デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 27話、後編です。
 本来は一話に纏めるはずだった話を、長いからと半ば無理やり二つに分割しただけなので、こっちはちょっと物足りないかもです。
 ……いや勿論、全力で書きましたけど。今回は今回で、代海ちゃんの告白とか、チョウ姉さんの活躍とか、全力で推したいポイントありますけど。
 今回は対戦パートを、ピクシブ版とちょっと変えてます。具体的にはフィニッシャー。


27話「狂いました ~後編~」

 ぐんっ!

 身体が後ろに引っ張られる感覚。

 自分の身体が自分のものではなくなったかのように、自分の意志にない動きを始める。

 いや違う。意志に反した動きをしているのではなく――別の意志で、動かされている。

 カラン、と乾いた音が響く。包丁が手元から離れた。

 気づけば、自由意志はない。

 なにも動かせなかった。

 なにが起こったのか、さっぱりわからない。

 わからない、が。

 

 

 

「はいストップ。なのよ」

 

 

 

 ――誰が邪魔をしたのかは、一瞬でわかった。

 

「バタつきパンチョウ……!」

「はいはーい! ケンカの匂いに釣られてやって来ました、バタつきパンチョウのお姉さんです!」

 

 どこまで人の俗世に堕ちたのか、いつもの無駄にキラキラした衣装は控えめに、質素な白いエプロンに頭巾なんぞ被っていて、酷く貧相で庶民的になっている。

 そして、彼女がいるということは、この動かない両腕の原因は……

 

「虫けら共が……! 姉弟揃って僕の邪魔をしに来たってわけ?」

「その通りだ、三月ウサギ。貴様の行動は、あまりにも目に余る。【不思議の国の住人】として、看過できん」

「端的に言えばそういうことですね。それに今この場は私らのテリトリー。勝手な行動は慎んでください」

 

 弟二人が、ガッチリと両腕を抑え込んでいる。というか、極めている。

 ミシミシと関節が悲鳴を上げており、正直物凄く痛い。

 痛みなんて慣れっこではあるけれども、快楽を伴わない痛みはただ苦痛なだけだ。

 

「乱暴でごめんね。でもねウサちゃん。今回はちょーっとだけやりすぎなのよ。もちょっと抑えよう?」

「なにアンタ、そんなくだらないこと言うために来たの? バカじゃないの?」

「どーだろー? 私はただ、ウサちゃんが後戻りできないほどに悪い子になっちゃうのは、友達として見過ごせなかっただけだから。それに、ウミガメちゃんもね。私は大切なお友達を、二人も失うなんてイヤなのよ」

「なーにが友達よ。アンタだってどうせ、自分たちのこと以外は眼中にない癖に。虫けらは視野が狭くて脳みそも足りなくて、ほんと困っちゃうわ」

「なんだと貴様……! 姉上を、弟を、我らが姉弟を愚弄するか!」

「視野が狭いのは私だけですよ、頭のおかしいウサギさん。その的外れな見解を撤回しないと、あなたが今後ベッドインするのは、赤十字の建物になりますよ?」

「落ち着きなさい、トンボ、ハエ。私たちの目的は傷つけることじゃないでしょう? 自ら害虫になるのは感心しないのよ」

「むぅ……申し訳ない、姉上」

「……ごめん」

 

 少しだけ高速の力が緩む。

 痛みがちょっとだけ引いたことには感謝してもいいが、こういう姉弟愛を見せつけられるのは、ハッキリ言って気持ち悪いし反吐が出る。

 バタつきパンチョウ自身はともかくとして、やはりこの虫けら共は、どうしても好きにはなれない。

 

「で、アンタらなにしにきたわけ? 友達だのなんだの言って、アンタらも偽善を働きに来たの?」

「偽善なんて酷いのよ。ウサちゃんはイジワルなこと言うけど、私はそうは思ってないのよ? 帽子屋さんとのお茶会は楽しいし、ウサちゃんのこともとっても大事だし、【不思議の国の住人】は皆、私たちの仲間。一緒にいるのが自然で、そうあることが幸せ! そんな、当たり前を享受できる素敵な場所なのよ。えぇ、仲間、友達、家族……それはとっても素晴らしいのよ!」

「はんっ。相も変わらず、アンタは脳みそが蜜みたいにスイートね。百花繚乱、桃色の花園って感じ。チョウチョにはお花畑がよく似合うわ」

「そう? ありがとう! 嬉しいのよ!」

「……本当、調子狂うわね、アンタは……」

 

 その笑顔は、皮肉に返しただけなのか本気なのか。どちらでもいいけれど。

 

「……ねぇ、それより痛いんだけど。いい加減、その汚い手を離してくれる?」

「あなたが身を退いてくれると確約するのならば、考えましょう。今のあなたは危険すぎる」

「汚らしい害虫の分際で、僕の身体に触れようだなんてね。虫けら風情が調子に乗るんじゃないわよ」

 

 正直、今はとても苛立っている。

 衝動の発散を阻害されたことが、最高に昂ぶった激情を解き放つ瞬間に邪魔されることが、どれほど苦しく、辛く、物寂しいか。

 寸止めは拷問に等しい所業だ。どんな感情であろうと、どんな衝動であろうと、それは変わらない。

 それをこの虫けら共は、事もあろうにこの『三月ウサギ』にそれをしているというのだ。

 少なくともバタつきパンチョウは、そのことを知っているはず。知っていてなお、逆鱗に触れている。

 これは挑戦状ではないのか。そう受け取っても文句は言えまい。

 それならば、受けて立ってみせよう。

 

「手を離さないっていうなら、僕にも考えがあるわ」

 

 この距離ならば問題はない。

 解放されないなら、そちらの秘めたるものを解放するのみ。

 

「虫とはいえ、アンタたちだって“オス”でしょう? なら、邪淫の道に堕とし狂わせてあげる」

 

 見せて差し上げよう。とくとごろうじろ。

 三月のウサギとは、どのように狂い果てるのかを。

 脳みその足りていない哀れな虫けら共に、快楽を授けよう。

 

「「三月のウサギのよう――」

 

 

 

「ウサちゃん」

 

 

 

 ――集中が途切れた。

 声をかけられたからではない。その程度で止まるほど緩くはない。

 ただその声が。

 能天気で、お気楽で、蜜のように甘く、花畑のような頭のバタつきパンチョウとは思えないほど――冷たかった。

 

「私ね、ウサちゃんとはずっとお友達でいたいと思っているのよ。どんなに悪いことしてても、それがあなただと思うし、その気持ちは尊重したい。それはどんな誰に対しても同じ。たとえあなたがウミガメちゃんを傷つけても、結果を悪と断じても、あなたが悪に染まったとしても、それはそれで受け入れていいと思うの……だけどね」

「ぱ、パンチョウ……」

「私にだって譲れないものがあるし、なによりも大事にしたいものっていうのがあるのよ」

 

 ぞわりと悪寒が走り抜ける。

 虫をも殺し、生きていけないほど、寒く、冷たい声。

 それはもう、花の蜜を吸うご機嫌な蝶ではない。

 冷淡で獰猛な、生き血を啜る肉食蟲の眼だ。

 

 

 

「いくらお友達でも――弟たちに手を出したら、許さないから」

 

 

 

 神の視点になれる眼。

 今の彼女の眼は個人的で、主観的で、神という立ち位置からは程遠いが。

 冷徹で、冷酷で、無慈悲な眼光が、小さな獣を射抜く。

 神は人を狂わせるが。

 人を殺すのは人だ。

 そしてそれは、人ならざる人に擬した自分たちも同じ。

 何者をも黙らせるほどの威圧的な眼力と覇気に、思わず口を噤んでしまう。思考を止め、頭の中が真っ白になる。

 そんな、しばらくの静寂の後。

 ――諦めた。

 

「……ちっ。わかったわよ」

 

 自分が折れるしかなかった。

 あまりの忌々しさに、思わず舌打ちする。

 非常に不愉快だ。イライラする、腹立たしい。

 脳みそお花畑なスイーツ女に阻まれたことも。

 その能天気バカに、気圧されてしまった自分も。

 なにもかもが。

 

「えへへー、ありがとウサちゃん。ウサちゃんならわかってくれると信じてたのよ」

 

 スイーツ女は、さっきの冷酷さはどこへ行ったのか、無駄にへらへら笑っていた。

 

「はいはい。アンタたちが邪魔するから冷めちゃったわ。無粋に過ぎるわよ、パンチョウ」

「外道よりはマシかなってね。悪は認めても、やりすぎちゃダメなのよ」

「ふん……まあいいわ。カメ女を虐めるのも飽きちゃったし、アンタに言い分に乗ってあげる。だから、ねぇ、ほら。害虫ども、とっととその手を離しなさい」

「離してあげて、トンボ、ハエ。ウサちゃんはちょっとヒステリーだけど、レディなんだから」

「誰がヒステリーよ」

 

 後ろの男二人は、姉の許可によって、不承不承と言いたげ風ではあったが、関節を極めていた腕を解放した。

 

「はぁー……ほんっと、胸クソ悪いわね。帽子屋さんは怒るし、アリスはつまんないし、カメ女は生意気だし、パンチョウの奴は邪魔するし、散々な一日だわ。信じられるのは自分だけね。もう今日は自分で慰めて寝ようかしら」

「ほどほどにねー。今日はごめんね。また一緒にお茶しよっ?」

「アンタのお茶は甘ったるくて胸やけがするのよね……ま、考えておいてあげる」

 

 愉しいようで、気持ちいようで、酷くつまらなくて不愉快な日だった。

 踵を返して、窓の外を見遣る。まだ太陽は沈んでいなかった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 三月ウサギさんは、行ってしまわれたようです。

 まだ視界が霞みますが、あの声は、パンチョウさんたちが、助けてくれた……?

