デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

5 / 136
 マジカルベルを執筆する契機となった事柄はいくつかありますが、実はその一つが恋だったりします。詳しく語ろうとすると、説明が長くなるので割愛しますが。


5話「お友達になれたよ」

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 わたしは今とても混乱しています。

 しがない女子中学生であったわたしの前に現れた鳥さんとの出会い。それによって、わたしはこの世界で悪さをしているクリーチャーたちを退治する役目を背負うことになってしまいました。

 冷静になって考えてみると、本当にわけがわからない。今でも納得できてないし、困惑しっぱなし。恥ずかしい衣装まで着せられるし。

 こんな、お母さんの書いてる小説の主人公(魔法少女)みたいなことを、なんでわたしが……ずっとそう思ってるけど、わたしはいつまでも流される。

 今更やめるとも言いだせないし、とにかく今は、このことは誰にもバレないようにしないといけない。人知れずクリーチャーと戦ってるなんて言っても、誰も信じてもらえないだろうけど、知られてしまうのは嫌だ。というか恥ずかしい。

 だからわたしは、この事実を隠し通す。

 絶対に誰にも知られないように、秘密のまま、日常を送り続けるんだ――!

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「《エヴォル・ドギラゴン》で、ダイレクトアタックだよ!」

 

 ダイレクトアタックを決めると、いつものデュエマをする空間が綻んで、いつもの現実に戻ってくる。この感覚はいつまで経っても慣れない。

 

「《カラット・アゲッチ》討伐完了。お疲れさま、小鈴」

「うん、ありがとう」

「さて、それじゃあ早速、このクリーチャーのマナをいただこうかな」

 

 鳥さんはわたしが倒したクリーチャー――倒したことで、マナという光のようななにかになってる――をついばむ。

 最初の頃は食べるたびにえづいていたけど、今はもう大丈夫みたい。小さなマナなら、そのまま丸のみしてしまうくらいには慣れたようだ。

 

「でも、コンビニのからあげの数が減ってるなんて情報、クラスの男の子たちが話してるところを偶然聞いてなかったら、絶対にわからなかったよ。クリーチャーって、たまに変なことしてるよね」

「誰しも譲れないものがあるだろう? それはクリーチャーも同じさ。そして譲れないと強く信じるものほど、他人から見るとおかしなものに見える。そんなもんだよ」

「ふぅん」

 

 譲れないもの、かぁ。

 なんだろう、わたしはそういうの、あんまり深く考えたことないから、よくわからない。

 

「それにしても、やるじゃないか小鈴。ここ一週間、連日クリーチャーを討伐しているよ。やはり僕の目に狂いはなかった」

「本当に疲れたよ、鳥さん、わたしと会うたびにクリーチャーの気配がする、って言って連れ出すんだもん。家に乗り込んできたときもあったよね? あの時、お姉ちゃんとお母さんに出かける言い訳をするの、すっごく大変だったんだからね」

 

 そう。わたしはこの一週間、鳥さんのお願いとして、たくさんのクリーチャーと戦った。

 鳥さんは、クリーチャーを倒すことで出て来るマナが必要らしくて、わたしはそのお手伝いをしている。

 クリーチャーは、さっきのからあげ減少事件みたいな小さなことから、バイクを暴走させたり、人を鬱病にしてしまうような怖いことをするものまでいる。

 鳥さんのお願いがなくても、そんな危険なものを放っておくわけにはいかない。そういうこともあって、わたしは渋々ながらも鳥さんの察知するクリーチャーの気配を追って、こうしてクリーチャーと戦っていた。

 

「今日も疲れたし、帰ろう。お母さんたち心配するし、この格好も恥ずかしいし。鳥さん、早く戻して」

「君はよく自分の格好に不満を言うよね? 君が望んだものなのに」

「た、確かにお母さんの書く小説の主人公(魔法少女)に憧れみたいなのはあったけど、実際に同じ格好になりたいかっていうのとは別問題だよっ!」

「そっか。でも、もう君の願いの方向性を修正するだけの力は残ってないからなぁ」

「さっき食べてた、マナ? をたくさん食べれば、変えられるようになるの?」

「まあ、可能っちゃ可能だけど、そうなった君の存在は、今のままで十分に強い。わざわざ変えることないと思うんだ」

「わたしは恥ずかしいの! もうちょっと大人っぽい格好とかでもよかったのに……」

「君が望んだんだろ」

「そうだけど! でも、だって、いきなりだったんだもん……!」

 

 あの時、鳥さん、ほとんど説明せずにわたしをこんな格好にしたし。こうなるってわかってたら、もっとちゃんと考えたよ。

 

「はぁ……」

 

 それにしても、これからずっと、鳥さんのお願いが終わるまでこの格好で戦い続けなきゃいけないと思うと、憂鬱になる。

 この姿だけは、絶対に人に見られないようにしないと。知り合いに発見されるなんてもってのほか。変な噂になっても困るし、恥ずかしい。

 そう。わたしがこんな恰好で町を出歩いているなんて、誰にも知られちゃいけないんだよ!

 と、希うように決意を固めた、その時だった。

 

 

 

「なに、してるの……?」

 

 

 

 小さな、けれどもはっきりと聞き取れる澄んだ声が、耳に届く。

 とても聞き覚えのあるというか、こんな綺麗な声の持ち主を、わたしは一人しか知らない。

 

「ひ、日向さん……!?」

「ん……」

 

 そう。その人は、クラスメイトの日向恋さんその人だった。

 なぜか文庫サイズの本を片手に、日向さんはいつも通りの無表情でわたしを見つめている。視線だけを下から上へと、赤外線でチェックされてるみたいに、流れるように視線を動かす。

 そして、小さく一言。

 

「コスプレ……?」

 

 神の裁きのような衝撃が走った。

 あまりの衝撃に、わたしは動けなかった。口も開けない。でも、言い訳をしないわけにはいかない。頭の中は真っ白、顔は恥ずかしさでたぶん真っ赤、リンゴみたいな頭で、わたしは慌てて口を開く。

 

「あ……い、えっと、その、あの、これは……」

「……コスプレなら、そういうイベントとか、場所でやった方が、いい……人の趣味に、とやかく口出し、するの、主義じゃない、けど……」

「そうじゃ、えっと、いや、ちがっ、違って、こ、これは……!」

 

 わたしの言葉にならない必死の言い訳も、彼女の前では虚しく響くだけだった。

 日向さんはそう言い捨てると、すたすたと歩き去ってしまった。

 

