デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 小説であれなんであれ、文章になるとよく長文になってしまう作者ですが、今回はなんと10万字近くあります。ハーメルン版はおまけコーナーを削っているので、もう少し少ないですが、過去最高文字数であり、過去最大のボリュームです。なので読む人は、ちょっとそのへん覚悟しておいてください。


37話「姉妹ケンカです」

「おいしいです! 日本のSchnitzelもおいしいですね!」

「とんかつっていうんだよ、それ」

 

 ……こ、こんにちは……いえ、夜なのでこんばんは、伊勢小鈴です……

 今、目の前でユーちゃんが、目を輝かせながら、あまったとんかつをもぐもぐと頬張っています。かわいい。

 かわいい、のは、いいんだけど……

 

「……小鈴。これ、どういうことなの?」

「さ、さぁ……わたしにも、なにがなんだか……」

 

 お姉ちゃんに耳打ちされるけど、わたしにだってわからない。

 ――今日は、本当に色々なことがあった。

 この町で起こっている『幼児連続殺傷事件』。わたしたちはその犯人がなっちゃん……『バンダースナッチ』だと考えて、彼女が犯人である証拠を集めていった。

 その結果、本当になっちゃんが犯人で、彼女を捕まえることができた。もっとも、なっちゃん自身は、アヤハさんこと『ヤングオイスターズ』のお姉さんが連れて行っちゃったけど……

 かくして、『幼児連続殺傷事件』は、秘密裏に解決された……けど。

 わたしたちはそこで、新しい問題に直面してしまった。

 なっちゃんが最後に襲おうとした人。その人はローザ・ルナチャスキーさん――即ち、ユーちゃんの双子のお姉さんだった。

 わたしたちはローザさんに、なっちゃんとデュエマで対戦するところ――クリーチャーが実体化したりするところ――を見られてしまって、わたしたちの秘密がバレてしまった。

 それから、ローザさんはユーちゃんを強引に家まで引っ張って、わたしたちはどうにもできずに解散して、仕方なく晩ご飯を食べようか……というところで、ユーちゃんはやって来た。

 

 

 

 ――ユーちゃん、イエデしてきました!――

 

 

 と、言って。

 イエデ。どう考えても、家出だ。

 林間学校にも持って来ていた、着替えの入ったキャリーバッグも持ってるし。

 わたしは混乱しながらも、とりあえず家に上げて、晩ご飯がまだだって言うから、お姉ちゃんがあまらせちゃったとんかつを食べさせて、今はとっても幸せそうな顔をしてるけど……

 

(家出……家出って……)

 

 ちょっとわたしにはわからない感覚だ。

 そんなことしたら、家族の人が心配するし、困ってしまう。ユーちゃんみたいないい子が、そんなことをするとは思えないけど……

 

(……そっか。家族、か)

 

 なんとなく、思い当たる節はある。

 たぶん、そういうことなんだ。

 

「ごちそうさまです! おいしかったです、小鈴さんのMutter(お母さん)!」

「お粗末様ですー。ま、これ作ったの五十鈴だけど」

「Oh! 小鈴さんのSchwester(お姉さん)ですね! Danke!」

「あ、うん。それは良かったわ……」

 

 さしものお姉ちゃんも、ユーちゃんの底抜けな明るさ無邪気さには毒気を抜かれてしまう。

 お姉ちゃんの性格じゃ、家出してきた子をすんなに受け入れることも難しいかな、って思ったけど、どうも邪険にできない感じだ。

 まあ、ユーちゃんも色々あってこんなことをしているわけだし、すぐに突き返すようなことをしたくはない。そこは、堪えてくれたお姉ちゃんにも感謝だ。

 

「ご、ごちそうさま」

「小鈴。お風呂はもう湧いてるから、先に入ってきちゃいな」

「え? でも、ユーちゃんは……」

「一緒に入ればいいんじゃない? サービスシーン、サービスシーン」

「誰に対するサービスなの?」

「読者的なサムシング?」

「なにを言ってるのかまったくわからないよ……なんなの、読者って」

「ほら私、小説家だから。読者の目とか意識するんだよねー」

「この前は「読者のことなんて気にして小説が書けるかーい!」とか言ってなかったっけ?」

「そうだっけ?」

 

 適当だなぁ……どっちが間違いってわけでもなくて、どっちも本心なんだろうけど。

 まあなんにせよ、お風呂は入らないといけないよね。

 

「小鈴さんとお風呂! リンカンガッコー以来ですね!」

「そうだね……」

 

 なんか、みんなに寄って集って身体を触られた記憶しかないから、あまりいい思い出じゃないけど……

 まあでも、うちのお風呂だし、ユーちゃんだけなら、みのりちゃんみたいなことはないよね。

 ……ないよね?

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 人は、心を強く持たなくてはならない。

 優しくあれど、甘くはなく。強靭なれど、暴力にはならず。

 世界には混沌なる邪悪が、闇の誘惑が、暴威となる脅威に溢れている。

 この世は過酷で危険なものだ。そして、そんな酷薄の世界に対して、人は酷く脆く、弱い。

 だからこそ、正しき道を信じる、強い心が必要だ。

 悪魔の囁きに耳を貸さず、狼の謀略を拒む力が。

 そして、私たちの中に潜む、悪魔と狼を、祓うための力が。

 私はそれが正しい道だと信じてきた。それが傷つかない道であると、信じて疑わなかった。

 けれど、私の大切な人まで、同じ道を歩むとは限らない。

 彼女は己の中の悪魔の声を聞いてしまう。正しくない、危ない道を歩んでしまう。

 人を(たぶら)かし、惑わす、邪悪の化身。

 高慢で、思い上がった、意地汚い獣――狼。

 彼女は純粋であるがゆえに貪欲で、純真であるがゆえに慢心する。

 とても危なっかしくて見ていられないけれど、それもまた彼女の姿だと思って、私は受け止めていた。

 けれど、やはりそれは、綱渡りの道。危険な道なのだ。

 悪魔の誘惑は破滅への道標であり、狼は最後は人の手で悪意のままに死に果てる。

 できることなら、彼女の純真無垢な希望は摘み取りたくないけれど。

 彼女の無垢さが悪道に繋がり、深淵なる奈落に通じているというのなら。

 私が引き留め、正さなくてはならない。

 目を逸らさずに、向き合おう。

 私の信じる心に従って、私の光で以って。

 彼女の、純真無垢な闇を、照らさなくては――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ユーちゃん、髪きれいだけど、長いから手入れも大変そうだね」

「ユーちゃんはあんまり気にしたことないです」

「え? じゃあ、シャンプーとか、どうしてるの?」

「いつもローちゃんがやってくれてたので」

「そっか……じゃあ、今日はわたしがやってあげる」

「いいんですか? Danke!」

「シャンプー、わたしのだけど、いい?」

「Ja!」

 

 ノズルを捻って、シャワーからお湯が出るまで待つ。お湯が出てきたら、光に当たって反射する銀の髪に、水を差すようにシャワーを浴びせ、素洗いする。

 

「大丈夫? 熱くない?」

「だいじょぶです!」

 

 人の髪に触れる機会なんてあんまりないから、ちょっと緊張する。髪や頭皮を傷つけないように、できるだけ丁寧に、優しく髪を洗い流す。

 そうしているうちに、ふと思う。

 

(それにしても、この髪、すごいよね……)

 

 毎日のように見てるから、わかってはいたけど……ユーちゃんの髪、ものすごくサラサラだ。あんまりこだわりのないわたしが、ちょっぴり嫉妬しちゃうくらい、この長い白銀の髪は美しい。もしかしたらCMとかに出れるじゃないかな。

 それに、こうして触ってみて、はじめてわかった。髪の一本一本がとてもきめ細かい。傷んで毛羽立ってる感じがなくて、キレイなまま。毎日しっかりと手入れをしないと、こうはならない。

 ユーちゃんは気にしたことがないって言ってた。ということは、このキレイな髪を、キレイなままに保たせているのは……

 

(ローザさん……)

 

 思えば、ユーちゃんと仲良くなるきっかけになったのは、ローザさんだった。

 ローザさんが、塞ぎ込んじゃったユーちゃんを助けたくて、学援部に助けを求めた。

 たまたまそこにいたわたしが首を突っ込んで、たまたまクリーチャーの仕業だったとわかったからから、ユーちゃんに憑りついていたクリーチャーを払うことができた。

 それが、わたしとユーちゃんの、ファーストコンタクトと言える。本当は四月の時から顔は知っていたけど、ユーちゃんと仲良くなる契機となったのは、確実のあのクリーチャー事件だ。

 そしてその縁を結んだのが、ローザさん。ローザさんの、ユーちゃんを助けたいっていう思いが、結果的にわたしたちを繋いでくれた。

 わたしたちの関係がこうなったのは、たまたまだけど……ローザさんは、ユーちゃんを大切に思っていた。それは、確かなことだと思う。

 

「……ねぇ、ユーちゃん」

「なんですか?」

「……ごめんね」

 

 それを思うと、わたしはとても、申し訳ない気持ちになってきた。

 ローザさんにも、そしてユーちゃんにも。

 

「わたしが、余計なことをしたから……勝手に、二人を戦わせたりしたから……」

 

 あの時、わたしは咄嗟に鳥さんの力を借りて、ユーちゃんをなっちゃんとデュエマで戦わせたけど、それが失敗だった。

 ユーちゃんはなっちゃんに負け、ローザさんには秘密がバレた。すべてが、裏目に出ている。

 そのせいで、わたしはユーちゃんも、ローザさんも、傷つけてしまった。

 

「二人には、悪いことをしちゃった……そもそも、わたしなんかと関わっちゃったから、わたしの、せいで……」

Nein(違います)!」

 

 自己嫌悪に浸っていると、ユーちゃんが大声を上げる。

 お風呂場だから、その声は反響して、鼓膜を強く震わせた。

 

「小鈴さんは、悪くありません! ユーちゃんは、小鈴さんたちと一緒にいて、楽しいんです! だから、小鈴さんは悪くないんです!」

「で、でも、ローザさんのこと……」

「……それは、ユーちゃんが悪いんです。ユーちゃんが、あの子に勝てなかったから……それに……」

 

 ユーちゃんは、らしくもなく言葉が続かず、口をつぐんでしまった。

 わたしはボトルから自分のシャンプーを押し出して、泡立ててから、ユーちゃんのキレイな髪に触れる。

 わっしゃわっしゃと銀色の髪を洗いながら、わたしは尋ねた。

 

「ローザさんと……どうしたの?」

「…………」

「話してよ……わたしだって、無関係じゃ、ないんだから」

 

 ユーちゃんはああ言ってくれたけど、責任は感じてしまう。

 どうなってしまったのか。これからどうなるのか。どうしたらいいのか。

 なにもわからない。だからせめて、友達のことくらいは、知りたかった。

 ユーちゃんはしばらく黙っていたけど、やがてぽつりと、言葉を零した。

 

「……ごめんなさい、小鈴さん」

「え?」

「全部、話しちゃいました……小鈴さんのことも、クリーチャーのことも」

「……うん」

「ちゃんと話せば、わかってくれると思ったんです。でも……」

 

 ダメ、だったのだろう。

 どうダメだったのか。わかってくれないというのは、どういうことなのか。具体的なことはさっぱりわからないけれど。

 たぶん、ケンカ、しちゃったんだと思う。

 いつでも天真爛漫なユーちゃんと、ユーちゃんの髪をこれだけ大事にしているローザさんが。

 ユーちゃんはほとんどの場合わたしたちと一緒だけど、二人がすごく仲がいいのは、普段の素行やユーちゃんとの会話の中から、わかっていた。だから、そんな二人がケンカするというのは、想像しがたい。

 だけど、その火種を生み出してしまったのは――他でもない、わたしなんだ。

 

「小鈴さんは、気にしないでください」

「で、でも……」

「小鈴さんは悪くないんです。悪いのは全部、ユーちゃんなんです……ユーちゃんは、Wolf、ですから」

「ヴォルフ……?」

 

 なんだろう、クリーチャーの名前っぽいけど……ドイツ語? 

 普段はあんまり気にしないけど、なんだか今のは、とても意味深だった。

 こういう時、みのりちゃんがいれば、なんとなくニュアンスを教えてくれるんだけど……

 それっきりユーちゃんはなにも言わず、わたしも無言のまま、ユーちゃんの髪を洗っていた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 もやもやした気持ちのまま、わたしはユーちゃんと一緒にお風呂から上がる。

 パジャマに着替えて、部屋に戻ろうとすると、リビングからお母さんが顔を覗かせ、手招きする。

 

「小鈴、ちょっと」

「? うん。ユーちゃん、先にわたしの部屋に行ってて」

了解です(アインフェアシュタンデン)!」

 

 わたしがそう言うと、ユーちゃんはてってってー、と擬音が聞こえてきそうな軽快な足取りで去って行く。こういうところ、本当に素直だよね、ユーちゃんは。他のみんななら、理由を尋ねるところだもん。

 とはいえ、わたしもお母さんがわたしを呼びつけた理由はわからない。とりあえず、リビングへと向かう。

 

「お母さん、どうしたの?」

「さっきね、ルナチャスキーさんから電話があったの」

「ルナチャスキーって……!」

 

 ユーちゃんの苗字だ。

 でも、当然だよね。娘が家出したんだから、関係ありそうな所には、連絡をかけるよね。

 たぶん、恋ちゃんや霜ちゃん、みのりちゃんの家……もしかしたら、謡さんの家や学校にも電話が行ってるかもしれない……

 なんとなくわたしたちの問題だけって意識があったけど、ローザさんに知られてしまったことや、ユーちゃんの行動から、これはもう、わたしたちだけの問題じゃないんだ。

 今夜の出来事は、その波紋をどんどん大きく広げて、伝播していく。

 

「それで、なんて……?」

「いやぁー、ご両親のどっちも外国人だって聞いてたけど、日本語ペラペラだし、お父様は滅茶苦茶ダンディな声の紳士的なオジサマだったよ。惚れるわー、お父さんの次くらいに惚れちゃうわー」

「そうじゃなくて!」

 

 素なのかボケなのかわからないけど、今はとぼけたことを言ってる場合じゃないんだよ!

 

「ユーちゃんのご両親は、ユーちゃんについてなんて言ってたのっ?」

「娘が落ち着くまで、よろしくお願いします、って」

「え?」

 

 よろしくって……それだけ?

 

「つ、連れ戻したり、しないの?」

「迷惑をかけて悪いけど、無理に連れ戻しても、また家を出るだけだから意味がないって。問題がちゃんと解決したら、その時にまたご挨拶に伺います、ってさ」

 

 し、紳士だ……!

 もしかしたらユーちゃんの行動に怒っていたりするのかもしれないと思って冷や冷やしたけど、杞憂だったっぽい……?

 ふぅ、ちょっと安心した。

 

「ってことは、待ってくれるの?」

「ご両親はね。ただ……」

「ただ?」

「あの子、お姉さんがいるみたいじゃない。双子の」

「あ……」

「そっちの子が、どうなのかなって。ご両親は二人の問題だから、二人に解決させるつもりらしいけど……困ったら連絡してくださいってさ」

 

 そ、そうだよね。

 いくらご両親が許してくれても、問題の渦中にいるはローザさんだ。

 そして、ユーちゃんが家出した直接の原因も、きっと彼女。

 だからってローザさんが悪いわけじゃないとは思うけど、ユーちゃんとローザさんが問題の中心にいる以上、二人の間でどうにかするしかない。

 

「というわけで、しばらくあの子はウチに置いとこうか。五十鈴やお父さんはいい顔しないかもだけど、まあそん時はそん時ってことで。二人には、私からもちゃんと言っとくよ」

「あ、ありがとう、お母さん」

「外国人、しかもドイツの人がホームステイなんて、めったにあることじゃないしねー。これも資料集めにネタ集め、創作活動のための経験値稼ぎだと思えば、楽しいもんさ」

「お母さんらしいね」

 

 とりあえず、ユーちゃんの生活する場所については問題はなさそう。

 でも、いつまでもうちに居続けるわけにもいかない。ちゃんと、二人の――わたしたちの問題を解決しなきゃ。

 そのために、わたしができることと言えば……

 

「……ねぇ、お母さん」

「なに?」

「ヴォルフって、なんだかわかる?」

 

 わたしにできること……は、正直、よくわからない。

 けど、ひとつだけわかることはある。それは、ユーちゃんは“なにか”を抱えているようだということ。

 それがなんなのかがわかれば、もしかしたら、なにかユーちゃんの助けになるかもしれない。

 そのキーワードになりそうなのが、ユーちゃんがお風呂場で言った、ヴォルフ、という言葉。

 ユーちゃんは自分がヴォルフだと言ったけど、それはどういう意味なのか。それがわかれば、そこから、解決の糸口が見えるかもしれない。

 ヴォルフ……それはたぶん、ドイツ語だ。ユーちゃんはたまに、いやよく、気持ちが昂ぶったり、知らない日本語を言葉にしたりしようとすると、ドイツ語が出る。

 わたしは学校で習う英語はできても、ドイツ語はわからない。お母さんもドイツ語まではわからないような気がするけど、ダメ元で聞いてみた。

 すると、

 

「え? 狼じゃない?」

 

 思ったよりも呆気なく答えが返ってきた。

 

「狼……?」

「何語だったかは覚えてないけど、まあドイツ語とかフランス語とかその辺でしょ。漫画とかゲームとかではよく使われる単語だけど、それが?」

「えっと……その、ユーちゃんが、自分のことを、ヴォルフだって……」

「ふぅーん」

 

 狼、か……そう言えば、ユーちゃんの最近のお気に入りのカード《Kの反逆 キル・ザ・ボロフ》を使う時に、たまにヴォルフって言ってたっけ。ボロフとヴォルフ、ちょっと似てる。

 でも、自分が狼って、どういうことだろう?

 

「……あの子、ドイツの人なんだっけ?」

「うん。生まれはロシアらしいけど、ほとんどドイツで育ったんだって」

「独露のハーフとは恐れ入るね。でも、ドイツか」

「それがどうかしたの?」

 

 お母さんはなにかわかったような口振りだった。

 そして、わたしに問い掛ける。

 

「小鈴って、グリム童話って読んだことある? 作品集じゃなくても、単独のお話でもいいんだけど」

「あるよ、小学校の頃に。『赤ずきん』とか、『シンデレラ』とか……」

「あー……まあその辺の作品はペローが脚色したっていうアレコレがあったりもするけど……それはそれとして。グリム童話っていうのは、舞台の多くが森なんだよ」

「そういえば、そうかも。『赤ずきん』も、『茨姫』も、『ヘンゼルとグレーテル』も、森が舞台だね」

「童話とか民話っていうのは、その土地の風土や風習が色濃く反映されるものでね。ドイツっていう国は森と共に生きてきた国なんよ。シュバルツヴァルトって知らない? 黒い森」

「名前だけなら、聞いたことはあるかも……」

「まあそんな感じで、ドイツ人の意識としては森が重要なんだけど……森の中で怖いものって、なんだかわかる?」

「森の中で怖いもの? クマ、とか?」

「そいつはどっちかっていうと日本人の感覚かなぁ? 日本人は森ってより山だね、山。北海道のヒグマはヤバいって聞くよね。あと海」

「そ、そっか」

「答えは狼だよ、狼。ドイツ人にとっての森の脅威は、森に潜む獣。食べ物に飢えた狼だ」

 

 狼が、ドイツ人の脅威?

 確かに狼は怖い生き物かもしれないけど、日本では狼は絶滅しちゃってるし、わたしにはあんまりピンと来なかった。

 

「狼は人を襲ったり、騙したりして食べてしまう、死と恐怖の象徴。だから彼らは狼を忌避するし、追い出そうとするんだ。グリム童話でも、赤ずきんはおばあさん諸共、狼に食べられるでしょ? 狼はおばあさんに化けて赤ずきんを騙すし、邪悪な獣として猟師にも撃ち殺される。お話のパターンはいくつかあるけどね」

「う、うん」

「『狼と七匹の子ヤギ』なんて顕著だよね。お母さんヤギが狼の恐ろしさを子供たちに伝える。けど、狼はあの手この手で子ヤギたちを騙そうとして、最後には食べてしまう。まあ結局、腹に石詰められて井戸に落ちるんだけど。グリム童話って結構なエログロの癖に子供向けの教訓話だから改変が多いけど、この作品については意外と改変されずにそのままにされてるよね。狼の腹を裂くとかさ、わりとショッキングなのに」

「確かに、そうかも。わたしが読んだのもそうだったよ」

「ねー、ヤバいよね。あと、『狼と狐』なんかは、狼の危険性っていうより、強欲さや傲慢さ、そして愚鈍さを描いてるよね。こんな悪いことしちゃダメだよ、こんな悪い人になっちゃダメだよ、悪い人にはバチが当たるよー、ってね」

「そのお話は読んだことないや……」

「強欲や傲慢で思い出したけど、キリスト教でも狼は怒りの象徴とされる邪悪な獣なんだよね。さらに、ドイツからは微妙にちょこっと離れるけど、北欧神話のフェンリルは、狼の姿をした巨大な怪物だ。こいつは主神オーディンを飲み込んだ神々の敵なんだよ。わかりやすいよね、一番の神様を喰っちゃった敵だなんて」

「…………」

「ん? どうした?」

「いや、その、話を飲み込むのが、大変で……」

「あぁごめん。オタクだから、つい早口になっちゃった。一応、専門分野なものでね、許して」

 

 別に怒ってはいないけど……話が早いだけじゃなくて、情報の密度が高くて、話を自分の中に落とし込むのに少し時間がかかる。

 学校では習わないようなことだし、わたしもそういう専門的なことになると、流石に詳しくないから、余計に。

 お母さんは少し待ってくれたけど、本当に少しだけで、すぐにまた話し始める。

 

「日本だったら、(オオカミ)大神(おおかみ)で、むしろ信仰されてたんだけどね。ま、そこは文化の違いってことで」

「そ、そうなんだ」

「まあリアルなところだと、普通に害獣なんだけどね。家畜を喰われるから、牧畜が盛んだったヨーロッパなんかでは忌み嫌われるようになったのでしょう。人狼とかは、そこにファンタジー的な伝承が組み合わさったパターンかね。アイヌとかだと、狩猟に使われてて、神格化されてっぽいけど。猟犬みたいだね。神と言えば、狼は神獣として扱われてるものもあってね。ローマの……なんだっけ? ロムルス? は狼に育てられたとかなんとか。なんか現実でもそんな話あるよね。狼に育てられた少女って。ちなみに私はシートン動物記の狼の王が好きでね、知ってる? 狼王ロボ。めっちゃツンツンしてる孤高の狼なんだけど……」

「お、お母さん! ちょ、ちょっと待って! 話、早い!」

「おっとごめん。オタクだから」

「オタクを免罪符にしないで!」

 

 矢継ぎ早に語り出すお母さんをなんとか止める。

 お母さん、自分の得意な話になると驚くほど饒舌になるんだよね……あまり気にしないで聞いちゃったけど、どうやら地雷を踏んじゃったみたい。

 

「お母さん、よくそんな次から次へと話が出て来るよね……」

「好きなことだしね。それにわりと頑張って勉強したからねー」

「それって、大学とかで?」

「んにゃ、どっちかっていうと、小説家になる前後くらいかな? 自発的に勉強してたよ」

「学校でもないのに、勉強するんだ」

「まあ、楽しいからね。勉強つっても、小説のネタ出しのために色んな知識が必要だから、とかそんな理由をつけて本を読み漁ってただけだし」

「どんな本を読んでたの? 学術書、みたいな? それともやっぱり小説?」

「学術書とか、専門的なのはちょっと難しかったからあんまりだけど、結構なんでも読んだなぁ。でも、意外と小説は読まなかったね。エッセイや伝記、自己啓発本、エトセトラ……知識を得るなら、小説っていう物語フィルターを通すより、ダイレクトにその人の思想や研究成果が示されている本の方が、わかりやすいし身に付きやすいと思う」

「そっかぁ」

「あと私の場合、色んなジャンル書かされるから、そのたびに関連書籍を漁ったね。最近だと、ローティーンから児童向けの作品も書く機会が多いから、児童文学や童話、おとぎ話に神話なんかもかなり読みふけったね」

「……お母さんって、もしかして私よりもたくさん本を読んでる?」

「お母さん舐めんなよー? 小鈴の5000兆倍は読んでるから」

「その数字は流石に盛りすぎじゃない?」

「盛りすぎたね。5000倍くらいだわ」

 

 それでも十分誇張してると思うけど……お母さんも、すごく本を読むんだね。小説家だし当然と言えば、当然だけど。

 お母さんっていつもパソコンの前で唸ったり突っ伏したりしながらお仕事してる印象があったし、本を読んでる姿なんてあんまり見たことなかったから、いまいちイメージできない。

 随分と話が脱線してしまったけど、お母さんのお陰で、狼の意味は、ちょっとはわかったかもしれない。

 

「……ユーちゃんが、自分のことを狼だっていうのは……」

「自分が悪いことをしてる自覚はあるってことなんかもね。あの子がドイツでどんな風に育ったかはわからないけど、一般的なドイツ人の生活をして、お伽噺や民間伝承に触れてきたのだとすれば、狼というものから“邪悪”を連想しないはずはない、とは思う」

「そう……なの、かな」

「さてね。私はあの子がなにを思ってそう言ったのかはわからんよ。今日はじめて会った子だからね」

「……わたしにも、わかんないよ」

 

 ユーちゃんと仲良くなって、半年くらい。

 それでもまだ、わたしの知らないユーちゃんがいて、ユーちゃんの中にはわたしの知らないことがたくさんあるんだ。

 

