デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 ドイツ語は基本的にローマ字読み。4話です。
 一見するとルビの振り方が乱雑に見えるかもしれませんが、考えるのではなく感じてください。


4話「お悩み解決だよ」

 はじめまして。

 わたしは伊勢小鈴。私立烏ヶ森学園中等部に通う中学一年生です。

 先日、変な鳥さんに協力してほしいと言われて、デュエマを覚えたり、恥ずかしいカッコさせられたり、クリーチャーと戦ったり、平穏とか日常とか、そんな普通な生活からかけ離れた現実に引きずり込まれてしまった。

 デュエマはおもしろかったし、憧れの先輩ともお近づきになれたけど、正直なところ、わたしはかなり混乱してる。

 鳥さんの力を取り戻すために、わたしはこれからクリーチャーと戦うことになるみたいだけど、なにをするのかぜんぜん分からない。鳥さんは全部ちゃんと説明してくれてないっぽいから、分からないことが多い。

 そんなもやもやを抱えた状態で、わたしの日常は進んでいくのでした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 それは、わたしがはじめてクリーチャーと戦った、数日後のことだった。

 わたしはクラスメイトでわたしの親友でもある、香取実子ちゃんとお昼ご飯をたべながら、先日起こった事件について話していた。

 あの時の出来事は、バイク暴走事件として、地域ではちょっとした話題になったのだ。過激なスピード違反者として、新聞やテレビなどのメディアでも取り上げられていたけれど、バイクに乗ってた男の人がどうなったのかは分からない。

 幸いにもケガ人は、男の人がすりむいたくらいのものしかなかったようで、大事にはならなかったから、たぶん逮捕されたわけじゃないと思うけど。

 でも、ニュースによると、男の人は自分がスピード違反をしていたという自覚はなかった。それどころか、当時のことは覚えていないという。

 ……たぶん、それってクリーチャーに乗っ取られてたから、なんだろうなぁ。鳥さんがそんなこと言ってた気がする。あの時は自分の服装が恥ずかしくて逃げたから、あんまり覚えてないけど。

 なにはともあれ、事件が起こった近所に住んでいる者として、わたしもみのりちゃんも――主にみのりちゃんが――その話題には敏感だった。

 

「それにしても、狭い住宅街でスピード違反なんて、逆にすごいよね」

「うん……そうだね」

 

 わたしはお弁当を食べ終えて、購買で買ってきたクリームパンを頬張りながら答える。

 みのりちゃんはこの話題に興味があるみたいだけど、その事件の当事者というか、立会人というか、真相を知る者としては、どうしても答えづらい。

 そもそも、実は暴走の原因はクリーチャーでした、なんて言っても信じてもらえないし。言えるはずもない。

 だからわたしは返事に困って、視線を逸らす。その先には、黙々と一人でお弁当を口に運んでいる、日向さんがいた。

 日向恋さん。お人形みたいに小さくて、均整のとれた顔立ち、さらさらの髪と、すごく綺麗な女の子。だけど常に無表情で笑わない。いつも一人でいるし、少し前まで不登校気味だったから、誰も近づこうとしない。

 だけど、わたしにデュエマを教えてくれた一人でもあるから、わたしはもう、他人面をしてられないんだよね……

 それに、先輩に一番近いところにいる。

 わたしがそう思った、直後だった。

 ガラガラと教室の扉が開かれる。

 

「失礼します」

 

 昼食をとってる人たちの目線が、一斉に彼に向いた。

 

「3-Aの剣崎一騎です。日向恋さんはいますか?」

 

 礼儀正しく、お手本通りに名乗りながら入ってきたのは、一人の男子生徒。

 剣崎一騎先輩。三年生で、学園生活支援部の部長さん。日向さんとは兄妹みたいな関係だって言ってたけど、詳しいことは知らない。

 剣崎先輩もわたしにデュエマを教えてくれた一人で、そして、わたしの思い人だ。

 

「あ、いた。恋」

「つきにぃ……どう、したの……?」

「詳しくは後で。というか、さっきから連絡してたんだけど」

「イベント、周回中……つきにぃでも、邪魔は、させない……」

「学校でゲームするなよ……いいから、ちょっと来てくれるか?」

「ん……ぜひもなし……わかった」

 

 呼ばれた日向さんは立ち上がって、とたとたと先輩に歩み寄る。

 わたしがそれをぼぅっと見ていると、みのりちゃんが目配せしてきた。え? わたしも行けってこと?

 悪目立ちしそうだからあまり気は進まないけど、みのりちゃんの謎の圧力によって、わたしは動かされる。先輩たちが教室を出たことを確認してから、わたしも席を立った。

 廊下に出ると、二人はすぐに見つかった。

 

「あの、剣崎先輩」

「伊勢さん。どうしたの? お昼は?」

「えっと、もう食べ終わりました。それよりも、なにかあったんですか?」

「あー、えーっとね……」

 

 先輩が口ごもる。わたしには言いにくいことなのかな。

 身内のはなしだったら邪魔になっちゃうな、と思ったけど、先輩はむしろ友好的にたしを見た。

 その目に、少しだけドキリとする。

 

「そうだね、伊勢さんも同じクラスだし、恋よりもよく知ってそうだ」

「?」

「伊勢さん。君が良ければでいいんだけど、ちょっとだけ、俺たちを手伝ってくれないかな?」

「は……はい……っ」

 

 思わず答えてしまった。もっとよく考えてから答えるべきだったのかもしれない。

 だけど、先輩のにこやかな笑顔でお願いされたら、断るに断れなかった。それに、わたしなんかが先輩の役に立てるのであれば、本望だ。

 

「ありがとう。それじゃあ、とりあえず部室に行こうか」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「戻ったよ。ごめんね、待たせちゃって」

 

 学園生活支援部の部室に入ると、中には二人の女子生徒がいた。

 一人は校則違反なんじゃないかと思ってしまうような、金髪の生徒。どことなく異国人のような顔つきをしているようにも見え、学年が分かりづらいけれど、校章を見る限りでは、剣崎先輩と同じ三年生だ。

 もう一人は、こちらも校則に問題がありそうな、薄いブロンドの髪の女の子。だけど、この子は顔つきが明らかに日本人のそれではない。

 剣崎先輩が先に入り、それに気づいた金髪の先輩が立ち上がる。そして、入れ違い際に、剣崎先輩に目を向けた。

 

「対応してくれてありがとう。ごめん、俺の受け持ちなのに」

「別にこれくらいなら構わない。じゃ、あたしは行くからな。昼休み終わるまでには帰ってこいよ」

 

 それだけ言い残して、金髪の先輩は去っていった。

 残されたのはわたしたちと、異国の女の子だ。

 

「待たせてごめんね」

「い、いえ、大丈夫です……あ」

 

