デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 最初の頃は一話完結を心掛けていた本作ですが、もうすっかりそんなものはなくなってしまいましたね。
 しかも今回から、今章の大部分を使った一連の物語を書いていく予定なので、余計に一話完結という言葉が遠のきます。お悩み解決編してた頃が懐かしい。
 あんまり前後に繋がりが強すぎると、更新に間を置いた読者がついて来づらいかなとか考えてしまうんですが、どうなんでしょうね?



30話「脅迫されました」

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 今日は、というか今はホームルームです。

 ……わたしだって、毎回毎回、なにか面白いイベントをやったり、気になることを見つけたりしてるわけじゃないんです。今この状況がホームルーム。それ以外に、説明しようがありません。

 あぁ、でも。

 気になると言えば、先生がちょっと気になることを言っていました。

 

「――では、本日も欠勤していらっしゃる担任の鹿島先生とやらの代わりに、ホームルームを務めさせていただきます。陸奥国です……あぁ、面倒くさい。なんで私みたいな新人が、こんな雑用を……これだから教師は……」

 

 壇上に上がる陸奥国縄太先生(『木馬バエ』さん)は、憂鬱そうに溜息を漏らす。

 本当ならホームルームは、担任の鹿島先生が受け持つんだけど、どういうわけかここ最近、鹿島先生は休んでいる。

 季節の変わり目に風邪を引いたって噂だけど、もうかれこれ一週間ほど欠勤してる。そんなに酷い風邪なのかなぁ。とても優しくていい先生だし、心配だよ。

 そしてその鹿島先生の代わりが、陸奥国先生。

 相も変わらず教師とは思えない言動で、忌憚なく不平不満を吐き散らしているけれど、もういつもこんな感じだから、生徒はみんな慣れてしまっていた。

 

「と言っても、特に連絡事項はないのですけど。文化祭とやらについては、委員の方がなんとかしていると信じましょう。こちらからわざわざ問いかけるなんて面倒くさい。できないならできないで、黙って破滅していればいいでしょう。その人にとっては、それはその程度のことだった、ということです」

 

 ……なんだか、やたらと不穏なことを吐き出すね、先生……

 ストレス溜まってるのかな?

 

「こんなものでしょうか? さっさと終わらせたいので、こんなものでいいですよね……あぁ、ダメだ。これも言っておかないといけないのか……あぁ、面倒くさい」

「せんせー。面倒面倒ばっかり言ってると、教育委員会とかなんとかがうるさいですよ」

「お気遣いありがとうございます。クビになったらなったで清々するので構いませんよ。誰がこんな奴隷のような職業を好き込んでするものですか」

「先生のその態度が清々しすぎる……」

「さて、では面倒ですが、次の連絡事項です。近頃、物騒な事件が起きているそうなので、できるだけ集団で、速やかに帰宅しろと、生徒指導部からの命令です。命令? ……まあ、命令でいいか。ニュアンスは適当に掴んでください」

「先生! 物騒な事件ってなんですか?」

「知りませんよ。ニュースでも新聞でも見てください。確か、犬猫の変死事件とか、傷害事件とか、そんな感じだったと思いますけどね。テレビでも新聞でもネットでも、あらゆる媒体でニュースになってますよ。とはいえ情報規制もそれなり、ですけど。中高生の間では都市伝説とか噂話とかにもなってるとかで、くだらないですね」

 

 いや、だいぶと知ってるじゃないですか、先生。

 ちょっと適当に喋りすぎてませんか?

 

「犯人がまだ捕まってないそうなので、あまり外出はしないように、深夜徘徊はもってのほか、ということだそうで。まあ、そんな危険の中に飛び込む馬鹿は勝手に死ねばいいと思いますけどね。知っててなお死にに行くならどうしようもない馬鹿ですし、無知ならただの馬鹿です。馬鹿に生きる価値は無いので、しっかり勉強して死なないように努めてください。死なれたらこちらが困るので」

 

 ……今日の先生、いつも以上に辛辣だね……

 相当イライラしているのがわかる。

 

「まあ、そういうことです。皆さんなら私の言いたいこと、わかりますよね?」

「先生。それ、とってもウザい教師のセリフトップ10にランクインする発言ですよ」

「知りません。つまり、巻き込まれるのは勘弁してくださいということです。あなた方が巻き込まれると、私たちが教師が困る。余計な仕事を増やさないでくださいよ。ただでさえ、近隣のパトロールとかいう厄介な仕事を押し付けられて辟易してるというのに……死んでも死なないでください。お願いですから」

「死ねばいいと言ってすぐに死ぬなって、先生、疲れてるのかな……」

「しかも、死んでも死ぬなって、矛盾もいいところ……」

 

 近隣パトロール……あぁ、だから機嫌が悪かったんだ。

 先生のお仕事がどれだけ大変かは、常々先生の口から語られるけど、今日はいつもの比じゃない。クラスのみんなも、心配そうにひそひそ話しているほど。

 けれどそれが聞こえていないのか、それとも無視しているだけか、先生は最後にこう言って締め括る。

 

「本当、憂鬱だ……ではホームルーム以上です。もう帰っていいですよ。というか、とっとと帰ってください。頼みますから、変な事件に関わるのだけは、勘弁してくださいね」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ホームルームが終わって、みんなで昇降口へ。

 そこで霜ちゃんが、さっきの先生に対して苦言を呈す。

 

「それにしてもあの人、人間社会に溶け込む気なさすぎじゃないか? 教師としてあの発言は問題すぎるだろ」

「どーでもいいけどね。先生の言ってることはもっともだし?」

「過激すぎるし度が過ぎている。大事になったらどうする気なんだ」

「……まあ、でも……相手は、選んでる……っぽ、し」

 

 恋ちゃんの言う通り、陸奥国先生は、あの態度も人によってわりと使い分けてたりする。

 あんな態度を取るのは生徒(わたしたち)の前だけで、他の先生の前では、それなりにまともな言動だ。どちらにせよ、他人には興味なさそうな感じだったけど。

 そのくらいの常識があってちょっと安心はするけど、でも、いつどこであの暴言の数々が漏れるかわかったものじゃないから、ちょっと怖いよね……

 先生は、クビになるならそれはそれで清々する、なんて言ってたけどさ……

 

「あの、小鈴さん」

「どうしたのユーちゃん?」

「その、代海さんは、今日は一緒じゃないんですね……」

「うん。なんだか、用事があるからって、先に帰っちゃったよ」

 

 さっきC組を覗いた時に、代海ちゃんのクラスメイトが教えてくれたことだ。

 わざわざクラスメイトに言伝してまで伝えてくれたってことは、それだけ大事なんだと思う。

 

「彼女が用事、か……」

「なにか臭うねぇ。水早君もそう思うよね?」

「……まあ、彼女は立場が複雑だからな。そういうこともあるだろう」

「あり? ここは一緒に叩き合う流れじゃないの? 私たち、友達でしょ?」

「他者の批判で喜んでるような猿と友達なんて願い下げだ」

「なんだとぅ」

 

 代海ちゃんの用事。そのことに霜ちゃんはなにか言いたげだったけど、結局はなにも言わなかった。

 霜ちゃんも、代海ちゃんを受け入れ始めている。それは嬉しいんだけど、ちょっと気を遣わせちゃってもいるようで、少し申し訳ない気持ちもあった。

 靴を履き替えて、五人で昇降口を出る。後門の前には既に、帰宅する生徒たちの流れができている。

 

「そういえば、さっき先生が言ってた事件だけど、それのせいで休止になってる部活があるらしいね」

「え? なに? 誰か死んだ?」

「みのりちゃん!」

「……ごめんって。ちょっと調子乗った」

「まったく、これだから実子は。そうじゃなくて、単に用心のためだ。帰りが遅くなってはいけないってね」

「ユーちゃんのブカツも、しばらくお休みです……残念です(ゾウ シュリム)

「……遊泳部、って……秋、活動する、の……?」

 

 わかりません。

 だけど、この町で起こってる事件が、わたしたちとは無関係じゃない範囲で影響を与えているということだけはわかる。

 ……怖いなぁ。

 ふと前を見ると、校門の前には二つの人影が見えた。

 いや、というか、あの二人組は……

 

「用務員さんと購買のお姉さん、ばいばーい」

「なのよー! 気を付けて帰るのよー!」

「うむ。近頃は物騒な事件が多発している。十全な注意を払い、迅速に帰宅せよ。集団であればなおよしだ。集団であることは、生き延びるための有用な手段の一つであるからな!」

「……なんかいる」

 

 見覚えのある男女の二人組だった。

 そのうちの一人、女の人が、こっちに気付いてぶんぶんと手を振る。

 

「あら? (すず)ちゃんなのよ! やっほー!」

「ど、どうも。葉子(ようこ)さん……」

 

 初めて出会った時よりもだいぶ大人しくなってるけど、それでもドレスみたいな華やかなワンピースを着た、煌びやかなお姉さん。

 購買のお姉さんこと、陸奥国葉子さん。本当の名前は『バタつきパンチョウ』さん。

 その名の通り、陸奥国先生のお姉さんだ。

 それと、その隣にいるお兄さんが、葉子さんの弟さんで、『燃えぶどうトンボ』さん……だったっけ。こっちは学校で用務員さんをやっている。

 

「……君ら、いつの間に親しくなったの?」

 

 霜ちゃんが訝しげな視線を向けて来る。

 そんなこと言われても……別に、大したことはしてないよ?

 ただ、購買の店員さんだから、毎日お昼の時間に会ってはいるけど。

 

「うちのお得意様なのよ! あんなにいっぱいパンを買ってく子は見たことないのよ! 買いっぷりがとても気持ちよくて、私、鈴ちゃんのこと気に入っちゃった!」

「姉上の眼鏡に敵うとは、なかなかやるではないか、小娘!」

「は、はぁ……」

 

 お兄さんに褒められました……褒められてるの?

 でも、葉子さんはいつも笑顔で、元気で、それにとても弟思いで、お話してて楽しい人だよ。

 ……ちょっと、弟さんが好きすぎるんじゃないかって気もするけど。

 それにしても、購買のお姉さんに、用務員のお兄さん。二人とも、なんでこんなところにいるんだろう?

 そう思って聞いてみたら、

 

「ハエ太を待ってるのよ!」

「ハエ太?」

 

 誰のことですか?

 と重ねて尋ねようとしたところで、後ろから声がかかった。

 

「……姉さん。ハエ太はやめてよ」

 

 どこか陰鬱で、嘆くような声。

 振り返ると、そこには陸奥国先生――『木馬バエ』さんが立っていた。

 先生は蛍光色のジャケットを羽織っていた。確か見回りがあるって言ってたし、今からそれに行くところなのかもしれない。

 ……っていうか、ハエ太って、先生のこと?