「まあ、でもさ。私にはなにがあったかわかんないし、あの子はご両親を困らせて悪いことをしてるのかもしれないけどさ。私はいい子だと思うよ」

「うん……ユーちゃんは、いい子、だよ」

「そうそう。“悪いこと”してるからって“悪い人”だとは限らないんだから。自分のことを狼だっていうのも、実はあんまり深い意味はないのかもよ?」

「……そうかな」

「さーね。それを考えるのが……えーっと、文学者、かな?」

「わたしは文学者じゃないよ……」

 

 ただの普通の中学生です。たぶん。そうありたいです。

 ちょっと魔法少女みたいなことしたり、クリーチャーと戦ったり、人間じゃないUMAっぽい人たちに追いかけ回されてるけど、きっと普通の中学生です。

 

「文学者がダメなら……あー、じゃあ、読者でどう?」

「読者? 読み手、ってこと?」

「そうそう。私はわりと書く人になったけど、小鈴はまだずっと、読む人でしょ?」

「そうだけど……」

 

 確かにわたしは、自ら物語を紡がない。筆を執らない。

 ただ、そこにあるお話を読み進めるだけだ。

 

「読者は学者と違って気楽なもんさ。でも、役割はそう変わらない。究めなくていいけど、登場人物の発言からなにを受け取るのか。それを考える役割がある」

「読者の、役割……?」

「そう。人間も小説も、伝えることすべてが言葉にされるわけじゃない。言外に伝えられることもたくさんある。それを読み取って、受け取って、自分の中に落とし込む。そしてなにかを考える。自分の身にする……小説の言葉も、人の言葉も、ただ消費するだけじゃアカンよ。その中には、言葉の中には、なにか大事なものがあるのかもしれないんだから」

「言葉の中に、大事なもの……」

「それを見落としてもいいって気構えなら、それでいいけどね。気楽に消費するのも娯楽の楽しみ方の一つだし、否定はしない。ただ、大事な人がいるっていうのなら、その人の紡いだ言葉には……真摯に向き合ってあげな。それが、お互いのためだ」

「……うん」

 

 ユーちゃんの言葉は、時々わからない。みのりちゃんは、なんとなくニュアンスを察してるって言ってたけど……わたしには、まったく通じない時が、ままある。

 わたしたちほど言葉が堪能ではないかもしれないけれど、ユーちゃんも色々なことを考えて、それを精一杯、吐き出そうとしているんだ。

 それを、汲み取らなきゃ。そうしなきゃ、なにもわからないままだし、なにも解決しない。

 少し気持ちが前向きになれたと思ったところで、お母さんがまた口を開く。

 

「……オタクだから話しすぎちゃった。メンゴメンゴ」

「だからオタクを言い訳にしないでよ。今日のお母さん、ちょっと変だよ」

「最近ずっと根詰めて書いてたから、テンションがハイなのさ。久々の娘との女子トーク、楽しかったよ」

「毎日会って話してるじゃない……でも、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 そうしてわたしは、リビングを後にする。

 随分と長話をしてしまった。ユーちゃん、待ちくたびれてるかなぁ…… 

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 昔から妹と比べて大人しいだとか、真面目だとか、しっかりしてるだとか言われてきたが、自分も妹も、根本的にはそう変わりはないのだ。

 知らないものを知るために、手を伸ばす。無知な頭になにかが埋まるのが、楽しい。ただ、その手段が違うだけ。

 自分は内側にそれを求めていて、妹は外側にそれを求める。だから自分は本を読み、妹は野山を駆け回る。違いは、活動場所だけだ。

 ……いや、そうでも、ない。

 本当は、もっと違うのだ。自分が広げる知見は、あくまでも誰かが編纂したもの。誰かの知識に他ならない。

 けれど妹の広げる世界は、彼女自身による、彼女の開拓の結果だ。予測不能で、先の見えない、未知なる闇の世界に足を踏み入れ、その結果としてたくさんのことを知る。

 自分の知識の集積は、人同士の繋がりによって紡ぎだされるものだ。だから安全だし、理路整然としている。

 けれど妹の得る知識は、すべて自分の力、自分の感性で掴み取るものだ。不安定で、不完全で、曖昧模糊で、雑多。結果は必ずしも目に見えるとは限らない。

 その多様性はみとめるべきなのだろう。けれど、多様であるがゆえに、そここには濾過されていない“濁り”もある。

 私が得る知識が蒸留水だとしたら、彼女の得る知識は生水だ。どちらも水は水だし、飲めないわけではないけれど、自然そのままの水は不衛生だし、不純物が多い。寄生虫が潜んでいることだってある。それでお腹が痛くなるくらいならいいけど、それが原因で、重い病気にかかってしまう危険性があるのだ。

 彼女の行動は、それと同じだ。なにがあるかわからないのに、手当たり次第に目についた道を歩む。暗闇の中でも突き進んでしまう。その先はもしかしたら、崖になっているかもしれないのに。

 今までは幸運にも助かってきたけど、その幸運がいつまでも続くとは限らない。

 善き行いをする人には幸あるものだけれど、それは信じるものであり、頼るものではないのだ。

 彼女はいい子だけど、同時に悪い子でもある。だからいつか、神様に愛想を尽かされるんじゃないか。幸運を授けてくれなくなるんじゃないか。守ってくれなくなってしまうんじゃないか。

 いつか、彼女が触れる危険と、神の寵愛の喪失が重なってしまう時が来るんじゃないか。

 私はその瞬間が訪れることが――たまらなく、怖いのだ。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 その日は、本当に濃密な一日だった。

 なっちゃんについて調べたり、犯行現場を目撃したり、なっちゃんと戦ったり、ローザさんに秘密がバレちゃったり、ユーちゃんが家出したり、ユーちゃんと一緒にお風呂に入ったり、お母さんと長話したり、みんなにユーちゃんのことを報告したり、ユーちゃんの宿題を手伝ったり、ユーちゃんに胸を枕にされたり、目覚ましを勝手に止められたり、秘蔵のパンを分けて食べたり……特に夜から朝にかけてが、色々あって大変だった。

 そんな密度の濃すぎる一日を終えた、次の日。

 鹿島先生が学校に復帰しました。それでわたしたちは喜んだものだけど、先生からはなにも言われなかった。

 先日の事件のことじゃない。ユーちゃんのことだ。

 みんなにはユーちゃんが家出したことは既に伝えたけど……わたしが伝えるより前に、やっぱり電話が来ていたみたいで、みんなもユーちゃんの家出のことは知っていた。

 だけど、先生からその話はなかった。つまり、先生はユーちゃんの家出について、ユーちゃんのご両親から連絡を受けていない。

 ……まあ、別に学校に連絡しなきゃいけない義務もないだろうし、わたしの家に居着いているのなら、体面的にはお泊り会の延長みたいなものだから、学校も目くじら立てないのかもしれないけど……でも、もしかしたらユーちゃんのご両親が、配慮してくれたのかもしれない。

 だいぶと広がってしまったわたしたちの問題の波紋は、わたしたちの家庭にまで及びつつあるけれど、それもギリギリのところでとどまっている。

 究極的には、この問題はわたしたちと、そしてなにより、ユーちゃんとローザさんの問題に収束する。

 

「……まさか家出に踏み切るとは恐れ入ったよ。まったく感心はしないが、その行動力には度肝を抜かされた」

「だいじょうぶ、なの……飯、とか……風呂、とか……」

「Ja! お風呂は小鈴さんと一緒に入りましたよ!」

「え、マジで羨ましい! ちょっとその話を詳しく! 質感とか匂いとかシャンプーはなにを使ってるのかとか!」

「シャンプーて……変態、っぽい……」

「小鈴さんはですねー、とってもふかふかで、ふわふわしてました!」

「ちょ、ちょっとユーちゃん!?」

「もうちょっと緊張感を持てよ君ら」

 

 呆れた表情の霜ちゃんに、みんな揃って窘められる。

 そ、そうだったね。ユーちゃんはいつでも明るいけど、問題自体はとても重大なんだから。

 

「水早君はユーリアさんの家出に反対? 今すぐ家に帰れって?」

「そうは言ってないだろ。反対というか、少し浅慮ではないかと思うが……まあ、ユーとしても、喧嘩相手と同じ屋根の下で寝食を共にするのは気が滅入るだろうし、行動の正しさはさておき、理解はできる」

「そうです! ユーちゃん、ぷんぷんです!」

「ところで、ユーちゃんはどうしてわたしの家が分かったの?」

「前におさんぽしてる時に、たまたま見つけました!」

「あ、成程……」

「で……どう、するの……?」

「ど、どうするって……」

「家出、しても……別に、問題……解決する、わけじゃ、ないし……」

 

 そうだね。昨日はかなりローザさんと激しく口論をしたみたいだから、ローザさんから距離を置く、という選択は間違いじゃないとは思う。

 だけど、

 

「恋の言う通り、それは問題の先送りに過ぎない。果たして、ユーは頭を冷やして議論をまとめられるのかどうか」

「……全部、話した……?」

「それは……ごめんなさい」

「いや、それについては仕方ないだろう。あそこまでハッキリと現場を目撃されて、言い逃れるなんて不可能だ。だから問題は、ボクらの秘密をどう隠匿するか。あるいはどう向き合うか、だが――」

 

 と、霜ちゃんが言いかけたところで。

 スッ、とわたしたちの輪に近づいてくる人影があった。

 

 

 

「――お揃いですね、皆さん」

 

 

 

 ローザさんだ。

 ユーちゃんと同じ銀髪をなびかせて、怒ったり笑ったりと表情豊かなユーちゃんとは正反対にクールな面持ちで、彼女は現れた。

 

「ローちゃん……!」

「……Guten Morgen(おはよう),ユーちゃん。それと、皆さんもおはようございます」

「お、おはよう……」

 

 ローザさんは冷静だった。

 もっと怒ったり、悲しんだりしているのかと思ったけど……少なくとも、見た感じではそうは見えない。

 だけど、この時のローザさんはどこか冷ややかで、いつものローザさんとは言えなかった。

 

「ローちゃん、ユーちゃんは……」

「待って。私もその話をしたい。でも、ここは学校、すぐに授業が始まっちゃう。放課後、またちゃんとお話ししよう」

「…………」

「……伊勢さんたちも、放課後、教室に残ってください。皆さんも関係者みたいですし、一緒にお話ししましょう。」

「思ったよりも落ち着いているんだな」

「私は、争いたいわけではありません。平和的な解決を望んでいます。怒りでは、それは果たされません。怒りは、過ちを導いてしまいますから」

「……そうだね」

 

 その通りだ。反論の余地もない。

 わたしも、争わず、誰も傷つかずに問題が解決するなら、そうしたいけど……

 

「……そろそろ、授業が始まりますね。それでは皆さん、また放課後にお話しましょう」

 

 そして、ローザさんはそう言って、自分の席に戻っていった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 人は光に縋る。光を求めるし、光の下に集まる。

 世界は暗黒だ。そこに太陽があり、月があり、その光によって私たちは生きている。

 なにも見えないというのは、怖い。どこになにがあるのかが分からないのは、恐ろしい。一寸先の闇は、不安なのだ。

 人は自分に理解できないものに恐怖すると、本で読んだことがある。その根源的なものは、きっと暗闇だ。

 太陽も月も見えない暗黒の世界こそが、人が最も恐れるものだ。

 けれど、今のこの世界は明るい。神様が、そう創ってくれたのだろう。私たちを安心させるために。

 それでも、闇はある。この世界には、光の届かない暗黒の場所が存在する。

 私たちはそれを忌避するけれど、中には、そんな暗闇に飛び込んでしまう人が――先が見えない暗闇だからこそ、その先に行きたがる人がいる。

 それはきっと、愚かで、冒涜的で、とても恐ろしいことだ。

 本来、人があるべき方向に向かわず、逆走する。

 そんな、理解を超えた人がいる。

 時として、それは自分にとって身近で、大切な人として在る。

 私たちは光を探す。光を求め、光を目指し、光に集まる。

 けれど彼女たちは闇に目を向ける。闇に関心を示し、闇の中を進もうとする。

 その中に、なにがあるのかわからないのに――否。

 その中に、なにがあるのかわからないからこそ、彼女たちは闇に“なにか”を求める。

 理解できない。できないけど、彼女たちはそのように在るのだから、仕方ない。

 私はそれも彼女だと、半ば諦めではあったけれど、その不可解なものを許していた。

 彼女は笑っていたから。危ないなと思いながらも、彼女が楽しそうだったから。

 きっと大丈夫、神様が見ていると、私は自分を騙していた。

 彼女を許してしまったがゆえに――彼女を、不幸にしてしまった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 放課後になりました。

 わたしたちはローザさんの言う通りにして、他のクラスメイトたちが教室からいなくなるのを待った。

 そして、1-Aの教室に、わたしたちと、ローザさんだけになった。

 わたしたちは机を囲んで向かい合う。

 

「昨日の続きを始めよう、ユーちゃん」

「何度言われたって、ユーちゃんはイヤだよ」

「だからって家を飛び出しても、なにも変わらないよ。MuttiやVatiはユーちゃんの気持ちも大事にしてるけど、それでも心配してる。ユーちゃんがずっとそのままじゃ、なにも始まらない。なにも変わらない。ユーちゃんは、それでいいの?」

「それでも! ユーちゃんだって、イヤなものはイヤなの!」

 

 ローザさんが口を開くや否や、ユーちゃんはいきり立って噛み付く。

 いつもの朗らかなユーちゃんとは思えない、怒りを滲ませていた。

 

「えぇい、二人だけで話を進めるな。ボクらも巻き込むっていうなら、最初から説明をしろ」

「ご、ごめんなさい……えっと、わかりました。昨日、ユーちゃんと話したんです。あなたたちが、なにをやっているのか、すべて聞きました」

「…………」

 

 ユーちゃんは、少し気まずそうにしている。

 仕方ないことだし、わたしたちはそれを責めるつもりはないけど……でも、わたしたちの秘密が知られてしまったのは、とても大変なことだ。

 ただでさえ危険なことなのに、それにローザさんまで巻き込んでしまうだなんて……

 

「正直、意味が分かりませんでした。今でもわかりません。なんですか、クリーチャーって。なんですか、不思議な国って。物語(メルヒェン)じゃないんですから、そんなことがあるわけがないでしょう」

 

 思ったよりもけちょんけちょんに言われてしまって、少しへこむ。

 確かに、冷静に考えたら、クリーチャーが実在してこの世界に来ているとか、人類がまだ発見していない人類に近い生き物がいるとか、その人たちが自分たちの社会を創るために人間社会に隠れ潜んでいるとか、【不思議の国の住人】なんておかしなセンスをしているとか、ましてやわたしたちがそんな変な人たちと関わり合って、戦っていたとか、普通は信じられないよね。

 だけども、

 

「……と、言いたいところですが、私は昨夜、この目でその非現実的なものを見てしまいました。理解しがたいですし、したくもないですし、非現実的ではありますが、あれが夢や幻でないのだとすれば、私はあれを認めなくてはなりません」

 

 ローザさんは努めて淡々と、冷静に告げていく。

 なんというか、霜ちゃんみたいに理知的に話す人なんだね、ローザさんって。最初にちゃんと話をした時は、ユーちゃんのことで悲しみに暮れていたから、気づかなかったけど。

 怒られるよりも話しやすいし、その冷静さは安心できるけど……同時に、少し怖かった。

 

「とはいえ、昨夜の出来事を母や父に話しても、まるで可哀そうな子供を見るような目で見られるだけで、理解される気配がありませんでした。どころか、私の帰宅の遅さを咎められるほどで……いえ、確かに時間を忘れて本を読みふけってしまったり、近道だからと人の少ない道を通ろうとした私も悪いのですけど」

「話……脱線……」

「あ、ごめんなさい。ともかく、両親は襲われたこと自体は信じてくれましたが、クリーチャーだとか、不思議の国だとか、ユーちゃんが危ないことをしていることや、その危ないことそのものについては、理解を示してくれなかったのです――そもそも私自身、完全な理解ができていないので、それを誰かに伝えて理解させるなんておこがましかったのかもしれませんが――なので、あれは一夜限りのおかしな出来事として、封印します」

 

 ローザさんは、少し怒っているようだった。

 二人のご両親は、二人の問題だからと関与しないつもりだって、昨日の電話で言っていたらしいけど……どうもそれは、単純な娘たちへの気遣いとか優しさではなくて、クリーチャーとかについての話を信じていないから、つまり、単なる姉妹喧嘩かなにかと思って、あんまり心配していないからみたいだった。

 ご両親にクリーチャーのことがバレてないっぽいのはいいんだけど、そんなに軽い話でもないし、なんというか、ちょっと複雑な気分だね……

 

「成程。つまり君は、口外はしないということかい?」

「はい。言っても頭がおかしい人だと思われるだけです。それはとても悲しくて、悔しいですが、そこは引き下がってもいいんです。私の願いの本質は、両親に危険を知らせることではないのですから」

「……? どういうこと?」

「危ないものを危ないと理解してもらえるのなら、それに越したことはありませんが、必ずしもそれに拘る必要はないのです。この世の邪悪も、恐怖も、危険も、失くせるものではないのですから。であればいずれその危険性を人は知ります。そのためには、私たち一人ひとりが清らかであり、正しくあろうとすることの方が大事なのです」

「はぁ……」

 

 曖昧に頷く。なんというか、ちょっと言ってることが難しくて、よくわからなかった。

 

「……思い出しました」

「なにを?」

「お礼を、言いそびれていました」

「え?」

 

 ローザさんは、急にそんなことを言い出した。

 お礼って、なんのこと?

 わたし、お礼を言わるようなことしたっけ……?

 

「昨夜は私も気が動転してしまって、言いそびれたので……ごめんなさい。そしてありがとうございました。私を、それからユーちゃんを助けてくれて。そのことには感謝します、本当に。Dankeschoen」

「あ、あぁ、そのこと……ど、どうしたしまして……?」

 

 反射的に返してしまうけど、わたしは結局なにもしてないし、最後に助けてくれたのはアヤハさんなんだけどね……

 

「なんか意外とツンツンしてないじゃん。そんなに怒ってない?」

「怒ってはいません。これは日本で言う、礼儀、です。私たちが助けられた事実は確かなので、それについてはお礼を言わなくてはなりません。それが人として正しくあることです。ですが、それはそれ。そして、私の願いと主張はまた別にあるのです」

 

 願いと主張。

 ちょっと引っかかる表現で、ローザさんは告げた。

 ずっと胸にしまいこんでいた気持ちを、口にする。

 

「ユーちゃんを危ないことに巻き込まないでください。私はもう……この子を、危ない目に遭わせたくないんです」

 

 それが、ローザさんの望みであり、要求だった。

 ささやかで平凡なことだけど。とても大切で、尊く、優しい願望。

 ユーちゃんを大事にしたいという、そんな家族として、姉妹として、当たり前の願いだ。

 特別なものなんてなにも求めていない。ローザさんはただ、当然のことをしていて、なにもおかしくない、まっすぐな望みを抱いているだけなんだ。

 

「君の願望は理解した。で、それで、ボクらにどうしろと?」

「霜さん!」

「とりあえず話を聞かなくちゃ、ボクらはなにも判断できない。彼女はこんなにも理性的に話し合いに応じてくれている。だからってへりくだるつもりはないが、こちらも礼儀は尽くすべきだ。互いに納得のできる、最善の結果を出すためにもね」

「ありがとうございます、水早さん。あなたのお陰で、私は落ち着いて話ができます」

「それはどうも……ま、ボクもまともに話が通じる人がいて嬉しいよ。最近、どうも話が通じない奴とか、自分の都合のいい話しかしない奴ばっかりで、辟易していたものでね……」

 

 なんだか霜ちゃんの視線が遠い。

 それはそれとして、確かにローザさんの願い――言い換えるなら、要求も聞かないとね。

 これは争いではなく話し合いなのだから。

 

「私が望むことは多いですが、強欲も人を堕落させかねません。欲張ってあれもこれもと主張しては、本当に大事なものを取りこぼしてしまいますからね。なので、端的に一つに絞ります。私の最大の要求は一つだけです。この一つさえ満たされれば、とりあえずはそれで構いません」

「君の最大の望みとは?」

「ユーちゃんを、危ない目に遭わせないこと、です」

 

 それは、さっきも言っていたことだ。シンプルで、平凡で、当たり前の願望。

 たった一人の妹の無事と平穏。姉として、ただそのささやかな安寧だけを願う。

 強欲どころか謙虚すぎるくらいだと思うけど、彼女が真に望んでいることは、本当にただそれだけなのだった。

 

「じゃあ、再び問おうか。君は具体的に、ボクらに、あるいはユーに……なにをして欲しいんだ?」

「……いくつか、考えました。どうしたらユーちゃんが危険な目に遭わず、危ないことをしないのか。しかし、ユーちゃんにはどれもハッキリと断られてしまったので、今はあなたたちへの要求として、言います」

 

 ローザさんはまっすぐにわたしたちを見据えて。

 とても冷淡に、告げた。

 

 

 

「ユーちゃんから離れてください」

 

 

 

「…………」

「必要最低限のこと以外で、近づかないでください」

 

 ……なにも、言えなかった。

 あまりにも明確な拒絶。ローザさんの優しさ、人の好さにに触れた直後だったから、その冷酷とも言える拒絶に、戸惑ってしまう。

 その落差にわたしたちが絶句していると、ユーちゃんが声を荒げた。

 

「ユーちゃんはイヤですよ! 小鈴さんも、恋さんも、霜さんも、実子さんも、謡さんも……みんな、ユーちゃんのお友達です! ずっと、一緒なんです!」

「……と、本人は言っています」

「まあ……しかし、君の願望に対してその要求は、理屈は通っているね。そうさせることで、君の目的は確かに果たされるだろうさ」

「あまり怖い顔をしないでください。怖いです。私も恩人である伊勢さんたちとの縁を断つのは、良心が痛むのです。なので譲歩します」

「……譲歩……?」

「なにをどう譲るんだ?」

「これは伊勢さんたちというより、ユーちゃん本人への要求になります。伊勢さんたちと一緒にいてもいい。代わりに、もう危険なことはしない、と約束して欲しいんです」

 

 なんだか、振り出しに戻ったような言葉だ。

 危険なことはしない。それは、ローザさんの望みそのままで、なにも変わっていないように思える。

 けどそれは、さらに強い、否定と拒絶だった。

 

「危険なことの定義は? そこが曖昧では、約束にならないよ」

「細かいことは後で色々考えます。危険な場所に行かない、知らない人についていかない、といった当たり前のことは勿論ですが……絶対に約束して欲しいことは、一つです」

「それは?」

 

 ローザさんは、告げる。

 とても残酷な、要求を。

 

 

 

「デュエマをやめることです」

 

 

 

「っ……!」

 

 再び、絶句。

 デュエマをやめる。

 つまり、わたしたちが今まで紡いできた縁、成長、楽しさ……そんな思い出をすべて、捨て去るということだ。

 

「ユーちゃんの説明は不明確でした。なにを言ってるのかわかりません。ですが、一つだけハッキリしてることがあります。昨夜もそうでしたが、あなたたちが関わっている“危ないこと”には、デュエマが関係していると。ならば、それを取り除けば、ユーちゃんが危ない目に遭うこともないと考えます」

「……ユーからどういう説明を受けたのかは知らないが、これについては認識を正す必要があるな。否定ではなく、正確で齟齬なく最善の結果を出すために、ボクらからきちんと説明しておこう」

 

 そうだ。

 デュエマを捨てる。それはただ、わたしたちの繋がりが断たれるだけではない。

 わたしたちにとってのデュエマとは、単なる遊びに留まらないのだから。

 

「遺憾だが、ボクらの周囲で起こっている出来事は、既にボクらがコントロールできるようなものではない。たとえるならそれは、嵐や大雨といった災害のようなものなんだ。すぐに根本的な解決ができるわけでもないが、かといって無視して生活できるものでもない。つまりボクらは自衛しなくてはならない。デッキを捨てるということは、戦場で武器を捨てるのと同じ意味だよ。ボクらはもう、関わってしまった。そうなれば、簡単には逃れられない。戦う力を放棄するということは、より危険な目に遭う可能性も秘めている」

「……そうですね。そうなのかもしれません。ですから、これは譲歩です。私はユーちゃんが危険な目に遭わないのであれば、どんな手段でも構わないのです。そのための方法も考えます。なので選択肢を与えました。だから後は、回答を待つだけです」

「だ、そうだ。ユー」

「どっちもイヤです!」

「……という感じで、本人は昨夜から、ずっとこの調子なんです」

「だろうね」

 

 ローザさんに突き付けられた二択。

 だけどそのどちらも、ユーちゃんには受け入れがたいものだった。

 いや、わたしだって、簡単に選べるものではない。

 友達か、その友達と出会い、積み上げてきた思い出か。

 どちらかを手放すなんて……簡単に、選べるはずがない。

 

「正直な話、本当ならあなたたちにも、そんな危険なことはやめて欲しいです。皆さんだって、ユーちゃんの恩人で、友人なのですから。傷ついて欲しくはありませんし、私も悪いことは言いたくないですし、したくないです……それでも、ユーちゃんが危険に晒されるというのなら、私は止めなくてはなりません。もう、あの時みたいなことは起こって欲しくないから……!」

「ローザさん……」

 

 非道とも思える選択を突きつけてきたローザさん。

 だけどそれは、彼女としても苦渋の決断だったのだろう。

 彼女の面持ちには、悲しみと、後悔と、苦しさが滲んでいる。まるで、それが本当の望みではないと言うかのように。

 その時だ。

 我慢の限界と言わんばかりに、ユーちゃんはバンッ! と机を叩いて身を乗り出した。

 

「勝手なことばかり言わないで!」

「ユーちゃん……」

「小鈴さんたちはずっとお友達です! デュエマもやめません!」

「勝手なことばかり言ってるのはユーちゃんだよ!」

 

 そして、我慢の限界なのは、ローザさんも同じだった。

 さっきまでの冷静さが嘘のように、激しく声を荒げて、彼女は叫ぶ。

 

