デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 “林間学校編四日目”
 もうちっとだけ続くんじゃ。
 林間学校は終わったけど、林間学校“編”を終わらせるとは一言も言っていない。
 そんな詐欺めいたことはともかく、今回は後日談……というか、お話を整理したりする回です。前回でいろいろ判明しましたが、それのおさらいと、謡について触れます。


25話「林間学校だよ ~4日目・後日談~」

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 今日は、あの波乱万丈な林間学校の翌日。わたしたちは、みんなで『Wonder Land』に来ています。まだ休みのはずなのに、人がすごく少ないけど、恋ちゃんが言うには、近くで大きな大会があるから、だそうです。

 まあ、それはそれとして、それでいいんだけど。

 今日集まったのは、いつものようにみんなと遊ぶため、ではありません。

 わたしたちがここに集まった理由。それは、謡さんに呼び出されたから。

 謡さん曰く「すべてを話さなくちゃいけない時が来たから」ということらしいけど……

 

「……なんで、ここに、集まる……?」

「しかも当の本人が来てないし。呼び出しといてなんて態度なんだか」

「まあまあ。謡さんも、生徒会のお仕事があるらしいから……」

「あの台風で、かなり計画が狂ったみたいだしな。事後処理とかがあるんだろう」

「うにゅ、セートカイって大変なんですね」

 

 そうだね。お姉ちゃんも今日は学校でお仕事って言ってたし、いつも大変そうです。

 まあ、台風がなければ今日一日寝ていられたのに、ってぼやいてたから、あの台風がすべての元凶っぽいけど……

 

「ところで小鈴。昨日はボクらもバタバタしてて聞きそびれたし、この際だから色々聞いておきたいんだけど」

「う、うん」

「君が飛び出してから――なにがあったんだ?」

「……そうだね。みんなには、ちゃんと話さなきゃだね」

 

 でも、どこから話せばいいんだろう……

 最初から、かな?

 

「えっと、結局、あの台風はクリーチャーが生み出した――というより、クリーチャーが連れてきたもの、らしいんだけど……」

「《クシャルダオラ》だっけ? まーた変なクリーチャーが出て来たね」

「当然のこととはいえ、クリーチャーもエネルギーが必要なんだな。ボクらが食い物にされそうになっていたなんて、肝が冷える話だよ」

「でも、それは小鈴さんが倒したんですよね!」

「う、うん。鳥さんのお陰でね」

「……いや、そんなのは、分かり切ってる……重要なのは、その、前……」

「そうだ。君が詳しく話さなかった、あの謡っていう先輩、チェシャ猫レディという胡散臭い正義の味方、そして『帽子屋』――【不思議の国の住人】とかいう、ふざけた奴らについてだ」

 

 やっぱり……そうだよね。

 みんなも、そこが一番気になるよね。

 

「でも、そこはその……わたしも、説明が難しいんだけど……」

「順番に……ひとつずつ、話せばいい……」

「そ、それじゃあ、そうだなぁ……帽子屋さんたちのことから、かな」

 

 帽子屋さんたち、【不思議の国の住人】について。

 彼らがどういう存在で、どういう目的を持っているのか。

 

「帽子屋さんたちは、【不思議の国の住人】っていう存在は、この地球にずっと昔から生きてきた生物らしいの。それが、人類と同じように、進化して、環境に適合していった。その過程で自我が芽生えて、人間のような知能を獲得していったんだって」

「より人間に近い獣、ってことか。いや、それはもう、新人類――人類の別の形とさえ言えるかもしれないな。なんて言うんだろうね、亜種人類、とでも言うのかな?」

「いや、UMAじゃん」

「一般的には、未確認の生命体という意味ではそうだろうが……ボクらがしっかりと認知してしまった以上、定義としてはどうなんだ……?」

「……どっちでも、いい……」

「まーねー。で、帽子屋さんたちは人間に紛れて生活している、と。隙あらば私たちの社会を乗っ取ろうとしてるってことかな?」

「乗っ取るというよりは、ただ自分たちの社会が欲しいだけ、って感じだったけど……でも、そのために乗っ取るという行為が必要なら、たぶん、帽子屋さんはそうすると思う……それが、【不思議の国の住人】という種族が栄えて、子孫を残し続けるためなら」

 

 帽子屋さんの真意は、正直まだ読み取れないところがあるけど……

 だけど、人間のようであっても、人間社会に身を潜ませていても、人間でない存在であることは確かなんだ。

 わたしたちの尺度や常識だけで考えちゃいけない。

 

「ともかく、奴らの目的は、種の存続と繁栄、か。【不思議の国の住人】という種族のための、確固とした社会を築くこと……獣ではそこまでの大きな野心はあり得ないが、人間レベルの知性や知能があるなら、自然な野望、なのか?」

「……それで、こすずは……どうするの……?」

「え? どうするって?」

「だって、こすずなら……あいつらの、こと……“悪人じゃない”って、思ってる、だろうし……これから、どうするのかって……」

 

 まっすぐと、わたしを見つめる恋ちゃん。

 まるで動きのない瞳。なにも感じさせない表情。

 ただ純粋な問として、恋ちゃんは、わたしにそれを問うている。

 わたしがこれから、【不思議の国の住人】と、どう向き合うのかを。

 実はそれについては、わたしも考えてた。あれから家に帰るまで、そして今に至るまでの、短い間だけど、ずっと考えてた。

 考えて考えて考えて、そして――

 

 

 

「……わかんないよ」 

 

 

 

 ――答えは、出なかった。

 

「恋ちゃんの言うように、わたしは帽子屋さんたちを悪い人だと、思えない……そりゃ、酷いこともされたし、怖いけど……でも、自分たちの居場所が欲しいっていう気持ちは、すごくわかるから……」

「だけど、連中が求めているの社会、あるいは世界だよ。規模が違う。」

「規模なんて、関係ないよ。わたしだって、恋ちゃんや、ユーちゃんや、霜ちゃんや、みのりちゃん。そして代海ちゃん……みんなと友達になるまで、ずっと一人だったもん。誰だって、自分が地に足を付けて生きていくための場所が欲しい。安心できるところが欲しいよ。そこに大小の差別はないと思う」

「小鈴ちゃん……」

「だからわたしは、帽子屋さんの目的を否定できない。でも、聖獣を――鳥さんを見つけた帽子屋さんが、なにをするかも、わからない。それは、すごく怖い……」

 

 まさか鳥さんが聖獣だなんて思わなかった。こんなに近いところに、帽子屋さんの求める存在がいたなんて、思いもしなかった。

 鳥さんはわたしに力をくれた。その力で、帽子屋さんも願いを叶えるのかもしれない。具体的にどうするのかは、わたしにはわからないけれど。

 だけど帽子屋さんなら、どんな手段も使って、どんなことでもして、願いを叶えようとする気がする。鳥さんに、酷いこともするかもしれない。

 もしそうなら、わたしはそれを許せない。

 だけど、

 

「わからないことを否定するのは、わたしにはできないよ……帽子屋さんたちのやろうとしていることは、その目標は、決して間違いでも、悪いことでもないんだから。だから――」

 

 ――わたしは、なにもできない。

 目の前で起こることに、反応(リアクション)するしかない。

 これじゃあ本当に、不思議の国に迷い込んだアリスそのものだ。

 どっちつかずで、中途半端で、踏み切れない自分が嫌になるけど。

 どうしようもない。どうにもできない。そんな諦念と、躊躇いが、のしかかる。

 みんなも、戸惑うだろうなぁ。霜ちゃんみたいにハッキリした子だと、こういうの、嫌なんだと思う。

 結局はわたしのワガママなんだ。薄弱な意志と決断力のせいだ。

 それが良いことなのか、悪いことなのかすら、わからないんだ。

 その半端でぶれぶれなわたしじゃ、みんなにも迷惑を――

 

 

 

「別に……それで、いいと……思うけど……」

 

 

 

 ――その時です。

 恋ちゃんが、小さく、囁くように、けれどもハッキリとこの耳に届く声で、言った。

 

「善悪で、すべてが判断、できるわけがない……正義のための善行は悪になるし、大義のための悪行も善になる……どっちがいいとか、どっちが悪いとかじゃ、ない……すべてを決めるのは、自分にある……」

「恋ちゃん……」

「そうですよ! 小鈴さん!」

 

 恋ちゃんに続き、バンッ! と机を叩いて身を乗り出すユーちゃん。ち、近いよ、顔が……

 

「ユーちゃんは、小鈴さんが大好きです! 小鈴さんと一緒にいることが! 小鈴さんのすることが、大好きなんです! だから、ずっと一緒です! ユーちゃんが小鈴さんのこと、信じてますから!」

「ユーちゃん……」

「うわー、ユーリアさんに言いたいこと先越されたー。マジへこむー」

 

 と、今度はみのりちゃんが、わざとらしくガッカリした素振りを見せる。

 

「じゃあ、そうだなぁ。なにを言おうかなー……うん、まあ、あれだね。別に小鈴ちゃんが無理することないよ。なにがいいとか悪いとかそんな難しいこと考えないでさ。今まで通りでいいじゃないの。奴らがケンカ吹っ掛けてきたら、ぶん殴ればいいんだから」

「み、みのりちゃん……」

 

 それはちょっと暴力的じゃない? たとえ話なんだろうけど。

 でも、いつもの調子でそう言ってくれるみのりちゃんは、心強かった。

 

「はい、次は水早君ね。トリは譲るよ」

「これって一人一人言っていく流れなのか?」

「そうだよ。女の子はお揃いが好きだからね」

「それ絶対そういうのじゃないと思うけど……実子の言う通りだ」

 

 最後に、霜ちゃん。

 まっすぐにわたしを見つめて、口を開いた。

 

「ボクらもまだ、連中のことを理解しきっているとは言えない。情報不足で戦力不足。城攻めには三倍の戦力が必要って言うし、悪と断じたとしても、こっちからけしかけるのが得策とは言えないよ。後手に回るのが最善とも言わないが、現状を鑑みたら、それに甘んじるのもよしだ。今はまだ、ゆっくりと答えを探していけばいい。一人が辛いならボクらがいる。頼りないかもしれないが、友人を支える情くらいはあるつもりさ」

「霜ちゃん……」

「こすずは……なにも、間違ってない……堂々とすれば、いい……」

「Ja! ずっと一緒ですよ、小鈴さん!」

「ねー。邪魔する奴らをぶっ飛ばして、私たちの日常(せかい)を守ればいいんだから、難しく考えることないよ」

「焦って動く方がまずいだろうしね。待ちも賢い一手だよ、小鈴」

 

 口々に告げるみんな。

 その言葉だけで、胸の奥から、身体の芯から、熱いなにかが込み上げて来るようで。

 わたしは……わたしは……うぅ……

 

「み、みんなぁ……」

「なにを泣きそうになってるんだ、君は」

「だって、だってぇ……」

「おー、よしよし。薄いのでよかったらこの胸で泣きなさいな」

「あうぅ……」

 

 みんな、優しいな……

 こんなどっちつかずで、中途半端で、優柔不断なわたしに、まだ寄り添ってくれるなんて……

 感動して泣いちゃいそうだよ……ちょっと泣いちゃったけど。

 

「とりあえず当面の方針としては、ボクらの取る手段は、受動的反応だ。過剰な防衛は差し控えよう」

「まあ勿論? 脅威と感じるものがあったら即刻排除――」

「そういうのをやめろって言ってるんだ」

 

 ガンッ、と霜ちゃんの握り拳がみのりちゃんの頭を打った。

 い、意外といい音がしたけど……みのりちゃん、大丈夫?

