デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 中国の伝承やら神話やらなんて、学校で習うわけでもないにのに、なぜかみんな知っているみたいな風潮ありますよね。蠱毒とか、四神とか。
 ……という話がツイッターで流れてましたね。日本のサブカルチャー文化の影響力をひしひしと感じます。
 作者は、四神はデジモンとベイブレードで、蠱毒はシーキューブで知りました。


33話「呪いです」

 おはようございます、伊勢小鈴です。

 朝、です。暑苦しさはなくなって、ちょっとの肌寒さが布団のぬくもりを求める、秋の日の朝。

 わたしは寝ぼけ眼を擦りながら起き上って、立ち上がって――机の上の木箱に、ちょっとだけ視線を向けた。

 一応、確認してみるけど……うん、まだいいかな。

 ちゃんと起こすのは、ご飯を食べてからにしよう。わたしはそのまま、階下へと向かう。

 リビングまで降りる。食卓には、お母さんとお姉ちゃんが座ってました。

 

「あら小鈴。おはよう」

「おはよーさん」

「お姉ちゃん、お母さん。おはよう」

 

 お母さん、今日は起きて朝ご飯作ってくれたんだ……最近は、お仕事あんまり忙しくないのかな?

 食器棚から自分のお椀を出して、炊飯器からお米をよそう。台所にはお味噌汁もあったから、そっちもお玉ですくう。おかずはもう食卓に出てたから、わたしが準備するのはここまででいい。

 ……本当は朝もパンが食べたいのだけれど、お姉ちゃんとお父さんが「朝はご飯」って譲らないから、わたしはそれに逆らえません……別にいいんだけど…… 

 よそった朝食をわたしの席にまで持っていって、昨日の晩ご飯の残りの肉じゃがに箸をつける。

 もぐもぐ……ずずず……

 いつものように、静かで、なんの変化もない朝。寝起きで少しぼぅっとしてるから、頭もあんまり動いてないし、テレビのニュースも流し聞いているだけ。

 そんな時、ふと、お母さんがわたしに言葉を投げかける。

 

「そういや小鈴」

「なぁに、お母さん」

「前に、鈴なくしたって言ってたよね」

 

 ドキリとする。一瞬で目が覚めた。

 わたしの髪を結んでいた二つの鈴。お姉ちゃんとお揃いで、お母さんから貰った大切なものだったんだけど、わたしは今、それが一つしかない。

 本当はスキンブルくんにあげたんだけど、まさか先輩の猫にあげたなんて、どう説明したらいいのか分からなくて、なくしたと嘘をついちゃいました。

 

「……ごめんなさい」

「別に気にしなくていいんだけどさ。私だって原稿のデータどっか行っちゃって、編集さんに死ぬほど怒られたことあるしねー。ははは」

「母さん、それ笑い事じゃないから」

 

 ジトッとした梅雨の日の空みたいな目をお母さんを睨むお姉ちゃん。

 お母さんは「そうだね。あれは死ぬほど謝って三日後に書き上げて許してもらったっけ」なんて、急に真面目なトーンに戻る。

 かと思えば、またいつもの飄々とした調子で言った。

 

「そんなことより小鈴。あの鈴、失くしちゃったんなら、また作る?」

「え? 作る?」

「うん、作る」

「あれってそんなに簡単に作れるの?」

「作れるよ、材料さえあれば」

 

 あっさりと言うお母さん。

 わたしは、“材料”という言葉が、ちょっと引っかかった。

 

「材料って?」

「だから、その鈴の材料だよ。ちょっと近々、実家に戻る用ができたもんで。そのついでに、家のあまりものをちょちょいとくすねて作ろうかと。二つないとなにかと不便だったりするでしょ」

「くすねてって、そんな泥棒みたいな……っていうか、別に二つなくても、便利も不便もないでしょ?」

「そう? 片方なくしてから、なんか変なことに巻き込まれてない?」

「そ、そんなこと……ないよ?」

 

 あの鈴をスキンブルくんにあげたのは、夏休みの終わり。

 その後と言えば、蟲のお姉さんお兄さんたちがわたしたちの学校に赴任したり、ウサギさんや夫人のお姉さんが来たり、朧さんや狭霧さんと連続殺傷事件や動物惨殺事件を追ったり……

 ……正直、色々巻き込まれてます……

 

「いや、母さん。小鈴があの誘拐事件以上にヤバい事件に巻き込まれるなんてないでしょ」

「あー、それもそうか」

「あ、あはは……」

 

 どうだろう。

 いつかのロリコンさんの誘拐事件。あれも大事だったけど、意外とあっさり解決しちゃったからなぁ……

 

「でも、あの鈴とわたしに、なんの関係があるの?」

「関係があるっていうか、なんていうか……なんて説明したらいいかなぁ?」

 

 うーん、うーんとしばらく唸って言葉を探すお母さん。執筆に悩んでいる時と同じ動きをしている。

 やがてお母さんは、面倒くさくなったように、溜息をついた。

 

「いいたとえ話とか、気の利いたギャグとか、ウィットに富んだ話とか思いつかないから、率直に言うよ」

「そんな前置きいらないから、最初から率直に言ってよ……」

 

 なんでそんな、話をするだけで変に盛り上げようとするのよ、お母さん……

 

「うん。あれってね、魔除けの鈴なのよ」

「魔除け? あぁ、そういえば、お守りだって言ってたね」

「そうだけど、そうじゃなくて。あれはマジの神気っていうか、神様のご加護? みたいなスピリチュアルなパワーが込められてるんだって」

「えー……?」

 

 お母さん、流石にそれはオカルトじゃない……?

 昔ならともかく、わたしだって、それなりに思慮分別のついてるんだから。もうおまじないを信じる歳じゃないよ?

 

「信じてないなー? お母さん、小鈴のために一生懸命祈ったのになー」

「祈った?」

「そう、祈った。祈祷ってやつ?」

「お母さん、なにやってたの?」

「家業の一環?」

「家業?」

 

 そういえば、さっき実家がどうこうって……

 あれ? そういえばわたし、お母さんの実家のこと、なにも知らない……お父さんの両親――おじいちゃんや、おばあちゃん――は知ってるけど、お母さんの両親については、全然知らないや。

 わたしが疑問符を浮かべながら呆けていると、お姉ちゃんが非難がましい視線をお母さんに向けた。

 

「母さん、小鈴にまだ話してなかったの?」

「そうっぽい。うっかり忘れてたわー。わはは」

「笑い事じゃないでしょ。まあ、母さんの実家についてはともかく、私らの出生については、私もあんまり信じてないんだけど」

「酷いなぁ。小鈴ほどじゃないにせよ、五十鈴だって悪い流れがあったんだよ?」

「はいはい。身に覚えがありませんよっと。不幸とか、邪気とか、オカルトすぎるわ」

「五十鈴はそういうとこ、本当お父さんに似たよねぇ。ま、私はお父さんのそういうとこに惚れたんだけどさ。血筋も家柄も関係ねぇ! ってとこが」

「……ねぇ、二人とも、なんの話をしてるの?」

 

 出生? 邪気? 血筋?

 二人がなにを言っているのか、さっぱりわからない。

 

「じゃあ、いい機会だし、かるーく話すか」

「軽くなの?」

「別にそんな重い話じゃないし。五十鈴も小鈴も、私が死ぬ思いで生んだ子だってことに変わりはないからね。生まれた後に……生まれる時に? あるいは生まれる前に? まあどうでもいいけど、ちょっとあったってだけ」

「どうでもいいの……?」

 

 全然話が見えなくて不安になるけど、とりあえずわたしは、黙ってお母さんの話を聞くことにした。

 

「五十鈴も小鈴も、生まれた時から悪い気が凄くてね。悪霊に羅刹、魑魅魍魎。不幸も不運もうじゃうじゃ寄ってくるような身体だったんだよ」

「悪い気って、なに?」

「説明が難しいな。要するに、悪いことが起こりやすい体質っていうか、性質? もしくはアンラッキーみたいなものかな」

「…………」

「流石に小鈴でもこうなるわよね。母さん、いくらなんでもオカルトすぎるんだもの」

「本当なのになぁ。酷いよ娘たち」

 

 って、言われても……

 生きていれば、ちょっと運が悪かったことなんていくらでもあるし……なんていうか、あまりにも実感から遠すぎる。

 って、お母さんに言うと、

 

「そりゃそうだって。その悪い気を封じるために、お母さん頑張ったんだから」

「頑張ったって、なにを?」

「鈴を作るのを」

 

 鈴って、わたしたちが貰った鈴だよね?

 さっき魔除けだとかなんとかって言ってたけど……そんなことあるのかなぁ?

 

「五十鈴も同じ顔してたけど、小鈴も信じてないなぁ?」

「いや、だって、わたしだっておまじないとかは小学校で卒業したし……」

「そういう子供騙しの(まじな)いじゃなくて、わりとガチな(のろ)いだよ」

「呪いなんてそんな……」

「いやいや、マジなんだって。丑の刻参り程度の呪術なら、余裕で反射して逆に相手を呪い殺すくらいの魔除け力あるから」

「呪い殺す!?」

「母さん、適当言わないの」

「ごめん。呪い殺すは流石に言い過ぎたけど、世に知れ渡っている大抵の呪術なら、打ち消せるよ」

「そんなゲームのアイテムみたいな……」

 

 っていうか、魔除け力って……

 なんだろう、早朝から変な話になってきたよ……吹こうとか、邪気とか呪いとか……

 

「邪気ってのは、大人になってからはともかく、幼いうちは及ぼす悪影響が大きいからね。可愛い娘が若いうちから死んじゃうなんて母さん悲しいし、二人を厄から守る必要ために、母さんは実家の小道具をパクって魔除けの鈴を作ったんよ。それが二人にあげた、お守りの鈴」

「母さん、いくら実家のものだからって、勝手に使うのはよくないわよ」

「うん、後から母さん――母さんの母さんだから、二人のお婆ちゃんね――にめっちゃ怒られた。事情を話したら、まあ、それなりに譲歩してくれたけど」

「……お母さんの実家って、一体なんなの? 陰陽師?」

 

 邪気とか、呪いとか、厄とか、そんなオカルトじみた単語がポンポン飛び出て来る。

 わたしたちの鈴が魔除けの鈴だったとして、それを作ったって。神社とかお寺とかで貰ったというならまだしも、魔除けのアイテムが手作りだなんて。

 加えて、なんでお母さんは、わたしたちに悪い気があるのがわかるんだとか、それを防ぐためのお守りを作れるんだとか、色々と疑問が湧いた。

 

「陰陽師……まあ、ちょっと近いかな。今のサブカルチャー的には、もっとポピュラーで俗っぽいけど。あるいは萌えっぽい。いや、萌えってもう死語だけども」

「?」

「伊勢って、母さんの実家の名字なんだけどね。なんかピンと来ない?」

「……えっ? まさか……え? そういうこと?」

「うん。そういうこと。まあ本家じゃなくて、分家筋に近いんだけどね」

 

 そっか、お母さんの実家って、そういう……ちょっと納得したかも。

 オカルトな話は、まだちょっと半信半疑だけど。

 

「つまり、私たちも少し母さんたちの気が変わっていたら、今頃、緋色の袴を着て、竹箒で地面を掃いていたりしたのかもしれないわね」

「そっかぁ……袴は、ちょっと着てみたかも」

「うちに帰れば着れるけど、小鈴たちにはあんまり会わせたくないなぁ。特に五十鈴」

「なんでよ」

「喧嘩しそうだから。気の強さは母さんの母さんと似てるんだけど、反りは絶対に合わないと思うんだよねー」

「……そんなの、今ここじゃ判断できないでしょ」

「喧嘩してからじゃ遅いんだけどね。まあそんなに着てみたいなら、帰った時にまたパクってくれば……」

「母さん!」

 

 お姉ちゃんが声を荒げて、お母さんを諌める。

 いくら実家のものとは言っても、勝手に持っていくということに対して、お姉ちゃんは許せないみたい。

 

「……やんないよ。五十鈴がそんな怒るんなら」

「怒らなくてもやらないでよ」

「悪かった悪かった。で、なんの話だっけ?」

「……小鈴がなくした鈴の話じゃなかったっけ?」

「そうそう、それそれ。それでどうする? 新しく作る? 一つと言わず、三つでも四つでも作るけど」

「そんなにいらないよ……」

 

 三つも四つもあっても、つけるところないし……

 お母さんの言うことを信じるなら、わたしはこの先も、不幸なことが待ち構えているかもしれない。悪いことが起こったり、災厄に見舞われるかもしれない。

 でも、お母さんが新しく鈴を作ってくれれば、その悪い出来事も回避できるかもしれない、っていうことだと思う。

 邪気とか魔除けとかは、正直あんまりピンと来ないけど……でも、お母さんの気持ちは、すごく嬉しい。

 また新しく、あの鈴を作ってくれるというのなら、それは喜ぶべきことなんだろうけれど……

 

「……うぅん。大丈夫」

 

 わたしは、その申し出を断った。

 

「いいの? 悪霊とかに襲われてない?」

「悪霊には襲われたことないかな……たぶん」

 

 クリーチャーとなら、何度も戦ったけど。

 その中に悪霊みたいなクリーチャーもいたかもしれないけど。

 お母さんが新しく鈴を作ってくれるのは嬉しいけど、今は、一つでもいい。

 そうじゃないと、わたしがスキンブルくんに鈴を託した意味が、なくなっちゃうような気がしたから。

 

「ふーん……ま、小鈴がそう言うなら、いいけど」

「そもそも、邪気とか悪霊とか、オカルト極まりないしね」

「皆してそんなこと言ってー、悪霊を舐めちゃいかんよ? 母さんはね、悪霊に憑りつかれた父さんがお祓いに来た時に知り合ったんだから」

「それは悪霊の怖さとは関係ないよね……」

「父さんの命の危機を救った点は評価して欲しい。まあ、祓ったの母さんじゃなくて、母さんの母さんだけど」

「なんで母さんが自慢げなのよ」

「えへへ」

「えへへじゃないわよ。いい年してその笑い方はないわ」

「若々しくて巷の紳士には人気の笑い方なんだけどなぁ。まあ、母さんは仕事柄、家に引きこもってるんだけど」

「またそんな適当なことばっかり言って……!」

「ご、ごちそうさま」

 

 お母さんとお姉ちゃんがちょっと剣呑な空気になる中、わたしは食べ終わった食器をもって席を立った。

 うーん……お母さんの言うことを疑うわけじゃないけど、やっぱりちょっと、実感が湧かないというか、なんというか……

 食器を流しに置いて、戸棚から買い置きのパンをいくつか抱えて、部屋に引き返そうとすると、じっとりとしたお姉ちゃんの視線が、わたしに突き刺さる。

 

「小鈴、またそんなにパン持っていって……」

「あぅ……」

「ちなみに先月の食費は、小鈴の昼飯代だけ4割くらい増えてたりする」

「ご、ごめんなさい……」

「まあいいんじゃない? 育ちざかりってことで」

「育ってるとこがおかしいのよねぇ。私でも中一であそこまではなかったわよ。今でも負けてるし……それに、それを差し引いても食べ過ぎって気もするけど」

「わたし、もう行くからっ」

 

 これ以上あんまりつっつかれたくなくて、逃げるように部屋へと戻る。

 確かに食べる量は増えたかもしれないけど……今は、ちょっと事情があるんだよ。

 部屋に入って、まっさきに目につく勉強机。その上に置かれた木箱。小学校の頃、図工の時間で作ったオルゴールだ。

 わたしは、その蓋を開いた。

 

 

 

「――鳥さん」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 中でうずくまる、白い毛の塊。毛は毛でも、羽毛だけれど。

 一度の呼びかけではなにも反応がなかったので、もう一度、声をかける。

 

「鳥さん、起きて?」

「ん……? 朝か……」

 

 もぞもぞと、彼は動いて、グッと小さな翼を伸ばす。

 そして、こちらを向いて、一声。

 

「おはよう、小鈴」

「うん。おはよう、鳥さん。朝ごはん持って来たよ」

「ありがとう、小鈴。恩に着るよ」

 

 塩パンを差し出すと、それをくちばしでついばむようにして食べ始める鳥さん。

 ……そいうわけで、昨日から鳥さんを飼うことになりました。

 昨日で連続殺傷事件の犯人らしいクリーチャーは退治したけども、今この町にはクリーチャーがたくさんいるみたいだし、いざって時に鳥さんが近くにいないと困ることも多かった。

 だからわたしは、寝床と、朝と昼の食事のパンを分けることを条件に、鳥さんをうちで飼うという契約を交わしたのです……なんだか、わたしが損をしているだけな気もするけど。

 家族に隠れて生き物を飼うのは、少し抵抗があったけど……まあ、鳥さんだし。いいよね。

 わたしは塩パンをつっつく鳥さんに尋ねる。

 

「鳥さん。クリーチャーの方はどう?」

「どうって言われてもな……それらしい気配は、薄々ながらも色々察知してるけど、明確にどこにいるかまではわからないな」

「そっかぁ」

「そもそも、僕は索敵とか、そういうちまちましたのは苦手だからね……あぁ、でも」

「なに?」

「なにか強い気配が遠くから近づいているっぽい。昨夜、散歩がてら外を飛んでたら、ヤバそうな気配があった」

「夜中にそんなことしてたんだ……っていうか、鳥なのに散歩って……」

 

 飛んでいても散歩っていうの?