「あなたが傷つくことで悲しむ人がいるんだよ! Muttiも、Vatiも、私も……それに、あなたのお友達だって……!」

「…………」

「ユーちゃんはなにも見えてない! 暗闇の先には、綺麗な世界ばかりが広がってるわけじゃない。危険なこともたくさんあって、傷ついてしまうことだってあるって。何度も運よく助かったりはしない。“あの時”と同じ奇跡が、また起きるとは限らないんだよ!」

「でも! それでも、ユーちゃんは……!」

「落ち着け二人とも」

 

 興奮する二人の間に、霜ちゃんが割って入る。

 

「喧嘩するためにここにいるわけじゃないだろ。君の怒りも慟哭も、理解はできるが、それを叫び散らす解決が最善ではないはずだ」

「うにゅ……」

「……そうですね、水早さんの言う通りです。ごめんなさい」

 

 霜ちゃんが宥めると、二人はすぐに身を引いてくれた。

 落ち着いていると思ったけど、それはあくまでも表面的なものにすぎなかった。

 本当は叫びたい気持ちを堪えていたんだ。最善の結末を導くために……ユーちゃんのために。

 

「とまあ、どうもユーちゃんは私の言うことを聞いてくれないようです」

「ユーの性格を考えたら、まあ、納得させるのは難しいだろうね」

「どっち、選んでも……マイナス、だし……」

「私は大きく譲歩しています。できるだけユーちゃんが悲しまないように、配慮しています。これ以上は、私も引き下がれません」

 

 確かにローザさんは、色んな方法や可能性を提示している。お互いに納得できるような方策を考えて、譲歩できるところは譲歩して、妥協点を探っている。

 結果はともかく、そういう努力をしている。

 けど、ユーちゃんはそれをすべて拒んでいる。

 ユーちゃんの気持ちはわかる。いくら妥協案を示されても、イヤなものはイヤだと言いたいだろう。

 だけど、ローザさんの歩み寄りを完全に拒絶しているユーちゃんは、確かに、ワガママなのかもしれない。

 不意にローザさんがこちらを向いた。

 

「伊勢さん。あなたは、どうなんですか?」

「えっ?」

「聞けば、事の発端はあなただとか……そこを責めるつもりはありません。よくもユーちゃんを巻き込んだな、だなんて怒ったりはしません。ですが、皆さんの中心にいる伊勢さんには、決めていただかないといけません」

「え、っと……」

 

 急に話の矛先を向けられて面食らう。

 わたしがみんなの中心かはともかく……どうすればいいのか、か。

 それは、わたしにもわからない。

 ユーちゃんのみんなと一緒に今までのようにしていたいって気持ちも、ローザさんのユーちゃんを大切にしたいから危険から遠ざけるって気持ちも、どっちも理解できる。どっちの方が気持ちが上とか、どっちの方が大事なことだとか、それは一概には言えない。

 

「あなたはユーちゃんをどうするべきだと思いますか? 危険に晒すべきではないという考えには賛同してくれると思いますが……その手段は、どうするべきだと思いますか? デュエマを断つのか、それともあなたたちから離すのか。それとも……もしかして、ユーちゃんに賛成するのですか?」

「それは……」

 

 だからわたしには、答えられない。

 どっちも大事だし、どっちも切り捨てられるものではない。

 わたしも、この選択肢は、選べない。

 

「ちょい待ち」

 

 と、そこで。

 

「お呼びじゃなさそうだし、珍しく空気を呼んで黙っていてあげたけど、小鈴ちゃんにその偽善っぽい言葉ふっかけるなら、私が黙ってないよ」

 

 今まで黙っていたみのりちゃんが、横槍を入れた。

 

「偽善……ですか?」

「私からすればね。小鈴ちゃんがこんな性格なのを知ってて問い詰めているっていうなら、それは正論ぶちかましてる邪悪そのものだ」

「じゃあ、あなたはどうするべきだと思うんですか、香取さん」

「ユーリアさんの好きにさせればいいじゃん。そんなに自分の妹が信用ならない?」

「信用とかそういう問題じゃありません。少なくとも私は、あなたよりはユーちゃんのことを知っています。ユーちゃんが危ないところに入ってしまうことも、危機意識が足りないことも。だから……」

「のわりには、今までユーリアさんがなにをしてたか知らなかったんでしょ? 今更首突っ込んで来るなよ、部外者」

「…………」

 

 みのりちゃんの刺々しい言葉に、ローザさんは怒りを堪えるように、顔をしかめた。

 

「やめろ実子、煽るな。彼女は正しい」

「はぁ? だってこんなの、この人のエゴじゃん。守りたいって言えば聞こえはいいけど、本人の気持ちを無視してるんじゃ、それは善意の押しつけだよ。押しつけの善意なんて偽物、偽善だ。そんなものに従うなんて馬鹿だよ」

「……みのりこが、それ、言うのか……って、思う、けど……うぅん……」

 

 選べないわたしに対して、みのりちゃんは完全にユーちゃんの肩を持つつもりで、ローザさんと徹底抗戦する姿勢を取る。

 

「……私のユーちゃんへの気持ちを否定することは許せませんが、善意の正しさを証明するのは私でも、あなたでもありません。なので、そこはひとまず、飲み込みましょう」

「反論できないからって逃げるの?」

「いいえ。大事なことは、私の行いが善意か偽善かではないので。私にとって大事なことは、ユーちゃんが安全であるか否かです。香取さん。あなたはユーちゃんが危険な目に遭った時、傷ついた時、どうするんですか? ユーちゃんを守れるんですか? 責任はとれるんですか?」

「責任ってなに? くっだらない。そんなお理屈で友達やってんじゃないんだよこっちは。私たちが楽しんでるのに邪魔する奴がいるなら、そいつはぶっ飛ばすってだけ。今のあなたみたいな奴をね」

「私を排除して、ユーちゃんに迫る危険は取り除けるのですか? そのやり方の確実性は、誰が保証してくれるのですか?」

「うっざいなぁ……あなたは契約書でも書きながら生きてるの? そんな風に生きて楽しい?」

「楽しさで、大事なものが守れますか?」

「楽しさが大事なんだよ。ユーリアさんだって、同じことを言うだろうね」

「でしょうね。でも、ユーちゃんはわかってないんです。楽しいだけじゃ、いつか絶対に傷ついてしまうことも、誰かを傷つけてしまうことも。私はそれを、許したくはない」

「人の生き様を勝手に決めるな! あなたは束縛と保護を履き違えてるんだよ!」

 

 どんどん熱くなっていく二人。

 みのりちゃんはどんどん声が大きくなって、語調も荒くなっていき、今にも掴みかかりそうな勢い。

 ローザさんは声こそ平静を保っているけど、言葉の端々の棘は隠せていないし、目つきも険しい。

 一触即発どころか、今にも爆発してしまいそうな空気だ。

 

「おい、二人とも、いい加減に――」

 

 ヒートアップする二人を、霜ちゃんが宥めようとした時。

 

 

 

「はいはーい、そこまでー」

 

 

 

 ガラガラ、と教室の扉が開かれた。

 誰かが来るとは思っていなかったので、みんな一様に口をつぐんでそちらを向く。そして、予想していなかった来訪者は、

 

「謡さん……」

「なんか騒がしいから来ちゃったけど……これはどんな修羅場かな?」

 

 現れたのは、片手にプリントの束を抱えた謡さんだった。生徒会のお仕事の最中なのかな。

 謡さんは陽気な調子で教室に入ると、みのりちゃんとローザさんの間に割って入る。

 

「なにがあったのか知らないけど、女の子同士の喧嘩なんてよくないよ? 穏便に穏便に」

「……ちっ、余計なことを」

「ごめんなさい……また興奮してしまいました」

 

 突然の闖入者に勢いを削がれてしまったのか、みのりちゃんも、ローザさんも、二人ともおとなしく引き下がってくれた。

 と、とりあえず、大事にならなくてよかったよ……ありがとうございます、謡さん。

 

「で、これはどういうお話なの?」

「えっと、ですね……実は……」

 

 謡さんにも昨夜の出来事は伝えているけれど、直接話したわけじゃないし、さっきまでのローザさんとのやり取りも知らない。

 概要だけをかいつまんで、大雑把に伝える。

 

「ふんふん……ヤバいやつじゃん」

「はい、ヤバいやつです……」

「話は聞いていたけど、そんな風に広がってたんだ」

「なんにせよ、このままじゃ話は平行線だ。いくら彼女が要求を叩きつけても、ユーがそれを真っ向から突っぱねるんじゃ、なにも進展しない」

「私は既に、かなり譲歩しています。ワガママを言っているのはユーちゃんです」

「だーから、そんな一方的な言い分を押し付ける方が間違って――」

「実子は黙ってろ」

「うごっ!」

 

 ガスッ、と。

 どこまでも噛み付くみのりちゃんを、霜ちゃんが叩き伏せる。文字通り。

 そして霜ちゃんは、ユーちゃんへと向き直った。

 

「ユー。悪いが、君に落としどころを決めてもらわなくてはならない。彼女の要求を飲める範囲……つまり、妥協点はないのか?」

「イヤです。ユーちゃんは小鈴さんたちとは離れませんし、デュエマだってやめません!」

「困ったな……」

「えぇ、困っています」

 

 ユーちゃんは、ローザさんの要求を微塵も飲む気がない。妥協点は皆無に等しい。

 このままじゃ霜ちゃんの言うように平行線だ。ユーちゃんはローザさんの言う通りには決して動かない。だけどローザさんも、ユーちゃんが危険に晒されるようなことは絶対に許容できない。

 話し合いではまるで決着がつかない。

 

「ふぅーむ。話し合いで解決しないなら、殴り合いで解決するしかないなぁ」

「えっ?」

 

 突然、謡さんが物騒なことを言いだした。

 

「な、殴り合いって……」

「勿論、比喩だよ。でも、妥協点を見つけることが不可能なら、残る選択肢は「どちらかを切り捨て、どちらかの要求を飲む」だ。 白黒ハッキリつけるしかなくないかな?」

「確かに、ね。極端だが、ユーの主張がこうでは、そうなるか」

「……つまり……どうしろと……?」

「勝負だよ」

「勝負?」

「そう、勝負。勝ち負けを競って、勝者の望みが叶う。誰も彼もが納得するわけではないけど、人を無理やり従わせる、この上なく公平で公正な決め事だよ」

 

 えっと、つまり、ユーちゃんとローザさんでなにかを競い合って、その結果で勝ち負けをつける。

 そうして勝った方の要求を飲ませる、ということ?

 

「……野蛮ですが仕方ありません。それでユーちゃんを守れるのなら、私はそうします」

「ユーちゃんもいいですよ。勝てば、みなさんとずっと一緒です!」

 

 二人とも、意外とあっさりとその申し出を受けた。

 

「問題は勝負の内容だね。両者に優劣の差がないようなものがいいけど……なにがいいかな?」

「こういうのは第三者に決めさせるべきでは?」

「じゃあ、謡さんが?」

「いや、私どっちかっていうとユーリアちゃん寄りだし……むしろ、四面楚歌にも関わらず、譲歩の姿勢を示してるローザさんに決めてもらうべきじゃないかな?」

「……私でいいんですか?」

 

 謡さんが指名したのは、ローザさん。

 二人の勝負なのに、二人のうちのどちらかが決めるのは、不公平なんじゃ……?

 

「私が選んだら、ユーちゃんに不利な勝負を仕掛けるかもしれませんよ。お勉強なら、私が絶対に勝ちますし」

「あっ、それはズルだよローちゃん!」

「でも、君はそんな狡い手で勝とうとはしないでしょ?」

「…………」

「私は君のことはまだ全然知らないけど……なんだか君は、ちょっぴり会長に似たものを感じる。だからきっと公平な人間だ。そもそも、そうやって自分の優位性を自ら告白するんだもん。卑怯な手段で勝負事に臨んだりはしない人だってわかるよ。」

「それは、後から卑怯だと言われて、勝負を覆されたくないから、とも取れると思いますけど……」

「だとしても、だよ。それが言えるなら、君はユーリアちゃんが不利になるような勝負は提示しないだろし、お互いにどういう方法で決めれば納得できるか、わかっているでしょう?」

「ちょっと先輩、勝手に……」

「だから黙れ実子。あまりに不平等な内容だったら、ボクも意義を申し立てる」

 

 謡さんに促されて、ローザさんはしばし考え込む。

 やがて、意を決したように顔を上げると、ユーちゃんをまっすぐに見据えた。

 

「ユーちゃん」

「な、なに?」

 

 ローザさんが提示する、勝負の内容。

 それは――

 

 

 

「デュエマで勝負しよう」

 

 

 

 ――デュエマ、だった。

 

「デュエマ? い、いいの? ローちゃん」

「いいよ」

 

 ローザさんが提示した勝負の内容は、なんとデュエマ。

 デュエマなら、まず間違いなく、ユーちゃんの方が有利。ローザさんがデュエマをやっているかは知らないけど、強いって話は聞いたことがない。もし強いのなら、ユーちゃんが口にしているはずだ。

 それがわからないローザさんでもないはず。なのに、自分が圧倒的に不利なデュエマで勝負するの……?

 

「デュエマだったら、ユーちゃんが勝つよ」

「そうだね。ユーちゃんは、私よりもデュエマ強いもんね。それに、お友達ともずっと一緒に“遊んで”強くなってるだろうし」

「なら……」

「でも、だからこそ……そのデュエマで私が勝つことに、意味がある」

 

 ローザさんは力強い目で、言葉で、言った。 

 

「あなたが大切にしているもので、あなたの大切なものを乗り越えて、打ち砕く。私にとって一番大切なものを――ユーちゃんを、守るために」

 

 それは決意の表れだった。

 ユーちゃんを軽んじているわけでも、ユーちゃんに情けをかけているわけでもない。

 むしろそれは、自分自身への挑戦。

 ローザさんはすべてを賭けて、全力でユーちゃんにぶつかるという意志だ。

 

「……わかった。ユーちゃんが勝ったら、小鈴さんたちとも一緒、デュエマもやめない」

「私が勝ったら、伊勢さんたちとは別れて。それと、デュエマもやめる。それでいい?」

 

 勝負の内容を決めて、その結果も取り決める。

 するとみのりちゃんが口を挟んだ。

 

「はっ? なにそれ、どっちもやめろって? 自分では欲張りはいけないとか言っておきながら、めっちゃ強欲じゃん!」

「これが、最もユーちゃんが安全である方策だと考えました。ユーちゃんが勝てば、ユーちゃんの望みがすべて叶う。私が勝てば、私の望みがすべて叶う。妥協ではなく決着をつけるなら、その結果も釣り合わせることで公平になります。ユーちゃんも、そう条件を示しました」

「ここぞとばかりに自分の要求を全力で押し付けてくるあたり、やっぱ偽善じゃん。ムカつく」

「……構いません。私が偽善者で、私のすることが偽善と思われようと、ユーちゃんが無事でいてくれるのなら。ユーちゃんが、危ない目に遭わないというのなら、私はどんな(そし)りも甘んじて受け入れます」

「だったらいくらでも罵ってあげるよ。自己満足で他人を不幸にする、クソ偽善者だってね」

「いい加減にしろ、実子。もう勝負は取り決められた。君が罵声を飛ばしたって、それは君と、勝負に臨むユーの品位を落とすだけだ」

「……くそったれ。わかったよ」

 

 霜ちゃんに諌められて、みのりちゃんは不承不承ながらも引き下がってくれた。

 

「ユーちゃんは、それでいい? お互いの望みすべてが叶うか、ひとつも叶わないか。どっちかで」

「……いいよ。勝った方の自由にする。好きなようにできる、だね」

「うん。じゃあ、勝負は今週末、土曜日だよ。場所は私たちの教室で」

「わかったよ」

 

 勝負の契約は締結された。

 そうしてローザさんは、教室を後にする。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ローザさんが帰った後の教室。わたしたちは、なんとなくその場にとどまっていた。謡さんは、先に生徒会のお仕事を片付けるって言って、出て行っちゃったけど。しばらく生徒会が忙しいみたいだけど、勝負の日には来てくれるそうです。

 週末の土曜日に、ユーちゃんとローザさんの勝負。勝った方が、好きなように望みが叶う……つまり、ユーちゃんが勝てば今まで通りなにも変わらず、ローザさんが勝てばユーちゃんはデュエマとわたしたちとの繋がりを失う。

 どちらにとっても負けられない、壮絶な姉妹ゲンカだ。

 

「しかしユー相手にデュエマで勝負とは、随分と思い切ったな。彼女、強いのか? 大した自信だったが」

「十回くらいデュエマしたら、八回くらいはユーちゃんの勝ちですよ!」

「雑魚じゃん」

「デッキ相性とかもあるだろうが、基本的にはやはり、ずっとデュエマを続けてるユーに一日の長があるってところか」

 

 ユーちゃん曰く、勝率はおよそ80%。

 ここぞという一回勝負でその数字がどれだけ信用できるのかはわからないけれど、それくらい勝ち越しているということなら、力の差は歴然と言える。

 

「そもそもの話なんだけど……ローザさんって、デュエマするの?」

「しますよ。お家にいる時は、ユーちゃんとデュエマしてくれました!」

「それ以外では?」

「たまに、お休みの日にワンダーランドで一緒に大会に出たりはしますけど……ユーちゃんが誘わないと、一緒に出てくれません」

「……あんま、積極的、じゃない……っぽい」

「まあ、毎日図書館にこもって勉強しているみたいだしね。予想通りと言えばそうだな」

「そんな生活のなにが楽しいんだか」

「実子みたいな享楽的で刹那的な人間には理解できないかもしれないが、世の中には知識を得ること、勉強することが楽しくて、それを趣味とするような人間もいるんだよ。彼女はそんなタイプだろう。本を読むことが楽しい感覚に近い」

「ふーん、陰気そうな人生だねぇ」

「そんなことより、今は目先の問題だ」

 

 そうだね。今日は水曜日だから、土曜日って言ったら、あと三日後だ。

 決着の日は、もうすぐそこまで迫っている。

 

「大丈夫ですって! ユーちゃんは負けませんよ! みなさんもいますから!」

「そうだね。ムカつきパワーで今回は私も全力サポートするから、じゃんじゃん頼って!」

「Danke! 実子さん!」

「…………」

 

 いつにも増して勢いのあるみのりちゃんに対して、霜ちゃんはどこか暗く、表情に陰りも見せていた。

 

「そう……どうした、の……?」

「いや、その……なんというか」

「なにさー、水早君。ここは皆で全力でユーリアさんをサポートするところでしょ」

「そうなんだが……正直、ボクはあまり、ユーの味方をすることに乗り気になれないんだ」

「うにゅ……っ?」

「え、なにそれ。裏切り?」

「違う。仮にも友人だし、肩を持ちたい気持ちはある。だが……今回の件は、どちらの意見が正しい、というものではない」

 

 そうだ。

 ユーちゃんがわたしたちと離れたくない、という気持ちは十分に理解できる。わたしだって、同じ立場なら同じことを言うかもしれないし、その気持ちは誰だって持っているもの。

 だけどその一方で、ローザさんのユーちゃんを守りたいという気持ちも、否定できない。わたしも、ユーちゃんやみんなを守りたいと思うし、そのために危険から遠ざけるというやり方は、必然だとも思う。

 どちらも正しくて、間違っていない。だからぶつかるし、決められないし、平行線になる。

 だから、勝負という方法でしか、望みが叶わないんだ。

 

「どちらの意見も正しいのなら、どちらに筋が通っているのか、だが……ボクは彼女の方が、筋を通していると思う」

「それは……まあ、確かに……」

「彼女は間違いなく、話し合いで解決しようと手を尽くしてきた。それもどこかの先輩のような狡さや悪辣さではなく、誠実で整然とした方法でだ。譲歩し、妥協し、相手のいも汲み取った上で交渉に臨んでいた。ボクは、その姿勢を称えたい」

「くそったれな偽善でも?」

「彼女も言っていたが、ボクらに彼女の行いの善悪を推し量ることはできない。それに、あまりユーを悪く言いたくはないが……君は、まったく彼女に気にかけていなかったじゃないか」

「にゅ……」

 

 霜ちゃんに指摘されて、ユーちゃんの表情が曇る。

 

「彼女はユーのことをワガママだと称していたが、その通りだ。相手が譲っているのだから遠慮しろ、だなんて言わないが、彼女の誠実さに、もう少し向き合っても良かったんじゃないか?」

「勝手な言い分だね」

「わかっているさ。だが、ボク個人としては、どうしても彼女の振る舞いを評価してしまう。謙虚で、誠実で、実直で、けれども己の根幹にある意志は曲げない。ただ無闇に我を通すだけではないあの生き様は尊く、素晴らしいと思うよ」

「ふーん。ま、それが他人への押し付けになっていなければ、私も少しは評価してたかもね」

「そういうわけだ、ユー。君もボクにとっての友人だし、君の気持ちを蔑ろにするつもりはない。けれど、ボクの気持ちとしては、あまり積極的に君を応援できない……ごめん」

「霜さん……」

 

 ……霜ちゃんも、辛そうだった。

 きっと本心では、霜ちゃんもユーちゃんと離れたくないし、デュエマも続けていたいと思う。

 だけど霜ちゃんは、みのりちゃんみたいに自分の気持ちをありのままにさらけ出すということはしない。自分のことでも、いつだってそれが正しいか、正しくないか、考えている。

 理屈と倫理。霜ちゃんはそれらで考えた結果として、ローザさんの方に気持ちが傾いたのだと思う。それは、わたしにもよくわかる。

 だから、ユーちゃんの友達として、とても辛い立場にいるはずだ。

 

「……そう、は……ユーを、助けない、ってこと……?」

「ボク自ら手を出すつもりはない。ただ、友人の頼みを無下にするほど不義理でもないつもりだ」

「?」

「かー! まどろっこしい少年だねぇ! もっとストレートに言えばいいのに!」

「すまない。ボクは君のような単細胞とは違って、繊細で思慮深く生きているんだ。自分に嘘はつけない」

「繊細、って……それ……自分で、言う……?」

「どーゆーことですか?」

「つまりねユーリアさん、水早君にはこう言えばいいんだよ「そーちゃん、ユーちゃんを手伝って☆(キラッ」って」

「なるほどです! そーちゃん、ユーちゃんを手伝ってください! キラッ!」

「口で言った……」

「いや、まあ、頼まれたら力を貸すこともやぶさかではないが……その呼び方は、ちょっと気恥ずかしいな」

「えっ? わたしは?」

「はっ! そーちゃんって呼び方、ユーちゃんっぽいです! 霜さんもお仲間……これからは、そーちゃんさんですね!」

「やめてくれ」

「……なに、この……コント……」

 

 とまあ、そんな感じで。

 ユーちゃんの、ローザさん対策が、ぐだぐだながらも始まりました。

 

「つっても、八割で勝ち越してるんじゃ、対策とかいらなくない?」

「しかし約束の日まで時間もある。どうせやることもないし、思考することは決してマイナスにはならないだろう」

「まあ……確かに……」

「それでユー、彼女ってどんなデッキを使うんだ?」

「ローちゃんはですねー、光文明をよく使います!」

「光、か」

「光といえば、恋ちゃんだよね」

「ん……」

 

 わたしたちのなかで、一番よく光文明を使うのは恋ちゃんだ。

 逆にわたしは、全然使ったことないや……

 

「ですです。戦術も、恋さんにちょっと似てます! シールド増やしたり、ブロッカー出したり」

「まあ、光の基本戦術だな。で、ユーのデッキが?」

「これです」

 

 ユーちゃんは、ポンッと自分のデッキを机に置いた。

 それは、昨晩も使っていた、闇と火の侵略デッキだ。

 

「黒赤ドルマゲドンか。安価版というか、ビート寄りだけど」

「《タイガニトロ》とか抜いて、《キル・ザ・ボロフ》なんかを入れたやつね。まあ高いしね、《ニトロ》」

「《ブラックアウト》すら入っていないとは驚きだな」

 

 最近よく使ってる、《ドルマゲドン》を切り札にしたデッキ。他にも《キラー・ザ・キル》《キル・ザ・ボロフ》《デッドゾーン》など、切り札になり得るカードが多く、攻撃力も除去能力も極めて高い。

 しかも、S・トリガーが多かったりするから、防御力も意外と高いんだよね。

 

「相手の使用デッキがどんなものかはわからないが、光ならわりと有利……なのか?」

「《タイガニトロ》があればコントロール相手にはめっちゃ有利なんだけどねー。ただぶん殴るだけなら、盾厚いデッキはちょいキツイかも」

「だが、実際ユーは勝っているんだろう?」

「Ja! ブロッカーは全部破壊しちゃいますし、シールドを増やされても《ドルマゲドン》で逆転です!」

「すごいけど、そんな簡単にいくものなの?」

「……たぶん……カード資産の、問題……」

「ユーが一方的にパワーカードを押し付けるから勝てている、ということか」

 

 強いカードを持ってるから強い。なんだかあまりいい風には聞こえないけど、それが真理でもあるのだと思う。

 ユーちゃんがローザさんに勝てている理由の一つはそれだろうと、霜ちゃんは言った。

 

「勿論、ユーはボクらと日常的にデュエマをしている。だから純粋にユーの方がプレイングスキルが高いこともあるだろうが」

「……ドルマゲドンって、プレイング、難しい……って、聞いたような……」

「さて、ボクはドルマゲドンって使ったことないんだが……誰か、プレイング知ってる?」

「知らない……」

「わ、わたしも、わかんないや……ごめんね」

「私は《ギョギョラス》入れたタイプなら使ったことあるよ。《ドゴンギヨス》から《ライボット》に繋げて《ギョギョラス》とか、《キル・ザ・ボロフ》着地させてから《ギョギョラス》とか」

「どう考えても君以外の誰も使わない変態型だな」

「《ライボット》って、なに……? そんなクリーチャー、いた……?」

 