 

「ウミガメちゃん! 大丈夫?」

「は……い……」

 

 パンチョウさんが抱き起してくれる。

 とても、とても優しくて、柔らかくて、温かい手でした。

 

「もうっ、ウサちゃんったら酷いのよ。可愛いお顔がこんなに……」

「なんとも悪逆非道なことよな。婦女子の御顔にこのような暴威の限りを尽くすとは」

「保健室に行きますか?」

「う……だいじょうぶ、です……」

「無理をするな代用ウミガメ。人ではないとはいえ、我々は人の身を獲得した生物。たおやかな少女の矮躯が、あれだけの暴威を受けて無事なはずもあるまい」

 

 トンボさんにそう言われてしまいますが、確かに、頭はくらくらしてるし、足はガクガク、全身がズキズキと痛み、満身創痍でふらふらなことは否定できません。

 ……でも。

 

「ま、まだ、小鈴さんが……!」

「そんなにあの娘が大事か?」

「……大事……です」

「帽子屋殿よりもか?」

「それは……その……」

「トンボ。こんな時にそんな……」

「すまぬ姉上。しかし頼む、ここは我を通させてくれ。三月ウサギの行いは到底認められぬ非道であるが、奴の言葉は戯言とは切って捨てられぬ。かの娘により、代用ウミガメが我々の敵対者になるというのならば、こちらも立場を弁えねばならん」

「兄さん。でも、それは半分脅しでは……」

「答えよ、代用ウミガメ。我が眼をもってすれば貴様の視点でものを見るのは易いが、貴様の言葉が聞きたい。実直な心情を述べるがいい」

 

 トンボさんは、真剣な面持ちでアタシを見つめて来る。

 命短き燃えぶどうのトンボ。誰よりもまっすぐに、ものを、人を見据える虫。

 アタシにとって大事なのは、帽子屋さんか、小鈴さんか。

 ……アタシだって、自分の立場は、わかっているつもりです。

 アタシは人間じゃない。人間社会に溶け込み、紛れ込み、寄生するだけの、人間モドキ。【不思議の国の住人】とは、そういう存在だ。

 本来、人と居場所を、社会を、権利を食い合う関係。それを忘れたつもりは、ありません。

 です、けど。

 だからこそ。

 これは、アタシの個人的な気持ちだ。

 代替不可能な、唯一無二の答え。

 

「……どっちか、とか、どっちの方が、なんて……そうじゃ、ありません……」

「それは、如何様なことか」

「帽子屋さんは……アタシに、生き方を、生きる場所を、くれた……小鈴さんは……楽しいことを、あたたかい光を、希望を、くれた……どっちも、アタシにとって、大切なもの、で、だ、だから……どっちが大事、とか、比べられ、ません……」

 

 帽子屋さんがいなければ、アタシはとっくに朽ち果てていただろう。辛いことも苦しいことも痛いことも、数えきれないほどあったけれど、それでも、アタシは今、こうして生きている。

 そんな苦しい世界でも、小鈴さんは光をくれた。太陽みたいに明るくて、あたたかくて、優しくて、安心できる心地。楽しいと、嬉しいと感じられる輝きが、そこにはあった。

 帽子屋さんがいなければ、小鈴さんには出会えなかった。小鈴さんがいなければ、帽子屋さんが生かしてくれた意味がなかった。

 どっちつかずかもしれない。薄情なのかもしれない。でも、そう称されても。

 アタシにとっては、どっちの人も恩人で、救済で……どっちも、大事、なんです……!

 

「今は、アタシを救ってくれた人が、苦しんでる……た、助けたいと、思うのは、当然で……アタシは、ちょっとでも、力になりたくて……だから……」

「それが貴様の答えか」

「……はい。偽りなく代わりでもない、本心、です」

 

 【不思議の国の住人】の『代用ウミガメ』としてとか、烏ヶ森学園中等部1年C組の亀船代海としてとか、そんな立場は、今は関係ない。

 どっちの世界であろうとも大切な人がいる。その人を助けたい。

 ただ、それだけ……です。

 

「……その意気や良し。ならばぼくから言うことはなにもない」

 

 と、そうとだけ言って。

 燃えぶどうトンボさんは、アタシに背を向けた。

 ……なんで、あんなことを聞いたのでしょう。

 本人も言っていましたが、トンボさんの個性()は「視点を変える」二人称の眼。アタシの視点で、アタシの考え方で、誰かを見ることができるのに……

 あの質問は、一体なんの意味が……?

 

「すまない、時間を取らせた。では姉上、指示を頼む」

「オッケーなのよ! ウミガメちゃんの言もあるし、私たちの仕事はまだ終わってない。ちょっぱやで済ませちゃいましょう! まずはトンボ! 証拠隠滅! 掃除もよろしくね!」

「承知した。校内清掃も我が責務。必ずやその命、遂行させて見せようぞ」

「ハエは私と一緒に来て。アリスちゃんの様子を確認しなきゃ」

「わかった。ウミガメちゃん、彼女はどこへ?」

「きょ、教室に……いると、思います……1のAの……でも……」

 

 結局、なにも解決はしていません。三月ウサギさんの放った狂気はそのままです。

 恋さんや霜さんが抑えてくれていましたが、それも、いつまでもつのか……

 

「安心していいのよ、ウミガメちゃん。いざとなれば、首元あたりをキュッと締めて昏倒させた後、然るべき毒抜きとかをすればなんとかならないこともないから!」

「え……っ!?」

「それで治るものなのか?」

「とにかく、アリスちゃんを回収しないことにはどうにもならないのよ! ゴーゴー!」

「健闘を祈るぞ! 姉上、ハエ! そして代用ウミガメ!」

 

 後ろで、トンボさんの声援が飛ぶ。

 そして、パンチョウさんに支えられながら、アタシは再び1のAの教室に、向かうのでした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「もっと、もっとだよぉ……」

「Ihre Brust ist weich……gut……Sehr gut……!」

「冗談だろ……中学生が、あんなの付けて、いいのかよ……発育が過ぎるって、畜生……!」

「かゆ……うま……」

 

 教室に戻ると、惨憺たる光景が広がっていました。

 床に伏せた実子さんとユーさん。

 壁を背にぐったりとしている霜さん。

 机に突っ伏すように倒れている恋さん。

 誰も彼もが、屍のように無残に転がっていました。

 ……勿論、うわ言を呟いている時点で、死んでいるわけもないのですが。

 

「死屍累々、だね。あるいは、つわものどもが夢のあと、か」

「女の子の身体は神秘で夢だものね!」

「そういう意味で言ったんじゃないけど」

「そ、そんなことよりっ」

 

 これは、とてもまずいのではないでしょうか。

 実子さん、ユーさん、霜さん、恋さん。

 四人がここにいて、しかも倒れている。

 そしてなにより、

 

「小鈴さんが、いません……!」

「順当に考えれば、彼女らの制止を振り切って外に出た、ってことなんだろうけど」

「ウサちゃんの狂気を孕んだ状態で外に出るって……これは乙女の純潔の危機なのよ!」

「……大袈裟でないのが、またなんともな」

 

 三月ウサギさんの狂気に当てられても小鈴さんは、本来の三月ウサギさんの個性()の在り方によって狂いはしなかった。

 それでも、あの状態の、普通でない状態の小鈴さんを、放ってはおけません……!

 

「こ、小鈴さんは、一体どこに……!?」

「……しろ、み……」

「! 恋さん……!」

 

 机に突っ伏して倒れている恋さんが、意識を取り戻した。

 

「恋さん! し、しっかりしてください……!」

「私は、もう、ダメ、かも……けど、小鈴、は……」

「小鈴さんは、ど、どこへ……?」

「ぶ……ぶし、つ……とう……ガクッ」

「こ……恋さーん!?」

 

 そしてまた、机に倒れ込む。

 

「……茶番っぽかったけど、必要な情報は得られたね」

「ブシツトウ? ってところに、アリスちゃんは向かったっぽいね。ウミガメちゃん、場所わかる?」

「た、たぶん……行ったこと、ないですけど……」

 

 恋さんが最後の力を振り絞って教えてくれた情報です。

 絶対に、小鈴さんを助けなきゃ……!

 

「しかし部室棟か。確か人間のコミュニティでも学校というのは、個人単位の趣味を部活というカテゴライズをして、さらに小さなコミュニティ化するそうだが……この学校は、部活動の数が多いと聞いたよ。範囲が広いし、特定するのは難しくないか?」

「それもそうなのよ。あの子の趣味ってなんだろう? パンを食べるブカツとかかな?」

「あ、それなら……あ、アタシ、ちょっと心当たりが――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 いつもよりも静寂な、学園生活支援部――通称、学援部の部室。

 それもそのはず。今、この部屋にいるのは、この部の長ただ一人なのだから。

 元より物好きの集うようなコミュニティであり、人数は決して多いとは言えないのだが、本日の部員数が少ないことには、別の理由がある。人には話せないような特殊な事情だが、それはまた別のお話。

 この場で重要なのは、この部屋に存在する者は、この部の長である剣埼一騎ただ一人ということだ。

 

「ん?」

 

 足音が聞こえる。軽いが、酷く不安定で、奇妙な足音だ。

 部活仲間ではない。妹分でもない。生徒会の者でもなさそう。この部を訪れそうな他の知り合いでもないと思う。

 となると、依頼者か。

 そう思った直後、ギィ、と控えめに扉が開く。

 扉の先に立っていたのは、彼にとっては、少々意外な来訪者だった。

 

「せん、ぱい……」

「伊勢さん? ご無沙汰だね、うちの部室に来るなんて」

 

 妹分の友人の少女。

 そして、多少なりとも、直接的でなくとも、自分の因縁を繋ぐ者でもある。

 もっとも、今はその話をする必要もなく、またその話をすることは永劫ないだろうが。

 因果とは、縁とは、ただそこにあるだけでいい。

 特別な繋がりも、線も、必要ない。

 

「あれ? 恋たちは一緒じゃないんだね。てっきり、皆で来たのかと思っていたけれど……まあいいか。とりあえず入りなよ。今は俺しかいないけど」

「…………」

「? 伊勢さん、なんだか顔赤い気がするけど……大丈夫?」

 

 それに、足元が少しふらついている。

 風邪だろうか。まだ残暑が残るとはいえ、季節の節目。体調を崩しやすい時期ではある。

 彼女の用件も問わなければならないが、それよりも先に保健室にでも連れて行くべきだろうか。

 などと考えていると。

 

ガバッ

 

「っ!? い、伊勢さん!?」

「せんぱい……」

 

 ――抱き着かれた。

 

「……っ!?」

 

 思考停止。フリーズする。あまりにも唐突すぎて、二人一緒に倒れ込んでしまう。

 この現実に、網膜が焼き残した視覚情報に、あり得ない、という概念が脳内に渦巻く。

 今まで、色んなことがあった。非常識なこと、予想外なこと、突発的なこと、理不尽なこと、不条理なこと、非現実的なこと。様々な艱難辛苦を経験し、耐え、受け入れ、そして解決してきた。

 かの場所での僅かな行いと、学援部での活動と、ここにはいない彼ら彼女らとの冒険と――あらゆる困難を乗り越えてきた自負はあるが。

 それらに比べれば酷くちっぽけなことではあるが、今までに体験したどんな難題よりも、理解しがたく、そして未経験な事態に、最大級の混乱が発生する。

 言葉が声にならない。なにを言えばいいのかもわからない。どういうことなのかも理解不能だ。

 考える、ということができない。その概念だけがすっぽりと抜け落ちてしまったかのように。やり方を忘却してしまったかのように、思考の感覚が欠落した。

 こんなことをするような子ではないのに、という感情がぐるぐる回って、なぜ、という疑問までは行き着くのに。

 その先から、進まない。

 理性と知性が吹っ飛び、すべてが感覚に支配されるが、理論(ロジック)のない概念は空想でしかなく、現実を、実を結んだ行為となり得ることはない。

 要するに、なにもできなかった。

 すべて、感じるまま。そこにあるがまま。

 感じるものが、あるだけだ。

 

(っ……!)