 

「いったぁ!? 水早君!? 流石に女の子に暴力はいけないんじゃないかな!?」

「女を捨ててるやつに女の権利を主張する資格はない。ボクの方がまだ女だ」

「くっそぅ! 私より可愛い顔してるからって調子に乗りやがって!」

「……自分が、女、捨ててる自覚……あるんだ……」

「ともかくだ、この問題の渦中にいるのはボクらではなく小鈴だ。ボクらは小鈴を支えるけど、基本的な意向は小鈴を尊重する。それで異論はないかい?」

「まあ……無難……いいと、思うけど……」

「Ja! ユーちゃんも、イロンはないです!」

 

 わたしの意向……って、そんな大層なものが言えるほど、わたしはしっかりした人間じゃない。

 だけどみんなは、こんなわたしでも否定しない。肯定してくれる。受け入れてくれる。

 そしてそのうえで、一緒に傍にいてくれる。

 この半年。大変なことも、恥ずかしいことも、苦しいことも、胸が痛むようなことも、たくさんあった。

 だけど、辛いだけじゃない。

 恋ちゃんとの繋がりができてデュエマを覚えて。

 ユーちゃんと出会ってカードショップに行って。

 霜ちゃんと友達になってお洒落を教えてもらって。

 みのりちゃんと喧嘩して今までよりも仲良くなって。

 色んなことが積み重なって、今わたしはここにいるんだ。

 そしてそれが、わたしを支えてくれる。

 それならわたしも、簡単にそれを手放しちゃ、ダメだよね。

 

(みんながこうして傍にいてくれるんだ。それだけで心強いし、だからこそ――)

 

 

 

 ――この日常は、守らなきゃいけないよね。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「やっほー! 遅れてごめんね!」

 

 しばらくして、謡さんがやってきた。制服姿のままで。

 

「謡さん……」

「ちょっとせんぱーい? 遅くないっすかー? いくら後輩相手だからって、流石に舐めすぎじゃないですかー?」

「やめろ実子。それはうざ絡みするヤンキーのテンプレだぞ。もう手遅れな君の品性が加速度的に下降している」

「あははー、ごめんねー。まあでも、タイミング的にはちょうどいいんじゃない? ぴったし姉ちゃんのバイトも終わったみたいだし?」

「姉ちゃん?」

 

 と、その時。

 後ろに人の気配。そして、声。

 それも、とても馴染み深く、聞き覚えのある声だ。

 

「やぁ小鈴ちゃんたち。お待たせ」

 

 振り向くと、そこには――

 

「詠さん! え? どうして……」

 

 長良川詠さん。

 このワンダーランドの店員さんが、立っていた。

 詠さんは自然な足取りで、謡さんの隣に立つ。

 そうして並んでみると、似ているところも、違うところも、一目でわかる。すごくそっくりだけど、全然違う。この感覚は、わたしもこの目で見て、体感したことがある。

 これは――“わたしとお姉ちゃんが並んでいる時とそっくりな感覚”だ。

 

「まさか気付いてなかった? こっちは私の姉ちゃん」

「詠だよ! って、自己紹介なんて必要ないだろうけど」

 

 あっさりと打ち明ける謡さん。

 ほ、本当に姉妹だったんだ……でも、納得だよ。

 並んでみるとよくわかる。二人とも、顔が似ている。それも、面影という面で。

 これはユーちゃんとローザさんのような、双子の似方じゃない。

 わたしとお姉ちゃんみたいな、兄弟姉妹の似方だ。

 

「……まあ、なんとなくわかってはいたけどね。証言がないから確証がなかっただけで」

「アウト・オブ・眼中だったんで、全然気にしてなかったよ、私は」

「顔、似てるし……名前も、それ、っぽい……」

「ユーちゃんは、あんまりわかんなかったです……ニッポンの人の顔、まだちょっと、よくわかんないです……」

「あれれー? 意外とちゃんと気づいている人が少ないぞー?」

 

 まともに意識していたのは霜ちゃんだけなんだ……

 みのりちゃんや恋ちゃん、ユーちゃんも、らしいと言えばらしいけど。

 

「あれ? っていうか、謡さん。今日集まったのって、その……」

「わかってる。先にちょっとネタばらしすると、姉ちゃんも無関係じゃないからさ」

「!? そ、そうなんですか!?」

「と言っても私はおまけみたいなものだけどね。まあ、その辺の詳しいところは、外で話そうか」

「外?」

「うん、外。ここはあくまで待ち合わせ場所。わかりやすいしね。きちんとしたお話は、もう少しゆっくりできるところでしよう?」

 

 と言って、詠さんはお店の出口に向かって歩き出す。

 扉の取っ手を掴んだところで、くるりと謡さんに振り向いた。

 

「そうだ謡、ちゃんとスキンブルは連れてきた?」

「寝てたから鞄の中に押し込んできたよ」

「うわ、かわいそう……もうちょっと丁寧に扱ってあげなよ。怒るよ、スキンブル」

「覗き魔ストーカーに人権はないからね!」

「まあ元より人じゃないしね。仕方ないか」

 

 仕方ないの?

 というわたしの疑問は口には出て来ないで、二人の軽口のようなやり取りに目が行っていた。

 その、姉妹らしいやり取りに。

 

「ほらほらお嬢さん方も早くいらっしゃい。ファミレスでも行って、パフェ食べてジュース飲んでお話しましょう? ここは年長者として奢ってあげるから」

「よっしゃ! ゴチになりまーす!」

「反応早いな! そのガメつさはひとまず置いておいて、今日の君、キャラ付け適当じゃないか?」

「……おごりとか、どうでもいい……けど、気になることは、ある……」

「ま、そのための集まってもらったんだしね。長居してたら、また帽子屋さんが来ないとも限らない。6時になる前に終わらせるためにも、早く行こうか」

「あ……は、はい」

 

 そんな、なんだか締まらない感じだけど。

 詠さんたちに連れられて、

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 謡さん、そしてそのお姉さんの詠さんに連れて来られた、近所のファミレス。

 奢ってくれるとは言われたものの、なんとなく申し訳なさを感じて、全員ドリンクバーだけ(霜ちゃんがメニューを広げるみのりちゃんを殴って止めた)にしました。

 そもそも今日は、食事に来たんじゃない。

 昨日の清算のために来たんだ。

 

「まず最初に白状すると――チェシャ猫レディの正体は私です」

 

 開口一番、謡さんがそう口にした。

 だけど、間髪入れずに霜ちゃんが切り返す。

 

「それはもう小鈴から聞きました」

 

 だよね。

 わたしも知ってる。

 知ってるけど。

 

「じゃあ、私からも白状するね」

 

 次に名乗り出た詠さん。

 その言葉は、同じでありながら、まったく違うものとして、受け取ることになった。

 

「チェシャ猫レディの正体は私です」

「え?」

「あと、この子ね」

 

 と、鞄の中で眠る黒い生物――子猫をちらりと見せる詠さん。

 

「うちで飼ってる猫、『チェシャ猫』。またの名をスキンブルシャンクス。長いからスキンブルって呼んでね」

「はぁ……いや、えっと、あの……」

「わかってるよ。ちゃんと説明する」

 

 詠さんが、困惑するわたしに対して、真摯に言葉を紡いでくれる。

 謡さんがチェシャ猫レディの正体なのは知ってたし、そこに『チェシャ猫』っていう人……いやネコさん? が関わっているのも知っている。

 けれど、詠さんも、そこに関係していたの?

 

「小鈴ちゃんは謡から聞いてるから、知ってると思うけど、チェシャ猫レディというのは、スキンブルの――『チェシャ猫』の個性()、「姿が見えない」という性質を曲解して生み出した、架空のヒーローなの」

「そ、そう言っていましたね……」

個性()か。それもよくわからないんですけど、それはどういうことなんですか?」

「私たちも、そんな詳しく知ってるわけじゃないんだけどねー。全部スキンブルからの断片的な話を聞いて、実際に見て、解釈して判断してるだけの現象だし」

「でも、私たちがこの子から得た知識は、ちゃんと君たちに教えるべきだと思うよ、謡」

「……そりゃそうか。じゃあ、ちゃんと説明するね。『チェシャ猫(スキンブル)』の能力について。

 

 『チェシャ猫』の、能力――個性()

 それはきっと、代用品を創造する代海ちゃんや、三人称の視点を持つチョウのお姉さんと同じ、人間にはない特殊な力。

 わたしも帽子屋さんたちから聞いて、なんとなくはわかったけど、それでもあの時はあんな状況(台風)だったし、ちゃんと理解していないところもあるんだよね。

 

「この子、スキンブルシャンクス――『チェシャ猫』が持つ力を定義する言葉は、「姿が見えない」。ざっくり言うと、他者からその姿を見えなくさせることだけど、その言葉の範囲内であれば、それに準じた現象を起こすことができる」

「? どーゆー意味ですか?」

「具体的に説明するよ。わかりやすい例だとねぇ、やっぱ透明になる、かな? 透明になったら、姿が見えないでしょ?」

「でも、彼らの力っていうのはこれだけじゃ終わらないみたいでね。他の形でも、「姿が見えない」という言葉の意味を達成できるなら、その現象を起こすことができるの。そのもう一つの例が、この姿」

 

 また鞄を開けて、中の子猫をわたしたちに見せる詠さん。

 尻尾の先がしましまになってる、黒い子猫だ。一見すると、本当にただのネコさんにしか見えない。

 

(カッツェ)、ですか?」

「カッツ? その言葉は意味はわかんないけど、まあ猫だね」

「「姿が見えない」という言葉の意味を拡大解釈すれば、他者が本人を認識できない、とも取れるからね。本来の姿とは別の姿を取ることで、疑似的な「姿が見えない」状態を作っているの」

「そんな屁理屈な……」

「けど、その屁理屈で生きてるんだな、この子は」

 

 謡さんが、子猫の頭を撫でる。

 ネコさんは少し身体を動かしたようだけど、大人しく鞄の中に収まっていた。

 

「前置きが長くなったけど、つまりこの子は、そうやって言葉の意味を、解釈を広げていくことで、その力の範囲も一緒に拡大していくの。そうして広げていった力の一形態が」

「“架空英雄”チェシャ猫レディ、ってわけ」

 

 「姿が見えない」という言葉の意味。それを、その言葉の意味が失われない範囲で広く意味を拾って、その意味に沿った事を成す力。

 それが、このネコさんの――【不思議の国の住人】の、個性()

 そしてこの子はその力で、ずっと戦ってきたんだ。

 謡さんと、一緒に。

 

「……あれ? でも、チェシャ猫レディの正体って、確か詠さんも……」

「その説明もしなくちゃいけないね。えーっと、妹ちゃんはどこまで知ってるんだっけ?」

「確か、器がどうとか……」

 

 あの時は雨も風も酷かったからそれどころじゃなかったし、実はそんなにちゃんと理解したわけじゃないんだよね……

 

「まあ、こっちもちゃんと説明しようか。基本ルールとしては、チェシャ猫レディっていうハイスペックヒーローになるためには、二つ分の魂が必要なの。つまり、チェシャ猫レディに変身するためには、フュージョンでなくてはならないってことね」

「フュージョン、って……」

「二つの魂で稼働するスーパーヒーローがチェシャ猫レディだったわけだけど、別にこれ、私とスキンブルじゃないといけない、っていう縛りはないんだよね。器を作るスキンブルは必須として、フュージョンする相手は誰でもいい。だから」

「謡が動けない、あるいは現地にいない時は、私がチェシャ猫レディになってたんだよ。ほとんどお手伝い感覚だけど」

「えぇ!?」

「まあ、たまにね。たまーに」

 

 普通の驚きの事実でした。

 でも、言われて初めて、思い出す。

 チェシャ猫レディさんが現れたのは、ほとんど学校の近くか、ワンダーランド近辺。夏祭りの時だけは例外だけど、その時は謡さんがいた。

 毎度毎度、狙い澄ましたかのようにチェシャ猫レディさんが現れて、わたしの代わりにクリーチャーを倒したり、【不思議の国の住人】の人たちと戦っていたのは……つまり、そういうことなの?

 しかも、だとすると……

 

「まさか謡さんって、夏祭りで会う前から……」

「うん。会長から聞いてただけじゃない。ずっと妹ちゃんのことを見てたよ」

「や、やっぱりそうなんですか……」

「というか妹ちゃんは気づいてなかったみたいだけど、ワンダーランドのファンデッキ大会の時は、私、妹ちゃんと対戦してたんだよ?」

「き、気づかなかったです……」

「とまあ、そんな感じだね」

 

 『チェシャ猫(スキンブルシャンクス)』という存在、その個性()

 そして、チェシャ猫レディの本当の姿。

 そのすべてが、詳らかに明らかにされた。

 ……けど、

 

「ちょっと待ってください」

「なにかな?」

「あなたはまだ、二点、大事なことを言っていません」

 

 霜ちゃんが、食い下がった。

 まだ納得できないと言わんばかりに。

 

「一つ。あなたたちは、なにがしたくて小鈴に付きまとっているんですか?」

「そ、霜ちゃん……そんな言い方……」

「そしてもう一つ。あなたたちはどうして、『チェシャ猫』に力を貸すんですか? 同時に『チェシャ猫』も、【不思議の国の住人】と同種の存在なんですよね? ならばなぜ、あなたたちに力を貸すのですか?」

「確かにねー。なーんか小鈴ちゃんを守るとか、ヒーローとか英雄とか綺麗な言葉並べてるけど、ぶっちゃけほぼ初対面ですし? 裏があるとしか思えないのは確かでしょ。人でもない、けれど本当の猫でもない謎生物をペットにして、なにを求めているのか。不気味すぎますよねー?」

 

 それは……確かに、その通りだ。

 理屈はわかった。ロジックは理解した。だけど、それはどうやったのか(ハウダニット)にすぎない。

 トリックが解明されて、犯人が当てられれば、それでよしとする推理小説はあるけれど、残念ながらこれは現実。そして目の前にいるのは、わたしの先輩と、お世話になったお姉さんだ。

 動機(ホワイダニット)が不明瞭なままじゃ、スッキリしない。

 

「ごもっともな意見だね。謡」

「……恥ずかしいし、スキンブルとの契約違反になるから、あんま言いたくないんだけどね」

「でも、こうなった以上は仕方ないよ。スキンブルも、そこはわかってくれるんじゃない?」

「だといいけど……まあ、そっちの可愛い男の子と、おっかない女の子に目ぇつけられてるなら、信用を少しでも得ないといけないし、話さなくちゃいけないか。それが、妹ちゃんへの礼儀でもあるしね」

 

 ふぅ、と一呼吸置く謡さん。

 そして、わたしをまっすぐに見据えた。

 

「スキンブルには悪いけど、二つ目の方から言わせてもらおうかな。あの子が私たちを頼った理由は……実のところ、私たちにもその真意は汲み取れてない気はする。シャイボーイなもんでね。隠し事が大好きな奴だから、腹の中でなにを考えてるのかは私たちにもわかってない。それでもあえて言うなら――恋、かな」

「私……?」

「違う違う。本来の言葉としての意味の方だよ」

 

 恋、恋心。

 それが、『チェシャ猫』さんが、謡さんたちを頼った理由?