「…………」

「小鈴? どうしたの?」

「……鳥さん」

 

 残されたわたしは、鳥さんに言った。

 

「わたし……死にたいよ」

 

 鳥さんのお願いを聞き始めてから、約二週間。

 たった二週間で、わたしの秘密は日向さんにばれてしまったのだった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 わたしは非常に憂鬱な気分で学校に来ていた。憂鬱の原因はもちろん、昨日のことだ。

 日向さんに恥ずかしい姿のわたしを見られてしまった。

 恥ずかしさで死にそうです。

 幸か不幸か、日向さんは寡黙だし、その、クラスの中でも孤立しちゃってるから、言いふらされることはないんだけど……知られたという事実だけでも恥ずかしい。

 しかも、日向さんにというのが、なんだか不気味だ。日向さんとは、ユーちゃんの件があってからまったく話もしてないし、わたし自身も日向さんのことはほとんど知らない。

 そんなことをずっと考えていたせいか、お昼休みの時間、不意に言われてしまった。

 

「小鈴ちゃん? どうしたの、さっきから」

「え。な、なにが? みのりちゃん」

「ずっと日向さんのことをちらちら見てるから、なにかあったのかなって」

「そそ、そんなことは、ないよ? なにもないよ、なにも。うん」

「そう?」

「そうそう」

 

 我ながら挙動不審だと思った。みのりちゃんはそれに気づいているのかいないのか、「そっか」って言って引き下がったけど。

 わたしはミニクロワッサンを咀嚼しながら、今度は意識的に日向さんを見る。

 羨ましいくらいに整った顔立ち。小さくて、透き通るような白い肌はお人形さんみたい。わたしもこれくらい可愛ければ、とふと思ってしまうくらいに、日向さんは綺麗な子だ。

 その綺麗さとは裏腹に、いや、もしかしたら彼女の綺麗さの一部なのか、日向さんには表情がない。いつも無表情で、笑ったところも怒ったところも泣いたところもみたことがない。それに、他人にまったく興味を示さないというか、自分から孤独を作っている感じがして、近寄りがたい空気を発している。

 だからこそ、怖い。

 日向さんがわたしの弱み(?)を握って、どうするのか。

 

(でも、クラスでも一人でいる日向さんが、誰かに言いふらすことはしないだろうし、誰にもばれないとは思うけど――)

 

 と、そこで。

 わたしは気づいてしまった。

 日向さんにも、一人ではないときがあることに。

 

「…………」

「小鈴ちゃん? どうしたの? 表情が固まってるけど……」

「あ……う、ううん、なんでもない……」

「そうなの? 体調が悪いなら、保健室に行く?」

「大丈夫だよ、そういうのじゃないから」

 

 でも、保健室に逃げたくなるくらいには、わたしは焦っていた。

 

(そうだよ、忘れてた……日向さんのそばには、先輩がいるよ……!)

 

 剣崎一騎先輩。わたしの思い人。

 入学してからは全然接点がなかったわたしと先輩の間を持ってくれたのも、なにを隠そう日向さんなのだ。実際にはちょっと……結構違うけど、日向さんを介して先輩とお近づきになれたのは確かだ。

 それはどういうことか。簡単だ。日向さんの身内として、先輩がいる。

 つまりつまり、わたしの痴態を言い触らす相手として、日向さんの中には先輩がいるはずなのだ。

 憧れの先輩に、わたしがあんな恥ずかしい格好で外を出歩いているだなんて知られたら……もう生きていけない。

 

「……確かめなきゃ」

「なにか言った? 小鈴ちゃん」

「あ、ううん。なんでもないよ」

 

 みのりちゃんにも知られるわけにはいかないから、そんな風に誤魔化しつつ。

 わたしは、先輩が昨日の出来事を日向さんから聞いているのかどうか、確かめる決意をした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 というわけで。

 勇気を出して、学園生活支援部、通称『学援部』の部室へと赴いた。

 部室棟なんて滅多に来るところじゃないし、そもそもどの部活にも所属していないわたしはこの場所に来るべきではないのだから、わたしがいてもいいのか、という恐れもあり、緊張してしまう。

 それでも、わたしの痴態が先輩に伝わっているのかだけでも確認しないと。知るのがすごく怖いけど。

 もし知られてたら……諦めよう、色々。人生とか。

 そんな不安を胸に、控えめに部室の扉をノックする。

 

「はい、今開けます」

 

 すると、中から返事が返ってきて、ゆっくりと扉が開く。

 出てきたのは、わたしの目的である当人、剣崎一騎先輩だった。

 先輩はわたしの顔をみると、にこりと微笑んでくれる。

 

「あ、伊勢さん。いらっしゃい……いや、部室でいらっしゃいっていうのも変だね。まあいいか。なにか用事?」

「えっと、その……先輩に、お話が……」

「俺に?」

「は、はいっ。あ、その、ご迷惑でなければ……」

「全然迷惑じゃないよ。今は仕事もないし。とりあえず入って」

「お、お邪魔します……」

 

 先輩は部員でもないわたしを快く中に入れてくれる。

 中には誰もいなかった。

 

「今、ちょと皆出払っててね。恋も来てないみたいなんだけど、なにか知ってる?」

「あ……日向さんなら、日直のお仕事を――」

「日直の仕事があるんだね。ずぼらな奴だけど、よかった、ちゃんとやってるんだ」

「――サボろうとしてたので、先生からお説教を受けています」

「……後で俺からもしっかり言っておこう。先生にも謝っておかないと……」

 

 そんなことを言う先輩。先生にも謝るって、先輩は日向さんの保護者かなにかなのかな?

 

「まあ、じゃあ恋はそのうち来るとして、伊勢さん。俺に話って?」

「あ、えーっと、えと、その……」

 

 なんて言おう。なんと聞こう。

 つい勢いでここまで来ちゃったけど、まさか「わたしがアニメの魔法少女みたいな格好で町を歩いてること、知ってますか?」なんて聞けるはずもない。そもそもその質問は知ってる前提の確認でしかないし、そんな風に聞いたらばれてしまう。

 

「……昨日、日向さんから、なにか聞いてませんか?」

 

 だからわたしは、曖昧に訪ねることにした。

 

「恋から? うーん……?」

 

 すると先輩は、腕を組んで考え込む。心当たりがないのか、それともありすぎるのか、唸って必死で思い出そうとしている様が見て取れる。

 

「なんだろう、恋から聞いたこと……アニメの感想とか」

「あ、アニメ?」

「最近読んだ漫画のこととか」

「漫画?」

「ネットで話題のおもしろ動画の話とか」

「おもしろ動画!?」

 

 え、なに? 日向さんって、そういう趣味があるの? ちょっと意外だった。

 いやでも、教室でも普段は物静かに本を読んでいるし、そういうこともある、のかな……?

