デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 ようやく書けました、番外編。ここからしばらくは、区切りの関係でハーメルンで投稿できなかった番外編が続きます。
 初っ端は若宮君が主役の取材風登場人物紹介からにしようってずっと決めてたんですが、思いのほか修正に手間取りました。
 以前よりキャラへの理解が深まって、ピクシブで投稿していたものからかなり修正を加え、結構な別物になったので、一度読んでいる人でも目を通してくれると幸いです。
 今回はまあ、一応お話の体裁ではありますが、元々は登場人物紹介をやるつもりで、でも「つまらん。ただキャラ紹介するだけでは、一方的になって終わるに決まっている」って思ったので、取材という形式で、各キャラへのインタビュー風に紹介することになりました。
 まあ、ここまで読んでいる人なら、そのキャラの人となりは大抵はわかっているでしょうが……それならそれで、読み物としてお楽しみください。



断章 魔法少女ならざる者達の噺
番外編「取材だよ ~登場人物紹介短編Ⅰ~」


 初めまして、若宮智久(わかみやともひさ)です。

 いきなり現れて誰だてめーはと思う人もいると思うので、自己紹介します。僕は烏ヶ森学園中等部の一年生で、報道部――新聞社員です。

 烏ヶ森学園の報道部には、新聞社と放送局、二つの部署が存在する。部署というと大袈裟に思えるかもしれないけれど、事実としてその表現が最も適切だから仕方ない。情報を収集、集積、分析、精査という過程を経て、記事という形で発信するのが新聞社。要するに、新聞部だ。放送局はよくわからないけれど、いわゆるお昼の放送みたいなものをやってたり、校内でイベントの呼びかけとかをしてるし、僕らとは違った方法で広報活動を行っているところではある。

 前置きはこのくらいにしておこう。この場合、大事なのは僕が新聞社員という事実だけだ。

 本題を端的に言うと、これから僕は取材に赴く。

 僕にも取材の概要はよくわからない。一体なんのため取材で、如何なる手段で発信して、どのような意図があるのかも明確に伝えられていない。ただわかっているのは、先輩から「これがインタビューの台本だ。この通りに取材してくれ」と雑に質問用紙を渡されたという事実のみ。あり得ないだろ。そんなんだから新入生が育たないんですよ、先輩。

 ……コホン。そんなウチの裏事情はさておき、僕が今回の取材に駆り出される概ねわかった。それは、今回の取材相手にあると思う。

 僕の在籍する1年A組の生徒たち。要するに僕のクラスメイトが、今回の取材相手なのだ。

 だから、比較的距離の近しい僕に仕事が割り振られたんだろう。単純明快なロジックだ。

 もっとも、今回の取材相手の五人。彼女らがどういう理由で選出されたのかは、大いに謎だけれども。一体、どんな記事にしてどんな内容で発信するつもりなのか。

 でも、そこはあんまり深く考えなくてもいいのかもしれないな。

 良い創作には多作多捨が必要だし、すべての物事に意味があるわけじゃない。ただの僕の経験値稼ぎということもあり得る。

 だから考えすぎず、僕はただの機械のように、取材をしよう。

 僕の役割は、人間の言葉を、聞き出して、引き出して、第三者に明らかにすること。

 第三者。僕らとは関係のない者。

 あるいはそれは、読者と呼ばれる存在。

 僕らの活動への意味はなくとも、僕は第三者のために、彼女らの内側を暴き出す。

 御託はもういいか。

 では、始めよう。

 創作風に言うならば、登場人物紹介、ってやつをね。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 伊勢(いせ) 小鈴(こすず)

 烏ヶ森学園、中等部1年A組。

 誕生日は2月11日。血液型はAB型。部活動は帰宅部。

 身長149cm、体重48kg。

 家族構成は父母と姉。

 趣味は読書とパン屋巡り。

 好きな食べ物はパン、特に揚げパン。炭酸が飲めない。

 誕生日や血液型までならともかく、身長や体重まで……先輩、こんな個人情報(プロフィール)どうやって手に入れたんだ? 非合法の匂いしかしない。

 先輩から貰った事前メモを読みつつ、疑念が湧き上がる。まあ、あの先輩、見てくれはともかく中身は結構な変人だし、なんかヤバげな情報網があるっぽいし、こんなものが用意されていても不思議じゃないけど、これって大丈夫なのか……? 僕が黙ってればいいってことなのか?

 ……まあ、いいや。とりあえず取材だ。

 もう、相手もそこにいる。

 一人目の取材相手は、伊勢小鈴。

 クラスの中でもかなり地味な女で、名前を覚えたのも実は結構最近だ。大人しくて目立つ奴じゃないし、なんていうか、多少会話を交わした程度じゃあまり印象に残らない。

 ただしそれは、彼女を表面的に見た場合。厳密には、彼女を単体で見た場合だ。

 伊勢は今、1年A組で独特の立場を確立させている。本人はたぶん自覚がないけれど。

 学校というコミュニティである以上、治安が良いと言われる烏ヶ森でも、スクールカーストというものは大なり小なり存在する。男子でも女子でも――特に女子の方が顕著だが――友人同士のグループ分け、その格の差、力関係というものがあるわけだが、伊勢に関しては、その枠からすっぽり外れている。

 ピラミッド状に形成された勢力図の例外。ピラミッド内のどのグループにも属さず、どのグループの力関係にも干渉せず、独自の立場を形成する女子。それが伊勢小鈴だ。

 彼女のグループも、コミュ障、外国人、女装趣味――言い方は悪いが、学校的には問題児と称されてもおかしくない、普通という概念から距離を置いているような一癖も二癖もある連中ばかりだ。

 人間は普通を愛する生物だ。愛しすぎるがゆえに、普通から外れると攻撃的になる性質さえある。そんな中で、その普通から外れた者を平然と受け入れる伊勢は、器が大きいのか、奇人なのか。

 しかも、こいつのヤバいところは、そんな奇人変人とつるみながらも、それ以外の部分、つまり本人はいたって普通で平凡な女子中学生という点だ。頭はいいけど、それも稀代の天才とかじゃない。普通に努力して成しえる範囲内だ。

 普通なのに普通じゃないものに囲まれている少女。それが伊勢小鈴という僕のクラスメイトだ。

 

「それじゃあ、早速始めるよ」

「う、うん。よろしくお願いします……」

 

 というわけで、いざインタビューへ。

 他の女子よりも幼く見える程度で、なんの特徴もない顔立ち。低い位置で二つに括った黒髪、いわゆるおさげ。少し珍しいと思ったのは、鈴の飾りのついた髪紐だ。ただのヘアゴムじゃないんだな。でも音が鳴ってない……玉を抜いてるのか? なおさら変だけど、取り立てて注目することでもないな。ちょっとしたお洒落ってレベルだろ。普通だ普通。

 ……でも、やっぱ、その……大きいな……胸……

 夏服で、薄着だからなのか、制服の上からでも結構わかるんだな……背も低めだし、余計に目立つ。ここだけは普通じゃないかもしれない。

 いやいや、そんなことは今はどうでもいい。インタビューに集中しろ、僕。

 

「どうしたの? 若宮くん」

「なんでもないよ。えーっと、先に言っとくね。質問用紙の通りに質問するんだけど、これ、僕じゃなくて先輩が作ったものだから、たまに変な質問しちゃうかもしれない。その時はごめんね」

「う、うん。わかったよ」

 

 こういう身内の恥を晒していくのって、本当はいけないことというか、組織としてダメなんことなんだけど、まあいいか。

 伊勢なら、万一僕がミスしても、僕らを告発するみたいなことはしないだろうし。

 と、質問用紙に目を落とす。その内容に嘆息しそうになるけど、仕方ない。

 

「じゃあまず……君の望みは?」

「望み? えっと、将来の夢、とか……?」

「そうでもいいけど、もっと広い意味だよ。君はどういうことがしたい、どういう方針で日々を生きているのか、ってね」

「う、うーん、難しいね……どういうことがしたくて生きてるか、かぁ。あんまり考えたことないや」

 

 それはそうだろう。僕だってこんな質問、わけがわからない。

 けれど伊勢は、真摯に、一生懸命、考えている。こんな、一見するとふざけたような――実際ふざけているのかもしれない――質問にも、真面目に答えようとしている。

 これだけで、凡庸ながらも、伊勢小鈴という人物の人柄がわかるというものだ。

 

「……わたしは、自由と平和がいい、かな?」

「自由と平和、とは?」

「えっとね。みんながのびのびと、自分のやりたいようなことができて、好きな時に好きなことができるような、そんな状態が一番だと思うよ」

 

 なるほど、理想論だ。しかし叶うはずもない夢を追って生きることは無意味ではない。

 それが、生きるための指針になるのならね。

 

「自分のやりたいこともできないようじゃ、イヤだからね。ガマンしたり、苦しい思いをするのは、できるだけ避けたい、かな。あるがままが一番だよ。あ、でも、誰かの迷惑になるようなこともダメ、だよね」

「自由であれど無法ではいけない、ということだね。それが自由と平和っていう意味かな」

「そうかも。こうしたい、っていう気持ちは大事だもんね。それが“個性”ってものだし、その感情が自分だから。自分に正直になるのは、大切だよ……って、言ってるわたしが、実践できてないことがあるんだけど……」

「ふぅん」

 

 やりたいことのために自由を求める。

 でもこいつは、誰かの自由のために、自分を束縛しそうなタイプだ。

 誰かが悲しむから、あるいは誰かが得をするから、そんな誰かのために自分の気持ちを押し留める。

 典型的な引っ込み思案だ。

 

「あ、あと、これはお母さんの受け売りなんだけど、なにかをしたい気持ち、自分の個性は、クリエイティブな精神に繋がるんだって。お母さんの小説を読むと、わたしもそれがわかる気がするんだ」

「小説……?」

 

 そういえば噂だけど、伊勢の親は小説家っていう話を聞いたことがあるな。

 伊勢誘という、人気爆発中の小説家。僕もその著作を読んだことがあるけど、凄く面白かった。

 お母さんの小説って言葉からして、この噂は本当なのか? ペンネームと苗字の一致が偶然ってこともあるけど、聞いてみるか。

 

「伊勢さんのお母さんって、小説家なの? もしかして、伊勢誘っていうペンネームだったり?」

「あ……ご、ごめん、今の忘れてっ。お母さんに、あんまり他の人に小説家ってこと話しちゃいけないって言われてたの、忘れてた……」

「あぁ、まあ、売れっ子作家だし、ファンが押しかけでもしたら、仕事に支障をきたすだろうしね。わかったよ」

「ありがとう、若宮くん……」

 

 関係ないところで凄い情報を得てしまった。伊勢の母親は、大人気作家、伊勢誘なのか。

 

「さっきの話を引きずって悪いんだけど、やっぱり母親の影響とか受けて、伊勢さんは本が好きなの?」

「好きだよ。昔から本ばっかり読んでたし、今でもお母さんの新作を一番に読ませてもらえるんだ……完成形じゃないけど」

「仲いいんだね」

「うんっ」

 

 にっこりと、無邪気に笑って頷く伊勢。

 あ、やばい。こいつ可愛いぞ。

 普段が地味女オーラ丸出しだから、不意打ちであどけない笑顔を見せられると、結構、くる。

 

「は、話が逸れたね。えぇっと、伊勢さんの言う自由と平和っていうのは、他人を害さない範囲で、誰もが気ままに生きること、なのかな」

「そうなるのかな」

「意識高い人は、苦労が実を結ぶ、って考えることが多いけれど」

「苦労を努力って言い代えたら、わたしも賛成かも。でも、やっぱり苦しいよりも、楽しい方が、わたしはいい。みんなで助け合って、苦しさを分かち合うよりも、一緒に遊んで楽しい方がいい。わたしは、そうありたいよ」

 

 助け合うよりも遊ぶ方がいい、か。優等生の伊勢にしては、随分とお花畑な答えだ。

 いや、優等生なんてレッテルで決めつけるのは悪いな。そうだ、楽しい方がいい。それは間違いない。

 だけど、ちょっとつっついてみるか。

 

「僕、伊勢さんは勉強ばかりしてると思ってたよ。この前のテストも、クラスで2位、学年で4位だったし」

「そんなことないよ。結構、友達と遊んだりするよ? テストは、お姉ちゃんがいるからっていうか、お姉ちゃんが見てるから、ダメダメなところは見せられないだけだし……」

 

 伊勢のお姉さんって……生徒会長か。前に先輩のインタビューに同行させてもらった時に、会ったことがある。

 凄い強気で、だけど決して愛想が悪いわけでもなくて、成績優秀スポーツ万能、人間の善の面を凝縮したような、正道な人間、というイメージだった。

 伊勢はどっちかっていうと弱気だけど、道徳と倫理観を持って、まっすぐな正道を行く人間性、という点では、その潔白さは姉妹で似ているのかもしれない。

 成績上位をキープしているのも、生徒会長の姉の顔に泥を塗りたくない、とかなんだろうな。できた妹だ。

 