 

「どうして? 人間のとしての名前が縄太(じょうた)なんだから、虫になったらハエ()太なのよ!」

「いつも通り呼んでくれよ……恥ずかしいだろ」

「やーん、恥らってるハエ太も可愛いのよ!」

「……うっぜぇ」

 

 斜を向いて吐き捨てる先生。

 とてもストレスフルで憂鬱そうだ。

 

「で、なにしてるんだよ、姉さん。兄さんも。仕事は?」

 

 不機嫌なまま、先生はわたしも尋ねた質問を、姉兄に問う。

 

「そんなものはとうの昔に完了させている! 加え、本日は室長殿から速やかな帰宅の命も受けた故だ」

「私もなのよ! 今日は鈴ちゃんのお陰で、とても早くに完売したのよ! 事後処理もパッパと済ませて、二人でハエ太を待ってたのよ」

「……あっそ。悪いけど、私はまだ仕事、終わってないよ。それとハエ太はやめてね」

「そうなのよ?」

「そうなんだ。近隣のパトロールとかなんとか。面倒くさいったらありゃしない。死にたい奴は勝手に死なせておけばいいのに」

「まあまあ! 流石はハエ太! 重役なのよ!」

「別に。手の空いてる雑用係が私ってだけだよ。他の教師もやってることだ。私が特別なわけじゃない。それからハエ太はやめてくれ」

「しかしハエ太よ。貴様はこの周辺地域の民を守護する役割を得たということだ。大義ではないか!」

「興味ないよ。私がそのへんを歩いたところで、そう変わるものでもないだろうに。なんでもいいけどハエ太はやめろよ」

「そんなことないのよ! ハエ太がいるだけで、生徒の皆も、町の皆も、安心できるのよ! それはとっても大事なことなのよ! しっかりやり遂げなさい」

「……姉さんや兄さんの言いたいことはわかったよ。別に投げ出すつもりはない。仕事だからね。それとさっきから何度も言ってるけど、ハエ太はやめろ」

 

 どこまでも過激で残酷で、だけど卑屈で陰鬱な先生。

 それはお姉さんやお兄さんと真逆だけど、それでも三人は衝突しない。

 本当、仲良いんだなぁ、この三人は。

 

「それじゃあハエ太! 頑張るのよー!」

「尽力せよ、我が弟よ! 貴様ならできる!」

「はいはい……わかってますよ。でもハエ太はやめてくれ、恥ずかしいから」

 

 そう言い残すと先生は、堪えきれないと言うように、スタスタとパトロールに行ってしまった。

 そんな先生たちの一部始終を見て、隣で霜ちゃんが言葉を零す。

 

「……独特な姉弟だね」

「うん……そうだね」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 先生と葉子さんとお兄さんの仲睦まじい(?)寸劇を見た後の帰り道。

 ホームルームでああ言われてしまい、先生も巡回に向かった手前、とりあえず今日はワンダーランドで集まらずに帰ろうという話でまとまったわたしたち。

 その帰路でのことだった。

 

「あれ? なんだろう」

 

 前方に、人だかりができている。

 それどころか、パトカーが停まっていて、救急車が走り出した。

 

「野次馬、パトカー、救急車……要素が揃いすぎてて、嫌な予感しかしないな」

「偶然にしてはできすぎ? でもま、こうして現実にあっちゃうとねぇ」

「……どう、する……スルー、する……?」

「うにゅにゅ……でも、気になっちゃいますよ」

 

 さしものわたしでも、予想がついた。

 驚きに加え、怖いものが背中を通るけど、同時に好奇心も湧き上がる。

 自分の住んでいる町。身近で起こっていること。

 たとえそれが恐ろしく、軽々しく触れてはいけないようなものでも、それを無視することはできない。

 言い訳染みているような気がするけれど、そう思ってわたしは進んだ。

 騒然としている、人混みに向かって。

 

「……人が、多いね」

「いやまったく。声が重なりに重なってノイズになってて、なにがなんだかよくわからないねー」

「入りたくない……」

「……うん? あれは……」

「霜さん? どうしましたか?」

「ごめん、皆。ボクはちょっとはずすよ」

「なにかあったの?」

「ちょっと有益かもしれない情報源を見つけたんだ。大丈夫、すぐ戻るよ」

 

 そう言って霜ちゃんは、わたしたちから離れる。

 そして人混みを掻き分けながら、進んでいく。なにか明確な目的地があるような足取りだった。

 霜ちゃんの先にいたのは、一人の男の子。というか、あれは――

 

「――やぁ、若。奇遇だね」

 

 若宮くん、だった。

 クラスメイトの、若宮智久くん。

 若宮くんは新聞部員で、前にちょっとだけ取材を受けたことがあるんだけど……わたしとの関わりと言えばそのくらい。

 だけど霜ちゃんは、彼と仲がいいみたい。

 霜ちゃんは体育とかは男子として参加してるけど、あんまり男の子のことについては話してくれないから、わたしは若宮くんについてよく知らないんだよね……

 どうやら霜ちゃんは、わたしたちより先にこの場にいた水早くんから情報を聞き出すつもりみたい。若宮くんは新聞部だし、確かに情報には期待できそうだ。

 

「水早……奇遇っちゃ奇遇だけど、いつもの仲良し五人組じゃないの?」

「皆いるよ。ただ、君と会うのに皆がいては、不都合があるからね」

「なにが不都合だって言うんだ?」

「言ってもいいけど、君の名誉のためにボクは黙っておきたいな」

「お前にとっての僕の評価はどれだけ低いんだ!?」

「冗談だよ。ただ、皆がいない方が、君も話しやすいだろう? 君は女慣れしてないから」

「ほっとけ! ……その通りだけどさ」

 

 なにやら楽しく談笑している様子の霜ちゃんと若宮くん。

 霜ちゃん、わたしたちといる時は、いつも眉間に皺を寄せているような表情なのに、若宮くんと話している時は……楽しそう。

 わたしたちと一緒の時が楽しくなさそうってわけじゃないけど、なんだか今の霜ちゃんは自然っていうか、ちょっと爽やかで、“男の子”って感じがする。

 

「で、これは一体なんの野次なんだい?」

「なんだ、聞きたいことはそんなことか?」

「まあね。こういうのはパパラッチに聞くのが一番だと思って」

「誰がパパラッチだ。僕はごくごく普通の一般記者だっての」

「うん。まあその辺の細かいニュアンスはさておくとしてね」

「置いとかないで欲しいんだけど。一応、僕の沽券に関わるから」

「君にパパラッチができるほど度胸がないチキンだってことはボクが証明するから安心していいよ」

「不名誉だな!」

「そんなことより、聞きたいことを聞いていいか? 話が進まない」

「それは悪かった……けど、水早にも責任はあると思うんだが……」

「君がなにをしているかは、この際どっちでもいい。これは、どういう野次馬だ?」

 

 霜ちゃんが若宮くんに再度問うと、若宮くんはげんなりとした様子で、だけどしっかりと答える。

 

「わざわざ僕に聞くことか、それ? こんなの、水早なら察しはついてるだろ。ホームルームでも言ってた、話題の通り魔事件だよ」

「通り魔事件……そんな風に呼称されているのか?」

「一部ではね。まあ、世間的には『幼児連続殺傷事件』という呼称の方が通りがいいけど」

「ボクもしっかりとニュースをチェックしたわけじゃないけど、幼児ということは、子供がターゲットなのか?」

「そうだね。今のところ、被害者は子供、それも未就学児ばかりだって」

「……あまり気分のいい事件じゃないね」

「まあね。新聞社(うちの部)でも、取り上げるのを中止したくらいだ。見ての通り警察も動いてるし、なかなかにヤバいタイプの事件だよ。おっかないね」

「今回の被害者も、子供なんだよね」

「みたいだよ、もう救急車で運ばれて行ったけど。聞くところによると、今回の被害者は幼稚園にも入っていない子供だって。今まで三件の事件があったけど、その中でも断トツで幼いね」

「そうなのか?」

「あぁ、他の事件では小学生が被害者だったから。と言っても、小学校低学年だから、標的にされているのが幼い子供ということに違いはないけれど」

「そうか……しかし、随分と詳しいな。君はそんなに熱心な新聞部員だったのか?」

「腐っても僕は報道部の新聞社員だ。この町の大きなニュースくらいは把握しているさ……まあ全部、先輩の受け売りなんだけどさ」

「なんだ、君が大したものというわけではないのか。だけど、紙面に載せるのは却下されたんだろう? なのに、そんなに詳しい人がいるのか?」

「まあね。紙面掲載は中止になったけど、そうなる前から調べていたみたいだし」

 

 人混みがすごくて、なんの話をしているのかはよく聞こえないけど、若宮くんはこの事件について詳しいみたい。

 それに、それだけでは終わらない。

 

「そうだ。もう一つ、面白い話があるんだ」

「面白い話?」

「あ、いや、面白いと言うと不謹慎だな」

「なんでもいいよ。で、なに?」

「連続殺傷事件の始まりが、およそ一週間前。だけどその前から、ちょっとした都市伝説みたいな噂が流れていたのは知ってる?」

「聞いたことあるかもしれない。車に轢かれた犬猫の死体が、やたら発見されてるってやつか?」

「そう、それだ。今細々と続いているみたいだけど、噂では黒魔術的な儀式とか、当たり屋ならぬ猫轢き屋とか、くだらない説が流れているが……実はその犬猫たちは、事故死じゃないって話だ」

「どういう意味だ?」

 

 霜ちゃんが、訝しげな視線を向けながら、尋ね返す。

 それを受けて若宮くんも答えた。

 

「故意に殺害されているんだよ。大抵の人は、血塗れの獣の死体なんて近づきたくもないだろうけど、それをまじまじ観察した人もいるとかなんとか。あるいは保健所の証言かなにかか。細かいところは忘れたけど、真偽はさておき、犬猫の死因は、車に撥ねられたことじゃない。何者かによって、はらわたをズタズタに引き裂かれたから、だという」

「本当か? なんのために?」

「知るかよ。数こそ多いが、こっちは事件性が定かでない。都市伝説みたいなものだからね。実際に轢かれてる死体もなくはなかったとも言うし。警察が動き出す兆しもあったみたいだけど、その前にこっちのよりデカい事件が出て来て、それどころじゃなくなった、ってところじゃないか?」