 

「【不思議の国の住人】って一口に言っても、個体ごとの強さも立場も、あるいは意志も方針もバラバラみたいでね。そんでこの子は比較的、弱い。というかめっちゃ弱いらしい」

「……らしい……」

「こんな風に猫の姿を取って本当の姿を隠しているのも、その弱さを誤魔化すためとからしいよ」

(カッツェ)が本当の姿じゃないんですか?」

「スキンブル自身はそう言ってたね。まあ、姿は色々変えられるみたいだけど、『チェシャ猫』の名前通り、猫の姿が一番しっくりくるみたい」

「成程。しかし肝心のことはまだはぐらかしていますね。ボクが聞いているのは、その猫がどうしてあなたたちに与するのかです。人でない、獣でもない異種の存在なら、帽子屋たちに付く方がずっといいでしょうに」

「そこは私にもなんとも。飼い主との間でトラブルがあったとか、なんかそんな感じにはぐらかされたけど……まあ、そこはわりとどうでもいいよ」

 

 どうでもよくないと思いますけど。

 と言いたかったけど、すぐにこんな風に続けられたら、そんなことも言えなかった。

 

「大事なのは、なんでスキンブルが私たちと組んで、妹ちゃんと関わろうとするのか、だよね」

「…………」

「うん。まあそこはね、私たちも、というか私とスキンブルも利害の一致? みたいな? っていうかねぇ、これ説明するなら発端たるスキンブルの方から説明するのが手っ取り早いんだよねぇ」

「御託はいいので、早く教えてください。スキンブルシャンクスだが『チェシャ猫』だか知りませんが、その黒猫は、どういう理由で、会ったこともないような小鈴に付きまとうんです?」

「別に最初から妹ちゃん目当てってわけじゃなくて、あの子はただ拾っただけで、あいつが“本性”を晒すまでは、本当にただの子猫だと思ってたんだよ」

「ふーん? なんか言い訳くさ」

「仮に真実でも、まだその先がありますよね。その本性とやらが晒されてから、小鈴との接触を図ったんでしょうけど……じゃあそのきっかけは? その理由は? そこを隠されては、ボクらもあなたを信用しきれません」

「……ま、そうだよねぇ。でもこういうの、私の口から言うの、本当はいけないんだろうけどなぁ」

 

 のらりくらりとかわそうとも、煙に巻いて逃げようとも、霜ちゃんはそれを逃さなかった。

 やがて謡さんは諦めたように息をつく。そして、鞄の中の子猫を優しく撫でた。

 

「ごめんねスキンブル、約束守れなくて。だけど私の至らなさ、君の至らなさ、どっちもどちってこんなことになっちゃったわけだし、許してね」

 

 優しげに、だけれどどこか悔しそうに。

 慈しむように小さな黒猫への謝罪を口にすると、次はこちらにその言葉を向ける。

 わたしたちに――

 

「スキンブルは女の子が好きなナンパ野郎でね。呆れるほどに惚れっぽい奴だったけど――純粋、ではあったかな」

「……とても、純粋には……聞こえない、けど……」

「普段の素行はね。だけど一度火が点けば、その情熱は正しく向けられる。そう、どんなに小さくて、ありふれてて、くだらなくて、平凡な火種でもね」

 

 ――わたしに向けて。

 

「小さいけれど実った身体。幼くも愛おしい顔。キラキラしてる宝石みたいな瞳。透き通るような綺麗な声。可愛い鈴の飾り……それと、カレーパン」

「カレーパン?」

「うん。凄く美味しかったってさ」

 

 ? なにを言ってるんだろう?

 カレーパン……好きだけど、油っぽかったり、食べかすがこぼれれやすかったりするから、実はそんなに食べないんだよね。

 一番最近食べたのは、いつだっけ。確か夏休み前には、クリーチャーに取られちゃったことも――

 

「……あ! もしかして!」

 

 ――思い出した。

 まさか。まさかとは思うけれど。

 いつか学校であった、野良猫騒ぎ。

 あの時、わたしはクリーチャーのネコさんと戦って、退治した。退治はしたけど、それとは別の猫もいた。

 剣埼先輩は、知り合いの生徒の飼い猫が脱走したって言ってたけど……

 

「そう、その猫はなにを隠そう、うちのスキンブルだったのさ。あいつ、うちで食べる飯が不味いとか言って逃げ出しやがったのよ」

「……しょうもな……」

「スキンブルはわりとしょうもない子だからね。そこも可愛げではあるけど」

「姉ちゃんは優しいなー。結構クソ野郎だよ? 覗き魔ストーカーだし」

「そこは否定できないね」

「とまあ、そんなこんなでスキンブルは君のことをいたく気に入ってしまってね。それからだよ。スキンブルが君をストーキング――もとい、守ろうとしていたのは」

「気に入ったって……」

 

 なんだろう、この微妙に飲み込めない感じ。

 なんとなく、ピンと来ないような。

 カレーパンが美味しかったからそのお礼、ってわけでもないのかな? よくわかんないや。

 

「まあ、しばらくはただ遠目で眺めてるだけだったんだけどね。シャイだから」

「だけど、夏休みに入ってから、明確に干渉するようになった。それは、明らかな“脅威”が目に見えていたからですか?」

「ご明察の通りだよ。私たちだって――っていうかスキンブルが個人的に――色々調べててね。特にスキンブルは、元々【不思議の国の住人】。帽子屋さんたちがいつ迎えに来るかわからないってんで、いつもビクビクしてたし、そのへんの動きには敏感だった。まあ、実際にチェシャ猫レディとして動けるようになったのは、実はかなり最近なんだけど……」

 

 脅威……それって帽子屋さんたちのこと、だよね。

 

「だからこそ、君たちが帽子屋一味の一人、『代用ウミガメ』だっけ? って子と仲良くなった時は、戸惑ったなぁ。一応、監視の目はスキンブルに任せたし、それがなんやかんやで、あの林間学校での騒動でも、私たちが対応できたわけだけど」

「もしかして、あの不自然に置いてあったレインコートって……」

「私が仕掛けたものだね。我ながらチープな仕掛けだと思ったけど、そのまま飛び出されても困るし、ないよりはマシだろうって」

 

 むしろそれがきっかけになったようなものだけど、でも、そこは感謝するべきなのかもしれない。

 お陰で、わたしは代海ちゃんを見つけられたのだから。

 だけどその代わりに、謡さんは……

 

「気にするなって言っても難しいんだろうけど、あれは私とスキンブルが勝手にやったことだから、あんまり気に病まないでほしいな。君を守ること、君の身の安全を保持すること。それがスキンブルの願いで、私はそれに従った。ただその結果が、ちょっと悪い方向に傾いちゃっただけなんだから」

 

 謡さんは、優しくそう言ってくれるけど。

 わたしが飛び出した結果でもあるから、責任を感じちゃうところは、わたしにだってある。

 二人は善意でわたしの身を案じてくれたのに……

 

「……よう」

「もしかして私のこと呼んだ? 先輩をいきなり呼び捨てとはやるね、君」

「まだ、私には、わからない……その猫のことは、いい……こすずが好きなのも、いい……だけど……“あなた”は、なんなの……?」

 

 恋ちゃんが、謡さんを見据えて言い放った。

 どこか冷たく、突き放すような声で。

 

「……自分の正義を貫きたかったというか、正義の味方になりたかったというか。主人公(ヒーロー)みたいなことをしてみたかっただけだよ」

「それは……あなたの、本心……? そんな、上っ面な言葉だけで……あなたの“正義”を、言い表して、いいの……?」

「…………」

 

 黙り込む謡さん。陽気で飄々としていたあの謡さんが、口を一文字に結んでいる。

 それだけ、その言葉は謡さんの“なにか”に踏み込むなにかだったのか。

 

「……敵わないな、君らには」

 

 ぼそりと。

 謡さんは、漏れ出るように呟いた。

 

「恋ちゃんだっけ? 君はもしかしたら、見抜いてるんじゃない? 私が、正義を騙った“抜け殻”だって」

「抜け殻……?」

「妹ちゃんには言ったけど、私はなんにもできない、なんにもない人間だからさ。適当に生きてて、目標とかもなく、漫然とそこにいるだけ。だから……“なにかしたかった”んだよ」

 

 なにかがしたかった。

 主人公になりたかった。

 それはあまりに空想的で、漠然とした、曖昧模糊な言葉で。

 それでいて、とても重いものだった。

 

「私がなにを言いたいのか、わかるかな? スキンブルや妹ちゃんと出会うまで、私には夢とか目標とか、あるいは守りたいものとかがなくてね。虚無みたいな日々だったよ。その点、私に声をかけてくれた会長には感謝してるけどねー。お陰で私は、その虚無感を誤魔化せた」

「誤魔化す? 生徒会に打ち込むということもなく、ですか?」

「趣味と仕事は別っていうか。生徒会は確かに私には向いてたんだろうし、会長とかフーロちゃんとかは好きなんだけど、それが私の“一番”だとは思えなくてね。「目の前のことに一生懸命だからあんたは庶務ね」なんて会長に任命されて一年くらい経つけど、あの空間は、私の欲した世界とはちょっと違った」

「違ったって、どんな風に……?」

「私の求めるものはこんなものじゃない、ってところかな。まあ我侭だっていうのは自覚してるけどね。それに、会長から「主人公としての妹ちゃんの話」を聞いた影響もあるんだろうけど、ともかくあそこは私の一部であっても、私が成し遂げたいなにかではなかったんだよ。面倒で色々サボっちゃうし」

「それは先輩の惰性じゃないかなぁ?」

「実子、茶化すな」

「あはは、いやまったくその通り。そしてそれも含めて、結局、私にあるのは自分が主役になりたいっていうエゴと自尊心なんだろうね。人間の汚い一側面。虚無感を誤魔化せる程度の満足感ながらも、英雄譚に渇望した私が、漠然とした大きな使命を求めていたところに、あの子が――『チェシャ猫(スキンブルシャンクス)』が現れた」

 

 ……なんだろう。

 謡さんの話を聞いていると、なにか、むずむずする。

 自虐的な謡さんに同情しているのか、憐れんでいるのか。正直、その気持ちもある。

 だけどそれだけじゃない。

 なにかもっと根本的な。

 自分とは無関係じゃないなにかが、そこにはあるような気がする。

 

「最初はただの拾い猫のつもりだったんだけど、まさかこんなことになるとは、って自分でも思ってるよ。それと同時に、しめたものだとも思ったけどね。こんな偶然、こんな奇跡があるものか、って。私の望むものが、向こうから転がり込んできたんだから。つっても、まあ――」

 

 ふっ、と力なく噴き出す謡さん。

 まるっきり憔悴しきったかのように、覇気が感じられない。

 

「――結局、私のしたいことは、誰かのためじゃなくて自分のためだからね。偽善と言われても仕方ないし、そもそもそんなに確固とした信念もない。崇高な理念もない。なんにもない、空っぽな正義だよ」

 

 妹ちゃんをダシにしたようなものさ、と自嘲的に笑う謡さん。

 その笑みは、今までに見たことないくらい、乾いていた。

 

「会長のこともあるし、これも縁かなとは思ったけど、それだけだよ。私自身が妹ちゃんになにをされたわけでもない。たまたまちょうどそこに、私になにかをする力をくれるものがいて、そんな私がなにかできる人がいた。それがスキンブルで、妹ちゃんで、私はその偶然に縋ったに過ぎないんだよ」