 よくわからないけど、みのりちゃんは相変わらず《ギョギョラス》でした。

 

「まあ、《キル・ザ・ボロフ》入りという点では、ユーのそれには近いか?」

「よしっ! じゃあ私がユーリアさんにドルマゲドンのプレイングを伝授してしんぜよう!」

「Oh! Danke! 実子さん!」

「……大丈夫なのか?」

「ユーも、経験値不足……否めない、し……やらないより、マシ……?」

「デッキのカードを弄ろうにも、カードはこのデッキしかないみたいだし、他に手はないか。できることなら、《ニトロ》や《ブラックアウト》を投入したいが、あれも環境を見た場合で一長一短あるからな。ずっと握っていた、使い慣れた形の方がいいということもある。特にユーの場合は」

「感性派……」

 

 デッキが手に馴染むとか、ずっと使い続けたらデッキが応えてくれるとか、デュエマではそういうオカルトみたいな考え方があるみたい。

 わたしにはそういう感覚も理論もよくわからないけれど、要するに、ずっと使っているデッキは使い方が身体に染み付いているものだから、無意識で最善の結果を選べる、ということだと霜ちゃんは言います。

 

「別にずっと同じデッキを使ったからって、ドローがよくなるわけじゃないからね」

「お? 毎回毎回、まったく違うデッキに浮気してる水早君は、言うことが違うねぇー」

「君だって《ギョギョラス》以外のパーツはまるっと変わるじゃないか。そんなんだから、肝心な時に切り札に裏切られるんだ」

「やっば、否定できないじゃん……」

「この前も……《ボルドギ》で、《ギョギョラス》、捲ってた……」

「遂に私も相棒を手放す時か……」

「えっ!? そんなあっさり!?」

「勝てないんじゃあ持ってても仕方ないからね」

「ドライだな。ある意味、正しいけど」

 

 もちろん、冗談だったけど。

 わたしが《エヴォル・ドギラゴン》を使い続けているように、みのりちゃんも《ギョギョラス》を使い続けている。

 デッキ自体は変わっていくけど、切り札自体は、ずっと変わらないままだ。

 

「なんにしても、だ。相手のデッキがどう来るかもわからないし、だからって下手にデッキを変えるよりは、ユーは今のデッキの力を引き出させる方がいいだろう」

「Ja! お願いします、実子さん!」

「オッケー! とことん相手してあげるよ!」

 

 というわけで。

 みのりちゃんを中心に、ユーちゃんの特訓が始まったわけだけど……

 

(なんだか、もやもやするなぁ……)

 

 私の胸の内には、なにか靄がかかったような感じで、スッキリしませんでした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 彼女は闇の中へと行ってしまった。

 私は恐ろしかった。その闇が。暗闇の先の未知が。

 だから手を伸ばせなかった。彼女を引き留められなかった。

 だから、彼女をたった一人で、未知なる暗闇へと、送り出してしまった。

 あの日から、いつまでの私の中で燻っている、怒り、悲しみ、そして後悔。

 彼女の意思を尊重したい。そんな言い訳をしながら、私はあの日の自分の罪から目を逸らしていた。

 私たちも、やがて大人になる。過干渉かもしれないし、あの時みたいなことは、もうないだろうと、根拠もなく希望的観測でものを見ていた。

 しかしそれは間違いだった。あんな、私の理解を超えた脅威を目にしてから、私は認識を改めた。

 私は罪を償わなくてはならない。彼女を守るという責任で以って、贖罪を果たさなければならない。

 このままでは、私は本当に大切なものを失ってしまう。

 唯一無二の妹を。血を分け、姿を映した、最愛なるもう一人の自分を。

 それだけは、絶対に許せない。

 だから私は彼女を守る。たとえ、彼女の笑顔を引き裂いてしまうとしても。

 その辛苦さえも背負って、使命を果たしてみせる。

 もう二度と、あの時のようなことは、起こって欲しくないから――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 金曜日。

 ユーちゃんの家出生活三日目……四日目? まあ、どっちでもいいんだけど、その最終日。

 明日になったらすべてに決着がつく。そうなったら、ユーちゃんももう、この家から出て行くことになる。

 ……よく考えたら、別に勝負の日に合わせて家出をやめる必要ってないよね。今更だけど。

 結局、今日までユーちゃんは大したことはしなかった。カードはデッキ一つだけで、これを改造している様子もなかった。

 一応、今のデッキを使いこなす練習として、みのりちゃんの指導を受けながら対戦したり、みのりちゃんの家でなにやら怪しいことをしてたけど、その程度だ。

 霜ちゃんは「相手の出方がわからないなら、下手に対策を打つよりも、ユー本人の地力を伸ばす方が有効だ」って言っていたけれど……なんだか、不安が拭えない。

 それは、ユーちゃんが勝つとか負けるとかじゃなくて、もっと根本的なことのような気がするけど……わたしはそれを上手く言葉にできない。

 ただ胸の内側が、もやもやするだけだ。

 

「わっふー! にゅぅーん……ふわぁ、ふかふかです!」

「くすぐったいよ、ユーちゃん……」

 

 そんな不安を抱えながらの夜。またしても、二人一緒のお風呂だった。

 ユーちゃんとのお風呂も、これで最後……かな? 少なくとも、私の家で入るお風呂はたぶん最後です。

 ユーちゃんは毎晩毎晩、お風呂の時と寝る時に、私の胸を枕にするので、ちょっとくすぐったくて苦しいです。

 今日もわたしの膝の上に乗っかって、背中をこちらに向けて寄りかかってきた。ユーちゃん、背がちっちゃいから、わたしの胸のあたりにちょうど頭が乗る構図になる。湿った髪からシャンプーの匂いが漂ってくる。わたしのシャンプーだけど、なんだかユーちゃんのキレイな髪と合わさると、すごくいい匂いに感じるから不思議だ。

 明日が大事な勝負の日だなんて微塵も思わせないほど、ユーちゃんは気楽な様子だった。プレッシャーになっていないのなら、それはいいことなんだけど……なんだか、不安だ。

 

「小鈴さんのお家、とってもgut(いい)ですね! ご飯はおいしいですし、Mutter(お母さん)は優しいですし! ユーちゃん、とっても楽しかったです!」

「そう……それは、よかったよ」

「それになにより、お風呂が一番好きです! ふかふかなので!」

「それ、普通はお風呂に抱く感想じゃないよね……」

 

 ユーちゃんが喜んでくれるのは嬉しいけど、これ、結構恥ずかしいんだよ? ユーちゃん、容赦なく触ってくるし、顔も埋めるし、枕にするし。

 みのりちゃんの悪影響を受けているとしか思えないくらいに遠慮がない。みのりちゃんみたいに、いやらしくはないけども。

 ご満悦の表情で背中を預けるユーちゃんに視線を落とす。思えば、眼下に自分の胸ではなく人の頭があるというのは、なんだか新鮮だ。

 ユーちゃんは緩みきった表情で、気持ちよさそうにしている。

 

「…………」

「うにゅ? どうしました? 小鈴さん」

「なんかユーちゃんって……」

 

 なんとなく、顎の下に手を伸ばしてみる。

 さわさわと、すべすべの肌を撫でまわす。

 

「うにゅ、うにゅにゅっ。わふぅ……く、くすぐったいですよ、小鈴さんっ」

(かわいい……)

 

 犬みたい。

 耳でも生えていたら、ピコピコ動いていそうだ。

 ユーちゃん、髪だけじゃなくて肌もキレイでツルツルのすべすべだし、ずっと撫でまわしていたい。

 

「……わたしに妹がいたら、こんな感じなのかなぁ」

「にゅっ? 小鈴さんが、ユーちゃんのお姉ちゃんですか?」

「あっ、ごめん。口に出てた?」

 

 失言だったかも。ただでさえ、ユーちゃんはお姉さんと……ローザさんと難しい関係なのに、無神経だった。

 

「Oh! それもいいですね! 小鈴さんがユーちゃんのお姉ちゃん! 素敵(シェーン)です!」

 

 と思ったけど、それは杞憂だったみたい。

 ユーちゃんはキラキラと目を輝かせていた。

 

「小鈴さんがお姉ちゃんなら、ユーちゃんのBrustもきっと……」

「ブルスト?」

「これです!」

 

 ユーちゃんはキラーン! と目を煌めかせると、急にこちらに振り返る。そして、わたしの胸を鷲掴みにした。

 

「ちょ……っ!? ちょっとユーちゃん!?」

「ふわぁ、やっぱり小鈴さん、もちもちふわふわで、おっきいです……!」

 

 さらに顔を埋める。流石に恥ずかしいし、ちょっとこそばゆい。

 なんだかユーちゃん、やけにわたしの胸に執着してるような気がするけど、気のせいだよね?

 

「わふぅ、気持ちいーです……ユーちゃんもこのくらい欲しいです」

「絶対に大変だからお勧めしないよ……というか、ユーちゃんも結構あるよね、胸」

「にゅ? そうなんですか?」

 

 ふに、とちょっと失礼する。

 うん、やっぱりある。

 

「なんと、ユーちゃんにも小鈴さんと同じものがあるなんて!」

「女の子だからね、大なり小なりあるよ。恋ちゃんとかみのりちゃんは、本当にないけど……」

 

 二人はもう少し、ちゃんとご飯を食べるべきだと思う。恋ちゃんなんて骨が浮き出てるし。

 

「ユーちゃんの場合、身体がちっちゃいわりに、って感じだね」

「小鈴さんと同じですね!」

「……そうだね」

 

 ユーちゃんのことだから悪気はないんだけど、ちょっと悲しくなる。

 どうしてわたしは、身長だけ伸びないんだろう……いつまでたっても150cmに届かなくて、とても悲しいです。

 

「なんにしても、ユーちゃんもそろそろ必要かもね、上」

「にゅにゅ! 小鈴さんがいつも付けてる、えっちなやつですね!」

「えっちじゃないよ!? 普通だよ! 必要な人はみんな付けてるよ!」

 

 なんてことを言うのこの子は! と思わず声を荒げてしまったけど、自分が身に付けているものを思い出す。

 

「……いや、ごめん。えっちかもしれない……でも仕方ないじゃない、サイズが……サイズがないんだから……同年代と比べて、大人っぽいものを選ぶ羽目になるのは、仕方ないんだよ……それにわたしだって、ちょっとくらいは大人っぽいものに憧れたりとか……もにょもにょ」

「小鈴さん? どうしたんですか? 悲しいんですか? 嬉しいんですか?」

「な、なんでもないよ、ユーちゃん……」

 

 これ以上この話を続けるの恥ずかしいので、閑話休題とさせていただきます。

 けれどそれっきり、会話は途切れてしまった。

 わたしはユーちゃんを膝に乗せて抱っこするような姿勢のまま、たまにユーちゃんの顎の下を撫でたりしながら、ぼぅっと湯船に浸かっている。

 そんな沈黙が続く中で、ユーちゃんがそれを打ち破る。

 

「小鈴さん」

「なに、ユーちゃん」

「小鈴さんは……もうなにも、聞かないんですか?」

「なにを?」

「ユーちゃんと、ローちゃんのこと」

「…………」

 

 気には、なっていた。

 姉が妹に……ローザさんがユーちゃんを大切に思うことに、理由なんていらない。わたしはそう思う。

 けれどローザさんは教室で、ユーちゃんと激しく言葉を交わした時「“あの時”と同じ奇跡が、また起きるとは限らない」と言った。

 あの時がどんな時で、その奇跡とはなにか、まったくわからないけれど。

 過去に二人の間でなにかがあった。それだけは、確かだ。

 そして、ローザさんがユーちゃんを大切にしようとする理由は、きっとそこが原点なのだと推測できる。

 

「やっぱり、小鈴さんにはちゃんとお話しします」

「……いいの?」

「いいんです。隠してたわけじゃないですから。ユーちゃんは言わなくてもいいかなって思ってたんですけど、ちゃんと考えました。それで、たぶんこれは言わないとダメなことだって、思いました」

 

 言わなくてもいい。だから言わなかった。

 それはつまり、言うまでもないこと、だとユーちゃんは思っていたということ。

 けれどローザさんの口振りからするに、それは決して小さな出来事ではないと思う。少なくとも、ローザさんの気持ちなんらかの形で動かして、行動に反映させる程度には。

 でもユーちゃんは、そこまでのことだとは思っていない。重い内容で、言えなかったから言わなかったのではなく、言うほどのことではないから言わなかった。

 ユーちゃんとローザさんの間で、その出来事に対して認識にずれがある……? いや、認識というより、受け取り方?

 ユーちゃんはわたしに背中を向けながら、いつもよりも大人しく、だけれど決して悲愴さも重苦しさも感じさせない、自然体のまま、語り出した。

 

「実はですね。ユーちゃん昔、ユーカイされちゃったことがあるんです」

「ゆ、誘拐!? ……って、あぁ、そういえばあったね、そんなことも」

「Nein。もっと昔、ユーちゃんがドイツにいた頃です」

 

 春頃、ロリコンさんのクリーチャーに誘拐されたことではなかったようです。

 ドイツで誘拐。それはつまり、クリーチャーによるものではなく、人の手による犯罪。

 ユーちゃんは、それに巻き込まれたことがある……?

 

「ユーちゃんは、気になることがあると、すぐそれを追い掛けちゃうんです。その先がどうなってるのか、どんなものがあって、どんな世界が広がっているのか。それが気になって、知りたくて、どうしても見たくて、みんなが困るってわかっても、ついつい行っちゃうんです」

「……ごめん、ちょっと想像つく」

 

 ユーちゃんは元気いっぱいだから、すぐにどこかに走って行っちゃう姿は、簡単にイメージできた。

 そしてその気質は、昔から変わっていないみたい。

 

「それで、昔からローちゃんや、MuttiやVatiを困らせてました。野に山に森に湖……色んなところに行っては、家族からはぐれて、心配させちゃうことばっかりで、いっつも怒られちゃったんですよね」

「あはは、ユーちゃんらしいや。ユーちゃんは昔から変わらないんだね」

「Ja.でも……もしそれが、少しでも変わったことがあるのなら、それはたぶん、あの日のことです」

 

 どこか遠くを見つめるような眼差しで、天井を仰ぎ見るユーちゃん。

 

「あの日は、ローちゃんと二人でお出かけしてました。町のあちこちを、探検してたんです」

 

 そして、語り出した。

 恐らくは、ローザさんのユーちゃんに対する強い気持ちの、原点について。

 

「最初はちょっとした冒険のつもりで、満足したらすぐ帰るつもりだったんです。でも、ユーちゃんその時、行っちゃいけないって言われてたところに入っちゃっって……MuttiやVatiから、危ないから言っちゃダメって言われてた通りなんですけど……その先がどうなっているのか、どんな場所に繋がってて、なにがあるのか、ユーちゃんは見たかったんです」

 

 それは好奇心。

 人によっては恐怖になる“未知”に、向かって行こうとする気持ち。

 わたしからすれば、ダメだと言われている場所に踏み入ることも、知らない場所を訪れることも、怖くてできそうにはないけれど。

 ユーちゃんにとって未知とは、楽しさに繋がるもの。だから知らない場所とは、冒険の舞台であり、宝の地図に記された島のようなもの。

 けれどそこにあるのは必ずしも、夢や希望だけではない。

 むしろ、現実はそんなキラキラしたものなんて存在しないことの方が、ずっと多い。

 

「ローちゃんにも止められました。行っちゃダメって、MuttiやVatiがダメって言ったんだから、約束は守らなきゃダメだって。でもユーちゃん、どうしても気になって……ローちゃんを置いて、一人で行っちゃったんです」

「そ、それで……?」

「知らない男の人に、知らないところに、連れて行かれちゃいました」

 

 それはつまり、誘拐。人さらい。

 日常が非日常に切り替わる瞬間。

 

「その時は幸運(グリュック)でした。とっても強くてカッコいいSiegfriedが助けてくれたので……でも、そうして帰った日には、怒られませんでした」

 

 怒られなかった。それはつまり、悪いことをした罰ではなく。

 怒りよりも勝る、辛さや悲しみがあったということ。

 

「ユーちゃんはその時、はじめて……ローちゃんを泣かせちゃったんです」

「…………」

「流石にユーちゃん、反省しました。自分が悪いことをしちゃったって、ちゃんと理解しました。それに、ローちゃんを泣かせちゃダメだって、思いました。だから、それからは……ちょっとは、ガマンするようにしてるんです」

 

 わたしは、四月にはじめてユーちゃんと出会った。わたしが知っているユーちゃんは、それ以降のユーちゃんだけ。

 本当のユーちゃんは、きっと今よりもずっと行動的で、公式心旺盛で、自分に正直なんだろう。

 それが悪いとは言わない。それもまた、ユーちゃんの姿の一つだと思う。

 けれどそうあった結果が、現実として存在する。それは、揺るぎない事実だ。

 

「ユーちゃんだって、ローちゃんが悲しむのは、イヤです。ローちゃんが泣いているところは……見たく、ないです」

「……ユーちゃんも、ローザさんのこと、大切に思ってるんだね」

「Ja……ローちゃんは、ユーちゃんの大切な、お姉ちゃんです」

 

 にこやかに微笑むユーちゃん。

 みのりちゃんはああ言ってたけど、ローザさんの気持ちは、決して一方通行ではない。

 ユーちゃんはちゃんと、ローザさんの気持ちを理解している。そしてユーちゃんもまた、ローザさんを理解している。

 お互いにお互いを思いやれる、いい姉妹だと思った。

 でも、とユーちゃんは続ける。

 

「だからって小鈴さんたちと離ればなれになったり、デュエマをやめるのは、違います。それは、それだけはイヤ、です……!」

「ユーちゃん……」

「ユーちゃんはワガママな子です。悪い子です。だからMuttiにVati、ローちゃん、それに小鈴さんたちも困らせちゃいます。誰かが悲しむことになっちゃいます。ユーちゃんのせいで、そういう“お話”になっちゃったんです」

 

 ユーちゃんの声は、少しだけ、震えていた。

 小さな身体も震わせて、暗中で道を見失い、途方に暮れたように、普段の彼女からは考えられないような、弱音を吐く。

 

「小鈴さん……ユーちゃんは、どうしたらいいんですか……?」

 

 ユーちゃんは、わかっているんだ。

 たとえ明日の勝負、誰が勝ったとしても、必ず“誰かが傷つくことになる”と。

 わたしたちは一応、立場上、ユーちゃんを応援しているけれど……霜ちゃんが言うように、ローザさんの気持ちも理解できるし、彼女の振る舞いを蔑ろにはできない。

 明日行われるのは、勝負なんだ。勝った方はすべてを手に入れ、負けた方は大切なものを失う。そんな、残酷な取り決めを果たさなくてはならないんだ。

 ユーちゃんが勝ったら、ローザさんはユーちゃんを守れなかったと悔やみ、悲しむだろう。ローザさんが勝ったら、ユーちゃんはわたしたちと引き剥がされ、大好きなデュエマも失って、やっぱり悲しむと思う。

 どっちが勝っても、どっちが負けても、その先にあるのはどちらかの悲しみと苦しみだ。

 だったらどうすればよかったか、なんてわたしにはわからない。どちらの主張も理解できる。妥協も譲歩もできないのなら、勝負で白黒つけるしかない、という謡さんの提案も間違っていない。

 どこにも間違いがなくて、正解しかない。だけど一つの正解は、なにかの間違いになる。

 あちらを立てれば、こちらが立たず。

 わたしたちは結末を選ばなくてはならないけれど、その選択はとても残酷だ。選べないと、選びたくないと、投げ出したくなるほどに。

 そんな絶望の中で、わたしが真に望む希望があるとすれば、それは――

 

 

 

「わたしは……みんなが幸せになれる結末が、いいな」

 

 

 

 ――甘ったるいくらいの綺麗事で、絵空事だ。

 

「ローザさんの気持ちはよくわかる。わたしも、ユーちゃんには傷ついて欲しくないもん。だけどユーちゃんの気持ちも大事にしたい。ユーちゃんは、わたしたちの大切な友達だもん」

 

 わたしには、選べない。なにも選ばないし、選ぶことができない。

 だからわたしにできるのは、理想を語ることだけ。選択肢にはない、自分にとって都合がいいだけの空想を、ぶちまける。

 

「わたし、前に言ったよね。本当は、みんなと一緒に戦うのって、イヤなの」

「言ってました。戦いにユーちゃんたちを巻き込むのが、イヤなんですよね……小鈴さんは、優しいです」

「ありがとう、ユーちゃん。わたしにとってこの気持ちは、根っこみたいなものなの。みんな、わたしの友達だもん。ただ一緒に遊んで、笑っていたいだけなのに。辛いこととか、苦しいことまで一緒なんて……わたしは、それをみんなに押し付けちゃってるみたいで、イヤ、だから」

「小鈴さん……」

「でも、最近はちょっとだけわかるよ。辛いことを一人で抱えたがるのは、わたしのエゴなんだって。みんなは、憐みとかでわたしと苦労を分かち合ってるんじゃないんだって。きっとみんな……やりたいから、やってるんだよね」

 

 今でも申し訳なさはあるけど、それを止めようとは思わない。

 きっとそれは、みんなの気持ちを、みんなの覚悟を、踏み躙ることになっちゃうから。

 

「霜ちゃんは責任感が強いけど、その責任を重荷じゃなくて、力に変えてるよね。わたしのお姉ちゃんもそういうとこあるから、わかるんだ。お母さんは「責任感ある仕事ができる自分に酔ってる」なんて皮肉を言うけど、それってすごいことだよね。本当は辛いことなのに、それを辛さじゃなくて、楽しさや充実感に変えちゃうんだから」

 

 いっつも眉間に皺を寄せながら苦言を呈する霜ちゃんだけど、結局はなんだかんだで一緒にいてくれる。

 

「みのりちゃんも、楽しそうだよね。なにをする時も笑うし、怒るし、すごく生き生きしてる。前はあんなんじゃなかったのに、おかしいよね。キャラ変わりすぎだって。でも、あれが本当のみのりちゃんで、わたしに本当の姿を見せてくれると思うと、嬉しいんだ」

 

 ちょっと過激なところはあるけどね。でも“なんとなく”友達だった頃よりもずっと楽しくて、仲良くなれた。ちょっとケンカもしちゃったけど、その結果として今がある。わたしは、それが嬉しい。

 

「恋ちゃんはよくわからないけど……でも、義務感、って感じじゃないよね。いや、義務的なのかもしれないけど、無理をしてないっていうか。自然体で、ここぞという時に、力を貸してくれる」

 

 いまだに謎が多い恋ちゃんだけど、わたしが悩んで足を止めてしまった時に、その後を追って、力を貸してくれた。

 

「わたしは、そんなみんなが好きだよ。もちろん、ユーちゃんも」

「うにゅ……」

「みんなが、みんならしく、あるがままの姿でいること。わたしは、そんなみんなが好き。そういう友達でありたい。だから……」

 

 そんな“みんな”が、欠けて欲しくはない。

 きっとこのままでは、明日の勝負の結果が出てしまえば、みんなの“あるがまま”は、消えてしまう。

 それはわたしも、イヤだ。

 だからわたしは、みんながみんならしいまま、みんなが幸せになれるハッピーエンドを望む。

 誰かが苦しんだり、悲しんだり、傷ついたりする終わり方は、望まない。

 みんな一緒にいて、それぞれが幸せになれる。

 わたしが望むのは、そんな物語だ。

 そしてそれは、もちろん、わたし自身の望みだって。

 

「……イヤだよ、ユーちゃん」

「小鈴さん……」

 

 ギュッ、と。ユーちゃんの白く華奢な身体を、抱きしめる。

 

「わたしだって、ユーちゃんと離れ離れになっちゃうのは、イヤ、だよ……わたしも、もっとユーちゃんと一緒に遊びたい。一緒にパン食べて、お喋りして、デュエマしたいよ……!」

 

 もし、わたしがワガママを言うのなら。

 それは、ユーちゃんと同じだ。

 離れ離れになりたくない。デュエマもやめて欲しくない。ずっと一緒で、ずっと楽しく遊んでいたい。

 それだけだ。

 

「みのりちゃんの時もそうだった。恋ちゃんや、ユーちゃんや、霜ちゃん……みんなと仲良くなったけど、なにかがずっと欠けてる感じがした。それで、みのりちゃんと大ケンカして、その欠けたものがみのりちゃんのことだって、わかったんだ。わたしにとってのみんなは、みのりちゃんもいる。わたしはもっと、みのりちゃんとお喋りして、パンを食べて、お出かけして、遊びたいって。だから……」

 

 それが、わたしの一番の望み。

 みんながここにいる日常。ただ笑っているだけでいい。ただ楽しいだけでいい。争いも、戦いも、なにもない。平和で平穏な世界。

 わたしはただ、みんながいればいい。

 

「だから、誰も欠けて欲しくない。なにかを失うのはイヤ……」

 

 だって、だって――

 

 

 

「――わたしも、みんなと一緒にいたいもん」

 

 

 

 ほとんど泣き言だった。

 わたしもワガママを言っている。今のままがずっと続いて、みんなとずっと一緒にいて。そして願わくば、ローザさんも傷つけたくない。

 わたしの願いは、結果的にローザさんを悲しませてしまう。それさえも、許したくない。

 こんなこと、いくらわたしが願ったところで、どうしようもないのに。

 そんな手の届かない願いに縋って、駄々をこねている。

 

「みんな……一緒……みんな、ですか……」

 

 ユーちゃんは、どこか遠くを見つめて、わたしの言葉を反芻していた。

 

「……そうですね。みんな一緒が一番、ですよね」

 

 そしてユーちゃんは、ザバッと、急に立ち上がった。

 

「ゆ、ユーちゃん?」

「小鈴さん」

 

 そして、振り返って――真剣な眼差しで、希う。

 

 

 

