デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 番外編第四弾は、前回に引き続いて蟲の三姉弟のお話。作者が気に入ってしまったってのもありますが、正直、動かしやすいんですよねこいつら。三人一組なのが小回り利かないですが、適当に理由つけて散らせますし。


番外編「おせちが食べたいのよ!」

 とある年の、12月31日、朝。

 【不思議の国の住人】の邸宅でのお話。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 朝、『木馬バエ』はとある人物を探していた。

 普段なら鬱陶しいほどに目につく人物で、そこにいることが当然であり普通とも言えるようなものなのだが、どういうわけか今日はそうではない。なにか特別なことでもあったのだろうか、と思いながら廊下を歩いていると、兄を見つけた。

 

「兄さん」

「む、ハエか。如何した」

「姉さん見なかった?」

「姉上か? さて、言われてみれば、今朝から姿を見ないな。如何したのだ?」

「いや、別に大したことはないんだけど」

「む、もしやあれか。大晦日、年越し、正月、という祭であろうか! 人の世には、この日を暦の区切りとして祝う文化があるらしい。我ら蟲の三姉弟で、新たなる終焉と創始を祝おうというのだな! 弟よ!」

「違う。そんな人間のくだらない文化とかどうでもいいよ」

「うむ、確かに我ら姉弟が共にあることに理由など不要。祭であろうとなかろうと、我らは共に生きる姉弟であるな」

「あー……うん、じゃあそれでいいよ」

 

 面倒くさいので否定しないことにした。別段、否定する要素はひとつもないのだが。

 二人で廊下を歩いていると、『燃えぶどうトンボ』は指差した。

 

「むむ? そこに見えるは、姉上ではないか?」

「あ、本当だ。ヤングオイスターズもいるね。なにやってるんだ? あの二人」

 

 廊下の先に見えるのは、蟲の三姉弟が長女、『バタつきパンチョウ』。そして『ヤングオイスターズ』。こちらも、長女の個体だった。

 なにやら、『バタつきパンチョウ』が『ヤングオイスターズ』に対して、なにかを懇願しているようだった。

 

「おせち! おせちが食べたいのよ! カキちゃん!」

「いや、んなもんねぇけど……」

「どうして!? お正月と言えばおせちなのよ! 日本人なら当然でしょ!?」

「いやだって、ワタシら日本人どころか人間じゃねーし……」

「人間じゃなくたっていいじゃない! 新しい年の瀬が始まるんだから、一緒に祝いましょう? ね?」

「そのための準備をワタシ一人に全部押し付けんのかよアンタは。勘弁してくれ、ワタシは忙しいんだ。今からバイトだしな」

「なんでこんな日にまでお仕事があるのよ!」

「年末年始は人手が足りねーんだよ。だが同時に稼ぎ時でもある。弟妹の学費に食費にガキども小遣い諸々エトセトラ。人間社会ってのは金が要る。稼げる時に稼がねーとな」

「そんなことしなくたって、お金ならハンプティ・ダンプティさんと公爵夫人様がなんとかしてくれるのよ!」

「卵野郎はともかく、夫人様はちぃっとアテにしづらいんだが……つーか、あの二人に頼りっぱなしってのもダメだろうが。アンタ、金の大切さを知らないな?」

「じゃあ早く帰ってきて! そうすれば、おせち作れる?」

「だから無理だっての。今日は臨時で入れたバイトもいくつかあるから、帰りは遅いぞ」

「うー……!」

「そんな顔しても、ダメなモンはだめだし、無理なモンは無理だ。諦めろ」

 

 涙目になって、上目遣いで見つめるが、そんな『バタつきパンチョウ』を、『ヤングオイスターズ』はバッサリと切り捨てる。

 しかし『バタつきパンチョウ』は諦めなかった。

 

「やーだー! おーせーちー! おせちが食べたいのよー!」

「あぁ、うぜぇの捕まっちまったなぁ。これが哀れな牡蠣たち(ヤングオイスターズ)の運命か……」

 

 泣きながら足にしがみ付く『バタつきパンチョウ』。まるで子供だが、彼女は精神点はともかく肉体はれっきとした大人であり、成人女性――成虫――だ。だから始末が悪い。なによりも、純粋に邪魔だった。

 

「おーせーちー! おせちー! 食べたい食べたいー!」

「えぇい鬱陶しい! うちにそんな文化はねぇ!」

「それでも食べたいのよー! テレビでやってたのよ! とっても美味しそうだったのよー!」

「知るか! いい年こいた大人の癖に駄々こねてんじゃねぇ! ったく、人は見かけによらねーとは言うけどよ、こんなんが帽子屋のダンナも一目置く【不思議の国の住人】の定義者だとは、信じがたいぜ……」

 

 『バタつきパンチョウ』を引きずりながら移動しようとするものの、背も胸も尻も大きな彼女は思いのほか重かった。服も無駄に煌びやかなので、余計に重い。わりと本気で足枷になって動けない。