「でも、運動はダメダメなんだよね……」

「まあ人間、誰にでも得手不得手はあるし、気にしなくていいんじゃないかな」

「お姉ちゃんは運動もできるんだけど……わたしは……」

 

 胸のせいじゃないか、と言いそうになって慌てて引っ込める。流石に失礼だ。セクハラになりかねん。

 というか、生徒会長もかなりスタイル抜群だったし、それを考えると、体型の問題ではないのかもしれない。

 なんにせよ、このまま沈んだ空気にされても困る。話題を変えよう。

 

「次の質問をしようか。えっと、君にとって、仲間とは?」

「仲間……仲間かぁ。それはもちろん、大切な人たち、だよね」

「大切っていうのは?」

「失くしたくない、ずっと一緒にいたい、笑い合いたい。そういう人たちのことを、仲間っていうんじゃないのかな?」

「僕の知人の言では、自分に利益がある間は仲間と呼称できる、らしいよ」

「そんなの悲しいよ。わたしは、一緒にいるとあたたかい気持ちになって、一緒に遊べるような友達がいいな」

 

 あたたかい気持ちって。

 なんというか、よくもまあ恥ずかしげもなくそんなことを言えるな……

 

「やっぱり仲間っていうなら、幸せを分かち合いたいよ。その人が幸せだから、その人が笑ってるから、わたしも幸せで笑える。それが仲間だもん」

 

 理想主義者(ロマンチスト)だ。

 現実の厳しさを知らない甘ちゃんなのか。それとも、それを知った上で、意固地に理想を掲げているのか。

 伊勢は育ちがよさそうだし、なんとなく前者な気がする。でも、こいつが辛い現実を知った上で、それでもまだ理想を求めるのなら。

 こいつは――本物になる。

 ただの甘ったるい人間になるのか。それとも、その上でしぶとく燃え続ける火種となるのか。

 今の彼女からは読み取れないし、僕もそこまで探ることはできない。

 

「じゃあ、次の質問だ。君の嫌いなものを教えてほしい」

「嫌いなもの? 食べ物ってこと?」

「いいや、もっと抽象的で概念的なものかな。物質的なものでもいいけど、少なくとも食べ物の話じゃない」

「そっかぁ。そうだなぁ……ルールを守らない人とか、やりたいことを抑圧しようとする人とか、そういう意地の悪い人が苦手だけど……一番は、やっぱり」

「やっぱり?」

「……友達を傷つける人が、一番許せないよ」

 

 静かに、けれどはっきりと、伊勢は言った。

 今までにないくらい、意志のこもった言葉だ。

 

「友達だけじゃない。大切な人との思い出とか、そういうのを踏みにじる人は……嫌い」

 

 嫌いときたか。まあそう聞いたのは僕だけど。

 でも、苦手とか、イヤとかダメとか、そういう表現をしてきた伊勢が、明確に“嫌い”と言った。

 つまり、それほどに仲間というものが、伊勢の中で大きな意味を持っているということだ。

 

「……でも、その人にもなにか理由があったんじゃないか、って、思ったりもする。そういう時は、悩んじゃうね」

「情状酌量の余地があるかどうか、か」

「うん。相手にも言い分があるのに、わたしが感情に振り回されて怒って、それで誰かを傷つけちゃったら、その、申し訳ないというか……」

 

 ……本当、こいつはできた人間だ。聖人かよ。

 基本的に人間を、他者を嫌わず、傷つけず、すべての人間と仲良く共存できる。そんな根底が、こいつにはあるようだ。じゃなかったら、こんなこと言えない。 

 人間が好き、というわけでもないな。

 典型的な、性善説を信じているタイプ、って感じか。

 これは、ずっと笑っていたいという理想の続きだ。つまるところ、彼女はこの世界には善人しか存在しないと思っている。勿論、これは極端な話で、実際の彼女の考えは、ここまで単純ではないだろうけど。

 すべてが明るく、光り輝く世界。彼女はそんな世界を信じているし、そんな世界にするために動いている。

 悪なんて存在しません。すべての人間には更生の余地があります、ってか。

 ここまでまっすぐに人間の善性を見つめられるのも、ある意味凄いな。皮肉じゃない、純粋にその心は、稀有だ。

 確かに甘いし、頼りないし、矮小だけど。

 こいつはいい奴だ。底抜けの善人で、信用できる。

 眩しいったらないよ、まったく。

 

「……最後の質問だ。君が戦うことになるとしたら――」

「っ!」

 

 ? なんか今、ビクッて肩が跳ねなかったか?

 なんでそんなにビビってるんだ? まるでなにかを見透かされたみたいになって。

 

「どうしたの?」

「な、なんでもないよ……続けて」

 

 ……まあいいか。変な質問してるのはこっちだし、というか今まで変な質問ばっかりだったし、多少おかしな反応くらい、なんでもない。

 

「君が戦うことになるとしたら、君は誰のために、そしてなんのために戦う?」

「…………」

 

 黙り込んだ。

 だけどこれは、答えられないわけではなく、真剣に考えているんだ。

 今までの中で一番ふざけた質問だな、これ。戦うことになったとしたらって、過程がぶっ飛んでるよ。

 一体これ、なんの目的で作った質問用紙なんだ?

 

「……わたしは」

 

 伊勢が口を開いた。彼女の戦う理由が、明かされる時だ。

 

「わたしは……みんなのために、戦う」

「みんな、か」

 

 なんとなく予想通りの答えだ。

 と思ったけど、伊勢はすぐに言い直す。

 

「あ、でも、ちょっと違う……かも」

「違うって、なにが?」

「みんなっていうか、みんなと一緒にいること、っていうか」

「……?」

「その……わたしにとって一番大事なのは、みんなと一緒に笑う“時間”と“居場所”だから」

 

 あぁ、そういうことか。

 つまり伊勢が是が非でも守りたいものは、個人ではない。

 勿論、友人が傷つくことを、彼女は厭うだろう。さっきもそう答えていた。

 だけど彼女の守りたいものは、人というだけでは成立するものではない。

 友と共にある時間と空間。つまり伊勢にとって重要なのは、友人そのものではなく、友人たちとの“営み”なのだ。

 言い換えるなら“日常”か。

 

「わたしたちの関係が変わっちゃったり、今あるものは崩れちゃったりするのはイヤ……わたしが抗うのなら、たぶん、その“変化”を拒む、と思う……」

 

 保守的、と言えばそれまでだ。

 臆病と言えるかもしれないし、我侭だと、子供染みていると嘲られるかもしれない。

 けれど彼女はそれほどに“今”を、そして“これまで”を重要視し、大事にしている。

 伊勢が戦う理由は、そんな大事な平和な日常を守るため。

 僕は彼女のことを、おどおどした奴だと思ってた。実際そうだったけど、奥まで探ってみると、ただ自信のないだけの少女ではない。

 自己主張が乏しいけど、だからと言って主張を持たないわけではない。

 自分という存在は、外部からの要因で変質するものではない。内面の発現そのままが、本当の自己と言えるだろう。

 あるいは、彼女を取り囲む環境、その在り方ことが、現在の時間軸で彼女を形成している。

 そして彼女は、それを大切にしている。仲間の輪を。人と人との、繋がりを。

 ……なるほど、ね

 

「ありがとう。これでインタビューは終わりだよ」

 

 そう言って、僕は取材を打ち切った。

 終わってから、伊勢とのインタビューを振り返る。

 この世界はメルヘンではないけれど、おとぎ話のような甘い結末を望む少女。

 倫理と道徳を尊び、仲間と絆を信じる純朴さ。

 そして奥底に眠るは、今を保守する自我の炎。

 他人ばかりを気にしているようで、回り回って自分のところへと帰結している。

 恐らく無自覚だが、彼女は環境を作る側の人間だ。彼女には人を惹きつけ、それを定着させる力がある。

 いや、自然発生した環境に染まり、それを固定する、と言うべきかもしれない。

 彼女が形成した人の輪は、不変かつ強固だ。彼女をそれを望む限り、彼女が形成した人の輪はそう簡単には壊れないだろう。

 それほどに、内部へと浸透し、取り込まれ、一体化した組織や内輪というものは、固いものなのだ。

 青くて黒い冷たい世界へは振り向かず、周囲の世界と共に己の世界を生きながら。

 白く綺麗な、優しい緑の友を守り。

 そして最後に、赤く燃える炎がある。

 自由と、平和と、仲間。そして自分の気持ち。

 最後にそんなキーワードを書き記して、伊勢小鈴との取材は終幕となる。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 日向(ひゅうが) (こい)]

 烏ヶ森学園、中等部1年A組。

 誕生日は3月14日。血液型はB型。部活動は学生生活支援部……マジかよ、こいつ学援部だったのか。

 身長131cm、体重31kg。

 家族構成は……母親だけ?

 趣味はネットサーフィンにゲーム、あと読書。ラノベ以外を読んでるところ見たことないけど。

 好きな食べ物はジャンクフードとつきにぃのご飯。嫌いなものは野菜と煮物。典型的な野菜嫌いの小学生かよ。ってか、つきにぃ、って誰だ?

 なんというか、見れば見るほどツッコミどころが多い。

 そんな二人目の取材相手は、日向恋。

 A組の中でもトップクラスの問題児だ。授業中の居眠りは当たり前、当然のように漫画やらゲームを持ち込み、日直やら委員会やらの仕事は平気でサボるし、成績だって文武共に最底辺。落ちこぼれとはまさにこのことか。不良を体現したような問題児である。入学当初から、しばらくの間は不登校気味で学校もサボりがちだったしな。まあ、最近は毎日ちゃんと通ってるみたいだけど。

 加えて、他人にまったく興味がないような冷淡な態度。話しかけても一度目は無視、二度目の反応は面倒くさそうに。応対は歯に衣着せぬ物言いで、口も悪い。コミュニケーション能力は皆無だと思われる。

 そんな日向は、クラスの中でも腫物のような扱いを受けている。障らぬ神に祟りなし、っていうのか。下手に触れると気分を害するのはこっちだ。向こうは悪びれた様子なんて一切見せないわけだからな。

 とまあ、日向の悪評をこれでもかっていうくらい並び立てたわけだけど、容姿は悪くない。

 目つきは無感動で、顔は無表情で、笑顔の一つも見せやしないけど、顔立ちはかなり整っている。病的に色白だけど、それがかえって人形のような、人間離れした美しさを演出しているようでもあった。そして、長い髪。最初の頃は伸ばしっぱなしにしたようなロングヘアーだったけど、今では揉み上げだけが長く垂れていて、その他はバッサリ切り落とされたショートヘアという、変な髪型をしている。しかし素材が良ければ奇怪な髪形も様になるもので、そんなどこか非現実的な存在感を発している日向は、不思議な魅力のある女子生徒だと思う。

 ……ただ、身体が栄養失調を疑うレベルで華奢というか痩せてるし、身長も小学生と比べても小さいくらいには発育が残念なんだけどな。131cmって、小学校低学年くらいの身長じゃないか? 体育の授業ではすぐにバテてるし、体力も小学生並みかもしれない。

 毒とアクの強くて、まさしく食えない奴。浮世離れした容姿、自由奔放で協調性のない行動。常軌を逸したこれらの要素は、一般人たる僕らを遠ざけるには十分すぎる。

 けど、そんな日向にも、友達と呼べる者はいたりする。

 それが、さっきインタビューした伊勢だ。

 こんな奴と友達になれる伊勢は本当に凄い。

 というのも、まだ日向の性格を誰も知らない入学直後、彼女の容姿に惹かれてかなんなのか知らないが、話しかけてきた女子に対して日向は「サブカルクソ女……帰れ……」と無慈悲に言い放ったのだ。

 その後も何人かの生徒か彼女とコンタクトを取ろうとしたが、すべて陥落。もう誰も、彼女と関わろうとしなかった。

 だのに、伊勢だけは、日向と上手く付き合えている。謎すぎる。

 それはともかくとして、無感動で無表情、なにを考えているのかわからない毒舌な不良生徒。それが日向恋という僕のクラスメイトだ。

 

「えっと、じゃあ、質問を始めるよ」

「…………」

 

 そして、その日向との取材。正直、気が重い。

 そもそも、我ながらよくこんな奴を取材の場に引きずり出すことができたものだ。

 委員会の仕事でさえも「めんどい」の一言で切り捨てる日向だぞ? 落とした消しゴムを「取って」とお願いしても無視を決め込む日向だぞ?

