしの最後のターン。そして、そのラストターンで決めるから。

 

 

 

ターン7

 

小鈴

場:《ノロン⤴》×2《グレンニャー》×2《ロマノフ・シーザー》《オレドラゴン》《キル》《ジョンジョ・ジョン》

盾:0

マナ:10

手札:2

墓地:8

山札:15

 

 

ゲリラフガン

場:《キンジ》

盾:5

マナ:10

手札:0

墓地:12

山札:12

 

 

 

 

「わたしのターン! まずは、わたしの場にパワー6000以上のクリーチャーがいるから、《キル》を《セツダン》に覚醒! 2マナで《グレンニャー》を召喚! さらに5マナで《狂気と凶器の墓場》! 墓地から《グレンモルト》を復活!」

 

 とりあえず、できる限りのことはする。

 でも、これだけクリーチャーを揃えても、クマさんのトリガー次第では負けちゃうんだよね……でも、もう後には退けない。

 ダメかもしれないけど、やるしかないんだ。勝つための筋道は、これしかない。

 

「S・トリガー怖いし、やっぱりこうだよね……《グレンニャー》で攻撃だよ、シールドをブレイク」

「……Gua」

「《大地の超人》……それなら問題ないよ。《ノロン⤴》をマナへ」

 

 地面に沈みながら、わたしのクリーチャーも引きずり込もうとする《大地の超人》。

 だけど、その選択権はわたしにある。さっきはそのせいで《ガイギンガ》を失っちゃったけど、今はその程度じゃ止まらない。

 

「じゃあ、一気に叩き割るよ! 《ガイアール・オレドラゴン》で攻撃! シールドをワールド・ブレイク!」

「Guaaaaaaaaaaaaaaa!」

 

 来た! S・トリガーだ。

 眩い閃光と共に現れるのは、《ホーリー》が二体。加えて《大地の超人》まで現れた。

 《大地の超人》は、《グレンニャー》をマナに送るとして、これでわたしのクリーチャーはすべてタップされてしまう。しかも、ブロッカーが二体。

 だけど、

 

「……これでわたしは、このターン、二度の攻撃に成功したよ」

 

 攻撃を止められても、クリーチャーは生きてる。

 《グレンモルト》は、まだその剣を手にしている。

 生きてるなら止まらない。今度は、慢心せずにちゃんと扱ってみせる。

 

 

 

「龍解――《熱血星龍 ガイギンガ》!」

 

 

 

 今度こそ――わたしに勝利を。

 いいや、わたしが、勝利を掴み取る。

 

「まずは《ガイギンガ》の龍解時の能力で、《ホーリー》を破壊!」

 

 これでブロッカーも破壊した。

 あとは、駆け抜けるだけだよ。

 

「《ガイギンガ》で攻撃! ダイレクトアタック!」

「Gaaaaa!」

 

 とどめの一撃、それは《ホーリー》にブロックされる。

 それでいい。

 それも、織り込み済みだから。

 

「このターン、この攻撃が、わたしのクリーチャーの三度目の攻撃だよ」

 

 一度目は《グレンニャー》。

 二度目は《オレドラゴン》。

 そして、三度目は《ガイギンガ》。

 

「《冒険の覚醒者ジョンジョ・ジョン》の能力発動! わたしのクリーチャーの攻撃に反応して――アンタップする!」

 

 起き上がる《ジョンジョ・ジョン》。

 このクリーチャーが、わたしが攻撃を通して、勝つための鍵。

 何度タップされても、ブロックされても、何度でもしぶとく起き上がる。

 諦めずに、何度でも、立ち上がるんだ。

 さぁ、これで終わりだよ。

 

 

 

「《ジョンジョ・ジョン》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「お、終わった……」

 

 光の残滓となって消えていくクマさん。

 ……その姿に同情するというか、申し訳なさがあるけど……こうするしか、なかったのかな。

 わたしは鳥さんに言われるままに動いているけれど、それも正しいことなのか、わからなくなりそう。

 鳥さんは、もうえずくこともなく、いつものように消えゆく光をついばんでいる。

 この鳥さんの“お願い”は、正しいことなのかな。

 クリーチャーを放置しておくことはできないけど、だからといって、本当に倒さなくちゃいけないのか。

 わたしには……わからないよ。

 わたしはあまりにも、クリーチャーのことを知らなさすぎる。クリーチャーがどんな思いでここにいるのか。元々、どんな世界にいたのか。なにも。なんにもわからない。知らない。