「お願いが――あります」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――いよいよ明日だね」

「はい。三日間、ありがとうございました」

「明日は私たちも行っていいの? っていうか私、部外者だけど入れるのかな?」

「入れますよ。なんだったら、こちらで手配しておきますけど」

「お、さっすが。あの子らが頼るにするだけあって、気が利くね。それじゃあお願い」

「お二人とも、いらっしゃるんですか?」

「たった三日とはいえ、教え子の晴れ舞台だもんね。やっぱ行きたいよね。人に教えるなんて、妹の時以来だし」

「そうですね。せっかくですし、行きたい気持ちは同じです。個人的に、気になることもあるし」

「……そうですか。あまり、楽しいものは見せられないと思いますが」

「野次馬のつもりはないし、君を試そうってわけでもない。あくまで個人的な観戦だよ。だから君はこっちのことは気にせず、君の全力を出すといい」

「はい……頑張ります」

「まあ、いい感じに調整はできたと思うし、練習通りやればなんとかなるさ。デッキは仕上がったし、相手に合わせて完全にチューンできてる」

「プレイングもここまで扱えれば十分だ。ただ、実戦だとタイミングが重要だし、引き次第では臨機応変な対応が求められるけど……大丈夫?」

「絶対とは言えませんが、できなければ私が負けるだけです。やります」

「いい心意気だね」

「やはり経験では、どうしたってあちらに分があるけど……君には、君だからこその武器がある」

「普通にやってたらまず勝てないだろうけど、あなたが勝てる要素があるとすれば、その武器を生かした一点突破だけ」

「そう、ですね……ごめんなさい。なのに、変なワガママを言ってしまって」

「いいさ。だってそれが、君の“覚悟”なんだろう?」

「……はい」

「なら、それを尊重するのは当然さ。なにがあったのかはわからないけれど、これはただの勝負ではない、大切な一戦のようだからね」

「はい。本当に、ありがとうございました。いきなり押しかけてきた私に、ここまでしてくれるだなんて……この恩は忘れません」

「大袈裟だねぇ。気にすることないのに。半ば仕事みたいなものだし、私も久々にいいデッキを組めたし、まあこっちも楽しかったよ」

「なんだかすべてが終わったような空気ですけど、まだ終わっていませんよ。まだスタートライン。本番は、明日なんですから」

「おっとそうだった。それじゃあ、頑張って――ローちゃん」

「はい――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 来る土曜日。

 ローザさんとの勝負の日。この日で、ユーちゃんとローザさん、二人を中心とした問題に、決着がつく。

 わたしたちが教室に着く頃には、既にローザさんがいた。

 

「待ってたよ、ユーちゃん」

 

 だけど、それだけじゃない。

 

「ローザさん……っ、と。え……!?」

「ウッソでしょ!?」

 

 思わず、目を見開く。

 ローザさんの後ろに控えている、二つの人影。

 それはどちらも、わたしたちのよく知る人物。

 その二人を目にして、恋ちゃんと謡さんが、真っ先のその名を呼ぶ。

 

「つきにぃ……」

「姉ちゃん!?」

 

 そう――剣埼先輩と、詠さん。

 ローザさんの後ろに控えるように、二人がいた。

 土曜日なのだから、特別な用事がない限り、一般生徒は校舎にはいないはず。ましてや一年生の教室に三年生だなんて、普通じゃない。

 剣埼先輩はまだ、学援部の活動かもしれないと思えるけど、詠さんは高校生だ。まず、中学校にいるはずがない。

 考えられる可能性があるとすれば……

 

「よ、詠さんって、もしかしてうちの高等部の先輩だったり……?」

「いや、姉ちゃんの高校は雀宮だよ。中学も東鷲宮っていう、別の中学だったし……なんでここにいるの? というかそれ私の制服! 勝手に着ないでよ!」

「あはは、ごめんね。サイズピッタリだし、守衛さんに怪しまれたくないからさ。今日だけ許して」

「自分の姉が、自分の制服でコスプレしてるとか、酷いブラックヒストリーだよ……」

「コスプレじゃなーい! 今日は教え子の晴れ舞台なんだから、師匠として見に来るのは当然だよ!」

「教え子ぉ?」

「師匠……?」

 

 それって、もしかして……

 

「皆さんのご想像の通りです。剣埼先輩と詠さん、私は二人に教えを乞いました」

「……!」

「……つきにぃ……」

「お二人共は、こんな得体のしれない勝負事に首を突っ込んだんですか?」

「まあ、ね。学援部の部長として、うちの生徒の悩みを無下にすることはできない。正直、なにがなんだかよくわからないけど、とりあえずデュエマで決着をつけるから、指導してほしいと頼まれた。なら、俺はその願いに応じるだけだ」

「私も概ねそんな感じ。絶対に負けられないからってね。まあ、やったことと言えばちょっとしたテクニックとデッキの動かし方を教えたくらいだけど。あとカード貸したくらい?」

「カードまで!? 姉ちゃん、流石にそれはずっこくない!?」

「ずっこくない。謡だって、私のカード使ってデュエマしてるでしょ」

「むぐぐ……!」

「資産も自分の力だと思いますけどね、ボクも」

「でも、水早君も、お兄さんのカード使ってデッキを組んでるんだよね? 水早先輩から聞いたよ」

「ぐっ、あのバカ兄貴、余計なことを……!」

 

 一瞬で説き伏せられる謡さんと霜ちゃん。

 二人の口が封じられちゃったら、後はもう、みのりちゃんが屁理屈こねるくらいしか、口論で勝てる見込みはありません。

 

「そもそも、これは力の競い合いじゃなくて、決め事を果たすための勝負なんでしょ。だから両者平等にする必要はないけど、だからこそ、カード資産という劣勢に対して、力を貸すのは卑怯とは言えないよ」

「まあ、勝負の取り決めが成された時点で、二人の間には、カード資産でもテクニックでも、大きな差があったようだからね。俺たちは部外者、だからこそ、情で不平等なことだってするよ。せめて、二人のデッキパワーくらいは、同程度に持ってきたいという情でね」

「……なんてこった」

 

 予想外の二人の存在に、霜ちゃんは頭を抱える。

 

「まずいな、まさか考え得る限り最強クラスのトレーナーにセコンドを揃えてくるとは思わなかった。これで準備段階では、ユーにかなり不利がついたことになる。あの二人がいるんじゃ、実子のティーチングなんて足元にも及ばないぞ」

「なんだとぅ」

 

 剣埼先輩は、わたしにデュエマを教えてくれた人。

 詠さんも、謡さんがデュエマを始めるきっかけとなった人で、今でも謡さんのデッキ構築を助けている。

 そんな二人に指導されたローザさんは、どれほど強くなっているのか……

 

「まさかこんな切り札(ワイルドカード)を切ってくるとはね。どうやら彼女の覚悟を甘く見ていたようだ。デッキ、プレイング、実力……最初にユーが言っていた評価が180度ひっくり返るぞ」

「大丈夫ですって。ユーちゃんがローちゃんに負けるはずありません! ユーちゃんには、みなさんがついていますから!」

「それはどうかな。私だって本気なんだよ、ユーちゃん。あなたに勝つために、本気で準備してきたの。そんなお気楽にやってたら、負けちゃうよ」

 

 確かに、わざわざこの日のために、先輩と詠さん、決して繋がりが強いとは言えないだろう二人を引っ張っている。それはつまり、ローザさんがこの勝負に賭ける本気の程を表していた。

 なんとしてでも勝つ。そんな、強い意志を。

 

「最後に確認だよ。私が勝ったら、危険なことはやめてもらう」

「わかった……ユーちゃんが勝ったら、みんな一緒だよ。ずっと」

「うん、いいよ。ユーちゃんが勝てたら、伊勢さんたちと、ずっとデュエマで遊んでいればいいよ」

「…………」

 

 ピリピリとした張り詰めた空気の中、二人はデッキをシャッフルする。

 超次元ゾーンにカードはない。山札を混ぜ、シールドを展開、手札を引き揃える。

 これで、準備完了だ。

 

「じゃあ、始めよう。ユーちゃん」

「……Ja」

 

 そして遂に、始まる。

 ユーちゃんとローザさん。二人による、壮絶な姉妹ゲンカが。

 

 

 

Beginnen wir mit dem Spiel(デュエマ・スタート)!』

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユーちゃんとローザさんの対戦。

 ユーちゃんのデッキは、この前も使っていた闇と火の侵略デッキ。デッキの切り札にして核である《FORBIDDEN STER》が、バトルゾーンを圧迫して存在感を放っている。

 だけどあのデッキは、S・トリガーが多い反面、2コストのカードが少ない。ユーちゃんはまだ、なにも動き出していなかった。

 一方でローザさんは、2ターン目には《フェアリー・ライフ》を唱えて、マナを伸ばす。マナには光、水、自然と、ユーちゃんとは正反対の三つの文明が見えていた。

 

「ユーちゃんのターン! 3マナで呪文《ボーンおどり・チャージャー》! 山札の上から二枚を墓地(フリートホーフ)へ! Ende(ターン終了)!」

「私のターン。マナチャージして……これで、4マナ」

 

 マナにカードを置いて、ローザさんは手札のカードを一枚、手に取った。

 すべてのマナを倒して、そのカードをバトルゾーンへと置く。

 

「《電脳決壊の魔女(カオス・ウィッチ) アリス》を召喚するよ(vorladete)。能力で三枚ドロー。その後、手札二枚を山札の一番上に置くね」

 

 マナ加速にドロー。なんていうか、すごく普通だ。

 いや、霜ちゃんとかはそういうことをコツコツと重ねてコンボに繋げたりするわけだから、この時点ではなにも断じることはできないんだけど……

 

ende(ターン終了するよ)……ユーちゃんの番だよ」

 

 

 

ターン3

 

 

ユー

場:なし

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:2

山札:22

 

《FORBIDDEN STER》

左上:封印

左下:封印

右上:封印

右下:封印

 

 

ローザ

場:《アリス》

盾:5

マナ:4

手札:4

墓地:1

山札:25

 

 

 

「ユーちゃんのターン、ドロー……行くよ、ローちゃん」

 

 ユーちゃんもマナを溜めて、遂に動き出す。

 

「5マナ! 《絶叫の悪魔龍 イーヴィル・ヒート》を召喚(フォーラドゥング)!」

 

 ユーちゃんのデッキは、5マナから動き始める。《FORBIDDEN STER》はコスト5以上の闇か火のコマンドに反応する。その瞬間から、ユーちゃんの戦略は始まるんだ。

 

「まずは《FORBIDDEN STER》の封印(ズィーゲル)を一つ、解放(フライガーベ)! 左上(リンクス・オーベン)!」

 

 最初に外す封印は、左上。

 《FORBIDDEN STER》は封印を外すたびに、外した場所に応じた効果が発揮される。そして左上を外したということは、

 

「パワー1111以下のクリーチャー、《アリス》を破壊!」

 

 相手のクリーチャーを、破壊する。

 破壊効果はわりと使われないことも多いけど、今回はそれを持てあますことはなかった。

 

「さらに、《イーヴィル・ヒート》で攻撃(アングリフ)――する時に! 革命チェンジ!」

 

 勿論、小型クリーチャーを破壊することがユーちゃんのやりたいことではない。

 封印を外す。それと同時に攻める。

 《イーヴィル・ヒート》が手札に戻って、同時にユーちゃんの手札から現れるのは、

 

 

 

Ein einsamer Wolf bellt in der Dunkelheit(孤高の狼は暗闇の中で咆える)――Ich bitte dir(お願いします)! 《Kの反逆 キル・ザ・ボロフ》!」

 

 

 

 黒い、狼だ。

 ユーちゃんが自分自身として称したような、悪の化身。

 それは反逆の拳。その拳は、血の繋がった姉に対しても振るわれる。

 

「Wブレイク!」

「っ……トリガーは、ないよ」

「Ende!」

 

 先んじて攻撃を仕掛けたユーちゃん。立ち上がりは順調みたい。

 だけど、

 

「……遅いよ、ユーちゃん」

「え?」

 

 順調なのは、ユーちゃんだけじゃなかった。

 

「ユーちゃんの攻撃、全部止めちゃうから」

 

 マナチャージして、5マナ。

 ローザさんはそのすべてのマナを倒した。

 

「5マナで呪文、《ドラゴンズ・サイン》! 手札からコスト7以下の光のドラゴンをバトルゾーンに出すよ!」

 

 たった5マナで、コスト7のクリーチャーを呼び出す呪文……!

 わたしも《狂気と凶器の墓場》や《法と契約の秤》で、払ったコストよりも大きなクリーチャーを呼び出すから、その強さは十分に理解できる。

 この時、ローザさんが呼び出すクリーチャーは、

 

 

 

Ich nicht hoeren deiner Behauptung(ユーちゃんのワガママは、もう聞かないから)――《サッヴァーク ~正義ノ裁キ~》!」

 

 

 

 輝く剣を手にした、煌めくドラゴンだった。

 

「《サッヴァーク》……は、まあわかるけど。《正義ノ裁キ》だって?」

「金欠で本家が買えないからって、プロトタイプで代用かー?」

「そんな……みのりこじゃ、あるまい……」

 

 なんだかみんなの反応は変な感じだった。プロトタイプって、どういうこと?

 まるであのカードが弱いみたいな空気だけど……

 

「恋の言う通りだ」

 

 それを、先輩が否定した。

 

「あれは代用品なんかじゃない。あのカードでなくちゃダメなパーツだよ」

「マジですか?」

「あぁ。見ていればわかるさ」

 

 先輩はそう言って、視線をバトルゾーンに向ける。

 《ドラゴンズ・サイン》から現れた《サッヴァーク ~正義ノ裁キ~》……一体、なにをするんだろう。

 

「《ドラゴンズ・サイン》の効果で、この《正義ノ裁キ》は、次の私のターンまでブロッカーになるよ。さらに能力で、山札の上から二枚を見て、そのうち一枚を裏向きに、もう一枚は表向きにして、シールドゾーンに追加する」

「うにゅ、防御を固められるはイヤ、だけど……いくらブロッカーが来ても、破壊する。いくらシールドが増えても、全部叩き割っちゃうよ!」

「無理だよ。そんなワガママは――許さない」

 

 ローザさんは、めくった二枚のうち、二枚目を裏側にしてシールドに置いた。

 そして、一枚目のカードは、

 

 

 

Schild kommen(シールド・ゴー),setzen(セット)――《守護すぎる守護(ウルトラ・ディフェンス) 鋼鉄》!」

 

 

 

 表向きで、ローザさんのシールドに鎮座する。

 

「っ!? 《鋼鉄》だって……!?」

「……これ、マジで、ヤバイ……やつ、じゃ……」 

「えっ? なに、どういうこと? っていうか、なんであのカードは表向きなの?」

 

 みんなはなにか驚いているみたいだけど、わたしにはさっぱりだ。

 普通シールドゾーンのカードって裏向きだし、表向きにするのは城くらいなものだと思ってたけど……あのカードがシールドにあるから、なんだっていうんだろう。

 わたしが一人、的外れに疑問符を浮かべていると、詠さんが教えてくれる。

 

「小鈴ちゃん。あれは、シールド・ゴーっていうんだよ。ちょっと古いカードなんだけど、あれはシールドに表向きである限り、能力を発揮する特殊なクリーチャーなの」

「シールドにある時に能力が発動するって、城みたいですね」

「ブレイクされたらそのまま墓地に行ってしまうし、感覚としては近いね。そしてあの《鋼鉄》は、シールドに表向きであれば、自分の場のクリーチャー全体に効果を及ぼすんだが……まあ、見ていればわかるさ」

「……?」

 

 どういうことなんだろう。

 霜ちゃんはそれ以上言わず、わたしはなにもわからないまま、ユーちゃんのターンを迎える。

 

 

 

ターン4

 

 

ユー

場:《キル・ザ・ボロフ》

盾:5

マナ:5

手札:3

墓地:3

山札:20

 

《FORBIDDEN STER》

左上:解放

左下:封印

右上:封印

右下:封印

 

 

ローザ

場:《正義ノ裁キ》

盾:4(《鋼鉄》)

マナ:5

手札:4

墓地:3

山札:22

 

 

 

「ユーちゃんのターン! 6マナで、《キル・ザ・ボロフ》を進化(エヴォルツィオン)!」

 

 ローザさんが切り札らしきクリーチャーを呼び出したところで、ユーちゃんもまた、次の切り札を解き放つ。

 

 

 

Die Boeseauge der Dunkelheit werden dich toeten(闇の邪眼があなたを殺す)――Ich bitte dir(お願いします)! 《悪魔龍王 キラー・ザ・キル》!」

 

 

 

 黒い狼は一回り大きくなり、巨大な一つ目の邪龍へと進化した。

 場に出るだけでクリーチャーを破壊できる、ユーちゃんの切り札のひとつ。これで相手の切り札を除去しつつ、残りのシールドをまとめてブレイクできる。

 

「左下の封印を解放! さらに《キラー・ザ・キル》の能力で、《サッヴァーク》を破壊!」

「《正義ノ裁キ》の能力発動! 私のシールドに表向きのカードがあれば、このクリーチャーは破壊されない!」

「にゅっ」

 

 破壊されない……

 闇文明も、火文明も、破壊が得意な文明だ。それを無効化するというのは、ユーちゃんにとっては厄介なことだと思う。

 だけど、それも無制限ではない。

 

「表向きのシールド……あれ、ですか」

 

 ローザさんは言った。シールドに表向きのカードがあれば、と。

 きっとあのクリーチャーの、変わったシールド追加能力も、そのためにあるんだ。

 となれば、話は簡単だ。

 

「なら、それをなくしちゃえばいいだけです! 《キラー・ザ・キル》で攻撃! Tブレイク!」

 

 表向きのシールドがある限り破壊されないというのなら、そのシールドを取り払ってしまえばいい。

 とはいえ、《正義ノ裁キ》は《ドラゴンズ・サイン》で出て来たから、ブロッカーを得ている。すぐにブレイクはできないか……

 と思ったけど、

 

「……いいよ、ブロックはしない」

「えっ!?」

 

 ローザさんのその行動に、驚かされる。

 表向きのシールドをブレイクされたら破壊されちゃうのに、どうして……?

 

「ブロック、しないの……?」

「しないよ。でも、《鋼鉄》と《正義ノ裁キ》の能力は使わせてもらうよ」

「能力……?」

「うん、最初に《鋼鉄》の能力! 自分のクリーチャーすべてに、シールド・セイバーを与える! その能力を使って、《正義ノ裁キ》のシールド・セイバーを発動するよ!」

 

 シールド・セイバー……えっと。

 あんまり聞かない能力だけど、確か、セイバーが自分を身代わりにして他のクリーチャーを守る能力だったよね。

 だけど、ローザさんの場にいるのは《正義ノ裁キ》だけ。せっかく出したクリーチャーなのに、ブロックもせずに破壊しちゃうの?

 ん? 破壊……?

 

「《正義ノ裁キ》のシールド・セイバーで《鋼鉄》のあるシールドを守る! 《正義ノ裁キ》は破壊……されない!」

「!」

 

 直後、《キラー・ザ・キル》がシールドを打ち砕く。

 ブレイクされたシールドは二枚。《鋼鉄》が乗った一枚は、《正義ノ裁キ》に付与されたシールド・セイバーで守られた。

 けれど、その《正義ノ裁キ》は、表向きのシールドがあるために、破壊されない。

 

「こ、これは……」

「そういうことだ」

 

 ようやく理解した。

 そうか、そういうことだったんだ。

 その凶悪なコンボに、戦慄が走る。

 

「シールドに《鋼鉄》がある限り、《サッヴァーク》は死なない。《サッヴァーク》が死なない限り、《鋼鉄》は剥がさせない。そしてシールドが残り続ける限り、ユーちゃんは絶対に、私を倒せない!」

「にゅ……っ!?」

 

 とても恐ろしいコンボだ。シールドを絶対に破らせないなんて……

 

「ど、どうすれば、いいの……? シールドをブレイクできないなんて……」

「抜け道はあるよ。ブレイクせずに勝つとか、シールドを直接焼却するとか。現実的な方法だと、破壊以外の方法で《正義ノ裁キ》を処理する、というところだが……」

「……ユーのデッキは、黒赤……破壊以外の除去は……」

 

 まず存在しない。

 闇も火も、破壊が得意だけど、破壊でしかクリーチャーを除去できない。

 ユーちゃんのデッキでは、《正義ノ裁キ》を退かす手段が存在しない。

 それはつまり、ユーちゃんはもう、勝てないってこと……?

 

「ユーちゃんのデッキはお見通し。ユーちゃん、お洋服だけ持って家を飛び出して、カードは持って来てないでしょ?」

「う……」

「お財布まで家に置きっぱなしだったし、他にカードがないなら、デッキのカードを入れ替えることはできない。つまりユーちゃんは、この前の夜に使ってたデッキのまま。私はそのデッキを見ている。知っている。だから、対策もできる」

 

 ローザさんの、ユーちゃん対策。それが、この鉄壁無双で無敵の防御陣形。

 ユーちゃんのことをよく知って、よく見ているローザさんだからこその罠だ。

 シールドがブレイクできないんじゃとどめが刺せない。とどめが刺せないんじゃ、勝つことはできない。

 こんなの、突破できるの……?

 

「いやいや、そんな悲観することないでしょ。ユーリアさんのデッキには、破壊以外の方法で《正義ノ裁キ》を処理する方法があるんだから」

「え? そうなの?」

「まあ、ね。あるにはある」

「それって?」

「君も知ってるさ。ほら、最初からずっと場に出ているだろう」

「最初からって……あ、そっか!」

 

 《ドルマゲドン》だ。

 禁断爆発すれば、相手クリーチャーはすべて封印される。封印されたクリーチャーは存在しない扱いになるから、実質的な除去、それも破壊じゃない。

 

「つまりユーがこの鉄壁無双を突破する鍵は、《FORBIDDEN STER》の禁断爆発にかかっている。相手クリーチャーをまとめて封印し、その隙に勝負を決めれば」

「ユーちゃんは、勝てるの?」

「勝てる。かはさておき、少なくとも勝機はそこにしかないだろうね、現状では」

 

 《FORBIDDEN STER》の封印は残り二つ。ユーちゃんがこのままコスト5以上の闇か火のコマンドを出し続けられれば、あと2ターンで禁断爆発できる。

 あの陣形を、突破できるんだ。

 

「確かに、禁断爆発されれば私の守りも崩されますね。でも、そう簡単にはやらせない。S・トリガー発動! 《ドラゴンズ・サイン》!」

 

 《鋼鉄》と《正義ノ裁キ》のコンボに驚いちゃったけど、そういえば、今はシールドブレイクされたところだった。

 ローザさんは、《キラー・ザ・キル》にブレイクされたシールドから、S・トリガーを放った。

 正義の裁きを下す龍を呼び出すための印を、再び結ぶ。

 

「私だって、守ってばかりじゃないよ。ユーちゃんには、わかってもらわなきゃ。私がどれだけ、怒っているのかを」

「ローちゃん……」

「《ドラゴンズ・サイン》の効果で、手札からコスト7以下の光のドラゴンをバトルゾーンに出すよ」

 

 ローザさんは、手札を一枚、抜き取る。

 さっきは《サッヴァーク ~正義ノ裁キ~》を呼び出した龍の紋章。

 その印が次に呼び出すのは――

 

 

 

Ich werde dich richte(お仕置きだよ、ユーちゃん)――《煌龍(キラゼオス) サッヴァーク》!」

 

 

 

 ――またしても《サッヴァーク》だった。

 ただしさっきよりも、強そうというか、キラキラとより煌めいていて、豪華で、キレイだ。

 

「《正義ノ裁キ》が私を守る盾なら、この《煌龍》はワガママばっかり言うユーちゃんを“裁く”剣! さぁ、ユーちゃん――お仕置きだよ」

 

 二体の裁きの龍。

 二つの正義はそれぞれ、盾と剣に分かれて、猛威を振るう。

 

「《煌龍》の能力発動! 登場時、相手のカード一枚を表向きのままシールド一枚に、(はりつけ)にする!」

「は、はりつけ……っ!?」

「そう、救世主様による、救済の十字架だよ。選ぶのは《キラー・ザ・キル》! 一番上のカードだけを、磔に!」

 

 聞き慣れない表現で放たれた、《煌龍 サッヴァーク》の除去効果。

 直後、ユーちゃんの《キラー・ザ・キル》は磔刑に処されたかのように、シールドに架けられてしまった。

 バトルゾーンには、進化クリーチャーを剥がされた《キル・ザ・ボロフ》だけが残る。

 

「っ、え、Ende……!」

 

 シールドの枚数では圧倒的にユーちゃんが勝っているけど、ローザさんの《鋼鉄》のシールドの壁が、果てしなく高い。

 それに、バトルゾーンにも二体の《サッヴァーク》が構えており、押し負けている。

 

「私のターン。ドローして、マナチャージ。2マナで呪文《フェアリー・ライフ》、マナを増やすよ。さらに《飛散する斧 プロメテウス》を召喚。山札の上から二枚を墓地に置いて、マナの《サイゾウミスト》を手札に」

 

 防御を固めたローザさんは、もうとどめを刺される心配はない。彼女が気にするのは、《FORBIDDEN STER》の禁断爆発だけだ。

 けれどそれも、あと2ターンかかる。その間に攻め込まれてしまえば、元も子もない。

 

「《正義ノ裁キ》で《キル・ザ・ボロフ》を攻撃(angreifen)! 続けて《煌龍》で攻撃! シールドを――[[rb:ドラゴン・W・ブレイク >Drache zwei Zerbrechen ]]!」

「ど、ドラゴン……?」

 

 ただのブレイクではない、特殊なシールドブレイク。

 これは、どこかで聞いたことがあるような……そうだ。

 帽子屋さんの《ジョリー・ザ・ジョニー》。そのマスター・W・ブレイクに、似ている。

 

「《煌龍》はドラゴン・W・ブレイカーの能力を持ってる。相手のシールドをブレイクするたびに、山札の上から一枚を、表か裏向きにして、シールドに追加できる」

 

 ブレイクのたびに、シールド追加……?