 

「あとは、そうだなぁ。他の中学に通ってる友達の話は、流石に関係ないよね。なら、聖地巡礼の話かな?」

「聖地巡礼? え? 日向さんって、そういう宗教に……?」

「あぁ、違うよ。宗教的な意味じゃなくて、そこから転じた俗語だよ。恋が言ってるのは、アニメとか漫画とかで、実際にその舞台のモデルになってる土地を歩くことなんだって」

「へぇー……」

 

 そういえばお母さんも、昔旅行で行った観光地を舞台に、小説を書いてたことがあったっけ。わたしたちの住んでいる町をモデルにしたこともある、って言ってたかな。

 

「なんか、生きてるだけで聖地巡礼とか、わけのわからない内容だったけど……」

「はぁ……確かに、よく、わかりませんね……?」

「あぁでも、恋の好きな小説に、この町を舞台にしたものがあるらしくて、最近はたまに家を出て見て回ってるらしいね。昨日も気づいたら家にいなかったし、そういうことなのかもしれない」

「そ、そうなんですね」

 

 ということは、もしかしたら。昨日わたしが日向さんとばったり出くわした時、日向さんは聖地巡礼のまっただ中、ってことだったのかな。

 

「まあ、家で引きこもるよりも健康的だからいいとは思うんだけどね」

「そ……そう、ですね……」

 

 そのお陰でわたしは、あんな恥ずかしい格好を見られたわけなのですが。

 でもそれは日向さんのせいじゃないよね……

 

「昨日、恋から聞いた話はそのくらいかなぁ。後は精々、アニメの録画を頼まれたりだとか、夜食をせがまれたりだとか、そのくらい」

 

 う、うーん。

 これってもしかして、日向さん、わたしのことは話してない?

 

「ひょっとして、恋になにか用事?」

「あ、いや、そういうことでもあるような、ないような……」

 

 たぶん一番用があるのは日向さんなんだけど「昨日のことを先輩に話した?」なんて直接聞いていいものか。聞くのも恥ずかしいんだけど。

 でも、先輩は知らないようだし、なにも話していないなら、それでいいのかな……?

 

「……なに」

「あ、恋」

「えっ? 日向さん? いつの間に?」

 

 まったく物音なく、いつの間にか扉の前に日向さんが立っていた。

 彼女はいつも通りの無表情だけど、なんだろう。雰囲気が疲れてるというか、不機嫌っぽい?

 

「日直、とか、本当、面倒……あんなの、一人の人間に押しつけて、いいものじゃ、ない……時間も手間もかかるし、疲れる……ヘイト溜まりまくり……あんなシステムを考えた奴は、絶対、池沼……」

「日直くらいでなにを言ってるんだ。うちの学校はそんなに仕事量は多くないだろ」

「優秀なつきにぃとは、出来が違うから……私は、粗悪品……」

「またそんなことばっかり言って……まあいいや。それよりも、恋。伊勢さんが、恋になにかあるみたいだけど」

「ふぁっ?」

「……なに……?」

 

 日向さんが面倒くさそうな眼差しでこっちを見る。いや、無表情で無感動な目にそんな感情がこもっているのかは分からない。けど、見ているこっちが不安になるほど、こちらに興味を示さない瞳があった。

 わたしは、その視線に耐えられなかった。

 

「あ、あのっ、わたし……そんな、大きな用事でもないので、その……し、失礼しますっ」

「あ……伊勢さんっ?」

 

 剣埼先輩が声をかけてきたような気がするけど、わたしには聞こえなかった。

 慌てて扉を閉めて、逃げるように学援部の部室から去っていく。

 

「……恋。伊勢さんになにかしたの?」

「……さぁ、なにも……」

「恋のことだから、忘れてるのかな」

「……本当に、身に覚えが、ない……」

「でも、恋が関係していることみたいだし、ちゃんと話をした方がいいよ。友達なんだから」

「そんなつもりは……というか、別に、友達じゃ……」

「いいから。これも持って」

「なんでこんなの……」

「一応ね。きっかけがこれなんだし、いつものだと話にならないからね。ほら、早く」

「むぅ……つきにぃが、そこまで言うなら……面倒だけど、しかたない――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「……逃げたのは、失敗だったかなぁ」

 

 廊下を一人で歩くわたしは、ふと呟く。

 明らかに怪しいというか、挙動不審というか、おかしな子だと思われても仕方ない立ち去り方だった、と思う。

 こんなはずじゃ、なかったんだけどなぁ。

 人のせいにするつもりはないけど、日向さんのあの目を見ていると、なんだか不安になって、冷静じゃいられなくなって、思わず逃げてしまったのだ。

 なにを考えているのか分からない、不透明でくらがりを持った目。

 その奥には、なにがあるのか。

 

「――小鈴!」

「え? うわっ!」

 

 物思いに耽っていると、声をかけられた。反射的に顔を上げると、横の窓からなにかが飛び込んでくる。

 鳥さんだ。

 遂に学校にまで乗り込んできた。

 

「と、鳥さん……学校にまで来ちゃダメだよ」

「こっちの方にクリーチャーの気配を感じたから、急いで飛んできたんだよ。ちょうど小鈴も近くにいたみたいだったから」

「クリーチャーの気配って……学校で?」

「恐らくはこの建物の中だ。しかも、凄く近い。すぐそばだよ」

「すぐそばって……」

 

 周囲をぐるりと見回すけど、誰もいない。

 ここはもう部室棟じゃないし、放課後の校舎に残ってる人なんて、そうそういない。大抵の人は部活に向かうか、帰るか、精々図書室に行くくらいだ。

 

「誰もいないよ?」

「そんなことない。いや、もしかしたらクリーチャーの姿のままなのかも……小鈴も、もっと注意深く見て」

「そんなこと言われても……」

 

 わたしの目が見える範囲には、なにも見えないし、誰もいない。今わたしが見えていないとしたら、窓の外か、教室の中くらい――

 

「――?」

「小鈴? どうしたの?」

「なにか、聞こえる……?」

 

 耳を澄ませてみると、なにかが小さく鼓膜を震わせている。なんの音だろう。

 音源はたぶん、教室の中。第三資料室というプレートが掛けられた教室からだ。

 わたしはゆっくりと教室の扉に耳を寄せる。すると音の正体がはっきりしてきた。激しい音だ。ビリビリと、紙を引き裂くような音。

 