 

 ――小柄ながらも、意外としっかりと肉付いた身体。

 柔らかくて、しっとりしていて、温かい。

 女子特有の甘い香。さらさらした髪が、頬を撫でる。

 どうしようもなく子供のはずなのに、なぜか魅力的に見えてしまう肢体に幼い顔。

 そして、奥に覗く小さな鈴の髪飾り。

 この感触。この匂い。この感覚。この気持ち。

 あぁ、やはり――この子は“彼女”の妹なのだな、と実感させられる。

 

(……って、違う! そうじゃないだろ!)

 

 我に返る。

 過去の幻想を、いつかの回想を幻視して、逆に冷静になれた。

 ――そうだ。似ていようと、縁があろうと、因果で繋がっていようと、彼女はどうあっても“彼女”じゃない――

 まだ困惑しているが、頭が動かせる程度には回復した。とりあえず、状況を確認する。

 後輩の女子生徒にマウントを取られている先輩男子生徒。

 これしかなかった。

 とても、最悪だ。

 誤解しか生まない絵面だ。頼むから、今だけは誰も戻って来るなと切に願う。

 

「い、伊勢さん……!」

 

 とりあえず引き剥がそうにも、完全に尻餅をついてしまったこの体勢では、それも難しい。

 それになにより、ピッタリと寄り添うように密着されている。なにもかもが当たって心臓の鼓動まで聞こえてきそうなほど、近い。

 乱暴にもできないので、ほとほと困ってしまう。

 

 

「あ、あの、伊勢さん……なにがあったのかはわからないけど、とりあえず、退いてくれないかな……?」

「……せんぱい」

 

 グッ、と。

 尻どころか背中まで、押し倒される

 柔道では負け確定だな、などと現実逃避も甚だしいことが一瞬だけよぎった。

 甘い香気と共に漂う、彼女の吐息。

 瞳はどこか空虚で、だけども確かに色づいていて。

 とろんと蕩けたような、らしくもない淫靡な表情が、とても艶っぽい。

 

「わたし……わたし、ずっと、せんぱいに……言いたかった、ことが……」

 

 彼女の顔が近づいて、もう目と鼻の先で、なにもかもが敏感に感じられる。

 床に押し倒され、二本の腕で逃げ場は失われる。

 いや、そんなことがなくても、逃げるなんてできなかった。

 彼女の溶融したような、熱っぽい顔。

 上気したように赤みを帯びた頬。

 甘酸っぱさを含む香に、吐息に。 

 どれほど淫蕩に酔っても、彼女のその真摯な眼差しだけは――偽りではなかったから。

 

「あ……」

 

 呼気が漏れる。

 言葉が、湧き上がる。

 彼女の中の、秘めたるなにかを伝えるために。

 大事に大事に仕舞われた、奥底に眠ったなにかが。

 浮上し、解放される。

 鈴の音のような、透き通るような声で。

 魔法の呪文を唱えるように。

 彼女は――告げた。

 

 

 

 

 

「――ありがとう、ございました――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――小鈴さんっ!」

 

 ガラガラガラ! と荒々しい音を轟かせて、扉を開け放たれた。

 思わず目を剥く。心臓の鼓動が、別の意味で跳ね上がる。

 まずい、と脳内が軽傷を響かせるが、もはや無意味で、後の祭りだ。

 いや、それよりも。

 

「っ!? だ、誰!?」

 

 知らない生徒だ。

 なぜか屋内なのにパーカーのフードまで被っていて、顔中が痣と血で塗れていて、制服も汚れて擦り切れて、見るからにボロボロな女子生徒。

 それと、その背後に二人の大人。しかも、一人は授業で見た覚えがある。

 

「本当にここにいたか。白髪の彼女の言葉は本当だったね」

「陸奥国先生!? あ、あの、これはその、なんと言いますか……!」

「はいはーい! お楽しみ中に失礼するのよ! ちょっと今緊急事態だから、この子もらって行くね! バイバーイ!」

「え、っと……し、失礼しましたっ!」

 

 三人は彼女の首根っこを掴んで引き上げると、凄まじい勢いで扉を閉めて、ダッシュで廊下を駆け抜けて行った。

 

「な……なんだったんだ、今の……?」

 

 あまりに色々なことが起こりすぎてて、わけがわからない。

 あの三人組も。そして、明らかに平時とは違う、彼女の行動も。

 そんな彼女が発した――言葉も。

 

「……ありがとう、か」

 

 それは一体、なにに対する言葉で。

 なにを意味していて。

 彼女の、なにを表すのだろうか――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 学援部の部室から小鈴さんを取り戻したアタシたちは、稀代の大怪盗もビックリな足で、逃げるようにその場から走り去りました。

 と、とりあえず、みっしょんこんぷりーと、です。

 なんだかちょっと手遅れな気もしますが……さっき小鈴さんとくっついてた人、たぶん恋さんのお兄さん、ですよね……

 小鈴さんは、恋さんのお兄さんと、なにかあったのでしょうか……?

 

「それにしてもウミガメちゃん。よくあの部室だって一発で引き当てられたね。なんで?」

「えっと、恋さん……その、と、友達の、部活なので……前に、そう、聞いたことが、あって……小鈴さんも、関わったこと、あるって……」

「成程。十分とは言えないが、理屈は通っているね」

 

 というより、そのくらいしかアテがなかったわけですけど……

 なんにしても小鈴さんが戻って来てくれてよかったです……でも。

 

「購買のお姉さん……ふかふかですねぇ……」

「にゃうっ!? 今どこ触ったのよ!?」

「ふにふに……ふわふわ……」

「ちょ、ちょっとくすぐったいのよ!」

 

 小鈴さんに科された狂気は、まだ消えていません。

 それをどうにかしないことには……

 

「と、とりあえず! ウミガメちゃんの手当てもしなきゃいけないし、人の気のない場所に行くのよ!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「保健室って、そんなに人気のない場所か?」

「じゃあどこで手当てをするって言うのよ?」

「……まあそうだけどね」

「っ」

「あ、ごめん。痛かった?」

「い、いえ……大丈夫、です」

 

 所変わって、保健室。

 アタシの傷の手当てをするという理由と、今の小鈴さんを誰かと引き合わせてはいけないという理由で、この場所にやって来ましたが……保健室の先生がいなくてよかったです。

 でも、先生がどこに行ったのかも、いつ誰がここを訪れるかわかりません。油断はできません……急がないと。

 ……まあ、アタシは今、木馬バエさんに手当てしてもらっているのですけれど……

 

「お姉さん、胸おっきいですね……しゅごい……」

「あなたには敵わないけどね……ってちょっとー!? なにしてるのよ!?」

「ふわふわ……! おっきい……」

「やーめーてー! スカートの中はやめてー! 服を脱がせようとするのもやめてー! ハエー! 助けてー! なのよー!」

「……今、こっちで忙しいから」

「わぁ、すごい……これが大人……!」

「ねぇ、実はこの子レズなんじゃないの!? 絶対なにかの毒電波を受信してのよ! 前に会った時は普通のいい子だったのに……ってぇ! なんでそんなに器用に人の服を脱がせられるのよー!?」

「わ、わわっ……ぱ、パンチョウさん、す、凄いです……!」

「……兄さん、早く戻ってきてくれ……! 私一人じゃ、いたたまれなさすぎる……!」

 

 木馬バエさんを挟んで向こう側で、パンチョウさんと小鈴さんが、その、色々と、アレなことになっていますが……お二人とも、スタイルがいいから、その……す、凄いです……!

 顔を覆いたくなっちゃうくらい見てるこちらも恥ずかしくなってしまいますが、手当されてる手前そんなこともできず、マジマジと見ちゃいました……

 

「とりあえず、こんなものかな。専門じゃないから雑だけど、ごめんね」

「い、いえ、そんな……ありがとう、ございます」

「気にしなくていい。別段、私が君に優しくしようとしているというわけじゃなくて、これも姉さんの意向だ……まあ、あのクソ淫婦の被害者として、同情はするけどね」

 

 そうこうしているうちに、手当が終わりました。

 

「姉さん。いつまでも遊んでないで、本題に入ろう」

「遊んでないのよ! 遊ばれてるのよ! この子ものすっごいんだけど!? なぜか私、さっきから三回くらい服の脱ぎ着を繰り返してるんだけど!?」

「はいはい。で、その子(マジカル・ベル)だけど」

 

 パンチョウさんと格闘する小鈴さんを指さして、木馬バエさんは言います。

 

「なんかおかしな感じだけど、いまだに三月ウサギさんの狂気に犯されてるってことでいいのかな?」

「たぶんね。こんな状態になるのは私もはじめて見たけど、似たようなケースがないわけじゃないのよ」

「ふぅん。私、あのクソ毒婦についてはあまり詳しくないけれど……情欲を解放するというだけじゃないんだね」

「なのよ。「三月のウサギのように」狂わせる。それがウサちゃんの個性()。だから、その文言の範囲内でのことなら、なんであってもあり得ちゃうのよ」

「「三月のウサギのように」、ね。抽象的だな」

「まあ大抵の場合は、要するに凄くエッチになっちゃうってことなんだけど」

「要約しすぎじゃない? あの淫乱女らしいけど」

「厳密には、獣としての本能、潜在的に眠っている欲望、無意識下に存在する自己を発現し、解放するってものなのよ。だから、引き出される本能が性欲であることが多いけれど、それは結果の1パターンでしかなくて、本質じゃない。その個性()の本質は、外界による影響力を遮断し、フラットに己を見つめた先にある“本当の自分”を曝け出すこと、なのよ」

 

 本当の、自分。

 ということは、今の小鈴さんは、本来の小鈴さん……?