 女の子がわたしに気づく。わたしは、会釈とはとても言えないような、苦めの笑みを浮かべた。

 

「えぇっと、あなたは、伊勢さん……」

「こ、こんにちは、ローザさん……」

 

 わたしはこの女の子を知っていた。知っていると言っても、友達とかではない。クラスメイトだ。

 ローザ・ルナチャスキーさん。ロシア生まれ、ドイツ育ちで、両国出身の両親から生まれたハーフだと、最初の自己紹介で言っていた。そして今は日本在住という、経歴だけ見れば同じ中学生だとは思えない子だ。

 来日してから何年か経ってるらしくて、日本語はとても流暢だ。日常会話での不自由は一切ない。

 それでも、わたしはほとんどお話したことないんだけど。だから、どう接すればいいのか分からない。

 

「勝手でごめんね。恋も不登校気味だったから、伊勢さんの方が力になれると思って、俺が頼んだんだ」

「そ、そうなんですか。ちょっと驚いちゃいました」

 

 ローザさんは、わたしがいる理由を知ると、安心したように息を吐く。

 だけどわたしは、なんでここに連れてこられたのか、まったく分からない。

 

「つきにぃ……それで、なんなの……私たちに、なにさせるつもりなの……?」

 

 わたしの疑問を、日向さんが言ってくれた。

 

「うん。実はね、ローザさんから、学援部に依頼があったんだ」

「依頼? それって、学生生活で困ったことがあったってことですか?」

「そうです。とても、困ったことです」

 

 ローザさんは悲しそうに言う。

 

「伊勢さんは知ってると思うんですが、私には、双子の妹がいるんです」

 

 それも、知ってる。

 確かにわたしは、彼女が双子であることを知っている。彼女の妹の姿も見たことがある。彼女の妹も、私のクラスメイトなのだから。

 わたしが彼女のことをファミリーネーム――日本で言うところの下の名前――で呼んでいるのも、そのようなわけがあるのだ。クラス最初の自己紹介で、二人はそれぞれ、自分のことを名前で呼ぶように促した。どちらも同じ苗字で、紛らわしいから、と。

 もっとも、わたしはユーリアさんのことはクラスで見ているって程度で、直接お話ししたことはないんだけど。

 

「私の妹のユーちゃん――ユーリアは今、不登校、なんです……」

 

 それも、知っていた。

 学年で何人か、そういう人たちはいる。私のクラスにも、日向さんがそうであったように、学校に来ていない人が何人かいる。

 理由は知らないけれど、家庭の事情だったり、本人の身体や精神の問題だったり、単なる怠惰だったり、その理由は様々だろう。

 そしてローザさんの妹さん、ユーリアさんも、なにかしらの理由があって、学校に来なくなってしまった。

 

「昔はあんなに明るかったのに、最近じゃ別人みたいに暗くなっちゃって……私は、いつもの明るいユーちゃんが見たい。あの子に元通りになってほしい。そう思って、学園生活支援部さんに、お願いしたんです」

 

 懇願するように言うローザさん。彼女の悲壮感や必死さは、痛いほど伝わってくる。

 それほどに妹を思っているからこそ、彼女はこの部に頼ったのだろう。

 そしてわたしたちは、ローザさん、ユーリアさんの二人とクラスメイトだからという理由で、ここに呼ばれたようだ。

 悲痛そうなローザさんを見て、先輩は本題へと切り出した。

 

「ユーリアさんが学校に来なくなったのは、いつ頃?」

「確か、五月くらいの頃、だったと思います」

「五月病……?」

「ずっと家にいるの?」

「はい。部屋から、出てこないんです」

「そうなってしまうような出来事があったのかな。なにか思い当たる節は? 人間関係とか、成績不振とか。あとは考えたくないけど、いじめとか」

「ない……と、思います。ユーちゃんは私よりもずっといい子です。無邪気で、明るくて、人懐っこいので……私も、あの子が学校に来ていた時はずっと一緒でしたけど、そういうことがあったことはなかったです。成績も、私が一緒に勉強しているので、そこまで悪くはないです」

 

 先輩が一つ一つ質問して、それにローザさんが丁寧に答える。

 わたしはあんまり覚えてないけど、確かにユーリアは、いじめられるような子じゃなかったと思う。なんていうか、憎まれなさそうな性格だったように記憶している。

 

「中高生における不登校とか引きこもりっていうのは、大抵は学校絡みのトラブルによって引き起こされるストレスが原因だけど、ユーリアさんの場合は、もっと他のところにあるかもしれないな」

「双子の私でも知らないようなことが、ですか……」

「うん。恋や伊勢さんは、なにか知らない? 遠くからだからこそ見えるものというのも、あるかもしれない」

「わたしは、その……ごめんなさい。わかりません……」

 

 先輩が、こっちに話題を振ってきた。

 けれどわたしも、ユーリアさんとの接点は、クラスメイトってくらいだし、遠目で見て「みんなと仲良くしているな」って思ってたくらいで、正直なところ、ちゃんと見ていなかった。

 だから、ユーリアさんの変化というのは、よくわからない。

 そして日向さんは、

 

「そんな奴、興味ないし……」

「恋!」

「私が、知るわけないし……それ、つきにぃが一番、よくわかってる、はず……」

「だとしても、言葉には気を付けろ」

「…………」

 

 声を荒げる先輩。そして、口をつぐむ日向さん。

 部室に、ちょっぴり剣呑な空気が流れる。

 

「ごめん。空気を悪くしてしまった」

「い、いえ。わたしも力になれなくてすいません……」

「気にしなくていいよ。君が悪いわけじゃない」

「でも、どうしたらいいんでしょう……このままじゃ、ユーちゃんは……」

「……情報が少ない中で下手に動くのはまずいけど、情報が少ないからこそ大胆に動いてみるべきかな、ここは。ローザさん」

「は、はい。なんでしょう?」

 

 先輩が、ローザさんに呼びかける。

 そして一つの提案。あるいは、お願いをした。

 

「突然で悪いんだけど、近いうちに、君の家を訪ねてもいいかな?」

「え? どうして……」

「ユーリアさんと直接、話がしたい」

 

 先輩は力強く言った。

 

「俺はカウンセラーでもなんでもないけど、直に話を聞ければ、解決の糸口が見えるかもしれない。リスクは付きまとうけれど」

「……あの。一つだけ聞いてもいいですか?」

「いいよ。どうしたんだい、伊勢さん」

 

 話の腰を折る用で申し訳ないのだけれど、ふと、疑問に思った。

 

「このことは先生には話したのでしょうか……?」

「話しました……でも、原因がまったく分からないから、解決は難しいって。家宅訪問も、立場上、簡単にはできないって……」

「教師の立場というのも難儀なもので、なにかしらの確証がないと踏み込みにくいところもある。下手に動いて問題になれば、失うものも大きい。それは不義理なのかもしれないけれど、仕方のないことでもある」