「なにしてるんだろう……」

「小鈴、この中からクリーチャーの気配がするよ」

「この中から? でも、紙を破るような音しかしないよ?」

 

 クリーチャーが紙を破ってる? 随分とやることが小さいと思った。

 でもここは資料室。入ったことないしよく分からないけど、たぶん、授業で使うプリントとかが保管されている教室。その中にあるものが破られていたとすると、

 

「授業に支障が出ちゃう……かもしれない」

 

 この部屋にどんな資料があるかはわからないし、わたしたちの授業と関係するものがあるとも限らない。

 わたしも勉強が好きなわけじゃないけど、授業が遅れたりするのは、ちょっと困る。なにが困るって言われると、答えにくいけど……

 わたしは音を立てないように、ゆっくりと扉を引いた。

 

「し、失礼しまーす……」

 

 鍵は開いていた。とりあえず礼儀として、聞こえないくらいの小さな声で、そう言ってから教室に入る。

 教室は電気がついておらず、薄暗い。たくさんの段ボール箱が床にたくさん積み上がっていて、棚にはプリントやファイル、教科書らしき書籍が詰まっていた。そのせいか、部屋の中はとても狭くて窮屈な印象がある。それに埃っぽい。

 部屋にはいると、音の正体はよりはっきりした。確かに、びりびり、と紙を破る音が聞こえる。それも、何度も何度も、継続して。

 ダンボールを蹴らないように、足下に注意しながらゆっくりと資料室内を進む。教室は棚が並んで壁みたいになってて、二つの部屋を作るみたいに分断されていた。

 奥まで進むと、棚の隙間ができていて、そこから分断されたもう一つの部屋に進める。わたしはそぉっと棚の陰から首を伸ばして、様子を窺う。

 そこには、スーツ姿の男の人がいた。顔はよく見えないけど、たぶん知らない先生だ。

 先生はプリントを持って、それを縦に思い切り引っ張って、半分に引き裂いた。びりびり、と大きな音がする。

 裂かれたプリントを、さらにもう半分、もう半分、と何度も何度も裂いていく。プリントがもう裂けないくらいになると、新しい紙を手にして、また引き裂いていく。

 

「……なにをしてるんだろう」

「分からないけど、彼から強いクリーチャーの気配を感じるのは確かだね」

「そうなの?」

「あぁ。闇の気配だ」

 

 こんなところにもクリーチャーがいるなんて。驚く一方で、なんとなく納得してしまう。もうわたしは鳥さんに毒されているのかもしれない。

 

「えっと、とりあえず、どうしたらいいんだろう?」

「いつもみたいにデュエマで倒せばいいよ。さぁ、行くよ小鈴。まずは衣装チェンジからだ」

「う、うん……え?」

 

 我ながら間の抜けた声をあげたと思った、その時。

 わたしの格好はいつもの恥ずかしいアレになっていた。

 

「ちょ、ちょっと鳥さん! いきなりすぎるよ……!」

「遅かれ早かれだよ。早くクリーチャーは討伐した方がいいだろう?」

「そういうことじゃなくて……それに衣装チェンジって、もしかして鳥さん、わたしにこの格好させるの楽しんでない?」

「そんなことないよ。それよりもほら、行くよ」

「ちょ、ちょっと待ってって。まだ、二重の意味で心の準備がーー」

 

 鳥さんがわたしの服の袖をついばんで引っ張る。

 デュエマする準備も、この格好で人前にでる準備も済んでいない。もう少し時間が欲しい。

 だけどそんな時間は、誰からももらえない。

 どころか、わたしの心を乱すことが、さらに起こってしまう。

 

「――なにしてるの……?」

 

 資料室に澄んだ声が通る。

 わたしはハッとして振り返る。するとそこには、小さな女の子がいた。

 

「ひ、日向さん……!?」

「……学校でコスプレは、ちょっと……引く……」

「ち、違うの! この格好には訳があってーー」

 

 まさか、こんなところに日向さんがいるだなんて。部室にいると思ってたのに、どうして?

 とにかくわたしは言い訳をすることで頭がいっぱいだったけど、すぐに良い言い訳が思いつかない。どころか頭が真っ白になって、なんと言えばいいのか分からない。

 だから、いたずらにパニックになってるだけだった。

 

 

 

「――誰だ」

 

 

 

 そんなときに、低い声が聞こえる。

 振り返ると、先生が恐ろしい形相でこちらを睨んでいる。

 

「あ……その、えと……」

「…………」

 

 わたしはパニックにパニックが重なって、まともに喋れなかった。日向さんも、口を開かない。

 

「……見たな」

「え?」

「俺の愉悦に浸る至福のひと時を……俺が満たされるこの時間を。なにもかもをビリビリに破り捨てる、最高の瞬間を……見たな?」

 

 そのときだ。

 先生はもう先生ではなかった。

 それはガイコツだ。全身が骨でできている怪物。

 

「《キルビリー》か。そこそこ大物がでてきたね」

 

 確かに、見るからに強そうな見た目をしている。

 

「お前らぁ……俺様の悦楽を邪魔した罪は重いぞ」

 

 ガイコツさんがそう言うと、手の中が光った。バチバチと電気がスパークするみたいな音が聞こえる。

 それだけで、わたしはなにか危ないものを察知した。

 

「お前らもビリビリに、破れちまいな!」

 

 ガイコツさんの手の中で光っていたものが、放たれた。光線だ。赤外線とかX線とか、そんな優しい光線では、ないと思う。

 その光線の行き先を、ガイコツさんはどのくらいちゃんと設定したんだろう。気になるけど、そんなことはどうでもいい。

 重要なのは、その光線の行き先に、日向さんがいることだ。

 

「――!」

 

 ……友達、とは呼べないかもしれない。

 クラスメイト。そう、ただのクラスメイトだったんだ。

 つっけんどんで、なにを考えているかもわからないし、言葉で多くは語らない。

 関わりは希薄で、今でも快く思われていないか、ほとんど無関心という感じ。

 だけど日向さんは、先輩の大切な人なんだ。

 それに、わたしにとっても――

 一瞬のうちに、たくさんのことが頭をよぎった。

 思考を介さず、ほとんど反射で、なにも考えずにわたしは動いていた。

 

 

 

「日向さんっ!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 バチバチバチ! と激しい音が頭の中で爆散するように響き渡った。

 

「……っ」

 

 自分でもなにが起こったのか分からない。気づいたら体が動いてて、気づいたら動かなくなってた。

 ……あれ、本当に動かない。

 体がとても重い。目は開いてるはずなのに、視界がスパークしてて上手く見えない。耳も、耳鳴りが酷くてなにも聞こえない。

 でも、だんだんとそれらも回復してくる。

 体は依然重いままだけど、視界は良好になって、耳からも声が聞こえてくる。この声は、鳥さん……?