 周りからの干渉もなく、ありのままの、小鈴さんの姿、なんでしょうか……?

 

「自分のありのままがそのまま表層面に現出するから、よく言えば「物凄く素直に」、悪く言えば「欲望的に」なっちゃうわけなのよ」

「成程。単純に媚薬や催淫剤を投与したような状態、というわけではないんだね。しかし、理性で本能を抑え込み、欲望を制御するのが人間だ。そのセーフティを外すわけだから、知性も倫理も一緒に飛ぶわけか。人間としては、ほとんど退化したみたいなものだね」

「まあ、定義される文言が「三月のウサギのように」だから、個人差はめちゃくちゃ激しいんだけどね! ぶっちゃけ、こんなケースは私も初めて見たのよ! 一方的なのはともかく、人の話を聞かないっていうか、言葉が通じないっていうか!」

「えへへ、おねーさーん」

「甘えてくれるのは嬉しいし可愛いけど、流石に弟の前では恥ずかしいのよ! あ、でも、うち男兄弟ばっかだから、妹もちょっと欲しいかも……」

「姉さん」

 

 口説き落されそうなパンチョウさんを引き留めつつ、木馬バエさんは問う。

 本当に、大事なことを。

 

「さっき毒抜きとか言ってたけど、その狂気は“治せる”の?」

「病気じゃないから治療は無理なのよ。あくまで欲望の解放だもの」

「じゃ、じゃあ、小鈴さんは……!」

「だから逆に考えるのよ。あれは欲望の解放。でも、人は誰しも、際限ない欲を抱いているわけじゃないのよ。いずれは力尽きる。心か、身体か、あるいは両方か。満たされるか、尽き果てるかした時、狂気という毒は抜け落ちるのよ」

「それって、つまり……」

「そう。話自体は簡単なのよ。身体でも、心でも“果てる”こと。それが、ウサちゃんの毒気を抜く方法なのよ」

「性欲は運動で解消できるらしいしね。要はエネルギー切れを起こさせるようなものか。でも、どうやって? 姉さんがずっと彼女の相手をするのか?」

「それは困るのよ……流石に疲れてきたし、このままじゃストリップしながら全裸体操待ったなしなのよ……お姉ちゃんの尊厳が台無しなのよ……」

「ちょっとなにを言ってるのかよくわからないな」

 

 小鈴さんが力尽きるまで待つ。それが、小鈴さんに科せられた狂気を祓う方法。

 でも、それはいつまで?

 あと数時間程度で終わればいいですけど、一日、二日、あるいは一週間……何ヶ月もかかる可能性も否定できない。

 解決しているようで、それは解決策になっていないのではないでしょうか?

 

「くんくん……おねーさんの髪、いい匂い……お花畑みたい……」

「頭がお花畑だって、姉さん」

「その言葉には棘を感じるのよ。お花は綺麗そうだけどね!」

「しかし、流石に姉さんが拘束されっぱなしなのは蟲の三姉弟として困るな。私としては、その子を簀巻きにして放り出す提案をしておこう。とりあえず動きを封じて放っておけば、そのうち毒も抜けるだろう」

「だ、ダメですよっ!?」

「そうなのよ、スマートじゃないのよ。皆がハッピーになれる、最高で都合のいい展開が欲しいのよ……そうだ」

 

 なにか思いついたと言わんばかりに手を打ったパンチョウさん。

 彼女はスッと目を閉じると、ゆっくりと瞼を開く。

 そして、その“眼”は……

 

「……姉さん? まさか……」

「……うん。ちょっとだけ“視た”のよ。ふむふむ成程。ちょっとわかったのよ」

 

 それは、神様の立場になる眼。

 パンチョウさんはきっと、「視点を変える」ことで、別のなにかを見たんだと思います。

 客観的に――そして、メタ的に。

 アタシたちでは知る由もない、第三者の都合のいい理想を。

 この世界の誰にも手が及ばない、しかしてこの世界に波紋を広げる、何者かの意志を。

 

「私たちらしく、それなりに合理的で、理に適ってて、筋も通ってて、都合がいい。さて、予定外だったみたいだけど、今回のノルマを消化しちゃうのよ」

 

 パンチョウさんは小鈴さんの制服のポケットに手を突っ込む。

 そして、その中にあったものを、そのまま彼女に握らせた。

 それは――デッキケース。

 

 

 

「さぁ、アリスちゃん――運動(カードゲーム)のお時間なのよ!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 小鈴さんのエネルギーを消費させ、欲望を発散させて、心身を果てさせる。その手段として、デュエマを用いる。

 一体なにがどうなればそんな結論に辿り着くのか、アタシにはわかりませんが……パンチョウさんには、ちゃんと考えがあるのだと思います。あると信じましょう。デッキを握らせたら、小鈴さんは意気揚々と対戦に乗っちゃいましたし。

 そうして始まった、小鈴さんと、バタつきパンチョウさんの対戦。

 《ダーク・ライフ》でマナと墓地の準備する小鈴さんに対し、パンチョウさんは《デスマッチ・ビートル》で牽制。

 小鈴さんのデッキは、リアニメイト呪文からの《グレンモルト》でのビートダウンする奇襲が脅威ですが、《デスマッチ・ビートル》の踏み倒しメタ能力なら、それも抑えられますね。

 

「わたしのターン……うーんっと、《ホネンビー》を召喚しますね。山札の上から三枚を墓地に置いて……」

 

 こうして墓地に置かれたのは《暗黒邪眼皇ロマノフ・シーザー》《龍覇 グレンモルト》《復活と激突の呪印》の三枚。

 き、綺麗に落ちましたね……《ロマノフ・シーザー》を始点にしたグレンモルトビートの気配が強く漂っています。

 もっとも、《デスマッチ・ビートル》がいる限り、それはできないんですけどね……

 

「じゃあ、《ロマノフ・シーザー》を手札に加えます。ターン終了です」

「私のターンなのよ。《メメント守神宮》をチャージして、2マナで呪文《ジャンボ・ラパダイス》! 山札を四枚、捲るのよ! さぁ、なにが捲れるのかなっ?」

 

 パンチョウさんも、まだ準備段階。ドロースペルで、手札を整えます。

 パワー12000以上のクリーチャーをかき集める《ジャンボ・ラパダイス》。その効果で捲られたのは《デデカブラ》《ゼノゼミツ》《ジャンボ・ラパダイス》《ゼノゼミツ》の四枚。

 

「《ジャンボ・ラパダイス》以外の三枚を手札に加えるのよ! そして残る1マナで《デデカブラ》召喚! ターンエンド! なのよ!」

 

 

 

ターン3

 

小鈴

場:《ホネンビー》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:4

山札:23

 

 

バタつきパンチョウ

場:《デスマッチ》《デデカブラ》

盾:5

マナ:3

手札:5

墓地:1

山札:24

 

 

 

「? たった1マナでパワー12000もあるけど、攻撃できない……? 変なクリーチャー……わたしのターン」

 

 小鈴さんは、パンチョウさんの召喚した《デデカブラ》に首を傾げていました。

 1マナと非常に軽量ながらも、パワーは12000の、小型(ウィニー)なのか大型(ファッティ)なのかよくわからないクリーチャーです。

 ただこのクリーチャーは、パワーが高くても“攻撃できない”。シールドブレイクも、殴り返しもできないクリーチャーです。

 《メメント守神宮》などでブロッカーを付与すれば壁にはなりますが、それでも単体ではなにもできないクリーチャーです。どうしてそんなクリーチャーがいるのか、小鈴さんは疑問を抱いているようでした。

 

「《闇鎧亜ジャック・アルカディアス》を召喚……コスト4以下の《デスマッチ・ビートル》を破壊します」

「わっ、やられちゃったのよ」

「ターン終了です」

 

 ただし単体で使えないということは、大した脅威でもないということ。無視されています。

 小鈴さんは《ジャック・アルカディアス》で《デスマッチ・ビートル》を破壊。これで《ロマノフ・シーザー》の進化元を揃えながら、リアニメイト呪文と《グレンモルト》による連続攻撃の妨げとなるメタクリーチャーを破壊できました。

 

「コスト指定除去とは、的確に弱点を突いてくるのよ。でも、負けないのよ! 私のターンなのよ。まずは3マナで《ボント・プラントボ》を唱えるのよ! 効果で山札から一枚目をマナチャージ!」

 

 マナ数では一歩後れを取っていたパンチョウさんが、マナを蓄え始める。

 《ボント・プラントボ》の効果でマナゾーンに落ちたのは、《ジーク・ナハトファルター》。

 パワー12000以上のクリーチャー、です。

 

「やった! マナに落ちたのがパワー12000以上のクリーチャーだから、《ボント・プラントボ》の追加効果! さらにもう1マナチャージ! なのよ!」

「2マナも増えちゃった……」

「そして2マナで《デスマッチ・ビートル》召喚! これでターンエンドなのよ」

 

 

 

ターン4

 

小鈴

場:《ホネンビー》《ジャック・アルカディアス》

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:4

山札:22

 

 

バタつきパンチョウ

場:《デデカブラ》《デスマッチ》

盾:5

マナ:6

手札:3

墓地:3

山札:21

 

 

 

「むぅ、せっかく破壊したのにぃ……」

 

 リアニメイトを邪魔する《デスマッチ・ビートル》の再登場に、膨れる小鈴さん。

 ……ちょっと可愛いです。

 

「なら……こっち。6マナで《龍覇 グレンモルト》を召喚!」

「げ、普通に来たのよ」

「《グレンモルト》に《ガイハート》を装備します!」

 

 《ロマノフ・シーザー》からの連続攻撃プランは諦めたようですけど、代わりに、手札から普通に《グレンモルト》が登場しました。

 小鈴さんの場に攻撃可能なクリーチャーは二体。

 ということは……

 

「攻撃です! シールドブレイク!」

「トリガーは……ないのよ」

「《ジャック・アルカディアス》でも攻撃です! シールドブレイク!」

「《ゼノゼミツ》が欲しいのよー……でもノートリガーなのよー……」

「じゃあ、これで《ガイハート》の龍解条件成立ですね」

 

 小鈴さんの攻撃を止めることもできず、二回の攻撃を受けてしまうパンチョウさん。

 そしてこれで、龍解条件が満たされた。

 

 

 

「龍解です! 《熱血星龍 ガイギンガ》!」

 

 

 

 で、出ちゃいました、小鈴さんの切り札……!