「そんな……」

「だからこそ、俺たちが乗り込むんだよ。俺たちなら生徒同士だし、その気になれば踏み込めるところまで踏み込めるよ。強引な方法ではあるけどね」

 

 先輩は、どこか不承不承といった風だった。これが最善なのかを測りかねているかのように。

 確かにそれは強引だ。先生じゃ踏み入れないところに、子供というフットワークと責任の軽さで押し入っているようなものだ。

 もしかしたら、そこから大変なことになってしまうかもしれないけれど。

 今は動くしかない。進むしかないと、先輩は判断したのかもしれない。

 

「……それなら、早い方がいいですよね。明日、うちに来てください」

「ありがとう。ごめんね、急な話で」

「いえ。私も、一刻も早く、ユーちゃんには元に戻って欲しいので……」

「それじゃあ、明日だね。恋、お前も来るんだぞ」

「めんど……」

「恋」

「……しかたない、か……」

 

 話は決まったようです。みんなで明日、ローザさんの家を訪ねる、と。

 だけどその中にわたしはいない。わたしは学援部じゃないし、ユーリアさんのことを知っているかもしれない、っていう程度で来ただけだから。

 だからわたしの役目はここでおしまい。

 おしまい、なんだけど。

 

(なんだか、変な感じ……)

 

 困っている人がいて、ちょっとでも協力しようとして、だけどなんの力にもなれなくて。

 中途半端に首を突っ込んで、ほんの少しだけ知って、それでおしまい。

 それはなんだか、とても、もやもやする。

 

「あ、あのっ」

 

 だからだろうか。

 半ば無意識に、わたしは口を開いていた。

 

 

 

「わ、わたしも……行っていいですか?」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 翌日。

 わたしもローザさんの家に行く手はずとなった。

 先輩もローザさんも、わたしの進言には少し驚いていたけれど、二人とも受け入れてくれた。

 もっとも、わたしがいるからって、なにかが変わるとは思えないけれど……

 先輩は「恋よりは、ユーリアさんと上手く話せそうだし、むしろありがたいよ」って言ってくれたけど、わたしだって人とお話しするのが得意なわけじゃないし、ユーリアさんのことも、あんまり知らないし……

 どうして学校に来なくなってしまったのか、なんて、まったく見当もつかない。今、どんな気持ちなのか、想像もつかない。

 日向さんならもしかしたら、似たような境遇にあったわけだし、なにか思うところがあるのかもしれないけれど。

 学校に来ない、来れない、来たくない。そんな、理由について。

 

「……そういえば」

 

 どうして、日向さんは不登校になってたんだろう。

 今では普通に学校に来てるけど、その前の日向さんには、なにがあったのかな。

 気になる。気になるけど、それはわたしが関わるべきではないことな気がする。

 わたしの進むストーリーとは、別の物語であるような気がする。

 それに今は、ユーリアさんのことだ。

 

 話を戻しましょう。わたしは日直の用事があったから、ローザさんの家の住所を教えてもらって、先輩たちには先に家に向かってもらった。

 やるべきことを終えて、学校を出る。ローザさんの家は学校からそれほど遠くない。歩いても、そこまでかからなさそう。

 あんまり先輩たちを待たせても悪いし、ちょっと速足になって急ぐ。体力には自信ないし、あんまり走りたくはないけれど、ちょっと急ぐ。

 その道中。道端になにか落ちているのが見えた。どこか見覚えのあるそれを見た途端、息を飲む。

 そしてわたしは、慌てて駆け寄った。

 

「鳥さん!」

 

 それは、小さな鳥――先日の不思議な鳥さんだった。

 

「う……あぁ、小鈴か……」

「どうしたの? なにがあったの?」

「いや、その……今日、なにも食べてなくて……」

 

 脱力した。

 この鳥さんは、また食事を怠っていたらしい。

 わたしは今日のお昼の時間がなくて食べきれなかった、クリームパンを一つ取り出して、鳥さんの嘴に押しつける。

 鳥さんは一心不乱にパンをついばんでいた。

 

「うわっ、なんかベタベタする」

「クリームパンだからね。甘いでしょ?」

「むむ、確かに」

 

 ティッシュで鳥さんの口周りを拭ってやる。

 食べ物を与えたり、口を汚したり、手のかかる鳥さんだ。

 

「そうだ小鈴。どこに行くんだい?」

「え……えーっと、クラスメイトの家、かな?」

「クラスメイト? 君の仲間か?」

「うん、まあ、そうなるのかな。今までの関わりが希薄だったから、あんまり実感ないけど……」

「関わりが希薄? それなのに仲間なの?」

「えーっと……」

 

 鳥さんはわたしたちとは違う存在だから、わたしたちとは考え方がちょっと違う。

 少しタイムロスになっちゃうけど、もう既にロスしちゃってるし、いいかな。

 そう思ってわたしは、今までの経緯を鳥さんに話した。

 

「ふむふむ。つまり、そのユーリアって子は、原因不明の精神病を患っているということだね」

「精神病かは分からないけど……でも、心が傷ついているんだと思う」

 

 その理由は分からないけれど。

 そう思った瞬間、鳥さんが言った。

 

「それはクリーチャーの仕業かもね」

「え?」

 

 なにを言っているのか、一瞬わからなかった。

 

「どういうこと?」

「その子の引きこもりの原因は不明なんだろう? 心当たりも、君たちが考えられる限りではない。なら、クリーチャーが関わってる可能性がある」

「なんだか飛躍してない?」

「そんなことはない。急激な異変となると、君らの世界の法則にない存在が関与している可能性は大いにある。君も一度見ているだろう。クリーチャーの暴走を」

 

 先日のバイク暴走事件のことだ。

 あの暴走もクリーチャーの仕業で、そのクリーチャーは、わたしが倒した。

 

「で、でも、不登校になることと、クリーチャーに、なんの関係が……?」

「クリーチャーに乗っ取られた人間の変化の形は様々だ。先日の《ソニックブーム》は身体の自由を奪って、思いのままに操り、暴走した。今回の場合は、もっと精神的なところに働きかけるクリーチャーなのかもしれないね」

 

 精神に干渉するクリーチャー。そんなものもいるんだ。

 もしそれが本当なら、わたしは……

 

「なんだかキナ臭いし、小鈴、僕もその子のところに行くよ。案内して」

「う、うん。分かったよ。でも、みんなの前で出て来ちゃダメだよ?」

「善処しよう」

 

 なんだかちょっと心配だけど……まあ、大丈夫だよね?