「犬猫の変死体ね……いや、切り裂かれているなら変死ではないのか。それはどこまで本当なのやら」

「僕もそう思うけど、でも、わりと信憑性は高いみたいだよ? 地方紙だが、どこかの新聞に載ってたって、先輩は言ってた」

「また先輩か。何者なんだ?」

「いたって普通の先輩……とは言えないかな。まあでも、いい人だよ。少し変わりものだけど」

「それで? その動物の惨殺死体と、今回の傷害事件と、なんの関係があるんだ?」

「因果関係は解明されていない。ただ時期と事件発生場所が近い、どちらも刃物が凶器となっている、程度の共通点だな」

「……獣を殺すのに飽きてしまって、人間を殺し始めた快楽殺人者、とかか?」

「知らないけど、その可能性も否定はできない。だが、奇怪な事件が同時に発生したからと言って、両者が因果関係で結ばれているとは限らないよ。そんな物語的なことは、現実的じゃない。それに、獣はズタズタに殺されているのに、人間の方は瀕死ではあっても死んではいないわけだし……あぁでも、かなり危険な状態で、死者が出てないのは単に運が良かっただけ、とも言われていたっけ。だからまあ、微妙なところだな。結局はよくわからない」

「それは、単純に人間の方が殺しにくい、死ににくい、ということではないのか?」

「だから知らないよ。僕らはもうこの事件からは手を引いてるし、今だって帰る途中にパトカーがやって来たから気になっただけなんだ。僕が知ってる情報はこれで全部だよ」

「そうか……ありがとう、若」

「別にいいよ礼なんて。でもまあ、他人事っぽいけど、相当大きくて、それでいて身近な事件だし、水早も気を付けろよ。お前は女っぽいから」

「若も男らしくないから、気を付けた方がいいんじゃないか?」

「ほっとけ」

 

 と、わりと長かった、霜ちゃんと若宮くんの話はそこで切り上げられた。

 一通り話を終えた霜ちゃんが、人混みから離れたわたしたちのところに戻って来る。

 

「……なにか……わかった……?」

「微妙だね。とりあえず分かったのは、この町とその近辺で起こっている二つの事件についてだ」

「二つ? ホームルームで言ってたやつだけじゃないの?」

「みたいだよ。順番に説明しよう。一つは、今ここで起こった幼児連続殺傷事件。その名の通り、子供ばかりを標的にした殺傷事件だ」

「怖いですね……」

「で……二つ目、は……?」

「もう一つは、動物惨殺事件。こっちは事件というより、都市伝説だけど。最近、やたら犬や猫の死体が見つかるけど、それは事故死ではなく、誰かが刃物で惨殺した、というものらしい」

「うわ酷い。わざわざ小動物をひっ捕まえて殺すとか、外道だね!」

 

 みのりちゃんが珍しく怒ってる……けど、その通りだ。

 わたしとユーちゃんでふんふんと頷いていると、霜ちゃんが驚いたようにみのりちゃんを見つめている。

 

「……実子、大丈夫か?」

「え? なにが?」

「いや、君にしては、驚くほど常識的というか、随分と倫理的というか……まるで心を持った真人間みたいな発言だったけど……」

「なんだと。それはどういう意味かなー? 水早君?」

「だって驚くじゃないか。いつもロクなことを言わない実子が、まともなことを言うと。ヤンキーが捨て猫を拾ってるところを目撃してしまったみたいな感覚だ」

「私はヤンキーってか。ならヤンキーらしくそのケンカ買うよ?」

「け、ケンカはダメですよ、お二人とも!」

「……また、はじまったし……」

 

 いつものように霜ちゃんとみのりちゃんが言い合いを始めるけど、わたしの頭の中には別のことが浮かんでいた。

 凶悪な事件。不可解な都市伝説。

 そんな、日常の中に潜む非日常感。

 その根源を、可能性を、口にする。

 

「……クリーチャーの仕業、なのかな?」

 

 クリーチャーの引き起こした事件。

 わたしたちは、今まで何度も、それを経験してきた。

 これまでは大きな被害はなかった。誰かが傷つくことも、少なかった。

 まったくなかったわけじゃないけど、最後にはみんな、笑っていたんだ。

 けれどクリーチャーは、わたしたちの常識を超えて来る。

 誘拐事件の時も、林間学校でのことも、わたしは忘れない。

 クリーチャーは犯罪を犯すし、天災さえも引き起こす、危険になり得る存在。

 だから、もしかしたら、今回の事件も……

 

「クリーチャーの仕業か。可能性は否定できないな」

「ユーちゃんたち、前にクリーチャーにユーカイされちゃったことがありますよ」

「その例を踏まえると、クリーチャーが計画的な犯罪をやらかしてもおかしくないねぇ」

「……あの、焼き鳥、は……?」

「鳥さんのこと? 鳥さん、最近まったく姿を見せないからなぁ……」

「いざって時に使えない鳥肉だね。喋らないし見つからないし食えないとか、無能では?」

「うーん。でも、クリーチャーが現れたら、来てくれると思うんだけどね……」

 

 わたしと鳥さんの関係は、一方的で受け身だ。

 だから、こうやって必要な時にいないということは、珍しいことじゃないんだけど。

 それでも、こんな時は鳥さんが恋しくなってしまう。

 

(鳥さん……どこにいるんだろう)

 

 今、この町には異変が起きている。それだけはわかる。

 だけどその中身までは暗がりとなって見えない。

 なにも知らない。わからない。

 入口も、扉も見えているのに、扉の鍵が見つからないみたいな。

 その先で、なにかとても大変なことが起こっている。その音だけが聞こえていて、けれどそこに立ち入る手段がない。

 わかっていても手が出せなくて、もどかしい。

 気付けばわたしの中で、小さな種が芽吹いていた。

 このままなにも知らずに終わりたくない。なにかが起こっているのに、なにも知らないままなのは、イヤだ。

 なんでもいい。誰でもいい。誰か、なにか。手掛かりが欲しい。

 灰色に濁った空を見上げながら、誰でもない誰かに希う。

 果たしてその願いは、誰が聞き届けたのか。

 もしも神様がいるのなら、その神様はよっぽど気まぐれなのか、適当なのか、それとも、わたしたちの考えなんて到底及ばないなにかなのか。

 なんにせよ。

 

 

 

「――知りたい?」

 

 

 

 その神様の叶えたらしいわたしの願いは、奇妙な縁を結んでしまったのでした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 不意に、声をかけられて、ほとんど反射的に、振り返る。

 けれどわたしは、わたしたちは、上手く反応できなかった。

 それはあまりに突然で、予想なんてできなくて、その存在を思わせるようなものは、なにも感じられなかったから。

 伏線も、布石も、なにもない。

 予兆もなにもなく、ただそれが当然であるかのように、彼女はそこにいた。

 嵐の最中、台風の目に急に光が差すように。

 暴風雨を伴った明るい兆しが、やって来た。

 けれどその光はとても不自然に見えて。

 どうしてそうなっているのかわからなくて。

 その不思議さ、奇妙さのせいで。

 彼女の名が、自然と零れ落ちる

 

「わ、若垣(わかがき)、さん……?」

 

 そう、わたしたちは、彼女の名前を知っている。

 若垣狭霧(さぎり)さん。わたしたちのクラスメイトの、女の子。

 可愛いと言うよりは、カッコいい。ボーイッシュというよりは、クールビューティー。

 シュッと一つに括られた髪に、スマートな体型。制服のスカートよりもジャージの方が似合うような。霜ちゃんやみのりちゃんとはまた違った男の子っぽさというか、カッコよさがある。

 けれど彼女の纏う空気感はとても独特。気だるげで、どことなく世捨て人のような眼が、近寄りがたい空気を発しているせいだ。

 クラスでも孤高の人という感じで、誰かと一緒にいるところはほとんど見たことがないし、本人も誰かと触れ合うことを求めている様子はない。

 他人に対して無関心を決め込んでいるみたいな。ちょっと斜に構えたというか、冷ややかなところのある人だ。

 そういう人なだけに、わたしもほとんど話したことがないし、接点もクラスメイト、というくらいだ。

 だから当然、どうして? という疑問が湧く。

 どうして、ここにいるのか。

 そして、さっきの言葉の意味は、なんなのか。

 わたしはその前触れのない嵐にたじろいでしまって、口ごもってしまったのだけれど、代わるように霜ちゃんが尋ねてくれた。

 

「君は若垣さん、だよね。若垣狭霧さん。クラスメイトの」

「そうだけど」

「一体なんだい、藪から棒に。ボクらは君とあまり接点はなかったはずだけれど、随分と親しげだね」

「接点とか。そんなくだらないものに縛られてるの? 呆れた。アンタはもう少し聡明だと思ってたけど、なんだ、ハリボテか。ガッカリ」

 

 会話を始めて間もないのに、この棘のある態度に発言。

 霜ちゃんの額がピクリと動く。

 

「……君の目的が読めなくて警戒している、ということくらいは察して欲しいものだけどね。じゃあ、そっちの詮索は後回しにしようか。君は、ボクらになにを教えてくれると言うんだ?」

「別にウチはなにも教えたりはしないわよ。ただ聞いているだけ。アンタたちの答えは、イエス、オア、ノーの二者択一よ。知りたいのか、知りたくないのか。どっち?」

「知りたいと言ったら、君は教えてくれるのか?」

「さてね。ちょっとは考えなさいよ、なんでウチがアンタたちとコンタクトを取ったのかを。アンタたちなんかに、ましてやナントカ殺傷事件やら都市伝説やらに興味なんかないのに、こうして接触を果たした意味を」

 

 もったいぶる若垣さん。誰かが話しかけても、いつも素っ気なくあしらうだけの彼女が、こんなに饒舌に喋っているところは、はじめて見たかもしれない。

 けれど、まず間違いない。

 若垣さんは、今回の事件についてなにか知っている。なにかしらの手掛かりを持っている。

 それだけはきっと、確かな事実だ。

 

「それで? 知りたいの? 知りたくないの? 早く答えて」

「…………」

 

 急かす若垣さん。

 霜ちゃんは、そんな彼女に疑念を抱いているのか、答えない。

 正直、わたしも怪しいと思うし、奇妙だし、裏があるんじゃないかって思うけど。

 でも、

 

「わたしは知りたい」

「小鈴……」

 

 これが偶然でも、必然でも。

 前に進むためのチャンスを、逃したくなかった。

 

「若垣さん。あなたがなにかを知ってるというのなら、教えて」

「その答えを待ってた。ウスノロかと思ったけど、案外イケてるじゃない。女装趣味よりいい話ができそう」

「…………」

「でも、ただ教えるだけじゃつまらない。なにかサプライズが欲しいところね」

 

 さ、サプライズ?

