デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

52 / 136
 TS回です。
 トランスセクシャル、性転換。まあ人は選びますが、作者は好きですよ、このジャンル。憑依、転生、女体化等々、種類は様々ですが、個人的には女体化が好みです。
 あ、わりとアレなジャンルですけど、中身はそれなりに真面目なので、ご心配なく。R18とかじゃないです。


番外編「てぃーえすえふ? だよ」

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 ……伊勢小鈴、です、よね?

 いえ、そのはずです。わたしは小鈴。伊勢小鈴。誰がなんと言おうと伊勢小鈴である、はず……なんだけど。

 流石にこれは、ちょっとその認識が揺らいじゃいそう。

 だって、だって――

 

「……ボク?」

「わたし……?」

 

 

 

 ――目の前に、“小鈴(わたし)”がいるんだもの――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「状況を整理しようか」

 

 みのりちゃんが、最初にそう言った。

 あまりに急な出来事にみんな混乱している。とりあえず近場の公園に集まって、状況確認をする。

 いつもならここで霜ちゃんが仕切ってくれるんだけど、今回は珍しくみのりちゃんがその役割を担ってくれた。というのも、霜ちゃんはこの場にはいないから。

 いや、いる。いるんだけど。わたしの視点からじゃ、その姿は見えない。

 ある意味では見えているけど、それはいつもの霜ちゃんじゃない。

 だけどいつも通りじゃないという意味なら、それはわたしも、この状況もそうだ。

 だって、隣には“わたし”がいて。

 霜ちゃんは“ここに”いるんだもん。

 その事実を明らかにするべく、みのりちゃんは語り始めた。

 

「いつものように現れたクリーチャーを退治するために立ち上がる小鈴ちゃん。しかし敵の攻撃によって、水早君と入れ替わってしまった! 小鈴ちゃんの運命や如何に!」

「なぜナレーター風なんだ」

 

 わたしの隣で、わたしが――いや、霜ちゃんが言った。

 ……わたしからも、事の顛末をもう少し詳しく説明します。

 いつものように遊んでいた私たちの下に、当たり前のように鳥さんがやって来た。鳥さんが来たということは当然、クリーチャーが現れたということで、わたしたちはそのクリーチャーを退治しに向かったんだけど。

 ちょっと油断しちゃったせいで、物陰からクリーチャーの攻撃を受けちゃったみたいで……その時、たまたま近くにいた霜ちゃんを巻き込んじゃったみたい。

 その結果、わたしと霜ちゃんの、心と身体が入れ替わってしまったのです。

 今までいろんな能力を持つクリーチャーがいたけど、こんなことになったのは初めてだよ……

 

「うみゅみゅ、こんなこともあるんですね。驚き(ヴンダァ)です」

「流石の、わたしも……これは、はじめて、見た……」

「は、早く解決しないといけないね」

 

 声を出す感覚も、なんかいつもと違う。変な感じがする。

 それに、なんだろう? 喉の中になにかがある感覚というか、ちょっと掠れて声が出しにくいように感じる。

 

「……クリーチャーについては、あの焼き鳥が、探してる……らしい、けど」

「鳥さんは、なんだかよくわからないからね……」

「それまでずっと、小鈴さんと霜さんは、入れ替わったまま、なんですか……」

 

 クリーチャーに関することには真剣だから、真面目に探してくれているんだろうけど、いつになるかはわからない。

 不意打ちを受けて、そのまま逃げられちゃったから、仕方ないと言えば仕方ないけど。

 と、その時、急にみのりちゃんがわたしの肩を強くつかんで、上下に揺さぶり始めた。

 って、えぇ!? なに急に!?

 

「っていうか水早君! 小鈴ちゃんと身体が入れ替わるとか羨ましいんだよこん畜生め!」

「ちがっ、違う! みのりちゃん違う! それわたし! 今この身体わたしだから! そんなに強く揺さぶらないで!」

「あ、ごめん。素で間違えた……」

 

 パッと手を離すみのりちゃん。

 うぅ、酷いよみのりちゃん……頭がくらくらする……

 

「それ一応ボクの身体なんだから、そういうことをされるのは困るんだけど」

「…………」

「実子? どうしたの?」

「い、いやぁ……小鈴ちゃんに呼び捨てにされるのも、なんか新鮮で、いいなって……」

「そんなこと言ってる場合か!」

「そうだよみのりちゃん! わたしたち、すごく大変なんだからね!」

「水早君の声でみのりちゃん呼びはちょっと気持ち悪いね」

「酷い!?」

 

 わたしだって好きでこうなってるわけじゃないんだよ!

 別に、霜ちゃんの身体が悪いってわけじゃないけど。

 

「でも、確かに変な感じだね。わたしが、わたしの声を聞くっていうのは」

「あぁ、ボクも……少しへこんだよ」

「え? なんで?」

「……ボクにも色々悩みがあるのさ」

 

 なんだか、霜ちゃんが憂い気な目をしてる。わたしの身体だけど。

 声を聞いてへこむって、なんでだろう……うぅん、確かに、喉がちょっと掠れてるというか、声が出にくい感じはあるけど。

 

「それより……二人とも……身体は……?」

「そうです! クリーチャーの攻撃を、受けたんですよね? ケガとかしてないですか!?」

「うーん、わたしは大丈夫そう。痛くもないし。いつもと違うから、なんか変な感じだけど」

「あぁ、そうだね。攻撃と言っても、ダメージを与える類のものじゃなくて、文字通り“入れ替える”能力みたいだ」

 

 入れ替える、かぁ。

 そういえば、霜ちゃんと初めて出会った時、霜ちゃんに憑りついていたクリーチャー――《No Data》も、そういう能力を持ってたっけ。

 あのクリーチャーは心や認識みたいな、隠された、見えないものを入れ替えて、霜ちゃんの心をかき乱していたけど。

 今回は、ダイレクトに身体そのものが入れ替えられている。

 一体、どんなクリーチャーなんだろう。

 

「だけど、なんか身体が重いな……動作のひとつひとつに、妙な倦怠感があるというか……」

「そ、それはね、あんまり気にしないでくれると助かるかな……」

「? あぁ、うん」

「水早君、水早君。たぶんそれはね」

 

 みのりちゃんが霜ちゃんに耳打ちする。

 わざわざ言われるのは恥ずかしいんだけど……

 

「……すまない。失言だったよ。いや、浅慮だった。本当に申し訳ないと思う……」

「いや、いいの……」

「ピンポイントで……そうを、狙うあたり……相手は、やり手……」

「それはたまたまだと思うけど……」

「二人は、元に戻れるのでしょうか……?」

「あのクリーチャーを、なんとかしない、ことには……ずっと、このままかも……」

「ずっと……」

「このまま……」

 

 わたしは霜ちゃんの身体で、霜ちゃんはわたしの身体で。

 つまり、帰る家も、それぞれ違う。

 霜ちゃんの可愛い服が着れるのかぁ、いいなぁ。

 あ、でも、お母さんやお姉ちゃんたちと会えないのは、ちょっとさびしいな……お母さんの新作、今度読ませてもらう約束だったのに。

 

「そうじゃん! このままだと、水早君がお風呂とか着替えとかトイレとか! 小鈴ちゃんの恥ずかしいところ大公開サービスじゃん!」

「えぇ!? 確かに!」

 

 言われてみるとそうだったよ!