 そうしてわたしは、鳥さんを引き連れて、早足でローザさんの家に向かった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「お邪魔しまーす……」

「いらっしゃい、伊勢さん」

 

 少し迷いかけたけど、なんとかローザさんの家に着くことができた。

 出迎えてくれたのはローザさん。家の人は、今はいないらしい。

 

「先輩と日向さんは?」

「今、ユーちゃんとお話してくれてたけど……」

 

 招き入れられたリビングのソファに、剣崎先輩と日向さんが座っていた。日向さんの表情は相変わらずだけど、先輩はどこか浮かない顔をしていた。

 

「ど、どうでしたか……?」

「……率直に言って、ダメだったよ」

 

 ふぅ、と息を吐いて先輩は言う。

 

「こっちの話を聞いてくれないっていうか、聞き入れてくれないっていうか……対話を拒否されたみたいだった」

「対話を……?」

「ハッキリしているのは、ユーリアさんは酷く怯えているようだということ。なにかを恐れていて、縮こまってしまって、なにもできない、みたいな状態だ」

「怯えているって、なににですか?」

「分からない。色んな方面から聞いてみたけど、全部曖昧に答えるだけで、明確な回答は得られなかったよ」

 

 そしてなにより、と先輩は続ける。

 

「敵意ではなさそうだったけど、俺たち自体も、恐怖の対象になっているっぽいんだ。だから余計に聞きづらくてね……ローザさん、ユーリアさんって、対人恐怖症だったりする?」

「いえ……むしろ、人が大好きな子で、どんな人でも人見知りしないし、物怖じもしない子です」

「だよね……」

 

 つまり、先輩が言うには、ユーリアさんはなにかがきっかけで、対人恐怖症のようになってしまっている、ということなのかな。

 だけど不登校になる前のユーリアさんは、対人恐怖症とは真逆の、人懐っこい性格だった。ほんの短い期間の間に、そんな急激な性格の変化があるものなのかな。

 いや、もしもそんなことがあるとするなら、それは本当に、鳥さんが言ったように……

 

「なにが彼女を萎縮させるのか……それが分かれば、解決の糸口になると思うんだけどな」

「あ、あの」

「どうしたの、伊勢さん?」

「よければでいいんですけど、わたしも、ユーリアさんとお話してきても、いいですか……? わたしなんて、お役に立てるか分かりませんけど……」

 

 控えめに申し出ると、剣崎先輩は少し意外そうに目を見開く。そして、ローザさんに目を向けた。

 

「人の心を開くには人だ。俺たちではダメでも、まったく別の考えや心を持つ人なら、あるいは、ということもある。だから俺はいいと思うんだけど、どうかな、ローザさん」

「私も、いいですよ。いや、むしろお願いします。少しでも、ユーちゃんの心が開いてくれれば……そのためなら、どんな可能性にも賭けます」

「……ためせるものは、ぜんぶ、ためせばいいと思う……」

 

 わたしが来てから初めて日向さんが口を開いた。

 それはともかく、先輩とローザさん。二人の許可が出た。

 もしもわたしの考えが当たってるなら、ユーリアさんは……そう思いながらわたしは、ローザさんに案内されて、ユーリアさんの部屋へと向かう。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユーリアさんの部屋は、真っ暗だった。

 電気は付いていない。閉じられたカーテンの隙間から漏れる光だけが光源だった。

 部屋は、全体的に白っぽい。壁紙、カーペット、カーテン。多くのものは、白が基調となっている。

 壁と接した勉強机に、部屋の真ん中に置かれた小さな丸テーブル。そして勉強机の反対側には、ベッドがあった。女の子らしく、ぬいぐるみなどがいくつか置かれていた。

 一見すると普通の女の子らしい部屋だ。特別荒れたりもしていない。

 でも、なんだろう。この息苦しさは。

 窒息する錯覚に陥ってしまいそうなほどの、息苦しさを感じる。

 そんなものは気の迷いなのだけど。そう自分に言い聞かせて、わたしはベッドに目をやった。

 そのベッド上に、彼女はいた。

 色素の薄い髪。暗いから白っぽく見えるけど、実際には綺麗な銀髪だろう。けれど彼女の髪は無造作に伸びており、ボサボサで傷んでいる。しばらくまともに手入れしていないのだろう。

 髪だけではない。元々白人種とはいえ、それを差し引いても病的に白い肌。血管が浮き出るほどやせ細った体。濁りきった瞳。

 彼女の容姿は、どこを取っても衰弱していた。

 

「……誰、ですか」

 

 こちらに気づいた彼女が尋ねる。

 力のない声だった。

 彼女はこんな声だったか、と戸惑いながら、わたしは名乗った。

 

「えっと、わたし、伊勢小鈴です。あ、知ってるかもしれないけど、ユーリアさんと同じ、1ーAで、だからクラスメイトで……」

「……そうですか」

 

 スス、とユーリアさんは体を後ろに下げた。

 まるで、わたしから逃げるように。

 

(本当に、怖がってるのかな……)

 

 もしそうなら少しショックだけど、それには理由があるはず。

 わたしは机の上に置かれているものを横目で見ると、話を続けた。

 

「デュエマ、やってるんですね」

「……さっき来た、男の人にも、言われました……」

「わたしもやってるんです、デュエマ。と言っても、つい最近始めたばっかりなんだけど」

「……そうですか」

 

 反応が薄い。先輩が言っていたように、こちらとの関わりを拒絶されているかのようだった。

 直接聞くのは悪いと思ったんだけど、遠回りしてたら、いつまで経っても進まなさそう。

 わたしは意を決して、彼女に尋ねた。

 

「ユーリアさん、どうして学校に来ないの?」

「…………」

「わたしは、ユーリアさんのことはあんまり知らないけど、あなたが学校に来ていた頃は、すごく楽しそうだった。夜遅くでも、土日でも学校に来ていそうなくらいだなって、わたし思ってた。それなのに、どうして……?」

「……わかりません」

 

 ユーリアさんは体育座りになって、自分の体を抱きしめるように、身を縮こまらせる。

 

「学校は楽しいところだったはずです。でも、気づいたら……こわくなっていたんです」

「学校が?」

 

 コクリとユーリアさんは頷いた。

 気づいたら学校が怖くなった。そんなこと、あるのかな。

 わたしの知るユーリアさんは、学校が好きで好きで仕方ないみたいな子だった。それが、学校が怖いだなんて。

 

「なんでそう思うのかも、わかりません。でも、学校に行こうとすると、なにかをしようとすると、こわくなって、体がうごかなくて……誰かと会うのも、こわくて……」

 

 ユーリアさんはさらに強く自分を抱いて、身を小さくする。

 

「こんな思いはイヤ、です……だからもう、かかわらないでください……」

 

 そう言うとユーリアさんは、毛布を頭からかぶって、わたしを視界から消してしまった。

 天岩戸に閉じこもってしまった天照大神のように。外界と自分を切り離そうとしているようだった。

 ユーリアさんからの反応がなくなる。うつむいて、こちらを見ようともしない。苦しそうな息遣いだけが、微かに耳に届く。

 それを確認して、わたしは物音を立てないように部屋の中を歩く。そしてカーテンを閉じたまま、隙間から窓の外を見て、静かに鍵と窓を開ける。

 すると、部屋になにかが入ってきた。

 鳥さんだ。

 ユーリアさんに聞こえないように、わたしたちは耳打ちするように小声で話し合う。

 

(小鈴、やっぱりクリーチャーの気配がするよ)

(本当?)