 え? なにを言ってるの?

 

「せっかくだし、賭けにしない? お互いに賭け金を用意して、負けた方がそれをぶん取れるっていうの。あぁ、賭け金って言っても、当然、金品なんてナンセンスなものはナシよ」

 

 なんだかすごいことを言ってる。

 すべて彼女の思うままに話が進んでいて、正直ついていけない。

 若垣さんの謎の申し出に、わたしは困惑するだけだけど、霜ちゃんは違った。

 彼女の奇妙さ、おかしさに、喰らいつく。

 

「馬鹿馬鹿しいな。荒唐無稽だよ。取引ですらないなんて」

「そう? 結構、面白いと思うんだけど」

「そもそも君は、ボクらになにを提供するのかさえ不明瞭じゃないか。君がボクらに接触した意図も、君の目的も、なにもかもが謎すぎて、信用に値しない。ボクらにとってのリターンが明確でないのに、下手なリスクは負えないよ」

 

 まったくもってその通り。やっぱり霜ちゃんは、どこまでも理性的だった。

 若垣さんを信用するかどうかはさておいて、彼女はわたしたちに、今回の事件について知りたいかどうかを聞いているだけだ。それについて答える、とは一言も言っていない。

 とにかく行動が、その意図が、真意が読めない。

 その賭けにしたって、彼女が勝って得をするのかどうか。たぶん、なにも得しないような気がするけど。

 せっかく展望が見えてきたけれど、わたしたちに差し伸べられた手は、あまりにも奇妙奇天烈で、とてもその手を取ることはできなかった。

 

「悪いけど、若垣さん。あなたの提案には乗れない。あまりにも混沌だ。打算的な思考がなさすぎる」

「なによ、せっかくこっちが乗って来たってのに、冷めること言って空気読めない奴ね。でもこっちも、興が乗ったところで簡単に引き下がりたくもないの」

「だったら他を当たってくれ。ボクらは、君の茶番に付き合っている暇はない」

「偉そうでムカつく。けど、アンタには最上級のカードを用意してるから、むしろ滑稽ね。アンタもこっちの手札を知ってれば、のほほんとマヌケ面を晒していられたでしょうに」

「……? なんだ、交渉材料でもあるのか?」

 

 若垣さんとのやり取りも打ち切り、という流れだったけれど。

 彼女はその流れを、強引に引き戻す。

 

「お兄ちゃんからは言わない方がいいって言われてたけど……ま、面白いしいっか」

「なんなんだ。まだ交渉の余地があるって言うのか? ボクとしては、君の話は信用に値しないから、早く打ち切りたいところなんだけどね」

「交渉、交渉ね。まあ体面的にはそう言いたいところではあるね」

「随分ともったいぶるな。そんなに大事なものなのか、それは」

「ウチにとってはどうでもいいけど、アンタにとってはどうでしょうね」

「ますますわからないな。ボクと君の接点は希薄だ。君がボクの急所を知っているとは思えないが」

 

 そうだ。わたしがそうであるように、霜ちゃんだって若垣さんと接触する機会は少ないはず。男女で体育が別々だし、それだけでわたしたちよりも、霜ちゃんは若垣さんとの接点はずっと薄くなる。

 だから、若垣さんがわたしたちのことを詳しく知っているなんて、ないはず、なんだけど……

 

「アンタがウチをそう認識してるってことは、ウチがいつもなにをして、誰とつるんでるかも知らないってことでしょ? それなのに、よくもまあ、自分のことを知ってるはずなんてない、なんて言えるわね」

「ハッタリか? 悪いけど、君の妄言や虚言に付き合ってあげるほど、ボクはお人好しじゃない」

「とかなんとか言って、本当は気になってるんでしょ? ビビってるんでしょ? 実はなにかあるんじゃないかって可能性を捨てきれなくて、探ってるんでしょ?」

「……本当、なんなんだよ。君は、なにを知ってるっていうんだ? そこまでもったいぶることなのか? それは」

 

 焦らすような若垣さんの物言いに耐え切れなくなったのか、霜ちゃんが遂に踏み込む。

 けれどそれは、地雷原に生身で突っ込むようなものだ。

 若垣さんの持ってるカードは、交渉のための材料なんて、生易しいものじゃない。

 

「だってそうでしょ。このカードを切っちゃったら、これはもう交渉じゃなくて、脅迫だもの」

 

 それはとても鋭い刃。

 そして、猛毒だ。

 霜ちゃんにだけしか効かない、とても、とても強い毒。

 彼女はそれを、突きつける。

 

 

 

「ねぇ――“盗撮魔さん”」

 

 

 

 その一言で、すべてが凍りついた。

 空気が、身体が、思考が、なにもかもが。

 短い時間だったと思うけど、それはとても長い時間に感じられた。それほどに、その沈黙は重かった。

 そして、その重力を一番に感じていたはずの霜ちゃんが、真っ先にその静寂を打ち破った。

 

「……なぜ君が、そのことを?」

 

 努めて冷静に振る舞う霜ちゃんだけど、わたしにもわかるほどに、その声は震えていた。

 声だけじゃない。指先も、身体も、必死で抑えようとしているけれど、それでも震えが見て取れる。顔も青ざめていて、とても正常な状態じゃない。

 それは見るからに、恐怖だった。あの冷静で、気丈で、利発な霜ちゃんが、恐れている。こんなにも怯えた霜ちゃんは見たことがないってくらいに、怖がっている。

 いつもの毅然とした態度は脆く、あと少し突けば、崩れ去ってしまいそうだ。

 見かけの上では取り繕っていても、それはあまりにお粗末だ。わたしにすら、霜ちゃんの内心が透けて見えるほどだもの。

 それほどに、霜ちゃんはあの時のことを、ずっと引きずっているんだ。

 ――絶対に忘れない。霜ちゃんと初めて出会った時のこと。

 “男の子”になろうした霜ちゃんが取った行動。女子更衣室のビデオカメラ。

 わたしたちは、霜ちゃんを許した。クリーチャーが絡んでいた事件だったし、霜ちゃんの悲痛な気持ちを、無視することはできなかったから。

 そう、だからわたしたちは、霜ちゃんが犯してしまった罪を隠した。霜ちゃんのためと思って。わたしたちだけの秘密にした。

 だけどそれは、事情を知っているわたしたちの判断であって、もっと客観的に見れば、簡単に許していいものとは言えない。

 中学生とはいえ、法律に触れるようなことだ。それだけで、責任感の強い霜ちゃんには、大きな重責になっているはず。

 そしてなにより、霜ちゃんを含めてわたしたちは、霜ちゃんの保身を優先して、あのカメラに映っていた人たちのことを無視したんだ。

 二重の枷で、罪の十字架だ。

 霜ちゃんは今まで、それを表に出すことはなかったし、わたしたちも禁忌(タブー)と思って口にはしなかったけど。

 それは間違いなく、霜ちゃんの決定的な急所。

 そして、わたしたちの仲を引き裂きかねないほどの致命傷を伴う、弱点だ。

 ただ、それとは別に不思議なこともある。

 なぜあの時のことを若垣さんが知っているのか。あの時の出来事は、学援部で内々に処理されて、表沙汰に放っていないはず。みのりちゃんはちょっと知ってるけど、でも、みんながこんな大事なことを簡単に口外するわけがない。

 学援部の人たちだって、きっとそうだ。だから、若垣さんがあの時のことを知っているはずはないんだけど……

 

「さて、なんでかしらね。まあでも、これで交渉の余地はあるんじゃない? お互いの大事なもの、浮き彫りになったでしょ?」

「……なにがお互いだ。ボクの汚点を曝け出しただけじゃないか。クソッ……」

 

 憎々しげに舌打ちする霜ちゃん。

 でもこれはもう、交渉なんかじゃなくて、脅迫だ。

 霜ちゃんの保身を考えたら、わたしたちは、若垣さんの言うことに従うしかない。

 いや、従って済むのなら、まだマシだ。

 

「スリリングで楽しくなったきたわね。負けた瞬間に人生ゲームオーバーとか、なかなか笑える話」

 

 脅迫されて、それに従えばいいというものではなく。

 あくまでこれは賭け。賭けの勝敗で、すべてが決してしまう。

 もはやそれは、脅迫でも交渉でもない。快楽殺人のようなものだ。

 流石に、黙っていられなかった。

 

「わ、若垣さんっ! なんで、そんな……」

「なんでって、面白いからって言ってるでしょ。もっとノリよく乗ってくれれば、ウチだってこんな汚いマネすることはなかったのに。そこのダッサイ女装趣味が頑固だから。仕方ないじゃない」

「……限度が、ある……お前の、それ……もう、犯罪レベル……」

「さて、ウチは法律とか詳しくないし、興味もないから、知ったこっちゃないわね。っていうか、いい加減、話をまとめない? ウチとの賭けに乗るの? 乗らないの?」

「……選択肢なんてないんだろう。いいよ、やってやるさ」

「霜ちゃん……」

 

 力のなく無理やり絞り出したような声で応じる霜ちゃん。

 精神的にも、およそ正常とは言えないのに。

 だからなのか、今の霜ちゃんは、どこか投げやりな風にも見える。

 

「ま、そう答えるしかないよね」

「それで、賭けとは言うが、なにで勝負するんだ?」

「んー……そうね。ならお互いにルールを知り尽くしてるゲーム――デュエマでどうかしら」

「え? デュエマ?」

 

 なんでそこでデュエマ? と疑問符が浮かぶ。

 というか、若垣さんもデュエマやってたんだ……

 こんな大事なことを、デュエマで決めるの……?