 高いパワーと実質的に選ばれない能力。

 二つの力を盾として、それを剣に変えて、小鈴さんは容赦なく斬り込んでいく。

 

「《ガイギンガ》でWブレイク!」

「うぅ、めっちゃまずいのよ……」

「ターン終了です」

 

 パンチョウさんのシールドは残り一枚。

 かなり追いつめられているように見えますし、パンチョウさん自身も困った顔をしているので実際、苦しいのだと思います。

 

「どうしたものかな……ここまでボコボコにされたら、耐えられる自信がないのよ。決めるにも攻め手がまだ揃ってないし……とりあえず私のターン、ドローなのよ」

 

 いくらパワーが高くても、殴り返しもできないクリーチャーでは、小鈴さんのアタッカーを捌き切ることはできません。見たところ、除去カードが多そうなデッキでもありませんし……

 むしろここでなにを引けば耐えられるのかと考えてしまいましたが、

 

「お? いいドローなのよ! 4マナで《Dの牢閣 メメント守神宮》を展開!」

 

 あ、そういう手がありましたか……

 ほぼ自然単色のデッキですが、恐らくタッチで入っている光のマナを生み出せたために、守りの布陣が出来上がりました。

 

「さらに2マナで《ジャンボ・ラパダイス》! トップ四枚を捲るのよ!」

 

 守りを固めて、さらに手札補充。

 次に捲られたのは《コレンココ・タンク》《Dの牢閣 メメント守神宮》《ボント・プラントボ》《コレンココ・タンク》。

 

「《コレンココ・タンク》二枚を手札に加えるのよ! 残った1マナで《デデカブラ》を召喚! ターンエンド! なのよ!」

 

 

 

ターン5

 

小鈴

場:《ホネンビー》《ジャック・アルカディアス》《グレンモルト》《ガイギンガ》

盾:5

マナ:6

手札:1

墓地:4

山札:21

 

 

バタつきパンチョウ

場:《デデカブラ》×2《デスマッチ》《メメント》

盾:1

マナ:7

手札:6

墓地:4

山札:18

 

 

 

「わたしのターン、ドロー……」

「ドローしたね? ならその瞬間、《メメント守神宮》の能力発動! Dスイッチ・オーンッ!」

 

 《メメント守神宮》が上下逆さまになって、一回限りの特別な力を発揮する。

 

「相手クリーチャーをすべてタップするのよ!」

「あぅ、困りますよぅ……」

「私だってボコボコ殴られて困ったんだから、おあいこなのよ!」

 

 各ターン開始時、いずれかのプレイヤーのドローによって誘発する《メメント守神宮》のDスイッチ。

 これで小鈴さんのクリーチャーはすべてタップ状態。1ターンだけですが、このターンの攻撃はほとんど防いだようなものです。

 

「うーん、じゃあ《ホネンビー》を召喚します。山札から三枚を墓地に置いて……」

 

 手札の少ない小鈴さんは、《ロマノフ・シーザー》を抱えたものの、持て余してしまっている様子。クリーチャーがタップ状態では、進化しても攻撃できませんしね……

 そのため、一旦待って、墓地と手札を増やす選択をしたようです。

 ここで墓地に行ったのは《インフェルノ・サイン》《無双と龍機の伝説》そして――

 

「――《エヴォル・ドギラゴン》を手札に加えますね」

 

 あれは、小鈴さんの切り札のひとつ……!

 手札には《ロマノフ・シーザー》があって、墓地には《無双と竜機の伝説》もあります。

 このままだと、《メメント守神宮》で築いたパンチョウさんのブロッカーも乗り越えてしまいます……

 

「これは、次に必殺のムーブメントで殺しに来るヤツだね」

 

 《ロマノフ・シーザー》から放たれる《無双と竜機の伝説》によるエクストラターン。パワーラインを超える限りブロッカーを寄せ付けない単騎性能を持つ《エヴォル・ドギラゴン》。

 どちらにせよ、次のターンは持ちこたえられそうにはない布陣です。

 です……が、

 

「でも残念! 1ターン稼げれば十分なのよ!」

 

 そもそも、次の小鈴さんのターン自体が、とても遠いものとなっていました。

 

「私のターン! まずターンの初めに、マナゾーンの《ジーク・ナハトファルター》の能力起動! この《ナハトファルター》を手札に戻すのよ!」

「手札に戻った……でも、11マナのクリーチャーを、ここで戻すの……?」

「そうなのよそうなのよ! さぁ見るのよ! あまーい蜜で育った虫けらは大きく、そして数多の群となって集う! 姉弟で最も巨大で大群な、私の蟲たちの舞踏(ダンス)をご覧あれ!」

 

 マナの《ナハトファルター》と入れ替えるようにマナチャージして、パンチョウさんはさらに手札を切る。

 あらゆる虫が集う源――蜜。

 樹から、花から、それは生産され、虫けらを巨虫へと、孤独を大群へと変えてしまう。

 では、その蜜を運ぶのは誰でしょう?

 ある時は蜜を作り、ある時は運び、あらゆる虫へと供給する存在とは。

 

「私の場にパワー12000以上のクリーチャーは三体! よって、W・シンパシー発動で6コスト軽減! 4マナで、この子を召喚なのよ!」

 

 木々が、花々が、虫たちが、彼を求めている。

 救世主のように、ヒーローのように、その存在と役割を望まれた者。

 そんな願いが天を舞う風となり、虫けらたちのささやかな望みを叶えてくれる。

 甘くて優しい、創造主にして運び屋。

 雲を裂き、空を貫く、その姿は――

 

 

 

「あまーい蜜をご所望なのよ――《天風のゲイル・ヴェスパー》!」

 

 

 

 ――蜂だ。

 甘い蜜の香りを漂わせながらも、刺激的な力強さのある、狩人の蜜蜂。

 あまりに巨大で清々しいその姿に、思わず圧倒れてしまいそうです。

 

「コスト10のクリーチャー……!」

「おっきいでしょ? でも、ただおっきいだけじゃないのよ? 甘くて美味しい蜜には、たくさんの虫が集まるの。おっきいのも、ちっちゃいのも、カッコいいのも、可愛いのもね!」

 

 虫たちの求める蜜が、そこにはある。

 たくさん、たくさん。おぞましいほどの虫たちが、甘い蜜を求めて集まってくる。

 己の重さも忘れるほどに。

 

「《ゲイル・ヴェスパー》の能力発動! 私の手札にあるクリーチャーすべてに「W・シンパシー:パワー12000以上のクリーチャー」を付与する!」

「え、それって、そのクリーチャーと同じ……」

「そうなのよ! 美味しいものは皆で分け合う! 独り占めなんて許さないのよ! 皆みーんな、軽くなっちゃえ!」

 

 蜜蜂の恩恵は、すべての虫にも、樹木にも、花にも、平等に与えられる。

 すべてのクリーチャーが、《ゲイル・ヴェスパー》の甘い蜜に惹かれて集る。

 蟲の大群が形成されるまで、あと少し。

 

「《ゲイル・ヴェスパー》によって得たW・シンパシー発動! 私の場にパワー12000以上のクリーチャーは四体だから、8コスト軽減! 3マナタップするのよ!」

「8マナ軽くなって、使うのは3マナだから、合計11マナ……ってことは、もしかして……」

「そう、その通りなのよ! お次に出るのはこの子! 真っ白で細いたくさんの糸を紡いで、束ねて、綺麗なドレスを作りましょう! さぁ、甘い蜜のお茶会の後は、素敵な舞踏会の始まりなのよ!」

 

 初めは、細くて弱い、頼りない糸。

 それを何本も何本も紡いで、束ねて、重ね合わせることで、大きな繊維になり、布になり、服になる。

 綺麗に煌びやかに着飾って、たくさんの人々(虫たち)が集まって、為すことはただ一つ。

 そう――

 

 

 

「綺麗なお召物を着けて、皆一緒に踊りましょう――《ジーク・ナハトファルター》!」

 

 

 

 ――踊るのだ。

 

「……決まったな」

 

 後ろで、木馬バエさんがどこか満足そうに呟きました。

 大型クリーチャーが一挙に二体も現れましたが、一体ここからなにが……?