 日向を取材の席に来させた。もうこれだけで僕は満足だよ。

 なんて言ってられない。取材を終わらせないと、帰れるわけない。

 

「じゃあ最初の質問だけど、君の望みを教えてほしい」

「……曖昧な表現……望み、って……?」

 

 伊勢と同じような疑問を返される。まあそうだよな。

 僕は伊勢に答えたのと、同じように日向にも答える。

 

「君はどういうことがしたくて、どういう方針で日々を生きているのか。それを望みと表現して聞いているよ」

「ふぅん……」

 

 日向は興味なさそうに相槌を打つ。

 本当、やりにくいなこいつ。というか態度がムカつくな。

 確かにこっちは取材を受けてもらってる側だけど、その傲慢な態度は人間として腹立つ。

 

「……私は、自分のしたいように、する……それだけ」

 

 お、でもちゃんとレスポンスは返ってきたぞ。

 こいつとの交流を持とうとして玉砕した奴は少なくないけど、会話できないわけではないのか。

 

「君のしたいことって?」

「……カード、ゲーム、漫画、小説……その他、いろいろ……」

「サブカルチャーが豊富だね。好きなの?」

「私の、人生の、一部……」

 

 人生の一部とは、大きく出たものだ。

 まあ確かに、普通に休み時間とか、本読んだりゲームしてるもんな、こいつ。自分の欲望に忠実なんだな、主に悪い方向で。

 

「でも、遊んでばかりもいられないよ。僕らは中学生、学校だってある」

「しらない……」

「いや、知らないって」

「すべき、とか、しなければ、とか……押し付けんな……鬱陶しい……」

「僕に言われても」

 

 本当に口悪いなこいつ。

 思わず口に出しそうだったが、ギリギリ飲み込む。態度が悪くても相手は取材相手。それにあの日向だ。あまり怒らせたくはない。

 それでも、少しは苦言を漏らしてしまう。

 

「でも、仕方ないじゃないか。僕らはそういう社会の枠組みで生きているんだし」

「しかたない……たしかに、しかたない……だから、私は、やらない……たまに、嫌々やる、けど……好きなこと、だけで、生きていく……」

 

 これは理想論……じゃないな。ほとんど我侭だ。

 自分の好きなように、自分のしたいように。社会の仕組みも、制度も、知ったことではない。

 恐るべきゴーイングマイウェイだ。我が道を行くにもほどがある。しかも、このナリで。

 なんていうか、本当こいつは社会不適合者だな。この先の人生どうするんだ?

 

「そんな性格じゃ、君の両親も大変だな……」

「……おとうさんは、いない……おかあさんも、仕事……家、いない」

「っ、と、悪い。つい言葉が漏れた。そんなつもりじゃなかったんだ」

「いい……気に、してない……」

 

 そういえば、先輩から貰ったメモには、家族構成[母親]としか書いてなかったな。それはつまり、彼女には父親はいない。母子家庭だったということか。

 僕としたことが、うっかり地雷を踏んでしまったかもしれない。家庭の話はデリケートだからな。

 日向は気にしてないと言うけれど……いや本当に気にしてないかもしれないな。

 言葉を飾るということをしないからな、こいつ。気遣いは皆無。あまりに毒舌で、歯に衣着せぬ物言いをする。

 逆に言えばそれは、嘘も言わないということ。その言葉は清廉潔白で、虚言虚飾が宿らない。

 まあ、単に僕に嘘をつく理由がないから、ということかもしれないけど。

 

「まあ、つまり君は、自分の世界を大事にしたいってことだね」

「世界……そう、世界……私は、私の世界を、守りたい……壊したくない……それだけで、いい……」

 

 私の世界、ね。

 それがどの範囲を指す言葉なのかはわからないけれど、僕はたぶん含まれていないんだろうな。当然か。

 

「うん、じゃあ次の質問に移らせてもらうよ。君にとっての仲間とは、なにかな?」

「仲間……こすずたちの、こと……?」

「別に友人だけに限定しないよ。家族……まあ、自分が大切だと思う人だね。君にとってそれは、どういう存在?」

「…………」

 

 あれ、すぐに答えないんだな。

 友達とか、大切な人とか、表面的であってもすぐにレスポンスがあると思ったんだけど。

 日向を見ると、なぜかそっぽを向いている。なんで? まさか友達って言うのを照れてるわけじゃあるまいし。

 …………

 ……あるまい、よな? こんなドライ気取っておいて、友達宣言が恥ずかしいなんてないよな? 流石に。

 

「……難しい……」

「そんなに?」

「むぅ……」

 

 日向は唸りながら考えている。適当なように見えて、意外と真剣だ。

 表情こそ無の極みで、ロボットみたいにまったく変わらないけれど、時々口から漏れる呻き声が鼓膜をくすぐる。

 ……今知ったけど、こいつ、声も綺麗だな。アニメ声とか、そういう特徴的な声ってわけじゃなくて、透き通っている。聞いてて心地よい声だ。

 無表情の不気味さこそあるけど、小柄な体躯とかも併せて、その声が、日向自身が、少し可愛らしく感じてくる。

 

「……私の」

「え? なに?」

「こすずは……皆は……私の世界の、一部……かも……」

「世界の一部か。パーツってこと?」

「……それは、印象操作……」

「悪かったよ。えーっと、つまり、君の世界とやらを構成する要素の一つ、ってことなのかな」

「ん……」

 

 今の「ん」は肯定なのか。

 自分の世界の要素の一つ。特別に言ってるようで当たり前だな。そりゃ、君の人生を君の世界と定義したら、その中の登場人物は要素と言えるだろうさ。

 

「……皆、私の世界の中にある……けど、私の思い通りには、ならないし、しない……自由でいい……だから面白い……」

「へぇ」

「私も、勝手にやる……やりたいことを、好きに、自由に……だから皆も、勝手にすればいい……それでも、世界は回る……」

「やりたいことが衝突したら? 互いが好き自由、勝手気ままにやってたら、必ずどこかでぶつかり合うよ?」

「……殺し合う」

「物騒な!」

「ん……冗談……でも、衝突も、否定、しない……ぶつかればいい……勝てば官軍」

「君って、視野は狭いけど現実主義だよね」

「……? だから……?」

「別に」

 

 伊勢の理想論に少し近いけど、混沌を否定しないあたりが、結構違うな。

 彼女は自分の世界という狭い範囲でしか物を見ていないけれど、その中では自由なのだ。その点では、伊勢と同じだ。

 だけど、伊勢が“ルールから逸脱しない”“道徳や倫理から外れない”範囲での自由という制限があるのに対し、日向の場合は、ルールも倫理も道徳も投げ捨てている。

 ぶつかり合わないように願う伊勢に対して、ぶつかり合っても構わないと解釈する日向か。この辺は性格の違いだな。

 勝てば官軍なんてのも、勝った方が正義という、乱暴なルールが根底にあるから。

 その点だけ見れば、実力至上主義だ。強い奴こそ生き残る。現実的だな。

 

「ちょっと意地の悪い質問をさせてもらうよ。君の世界は混沌としているけれど、そこに悪意や搾取が介入する場合は?」

「……どういうこと……?」

「利益をちらつかせて、君の世界を削り取ろうとする者がいたとする。君はこの利益を是とするか、非とするか」

「……場合に、よる……」

 

 場合によるか。少し意外だけど、理性的な答えだな。

 

「私の世界を、削る……それはいい……いらないものは、いらないし、それで私が、儲かる、なら、好都合……でも」

「でも?」

「私の……大事なところに、触れるなら……潰す」

 

 潰すときたか、怖いな。

 だけど、わかってきたぞ。

 こいつは感情が表に出ない癖に感情的だけど、同時に理性的で打算的だ。ちゃんと損得勘定ができる。

 だけど譲れないものも当然あって、その芯は曲げない。

 この取材で日向の評価はうなぎのぼりだな。その姿勢だけは、現代人としても、人道的にも、褒められたものだ。

 その殊勝な考え方が、少しでも実生活で発揮されれば、もう少しマシな人間として見られただろうに、もったいない。

 それもこれも、自分の世界しか見てなくて、他人への興味が絶望的に薄いせいだな。

 

「私にも……大切なものは……大事な人は、いる……それに、手を出す、なら……容赦しない」

「意外と友達思いなんだね」

「……友達、だけじゃ、ないし……」

「?」

「あきらも、大事……あと、つきにぃ、とか」

「誰さ、つきにぃって……」

 

 先輩から貰ったメモにも書いてあったけど。

 

「私の……おにぃ」

「お兄さん? 日向さん、お兄さんがいたの?」

「ん……かぞく……ごはん、くれる……おいしい」

「そっか……」

「ついでに、ぶちょう……」

「部長……?」

 

 どこの部だ?

 いや待て、そう言えば先輩メモに書いてあったな。

 こいつは学援部所属。ということは、その部長ってのは……

 

「つきにぃ、ってまさか……剣埼先輩?」

「ん……」

 

 コクリと頷く。

 マジか。でもそう言えば、剣埼先輩には妹みたいなのがいて、烏ヶ森に通ってるって聞いたことはあるぞ。単なる噂だと思ってたけど、本当だったんだな。しかもそれが日向のことだったとは。

 ここで少し、学援部について説明しておこう。

 学援部、正式名称は学園生活支援部。この烏ヶ森学園においては、生徒会と双肩を成す学生支援機構だ。

 こういうと凄い格好良く聞こえるけど、要するに学園の生徒のお助けマン、何でも屋である。生徒会が学園施設やシステムへの干渉、学援部が生徒個人の悩み相談、という細やかな違いはあるけれど。

 あと、これは余談だけど、生徒会と学援部って滅茶苦茶仲が悪いんだよね。というか、お互いのトップがいがみ合っているらしい。

 生徒会長はともかく、学援部の部長さん――剣埼一騎(つるぎざきいつき)先輩――については、そんな牙を剥くような人には見えないんだけどな。誠実で、温和で、思慮深くて、人当たりもいい。当然のように成績優秀でスポーツ万能だし、生徒会長と同じ、この学校の完璧超人の一人だ。

 そんな剣埼先輩には、僕も新聞社で色々と助けられてるんだよね。まったく別の部活動なのに、見返りもなにもなく、困っている僕らを助けてくれた、聖人君子みたいな人だ。そんな人が、生徒会と喧嘩してるなんて、とても考え難いのだけれど、まあ、僕らにはわからない事情があるんだろう。

 話が逸れたな。えっと、それで、日向の言うつきにぃっていうのは、剣埼先輩のことらしいな。

 “いつき”“おにいちゃん”だから“つきにぃ”か。随分と馴れ馴れしい呼び名だな。まるで本当の兄妹みたいだ。

 それとも、本当に血の繋がった兄妹なのか? なんか、血は繋がってないって聞いた気もするけど。名字は違うけど、別姓ってこともあり得るし、父親がいないってのも、実は……?

 いやいや、邪推はやめよう。そこはあまり憶測で踏み込むべきところじゃない。

 

「まあ、君が友人や家族を大事にしているのはわかった。じゃあ、次の質問に移るよ。君の嫌いなものは?」

「……メガネ」

「メガネ!?」

「……自分のしたいこと、はっきりしてるくせして……理屈ばっかり、こねくり回して……結局、動かない奴……嫌い……ウザい……」

「確かに話にだけ聞くとウザそうな奴だけど、メガネってなんだよ……」

 

 急に話を微妙に飛ばさないでくれ。反応に困る。

 ずっと思ってたけど、こいつ、僕の問いかけに対する返答をほとんど、独り言みたいに返してるな。質問者に向けて返答しようという気概がまるで感じられない。

 会話をしているはずなのに、片方は独り言で話しているような感覚だ。質問は受けても、回答は自分に向けている。こっちの投げたボールを返さず、そのまま一人でリフティングを始めるような感覚。

 だからこいつと会話してると、微妙にずれているように感じてしまうし、聞いてるこっちはイライラするんだな。

 自由奔放というか、無法というか。本当、自分のしたいようにやってるのな、こいつ。

 その辺だけは無駄にブレない。

 まあ、こいつも大事な人はいるみたいだし、もしかしたら友達に対しては気を遣ったりするのかもしれないけど、僕は友達じゃないからな。

 

「あと……やっぱり、私の世界の、敵……攻撃してくる……敵」

「敵か」

 

 日向が自分の世界が大切だということは、ここまでで何度も言ってるし、それを脅かす存在を拒絶するというのはわかる話だ。

 

「……潰したい、そういうのは、全部……」

「君って、案外バイオレンスだよね。血の気が多いというか」

 

 もっとも、勝手に敵を作り出して一方的にぶっ叩くのと、攻撃を受けてから敵と認識して徹底的に反撃するのとでは、意味合いが変わるわけだけど。

 こいつの他者への無関心さを見ると、後者っぽい気がする。敵からの攻撃を受けて初めて、それを敵と認識できるタイプじゃないだろうか。動き、鈍そうだし。近づく敵を敵と認識しないどころか、近づいてくる存在にすらも無頓着って感じだしな。