 

「なぜデュエマ……」

「面白いからに決まってるでしょ。時間は30分後。場所はウチらの教室で。先に行って待ってるから。それじゃ」

 

 一方的で、決定してからの若垣さんの行動は早かった。

 踵を返すと、一目散に学校へ向かって駆け出す。あっという間にその姿は見えなくなってしまった。

 若垣狭霧さん。

 今までは、他人に興味のない冷淡な人、ってイメージだったけど。その実、とても饒舌で、気分屋で、そして残酷な人だった。

 まるで嵐だ。いきなり現れては、すぐに消える。だけど、しっかりとその爪痕は残していく存在。

 それはわたしたちにも、決して小さくない影響を与えていった。

 

「霜ちゃん、大丈夫……?」

「あぁ……驚いたけど、勝てば問題ないんだ。大丈夫だ」

「ぜんっぜん大丈夫は見えないけどねー。病人かってくらい顔真っ青だし、南極にでもいるみたいに身体ガタガタ震えてんじゃん。ほら、お茶でも飲んで落ち着きなよ」

「……ありがとう」

 

 みのりちゃんの差し出した水筒のお茶に口を付ける霜ちゃん。

 やっぱり、霜ちゃんはかなり精神的に来ている。いつもみたいに、みのりちゃんの軽口に返す余裕もないなんて。

 それにみのりちゃんも、いつもみたいにおどけた調子だけど、気を遣っているのがわかる。

 

「そんなブルブル震えてたら勝負になんなくない? あっちは特に人を指定してなかったし、私がボコしてこようか? なんかムカつくし」

「私も……」

「いや。あれはボクへの挑発であり、挑戦だ。それになにより、“あのこと”はボク自身の責任だ。自分でカタをつけるさ」

「霜さん……」

 

 一番怖いのは霜ちゃんなはずなのに、それでも霜ちゃんは、気丈さを失わないし、人としての正しい在り方を貫いている。

 脆さや弱さに甘えることなく、自らにムチ打って責任を果たそうとしている。

 

「ありがとう。だいぶ落ち着いたよ」

 

 霜ちゃんはみのりちゃんに水筒を返す。

 さっきよりも顔色はよくなったし、震えも小さくなったけど、それでも完全に消えたわけじゃない。

 

「しかしデュエマで決めるとはな……30分後か。デッキを調整してる時間もないし、今のまま行くしかないか」

「デッキ……だいじょうぶ……?」

「家に帰れば大会で使うようなデッキもあるんだが、流石にそんな時間はなさそうだ。手持ちのデッキだとちょっと不安だけど……まあ、今あるのは比較的マシなやつだし、なんとかするさ」

「不安だなぁ」

「それでもやるしかないんだ。さあ、早く行こう。遅れて不戦敗なんていちゃもんをつけられても困る」

「あっ。そ、霜さんっ! 待ってくださいよぅ」

 

 急くように学校へと踏み出す霜ちゃん。

 その後ろ姿はいつもの霜ちゃんと違ってて。

 カッコいいけれど、恐ろしくて。

 とても、危なっかしかった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 若垣さんと別れたから、指定された時間通り、およそ30分後。

 1年A組の教室に戻ると、誰もいな教室にただ一人、若垣さんは待っていた。

 

「しっかり来たのね」

「脅されているからね。来ざるを得ない」

「あっそ。まあ、ウチは楽しめればなんでもいいけど」

「楽しめれば? 快楽のために、こんな茶番をしてるっていうのか?」

「少なくともウチが楽しくなくちゃ、どんな目的の物事だろうと、やりたくないから」

 

 霜ちゃんの声は、もういつも同じくらいの平静を取り戻しているように見えるけど、内心はどうなのか、わからない。

 でもきっと、怖いはずなんだ。若垣さんは、霜ちゃんに対する最大の切り札を握っているんだから。

 

「それじゃ、手っ取り早くサクッと楽しんで、お互い得する時間にしましょうか」

「ボクが勝てば、君の知ってることを教えてくれる。そういう取り決めで、信じていいんだね?」

「こんなとこでつまらないウソは吐かないわよ」

「……そうかい」

 

 そんなことを言いながら、お互いにデッキをシャッフルしている。

 それにしても、本当にデュエマで勝負するんだ……

 これを若垣さんの茶目っ気と呼ぶには、あまりにも残酷すぎて、容赦がなさ過ぎて、とてもそうは呼べないけど。

 でも、こうしてカードを並べているところを見ると、これはこれで奇妙というか、変な感じだ。

 殺伐とした空気、というわけでもなく、かと言って遊びと言えるような気分でもない。

 若垣さんのやってることは、正直、酷いことだと思う。霜ちゃんのやったことは許されることではないし、わたしが身内贔屓しているのも確かなんだけど……それをダシにするやり方は、よくないと思える。

 だけど彼女は、それを脅迫ではなく、あくまで賭け金として使っているだけ。その存在自体が脅迫としての効果があるのは確実だけど、彼女は本気で脅迫のために使おうという気概が感じられない。

 悪意ではなく、歓楽や快楽的ななにかで動いているみたいな。面白がっている、のともまた違う気もする。

 そこに打算があるのか、謀略なのかはわからないけど……

 うーん、上手く言葉では言い表せなくてもどかしい……単純な善悪や敵味方で測れないような、この感覚。

 まるでちょっと前の代海ちゃんみたいな、とても変な感じがする。

 

「先攻はアンタからでいいよ」

「そうか。それなら遠慮なく貰っておくよ。ボクの超次元ゾーンはこれだが、君は?」

「これ」

 

 わたしがうんうん唸っているうちに、二人の間で超次元の確認が行われていた。

 

 

 

[霜:超次元ゾーン]

《勝利のガイアール・カイザー》

《勝利のプリンプリン》

《魂の大番長「四つ牙」》

《タイタンの大地ジオ・ザ・マン》

《サンダー・ティーガー》

《シルバー・ヴォルグ》

《時空の英雄アンタッチャブル》

《時空の喧嘩屋キル》

 

 

[狭霧:超次元ゾーン]

《勝利のガイアール・カイザー》

《勝利のリュウセイ・カイザー》

《勝利のプリンプリン》

《ガイアール・カイザー》

《横綱 義瑠の富士》

《イオの伝道師ガガ・パックン》

《時空の戦猫シンカイヤヌス》

《アルプスの使徒メリーアン》

 

 

 

「んー……? 水早君の方は緑中心の次元っぽいけど、若垣さんの、なにあれ?」

「《義瑠の富士》……生姜じゃない《ガイアール》……《ヤヌス》……わからない……」

「コスト8のサイキック二体って珍しいね。シューティングガイアールとかかなぁ。にしては低コストのサイキックが奇妙だけど」

 

 若垣さんの超次元を見て、首を傾げるみのりちゃんに恋ちゃん。

 わたしはあんまり詳しくないけど、こういう超次元は見たことがない。

 霜ちゃんは表情を変えないようにしてるみたいだし、この超次元に戸惑っているのかどうかもわからないけれど……

 

「じゃ、始めようか」

「あぁ。ボクの先攻、《怒流牙 サイゾウミスト》をチャージして、ターンエンド」

「ウチのターン。ドロー。ここは……んー」

 

 手札を見て悩む若垣さん。

 迷いなくマナチャージした霜ちゃんとは対照的だ。

 

「最初から悩んでます?」

「手札がいいのか、あるいは悪いのか。マナチャージするカードが悩ましい状況ってことだよね」

「もしくは……安易な、マナチャージが……致命傷になるようなデッキ、か」

 

 一番最初のマナチャージから悩む。それだけ、若垣さんのデッキは難しいデッキなのかな。

 しばらく悩んでから、若垣さんは手札から一枚を抜き取った。

 

「ま、普通にこれよね。《超次元ごっつぁん・ホール》をチャージ。エンドよ」

「《ごっつぁん・ホール》……? 黒赤緑(デアリ)なのか?」

 

 

 

ターン1

 

場:なし

盾:5

マナ:1

手札:4

墓地:0

山札:30

 

 

狭霧

場:なし

盾:5

マナ:1

手札:5

墓地:0

山札:29

 

 

 

「動きが怪しいな……ボクのターン。《クロック》をチャージして、2マナで《貪欲な若魔導士 ミノミー》を召喚」

「へぇ、いいカードじゃない」

「そいつはどうも。《ミノミー》の能力で、山札から三枚を見るよ。その中から、《神秘の宝箱》を手札に加える。ターンエンドだ」

「ウチのターン。《ボーイズ・トゥ・メン》をチャージ。ターンエンドよ」

 

 クリーチャーを出しながら呪文を手札に加える霜ちゃん。

 対する若垣さんはマナチャージだけ。でも、マナに置いたのは光と水と自然のカード。

 前のターンに置いたのが、火と闇と自然のカードだから、これで五文明すべてが揃ったことになる。

 

 

 

ターン2

 

場:《ミノミー》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:0

山札:28

 

 

狭霧

場:なし

盾:5

マナ:2

手札:5

墓地:0

山札:28

 

 

 

「5c……? のわりに、カードが妙だな。しかもあの次元。まさか……」

 

 若垣さんのマナゾーンを見て、訝しげな視線を向ける霜ちゃん。

 疑った眼差しのままカードを引く。

 

「ボクのターン、《アクアン・メルカトール》をチャージ。3マナで《神秘の宝箱》を唱えるよ。山札から《オール・フォー・ワン》をマナに置いて、ターンエンド」

「こっちも、変なカード、見えた……《宝箱》の、時点で……怪しいことする気、満々……だけど」

「《オール・フォー・ワン》かぁ。なんか嫌な思い出が蘇るよ」

 

 あのカードは、夏休み前の勉強会でも見せたD2フィールドだね。

 でもマナに置いちゃったし、あの時のデッキとは違うのかな。

 わたしたちが霜ちゃんのデッキについて考えていると、不意に、若垣さんがこちらに視線を向けていることに気付いた。

 

「ウチのターン、《プラチナ・ワルスラS》をチャージ……さて、そっちのデッキは意味不明だけど、こっちのデッキはそろそろ気づいてるんじゃない?」

「…………」

「ま、気づいてなければただの馬鹿ってことで。それと、そっちのお馬鹿さんはわかってなさそうだから、ここがいいタイミング。種明かしをしてあげる」

 

 お馬鹿さんって、わたしのこと……?

 確かに、若垣さんのデッキはまったくわからないけどさ……そんなこと言わなくてもいいのに。

 なんて膨れている間もない。

 種明かしをする。そう宣言するだけのことを、若垣さんは行うのだ。

 

「2マナで《月光電人オボロカゲロウ》を召喚!」

 

 出て来たのは、たった2マナの水のクリーチャー。

 パワーも1000しかないし、そんなに強そうには見えないけど……

 

「《オボロカゲロウ》の能力発動。ウチのマナゾーンの文明の数だけドローするわ。ウチのマナゾーンは五色すべてが揃ってるから、五枚ドロー」

 

 と、思ったら、次の瞬間にとんでもないことをしていた。

 たった2マナで五枚もドロー。それがどれだけ凄まじいことかは、わたしにもわかる。

 って驚いたけど、流石にそんなにおいしい話はなかった。

 

「その後、引いた枚数分、手札を山札の下に戻す」

「あ、戻しちゃうんだ」

 

 しかも引いた枚数と同じ枚数を戻すんじゃ、プラスマイナスゼロで、手札は増えない。

 結局は、手札を入れ替えただけ?