 

「蜂のように甘く、蝶のように可憐に! 踊って舞って楽しみましょう! 《ジーク・ナハトファルター》の能力発動!」

「!」

「《ナハトファルター》は、自分のパワー12000以上のクリーチャーが場に出た時、山札の上から二枚をマナチャージして、その後マナのクリーチャーを一体回収するのよ! その能力は勿論、《ナハトファルター》の登場時にも発動する!」

 

 要するに、クリーチャーを出す行為が、そのままマナと手札の増強に繋がる能力ですね。

 マナを使い、大量展開にも長ける、自然文明らしい能力です、が。

 この後に待ち受けているのは、そんな生易しいことではありませんでした。

 

「行くのよ! 2マナチャージして、マナの《ゲイル・ヴェスパー》を回収! そして、これで私の場にパワー12000以上のクリーチャーが五体! W・シンパシーでマナコストはマイナス10!」

「じ、10マナも軽く……!?」

「ここまで来れば、もうなんでも1マナで出せちゃうのよ。とゆーわけで、《ゲイル・ヴェスパー》を1マナで召喚! 《ナハトファルター》の能力で2マナ追加してマナ回収なのよ!」

 

 《ゲイル・ヴェスパー》によって手札のカードは軒並み1コストに化け、《ナハトファルター》によってマナも手札も増え続ける。

 決して枯渇することのない資源、甘い蜜に集う巨虫たち。

 終わることのない生命の循環。永久なる大自然の力が、場を震撼させる。

 

「1マナで三体目の《ゲイル・ヴェスパー》を召喚! これでW・シンパシーが三つ! ガンガン召喚コストを下げちゃうのよ! さらにマナを追加してマナ回収! 《ゼノゼミツ》を召喚して、《グレンモルト》と強制バトル! 破壊するのよ!」

「あわわ……!」

「さらにマナを追加、回収! 《ゼノゼミツ》召喚! 《ホネンビー》を破壊! 追加、回収、《ゼノゼミツ》でもう一体も破壊! さらにマナを追加、回収するのよ!」

「く、クリーチャーの展開が、と、止まらない……!」

 

 《ガイギンガ》や《ジャック・アルカディアス》こそ残っているけれど、にバトルゾーンを支配されつつある小鈴さん。それとは対照的に、クリーチャーが増殖し続けるパンチョウさん。

 場のクリーチャーは増えているけれど、手札は減らず、マナはむしろ増える一方。しかも、クリーチャー自体はどれもこれもがパワー12000以上の超大型クリーチャー。

 な、なんて場なのでしょう……これだけの大群が絶え間なく、延々と湧き続けるなんて……

 《ゲイル・ヴェスパー》の甘い蜜、《ナハトファルター》の温かな繭。

 虫たちにとって居心地の良い楽園が形成され、そこに数多の虫が集う。

 

「ひーふーみー……うんっ! 数は揃ったのよ! じゃあ、《ゲイル・ヴェスパー》を召喚して2マナ追加、マナからクリーチャーを回収するのよ!」

 

 クリーチャーは増えるけど、そのどれもが攻撃できない。

 では、パンチョウさんはどうやって勝つつもりなのか。

 その理由は、すぐに明らかになる。

 

「5マナをタップ!」

 

 数多の虫たちが集う。この有象無象の虫たちは、ただ無意味に集まったのではない。

 彼らは光の下に集ったのだ。

 過酷な世界にぬくもりをもたらす、甘美にして偉大なる光に。

 

「《デデカブラ》三体、《デスマッチ・ビートル》二体、《ゼノゼミツ》三体、《ゲイル・ヴェスパー》二体――合計十体のクリーチャーを進化元にして、超無限進化!」

 

 虫たちは一点に集う。一体一体は惰弱かもしれないけれど、それらが寄り集まることで、それは強大な力の力場を生み出す。

 有象無象は森羅万象に。それは即ち宇宙。

 そして――

 

 

 

「あまーいお茶会はこれでお開きなのよ――《無限銀河ジ・エンド・オブ・ユニバース》!」

 

 

 

 ――銀河となる。

 

「これでフィニッシュなのよ! 《ジ・エンド・オブ・ユニバース》で攻撃! その時、メガメテオバーン10、発動!」

「メガ……メテオバーン……?」

 

 それは《ロマノフ・シーザー》のような、ただのメテオバーンではない。

 流星の如く儚くも強烈な一撃を遥かに超えたそれは、いわば流星群。

 華々しく美しい、天上に咲き乱れる百花繚乱の(ソラ)の花。

 そのすべてが一斉に咲き誇り、そして散る。

 

「メガメテオバーン10の効果で、《ジ・エンド・オブ・ユニバース》の進化元をすべて墓地に送るのよ。そうして、こうした時、ゲームに勝つ!」

「……え?」

 

 端的で、強烈な、ただひとつの現象。

 それが宇宙の理であり、理不尽とも思える銀河の力。

 神のみぞ知る最果ての秩序が、小鈴さんを飲み込む。

 

 

 

私の勝ち(エクストラウィン)! なのよ!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ん……」

 

 覚醒。

 目覚めの感触というのは、とても不思議だ。なにもなかった、なにも感じなかった“無”という知覚不能な状態から、急にスッとなにかが湧き上がるのだから。

 無を有にする感覚、とでも言えばいいのか。なんにせよ、無意識から目覚める意識、自分の大切なものが戻って来るような感覚は、とても奇妙だと思う。

 

「ここは……?」

 

 ぼんやりとそんなことを考えながら、ちょっとずつ頭が平時のそれに変わる感覚も取り戻していく。

 消毒液の匂い。柔らかくて温かい。白い壁。布。

 これはベッド……そして、ここは、保健室……?

 

「わたしは、一体……」

 

 なにを、していたんだっけ。

 どうして、こんなところにいるんだっけ。

 一つずつ、思い出していこう――

 

 

 

 

――いつもありがとぉ。大好きだよ、みのりちゃん

 

 

 

――可愛いなぁ……わたしのこと、お姉ちゃんって、呼んでもいいんだよ?

 

 

 

――わたしにだって、子供っぽくないところも……大人っぽいところも、あるんだから

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 なに!? なにこれ!? なんなのこの記憶は!?

 い、いや、わかるけど! 鮮明に……とは言えないけど、脳裏に刻まれたこの記憶は、確かなものとして理解できるけども!

 全部覚えてる。思い出せる。

 みのりちゃんに抱き着いたことも。ユーちゃんをなでなでしたことも。霜ちゃんに迫ったことも、全部、全部!

 ちょっと曖昧だけど、多少はおぼろげだけど、嘘でも偽りでも記憶違いでもない。

 これは、真実だ。

 

「……きゃうぅ」

 

 思わず枕に顔を埋める。

 死にたい。死んでしまいそうだ。恥ずかしくて、恥ずかしすぎて。

 ワンダーランドの大会で、魔法少女のコスプレ(マジカル・ベル)になった時よりも恥ずかしい。

 あの時は、誤魔化しが利いた。クリーチャーが出たから仕方なく。鳥さんが矯正したからやむを得ず。相手もコスプレしてたから違和感なく。

 でも、これは、これは違う!

 だって、だって、これは、全部――

 

(わたしの本心だよぅ……!)

 

 みのりちゃんが素敵で大好きだということも。

 ユーちゃんが可愛くて妹にしたいということも。

 霜ちゃんに言ったこと、やったこと、わたしのすべて、なにもかもが。

 まごうことなき真実で、わたしの本音そのもの。

 それを、全部、出しちゃった……!

 それもみんなにだけじゃない。購買のお姉さんにも、そして――

 

 

 

――せんぱい……

 

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 あろうことか、剣埼先輩にまで。

 抱き着いて、押し倒して、それで……

 

「違う! 違う! 違うよ! 違うんだもん! あ、あれは、その、本心だけど、そうじゃなくって……だから違うんだってばぁ!」

 

 もう誰に対する弁解なのかもわからない。ただひたすら、この羞恥心をどうにかしたいと手足をばたつかせることしかできない。

 でも、そんなことでこの恥ずかしさが消えるわけもない。

 

「う、うぅ、人生最大の恥辱だよぉ……もう三回くらい言ってる気がするけど……」

 

 でも、その中でも最大級の恥ずかしさだとは思う。

 

「もうどうしようー! 明日からどんな顔してみんなに会えばいいのよー!」

 

 そして、先輩にどんな顔を合わせればいいのか。

 なんであんなことしちゃったのわたし! わたしのバカバカバカ!

 こんな後戻りできないようなことをしちゃうなんて!

 

「……でも、一応……言えたよね……」

 

 不本意ではあるけども。

 理性が飛んでいたような気がするけど、それでも、あれは確かにわたしの意志で、本心なんだ。

 わたしがそうしたいという願いなんだ。

 先輩に伝えたかった、あの言葉……

 

「はぁ……でも、ちゃんと伝えたかったなぁ……」

 

 記憶が曖昧だけど、なんだかその後、思い切り引っ張られて担ぎ上げられたような気がするし。

 全部言い切ったとは、とても言えない。

 でも、ずっと胸の内に秘めたままだと、一生言えないような気がして。

 そう思うと、悪いことばかりでも、なかったのかなって……

 

「って、そんなことあるわけないでしょー!」

 

 悪いよ! 言葉を伝えるだけならともかく、抱き着くのと押し倒す工程は必要ないでしょ!? なにをやってるの!?

 なんて、滑稽にも自分に叱責するわたしがいました。

 男の人に――先輩にあんなことをするなんて……!

 もうわたし、どうしたらいいのかわかりません……

 と、わたしが絶望の淵でしょげている、その時だ。

 ガラガラ、と控えめに扉が開いた。

 

 

 

「……小鈴さん?」

 

 

 

 そこに立っていたのは、小柄な矮躯の生徒。制服の下に着込んだパーカーを、フードまで目深にかぶった女の子。

 

「代海ちゃん……」

「小鈴さん……っ! よかった、目が、覚めたんですね……!」

 

 パタパタとわたしのところまでやって来る代海ちゃん。

 そして、わたしは思わず目を剥いた。

 

「代海ちゃん……っ!? ど、どうしたのその顔!?」

 

 代海ちゃんの顔は、包帯やガーゼで覆われていた。隠されてはいるけども、その下の凄惨さは想像できる。いや、ひょっとすると、わたしなんかの想像を超えたほどに、見るに堪えないほど、惨い有様かもしれない。

 ケガをしている、なんてことは見ればわかるけど、その程度が尋常じゃない。

 女の子の顔に、こんな大きなケガをすることなんて、そうあるはずもない。

 

「あ……っ、いえ、その、これは……ちょっと、仲間割れというか……」

「仲間割れ……も、もしかして、あのウサギのお姉さんが……?」

「…………」

 

 代海ちゃんは、答えなかった。

 でも、その沈黙だけで、わかってしまう。

 

「ごめん……わたしのせいで……」

「小鈴さんは、悪くありませんっ! これは、アタシが勝手に、やったことですから……アタシこそ、ごめんなさい……守れなくて、救えなくて……本当に、ごめんなさい……!」

「し、代海ちゃんこそ悪くないよ! だってこれも、わたしが勝手にやったことと言えばそうだし、わたしの本心であることに違いはないっていうか……」

 

 お互いに悪くないと言い合って、主張も否定もできなくて、それ以上なにも言えなくて。

 そのまましばらくの間、静寂が訪れる。

 いたたまれない、というか。なんと言えばいいのか、わからない。

 三月ウサギさんのこととか、みんなはどうなったとか、聞きたいことはあるんだけど、上手くまとまらない。

 わたしが頭の中でごちゃごちゃとまごまごしていると、代海ちゃんの方から、先に切りだした。

 

「……小鈴さんには、お話ししようと……お、思います」

「え、なにを?」

「その、えっと……あ、アタシの“出生について”です……」

「出生……?」

 

 いきなり改まって、どうしたんだろう?