 『ヤングオイスターズ』がどうやって害虫と化した蝶々を引き剥がそうかと考えていると、向こうからやってくる蟲の弟たちと目が合った。

 

「おっと、にーさん方、いいところに。悪いがこのねーさん引き取ってくれよ」

「一部始終は見せてもらいましたよ。うちの姉がすみませんね」

「本当にな。ほら姐御、とっとと離れてくれ」

「姉さん。あまりヤングオイスターズさんを困らせるなよ。ほら」

 

 『木馬バエ』の手によって、『バタつきパンチョウ』が引き剥がされる。随分と慣れた手つきだった。

 

「う、うぅ、ハエぇ……」

「無理なものは無理なんだろ。ほら、立ちなよ。床は汚いよ」

 

 弟に泣き縋る『バタつきパンチョウ』。弟はというと、姉の服の汚れを払っていた。

 

(弟に面倒みられる姉とは、みっともねぇな)

 

 しかしそこが、彼女ら蟲の三姉弟の強さなのかもしれない。

 弟や妹(若い自分)を守るために、兄や姉が犠牲となる。苦を背負うのは年長者の役目だと思っているし、それがおかしいことだと疑いもしないが、だからこそ『ヤングオイスターズ』は、哀れな若牡蠣なのかもしれない。

 一瞬だけ、そう思った。

 

「んじゃ、ワタシはもう行くぜ。じゃーな、虫けら共」

「えぇ、姉がご迷惑をおかけしました」

 

 そうして、『ヤングオイスターズ』と蟲の三姉弟は別れる。

 

「…………」

 

 しかし『燃えぶどうトンボ』は、『ヤングオイスターズ』の背中をジッと見つめていた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ヤングオイスターズ」

「? なんだよ、トンボの兄貴じゃねーの。どうした? ワタシは忙しいんだが」

 

 別れた、と思ったそのすぐ後に現れる『燃えぶどうトンボ』。

 一体なんの用だと思ったら、彼は頭を下げた。

 

「後生だ。どうか姉上に、おせち料理、とやらを振る舞ってはくれないか?」

「アンタもかよ……だからなぁ、そんな暇はねーっての。ワタシはこれから連チャンでバイトなんだ。帰ったら飯は作るが、おせちなんて手の込んだモンを作ってられるか」

「そこをなんとか。どうにもなるまいか?」

「どうにもならん。そもそもワタシはおせちなんて作ったことねーし、材料もない。今からレシピを調べて、材料を買って、仕込みをして……なんて時間はねぇ。ワタシ一人じゃ手が足りなさすぎる」

「ならば、ぼくが貴様の手足となれば、済む話か?」

「あん?」

「今日に限り、我が身を貴様に委ねる。貴様が我が身を自由に使役する。それで、手は足りるか?」

「……姉のために、自分の身を犠牲にするってか」

 

 少し、驚いた。

 自分勝手とは言わないまでも、蟲の三姉弟は自由奔放だ。帽子屋や、長姉たる『バタつきパンチョウ』意外に従属するなど、そうあることではない。

 その従属は条件付きではあるが、彼は条件さえ飲めば束縛されてもいい、と言っているのだ。

 なによりも束縛を嫌う虫けらが、そう言っている。

 彼らしくはあるが、兄弟姉妹のために、我が身を砕く。まるでその在り方は、『ヤングオイスターズ』のようではないか。

 

「……その気概は買ってやりたいがな。だが、やっぱ無理だ。アンタ一人でも足りん」

 

 すべてがすべてとは言わないが、しかしこの屋敷におけるほとんどの家事は、『ヤングオイスターズ』の長女が担っている。 特に料理に関しては、まともに厨房に立てる者がいないため、完全に彼女の管轄だ。

 いくら『燃えぶどうトンボ』が手伝うと言っても、膨大な家事と、特定の技術が必要な料理、これらの家事をこなせるとは思えない。

 猫の手も借りたいと言うが、実際は猫の手なんて借りたところで、まったく戦力にはならない。必要なのは、良質、あるいは大量の人手だ。

 

「ぬぅ……」

「だがまあ、兄弟姉妹のために力を尽くすって姿勢は、ワタシも同じだ」

 

 ヤングオイスターズの場合は、兄弟姉妹とは即ち自分のことであるため、厳密には同じではないのだが、彼の見せる兄弟姉妹への心意気は、自分が持つものと同じものであると、『ヤングオイスターズ』は感じた。

 次男(四番目)ならば、それらはすべて交渉と駆け引きの材料にされてしまうのかもしれないが、長女たる身としては、彼の“気持ち”を汲んでやりたい。

 ゆえに、

 

「やるだけのことは、やってやってもいい」

「っ! それは誠か!」

「だが、条件がある」

 