 どうしよう……わたし、男子更衣室で着替えるなんて、できないよ……男の子が着替えてるところを見ちゃうのも、申し訳ないし……

 

「気付かなかったのか……いやでも、それは……そうなってしまうが、しかしだな……」

「小鈴ちゃんも水早君のオトコノコを見て心をが穢れてしま――」

「ぶっ殺すぞ実子」

 

 わたしとは思えないくらい低い声で言い放つ霜ちゃん。

 ……怖い。

 

「そ、霜さんがすごく怒ってます……!」

「うはぁ、こ、小鈴ちゃんの声で、ぶっ殺すって……めっちゃ興奮した。い、今のドスの利いた声、もう一回リピートしてもらっていい?」

「呆れるほどぶれないな君は!」

「っていうか、小鈴ちゃんボイスでそのボーイッシュな言葉遣い、マジ最高なんですけどー。録音していい?」

「……ごめん小鈴。ボクは下手なことを喋らない方がよさそうだ」

「う、うん……なんか、わたしもごめん……」

 

 みのりちゃんはいつにも増しておかしいし、このままじゃトイレにも行けないし。

 早く元に戻らないと、色々困っちゃうよ。

 鳥さん、お願いだから早く戻ってきて――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

(女の子の身体、か)

 

 ふと思う。友達と入れ替わっただけとはいえ、ボクが女の子の身体になるだなんて、どんな数奇な運命なのだろうと。

 これは単なる偶然で、作為的なものはない。だから、運命と称するのが適切だろう。

 そんなオカルトを信じているわけじゃないけど。

 この偶然にしてはできすぎているような配役には、なにかを感じてしまうのも確か。

 かつて、“女の子になろうとした男”としては、“女の子のために男になろうとしたボク”としては、偶然だけでは片づけられないものがある。

 そんなものは昔の話だ。だけど、それでも、ボクが女の子になりたいという願望が消えてなくなったわけではない、その事実は残るし、その痕跡は今でも存在する。

 昔の夢。かつての願い。

 それが、それを手放した後に、手に入ってしまった。

 なんという皮肉か。

 もしこの世に神様という存在がいるのであれば、そいつはとんだ意地の悪い奴だと思う。

 だって、ボクが諦めて、割り切って、忘れて、意識しないで、新しく得た希望に笑っているところで、過去の幻影を、その光を見せつけて、こんなことをするんだから。

 ボクを揺さぶっているのか。ボクを試しているのか。

 当然、この世界に神なんていない。そんなものは信仰心によって生み出された空想の救世主、人の心が生んだ架空英雄だ。そんなものに惑わされるなんて、現実を見ていないのと同義だ。

 だけどこれはどうしようもなく現実だ。ボクが昔、夢にまで見た空想が、実現したものだ。

 その事実を確認するように、この身に手を伸ばしそうになるが、寸でのところで我に返る。

 

(っ、危ない危ない。これは小鈴の身体だ。友人とはいえ、いや、友人だからこそ軽々しく触ってはいけないだろう、ボク)

 

 とはいえこれは小鈴の身体なわけだし、どこを触ろうが事実としては小鈴が自分の身体をまさぐっているに過ぎないけど、そういうことじゃない。単純な倫理の問題だ。倫理は単純ではないけど。

 ……しかし、なんだかな。

 どうせ同じ人間なんて思っていたけれど、改めて女の子の身体というものを意識してみると、男の時とはまるで違うな。

 

(全然違う感じだ……凄い重ね着をして動きにくい感覚と、ちょっとだけ似てる……?)

 

 あるものがないとか、ないものがあるとか、下世話だがその感覚がダイレクトに伝わる。

 それだけじゃない。

 

(身体が女の子なわけだから、当然、アレなわけだし……胸も、それに服も……)

 

 スカートなら履き慣れている。女の子らしい、女の子が着飾るための服装という面では、なんの抵抗感も違和感もない。

 しかし、女性の“身体のため”の衣服となると、話は別だ。

 

(へ、変な感じだ。抑えつけられているみたいで……動きにくい要因の一つはこれか……?)

 

 激しく動くと、なにか重大なものが溢れてしまうような、恐怖感に近いなにかがある。なにかが起こると、すべての尊厳が失われてしまいそうな。そんな感情。なんなんだ? この気持ちは。

 苦しいとまでは言わないが、なんとなく不自由で、どこか気になる。

 なんて曖昧模糊なんだ。女性は、いつもこんなものと一緒にいるのか? なんて大変なんだ。

 と、思案していると、実子がボクの――小鈴の?――顔を覗き込んでいた。

 

「水早くーん、どったの?」

「あ、いやすまない。少しボーっとしてた」

「どーせ小鈴ちゃんの身体でエロい想像してたんでしょ」

「み、みのりちゃん!」

「そんなことは……ないさ」

「今ちょっと言い淀まなかった?」

 

 にやにやと卑しい笑みを浮かべる実子。ムカつく顔だ。

 だけど、そう言われると少し否定しづらい。

 確かにボクは今、女の子(小鈴)の身体について、考えていたのだから。

 

(まずい、意識すると、これは……)

 

 考えてしまう。いいや、感じてしまう――女の子の、身体を。

 柔らかで瑞々しい肌。肉感的な肢体。衣服の締め付け、布の感触、心臓の鼓動まで、意識してしまう。

 視線を向けると、もうダメだ。

 膝元が見えないくらい、大きな胸が視界を遮っている。

 膝を擦り合わせると、妙にすべすべした感触が伝わって、変な気分になりそうだった。

 心臓の鼓動も、なんだか男の時とは響き方が違うような気もする。胸の厚みの違いか?

 なんにしても、これはまずい。

 どんどん女の子の身体が気になってしまう。

 しかも、よりにもよって友達(小鈴)の身体が。

 考えるな考えるな! 小鈴は友達だ。そんな、邪な思考で見たらダメだ。

 と、強く念じる傍には、邪念しかない奴もいた。

 

「じー」

「な、なにを見てるんだ?」

「水早君ってさ、いつもわりと、背筋ピンとしてるよね」

「それがどうかしたのか?」

「小鈴ちゃん、本を読むときは凄く姿勢がいいんだけど、それ以外だと自然と身体を丸めちゃうんだよね。なんでだと思う?」

「? 猫背、というわけではないのか?」

「そのでっかい胸を隠そうとするからだよ」

「な……っ!」

「み、みのりちゃん!」

「それが今はどうだろう! 堂々としているよ! さっきから妙な違和感があると思ったんだけど、これは眼福!」

 

 ボクの意識が、また引き戻される。

 くっ、自分でも目立つし感じるしで意識しないように努めていたのに、こいつは煩悩の塊か……! ボクにまでその毒をまき散らすとは。

 心頭滅却することもできず、実子の言葉一つで、また女の子の、小鈴の身体を意識してしまう。

 しかも、今度はその“視線”さえも。

 見られている、と。

 

「う、うぅ……」

「なんか小鈴ちゃんが自分の身体意識してもじもじしだした! 可愛い! 中身は水早君だけど!」

「……一番この状況、楽しんでるの……みのりこじゃ……」

 

 確かにそうかもしれない。

 まったく、自分には実害がないからって、なんて奴だ。

 小鈴が元に戻れなかったら、君だって困るだろうに。

 

「ところで二人とも、トイレとか大丈夫なの?」

「わたしは、なんともないけど……」

「ん……ボクもだ」

「無理しない方がいいよー。女の子は男の子と違って竿がないから、その分我慢が利かないし」

「またそんな品性の欠片もないことを……男子中学生か君は」

「マジもんの男子中学生に言われちゃったよ」

 

 また実子は卑しい笑みを浮かべている。こいつ、ボクらの反応を楽しんでるな、絶対に。そのためにちょっかいかけてるだろう。

 

「……待てよ。中身が水早君ということは、今は抵抗力が薄いんじゃないかな……?」

「今度はなんか、謎理論を展開し始めたぞ……」

 

 と呟いた直後。

 実子が襲い掛かってきた。

 

「ていやー! 覚悟! 小鈴ちゃんin水早君!」

「なっ、なにを……!?」

 

 ボクの危機察知能力はまるで機能せず、実子に思い切り抱き着かれた。しかも、そのまままさぐられる。

 

(う……っ!)