 夜間飛行……危なそう。

 

「それは、クリーチャーなの?」

「たぶんね。如何せん、この家から遠かったし、闇に紛れられてしまったから、君を呼ぶこともできなかったんだけど」

「そうなんだ……そのクリーチャーとも、いつか戦わなきゃいけないのかな……」

「かもね。それから……嫌な気が渦巻いてるね」

「気? 邪気っていうやつ?」

「邪気? あぁ、そういう表現もできるかもしれないね。気配とか、存在感っていうよりもしっくりくる」

 

 思わずお母さんと同じ言葉を出しちゃったけど、鳥さんはなぜか満足げに頷いている。

 わたしにはお母さんの言う悪い気っていうのはよくわからなかったけど、鳥さんにはわかるのかな……?

 

「邪気か、いい言葉だ。この感覚的な気を表現するのに最適だな」

「あの、どういうことか、ちょっとわかりにくいんだけど……」

「僕らは言葉で語るものではないからね。フィーリングで察してくれ」

「無茶言わないでよ……」

 

 ただでさえ、鳥さんはわたしたちとちょっと常識がずれてるのに、感覚まで合わせろなんて無理な話だ。

 なんて思ってると、階下から声が聞こえてくる。

 

「小鈴ー! 早くしないと遅刻するわよー!」

「っ!」

「今の声は?」

「お姉ちゃんだ……わかったー! 今行くー!」

「私、先に出てるからねー!」

「はーい! いってらっしゃーい!」

 

 お姉ちゃんい言われて、時計を見る。今日は朝からお母さんと変な話してたから、いつもよりも遅い。

 遅刻ギリギリ、というほどでもないけど、少し急いだ方がいいかも。

 

「鳥さん、早く食べて食べてっ」

「もぐもぐ……そんなこと言われても、口が小さいから、こんなに大きな食べ物、すぐに食べきれないよ」

「……今度からは、もっと小さなパンを買ってきた方がいいかな」

 

 結局、鳥さんの食べるスピードが遅かったこともあって、わたしは今日、遅刻ギリギリで教室に滑り込む羽目になったのでした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ずっと思っていたんだけど」

 

 昼休み。

 みんなといつものようにお昼ご飯を食べていたら、不意に、霜ちゃんがわたしの方を向いて、そう切り出した。

 

「もぐもぐ……どうしたの? 霜ちゃん?」

「単刀直入に聞くよ。君の身体はどうなってるんだ?」

「ええっ?」

「なに? セクハラ? 水早君でも本気で殴るよ?」

「君じゃあるまい、そういうつもりじゃない。純粋な疑問だ」

 

 霜ちゃんのことだから、そうなんだろうけど、いきなりどうしたんだろう?

 

「思考中に、不意に湧き上がった疑問だよ。体型についてもそうなんだけど、春に初めて君と出会ってから、君の身体は随分と人間離れしているような気がして」

「確かに、こんなちっこでっかい中学生いないよねー」

「ちょっとみのりちゃん、やめてよ……わ、わたしは、その……ちょっと、食べ物が溜まりやすいだけだから……」

「一部分に……」

「うらやましーです……」

 

 いつもの無表情な眼差しが怖い恋ちゃんと、子供みたいな純真無垢な目が辛いユーちゃん。

 二人とも、わたしなんかよりもずっと顔立ちも髪も綺麗だし、そんなに気にしなくてもいいと思うんだけど……

 

「君らは羨望という視点なんだろうが、ボクとしては悩みの種だけどね」

「なんで小鈴ちゃんのスタイルが水早君の悩みなのさ」

「小鈴に似合う服を探してるんだけど、なかなかいいサイズが見つからなくてね。こういうのがよさそう、っていうイメージはあるんだが」

「それで?」

「だからいっそ、自分でも作ろうかと思うんだ」

「作るの!?」

「うん」

 

 服を作るって……お母さんといい、霜ちゃんといい、なんでみんな、こうもクリエイティブなの?

 

「霜さん、お洋服を作れるんですか?」

「まだ勉強中だから、すぐにとはいかないけど、いずれはね。その時になったら採寸もしたいんだけど、君が成長を続けると、どのタイミングで測ればいいのかわからない」

「確かに、小鈴ちゃんの成長スピードは驚異的だもんね。胸囲なだけに」

「どこ見て言ってるの、みのりちゃん」

「あと別に上手くないからな。むしろ下品だ」

「でも実際、この半年くらいでどんくらいおっきくなってることやら」

「どのくらいって……」

 

 思い出してみる。およそ半年前。制服の採寸に行ったり、お姉ちゃんと一緒に服を買いに行ったりした時のことを。

 …………

 

「……三つくらい?」

「元から大きかったのに、普通に凄いよね」

 

 茶化すわけでもなく、みのりちゃんにしては珍しく、ただただ純粋に驚いたように言った。

 あまり意識していないようにしなかったけど……確かに、そう、なのかな?

 お姉ちゃんもわりと早くにおっきくなったって言ってたから、正直、感覚がよくわからないのだけれど……

 

「とまあ、これはボクの個人的な事情だけど。それに加えて、君への心配もある」

「心配?」

「上手く言葉にできないんだけど、なんだか君が変わっていってしまっているような気がして……その兆候というか、変化みたいなのは、なんとなく察しているんだ」

「そうなの?」

 

 わたしはまったく気にしたことなかったけど。

 ……ごめんなさい、ずっと気にしてます。気にしてるからこそ、意識しないようにしているけど。

 でも、わたしが思っているよりも、霜ちゃんは深刻そうにわたしを見つめていた。

 

「霜ちゃん……?」

「いや……なんでもない、大丈夫」

「?」

「それよりも、君は本当に変わったと思うんだ。たとえば、食事量、春と比べてかなり増えただろ」

「そ、そんなことは……」

 

 ない、と言おうとして、今朝お母さんに言われたことを思い出す。

 先月のわたしの昼食代が、四割も増えたということを。

 お母さんにそう断言されてしまった以上は、否定できなかった。

 

「……あるかも」

「だから大きくなるわけだしね」

「鬱陶しいからいちいち茶々を入れるな。まあ、年齢を考えたら、食べないよりも食べる方が健康的だし、そうあることがおかしいとも思わない。非難したいわけでもない。だけど、君の食べる量は、ちょっと度を越してないか?」

「そうかなぁ?」

「一応言っておくけど、一般的な女子中学生は、昼休みにパンの袋を五つも六つも開けないからね」

 

 ベリッ、とフランスパンの包装を破くのとほぼ同時に、霜ちゃんはそう言った。

 私の机には、五つほど食べ終えたパンの包装があるけど……まあ、わたしも、普通の人よりもちょっとだけ食べる量が多いのかもしれないけど、そんなにかな?

 

「数は多いけど、ほら、そんなに大きなパンじゃないし」

「小鈴ちゃん、フランスパンは小さくないよ」

「個包装の食べ物っていうのは、一つあたり一人分の一食の量って大まかな目安が決まってるものだ。多少の物足りなさはあるだろうけど、二つ三つくらいならまだしも、その数は異常だよ」

「……流石に、否定、できない……」

「ユーちゃんも、そんなに食べられないです……」

「そのツケ、いずれ絶対に払うことになるからな。覚悟しときなよ」

「き、肝に銘じておきます……」

 

 みのりちゃんに言うような、いつもよりも少し強い語調で釘を刺されました。

 って言われても、お腹は減るし、食べたいって気持ちもあって、なかなかやめられないんだけど……節制しなきゃいけないのかなぁ。

 

「まあ、そっちはボクの私的な疑問だから、割合どうでもいいのだけれど」

「のわりには引っ張ったねぇ」

「うるさいよ」

 

 ……さっきまでの、個人的なことだったんだ。

 しかも、どうでもいいって……心配してくれたわけじゃなかったの……?

 いや、霜ちゃんのことだから、そういうわけでもないんだろうけど。

 これから話すことの方が、もっと大事だということなんだと思う

 霜ちゃんは一呼吸置いてから、切り出した。

 

「例の都市伝説の件、まだ終わってないよね?」

 

 わたしたちの空気が、ちょっとだけ変わる。

 ほんの少しだけ、冷ややかなものに。

 

「都市伝説って……あの、犬とか猫が、殺されちゃってるっていう……」

「そう、それだ」

 

 今この町では、子供が次々と襲われるという事件が起こっている。いや、起こっていた。

 わたしたちはその事件の犯人がクリーチャーだと目星を付けて、事件を追っていく中、つい先日、その犯人と思われるクリーチャーを倒したんだ。

 だけど、この町で起こっている異変は、子供が襲われていることだけじゃない。

 

「連続殺傷事件の方は、あの闇医者が主犯だったとしても、ボクらが知る限りの情報じゃ、あのクリーチャーが犬猫にまで手を出す理由がないように思えるんだ」

 

 ハッキリとした理由は語らなかったけど、あのお医者さんは、人の血を使って、他人に化けられるという能力を持っていた。だから、色んな人を傷つけていた。

 それがすべての目的ではないだろうけど、殺傷事件を引き起こす理由の一端にはなると思う。けどそれは逆に、人を相手にしかしていない、ということ。

 動物相手に殺傷事件を起こす動機にはならない。

 

「もしかしたら動物にもなれたのかもしれないけど、どうもそんな感じでもなかったんだよな。もっと色々と聞き出すべきだった」

「……ごめん」

「恋さんは悪くないですよっ」

「そうだよ。わたしたちじゃどうにもならなかったクリーチャーを倒して、事件を解決してくれたんだから」

 

 恋ちゃんが機転を利かせてくれなきゃ、鳥さんも危なかったし、事件も解決できなかったかもしれない。

 昨日、事件が解決できたのは、恋ちゃんのお陰なんだから、恋ちゃんはなにも悪くない。

 

「ボクも情報不足については、誰かに責任を追及するつもりはない。ただ、こっちの事件も解決したとは言い切れないから、まだボクらも気は抜けない、という話だ」

「やっぱり、そっちの犯人もクリーチャー……なんでしょうか?」

「殺傷事件がそうだった以上、これも、そう考えるのが妥当だとは思う。むしろこっちの方が奇怪な事件だし、クリーチャー絡みっぽい気がするけどね」

 

 確かに、クリーチャーはわたしたちにはない力を持っているし、想像できないようなことをすることだってある。

 後で、鳥さんにもう一度聞いてみよう。

 だけどその前に。

 

「……それで……どう、するの……?」

「! ユーちゃんわかっちゃいました! 今日も行くんですね!」

「とりあえずそうするよねぇ。じゃないと、手を組んだ意味がないわけだし」

「言うまでもないな。満場一致なら、放課後にでも行こうと思うけど」

 

 霜ちゃんの意に異論を唱える人は出なかった。勿論、わたしも。

 ということで、わたしたちは放課後――朧さんの下へと、向かうことになった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 若垣朧(わかがきおぼろ)さん。二年生で、学年的にはわたしたちよりも一つ上の、新聞部に所属している先輩。

 この人も、幼児連続殺傷事件や、動物惨殺事件について追っているみたいで、そんな共通項を持つ中でわたしたちは出会った。

 ……というより、向こうからわたしたちに協力を申し出て、わたしたちも同じように事件の真相が知りたかったから、お手伝いするってことになったんだけどね。

 朧さんは新聞部というだけあって、情報収集能力がすごい。色んな意味で。

 必要な情報も、不必要な情報も、なんでもかんでも大量に掻き集めてくる。どう考えてもいらないだろう情報もあるけど、普通だったら絶対に知り得ないような情報も手に入れてしまう手腕は、純粋にすごいと思う。

 事件について知るために、解決の糸口を探るために、わたしたちはまた、朧さんが根城とする空き教室へと足を踏み入れた――だけど。

 

「お兄ちゃーん、見て見てー。ゲジゲジー」

「うわぁ!? ちょっと狭霧(さぎり)ちゃんやめて! そいつこっちに持ってこないであっち行ってー!?」

 

 教室に入ってみると、お箸でなにかぐねぐねと蠢くものを掴んで朧さんに近づける狭霧さんと、尻餅をついてみっともなく床を這いまわる朧さんがいた。

 …………

 

「……なに、してるんですか……?」

「あ、伊勢さん! ちょっと助けて! 狭霧ちゃんが! 狭霧ちゃんが!」

 

 朧さんはに必死に床を這って、狭霧さんから逃げている。

 そして、そんな朧さんを笑いながら追いかけているのは、狭霧さん――若垣狭霧さん。朧さんの妹さんだ。

 狭霧さんはお箸でなにか掴んでるけど……あの、節のある体と、ぞわぞわと蠢く大量の足は、もしかして……ムカデ?

 え? 狭霧さん、なにやってるの?

 

「狭霧ちゃんやめて! それほんとダメだから! オレほんと虫ダメだから!」

「えー、お兄ちゃんが部屋に虫が入ったから退治してー、なんてメールするから来てあげたのにー」

「確かにそうお願いしたけど! 自分じゃ手出しできないから狭霧ちゃんにお願いしたってことを分かって欲しいな! うん、だからこっちに近づけないでこっち来ないで!」

 

 よくわからないけど……どうやら、朧さんは虫が苦手みたいです。

 わたしも、ムカデとかハチとかは苦手かな……後は、部屋を這いまわる黒いアレとか。

 

「情けないなぁ。これはダサいですよ、先輩」

「オレにだって苦手なものの一つや二つくらいはあるよ!」

「お兄ちゃん、開き直り方がまたダサいよね」

「わかったから! もうダサくてもなんでもいいから、その虫とっとと窓の外に放り出してよ!」

「メロンソーダ。二箱」

「二……箱!? 箱で要求するの!? 流石にそれはあんまりじゃない!?」

「ゲジゲジー」

「うわぁ!? わかった、わかったから! もう二箱でも三箱でもいいから、それこっちに持ってこないで!?」

「やった。じゃあ四箱」

「ハァ!? ふざけんな! 流石にそれは調子乗りすぎ……ってわかった! ごめん、オレが悪かった! 五箱でもなんでも買うから、もう勘弁して!」

「よし、六箱で契約成立。やったね」

 

 と言って、狭霧さんは満足げな顔で、ムカデ……じゃなくてゲジゲジ? と窓の外に放り投げた。

 

「……契約というより、脅迫とか恫喝だったような気がするけど」

「うぅ、オレの財布が……ただでさえ、この前の接待費ですっからかんなのに……こんなの、借金しなきゃいけなくなるじゃんかぁ……」

「先輩ザコすぎテラワロス」

 

 わりと本気で涙を流しているように見える朧さん。流石に、ちょっと可哀そうかも……

 朧さんは涙を拭うと、やや落ち込んだ表情ながらも、いつもの調子でわたしたちに向き直る。

 

「ただでさえ最近は虫が増えてるし、噛まれたって人も多いってのに、冗談じゃないよ……」

「あ、あのー……」

「おっと、そうだった。えぇっと、いらっしゃい、かな。今日はどうしたの? って、聞くまでもないかもしれないけど」

 

 さっきまでの醜態が嘘のように、朧さんはいつもの調子を取り戻した。切り替えがとても早いです。

 

「事件について聞きたいんですが……今日は、殺傷事件の方じゃなくて、都市伝説の方についてです」

「あぁ、動物惨殺事件ね。ちょうどオレも、そっちについて調べてたところなんだ」

 

 そう言って朧さんは、机の上に積み重なっていた何冊かの本を引っ張り出した。

 

「これは?」

「図書室から借りて来たものと、オカルト研究会からの借り物だね」

「オカルト?」

「そう。ちょっと別にアプローチから、探ってみようと思ってね」

 

 朧さんが言うには、動物惨殺事件の犯行動機は、幼児連続殺傷事件の動機よりも、推理しづらいらしい。

 というのも、人間が人間を相手にする感情、人が人を傷つけようとする目的、子供を狙う理由、そういったもの前例も少なくなく、それゆえに心理学的にも研究されており、統計的、論理的な解答を得やすいとのこと。

 けれど、動物を殺して回るという事件については、前例も少なく、データが少ないらしい。

 

「だから、不承不承ながらも、オカルトに手を出すことになってしまったのさ」

「なにを言ってるのかよくわかりません」

「動物を殺し続けるという行為は、ただの怨恨や憂さ晴らしではなく、より狂気的で、猟奇的で、人としてあるべき論理的思考から遠く離れたところにある、ということだよ」

 

 やっぱりなにを言ってるのかわからない。

 けれど朧さん曰く、この手の事件は、そういう「よくわからない」ものであるらしい。

 

「狂人の考えなんて、常人にはわからないものさ。それは一種の信仰のようなもの。重度の酩酊によって引き起こされる幻覚症状は、医学的には知覚の疾患だが、閉鎖的な部族においては神や精霊といった高位の存在に近づくための手段でもある」

「メーデー……? もう過ぎてますよ?」

「酩酊だよ。酒を飲みすぎて酔い潰れることだ」

「そもそもお酒というのは、神様と繋がる手段だからね。ヤマタノオロチの伝説や、神社にお酒を奉納したり、お屠蘇を飲む文化なんかも、そういった性質がある。酔うと普段は見えないものが見えて、普段は感じないものを感じて、普段は意識しないことを意識するようになるわけで、そんな平時とは違う感覚を、大昔の人――より正確に言えば、医学という学問的知見のないコミュニティにおいては、神や精霊との交信の手段として――」

「……話、長い……酒の話、なんて……してない……」

「おっと、ごめんごめん。だいぶ脱線してしまったね」

「結局、先輩はなにが言いたかったんですかぁ?」

「動物惨殺事件については、オカルト的な知見に基づいて行われていて、なおかつ犯人は、重度の錯乱状態――常識的、良識的な思想や思考が欠落していると思われる、ってことだよ」

 

 えーっと……つまり、犯人はオカルトを本当に信じていて、それを実践しようとしている、ってことなのかな?