 だけど敵を敵と認識した瞬間、彼女の内向きのベクトルはすべて外向きに変換される。

 世界の守りに徹していた力が、すべて攻撃力に変換されると、どうなるんだろうな。

 伊勢と違って、こいつが大人しいのは表面だけ。中身は外敵を排除することを厭わない、冷酷で、残酷で、残忍。非情かつ容赦がない。

 基本スタンスが無関心ではあるが、そこから離れた時の落差が激しい。仲間という認識を持てば、彼女の世界の仲間入り。逆に、敵という認識を持てば、それは排除されるべき存在となり、彼女は徹底的に潰しにかかるだろう。

 と、言葉を額面通りに受け取ったものの、本当に彼女が、そこまで割り切りがいいかは、わからない。

 すべからく仲間を受け入れられるのか、あらゆる外敵を容赦なく排除しきれるのか。実際には、そこに悩みも葛藤もあるだろう。そのしがらみからは、日向だって逃れられないんじゃないか。

 その部分を省略して、彼女は敵を潰す、と言っているのではないか。

 僕にはそう思えた。

 

「……次で最後の質問だ」

 

 そろそろ切り上げるか。この取材は(実際に紙面に載せられるかはさておき)僕にとっては身のある取材だった。それに、ここまで聞いたんだ。もう結論は大体察しがつく。

 

「仮に君が戦うことになると仮定する。そうしたら君は、誰のために、そしてなんのために戦う?」

「……決まってる……私の、世界のために……私の世界を、守るために……大切な場所と、大事な人のために……戦う……それが、私の……正義、だから……」

 

 やっぱりな。

 自分の世界がすべて。その名の通り、それが彼女の世界なのだから。

 国王が自分の国を守るように、彼女は自分の世界を守りたがる。

 戦いも、防衛手段の一つなのだ。

 壁を作って無関心を決め込めば、大抵の者は干渉しようとしないし、できないけれど。

 その壁を崩そうとするならば、彼女は牙を剥くだろう。

 それは己のためというよりは、己の認識する領域のため。

 言うなればこいつは、自分の空想世界の女王様だな。見た目的にはお姫さまって感じだが。

 我侭し放題の自分勝手だが、自分の国は守る。愛国心のようなもの。自分ではなく、自分の世界が、その中の民衆を愛する。

 自己中心的に見えるけれど、それはあくまでこいつの表層に過ぎない。こいつは思った以上に、遥かに仲間思いだ。

 慈愛の心に溢れている、なんて言うと流石に大袈裟かな?

 

「大事なんだね、仲間が」

「……私には……それしか、ないから……」

「それしかない?」

「今のわたしから、皆が、消えたら……私には、なにも、残らない……私には、なにもない、から……」

 

 急に自己評価が落ちたな。

 こいつはたった一人になってものうのう生きてるように見えるけど、本人はそうは思っていないのかもしれない。

 仲間が消えたらなにも残らない。だから守る。

 それは、彼女の世界とやらは、彼女の唯一の拠所であるということ?

 ……成程な。

 

「ありがとう。これでインタビューは終わりだよ」

 

 そう言って、僕は取材を打ち切った。

 終わってから、日向とのインタビューを振り返る。

 他人に興味のない冷血な女だと思ったけど、彼女は身内には優しくなれる。そうでないものに興味がないだけだ。

 とにかく彼女は、冷熱が激しい。

 冷めていると思ったら、急激に加熱する。

 無関心かと思ったら、唐突に攻撃的になる。

 大切なものはとことん大事に、そうでないものは捨て置いて、敵と見做せば打ちのめす。

 歩み寄れば、彼女は彼女の世界として受け入れてくれるかもしれない。

 彼女の世界は彼女の認識がすべて。認識された敵は、徹底的に撃墜される。

 可能性を見捨てても、あるがままに存在し、破壊をも受け入れ、害悪を討たんとする。

 そんな正義を秘めた、世界の光。

 自分よりも、自分の周囲を見続け、気にかけ、そして守るための力を振るう。

 緑に染まった共同体の認識は狭く、青い自己探求もなく。

 赤黒い利己的で混沌な己の世界を、武を持って守ろうとする。

 そこには、正義で混濁した白い光が輝くのみ。

 自分の世界、外敵の排除、仲間のための冷酷さ、そして正義。

 最後にそんなキーワードを書き記して、日向恋との取材は終演となる。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユーリア(Julia)ルナチャスキー(Lunachasky)

 烏ヶ森学園、中等部1年A組。

 誕生日は5月27日。血液型はO型。部活動は遊泳部。あぁ、あそこね……話には聞いてるヤバいとこ。

 141cm/38kg。

 家族構成は父母に、双子の姉。

 趣味は散歩か。牧歌的だな。

 好きな食べ物はソーセージ。嫌いなものは麺類。成程、お国柄がよく出てるな。

 三人目の取材相手は、ユーリア・ルナチャスキー。

 名前の通り、日本人ではない。容姿もロングヘアーの銀髪に灰色(グレー)の瞳。ただ、体格はかなり小柄だ。外国人って、もっと高身長でスタイルがいいイメージだったけど、彼女は小学生みたいな矮躯だ。はっきり言って幼児体型である。

 彼女の出身国は、確かドイツ人とロシア人のハーフって言ってたかな? 生まれがロシアで、育ちがドイツ。だからたまにドイツ語が出るけど、そんなものは気にならないくらい日本語が上手い。若干たどたどしいけども、発音はそこまで変じゃないし、言葉の意味も致命的な間違いは少ない。順応性が高いのか、言語による不自由はほとんどないようだ。

 彼女には双子の姉であるローザ・ルナチャスキーという、同じく僕のクラスメイトがいるんだけど、なぜか指定されたのはユーちゃんの方だけだったんだよな。なぜだ。

 あ、ユーちゃんというのは、ユーリアの愛称だ。最初に誰が呼んだのかわからないけれど、ユーちゃん自身がその愛称をいたく気に入って、それ以来、爆発的に普及というか、本人の強い希望で布教されている。僕もなんか勢いでそう呼んでしまうくらいには浸透した愛称だ。

 外国人というのはどうしてもとっつきにくいところがあるものだけれど、ユーちゃんはそんな障壁は軽々と乗り越えて、天真爛漫な性格も相まっていまやクラスの人気者だ。アイドルというか、クラスの妹みたいな存在。いや、ペットか。懐いた犬猫を可愛がってるみたいな。

 日本語が堪能で、人懐っこくて、無邪気なユーちゃんは、人間関係においては、伊勢たちのグループの中では最も良好な人物と言える。

 ……まあ、成績に関しては言うなら、わりと頭の方は残念なんだけれども。

 そもそも、皆の人気者になってるというのに、伊勢たちと強く関わっているというのも、奇妙な話だ。

 いやしかし、皆に好かれるからこそ、どのグループからも独立した伊勢たちのグループにいるのが、相応しいのかもしれない。

 それはそれとして、ユーちゃんについては気になる点が少しある。入学してすぐにクラスメイトからちやほやされてたユーちゃんが、ある時期だけ、ぱったりと学校に来なくなってしまったことがある。姉の方はしっかり登校してたけど、ユーちゃんだけが不登校だった時期があるのだ。

 思えば、その時期を経て、ユーちゃんが学校に復帰してからだったな。ユーちゃんと伊勢が、一気に仲良くなったのは。

 なにか関係あるのか、気になるけれど、今回の趣旨はそこにはない。

 天真爛漫で底抜けに明るい異邦の女の子。それがユーリア・ルナチャスキーという僕のクラスメイトだ。

 

「それじゃあ、インタビューを始めさせてもらうね」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 はきはきと笑顔で応じるユーちゃん。

 その素直で純粋な子供っぽさは、僕には眩しすぎる。

 

「うん、よろしくね。早速一つ目の質問だけど、君の望みを、教えてほしい」

 

 今まで補足説明をしていた第一の質問。ユーちゃんの理解力で、どこまで通じるか怪しいものだ。

 そう思っていたけれど、意外にもユーちゃんは、彼女らの中で唯一、聞き返さずに回答した。

 

「ユーちゃんは楽しいのが一番です!」

「楽しさか」

「Ja!」

「そっか。君も結構、自分の欲望に忠実だね」

「? ダメ、ですか?」

「ダメじゃないよ。確認しただけ」

 

 遊びたい時に遊び、食べたい時に食べ、やりたい時にやる。

 自身の欲求がイコールそのまま行動に繋がる、衝動的な人間なんだな、ユーちゃんは。

 一瞬、獣みたいと思ったけれど、これはむしろ幼さからくるものだろうか。年齢は同じだけど、精神的には僕らより子供っぽいしな、ユーちゃん。

 なんにせよ、ユーちゃんの生きる上での望みとは、彼女の中にある欲求の消化にあると考えていいのかな。

 楽しいことがあるなら、楽しみたい。美味しいものが食べられるなら、食べたい。そこにやりたいことがあるなら、それをやりたい。

 なんて、本能的で、衝動的なんだろう。まるで思考というものが介在していない。

 

「じゃあ、君はどういう時、楽しいと感じるのかな?」

「色んなことですよ! みなさんと遊んでる時や、お話している時。歌を歌う時、本を読む時。(ヴァルト)や、(ベルク)や、湖畔(ゼー)をおさんぽする時。色んな瞬間が、とても楽しいです!」

「……山を、散歩?」

「あ、若宮さんとこうしてお話しするのも楽しいです! ユーちゃん、わくわくしてます! どんなお話しできるかなって!」

 

 無邪気な笑顔を見せるユーちゃん。そんなに期待されても困るけど、まあ、楽しんでくれるのなら、それに越したことはない。

 しかしこれは、かえって難儀かもな。

 伊勢や日向は、たどたどしかったり、一方的だったりしたけど、どちらも理性的かつ理知的な応答ができた。

 だけどユーちゃんの場合、友好的だけど、同時に衝動的かつ感情的なインタビューになる。

 相手の言葉を鵜呑みにしてはいけない。今まで以上に、相手の発言から意図を読み取らなくては。

 

「ユーちゃんは、どんなものでも楽しんでるんだね」

「お勉強はちょっと苦手ですし、聖書も眠くなっちゃいますけど……楽しいものはいっぱいですよ! 見たことのないものを見た時は、とってもわくわくします! 世界には、楽しいものがいっぱいです! それを探すのも楽しいです!」

「ふむ……」

 

 新しいもの、つまりは発見か。

 つまりユーちゃんは、未知なるものを求めている。自分の知らない世界を、新たな驚きに飢えている。

 衝動的で感情的とはいえ、同時に彼女は探究心も持ち合わせているわけだ。

 その衝動と、感情を満たす、感動を求める心を。

 

「よし、次の質問に行かせてもらうね。君にとって、仲間とはどういう存在かな?」

「? 仲間は仲間ですよ? 一緒に遊んで、一緒に戦って、とっても大切な人たちです!」

 

 うーん、そう来たか。

 これはちょっと、アプローチを考えないといけないかもな。

 

「じゃあさ、君は仲間をどのくらい大事に思ってるのかな?」

「とってもです!」

「君の仲間が傷つけられそうになったら?」

「うにゅ? それは……」

 

 少し悲しそうな顔をして、ユーちゃんは顔を上げる。

 

「……それは、イヤ、です」

「それはどうして?」

「大事な人ですから。そう思うのは当然です。家族を大切に思ったり、お友だちを守るのに、理由はいりません。大切だから大事なんです。それでいいんです」

 

 まあ、真理だな。

 仲間という枠の中にあれば、理由なく助け合える。助け合って、共に歩む。

 仲間であるというだけで、それが手を取り合う理由になる。

 仲間という絶対的な概念が根底にあって、それは確かな重要性を持って彼女の中に存在している。

 曖昧だけど強固な、横の繋がり。

 伊勢や日向も友達が大事みたいな趣旨の発言が多かったけど、それぞれ、大事に仕方が違う。

 ユーちゃんの場合は、共同体としての強固さや、助け合いによる結束を大事にしているように思える。

 仲間の認識が日向に似ている気がするけど、器の広さはきっと伊勢に近い。

 まったく、明るくって眩しいったら。

 

「じゃあ、次の質問だ。君の嫌いなものはなに?」

「嫌いなもの、ですか? うーん……お勉強……」

「そういうのじゃなくて」

「むむむ、です……うにゅにゅ……」

 

 ユーちゃんは考え込む。

 しばらく黙って見てたけど「うーうー」と唸り声を上げ始めたあたりで、流石に耐え切れなくなった。

 

「……たとえば、君は仲間を大事にするみたいだけど、それを脅かす存在は、敵対対象じゃないのかな?」

「テキタイタイショー……霜さんみたいに難しい言葉を使うんですね……敵、ですか。確かにイヤですけど、嫌いっていうのとは、違うと思うんです」

「違うっていうのは、どのように?」

「だって、ケンカしても、もしかしたら仲良くなれるかもしれないじゃないですか」

 