 

 ぞわり、と悪寒が全身を走り抜ける。しかも往復してる。悪寒のフルマラソンだ。

 て、手つきが気持ち悪い! こいつ、太腿はおろか、普通にスカートの中にまで手を入れてるぞ!? どんな風に間接曲げてるんだよ! やめろやめろ!

 

「触り心地はいつもと変わらないけど、反応がやっぱり違う……! なにこれ面白い!」

 

 はぁはぁと気持ち悪い息を吐き散らす実子。本当に気持ち悪い。死んでくれ。

 彼女の手は胸にまで到達する。揉みしだかれる感触。

 

(ん……くぅっ)

 

 布越しとはいえ、なんか、凄く妙な感覚だ。なんだ、これ……?

 肉をまさぐられるって、こんな感じなんだ……くすぐったいような、ほぐれていくような。なんとも言えない、けど。

 

(な、なんか……ぞわぞわって、変なの、込み上げてくる……!)

 

 よくわからないけど、なにかまずいと直感的に脳が判断を下す。頭も上手いこと動いてくれない。

 振り解きたいけど、実子の力が強い。いや、小鈴が非力なのか? わからない。

 身体の内側から昇ってくる熱っぽいなにか。それのせいで、身体の制御が上手く利かない。思い通りの力が出ない。

 なんだよ、これ……

 

「や、やめろ……中身はボクだぞ」

「それはそれ! これはこれ! へーぇ、身体の反応は中身と関係あるんだー。ってことはやっぱり、身体は正直というのは、本当は精神的に受け入れてるってことなのかー」

「だからやめろって……ひゃぅっ!」

 

 なんか変な声が出た!

 こ、こんな声も出るのか、小鈴……妙に艶っぽかったな……

 いや、そうじゃなくて。早く、こいつをどうにかしないと、身体がどうにかなってしまいそうだ。

 だ、誰か、助け――

 

「もうみのりちゃん! やりすぎ!」

「ぐぇっほ!」

 

 ――て、くれたな。

 ボクの身体の小鈴が、実子の首根っこを掴んで引っ張ったようだ。

 実子は一瞬、凄い白目を剥いて、潰れた蛙みたいな声を上げながら後ろに引き倒された。とても女とは思えない醜い顔と声だったな。ざまあみろ。

 そして、ボクを救ってくれた当の小鈴はというと、地面に叩きつけられた実子を心配そうに見下ろしながらも、自分の腕を驚きの顔で見つめていた。

 

「わっ、すごい力……! 霜ちゃん! 霜ちゃんって力持ちだね!」

「いや、むしろ非力な方だと思うけど……」

「それに身体がすごく軽い! 全然引っ張られないよ!」

 

 ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねる小鈴。なんか、変に躍動的だな。

 

「引っ張られる?」

「あつつ……水早君も、ジャンプしたらわかるよ」

「? ジャンプ?」

 

 起き上がった実子に言われた通り、軽く跳び上がってみる。

 すると、

 

ぐわんっ

 

 という擬音が鳴ったことだろう。

 ジャンプしたことで力学的な力が胸部に働き、その上下運動に引きずられたボクは着地に失敗した。

 

「っ……!」

「ほらね」

 

 実子がまた嫌な笑みを浮かべている。気持ち悪いしムカつく。

 それはそれとして、そ、そうか、胸か……お、思い切りぐわんって言ったぞ。プルンとかブルンとか、そんな可愛いものじゃなかったぞ!?

 クソッ、兄貴の参考資料も大概嘘ばっかりじゃないか!

 それに小鈴も、こんなものと毎日付き合ってるだなんて、凄いな。動くだけでバランスが崩れる。

 

(痛い……しかもなんか、胸のあたりの布がずれた感覚が……)

 

 とりあえず起き上がる。なんだか、凄い違和感が残るな。不快感と言う方が正しいかもしれない。

 衣服のずれは正すべき。でも、これはどこがずれたんだ? そもそも、どうやって直すんだろう。

 そう思いながらずれたっぽいとことに触れて、むにゅりとした柔らかさが指に伝わった直後。

 思い出した。

 これが、小鈴の身体であることを。

 

「……!」

 

 やば、触ってしまった……!

 入れ替わっているから小鈴の身体だけど、それでも中身はボクだ。

 それを、友人の身体を。

 

「ご、ごめん小鈴! ボク、君の身体を――」

「わーい! 身体が、軽いー! まるで羽のようだよ!」

「…………」

 

 なんか急に目が覚めた気がする。いや、冷めたという方が正しいかもしれない。

 なにしてるんだこの男は。いや、小鈴だけど。ボクの身体だけど。

 

「小鈴さんなら、さっきから(フント)みたいに走り回ってます……」

「あんな風にはっちゃけた小鈴ちゃんを見るのも珍しいね。見た目が水早君だけど、そのせいで余計にシュールだね」

「……そんなに、あのデカいの……嫌、だったのか……」

「解放感があるのが新鮮なんじゃない?」

 

 解放感、ね。

 まあ、今のこの身体ならよくわかる。確かにこれは、重い。邪魔だ。動きづらくて不自由極まりない。

 ボクも早く元の身体に戻りたい……

 

「ところで水早君」

「なんだい?」

「小鈴ちゃんの胸ほどじゃないにしろ、男の子にもモノがぶら下がってるわけだし、そういう意味では走りにくいと思うんだけど、それについてはどうなの?」

「今日の君は本当に下品だな!」

「あ、ごめん。まだ中一だもんね。小鈴ちゃんはあり得ないほど大きいけど、普通は小さいもんね、ごめんね」

「いい加減黙らないと、その減らず口を縫い付けるぞ」

 

 いちいちボクの逆鱗に触れるな実子は。

 色んなことに寛容なつもりだけど、ボクにだって踏み込んでほしくない領域はあるんだ。

 

「ところで……これ、このままだと……真面目に、やばいんじゃ……」

「ねー。お通夜な空気が嫌で茶化しまくったけど、現実問題、今日中になんとかしないと、本当にお風呂も着替えもトイレも全部筒抜けになっちゃうよ」

「それは……困るな」

「自分のちんけなオトコノコが見られるのが?」

「元の身体に戻ったら覚えてろよ実子。(おまえ)をボク専用の針山にしてやる」

「ボク専用の○○って、なんかエロ同人っぽいね」

「今日のみのりこ、つよい……メンタル、つよい……」

 

 まったく恋の言う通りだ。

 元からタフな奴だとは思ってたけど、なにを言ってもなにをしても立ち上がる。

 不撓不屈とはこのことか。

 