(あぁ、間違いない。この子から、黒いマナを感じる)

 

 黒いマナ? マナって、クリーチャーを出すエネルギーのことだよね。

 それを感じるってことは、やっぱりこれは、クリーチャーの仕業なんだ。

 

(憑りつかれて日は浅いみたいだけど、精神が結構やられてるね。もう可視化できるほどにまで成長してる)

(可視化? なにも見えないよ)

(む、そうか。人間の目じゃ見えないのか。だったら、こうすればどうかな?)

 

 と、鳥さんが口の中でなにかを呟いた、次の瞬間。

 わたしの服装が変わっていた。

 

(って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? この格好、あの時の……!?)

(君の力の象徴だよ。それがあれば君は僕らに近い性質を得る。クリーチャーの存在も知覚できるはずだよ)

(そんなことどうでもいいよっ! 戻して、戻してよ! 恥ずかしいよ!)

(えー……すぐに戻したら君をその姿にした意味がなくなるじゃないか)

(意味? 意味ってなに?)

(あの子をよーく見てごらん。今の君なら、見えるはずだよ)

 

 そう言われてわたしはユーリアさんを見る。ジッと見つめる。

 さっきまでとはどこか違う感じだ。なんだか、胸の内がざわざわするような、不安を覚えるような、嫌な感覚。ずっとそれを感じていると、息苦しくなって、窒息してしまいそうな気がする。

 そう、思ったときだ。

 ――見えた。

 

「……っ」

「分かった?」

「う、うん……」

 

 さっきまでは見えなかったものが、今のわたしには、確かに見える。

 ユーリアさんの背後。まるで、彼女に覆い被さるようにして、それはいた。

 赤いマントを羽織った黒い影。そう表現することが、たぶん適切だ。

 

(これも、クリーチャーなの……?)

(あぁ、《萎縮の影チッソク・マント》。闇文明のクリーチャーだ。どうやら彼女にとりついているね。肝心の彼女は、それに気づいていないようだけど。そもそも気づかれないようにこっそりとりついているのかな)

 

 萎縮……ユーリアさんが、“存在しないなにか”に恐怖しているのも、このクリーチャーのせいなのかな。

 この詰まるような息苦しさも、全部このクリーチャーの仕業なんだとしたら、放ってはおけない。

 

「……鳥さん」

「小鈴、やる気になった?」

「うん。だってこのままじゃ、ローザさんもユーリアさんも、かわいそうだよ」

 

 ユーリアさんがなにかを抱え込んでいるだけなら、それはユーリアさんの問題だ。手を貸したい気持ちはあるけど、最終的にその問題はユーリアさんの責任になる。

 でも、こんな、クリーチャーにとりつかれて、学校にも来れなくなって、心も疲弊しきってるなんて、見てられない。

 誰かがクリーチャーを追い払ってユーリアさんを救えるのなら、そうするべきだと思う。そしてそれができるのが、私なんだ。

 ちゃんとできるのか。本当に解決できるのか。自信はないし、不安ではあるけれど。

 

「鳥さん。あのクリーチャーを追い払うには、どうしたらいいの?」

「簡単だよ。前の《ソニックブーム》の時みたいに、デュエマして倒せばいいんだ」

 

 鳥さんは言う。そうすれば、ユーリアさんに憑りついている。クリーチャーも、追い払うことができる。

 私が、デュエマで勝てれば。

 

「じゃあ、お願い、鳥さん」

「承った」

 

 機を見て鳥さんが舞台を準備してくれる。

 だからわたしは、きっかけを作る。

 

「ユーリアさん」

「…………」

 

 返事はなかった。こちらを見てもいない。だけど、それはクリーチャーのせいで、萎縮してしまっているから。

 だからわたしは続ける。ユーリアさんではなくて、彼女に憑りついている、クリーチャーに。

 

「デュエマ、しよう」

「デュエマ……」

 

 反応があった。すると彼女は、ガバッと顔を上げる。

 よく考えたらわたしは今、とても恥ずかしい格好をしているわけで、一瞬焦ったけど、その心配はなかった。

 彼女の眼を見たら分かる。いや、それ以前の問題だ。

 ユーリアさんの瞳は、人とは思えない光を発していて、その中には昏い闇が渦巻いている。

 そして彼女と一体になるかのようにして、クリーチャーは彼女と重なる。

 今なら分かる。目の前にいるのは、ユーリアさんじゃない。ユーリアさんの体を借りた、クリーチャーだ。

 わたしが相対しているのは、ユーリアさんの楽しい学校生活を狂わせた、クリーチャーなんだ。

 

「鳥さんっ」

「了解だ!」

 

 鳥さんに呼びかける。

 そしてわたしはユーリアさんと――いいや。

 人を狂わせるクリーチャーと、戦います――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユーリアさんとのデュエマ。先攻はユーリアさん。

 お互いにシールドは五枚。私の場には《爆裂B―BOY》。ユーリアさんの場には《一撃奪取 ブラッドレイン》。

 

「……《暗黒鎧 キラーアイ》を召喚(フォーラドゥング)

「え、なに? なんて……?」

「……Ende(ターン終了)

 

 なんて言ったのかよく分からなかったけど、ユーリアさんはクリーチャーを召喚した。

 だけど召喚だけして、ターンを終えてしまった。

 

「攻撃しないんだ……わたしのターン。《B―BOY》の効果でコストを1下げて、《B―BOY》を進化! 《鳳皇 マッハギア》を召喚するよ!」

 

 わたしは前のターンに召喚した《B―BOY》でコストを下げて、そのまま進化元にして、《マッハギア》を出す。

 

「《マッハギア》の効果で、コスト4以下の《ブラッドレイン》を破壊! シールドをWブレイク!」

「……トリガーは、ないです」

 

 《トップギア》と似た名前の《一撃奪取 ブラッドレイン》は、クリーチャーを召喚するコストを下げるクリーチャー。ずっといると厄介だから破壊しておく。そしてそのままWブレイクして、わたしはターンを終了した。

 シールドの枚数では、早速二枚も差をつけたし、《マッハギア》はパワー6000だから、簡単には破壊されないはず。どんどん攻撃するよ。

 

 

 

ターン3

 

ユーリア

場:《キラーアイ》

盾:3

マナ:3

手札:4

墓地:1

山札:28

 

 

小鈴

場:《マッハギア》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:0

山札:26

 

 

 

「《ブラッドレイン》と《ラヴァール》を召喚……《キラーアイ》で《マッハギア》を攻撃(アングリフ)

「あ、アン……?」

 

 なにを言っているのかよくわからない。発音が日本語じゃないし、英語でもなさそう。

 ユーリアさんはロシアで生まれて、ドイツで育ったって聞いたから、あれはロシア語か、ドイツ語……? 育ったのがドイツなら、ドイツ語なのかな?