「で、でも、謡さんは、小鈴さんを守ろうとしたんですよね? ユーちゃん、それはとってもいいことだと思います!」

「純真だねぇ。だけどそれも上っ面なんだよ。私は、たまたま現れたスキンブルの強い好意と意志に乗っかった。というか、それが凄く“格好良い使命っぽい”と感じたから、協力したんだけ」

「格好良い使命っぽいって……」

 

 なんと、チープな言葉なんだろう。

 大義があるはずなのに、義を感じない。大切な使命のはずなのに、命が失われている。

 その言葉は、その本質は、確かに空っぽで――抜け殻のようだった。

 

「幻滅したかな? どうせ私のやってたことは“ごっこ”だよ。なんでもない平々凡々な女が、少しでも逸脱した人生を送ろうと無理した痛い結果で、終わってみればピエロみたいなもんさ。スペ3に負ける最弱のジョーカーだよ。それを、この前の林間学校で――帽子屋さんとの戦いで、嫌というほど痛感した」

「それは……」

「現実を思い知らされたね、あれは。つまるところ、私は自分のしたいことも、そのための力も、動機も、なにもかもをスキンブルに頼って、君を理由にして、依存して、自分じゃなにもしなかった卑怯者だよ? だから抜け殻であり、影。パーソナリティを貰ったのも、スキンブルが譲ってくれただけじゃない。私の自我のせいだ。どうしようもない自己顕示欲だよ」

 

 人間には色んな欲望がある。ともすればそれは、醜いと罵られるようなものも、卑しいと石を投げられるようなものも、汚らわしいと忌避されるようなものも、おぞましいと恐れられるようなものもある。

 人の業。それを簡単に悪いものと断じれるのか。

 その可否はさておくとして、少なくとも謡さんは、それを好意的には捉えない。

 

「私の根幹にあるのは“何者かになりたい”。手段は問わず、形は選ばない。何者になりたくもあるからこそ何者にもなれて、ゆえに誠実さが決定的に欠け落ちている。行き当たりばったりで流れに身を任せたようなものさ。そして、それでもいいと諦めて選んだものの一つが、ヒーローという形で現れただけ。そんな、他人に任せた正義感」

 

 自分ではなく、他人ありきの正義。

 謡さんは自分のことを、そうかたり、

 

「まあ、いくら偽善でもまがい物でも、これが私の信じたいものだし、やりたいことに違いはないわけで。ただそれが、醜い陳腐な粗悪品だったというだけで。私にはスキンブルの意志は曲げられないわけで。そんな“なあなあ”のまま、私は君を守ることになったわけだけど――」

 

 そして、私に向けて、告げた。

 

 

 

「――ごめんね」

 

 

 

 その言葉が、とても、とても。

 痛いくらいに、深く、深く。

 わたしの胸に突き刺さる。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「……皆コップの中身が空になったし、注いで来ようか。なにがいい?」

 

 話が一段落ついた……とは、とても言いにくいけど、それでも一応、区切りがついたところで。

 詠さんが立ち上がった。

 

「なんでも……ゲテモノ以外で……」

「ユーちゃんはお水(Wasser)……あ、ニッポンだと、タンサンマン?」

「炭酸水か?」

「それです! タンサンスイ、お願いします!」

「ボクは水でいいです」

「果実系。氷なしで」

「はいはい。謡は」

「……いつもの」

「いつものってなに。バーみたいに言われても」

「コーラとかでいいよ」

「オッケー。でも全員分は流石に持ちきれないから、小鈴ちゃん、手伝って?」

「わたしですか? 構いませんけど……」

 

 みんなのコップを持って、詠さんに付いていく。

 一度に三人分を持つのは、ちょっと大変だね……

 ジュースサーバーの前まで来たところで、それぞれのコップに飲み物を注ぎながら、詠さんが口を開いた。

 

「謡、かなり落ち込んでたね」

「え……?」

「後輩の前だからか、辛うじて笑ってはいたけど、あんな卑屈になってるあの子、初めて見たよ」

 

 それは、わたしも思った。

 まだ出会って一ヶ月も経たないけど、あんなに明朗軽快な謡さんが、あそこまで自虐的になっているところなんて、見たことがない。

 それになんだか、無理してなにかを抑えているようだった。努めて淡々と振る舞っていたみたいな……

 

「架空でも空想でも、たとえエゴのためにでっちあげられた仮初の英雄だとしても、チェシャ猫レディは間違いなくあの子にとっての理想そのもので、憧れを体現したヒーローだったんだ。それが失われて、ショックなんだろうなぁ」

「…………」

「どうにかなんないかな? 小鈴ちゃん」

「えっ? わ、わたしがですか?」

「うん。悩める女の子を救うのが、魔法少女かなって」

 

 どこか冗談めかして言う詠さん。

 そんな、救うなんて言われても……

 

「私は本当に謡のおまけで、謡がやりたいことを手伝ってるだけだからさ。そんな、影とかなんとか言われたら、私の方が刺さるっていうのにね」

「はぁ……」

「私はあの子を助けることはできるけど、救いにはなれないんだよ」

「でも、詠さんは、謡さんのお姉さんで……」

「姉だからこそかなぁ。なまじずっと近くにいる存在なだけに、手は貸せるけど、劇的なものは望めない。私たちはそういう関係。私は電気スタンドの土台でしかなくて、暗がりを照らす光は、別にあるんだよ」

 

 暗がりを照らす、光。

 夜の帳が降りても進路を見失わないような、明るい電光。

 

「小鈴ちゃんは、謡が見失ってるなにかを知っている。知らなかったとしても、きっと見つけられる。誰かが見失ったものを見つけるのは、得意でしょう?」

「そんなことは……」

「またまたー。謡から話は聞いてるよ。もっとも、謡はイツキ先輩? って人からの又聞きらしいけど」

「せ、先輩からっ? 一体、なにを聞いたんですか……?」

「素直で、真面目で、まっすぐで。気づいたらみんなの手を握ってる。誰も知らないところで、日陰に落ちた誰かと繋がっている。誰かが見失ってしまった大切なものを、一緒に探して、見つけて、取り戻してくれる。そんな――魔法使いみたいな子だって」

 

 魔法使い。

 別に、魔法なんて使ってない。確かに魔法みたいな、奇跡みたいなことはたくさんあったけど、それは全部、わたしの力じゃない。

 ……でも。

 でも、もし。

 もしも、だよ。

 ちっぽけで、無力なわたしのやってきたことが、わたしにできることが――

 

「なんか押し付けがましくてごめんね。あの子が落ち込んでるのは全部、あの子とスキンブルの落ち度だし、どうしてもってわけじゃないんだ。ただなんとなく、小鈴ちゃんならなんとかいてくれそう、っていう根拠のない無責任な直感があるだけで。妹を助けてほしいなんて、そんなお願いはしない。そこまで私は傲慢でもないし、あの子も子供じゃない。だけど姉として見て見ぬ振りもできない。そんな矛盾しそうな中で、私が取れることは一つ」

 

 ――わたしのやりたいことが、誰かにとっての“魔法”になるのなら――

 

 

 

「あなたの好きなようにやってみて、小鈴ちゃん(マジカル☆ベル)

 

 

 

 ――わたしは、魔法少女(マジカル☆ベル)になりたい。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「【不思議の国の住人】は自分たちの住みよい世界のために、あの鳥類――聖獣とやらを捕まえようと奮起していているが、『チェシャ猫』のようにその意に従わない、あるいは興味を示さないような、独自の立場で動く輩も存在する。そして『チェシャ猫』は、謡という人物に力を貸し与え、小鈴を守るという目的で独自の立場を確立した、と。そして謡さん自身は、ただなんとなく正義の味方になりたいという理由で、『チェシャ猫』と協力することを良しとした――」

「水早くーん? なにをさっきからぶつぶつ言ってるの?」

「……今日一日の情報量が多くてね。頭の中で少し整理をしてたんだ」

「そんな気にすること? あの胡散臭い先輩が、思った以上に貧弱で意志薄弱でしょうもなかったってだけじゃん」

「み、実子さん! そんな言い方、よくないですよ!」

「ユーリアさんも小鈴ちゃんみたいなこと言うようになったねぇ。だけどさ、ヒーローとか正義の味方とか大きく語っていながら、結局は“なんとなく”“そうしたいから”で動いてるんでしょ? 私も大概しょうもないし、崇高さとか高潔さとかを求める気はないけどさ、流石にガキかよって思ったね」

「声が大きいぞ実子。そういうのは感心しないな」

「まあ……気持ちは、わかる……正義を語るなら、それ相応の“正義感”が……そして、“正義観”が、ないと……うすっぺらい……私も、そう、教わった……」

「誰にですか?」

「……大切な人」

 

 帰り道。時刻は4時ちょっと過ぎくらい。6時になったら帽子屋さんがやって来ちゃうから、それまでには帰ろうということだったけど、この時間ならほとんど杞憂だったね。

 ……って言いたいけど、林間学校では帽子屋さん、代海ちゃんが言ってた時間外でも普通に活動していたしなぁ。あれ、どういうことなんだろう。代海ちゃんが嘘をついていたとも思えないけど……

 

「いやいや、帽子屋さんのことはとりあえずいいの」

 

 人の思考の中にまでやって来ないでほしいな、帽子屋さん。

 まだ日が高い夏の午後。

 ある十字路で、謡さんは足を止めた。

 

「んじゃあ、私たちはこの辺で。またね、妹ちゃん」

 

 高度を落としつつある太陽を背に、手を振る謡さん。

 謡さんは笑っていた。けれど、逆光になったその笑みは、とても弱々しくて、見ていられないほどで。

 初めて見るような表情でありながら、今までわたしが何度も見てきた人たちのようでもあった。

 だから、なのかもしれない。

 詠さんの言葉はあった。それが後押しになった。

 一歩踏み出して、暗く陰った正義の味方に告げる。

 自分勝手でも、一方的でも、我侭でも。

 わたしの選択、わたしのしたいことを。

 

「……あの! 謡さん!」

「ん? なにかな? まだ私に用事? もう全部話したと思うけど……あぁ、スキンブルのこと? 現時点で話せることは大体話したつもりだけど、まだ聞きたい? それとも、こいつから直接聞きたいのかな? でもごめんね、それはまた今度でいいかな? こいつに喋らせるのはなかなか骨で――」

「わたしと!」

 

 それは、わたしがたくさんの人と縁を繋いできた、奇跡の儀式。

 色んな人を笑顔(しあわせ)にする、楽しみの行い

 わたしが覚えた唯一の、魔法の呪文。

 それを今――唱えよう。

 

 

 

「わたしと――デュエマ、してください」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 場所はワンダーランドに戻ります。人は少ないままでした。

 目の前には、訝しげに首を捻った謡さんが、デッキをシャッフルしている。

 

「急にデュエマしたいだなんて、どうしたの? 妹ちゃん、そんなキャラじゃなくない?」

「わたし、もやもやするんです……なにか、スッキリしない感じがして。なにかを言葉にしないといけないような気がして……でも、どうすればいいのかわかんないから……」

「それでデュエマっていうのもわけわかんないけどね。まあ、可愛い後輩の頼みなら、ちょっと遊ぶくらいわけないけどさ。でも私、そんなに強くないよ? チェシャ猫レディの時は、知識を含む色んな要素にヒーローとしての上昇補正がかかってたようなもんだし」

「そーなんですか?」

「そうだよ。そもそも私がデュエマはじめたの、かなり最近だし。ぶっちゃけ初心者抜け出してるかどうかって感じ。デッキだって、手を変え品を変えてはいるけど、ジョーカーズしか持ってないよ」

「意外だな……詠さんは、ずっと前からやってるんですよね?」

「うん、まあそれなりにね。と言っても、私も謡の歳くらいに始めたんだけど」

 

 ちらりと、わたしに視線を向ける詠さん。

 その視線や表情から、なにかを読み取ることは、わたしにはできない。詠さんがこの行いになにを思うのかもわからない。

 でも、わたしは詠さんに言われた通り、自分の気持ちに従う。

 ただわたしは、わたしがしたいと思ったことをして、そうあって欲しいという願いを口にするだけ。

 

「カッティングはこんなもんでいいかな。超次元とか禁断とかはある? 私はないよ」

「あります……超次元がこれです」

 

 

 

[小鈴:超次元ゾーン]

《銀河大剣 ガイハート》

《勝利のガイアール・カイザー》

《勝利のリュウセイ・カイザー》

《勝利のプリンプリン》

《時空の凶兵ブラック・ガンヴィート》

《時空の踊り子マティーニ》

《時空の探検家ジョン》

《時空の喧嘩屋キル》

 

 

 

「オッケー。んじゃ、先攻後攻を決めるよ。じゃんけんだね。」

 

 じゃんけんの結果は、わたしがパーで、謡さんがチョキ。謡さんの先攻だ。

 