「でもほんとにさー、まずいよねー。水早君、ブラの付け方とか知らないでしょ?」

「ボクを舐めるなよ。それが美しく見せるために必要な服飾なら、着こなしてみせるとも」

「ふっ、舐めてるのはそっちだよ。小鈴ちゃんが毎回服を着るのにどれだけ手こずっているのかを知らないでしょ?」

「それは……いや、だが、ボクだって小鈴と一緒に服を買いに行ったんだ。それくらいは知ってるさ」

「それって知識としてでしょ? 実際に見てないんじゃ意味ありませーん!」

「そのひねりのない煽り、普通にムカつく……!」

「普通に体育の着替えもいいけど、プールの時が最高だよね。周りの目を気にしながら隠れて着替えるんだけど、まあ見た目はデカいし、動きもとろいし、隠しきれてないのがいいんだよ。最後に調整する時なんかは鼻血出そうになるね」

「調整?」

「男の子にもオトコノコのポジションがあるように、女の子にもそういうベストポジがあるのさ。しかも上と下にそれぞれで二ヶ所。いや、上は二つだから三ヶ所かな?」

「今更だけど、君は大概、女を捨ててるよね」

「気にしたことないね! 基本的には面倒くさいことの方が多い気がするし。まあ、小鈴ちゃんと一緒にお風呂入ったり着替えたりトイレ入ったりできるのは利点だけどね」

「トイレは一緒じゃないだろう……」

「あー、だから林間学校は楽しみだよ! 小鈴ちゃんはどれくらい成長してるんだろう! わっくわくが止まらないね!」

「なにを言ってるんだか、君は」

「そりゃ勿論、その身体についてだよ」

 

 つん、とボクの胸をつつく実子。

 たったそれだけだが、その一瞬で、かぁっと熱が顔に上って行くのが分かった。

 

「っ、この……! 隙あらばそういうことするな! 君は下劣を極めすぎだ!」

「あははー! 一番は揺るぎなく小鈴ちゃんだけど、水早君もわりと面白いよね」

「うるさいよ。いい加減にしないと、ミシンで縫うぞ」

「大丈夫だって。小鈴ちゃんの身体だからこうして遊んでるだけで、普段の水早君にはそんなに興味ないから!」

「……小鈴も大変だな、本当に」

 

 この身体も、その服も大変だけど、一番厄介なのは実子(こいつ)だろう。よくこんなのと一緒にいられるな、小鈴は。その器の大きさは素直に尊敬する。

 と、その時。

 バサッ、と羽ばたく音。

 そして、

 

「小鈴!」

「あぁ、来たか……」

 

 例の鳥類がやって来た。

 やっと来たよ。この鳥類をここまで待ち望んだのは初めてだ。

 

「おう鳥肉。クリーチャーは見つかったの?」

「見つかったとも。というか、もうすぐそこまで来ている!」

「え?」

 

 と、言われた直後。

 暗雲がボクらを覆った。

 いや、暗雲じゃない。これは――

 

「な、ろ、ロボット……!? なんてチープな!」

 

 というか、恐らくクリーチャーだ。恐らく、といまいち確信が持てない理由は二つ。

 一つは、その身体が見たこともないような、四角いロボット型になっているから。なんとなくデザインがメカメカしい。

 そしてもう一つは、デザインはメカメカしいけど、身体は寸胴かつ扁平な直方体。腕と脚は細い棒のようで、口は裂けるどころか横一文字に切れて、パカパカしている。

 こんなの、兄貴の持ってる漫画で見たことある気がする。

 

「ロボット(?)型のクリーチャーか。憑依するだけじゃないんだね」

「あぁ。あれはきっと、あのクリーチャーにとって最適な姿なんだよ」

「いやいや、どう見てもお菓子の空き箱っていうか、あれバルカ――」

『黙せよ、脆弱な人間どもよ』

 

 巨大な空き箱――もとい、ロボット型のクリーチャーが声を発する。

 喋れるんだ、あの口で……

 

『我は最終兵器を呼び覚ます者なり。貴様らのような、愚かで弱い人間どもを殲滅し、新たな星を築く者なり』

「なんか凄いラスボスっぽいこと言ってるよ!? あのお菓子箱!」

「菓子の空き箱で、あんなに大きくなるものなのか?」

「うーん、どうやら僕らが奴を取り逃がした隙に、力を溜め込まれてしまったようだ」

 

 菓子箱とはいえ、あれだけ巨大だと、威圧感が……あんまりないな。

 ただ言ってることとサイズは今までのどんなクリーチャーよりも壮大だ。

 それに、向こうから来てくれたのなら話は早い。

 

「実子、小鈴を呼んでくれ。たぶんこいつを倒せばボクらの身体も元に戻る」

「でも小鈴ちゃん、どこかに走って行っちゃったよ」

「なんだって!?」

 

 言われてみれば、確かにいない。どれだけボクの身体に喜んでるんだよ!

 ユーと恋も小鈴のところに行っちゃったのか……どうしたものか。

 

「さぁ小鈴! いつも通り行くよ」

「いやちょっと待て、そこの鳥類。ボクは小鈴じゃない。入れ替わっているのは君も知っているだろう?」

「うん? あぁ、そういえばそうだったね。でもまあ、それが小鈴の身体なら関係ないよ。そうら」

「ちょっとは人の話を聞け!」

 

 ボクの叫びも虚しく響くだけ。小鈴の苦労が、少しだけわかったよ。

 身体だけじゃなくて、周りにも振り回されるなんて……苦労してるんだね、小鈴は。

 一瞬の輝きの後、肌で感じる布の感触が変化していることに気付く。

 

「あぁ、この格好か……見てる分には子供っぽいとしか思わなかったけど、なんか、自分で着ると妙に恥ずかしいな……」

『そこの奇妙な力を使う小娘は、我が『人類滅亡及び地球再構築計画』最大の障害になると判断した。よって、早急に抹殺する』

 

 今までにないくらいヤバいことを言ってる菓子箱ロボットは、高度を落としてこちらを見据えている。いや、適当な目だから、ちゃんと見えているのかはわからないけど。

 小鈴の身体で、クリーチャーと対戦。

 そんな奇妙なデュエマが、始まってしまった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 さて、始まってしまったな。菓子箱ロボットとの対戦が。

 というか、あのクリーチャーは一体なんなんだ? ボクらの心身を入れ替える能力に、人類滅亡なんて物騒な言動、子供の工作みたいな姿。

 ……まあ、なんでもいいか。じきわかるだろう。

 

「《ラウドパーク》をチャージ。2マナで《聖邪のインガ スパイス・クィーンズ》を召喚」

「《スパイス・クィーンズ》……ゴッド・ノヴァOMG(オメガ)か。ボクのターン」

 

 カードを引き、手札を眺める。

 この身体は小鈴のもの。ということは、つまり、

 

(これも小鈴のデッキ……何度も見てるし、何度も相手してるけど、実際に自分で動かすのは初めてだ。動かし方は知識として知っているとはいえ、感覚が掴めない……)

 

 いわゆる、デッキが馴染む、というやつだ。

 そんなものはオカルトだけど、ボクがこのデッキの詳細なレシピを知らないのは確かだ。投入されているカードの枚数や種類を完全に把握、理解していないから、どのタイミングでどのカードを切ればいいのか、あるカードを引きたい時の期待値や、なにに頼れば勝ち筋を辿れるのか。そういった諸々が、掴みきれない。

 それに小鈴はデッキカラーやコンセプトは変えてないけど、対戦するたびに細かいところのカードを入れ替えてるみたいだしね。この前も《ロマノフ・シーザー》や《アクアン・メルカトール》を当てて、相性がよさそうだからデッキに入れたい、って言ってたし。

 デッキ構築、調整に積極的になったのはいいことだが、この状況ではあまり良い方向には働かないな。

 しかしとりあえず、基本的な動きはわかる。《クジルマギカ》と《狂気と凶器の墓場》で《グレンモルト》に繋げばいいんだ。

 初動の動きくらいは、理解しているとも。

 

「《【問2】 ノロン⤴》を召喚。二枚引き、二枚捨てるよ。捨てるのは《クジルマギカ》と《リバイヴ・ホール》だ。ターンエンド」

 

 

 

ターン2

 

???