 出生についての話……?

 

「……話す、決心が、ついたんです……あ、アタシは、小鈴さんを、信じたくて……なにかの代わりでも、偽善でもないって、思いたくて……そう、思うように、なって……だから、ちゃんと、言います……アタシが、今まで……言わなかった、ことを」

 

 正直、なにを言っているのかはよくわからなかったけど、代海ちゃんはまっすぐにわたしを見つめていて。

 その眼は、とても真剣で、真摯で。

 わたしも、気を引き締めなくてはいけないと思って、姿勢を正した。

 

「その……い、いきなりですけど……アタシには、あ、ある一定の時期から……“記憶がないんです”」

「っ!? そ、それって、記憶喪失……?」

「ある意味では……でも、ある意味では、違い、ます」

 

 意味深なことを言って、代海ちゃんは、フードを取って、パーカーを脱ぐ。そしてその細くて小さな手を襟元に持っていった。

 夏なのに暑そうなセーラーカラー。スカーフを解いて、その下のファスナーも下ろして――って。

 

「し、代海ちゃんっ!? なに、どうしたの急に!?」

「その、し、証明、しようと、思いまして……」

「証明ってなに!?」

 

 なんのことかわかんないけど、なんで脱ぐ必要が!? 霜ちゃんの前で脱いだわたしへの対抗心!?

 本当に制服を脱いで、キャミソールも脱いで、完全に上半身裸になる代海ちゃん。

 細くて白い、きれいな身体だ。でも、なんだかお腹の辺りに、痣みたいなものがある。

 それに、恋ちゃんほど病的な細さではないけど、ユーちゃんよりも儚げで、抱きしめたら折れてしまいそうだった。

 代海ちゃんは顔を赤らめながら、ギュッと身体を押し付けるように、わたしを抱きすくめる。

 

「今度はなに!?」

「あ、あの……前は、恥ずかしいので、あんまり、見ないでください……アタシ、小鈴さんみたいに、おっきくないし……」

「別に見ないけど……」

「それに……こっちの方が、見やすい、ですので……」

 

 見やすい? なにが?

 と、何気なく視線を落とす。

 すると、

 

「! ……代海ちゃん、これ」

「……はい。カメの甲羅は固いですけど……傷つかないわけじゃ、ないんです……」

「酷い……」

 

 代海ちゃんの、真っ白な背中。

 本来ならそこにもきれいな肌が広がっているはず、だけど。

 そこにあったのは――傷。

 打撲なのか、切傷なのか、裂傷なのか、刺傷なのか、火傷なのか、擦過傷なのか、どんな傷なのかはわからないし、どんな傷でもあるような、生々しい暴威の痕。

 真新しい打撲みたいな傷もあるけど、ほとんどは古傷のようだった。皮はめくれ、肉は裂け、ズタズタに、ボロボロに、暴力の限りを尽くしたような、見るも無残な爪痕が広がっている。

 なんで、こんなものが、代海ちゃんの背中に……

 わたしが代海ちゃんを見遣ると、代海ちゃんは少し躊躇いながら、けれども踏み切ったように、口を開いた。

 

「小鈴さんに、こんなこと、言うの……嫌、ですし、傷つけてしまう、かもしれない、です、けど……で、でも、言います。言わせて、ください……アタシは、あなたの前では……正直で、ありたいから……お願い、します。小鈴さん……」

「……うん、いいよ。言って」

 

 正直、怖かった。

 代海ちゃんが抱えているものがなんなのか。

 目の前には、見えない線が引いてある。その線を踏み越えてしまったら、わたしは、今までのわたしではいられなくなってしまう。代海ちゃんを、今までの代海ちゃんのように見れなくなってしまう。

 そんな、変化が怖かった。

 ……だけど。

 代海ちゃんが、勇気を振り絞ってわたしに伝えようとしている。

 その思いに応えられないのだけは、嫌だった。

 残酷な真実が待っているのだとしても、代海ちゃんの思いは受け止めたい。

 そして、代海ちゃんは告げた。

 

 

 

「これは……人間によって、ついた傷、です」

 

 

 

 人間によって。

 代海ちゃんに、こんな痛々しく、惨いことをしたのは――人間(わたしたち)

 

「……人づきあいが、下手で……人間社会に、馴染めなくて……ダメダメ、で……だから、こんな、ヘマを……要領悪くて、嫌われて……迫害、されて……」

「代海ちゃん……」

「この傷が、雄弁に物語っています……“昔のアタシ”は、今と変わらず、愚鈍であったと」

「え……? 昔の、代海ちゃん……? どういうこと?」

「髪の毛……後ろ髪を、捲ってください」

 

 代海ちゃんに言われるがままに、わたしは代海ちゃんの後ろ髪をかき上げる。

 最初はなんなのかよくわからなかった。けど、よく見てみると、明らかな異変が見て取れる。

 彼女の、首の、裏側に――

 

「これ……!」

「ハンプティ・ダンプティさんが、頑張ってくれたので……前の方は、誤魔化せるんです、けど……後ろの方は、まだちゃんと、消せなくて……」

「ど、どういうことなの、これって……だって、首が……」

 

 ――不自然な、継ぎ目がある。

 肌の色が違うとか、縫い目が目立つとか、ましてや傷でもない。そういうことじゃない。

 それはまるで、出来の悪い模型のような不自然さだ。

 色は同じでも、別々の部品を繋いだことがアリアリと見て取れてしまう、奇妙な継ぎ目。

 綺麗ではなく、不整合な接続。

 まるで、頭と体が、元は一つのものではなかったかのような、そんな異常。

 その異変に驚愕していると、代海ちゃんは囁くように言った。

 

「……『代用ウミガメ』は、あるいは、アタシではない、この身体の持ち主は、もう――死んだんです」

「し、死んだって……」

「首を切られて……死にました」

 

 斬首。

 それは古代の処刑であって、現代を生きるわたしたちからは、とても遠い概念。

 それに、代海ちゃんが首を切られて死んだって……じゃあ、ここにいる代海ちゃんは、何者なの……?

 

「アタシは、確かに死んだ。でもアタシは生き苦しかった……死にたくないと、生きたいと、強く願った。無様に、醜悪に、意地汚く……お願いして、しまったんです。そこだけは覚えてます。死の激痛と、生を手放す絶望と共に、記憶しています。首を断ち切られるその瞬間、アタシの浅はかな生への執着が、願ってしまったんです。生きたい、って。そうしたら」

 

 代海ちゃんは自分の頭を指さして、どこか自虐っぽく、渇いた笑みを浮かべた。

 

 

 

「この頭が――“代わりの頭として生えました”」

 

 

 

「……!」

 

 絶句する。

 言葉が出ない。なんて言ったらいいのか、わからない。

 頭が、生えた?

 そんな非常識なことが……いや、そうじゃない。

 なにが問題なの? なにが異常なの? わからないけど、全部がおかしい。

 なんで、なぜ、という疑問がぐるぐる頭の中を回るけど、解決策はなにもない。

 混乱するわたしを宥めるように、代海ちゃんはゆっくりと、優しく、柔らかに、言葉を紡いでいく。

 

「それがアタシの、はじめての個性()の発露、でした……で、でも、アタシの「代わりを用意する」個性()は、不完全……あくまで代わりであって、それは、真のものではない……本当に、満足できる、充足した、完全な代用品では、ありません……この頭も、不完全、なんです。この継ぎ目が、その一つ」

 

 本来なかった頭。その身体のものではない別の頭が生えた。だから、別々のパーツをくっつけたみたいな、歪な継ぎ目がある。

 けれど、それだけじゃなかった。

 代海ちゃんは、さらに髪をかき上げたり、口を開いて、自身の異常さを曝け出す。

 

「耳が片方、欠けているでしょう……もう片方も、少し黒ずんでて……それに実は、歯が数本、足りてないんです……それと、舌が短くて……髪も、実際は、黒く染めてて……本当は真っ白、なんですよね……」

 

 あはは、と代海ちゃんは笑うが、どう見ても空元気。その微笑は、渇きに満ちすぎている。

 体育の授業を休んでいると聞いたことはある。林間学校でも、頑なに着替えるところを見せなかったし、お風呂も一緒に入ろうとはしなかった。それに、いつもパーカーのフードをかぶっているのも……

 全部、その頭の異常さを、隠すためのものだったの……?

 

「ま、まあ……頭の方は、いいん、ですけどね……見かけは、普通の人間、なので……か、隠さないと、怪しまれちゃいますけど……ただ問題は……見かけ、じゃなくて」

 

 コツコツ、と頭を軽く小突く代海ちゃん。

 そして、また口を開く。

 

「アタシの代用は、本当に、不完全で、欠陥だらけで……完全な頭、じゃない、どころか……昔の記憶さえも、引き継げません、でした……」

「記憶……それって、く、首を、その……前の、代海ちゃんの……?」

「はい。昔のアタシが、どんな生活を送って、どんな気持ちでいたのか、今のアタシには、わかりません……で、でも」

 

 代海ちゃんの細い身体が、震える。

 カタカタと、小刻みに、震えていた。

 

「思い、出すん、です……こ、この身体に、刻まれた、痛苦の記憶が……頭が、記憶が、なくても……この身体は、覚えてる……ズキズキと、じんじんと、痛むんです……知らないのに、けれど身体は知ってて……アタシは知らないのに、アタシじゃないアタシが知ってて、それが、怖くて……」

 

 人の記憶がどこにあるかなんて、わたしにもわからない。

 臓器移植した患者は、その臓器の元の持ち主の記憶を幻視するという説があるけど。

 脳を完全に切り離されて、きっと思い出もすべてを失って、だけどその身体はしっかりと残っている。

 歪で歪んだあり得ない蘇生。生きたいという切なる願いのその代償は、あまりにも大きい。大きすぎる。

 凄惨な記憶が感覚としてだけ残った恐怖。それは、わたしの想像の及ばないほど、惨いものなんだと思う。

 

「それ、でも……い、今のアタシは、帽子屋さんに『代用ウミガメ』の名前を与えられた、【不思議の国の住人】です。それより昔のことは、さっぱりで……だから、どうにもならなくて、どうしたいいのか、わかんなくて……それまでの積み重ねが、全部崩れちゃって……だから、今を、帽子屋さんの言う通り、生きるしか、なくって……」