 彼の懇願を聞き届けてもいいと思った。

 しかし『ヤングオイスターズ』の長女は、情に絆されてすべてを投げ出すほど、人情に厚くも、愚かでもない。

 

「条件、とな」

「あぁ。アンタは知らねーだろ、ワタシが受け持ってる家事を負担することの意味が」

「……?」

「やっぱりな。あのな、ワタシは毎日、料理やら掃除やら洗濯やらをしてるわけだが、それらすべてが、毎日滞りなく達成できると思うか? ワタシはバイトもしてるし、ダンナの無茶振りな指令を聞かされることだってあるんだぜ」

「うむ、確かにな」

「ここ最近はバイトのせいで家事が色々溜まってんだ。飯は最低限作るが、掃除、洗濯、ガキ共の面倒その他諸々エトセトラは溜まりに溜まってる。ワタシを手伝うってことは、アンタはそれらすべてを、一時的にでも背負うってことだ」

「…………」

「それを理解し、この膨大な作業を背負う覚悟があるってんなら、まあ、考えてやらんでもない」

「覚悟か。それは愚問というものだぞ、『ヤングオイスターズ』。姉上のため、我が身を惜しむことはない」

「ま、口ではいくらでも言えるわな。覚悟を示すってのは、口先で語ることじゃねぇ……わかってんだろ?」

「……そういうことか」

 

 覚悟を示せと言われた。

 自分たちがどのような手段を用いて、己の意志を示すのか。

 答えは、明白だ。

 

「いいだろう。我が名は『燃えぶどうトンボ』。覚悟の炎さえも、燃やして見せようぞ」

「そうこなくっちゃな。だが、ワタシはアンタの炎を鎮火させるぜ。そのつもりでよろしくな」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「先に確認しておくぜ」

 

 勝負を始める前に、『ヤングオイスターズ』は言った。

 

「アンタが勝ったら、おせちでもなんでも作ってやるよ。バイトだってドタキャンしてやらぁ。が、ワタシが勝ったら、アンタは今日一日、ワタシの奴隷だ。ワタシの役割だった家事をすべて負担してもらう。飯は流石に任せられねーが、掃除や洗濯くらいはできんんだろ」

「承知。この燃えぶどうトンボ、最愛なる姉上のために燃え尽き果てるまで!」

「そいつは重畳……んじゃ、始めるぜ」

 

 互いに取り出すのは――デッキ。

 自分たちの性質を宿した、自分たちにとっての武器。

 譲れぬ覚悟を、荒事にならず、しかし力で以って示す、絶好の道具だ。

 

「呪文! 《ボント・プラントボ》! 山札から一枚をマナゾーンへ! そのカードがパワー12000以上のクリーチャーならば、さらに1マナ加速する! このカードはパワー16000の《ボントボルト》! 追加で加速だ! さらに2マナで《レッツ・ゴイチゴ》! もう1マナ加速し、ターン終了」

「ワタシのターン。3マナで《エナジー・ライト》を唱え、二枚ドロー……ターンエンドだ」

 

 

 

ターン3

 

燃えぶどうトンボ

場:《タルタホル》

盾:5

マナ:7

手札:1

墓地:2

山札:24

 

 

ヤングオイスターズ(長女)

場:なし

盾:5

マナ:3

手札:6

墓地:1

山札:25

 

 

 

 『燃えぶどうトンボ』と『ヤングオイスターズ』の対戦。

 『燃えぶどうトンボ』はマナ加速を繰り返すが、対する『ヤングオイスターズ』は、まるで動きを見せない。カードを引いては、ターンを終えるだけ。

 

「ぼくのターン! 6マナで《コレンココ・タンク》召喚! 山札から三枚を捲る! 《ボントボ》《タマタンゴ・パンツァー》《ドルツヴァイ・アステリオ》! すべてマナゾーンへ! ターン終了!」

「スパートかけてきやがったか。ワタシのターン。1マナで呪文《ガード・クリップ》。一枚ドロー……おっと、こいつを引いたか。なら、3マナで《ストリーミング・シェイパー》を唱える。山札から四枚を捲るぜ」

 

 捲られたのは《卍 ギ・ルーギリン 卍》《超宮兵 マノミ》《セイレーン・コンチェルト》《時を戻す水時計》の四枚。

 

「まあまあだな。四枚すべてが水のカードなので、すべて手札に。次で決めるぜ。ターンエンド」

 

 

 

ターン4

 

燃えぶどうトンボ

場:《タルタホル》《コレンココ》

盾:5

マナ:10

手札:1

墓地:2

山札:20

 

 

ヤングオイスターズ(長女)

場:なし

盾:5

マナ:3

手札:6

墓地:1

山札:25

 

 

 

 ただカードを引き続けているだけだが、『ヤングオイスターズ』はなにか、仕掛ける準備が整った様子。恐らくターンを返せば、戦況を変えるような一撃が待っている。

 しかし、

 

「……させんよ」

 