場:《スパイス・クィーンズ》

盾:5

マナ:2

手札:3

墓地:0

山札:29

 

 

小鈴in霜

場:《ノロン⤴》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:2

山札:26

 

 

 

「我がターン。《スパイス・クィーンズ》の能力によって、ゴッド・ノヴァOMGのコストを1軽減。3マナで《神滅右神ラウドパーク》を召喚だ。山札の上から三枚を墓地に落とし、墓地の《サマソニア》を回収。ターンエンド」

「ボクのターン。二体目の《ノロン⤴》を召喚だ! 二枚引いて、《ドドンガ轟キャノン》《リバイヴ・ホール》を墓地へ。ターンエンドだよ」

 

 とりあえずそれらしいカードを捨ててるけど、これが正しい手なのかは、ちょっと自信ない。

 《リバイヴ・ホール》は便利だし、一枚くらい手札にキープしてても良かったか?

 

 

 

ターン3

 

???

場:《スパイス・クィーンズ》《ラウドパーク》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:2

山札:25

 

 

小鈴in霜

場:《ノロン⤴》×2

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:4

山札:23

 

 

 

「我がターンだ。《イズモ》をチャージ」

「ん? 《イズモ》?」

 

 ゴッド・ノヴァOMGで《イズモ》だって? OMGなら他にもシナジーするのはあるだろうに。最軽量中央(センター)(ゴッド)リンクとしての役割か?

 だとしても、スタンダードなゴッド・ノヴァOMGとしては珍しく感じる。

 いや、違うな。つまりはそれは、相手のデッキは、普通のゴッド・ノヴァOMGではないということだ。

 

「コスト軽減で4マナ、《光姫左神サマソニア》を召喚だ。リンクはしない。そして、自身が出たことで1ドロー」

「リンクもしない? なにを考えてる……?」

「ターンエンドだ」

 

 ここでさらに、リンクしない選択。ますます怪しい。

 まだなにを仕掛けて来るのかは分からないけど、警戒は怠らないようにしよう。

 

「ボクのターン。《クロック》をチャージして4マナ、《アクアン・メルカトール》を召喚だ!」

 

 早速入ってたよ、《アクアン・メルカトール》。

 まあ、ハンド供給だけでなく、墓地も肝要なこのデッキとは、確かに相性はいい。

 となると、《ロマノフ・シーザー》も入っているのか? 入っていない気がするけど。

 

「《メルカトール》の能力で、トップ四枚を公開する。さぁ、なにか来い!」

 

 捲られたのは、《魔法特区 クジルマギカ》《ボーンおどり・チャージャー》《リロード・チャージャー》《光牙忍ハヤブサマル》の四枚だった。

 おっと、これはこれは。

 

「想像以上にいいラインナップだね。光の《ハヤブサマル》、闇の《ボーンおどり》、火の《リロード・チャージャー》をそれぞれ手札に加えて、残る《クジルマギカ》は墓地へ。ターンエンド」

 

 

 

ターン4

 

???

場:《スパイス・クィーンズ》《ラウドパーク》《サマソニア》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:2

山札:23

 

 

小鈴in霜

場:《ノロン⤴》×2《メルカトール》

盾:5

マナ:4

手札:5

墓地:5

山札:18

 

 

 

「我がターン。では行くぞ、最終兵器起動準備開始」

「っ、なんだって?」

「5マナをタップ。出動せよ――我! 人類を殲滅するために!」

 

 五つのマナを集め、巨大な菓子箱ロボットから、黒幕が姿を現す。

 最終兵器を起動する者。その正体とは――

 

 

 

「――《最終兵ッキー》を召喚!」

 

 

 

 デッキケース、だった。

 両腕には近未来的な電磁砲(レールガン)。両目には計測器(スカウター)

 それは白いロボット型のデッキケース。

 

「あの菓子箱、デッキケースだったのか……」

 

 そもそも、名前からしてこいつが最終兵器なんじゃないか?

 いや、デッキケースがどうとかは、どうでもいい。

 《最終兵ッキー》か。一体、そのデッキでなにをする気なんだ?

 ……? なんか変だな。

 いつものボクなら、もっとなにかしら可能性を思い浮かべると言うのに、なにも浮かばない。

 というか、あのクリーチャー――どんな能力だったっけ?(・・・・・・・・・・・)

 

『我が能力で貴様のクリーチャーを山札の底へ送る。《ノロン?》よ、消えるがいい。そしてカードを引け。それ以下のコストのクリーチャーがいれば場に出せるが?』

「……出せるクリーチャーは、いないよ……」

 

 そうか、クリーチャーを入れ替える能力か。その能力で、ボクと小鈴の、身体と人格が入れ替わったわけだね。

 しかし低コストクリーチャーを除去されると、出せる幅が狭いな。このデッキは呪文も多いし、2コストのクリーチャーは《ノロン⤴》と《アツト》、そして《グレンニャー》がいるかどうか、ってくらいか。

 手札は増えたけど、クリーチャーを減らされてしまった。グレンモルトビートとしては、少しだけ痛いかな?

 

「ボクのターンだ……できることが少ないな。3マナで《リロード・チャージャー》を唱えるよ。《グレンモルト》を捨てて一枚ドロー。次に《アツト》を召喚。二枚引いて二枚捨てる。ターンエンドだ」

 

 

 

ターン5

 

最終兵ッキー

場:《スパイス・クィーンズ》《ラウドパーク》《サマソニア》《最終兵ッキー》

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:2

山札:22

 

 

小鈴in霜

場:《ノロン⤴》《メルカトール》《アツト》

盾:5

マナ:6

手札:4

墓地:8

山札:14

 

 

 

『我がターン、《イズモ》を召喚し、《サマソニア》とGリンク。さらにG・ゼロ。呪文《神の裏技ゴッド・ウォール》!』

「《ゴッド・ウォール》……!」

『指定するのは《ラウドパーク》だ。それにより、《ラウドパーク》は場を離れない。これで準備は整った。あとは兵器を呼び覚ますだけだ』

 

 《ゴッド・ウォール》による疑似的な無敵化。リンクしたゴッド。そして《最終兵ッキー》。

 なにをする気だ……?