 

「オレの考えとしては、概ねそんな感じだね。獣の命、あるいは血肉。これらは古来より、黒魔術に用いられてきたものだし、この異常な殺戮は、ちょっとやそっとの怒りとか不満とかではないと思うんだ」

「でも、動物は殺されてても、死体は残っているんですよね?」

「そこまではなんとも言えないとこあるな。死体は確かに残っている。けれど、“臓器”まで残っているかは、わからない」

「……っ!」

 

 臓器って……そんな……

 

「魔術ってのは、そういうものだよ。人の心臓を捧げることだってあったんだ、動物の心臓だってあり得る。毛皮、骨、血液……なにを使うかなんてわからないよ。なにせ、オカルトだからね。殺すことそのものに意味があったのかもしれないし」

「けど先輩、それじゃあなにもわかんないんじゃないんですか? そんなこと言い出したら、オカルトってだけでなんでもアリですけど?」

「まあね。だから、どんな魔術、呪術的な儀式があるのかを、色んな文献とかネットの情報を漁って探っているところなんだよ」

「また暇そうなことを……」

「そんなわけで、その件に関しては、オレの調べた資料については教えられるけど、これといった情報は提供できないんだ。ごめんね」

「役立たず……」

「あ、そこらにある本は借り物だから貸せないけど、どうしても読みたいなら、オレの方から掛け合ってみるよ。参考になりそうなサイトとかも教えられるけど」

「いや、結構です」

 

 霜ちゃんが即座に断った。

 うん……まあ、たぶん読んでもよくわからないもんね……

 わたしたちは、事件の犯人がクリーチャーだという前提で動いているから、鳥さんに聞いた方がいいかもしれない。

 朧さんから話を聞くのは、このくらいで潮時かな、って思った時だった。

 部屋の中で、小さな悲鳴が響く。

 

「わっ、痛っ!」

「狭霧ちゃん!?」

 

 それは、狭霧さんのものだった。

 彼女は尻餅をついていて、目尻に涙を浮かべている。

 これはただ事じゃないと思って、みんなで駆け寄る。

 そして、朧さんが心配そうに、けれど冷静に、彼女に呼びかけた。

 

「狭霧ちゃん! どうしたの?」

「お、お兄……ちゃん……うぐ、ぐす……」

「大丈夫だから。なにがあったか、話してみて」

 

 あの狭霧さんが泣いているだなんて、そうあることじゃないと思う。現に、朧さんもすごく驚いているし。

 もしかしてクリーチャーの仕業……? だとしたら、すぐに鳥さんにも話して、退治しないと。

 いやでも、その前に狭霧さんから、なにがあったのかをちゃんと聞かないとダメだよね。

 そうして、狭霧さんは、涙声で、話してくれた。

 なにが、起こったのかを。

 

「ゲジゲジで遊んでたら……噛まれた……」

「馬鹿なのかな?」

 

 一気に脱力した。

 いや、その、それでも大事と言えば大事なんだけど……なんて言うか……自業自得というか……

 

「……まだ……いる……」

 

 ボソッと恋ちゃんが呟く。視線を落とすと、床にはまだ、さっきのゲジゲジ? ムカデ? が這っていた。

 狭霧さんが投げ捨てたように見えて、まだ捨ててなかったのか。それとも、窓の外には縁(へり)があるから、そこを伝って戻って来たのか。

 どちらにしても、ムカデは毒があるかもしれないし、気を付けないと――

 

「――――」

 

 ――ブチッ

 

 小さく、潰れるような音が聞こえた気がした。

 いや、気がした、なんてことはない。

 実際に、さっきのムカデが、潰されていた。

 硬い節の身体は砕かれ、壊れ、長い胴は真っ二つに断ち切られて、千切られ、すり潰されている。

 それだけでは飽き足らず、形が残った頭の方も、もう片方の半身も、同じように踏み潰され、床に擦りつけられるように、身体をすり潰された。

 そしてそれをやったのは――朧さん、だった。

 

「お、朧さん……?」

「……ん。なに?」

「いえ、その……それ……」

「あ……あぁ、つい、ね」

 

 どこか冷たい目で、朧さんはムカデを踏み潰して、グリグリとすり潰していた。

 蚊を叩くような気軽さではない。どこか憎悪と怒りを滲ませて、殺すだけではなく、存在そのものを消し去るかのように、捻じり切って、すり潰す。

 その姿は、今まで見た朗らかでひょうきんな朧さんとはまったく違っていて、少しだけ、怖かった。

 だけど同時に、そんな朧さんは、なにも偽らず、装わず、その行動は素の、本心からの行為のように思えた。

 

「虫、苦手なんじゃないんですか……?」

「……いやすっごい苦手だよ。あー、つい勢いでやっちゃったけど、床も靴も汚しちゃったよ。やだなぁ」

 

 朧さんはまた、おどけたように、なにかを貼り付けたような表情で言った。

 ……さっきまでの朧さん、一体、なんだったんだろう……?

 

「お兄ちゃん……痛い……」

「はいはい、もう、狭霧ちゃんは仕方ないなぁ。ごめんね、ちょっと狭霧ちゃんを保健室まで連れて行って来るよ。掃除とかは全部オレがやっとくけど……今日は、この辺で切り上げさせてもらってもいいかい?」

「あ、はい。わたしたちも、もう行きますので……」

 

 なんだか変な気分だ。

 朧さんの怖い面を見たような気がする。だけど同時に、朧さんのなにかが見えたような気もする。

 矛盾していそうでしていない。ただ、噛み合っていないように見えるだけで、噛み合わせる要素はどこかにある。

 だけど、色んなことを知っている朧さんは、自分のことを教えてはくれないし、わたしたちがそれを知るすべもない。

 そんな、おぼろげでもやもやしたまま、わたしたちは、朧さんたちと別れたのでした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 朧さんたちと別れてから、学校を出たわたしたち。

 一度、人気のないところに向かってから、わたしは鞄の中から、例の元オルゴールの木箱を取り出して、蓋を開いた。

 

「話には聞いていたけど、本当にその鳥類、飼い始めたんだ……」

「小鈴ちゃんと同じ屋根の下で暮らしてるとか、この鳥肉、うらやま……妬ましい……!」

「まったく言い直せてないからな」

 

 鳥さんは木箱から、太陽の光を求めるように、にゅっと首を伸ばす。

 ずっと暗い所に押し込めてしまっていたのは悪い気もするけど……でも、仕方ないよね?

 と言い訳しながら、わたしは鳥さんに問う。

 

「鳥さん、クリーチャーは?」

「んー……わからないな」

「使えな……」

「気配がわかるっていっても、場所までは近づかなきゃわかんないよ。あるいは、相応の力を放出するくらい動きがないと」

「いくら言い訳しても、使えない鳥肉なのは変わんないからね?」

 

 そこまで言うことはないと思うけど、でも、鳥さんじゃないとクリーチャーの存在は感知できない。

 その鳥さんからの情報がないんじゃ、わたしたちにはどうしようもない。

 困っちゃったな……なにかもっと、手掛かりがあればいいんだけど……

 

「これから、どーするんですか?」

「どうすると言ってもな。なにも事件がない、なにも指標がないんじゃ、動きようがない」

「今日はもう帰るしかなくねー? ってことだね」

 

 うーん、そうなちゃう、のかな?

 なんだかもやもやするけど、霜ちゃんの言う通り、どこにクリーチャーがいるのかわからない、なにをしているのかわからないんじゃ、わたしたちにできることはなにもない。

 今日はもう朧さんも頼れないし、どうすることもできないのかな……

 それっきり、わたしたちは言葉もなく、ただ帰路を歩くだけだった。

 クリーチャーについて知っているのは、わたしたちだけ。そうでなくても、この事件を追い掛けているのは、わたしたちと朧さんくらいなものだと思う。

 朧さんは確かにすごい情報収集能力を持ってるけど、わたしたちとは違う観点でものを見ている。それは、時としては広い視野でものを見れるけど、わたしたちは自分たちの情報を打ち明かしきれなくて、より深くを見つめる手助けにはならない。

 なんだか、心苦しいし、もやもやする。なにかがつっかえたような、息苦しさにも似た感覚だ。

 なにか、進展が欲しい。少しでも手掛かりになるなにかが欲しい。

 ないものねだりのようなものだ。ただのワガママにも等しい。

 それでも、そう思いながら、わたしは歩を進めていた。

 なにかないのかな、と。

 ほんの少しでもいい。次に繋がるような異変がないかと。

 そんな、時だった。

 

「あれ? あの人……」

 

 病院――というより、小さなクリニックから、見覚えのある、若い風貌の女の人が出て来る。

 それを見て、わたしは思わず、その人のことを、口に出してしまった。

 

「……アヤハさん?」

「げ、マジカル・ベルと愉快なパーティーメンバー……」

「おねーさんだー」

「っ、なっちゃん……」

 

 病院から出て来たのは、『ヤングオイスターズ』のお姉さん――アヤハさん。

 そして、まるで子連れのように一緒に出て来たのは、なっちゃんこと、『バンダースナッチ』ちゃん。

 昨日に続いて、今日も出会うなんて、奇遇というか、なんというか……

 

「……病院から出て来たよね、今」

「も、もしかして、病気(クランクハイト)ですか……?」

「クラ……なんだって?」

 

 ガリガリと頭を掻くアヤハさん。

 病院から出て来たってことは、つまりはそういうことなんだろうけど、なにがあったんだろう。

 

「なにかあったんですか?」

「あー……いやなんだ、虫に噛まれたっつーか」

「虫?」

「ガキにはよくあることだろ、公園で遊んでて、蜂の巣つっついて痛い目見る、みたいなこと」

「ないですけど」

「概ねそんな感じだ。強いて言うなら、こちらに過失はなくて、理不尽な事故だった、ということだが」

「……よく、わかんない……」

「つまり、蜂に刺されたの?」

「いんや、ムカデだ。こいつがな」

「いたかったー」

 

 そう言ってアヤハさんは、なっちゃんを指し示す。

 なっちゃんの足首あたりには、よく見れば包帯が巻かれていた。

 ムカデに噛まれて、念のために病院まで来た、ってことなのかな?

 ……この人たちでも、病院って行くんだ……身体の構造とか、人と同じなの……?

 

「けれど、またムカデか」

「また?」

「いいや、なんでもない。こっちに話だよ」

「はぁん。まあ、またって言いたいのはこっちなんだがな」

「?」

「なんでもねーよ」

 

 ムカデと言えば、狭霧さんもムカデに噛まれてたっけ……あれは自業自得だったけど。

 朧さんも虫が増えてるとかって言ってたっけ。

 あっちでもこっちでもムカデ、ムカデ。流石に、偶然かな……?

 

「……しかし、あれだな」

「はい?」

「秋ってのは虫が多い季節だ……な!」

「わっ!?」

 

 ダンッ! と、アヤハさんの足が地面を踏みならす。しかも、わたしの足元目がけて。

 い、いきなりどうしたの……っ!?

 

「びっくり。アヤハ、どーしたの?」

「……ムカデ」

「え?」

 

 恋ちゃんがボソッと呟く。

 視線を落とす。見れば、わたし足元近くに、潰れたムカデが転がっていた。

 当然、これはアヤハさんが潰したムカデだ。

 

「わ、わたしを噛もうとしてた、の……?」

「知るか。だが、放っておいても気分悪ぃし、私怨もある。とりあえずムカつくからぶっ潰しただけで、アンタのためじゃねーかんな」

「えっと、は、はい……ありがとう、ございます……」

「だからアンタのためじゃねーって。なんでもいいけどよ」

 

 よくわかんないけど、アヤハさんはわたしに近づいていたムカデを潰してくれたんだよね。

 それ自体はありがたいんだけど、そこまでしなくてもいいと思うんだけど……

 なんて思っていると、鞄がガタガタと揺れ、もぞもぞと動いた。

 

「小鈴!」

「と、鳥さん! 勝手に出て来ちゃダメだって……!」

「そいつが噂の聖獣か。思ってたよりもちっこいのな」

 

 鞄から鳥さんが顔を出す。

 誰が見ているかもわからないのに、勝手に出ちゃダメだって言ったのに……もう。

 けど、鳥さんはなにも、意味もなく出て来たわけではなかった。

 鳥さんが顔を出したのは、それが必要だという、それだけの理由があったからだ。

 鳥さんは、アヤハさんが踏み潰したムカデを指して、言った。

 

「その虫から、微弱だがマナを感じる」

「えっ?」

 

 このムカデから、マナが……?

 つまり、このムカデはクリーチャー……?

 

「いや、その虫自体はクリーチャーじゃない。この世界の生き物だ」

「えっと、つまり、どういうこと?」

「クリーチャーが操っている、と考えるのが自然だろうけど。なんにせよ、なんらかの干渉を受けているようだよ」

「ムカデねぇ……なんかもう、読めちゃったんだけど、私」

「同じく……」

「流石に露骨だね」

 

 みのりちゃん、恋ちゃん、霜ちゃんの三人は、成程といった風に頷いている。え? どういうこと?

 三人はもう、どんなクリーチャーなのかわかったの?

 

「わかりやすすぎるんだよねぇ。どうせ《阿修羅ムカデ》とかでしょ」

「前に、バトった……しろみが……別個体……?」

「でも、この世界の虫なんかを操って、どうするつもりなのかね?」

「憶測だけど、このムカデは先兵か偵察で、本体が身を潜めながら行動するための手先なんじゃないか? 操ることそれそのものは目的ではない気がするんだ」

「流石にそこまでは確かなことは言えないけど、その可能性は大いにあるね」

 

 えーっと……つまり。

 朧さんが言っていた、最近は虫が増えているというのは、実はクリーチャーの仕業だったってこと、なのかな?