 ……わたしが、クリーチャーたちの世界に行けたとしたら、もっとなにかわかるかもしれないのに。

 だけどそれは、叶わぬ願い、だよね。

 わたしはただの人間だ。なんでことのない、なんの力もない、普通の女の子。

 特別な能力もなにもないわたしに、そんな荒唐無稽なことができるはずもない。

 それこそ、あり得ない。筋の通らないことだ。

 

「ふぅ、ごちそうさま。いい具合に力も戻って来たね」

「そう……よかったね」

「君はあまり嬉しそうじゃないね?」

「うん、まあ、いろいろ考えちゃって……」

「ふーん。君の悩みなんて僕は知らないけど、あんまり思いつめないでよ。どんな世界でも、誰だって、笑っている顔が一番いい顔さ」

 

 鳥さんは無責任に言い放つ。

 その笑顔を奪うようなことをしてるんじゃないかで、悩んでるのに……無神経すぎるよ、鳥さん。

 

「さて、せっかく力も戻ったし、君にちょっとだけ、僕の本当の姿を見せてあげようかな」

「え? いいの?」

「そりゃあね。まだ万全完全完璧とは言い難いけど、君に僕の真の姿を見せるのは、礼儀のようなものだと思っている。信頼と親愛の証みたいなものさ」

 

 信頼と親愛……そう言われると、ちょっとだけ照れくさくて、嬉しいけど……

 

「それに、本来の姿を知ってもらう方が、都合がいい時があるかもしれない。だから覚えておいてほしいのさ」

「そう……まあ、そういうことなら……」

「よし。それじゃあ、早速……ん?」

「どうしたの?」

「人の足音が聞こえる……こっちに向かってるのか?」

「え!?」

 

 こっちに人が向かってる!?

 それって確実に、うちの学校の関係者じゃない!

 先生か、生徒かはわからない。もしかしらみんなかもしれないけど……もしも無関係な人だったら、こんな格好とこんな鳥さんを、誰かに見られるわけにはいかないよ!

 

「と、鳥さん! 真の姿とかは今度でいいから、早くどっか行って! あとこの服も戻して!」

「むぅ、片翼とはいえ、せっかく僕の太陽神話から受け継ぎし御姿を見せてあげようと思ったんだが……」

「そんなものは後でいいの! 見つかっちゃう方がまずいよ!」

「仕方ないなぁ。まあ、まだクリーチャーからマナを得る必要がるし、また会う機会もあるだろう。じゃあまた後でだ、小鈴」

「あー! 待って! この格好をどうにかしてから行ってよ!」

「おっと忘れていた」

 

 なんてやりとりをやっているうちに、足音がわたしの耳でも聞き取れるくらい、近づいていることに気付いた。

 まずいまずいと内心で焦りつつ、鳥さんを見送って、自分の服装がさっきまでのジャージ姿になっていることを確認。もうすぐそこまで気配を感じるくらい、近い。

 そこで、振り返る。

 鬱蒼と茂った木々を掻き分けて、現れたのは――

 

 

 

「――伊勢さん!」

 

 

 

 ――思いもよらぬ、想い人。

 その人は――剣埼一騎先輩だった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「せん、ぱい……? どうして……?」

「どうしてもこうしてもないよ! 大丈夫? 怪我とかしてない?」

「え? えっと……」

 

 先輩の勢いに圧倒されて、言葉に詰まる。

 すごい焦っているというか、必死というか……やたらとわたしを心配する先輩。な、なにがあったんだろう?