 わかる気がするのに、まるでわからない。読めない。

 その時、兵器の箱が動いた。

 

『我で攻撃。その時、我が能力で《イズモ&サマソニア》を指定するが、リンク解除により、《イズモ》を山札の底へ送る。そして、そのまま我が変換の力は達成される』

 

 《最終兵ッキー》の能力は、味方にも使える。

 戻されたのはリンクしたゴッド。リンク解除で片方が残るけど、それだけじゃない。

 

『ゴッドのコストは合算で計算。ゆえに《イズモ》と《サマソニア》は共にコスト5、合計コストは10。即ち、コスト10以下のクリーチャーを一体、手札から呼び出す』

 

 場に並んだゴッド。そしてコスト10以下のクリーチャーの踏み倒し。極めつけは《ゴッド・ウォール》。

 知っているような知らないような、曖昧な感覚のまま、

 

『目覚めよ、起源の世界に君臨せし最後(第七)の神帝!』

 

 それらの儀式(シークエンス)を経て、最終兵器が発動する。

 

 

 

『最終兵器起動――《第七神帝サハスラーラ》!』

 

 

 

 それは、最終癖と呼ぶに相応しい神々しさと邪悪さを宿した、神龍にして邪龍なりし起源の神帝。

 どういうわけかこのクリーチャーの能力が思い出せない……いや、知らないのか? そんなはずはないと思うのだけれど……

 ……そうか。この身体は小鈴の身体だから、小鈴の脳にその知識がないのか。

 明らかにヤバいという気配は感じるんだけど、具体的にどうヤバいのかがわからない。

 普段のボクなら、もっと早くにそのヤバさに気付けたんだろうけど……いや、そんなことを言っても仕方ないな。

 今はこの絶望的な状況でなにができるのかを考えて、祈るしかない。

 

『《ラウドパーク》を《サハスラーラ》に進化! そして《サハスラーラ》の登場時、貴様の手札を二枚消し去る!』

「ぐ……っ」

『さらに、墓地の《ロラパルーザ》と《グラストンベリー》を回収。我が攻撃続行、シールドをブレイクだ!』

「トリガーは……ないか。できればここで止めたいところだったけど」

『我が最終兵器が止まるものか! 行け《サハスラーラ》! その攻撃時、相手クリーチャー一体のパワーをマイナス8000! 《アクアン・メルカトール》を消し去れ!』

 

 《サハスラーラ》の力によって、《アクアン・メルカトール》が蒸発した。

 まあ、どうせ出たら仕事はこなすし、それ自体は痛手ではないけど。

 直後に、二枚のシールドが砕け散る。

 

「これもトリガーなし……!」

『止められない、止まらない! 最終兵器は起動したら、機能停止することはない! すべてを蹂躙し、破滅へと導け! そして新たな世界を産み、支配者となるのだ! 攻撃後、《サハスラーラ》の能力により、《サハスラーラ》自身をアンタップ!』

「くっ。無限攻撃なんて、やってられないな……!」

 

 しかも《ゴッド・ウォール》で無敵化した《ラウドパーク》から進化しているから、その状態を引き継いでいる。つまり、《サハスラーラ》を退かすことは不可能だ。

 除去は当然ながら、攻撃後にアンタップするから、スパーク系の呪文も無意味。もっとも、このデッキにスパーク呪文が入っているとは思えないが。

 となると、止める手段は《クロック》と、アレだけか……

 

『再び攻撃だ! 《サハスラーラ》で攻撃し、《ノロン?》のパワーをマイナス8000! 消滅せよ!』

 

 今度は《ノロン⤴》が消し飛んだ。地味に盤面を削られるのも、反撃の芽を摘まれているようで痛い。

 そして残った二枚のシールドも、粉砕された。

 だけど、

 

「……S・トリガー!」

 

 来たか。

 正直、このカードが入っているところなんて見たことない気がするんだけど、なんでか入っていることを知っていた。それも四枚。

 それは小鈴しか知りえない情報。このデッキの中身を、知識として知っている小鈴の記録。

 ここまで見えていないカードだから、期待値的にはシールドに一枚くらいあってもいいはず、と計算したけど、当たってて良かった。

 小鈴の身体を得たボクは、本来知ってるはずの相手のカードのことは知らないけど。

 本来知らないはずの、このデッキのことなら知っている。

 さぁ、最終兵器なんて物騒なものを止めてしまおうか。

 

「《崇高なる智略 オクトーパ》! 《サハスラーラ》を拘束させてもらうよ!」

 

 場を離れない。寝かせられない。だけど、それだって完全じゃない。

 その進撃を止めるだけなら、他にも手はある。

 そう、こうやって、拘束したりね。

 

『小癪な……! だが貴様のシールドは残っていない。《サマソニア》でとどめだ!』

「《サハスラーラ》には無意味だったけど、こいつを忘れてもらったら困るよ。ニンジャ・ストライク! 《ハヤブサマル》を召喚! ブロックだ!」

『ぬぅ、ターンエンド……』

 

 《メルカトール》には感謝だ。なんとかこのターンを耐え凌ぐことができた。

 とはいえ、

 

「だいぶ場をボロボロにされたな……」

 

 シールドはゼロ。手札は削られ、場のクリーチャーも半分に減らされた。

 《サハスラーラ》は場を離れないし、苦しくはある。だけど、

 

「ボクのターン。2マナで《アツト》を召喚、二枚引いて二枚捨てるよ。さらに5マナ、《狂気と凶器の墓場》! さらに二枚落として、墓地からコスト6以下のクリーチャーを戻す! さぁ来い!」

 

 まだ敗北を感じるほどじゃない。

 小鈴の選んだカードには、希望が宿っている――

 

 

 

「――《魔法特区 クジルマギカ》!」

 

 

 

 大洋を進む、生きた魔法の艦艇。

 その一隻目が、姿を現した。

 

「《アツト》からNEO進化して、《クジルマギカ》に!」

 

 さて、頭を整理してたら、このデッキについてだいぶ“思い出した”よ。

 グレンモルトビートだと思っていたけど、今回のデッキはこっちに寄せているみたいだ。なら、動きを徹底的に尖らせてやろう。

 

「なんだか攻めたい気持ちがあるけど、ここは一旦“待ち”だ。《クジルマギカ》で《最終兵ッキー》を攻撃! その時、能力発動! 墓地から《狂気と凶器の墓場》を再度唱える!」

 

 再びトップ二枚を墓地へ。

 そしてまた、墓地のクリーチャーが蘇る。

 小鈴なら《グレンモルト》を戻すだろう。だけど、相手のトリガーには《オラクルジュエル》が見えている。

 それなら《ガイギンガ》の疑似アンタッチャブルに頼った強引な攻めより、一度待つのが最善のはず。

 だから、

 

「墓地から二体目の《クジルマギカ》を呼び戻す! こっちはNEO進化しないよ!」

 

 復活(リアニメイト)させるのは、《クジルマギカ》だ。

 このデッキはどちらかと言えば呪文連射に寄せているみたいだしね。《オクトーパ》も入っていることだし。

 ……というか小鈴、いつの間に《オクトーパ》を買い集めたんだ? 安く売ってから、か?