「そんじゃま、デュエマスタート、ってことで」

 

 すべての準備が終わり、始まった。

 わたしと謡さんの対戦が。

 わたしのデッキは、どうしたって1ターン目から動くことはないけれど、謡さんのデッキは違う。

 

「《バイナラドア》をチャージ! 1マナで呪文! 《ジョジョジョ・ジョーカーズ》! 山札の上から四枚を見て、《ヤッタレマン》を手札に!」

 

 帽子屋さんも使ってたし、今まで何度も見てきた1ターン目の呪文。これで、次に出せるクリーチャーを呼び込むんだ。それに、この一枚が後々の準備に繋がる布石になる。ちょっとしたサーチと言えど、侮れない。

 

「ターンエンド。妹ちゃんのターンだよ」

「私のターン。《ロマノフ・シーザー》をマナチャージだけして、ターン終了です」

 

 

 

ターン1

 

 

場:なし

盾:5

マナ:1

手札:4

墓地:1

山札:29

 

 

小鈴

場:なし

盾:5

マナ:1

手札:5

墓地:0

山札:29

 

 

 

「んじゃ私のターン。出すのは当然《ヤッタレマン》! ターンエンド」

「私のターンです。《【問2】 ノロン⤴》を召喚します! 二枚引いて、《クジルマギカ》と《グレンニャー》を捨てます。ターン終了です」

 

 

 

ターン2

 

 

場:《ヤッタレマン》

盾:5

マナ:2

手札:3

墓地:1

山札:28

 

 

小鈴

場:《ノロン⤴》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:2

山札:26

 

 

 

「私のターン! うーん、ここは……まあ、普通にこっちでいいか。《パーリ騎士》を召喚! 墓地の《ジョジョジョ・ジョーカーズ》をマナに置いて、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー。マナチャージして、《熱湯グレンニャー》します。を召喚して、一枚ドロー。ターン終了です」

 

 

 

ターン3

 

 

場:《ヤッタレマン》《パーリ騎士》

盾:5

マナ:4

手札:2

墓地:0

山札:27

 

 

小鈴

場:《ノロン?》《グレンニャー》

盾:5

マナ:3

手札:4

墓地:2

山札:24

 

 

 

 ここまでは、お互いに普通に準備する動き。

 謡さんはコスト軽減クリーチャーと、マナを増やして切り札に繋ぐ構え。

 わたしはクリーチャーを並べながら墓地と手札を整えて、切り札を生かす布陣。

 並べば《グレンモルト》で攻撃、墓地が増えれば《クジルマギカ》で呪文を発射。うまく噛み合えば、二体の連続攻撃。

 今回はわりと順調にカードを引けているわたしだけど、ここで謡さんが、動きを変えてきた。

 

「私のターン! 次はこれだよ! 《東大センセー》を召喚!」

 

 出て来たのは、椅子のようなクリーチャーだ。

 

「《東大センセー》の能力発動! 私は山札の上から三枚を見る。そして、そのうちの一枚を見せるよ。そのうちの片方を相手に選ばせて、選んだ方を私は手札に加える」

「わ、わたしが選ぶんですか?」

「そうだよ。さぁ、指定席か自由席か。どちらか好きな座席をお選びください?」

 

 チケットを提示するかのようにして差し出されたのは、《超特Q ダンガンオー》。

 謡さんの切り札だ。

 

(手札に加えるカードを相手に選ばせるなんて、変なカードだけど……謡さんのマナは今は5マナだから、ここで《ダンガンオー》を選べば、次のターンに確実に《ダンガンオー》が来ちゃう……)

 

 あの一撃は、とても重たい。一発でも受けたら致命傷だ。

 たった一度の攻撃ですべてのシールドを粉砕するあの攻撃だけは受けられない。だから、《ダンガンオー》は選びたくないけど……

 

(見えない二枚も不気味だよ……)

 

 見える一枚か、見えない二枚か。

 単純に二枚も手札補充されるのは嫌だけど、でも、すぐさま《ダンガンオー》に攻撃されるのも困る。

 見えていない二枚に《ダンガンオー》がある可能性もあるし、そうでなくても、知らないところからなにかをされる恐怖感が付きまとう。

 ど、どうしよう……

 

「う、うぅ……み、見えてない方を、選びます……」

「承りました。それじゃあ、見せたカードは墓地行きだね」

 

 結局わたしは、《ダンガンオー》の攻撃が怖くて、見えない方を選んじゃった。

 手札に加わる枚数的にも、なにが来るのかという構えができる点でも、《ダンガンオー》を選ぶべきだったのかもしれないけれど。

 だけど眼前に迫る確実な脅威を、わたしは無視できなかった。

 

「私のターン……《グレンニャー》を召喚して一枚ドロー。次に《ノロン⤴》を召喚して二枚ドロー。二枚捨てます」

 

 あ、このカードは……

 ……《ダンガンオー》の攻撃は怖いし、いつ攻められるかもわからない。

 だけど保険もかけられるし、間に合わないことはないはず。なら……

 

「《狂気と凶器の墓場》と《エヴォル・ドギラゴン》を捨てます。ターン終了」

 

 少し手札が窮屈になっちゃうけど、一瞬の破壊力の高さは何度も見ているから知っている。下手に攻撃を受けて守りがなくなっちゃったら困るし、ここは安全に行くよ。

 

 

 

ターン4

 

 

場:《ヤッタレマン》《パーリ騎士》《東大センセー》

盾:5

マナ:5

手札:3

墓地:1

山札:23

 

 

小鈴

場:《ノロン⤴》×2《グレンニャー》×2

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:4

山札:20

 

 

 

「私のターン……さて、それじゃあ行きますか!」

「え?」

 

 謡さんは、なにかを仕掛けるみたい。

 や、やっぱり《ダンガンオー》の方を選ぶべきだったかな?

 なにをされるかわからないというのは、とても怖い。

 けれど同時に、少しドキドキする。

 そして、謡さんが取った行動は――

 

「《デス・ゲート》をチャージ!」

「えっ!? 闇のカード?」

 

 ――色のないジョーカーズの中に、黒い闇のカードで染みを作ることだった。

 今まで無色のジョーカーズばかりだったのに、闇文明が入ってる……水文明の《ニヤリー・ゲット》ならあったけど、あれはG・ゼロでコストを支払わずに唱えられるし、無色カードをたくさん手札に加えられる、無色のサポート呪文だ。

 だけど《デス・ゲート》は違う。どんなデッキにも入るような効果ではあるけれど、決して無色をサポートするカードじゃない。

 じゃあ、あの闇文明は、一体……?

 謎の黒い影が渦巻いているようだった。その正体不明の影はわたしの不安を煽って、そして、すぐさまその正体を明かす。

 謡さんは、マナゾーンのカードを5枚、黒いカードを含んでタップする。

 

 

 

「影よりいずるは、正義の光で暗い闇夜を照らす夜行列車。徹夜頭の車掌さん、気が狂って骨になるまで働こうか――《狂気と凶器の墓場》!」

 

 

 

 そうして唱えられたのは、《狂気と凶器の墓場》。

 わたしもよく知る――どころじゃない。今まで何度も使って、お世話になって、わたしに勝利を与えてくれた、このデッキのキーカードだ。

 

「墓地戦略を使うのは妹ちゃんだけじゃないんだよ。自分がよく使うカードだからって、専売特許だと思わないことだね!」

「っ……!」

「効果は言うまでもないだろうけど、トップ二枚を落とすよ。そして、墓地からコスト6以下のクリーチャーを呼び戻す! さぁ、墓地(車庫)から出ておいで!」

 

 もしかして、謡さんはさっきの《東大センセー》で、このカードもめくっていた?

 となれば、わたしの選択はどっちにせよ、関係なかったんだ。

 どちらを選ぼうと、地獄行きの乗車券を手にしたことに変わりはない。

 見えている方を選ぼうが、見えていない方を選ぼうが、わたしの前を特急列車が走るということ。

 そう、つまり――

 

 

 

夜行列車(Shadow Bullet)の出発進行――《超特Q ダンガンオー》!」

 

 

 

 ――《ダンガンオー》の発車を止めることは、不可能だったんだ。

 暗い夜でも明かりをつけて、宵闇を超特急で駆け抜ける弾丸の夜行列車。

 凄まじいスピードを持って、その力を叩きつける。

 

「《ダンガンオー》の能力発動! このターン、《ダンガンオー》のブレイクするシールド枚数は、私の他のジョーカーズの数だけ増加する!」

 

 謡さんの場に、《ダンガンオー》以外のジョーカーズは三体。

 だから、

 

「素のWブレイカーと合わせて、五枚ブレイクだよ! さぁ、みんなの心を集めた鉄道猫(スキンブルシャンクス)の一撃――受けてみなよ!」

 

 《ダンガンオー》が走る。《ヤッタレマン》で、《パーリ騎士》で、《東大センセー》で、整備も機関も動力も、すべてが万全だ。

 夜になっても走り抜ける弾丸列車は、最高速度に達したスピードと、乗客の思いを力に変えて、その拳を振りかざす。

 

 

 

「《ダンガンオー》で攻撃! シールドブレイク――」

 

 

 

 けど――

 

「――ニンジャ・ストライク!」

 

 ――わたしにも、備えはある。

 

「《光牙忍ハヤブサマル》を召喚です!」

「うぁっ!?」

「《ハヤブサマル》をブロッカーにしてブロックします!」

 

 さっき《ノロン⤴》で運よく引いた保険の一枚、《ハヤブサマル》。

 あの重たい一撃を受けたら、一気に負けに近づく。でも、帽子屋さんじゃないけど、その一撃さえかわせれば、なんとかなる。

 いつもいつもギリギリのところで攻撃を止めてくれる《ハヤブサマル》には、本当に感謝だよ。このデッキ、ブロッカーなんてほとんど入ってないから、守りがS・トリガーに頼りがちなんだよね。だから、ブロッカーを付与できるカードはすごく助かる。

 

「と、止められちゃったかぁ……まあこれは仕方ない。ターンエンド……《ジェニー》とかも入れたいなぁ」

 

 ぼやきながらターンを終える謡さん。

 ……《ダンガンオー》の弱点は、わたしにもわかる。とても強力だけど、単純明快だ。

 わたしのデッキは守りが薄いから、その強力な攻撃が致命傷になる。だからこそ、その一撃をどうやって防ぐかが、肝要なんだ。

 ブロッカーを追加できるカードは、このデッキではとても貴重で、すごく嬉しい、大事な守り。

 謡さん、ごめんなさい。

 

「わたしのターンです。《メメント守神宮》をチャージ」

「え? 光のカード? 《ハヤブサ》ピン刺しはわかるけど、青黒赤(クローシス)じゃないの?」

「ちょっとだけ、光も入れてるんです。そして4マナタップ!」

 

 あなたの《ダンガンオー》は、もう――

 

 

 

「D2フィールドを展開します――《Dの牢閣 メメント守神宮》!」

 

 

 

 ――運行休止です。

 

「っ!?」

 

 目を見開いて、驚きを見せる謡さん。

 デュエマを始めて半年足らずのわたしでも気づいたんだ。いくら謡さんが、初心者に近いと言っても、自分のデッキの弱点を、それもこんなにも明瞭な欠点を、知らないはずがない。

 

「うっそぉ……《メメント》とか、聞いてないし……」

「ターン終了です」

 

 

 

ターン5

 

 

場:《ヤッタレマン》《パーリ騎士》《東大センセー》《ダンガンオー》

盾:5

マナ:6

手札:2

墓地:3

山札:20

 

 

小鈴

場:《ノロン⤴》×2《グレンニャー》×2《メメント》

盾:5

マナ:5

手札:1

墓地:5

山札:19

 

 

 

「わ、私のターン、ドロー……」

「相手がターンの最初にドローしたので、《メメント守神宮》のDスイッチを使います! 《メメント守神宮》を上下逆さまにして、相手クリーチャーをすべてタップ!」

 

 《メメント守神宮》を上下逆さまにして、謡さんのクリーチャーの動きをすべて封じる。

 元々、手札からマナを払って出すつもりはなくて、S・トリガーで出す予定だった。《グレンモルト》や《クジルマギカ》のために展開したクリーチャーを防御にも転用しようという考えだったけど、実際に使ってみると、すごい防御力だ。いつもならどう凌ぐかに四苦八苦していたところだけど、想像以上に余裕が出る。

 そんなわたしの余裕は、反転して謡さんにのしかかる。

 

(まずいでしょこれ……《ダンガンオー》一点突破のこのデッキは、展開されたブロッカーが最大の弱点。メタカードはそれなりに入ってるけど、全部が全部ブロッカーになるっていうと、流石に対応しきれない……! 《ドキンダムエリア》入れるべきだったかなぁ……《ドキンダム》持ってないけど)