 

「君たちのグループの到着がやけに遅いから、探しに行ったんだよ。もしかしたら遭難してるんじゃないかって」

「あ……」

 

 言われて初めて気づいた。そうか、そうだよね。

 あそこでわりとだらだら休憩しちゃってたし、謡さんの登場とか、鳥さんに連れていかれたりとかで、さらに時間を食っちゃって……それで、登頂が遅れて、先生たちが不審に思ってもおかしなことはない。

 

「恋たちから事情は聞いたよ。大丈夫、毎年グループからはぐれた遭難はよくあるんだ。大事にならなくて本当よかった」

「あ、はい……」

 

 恋ちゃんたちは、わたしが遭難したって説明したんだ……まあ、そう説明するしかないよね。鳥さんに連れて行かれてクリーチャーを退治してました、なんて言えるはずもないし、そこは感謝だよ。

 それに……なんか、すごく心配させてしまったみたいで、申し訳ないな……

 

「怪我はないようだけど、立てる?」

「は、はい。大丈夫です」

「じゃあ早く降りよう」

 

 先輩はわたしの荷物を持ってくれた。

 わたしは別に遭難したわけじゃないし、そこまでしてもらうのは気が引けるんだけど……でも、少しは演技しておかないと、変な風に見られちゃうかな……?

 

「あの、先輩は、どうしてわたしの居場所が……?」

「GPSっていう便利なものがあるんだ」

 

 あぁ……そういえば、特別登校日の時に、なんか説明と一緒に書類みたいなのに書いた気がする。遭難の恐れがあるから、個人の位置情報を学校側が把握してもいいか、みたいな。

 というか、こんな山中でも機能するんだ……

 速足で木々を掻き分けていく先輩。すごく慣れた手つきだけど、わたしの荷物を背負っているとは思えないくらい速い。

 流石に慣れない山中だと、追いつくので精一杯だ。

 先輩の表情はどこか焦っているようでもあって、それが急いでいる理由なんだろうけど、その理由がわからない。

 わたしは無事だった。その確認で終わり、というわけでもないみたい。

 

「あの、先輩……なんでそんなに急いでいるんですか?」

「そりゃあ急ぐよ。この天気だもの。もう皆、下山してるしね」

 

 天気? 下山?

 そういえば、先輩は早く降りるって言ってた。

 そして今も、山の麓に向かっている様子。

 天体観測は頂上の天文台で行われるはずなのに、なんで逆行しているのか。

 それは、空を見たらすぐにわかった。

 

「暗い……?」

 

 木々で覆われていた山中だとよくわからなかったけど、本日の青空は、完全に暗雲立ち込める空へと変貌していた。

 ――ぴちょん。

 そして、その天候の意味を明確化するかのように、わたしの額に雫が落ちる。

 

「雨……」

「まずい、もう降ってきた……!」

 

 空を見上げて、焦燥をさらに募らせる先輩。

 わたしはいまだ、事の大きさをよく理解していないんだけど……でも、だんだんとわかってきた。

 空を覆い尽くす黒い雲。次第に強さを増していく雨。そして――風。

 風雨に森がざわめき、暗雲が太陽を画し、暗い世界を創り出す。

 まるで難破船の中にいるような、この感覚。いや、もう船から投げ出されているのかもしれない。

 事態を理解したことによる不安と、先輩が感じている焦燥が、わたしにも湧き上がってきた。

 

「……先輩、その、天体観測は……」

 

 自分でもばかだと思うような問いかけだけど、ちゃんと確認したかった。

 わかりきったことだけど、確認する意味なんてないと思うのだけれど。

 だけど、聞いてしまった。

 先輩はそんな意味もない問いかけにも、嘘偽りなく――“正しく”答えてくれた。

 

 

 

「天体観測は中止になった。今――台風が急接近してるんだ」




 小鈴のデッキは回を追うごとに、使用カードやコンセプトはあまり変えず、少しずつ変化させていっていますが、今回は新しい切り札の《ロマノフ・シーザー》登場です。呪文を発射しながらぶん殴るってコンセプトができるカードって、地味に限られるんですよね……ただ《シーザー》は打点が高すぎて、《グレンモルト》が霞んでしまうのがちょっぴりネックです。
 相手の熊さんは白緑のトリガービート。実は《キンジ》って、エグザイルの中では結構好きなんですよね。名前が独特で面白いですし。アニメでは微塵も出ませんでしたけど。
 次回は林間学校編の最終日、三日目です。まあ、このへんがラストスパートになるので、よろしくお願いします。
 また、誤字脱字、感想、その他諸々、なにかありましたら、遠慮なく仰ってください。
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