 

「――じゃあ、頼んだよ」

「……分かった」

 

 わたしの目に映るのは、日向さんの後姿だった。

 彼女はガイコツさんに向かっている。それに、その手には、デッキが握られていた。

 

「日向、さん……?」

 

 気づけば、彼女は消えていた。

 そして私は理解した。

 彼女は対戦の舞台に、行ってしまったのだと。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 閃光が瞬いたと思ったら、身体は突き飛ばされていた。

 そして目の前には、最近になって妙に出会う機会が増えた、クラスメイトらしき少女が倒れている。

 

「……なに、これ……どういうこと……」

「小鈴! 小鈴、しっかり!」

 

 騒がしい声が聞こえる。

 そこには、鳥がいた。なんで学校にこんな鳥がいるのか分からないけど、というかなんで喋ってるのかも分からないけど、とりあえずそれは鳥だった。

 なんとなく、どこかで見たことがあるような。あるいは、どこかで感じたことがあるような気がする。見るからにウザそうだけど、なぜかあまり不快には思わない。

 鳥はクラスメイトの少女をつっついて叫んでいる。少し痛そうだ。けれど、少女は起きない。

 

「まずい、このままじゃ……!」

「…………」

 

 まずい、ということに関しては、同感だ。

 さっきの光線。その発生源に、目を向ける。

 

「ビリビリビリィ……!」

 

 骸骨みたいな化け物が、こちらを見つめている。

 よく分からないけど、とりあえずこいつは敵だ。今の一連の出来事で、そう判断する。

 

「こんな時、どうすれば……誰か、小鈴の代わりに……」

「…………」

「君は……そうだ!」

「……嫌な、予感」

 

 沈黙は無意味だった。とても、面倒くさいことに巻き込まれた気がする。

 だけど――そんなことも、言っていられないか。

 

「君、小鈴の仲間だよね? 力を貸してくれ」

「……なに……?」

「簡単だよ。デュエマしてくれるだけでいいから」

「……ふぅん」

 

 デュエマする。それは、あのクリーチャーと、ということだろう。

 なんとなく、分かった。そして読めた。

 無知でも、馬鹿でも、愚かでも。

 自分のできること、するべきことくらいは、なんとなくでもわかる。

 

「本当は小鈴みたいに、力を具現化させたいんだけど、生憎その力は僕には残されていないから、そのままの姿になるけど――」

「よく分からないけど……分かった」

 

 クリーチャーと対戦する。現実味があることじゃないけど、今こうしてここにあることが現実だ。

 それに、こんな非現実的なことは、慣れている。

 私はデッキを手にしようと、デッキケースに手を伸ばすが、

 

「ん……そういえば、デッキ……」

 

 いつものデッキはない。あの時、渡されたデッキしかなかった。どうしよう。

 いや、どうしようもないか。このデッキを使うしかない。

 即決即断。悩むのは、好きじゃない。不安しかないが。

 

「じゃあ、頼んだよ」

「……分かった」

 

 鳥に促されて、私はデッキを握り、骸骨のクリーチャーに向けて歩を進める。

 デッキはいつもと違うけど。

 いつも通りの、デュエマの――始まりだ。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「《奇跡の玉 クルスタ》を召喚……」

「《特攻人形ジェニー》を召喚! 即破壊し、手札を一枚墓地へ!」

「《白騎士の霊騎ラジューヌ》を召喚……《クルスタ》でシールドブレイク」

「呪文《ボーンおどり・チャージャー》! 山札の上から二枚を墓地に送り、チャージャーをマナへ!」

「マナチャージ……《クルスタ》と《ラジューヌ》でシールドをブレイク……」

「もう一度呪文《ボーンおどり・チャージャー》だ。トップ二枚を墓地に送り、2マナで《友愛の天秤》を発動。パワー2000以下の《ラジューヌ》を破壊だ!」

 

 

 

ターン4

 

 

場:《クルスタ》

盾:5

マナ:4

手札:1

墓地:2

山札:27

 

 

キルビリー

場:なし

盾:2

マナ:6

手札:4

墓地:6

山札:22

 

 

 

 なにが起こっているのか分からないけど、どうやら、日向さんとガイコツさんがデュエマをしているようだった。

 日向さんはまだシールドが五枚あって、手札は一枚だけだけど、バトルゾーンには《クルスタ》がいる。

 ガイコツさんはもうシールドが残り二枚。バトルゾーンにクリーチャーもいないけど、墓地にカードを置いてることと、マナが増えていることが気になる。

 

「ドロー、マナチャージ……《ガガ・ピカリャン》を召喚……ドローして《一撃奪取 アクロアイト》召喚……《クルスタ》でシールドをブレイク」

 

 《クルスタ》の攻撃でガイコツさんのシールドがいよいよ一枚になった。日向さんの場にはクリーチャーが三体いるし、全部アンタップ状態。

 流石は日向さん、かなり優勢にデュエマを進めてる。

 

「思ったより雑魚……こっちにはアタッカー三体……殴り切るの、余裕……諦めたら……?」

「さて、どうだかなぁ。こっちにはまだ、秘策が残ってんだよ」

「秘策……?」

 

 ガイコツさんは自信満々に言う。なんでだろう。次のターンにはもう負けちゃいそうなのに。

 そう思っていたら、ガイコツさんはマナゾーンのカードを七枚全部タップして、“秘策”を呼び出す。

 

「出て来いや! 《邪眼教皇ロマノフⅡ世》!」

「それは……」

 

 ほんのちょっとだけ、日向さんの眉が動く。

 なんだろう、あのクリーチャー。7マナも支払ったわけだし、凄く強いクリーチャーなんだろうけど。

 

「《ロマノフⅡ世》の能力発動! こいつが場にでた時、山札の上から五枚を墓地に送り、その中から呪文を唱えるぜ!」

「……しょせんは運任せ……だけど……」

 