 まあいいか。

 

「とりあえず攻撃続行だ。どうする?」

『その攻撃は通す……ぐわぁぁぁぁぁ!』

 

 《クジルマギカ》の砲撃が、《最終兵ッキー》の身体を貫く。《最終兵ッキー》は断末魔の叫びを上げ、爆発。

 うん、なんだかロボットアニメを見ているような気分だ。

 

「くっ、しかし、我を倒そうとも、最終兵器は、《第七神帝》は倒れんぞ……!」

「わかってる。だから縛るのさ。《オクトーパ》で《サマソニア》を攻撃! その時、能力で《サハスラーラ》を拘束だ!」

 

 《オクトーパ》の呪詛が、《サハスラーラ》の肉体を拘束する。

 これでもう一回休みだ。

 

「ぬぅ、またしても……!」

「さっきと同じさ。倒せないなら縛りつければいい。君も抑えつけられる苦しさを体感するといいさ。そしてNEOクリーチャーの攻撃時、二体の《クジルマギカ》の砲門も開く! 援護射撃だ、受け取れ!」

 

 墓地に落とした二枚の呪文の呪文を拾い上げ、《クジルマギカ》の砲台へと装填する。

 そして――放つ。

 

「《超次元リバイヴ・ホール》! 《ハヤブサマル》を回収して《ガンヴィート》をバトルゾーンへ! さらにもう一発! 《トライデン》を回収して、《勝利のリュウセイ》! 《ガンヴィート》の能力で《サマソニア》を破壊!」

 

 攻撃途中の《オクトーパ》は、攻撃対象がいなくなって攻撃中止。

 失った手札を取り戻して、戦線拡大。さらに相手の場もかき乱せた。これでだいぶ、戦況を盛り返せたかな。

 

 

 

ターン6

 

最終兵ッキー

場:《スパイス・クィーンズ》《サハスラーラ》

盾:5

マナ:5

手札:3

墓地:3

山札:21

 

 

小鈴in霜

場:《クジルマギカ》×2《アツト》《オクトーパ》

盾:0

マナ:7

手札:4

墓地:13

山札:11

 

 

 

「ぬぅ、惰弱な人類が邪魔しおってからに……! 《ロラパルーザ》を召喚! 《オクトーパ》をフリーズし、ターンエンドだ!」

「そりゃあ人類滅亡なんて言われたら、ボクらだって抵抗するさ。拳には自信がないから、智慧を使わせてもらうけど」

 

 すぐにボクのターンが返ってくる。

 打点は十分だけど、トリガーが少し怖いな。このターンで決められるだろうか。

 まあ、トリガーも考慮して、やるしかないか。

 

「2マナで《ノロン⤴》! 二枚引いて二枚捨て、5マナで《インフェルノ・サイン》だ! 墓地の《放浪宮殿 トライデン》を復活! 《ノロン⤴》からNEO進化! 三枚ドローして、二枚捨てるよ」

 

 とにかく怖いのは《サハスラーラ》だ。シールドがなくなった以上、あいつを止めることはできない。

 だけどもう、奴に神の加護はない。なら、最終兵器(第七神帝)には退場してもらおう。

 

「《トライデン》で攻撃! 能力で《サハスラーラ》を手札に戻す(バウンス)!」

「ぐっ、お、おのれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 《トライデン》の生み出す大渦が、《サハスラーラ》を飲み込む。

 コスト10という巨大なクリーチャーだ。白黒に無色を加えたあのデッキじゃ、素出しはほぼ不可能。《最終兵ッキー》にリンクしたゴッドもいないんじゃ、怖くはない。

 それに、それだけじゃない。

 

「まだ終わらないよ! 《クジルマギカ》の砲門開錠だ! 撃て! 《ドドンガ轟キャノン》! 《狂気と凶器の墓場》!」

 

 《トライデン》はNEOクリーチャー。だから、《クジルマギカ》の砲門が開く。

 揺蕩う大型艦艇に寄り添う駆逐艦が、露払いに装填された魔法を放つ。

 

「《ドドンガ轟キャノン》で《ロラパルーザ》を破壊! 《狂気と凶器の墓場》で、さらに来い! 《クジルマギカ》! 《アツト》からNEO進化!」

 

 リンクする恐れのあるゴッドは消して、さらに三体目の《クジルマギカ》だ。

 このデッキにトリガーを封殺する類のカードはなさそうだし、このまま攻め切ってしまおう。

 

「攻撃続行だ! 《クジルマギカ》で攻撃する時、三体の《クジルマギカ》能力が同時発動! 呪文の三点バーストだ! 《リロード・チャージャー》! 《超次元ボルシャック・ホール》! 《インフェルノ・サイン》! 」

「ぐぬぬぬぬ……おのれおのれおのれぇ!」

「《リロード・チャージャー》で一枚捨て、一枚ドロー。《ボルシャック・ホール》で《スパイス・クィーンズ》を破壊して、《キル》と《マティーニ》をバトルゾーンへ! 最後に《インフェルノ・サイン》! 7コスト以下のクリーチャーを呼び戻す!」

 

 次々と呪文が乱れ撃たれる海域にて、さらなる援軍がやって来る。

 トップ二枚を落として、水底より這い上がるのは、

 

「これが四体目――最後の《クジルマギカ》だ!」

 

 四体目(最後)の《クジルマギカ》。

 正直、オーバーキルだと思う。そもそも呪文も切れて来た。山札も一周して残り少ない。どうやら、ここまで連射するつもりはなかったようだ。

 グレンモルトビートのプランもあるから仕方ないとはいえ、小鈴もまだまだ練り込みが甘いな。

 まあ、この呪文に寄せ、連射と展開を連打する構築は、わりとボク好みだけど。

 

「続けて攻撃! 《クジルマギカ》で攻撃する時、能力で呪文を唱えるよ。《狂気と凶器の墓場》《ボルシャック・ホール》。《グレンモルト》と《ジョンジョ・ジョン》を出しておこう。Wブレイク!」

 

 最初の《クジルマギカ》で二枚をブレイク。続く《クジルマギカ》も、呪文を連射しながら、相手の身を守る盾をも撃ち抜く。

 ここで何事もないといいが……

 

「ぐ、ぬ……なにも、ない……!」

「《オラクルジュエル》の一枚くらいはあるものと思ったけど、なかったか。なら、これで終わりだね」

 

 よし、何事もなかったな。

 まあ、最終兵器を潰された悪の親玉は、成す術なくやられる宿命(さだめ)だ。

 それが、主人公の進む王道な結末ってものだろう?

 ……まあ、だけど、

 

「君は迷惑極まりないことをしでかしてくれたが、正直なところ、ボクは少しだけ君には感謝している」

 

 混沌を生む行いを、破壊的な思想を、結果を予想して悪と断ずるのは簡単だが。

 そこまでの過程には、個人的な所感だけれど、思うところがないわけではない。

 《最終兵ッキー(こいつ)》の引き起こした事件で迷惑を被ったのは確かだけど、それでも、これは貴重な経験だった。

 この経験は、ボクに一つの答えを導いてくれたのだから。

 

「こうして実際に女の子になってみてわかった。やはりボクは――“女の子になりたいわけじゃない”」

 

 ボクがずっと抱えていた悩みの種。決して取り除けないと、解決しないと、理解できないと思っていた。だけどそれを、どうにかして掴もうとしたものだが――とんだ形で、解消されてしまったよ。

 ボクは女の子になりたいのか、可愛くなりたいのか、それとも別のなにかか。それがずっとわからなかった。

 そのせいで、小鈴たちに迷惑をかけたこともあったし、社会の規律に、人の倫理に反するようなこともした。

 そんなボクの人生の永遠の命題の一つが、実際に経験して初めて、ハッキリしたよ。

 女の子の身体。瑞々しくて、柔らかくて、肉感的で、か細く、けれども綺麗な、生命力溢れる肉体。

 それは非常に魅力的なものだが、しかし少なくとも、ボクがなりたいものじゃない。

 それに、

 

「いくら身体が変わっても、ボクがボクであることに変わりはないんだ。ならボクが目指すべきは、女の子なんていう形式ばった枠組みじゃない。形だけの、見てくれだけのものじゃない」

 

 それがわかったのは収穫だ。人生をかけて探るつもりだったことが、こんな奇怪な事件であっさりと判明してしまうのはどこか癪だが、まあ、これも小鈴の繋いでくれた縁だ。いいものと受け取っておこう。

 それにボクの人生の課題は、これだけじゃないしね。

 