 敵対者にすら優しくなれるのか。それもまた、彼女の言う可能性の一つなのかな。

 たとえ敵であっても、その本質を見極めてから。即ち、考えに共感できれば、仲間とみなすこともできる。

 伊勢もそうだが、この子もなかなか度量が広いな。

 それとも、現実を理解していないのか。どうなのか。

 

「最後の質問だよ。君が戦うことになるとしたら、君は誰のために、そしてなんのために戦う?」

「誰のため、なんのため、ですか……」

 

 またユーちゃんは考え込む。

 少し待つと、ユーちゃんは歯切れ悪くも切り出した。

 

「……ユーちゃんは、みんなのために戦いたいです。けど……」

「けど?」

「でもやっぱり、ユーちゃんはユーちゃんのために戦っちゃうと、思うんです」

「結局は自分のためになってしまう、か」

「やっぱりデュエマって楽しいですし、色んな発見があって、負けられない戦いでも、楽しさは忘れられないです」

「デュエマ?」

「あ……い、いいえ! なんでもないです! はい!」

「あぁ、そう……」

 

 慌てたようなユーちゃん。なにをまずいことを言ったのだろうか。

 そこで、ふと気になることがあった。

 

「取材とは関係ない話になるんだけど、ユーちゃんってデュエマやってるんだね。ドイツにもあるの?」

「ありますよ! ユーちゃん、ジークフリートさんに教えてもらったんです!」

「ジークフリート?」

 

 それって、北欧の叙事詩に登場する英雄だよな。ニーベルンゲンの歌の主人公……僕もゲームとかで名前を知ってるだけで、詳しくは知らないけど。

 魔剣を用い、悪竜を退治した、北欧の英雄。

 それにデュエマを教わったって? なにを言ってるんだ、この子は。

 

「……英雄にデュエマを教えてもらったの?」

「Ja! あの人は、本当の英雄(ヘルト)です! 正にジークフリートですね!」

 

 嘘を言ってるようには思えないけど……到底信じがたいことでもあった。

 ……まあ、ジークフリートという名を名乗る誰かってことにしておくか。

 

「ユーちゃんはあの人から、いろんなことを教わりました。デュエマの楽しさもそうですけど、自分の願いを叶える大切さとか、人間のこととか……昔は難しかったですけど、今なら、ちょっとだけわかります」

「へぇ……」

 

 英雄の言葉が、今の彼女の一部を形成しているわけか。

 

「話が逸れちゃったね。戻そうか。仲間のために戦いたいけど、結局は自分のためになってしまう、というのは?」

「えっと、その、デュエマじゃなくて……えぇっと、そうです! やっぱりユーちゃん、なんでも楽しんじゃうので……」

「確かに君はそういうとこありそうだね」

「でも、できれば戦うなんてイヤですね……誰も傷つかないなら、それが一番です」

「そうだね」

「でも、もしも戦うことになったとしたら……その中でユーちゃんは、ユーちゃんのしたようにしちゃう、と思います」

 

 揺らいでるな。

 まあでも、それが当然か。そもそも質問が荒唐無稽な仮定を元に成り立っているんだ。そのくらいの揺らぎは、むしろあって然るべきだろう。

 僕らはまだ中学生なんだ。なにが正解かなんてわからないし、いつも芯はぶれているようなもの。なにがきっかけで、どう変わるかわかったものじゃない。

 

「でもやっぱり君は、仲間のために戦いたい、と」

「はいです。みんなで仲良く、助け合うために戦いたいです。最後には、みんなが笑えるような、おとぎ話(メルヒェン)のような結末がいいです」

 

 やはりそこに帰結する。結果的にそうなってしまう。

 どれだけ仲間との繋がりを大事にしても、すべては自分ありき。自分という歓楽の発端、その衝動が一番なのだ。

 仲間を大事にしたいのも自分のため。最後には、自分が楽しくあることがいい。善性に振り切ったエゴ、とでも言うのか。

 ……成程ね。

 

「ありがとう。これでインタビューは終わりだよ」

 

 そう言って、僕は取材を打ち切った。

 終わってから、ユーちゃんとのインタビューを振り返る。

 純粋なほど自分の欲求に忠実で、世界のすべてが歓楽に満ちている。

 発見も探究も、それを見つけ、触れるのも、すべては彼女の楽しさに繋がる。

 誰かと繋がるのも、共にあるのも、すべては彼女が“楽しい”と感じるが故。

 あまりにも単純かつ純真で、ある種の果てしない欲望の権化。

 その善なるエゴは、闇すら塗り潰す。

 すべては己の楽しみのため。

 白い秩序よりも、黒い自我を芽生えさせながら。

 青い探究心と、赤い衝動と、緑の包容で以って、世界を制する。

 世界のすべてに、彼女の求める歓楽があり、彼女はいつだってそれを探している。

 楽しさ、衝動、調和のエゴ、世界の発見。

 最後にそんなキーワードを書き記して、ユーリア・ルナチャスキーとの取材は終了する。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 水早(みはや) (そう)

 烏ヶ森学園、中等部1年A組。

 誕生日は4月10日。血液型はB 型。部活動は……手芸部に暫定入部? へぇ……

 身長152cm/42kg。

 家族構成は父母に、高校生と大学生の兄が一人ずつ。

 趣味はファッションチェックにウインドウショッピング。最近は裁縫……女子かよ。

 まあ、確かに女子みたいな奴だけど。

 四人目の取材相手は、水早霜。

 ある意味、今回の五人の中で、最も特異な奴だ。だけど、僕にとっては一番やりやすい相手かもしれない。

 なぜかって? それは僕と水早が友達だからだ。

 友達と言っても、学内で比較的多く言葉を交わすって程度だけど。伊勢たちみたいに一緒に遊ぶことはあんまりない。

 水早の異質さを説明するのはそう難しくない。もったいぶるのも冗長だし、端的に言ってしまうけれど、彼は、女子制服を着用した男子生徒、なのだ。

 女装癖がある、というよりは、女らしくあろうとする男、と言うべきか。性同一性障害という見解もあるみたいだけど、それも違うと言われている。僕もそれについては詳しくは知らない。

 

 水早がどういう意図で女らしい格好に固執するのか。その理由はわからない。だけど、それが原因で不登校になってたような奴だし、それが水早にとって大きなものであることは想像に難くない。

 まあでも、ぶっちゃけ似合ってるんだよなぁ。元々男子としては背が低い方だし、顔つきもわりと女顔だし。ショートカットの髪も相まって、男にも、女にも見える。女子の制服を着ている姿は、ボーイッシュな女子といったところか。

 容姿については色々と特徴的だけど、性格はそうおかしな奴でもない。

 不真面目というわけでもなく、生真面目というほどでもない。コミュニケーションも普通に取れる。基本的には穏やかだけど、決して控えめでもないし、筋の通った論理的な思考のできる奴だ。

 つまり、内面は至って普通なのだ。学校内で、この社会で、上手く立ち回れるだけの技量が、あいつにはある。

 だからこそ、彼が女装に固執する理由が、気になってしまう。

 一体彼は、なにを抱えて生きているのか。その真意を問うことになるのかな。

 華やかに着飾る凡庸な女装男子。それが、水早霜というクラスメイトだ。

 

「というわけで、インタビューをさせてもらうよ」

「その前に、なんでボクが? ということを聞きたいのだけれど」

「僕にもわからん。先輩が水早を指定した。僕にわかるのはそれだけだよ」

「……怪しいけど、まあ、若が持って来た話なら信じてあげよう。一応、君はボクの唯一の男友達だしね」

「微妙に癪な理由だけど、ありがとう」

 

 適当な軽口を叩き合いながら、取材を始める。

 水早とはそれなりに仲がいいから、やりやすいようで、逆にやりにくい。自分を取り繕いにくいからな。

 まあそんなこと言っても仕方ないし、やるけどさ。

 

「まずは最初の質問。君の望みを教えてほしい?」

「望み? 随分と抽象的で、言葉足らずな質問だね。もう少し詳しく教えてほしいんだけど」

「君の生きる指針、みたいなものだよ。どういう方向に向かって生きているのか。その方向の先にあるものを、望み、と言い換えていると言えばわかりやすいか?」

「成程、なんとなくわかったよ。望み、望みか」

 

 少し考え込んでから、水早は口を開く。

 

「……ボクの望みは、自己研鑽と、自己探求、かな」

「気取った言葉だな」

「うるさいよ。これで満足かい?」

「いいや。もう少し詳しく。自己研鑽っていうのは?」

「いわゆる自分磨きさ。ボクの趣味嗜好は、君も知っているだろう?」

「女装でしょ?」

「ある事象に対して、一面的な部分しか考慮せずに発言するか。君は猿か?」

「悪かった、怒るなよ……けど、一見するとお前のそれは女装とも言えるだろ。どういう意志があって女子の制服なんて着ているのか、僕も知らないわけだし」

「そうか。まだ言ってなかったっけ。ならそこから説明しないといけないな」

「なら頼む。時間はたっぷりある」

「それじゃあお言葉に甘えて」

 

 そう言うと水早は、語り始めた。

 

「ボクには幼馴染がいたんだ。リンちゃん――鈴谷凛(すずやりん)っていう、ボクの人生で最も可愛い女の子だ」

「へぇ……ん? いた?」

「うん、もういない。交通事故だ」

 

 いきなり重い話だ。思わず地雷を踏んでしまった。どう対応すればいいんだよ。

 水早は平然と話しているけれど、それがどうでもいい記憶な訳はない。自分を律しながら、話しているはずだ。

 そこまでさせるのは悪いと思いつつ、そこまでして話す水早の話を止めるのはもっと悪いと重い、黙って聞くことにした。

 

「ボクは物心ついたときから彼女と一緒にいて、気づいた時には彼女に魅了されてたよ」

「好きになったってこと?」

「そうだ。でも、恋心じゃない。まったく違うとは断定できないし、今はもう証明できないけど、ボクは彼女に憧れていたんだ。あぁ、なんて可愛らしいんだろう。ボクも彼女みたいになりたい、とね」

「それで、自分も可愛く着飾ろうって?」

「端的に言うとそうなる。彼女は、そんなボクのことを受け入れてもくれたしね。それがボクの幼少期の話、ボクの起源さ」

 

 思ったよりも単純だったな。僕では絶対にあり得ない回路の繋ぎ方がされているけれど、理屈としては納得できなくもないし、理解もできる。

 それに、男女の性差とか、そういうのを学ぶ前なら、男が女に憧れるということもあり得る話だ。男兄弟に囲まれた妹が、兄の真似をして男っぽくなるとか、またその逆も、取り立てて珍しい現象ではない。

 水早の場合、それが少し極端だっただけということにすぎないのだろう。

 

「もっとも、彼女の可愛さに魅了されて好きになったのか、元から女性らしくあろうと無意識に思っていたところに彼女の承認があって好きになったのか、原因はわからないけどね。もはや知る由もない」

「それは、水早が可愛らしくあろうとする理由ってのは、大事なことなのか?」

「さて、どうだろう。かつては彼女に対する恋心と、ボクが女性であろうとする精神の間で葛藤があったりしたものだけど、今ではそれなりに折り合いをつけられたからな」

「そんな簡単に割り切れるものなのか?」

「まさか。ボクだって友人――あの時は知り合ったばかりだが――に叱咤されて、ようやく気付いたんだよ。恋には感謝しないとな」

「ん、日向? あいつが絡んでるのか?」

「あぁ、まあね。ああ見えて彼女は、性的少数者(マイノリティ)に理解がある」

「そうなのか」

 

 意外だ。そういう、色恋の話には興味がないと思っていた。

 いやでもあいつ、オタクっぽいところあるしな……腐女子ってやつなのかなぁ。

 百合女子、は流石にないか。

 ……ないよな?