 めくられるカード次第では、逆転もあり得るカード。日向さんも、そう思っているのかもしれない。

 わたしにはどんなカードが来るのか想像もつかないけど、日向さんはなんとなく予想できてるみたい。だからか、目が少しだけ険しいように見える。

 《ロマノフⅡ世》の能力で、ガイコツさんの山札から、カードが五枚、墓地に送られる。カードの効果は全然分からないけど、墓地に置かれたカードを見ると、《白骨の守護者ホネンビー》《勇愛の天秤》《邪眼教皇ロマノフⅡ世》《煉獄と魔弾の印》《特攻人形ジェニー》。

 その中から、四番目に墓地に置かれたカードが、怪しく光る。

 

「来たぜ来たぜ! 《煉獄と魔弾の印(エターナル・サイン)》を発動!」

「やっぱり……」

「こいつの効果で、墓地からコスト7以下の闇か火のクリーチャーを、スピードアタッカー付きで呼び戻す!」

 

 虚空に怪しげな印が結ばれ、魔方陣が浮かび上がる。

 鬼火のような炎が揺らめいて、電流のようなものが弾け、魔方陣は墓地とバトルゾーンを繋いだ。

 そして、張り裂けるような音が響き渡り、墓地からガイコツみたいな龍、魔方陣を通ってバトルゾーンに出て来る。

 

 

 

「さぁ、俺様登場だ! 《破線の悪魔龍 キルビリー》をバトルゾーンへ!」

 

 

 

 その時、わたしは悟った。

 ガイコツさんが墓地にカードを置いていたのは、あの呪文――《煉獄と魔弾の印》のためだったんだ。

 墓地からクリーチャーを戻せるってことは、墓地を手札みたいに使えるってことだと思う。だから、好きな時に墓地から好きなクリーチャーを出せるように、墓地を増やしてたんだ。

 

『まだまだぁ! 俺の墓地にクリーチャーが六体以上いるため、《百万超邪(ミリオネア) クロスファイア》を(グラビティ)・ゼロで召喚だ!』

「……でも、打点は足りてない……《ロマノフⅡ世》は召喚酔いだし……」

『誰がこのターンで終わらせるつったよ! 俺様で攻撃! 俺様の墓地にカードが八枚以上ある時、それらすべてを山札に戻すことで、《キルビリー》の能力起動! 相手クリーチャーのパワーをすべて-8000だ!』

「っ……!」

 

 ガイコツさんが攻撃する。その時、ガイコツさんが増やした墓地のカードが、全部山札に戻っていく。

 すると、ガイコツさんは黒い光線を散らすように放った。その光線に触れた日向さんのクリーチャーは、どんどん弱っていって、すぐに骨になって倒れてしまった。

 パワーが0になると、クリーチャーは破壊される。ユーちゃんとのデュエマで知った知識だ。ユーちゃんは大きくてもパワー6000までしか下げなかったけど、ガイコツさんは8000、しかも相手クリーチャー全体のパワーを下げてきた。それがどれだけ強いかは、わたしでも分かる。

 ガイコツさんの攻撃で、一瞬にして日向さんのクリーチャーはいなくなってしまった。

 

『《キルビリー》でWブレイク! 《クロスファイア》でもWブレイクだ!』

「……トリガー……ない……ありえな……」

 

 加えて二体の大きなクリーチャーが攻撃を仕掛けてくる。スピードアタッカーを付与されている《キルビリー》に、元々スピードアタッカーを持っているらしい《クロスファイア》。二体のWブレイクが決まって、日向さんのシールドも一枚になってしまった。

 これって、凄くピンチなんじゃ……日向さん、大丈夫なのかな。

 

 

 

ターン5

 

 

場:なし

盾:1

マナ:5

手札:4

墓地:5

山札:25

 

 

キルビリー

場:《ロマノフⅡ世》《キルビリー》《クロスファイア》

盾:1

マナ:7

手札:3

墓地:0

山札:26

 

 

 

「……《ラジューヌ》《アクロアイト》を召喚……ターン終了」

 

 日向さんのターン。日向さんは、二体のクリーチャーを出すことしかしなかった。

 ブロッカーも出さなかったし、これって、日向さんも打つ手がないってことじゃ……

 もしかして、日向さんが負けちゃう……?

 

「《白骨の守護者ホネンビー》を召喚。トップ三枚を墓地に送り、二体目の《ホネンビー》を回収。そのまま召喚し、再び効果発動。トップ三枚を墓地へ、《特攻人形ジェニー》を回収だ」

 

 ニヤリと、ガイコツさんが微笑む。

 とても、嫌な笑みだった。

 

「これで終いだな。《ロマノフⅡ世》で最後のシールドをブレイク!」

 

 《ロマノフⅡ世》が、日向さんの最後のシールドを撃ち抜く。

 

「……S・トリガー」

 

 ここで引かないと、というところで、日向さんは引いた。

 この危機的状況を切り抜ける、S・トリガーを。

 

「《聖歌の聖堂ゾディアック》……」

「っ、ちぃ!」

「マナ武装5達成……《キルビリー》《クロスファイア》《ホネンビー》をフリーズ……」

 

 日向さんが引いたS・トリガーは、呪文カード。《聖歌の聖堂ゾディアック》。

 相手クリーチャーを三体選んでタップする呪文みたいだけど、マナ武装5で、マナゾーンに光のカードが五枚あれば、タップしたクリーチャーを次の相手ターンのはじめにアンタップさせなくする。

 これでガイコツさんの攻撃できるクリーチャーを、少しの間だけだけど封じ込めることができた。

 

 

 

ターン6

 

 

場:《ラジューヌ》《アクロアイト》

盾:0

マナ:6

手札:2

墓地:6

山札:24

 

 

キルビリー

場:《ホネンビー》×2《ロマノフⅡ世》《キルビリー》《クロスファイア》

盾:1

マナ:8

手札:3

墓地:4

山札:19

 

 

 

 だけど、ガイコツさんの場には、ブロッカーが二体もいる。一体はタップしてるけど、日向さんの並べたクリーチャーじゃ突破できないし、パワーも勝てない。

 封じ込めることができるのは、次のターンまで。その間にガイコツさんのシールドを割って、とどめを刺したいだろうけど、攻撃できるクリーチャーが足りないし、日向さんがそうしたように、トリガーも怖い。

 日向さん、どうやってこの状況を切り抜けるんだろう。

 

「マナチャージ……《アクロアイト》の能力でコストを1軽減……《奇跡の玉 クルスタ》を召喚」

「今更そんな雑魚を出しても無意味だぜ!」

「無意味かどうかは、その眼で確かめればいい……」

 

 日向さんはそう言って、残りの5マナをタップした。

 