 五枚も入れ替えられるのはすごいけど、思ったよりも地味だね……

 

「違うよ小鈴ちゃん」

「え?」

 

 そう思うわたしの心中を見透かすように、みのりちゃんの言葉が突き刺さる。

 

「私はもうわかっちゃったなぁ。確かにあれはただ引いただけ。ハンドアドは増えない手札交換でしかないけどね。あのカードは“引くこと”に意味があるんだ」

「? どういうこと?」

「見てれば、わかる……あのデッキは……ここから……」

「その通り。このターン、ウチはターン最初のドローで一枚、《オボロカゲロウ》で五枚。合計カードを六枚引いた。よってマナコストをマイナス6! 1マナでこいつを召喚よ!」

 

 ドロー枚数を告げ、若垣さんは残る1マナをタップする。

 静かに、けれども確かな荒々しさを、瞳の中に湛えながら。

 

 

 

「嵐の前に荒みなさい――《絶海の虎将 ティガウォック》!」

 

 

 

 っ!? 7マナのクリーチャーが、1マナで出た!?

 パワーは7000、Wブレイカーは当然として、ブロッカーまで持っている。

 それが、1マナ……? どういうこと?

 

「《オボロカゲロウ》は、低コストで大量ドローできるクリーチャー。ただの交換だから手札の枚数こそ増えないけど、ドローしていることに変わりはないんだよね」

「だから……《ティガウォック》のコストも、一気に、下がる……それに……」

 

 そ、そっか。大事なのは手札の枚数じゃなくて、ドローそのものだったんだ。

 引いたという行動そのものを糧に、若垣さんは新しいクリーチャーを呼び出した。だけどそれは、まだ止まらない。

 押し寄せる波濤の如く、若垣さんはさらなる嵐を呼びこんだ。

 

「《ティガウォック》の能力で三枚ドロー! さらにG・ゼロ! 《天災超邪 クロスファイア 2nd》を召喚!」

 

 あ、あれは……!

 林間学校で、みのりちゃも使ってたクリーチャーだ。確か、六枚ドローすれば、G・ゼロでタダ出しできるクリーチャーだったはず。

 《ティガウォック》が六枚ドローでコスト1になったように、《クロスファイア 2nd》も六枚引くことでタダで場に出る。

 たった2マナで出た《オボロカゲロウ》の行動がどんどん繋がって、こんなに大きな嵐を産むなんて……!

 

「……変な5cだと思ったけど、やっぱりオボロセカンドか」

「そう。のろのろしてたら一瞬で吹き飛ばされるから、覚悟しなさいよ。《クロスファイア 2nd》で攻撃――する時に!」

 

 さらに若垣さんは手札を切る。

 その攻撃性は衰えないどころか、カードが繋がるたびに、怒涛の勢いで激しくなっていく。荒々しい、大嵐のようだ。

 

「侵略発動、《超奇天烈 ガチダイオー》! 能力で《ミノミー》をバウンスして、Tブレイク!」

 

 2マナの《オボロカゲロウ》から始まり、《ティガウォック》が繋ぎ、《クロスファイア 2nd》という嵐を生み、それが《ガチダイオー》という大風になった。

 まだ3ターン目なのに、若垣さんの場には大きなクリーチャーが立っている。

 そして霜ちゃんのシールドが一気に三枚も砕かれた。

 

「っ、S・トリガー《未来設計図》! 山札から六枚を見て、《ワチャゴナ》を手札に!」

「ターンエンド」

 

 

 

ターン3

 

場:なし

盾:2

マナ:4

手札:7

墓地:2

山札:25

 

 

狭霧

場:《オボロカゲロウ》《ティガウォック》《ガチダイオー》

盾:5

マナ:3

手札:4

墓地:0

山札:24

 

 

 

「はぅ。霜さん、ピンチです……!」

「水早君はこっから巻き返せるのかねぇ。《鬼面城》こそないけど、相手は最速でブン回ったオボロセカンドだよ?」

 

 早い段階で追い詰められてしまった霜ちゃん。

 若垣さんの場には、大中小と並んだ三体の水のクリーチャー。

 これらをなんとかしないと、霜ちゃんは負けちゃうけど……

 

「ボクのターン……ギリギリ間に合ったか。とりあえず、こっちも行くぞ! マナチャージして5マナ! 呪文《超次元フェアリー・ホール》! 1マナ加速し、《勝利のガイアール・カイザー》をバトルゾーンへ!」

「生姜? ここで生姜ってことは、侵略か、革命チェンジか」

「考えるまでもなく見るがいいさ。《勝利のガイアール》で《ガチダイオー》を攻撃! その時、革命チェンジ発動!」

 

 若垣さんが侵略で攻めたてたように、霜ちゃんも革命チェンジで対抗する。

 《勝利のガイアール》と入れ替わり、現れるのは、

 

 

 

「フィールドセット! 《族長の魂友(ムウェン・ザング) ワチャゴナ》!」

 

 

 

 光と自然の、コンテナみたいな巨大なクリーチャー。霜ちゃんのデッキで初めて見える光のクリーチャーだ。

 

「そういえば、さっきそんなの手札に加えてたわね。マナには《オール・フォー・ワン》があるけど」

「あぁ。当然、出すのはこれさ。《Dの機関 オール・フォー・ワン》を展開!」

 

 《ワチャゴナ》の能力で、マナゾーンのD2フィールドがバトルゾーンに現れる。

 でも、確かあのフィールドは、攻撃する上ではなにも効果をもたらさなかったはず。

 攻撃的に使う革命チェンジとは、あまり噛み合っていないような……?

 

「で、《ワチャゴナ》で《ガチダイオー》に攻撃するが、どうする?」

「んー……どうせシールド二枚だし、パワーでは勝てないし……いいわ、討ち取らせてあげる」

「ありがとう。じゃあ《ワチャゴナ》で《ガチダイオー》を破壊だ! そしてターンエンド……する時に!」

 

 とりあえず巨大な《ガチダイオー》だけは破壊して、ターンを終える霜ちゃん。でも、若垣さんの場にはまだ、《ティガウォック》と《オボロカゲロウ》が残ってるから、ダイレクトアタックまで届いてしまう。

 でも、そんなことがわからない霜ちゃんではなかった。

 

「《オール・フォー・ワン》の効果発動! 《ワチャゴナ》を破壊する!」

「えっ? せっかく出したのに、破壊しちゃうんですか?」

 

 わたしも思ったことを、ユーちゃんが代弁してくれる。

 せっかく出した大型クリーチャーを、自分から破壊するなんて……あのクリーチャーなら、《ティガウォック》にも勝てるし、また《ガチダイオー》が来ても倒せるのに。

 なのに、どうして?

 その答えは、霜ちゃんだけが知っていた。

 

「《ガチダイオー》を残さなかったのは君のミスだよ、若垣狭霧さん」

「なにが?」

「ここでボクが出すカードがなにか。そこに考えが至っていれば間違えなかったんだろうけど、残念ながら君は不正解の答えを進んでしまったよ」

「御託はウザいからいらない。ハッキリ言いなさいよ」

「言わないよ。ただ見せるだけだ。破壊した《ワチャゴナ》のコストは8だから、出て来るのはコスト10以下の水のクリーチャー。そしてボクが出すのは、このクリーチャーだ」

 

 フィールド展開のために登場した《ワチャゴナ》は破壊され、改造される。

 出しては引っ込み入れ替わり、ぐるぐるぐるぐる巡った果てに現れるのは――

 

 

 

「君のすべてを歴史の底に沈めよう――《完璧問題 オーパーツ》!」

 

 

 

 あれは、前にユーちゃんも使ってた、革命チェンジのクリーチャーだ。

 でも、あのクリーチャーって、革命チェンジでも出せるよね? どうしてわざわざ、フィールドの効果で出したの?

 わたしと同じ疑問を抱いた若垣さんも、同じようなことを言った。

 

「なにかと思えば、そんなクリーチャー? 革命チェンジで出した方が手っ取り早いじゃない」

「君の言うことはもっともだ。けど、ボクは無駄に手間をかけたわけじゃないよ。ここで《オーパーツ》の能力を発動……する前に、《オール・フォー・ワン》のDスイッチ起動!」

「!」

 

 霜ちゃんはここで、《オール・フォー・ワン》を逆さまにする。

 確か、あのフィールドのDスイッチ効果って……

 

「《オール・フォー・ワン》のDスイッチにより、《オーパーツ》の能力を倍加させる! よってまずは二枚ドロー! 君は手札か場のカードを二枚、山札の下に送ってくれ」

「……成程。確かにこれはウチの失策ね。手札二枚をボトムに」

「ならもう一度《オーパーツ》の能力発動だ! 二枚ドロー! そして君はもう一度カードを二枚、ボトムに送ってもらおう」

「《オボロカゲロウ》と手札を一枚、ボトムに」

「これで全部の処理が終わった。本当のターンエンドだ」

 

 黙々と、淡々と、場のカードや手札を山札に戻していく若垣さん。

 何も感じていないかのように静かな所作だけど、バトルゾーンがまっさらになったし、あんなにドローした若垣さんの手札は残り一枚だ。

 そしてなにより、それだけのことをさせている、霜ちゃんのコンボだ。

 

「……すっげ。四枚ドローに四枚除去。爆アドじゃん」

「ちょっと地味……だけど……アドは、すごい」

 

 横でみのりちゃんが感嘆の溜息を漏らす。

 一気にカードを四枚も削り取りながら、自分は四枚もドローする霜ちゃん。

 若垣さんもたくさん引いて、次々とクリーチャーを投げ放っていたけれど、霜ちゃんも負けていない。同じようにたくさん引きながら、若垣さんが展開したクリーチャーのことごとくを、そして若垣さんが引いた手札さえも、山札の底へと沈めてしまった。あんなに引いて並べたのに、若垣さんはギリギリ手札一枚とクリーチャー一体を残すまでに追い込まれる。

 

「ふぅ、間に合ってよかった。これだけアド差を広げられたら、ひとまずは安心か」

 

 場も手札も削り取って、安堵の溜息を漏らす霜ちゃん。

 若垣さんはクリーチャーが一体、手札も一枚。ここからまた攻め返されるようなこともなさそうで、確かに安心できるのかもしれない。

 けれど、若垣さんは焦った素振りをまったく見せない。

 どころか、勝ち気に、高圧的に振る舞う。

 