 な、なんかすごく地味なことしてるね……

 

「クリーチャーの目的はわからないけれど、異常に増えた虫たち……もしかしたら、動物の惨殺事件と関係があるかもしれないね」

「え? どうして? 虫と動物だよ?」

「呪術や魔術っていうのは、動物を使うものが少なくない。犬神とか、使い魔とかはその一種だしね。だから、生き物であるという共通項でも、無関係とも言いきれないんじゃないか?」

「ちょっと強引じゃない?」

「そうだろうか。獣の血を用いる黒魔術なんて、メジャーだと思うけれど」

「黒魔術にメジャーとか、意味わかんないんだけど」

「一部の界隈での話だよ。今さっき考えた仮説だけど」

 

 そういうオカルトな本なら、お母さんが資料として持ってて、わたしもちょっとだけ読んだことあるけど……動物を使って儀式を行う、みたいなことは載っていた気がする。

 そう考えたら、まったく関連性がないとも言いきれない……のかもしれないね。

 

「この虫の大量発生に関係しているクリーチャーは、なんらかの魔術的なもので、この現象を引き起こした。そのために、獣の死骸とか血とかが必要で、そのために大量の犬や猫を殺していた……とか」

「うーん……わからなくもない、のかな?」

「おい、さっきから聞いてれば、わけわからん話ばっかだな。ワタシら無視すんなよ。アンタら、なに話してんだ?」

 

 と、そこで、アヤハさんが話に割り込んできた。

 そうだった。鳥さんが出て来てうっかり忘れちゃってたよ。

 それに、アヤハさんはわたしたちのことを全部知ってるわけじゃない。話についていけないのも当然だ。

 

「えっと……実は……」」

 

 だから、わたしは、たどたどしくも、全部話した。

 わたしたちもアヤハさんと同じで、今この町で起きている事件を追っていること。子供を狙った事件の犯人はクリーチャーで、昨日のうちに倒したこと。

 そして今は、動物惨殺事件について追っていること。この事件もまた、クリーチャーが関係しているかもしれないこと。

 すべてを話した。

 するとアヤハさんは、驚いたような表情を見せる。

 

「おいマジかよ。ワタシ、ダンナの指令もうクリアしたようなもんじゃねーか。自給削ってまで捜査してたのはなんだってんだ」

「無駄足ご苦労さんでーす」

「……まあ、終わってんならいいけどよ。でも、まだ脅威が失せたわけじゃ、ないってんだろ?」

「はい……たぶん」

「はぁん。そうかよ、成程なぁ」

 

 うんうんと、アヤハさんは、なにか一人で頷いている。

 そして、鞄から顔を覗かせている鳥さんに視線を向けた。

 

「本来なら、聖獣とやらをふんじばってとっ捕まえるべきなんかもしれねーが……悪いなダンナ。今回ばかりは、ちぃっと私情を優先させてもらうぜ」

「私情?」

「……(ワタシ)もな、やられてんだよ。ムカデに」

 

 どこか、神妙な面持ちで、アヤハさんは言った。

 

「何度も言うが、『ヤングオイスターズ』は群にして個、個にして群だ。ワタシの痛みは弟妹の痛み、弟妹の痛みはワタシの痛み。そして、弟妹(ワタシたち)の悲しみは、『ヤングオイスターズ(ワタシたち)』の怒りだ。弟も妹も、皆『ヤングオイスターズ(ワタシ)』であることに変わりはない。ワタシは、弟妹(ワタシ)にケンカ売られて黙ってられるほど温厚じゃないんでな」

「えっと、それって、どういう……」

「つまりだ」

 

 アヤハさんは、今度はわたしを見遣る。にぃっと歯を剥きだして。

 だけど、まっすぐに、そして、真摯な目で。

 彼女は、手を差し出した。

 

 

 

「手ぇ貸してやる、マジカル・ベル。共同戦線張ろうぜ」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「……本当にいいのか、小鈴」

「怪しくない?」

「うーん、大丈夫、だと思うけど……」

 

 なっちゃんを帰して、アヤハさんと一緒に行動することになったわたしたち。

 わたしたちに協力してくれるのはとても嬉しいんだけど、霜ちゃんやみのりちゃんは、相手が【不思議の国の住人】ということもあって、警戒しているみたい。

 だけど、アヤハさんは弟さんや妹さんのことを思って、わたしたちに協力を申し出ている。

 それは、葉子さんやお兄さん、姉兄のことを思って牙を剥いた先生と、行動は正反対でも、考えは同じ。

 わたしには、アヤハさんはそんなに悪い人には見えないけどな……

 

「おい、マジカル・ベル」

「は、はいっ」

「本当にこっちでいいのか?」

「えーっと、鳥さん、どうなの?」

「たぶん合ってる」

「不安だなぁ」

「……聖獣って、奇跡の体現者だとかなんとか聞いてたんだが、意外と大したことないのか?」

 

 訝しげな視線を向けるアヤハさん。残念ながら、鳥さんはいつもこんな感じです。

 虫にマナが宿っている。つまり、クリーチャーが虫たちを操っていると仮定して、その虫たちを手掛かりに進んでいくっていう方法で、歩を進めるわたしたち。

 正直、こんな方法で大丈夫なのか、不安しかないんだけど……

 

「あそこにもいるね、マナを宿した虫」

クモ(シュピンネ)……です?」

「ムカデ以外の虫もいるんだ」

「ここまでの道中、色々と観察してわかったけど、どうやらこの虫たちは、一点に集まっているようだね」

「一点?」

「ほぼすべての虫が、一ヵ所へと集合するように仕向けられている、ということだ」

「虫けら共がどこかに集められてるってか。奇妙なもんだ」

 

 ただ大量発生しているんじゃなくて、どこかに集まっている?

 たくさんの虫を、一つの場所へ? どうしてそんなことを……

 

「多くの虫を一つの場所に集める、か……まるで蠱毒だな」

「コドク? なんですか?」

「中国発祥の呪術、つまりは呪いだよ。ムカデとかクモとか、大量の毒虫を壺の中に詰め込んで殺し合わせ、最後に残った虫に最も強い呪いの毒が宿る。そして、その毒虫に刺されたら、呪いの毒が全身に回り、必ず死に至る、というやつ」

「なにそれ怖い」

 

 蠱毒なら、お母さんの資料てちょっとだけ読んだことがある。

 確かに、ムカデもクモも、毒を持つことで知られる虫だし、それらを大量に集めるという目的は、蠱毒という呪いを思わせる。

 けど、呪いなんてオカルトだし……いや、でも、クリーチャーならそうでもないのかな?

 

「目的なんざどうでもいい。その過程でこっちに火の粉が飛んでくるってんなら、振り払って消火するまでだ。おい聖獣、この虫けらはどこに向かってんだ?」

「……歩いているうちにマナの流れが大きくなってきたから、ようやく知覚できるようになった。流れというより、これは渦だな」

「渦?」

「あぁ。虫たちを通じて、マナの奔流が渦巻いている。その中心は――あそこだな」

 

 鳥さんは羽ばたいて、ある一点を見据える。

 それは、山だった。

 

(ベルク)……」

「登山……キツ……」

「それよりもあの山、遠くないか? 歩いて行くには辛そうだが」

「チャリで走っても、まあまあかかりそうだねー」

 

 ここからだと、うっすら霞みがかって見える程度には遠い。今すぐに行こうと思って行けるところじゃない。

 一番現実的なのは、電車に乗って行く、ってくらいだけど……

 

「……しゃーねーなぁ。おい、あの山の近くになにがある?」

「え? えーっと……」

「ちょっと待ってくれ。今、電話する」

 

 わたしがたじろいでいると、霜ちゃんが素早く携帯を取り出して、誰かに電話を掛けた。

 誰に電話をかけてるんだろう……?

 

『はいもしもし、若垣です』

「先輩、ちょっと聞きたいことがあります。今、いいですか?」

『あぁ、水早君。いいよ、狭霧ちゃんにメロンソーダ奢らされてるところだから、時間は大丈夫。うん、時間はね……』

「じゃあ遠慮なく」

 

 あ、朧さんか。

 あの山について調べるつもりなんだろうけど、そうか、朧さんならすぐに調べてくれそうだもんね。

 

「――ということですが、どうでしょう」

『あぁ、はいはい。あの変な名前の小山ね。以前は誰かの私有地だったみたいだけど、相続人もないまま所有者が死んじゃったっていう』

「そうなんですか? いや、そんな情報はどうでもいいんですけど」

『その山近辺の地図だっけ? ちょっと待ってね。後でそっちにメールで送るけど、あの辺はかなーり田舎で、本当なにもないからなぁ。駅からも遠いし……あ、でも、お寺があるね』

「お寺、ですか?」

『うん、お寺。えぇっと、名前は……これなんて読むんだ? まあいいや。それも後で送るよ』

「で、お寺がなんだっていうんですか?」

『龍脈、そして龍穴だよ』

「……風水、ですか?」

『お、知ってるのか。なら話は早い。要するにそこらは龍脈が通っている土地で、ちょうどその山は龍穴にあたる。気運の噴き出す、いわゆるパワースポットだ。魔術的な儀式を行うにはうってつけだろうね。そんなオカルトが実在するかはともかく』

「よくもまあ、そんなことがわかりますね」

『調べたからね。ところで、そんなことを聞くってことは、そっちでもなにか進展があったのかな?』

「全部終わったらお話します。それでは」

『え、あ、ちょっと――』

 

 ピッ、と霜ちゃんは、たぶん一方的に通話を切った。

 

「先輩、なんだって?」

「山の近くにはお寺があって、パワースポットになっているってさ。気の流れとかはオカルトすぎてよくわからないけど、仮にそれを是とするのなら、そこにクリーチャーが拠点を作っていてもおかしくはないと思えた」

「寺、か。その寺はなんつーんだ?」

「じきにメールが来ると思う。難しい漢字を使うみたいだけど……あ、来た」

「はぁん。ま、いいか。こっちもちょうどいいタイミングだしよ」

「タイミング?」

 

 アヤハさんは、道路に身を乗り出した。

 そして、片手をぶんぶんと大仰に振る。

 

「ヘイ、タクシー!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「タクシーなんて太っ腹だねぇ!」

「狭い……」

「ここからあの距離だと、結構な値段になると思うんだが……」

「ふん。ま、必要経費ってことにしといてやるさ。それに、ちょうどバイト代が入ったばっかだし、金はある」

「なんだか申し訳ないです……」

 

 小山までの道程。わたしたちには移動手段がなかったけど、アヤハさんがタクシーを拾ってくれた。

 中学生のわたしたちじゃ、タクシー代なんて払えないけど……大人ってすごい。

 しばらくタクシーに揺られて、名前が難しいお寺で下してもらう。

 そこからさらに歩いて、目的地の山に向かうけど……

 

「Schrecklich……」

「これは……」

 

 土を踏み固めただけの地面に、目に見えてわかるほどの大量の虫たちが這っている。

 ムカデが多いように見えるけど、クモとか、アリとか、他にもよくわからないけど、とにかくたくさんの虫がいる。

 

「田舎は虫が多いものだけど、この大行進は異常だな」

「気持ち悪……」

「これは、水早君の言ってた蠱毒ってのも、実は案外、的外れじゃなかったり?」

「ボクの仮説の是非についてはともかく、これは、困ったかもな」

「? どーしてですか?」

「山に至る前の道でこれなんだ。山中にどれだけの虫がいることやら、想像してみなよ」

「あ……」

 

 言われて気付く。

 そうだ。山の中なんて、ただでさえ生き物の――虫の多い場所だ。それに加え、今は虫が集合する場所となっている。

 あの山の中に、どれだけの虫がいるか。正直、想像もしたくない。

 

「だが、足を止めるわけにもいかねーだろ」

「で、でも……」

「肝っ玉の小せぇガキどもめ。ちょっと待ってな」

「アヤハさん……?」

 

 アヤハさんは、近くのコンビニまで走って行ってしまった。というか、こんな田舎にもコンビニってあったんだ。

 しばらくして、アヤハさんは大きなビニール袋を抱えて戻ってきた。

 

「ほらよ。それがあれば、多少はマシになんじゃね?」

 

 そう言って、袋の中身を放り投げる。

 

「これ……レインコート? それと、殺虫剤……?」

「そんなもんでも、ちっとは虫除けになるだろ。必要なら長靴もある。荷物はコインロッカーにでも入れとけ。金は全部ワタシが出してやる」

「わぉ! なんて太っ腹な財布なのかしら!」

「実子が嬉々として気持ち悪い……なんだよ、その口調……」

「あ、ありがとうございます……なにからなにまで……」

「構いやしねーさ。これも必要経費だ。ワタシも、蟲壺の中に生身で突っ込みたくはないしな」

 

 ぶっきらぼうに言って、アヤハさんはレインコートを羽織る。

 ちょっとつっけんどんな感じもするけど、タクシー代に続いて、ここまでしてくれるなんて……

 

「んじゃ、とっとと行くぞ」

「色々買ってくれたのはありがたいけどさ、なーんであんな偉そうなのかね? 仕切りたがり?」

「長女だからだろ」

「というか、こんなの着た、ところで……え、マジで、行くの……?」

「ユーちゃんも怖いです……」

 

 正直、わたしもこんなに虫がたくさんいるところに行きたくはないんだけど……うん、今回ばかりは本当にイヤだ。

 今更だけど、やっぱり嫌だよ! もう見るからに虫だらけだもん!

 

「おいおい、ここまで来てビビってんじゃねーよ……」

「そうだよ小鈴。この先にクリーチャーがいることは確実なんだから」

「そんなこと言われても……」

 

 だって虫、怖いし。

 毒とか持ってたら、困るし……

 

「毒なんて大したものじゃないさ。マナを帯びていたところで、所詮は虫けら。今の君の肌を食い破ることさえできないだろうね」

「え……って、この格好、いつの間に!?」

 

 気付けば、鳥さんによってわたしの姿は、いつもの魔法少女チックなコスプレまがいの衣装に変えられていた。

 

「……ワタシ、アンタのその姿は初めて見たが、やっぱガキの教育によくねーな。胸元開きすぎじゃね? 『三月ウサギ』のクソビッチじゃあるまいに。まず女としてどーかと思うわ」

「そ、そんなこと言われましても!」

「自分がすっとんとんだからって僻みはよくないですよー、お姉さん?」

「うるせー、ガキ。アンタも変わんねーだろうが」

「しかしその格好、肌の面積増えてないか? かえって山を登るのに不向きになった気がするんだけど……」

「その分、肉体強度は増しているから問題ないよ。いくら噛まれようが這われようが、行動に支障はきたさないだろう」

「問題なくないよ!? 肌に触れるってだけでイヤだからね!?」

 

 それに、あんまりにもふりふりしてるから、ちょっと動きづらいし。

 仕方ないから、アヤハさんに貰ったレインコートを羽織ってできるだけ肌は隠すことにしよう……

 ここでずっと駄々をこねていても仕方ない。ここまで来ておいてやっぱり行かないなんて言ったら、アヤハさんにも申し訳ないし……

 だからわたしたちは、物凄く渋りながらだったけど、クリーチャーの拠点があると思われる、大量の虫の巣食う山へと、入山したのでした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「キモイ! これはマジでキモイ!」

「正に蠱毒の壺の中、か……なんて悍ましい……」

「こすず……先、行って……」

「はわわわわ! こ、小鈴さん! ぽとって! なにかぽとって落ちました!」

「わわっ!? こ、恋ちゃんもユーちゃんも、引っ張らないで押さないでー!?」

 

 阿鼻叫喚。

 わたしの頭の中には、そんな言葉がよぎりました。

 予想的中というか、やっぱりというか。

 山の中は道端以上に虫の巣窟になっていて、なんていうか、その……すごく、気持ち悪いです。

 地面には、絨毯のようにもぞもぞと蠢く虫。そこらの木にも、色んな虫が止まってるし這っている。蚊だかハエだか蜂だかよくわからない虫も飛んでいる。

 虫、虫、虫。どこを見ても虫だらけ。

 流石に叫ばずにはいられないというか、驚きと恐怖が混ざりに混ざって、叫び声として出てしまう。

 

「うるっせぇぞガキども! ちったぁ静かに歩きやがれ!」

 

 だけど、流石にうるさくすぎてしまったようで、アヤハさんに一喝されてしまいました。

 ごめんなさい……

 

「ふにゅぅ……な、なんでアヤハさんは、そんなに平気なんですか?」

「別に平気じゃねーよ。今すぐ麓に向かって走り出したいくらいには気持ち悪ぃし、こんなとこ一秒だっていたくはねぇ」

「な、なら、どうして……?」

「……弟妹(ワタシ)が、待ってんだよ」

「?」

「んなことより、口ばっか動かしてねーで足を動かせ! とっとと登って元凶を叩くぞ! じゃねーと、いつまでもこんな気味悪いとこにいる羽目になるからな!」

 

 怒鳴るアヤハさん。

 ちょっと怖いけど、言ってることはもっともだ。早くこんなところから出たいし、そのためには早く先に進まなくてはならない。

 わかってはいるんだけど、でも、やっぱり尻込みしちゃうというか、足がなかなか前に進まないというか……

 

「むむむ、なーんか、この人に仕切られてるのは納得いかないけど、前に進んでくれるだけ良しとしようか」

「盾にする気満々だな。ボクもだけど」

「こ、小鈴さーん!」

「こすずシールド……」

「ちょっと二人とも! わたしを盾にするのやめて!?」

「こすず、前に出すと……虫から離れていく……ような、気がする……」

「そんなことないからね!?」

 

 わかんないけど。気持ち、虫が避けているように見えなくもないけど。多すぎて分かんないけど!