 

「話が逸れたね。とまあ、ボクはリンちゃんを起源として“可愛らしさ”というものを追究しているわけだ。ボク自身の理想への探求、それがボクの言う自己研鑽だ」

「まあ、自分磨きってことか。じゃあ、自己探求っていうのは?」

「ボクは自分が本当に可愛いものを求めているのかわからないんだ」

 

 今までの発言をひっくり返すようなことを言いやがったこいつ。

 

「自分を可愛く着飾る、それ自体は好きだ。ボクは今まで、それを目指してきた。だけど、最近、本当にそれでいいのか、と思うことがある」

「……よくわからない」

「美の探求は可愛さだけではない。ましてやボクは今、変声期を迎えようとしてるし、体つきも男のそれに変わりつつある。髭だって生えてきた」

「マジか、僕はまだだ」

「妬ましいね、ボクにとっては。それはさておき、そんな“男”を認識するうちに、疑問が出て来るんだ。ボクの中で求める理想像は本当に、究極的な“可愛らしさ”なのか、ってね。あるいは、このまま可愛らしさを求めて、ボクはそこに到達できるのか、不安なんだ」

「それは……単に自分の身体の変化に、混乱しているだけじゃないのか?」

「否定はしない。だけど前々から薄々思ってはいたんだ。可愛いが、ボクが真に目指す場所なのか、ってね」

「自分の目指す場所、目標がまだ定まってないってことか」

「そういうことだ。決めていたつもりが、ちょっとずつブレていくように感じるんだ」

「だから、その目標を再設定するために、自分の可能性を探っているってことね。真面目だな」

「不真面目に惰性で生きるよりはよほど有意義さ。自分がなにになりたいかもわからなきゃ、どう生きればいいか、わからないしね」

 

 それでものうのう生きてしまうのが人間というものだが、とりあえず水早についてはよくわかった。

 完璧主義者、というわけではないけれど、自分自身が思い描く理想に向かって邁進する。それが水早という人間なんだな。

 女装趣味も、憧憬からきた模倣が、自身の練磨に繋がっているようだし、すべてが自分の向上に通じている。

 やってることはファッションだが、その精神性は、まるで求道者だ。

 

「じゃあ次の質問だ。君にとっての仲間とは?」

「仲間がボクにとってどういう意味を持っているのか、という質問?」

「そうなるね」

「少し難しいな。仲間は仲間だ。そこには色んな意味や理由があるし、個人によってもその役割は変わってくる。そして当然、時間の経過によってもだ」

 

 一義的には言わない水早。

 あらゆる可能性を見出し、それらを蔑ろにせず、すべてを拾い上げようとする。

 やっぱり真面目だな、こいつ。頑固ではないけど。

 

「でも、あらゆる可能性を逐一拾い上げて話してたんじゃ、日が暮れる。時間はあると言っても限度があるぞ」

「わかってる。だから今、最適な言葉を考えてるんだ。ちょっと待ってくれ」

 

 水早は腕組みして考え込む。

 そうして、しばらくしてから、口を開いた。

 

「そうだな……すべてはボクの糧、かな」

「糧?」

「あぁ。ボクがより高みへ至るための経験値、のようなものだ」

「なにお前、友達をスライム代わりに倒してんの?」

「そうだね。じゃあ、手始めに君から経験値にするか」

「待て、怒るな。詳しく話を聞くから」

「まったく、君といい実子といい、軽口はタイミングを選べ」

「お前だってよくふざけたこと抜かすけどな。僕に対しては」

「君に心を開いている証だと思っといてくれ」

 

 そんな軽口を叩きながら、水早は続けた。

 

「たとえば、とてもよくできた先輩がいるとする。その人の話は、ボクにとって身になることもあるだろう」

「あぁ、まあそうだな。身近なところだと、先生の話――まあ授業だな――とかそうか?」

「そうだね。それから、友人たちとの経験。これも、場合によってはボクが理想のボクになる過程として、なんらかの役割を果たすかもしれない」

「そう……なのか?」

「ピンと来ないか?」

「正直な」

「ふむ、じゃあ少し具体例を出すか。ボクは最近、小鈴の服を見繕うことがあるんだ」

 

 小鈴っていうと、伊勢か。

 伊勢の服を見繕うって、こいつなにやってんだ?

 

「彼女は、服のセンスがどうにも悪くてね。いや、ある意味では似合っている。確かに似合ってはいるが、それは悪い嵌り方だ」

「? よくわからない」

「子供っぽいんだよ、彼女は」

 

 あー……成程な。

 確かに伊勢は、垢抜けないというか、あどけないというか、かなり童顔だしな。

 私服姿なんて見たことないから知らないけど、子供っぽい格好というのは、なんとなくイメージできる。

 

「素材がいいだけに、陰気でガキっぽいままなのはもったいないと思って、ボクも色々手伝っているんだけど……そういう他者への干渉も、やがてボクが自分の理想を見つける手掛かりになると思うんだ」

「そうなのか?」

「そうとも。人を振り見て我が振り直せ、だ。それに、誰かをコーディネートできないのに、理想的な自分のコーデなんてできるものか」

 

 ふぅん、そういうものか。

 けどまあ、よくわかった。

 つまり水早にとって、世界は経験値なのだ。

 誰かの話も、誰かとの経験も、遊びも、対立も、なにもかもが、明日の我が身へと繋がっている。

 すべては自分が成長し、高みへと上り、理想の自分となるための糧。

 ある意味、物凄い自己中心的な考え方だ。

 エゴや自分勝手という意味ではなく、最終的に自分に帰結するという意味で。

 

「なんというか、意外だ」

「そうかい?」

「お前はもう少し、献身的な奴だと思ってた」

「幻滅した?」

「別に。僕の認識が修正されただけで、お前が変わるわけじゃないからな。すべての経験が自分に返ってくることを望むからって、誰かに冷たいわけじゃなし」

「面と向かってそう言われると、少し照れるな。けどボクは、小鈴やユーとは違う。結構ドライな性格でね。皆と一緒にわいわいやってても、結局のところ、ボクはボク自身の成長と進歩を望んでいる。それが一番だ」

「けど、だからって友人関係を破棄するわけじゃない、だろ」

「まあね。利用価値がある、と言ってしまえば誤解を招くが、やはり友というのは心地良い。その心地良さに飲まれてはいけないが、そこには確かに得るものもあるし、あって損はない」

 

 とことん真面目で理屈ずくな奴だ。

 友達といる時くらい、成長とか進歩とか考えないで、肩の力を抜けばいいのにな。

 いや、もしかしたらこいつなりに、力を抜いてるのかもしれないけども。

 

「聞きたいことは大体聞けたかな……じゃあ次の質問だ。水早の嫌いなものは?」

「食べ物のことを聞いているわけじゃないよね?」

「うん。水早が嫌悪する概念、存在のことだ」

「そうか、それなら簡単に答えられる。一つ、論理的思考を完全に放棄した大馬鹿者。二つ、自分の可能性を潰す愚か者。三つ、他人の可能性を摘み取ろうとする悪者。以上だ」

「……ひとつひとつ、説明をお願いできる?」

 

 一気に答えられて、少し戸惑う。そんなに一度に言われても、メモしきれないよ。

 

「一つ目は別にいいだろう? 理屈を介さない奴と会話しても無駄だよ。論理的な思考ができないんじゃ、会話にならない」

「随分と極端だけど、言いたいことはわかるよ。人狼ゲームとかするにしても、感情論で動かれると破綻するもんね」

「そう、そういうことさ。秩序だったシステムが、理路整然としていて美しいし、円滑に物事が進む。そして二つ目。自分が持つ可能性を潰す輩は嫌いさ」

「それがよくわからないんだけど」

「さっきも例に出したが、ここでも小鈴を引き合いに出そう」

 

 また伊勢が話題に上がる。

 これまでもちょいちょい名前は上がってたし、やっぱり、こいつらのグループの中心的存在なんだな。

 

「既に言ったが、彼女は服のセンスが悪い。精神も女ではなく、いつまでも子供のままだ。いつまでたっても、甘さや幼さが抜けない。優しさと言えば聞こえはいいが、彼女はいつまでもガキのままだ」

「お、おぅ……」

 

 確かに芋女とか、他の女子に比べて子供っぽいと思ったことはあるけど、そんなストレートに言ったら可哀そうだろ。

 体型とか、子供っぽくない部分もあるんだし。

 と、軽く反論してみると、

 

「そこだ。素材がいいのに服のセンスが悪くて損してるだなんて、どれだけ愚かなんだと思ってしまう。あぁ、ハッキリ言おう。小鈴は可愛い女の子だ。リンちゃんを除けば、ボクが今まで出会った女子の中で、最高レベルで可愛い。背は低いし顔も幼いしなんか色々太めな気がするが、まあそこも含め、素材だけなら一級品な女の子だ」

「友達補正じゃ……」

「ボクはコーデに関しては公平だよ。とにかく、小鈴は素が良いにも関わらず、センスが悪いし精神も未熟だ。それで未来ある可愛さを潰してしまったら、もったいないと思うだろう?」

「うん、まあ、言いたいことはわかる」

「つまりはそういうことだ。あの可愛さは、ボクがこれからどれだけ努力しても手に入れることができない宝なんだ。それをむざむざ捨てるような真似は、許し難い」

 

 少し本音が入ったな。一種の妬みか。

 自分が持っていないものを簡単に投げ捨てられたら、そりゃ腹が立つに決まっている。

 普段は理屈っぽいけど、たまにこいつ、こういう感情的なところ出るよな。

 

「だからボクは小鈴を矯正、もといコーディネートについて手解きをしてあげたりしたわけだ。本人が変に頑固、というか変化を恐れてるせいで、いまいち上手くいかないけど。あと小鈴の着られる服が見つからない。いっそ作るべきか……」

「わかった、もうわかったから。で、で、三つ目は?」

 

 水早の言葉に熱が帯びてきたので、ここいらで話題を変えて熱を冷ます。

 他人の可能性を摘み取る悪者、というのは、二つ目と関連してそうなものだけれども。

 

「一言で言えば敵だ、悪者だ。わかりやすいだろう?」

「わかりやすすぎて説明不足だ。詳細を頼む」

「仲間についての質問で少し触れたけど、仲間はボクの経験値タンクだ。ボクに貴重で尊い、かけがえのない経験を提供してくれる大事な人材だ。言い方は悪いけど、ボクがより高みに上るための大事な踏み台になってくれるんだ」

「踏み台ね。でも君のことだから、踏みつけて上った後でも、手を差し伸べるんだろう?」

「仲間にならね。向上心のない奴は捨てるよ。ボクは聖人じゃないし善人でもない。関係ない奴まで助けたりはしない」

「意識が高いね。で、そんな仲間を失うのは困る、ってことか」

「そうだね、困る。ボクらが築いた秩序を壊すようなことをされたら、ボクの思い描く未来設計図も崩れるというものだ。それは許し難い」

 

 利用価値、なんて誤解を招く言い方をしたけど、逆に言えば水早は、仲間に大きな価値を見出しているということでもある。

 会社は社長だけでは成り立たない。社員が、働き手がいるからこそ、運営することができる。そしてそれは、人間社会でも同じこと。そして、個人というミクロな視点でも同様だ。

 誰かが、仲間がいるから、水早も上を向いていられる。そして、そんな仲間は大切な人材。当然、守るし、場合によっては無理やり腕を引っ張って引き上げる。

 甘くはないけど、なんやかんや、こいつも優しいよね。その優しさを理解するのは、少し難儀かもしれないけど。

 さて、だいぶいい話も聞けたし、そろそろ終わりに向かうか。

 

「最後だ。君が仮に戦うことになるとする。君は誰のために、そしてなんのために戦う?」

「……戦いの定義は? 戦争って意味? それとも競争?」

「その判断は君に委ねる。君自身が戦いだと定義できる現象で考えてくれ」

 

 そう答えると、またしても水早は考え込む。

 悩んでいるのではなく、正確な答えを返すために、熟考している。

 こういうところが、こいつのいいとこだよな。こんなわけのわからない取材でも、真剣に取り組んでくれる。

 本人の前では絶対に言わないけど、僕はこいつと友達で良かった。伊勢たちもそうだろうな。

 なんて柄にもないことを思っていると、水早はおもむろに口を開く。

 

「……そもそも、争いは避けるべきだ」

「身も蓋もないことを言うな!」

「けど、闘争もまた未来の自分への糧になる、なんて同じ回答を繰り返すのは、芸がないだろう?」

 

 む、確かに、それはそうだな。

 同じ答えを繰り返させる記者は二流と、先輩には教わった。そして僕は気を遣われたようだ。少し悔しいな。

 

「ま、結局は戦いでもなんでも、僕にとっては試練のようなものなんだけど。ただ、意味合いは少し、変わってくるかもしれない」

「意味合い? なにがどう変わるんだ?」

「大抵の物事は、体験してこそ糧を得られるものだが、争いというのは、どう避けるかを考える方が肝要だ。つまり、実際に体験しないことこそ糧となる、と考えられる」

 

 ふむ、そういうことか。

 レベルを上げるというのなら、積極的に戦闘して敵を倒し、経験値を得ると考えられる。

 けれど、世界はそんなゲームみたいにはできていない。如何にして戦闘を避けるか。それを考え、実践することもまた、別種の経験値を得ることに繋がる。

 水早はそう言いたいんだろう。

 

「勿論、戦うことで得られるものもあるだろう。だから、どう転んでも得とも言えるが……しかし争いから得るものなんて、大抵は教訓だしね。争いを回避する術を得るために争うのでは、本末転倒だ。だったら最初から避けた方がいい。争いも適材適所、手っ取り早く事態を収拾するために用いる有用性もあろうが、できれば回避したいね」