 準備が完了しているのは、『燃えぶどうトンボ』も同じだった。

 

「力は充足した。故に、我が全身全霊の語らいを、聞かせてやろう」

 

 この数ターン、全力を尽くして溜めたマナ。

 そのすべてを、解放する。

 

「10マナをタップ――双極・詠唱(ツインパクト・キャスト)

 

 地面が、揺れた気がした。

 大地を割り、大空を裂く。本来であれば、これはそのような力なのだろう。

 自然の災厄(ガイアハザード)。『燃えぶどうトンボ』は、その力を解き放つ。

 

「地を這う虫も、天翔ける虫も、等しく生ける語り草。破天に轟け、九十九の命。我らが神話と世界の果てまで語り尽くせ」

 

 それは、伝説的な神話の一幕。

 最も猛き天災。星さえも砕く、地虫たちの咆哮。

 果てしない数多の叫びが、天空へと轟く。

 

 

 

「有象無象の虫けら(英傑)よ集え――《轟破天九十九語(ごうはてんつくもがたり)》!」

 

 

 

 大地震によって大地が割れ、地の底から数多の虫が湧き上がる――そんなビジョンが、網膜に浮かび上がる。

 勿論、現実にそんなことはない。それはただの虚ろな幻影でしかない。しかし、そんな虚構を幻視してしまうほどに、その一枚には凄まじい圧があった。

 

「っ、《轟破天》とはな。予想はしてたが、そのカードを引っ張ってくるってこたぁ、本当にマジなんだな、トンボの兄貴よ……!」

「無論だ。姉上のため、ぼくは全身全霊、己が力の総てを出しきるまで!」

 

 そして、《轟破天九十九語》の効果が、発動する。

 

「《轟破天九十九語》……それは、総ての英傑、英雄、英霊を戦場へと誘う伝説にして神話の一幕。故に我々は、マナゾーンに眠る総てのクリーチャーをバトルゾーンへと呼ばなくてはならん。ただし、バトルゾーンに出た時の能力は使用できんがな」

「……ワタシのマナゾーンからは、《ディール》と《コーラリアン》が出るが……」

 

 顔を上げる『ヤングオイスターズ』。できればそこには、目にしたくない光景が広がっていた。

 

「我がマナに眠るクリーチャーは10体。そのすべてをバトルゾーンに呼び戻す」

 

 《コレンココ・タンク》《タマタンゴ・パンツァー》《ドルツヴァイ・アステリオ》《ゼノゼミツ》《ボントボ》《ボントボルト》――そして、マスター《キングダム・オウ禍武斗》。

 這いつくばる地虫から、天を翔ける羽虫まで、あらゆるクリーチャーが、所狭しと戦場に集う。単騎でも十分に厄介だが、それらが一堂に集うこの場は、壮大であり、圧巻であり、そして『ヤングオイスターズ』にとっては地獄だった。

 

(こう来るってわかっちゃいたが、やっぱ凄まじいぜ、この虫けら……三匹の蟲の中でも、怒らせたら一番やべータイプだ、こりゃ)

 

 地獄を見ることはわかっていた。ここまでは予想通り。

 そして、この後、どう来るのかも。

 

「行くぞ! 《ボントボルト》はマッハファイター! 《ディール》を攻撃!」

「ブロック……する意味はねーな。受ける」

 

 《ボントボルト》のパワーは16000、《ディ-ル》の二倍以上近くある。

 そんなパワーの怪物に敵うはずもなく、《ギ・ルーギリン》は一瞬で虫けらに吹き飛ばされた。

 

「《ボントボルト》がバトルに勝利したことで、能力発動! 次のターン、貴様はぼくを攻撃できない。そして続け、次なるマッハファイター――《キングダム・オウ禍武斗》!」

 

 今度はマスター、《キングダム・オウ禍武斗》が疾駆する。

 狙うは本丸。大海原に浮かぶ魔術の城――《コーラリアン》。

 こちらも、パワーの差は二倍近く。為す術もなく叩き伏せられ、『ヤングオイスターズ』の浮城は瞬く間に海の藻屑と化した。

 

「《コーラリアン》は破壊される代わりに手札に戻る……が」

 

 木端微塵になった《コーラリアン》は手札に還る。死ぬことはなく、再利用の機会を得る。

 しかし、

 

「《オウ禍武斗》がバトルに勝利した時、能力発動」

 

 問題は、その後だ。

 

「これなるは破天を砕きし大絵巻。伝説に綴られ、神話に記される九つの世界。森羅万象、有象無象、その総ては語るに及ばず」

 

 どう来るのか、なにが来るのか、すべては理解の範囲。

 しかし天災とは、災害とは、理解を超えた破壊をもたらすから、災いなのだ。

 

 

 

「我が言の葉を刻め――破天九語(はてんここのつがたり)

 

 

 

 刹那。

 『ヤングオイスターズ』のシールドがすべて――粉々に砕け散った

 