「《ラジューヌ》の能力でコスト1軽減……《クルスタ》を進化」

 

 そして、今さっき出した《クルスタ》の上に、さらなるクリーチャーを重ねる。

 ガチャリ、と《クルスタ》の中でなにかが動く音が聞こえた。そのまま球状の身体を分解するように、あらゆる方向に伸ばしていく。首が伸び、胴が伸び、脚が伸び、尻尾が伸び、それらが光に包まれ、サファイアの宝玉と翼、そして輝く星を授ける。

 そう、進化したのだ。

 

 

 

「――《聖霊龍王 ミラクルスター》」

 

 

 

 一度、見たことがある。

 わたしが初めてデュエマをしたとき。わたしの初めての相手をしてくれた日向さんが出した、彼女の切り札。

 それは、馬――それも翼の生えた天馬――のようなクリーチャー。神々しいほどの純白の毛並に、光り輝く大剣、胸で煌めく星の紋章など、とにかくキラキラしていて綺麗だ。

 その高潔さは簡単に触れてはいけないようなものな気がして、ちょっとだけ、日向さんと似ていた。

 

「《ミラクルスター》の能力発動……《ホネンビー》と《ロマノフⅡ世》をフリーズ……」

「っ、ブロッカーが……! それに、アタッカーが増えやがった……!」

 

 わたしも一度経験しているから、《ミラクルスター》の能力は知ってる。

 場にでたときに、相手クリーチャーを二体タップして、その二体を次の相手ターンのはじめにアンタップさせない能力。《聖歌の聖堂ゾディアック》を、少し小型化したみたいな能力だ。

 でもこれで、S・トリガーで出た《聖歌の聖堂ゾディアック》と合わせて、ガイコツさんのクリーチャーを全部封じ込めることができた。それに、ブロッカーもタップさせたから、攻撃が通る。

 

「攻撃もブロックも、ぜんぶ止めた……だけど……」

 

 このまま攻撃すれば勝てる。わたしはそう思うけれど、S・トリガーが怖い。

 日向さんも同じことを考えているのか、すぐには攻撃しなかった。ジッと、ガイコツさんの場全体を見つめている。

 わたしも同じように考えてみる。ガイコツさんのバトルゾーンのクリーチャーは全部、次のターンにはアンタップできないから、1ターンは確実に攻撃を受けないはず。それなら、もうちょっとクリーチャーを出して、S・トリガーが来ても攻撃できるクリーチャーが残るようにしてから攻撃するとか、先にバトルゾーンのクリーチャーを破壊してから攻撃するとか、そういうこともできそう。

 そんな風に考えていると、ぽつりと、日向さんは声を漏らした。

 骸骨さんには、ちゃんと聞こえるような声で。

 

「……《クロスファイア》か、《5000GT》あたりを、握ってる……?」

「!」

「……図星」

 

 一瞬、わたしにはどういうことか、分からなかった。

 

「G・ゼロは無理だけど、《クロスファイア》は手出しできるし……墓地にクリーチャーが三体だから、《5000GT》はコスト9、次のターンに出せる……」

「読まれてたか……!」

 

 歯噛みするガイコツさん。《5000GT》? っていうカードは分からないけど、《クロスファイア》は、さっき出してたクリーチャーだよね。今もバトルゾーンでタップしてる。

 えっと、もし日向さんの言うように、ガイコツさんが手札に《クロスファイア》を持ってるなら、次のターンに出して、スピードアタッカーで攻撃すれば、ブロッカーもシールドもない日向さんにとどめが刺せる、ってことなのかな。

 そっか。相手の手札にあるカードも考えると、むしろ対戦を長引かせるのは、不利になっちゃうんだ……

 

「いつもの私なら、制圧を考えてた……でも、このデッキだし……制圧するよりも、殴る方が、勝てるかな……それに、そのデッキのトリガーなら、今のクリーチャーでも問題なさそう……」

 

 わたしは下手な考えで悠長なことを考えてたけど、日向さんはそれも一つの可能性として、どの選択肢が最善なのかを考えてたんだ。

 先にクリーチャーを破壊する、トリガーに備えてクリーチャーをもっと並べる。そういった長引かせるプレイングと、今すぐに決着をつける、S・トリガーで逆転されないか考える。これらのプレイングを天秤に掛けて、どちらが良いかを測っていた。

 やっぱり、日向さんはわたしよりもずっとデュエマが上手いんだ。

 

「私のアタッカーは三体……シールドは残り一枚……アタッカーを二体、うち一体はパワー12000のTブレイカー……これを潰すことのできるトリガーがあるかどうか……試してみる……?」

「ぐ……!」

「……《アクロアイト》で最後のシールドをブレイク」

 

 この場合の最善手として、攻撃することを選んだ日向さんは、《アクロアイト》から攻撃する。

 この攻撃でガイコツさんのシールドはゼロになった。トリガー次第では逆転されちゃうけど、そもそも出なければ……と思ったけど、ガイコツさんは最後のシールドからトリガーを出した。

 だけど、

 

「畜生ッ……S・トリガー発動! 《インフェルノ・サイン》! 墓地の《壊滅の悪魔龍 カナシミドミノ》を復活! こいつの効果で、相手クリーチャーのパワーはすべて-1000! さらにクリーチャーが破壊されるたびに、追加で-1000! 《アクロアイト》と《ラジューヌ》を破壊! 二体破壊されたから、-2000追加だ!」

「……《ミラクルスター》のパワーは12000……-3000程度じゃ、話にならない……」

「クソッ……!」

 

 墓地からクリーチャーが出されたけど、そのクリーチャーでは、《ミラクルスター》は破壊できなかったみたい。

 日向さんの場には、進化してすぐに攻撃可能な《ミラクルスター》が残ってるから。

 

 

 

「《聖霊龍王 ミラクルスター》で、ダイレクトアタック――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 対戦が終わった。

 ガイコツさんの姿は消えて、先生が倒れてる。大丈夫かな?