「…………」

「でも……今は、それだけじゃない、かもしれません」

「え?」

「亀船代海……人間社会に紛れるための、本当の名前の、代わりに使う、名前でした、けど……」

 

 ギュッ、と。

 代海ちゃんの抱きしめる力が、ほんのちょっと、強まった。

 

「小鈴さんが、アタシの名前を、呼んでくれる……人でなしのアタシを、歪で、不完全で、異常なアタシも、受け入れて、認めて、笑ってくれて……アタシを、人として、扱ってくれる、から……アタシは、ここにいても、いいのかなって……ちょっとだけ、思ってます……」

「代海ちゃん……」

「……ごめんなさい。こんな話をして……困ります、よね……でも、小鈴さんには、知っておいてもらいたくて……だから……」

 

 代海ちゃんのすすり泣く声が聞こえる。

 ……全然、知らなかった。

 代海ちゃんが、ずっとこんなものを抱えていただなんて。

 こんなに酷い目に遭っていただなんて。

 こんなにも、苦しんでいただなんて。

 あまりに異常な経歴は、わたしにはまるで実感がわかない。首が生えるなんて、どういうことなのかわからない。想像もできない。

 だけど、わたしのものさしで測ることができなくても、代海ちゃんの苦しみは、悲しみは、痛みは、ズキズキと伝わってくる。

 だって、代海ちゃん。こんなにも苦しそうなんだもん。悲しそうなんだもん。痛そうなんだもん。

 その声が、その涙が、すべてを物語っている。

 ……でも、それを知ったのは、ついさっき。

 なんとなくだけど、代海ちゃんがわたしたちになにかを隠していることは、なにかを黙っていることは、知っていた。

 わたしも先輩のこととか、言ってないことはあるし、そういうこともあると思って気に留めていなかったけれど……自分の浅はかさに、能天気ぶりに、嫌気が差す。

 わたしはまごうことなく人で、人間で、なに不自由なく幸せに社会で生きていられる。

 だけど、代海ちゃんたちは、そうではなかった。

 あまりに想像力が欠けていた。たくさんの本を読んでも、色んな物語を知っても。

 友達一人理解できないんじゃ、なんの役にも立たない。

 みんなのことは大切だと思っていた。それは変わらない。けれど。

 ――なにもかもが、甘かった。

 彼女らが人間じゃないことは知ってた。でも、そこで止まっていた。

 人の社会で人でないものが生きる苦しみも想像せず、彼らの生きた歴史も考えず、浅慮で、ただ甘えていた。

 わたしは目を逸らしていたんだ。代海ちゃんたちが抱える、本当の闇を。

 そして、実際に目の当たりにすると、彼女の背負ったものは、あまりも大きくて、わたしには、大きすぎて。

 どうしたらいいのか、わからない。

 そんな自分が、どうしようもないほど、情けない。

 ……堪えようと思ったけど、ダメだった。

 自分の愚かさも、鈍さも、浅はかさも、甘さも、なにもかもが疎ましい。

 自分の無力さが、想像力の欠如が、臆病さが、嫌になる。

 目頭が熱くなって、身体の奥から、熱いものが、込み上げて来て。

 溢れて、出て来ちゃう……!

 

「ご……めん、ね……」

「小鈴さん……?」

 

 あぁ、もうダメだ。

 自分の罪悪感に――耐えられない。

 

「ごめんね……代海ちゃん……!」

 

 涙が、溢れてしまう。

 わたしが泣いちゃいけないのに。

 本当に泣きたいのは代海ちゃんのはずなのに。

 苦しさも、悲しさも、痛みも、背負っているのは代海ちゃんなのに。

 わたしが、弱みを見せるわけには、いかないのに……なのに……

 なんで、泣いちゃうの……!

 

「わたし、あなたのこと、全然知らなくて……! 知ろうとも、しないで……そのくせ、友達面して、それに甘えて……うつ、えぐっ……!」

「な、泣かないでください……アタシこそ、黙っててごめんなさい……でも、アタシは確かに、小鈴さんの“優しさ”に、救われたんです……」

「でも、でも! わ、わたし、わたしこそ、代海ちゃんの“強さ”に甘えて……情けなさすぎるよ……!」

 

 鳥さんに力を貰って。デュエマを覚えて。何度も対戦して。クリーチャーとも戦って。たくさんの友達ができて……少しでも、強くなったつもりでいた。

 でも、今、思い知らされた。わたしは弱いままだ。

 どれだけデュエマが強くなろうとも、カードのことを知って、カードの使い方を知って、相手を倒せても。

 “人間としては”全然成長してない。

 魔法少女(マジカル・ベル)だなんて、笑ってしまう。

 友達の苦しみも知らないで、よくも浮かれていたものだと、自分を嘲る。

 こんなことでは、魔法少女なんて――いや、それ以前に。

 

「こんなんじゃ、わたし、友達として――失格だよぅ……!」

 

 友達の苦しみも理解できないで。それを知ろうとしないで、目を逸らして、楽しいところだけ見て。

 滑稽だ。あまりにも滑稽だ。

 そして、最悪だ。

 自分は、最低最悪の――醜悪な“人間”だ。

 

「……そんなこと……ありません、よ」

「代海ちゃん……」

「いいえ、そうだったら、あ、アタシも、困り、ます……だって、アタシには、小鈴さんが……必要、なんですから……」

「ひ、必要……? わたしが?」

「はい。アタシは、小鈴さんと、お友達でいたいって、思います……それが、今のアタシの、拠所で……光で……太陽、なんですから……」

 

 ……あたたかい。

 代海ちゃんの身体も、声も、ポカポカしてる。

 こんなダメで、卑劣なわたしを、認めてくれるの……?

 

小鈴さん(マジカル☆ベル)……あなたの魔法は、確かに、届いてます……キラキラしてて、あたたかくて……とっても、優しい魔法……アタシの太陽。かけがえのない、おひさまです」

 

 穏やかな眼でわたしを見つめる代海ちゃん。

 魔法なんて、かけた覚えはないけれど。

 けれど、目に見えないなにかは、確かに繋がっている。

 代海ちゃんは笑う。渇いた力ないものではなく、にこやかで、たおやかで、あたたかな微笑み。

 キラキラと光り輝く、水面のような柔らかさで。

 変わりなく、代わりもない。ただ一つの真の言葉を、紡いでくれる。

 ――わたしの、ために。

 

 

 

「だから、これからもずっと……お友達でいて、くださいね。小鈴さん」

 

 

 

 代海ちゃんは、こんなわたしでも、受け入れてくれた。

 たくさんの苦しみを耐え抜いた代海ちゃんほど、わたしは強くないけれど。

 でも、友達がこうして言ってくれているんだ。それなら、その言葉に応えないといけない。

 今度こそ、間違えないように。

 

 

 

「……うんっ! もちろんだよ! 代海ちゃん!」

 

 

 

 ――この日。

 わたしと代海ちゃんは、またちょっとだけ、お互いのことを知って。

 前よりも、ほんのちょっとだけ――仲良くなれました。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――何度考えても変よねぇ。僕の狂気を喰らってあんなもんとか。まったく性を知らないお子様ならともかく、あの身体で、なにも知らないとかあり得ないわよ。どうなってんのかしらねぇ、マジカル・ベルとやらは――」

「おい、三月ウサギ」

「っ!? ぼ、帽子屋さん!? まだ日は沈み切ってないけど……で、出直す?」

「なぜだ」

「今朝、日が沈むまで戻って来るなって言ったじゃない」

「忘れたな。それより、妙案が思いついたぞ。かなり久方ぶりに、この狂った脳みそがいい働きをした。その功績に免じて、しばらく休暇をやろうと思うのだが、どうだ?」

「どうだって……それって寝るってことじゃないの? 別に好きにすればいいんじゃない?」

「つれないな。オレ様はハイだぞ」

「見ればわかるわよ。今日はちょっと散々な一日でね……まあでも、帽子屋さんが楽しそうで、僕も嬉しいわ。その妙案とやら、聞かせてちょうだい」

「いいだろう。貴様は要だぞ。それに、今日の働きも良かった」

「え? 今日? なにかしたかしら……」

「アリスの下へと馳せ参じたのだろう? 随分と派手に掻き回したそうだな」

「なんでそういうとこは知ってるのかしらねぇ。ヤングオイスターズの誰かがチクった? まあ、どうでもいいけど。そうね。それが?」

「貴様に与える配役は悪役(ヒール)だからな。悪徳な行いは身になる」

「ふーん? よくわかんないけど、なんだか楽しそうね?」

「我ながら冴え渡っていると自負している。まあ、オレ様の記憶力では、あと数日で綻び始めるのだろうがな……それに、準備もかかる」

「準備?」

「あぁ。入念に、念入りに、じっくり、ゆっくり、茶葉を蒸らすように、整えていく」

「あんまり僕好みじゃないわね」

「準備には時間がかかる。貴様は出番まで引っ込んでいればいい。邪魔はするなよ」

「また帽子屋さんを怒らせたくないし、そうさせてもらうわ。代わりに全部が終わったら、祝勝会でも上げましょう?」

「いいだろう。盛大なパーティーと行こうではないか」

「帽子屋さんがノリノリなんて、本当に機嫌がいいのね……わかったわ。じゃあ、またね。帽子屋さん」

「あぁ」

 

 

 

 

 

「――待っていろ、マジカル・ベル。貴様を、我らが不思議の国へ招待してやろう――」




 半ば無理やり対戦パートぶち込んだ感じありますけど、まあ架空デュエマってそういうものでしょう。
 今回はこの作品では珍しく、環境でも活躍しているデッキを使用、ゲイル・ヴェスパーです。ピクシブ版では、フィニッシャーは《ワルド・ブラッキオ》と《モアイランド》を並べて《鬼羅丸》でフィニッシュでしたが、こちらでは《ジ・エンド・オブ・ユニバース》で簡略化されています。変えた理由? チョウ姉さんには白いカード使って欲しかったからです。
 今回はこれにて。次回は……今回と、ちょっと似た構図の展開かも。今回よりもずっと短いですけどね。
 誤字脱字、感想、その他諸々、なにかありましたら、遠慮なくどうぞ。
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