「破天九語。それは悪鬼に打ち勝つ武勲の証明。敵を討ち取ることで、シールドを九つ打ち砕く奥義なり!」

 

 あまりにも凄烈な暴威だった。九つのシールドを粉砕する。それはほぼ、すべてのシールドを破壊することと同義だ。

 一つの物語につき、一つの武功――即ち、一つの守りを粉砕する。しかしシールドは五枚しかない。九つ総ての伝説を語るまでもなく、『ヤングオイスターズ』の守りは崩壊し、尽き果てたのだった。

 

「ったく、相変わらず、すげー破壊力だ。火を吹くトンボってのは、荒ぶる竜と変わらんな。あまりにも激しい牙だ。これならまだ、ハエに貪られるか、チョウチョに吸われる方がマシかもしれねぇ」

 

 シールドをすべて吹き飛ばされ、一瞬で丸裸にされる『ヤングオイスターズ』。

 彼の前にはまだ、火のついた虫――攻撃可能な《タルタホル》が残っている。

 クリーチャーもシールドもない今、その攻撃を防ぐ手立てはない、が。

 

「だが、ワタシもタダじゃやられねぇ」

 

 羽虫の一匹だけでよかった。

 雑魚(ファイアフライ)なら、その火を消せる

 

「S・トリガー発動! 《時を戻す水時計》! パワー3000以下の《タルタホル》を手札に戻すぜ!」

 

 時間が、ほんの僅かだけ、遡る。

 蛍の灯は消える。点火する前の時間まで、巻き戻る。

 

「ぬぅ、攻め手を削がれたか……ターン終了だ」

「ひゅぅっ、あっぶねぇ」

 

 冷や汗を拭う『ヤングオイスターズ』。

 間一髪だった。《轟破天九十九語》から破天九語までは読めても、それを防ぐ手段はなかったのだから。

 しかし、この破壊的な災害を受けてなお、生き残った。

 それだけで、『ヤングオイスターズ』は勝利を確信する。

 

「ワタシのターンだ。まずは1マナで呪文《セイレーン・コンチェルト》。手札とマナを一枚ずつ、入れ替える」

 

 マナのカードを手札に戻し、手札のカードをマナに置く。

 さらに『ヤングオイスターズ』はもう一枚、手札を切る。

 

「もう1マナで《セイレーン・コンチェルト》、手札とマナを入れ替える」

「……? その少ないマナで、なにをしている? 無駄に手札を消費しているだけではないか」

「さて、なんだろーな。さらに1マナで《時を戻す水時計》。《ドルツヴァイ》をバウンス」

 

 《ドルツヴァイ・アステリオ》のパワーはマナゾーンのカード枚数に依存する。《轟破天九十九語》で、文字通りマナを使い切ってしまったため、現在のパワーはたったの1000。

 なんということなく、軽く手札に押し返す。

 

「これで呪文を三回唱えた。G・ゼロ《超宮兵 マノミ》を召喚。二枚ドロー。そして1マナで《卍獄ブレイン》、一枚ドロー……これで四回」

 

 一度は崩れ去った海の城。

 それが再び、浮上する。

 

 

 

「G・ゼロ――《超宮城 コーラリアン》! 入城!」

 

 

 

「戻って来たか……」

「《コーラリアン》の能力で《タマタンゴ》をバウンス。さらにG・ゼロで《マノミ》を召喚! 二枚ドローして、《マノミ》と《コーラリアン》を召喚! 二枚ドローし、《タマタンゴ》をバウンスだ」

 

 G・ゼロによって、ノーコストで次々とクリーチャーを並べる『ヤングオイスターズ』。

 三体目の《マノミ》、二体目の《コーラリアン》を並べたところで、次の一手を打つ。

 

「さて、これでムートピアが五体だ」

「! 来るか……!」

 

 《マノミ》が三体、《コーラリアン》が二体。

 その数は、合計五体。

 

「哀れな若牡蠣を嗤え。個にして群、群にして個の、群衆個体。呪われた個人であり兄弟姉妹。だが、こいつはそんなワタシが、ワタシであるための証明。さぁ、しっかり見てな」

 

 そこに並ぶ同胞は、ただの数でしかない。それは己であり他人。寄り集まって初めて群となり、固体となる、呪われた生。

 その中で彼女は、弟でも、妹でも、兄でも、姉でもない。

 ただ一人の“自分自身”を、曝け出す。

 

 

 

「これが“ワタシ”だ――《Iam》!」

 

 

 

 水面のような身体に、悪魔の翼。

 まるで己を映したような姿。『ヤングオイスターズ』は、その姿に自身を幻視する。

 しかしそんな感傷は一瞬。これは己自身の証明であり、己という力の具現。

 今は、それを武器として振るう時だ。

 