 でも、香水とかつけてる人だと、虫とか動物が寄って来やすかったり、逆に寄り付かなくなったりするっていうのは、本で読んだことがある。

 まあ、わたし香水なんてつけてないんだけど。

 

「わっ、わわっ!」

 

 恋ちゃんとユーちゃんに押し出されてしまい、アヤハさんと並んで歩くことになってしまった。

 チラッと後ろを振り返ると、みのりちゃんと霜ちゃんは背の高いアヤハさんを、わたしよりも小さい恋ちゃんやユーちゃんはわたしを、それぞれ壁にしていた。

 うぅ、みんな、薄情だよ……わたしだってこんな虫だらけのところを、先陣切って歩くなんてイヤなのに……

 ……だけど

 

「……あん? なんだよマジカル・ベル。こっち見て。ワタシの顔なんて面白くもなんともないぜ。前見ろよ、前」

「は、はい……」

 

 後ろでは相変わらずみんなの悲鳴が響く中、アヤハさんは、文句も言わずに先頭に立って進んでいる。

 アヤハさんだってイヤなはずなのに。そんなことは、微塵も感じさせず、ただ黙々と。

 真摯に。そして真剣に、歩を進め続けている。

 

「あ、あの、アヤハさん」

「あんだよ」

「アヤハさんは、どうして、そんなに頑張れるんですか?」

「……意味わかんね。アンタらに手を貸してることか?」

「それもですし、事件を追い掛けてることも……だって、危険じゃ、ないんですか?」

「あぁ、危険だよ。だが、ワタシが動くのは、危険だからだ」

「?」

「危険を取り除くには、安全な場所から立ち退く必要がある。そもそも、安全を脅かされている以上、安全を取り戻すには、危険を背負う必要がある、っつーこった」

 

 わかるような、わからないようなことを言うアヤハさん。

 えっと、つまり……安心と安全を得るために、アヤハさんは危険を冒してでも、危険を取り除こうとする。

 矛盾しているようでいて、それは真理だ。

 だけど、そうじゃない。

 それはただの、理屈でしかない。

 わたしが聞きたいのは、そういうことじゃなくって……

 

「……なんのため、ですか?」

「は? なんのため、だ?」

「アヤハさんがここまでするのは、わたしたちのためじゃないって言ってましたけど、それじゃあ、誰のため、なんのため、なんですか?」

「……自分のためだよ」

「本当ですか?」

「嘘じゃねぇ。自分(ワタシ)のためだし、弟妹(ワタシ)のためだ」

 

 ぼかすように言うアヤハさん。だけどそれは、誤魔化そうとしているというよりかは、どう表現すればいいのかわからない、と言っているかのようだった。

 

「『ヤングオイスターズ』の性質については、前に話したな。個にして群、群にして個。ワタシは『ヤングオイスターズ』を形成する一人に過ぎず、他十一人の弟妹の断片でしかない。そして、このワタシもワタシだが、他の十一人の弟妹も、『ヤングオイスターズ』というワタシに他ならない。だから、ワタシの弟妹に迫る危険は、即ちワタシの危険。それを排除しようとするのは、おかしいことか?」

「いえ……そういえば、妹さんが、虫に噛まれたって、言ってましたよね」

「おう。(ワタシ)が報告してくれたんだがな。今回の件に関しては、きっかけはそれだ」

「弟妹のために、そこまで……」

「……痛みがな、違うんだよ」

「え?」

 

 ぼそりと、囁くように、アヤハさんは言った。

 胸の手を当てて、嘆くように、それでいて、怒るように、同時に、どこか悟ったように、そして、諦めたように。

 流れ出る大水のように、言葉が噴出する。

 

「十二人は一人であり、一人は十二人であるのがワタシたち『ヤングオイスターズ』。ワタシたちは、個でありながらも群であり、群でありながらも個であるがゆえに、すべてを共有する。一人の受けた痛みは、十二人分の痛み。ワタシたちは気持ちを分け合うことはしないし、できない。それぞれが皆のすべてを受け止め、それが『ヤングオイスターズ』という個として集積される。一人で一人分の痛みを背負うアンタらとは違う、十二倍の痛みを、悲しみを、怒りを、ワタシたちは背負ってんだ。だからこそ、ワタシたちの痛み、悲しみ、怒りは増幅されるし、それだけのことをしてやりたいって思う……それが、アンタにわかるか?」

「…………」

「わかんねーよなぁ。あぁ、ワタシたちの生き様は、誰にもわかんねーさ。『代用ウミガメ』にだって、『眠りネズミ』にだって、『三月ウサギ』にだって、『公爵夫人』様だって、ワタシたちに一番近い虫けらの三姉弟にだって、ましてやイカレた『帽子屋』のダンナにだってな。誰にも、『ヤングオイスターズ(ワタシたち)』のことなんざ、わかりやしねぇ」

 

 わたしは、なにも答えられなかった。

 【不思議の国の住人】は、人間じゃない。けれど、人間のような姿をしているし、わたしたちの社会で生きて、言葉も通じる。

 だから、わたしたちは近しい存在だと、そう、思っていたけども。

 この人は違う。とても近いように思えて、その実、すごく遠い。

 わたしたちとはまったく違う、もっと別のなにかのようだった。

 わたしは、それを否定できないし、理解もできなくて、だから……なにも、言えなかった。

 

「いや、別にいーんだよ、理解されなくてもな。ワタシたちだって理解できてねーとこあるし、ずっと探り探りだしな。ただなぁ、マジカル・ベル」

「な、なんですか?」

「老婆心ながらに、いっこ忠告しといてやる。アンタ、ウミガメとか、虫けら三姉弟とかと触れ合ってなにを思ったのかはわかんねーが、あいつらは【不思議の国の住人】の中でも、とりわけ穏健派だ。しかも、生き方をアンタらに寄せている。その理由は様々だが……まあ、理解できることもあらぁな。だがな、そうでない奴の方が、ずっと多いんだぜ」

「そうでないって……」

「“分かり合えない奴”って意味だよ」

 

 宣告する。アヤハさんは、わたしにその言葉を突きつける。

 相互不理解。お互いに、理解不能な関係。

 人間と、そうでない者との、差異を。

 

「たとえばワタシ、『ヤングオイスターズ』の生態。口で言って理解しても、だからどうする? って話だろ? 一人が十二人? なに言ってんだ、人格障害かよ、ってな」

「それは……」

「たとえば『バンダースナッチ』。アンタなら知ってると思うが、奴は純粋すぎる欲望の塊だ。ワタシにゃ行動原理さえ理解できん。いや、行動目的、か。あいつの目になにが映って、どうしようとしているのか、さっぱりわかんねーし、対話もできねぇ」

「でも……」

「『三月ウサギ』に『公爵夫人』、それから『バタつきパンチョウ』。方向性は違えど、こいつらは見ている世界が違う。思想が違う。場合によっては対話も不可能。何気にヤバいのはチョウの姐御だ。あいつが見ている視点は、圧倒的にワタシたちとは違う。生き物を超越した眼を持っている。それを、どう理解できるっていうんだ?」

「わたし、は……」

「さらに『ジャバウォック』なんて化け物もいる。どっちかっていうと、『バンダースナッチ』に近い類の怪物だが、正体不明の集合体みたいな奴だよ。意志疎通もクソもない。なんの思想も感じない。どんな思惑も通じない。ただそこにいるだけで影響があるのに、こちらからの影響力は皆無と来た。世界が閉ざされたみてーな化け物相手に、分かり合えるわけがねぇ」

「それでも、わ、わたしは……」

「極めつけは――『帽子屋』」

 

 アヤハさんは、言葉を連ねて、重ねていく。

 わたしの望みに、覆い被せるように。

 

「対話も可能だし、なにを言ってるのかは理解できる。なのに、なにをしでかすのかはわかんねぇ。頭と体が別の回路で通じているみてーに、思想と行動がちぐはぐで、なにをどうしたいのかがさっぱりわかんねぇ。言葉も行動も、なにも信用できない。正真正銘の、イカレ帽子屋だ」

「…………」

 

 そして遂に、わたしは、なにも言えなくなってしまった。

 

「分かり合えるとか、自分たちと同じだとか、似ているだとか。ほんの一面だけ見てそう判断するのは、危険だぜ。ワタシたちは、アンタらを真似てるだけだ。根本的には、全然違う生き物なんだよ」

「で、でも……だって……」

「それでも理解したい。仲良くしたい、ってか。まあ、そうすんのは勝手だ。ワタシたちも、人間と円満な関係でいることに不満はない。だがそれは、その方が都合がいいからってだけだ。心の底から、アンタらと通じ合えると思ったことは、ない」

「ぅ……」

「信じるのは勝手だが、それで傷つくのはアンタだぜ、マジカル・ベル」

 

 ひょっとしたらそれは、アヤハさんなりの親切心だったのかもしれない。

 だけど、そんなアヤハさんの言葉は、わたしの胸中に、深く、深く、食い込んだ。

 

「……さて、無駄にダベってる間に、着いちまったかね」

 

 と、アヤハさんはもうわたしのことを見ずに、ただ前だけ見て、小さく呟いた。

 そこは山の、少し開けた場所。頂上というわけではなさそうだったが、木々はなく、見晴らしのいい場所だった。

 ただし、見晴らしがいいからと言って、いい景色、というわけではない。

 だってそこは、わたしたちの目的地。

 わたしたちの目指していた場所ということは、クリーチャーの本拠地であり、つまり、毒虫たちが最も集う、蠱毒の壺の奥底なのだから。

 そこには、おびただしい数の虫たちが、所狭しと蠢いていた。

 そしてその真ん中に、真っ黒なローブをすっぽりと被って、片手に長大な槍を携えた誰かが、仁王立ちをしていた。

 まるで、わたしたちを出迎えるように。

 

 

 

「よくぞ来た、毒の蟲壺へ」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「よくぞ来た、毒虫の壺底へ――歓迎は、できんがな」

「おう、お前か。あぶねー虫をぶちまけてんのは」

「撒いてなどいない。我はただ、収集しているだけだ。毒虫をな。その過程で、毒虫共がなにをしているかまでは、知らんがな」

「成程。つまり、やっぱてめーが犯人だってことだな。よーくわかった」

「どう解釈しようと構わん」

 

 黒いローブの人は、悪びれずに言う。

 たぶん、あの人もクリーチャーだと思うけど……なんだか、ぞわぞわする。

 虫に、ではない。あの黒いローブの人だ。あの人は、今までのクリーチャーと、ちょっと違う感じがする。

 昨日のお医者さんよりも、危険な感じがするっていうか……

 

「……やっぱりこれ、蠱毒の術なんじゃないか? ほら、あの壺」

 

 霜ちゃんが指差す。その先には、わたしの身の丈くらいはありそうな、物凄く大きなツボが置いてあった。

 そして、地を這う虫も、空を飛ぶ虫も、みんな、あの壺に吸い込まれるように入っていく。

 

「左様。我は蠱毒師。この世界の蠱毒の術を会得し、野望を果たす者。しかし、我が呪術はそれだけでは終わらん。数多の毒虫を集め、最凶の毒虫を生成するという発想は素晴らしい。しかして、それは生存の結果ではなく、誕生であるべきだろう」

「なに言ってんのこいつ?」

「毒虫同士を喰わせ、殺させ、生き残った者が最凶である。それが本来の蠱毒なれば、我が蠱毒は最凶の生存者を選別するに非ず。我が蠱毒術は、数多の毒虫を殺し合わせ、死骸を積み重ね――合成する」

 

 合成?

 それって、どういう……?

 

「蠱毒など手段に過ぎん。数多の毒虫は、我が野望のため、必要な毒虫を生み出す餌。蛇蝎の凶蟲を誕生させるための部品でしかない」

「回りくどいね。結局、君はなにがしたいんだ?」

「王の座を得ること。我が力を証明すること。蛇蝎など、そのための通過点だ。我が強大な力を繋ぐための、楔のようなものよ」

 

 言って、黒いローブの蠱毒師さんは、ツボの中に手を突っ込む。

 あの中には、うじゃうじゃと大量の虫がいるはずだけど……と、わたしたちが面食らっていると、蠱毒師さんは、その中から、一掴みほどの虫をすくい上げた。

 

「ふむ。出来損ないの虫が何匹か生まれているな。完全体が生まれるまではあと僅か。しかしその僅かな時を邪魔されるわけにもいかない。故に、不完全体であろうとも、働いてもらおう」

 

 そして蠱毒師さんは、べちゃべちゃっ、と掴んだ虫を地面に落とす。

 それらの虫は、ぐちゅぐじゅと、嫌な音を立てて蠢いて、寄り集まって、そして――

 

「――クリーチャー……!?」

 

 一つの、巨虫の形を成す。

 それが、さらにもう一つ、二つと、増えていく。

 大きなムカデとか、大口を開けたミミズみたいなのとか、見るからに気味の悪いものばかりだ。

 

「小鈴!」

「と、鳥さん……!」

「あの壺から異常なマナを感じるよ。恐らくあれは、集めた虫をマナで掻き混ぜて“新しいクリーチャーを生み出す”装置だ!」

「新しいクリーチャーを生み出すって……そんなこと、できるの?」

「知らないけど、闇文明のマッドサイエンティスト共ならやりかねないね。なにを作り出す気かは知らないけど、かなりヤバそうだ」

「ど、どうすれば……?」

「大元を叩くのが常套だと思うよ。その後で、あの壺をぶっ壊そう。なにが目的かはよくわからないけど、蠱毒とやらで目的のクリーチャーを生み出されたら、たぶん厄介なことになる」

 

 大元っていうと、蠱毒師さんのこと、だよね。

 それを倒すっていうのは、わたしも賛成だけど……途中にいるクリーチャーが邪魔だ。

 いくらなんでも、わたし一人で全員を相手できるわけもないし……

 

「やれやれだな。過去最高に相手したくない輩を相手することになってしまうのか。本物の虫相手よりは、幾分マシだろうけど」

「霜ちゃん……」

「虫の相手とか真面目に嫌だけど、なにもしない役立たずで終わって帰るのもなんだしねぇ」

「憂鬱……けど、まあ、仕方ない……これしか、できないし……」

「みのりちゃんに、恋ちゃんも……」

「ゆ、ユーちゃんもいますよっ!」

「みんな……い、いいの……?」

「そのために、ボクらはいるんだろう? なにを今更」

「……ありがとう」

 

 こんな虫だらけなところまで一緒に来てくれて、戦ってくれる。

 みんなには、感謝することばかりだ。今も、今までも。

 みんながクリーチャーを相手してくれている。今のうちに、わたしは蠱毒師さんを――

 

「数多きはこのためか。しかし、数による圧倒であれば、我が優位。この蟲壺には、幾千をとうに超えた、無限にも近しい毒虫が秘められているのだからな」

 

 蠱毒師さんはまた、壺の中に手を入れて、そこから呪われた虫を、地面に撒き散らす。

 撒かれた虫は互いを求めるように集い、そして、より大きな虫へと変化する。

 そしてその虫は、わたしの前に立ち塞がった。

 

「う……っ」

「我が歩みは誰にも止めさせはせぬ。あと僅かな時で、我が野望は果たされる。それだけの力を得られる。あの、悪鬼羅刹の毒虫が誕生さえすれば……!」

 

 うぅ、あとちょっとなのに……デュエマで戦うところまで持っていければ、どうにかなるのに。

 わたしの前に立ち塞がるこの虫さんをどうにかしないことには、蠱毒師さんのところまでは辿り着けないけど、そこまでの時間をかけてもいられない。

 ど、どうしよう……

 

「何人たりとも我の邪魔はさせん。我が前に立ち塞がるというのなら、魔獣の毒虫を授けてやろう。それさえも拒絶するのなら、我が魔槍を手向けてやろう。もっとも、我が槍の射程にすら入れないようでは、話にならんが。この槍の刺突が届く領域を侵すことができたのならば、我が力を見せることも(やぶさ)かではないのだが――」

「んじゃあワタシが相手するわ」

「っ!?」

 

 え?

 アヤハさん……い、いつの間に……?