 宣言される言葉は不明だったけど、《キラーアイ》は《マッハギア》に突っ込んでくる。これは、攻撃だ。

 だけど理解と同時に、疑問が湧き上がる。

 

「え……? 《マッハギア》のパワーは6000だよ? 《キラーアイ》は2000だから、こっちが勝つけど……」

「そうですけど……バトルに負けた《キラーアイ》が破壊されます。でも、そのとき、《キラーアイ》のスレイヤーが発動します」

「スレイヤー?」

 

 聞いたことのない言葉に、わたしの疑問は募るばかりだった。

 スレイヤー、という言葉が理解できないわたしに、ユーリアさんは説明をしてくれる。

 

「スレイヤーは、バトルをすれば、勝っても負けても相手クリーチャーを破壊する能力です……なので、スレイヤーの《キラーアイ》とバトルした《マッハギア》を、破壊します」

「そ、そんな能力もあるんだ……」

 

 ってことは、前のターン、《マッハギア》で破壊するべきは《ブラッドレイン》じゃなくて《キラーアイ》だったのかな。

 Wブレイカーの《マッハギア》でもっと攻撃するつもりだったけど、あっという間に破壊されてしまって、少しショックだ。

 

「で、でもまだ負けないよ。《凶戦士ブレイズ・クロー》と《爆炎シューター マッカラン》を召喚! 《マッカラン》の能力で《ラヴァール》とバトル! ターン終了だよ」

 

 

 

ターン4

 

ユーリア

場:《ブラッドレイン》

盾:3

マナ:4

手札:2

墓地:3

山札:27

 

 

小鈴

場:《ブレイズ・クロー》《マッカラン》

盾:5

マナ:4

手札:1

墓地:2

山札:26

 

 

 

「……《ブラッドレイン》でコストを1下げて、進化(エヴォルツィオン)

「え、えぼ……?」

 

 また分からない言葉を紡いで、ユーリアさんはカードを操る。

 マナを三枚タップすると、《ブラッドレイン》の上に、一枚のカードを乗せた。

 

「《ブラッドレイン》を、《夢幻騎士 ダースレイン》に」

「あ、進化か……」

 

 ユーリアさんの《ブラッドレイン》は《ダースレイン》に進化する。黒い馬に乗った兵隊さん――いわゆる騎兵のようなクリーチャーだ。

 

「《ダースレイン》の能力で、山札から三枚を墓地フリートホーフへ……そして、その中から《ラヴァール》を手札に戻します」

「せっかく破壊したのに……」

「残った2マナで《ラヴァール》を召喚。ターン終了です」

 

 また攻撃しない……なんでだろう。《ダースレイン》もW・ブレイカーだから、こっちのシールドを二枚もブレイクできるのに。

 怪訝に思いながらもわたしは、カードを引いて、手札にあるカードをただただ使うだけだった。

 

「わたしのターン、もう一度《マッカラン》を召喚! 《ラヴァール》とバトル!」

 

 引いてきた《マッカラン》を出して、《ダースレイン》で呼び戻された《ラヴァール》を破壊。もう一度墓地に押し戻す。

 

「《ブレイズ・クロー》は毎ターン絶対に攻撃しないとダメだから、《ブレイズ・クロー》でシールドブレイク!」

「……S・トリガーです」

 

 《ブレイズ・クロー》がブレイクした一枚が、S・トリガーとして飛び出す。

 ただ、それは単なるトリガーじゃない。

 今回の件の元凶が、姿を現す。

 

「でてきてください……《萎縮の影チッソク・マント》」

「っ、このクリーチャー……! 鳥さん!」

「そうだ。このクリーチャーが、彼女の意識を萎縮という闇に引きずり込んでいるんだ」

 

 《萎縮の影チッソク・マント》。その名の通り、誰かを萎縮させ、息が詰まるような苦しみを与えるクリーチャー。

 このクリーチャーに憑りつかれたせいで、ユーリアさんは元気がなくなって、心まで闇で侵されてしまったんだ。

 

「でも、なんでユーリアさんを……」

「理由なんて考えても仕方ないさ。憑りついて、力を吸いだせるのなら誰でもいい。強いて言うなら、エネルギーを吸いやすい人間がいいだろうね。あるいは、エネルギッシュな人間がいいのかもしれない」

「エネルギッシュって……」

 

 ユーリアさんは、元気で明るい子だった。

 だからこそ、このクリーチャーは、ユーリアさんを狙って言うの?

 

「あくまで一つの可能性だけどね。あのクリーチャーがどんな観点や理由で、餌を選別したのかなんてわからないけど、彼女は萎縮の影によって、確実に力を搾り取られている」

「そんな……」

 

 それじゃあ、なおさらユーリアさんがかわいそうだ。彼女には、なんの罪もないのに。

 わたしがユーリアさんを不憫に思っていると、《チッソク・マント》が不気味な動きで迫ってきた。

 

「《チッソク・マント》の能力です……登場時に相手クリーチャーのパワーを3000下げます。選ぶのは、前のターンに出した《マッカラン》です」

 

 《チッソク・マント》はわたしの出した《マッカラン》に近づくと、覆いかぶさって、その首を絞める。

 呼吸ができなくなって、窒息してしまった《マッカラン》は崩れ落ち、破壊された。

 

「パワーが0以下になったクリーチャーは破壊されます。《マッカラン》を破壊です」

「う……ターン終了」

 

 追撃をかけるはずの《マッカラン》が破壊されちゃったから、もうわたしにできることはない。このままターン終了するよ。

 

 

 

ターン5

 

 

ユーリア

場:《ダースレイン》《チッソク・マント》

盾:2

マナ:5

手札:1

墓地:6

山札:23

 

 

小鈴

場:《ブレイズ・クロー》《マッカラン》

盾:5

マナ:5

手札:0

墓地:3

山札:25

 

 

 

「《チッソク・マント》を進化。《悪魔龍王 ロックダウン》」

 