「《マノミ》からNEO進化! 自分の他のクリーチャーをすべて手札に戻し、G・ゼロで再び召喚! 合計で四枚ドロー、《オウ禍武斗》と《ボントボルト》をバウンス」

 

 呪文連打によるG・ゼロの達成。そしてクリーチャー展開からの《Iam》。

 この1ターンにすべてを賭けるために、彼女は手札を溜めていた。

 

「さらに1マナで《時を戻す水時計》、《ドルツヴァイ》をバウンスだ!」

「いくらクリーチャーを流転させようと、無駄だ。貴様は《ボントボルト》の能力で攻撃不可。貴様の牙は、ぼくには届かん」

「そうだな。だがにーさん、《ボントボルト》の効果持続時間は、次のターンまで。つまり“このターン限り”だぜ」

「なに?」

「アンタが操る大地の災厄はしっかり味わった。なら次は、ワタシによる空と海の天災を見せてやる」

 

 にーさんに比べりゃちっぽけだけどな、と自嘲気味に笑って、『ヤングオイスターズ』は繰り出す。

 彼女の、最後の切り札を。

 

「このターン、わたしは呪文を五回唱えた――G・ゼロ」

 

 呪文三回で《マノミ》、四回で《コーラリアン》。ムートピアが五体なら《Iam》。

 ならば、呪文を五回唱えたらどうなるのか。

 

「魔法の大風は次元の壁さえも超越する。アンタが大地を揺るがす地震なら、ワタシは空と海を荒らす嵐だ」

 

 五回の呪文詠唱は、大気中に異常なマナの奔流を生み出す。

 奔流は特殊な風を生み、風は雲を生み、雲はさらなる雲を吸収し、肥大化する。

 五体の同胞の命に匹敵する大いなる現象にして気象。

 《Iam》は五つの命を受け、我が身という個人を映す水面となった。

 ならば五つの魔術は、我が身ならざる世界を越境する嵐となる。

 

 

 

「さぁ、飛ぶぜ――《次元の嵐 スコーラー》!」

 

 

 

 それは個人ではなく、世界の具現。

 海水を吸い上げた大竜巻。稲妻を落とし、大雨を降らせ、暴風が吹き荒ぶ暴虐の嵐。

 次元の壁さえも壊し、超越し、飛び越える暴風雨(スコール)だ。

 

「ワタシはこれでターンエンドだ」

「なぬっ!? 切り札を召喚した直後に手番を終えるだと?」

「ルール上はな。だがワタシは自分の番を終えるつもりはねぇ。《スコーラー》の能力発動!」

 

 それは、たった一度の大偉業。

 『ヤングオイスターズ』は今、次元を超える。

 

 

 

「《スコーラー》が初めてのバトルゾーンに出て、召喚に成功した時、エクストラターンを得る!」

 

 

 

「っ、追加ターン、だと……!?」

 

 デュエル・マスターズにおける、最大のアドバンテージとも言える、追加(エクストラ)ターン。

 それを得るということは、マナが再使用でき、クリーチャーは実質スピードアタッカー、そして、

 

「アンタの《ボントボルト》は、期限切れだ」

 

 『燃えぶどうトンボ』が用意した最後の防衛線すらも、打ち破る。

 

 

 

ターン5(NEXT:ヤングオイスターズEXターン)

 

燃えぶどうトンボ

場:《コレンココ》×2《ゼノゼミツ》×2《ボントボ》

盾:5

マナ:0

手札:8

墓地:3

山札:19

 

 

ヤングオイスターズ(長女)

場:《マノミ》×2《コーラリアン》×2《Iam》《スコーラー》

盾:0

マナ:3

手札:13

墓地:10

山札:7

 

 

 

「さ、終わりだぜ。1マナで《時を戻す水時計》、《ボントボ》をバウンス。3マナで《「本日のラッキーナンバー!」》、8を指定。《マノミ》で攻撃する時、《音精 ラフルル》に革命チェンジ」

 

 残ったアタッカーを処理し、クリーチャーの召喚を封じ、呪文も封じた。

 大空を翔ける肉食虫であろうと、翅を毟り取れば、飛ぶことは叶わない。

 

「これでアンタは、コスト8のクリーチャーは召喚できねーし、呪文も使えねぇ。頼れるのは《ゼノゼミツ》程度だが、それでワタシを止められるか?」

「っ、ぬぅ……!」

「おら、お返しだ。吹き飛びやがれ! 《Iam》でワールドブレイク!」

 

 破天九語ですべてのシールドを吹き飛ばされた『ヤングオイスターズ』は、意趣返しと言わんばかりに、《Iam》の一撃を叩き込む。

 一瞬ですべてのシールドをブレイクする、世界を破壊する一撃が、『燃えぶどうトンボ』を襲う。

 

「し、S・トリガー《ゼノゼミツ》が二枚だ! 《コーラリアン》を破壊、するが……!」

「それじゃあ足りねーな。となれば、これで終いだ」

 