 いや、それよりも、大事なのは、

 

「……終わった」

「日向さんっ」

 

 わたしは起き上がって、日向さんに駆け寄る。

 まだちょっと身体は重いけど、もう動けるくらいには回復した。

 

「……どうしたの」

「どうしたのって、その、えぇっと……」

 

 慌てて駆け寄ったはいいけど、言葉が続かなかった。

 日向さんは涼しい顔――というより、いつもの無表情のまま、こちらを見つめている。あんな非現実的な現実を目の当たりにしても動じないあたり、すごいと思う。

 それよりも、どこから説明すればいいんだろう。

 わたしが必死で考えていると、先生の呻き声が聞こえてきて、体が震えた。

 

「そ、そうだ、早くここから離れないと……鳥さんっ、この服どうにかしてっ」

「もう大丈夫なのかい? クリーチャーの攻撃をまともに食らったんだ。その状態の君ならダメージは小さく抑えられたと思うけど、まだ――」

「いいから!」

「わ、分かったよ……はい」

 

 すると、わたしの格好はいつもの制服に戻っていた。これで外に出られる。

 

「ひ、日向さん、とりあえず外に……!」

「ん……」

 

 わたしたちは急いで資料室を出る。この時間、廊下に人はいないけど、流石にここで話をするのはまずい。誰に聞かれるか分からない。

 適当に人気のなさそうな教室に目を付けて、わたしたちはそこに飛び込んだ。

 

「こ、ここなら、大丈夫かな……日向さんは、大丈夫?」

「別に……なんとも、ない」

「そっか、よかった……」

 

 それよりも、だ。

 とりあえず人のいないところに移動したけど、ここからどうしようか。

 いや、どうするかなんて決まっている。あの姿を見られて、鳥さんの存在も知られて、なによりもクリーチャーと戦わせてしまった。

 すべてを、打ち明けるしかない。

 

「えっとね、日向さん。驚かないで聞いて欲しいんだけど……」

「……うん」

 

 わたしは、鳥さんの補足も合わせて、日向さんに全部を説明した。

 鳥さんのこと。鳥さんの力を取り戻すために、この世界のクリーチャーを倒していること。そして、そもそもクリーチャーは実在していること。

 全部、そのまま話した。

 すると日向さんは、

 

「……ふぅん」

「な、なんか、反応薄いね……」

「似たような経験、してるし……とりあえず、理解した」

 

 感情の起伏が乏しい子だと思ってたけど、こんな荒唐無稽な話をしても、まったく表情を変えないなんて、実はこの子はアンドロイドかなにかなんじゃないかな。

 実際に対戦している時も、妙に落ち着いてたし、とても不思議な子だ。

 

「あ、あと、このことは、みんなには黙っててほしいんだけど……」

「みんな……?」

「友だちとか、剣埼先輩とか……」

「つきにぃにも……? まあ、いいけど……」

「ありがとう、日向さん」

 

 不思議ではあるけど、こっちの事情を察して(?)受け入れてくれるあたり、やっぱりいい子なんだ。

 とにもかくにも、わたしとしては、このことは剣埼先輩だけには絶対に知られたくないから、日向さんには口止めをしておかないと。

 わたしが若干の恐怖と戦っていると、ふいに、日向さんがジッとこちらを見つめている。な、なんだろう。

 そして、ぽつりと言った。

 

「……恋でいい」

「え?」

「恋でいい……名前」

「名前? 呼び方、ってこと……?」

「うん……」

「……名前で呼んでほしい、ってこと?」

「……ん」

 

 日向さんは答えなかった。いや、とても控えめで、判断しづらいけど、短い言葉で頷いたような気がした。でも、なんだろう。雰囲気からなんとなく伝わってくる。

 信用されているというか、距離が近づいたような感じ。でも、彼女はそれを自分から言わない。

 照れてる、のかな。そう考えると、ちょっと可愛いかも。普通の女の子って感じで。

 彼女がそれを求めているなら、わたしも、応えないとだよね。

 

「日向さんにも、そういうとこあるんだね」

「どういう意味……あと、恋でいい……」

「あ、ごめん」

「それより……」

「? なに?」

「名前……なんだっけ……?」

「えぇ!?」

 

 わたしの名前、覚えてなかったの……?

 それは、ちょっとショックだよ……

 

「……小鈴。伊勢小鈴だよ」

「伊勢……? ……ん、覚えた……」

「それじゃあ、これからもよろしくね……恋ちゃん」

「ん、よろしく……こすず」

 

 手を差し伸べようか、一瞬迷った。

 友だちって、こうだと決めた瞬間にできることの方が少ないから、いざこういう場面に立ち会うと、戸惑っちゃうよね。

 わたしが迷っていると、恋ちゃんから先に、アクションを起こした。アクションというか、口を開いた。

 

「ひとつ、聞きたい……なんで、あの時、私をかばったの……?」

「え? なんでって言われると……なんでだろう? 気づいたら身体が動いてたから……」

「そこだけ、気になる……私をかばう理由なんて、ない、はずなのに……」

「って言われても、うーん」

 

 咄嗟のことでよく覚えてないけど、無関係な恋ちゃんを守ろうとした、んだと思う。

 わたしの良心に関わることだから、理由とか言われると答えるのが難しいんだけど、そうだなぁ。あえて言うなら――

 

「――恋ちゃんには、デュエマの面白さを教えてもらったから……かな?」

 

 わたしの初めてのデュエマの相手。それは、恋ちゃんだった。

 ぶっきらぼうで、無表情で、冷淡だけど、恋ちゃんはわたしにデュエマの楽しさを教えてくれたんだ。

 だから、わたしにとっても、大切で、特別な人みたいなものだ。

 そう思ったからかな。恋ちゃんのことを、守らなきゃって思ったのは。

 

「……教えたのは、つきにぃ……」

「ルールを教えてくれたのは剣埼先輩だけど、でもあの時、対戦してくれたのは恋ちゃんでしょ?」

 

 それが、嬉しかったし、楽しかった。

 新しい世界が見えたような気がした。デュエマを始めたのもそうだし、恋ちゃんと関わるようになったのもそう。

 そして、剣埼先輩とも――

 だから恋ちゃんには感謝してる。理由をつけられるなら、これくらいかな。

 わたしがそう言うと、恋ちゃんは黙ってしまった。俯いてるし、また照れてるのかな?

 

「……まあ、いい……」

 

 今度はそっぽを向いてぶつぶつと呟いている。よく聞こえないけど、納得してくれた、のかな?

 この後、恋ちゃんは部室に戻った。わたしは……気まずかったから、そのまま帰ってしまった。

 今日は大変な一日だったけど、恋ちゃんと仲良くなって、いいこともあった。

 ……そう。

 

 新しいお友達が、できました。




 今回は恋のお話で、初めて小鈴以外が主体となってデュエマする回でした。
 本作のみで彼女のキャラクターのすべてを語り尽くすことは容易ではないですが、この作品で、彼女の独特でありながらも普遍的な価値観を味わっていただけたらと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告