 ユーリアさんのターン。ユーリアさんは、トリガーで出た《チッソク・マント》を進化させる。

 縫い目の見える虎縞の皮。その下には獣の骨。頭と背中からは黒い翼が生えていて、骨が剥き出しの尻尾には、顔の描かれた爆弾が握られている。

 顔は怖いけど、どことなくファンシーな姿の、ちぐはぐな印象を受けるクリーチャーだ。変なクリーチャーに見えるけど、進化クリーチャーってことは、それだけ強力なはず。

 

「《ロックダウン》がバトルゾーンに出た時の能力で、《マッカラン》のパワーを6000下げます。破壊です。さらに《ダースレイン》で《ブレイズ・クロー》を攻撃」

 

 6000のマイナス……《チッソク・マント》の二倍の数値だ。《マッカラン》じゃ耐えられない。

 《ダースレイン》も《ブレイズ・クロー》を攻撃して、わたしのクリーチャーはいなくなった。

 だけど、ユーリアさんはまた攻撃しないでターンを終了する。まだわたしのシールド、五枚もあるのに……

 シールドはたくさんあるけど、なぜだか安心できない。クリーチャーをすべて破壊されて、場になにもなくなっちゃったからかな。

 

「わ、わたしのターン……《トップギア》を召喚して、ターン終了」

 

 

 

ターン6

 

 

ユーリア

場:《ダースレイン》《ロックダウン》

盾:2

マナ:6

手札:0

墓地:6

山札:22

 

 

小鈴

場:《トップギア》

盾:5

マナ:5

手札:0

墓地:5

山札:24

 

 

 

「……《キラーアイ》を召喚。Ende」

 

 やっとクリーチャーを残せた。

 ユーリアさんの場には《ダースレイン》と《ロックダウン》がいて、スレイヤーの《キラーアイ》がプレッシャーをかけてるけど、ここで進化クリーチャーを出せれば、状況は良くなるはず。

 

「わたしのターン。ドロー」

 

 だけど、このターン引いてきたカードは《めった切り・スクラッパー》。

 わたしのマナは5マナだから、使えない。マナにするしかなかった。

 

「マナチャージだけして、ターン終了……」

 

 手札がないから、引いてきたカードをそのまま使うことしかできないけど、マナも少ないから、強いカードは使えない。

 ユーリアさんは場に《ダースレイン》と《ロックダウン》、二体の強力な進化クリーチャーがいるし、スレイヤーの《キラーアイ》もいる。

 もしかして、今までわたしのシールドをブレイクしなかったのは、わたしに手札を与えないため……? ユーリアさんも手札はないけど、同じ手札がないでも、バトルゾーンの状況はユーリアさんの方がずっと有利だ。

 なかなかシールドもブレイクして来てくれないし、このままクリーチャーがたくさん並んだら、負けちゃいそう……

 

 

 

ターン7

 

 

ユーリア

場:《ダースレイン》《ロックダウン》《キラーアイ》

盾:2

マナ:6

手札:0

墓地:6

山札:21

 

 

小鈴

場:《トップギア》

盾:5

マナ:6

手札:0

墓地:5

山札:23

 

 

 

 

「……そろそろ、Ende(終わり)です」

 

 不安がるわたしの心中を見透かしたかのように、ユーリアさんは告げる。

 

「《キラーアイ》を進化」

 

 ボゴリ、と《キラーアイ》の胸に埋め込まれた目玉が膨れ上がった。

 それに呼応するように、腕、肩、胴、足、そして顔を、《キラーアイ》の身体は膨張し、鎧を刺々しく屹立させる。

 最後に蝙蝠みたいな大きな翼が生えて、《キラーアイ》は別の姿、別の存在、別のクリーチャーとなった。

 そう、進化したのだ。

 

 

 

Bitte verschwinde aus meinen “Augen”(私の“眼”の前から消えてください)――《悪魔龍王 キラー・ザ・キル》」

 

 

 

 ユーリアさんの《キラーアイ》が、《キラー・ザ・キル》に進化した。

 全身が刺々しくて、こちらを睨みつける形相は恐ろしく、胸に埋まった巨大な目玉がおぞましい。率直に言って、凄く怖い。

 これが、ユーリアさんの切り札なの……?

 

「《キラー・ザ・キル》がバトルゾーンに出た時、相手クリーチャーを一体破壊します。《トップギア》を破壊です」

「っ、クリーチャーがまた……!」

 

 《キラー・ザ・キル》は胸の目玉で《マッカラン》を睨みつける。ただそれだけで、《トップギア》は爆散してしまった。

 これでまたクリーチャーがゼロ。そして、遂にユーリアさんが攻めてくる。

 

「《キラー・ザ・キル》で攻撃、Tブレイクです」

「うわ……っ!」

 

 一気に三枚のシールドがブレイクされる。わたしもT・ブレイカーを持つクリーチャーを使うけど、こうして相手に使われると、その強さを改めて実感する。初めてシールドを攻撃されたのに、もうシールドが二枚しかない。たった一撃で、シールドの差を詰められてしまった。

 しかも、ユーリアさんの場にはまだ、《ダースレイン》と《ロックダウン》、二体のW・ブレイカーがいる。シールド枚数を同じにされるだけじゃない、残りのシールドも持っていかれる。

 獣のような雄叫びが聞こえると、こちらにクリーチャーが突っ込んできた。

 

「続けて、《ロックダウン》でも、Wブレイクです」

「うぅ……!」

 

 《ロックダウン》が残りのシールドをブレイクして、これでわたしのシールドはなくなった。だから、残る《ダースレイン》がわたしにとどめを刺しに来るけど、

 

「S・トリガー発動! 《爆流剣術 紅蓮の太刀》!」

 

 わたしの最後のシールドから、S・トリガーが来てくれた。《ピアラ・ハート》や《ダキテー・ドラグーン》じゃどうしようもないけど、《紅蓮の太刀》ならまだ生き残れる。

 

「パワー3000以下のクリーチャーは破壊できないけど、マナ武装5は発動するよ! パワー6000以下の《ダースレイン》を破壊!」

「……ターン終了です」

 

 攻撃できるクリーチャーがいなくなったユーリアさんは、ターンを終了する。

 ギリギリ生き延びることができたけど、わたしのシールドはゼロ、クリーチャーもいない。

 でも、シールドがなくなった代わりに、手札が増えた。

 

「わたしのターン。ドローしてマナチャージ。これで7マナだよ!」

 

 引いてきた《ピアラ・ハート》をマナに置いて、わたしまず、マナゾーンのカードを一枚タップする。

 

「《凶戦士ブレイズ・クロー》を召喚! そして、この《ブレイズ・クロー》を進化!」

 

 次に6マナをタップ。

 《ブレイズ・クロー》を、進化させる。

 

「出て来て! 《エヴォル・ドギラゴン》!」

 

 シールドから手札に来てくれた、わたしの切り札。

 《ドギラゴン》がいれば、まだ逆転できる。

 