 

 持って回った言い方だが、まあ基本的に水早は秩序的で平和主義だ。

 争いを全否定はしないが、争わないならそれに越したことはない。

 まあ結局は、それが最も合理的かつ効率的かどうか、というところなのだろうけど。

 

「……うん、まあ何事も平和が一番だよ。そんな争いばかりの世の中じゃ、お洒落もできないからね」

 

 なんて、冗談っぽく言う水早。

 争いまでも、己の糧として取り込まんとする貪欲さ。

 けれど、争うということがどういうことか、彼はその本質をきちんと分析している。

 その上で、合理と理性によって、判断を下すのだ。

 合理的だが、数字に傀儡ではない。

 平和的だが、和睦の奴隷ではない。

 確固たる己の意志で、水早は理屈と平穏を支配しようとしている。

 ……成程、な。

 

「ありがとう。これでインタビューは終わりだよ」

 

 そう言って、僕は取材を打ち切った。

 終わってから、水早とのインタビューを振り返る。

 少し理屈っぽくて、論理的に事を進める奴だと思っていたけれど、水早は僕が思う以上に熱い奴だったな。

 熱いというか、努力家だ。

 自分のために、時に他人のために、その力を磨き、研鑽し、高めていく。より高みを、より強い己を目指す。

 友と共に精進し、禁欲を是として、正道を進み、力を磨く。

 最果てに見据えるは、完成された氷像のような自分。

 他人を使い、他人を引っ張り、自他共により良い未来を、遥かな高みを目指す。

 緑色のぬるい意識は破棄し、黒く汚い利己的な欲望は押し留め。

 白く清い平和な成長と進歩を願い、そのために赤い情熱に誓って邁進し。

 より良い己を形成するために、理想の青い未来を求める。

 切磋琢磨、より良い未来、精進。そして高みへと上る自分。

 最後にそんなキーワードを書き記して、水早霜との取材は終結する。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 香取(かとり) 実子(みのりこ)]。

 烏ヶ森学園、中等部1年A組。

 誕生日は11月19日。血液型はA型。部活動はなし。

 162cm/44kg。

 家族構成は父と母。だけど現在一人暮らし中。中学生で一人暮らし? 凄いな……

 趣味は昼寝とサイクリング。

 好きなものは肉、特に鶏肉、と。

 プロフィールだけ見れば概ね普通だ。

 そんな五人目、最後の取材相手は、香取実子。

 伊勢に次ぐ、もしくは伊勢よりも目立たない女子だ。

 ただその目立たない理由が、決定的に伊勢と違う。伊勢は大人しさゆえの地味さで、要するに“誰の視界にも入らない”類の目立たなさだ。

 だけど香取の場合は、どんな相手にも自然に接して、つかず離れずの距離を保ち、波風も立てない。即ち“異変を感じさせないほど自然に振舞う”タイプである。

 もっとも、最近はたまに奇声をあげたりしてて、悪目立ちすることがたまにあるんだけどな。なんか最近、あいつキャラが変わってる気がする。六月くらいまで、もっと大人しめな奴だったと思うんだけど。

 それに、ある意味ではその自然に振舞う技術も、不自然と見えるかもしれない。流石に疑って見すぎだと思うけど。

 どこか飄々としてて、掴みどころがない女子。そういえばこいつは、最初から伊勢と一緒にいたな。四月の最初の方から。それでも他の女子とも適当に合わせてたみたいだけど、最近は本当に伊勢の周りでしか見ない。

 異常性という面では、伊勢らのグループの中で最底辺、つまり、一番まともに見える。虚弱毒女の日向とも、爛漫外人のユーちゃんとも、女装男子の水早とも違う。こいつらと仲良くできる伊勢と同じ、あるいは別な存在。

 というか、日向も、ユーちゃんも、水早も、大なり小なり不登校期間があったけれど、香取にはそれがないんだよな。それがあるから、普通と思えてしまう。

 ん? 思えてしまう? なんでそう思ったんだろう。

 香取は比較的まともな人間のはずだ。なのにこれでは、彼女が実はおかしな人間のようだ。

 ……まあいいか。

 不自然なほど自然に溶け込む女子生徒。それが、香取実子という僕のクラスメイトだ。

 

「じゃあ、取材を始めさせてもらうよ」

 

 僕と香取は向かい合って、取材を開始する。

 それにしても、こいつデカいな。背が。

 まだ僕には伸びしろがあるだろうけど、香取は僕よりもずっと背が高い。まあ、女子でもこのくらいの身長は、珍しくはないけれど。

 けど、背が高いだけじゃなくて、手足も細くて長いし、ありふれた表現だけど、モデルのようだ。

 なんて見惚れている場合じゃないな。取材しないと。

 

「まず初めに、君の望みを教えてほしい」

「望み? なんか曖昧な聞き方だねぇ。どういうこと?」

「君が生きていくうえでの指針というか、どうしたいのか、どうなりたいのか、という点でなにを考えて生活しているのか。それを聞きたいんだ」

「ふぅん、変な質問だね。でも、答えるのは簡単だよ」

 

 香取は軽い口調で答える。

 真剣に取り合う、という気概はまるで感じられないけれど、そのくらいリラックスして臨んでくれた方がやりやすいと言えばやりやすい。ガチガチになって応答されても、話しづらいからね。取材は一種のコミュニケーションだから。

 なんて思って、油断していたけれども。

 香取は僕が思う以上の人間だった。

 

「私は私のために、そして小鈴ちゃんのために生きてる」

 

 ……あ、これヤバい奴だ。

 普通の人間とか思ってたけど、こいつが一番ヤバい気がしてきた。雰囲気で分かる。

 でも、始めた取材を投げ出すわけにもいかない。

 

「小鈴って、伊勢さんのことだよね。伊勢さんとは、どういう……?」

「友達だよ? それが?」

「いや、なんでもないです……」

 

 たぶん、ただの友達じゃないんだろうなぁ。

 一体どういう関係なのか深く突っ込みたいところだけど、僕にはそれ以上追及する度胸はなかった。

 

「えぇっと、君のため、伊勢さんのため、っていうところを、もう少し詳しく……」

「私のためっていうのは、まあわかりやすいと思うんだよね。結局、人間って自分でものを考えて、自分中心で生きているわけだし、自分がどうしたいかっていうのは必ず内面にある。それに従うのが、指針の一つだと思うんだ」

 

 なるほど、道理だ。

 生きる標を他人に委ねる人間もいるけれど、香取は自分の中の衝動が、生きるための指標の一つだと考えているのか。

 だけどこの口振り。内面だけが自分のすべてではない、という言い分だな。

 

「もう一つは、自分の外部に指針を求めるケースだね。というか小鈴ちゃんなんだけど」

「い、伊勢さんが、なんなの……?」

「そりゃまあ、小鈴ちゃんと一緒にいることでしょ。私のしたいことっていうのも大抵、小鈴ちゃんに通じているし、まあ小鈴ちゃんを愛でることが私の生き甲斐と言っても過言じゃないかな」

「…………」

 

 つい絶句してしまった。

 最後の最後で一番ヤバいカードを引いてしまったようだ。小鈴ちゃんが私のすべて? そんなこと言える中学生がどこにいるんだよ。

 しかも相手はアイドルとか芸能人じゃなくて、友達、クラスメイト。しかも女。

 こいつ、まさかレズなのか?

 

「私の行動原理なんて単純だよ。小鈴ちゃんと一緒にいたい、小鈴ちゃんを守りたい、小鈴ちゃんを愛でたい。それが、私の望み。私の欲望なの」

 

 確かに単純だ。だけど、それは仕掛けた罠が「落とし穴」か「奈落の落とし穴」かくらいの違いがある。

 穴を掘って罠を作りましたと言っても、確かにそれは見かけは単純だが、それが奈落にまで続くほど深い落とし穴だったとしたら、とんでもない。

 

「私の世界は今、小鈴ちゃんを中心に回ってる。私を取り囲む環境に、あの子がいる。私が大事にするのはその領域内だけ。その外にあるものは、まあ、おまけのパセリみたいなものかな」

 

 僕はパセリかよ。

 まあでも、頭のおかしい料理人にトチ狂った調理をされるくらいなら、適当に千切ってそのまま盛り付けられるだけのパセリの方がマシかもな。注文の多い料理にはなりたくない。

 大なり小なり、誰もが自分の世界を持っていて、その世界構造に準じて自らの行動原理を構築するものだけど、こいつは自分の世界をほとんど放棄している……いや違うな。自分の世界の核、他人に委ねているんだ。

 自分の中ではなく、外に重きを置いた世界構築。しかしそれこそが、彼女の欲望のすべてが詰まっている。

 つまるところ、伊勢は香取の欲望の捌け口にされているってわけか。

 言い方は悪いけど、まるで寄生虫だな。利用というよりは共存って感じだし、伊勢もそんなに邪険にしてないようだから、まあ、まだマシな気がするけど。

 

「じゃあ次の質問へ……えっと、君にとって、仲間とは?」

「仲間? 小鈴ちゃんは仲間っていうより、もはや私の半身に近いほど大事な人だからなぁ。いなくなったら困る子だし、仲間はまあ、仲間だよね」

「なんて雑な……」

「まあでも、日向さんとか、ユーリアさんとか、水早君とかは、普通に友達だし、仲間って言えるかもね。もっとも、小鈴ちゃんの友達が私の友達でもあるって流れで知り合ったわけだし『友達の友達は友達』理論だけど」

 

 こいつ本当にヤバいな。ヤバイしか言えないくらいヤバいな。

 伊勢に対する関心が強すぎて、他の部分がかなりおざなりというか、興味が薄すぎる。本気で言ってるわけじゃないだろうけど、『友達の友達は友達』なんて考えで水早たちと付き合ってたと言うか?

 日向は興味関心の有無が極端だけど、自分の友人には優しくあった。

 ユーちゃんも自分の欲求に忠実だけど、そこに邪悪さは一切なかった。

 だけど、こいつはなんだ? 無邪気に、純真に、そんなことを言っているのか?

 底が見えない。伊勢たちのグループを利用している……? そんな風には見えないし、そもそも、その悪意になんのメリットがあるんだ?

 本当に、ただ伊勢が大事の一心だけで、彼女のグループに属しているのか?

 ともすればこいつは、伊勢のために無関係の存在まで食い物にしかねない恐ろしさがある。事実はさておき、そのくらいの勢い――いや、狂信を感じる。

 そのうち「この世界は、小鈴ちゃんと私とそれ以外で構成される」とか言いだしそうだ。

 それほどに、他者への関心――いいや、容赦がない。

 

(……いや、待てよ)

 

 冒頭を思い出せ。確かに最近の香取は弾けてておかしな奴だが、元々こいつは、上手く周りに迎合して器用に立ち回るような奴だった。

 どっちが素なのか、ではない。

 相手によって、立場によって、環境によって、自身の対応を変えている、のか?

 こうしてトチ狂った奴に見えるのも、そういう“キャラ”を演じている……?

 自分が不利にならないように、自分の優位を確保するために、最適な対応をしている。

 こんなのはただの憶測でしかないが、もしかすると、香取はそういう奴かもしれない。

 衝動的で感情的、刹那的で快楽的。けど、日向ほど無関心でも、ユーちゃんほど天真爛漫でもない。こいつはどちらかと言えば水早に近い――知恵が働くタイプと見た。それも、悪知恵が。

 演技とか、騙している、だなんて思わないけど、こいつは一番“僕ら”に近いのかもな。

 保身を考え、利益を考え、自分が傷つかず、得をする。そんな小狡い立ち回りを是とする。

 邪悪なヒトの本質そのもの。伊勢たちのグループは、伊勢の影響か、皆甘さがあって秩序立っているが、こいつはきっと違う。

 甘さを舐め取る虫であり、秩序を飲み込む混沌そのもの。

 なによりも自我とエゴを第一とする、人間の悪性だ。

 

(……なんて、僕の妄想でしかないんだけど)

 

 けど、こいつから感じる隠しきれない不穏さが、そう思わせる。

 伊勢小鈴という世界に寄り添い、甘い蜜を吸う存在。

 あるいは、伊勢という楔がなかったら、こいつはこいつを構成する世界の外側を、すべて喰らいかねないのかもしれない。

 他人に無関心の姿勢を貫く日向よりもタチが悪い。

 まったく、この意味不明な取材もこれで終わりだってのに、最後の最後にとんだ地雷を踏んでしまったものだ。

 

「……次の質問に移らせてもらうね。君の嫌いなものは?」

「ないよ。なんでも食べるね。好きなものは肉だけど」

「食べ物のことじゃないよ……」

 

 むしろこの流れでなんで食べ物だと思ったのか。

 今まで何度も説明していたように、嫌いなものの定義について答える。

 すると、また香取は、大して考えもせずにすぐに口を開いた。

 

「嫌いなものね。そりゃまあ、小鈴ちゃんを害する存在とかだけど」

 

 そうなるよね、彼女の場合。

 わかってた。けれど、まだ続く。

 

「束縛は、好かないね」

「束縛?」

「そう。あ、緊縛プレイじゃないよ」

「わかってるよ……束縛って、どういうこと?」

「世界は楽しいことがたくさんある。っていうかまあ、楽しいことやったもん勝ち、ってね。つまんないことも、かったるいことも、たくさんあるけどさ。なんにせよ私は楽しみたいわけ、人生を」

「うん。そうだね。それが理想だ」

「けど、その楽しみたい人生を「それが規則だ」「そうあるべきだ」みたいなのを押し付けて邪魔するのは、どーかと思うね。こっちは精一杯楽しんでるってのに、くだらないルールだ道徳だで縛りつけられちゃたまんないよ」

 

 うーん、意外とシンプルだな。

 やっぱり、こいつの邪悪さ云々みたいなのは、僕の思い過ごしか?