 二つの城が陥落しようとも、もはや問題はなにひとつとして存在しない。

 翅を毟り取られた蜻蛉に、もはや羽ばたく力は残されていないのだから。

 

 

 

「《次元の嵐 スコーラー》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「おっひるー! おっひるー! 美味しい楽しいおっひるー、なのよー!」

「なにその歌……凄い馬鹿みたいなんだけど。姉さん、知能下がってない?」

「そんなことないのよ! ハエったら酷いのよ」

「まあなんにせよ、姉さんが駄々っ子から元に戻ってよかった。流石にあの姿は見るに耐えなかったからな……」

「そんなことより、トンボはどこなのよ? 一緒にカキちゃん作り置きのお昼を食べるのよ!」

「そう言えば、急に見なくなったな。姉さんに続いて、今度は兄さんがいなくなるって、私の姉兄、大丈夫か?」

 

 広間に向かって廊下を歩む『バタつきパンチョウ』と『木馬バエ』。

 しばらく歩いていると、長柄を持っている人影を見つけた。

 

「あれ? トンボなのよ! おーい、トンボー!」

「む、姉上。それにハエか……」

「兄さん、どうして箒なんて持ってるんだ……?」

「なんだか箒を持ってるトンボ、凄く似合ってるのよ! カッコいい!」

「格好、いい、か……?」

 

 確かに妙にしっくりくるというか、なぜか違和感はないが。

 

「で、なんで床掃除なんてしてるんだよ、兄さん。そういうのって、ヤングオイスターズの仕事じゃないか?」

「なのよー。そんなことより、トンボも一緒にお昼を食べるのよ」

「姉上、ハエ……すまん。それは叶わん」

「どうしてなのよ?」

「これは、ぼくの不始末にして不義理。なにも言うな……すまない」

 

 『燃えぶどうトンボ』は、意気消沈した面持ちでそれだけ言うと、掃除用具を持ってその場から立ち去った。

 

「……なんだったんだ、兄さん。なんか火が消えたみたいに変な感じだったけど」

「説明しましょうか?」

「わぁっ!? い、いつの間に現れたのよ!?」

「あなたはヤングオイスターズの……えっと。何番目でしたか」

「四番目ですが、ヤングオイスターズでいいですよ。名前なんて個体を識別するための記号ですからね、他の兄弟姉妹がいないのであれば、ここにいるヤングオイスターズはただ一人です」

 

 どこか裏があるような、食えない笑みを浮かべる『ヤングオイスターズ』。

 彼らそれぞれの個体についてはあまり記憶していないが、この『ヤングオイスターズ』は面倒で厄介な部類だと、『木馬バエ』の本能が告げている。

 しかし彼が密偵の真似事をしていようとも、ここでなにかを謀ることもないだろうと、黙っていることにした。

 

「それで、あなたはトンボのことをなにか知ってるのよ?」

「えぇ勿論。お姉さんの記憶と同期しましたからね。彼は勝負に負けたのですよ」

「勝負?」

「そうです。勝ったらうちの姉におせちを作ってもらう。けれど負けたら今日一日、姉の仕事――つまり家事ですね――をやってもらう。そういう勝負です」

「え? 兄さんが?」

「トンボもおせち食べたかったのよ……?」

「彼の言葉に裏があった場合は別ですが、彼の言葉を額面通り受け取るのであれば……違いますね。彼はあなたのために、我が身を賭け(ベットし)たのですよ、虫けらのお姉さん」

「!」

「オレから言えるのはこれだけですね。いらないお節介でした。ではでは」

 

 軽薄な笑みを浮かべて、立ち去る『ヤングオイスターズ』。

 残された二人の蟲――『バタつきパンチョウ』は、陰りのある面持ちを見せていた。

 

「トンボ……」

「姉さん、どうする……って、ちょっと! 姉さん!?」

 

 突然、『バタつきパンチョウ』が駆け出した。

 『木馬バエ』が制止する前に、彼女は広間に続く扉も無視して、廊下の奥へと走り去ってしまった。

 決して激しい動きに向いているとは言い難い……どころか、どう考えても激しく動くには不向きで、動きを阻害することしかなさそうな豪奢な衣服を振り乱して、彼女はひた走る。

 やがて、彼女は弟を見つけて――抱き着いた。

 

「トンボ!」

「おおぅ!? あ、姉上……如何した? そんな血相変えて。というかその、姉上、なんだ。そのような行いは、少々、面映ゆいのだが……」

 

 姉を慕っている『燃えぶどうトンボ』と言えども、成熟した女性の身体の抱擁は流石に恥ずかしいのか、らしくもなく顔を赤らめる『燃えぶどうトンボ』。

 しかし、

 

「トンボ!」

「な、なんだ、姉上」

「私も――」

 

 彼の姉は、そんな彼とは関係なく、ただ己の言いたいことを言うだけだ。

 

 

 