「行くよ! 《ドギラゴン》で《キラー・ザ・キル》を攻撃!」

「あ……《キラー・ザ・キル》が……」

 

 《キラー・ザ・キル》はパワー12000もあるけど、《ドギラゴン》のパワーはそれを超える14000。バトルに勝って破壊できる。

 

「それだけじゃないよ、《ドギラゴン》の能力で、バトルに勝ったからアンタップ! 次は《ロックダウン》を攻撃!」

「《ロックダウン》も……」

 

 まずはユーリアさんのクリーチャーを全部破壊。さっきまでのお返しだよ。

 そして、

 

「ターン終了」

「え……終わり、ですか……?」

「うん」

 

 これもちょっとしたお返し。ユーリアさんがどういう理由で今までわたし攻撃しなかったのか、わたしなりに考えて、出した答え。

 わたしもあと一回でも攻撃されると負けちゃうから、S・トリガーでクリーチャーが出たり、クリーチャーを召喚してすぐに進化されるととどめを刺される。だから、それを防ぐために、このターンは攻撃しない。

 今のユーリアさんの手札はゼロ。なにを引いても、すぐにはとどめを刺せないはず。

 ユーリアさんがシールドを攻撃しなかったのは、たぶんわたしに手札を与えないため。手札が増えたら、それだけできることも多くなるから。

 だからわたしは、ここでそれをお返しする。

 

 

 

ターン8

 

 

ユーリア

場:なし

盾:2

マナ:6

手札:0

墓地:12

山札:20

 

 

小鈴

場:《エヴォル・ドギラゴン》

盾:0

マナ:7

手札:2

墓地:7

山札:22

 

 

 

「えと、えっと……ドロー、《ボンバク・タイガ》を出して、マナ武装3発動です……」

「《ドギラゴン》のパワーは14000! パワーを3000下げても11000あるから、破壊されないよ!」

「……ターン終了です」

 

 ユーリアさんは《ボンバク・タイガ》を召喚したけど、それじゃあわたしのクリーチャーは破壊できないし、このターンにとどめも刺せない。

 次のターンで、決めるよ

 

「わたしのターン! 《エヴォル・メラッチ》を召喚! 山札の上から四枚をみて、《マッハギア》を手札に! そして《メラッチ》を《マッハギア》に進化! コスト3の《ボンバク・タイガ》を破壊!」

 

 わたしの手札には《ゴウ・グラップラー・ドラゴン》もいたけど、いいところで《マッハギア》が来てくれたから、こっちを出す。クリーチャーを破壊しておいた方が安心だからね。

 仮に破壊できなくても、このターンで決めるつもりだけど。

 

「《マッハギア》でWブレイク!」

「……S・トリガー、《萎縮の影チッソク・マント》です。《ドギラゴン》のパワーを3000下げます……」

「さっきも言ったよ! それじゃあ、《ドギラゴン》は止められない!」

 

 前のターンに攻撃しなくて良かったと安堵しつつ、わたしは《ドギラゴン》で手を添える。

 ユーリアさんのシールドはゼロ。《ドギラゴン》を止められるものは存在しない。

 だから、これで終わり。

 

 

 

「《エヴォル・ドギラゴン》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 後日

 デュエマに勝ったら、ユーリアさんに憑りついていたクリーチャーは追い払うことができました。そしてまた、鳥さんがマナに変わった光を食べていたけれど、この前と同じで、えづいていた。

 

 なんにしても、ユーリアさんを苦しめていたクリーチャーはいなくなって、一件落着……なのですが。

 それでもわたしの気分が晴れない。胸の内がもやもやするし、すっきりしない。

 あの後、ユーリアさんはぐったりとして眠ってしまった。鳥さんは、憑りついていたクリーチャーが消えただけで奪われた力は戻らないから、疲労で眠ってしまったのだろう、なんて言っていたけれど。それでも、気になります。

 ユーリアさんの問題は、根本的には精神の、心の問題だ。クリーチャーがいなくなって、これ以上の被害はないと言っても、その傷までもが癒えているかどうか……

 それがずっと心配だったけど、わたしにできることはもうない。クリーチャーを退治した以上、もうわたしが関わる隙はない。

 後はユーリアさんが戻って来るのをただ待つだけ。戻って来ても、クリーチャーに憑りつかれていた時のことを覚えているかはわからない。きっと忘れているだろうって、鳥さんは言っていた。

 あんな恥ずかしい格好を覚えていられるのも困るし、その点に関しては構わないのだけれども……

 そんな、色んなものでもやもやしたままのわたしの前に、彼女は現れた。

 

 

 

Guten Morgen(おはようございます)!」

 

 

 

 スパーンッ! と。

 勢いよく扉が開かれ、威勢のいいあいさつ? 共に、誰かが教室に入って来た。

 あんまり急で、しかも大きな声だったから、みんな驚いて固まっている。

 いや、それだけじゃないかもしれない。

 その声は、聞き覚えがあるけれど、初めて聞くような新鮮さがあって、変な感じだった。

 クラスのみんなと同じように、わたしも扉の方へと振り返る。

 すると、そこにいたのだ――彼女が。

 

「グーテンモルゲン! 小鈴さん!」

「ぐ、ぐーてん……?」

 

 こちらにすたすたと歩いてきて、彼女はにっこりと笑いかける。

 キラキラと輝くような、長い銀髪。天使のような、無邪気でにこやかな笑顔。

 一瞬、誰だか分からなかったけど、でも、この声と顔はどう考えてもあの子だ。

 見間違えそうだったけど、見違えた。

 

「……ユーリアさん?」

Ja(はい)! ユーリア・ルナチャスキーです! ユーちゃんと呼んでください!」

「あ、うん……学校、来たんだね……」

「小鈴さんのおかげです! 目が覚めてから、いてもたってもいられなくなって、学校来ちゃいました! 家に引きこもってた時の気持ちが嘘のように、とっても楽しいです!」

「そうなんだ、よかったね……」

「なので、小鈴さんにはとっても感謝してます! Dankeschoen(ありがとうございます)!」

 

 ……やっぱり、ユーリアさんなんだ。

 元気で、笑顔で、人懐っこくて、聞いてた話の通りの人柄だ。わたしのイメージとも大きな食い違いはない。

 これが彼女の本来の人格なのだろう。これが本当のユーリアさんで、本来のユーリアさんが戻ってきて、よかったのだろう。

 だけど、

 

 

 

「……キャラ変わりすぎだよ」

 

 

 

 ここまで変わるなんて思ってませんでした。




 如何だったでしょうか。英語などと比べて、ドイツ語はあまりなじみが薄いかもしれませんが……まあ、そういうキャラだと捉えてくだされば。
 誤字、脱字、感想等。後はあるかわかりませんがドイツ語の間違いなどありましたら、いつでもどうぞ。
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