 全然気づかなかった。まったく知らない間に、アヤハさんは、蠱毒師さんの正面に立っていた。

 

「貴様、いつの間に……!」

「気配を殺すのは、わりと得意なんだ。ワタシは群れの一個体、十二人の兄弟姉妹の一人。一人一人は個として一人分の存在だが、群れとしては十二人のうちの一かけらでしかない。故に存在感も十二分の十一まで、他の兄弟姉妹に押し付けられる。一人分でもあり、十二人の断片でもありと、まあ矛盾もいいとこだが、ワタシたちってそんなもんだしな。哀れな牡蠣たちに与えられた、なけなしのおまけってとこか」

「訳の分からんことを……!」

「おう、わかんねーだろ? ワタシたちを理解するのは難しいぜ? なにせ、兄弟姉妹(ワタシたち)以外でまともに理解できた奴はいねーし、ワタシたちだって正確に理解できちゃいねーかんな」

 

 挑発するようにデッキケース片手に嗤うアヤハさん。

 蠱毒師さんは、そんなアヤハさんに戸惑っているようだったけど、すぐに意を決したように、槍を構え直した。

 

「珍奇な娘だ……だが、いいだろう。悪鬼羅刹の毒虫の生誕まで間もない。あるいは、貴様を最期の贄とするのも悪くなかろう。我が魔槍に貫かれるか、蟲壺にて毒虫の餌となるか、修羅の蠱毒に飲まれるか――死の選択肢を与えてやろう」

「死なねーよ。ワタシは死ぬわけにはいかねーし、死にたくもないんだ。死ぬほど痛いからな」

「不愉快な戯言を垂れるな、娘」

「不愉快なのはどっちだってんだ。こんなクソ汚ねー虫を湧かせやがって。キモイしあぶねーだろうがよ」

 

 吐き捨てるように言うアヤハさん。

 あっちでも、もう一触即発の空気が張り詰めていた。

 

「ワタシの(ワタシ)に牙を剥いたことを後悔させてやんよ。ワタシは自己中心的だかんな、弟妹(ワタシ)のために、我が身に向けられる毒牙はへし折るぜ」

「笑止。我が野望を邪魔する者は総て滅する。貴様を貫く毒牙は、容易には折れぬほどに長大なり。折ること叶わず、蠱毒の暴威にひれ伏し朽ちるといい!」

 

 そして遂に、始まってしまった。

 アヤハさんと蠱毒師さん。

 二人の対戦(デュエマ)が――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ワタシのターン、《歩く賄賂(わいろ) コバンザ》を召喚し、ターンエンドだ」

「我がターン。《【問2】 ノロン⤴》を召喚。カードを二枚引き、二枚捨て、ターンを終了する」

 

 

 

ターン3

 

アヤハ

場:《コバンザ》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:0

山札:28

 

 

蠱毒師

場:《ノロン⤴》×2

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:4

山札:23

 

 

 

 ――わたしの方は、思ったよりも早く決着がついた。あんまり強いクリーチャーじゃなくてよかったよ……

 それよりも、アヤハさんと蠱毒師さんとの対戦だ。

 見た感じ、前みたいなムートピアをメインにしたデッキみたいだけど……あんまりクリーチャーは出ていない。

 一方で蠱毒師さんは墓地を溜めているっぽかった。後半、その墓地を使って、なにか大きなことをしそうな雰囲気だ。

 

「ワタシのターン。2マナで呪文《エターナル・ブレイン》を発動だ。効果で山札の上から二枚を見て、順序を入れ替え、山札の上に戻すぞ」

 

 アヤハさんは、呪文で山札の上を操作したけど……やっていることは、とても地味だ。カードを引くわけでもないし、手札のカードを山札に仕込んだというわけでもない。ただただ、不確定だった山札を、ほんのちょっと弄っただけ、と思ったけど。

 それだけではなかった。

 

「その後、この呪文を手札に戻す」

 

 唱えても手札に戻る呪文……そんなのもあるんだ。

 でも、山札をちょこっと弄る呪文なんて、いくら唱えても、あんまり強くないようにも思える。

 だけどそれも使い方だ。

 アヤハさんは、その強くない呪文を強くするための布石を、既に敷いていた。

 

「ワタシが呪文を唱えた時、ワタシの場の《コバンザ》の能力発動。こいつはワタシが呪文を唱えるたびに、ドローできる。よって一枚ドローだ。さらに2マナで《エターナル・ブレイン》」

 

 呪文に反応してドローする能力……そっか、そういうカードと組み合わせれば、何度も唱えられる効果を使って、マナが尽きない限り、何度でもドローできるんだ。

 ちょっとした山札操作でも、少しだけ欲しいカードを手に入れやすくなるから、ただ操作するよりも強くなる。

 《エターナル・ブレイン》と《コバンザ》、この二枚が組み合わさることで、実質的に、マナが続く限り、山札の上二枚から好きなカードを引ける、というコンボになるんだ。

 

「トップ二枚を操作、《エターナル・ブレイン》を手札に戻し、《コバンザ》の能力でドロー。ターンエンドだな」

「小賢しい真似を。私のターン」

 

 地味だけど、このコンボでアヤハさんは、着実に手札を増やしている。

 これなら、もし手札破壊をされても問題ないだろうし、次にも繋げやすくなるね。

 

「3マナで呪文《ボーンおどり・チャージャー》。山札の上から二枚を墓地へ」

 

 蠱毒師さんは、まだ墓地にカードを送り込んでいく。

 手札を増やすアヤハさんと、墓地を溜める蠱毒師さん。お互い、動きはまだおとなしくて、準備をし進めているみたいだった。

 

「墓地へ落ちたのは、《一なる部隊 イワシン》が二体。よって一枚ドローし、一枚破棄。これを二度、繰り返す。ターン終了」

 

 

 

ターン4

 

アヤハ

場:《コバンザ》

盾:5

マナ:4

手札:5

墓地:0

山札:25

 

 

蠱毒師

場:《ノロン⤴》×2

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:8

山札:18

 

 

 

「ワタシのターンか。マナチャージ。んで、3マナで《氷牙フランツⅠ世》を召喚。こいつの能力で、ワタシの呪文のコストは1少なくなる」

 

 呪文のコストを少なくする……ってことは。

 

「1マナで《エターナル・ブレイン》。やることは、まあ、さっきと同じだな」

 

 《エターナル・ブレイン》と《コバンザ》、そこに《フランツ》。この三体が揃うことで、アヤハさんはたった1マナで、手札を増やし続けられる。

 やってることはただのドローだけど、1マナで追加ドローし放題って、これ、実はすごいことなんじゃ……?

 

「あまったもう1マナでさらに《エターナル・ブレイン》だ。トップを操作して、呪文を回収、そしてドロー。ターンエンド」

「成程、地味ながらも強力な相乗効果だ。しかし、その行為は無為、遅きに失している」

「あん?」

「知識の蓄積も良かろう。叡智の集積はより良き糧となろう。しかし、それそのものは手段でしかない。たかだか手段に執着し、本意を違える愚かさを知るがいい」

 

 蠱毒師さんは、アヤハさんを非難するように言って、静かにマナを倒した。

 

「5マナをタップする。双極・詠唱(ツインパクト・キャスト)、《法と契約の秤(モンテスケール・サイン)》」

 

 空中に鈍い金色の秤が浮いて、虚空に白い悪霊のような影が浮かぶ。

 悪霊は署名でもするかのように、謎の文字列を刻み、墓地と場の間に印を結んだ。

 

「呪文の効果により、墓地からコスト7以下のクリーチャーを蘇生。復活せよ、《凶鬼03号 ガシャゴズラ》」

 

 墓地と場との間に交わされた契約によって、墓地から巨大な重機のようなクリーチャーが、地面を割って戦場へと這い上がってきた。

 すごく機械的だけど、その色んなものをつぎはぎしたような姿は異様で、とてもおぞましかった。

 

「そいつが、お前の切り札だって言うのか?」

「否。これは準備に過ぎん。目的を果たすための手段、その部品の一つでしかない。《ガシャゴズラ》の能力で、墓地のコスト3以下のクリーチャーを三体まで復活」

 

 重機のクリーチャーが、巨大なシャベルで墓地を掘り起こす。

 そのからさらに這い出てきたのは、三体の小型クリーチャー。

 

「《ノロン⤴》、蘇生。《ルソー・モンテス》、蘇生。《イワシン》、蘇生」

「わらわら湧いてきやがったが……それがお前の準備とやらか?」

「左様。これなる命は我が願望を果たす糧である。惰弱であれど無為ではない」

「願望、な。で? お前の願望ってなんだよ? 目的だとか手段だとか、ぐちゃぐちゃ御託並べて、結局お前はなにがいたいんだ?」

「我が願望が如何なものかとな。そんなものは決まっている――」

 

 蠱毒師さんは、真っ黒なローブの内側から、ゆっくりと手を伸ばす。

 そしてその手に握られていたのは、大きくて長い、槍だった。

 

「――円卓に座すことだ」

 

 グザリ、と蠱毒師さんは槍を地面に突き刺す。

 

「七人の王は消え、円卓は砕かれた。しかし、あの円卓こそが闇の力の象徴であることに変わりはない。その円卓に座すことこそが、我が力の証明に他ならない」

「……力を示すため、ってか」

「然り。我が力はあの円卓に座すに相応しい。それを今から、証明してみせよう!」

 

 蠱毒師さんは叫ぶ。そして、

 

「《ガシャゴズラ》《ルソー・モンテス》さらに《ノロン⤴》二体をタップし、この呪文を詠唱する!」

 

 蠱毒師さんのクリーチャーが、地面に這いつくばる。まるで、力を吸われているかのように。

 そしてその吸い上げられた力は、虚空に真っ黒な穴を穿つ。

 

 

 

「これこそは、我が座すに相応しい王たちの円卓なり――《七王の円卓(ガウェロット・ラウンド)》」

 

 

 

 四体の闇のクリーチャーの力によって、この場に疑似的に再現されたのは――円卓。

 ただの丸い卓でしかないはずなのに、それは、太陽を飲み込み、破滅へと導くような、そんな予感を想起させるほどに、恐ろしいものであった。

 

「我が力の証明、我が存在の誇示。それを為すが、闇の王が集うこの円卓……ただの一欠片であっても、七王との縁を結ぶに足る代物だ。これはその疑似でしかないが、円卓そのものの再現によって、闇の命を地獄の底から引きずり上げ、呼び起こすくらい、造作もない」

「つまり? 御託がなげぇ、なんだって言いたいんだ?」

「我は力のために、弱き命を集め、より強い命を育んだ。それを、藍色に染まった毒虫の壺から釣り上げるまで。《七王の円卓》よ、我が力の証左たる、戦鬼の如き蠱毒の蟲をここに呼べ!」

 

 その声と共に、円卓が黒い煙を巻き上げる。

 戦場を覆い尽くして、墓地を包み込んで、黒い靄はすべてを闇に染めた。

 そして

 

「《七王の円卓》によって、墓地よりコスト8以下のマフィ・ギャングを蘇生……(まがつ)の毒を得た、呪いの蟲。その暴威でもって、我を最強と証明せよ!」

 

 もぞもぞと、墓地でなにかが蠢いている。

 ぞわぞわと、背筋に嫌な悪寒が走る。

 数多の毒虫を詰め込んだ蠱毒の壺が、ガタガタと揺れる。

 毒虫の命と死骸を喰らって生まれ、闇の円卓に誘われ、蠱毒の壺を破り――這い上がる。

 

 

 

「忌まわしき呪の毒を纏いて生誕せよ――《阿修羅サソリムカデ》!」

 

 

 

 墓地から這い出てきたのは――巨大な虫。

 だけどそれは、先生や、葉子さんや、お兄さんたちの操るような、壮大で雄大な巨虫とは違う。

 嫌悪感を刺激されるというか、一目見ただけでその目を背けたくなるような、おぞましくて、忌まわしくて、恐ろしい。そんな、嫌な虫だった。

 ぐねぐねと蠢く大量の足。そして、凶悪に尖った針のある尻尾。

 サソリの下半身に、ムカデの上半身。そんな、合成魔獣(キメラ)みたいな毒虫が、現れた。

 

「《阿修羅サソリムカデ》の能力により、山札の上から二枚を墓地へ。その後、墓地からマフィ・ギャング二体を蘇生」

「また墓地から出て来るのかよ……」

「無論だ。蘇生の術。それこそが、我が存在理由。我が力の証明は、生命の冒涜であり、汚濁にある。蠱毒の力を用いて、ようやく、我が悲願は果たされる。我は、王の円卓へと至ることができる!」

 

 巨虫が墓地を掘り返す。数多の足で、鋭い尾で、地を貫き、穴を空け、そこに眠る命を引き上げる。

 死者の蘇生が、本人の望むものなのか。それは、わたしたちにはわからないけれど。

 彼だけは、少なくとも、この蘇生を待ち望んでいた。

 ずっとずっと、最初から。墓地で眠り続けている間もずっと、待ち焦がれ、待ち望んでいた。

 それがいま――蘇る。

 

 

 

「七王の円卓に座すは我なり――《ショーペン・ハウアー》!」

 

 

 

 ローブを脱ぎ捨て、蠱毒師さんは、遂にその姿を現した。

 騎士のような兜、鎧のような法衣。そしてなによりも、片手に携えた長大な(ランス)

 威風堂々とした、それでいてどこか陰りを感じる佇まいで、そのクリーチャーは、蠱毒師の忌み名を捨て去り、戦場へと降り立った。

 

「はぁん、どう来るかと思ったが、そう出んのかよ」

『驚嘆したか? 我が身は《七王の円卓》では顕現できんが、《阿修羅サソリムカデ》の力によって、かの毒虫を、この身を戦場へと繋ぎとめる楔としたのだ。蠱毒の術の型を借りたのは、この阿修羅の蛇蝎を呼び起こすため。そしてこの魔蟲によって、我が身は現世に繋がれる! さぁ、タップ状態の《ノロン⤴》二体の上に重ねて、二体の我をNEO進化。これで私のターンは終了するが……まだ、終焉には至らん』

 

 《法と契約の秤》一枚から、延々と続く墓地復活。

 だけどまだ、蠱毒師さんは、手を止めない。

 

『《サソリムカデ》の能力により、ターンの終わりに我がクリーチャー二体を破壊する。よって私は、《サソリムカデ》と《ガシャゴズラ》を破壊』

 

 サソリなのかムカデなのかはよくわからないけど、巨虫が黒い重機を、バキバキと粉砕して、喰らってしまう。

 同時に、自分の身も、爆散した。

 

『次に《ショーペン・ハウアー》の能力発動。ターン終了時に自身がタップしていれば、墓地からコスト8以下のクリーチャーを蘇生』

「コスト8以下……条件はさっきとほぼ同じだが、つーことは……」

『左様。蠱毒は蘇る――《阿修羅サソリムカデ》!』

 

 またしても、巨虫が現れた。

 死んだはずなのに、その死がなかったことのように、何事もなかったかのように、巨虫は墓地から戦場へと舞い戻ってきた。

 だけど、本当になかったことになったわけじゃない。

 確かにこの虫は、一度死んでいる。そして、その上で、蘇ったんだ。

 だから、

 

『再び山札の上から二枚を破棄。その後、墓地の《ショーペン・ハウアー》と《阿修羅ムカデ》を蘇生!』

「三体目……」

『二体目の《ショーペン・ハウアー》の能力により、《ガシャゴズラ》を蘇生! 《ノロン⤴》《ルソー・モンテス》《イワシン》を復活!』

 

 まるで虫のように、次から次へとクリーチャーが湧き上がってくる。

 大きいのから、小さいのまで。有象無象の闇のクリーチャーたちが、バトルゾーンへと集まってきた。

 まるで、覇を競いあうかのように。

 蠱毒の壺の中のように。

 

『最後だ。《阿修羅ムカデ》の能力で、貴様の《コバンザ》のパワーを低下し、破壊。知識の充足を堰き止めさせてもらおうか』

 

 墓地からの復活は、もうなくなった。最後に巨大なムカデがアヤハさんのクリーチャーを破壊して、それで終わり。

 終わり……だけど。

 

 

 

ターン5

 

アヤハ

場:《フランツ》

盾:5

マナ:5

手札:6

墓地:1

山札:25

 

 

蠱毒師

場:《ショーペン》×3《ノロン?》×2《イワシン》×2《モンテス》×2《ガシャゴズラ》《サソリムカデ》《阿修羅ムカデ》

盾:5

マナ:6

手札:0

墓地:6

山札:9

 

 

 

 クリーチャーの数が、凄まじい。

 その数は、合計で十二体。しかもそのすべてがスレイヤーで、Tブレイカーが三体、Wブレイカーは二体、ブロッカーも二体いる。

 これだけの数が相手となると、そう簡単に対処しきれない。

 あまりにも数が多すぎる。攻め手を減らしたり、ブロッカーを並べても、きっと五枚のシールドを守り切ることはできない。ましてや、ここから一気に攻めに転じて逆転だって……

 アヤハさん……

 

「はぁ……」

『嘆息か。絶望したか? それでいい。七王とは、闇の円卓とは、そういうものだ。存在が、力が、誰かの希望を喰らい、絶望として吐き出す。それこそが、王としての、我が証明となり得るのだ。貴様は、それを弁えて――』

「いや、そうじゃなくて。単純に疲れたんだが」

『……なんだと?』

 

 ボリボリと頭を掻いて、気だるげな視線を向けるアヤハさん。

 今の状況がわかっていないはずがない。それなのに、この余裕は、一体……?