 

 苦しそうな表情でカードを引くも、落胆した溜息をこぼす。この状況を打開できるようなカードは引けなかったみたい。

 

「……《パーリ騎士》を召喚。墓地の《狂気と凶器の墓場》をマナに置いて、ターンエンド……」

「私のターン!」

 

 1ターンを凌いだ。

 この1ターンはすごく大きい。

 この時間が、わたしを勝利に導く一手だから。

 

「行きます、謡さん! 6マナで《龍覇 グレンモルト》を召喚!」

「あぁ、こりゃダメっぽい……」

「《グレンモルト》に、《銀河大剣 ガイハート》を装備!」

 

 6マナまで到達したら、もう恐れるものはない。

 ダイレクトアタックをするだけのクリーチャーは揃ってるけど、トリガーがちょっと怖いし、謡さんにもクリーチャーが並んできているから、それを無視することもできない。二枚目の《ダンガンオー》も怖いしね。

 《メメント守神宮》のDスイッチは使っちゃったし、攻撃したらブロッカーとしての防御力も失われちゃうから、ここは安全に行くよ。

 

「《ノロン⤴》で《ヤッタレマン》を攻撃します!」

「しかも相打ちでも、きっちりクリーチャーを潰してくるか……!」

「続けて《グレンモルト》で《東大センセー》を攻撃!」

 

 謡さんのクリーチャーを倒しながら攻撃。

 これで、二回目です。

 

「このターン、私のクリーチャーが二回攻撃したので、《ガイハート》の龍解条件成立!」

 

 二回の攻撃によって、わたしの切り札が目覚める。

 先輩に託されてから、ずっと一緒に戦い続けて来てくれた切り札が。

 わたしの信じる――信じたいものが、ここにある。

 

 

 

「龍解――《熱血星龍 ガイギンガ》!」

 

 

 

 燃える大剣、《ガイハート》が裏返って、灼熱のドラゴン、《ガイギンガ》へと龍解する。

 慢心してやられちゃったことも何度かあるけど、それでも《ガイギンガ》は強い。ひとたび場に出れば、どんな困難も、障害も乗り越えて、わたしの攻撃を押し通してくれる。

 これからも、今だって。

 

「《ガイギンガ》が龍解した時の能力を発動します! もう一体の《パーリ騎士》を破壊です!」

 

 一体。また一体とクリーチャーを破壊して。

 そして、最後に、

 

「《ガイギンガ》で《ダンガンオー》を攻撃!」

 

 停車した《ダンガンオー》を、両断する。

 

「……場が全滅、か」

 

 

 

ターン6

 

 

場:なし

盾:5

マナ:8

手札:1

墓地:7

山札:19

 

 

小鈴

場:《ノロン⤴》《グレンニャー》×2《グレンモルト》《メメント》《ガイギンガ》

盾:5

マナ:6

手札:0

墓地:6

山札:18

 

 

 

「私のターン、ドロー……」

 

 バトルゾーンは、ほとんどわたしが制した。

 《ダンガンオー》は他のジョーカーズがいないと、その力を発揮しきれない。謡さんの手札は少ないし、いきなり現れて即座にダイレクトアタックを決める、ということもないはず。

 謡さんの取れる手段は、それだけじゃなかったけれど。

 

「! これならまだ、やれるかも……5マナで《狂気と凶器の墓場》! トップ二枚を墓地に落として、墓地から《キラードン》を復活! 《キラードン》の能力で、相手が選んだクリーチャー以外の相手クリーチャーをすべて破壊するよ! さぁ、選んで!」

「それなら《ガイギンガ》を選びます!」

 

 そんなカードがあったなんて……場が一気に削られちゃった……

 でも、《ガイギンガ》は生きてる。

 

「これでターンエンド!」

「私のターン! 《魔法特区 クジルマギカ》を召喚! ターン終了です!」

 

 

 

ターン7

 

 

場:《キラードン》

盾:5

マナ:8

手札:1

墓地:9

山札:16

 

 

小鈴

場:《クジルマギカ》《メメント》《ガイギンガ》

盾:5

マナ:6

手札:0

墓地:10

山札:17

 

 

 

「私のターン! ……くぅ、ここで除去札を引きたかった……! 《ツタンカーネン》を召喚! 一枚ドローして、《洗脳センノー》も召喚! ターンエンドだよ!」

 

 場にクリーチャーが並んできちゃった……《メメント守神宮》があるし、クリーチャーを全部タップさせなければとりあえずは大丈夫だろうけど、闇のカードが入ってるってことは、除去も強そう……

 わたしの手札もなくなっちゃったし、少し巻き返される危険性が出て来たかな……?

 

「私のターン……あ、いいのを引きました。5マナで《超次元ムシャ・ホール》! 効果で、まずは4コスト以下の《洗脳センノー》を破壊します! そして超次元ゾーンから《勝利のリュウセイ・カイザー》をバトルゾーンに!」

「うぐ、こんなあっさり《センノー》がやられるとは……」

「《クジルマギカ》で攻撃! その時、能力で墓地の《狂気と凶器の墓場》を唱えます! 山札の上から二枚を墓地へ。そして墓地から、二体目の《クジルマギカ》をバトルゾーンへ! 《勝利のリュウセイ》からNEO進化!」

 

 二体の《クジルマギカ》。そして墓地には、それなりの数の呪文。

 ギリギリだけど、このターンで決めに行く!

 ……謡さん。トリガー引けないと、負けちゃいますよ。

 

「Wブレイク!」

「っ、トリガーなし……!」

「続けて二体目の《クジルマギカ》でも攻撃! 二体の《クジルマギカ》の能力で、呪文を二回唱えます! 唱えるのは《ムシャ・ホール》と《サイバー・チューン》! 《ムシャ・ホール》で《ツタンカーネン》を破壊して、《勝利のガイアール・カイザー》をバトルゾーンへ! さらに《サイバー・チューン》でカードを三枚引いて、二枚捨てます!」

 

 《勝利のガイアール》でギリギリクリーチャーが揃って、《サイバー・チューン》で次の弾もこめた、手札も増えた。

 さぁ、どうしますか? 謡さん。

 

「これでダイレクトアタックまで届きます……《クジルマギカ》でWブレイク!」

 

 二体目の《クジルマギカ》が、さらに二枚のシールドを砕く。これで謡さんのシールドは残り一枚。

 《勝利のガイアール》の攻撃が通れば、《タイム・ストップン》のようなカードじゃないと、《ガイギンガ》の攻撃は止められない。

 この攻撃を止めて見せてください、謡さん……!

 

「……来た」

「!」

「S・トリガー、《バイナラドア》! 《勝利のガイアール》をデッキボトムへ! そしてドロー!」

 

 ……止められちゃいました。

 これで、このターンにダイレクトアタックは不可能になった。

 謡さんのシールドは残り一枚。《ガイギンガ》で攻撃するかどうか、だけど……

 

「…………」

 

 このターンにダイレクトアタックを決めることはできない。そして謡さんは、たくさん手札を持っている。

 次のターン、手札から、あるいは《狂気と凶器の墓場》で墓地から《ダンガンオー》が出て来たら、トリガーがないとわたしは負けてしまう。

 どうせこのターンには勝てないのだし、せっかく《メメント守神宮》があるんだから、ブロッカーを残しておいた方がいいよね……? 《ダンガンオー》の一撃も怖いし。

 シールドを削り切らない状態で懸念されるのは《タイム・ストップン》だけど、ここまで一枚も見えていない。対する《ダンガンオー》は一枚だけ見えているし、それを引っ張り出せる《狂気と凶器の墓場》の存在もある。

 どっちがより可能性が高いか。どっちがよりあり得るか。そして、どっちがより怖いか。

 それを考えた結果。

 

「ターン終了です」

 

 わたしは、攻撃しない選択肢を取った。

 反撃の可能性を少しでも減らしておくために。

 

「……《ガイギンガ》は殴らないんだね。ワンチャンも消えたかな」

 

 

 

ターン7

 

 

場:《キラードン》《バナラドア》

盾:1

マナ:8

手札:5

墓地:11

山札:13

 

 

小鈴

場:《クジルマギカ》×2《メメント》《ガイギンガ》

盾:5

マナ:6

手札:1

墓地:12

山札:13

 

 

 

「……はぁ」

 

 バトルゾーンを眺めて、溜息を漏らす謡さん。

 わたしのシールドは五枚。ブロッカーになっている《ガイギンガ》がいて、謡さんにはクリーチャーが二体だけ。

 

(このデッキ、《タイム・ストップン》なんてこじゃれたカードは入ってないしねぇ。こういう状況になると、入れるべきだったなぁっていつも思うけど。《ガイギンガ》が殴ってくれれば、手札に来た《ダンガンオー》で殴るワンチャンスだったんだけどなー)

 

 謡さんはまた、溜息をついた。

 どこか諦めたような、正義の味方に似つかわしくない溜息を。

 そして――

 

 

 

「無理っぽいなぁ、これは。負けかも」

 

 

 

 ――そんなことを、ぼやいた。

 

「私一人の力じゃこんなもんか。ゆってこのデッキも、人様からの借り物みたいなもんだし、どうしようもなく私は他人任せで、誰かがいないと自己を確立できないような、しょうもない奴だったか」

 

 誰かがいないと、自己を確立できない。

 ……あぁ、そっか。

 やっと、わかったよ。

 なんでわたしが、謡さんの言葉にもやもやしていたのか。

 謡さんの言葉で湧き上がる、この気持ちがなんなのか。

 それに気づいたら、わたしはもう――

 

「偽善者の空洞な正義は、積み重ねもなにもないただの妄想でしかない。偶然得ただけの力を振りかざして、誰かのためとか言って、その誰かがいないとなにもできない。自己を持たない哲学的ゾンビ。いやはや思い出せば恥ずかしい。本当にくだらない――」

 

 

 

「――やめてください」

 

 

 

 ――わたしを、止められない。

 

「そんなこと、言わないで、ください……」

「妹ちゃん……?」

 

 そう、そうだったんだ。

 特になにもない日々を過ごして。空想ばかりが募って。だけど、たまたま素敵な出会いを果たして。その出会いから世界が広がっていく。

 そんな謡さんの歩みは――わたしと同じなんだ。

 

「わたしだって……本当に偶然の出会いで、たまたま鳥さんと出会えただけで。そのまま流されるように、鳥さんに振り回されて、魔法少女だかなんだか知らないけど、恥ずかしい格好で街を歩かされて、クリーチャーなんて危険でよくわからない怪物と戦わされて……散々な目に遭ったし、痛いこともあったし、辛いことも苦しいこともあったし、後悔だってした。諦めそうになったことも、もうやだって投げ出したいこともたくさんありました……だけど!」

 

 謡さんはその歩みを、自己の欠落したものだと嘲笑した。自分から蔑み、切り捨てようとしている。

 わたしはそれに同意できない。

 わたしだって、確固たる自分なんてない。いつもみんなに支えられて、ようやく立っていられる。自分で為したことはなく、成し遂げたことはすべて、誰かのお陰、そして、誰かのため。

 だけどそれは当時に自分のためでもあって、自分がなくても、そこに自分がある。

 そう思ったら、叫ばずにはいられなかった。

 わたしのことも、あなたことも。

 

 

 

「あなたの言葉で、わたしを――わたしの繋いできたものを、否定しないで!」

 

 

 

 どんどん込み上げてくるこの気持ちは――怒り。

 なっちゃんに汚い、きらきらじゃない、どす黒いものと畏怖された心。

 だけど関係ない。わたしは怒ってる。

 わたしと謡さんの歩みは似ている。とても、とても似ている。だからこそ、謡さんが自身の歩みを否定するというのは、同時にわたしの在り方も否定しているのと同じ。

 それは、許せない。

 今までわたしが積み上げてきたものを。わたしが憧れるような行いを。それらを繋いだ素敵な出会いを。そのすべてを否定して、崩してしまう謡さんに。

 その怒りを――ぶつける。

 

「わたしはこの奇跡を認めたい。単なる偶然でも、ただの偶然だからって、そこで仲良くなれた友達は否定したくない。その偶然の結果を、そこで得た力を拒否したくない。そこで紡がれた思い出を消し去りたくない。わたしは、わたしを、あなたを――受け入れたい!」

 

 謡さんは、偶然と空虚でできた自分の足跡を嘲笑い、否定するけど。

 それはそんなに悪いものじゃない。わたしはその奇跡も、誰かの願いも、それでいいと思いたい。

 確かにそこに確固たる意志はないかもしれないけど。それでも、絶対に否定できない気持ちがあるんだもん。

 これまでやってきたことは全部――わたしの“やりたいこと”だったから。

 

「わたしは、偶然によって繋がったわたしの物語を受け入れたい! だから、わたしと似た軌跡を辿ったあなたを、否定できない。したくない」

 

 それは謡さんだって同じはず……なのに……!