 それはさておき、規律や規則、倫理に道徳、あるいは空気や伝統に干渉され、楽しみを邪魔されるのが嫌ってことか。

 その理屈はよくわかる。その時の勢いを、熱を、水を差されて冷ますなということだ。

 

「でもまあ、仕方ないところはあるよね。危険なことをしていたら、ストッパーは必要だ」

「別に私も規則だなんだをすべて否定するつもりはないよ。それに従ってた方が楽ってこともあるしね。でも、それで個人の気持ちを縛るのは、認めたくないね」

 

 個人、か。

 まあこいつのことだ、結局は自分がそうされたくないってことが第一にあるんだろうけど。

 

「なんでもありのままが一番だと思うんだよね、私」

「本当かよ……」

「本当だよー? 人の気持ちも、コミュニティもね」

「コミュニティ? それって、伊勢さんたちのこと?」

「ん、まーね。私たちを、小鈴ちゃんを取り巻く心地の良い環境に、作為的な変化はいらない。今のままの、安楽の場が最高なんだよ」

 

 安楽の場、か。

 まあ確かに、伊勢は優しくて、甘いからな。そのぬるい温かさは、心地が良いのかもしれない。

 お前が言うとまるで腐葉土だがな。栄養はあろうが、なんというか、腐ってしまいそうだ。

 しかし、これだけ強い自我がありながら、伊勢への依存度が高いというのは、ある意味凄い。

 伊勢にべったりと張り付きながらも、自分の意志で自由に、歓楽によって、衝動も欲望も本能も肯定している。

 ありていに言ってしまえば、他人に寄生した自由人だな。そう言うと、滅茶苦茶タチが悪い奴みたいに聞こえるけど。

 本人にまだ良識があるっぽいから、マシに見えるけど。

 ……本当に良識あるのか?

 単に、自分の寄生している伊勢の世界を壊したくないから、そう動いているだけって気もするな。

 

「……最後の質問だよ。君は誰のため、そしてなんのために戦う?」

「私の大事なもの……つまり小鈴ちゃんと、あの子の大事にするもののため。何度も言わせないでよ」

「一応、質問用紙には沿わないといけないから……」

「ふーん、じゃあ答えるよ。私は、小鈴ちゃんのためならなんだってするよ。ルールを破るくらいはわけない。計画も打算もすべてなげうつよ。あの子のためなら、世界を滅ぼしたっていい……なーんて、格好つけすぎかな?」

 

 別に格好良くねーから。

 ただ頭のおかしいだけの奴だから、それ。

 絶対に口には出さないけどな。

 それにしても、伊勢のこととか、ここまであけすけに語るとは思わなかった。元から飄々としてるというか、軽薄というか、自由な奴だとは思ってたけど、ここまで奔放だとは。

 傲岸不遜、大胆不敵……いや、豪放磊落と言うべきか。

 ある意味、度量が広いのかもしれない。

 話す内容は伊勢のことばっかりだけど。

 

「ま、でも、戦う理由ね。誰のためっていうのはもうハッキリしたことだけど、理由は色々あるよね。その時々で」

 

 お?

 遂に香取から伊勢について以外の話が聞けそうだ。途中で投げ出さず、最後までやってよかった。

 

「まず、戦いを競争――それも、自然界の生存競争って定義したら、それはやっぱり、生き残ることが戦う理由だよね。戦わなくちゃ生き残れない、ってやつだ」

「そうだね」

「世間は世知辛いし、世界は厳しい。結局、私たちは人生の中、どこかで戦わなくちゃいけない。大規模な戦争か、小規模な諍いかは人それぞれで、時代にもよるけど。ある意味、私たちは戦う宿命にあると言ってもいいかもしれないね」

 

 水早とはベクトルの違う考え方だな。

 あいつは、戦いはできるだけ回避すべきものと言っていたが、香取は、戦うことは逃れられない運命だと言う。

 

「だからまあ、戦うっていうのは生きることで、生存すること、つまりは人生とも言えるんじゃないかな。生きるためには戦わなくちゃいけないし、生きていれば戦わなくちゃいけない。私たちと戦いは、切っても切り離せない関係にあると思うよ。だから、大事なもののためには、残酷にならなくちゃいけない時も、あるよね」

 

 まるで自分の残酷さを正当化するような物言いだけど、言い分はなるほど、納得できる。

 確かに僕らの世界は戦いに溢れている。しょうもない個人間の喧嘩から、国家戦争、学生の身分なら学力競争。形は違えど、僕らの世界は戦いだらけだ。

 そんな中、甘い考えでは、すぐに退場してしまうというシビアな考え方も必要だろう。

 

「自然界に限らず、意外とどんな界隈でも弱肉強食だからねぇ。なんにしたって強さは大事だよね。力がないと生き残れないし。水早君は可能性が狭まる、なんて言ってたかな」

 

 強さが可能性を広げる。可能性を広げるために強さを求めるというのも、ひとつの在り方か。

 まあ香取はあんまり可能性云々には頓着してないみたいだけど。現状維持、ありのまま、今のままを受容している。

 そう、受容。

 受け入れている。

 あるいは、決め打ちしている。

 他者の世界にのうのうと入り込んで居座ってるような図太い奴だけど、普通、そんなのあり得ないからな。誰だって自分の世界が第一に決まっている。

 利用するための寄生ならともかく、共存のための寄生は、共生と呼ぶべきものだ。それはつまり、相手を受け入れるということ。

 あるがままを、現状を、受容するということ。

 なんでそんなことができるのかと問いたいが、それには僕の勇気が足りない。だから考えてみよう。

 考えるまでもないと思うけど。要するに、彼女はどうしようもなく伊勢のことが好きなんだろう。

 彼女に依存し、寄生しているのも、伊勢を利用したいわけではなく、伊勢を崇拝しているわけでもなく、ただ、彼女は伊勢が好きなだけ。

 好きだから、愛したい。

 好きだから、守りたい。

 好きだから、共にありたい。

 好きだから、世界のすべては彼女である。

 すべての道がローマに通ずるように、香取にとってのすべては、伊勢へと通じているのかもしれない。

 ……まさかうちのクラスに、こんな近いところに、こんな危険人物がいるとはな……

 これから伊勢と接する時には気をつけよう。下手したら僕が抹殺されそうだ。

 というか、伊勢も伊勢で、よくこんな狂信者と付き合ってられるな。あいつの人としての器の広さに感服するけど、同時に呆れる。

 

「……うん、そうだね。世界は過酷だ。強くないと生き残れない。今を楽しむにも、やっぱり力が大事になる。小鈴ちゃんは強いけど、甘々だからねぇ。そこが小鈴ちゃんの可愛いところで、いいところだけど、同時に欠点でもあるからね。だけど、残酷なのは小鈴ちゃんには似合わない。だからそういう汚いのは、私が請け負う……ちょっと身勝手だと思うけどね。でも、やっぱり小鈴ちゃんには綺麗にいてほしいから」

 

 なにがどうあっても、行きつく先は伊勢小鈴、か。

 世界が凄惨で、過酷で、醜悪なことを知っているからこそ、他者の世界に寄生してまで、大切なものを大事にする。

 弱者は絶え、強者だけが残る世界だからこそ、強くあろうとする。

 その極致にあるのは、受容。即ち、受け入れること。

 自分ではない世界も、凄烈なルールも、なにもかも、あるがままを受け入れている。

 ……成程。

 

「ありがとう。これでインタビューは終わりだよ」

 

 そう言って、僕は取材を打ち切った。

 終わってから、香取とのインタビューを振り返る。

 とにかく、伊勢小鈴に執着しているヤベー奴だ。軽薄なようで、腹の中にはとんでもない混沌を内包している。

 けれど、伊勢を盲信する彼女の根底にあるものも見えた。

 伊勢の世界は自分の世界。彼女の世界に寄生することが、彼女の喜びであり、存在そのもの。

 理屈なんて知らぬ存ぜぬ、倫理も法もなんのその、欲望と衝動に突き動かされるまま。

 彼女を取り巻くのは、森のように一人の少女を取り巻く聖域。

 世界が苛烈であることを知っているからこそ、仲間を、友を、愛すべき者を真に守りたいと思える、そんな狂った信心。

 青白く光る秩序も進歩も捨て去って。

 赤黒く滾る残酷さと自由な歓楽に身を委ね。

 緑色に取り巻く世界に寄り添う。

 寄生、狂信、過酷。そして受容。

 最後にそんなキーワードを書き記して、香取実子との取材は終焉する。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「終わった……」

 

 なんとかすべての取材を終わらせることができた。どいつもこいつもくせ者ばっかりで、酷く疲れた。

 だけど、今までよく知らなかったクラスメイトたちの、知らない一面が見られたというのは、僕個人としてはそれなりの収穫だ。まあまあ楽しめた。

 それにしても、今回の取材の内容は本当に意味不明だ。こんなのどう使うんだ?

 五人それぞれの人となり、どういう意志を持って行動しているのか、なにを抱えているのか……そういったものを引き出すことはできたけど。

 

「……ま、いいか」

 

 僕は先輩に言われて取材をした。それでいい。僕はまだ一年生、黙って使われていればいいのさ。

 と、思考放棄したところで、携帯が鳴った。

 誰だと思ってそれを手に取る。この番号は……

 

「……もしもし、先輩ですか?」

『あぁ、若宮君。そろそろ取材はおわった?』

「えぇ、まあ、なんとか。それより先輩、これ、なんの意味のある取材なんですか?」

『意味か。それは、一義的には語れないな。物事の意味っていうのは、その時々、人や状況によって形を変える、水のようなものだからね。君の取材はオレや君にはなんの意味もないことかもしれない。けど、どこかの読者にとっては、意味があるかもしれない。そういうものさ』

「またそうやって煙に巻こうとする……朧とはよく言ったものです」

『オレの名前で皮肉のつもりかな? なに、同じ“若”同士、仲良くしようよ』

「別に仲違いする気はないですけど。先輩は胡散臭いですけど、世話にはなってますからね」

『君、意外と言う相手には言うよね。いいよいいよ、時として応えづらい言葉で切り込むのも、記者の資質だ』

「そいつはどうも」

『まあ、終わったんなら一緒にご飯でも行こうよ。奢るからさ』

「騙る、じゃないですよね」

『お金はオレが出すって意味だよ。本当、疑い深いなぁ。オレってそんなに信用ない?』

「実力は認めますが、人格が……でもまあ、騙されてるわけでもなさそうですし、ごちそうになります」

『オッケー、言質は取ったよ。じゃあ、次の取材のことについて話し合いながら、ご飯にしようか』

「やっぱ騙された!」

 

 と、叫んだあたりで通話を切られた。

 はぁ……ただでさえ大変な取材だったのに、またこんなのやらせる気か? あの人は……

 まあ別に、そんなに嫌ってわけでもない。新聞社に入部した以上、その活動には従事するとも。

 先輩も、変な人だし胡散臭いし信用ならないけど、認めているし、信頼もしている。

 また変な取材を押し付けられそうだけど、ご飯奢ってくれるみたいだし、まあ、次も頑張るか。

 

「しかし本当、この取材はなんだったんだろうな」

 

 僕にとっては、この取材の意味はまったくわからなかったけれど。

 先輩が言うには、誰かしらは、僕が取材したことに意味を見出してくれるかもしれない。

 だとしたら、記者冥利に尽きるけれども。

 果たしてそんな物好き、どこにいるのやら――




 リアルな時系列的には、本編でも霜の友人としてちょいちょい出て来てる若宮君の初登場回です。朧も所属する新聞社(新聞部)についての言及も、ここが初出ですね。
 次回はたぶんTS回。誤字脱字感想等々あれば、お気軽にどうぞ。
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