 

「処理、すげー長かったなぁ……まあ、ワタシの方が長いんだが」

『なんだ? 貴様、なにを言っている』

「別に。つーかお前こそ、なに言ってんだ、って感じだぜ、ワタシにとっちゃぁな」

「……なんだと?」

「円卓とか王とか、ワタシにゃ全然わかんねーよ? それに、お前がそのためにすげー努力したんだなー、ってのもわかる。それはいい。だがな、お前、ちっとばかし勘違いしてるんじゃねーかなーって、思ったぜ」

『勘違い?』

「あぁ」

 

 顔を上げて、アヤハさんは相手をまっすぐに見る。

 隠されていたものを見つけ出すように、闇の中から、暗い水底から、大切なものを引き上げ、晒すように。

 言い放った。

 

「お前がその円卓の力を得られないってことは、お前はハナっからそこに座す資格はなかったんじゃね?」

『な……っ!?』

 

 蠱毒師さんの顔が、吃驚と、怒りと、焦燥と――色んな感情がないまぜになったような表情で、歪む。

 核心を突かれたかのように、真理を暴かれたかのように。

 

「別にいいけどな。だからこそ、お前は成り上がろうとしたんだろうし。けどまあ、だからって、決定づけられた運命はそう簡単には変わらねーわな。ワタシだって、もっと長く生きたいさ。弟妹(ワタシたち)を置いて、先に行くなんてゴメンだ。痛みや苦しみを奴らに押し付けたくないし、そもそもそんな痛みがあること自体おかしいと叫びたい。だが、そうはいかねーんだろう……まったく、難儀な生だぜ」

『なんだ……貴様は! 貴様こそ、なにを言っている!』

「……命の在り方、かね」

 

 どこか悲しげに、アヤハさんは、小さく呟いた。

 

「ヤングオイスターズは、若牡蠣の集合体。若さという概念によって成立する、集合個体。即ち、若さを喪った瞬間に、ワタシたちは、その存在意義を見失う」

『若さ? そんなもので、貴様は生き永らえているというのか? そんなもの、なんて脆弱で、短小で、愚鈍な命か!』

「そうだよなぁ。だが、てめーにゃわかんねーだろうなぁ。【不思議の国の住人】の誰も、ワタシたちのことなんざ理解できねーさ。生き延びたくても、絶対的に命が短くて、人の形を成しただけの、出来損ないのワタシたちのことなんざな……まあ、理解を求めてるわけじゃねーけど」

『なんだ貴様は……ならば、貴様はなにを求める!? 我は力を求めた。その居場所を、座を、象徴を願った。そのために、禁忌も、呪詛も、すべてを受け入れ、利用した! だが、それを邪魔する貴様は、なにを願っているというのだ!』

「『ヤングオイスターズ(ワタシ)』と、弟妹(ワタシ)の、命の保全、健全な生育。ま、そんなとこだな」

『命の保全、だと……? その程度のことで、命を賭けるというのか?』

「おうよ」

 

 事もなげに返すアヤハさん。

 それはアヤハさんが言うように、蠱毒師さんは、まったく理解できないと言わんばかりに、苦悶の表情を見せる。

 

『陳腐だ。あまりに陳腐だ! 同胞、同士。そんなもののために、己が命を捨てるなど!』

「まず、勘違いすんなよ。ワタシの弟妹は他人じゃねーし、ワタシは命を捨てるつもりなんざ毛頭ない。だが、陳腐な理由なことは認める。こんなもん、ただの合理性の話でしかないからな。あぁ、そうだ。ワタシが必死こいて死なないようにしつつも、ワタシは死んでもいいなんて矛盾、実のところ、そんな大したもんじゃねーんだ。ワタシは『ヤングオイスターズ』の長女、即ち“最も老いた個体”だ。人の体だって、老廃したもんから剥がれ落ちるし、排斥される。若い弟や妹を喪うくらいなら、ババァみてーなワタシから消えた方が万倍マシってだけよ。理に敵ったクソつまんねー理由だわな」

 

 先に死ぬなら、老いた個体から死ぬ方がマシ。

 災害時、老人と子供、どちらの命を優先させるか、という倫理の問題を思い出した。将来的に考えれば、子供を残す方が、人という種の存続という点でも、社会の存続という点でも、有益であることはわかる。それが理屈というものだ。

 だけど、それがすべてなのか。

 本当に、その考えは、絶対的に正しいのか。

 わたしには、わからない。

 その問題の是非も、アヤハさんの考えていることも。

 

「まあ、しゃーねーんだろうなぁ。ワタシだって死にたいわけじゃねーけど、そうなっちまってんだから。ワタシだって、アニキやアネキ、先に逝っちまった兄姉を十一人も見ている。最年長者が消えてどうなるのかなんて、ワタシが一番よく知ってる。どんだけしんどいか、どんだけ困るか、どんだけ悲しいか、どんだけ――苦しいか」

 

 アヤハさんの表情は、すごく、無で満ちていた。

 けれど、感じる。あの無の面の裏に、どれだけの悲しみで満ちているのか。わたしの想像なんかよりも、ずっと大きな悲愴を抱えていることが。

 自分を律して、感情が暴走しないように抑えて、アヤハさんは、水を零すように、語る。

 

「精神的な話じゃねぇ、物理的に“苦しいし”“痛い”んだ。ワタシたちは、十二人で一人で、一人が十二人だ。一人が感じた悲しみも、怒りも、全員が背負う。だってんなら、一人の苦しみも、痛みも――“死”さえも、皆で受け止めなきゃいけねーよなぁ」

『なんだ貴様は。どういう生き物なのだ……感覚の共有でもしているというのか?』

「それが最も近いんかねぇ。共有もなにも、そもそもワタシ含めた弟妹全員が『ヤングオイスターズ』という一個体なんだから、通じ合ってるのが当然なんだがな。断片集だかんな、ワタシたちは」

 

 どこでもな遠くを、虚空を見据えて、アヤハさんは、ぽつりぽつりと、言葉を零す。

 

「アニキが死んだ、アネキが死んだ。ワタシも死ぬ。弟妹もいずれ死ぬ。そして、その時、それは自分の一部が壊死したみてーに腐り落ちるようで、文字通り、身が引き裂かれるような、我が身が崩れ落ちる痛みを伴う。断片とはいえ、実際に“自分が死んでんだ”。そしてワタシは、ワタシの兄姉が、ワタシの断片が、ワタシ自身が、もう“十一回死んでる”。十一回分の、死の痛みを味わってる」

 

 アヤハさん……

 全然、知らなかった。

 代海ちゃんの時と、似たような感覚が、わたしに襲い掛かる。

 知っていたようで、まったく知らなかった。理解できると思っていたのは自惚れで、そんな壮絶なものは、まるでわたしたちの理解の及ばないところにある。

 アヤハさんの、忠告したとおりだった。

 

「蠱毒ってのは、最後に生き残った奴に呪詛を押し付けんだろ? なーんか親近感と嫌悪感を覚えるわけだ。ワタシたちに刻まれた“若さ”と“群衆個体”という性質は、正に呪い、忌むべき生だ。ワタシたちが忌み嫌ってるものを見せつけられて、気分がいいはずがねぇ」

『なにを言うか……これは我が願望のための、魔導の道具に過ぎん。貴様の呪われた生と同義ではない』

「そうかね、いんやそうか。そうだよなぁ、なーんも悪いことなんもしてねーのに、なんてひっでぇ罰なんだろうな。ワタシは、こんな業を弟妹に押し付けんのは、マジで嫌なんだ。んでも、運命ってのは残酷だ。そういう風に出来上がっちまったもんは、なかなか変わらねぇ。アンタはそれを変えるためにすげー頑張ったみたいだけどな。だが、ワタシにゃ、ワタシたちにゃ、そんな余裕はねーや……今を生きるだけで、精一杯だからな」

 

 諦念。そして、執念。

 どれだけ強く望もうとも、その望みだけでは、現実も運命も変わらない。

 努力はすべて水の泡。そんな、悲愴に満ちた生を呪うこと以外にはできない諦め。

 アヤハさんは、その狭間で身をすり潰しながらも、執念深く、生き永らえる。

 諦めても、届かなくても、弟妹(自分)の身を案じて、精一杯生きている。

 わたしには、あまりにも遠すぎる、超絶的な生き様だ。

 簡単に理解はできないし、実感も湧かないし、なんて言えばいいのかもわからない。

 だけど、前を向くことだけは諦めていないアヤハさんは、悲愴的であっても、どこか、カッコよく見えた。

 

「……御託が長くなったのは、ワタシもだったか。昔語りとか、らしくねーや。いい加減、動くぜ」

『動く? 貴様になにができる! 貴様の戯言など関係ない。我はもはや、王位に達した! 貴様如きが、闇の七王を超えることなど……!』

「知るかバーカ。《フランツ》を残した時点で、お前の負けは決まってんだよ」

『なに……?』

「《コバンザ》は正にコバンザメ。本命のおまけみてーなもんだ。そんな囮に騙されてる情弱野郎に、ワタシが負けるかってんだ……つーわけで、このターンで決めてやんよ」

 

 さっきまでの悲壮感を打ち払い、アヤハさんは力強く宣言して、手札を切る。

 

「まずは1マナ! 《エターナル・ブレイン》! 山札の上二枚を操作して、この呪文を回収する!」

 

 アヤハさんは、さっきまでと同じことを繰り返す。

 山札の上を操作。だけど、《コバンザ》がいなくなったから、もうドローはできない。次のターンに引くカードもわかるけど、恐らく、アヤハさんに次のターンはない。

 なのに、それだけたくさん手札があるのに、なんでそんな悠長なことをしているんだろう。

 と、わたしがそう思っていたら、

 

「さらに1マナ! 《エターナル・ブレイン》!」

 

 アヤハさんは、驚くべき行動に出る。

 

『また山札操作だと?』

 

 さっき操作したばかりの山札を、また動かした?

 何度唱えたって、《エターナル・ブレイン》で動かした山札は変わらない。たった二枚のカードが、どちらが一番上になるかというだけでしかない。

 《コバンザ》もいないからドローもできない。だから、それをいくら唱えたところでなにも変わらないのに、どうして……?

 

『貴様。なにを考えている?』

「さーな。さて、ここでワタシはこのターン、呪文を二回唱えたな。よってG・ゼロ! 《貝獣 ラリア》を召喚だ」

 

 マナを使わずに、アヤハさんの手札から、一体のクリーチャーが飛び出す。

 出て来たのは、両手に小さい槍を装着した、サンゴのようなクリーチャー。

 同じ槍でも、蠱毒師さんとは月とスッポンくらいの差だ。禍々しさも、力強さも。

 アヤハさんのクリーチャーは、可愛らしくて、わたしはこっちの方が好きだけど……強さという点では、大きく劣っているように見える。

 ブロッカーを持っているみたいだけど、このクリーチャーだけで止められるようにも思えないし……

 でも、当然、これだけで終わるはずもなかった。

 

「さらに1マナで《エターナル・ブレイン》。トップ操作して、《エターナル・ブレイン》を回収!」

 

 また、無意味な山札操作。

 だけど、そろそろわたしも気付いた。

 アヤハさんは、山札を操作したいわけじゃない。ただ“呪文を唱え続けたい”んだって。

 

「これで三回! G・ゼロ! 《超宮兵(ちょうぐうへい) マノミ》を召喚! こいつが出たことで、二枚ドローだ!」

 

 今度も、槍を携えた、クマノミのようなクリーチャーが、コストを支払うことなく現れる。

 クマノミさんは山札までスイーッと泳いでいって、そこから二枚のカードを持ち上げて、アヤハさんに手渡す。

 

「おぅ、サンキュ。んで、次は……一応、こっち使っとくか。呪文《スパイラル・ゲート》! 《マノミ》を手札に! そんで、もう一仕事頼むぜ、G・ゼロで《マノミ》を召喚し、二枚ドロー!」

 

 《マノミ》の使い回し……さっきと同じように、クマノミさんはアヤハさんに山札のカードを与える。

 呪文を連打しつつ、マナコストを支払うことなくクリーチャーを展開するアヤハさん。

 最初のクリーチャー、《ラリア》は、呪文二回でG・ゼロ条件を満たした。

 そして次のクリーチャー、《マノミ》は、呪文三回でG・ゼロの条件を達成した。

 なら、その次に現れるクリーチャーは……

 

「うっし、これでワタシがこのターンに呪文を唱えた回数は四回だ。よってG・ゼロ発動!」

 

 四回目の呪文。

 マナが続く限り無限に唱えられる《エターナル・ブレイン》で、アヤハさんは呪文を唱える回数を稼いでいたんだ。

 二回、三回と積み重ねられた呪文は、これで四回――魔力は、最高潮にまで達している。

 《ラリア》《マノミ》と続く、呪文を糧に集うクリーチャーたち。

 それが今、終着点に至る。

 

「これなるは竜宮の門。開かれたるは乙姫へ続く道、開かれざるは玉手の箱。若きも老いも刻み込み、歴史を飲み込む海流となれ」

 

 海水が渦巻き、巨大な流れとなって、押し寄せる。

 そして、その流れと共に、時の流れと共に現れるのは、

 

 

 

「《超宮城(ちょうぐうじょう) コーラリアン》――入城!」

 

 

 

 大きな船だ。

 いや、お城かもしれない。綺麗なサンゴや貝殻に彩られた、船であり城。

 それはまるで、おとぎ話に出て来る竜宮城のように、煌びやかで、神秘的で、荘厳だった。

 

「《コーラリアン》の能力で、相手のカードを一枚バウンスできる。《阿修羅ムカデ》をバウンスだ!」

 

 お城の各所から砲門が開いて、砲撃と水流によって、闇のムカデが押し流され、手札へと戻される。

 これでブロッカーは一体いなくなって、アハヤさんの守りもより固くはなったけど、それでも、数の上では全然足りていない。

 

『ふん、一体手札に送還したところで……』

「一体? 舐めたこと言ってんじゃねーぞ」

 

 そう言うアヤハさんの手には、二枚目の《コーラリアン》があった。

 

「G・ゼロ、もう一体《コーラリアン》を召喚。《サソリムカデ》をバウンス!」

 

 これで二体。アヤハさんのブロッカーは三体だ。

 でもまだ、相手のクリーチャーが多い……小型クリーチャーも、どうにかしないと……闇文明だから、除去するようなカードも多いだろうし。

 だけど、アヤハさんはまったく焦っていない。どころか余裕……いや。

 あれは、ちょっとだけ、怒ってる……?

 

『二体でも三体でも、この軍勢の前では多大な変化とはならん』

「ほざいてろ。G・ゼロで《マノミ》を召喚、二枚ドロー……そんで、これでワタシの場にムートピアが五体だ」

 

 《ラリア》が一体、《マノミ》が二体、《コーラリアン》が二体。

 マナを使うことなく召喚されたクリーチャーたちはすべてムートピア。そして、それらが五体、揃った。

 ということは、

 

「十二人で一人、一人は十二人。されどワタシはここにいる。ワタシという個体はここにある。紛れもなくワタシはワタシであり、ワタシの意志は、『ヤングオイスターズ(ワタシ)』という殻に留まらず、ワタシという個として自由である。そう、これは『ヤングオイスターズ(ワタシたち)』である『ヤングオイスターズ(ワタシ)』が、兄弟姉妹(ワタシ)ではなくワタシであるための、ワタシの現身。個である群の、群の中の個。その証明。さぁ、しっかり見てな。これが――“ワタシ”だ!」

 

 自分の中でなにかを決定づけるように。念入りに自己という存在を焼きつけるように。

 固い決心で唱え、アヤハさんは、最後の切り札を繰り出す。

 

 

 

「来い――《I am》!」

 

 

 

 水そのものでできた、液状の身体。シルクハットに、悪魔のような黒い翼。そして光の輪っか。

 ほとんど飾らない、偽りのない自己の証明を具現化するかのように、そのクリーチャーは、バトルゾーンへと降り立った。

 《I am》……確かあのクリーチャーは、ムートピア五体以上でタダで場に出せる上に、ワールド・ブレイカーでシールドを一気に吹き飛ばす、とても強力な、超大型のクリーチャーだ。

 ブロッカーはすべていなくなったし、このクリーチャーなら一気に攻め込んでいける……と、思ったけど。

 

「NEO進化させず、《I am》を召喚! 能力でワタシの非進化クリーチャーをすべて手札に戻す!」

 

 えっ? NEO進化させないの?