 

「それに、謡さんはわたしを守ろうとしてくれたんだもん……否定できるわけ、ないよ……」

「……それは見せかけの正義だよ。結局、私が自分で気持ち良くなるための偽善。空っぽで情けない、つまらないものなんだ」

「だからなんだって言うんですか!」

 

 怒りは収まらない。

 恩義とか、そういうのだけじゃない。

 これは単純で、純粋な、わたしの気持ち。

 だって、だって、謡さんは、チェシャ猫レディは――

 

「誰かを守りたい。誰かが好き。その気持ちに、崇高も高潔も、低俗も卑俗もあるわけない! そんなもので、人の気持ちを――自分の信じたものを縛らないで!」

 

 ――すごく、格好良かったから。

 わたしを守ってくれた、正義のヒーローそのものだったから。

 その姿は、誰にも否定して欲しくなかったんだ。

 

「謡さんは、一生懸命で、ずっと前を向いてて、帽子屋さんにも、最後まで屈しなかった! その強い心を、どうして偽善だなんて言葉で汚しちゃうんですか! 謡さんは、すごく……いい人、なのに……!」

「いい人……」

 

 もはやヒステリックに喚き散らしているのと変わりない。だけどわたしは、もう抑えられない。

 自分と似た道を辿った、正義の味方(ヒーロー)。わたしの憧れた魔法少女(ヒロイン)と似ていて、通ずる、格好良い存在。お話の主人公。

 主人公が間違っているだなんて、信じたくない。

 だから、わたしは信じたいし、信じてほしい。

 チェシャ猫レディ(ヒーロー)が信じたものを。

 

 

 

「お願いだから、わたしを守ってくれたあなたの正義を信じてください、謡さん――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 どこかで沈殿して忘れかけていた記憶を思い出す。たった一年程度昔の、あの言葉を。

 

 

 

 ――お調子者かと思ったけど、実際その通りだったけど。これだけはわかる。あんた、いい子ね――

 

 

 

(会長も……そう、言ってくれたっけ)

 

 ただ自分の虚無感を誤魔化したくて、ほとんど反射的に、まるで獣の本能ように、眼前のことだけをこなしていた自分。

 そんな自分に声をかけてくれたのは、あの人だった。

 

(あれは確か、文化祭の準備で……特に意志も目標なく、目の前のことをただ淡々とやってただけなのに、そんなこと言われて、面食らって……でも、嬉しくて……)

 

 ああ、あぁ。

 私の記憶が掻き混ぜられる。沈んだ記憶が、思い出が、次々と浮上する。沸々と湧き上がる。

 あの人の言葉が――蘇る。

 

 

 

 ――こんな雑用なのに、こんなに一生懸命になれるなんて。あなた気に入ったわ。生徒会(うち)に来なさいよ――

 

 ――ちょっと! あんたまたサボったわね! 一度火がつけば凄い有能なのに……もっとやる気を出してくれれば、いいんだけどねぇ――

 

 ――あんたは目の前のことにだけ集中してなさい。あんたが取りこぼしたものは、私やフーロが拾ってあげるから。がむしゃらにやればいいのよ、あんたは――

 

 ――この仕事量でもヘラヘラしてるだなんて、見上げた根性ね。サボり癖は頂けないけど、あんたのそういうところは上手いわよねぇ。意外と折れず曲がらずのところとか――

 

 ――とにかく頑張りなさい。あんたのいいところは、私が一番知ってる。あんたはどんなにくだらない雑用でも、それをやりたいと思えば、目の前のことに一生懸命になれるんだから――

 

 ――私はあんたのそういうところを気に入って、あんたを引き抜いたのよ。それになにより、自分のしたいようになんでも熱中するその姿が、ちょっと格好良くてね。私、あんたのそういうとこは好きよ、謡――

 

 

 

「……忘れてた」

 

 汚いとか、いつものことじゃん。私は自他共に認めるサボり魔なんだから。性根からして綺麗じゃないよ。

 どんなに勇ましい理想的な英雄でも、チェシャ猫レディはあくまで器。私自身は、私という存在は、なにも変わらないじゃん。

 それなのに私はなんで、自分のしたいことになにかを求めていたんだろう。くだらないや。

 アホらしい。バカバカしいにもほどがある。サボってたのは仕事だけじゃなくて脳みそと、この心もか。流石に怠惰に過ぎる。

 私は虚無感を誤魔化すために、目の前のことをひたむきにこなす抜け殻。それで大いに結構。魂を込めるために、それが私の生きる道だから、ただひたすらに頑張るだけだ。

 最初からそうだった。私は、自分が気持ちよくなれるから、自分がそうしたいから、誰かのためになにかをするんだ。

 それが――あの人に報いるためでもある。

 そこに崇高さはなく、高潔さもなく、低俗で卑俗かもしれない。だからなんだ。文句は付けさせない。

 偽善であっても偽悪でない。偽りの善意は悪意じゃない。私の行いは、空っぽで、偽物で、まがい物だとしても、間違っていない。正しい。正義なんだ。

 それを、一般論で語って、自分で自分の在り方を排して、本当に私がなりたかったものを見失って、切り捨てて、忘れて、迷って、遠のいて……本当にアホらしい。道化にもほどがある。

 悩むのも苦しむのも結構だけど、本質を見失うのはまずい。私の核。私のしたいことを、忘れてしまうだなんて。

 そんなことで、あの人に認められた“私”を、私が否定してどうする――!

 

 

 

「そこまで言うなら、もうちょっと信じてみようかな――私の正義(ヒーロー)を!」

 

 

 

 諦めるのは……そうだなぁ。死んでから考えよう。あるいは、私に守りたいものもなにもなくなった時とか。人類滅亡とかね。

 とりあえず誰かがいる限りは、私はくだらなくてしょうもない自分勝手な正義感に縋って、自分のために誰かを助けてやる。

 道化みたいに笑いながら、他の誰かも一緒に笑わせてやるさ。

 

「私のターン! ドロー!」

 

 そう言えばまだドローしてなかったっけ。それなのに諦めとか、私って本当バカだね。頭が随分と足りてないようだ。

 しかもこのドロー……最高だ。引いて良かった。

 足を止めるとか、らしくない。

 振り返るなんて、あり得ない。

 それが泥臭くても、足掻いてもがいて進んでやる。

 開け扉。

 列車に乗り込め。

 この先が、私の正義の終着駅だ。

 

 

 

「呪文――《地獄門デス・ゲート》!」

 

 

 

 そこで私は、私の信じる正義に誓おう。

 

「《デス・ゲート》の効果で、《ガイギンガ》を破壊!」

「! 《ガイギンガ》の能力発動! 選ばれたから、このターンの終わりにわたしの追加ターンを得ます!」

「知らない! そんなのは関係ない! 後のことなんて考えないよ! だって、列車も、ヒーローも――前にしか進まないから!」

 

 私は『チェシャ猫(スキンブルシャンクス)』の影。あの子のやりたいことを、便乗して成し遂げる者。

 なら、影なら影らしく、暗いところからお出ましするかな。

 それに影あるってことは、そこには明るい光がある。

 光が強ければ強いほど、闇が濃くなるように。

 深い闇にはそれだけ大きな――光が待ってる。

 

「《ガイギンガ》のコストは7! よって墓地から、コスト7未満のクリーチャーが復活する!」

 

 ちょっと事故って一旦止まっちゃったけど、もう終点まで止まらないよ。

 暗い闇夜は明るい光で照らす夜行列車。

 ご乗車の際はご注意ください。

 もうじき、発車いたします――

 

 

 

「何度だって突き進め――《超特Q ダンガンオー》!」

 

 

 

 さぁ、快適で素敵な夜行列車の旅を始めよう。残り短い旅だけどね。

 どうせ乗ってる奴らは愉快な仲間(ジョーカーズ)ばかりだ。誰も気にしない。

 なんだって? スキンブルがいないと出発できない? それも気にするな。私がいる。

 指さし確認、準備オッケー。

 目指すは勝利。

 いざ、出発進行――!

 

「《ダンガンオー》の能力で、このターンのブレイク数を一つ増加させるよ!」

「Tブレイカーに、Wブレイカー……トリガーがないと、厳しいよ……!」

「そうだね。だけど、いやだから、もう一点ダメ押しさせてもらおうか。ブーストかけるよ! アクセル全開だッ! 《ダンガンオー》で攻撃する時に!」

 

 最初の一撃を捌かれた時から、ずっと握ってた。

 これでもバカなりに、頭が足りないなりに、色々考えてるんだよ。

 止まらない、止められない攻撃を止められてしまったらどうするのか。

 その答えが――これだ!

 

「アタック・チャンス――《破戒秘伝ナッシング・ゼロ》!」

「っ!」

 

 驚いてる驚いてる。その顔、最高だよ。

 とはいえ、これも博打だけどね。このデッキは四分の一くらいが闇のカード。三枚捲って、無色カードがゼロなんてことも、あり得ないわけじゃない。

 一枚も捲れないんじゃ意味がない。一枚だけだったら価値が低い。目指すは二枚以上だ。

 そんな願望を抱いて。はさて、なにが捲れるかな――!?

 

「トップオープン!」

 

 捲られたのは――《東大センセー》《狂気と凶器の墓場》《ジョジョジョ・ジョーカーズ》。

 二枚。ギリギリセーフ!

 

「無色カードは二枚、ブレイク数を二枚追加する! これで《ダンガンオー》のブレイク数は五枚だ!」

 

 もう《ダンガンオー》を止める者は存在しない。

 守りを得た《ガイギンガ》は《デス・ゲート》に引きずり込み、《ハヤブサマル》も墓地。

 ネズミ一匹、ゴキブリさえも通さない。

 ヤグザな奴は押し黙り、愛想を浮かべて笑え。

 今度こそ受け取れ。これが、皆の心を集める鉄道猫(スキンブルシャンクス)の一撃だ――!

 

 

 

「打ち砕け――オールシールドブレイク(ダンガンインパクト)!」

 

 

 

「っ……!」

 

 通った――!

 それは勝利にも等しい、強大な鉄拳。

 五枚のシールドが砕け散り、終点はもすうぐそこ。

 あとは事故がなければ問題ないけれど――

 

「S・トリガー発動! 《インフェルノ・サイン》! 墓地から《ノロン⤴》を復活です! さらに《メメント守神宮》を張り替えます! 二枚引いて、二枚捨てる……!」

「まだまだ! 《キラードン》で攻撃! とどめだよ!」

「《ノロン⤴》でブロック……!」

 

 ――ま、些細な事故だったね。

 終点には無事到着致しました。これにて夜行列車の素敵な旅は終了です。

 それでは皆々様、気を付けて下車してください。

 お帰りの扉は、ここにありますので――

 

 

 

「《バイナラドア》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「あの……謡さん、ごめんなさい……その、わたし、うるさく喚いちゃって、失礼なことも……」

「いやいいよ。気にしてないし。むしろありがとう。お陰で色々と思い出したよ」

 

 対戦が終わった。

 ついカッとなって色々言っちゃって、ちょっと恥ずかしいし申し訳ないけれど……

 謡さんは、とても清々しい笑顔を見せてくれた。

 

「いやー、にしても……会長も君も、やっぱ姉妹なんだなぁ。どっちも眩しいったらりゃありゃしない」

「え? お姉ちゃんがどうかしましたか?」

「なんでもないよ。私の闇を照らす太陽は、どっちも天照なんだなと思っただけで。私も魔法にかかっちゃったなぁ」

「?」

 

 どういうことだろう?

 いや、それよりも。

 まだわたしは、言わなきゃ――言いたいことがある。

 

「よ、謡さん……」

「なに?」

「わたし、まだ謡さんのこと、全然知らないんです。だから、その……」

 

 出会って一ヶ月足らず。時間はとても短い。半年に満たないみんなよりも、ずっとずっと短い期間。

 その短い間でも、謡さんの人となりは、その思いは、正義は、少しだけでも感じ取れたけど。

 それでも、わたしは謡さんのことは全然知らない。チェシャ猫レディとしての謡さん。生徒会の人としての謡さん。詠さんの妹さんとしての謡さん。そして、素のままの謡さん。

 みんなと一緒。わたしはもっと、色んな謡さんを見たいし、知りたい。

 せっかく出会った、大切な縁。

 それだけは、大事にしたいから。

 

「こ、これから……よろしく、お願いします」

「……うん。そうだね」

 

 謡さんも、深く頷いて、わたしを見てくれる。

 チェシャ猫レディっていう英雄じゃなくなっても、ここにヒーローはいるんだ。

 

「そういや、ちゃんと名乗ってなかったっけ」

 

 不意にそんなことを言う謡さんは。

 どこからしくなく改まって。

 

「烏ヶ森学園中等部二年、生徒会庶務。長良川謡(ながらがわよう)です」

 

 けれど。

 軽薄でも、自虐でもない。

 明朗軽快。陽気で朗らかで、そして、清々しい笑顔で、謡さんは――ヒーローらしく、笑ってくれた。

 

 

 

「よろしく――(ベル)ちゃん!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「今日も色々あったなぁ……」

 

 時間は夕刻を過ぎ、というか夜です。もう10時です。

 改めて謡さんたちの正体を知って、詠さんも一枚噛んでると知って、そしてあの謡さんにも暗いものをがあると知って、驚きがたくさんあった。

 だけど……よかった、よね?