「……アンタ、アドバンテージの意味って知ってる?」

「? なんだ、急に」

「アドバンテージってのはね、優位性、って意味よ。それがたくさんあればあるほど、勝利に近づくもの。だけど、それ自体が勝利条件じゃない。《シャコガイル》やら《アダムスキー》やらじゃあるまい。資産を食い潰したって、それを勝利のための力に転換できなきゃ意味ないのよ」

「ボクがアドバンテージの転換を怠っていると言いたいのか?」

「そんなの知らないわよ。けどね」

 

 若垣さんのターン。

 彼女はカードを引きながら、霜ちゃんを見据えて、言い放つ。

 

「爆アド程度で調子に乗るな、って言いたいの」

 

 直後、間髪入れずに二つのマナが倒される。

 

「2マナ! 《オボロカゲロウ》を召喚!」

「二枚目……!」

「五枚ドローして、五枚を山札の下に! 1マナで《ティガウォック》! 三枚ドローしてG・ゼロ、《クロスファイア 2nd》!」

「んな……っ!?」

 

 大量のドローから、《ティガウォック》《クロスファイア 2nd》と立て続けで引いて、若垣さんはさっきとまったく同じ展開を見せる。

 あんなに一気に削り取ったものが、一瞬のうちに元に戻されてしまった。

 しかも、攻撃できるクリーチャーが二体。

 攻め返されることはないと思った次の瞬間に攻め手が戻る。嵐が、再びやって来てしまった。

 

「あっという間に、元通りです!」

「いくらディスアド押し付けられようが、死ぬほどデッキ回転させて必要なカードを掘り出せば関係ないのよ。喰らいなさい、《クロスファイア 2nd》でWブレイク!」

「っ……! S・トリガー《クロック》! このターンは終わりだ!」

 

 

 

ターン4

 

場:《オーパーツ》《クロック》《オール・フォー・ワン》

盾:0

マナ:5

手札:10

墓地:3

山札:19

 

 

狭霧

場:《ティガウォック》×2《オボロカゲロウ》《クロスファイア 2nd》

盾:5

マナ:3

手札:2

墓地:2

山札:24

 

 

 

 《クロック》でなんとか首の皮一枚で繋がった霜ちゃんだけど、若垣さんの攻撃はすごく激しい。

 一瞬で攻めるための布陣を完成させて、崩されてもまた一瞬で建て直す。それはさながら、何度も渦巻く怒涛の嵐。

 霜ちゃんはもうシールドがゼロだし、若垣さんの攻撃を耐えきれるのかな……?

 

「もう後がないけど、向こうだって無理して攻めてるだろうし、ここが正念場だな。《ワチャゴナ》をチャージ! そして5マナで《フェアリー・ホール》だ! 《勝利のガイアール・カイザー》をバトルゾーンに出すよ! そして《オーパーツ》で《クロスファイア 2nd》を攻撃する時に、《オーパーツ》に革命チェンジだ!」

「まあ、あんだけドローしてれば、二枚目くらい引くよねぇ」

「《オーパーツ》の能力発動。こっちは二枚ドロー、そっちは手札か場のカードを二枚、山札に戻してくれ」

「《クロスファイア 2nd》と《オボロカゲロウ》をボトムに戻す。攻撃先がいなくなったから、攻撃は中止ね」

「まだ終わっていないよ。《勝利のガイアール》で《ティガウォック》を攻撃する時に、革命チェンジ! 《オーパーツ》だ!」

「あぁ、さっき戻した奴……これはちょっとウザいわね。攻撃対象の《ティガウォック》と、手札一枚をボトムへ」

「ターンエンド。《オール・フォー・ワン》の能力で《オーパーツ》を破壊し、《オーパーツ》を出すよ」

「三回目……」

 

 霜ちゃんは場から手札、手札から場へと、反復横跳びのように《オーパーツ》を繰り返し繰り出していく。

 そのたびに霜ちゃんは手札が増えて、若垣さんのカードは減っていく。

 そして、その結果、

 

「……けずりきった」

 

 若垣さんの手札とクリーチャーが、すべてなくなった。

 場も手札もゼロ。あるのは僅かなマナと墓地のみで、ほとんどのカードが山札へと沈められた。

 対する霜ちゃんは、溢れんばかりの手札を抱えているし、マナも十分に溜まっている。

 これだけ使えるカードに差が開けば、若垣さんでもきついはず。

 

「……マナチャージだけして、エンド」

 

 案の定、若垣さんはマナチャージだけしかできずにターンを終えた。

 これは霜ちゃんに流れが来たのかな……?

 

 

 

ターン4

 

場:《オーパーツ》×2《クロック》《オール・フォー・ワン》

盾:0

マナ:7

手札:12

墓地:6

山札:11

 

 

狭霧

場:なし

盾:5

マナ:4

手札:0

墓地:2

山札:29

 

 

 

「ボクのターン……さて、とりあえず場も手札も更地にはできたけど、ここからが問題だな……」

 

 場も、手札も、マナも、ほとんどの要素において圧倒的優位に立ったはずの霜ちゃんだけど、表情は険しかった。

 

「なにが問題なの?」

「オボロセカンドは、大抵の場合は結構たくさんトリガー入ってるんだよ」

「トリビが、ひな形、みたいなとこ、ある……から……」

「つまり、下手に殴るとトリガーでカウンターの餌食、ってわけだね」

「怖いですね……攻撃、しづらくなっちゃいます」

 

 霜ちゃんはシールドがゼロだし、ブロッカーがいるわけでもない。

 もしもS・トリガーでクリーチャーが残ってしまったりしたら、それだけで負けてしまいかねないほどギリギリなんだ。

 そう考えると、圧倒的有利というのは言いすぎで、霜ちゃんも崖っぷちなんだ。

 あらゆる手段を排除され、縛られ、動けない若垣さん。

 軽く押すだけで、そのまま敗北の奈落へと転落してしまう霜ちゃん。

 動けない状態から脱して、若垣さんが霜ちゃんを突き落すのが早いか。

 若垣さんが動けないまま、立ち位置を入れ替えて霜ちゃんが若垣さんを落とすのが早いか。

 すごく、ギリギリな戦いだ。

 

(相手のデッキには《ごっつぁん・ホール》もある。下手に長引かせてトップ解決からスピードアタッカーで負けなんてくだらない結末はごめんだ。このデッキのロックカードなんてたかが知れてるし、ブロッカーだってほぼ積んでない。打点は心もとないが、オボロセカンドならトリガーはかなり積んでるはずだ。多少打点を増やしたところで、どうせトリガーで防がれるんだったら、早いうちから攻めておくべきか……? 幸い保険もあるし、ここで待つ旨みはない……はず、だが、どうするか……)

 

 考え込む霜ちゃん。

 手札と、場と、若垣さんを、確認するように何度も見つめては視線をずらして別の場所を見遣る。

 それを繰り返すうちに、やがて霜ちゃんは、決断を下した。 

 

「……攻める! 5マナで《音精 ラフルル》を召喚だ! このターン、君は呪文を唱えられない!」

「へぇ、そいつを素出しするんだ」

「あぁ。殴ると決めたんだ。半端な真似はしない。躊躇いなく全力で叩かせてもらう。さあ、行くぞ! 《オーパーツ》で攻撃する時に、革命チェンジ発動!」

 

 《オーパーツ》の攻撃に反応して、革命チェンジが発生する。

 もう若垣さんには、削り取る手札もクリーチャーもないけれど、ここで霜ちゃんが繰り出すのは、《オーパーツ》ではなかったし、ましてや《ワチャゴナ》でフィールドを張り替えるはずもない。

 このターンするべきことは、相手のカードを削り取って有利になることでも、ましてやそのための準備でもない。

 霜ちゃんの目的は、反撃の手を封じて、攻め切ることだ。

 つまり、ここで必要なのは、

 

 

 

「ありきたりなフィニッシャーで悪いね、《時の法皇 ミラダンテⅩⅡ》!」

 

 

 

 封殺(ロック)するクリーチャーだ。

 それが、霜ちゃんがここで最も必要とする一手。

 若垣さんを追い詰めて、防御も反撃も許さず、確実に息の根を止めるための切り札だ。

 

「《ミラダンテⅩⅡ》の能力、ファイナル革命発動! 次のターンが終わるまで、君はコスト7以下のクリーチャーを召喚できないよ」

「そんなこと、言われるまでもなくわかってるわよ」

「ならいいさ。じゃあ《ミラダンテⅩⅡ》で、シールドをTブレイクだ!」

 

 この対戦における、霜ちゃんの初めてのシールドブレイク。制圧ではなく、ゲームを終わらせるための攻撃。

 一撃で三枚のシールドが吹き飛ぶ。呪文も、クリーチャーの召喚も封じている以上、生半可なS・トリガーは使えないから、反撃の手段さえも制限されている。

 

「……呪文は使えないのよね。じゃあなにもないわ」

「よし、いいぞ。《オーパーツ》で攻撃する時に、《オーパーツ》に革命チェンジだ! 二枚ドロー!」

「手札二枚をボトムへ」

「Wブレイクだ!」

 

 きっちり若垣さんの手札を削って、霜ちゃんはさらに追い詰めていく。

 これで若垣さんのシールドはゼロ。

 あと一撃で終わる――けど。

 

「……S・トリガー」

 

 嵐の中での航海は、順風満帆とは行かなかった。

 

「《閃光の守護者ホーリー》。相手クリーチャーをすべてタップ」

「っ、止められたか……! だけど、攻撃が止まっても、まだボクのターンは終わっていない。《オール・フォー・ワン》の効果で《オーパーツ》を破壊して、《オーパーツ》をバトルゾーンへ!」

「またそれ? ウザいし、アンタも飽きないわね。手札二枚をボトムへ。ウチのターン」

 

 攻撃は止められちゃったけど、霜ちゃんは最後まで諦めない。

 何度も何度も《オーパーツ》を繰り返しバトルゾーンに出して、若垣さんの攻め手を削り取っていく……けど、今回は削り切れなかった。

 若垣さんのバトルゾーンには、《ホーリー》が残ってしまっている。

 

「……はぁ」

 

 だけど、勝ちの一手が残っている若垣さんは、カードを引くなり至極つまらなさそうに溜息をつく。

 

「しょうもない。こうした方が面白いかなって、こうした方が楽しいかなって、こうした方が盛り上がるかなって、ウチなりに色々と考えて、まあまあ楽しい感じに進んだのに……なんか、冷めちゃった」

「なんだそれは? 負ける言い訳か?」

「そのまんまの感想よ。クソみたいにつまらないことでも、上手いことやれば楽しくなるもの。今回もそうだった。けど、最後の最後までそうはならなかった。ただそれだけ」

 