 《I am》はNEO進化させないと、出したターンには攻撃できないし、そもそもアヤハさんのクリーチャー、全部手札に戻っちゃったけど……

 

『ブロッカーを排除しておきながら、攻撃に転じないとは、奇妙な……』

「まだその時じゃねーって話だよ。つーか、そろそろ気付や」

 

 戻したカードをひらひらと見せつけて、アヤハさんは言う。

 

「いくら場にクリーチャーがいないからって、このターン、ワタシが唱えた呪文の枚数は、増えることこそあれど、減ることはない。この意味、分かるか?」

『……!』

「思慮が足りねーなぁ。そんなんで王とか、力とか、ましてや知識の集積が愚かだなんだとか、ちゃんちゃらおかしいぜ。クソハードモードなこの世界は、無能なバカから死んでいくんだぜ? 呪われた哀れな牡蠣たちにも劣るようじゃ、王なんて泡沫の夢だわな……まあいい。そういうわけだから、遠慮なくいくぜ」

 

 ギロリ、と鋭い視線を向けるアヤハさん。

 それはまるで、獲物を捉えた、サメのようだった。

 

「G・ゼロ! 《マノミ》を二体召喚し、合計四枚ドロー! さらにG・ゼロ! 《コーラリアン》を二体召喚! NEO進化していない《ショーペン》と《ガシャゴズラ》をバウンス! 最後に《ラリア》も召喚だ!」

『ぬ、ぐぅ……!』

「で、これでまたワタシのムートピアが五体になった。おら、もう一度《I am》を召喚だ! NEO進化させねーから、すべて手札に戻す!」

 

 アヤハさんのクリーチャーはすべて、コストを支払うことなく召喚できる。そのための土台は、完成している。

 呪文を四回唱えたから、《ラリア》《マノミ》《コーラリアン》のG・ゼロ条件は満たされているし、それらを五体以上並べれば、《I am》をノーコストで出せる。

 そして《I am》を出せば、アヤハさんのクリーチャーはすべて手札に戻る。でも、タダ出しするための条件はずっと満たされたままだから、手札に戻っても、マナの支払いなしで、戻ったクリーチャーは出せる。

 つまり――

 

 

 

「――無限ループだ」

 

 

 

 ループ……前に、霜ちゃんたちに教えてもらったっけ。

 カード同士の組み合わせで、同じ手順を何度も繰り返し続けるコンボ。アヤハさんが行っているのは、正にそれだ。

 

「勿論、無意味なループじゃねーぜ? 《マノミ》を回せば、ワタシはデッキを無限に掘り進めるし、《コーラリアン》を回せば、てめーの場は更地になる。デッキがなくなりそうなら《マノミ》の代わりに《ラリア》で頭数を稼げばいい……つーわけで、最後まで付き合えや、王様かぶれ野郎」

『ぬ、ぐっ、ぐうぅ……!』

 

 アヤハさんはその後、《ラリア》《マノミ》《コーラリアン》、そして《I am》によって、何度も何度も、クリーチャーを、カードを、デッキを、流転させ続ける。

 結果、《マノミ》の能力で山札の下から三枚だけを残してドローし尽くし、《コーラリアン》の能力で相手の場のカードをすべて手札に戻してしまった。

 

「ま、こんなもんか。《ラリア》を四体、《コーラリアン》を一体召喚。そして《I am》召喚! 今度は《ラリア》の上に重ねてNEO進化だ」

 

 もう《マノミ》でドローはせず、《コーラリアン》の手札戻しも任意だからか、しなかった。

 代わりに、今まで自分のクリーチャーを戻すために使っていた《I am》を、進化クリーチャーとして出す。

 

「当然《ラリア》と《コーラリアン》は手札に戻るが……出し直せば問題ない。《ラリア》を二体目の《I am》にNEO進化!」

 

 《ラリア》三体と《コーラリアン》一体、加えて《I am》。

 これでムートピアは五体だから、二体目の《I am》が、ノーコストで召喚される。

 

「そら、三体目の《I am》! 最後に四体目だ!」

 

 山札をほとんど引き切ったアヤハさんは、当然の如く、《I am》を四枚も抱えていた。

 一枚だけでも決着をつけてしまうほどのパワーを持つクリーチャーが、四体もだ。

 大小合わせて様々なクリーチャーが大量に湧き上がった蠱毒師さと比べると、アヤハさんが並べたクリーチャーはその半分程度だけど。

 凄まじい威圧感を放っている四体のクリーチャーはすべて、ワールド・ブレイカーで、このターン即座に攻撃してくる脅威だ。

 

「一応、最後に《コーラリアン》二体を出しとく……で、これでしまいだな」

 

 長い長い時間をかけて、アヤハさんは遂に、前に出る。

 

「《I am》で攻撃する時、革命チェンジ! 《音精 ラフルル》! 呪文トリガー見えてねーし、クリーチャーは止まんねーが、一応、呪文くらいは封じさせてもらうぜ」

 

 《I am》が一体、小さな鐘を背負った龍と入れ替わった。

 呪文を封じた代わりに、打撃力は落ちたけど、それもたった一体だ。それだけなら、なにも問題はない。

 だってアヤハさんには、まだ三体も《I am》が残っているんだから。

 

「そら、受けやがれ! 《I am》でワールド・ブレイク!」

「ぐ、ぬおぉ……!」

 

 呪文を封じられ、あまりにも大きすぎる暴力に耐えきれない蠱毒師さん。

 シールドがなくなって、守るものを失って――そのすべてが、失墜した。

 

「ここまで来て、潰えるというのか……! 禁忌を犯し、蠱毒に縋り、死と生の楔を穿ってでも求めた野望が、崩れるなど……!」

「はんっ、ワタシに言わせリャ、ぶっ壊れて当然だけどな。だって、んなもん――あぶねぇじゃねーか」

「なん、だと……!?」

 

 危ない。

 そんな単純で、簡素な言葉で、アヤハさんは、蠱毒師さんを切り捨てた。

 

「アンタが王位につくとか、円卓に座るとか、そんなもんに興味はねぇ。勝手にやってろって話だ」

「ならば……!」

「だが、毒虫集めてもっとヤバい虫を産もうってのはいただけねーなぁ。加えて、弟妹(ワタシ)に害を為すってんだから、見て見ぬ振りもできるわけがねぇ。てめーで集めた虫けらの管理はしっかりしとけって話だよ」

 

 激情を抑えて、アヤハさんは、冷たい視線を向ける。

 

「死んでもいいけど死にたくない。自分のためだが弟妹のため。生きてはいるけど何度も死んだ。『ヤングオイスターズ』は、そんな矛盾を孕んだ哀れな牡蠣たちだ。そんなワタシたちを憐れむのも結構。嘲るのも結構。それでも、ワタシたちは生きる。死の恐怖と痛みを知っているがゆえに、ワタシたちは生き続けるんだ。そのための障害が、危険があるってんなら、容赦なく――潰す」

 

 そこに響く静かな声。

 アヤハさんの命を受け、表情のない、悪魔なのか天使なのかもわからないそれは、ただ無情に、とどめを刺す。

 自らの命を脅かす存在を、排除するために。

 

 

 

「《I am》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 かくして、アヤハさんのお陰で、クリーチャーは討伐できました。

 蠱毒の術は失敗……というわけではなかったけれど、クリーチャーの目的は果たせず。虫たちの大量発生も、もう途絶えるだろうって、鳥さんは言ってました。山を下りる時には、まだいっぱいいたけど……、

 なんにしても、今回はアヤハさんにすごく助けられました。

 事件のきっかけを知るところから、クリーチャーの居場所に移動するまでのお金とか、虫除けの道具を買ってもらったりだとか……お金関係ばっかりな気がするけど。

 でも、最後にあのクリーチャーを倒したのは、間違いなくアヤハさんだ。その功績は、覆らない。

 本当に今回は、最初から最後まで、アヤハさんに頼りっぱなしだった。ちょっと申し訳ないけど、すごく、助かったし、ありがたかったし、嬉しかった。

 山を下りて、またタクシーに乗って帰る道すがら、わたしは隣に座るアヤハさんに、一言告げる。

 

「アヤハさん。その、今日は、本当にありがとうございました」

「やめろって。別にアンタらのためじゃねーから。共同戦線っつったろ? お互い、利用し利用され、だっての」

「でも、ほとんどアヤハさんがやってくれたっていうか、全部アヤハさんのお陰っていうか……」

「んなもん、たまたまだ。それに、クリーチャーの居場所を探ったのはアンタらだし、露払い役を担ったのもアンタらだ。ワタシ一人の手柄ってわけじゃねぇ」

「でも……」

「鬱陶しいなぁ。なんだ? 全部ワタシの功績になるんだったら、ワタシに褒章でもくれるってのか?」

「それはちょっと……な、なにが、欲しいんですか……? わ、わたしにできることなら……」

「冗談だっての。真に受けんなよ」

 

 ぷいっとそっぽを向いてしまうアヤハさん。

 お、怒らせちゃったのかな……?

 

「……あの」

「同情すんなら勝手にしろ。だが、その憐憫を押し付けんなよ」

「え……?」

「ワタシたちは哀れな牡蠣たちだ。だが、だからって哀憐で飯が食えるか? 憐みで解決する人生か? 違うだろ。そんなもんは、なんの役にも立たねぇ。同情するなら金をくれ、って話だ」

 

 現実的な話だった。

 いや、それは建前で、ひょっとすると矜持の問題なのかもしれない。

 アヤハさんの、『ヤングオイスターズ』の呪われた生。

 わたしはそれの片鱗くらいしかわかってないと思う。だけど、それだけでも、アヤハさんがどれだけ壮絶な人生を歩んできたのか、どれだけ苦しんできたのか、ほんのちょっとだけ、想像はできた。

 代海ちゃんの時みたいに。わたしたちの人生観や常識では、到底理解の及ばないもの。だからこそ、下手な憐憫は、かえって傷つけてしまうのかもしれない。

 知れば知るほど不可解で、奇怪な、彼らの生。表面的には近しいように見えても、それは、わたしたちと遠くかけ離れている。

 それを、改めて思い知らされた。

 アヤハさんはさらに、念を押すように言った。

 

「アンタが、ワタシたちと、【不思議の国の住人】共と分かり合おうってんなら止めはしねぇ。だがな、ワタシたちと、アンタらは、決定的に違うもんだ。そこは理解しとけ」

「…………」

「【不思議の国の住人】でとりわけ理解不能なのは、『ヤングオイスターズ(ワタシたち)』か、あるいは『バンダースナッチ』か『ジャバウォック』ってとこだが――あいつらと同列ってのも気に喰わねーが――だからこそ言わせてもらうぜ。ワタシらとの致命的な差異を認知しないまま、相互不理解に陥ったって、んなもんてめーの責任だ。分かり合えないものを分かり合おうとして、それで失敗して、そんなんで被害者ヅラされてもムカつくだけだかんな。そこんとこ、よーく弁えとけ」

「はい……」

 

 山に登ってる時も、似たようなことを言われた。

 わたしは、代海ちゃんや、葉子さんや、先生や――アヤハさんとも、仲良くできたらって、思うけど。

 きっとアヤハさんは、そんなことは求めていないし、そうできるとも思っていない。

 スタンスは、ちょっと先生と似ているかもしれない。言ってることも、考え方も。

 希望を折られた、とまでは言わないけど、なんだか、悲しい気持ちだ。

 代海ちゃんも葉子さんも、すごくいい人だった。先生も、ちょっと過激なところがあっても姉兄思いで、悪い人じゃなかった。

 そして、もちろん、アヤハさんも……

 手が届くと思ってた。全然違う存在だなんて、そんなことはないって思えた。

 だけどそれは幻想かもしれない。ただの思い込みかもしれない。

 それを突きつけられて、わたしは――

 

「……ま、今回に関しては、一時的とはいえ同盟相手として、感謝はしてるがな」

「ふぇ……?」

「アンタらのお陰で、妹の仇討はできたし、ワタシたちの安心安全な生活を脅かす脅威を排除することもできた。単なる契約の履行だが、まあ、そこだけは感謝してやってもいいぜ」

「アヤハさん……」

「……別に、アンタらに気ぃ許したわけじゃねーから、勘違いすんなよ。物を知らないちっこい弟妹は、妙にアンタのことを気に入ってるみたいだったが、根本的にワタシたちは相容れないもんだかんな。いつかは、やり合う時が来るかもしんねぇ。ワタシとしちゃ、んなもんゴメンだがな」

「わたしも……イヤ、です」

「ワタシの嫌とアンタの嫌じゃ、だいぶと違う気もすんが……まあ、ケンカせずに済むならそれでいい。【不思議の国の住人】は弱者の集団だし、『ヤングオイスターズ』は出来損ないで無知蒙昧の、哀れな牡蠣たちだしな。賢く強い人間様にゃ敵わん」

 

 どこか自虐っぽく言うアヤハさん。

 アヤハさんは、人間という種に対して言ってるんだと思うけど……きっと、あなたが思うほどに、わたしたちは強くないし。

 あなたが思うほどに、あなたたちは弱くないって、思うけど……

 

「……ったく、本当、難儀な生だぜ」

「アヤハ、さん?」

「長女だからって、ワタシ一人に意思決定の権利はない。『ヤングオイスターズ』は、十二人の兄弟姉妹の集合体だかんな」

 

 いきなり、どうしたんだろう?

 それに、それって……

 

「前に、ワタシの弟、助けてくれたろ」

「えっと、プールの時、ですよね?」

「おう。それに、他のガキ共も世話になった。その記憶が、感情が、やっぱこびりついてやがる。頭じゃアンタが敵だって、相容れないって、わかってるはずなんだが……弟妹(ワタシ)の気持ちが、アンタを嫌いになれねぇ」

「…………」

「おい、んな露骨に晴れやかな顔すんなや。別に、ワタシ自身はアンタと仲良くしたいわけじゃなくってだな、これは『ヤングオイスターズ』としての性質っつーか、なんつーか……あぁ、面倒くせぇ!」

「アヤハさん……!」

「いやだからな、そんな感激したみたいに見んなや! ガキのそういう目には弱いんだよ、ったくよぉ……」

 

 弱ったように呟いて、また窓の外に視線を向けた。

 夕焼けに照らされててよくわからないけれど、照れてる、のかな……?

 ……やっぱり、いい人、なんじゃないかな……ちょっと、素直じゃないみたい、だけど。

 

「……言いたくもねーこと言っちまった。気持ち一つも自分一人じゃどうにもならんとはな。本当、呪われてるぜ、ワタシたちはよ」

 

 そんなことを言うアヤハさんは、憎々しげにも見えたけど、同時に楽しそうで、嬉しそうでもあった。

 その複雑すぎる気持ちも、弟さんや妹さんのことも、わたしにはよくわからないけれど。

 やっぱりわたしは、あなたたちを理解することを、やめないと思います。

 だって、わたしがそうしたいから。

 あなたたちは、どうあっても悪人じゃないから。

 争う必要なんて、本来はないはずだから。

 だから。

 

 

 

(もっと知りたい。あなたたちのことを――)

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――つーわけだ、ダンナ。アンタの依頼は、知らん間に終わってたっぽいぜ」

「そうか。哀れなアリスも、マジカル・ベルとして、有能に働いている、ということか」

「ワタシの前で哀れとかいうかよ。どうでもいいけどよ。で、どうすんだ?」

「なにがだ?」

「ワタシだよ。いや、アンタか? どっちでもいいが、事件を追ってたんだろ? その目的っつーか、なんで追ってたんだよ。そこに理由があったんだろ? もう終わっちまったけど、事件が解決して、アンタはどうしたいんだ?」

「それは、貴様が知る必要のあることか?」

「依頼人相手に黙ってるつもりか? クライアント以前に、同胞たるワタシには、その権利もないってか?」

「…………」

「…………」

「……ふっ、ジョークだよ。無論、貴様にはすべて話すさ。いずれな」

「今じゃねーんかい!」

「まだその時ではないということだ。それに、本当に“事件は解決しているのか?”」

「あん? どういうことだよ」

「オレ様には陰謀めいたものを感じるものでな。これは、一介のクリーチャーのみによって引き起こされた事件なのか? これですべて終わりなのか? 真に終焉を迎えているのか?」

「……真犯人は、マジカル・ベルが潰した奴の他にいるってのか?」

「推測だがな。いや、予感か? あるいは……勘、だな」

「あてずっぽうかよ!」

「だが、貴様にはもうしばらく、その調査を頼もうと思う。あぁ、できることなら、マジカル・ベルも利用するといい。クリーチャーという脅威に対しては、我々よりも適役だろうからな」

「ワタシたちの方が、クリーチャーに近いんじゃなかったか? チョウの姐御が言ってたぜ」

「近いだけで別物だ。それに、近いからといって理解が及んでいるとも限らん」

「……ま、それもそうか。ワタシも、弟妹に迫る脅威があるってんなら、そいつを潰さにゃならんしな。引き受けてやんよ、ダンナ」

「頼んだぞ……あぁ、それと、ヤングオイスターズ」

「なんだ? またなんかあんのか? 茶会か?」

「いいや。貴様――“あとどのくらい生きられる?”」

「…………」

「オレ様のような狂人でも、【不思議の国の住人】の元締めだからな。貴様らに対する理解が十全でなくとも、そのように努める必要はある。現状把握だよ」

「理屈はわかるが、言い難いことをストレートに聞きやがるな……もう少し気ぃ遣えねーのかい、帽子屋のダンナ」

「そういったものは不得手でな。して、どうなのだ?」

「……もって三年がいいとこか。下手すりゃ、今年のうちにダメかもな」

「そうか。貴様は、今までの若牡蠣の中でも、とりわけ優秀だったのだがな。残念だ」

「しゃーねぇさ。ワタシたちは、そういう呪いを受けてるからな。まあ、無理しなきゃなんとか保てそうではあるが」

「そうか」

「……ワタシがいなくなっても、弟妹(ワタシ)のことは頼みます。『帽子屋』のダンナ」

「任せろ。貴様も、我らが同胞の一人。奇異なる存在であろうとも、我々は受け入れよう」

「……ありがとうございます」




 やっぱり何度見ても《歩く賄賂》って酷い二つ名ですよね。
 アヤハさんのデッキは、最近急激に頭角を現し始めた青単ムートピアですが、型というか、中身はもう全然別物です。《スコーラー》入ってないし。《コバンザ》と《フランツ》と《エターナル・ブレイン》のコンボで呪文連射しながら手札整えてG・ゼロっていう、まあデザイナーズコンボ的な動きですね。次に彼女に似たデッキ握らせるなら、《スコーラー》入れた青単ムートピアになるんじゃないかなー。
 相手の方は《ショーペン・ハウアー》です。なんかもう、色々と酷い悲しみを背負ったマフィ・ギャングなんですけど、妙に気に入っているので無理やりデッキにしました。《サソリムカデ》という蠱毒の虫を利用して、《七王の円卓》に坐する、というストーリー性を重視したデッキ。実際にはクソ弱いデッキですけど、決まったら盤面が物凄いことになるので、まあまあ面白いです。
 誤字脱字、感想、その他諸々、なにかありましたら、ご自由に仰ってくださいまし。
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