 《ジョリー・ザ・ジョニー》とは正反対の能力だ。あちらが攻撃と同時にクリーチャーを破壊する能力だったけど、こちらは攻めながらも守りを固めている。

 剣と言うものの、その力はやはり、守りに寄っている。

 壊すのではなく、大切なものを守り、大事にしようという力だ。

 

「Wブレイクするから、裏向きで二枚追加だよ。さぁ、攻撃を続けるよ。Wブレイク!」

 

 《煌龍 サッヴァーク》の攻撃が、ユーちゃんのシールドを打ち砕く。

 そして、

 

「くぅ……ユーちゃんは、負けませんよ!  S・トリガー発動! 《禁断V キザム》!」

「! コスト5以上の、コマンド……」

「Ja! なので、右上の封印を解放! 《キザム》をスレイヤーにします!」

 

 三つ目の封印が、外れた。

 S・トリガーで封印が外れるスピードが速まった。これならユーちゃんは、次のターンに禁断爆発できる……!

 

「《キザム》の能力発動! スレイヤーなので、《煌龍 サッヴァーク》も破壊できますが……ここは残します。《正義ノ裁キ》のパワーを下げて、《プロメテウス》とバトル!」

「《プロメテウス》のパワーは1000だから、破壊されるよ……ende」

 

 

 

ターン5

 

 

ユー

場:《キザム》

盾:3(《キラー・ザ・キル》)

マナ:6

手札:3

墓地:6

山札:19

 

《FORBIDDEN STER》

左上:解放

左下:解放

右上:解放

右下:封印

 

 

ローザ

場:《正義ノ裁キ》《煌龍》

盾:4(《鋼鉄》)

マナ:8

手札:3

墓地:6

山札:16

 

 

 

「トリガーで封印が外れるとは、ラッキーだったな」

「あと、ひとつ……」

 

 もう一つ封印を外せば、すべてのクリーチャーが封印され、ローザさんの鉄壁無双の防御陣を突破できる。

 そうすれば、ユーちゃんは……!

 

「3マナで呪文《ボーンおどり・チャージャー》! 山札の上から二枚を墓地に置いて、5マナで墓地から召喚! 《終断Δ ドルハカバ》!」

 

 墓地から召喚されるのは、コスト5、闇と火のコマンド。

 つまり、

 

「最後の封印を解放!」

 

 ゲーム開始時からバトルゾーンに鎮座し、眠り続けていた最終禁断が目覚める。

 

 

 

「禁断爆発――《終焉の禁断 ドルマゲドンX》!」

 

 

 

 それは、すべてを滅ぼす禁断の星の破壊者。

 どんな守りでも、一切合切を塵芥に変えてしまう、恐ろしく、凄まじい力の権化。

 そんな果てしない切り札が、遂に現れた。

 

「《ドルマゲドンX》の能力発動! ローちゃんのクリーチャーは、すべて封印だよ!」

「…………」

 

 《正義ノ裁キ》と《煌龍》、二体の《サッヴァーク》がまとめて封印される。

 封印されたクリーチャーは、その存在が無視され、存在しない扱いとなる。つまり、いくらシールドゾーンに《鋼鉄》がいようと、シールド・セイバーを付与する対象がいないし、ましてや《正義ノ裁キ》で無限に守り続けるなんて、できるはずもない。

 《ドルマゲドン》がいる限り、クリーチャーの封印も正規の方法では外せなくなるし、一気に畳み掛けられる。

 

「ユーちゃんの勝ちだよ、ローちゃん! 《ドルマゲドン》で、Tブレイク!」

「っ……ここは、まだ……!」

「《キザム》で最後のシールドもブレイク!」

 

 《鋼鉄》のシールドは破られ、《鋼鉄》は墓地へ。

 残りのシールドもすべて、根こそぎ砕け散った。

 だけどユーちゃんにはまだ、クリーチャーが残っている。

 

「とどめだよ! 《ドルハカバ》でダイレクトアタック!」

「させない! ニンジャ・ストライク! 《怒流牙 サイゾウミスト》を召喚!」

 

 だけど最後の一撃の直前、手札からシノビが飛び出す。

 《サイゾウミスト》は墓地のカードをすべて山札に戻して、シールドを追加する。《ドルハカバ》の攻撃はプレイヤーには届かず、瞬時に生成された盾に阻まれる。

 

「倒しきれなかった……Ende」

 

 このターンにとどめは刺せなかった。だけど、これは確実にユーちゃんの優勢のはず。

 ローザさんはもうシールドがゼロだし、クリーチャーもいない。

 ユーちゃんにはクリーチャーが三体もいるし、《ドルマゲドン》はそう簡単には除去されない。

 このまま次のターンに押し切れるんじゃないかな……?

 

「ふふん、なんか『ユーちゃんのことは私が一番知ってるの!』みたいなこと言ってガンメタ決めてる風な口利くわりには、ぜーんぜん大したことない。穴だらけのガバガバなメタだったね! やっぱり私の指導は間違ってなかった。こりゃもう、第二、第三の切り札を使うまでもなく、勝てるんじゃない?」

「なに……第二、第三の切り札、って……」

「……いや待て。なんか怪しいぞ」

 

 ユーちゃんが優勢なのはわかるけど、なぜか得意げにしたり顔をするみのりちゃん。

 それに対して、霜ちゃんはふっとなにかに思い至ったように、表情を曇らせる。

 

「あやしい、って……なに、が……?」

「しかし、ドルマゲドンのトリガー比率が高くてカウンターが強いなんて、誰でも知ってる。ユーのことをよく知ってるというのなら尚更だ。にも関わらず、無警戒に殴って禁断爆発を早めるなんて、そんなことあるか?」

「どーせプレミでしょ。やっぱ大したことないんだよ。いくら頑張ってデッキ組んでも、使いこなせなきゃ三流ってね」

「確かに彼女は、ユーよりもプレイングの経験値では劣るかもしれないが……ユーのデッキの性質を知ってなお、そんなプレミをするものだろうか……」

「結局……そう、なにが、言いたいの……?」

「……ただの仮説だよ」

 

 そう前置きして、だけれどどこか確信しているような風に、霜ちゃんは告げた。

 

 

 

「彼女、もしかしたら――ユーの禁断爆発を“誘っていた”んじゃないか?」

 

 

 

 電流が走ったようだった。

 禁断爆発を、誘っていた?

 それが本当なら、ユーちゃんは、ローザさんに乗せられていたってこと?

 

「あの攻撃は単に素早く仕留めたいからではなく、トリガーで封印を外させて、とっとと禁断爆発させるためだったんじゃないか。仮にトリガーを踏まなくても、手札に来たクリーチャーで封印を外せるし、なんだったらそのまま殴り切ってもいい」

「……禁断爆発の、タイミング……を、図って、いた……?」

「謀られた、とも言える」

「でもさー、現に今はユーリアさんが有利じゃん。あとワンパンで勝てるよ」

「だが、もしユーの禁断爆発を意識していなかったのなら、《正義ノ裁キ》で《キル・ザ・ボロフ》は処理しない。《鋼鉄》とのコンボを盾に、そのままフルパン決めて次のターンにとどめだよ」

「でも……《正義ノ裁キ》で、《キル・ザ・ボロフ》を……殴り、返した……」

「あぁ、そこでブレイクされるシールド枚数を調整したんだ。《煌龍》でシールドを増やし、《サイゾウミスト》を握り、次のターンに禁断爆発されてスピードアタッカーが出て来ても耐えられるよう、守りを固めた……そしてその計算は的中し、彼女は生き残った」

「そ、そんなことをして、なんの意味が……?」

「……禁断爆発の使うタイミングを、誤らせた、のかもしれない」

 

 誤らせた……?

 ど、どういうこと?

 

「つまりユーは、このタイミングで“禁断爆発するべきではなかった”のかもしれない」

「すべきではななかった……?」

「禁断爆発は一回限りの大技だ。その大技はユーの逆転の要だけど、相手からすれば、その逆転の一手を凌げればいい、とも取れる」

「……どのタイミングで禁断爆発するのかがわかっていれば、攻撃を耐える手段を用意することもできるし、なんだったらそこから反撃する準備もできるね」

「!」

 

 ローザさんは、あの1ターンでそこまで計算して……?

 そんなまさか、と思った。けれど、

 

「……やはりあなたは聡明ですね、水早さん」

 

 ローザさんは、否定しなかった。

 否定せずに、霜ちゃんのことを称える。

 

「ユーちゃんに、少しでもあなたの聡明さがあれば、と思ってしまいます」

「……ボクはボクだ。そして、ユーもユーだ。ボクにはユーの考えは理解できないし、どちらかと言えば君の考えに賛同するけど……君らの諍いに、水は差さないよ」

「そうですか」

 

 そこで会話を打ち切って、ローザさんは、再びユーちゃんに目を向ける。

 

「水早さんの言う通りだよ、ユーちゃん。ユーちゃんはお友達が大事みたいだけど、そのせいで、私のことを見ていなかった」

「な、なにを……」

「私はずっとユーちゃんのことを見て、考えてた。だからわかる、ユーちゃんがどう戦うのか。それにどう対処すればいいのか。デュエマの知識はなかったから、それを先輩や詠さんに補ってもらう必要があったけど、お陰で私は、ユーちゃんにだけは負けない力を得た。私は誰よりも、ユーちゃんのことを考え、知ってるから」

「ユーちゃんのことを……考え、て……?」

「だけどユーちゃんは、私がなにをするかを考えないから、たった一枚の、たった一度きりの切り札。それを使うタイミングを間違えるんだよ」

 

 ローザさんのターン。

 彼女はカードを引く。マナを溜める。

 

「私にとっても、その置物はとても怖かった。たった一瞬、たった1ターンとはいえ、私の守りが崩されて、無防備になっちゃうからね。だから、早くそれを使ってくれて、安心できたよ」

「たった1ターン……?」

「ユーちゃんの切り札は、全部受け切ったよ。ユーちゃんはその切り札で、私を倒しきれなかった。その時点で、ユーちゃんの負け」

 

 そしてローザさんは、手札を切る。

 

「4マナで《アリス》を召喚、能力で三枚ドローして、手札二枚を山札の上に。そして、5マナをタップ――《ドラゴンズ・サイン》!」

 

 9マナぴったりすべて使い切るローザさん。

 《アリス》でカードを引き、増えた手札は山札の上に。

 さらに結ばれる、三度目の光龍の印。

 

「まさか……」

「そのまさかだよ。手札から《サッヴァーク ~正義ノ裁キ~》をバトルゾーンに出す。能力で山札の上二枚を、それぞれ表裏でシールドに追加するよ」

 

 再び現れる、守りの《サッヴァーク》、《正義ノ裁キ》。

 その能力でシールドが追加される。表裏で一枚ずつだから、結果的に増えるシールドは一枚。

 だけど、追加される場所は、山札から。

 そしてその山札は、さっき《アリス》で置いた手札――

 

 

 

Schild kommen(シールド・ゴー),setzen wieder(再セット)――《守護すぎる守護 鋼鉄》!」

 

 

 

 ――即ち、二枚目の《鋼鉄》だった。

 

「……!」

 

 《正義ノ裁キ》の《鋼鉄》。ユーちゃんを絶対に逃さない、鉄壁無双の強固な防壁が、再び構築されてしまった。

 

「に、二枚目……!」

「ユーちゃんは、自分のことばっかり。私がユーちゃんのことをどう見てるかなんて、考えないんだ。だからこんなことになるんだよ」

 

 そっか、ローザさんはここまで考えていたんだ。

 ユーちゃんが禁断爆発して攻めてくる。だから、それを受け切って、返しのターンですぐに《正義ノ裁キ》と《鋼鉄》のコンボを再構築する。

 ローザさんはこの展開を考えていた。きっと、対戦が始まった、最初から。もしくは、対戦が始まるより前から。

 どのタイミングで自分のコンボを破って攻めてくるのか。そのタイミングを読んで、手札を整え、マナを溜め、守りを固め、さらにはユーちゃんをも誘導して、この結末を引き込んだ。

 それほどに、ローザさんはユーちゃんのことを考えていた。

 

「どんなに強いクリーチャーを並べたって、シールドを割られなければ問題ない。どれだけクリーチャーを破壊してきたって、破壊されなければ怖くない。切り札の禁断爆発も耐え切った……わかる?」

 

 ローザさんは、たった一枚のシールド、けれど果てしなく高く強固な壁を盾に、ユーちゃんに告げる。

 

「もうユーちゃんは、私に勝つ手段はないんだよ。あなたはもう“絶対に”私には勝てない」

 

 

 

ターン6

 

 

ユー

場:《キザム》《ドルハカバ》《ドルマゲドン》

盾:3(《キラー・ザ・キル》)

マナ:8

手札:2

墓地:8

山札:16

 

《FORBIDDEN STER》

禁断コア4

 

 

ローザ

場:《正義ノ裁キ》《アリス》《正義ノ裁キ(封印)》《煌龍(封印)》

盾:1(《鋼鉄》)

マナ:9

手札:5

墓地:1

山札:17

 

 

 

「そんな、絶対に勝てない、なんて……」

「言うねぇ。そんなの見え見えの負けフラグじゃん」

「だが、笑ってる場合じゃないぞ。ユーのデッキは本気で黒赤ドルマゲドン、破壊以外の除去を積んでいるとは思えない」

「《ドルマゲドン》は、禁断爆発、した……最後の、切り札は……もう、切れてる……」

「《レッドゾーンX》とか、《ジ・エンド・オブ・エックス》とかがあったら、いくらでもチャンスがあるんだが……見た感じ、積んでいるようには見えないな」

 

 わりと山札のカードがなくなっているけれど、ここまでそういったカードは一枚も見えていないし、いつかの夜にも使ってはいなかった。

 つまりユーちゃんは本当に、ローザさんの鉄壁の罠に嵌ってしまい、もう抜け出せないってこと……?

 

「んー……」

「どうした、実子」

「なんかさ、ガンメタしてるわりには、回りくどいなって。黒赤ドルマゲドン使うってわかってるなら、もっと他にやりようあるでしょうに。墓地利用メタるとか、踏み倒しメタるとかさ」

「ユーのは《タイガニトロ》抜きでビートに寄っているタイプだから、環境にあるそれとは少し違うが……確かにそうかもしれないな。ユーの動きがここまで読めるなら、もっと直接的に封殺した方が効果的に思える。それがわからなかった、という可能性もあるが……先輩たちがいて、そこまで頭が回らないなんてこと、あるか?」

「カードが足りなかったのかな?」

「ちがう……あれは、覚悟……」

「覚悟?」

「恋の言う通りだね」

 

 剣崎先輩が言った。

 この対戦が持つ、裏の意味を。

 

「これは、勝敗で望みが叶う約束であるけれど、その勝敗は、ただの勝ち負け以上の意味があるし、ただの勝ち負けだけで決めるものじゃない」

「なんですかそれ? そんなこと言ったら、この勝負全否定じゃないですか」

「そうじゃないよ。ただの気持ちの問題だ。でも、それが大事なんだ」

「えっと、それって、どういう……?」

「ただ勝つだけじゃ、本当の勝ちとは言えない。これは相手に“認めさせる”ことが本懐だ」

「だからローちゃんは、ユーちゃんの攻め手を封じたりはしない。すべてを受け切って、その上で乗り越えて勝つつもりなの」

 

 今度は、詠さんが続けた。

 ローザさんがこの勝負かける、思いを。

 

「彼女はユーちゃんを否定したいわけじゃない。だから、先んじて潰すなんて無粋な真似はしない。受けて、耐えて、凌いで、そうして勝つ。それが、彼女の意志であり、覚悟だよ」

「あのデッキも、そういう意図を込めて組みましたよね」

「我ながら力作だった……久々にシールド・ゴー触って楽しかったなぁ」

「姉ちゃんの趣味全開じゃん……」

「まあでも、ユーちゃんのデッキをメタりながら、ローザさんの意志も尊重するっていうと、あのデッキがベストだと思う」

 

 絶対に破壊されない《正義ノ裁キ》に、決してブレイクもされないシールド。

 禁断爆発で突破される恐れはあるけれど、ローザさんはそれを良しとして――むしろその唯一の攻略法を、自ら乗り越えることで、ユーちゃんにに意志を示している。

 抑え込むのではなく、すべて受け止める。それが、ローザさんの覚悟だった。

 

「ユーちゃん、もうやめよう」

「……やめない」

「なんで? もう、ユーちゃんの負けなんだよ。ユーちゃんは私のシールドを破れない。シールドをブレイクできなかったら、ユーちゃんは勝てない。勝てないんじゃ、負けと同じだよ」

「ローちゃんはまだ勝ってないし、ユーちゃんもまだ負けてない! まだ、シールドも山札も残ってるんだから!」

 

 ユーちゃんは叫んで、カードを引く。

 そして場に、クリーチャーを叩きつけた。

 

「5マナで《イーヴィル・ヒート》を召喚! 山札から墓地に置いて、《キル・ザ・ボロフ》を手札に!」

「……わかってくれないんだ。まだ、やるんだね」

「とーぜん! 負けてない限り、ユーちゃんは戦うよ! 《イーヴィル・ヒート》で攻撃する時、S級侵略[不死]! 墓地の《デッドゾーン》侵略して、革命チェンジ! 《Kの反逆 キル・ザ・ボロフ》!」

 

 ユーちゃんは負けを認めない。果敢に、勇敢に、不屈の闘志で、前に進み続ける。

 けれど、

 

「《デッドゾーン》の能力で、《正義ノ裁キ》のパワーを9000マイナス! 《キル・ザ・ボロフ》の能力で、《アリス》を破壊!」

「パワーを下げても無駄! 《正義ノ裁キ》は破壊されないし、《鋼鉄》のシールド・セイバー付与で、私のシールドはブレイクされない!」

 

 いくらユーちゃんが不屈でも、これが現実だ。

 《正義ノ裁キ》と《鋼鉄》のコンボで、《正義ノ裁キ》は倒せず、シールドもブレイクできない。

 どれだけユーちゃんの意志が強くたって、このコンボの前には意味をなさない。すべての攻撃は、あらゆる除去は、受け切られてしまうのだから。

 

「私のターン! 《煌龍 サッヴァーク》を召喚! 能力で《ドルマゲドン》を磔に!」

「《ドルマゲドン》の能力発動! 禁断コア二つと、シールド一枚を犠牲にして、《ドルマゲドン》は生き残る……!」

 

 ローザさんのターン。ローザさんは、再び《煌龍 サッヴァーク》を繰り出して、《ドルマゲドン》を直接狙う。

 《ドルマゲドン》は場を離れたら、その瞬間に敗北が確定してしまう。だからユーちゃんは、シールドを犠牲にしてでも、守らなくてはならない。

 ここで《ドルマゲドン》を守るのは、負けないためには当たり前の行動だけど。

 そうするということはつまり、ユーちゃんはまだ、負けを認めていないということを、暗に示していた。

 ローザさんはそんなユーちゃんに、歯噛みする。

 

「なんで、まだ続けるの、ユーちゃん……?」

「まだ、負けてないから」

「負けだよ。シールドはブレイクできない、クリーチャー破壊できない。もう負けが目に見えているのに、どうしてそれが信じられないの……目に見えるものまで、ユーちゃんは疑うの……?」

「……ユーちゃんは、まだ、負けてないから。勝たないと、ダメだから」

「…………」

 

 ローザさんの表情が陰る。

 唇を噛み締めて、悲痛の眼を見せる。

 

「……ende」

 

 そして、ターンを終えた。

 

「攻撃しない……?」

「なにか意図があるのかもしれないが……まあ、する必要がないといえばないしな」

「そうなの?」

「デッキ枚数は、僅かにユーのほうが少ない。絶対にシールドが破られず、負けないのであれば、後はドローするだけでLOで勝てる。打点も揃っていないしね」

「シールド割るなら、できれば《煌龍》の方で殴りたいしね」

「勝ち確の状態でそこまでやるかとう話だが、まあ詰めというのはそういうものだ。最善かはさておき、合理的な理由はいくらでもつけられる」

 

 合理的、かぁ。

 確かにローザさんなら、そういうことを考えて立ち回るんだろうけど……わたしには、攻撃を躊躇ったようにも見えた。

 本当はこの対戦を望んでいないかのような、そんな躊躇いを。

 

 

 

ターン6

 

 

ユー

場:《キザム》《ドルハカバ》《キル・ザ・ボロフ》《ドルマゲドン》

盾:2

マナ:9

手札:3

墓地:8

山札:15

 

《FORBIDDEN STER》

禁断コア2

 

 

ローザ

場:《正義ノ裁キ》《煌龍》《正義ノ裁キ(封印)》《煌龍(封印)》

盾:1(《鋼鉄》)

マナ:10

手札:4

墓地:2

山札:16

 

 

 

「マナチャージ……《イーヴィル・ヒート》を召喚! 墓地を増やして、《ドルブロ》を手札に! そのまま《終断γ ドルブロ》を召喚! ……Ende」

「遂にユーの攻撃が止まったか……」

「残りの盾は《鋼鉄》だけだし、殴る意味がまったくないもんね」

 

 ローザさんはシールドはたった一枚。だけど、その一枚の壁が、あまりも高く、厚く、そして堅い。

 絶対に壊せない《鋼鉄》の壁。それが、ユーちゃんを阻み続ける。

 

「私のターン、《アリス》を召喚。三枚ドローして、手札を二枚、山札の上に。さらに7マナで、《煌龍 サッヴァーク》を召喚! 《ドルブロ》を磔に!」

「ユーちゃんのブロッカーが……」

「まあ結局あのシールドもブレイクするなら、トリガーでまた出るけどね」

「だが、ブロッカーを退かされてしまった。ドラゴン・W・ブレイクを防げなくなったよ」

 

 前のターンには攻撃しなかったローザさんだけど、このターンは……?