 はぁ、ともう一度、大きな溜息をついて、若垣さんは霜ちゃんを見据えた。

 

「みみっちぃけど、正直、強かったわアンタ。さっき言ったことを撤回する気はサラサラないけど、見誤ってたのは認める。不覚にもウチの血潮が騒ぎ立てるくらいにはワクワクした。そこは確かな事実」

「ボクを(おだ)ててなにがしたいんだ?」

「だから、そのまんまの感想って言ってるでしょ。偉そうな口だけ叩いて終わったら、恥ずかしいじゃない」

 

 ? 若垣さんがなにを言ってるのか、なにが言いたいのか、わからない。

 遠回しな投了……というわけでもない。だって、今この状況だと、若垣さんが負ける道理がないのだから。

 だからそれは、どこか言い訳がましくも、愚痴っぽいかった。

 

「こんなことなら、ちゃんとしたデッキ持ってくるんだった。まあ、このデッキでも同じようなものだし、別にいいけど……そろそろ来る頃とは思ってたけど、この流れでトップ解決(こんな勝ち方)とか、ダサいにもほどがある」

 

 言いながら若垣さんは、山札の上から引いてきたそのカードを、そのまま場に放り投げる。

 

「呪文《超次元ブルーホワイト・ホール》。《勝利のプリンプリン》をバトルゾーンに出して、《ミラダンテⅩⅡ》を拘束。そして《ホーリー》で攻撃よ」

「まだだ! ニンジャ・ストライク、《ハヤブサマル》を召喚! 自身をブロッカーにするよ!」

 

 あ、そうか。その手があったんだ。

 若垣さんも、攻め手が削りに削られてギリギリ。霜ちゃんはシールドこそゼロだったけど、度重なる《オーパーツ》の登場で、手札が異常なまでに増えている。

 普通ならその手札を使い切ることはできないけど、使い切らなくても、こうしてシノビを引き入れることで、防御の手段として活用できるんだ。

 ラスト一撃。その一撃を防いで、霜ちゃんの逆転だ。

 そう、思っていた。

 

「《ハヤブサマル》でブロ――」

 

 けれど、そうはならなかった。

 ブロック。そう言い切る寸前に、霜ちゃんはその動きを止めた。

 ハッと、なにかに気付いてかのように。

 ふと、なにかを思い出したかのように。

 

「自分で気付いてよかった。ウチから言ってたら幻滅もいいところ」

「……クソッ」

「アンタがシノビ握ってるなんてお見通し。だからさっき言ったじゃない。“トップ解決なんてダサい”って」

 

 え? どういうこと?

 これってもう、霜ちゃんの勝ちじゃないの……? どうして、霜ちゃんはブロックの手を止めちゃうの?

 

「……《ブルホワ》の、効果……」

「え?」

「《ブルーホワイト・ホール》の効果だよ。あれはただ低コストのサイキックを出すだけじゃなくて、出したクリーチャーの文明に応じた効果が発動するんだ。《ブルーホワイト》は、光のサイキックに反応してシールド追加をすることができて、そっちの方が目立つからもう一つが忘れがちになっちゃうけど……水文明のクリーチャーを出していれば、自分のクリーチャーをアンブロッカブル、つまりブロックされなくすることができる」

 

 ブロックされなく……?

 ってことは、この攻撃を、霜ちゃんは防げない……?

 

「そ。このターンに限りウチの《ホーリー》はブロッカーを無視できる。《サイゾウミスト》握ってれば勝てたんだろうけど、《ハヤブサマル》じゃ、止まらない」

 

 嵐が過ぎ去るのは一瞬。

 あっという間に、あっけなく、けれども凄惨に。

 荒々しい暴風雨は、最悪の形で終わりを告げた。

 

 

 

「そういうわけだから、大人しく負けてよね――《ホーリー》でとどめ」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ハァ……ダッサいデュエマだったわね。勝った方も、負けた方も」

 

 対戦が終わるなり、勝者のはずの若垣さんは、とてもつまらなさそうに吐き捨てた。

 わたしからすればすごい対戦だったけど、若垣さんにとってはそうではなかった。

 それに……

 

「…………」

 

 虚脱した眼差しで、口を噤んでいる霜ちゃん。

 これは賭け。勝負の結果が命運を決める。

 そして若垣さんは、霜ちゃんの弱点を握り込んでいる。

 ……流石に、黙っていられなかった。

 

「あ、あの、若垣さんっ。その、今回のことは……」

「そんながっつかないでよ暑苦しい。いいよ、もうどうでも。萎えちゃったし」

「え?」

 

 萎えた?

 それって……

 

「もうアンタらのことも、ナントカって事件も、全部どうでもいいってこと。別にウチはアンタらの弱みを握りたいわけじゃないし。そんなくだらないこと、バラしたりはしないわよ」

 

 事もなげにそんなことを言い放つ若垣さん。

 な、なんて気分屋なの……今までわたしたちが気を揉んでいたことは、なんだったんだろう。

 安心よりも呆れてしまう。温度差も、熱するのも冷めるのも激しすぎる。

 彼女の言う「どうでもいい」は、とても極端で、わたしたちの数奇な出会いさえも、無に帰そうとしてしまう――

 

「アンタは負けた。ウチは萎えた。お互いに話を進める権利も義理もなくなったわけだし、今回の話はなかったことに――」

 

 

 

「――しないでよ! 狭霧ちゃん!」

 

 

 

 ――ことも、なかった。

 教室の扉が、スパーン! と、勢いよく開け放たれる。

 怒ったように叫びながら入って来たのは、男の子……というか、男子生徒だ。

 い、一体、この人は……? 若垣さんの知り合いみたいだけど……

 

「あ、来た」

「あ、来た。じゃないよ! オレはただパイプ役としてお願いしただけなのに、なんでこうなるの!? ただ自然なコンタクトを取ってオレのところに連れて来てほしかっただけなのに、いきなり喧嘩を吹っ掛けるわ、脅迫するわ、変な勝負始めるわ、あまつさえ計画の全てを放り投げようとするわ、全然オレのシュミレート通りに行かないよ! あとオレのデッキ勝手に持っていくのやめて!」

「こんなの誰が使っても同じよ。それに、カバン置いてトイレなんて言ってるお兄ちゃんが悪いんでしょ」

「それはオレが悪いの!? いや、オレのデッキはこの際どっちもいいや。兎にも角にも、狭霧ちゃん。もう少しオレのプランに沿ってくれないかな?」

「ウチはお兄ちゃんに言われた通りのことしかやってないよ」

「いや、言われた通りのこともできてないから! どの口が言うのさ!」

「お兄ちゃん、好きにしていいって言った」

「確かに手法は任せたけど、だからって脅迫するなんてどういう神経してるのさ! 事の本意を捉えてよ! 本意を!」

「ウチ、そういう難しいことわかんない」

「だとしても、せめてお願いしたことくらいはまっとうして! 頼むから!」

「……お兄ちゃん。なにをそんな必死になってるの?」

「狭霧ちゃんがあまりに傍若無人だからでしょ! 好き勝手やりすぎだよ!」

 

 な、なんか、険悪……ではないけど、揉めてるみたいだった。

 いや、この人の言ってることは至極まともで、若垣さんがすっとぼけたように振り回しているようにしか見えない。

 もうなにがなんだかわからなくなってきたよ、わたし……でも、このまま二人を言い合わせてるわけにもいかない。

 

「あ、あの……っ」

 

 流石に放置できなくて、思い切って声をかける。

 すると、ハッとしたようにこちらを向いてくれた。

 

「あ、っと。ごめん。いきなり入ってきて喚き散らしちゃって。申し訳ない」

「い、いえ……それよりも、あなたは……?」

「そうだね、自己紹介を忘れていたよ。重ねて申し訳ない。オレは若垣(おぼろ)、二年生だよ。言うまでもないと思うけど、狭霧ちゃん……若垣狭霧の兄です。妹がご迷惑をおかけして、本当、重ね重ね申し訳ない……」

 

 ペコペコと何度も申し訳なさそうに頭を下げる若垣先輩。

 あの自由人な若垣さんとは似ても似つかないほどに礼儀正しい人で、ちょっと面食らってしまう。

 

「はぁ、狭霧ちゃんは勝手すぎるし、結局オレが乗り込むんじゃ本末転倒だよ……でも、もう仕方ないか、こうなったら。結果オーライと言うにはあまりにも酷い現場だけど、臨機応変にいこう。というか諦めよう」

「……聞きたいんですけど。若垣さん――妹さんを差し向けたのは、あなたですか? もしそうなら、それはどうして?」

「それを今から話すよ。とりあえず、誤解を招いて狭霧ちゃんみたいなことになったら困るから、あなたたちが気になっているだろうことを、端的かつ簡潔に伝えておきたい」

「なにそれ。ウチのやったことに不満があるっていうの?」

「不満しかないよ!? って、そんなことを言ってる場合じゃない。えーっと、そうだな。どう言えば伝わりやすいだろう。正確に伝えるためには言葉をたくさん用いなければいけないけど、誤解を恐れず、ストレートにメインとなる情報だけを伝達するのなら……うん。とりあえずは、こう言うとしよう。オレがあなたたちと接触を果たす理由。それは――」

 

 しばし悩んで、考えて、言葉を選ぶ。

 そうして捻り出された言葉でもって、先輩は、わたしたちの謎に答えた。

 

 

 

「――あなたたちを、オレの助手として勧誘しに来たんだ」

 

 

 

 ……はい?

 

 




 若宮智久くんというのは、ピクシブ版に投稿した「登場人物紹介をインタビュー形式にして短編を書こう」という書くのがクソ疲れるお話に登場したキャラクターで、霜ちゃんの数少ない男友達です。林間学校編でも一瞬だけ出てました。
 その短編は対談形式でおよそ小説と言える代物ではないし、色々挿入するのも難しい話なので、こちらで投稿するかずっと悩んでるんですが……どうなんでしょうね? みんな、若宮くんのことそんな知りたい?
 と、若宮くんのことはひとまず置いておいて、デッキについてちょっと触れますが……今回は作者お気に入りのオボロセカンド。このデッキのギミック凄い好きなんですよね。トリガービートみたいな構築で、奇襲性も、デッキ回転率も高いから、色々引っ張ってこれる。マナやハンドの管理のキツさと、《オボロ》引けないと動けない不安定さ、なにより地雷としては有名になりすぎてしまった知名度が辛いですが……まあでも、動き自体が好きなので、別にって感じです。
 誤字脱字、感想、その他諸々、なにかありましたら、ご自由に仰ってください。
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