 確かにチェシャ猫レディという正義の味方はいなくなったけど、謡さんは謡さん。その正義は、正義の味方は、失われずにそこにいるんだから。

 

「……わたしも、守ってもらってばかりじゃなくて、自分でじぶんを……みんなを、守れるようにならないと」

 

 だけど、そのためにはどうすればいいんだろう。

 デッキを改造する、とかかな?

 今のデッキはワンダーランドの大会の時から、ほとんど同じものを使ってる。カードの枚数とか種類をちょっとずつ変えてはいるけど、《クジルマギカ》の呪文連射と、《グレンモルト》から《ガイギンガ》への龍解、そしてそれらを繋ぐ墓地戦略は変わっていない。

 

「そういえば、林間学校では上手く使えなかったな、これ……」

 

 デッキからカードを一枚抜き取る。

 《暗黒邪眼皇ロマノフ・シーザー》。呪文をよく使うし、文明も合うし、強いと思ったんだけど、意外と使い難かったんだよね……今日もすぐにマナに置いちゃったし。

 

「このカードをもっと生かせるようなデッキにしようかな……」

 

 林間学校での反省、みたいなものだ。せっかくの強そうなカードだし、もっとちゃんと扱えるようにしたい。

 そうすると、どんなデッキがいいのかな? 《クジルマギカ》と似てるけど、文明も進化方法も進化元も違う。

 もっと言うと、今のデッキも今のデッキで、不満点がないわけでもない。たとえば、マナ加速するカードがないから、相手より先に動きづらい、とか。

 それにS・トリガーも怖い。今日も結局、S・トリガーで攻撃を止められちゃったしね。

 《ロマノフ・シーザー》をもっと生かしつつ、前のデッキの弱点も克服できるようなデッキにするには、どうすれば――

 

 

 

コツコツ

 

 

 

「? なんだろ?」

 

 新しいデッキについて考えていると、窓からなにか叩くような音が聞こえてきた。

 まさか、鳥さん……? こんな時間にまで来るのはやめてって言ったんだけどなぁ。まあ、聞いてくれないよね。鳥さんにも鳥さんの使命があるわけだし……

 半ば諦めながら扉を開けると、黒い影がシュッと通り過ぎた。しかも、上ではなく、下へ。

 え? 鳥さんじゃない?

 

「あ……君は」

 

 黒い影はわたしの部屋へと入る。視線を落とすと、そこには、しましま尻尾の黒い子猫がいた。

 このネコさんには、見覚えがある。

 というか、今日会ったばかりだ。

 会う、というのも少し違う気もするけど。

 だけど確かに、この目で見ている。

 謡さんたちの飼い猫。『チェシャ猫』。確か名前は……

 

「えっと、スキンブルくん、だっけ? それとも、スキンブルさん? 雄猫って言ってたから、くんなのかな……?」

 

 ちゃんとした名前はスキンブルシャンクスっていうらしいけど、謡さんたちは長いからスキンブルでいい、って言ってたっけ。

 あまりの突然の登場に、なんでここに? という疑問が湧き上がるけど、今日のことがあったし、この子がここにいることは、わたしの下へとやって来ることは、そう不思議なこととも思えない。

 ネコさんは床に座したまま、青い瞳でジッとわたしを見上げている。

 『チェシャ猫』、スキンブルシャンクス。

 なんでもない、わたしの非日常的な日常の中に紛れ込んでいた見えない猫。

 この子がどういう心境で、どういう気持ちで、どういう理由やきっかけがあって、わたしのことを意識しているのかはわからないけれど。

 

「あなたは、ずっとわたしのことを守ってくれてたんだね……ありがとう」

 

 見えないところで、姿を隠しながら、人知れずわたしの正義のヒーローになっていたんだね。

 床に伏せた子猫を抱え上げる。思ったよりも重い。こんなに小さいのに、確かな重みがあって、あたたかい。

 

「わっ……甘えん坊だなぁ」

 

 ぎゅぅっと、ネコさんはわたしの胸に顔をうずめる。まるで抱き合っているみたい。

 そして今度は、小さな前足をグッと伸ばして、わたしの髪に――鈴のついた髪紐に手を伸ばす。

 玉は抜いてるから音は出ないけど、子猫の小さな手が、わたしの鈴を揺らす。

 確か前にも、この子、こんなことをしてたような……もしかして。

 

「これ、欲しいの?」

 

 にゃぁ、とネコさんは小さく鳴いた。

 それが肯定なのか否定なにか、あるいは別のメッセージなのかは、わたしにはわからないけど。

 なんとなく、この子はこれを求めているような、なにか惹かれているような気がした。

 うーん、この鈴はマタタビじゃないんだけどなぁ。

 それに……

 

「この鈴は、お母さんからもらった大切なお守り、なんだけど……」

 

 わたしがまだ小さい時。小学校に上がる前の、物心がついた頃かな。

 お姉ちゃんとお揃いの、鈴の髪飾りをもらった。

 お母さんは魔除けお守りで、毎日肌身離さず持ち歩きなさい、言ってたけど、わたしはお姉ちゃんの付けていたそれが羨ましくて、可愛くて、素敵で、ずっと欲しいって思ってたから。

 だから、すごく嬉しかった。

 あぁ……そっか。そうだね。

 謡さんがわたしと同じ軌跡を辿って、わたしと似た者同士なのなら。

 チェシャ猫レディの片割れだったあなたも、わたしと似ているのかもね。

 これはお母さんがくれた、大切なお守りだけど。

 

「あなたがわたしを守ってくれてるなら――一つくらいは、いいかもね」

 

 シュッ、と。

 片方の鈴を、ほどいた。

 

「わたしからのお礼だよ。どうぞ、受け取って」

 

 髪につける用だから、ちょっと小さいかもしれないけど、この子も結構小柄だし、ちょうどいいかな?

 紐をネコさんの首のあたりに回して結ぶ。長さ的に付けられるか心配だったけど、なんとかなったよ。

 

「あはっ、かわいい」

 

 そこには、小さな鈴をつけた、しましま尻尾の黒い子猫がいた。

 とても猫らしい、夜の街を自由気ままに闊歩する猫。

 猫にはやっぱり鈴が似合うね。音が鳴らないのが残念だけど。

 

「謡さんたちはあなたとお話ができるみたいだけど、わたしにはあなたの言葉はわからないや。だけど、いつかわたしも、あなたとちゃんとお話ししたい。あなたにはあなたの事情があるだろうから、無理強いはしないけど……いつかは、そうしたいなって」

 

 この子の言葉を聞きたい。謡さんたちから伝え聞くのではなく、この子そのままの言葉を、わたしの耳で聞きたい。

 ヒーローは姿を隠す者なのかもしれないけど。

 そのヒーローに憧れるヒロインは、ずっとヒーローを探す者なんだから。

 

「あ……もう行くの?」

 

 わたしの腕の中からすり抜けて、窓枠へと飛び乗るネコさん。

 本当、なにしに来たんだろう……でも、こうしてちゃんと会えてよかったかも。

 ネコさんは最後にもう一度鳴くと、わたしに背を向けて、窓から飛び降りた。

 その後ろ姿を見ながら、わたしは列車を見送るように、小さく呟く。

 

 

 

「さようなら、ネコさん(スキンブルシャンクス)。また会おうね――」

 

 

 

 ……さて、髪紐が片方なくなっちゃったわけだけど、明日から髪、どうしよう。

 髪飾りが片方だけっていうのも変だし、これからはポニーテールにでもしようかな――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――我らが父なる母(ハートの女王)よ。この世に生を受けた我らが命、我らが種が、繁栄の花を咲かせる日も見えてきました」

 

 今日のお茶会はとても静か。誰もいない円卓に座すのは、イカレた帽子屋の男ただ一人。

 ただしそこには、巨木の如き何物か。時計という機構に捻じ込まれ、時の流れが堰き止められた存在があった。

 

「もっとも、貴様のような癇癪持ちの女王様に感謝こそすれど、捧げるものなどはなにもございませぬが。精々時の止まったその領地で、静かに座していてくだされ」

 

 紅茶を一口、口に含む帽子屋。

 たまには一人のお茶会も悪くない。この禁忌の領地でお茶会を開くのも背徳的だ。普通の狂気を楽しめる。

 

「これより我らが構築するは、貴様の望む世界ではなく、【不思議の国の住人(我々)】の望む世界。心臓(ハート))を与えられた我らが命は、不思議の国の礎となる。こうなるとは、貴様も予想していなかったでしょうな。いや、そもそも我々の存在など、女王様の与り知るところではございませんかね?」

 

 問うてみるが、返答がないことくらいは分かり切っていた。

 時計は6の数字を指している。その世界がすべて。であれば必然的に、その数字が満たされなくては、返事ができようはずもない。

 

「創造するは『代用ウミガメ』、群れを成すは『ヤングオイスターズ』、心は『バンダースナッチ』、休息する『眠りネズミ』、世界を見る蟲の三姉弟、色欲に酔う『三月ウサギ』、復元する『ハンプティ・ダンプティ』、美しき『公爵夫人』、今は姿なき『チェシャ猫』、掟破りの『ジャバウォック』――そして統括するはこのオレ様、狂気に堕ちるイカレた『帽子屋』」

 

 ただ思いつく名前を並べ立てただけ。そこに意味はない。定義する者のいない名前など、記号としての価値すらない。この魂は、定義のためにあるのではない。種として繋がることにこそ意味がある。

 定められることが目的なのではない。そうすることが、そうすべきことが、そうあるということが、この星に生まれ落ちた命としてあるだけだ。これはそうしたいからという意志ではなく、そうあるからという摂理だ。

 

「随分と死んだ。随分と生まれた。随分と消えた。随分と生きた。しかしてまだ終わらない。寄生から始まるこの物語も、偶発から進む歴史も、我らの歩む筋書きに他ならない。この世界は、本来あるべき物語とは別の視点で描かれた、派生の外典(スピンオフ)。神話的ですらない、個人の小さな心の浮沈のみが描かれた、矮小で、取るに足らないおまけの世界線」

 

 多くを見て悟ったのか。恐らく否。多くを聞いて諦めたのか。たぶん否。狂ったのはこの個性()のせいか。それも否。元からだろう。そうあるということが、この名前に縛られた己の存在意義。逆説的に、この名前で縛ることで、狂気的な狂気を、反転に反転を二重三重と重ねた狂いが生じた。

 そんな自分語りもどうでもよい。言葉を積み重ねても、できるのは単なる文字列だ。ただの綴りには、なんの力もない。個人の心という不確定で不安定なものを揺り動かすことはできても、世界もシステムも変えられない。

 

「神話を喰らいし我らが父なる母よ。ハートの女王よ。貴様の残した“食べカス”は栄華を求め、貴様の牙が届かなかった神話の、その残滓を糧に、踊り狂います。ゆえにどうか、そこで座したまま、できればくたばったまま、眼を開いてくださいませ」

 

 旧世界に用はない。異星の、異次元の、別時空の脅威は関知しない。見せかけの感謝を手向け、寄生に寄生を重ね掛け、個人主義に全体主義を重ね塗る。

 世界を変えるは奇跡の力。その力を求めて。さぁ、野望を叶えろ。

 

 

 

「我ら【不思議の国の住人】。トランプ兵のようにその役割を遂行し、我々の望む、不思議の国(Wonder Land)を築いてみせましょう――」




 というわけで、今度こそ林間学校編は終了です。次回から新章――新シーズン? 夏休みが終わって新学期に入るので、シーズンの方がしっくりきますね――が始まります。
 今回、様が使用したデッキはツイッターである方が公開していたものを(本人に許可を取って)アイデアをお借りしました。《狂気と凶器の墓場》で《ダンガンオー》釣り上げ、《東大センセー》でどっちを捲っても嬉しい、というジョーカーズにしては珍しい墓地利用デッキです。回してみると意外と強かった。
 では今回はここまで。さっきも言いましたが次回は新学期。作者イチオシの奴らがやってきます。お楽しみに。
 誤字脱字、感想、その他諸々、なにかありましたら、遠慮なくどうぞ。
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