 

「……ユーちゃん、本当にまだ、続けるの」

「続けるよ。ユーちゃんはやめない。一度始めたデュエマを、途中でやめたりしない」

「なんでそこまで……私は、本当はこんな形で争いたくない。本当なら、楽しい遊びのままでありたいし、ユーちゃんとも、争いよりも、遊んでいたい……ユーちゃんだって、そうでしょ?」

 

 ローザさん……

 やっぱりローザさんは、ずっと、たとえ対戦の最中でも、ユーちゃんのことを思っている。

 

「ただの遊びでも、大事な勝負でも……私は、ユーちゃんを傷つけたくは、ないよ。この勝負が終わったら、私はユーちゃんの大切なものを、奪わなくちゃいけないんだから。だから、せめてこの勝負くらいは、穏やかに終わらせたい」

「…………」

「だから負けを認めて、ユーちゃん。もう終わりだよ」

 

 投降を促すローザさん。

 デュエマにも一応、降参はある。自ら負けを認めて、デュエマを終わらせることができる。

 たかが勝負、されど勝負。カードゲームと言えども競い事であり、争い事。

 どんな形であれ、ローザさんはユーちゃんを傷つけることを望まない。

 けれど、

 

「……それは、ちょっと違うよ」

「え……」

「ユーちゃんは、ローちゃんに傷つけられるつもりも、ローちゃんを傷つけるつもりも、ない」

 

 ユーちゃんは、キッパリと否定した。

 

「今のユーちゃんは、ローちゃんとデュエマをしてる。クリーチャーと戦ってるわけじゃない。誰かが傷つくなんて、あり得ない」

「……私が勝っても、ユーちゃんはそれでいいってこと?」

「ユーちゃんは負けないよ。ローちゃんに勝って、またみなさんと一緒にデュエマするの」

「無理だよ。ユーちゃんは、私には勝てないんだから」

「勝つよ。だってこれは、ユーちゃんが大好きな、ユーちゃんがみなさんと繋がることができた、大切なものだから。どんなことがあっても、絶対に手放さない。またみなさんと一緒に、笑うためにも」

 

 ユーちゃん……

 どんな絶望の中にいても、ユーちゃんは希望を捨てない。

 それは傲慢で、強欲で、ワガママでしかないようにも見えるけど。

 どんな暗闇の中でも、その存在は、どこまでも光り輝いていた。

 

「……そう。わかったよ」

 

 ローザさんは、そんなユーちゃんに対して、諦めたように息を吐く。

 そして、

 

「どうやら、私の覚悟が足らなかったみたい」

 

 それを引き金に、ローザさんの目の色が、変わった。

 

「私は今から、あなたの“悪”になる。そして、本気であなたを倒す」

 

 ローザさんは、場のクリーチャーに手を添える。

 二体の裁き龍、《サッヴァーク》のうち一体――《煌龍 サッヴァーク》に。

 

「《煌龍 サッヴァーク》で攻撃! シールドを――ドラゴン・W・ブレイク!」

 

 ユーちゃんの二枚のシールドが、切り裂かれる。

 これでユーちゃんのシールドはゼロ。けど、それだけじゃない。

 

「表向きで二枚、シールドゾーンに追加!」

 

 ローザさんはシールドを増やす。けれどそれは、新しい盾ではない。

 置かれたシールドは、《煌龍 サッヴァーク》と《ドラゴンズ・サイン》。表向きで二枚。

 これは、《煌龍》のための、生贄だ。

 

「《鋼鉄》のシールドが破られないと見て、除去耐性に傾かせたか」

「シールドは《鋼鉄》が一枚あればそれでいいってことだね。舐め腐ってるのはムカつくけど、私もあれは正攻法じゃ破れないなぁ」

「君には《ギョギョラス》があるだろ。あれは相手がユーだからこそ、強固な壁として立ち塞がるんだ」

「ユーのデッキは、黒赤ドルマゲドン……封印、手段なくなったら……もう、破壊しか、除去、ない……」

 

 闇も火も、除去手段は破壊がほとんど。

 《ドルマゲドン》の除去を使ってしまったユーちゃんでは、もう《正義ノ裁キ》を退かす手段がない。

 そして、それを知ってて、ローザさんはあのデッキを、この戦略をぶつけてきた。

 みのりちゃんや、霜ちゃんや、恋ちゃんなら……あるいはわたしでも、あのコンボを打ち破る手段は持っている。

 だけどユーちゃんには、破壊という除去しか持たないユーちゃんにだけは、その壁は真に無敵の壁として、そびえ立つことができる。

 いわばユーちゃん専用の絶対防壁。ユーちゃんを徹底的に封じ込めるための罠だ。

 

「狡い、とは言えないよ、小鈴」

「っ……」

「デュエマっていうのは、カードゲームっていうのは、本来こういうものだ。対人メタはマナーが良いとは言えないけど……勝つためには必要なことだ。それだけ、彼女は本気で勝ちに来ている。嫌われるような戦略を使ってでも、絶対に負けたくないっていう強い気持ちがある。それは、否定できないし、しちゃいけない」

「……うん」

 

 そうだ。

 ローザさんも、それだけ本気なんだ。

 本気で勝とうとしているし、本気でユーちゃんのことを考えている。

 だから、ここまでユーちゃんを追い詰めてるんだ。

 

「っぅ、S・トリガー《終断γ ドルブロ》!」

「《正義ノ裁キ》でダイレクトアタック!」

「《ドルブロ》でブロック!」

「ende……次のターンで終わらせるよ、ユーちゃん」

 

 

 

ターン7

 

 

ユー

場:《キザム》《ドルハカバ》《キル・ザ・ボロフ》《イーヴィル》《ドルマゲドン》

盾:0

マナ:10

手札:4

墓地:9

山札:13

 

《FORBIDDEN STER》

禁断コア2

 

 

ローザ

場:《煌龍》×2《正義ノ裁キ》《アリス》《正義ノ裁キ(封印)》《煌龍(封印)》

盾:1(《鋼鉄》《煌龍 サッヴァーク》《ドラゴンズ・サイン》)

マナ:11

手札:3

墓地:2

山札:12

 

 

 

 ユーちゃんのシールドはゼロ。もはや、後がない。

 クリーチャーをいくら並べても、《鋼鉄》のシールドは破れない。クリーチャーをいくら破壊しても、《正義ノ裁キ》は倒せない。

 残り一枚のシールドの壁は、果てしなく高く、そして強固だ。

 

「ユーちゃんのターン、ドロー!」

「……やっぱり諦めないんだね、ユーちゃん」

「そうだよ、ユーちゃんは絶対に、諦めない」

「うん。それはユーちゃんのいいところ。諦めないのはいいこと。だけどね、ユーちゃん。道理が通らないのに諦めないのは、ただのワガママだよ」

 

 諭すように、窘めるように、あるいは叱るように、語りかけるローザさん。

 その諫言に対して、ユーちゃんは、

 

「……そうだよ。“私”は、ワガママなの」

 

 それを、認めた。

 

「私はワガママで悪い子。欲張りで、自分のことしか考えないWolf(オオカミさん)……そのせいで、MuttiにVati、それにローちゃんにも、迷惑かけちゃった。そのことは、悪いって思ってるし、ガマンしなきゃって思うし、私のできる範囲でそうしてきたつもり」

「なら……」

「でも!」

 

 己の業を、我欲を、エゴを、ユーちゃんは認めた。

 けれど、その自分本位で、心優しい、他でもない彼女自身の正義は、否定しない。

 

「私にも、ワガママを通したい時がある。私がガマンするだけならいい。でも、私の友達や、私の楽しさまでは――私の大切なものまでは、あなたには縛らせない! “ローザ”!」

 

 ユーちゃんは、姉の名を呼ぶ。異国の地で名付けられた仇名ではなく、本当の、本来の名前を。

 それはきっと、昔からの呼び名。異邦のドイツで生まれ育って来た時に呼び合ってきた名前だ。

 ローザさんはユーちゃんの真剣さを感じ取ったはず。朗らかで笑顔を絶やさないユーちゃんが、険しく鋭い眼光で、睨むようにローザさんを見つめているのだから。

 佇まいも、空気も、いつものユーちゃんとは思えない覇気で満ちていた。

 

「……あなたのお友達は、あなたを危険に巻き込むかもしれない。私だって、伊勢さんたちを悪く言うつもりはない。彼女たちは、あの時のユーちゃんを助けてくれたから……とても、優しくて、いい人たちなのは、わかるよ」

 

 そんなユーちゃんに対して、ローザさんは逆に、落ち着き払って答える。

 いや、違う。本当は、もっとたくさんの感情が、彼女の中で渦巻いているはずだ。

 けれどローザさんはその混沌とした気持ちを抑えて、平静を保っているに過ぎない。

 ローザさんは努めて冷静な調子のまま、言葉を紡いでいく。

 

「伊勢さんたちは優しくていい人。それは認める。でも、人は悪意なく間違える。過ちを犯す。善人であれ、聖人ではない。本人にそのつもりがなくても、気づかないうちに邪道を歩んでしまうこともあるし、誰かをそこに引きずり込んでしまうこともある。人間なら仕方のないことだよ。悪魔の誘惑は、狡猾で残酷だから」

「…………」

「だから人には、その誘惑を打ち払うだけの強い心が必要。でも、人は誰もが強いわけじゃない。私だって弱いし、何度も間違える。だから私は、人に強さを押し付けられないし、たとえ道を踏み外してしまっても、その過ちを責めることはできない。私に、人に石を投げる資格はないから……だけど、だからって、それが私の大切な人を危険に晒す理由にもならない」

 

 ローザさんは、あくまでも危険は外にあるとして、わたしたちを悪者にはしない。

 その優しい気持ちは嬉しいけれど、そのことと、ユーちゃんを大事にする気持ちは別。

 ローザさんは何物でもない自分の意志で、自分の力で、ユーちゃんに手を伸ばす。

 

「私は、ユーちゃんを――“ユーリア”を守りたい」

 

 今度は彼女が、妹の名を呼ぶ。

 自分でも呼んじゃうくらいお気に入りの仇名ではなく、かつての呼び名を。ずっと呼び続けていた、真の名を。

 

「傷ついて欲しくない、いなくなって欲しくない。ずっと傍にいて欲しい。危険なことは、しないで、欲しい……私の望みは、ただそれだけなの」

「だとしても、私にも譲れないものがあるの。誰にだって壊されたくないものが。私が大事にしたいものが。たとえお姉ちゃんと争うことになってでも、守りたいものが」

「っ……!」

 

 ローザさんは、瞳を揺らして、歯を噛み締め、軋ませる。

 それが引き金となったかのように、彼女は、波濤の如く言葉を放った。

 

「なんでわかってくれないの、ユーリア! ずっと、あなただって怖い目に遭ってきたのに……どうして、それがわからないの!?」

「それ以上に、この世界には楽しいことがあるからだよ! 山に、森に、人の中に! 楽しさが溢れてる! ローザにはわからないの!?」

 

 対するユーちゃんも、声を荒げて言い返す。

 そこにはわたしたちの知らないユーちゃんの顔があった。怒りに満ちていて、激しく荒ぶる怒涛のようだった。

 二人は大荒れに荒れた嵐ののように、数々の言葉を浴びせかける。

 

「それは、自分を傷つけて、大切な人を悲しませてまで……そうまでして得る価値のあるものなの!?」

「家にこもってばっかりのローザには言われたくない! そんなんだからローザは、大切なものを見落とすんだよ!」

「っ……確かに私は、ユーリアに迫る危険も、ユーリアが危ないことをしていることも、気づけなかった……でも! だからこそ! もうあんな悲しいことは起こさせないって誓うんだよ!」

「やっぱりわかってないよ! ローザは、私が大切にしたいもののことなんて、なにもわかってない! なにも見えてない! 本当にワガママで、自分のことばっかりなのは、ローザじゃないの!?」

「ユーリアだけには言われたくない! いつまでも子供のままで、ワガママ言って、MuttiやVatiや、私や、皆に迷惑をかけてるのはユーリアだよ! 私の気持ちも知らないで!」

「ローザだって私の気持ちをわかってない! ローザだって子供だよ!」

「…………」

「…………」

 

 

 

『……Du bist ein Idiot(この分からず屋)!』

 

 

 

 だんだんと、ヒステリックになってきた。

 一度始まってしまえば、堰を切ったように、二人の言葉の嵐は止まない。二人の抑え込んでいた感情が、混沌のまま溢れ出て、飛び交い、荒れ狂う。

 

「もう怒った! ローザ! あなたが私の大事なものを奪うっていうなら……なにも見えないまま、私たちのすべてを壊そうとするあなたはもう、私のお姉ちゃんなんかじゃない!」

「っ……!?」

 

 ユーちゃんが怒りに任せて放った言葉。

 姉ではない。あなたは、姉ではない。

 あまりにも強烈で、残酷な言葉だった。

 その言葉は、ローザさんの胸に深く突き刺さる。

 

「……いいよ。それでもいい。あなたに嫌われても、いいよ」

 

 けれど、ローザさんはその拒絶さえも、受け止めた。

 怒りか、悲しみか、あるいは両方か。震える身体を必死で奮い立たせ、言葉を絞り出す。

 

「たとえユーリアから嫌われても、私はユーリアが好き。ユーリアが大事。だから、私がユーリアを、守るんだ。守らなきゃ、いけないんだ……!」

 

 ローザさんは、強かった。

 なによりも大事なユーちゃんに拒絶されてもなお、彼女の愛は尽きない。

 一方通行になっても、拒まれても、ローザさんの思いはユーちゃんへと向き続ける。

 なんともひたむきで、健気で、儚いのか。

 その姿は見ているだけで、悲愴と悲痛に満ちている。

 

「……私のターン、3マナで《リロード・チャージャー》! 手札を一枚捨てて、一枚ドロー!」

 

 ユーちゃんはそんなローザさんを見て、それ以上、なにも言わなかった。

 残り短い余命(ターン)――恐らくはこれがラストターン――で、為すべきことを為す。

 

「2マナで《勇愛の天秤》! 手札を一枚捨てて、今度は二枚ドロー!」

「……なにかを探してるね。でも無駄だよ」

 

 ローザさんも少しは落ち着いたようで、対戦へと意識を戻す。

 ユーちゃんはドローカードを連打。つまり、なにかデッキの中に欲しいカードが眠っているんだと思う。

 けれど、ローザさんは不敵だった。

 

「私の《鋼鉄》と《正義ノ裁キ》のコンボは無敵だよ。ユーリアじゃ、絶対に破れない」

 

 何度も口にして、何度も体現されている、鉄壁無双の防御陣。

 シールがブレイクされない無敵コンボ。これが破れなければユーちゃんに勝ち目はないけど、これを突破するだけの手段が、ユーちゃんのデッキにはない。

 その事実が、ローザさんの自信の裏付け。誰よりもユーちゃんのことをよく知るローザさんだからこそ成せた、この時、この瞬間だけの、ユーちゃんへの(メタ)

 コンボを破らなければ勝てないが、コンボを破る手段がない。ならばそれはつまり、敗北しかない。

 ユーちゃんの前に伸びるのは、敗北に続く道のみ――だけど、

 

「……確かに、私の戦術じゃ、私の力じゃ、ローザの守りは突破できない。勝てないと思う」

「そうだよ。だからもう、諦めて――」

「でも、それなら話は簡単」

 

 ユーちゃんもまた、不敵に微笑んでいた

 不敵というより、どこかいつものユーちゃんっぽい、朗らかな微笑みに見える。

 

「ローザは知らないよね。私が今までなにをしてきたか。どうやって戦ってきたのか。小鈴さんたちと一緒にいる間に、なにがあったのか」

「……?」

「ローザは私の知らないことをいっぱい知ってる。本で読んだことをたくさん知ってる。でも、それは私も同じ。私だって、ローザの知らないことをいっぱい知ってる。空色の変化を知ってる、森の木々のざわめきを知ってる、おいしい野イチゴを知ってる、怖い獣の住処を知ってる」

「なにが言いたいの、ユーリア」

「私の知ってることを、ローザにも教えてあげるよ」

 

 そう、たとえばそれは、

 

「小鈴さんや、みなさんの――私のお友達の、強さを」

 

 ユーちゃんはピッと、手札のカードを一枚、抜き取った。

 

「私はローザが部屋にこもって手に入れられなかったものを、たくさん手に入れたんだよ。これは、そのひとつ」

「勝てないよ。自分のことしか見えてないユーリアは、ユーリアのことをずっと見てきた私には勝てない」

「Nein.私は勝つよ、ローザ。今のあなたには絶対に手の届かない、とびっきりの強い力で」

「そんなものが……あるわけが」

「あるよ!」

 

 そして、彼女は――

 

 

 

「だって、私は――“ユーちゃん”は、一人じゃないから!」

 

 

 

 ――飛び切りの笑顔を、見せた。

 

「6マナタップ! 《キザム》をEvolution(進化)!」

 

 そのユーちゃんは、いつもの……わたしたちの知っているユーちゃんだ。

 ユーちゃんはにこやかで朗らかな笑顔で、一枚のカードを繰り出す。

 そのカードは――

 

 

 

Das ist die von ihrer entlehnte Magie(これが今だけの、私のマジカル☆ベル)!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「小鈴さん。お願いがあります」

「お願い……? な、なに? わたしにできることならやるけど……でも、もう勝負の日まで時間ないよ」

「だいじょーぶです! ちょっと、貸してほしいものがあるんです」

「貸してほしいもの? 別にいいけど、なにを貸してほしいの?」

「カードです!」

「カード? カードって、デュエマの?」

「Ja! ローちゃんに勝つために……みなさんが幸せになる結末のために、必要なんです。たぶん!」

「た、たぶんって……でも、いいのかな。わたしのカードを貸しちゃって。それに、今からデッキを変えると、みのりちゃんとの練習が無駄になっちゃうんじゃない?」

「それも、だいじょーぶ、です! 貸してほしいカードは一枚だけです。ユーちゃんのデッキは、あんまり変えません」

「そ、そっか。でも一枚変えただけでそんなに変わるかなぁ? それに、ユーちゃんのデッキって確か、禁断のカードの誓約があるから、制限がかかっちゃうんじゃない? わたし、あんまりコマンドのクリーチャーって使わないよ?」

「そんなことないですよ。あるじゃないですか、小鈴さんにはとっても強い切り札が!」

「? コマンドで、だよね。なんだろう、《ガイギンガ》? でもあれは、《グレンモルト》とか、ドラグナーがいないと使えないし……《グレンモルト》はコマンドじゃないから、攻撃できないよ。《グレンモルト》以外のドラグナーは、わたし持ってないし……」

「Nein! 違います! 一番最初にユーちゃんとデュエマした時に、使ってたじゃないですか!」

「最初にデュエマした時? それって、まさか――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

Ich bitte dir(力を貸してください)――《エヴォル・ドギラゴン》!」

 

 

 

 ――わたしの、切り札だ。

 ローザさんはそのカードを目にした途端、瞳を揺らし、目で見て分かるほどに動揺していた。

 

「な、なに、そのカード……知らない。ユーちゃんが、使ったことのない、カード……!?」

「ローちゃんは、ユーちゃんのことはしっかり見てるのかもしれない。でも、ローちゃんが見てるのは“ユーちゃんだけ”だよ。ユーちゃんの周りまでは――ユーちゃんが大事にしてる“お友達”までは、見てないんだ!」

「っ!?」

 

 ローザさんの動揺が、身体の震えが、より大きくなる。

 自分の知らないカード。妹から繰り出される、予想だにしない一手。

 ユーちゃんのことを知り尽くし、その対策を立てて、それで万全だと思い込んでいたローザさんだけに、この予想外のクリーチャーが与えた衝撃は、計り知れない。

 

「これは、ユーちゃんのお友達のカード! お家の中で本ばっかり読んで、ユーちゃんとしかデュエマしなくて、ユーちゃんのことしか見えてないようなローちゃんじゃ、絶対に知らないカードだよ!」

「う……!」

「行きますよ! 《エヴォル・ドギラゴン》で、《煌龍 サッヴァーク》を攻撃!」

 

 《ドギラゴン》が飛翔する。

 巨大で力強い体躯で、正義の龍へと突撃し、力任せに叩き伏せる。

 

「き、《煌龍 サッヴァーク》の能力で、場を離れる代わりに、表向きのシールドを身代わりに……」

「効きませんよ! 《エヴォル・ドギラゴン》は、バトルに勝てば何度でもアンタップする! 倒れるまで、殴り続けます!」

 

 そうだ、《エヴォル・ドギラゴン》はバトルに勝ち続ける限り、無限に攻撃できる。

 破壊を防ぐために身代わりを用意する必要のある《煌龍 サッヴァーク》では、《ドギラゴン》の猛撃を耐えることはできない。

 

「あ、う……いや。そ、それでも《正義ノ裁キ》と《鋼鉄》のコンボは破れないよ! いくらバトルに勝ち続けられても、破壊じゃ、倒せない……!」

 

 《エヴォル・ドギラゴン》が、《煌龍》を叩き潰した。

 けど、それはローザさんの切り札をひとつ、倒したに過ぎない。ローザさんの剣を折っただけだ。

 ローザさんの最強の武器は、剣ではなく盾。彼女の真の切り札は《煌龍 サッヴァーク》ではなく、《サッヴァーク ~正義ノ裁キ~》なのだから。

 そして、その盾をより強固にする《鋼鉄》。この二体の布陣を攻略しなくてはならない。

 けれどわたしの切り札じゃ……《エヴォル・ドギラゴン》じゃ、残念ながらあのコンボを崩すことはできない。

わたしの力だけじゃ、あの壁は超えられない。

だけど、今戦っているのは、わたしではなく、ユーちゃんだ。

ユーちゃんの持っている力は、わたしだけの力じゃない。

 

「ローちゃん」

 

 ユーちゃんの顔に浮かんでいるのは、絶望ではない。

 どんな困難にもめげずに立ち向かい、乗り越え、闇の中を進んでいく、希望の光そのものだ。

 

「あのねローちゃん。ユーちゃんのお友達は、小鈴さんだけじゃないんだよ」

 

 そう言ってユーちゃんは、今度は《エヴォル・ドギラゴン》の隣の狼へと、指を添える。

 

「《キル・ザ・ボロフ》で攻撃する時――侵略発動!」

 

 今度は真っ黒な狼が突撃する。その時、墓地で蠢く影が、二つ。

 

「S級侵略[不死]! 墓地から二体、《デッドゾーン》に侵略!」

「《デッドゾーン》でも無理だよ! 《正義ノ裁キ》は、破壊ならパワー低下でも耐え切ってみせる!」

「そうだね。破壊なら、ね」

「え?」

「手札からもう一枚――侵略」

 

 ユーちゃんはもう一枚、手札を切る。

 狼の上に重ねられた廃車の上に、さらにもう一枚。けれどもそれが求めるのは、腐り落ちた侵略者ではなく、反逆の志だ。

 

「……カード同士でも、《ドギラゴン》にピッタリくっついて。本当に小鈴さんが大好きなんですね」

 

 ユーちゃんは優しい笑みを浮かべると、そのカードを、二枚の《デッドゾーン》の上に、さらに重ねる。

 

「《キル・ザ・ボロフ》は“コスト8”のデーモン・“コマンド”。そして――“革命軍”」

「……?」

 

 あ……

 ローザさんは気づいていないようだけど、その羅列された要素で、わたしたちはすぐにピンときた。

 仲のいい双子の姉妹。

 その亀裂を貪る、裏切りの瞬間だ。

 

Ich niemals verrate dich(私は絶対、あなたを裏切らない)

 

 革命に背き、侵略を剥く、反逆の魔狼。

 それは幾度となく裏切りを重ね、その極点に至る。

 

 

 

Ich bitte dir(力を貸してください)――《裏革命目 ギョギョラス》!」

 

 

 

 腐敗の侵略者も、反逆の狼も、なにもかもを飲み込んで現れたそれは、裏切りの化身。

 人の理想を、意識を、予測を、期待を、あらゆるものを裏切って、勝利と敗北をもたらす始祖の怪鳥。

 そして、わたしの友達の、切り札でもあった。

 

「まさか、みのりちゃんも……?」

「一枚だけでいいから、どうしても貸してほしいって言われたものでね」

「どうりで君、なんかずっとにやけてたのか。ユーは“まだ詰んでいない”と知っていたから」

 

 そしてそれは、ユーちゃんが希望を捨てなかった理由でもあった。

 ユーちゃんは、知っていたんだ。ローザさんの牙城を崩す手段があることを。

 そして、わたしたち(友達)が、助けに来ることを。

 

「また、私の知らないカード……っ! ど、どうして……!?」

 

 立て続けに予想外のカードを繰り出されて、パニックに陥るローザさん。

 今が、チャンスだ。

 

「突っ込みます! 《デッドゾーン》二体の能力で、《煌龍》のパワーをマイナス18000!」

「っ、パワー低下じゃ、《煌龍》を守れない……!」

 

 つまり二体目の《煌龍》も、破壊されてしまうということ。

 そして、《煌龍》が場から離れたということは、

 

「《ギョギョラス》の能力で、《サッヴァーク ~正義ノ裁キ~》をマナゾーンへ!」

 

 もはや《正義ノ裁キ》は、破壊以外の除去を受け付けるようになってしまったということ。

 《ギョギョラス》の大口の前に、《正義ノ裁キ》は飲み込まれてしまう。

 

「《正義ノ裁キ》が場を離れた……!」

「さぁ、ぶち込む時だね」

 

 鉄壁無双の牙城は突き崩された。

 となれば残るは、シールドを打ち砕くだけだ。

 

「マナゾーンから《ドルハカバ》をバトルゾーンに! そして、シールドをブレイク!」

「し、シールド・セイバー! 《アリス》を破壊して、《鋼鉄》のシールドを守る!」

「《ドルハカバ》でシールドをブレイク!」

 

 ユーちゃんの攻撃が通り、ローザさんの最後のシールドが、破られた。

 そして最後の砦である《鋼鉄》さえも、墓地へと落ちていく。

 

「ユーリアさんへの対策はバッチリしてきたみたいだけど、その対策を過信して、足元をすくわれたね。これが決まるから《ギョギョラス》は気持ちいいんだ」

「その快感は知らないが、そうだな。ユーへのガンメタが決まったまではよかったけど、ユーが“他人のカード”を使うところまで読めなかったのが、痛打になったか」

 

 ユーちゃんのデッキについて知り、その対策を立てて勝負に臨んだからこそ、予想できなかった一手によって、脆く崩れ去る。

 ローザさんはユーちゃんを知り尽くしているようで、その実、知らない面もあった。

 それは、ユーちゃんが“なにを見ているのか”。

 ローザさんはユーちゃん本人のことは見ていても、ユーちゃんが見て、大事にしている場所までは、見えていなかった。

 果てのない好奇心と吸収力。わたしたちの戦術を、時としてカードそのものさえも取り込んでしまう、貪欲さ。

 それを少しでも想像できていれば、結果は違ったのかもしれないけれど。

 ローザさんは、ユーちゃんの見ている景色まで、見通すことができなかった。

 

「カードを借りたのは、ローちゃんだけじゃないんだよ。それに、ユーちゃんの借りたカードは、ローちゃんと違って――みなさんの気持ちが、込められているから!」

「っ……!」

「だから、ユーちゃんは負けない。負けるはずがないよ」

「……まだ! まだだよ! 私はまだ、負けてない!」

 

 最後のシールドを破られてもなお、ローザさんの眼に燃える闘志は消えない。

 それはもはや、一種の強迫観念のように、彼女にこびりついて、燃え続けている。

 

「私が、しっかりしなきゃ……ユーちゃんを、守らなきゃ、いけないんだ……!」

 

 最後にブレイクされたシールド。残り一つのシールド。

 その終わりのシールドに含まれる三枚のカード。ローザさんはそのうちの一枚を、叩きつける。

 

「S・トリガー、《ドラゴンズ・サイン》! 手札から《サッヴァーク ~正義ノ裁キ~》をバトルゾーンに! 山札の上から、シールド表裏で一枚ずつ追加!」

 

 そういえば、ドラゴン・W・ブレイカーでシールド一つに、カードが何枚も重なっていたんだった。

 うっかり見落としていたけど、その中にはS・トリガーもあった。ローザさんはさらにシールドが増え、ブロッカーもできた。

 ローザさんはまだ、倒れるつもりはない。全身全霊で守りを固めて、受け切るつもりだ。

 

「ユーのアタッカーは残り四体。シノビの枚数やトリガー次第では、危ないな」

 

 ユーちゃんの場に残されたクリーチャーは、《ドルハカバ》《イーヴィル・ヒート》《ドルマゲドン》に《ドギラゴン》。

 ローザさんにはシールド一枚と、ブロッカーと化した《正義ノ裁キ》が一体。

 目に見えているだけでも、二体分の攻撃が止められてしまう。シノビやS・トリガーが一枚だけなら押し切れるけど……

 

「ここはもう、攻撃するしかありません! 全力で行くよ! もう一体の《ドルハカバ》で攻撃!」

「《正義ノ裁キ》でブロック!」

「《イーヴィル・ヒート》でシールドをブレイク!」

「トリガーは……ないよ」

「ノートリガー……それにシールドがなくなった……!」

「後はシノビが何枚あるかだね」

 

 ユーちゃんの攻撃可能なクリーチャーは残り二体。

 シノビが一枚だけなら、このまま攻め切れる。

 

「《ドルマゲドン》でダイレクトアタック!」

「ニンジャ・ストライク! 《サイゾウミスト》! 墓地とデッキを混ぜて、シールドを追加!」

「やはりあったか、《サイゾウミスト》。一枚くらいは持ってるかもしれないと思ったが……」

「これでまた、トリガーチャレンジだね」

 