「まだまだわからないことだらけだけど、探求は終わらないし、楽しい……君はその糧となってくれた。そのきっかけをくれた。その点だけは感謝する。けど」

 

 それだけなら好意的になれたんだけどね。ただボクに女の子の身体を与えただけなら。

 地球滅亡なんて許容できるはずもないけど、相手は人外のクリーチャーだ。むしろこれくらいが当たり前とさえ言える。

 ボクがこのクリーチャーに向ける怒り。それがあるとするなら、そう。

 

「取り換える人間を間違えたね――ボクの友達(小鈴)と入れ替えたのが、運の尽きさ」

 

 よりもよって、小鈴と入れ替えるだなんて。まあ、巻き込まれたのはボクの方だけど。

 ……ボクが小鈴に、彼女(リンちゃん)の面影を見たからなのか。純粋に、ボクを受け入れてくれた友達だからなのか。それはわからないけど。

 大切な友達の、大事な身体を無碍にされたのは、許し難い。小鈴と入れ替えたのが、恋やユーならここまで怒りはないけど、ボクという偶然なる選択は、大きな失敗だ。

 なにせボクは――“男”だからね。

 

「その土手っ腹に穴を空けてやろう。ボクは君らの本来の主人ではないけど、やってくれるね?」

 

 今更すぎる確認だけど、彼らは頷いてくれた。

 いい返事だ。それなら、これで締めとしよう。

 ボクなりの、最大限の感謝と怒りの弾を込めて――撃て。

 

 

 

「《魔法特区 クジルマギカ》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「まったく、昨日はとんでもない目に遭ったな……」

 

 翌日。

 見事クリーチャーを退治して、地球は滅亡の危機から救われ、ボクらの心と身体も元通りになった。めでたしめでたしのハッピーエンドだ。

 クリーチャーの事件なんて、今までいくらでもあったけど、その中でも断トツで凄まじい事件だったよ。相手の目的も含めて。

 しかしまさか、実際に女の子になるとは思わなかった……あれは小鈴の身体だったわけだけど。

 

(まあでも、あれが、昔のボクが目指していた“理想”なんだよな)

 

 あくまで、目指していた、だけど。

 その理想は過去のものだ。今を生きる、ボクの未来には、やっぱり必要のない幻想だった。

 だけどその幻想が、ボクを正しい道へと導いてくれた。

 ふと、彼女の映ったフォトフレームを、指でなぞる。

 

「リンちゃん。ボクは、女の子になるのは無理そうだよ。だからせめて……女の子“らしく”なろうと思う」

 

 まだ、それが正しいのかはわからないけれど。

 ボクの身体は、どんどん男になっていくけれど。

 とりあえずの目標は、らしく、可愛く、だ。

 部屋着を脱ぐ。シャツを一気にめくり上げる。引っかかるものはなにもない。素晴らしいな。

 だけど小鈴は、こういう着替え一つでも苦労してるんだろうな。昨日も、そして今日も、明日も。

 

(そういえば、リンちゃんも割と胸はある方だったっけ)

 

 その可愛さに見惚れ、憧れ、目指していたから、大人でも、男でも、ましてや女でもない、子供だったボクは女性の体つきなんて、全然気にしていなかったけれど。

 昨日の一件で、よりそれを意識するようにはなった。

 ボクも、どうしようもなく男なのか。信じたくはないけどね。

 いやでも、若とかの反応と比べると、やっぱり違うよな。ボクは異端者なのか?

 まあ、どちらでもいいか。そんなことはどうでもいい。

 ボクが考えるべきは、そういうことじゃない。

 

「今度、胸の大きい女の子でも着れるような、可愛い服を見繕ってみるかな」

 

 自分でなってみて、少しだけ感覚がわかった。これからはもっと、あのクソダサセンスに対して、いいアドバイスが出来そうだ。

 結構締め付けられる感覚があるから、ゆったりめの服の方が楽だよね。身体のラインとか、凹凸はあまり出すと品性を損ないそうだし。

 だけどあのスタイルは絶対に魅力なんだよなぁ。本人が嫌がるから無理強いはしたくないけど、上手いこと小鈴の可愛さを、個性を引き出しながら、なんとか合わせられないだろうか。

 胸元の露出を上手く調整する? ベルトでバストアップ部分を強調するのも手か? ならトップスはシンプルにして、ボトムスはどうしたものかな……

 と、クローゼットから服を引っ張り出しながら、コーディネートを考えていると、ガチャリと扉が開いた。

 

「おーい霜! この前、お前に貸したカードなんだが……」

「ちょっ……! 兄貴! 着替え中だ! 勝手に入って来るな!」

「おぉぅ、悪い」

「ノックぐらいしてくれ」

「なんかお前、ギャルゲーのヒロインみたいなこと言い出したな……」

 

 兄貴だ。真ん中の方の。

 思えば、この兄貴なんだよな。リンちゃんを失って、塞ぎ込んでいたボクの危うさを察して、剣埼先輩たちに助けを求めたのは。

 そういう意味では、兄貴には感謝しなくちゃいけないのかもしれないな。今のボクの縁を繋いだ功労者として。

 まあそれとこれとは別だけど。人の着替え中に入って来るなんて、どういう神経してるんだ。

 

「まったく、デリカシーと注意力、そして想像力の欠片もないな、兄貴は。そんなんだから彼女の一人もできないんだよ」

「余計なお世話だ、ほっとけ。ところでこの前のカード返してくれよ」

「あぁ、そうだなぁ……帰ってからでいい? これから出かけるんだ」

「出かける? どこにだ?」

「友達と遊びに行くんだよ」

 

 そう、友達だ。

 兄貴が繋いでくれた、ボクの大切な友達。

 彼女は、ボクに女の子という存在を、肉体を、感覚を教えてくれた。

 そして、ボクの進むべき道に立って、寄り添い、一緒に進んでくれる、大切な友達。

 兄貴を追い出して、服を着て、荷物を確認して、鞄を持つ。カードは……まあ、帰ったら素直に返そう。

 まだ時間は大丈夫そうだけど、もう出ちゃうか。

 

「おっと、忘れるところだった」

 

 扉に手を掛けたところで思い出す。

 ボクの机。大切なフォトフレームの隣にある、二重輪(デュアルリング)(シルバーカラー)腕輪(ブレスレット)

 彼女からの、大事な贈り物。

 子供っぽいし、ダサいし、センスはないけど。

 彼女(リンちゃん)と同じくらい、ボクには眩しい。

 それは、ボクにとって、もう一つの太陽なのかもしれない。

 

「これでよし、と」

 

 ブレスレットを付け、これで万全だ。

 ……リンちゃん。あなたがいなくなって、悲しいし、寂しいけど、ボクは元気です。

 自分の在り方にはまだ悩んでいるけど、それでも、昔よりもずっと前向きになれた。

 それは、ボクを支えてくれたあなたのお陰。そして――

 

「じゃあ――行ってくるよ」

 

 

 

 ――友達(小鈴)のお陰だ。




 スルッと小鈴のグループにいるから忘れそうになりますが、霜って彼女らの中でほぼ唯一の男なんですよね。口調がわりと男(というか少年?)らしいので、まあ女の子らしいかと言われると、そうでもないんですが。
 性別はわりと霜にとってはデリケートな問題なので、触れ方が難しいですね。彼の初登場回でも、結構ぼかした描写になってしまいましたし。
 次回はチョウ姉さん暴走回にしようかなぁ、と考えています。では、誤字脱字感想等々ありましたら、お気軽にどうぞ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告