 《ドルマゲドン》の攻撃の前に、瞬時に増えたシールドが阻む。

 ここでS・トリガーさえなければ……あるいは、シノビがこれ以上なければ、ユーちゃんの勝ちだ。

 S・トリガーさえ、来なければ――

 

「……S・トリガー!」

「っ!」

 

 ――来てしまった

 彼女に勝利を与えるカードが。

 

 

 

「私の勝ちだよ、ユーちゃん――《ドラゴンズ・サイン》!」

 

 

 

 光の龍の印が結ばれる。

 闇の中を突き進むユーちゃんに、眩い光の壁として、彼女の正義が、立ちはだかる。

 

「これで終わらせる! 《煌龍 サッヴァーク》をバトルゾーンへ!」

 

 現れたのは、煌めく正義の執行者、《煌龍 サッヴァーク》。

 その剣は、悪を裁き、誅する断罪の刃。

 かの龍の処断の前では、あらゆる存在は無に還り、磔刑に処されてしまう。

 

「《煌龍 サッヴァーク》の能力で、相手クリーチャー一体を磔に――」

「無理だ」

 

 だけど。

 その断罪は、制されてしまう。

 

「ローザさん。それはできない」

「なっ……ど、どうして!」

 

 先輩が、ローザさんを止める。

 その能力は、使えないと。

 

「《煌龍 サッヴァーク》の能力は、相手のカード一枚を、相手のシールドの上に表向きにして置く、というものだ。この処理を行うためには、相手にシールドがないといけない。十字架がなければ磔にできないように、相手にシールドがなければ、クリーチャーも磔にはできない」

「そ、そんな……!」

「つまり、結果としてはただブロッカーが現れただけ、ということだね」

 

 そうだったんだ……ただのシールド送りではなくて、相手にシールドがないと発動しない除去だったんだね。

 

「結果論だし、君の選択が間違いだとは言わない。けど、結果的に君は前のターンに攻撃するべきではなかった。《ドルブロ》がトリガーし、とどめを刺せないとわかっている状況で、ユーリアさんのシールドをゼロにするべきではなかったんだよ」

「……いいです。磔にできなくても、問題ありません。ブロッカーが出ただけでも、攻撃は防げる――」

Du nicht kannst,Rosa(無理だよ、ローちゃん)

 

 なんて言ったのかはわからないけど、たぶんユーちゃんは、ローザさんの言葉を否定した。

 そしてそれは、この場の誰もが理解していること。

 理解が及ばないのはきっと、わたしのことをよく知らないローザさんだけだけど……彼女も、すぐに思い出すはずだ。

 

 

「《エヴォル・ドギラゴン》で攻撃!」

「《煌龍 サッヴァーク》でブロック――」

「なら、バトルに勝ったからアンタップするよ」

「っ……!」

 

 《エヴォル・ドギラゴン》は、止まらない。

 《エヴォル・ドギラゴン》は、バトルに勝ち続ける限り、何度でもアンタップする。

 ブロッカーが立ち塞がっても、そのパワーを乗り越えられれば、ブロックは効かないも同然だ。

 《エヴォル・ドギラゴン》のパワーは14000。対する《煌龍 サッヴァーク》のパワーは11000。

 《煌龍 サッヴァーク》では、《エヴォル・ドギラゴン》は、止められない。

 

「そ、んな……!」

 

 剣を折られ、盾を砕かれ、牙城は崩される。

 すべてが崩壊したローザさんに、わたしの――いや、今はユーちゃんの力で、ユーちゃんの切り札――《ドギラゴン》が迫る。

 

「これで終わりだよ、Rosa(ローちゃん)

 

 そしてその一撃で、すべてが終わった。

 

 

 

「《エヴォル・ドギラゴン》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「負け、た……負けちゃった……そんな、こんなことって……!」

 

 対戦は終わった。勝敗は決し、決着はついた。

 そして、途端、ローザさんは泣き崩れた。

 

「なんでっ、なんでこうなるの……っ! 私はただ、ユーちゃんが大切で、ユーちゃんを守りたかった、だけなのに……!」

「ローザさん……」

 

 そうだ。

 わかっていたことだ。

 白黒つけると言っても、それこそ契約的な話に過ぎない。

 そうやって決着をつけたって、本人たちの――負けた方の気持ちは、蔑ろにされる。

 どうしたって禍根は残ってしまう。

 どちらかは、悲しんで、苦しんで、辛くて――傷ついてしまうんだ。

 それが、勝負だから。

 

「……でも、そっか。そう、だよね」

 

 ローザさんは涙を零したまま、渇いた笑みを浮かべている。

 眼は虚ろで、焦点が定まっておらず、放心しているかのように、危うげだ。

 

「こんなんじゃ、ユーちゃんは守れない、よね……使命感ばかり先走って、私には、力がなかった。私のエゴで、ワガママ、か……」

 

 そんなローザさんの姿は、とても痛々しくて、悲しくって、見るに耐えなかった。

 すべてを失って、喪失感に苛まれ、絶望に満ちている。

 そんなローザさんに、ユーちゃんは歩み寄る。

 

「……ローザ」

「もう知らない……ユーちゃんなんて、どこへでも好きなところに行っちゃえばいいんだ」

「ねぇ、ローザ」

「いいよ、私のことは気になくても。大事なお友達と、一緒に遊んでればいいじゃない」

「ローザ、あのね……」

「私のことは放っておいてよ。もう、私はあなたのお姉ちゃんじゃない。関係ない人なんだから――」

「あー、もうっ! いいから聞いてよ! お姉ちゃん!」

「うみゅっ!?」

 

 パシンッ! といい音が鳴り響く。

 いや、っていうか、殴った? ユーちゃん、ローザさんの頭を殴ったよ!? あのユーちゃんが! 信じられない……!

 

「……あの鳴き声、姉妹共通なのか」

「そ、そんなことどうでもいいよっ。ユーちゃんが人を叩くなんて……ど、どどど、どうしよう!? 親御さんになんて言えば!?」

「こすず……おちつけ……ステイ、ステイ……」

「人の話を聞かない奴は殴られるもんさ、小鈴ちゃん」

「だったら君は今頃タコ殴りにされているはずだが?」

「……少し落ち着いたら? 後輩たち」

 

 ちょっと信じられない光景に動揺しすぎてパニックになってしまったけど、謡さんに宥められて落ち着く。

 ユーちゃんは泣き崩れるローザさんと視線を合わせ、まっすぐに、真摯で、真剣な眼差しで、彼女を見つめていた。

 

「いたたた……っていうか、お、お姉ちゃんって……ユーリア、あなた……」

「私、ちゃんと考えたよ。どうしたらみんなが幸せになれるか」

「みんなの、幸せ……?」

「Ja.みんなが納得して、みんなが喜んで、みんなが笑顔になれる、最高のハッピーエンドだよ」

「……そんな都合のいい結末なんて、お話の中だけだよ。現実にあるわけ……」

「あるよ! だって、小鈴さんが――お友達が、教えてくれたから」

 

 ……え? わたし?

 わたし、なにか言ったっけ……まったく覚えがない。

 

「ユーちゃんも、みんな一緒がいい。小鈴さんがいて、恋さんがいて、霜さんがいて、実子さんがいて、謡さんもいる、そんな日常が好き。そんな世界を守りたい」

「守ったじゃない、ユーリアは……私を、倒して」

「Nein! これだけじゃ、まだフジューブンなんです! これだけじゃ、まだ足りない。ユーちゃんはまだまだ、もっともっと、欲しいものがあるの」

「欲張りさんだね」

「そうだよ、ユーちゃんはWolfのように欲張りさんなのです。お友達はたくさん欲しいし、色んな人と仲良くなりたいの! たとえばー、小鈴さん、恋さん、霜さん、実子さんに謡さん。それから、代海さんに、一騎さんに、詠さんに、朧さんに、アヤハさんに……えーっと、とにかくたくさんいるんだけど……」

「……ユーリア、なにが言いたいの? よくわかんないよ」

「ご、ごめんね。ユーちゃん、お喋りは好きだけど、わかりやすく話すのは得意じゃないから……えーっと、えっと……そうです! 小鈴さんの言葉をお借りします!」

「またわたし!?」

 

 わたし、なにか言ったっけなぁ……まったく覚えてないや。

 ユーちゃんは、覚えのないわたしの台詞を引用する。ちょっと、おぼろげな感じで。

 

「ユーちゃんはお友達を、みんなを大切にしたいんです。そして、そのみんなの中にはね、私の、とっても大切で、特別な人がいるの――」

 

 とても優しい目で、ユーちゃんは彼女を見据える。

 たった一人の、血を分け、姿を映した、双子の姉。

 

 

 

「――ローちゃん。ローちゃんも、ユーちゃんにとっての“みんな”だよ」

 

 

 

 ローザさんに、笑いかける。

 愛らしく、明るくて、元気いっぱいの、眩しいくらいの笑顔で。

 

「ユーちゃん……」

「だから――」

 

 そしてユーちゃんは、ローザさんに手を伸ばす。

 

 

 

「――一緒に行こう、ローザ」

 

 

 

「あ……」

 

 誘いかけるように、微笑と共に出された手。

 それはもしかしたら、彼女たちにとっては、特別なものだったのかもしれない。

 

「それって、あの時の……」

「Ja! 私が町に行く時にも誘ったよね。あの時のローザはついて着てくれたけど、今度はどうかな?」

「……ダメだよ。だって、約束が……」

「ユーちゃんは勝ったら小鈴さんたちと一緒にいるとは言ったけど、ローちゃんと離れる約束はしてないよ?」

「でも、あの時と同じじゃ、私はユーリアを守れない……また、同じことを……」

「私はローザに来てほしいよ。私一人だと、すぐどっか行っちゃって、危ないから……だから一緒に来て。私を守って、ローザ」

「ダメ……私は、弱い。暗闇に怯えて、足を止めちゃうような、弱虫だから……ユーリアを、守れない……!」

「その時は私が手を引っ張ってあげるよ。ローザがいれば安心だもん」

「どうして? なんでそこまで私を信じられるの? 私は、ユーリアを守れなかった。今も、昔も……結局は口だけで終わって、気持ちばかりが空回りしてるのに……!」

「そうかな?」

 

 ユーちゃんは、きょとんとした面持ちで、首を傾げる。

 

「私は、そうは思わないけど」

「な、なんで? だって、あの時だって……」

「だってあれは……あの時は、ローザいなかったもん」

「え……?」

「知らない? 私、ローザと一緒の時に危ない目にあったこと、ないんだよ」

 

 ――それは、ローザさんが見落としていた、ユーちゃんだけが知っている、絶対的な信頼であり、安心感だった。

 

「ドイツでユーちゃんが行っちゃダメって言われてた場所に行っちゃった時もそう。ニッポンに来てユーカイされちゃった時もそう。どっちもローザがいなかった。でも、ローザがいてくれた時に、そういうことって起こらなかったよね」

「あ……」

「だから一緒に来て。知らない世界を見て、聞いて、知って……わたしを危険から守って。“みんな”一緒なら、安心できるし、危険もないし、楽しいよ!」

「ぅ……あ、うぅ……」

 

 ローザさんの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちる。

 けれどそれは、悲哀の涙ではない。

 きっと、歓喜の涙だ。

 

「……ずるいよ、ユーリアは。そうやって、いっつも私を唆すんだ」

「えへへ。ユーちゃんはWolf(オオカミさん)だからね!」

Wolf()? Teufel(悪魔)じゃなくて?」

「Nein! だって、悪魔は人を破滅させるでしょ? でも、オオカミさんは最後に痛い目を見る。おっきな失敗をしちゃって、反省して、それで最後には人が笑ってるんだよ」

 

 狼は悪魔じゃない。人を騙したり、誑かすけど、それはあくまでも教訓に過ぎない。

 森と寄り添って生きるとは、狼と共に生きることと同義。狼は悪しきものではあるけれど、切り捨てるものではない。

 悪いことへの反省のために、それはシンボルとしてある。童話の中にある危険は、堕落や破滅なんて大層なものではない。

 怖いけれど、それは“痛い目”に遭うだけ。

 その先が、ちゃんとあるんだ。

 

(ユーちゃん)は、絶対にローザ(ローちゃん)を酷い目にあわせない! 一緒に笑おう! 笑って、みんな一緒にいよう!」

Julia(ユーリア)……!」

 

 ローザさんは躊躇っていたけれど、最後にはユーちゃんの手を取った。

 そして彼女は、自分の姿を映した妹の胸で、ずっと泣いていた――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「先日は、ご迷惑をおかけしました」

 

 月曜日がやって来ました。

 連休明けのちょっと気だるい気分を押しのけつつも登校したわたしたちの前に現れたのはそう、ローザさんだ。

 ローザさんはユーちゃんと一緒に――無事に家出も終わりました。よかったです――学校に来て、わたしたちに頭を下げた。

 

「いや本当にね」

「やめろ実子。終わったことだ、突っかかるな」

「香取さんも、ごめんなさい。失礼なことを言ってしまって……謝ります。私にできることなら、償いもします。なんでも言ってください」

「んー、じゃあ今度なんか奢ってもら――」

「だからやめろと言っているだろ。禍根を残すな」

「いった!? 水早君さぁ、なんか最近、軽率に私のこと殴るよね? 一応、女なんだけど、私。もう少し気を遣ってくんない?」

「倫理という拳は男女平等だ」

「男女平等パンチ……」

「凄まじくハラスメントっぽい」

 

 とまあ、いつも通りのやり取りです。

 霜ちゃんはこんなことを言うけど、みのりちゃんはあれだけ噛み付いていたローザさん相手でも軽口を叩けるくらいには、禍根を残していない。正直、わたしはもうちょっと引きずるのかと思ってたけど、意外とさっぱりしていた。

 

「それで、その……ユーちゃんにも言われて、私も自分で考えて、結論を出しました」

「なに……?」

「私は勝負に負けました。その結果を覆すつもりはありません。そんな不義理なことはできません」

「なんか最後の方、いい話風にまとまってうやむやになった感あるけど、そうだよね。勝負はユーリアさんの勝ちだもんね」

「ですが、私はユーちゃんが大事です。その気持ちも、意志も、譲るつもりはありません」

 

 キッパリと、強い意志で言い切るローザさん。

 

「なので、それらを踏まえたうえでの譲歩です。これからは、ユーちゃんの傍で、私がユーちゃんを守ります。ご存じの通り、私は弱いので、ユーちゃんへの危険が完全に排除されるわけではないのが気がかりですが……私が弱いからこそ、このような結果になってしまったことを重く受け止めなくてはなりません。それが私の責任です」

「難しく考えすぎでは?」

「これが彼女なりの、筋の通し方ってことだろう。認めてやれ」

「で……どう、するの……?」

「それは、その……えぇっと……」

「ローちゃん! Viel Erfolg(がんばって)!」

 

 ローザさんはもじもじと、なにか言いにくそうにしている。

 わたしたちは、彼女の言葉を待つ。なにを言われるのかは、想像つくから。

 

「えーっと、それで、ですね……私一人の力では、ユーちゃんを守りきれないかもしれませんし、私自身もっと強くならないといけません。なので今後は、皆さんの力も借り、そしてなにより私自身が強くなるために、ですね……その、私も皆さんの仲間の輪に加えて欲しいと、思って……あれだけ失礼なことをした後で、図々しいとは思いますし、私なんかがいても、皆さんにご迷惑をおかけしてしまうだけかもしれないのですが……」

「そういう自己評価低いアピールいいから。ストレートに!」

「あっ、は、はいっ! ですので、その! わ、私も、皆さんの、お友達に……して、いただけないでしょうか……?」

 

 頬を赤らめながら、上目遣いで、ちょっと恥ずかしそうに言うローザさん。

 うーん……ユーちゃんとはちょっと違う感じだけど、やっぱりユーちゃんと同じ血が流れているだけあって、かわいい。

 

(……あれ? みんな、どうしてわたしを見てるの?)

 

 誰もローザさんに返事をしない。どころか、わたしに視線を向けている。

 ……代表として、わたしが答えろってこと? なんか、そうやってされるのは緊張するんだけど……

 でも、ローザさんの方が緊張しているっぽいし、ここはちゃんと答えないと。

 

「うん、わちゃっ……!」

「あ、噛んだ」

「あぁ、噛んだな」

「かみまみた……」

「みんながプレッシャーかけるからでしょ!」

「……ふふっ」

 

 あ……ローザさん、笑った。

 初めて見るかもしれない、ローザさんが笑うところって。

 ユーちゃんのように無邪気な笑みではないけど、とても優しくて、穏やかな笑い顔だ。

 

「ユーちゃんの言った通りですね。皆さん、本当に楽しそうです」

「ま、楽しくなかったら友達なんてやってらんないからね」

「小鈴、早くしないと言い直すチャンスを逃すぞ」

「えっ!? リテイクあるの!?」

「そりゃ当然」

「逃げは……許されない……」

「小鈴さんも、Viel Erfolg(がんばってください)!」

 

 だからそうやってプレッシャーをかけられると、緊張して失敗するんだよ……ローザさんまで、なんだか笑いながら期待してるし。

 でも、今度こそ失敗は許されない。次に失敗したら、立ち直れなくなっちゃうかも……

 気を引き締めて、ローザさんをまっすぐに見る。

 

「……うん! わたしの方こそよろしくね、ローザさん」

Ja(はい)……よろしくお願いします、伊勢さん」

 

 ローザさんは、にっこりと微笑みで返してくれた。

 このあたり、やっぱりユーちゃんのお姉さんだ。笑顔が眩しい。

 

「では、私たちの繋がり――えぇっと、日本だと、エン、というのでしたか――に、感謝を述べるとしましょう」

「え、そんな急にミッションな。あなたそんなキャラなの? キャラ付け急すぎでは?」

「いや、なんとなくそれっぽさは感じてはいたけど、まさか本当にクリスチャンだったとは……ユーはこんなんなのに」

「こんなんとはなんですかー!」

「祖国では普通でしたよ。日本人の宗教への関心の低さについてとやかく言うつもりはありませんが、信じる心は大切です。ユーちゃんも、もう少しちゃんと教会に来てくれれば……」

「だって、眠いんですもん!」

「……別に……祈っても、トップ……変わらないし……」

「いいんですよ! 私が勝手にやるだけですから!」

「いきなり怒らせるなよ、君ら……」

 

 プイッ、とローザさんはそっぽを向いてしまう。

 けれどその表情はとても穏やかで、優しかった。

 彼女はなめらかに、歌うように、異国の言葉を口にする。

 

 

 

Moege Gottes Segen mit uns sein(私たちの旅路に、神のご加護があらんことを)――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「恋――話がある」

 

 ある日――具体的には、ユーリアとローザの壮絶な姉妹喧嘩が行われた翌日の日曜日――日向恋は、血縁関係も戸籍上の関係もない、義理の兄に呼び出された。

 話がある。その内容は、既におおよそ、予想がついていた。

 

「単刀直入に聞くぞ。恋……お前、なにをやってるんだ?」

「…………」

 

 恋は黙った。

 なんと答えるべきかもわからないし、答えるべきかもわからない。

 本音のところでは、答えたくない。

 

「ローザさんから話は聞いた。と言っても、彼女も相当混乱しているようで、要領を得なかったのだけれど。それよりもあの時は、彼女の「強くなりたい」「ユーリアさんに勝ちたい」という望みの方が優先された。昨日も同じだ。あの日の主役は彼女たちで、俺は端役に過ぎなかったから、黙っていた。けれど、彼女の話には見逃せないキーワードがあった。俺は“立場上”それを無視できない」

「…………」

「お前なら言わなくても分かるよな――クリーチャーのことだ」

 

 恋は押し黙る。やはり、なんと返事をすればいいのか、わからない。

 一騎は

 

「不思議の国とかなんとかっていうのは、正直まったくわからなかったが、ローザさんは、そしてユーリアさんも、確かに実体を持った“クリーチャー”と言っていた。それらと“戦う”とも。これはどういうことなんだ? 恋」

「それ、は……」

「言えないのか?」

「……つきにぃ……怒って、る……?」

「少しな。お前の返事次第で、鎮まるかもしれないし、もっと怒るかもしれない」

 

 いつもは穏やかで、都合のいい、けれど優しく、頭がおかしいくらいお人好しな兄が、今はとても怖かった。

 まともに目も合わせられない。

 けれど、これは自分が向き合わなくてはならない問題だ。

 いつかこうなると、わかっていたのだから。

 

「もしこれが、お前が勝手にやっていることだったら、俺もそこまで怒らなかったかもしれない……むしろ不安になっただろうな。四月……昔のお前に、戻ってしまったんじゃないかって」

「それは……ない……私は、もう、大丈夫、だから……」

「あぁ。あの人のお陰で、俺もお前は大丈夫だと信じてるよ。けどね、恋。お前が抱えているだろう事は、お前一人の問題じゃないんだろう」

「…………」

「恋。お前は、伊勢さんたちを巻き込んで、なにをやってるんだ?」

 

 やはり、答えられない。

 友人の名を出されて、心臓の動悸がより激しくなる。不安と、焦燥、恐怖……様々な負の感情に、苛まれる。

 

「恋。俺は誘導尋問をしているわけじゃない。本当に、お前がなにをやっているのか、わからないだけだ。でも、お前はきっと、また危険なことをしている。ローザさんじゃないが、俺はお前のことが……それに、伊勢さんたちのことも、心配なんだ」

「…………」

「答えてくれよ、恋。お前たちは、なにをやっているんだ? 実体を持つクリーチャーとの戦いって、まさか……」

「……わからない」

 

 恋は、答えた。

 今の彼女が精一杯に考えた、彼女の答えられる、回答を。

 

「それは……わからない……でも、だいじょうぶ……だから……」

「大丈夫って、お前……」

「おねがい、つきにぃ……これ以上、言わせないで……」

 

 恋の声が震えていた。

 一騎は、そんな恋の姿に驚き、目を見開く。

 

「私に、言わせないで……じゃないと、私……こすず、との、約束……守れない……」

「恋……」

 

 つぅっ、と。

 恋の頬に一筋の線が伝う。

 無表情で、無感動な顔。その癖、感情だけは人一倍に豊か。

 気持ちが表に出ない彼女が、珍しく――一騎の知る限りでは、恋の復学の契機となった出来事以来――今の感情を、行動で、表情で、示した

 それだけ、彼女の中でそのことは大きなことだというのか。

 

「ごめん、なさい……つきにぃ……でも……」

「……わかった。俺が悪かった。もう聞かないよ。だから泣くな。お前が泣くと……どうしたらいいか、わからない。困る」

「うん……ありがと……」

「だけど、二つだけでいい……これだけは聞かせてくれ」

 

 一騎は二つ指を立てる。

 彼女が、彼女たちが、なにをしているのか。それについては尋ねない。

 しかしそれでも、彼には彼の立場があり、彼にも守りたいものがある。

 恋の意志を尊重するとしても、彼の大切なものを蔑ろにもできない。そのために、彼は訪ねる。

 

「それは、(あきら)さんにも、話せないことなのか?」

「それは……」

 

 恋は言いよどむ。

 一騎に話せないことは、誰にだって話せない。けれど今、自分が抱えていることは、かなり特殊なことであると認識し、ちゃんと考える。

 自分たちの繋いだ縁と、出来事。これは、いずれどのような結末を迎えるのか。

 考え、考え、そして答えを出す。

 

「……今、は」

「いつかは話すのか?」

「たぶん……そうしなきゃ、いけない時が……くる、と、思う……」

「そうか」

「その時は……つきにぃ、にも……」

「あぁ。待ってる」

「ごめん……」

「だからいいって。いや、よくはないけど」

「つきにぃ、には……絶対、言うなって……言われてて……」

「俺個人で指名されてるの!?」

「うん……」

 

 驚愕だった。

 

「それで、もう一つ……は……?」

「……俺は、お前のことは信じている。お前は俺よりも強い。だから、大抵のことがあっても、大丈夫だと思ってる。けど」

「けど……?」

「伊勢さんは……お前の友達は、大丈夫なのか?」

「……だいじょうぶ……こすずも、ユーも、そうも、みのりこも、ようも……みんな、強い、から」

「長良川さんまで噛んでるのか……いや、いい。良くないけど、お前を信じて俺は待つよ。遺憾なことだが、俺はお前を救えなかった。だから信じるしかない。それが、俺の義理だ」

「ありがとう、つきにぃ……」

「言うまでもないとは思うけど、俺だって苦渋の決断だ。そこは理解してくれ」

「わかってる……ごめんなさい……」

「わかっているのなら、いいんだ。信じてるぞ、恋」

「うん……信じて……私、負けないから……」

 

 恋は、スッとポケットの中に手を入れる。

 指先に触れる固い感触。自分の相棒であり、魂であり、力であり、あるいは自分自身とも言える、デッキ。

 今まで封じていた自分を、すべて解き放つ。本当の自分を晒し、天まで届く門を開く。その覚悟はできた。

 だからもう、負けるつもりはない。すべてを守ってみせる。

 守るのは、得意だから。

 失うのは、嫌だから。

 だから。

 

 

 

「私が、みんなを……絶対に……守る、から――」




 ユーちゃんのキャラの掘り下げって今までほとんどやらなかったのですが、今回でだいぶ、彼女の胸の内もわかってきたかな、と思います。
 むしろ、今まで全然書いてこなかったツケを、今回ですべて支払った感ありますね……そう思うと今回のボリュームも納得。読者の方々が許してくれるかはわかりませんが。
 さて、次回から新章突入……の前に、最も大事な清算をしておくべきかな、と考えています。ちょっとした昔話も兼ねて、次回は小鈴について触れようと思います。
 誤字脱字、感想、その他諸々、なにかありましたら、自由に仰ってくださいまし。
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