「私も――手伝うのよ!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――ふぅ、終わった終わった」

 

 夜。『ヤングオイスターズ』は今日一日のバイトをすべて終え、一息つく。

 しかし彼女の仕事は終わらない。屋敷に帰った後も、同胞たちの食事を作らなければならない。

 

(ま、それ以外の家事はあのにーさんが受け持ってくれたから、多少は気が楽だがな)

 

 今まで家事なんて微塵もやったことがないだろう彼に任せたので、あまり期待はしていないが、少しは楽ができると思えば悪くない。

 軽く着替えを済ませると、店長がやって来た。

 

「お疲れさまー、アヤハちゃん」

「店長……店長もお疲れさまです」

 

 気安く話しかけてくる店長。このバイトは日雇いなのだが、実は以前にここで働いていたことがある。

 わけあって辞めたのだが、お互いにコネクションは残っており、今回は人手が欲しい店長と、金が欲しい『ヤングオイスターズ』で利害が一致し、こうして契約が成立した次第だ。

 

「今日はありがとね」

「別にいいっすよ。ワタシも稼ぎたい時でしたし。それに、辞めた身とはいえ、店長には色々世話になりましたからね」

「その件については本当にごめんなさい……」

「気にしてないんで、店長も気にしないでください。首切りとか、茶飯事でしょう。ワタシだってそんくらい覚悟してますし、バイト先をひとつ失うくらいですよ」

「でも、アヤハちゃん家って、苦しいんでしょう? 今日も明日も、本当は弟さんや妹さんとゆっくり過ごしたかっただろうし……」

「考えたことないっすね。うち、そういう習慣ないんで」

「そうなの? 年末年始なのに?」

「そうっすね」

 

 こともなげに答える。嘘ではない。偽りのない事実だ。

 【不思議の国の住人】に、年末年始を祝う風習はない。人間社会に潜むと言っても、自分たちの内輪にまで、その文化を染み渡らせる必要はないのだから。

 

「でもやっぱり、元日くらいは家族とゆっくり過ごした方がいいよ」

「そうすかね。そういう店長はどうなんすか?」

「私はいいんだよ。親から縁切られてるし、兄弟はみんな死んじゃったし、恋人もいないし、ずっと独り身だし」

「あの、サラッと壮絶な背景を語るのは勘弁してくれませんか……? 特に兄弟が死んだって話は、ワタシにはキツイっす……」

「あ、ごめんね。でも、アヤハちゃんは、ちゃんと家族がいるんだから、今いる身内を大事にしなきゃ。お節介かもしれないけどさ」

「……考えときます。んじゃ、ワタシ帰ったら飯作らなきゃいけないんで、もうアガります」

「ご飯? あ、おせち? 明日の仕込みとか?」

「いや普通に晩飯っす」

「晩ご飯? お蕎麦じゃないの?」

「ソバ? あー……」

 

 そう言えば、年越し蕎麦なる文化があったことを思い出す。

 時計を見る。時刻は8時前。

 帰りが遅くなってしまうと考えていたが、蕎麦だったら、湯がいてすぐに作れるので、良さそうだ。

 

「今日は蕎麦にするかぁ」

「……アヤハちゃんって、たまに日本人とは思えない感性を発揮するよね」

「そうですかね?」

「私の気のせいだとは思うけどね。でも私の助言で、アヤハちゃん家の食卓は、今夜は蕎麦、明日の朝はおせちの鉄板フルコースだね!」

「それはないですね。ワタシおせちなんて作れないですし」

「そうなの? アヤハちゃん、料理得意なのに」

「得意っつっても、作ったことも食ったこともないモンは作れませんよ」

「あらら、食べたこともないの? ビックリ」

「機会がなかったものでしてね」

「最近はコンビニとかでも売ってるよ、おせち」

「そすか。まあでも、いいですよ別に」

 

 早く帰らないと、夕飯の時間がさらに遅れてしまう。

 手早く荷物をまとめて、出口に向かう。

 

「んじゃ、もうアガります。誘ってくれてどうもです、店長。お疲れさまでした」

「あ、うん。今日は本当にありがとうね、アヤハちゃん」

「いいっすよ別に。それでは」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ふぅ、流石に人数分の蕎麦は重いな……」

「お帰りなさい、お姉さん」

「おぅ、お前か。ただいま」

 

 屋敷に帰ると、次男(四番目)が出迎える。いつも部屋にこもっている彼が外に出ているのは、多少はレアだった。

 

「お姉さん。今なら珍しいものが見れますよ」

「珍しいもの?」

「えぇ。蟲の三姉弟たちが掃除をしているところなんて、レアな光景ですよ。紙面のコラムとして取り上げたいくらいには」

「それあれだろ、トンボの兄貴がワタシに負けて掃除してるってことだろ。お前、同期してんならそのくらい覚えて……ん? おい」

「はい」

「お前、今、蟲の三姉弟“たち”っつったのか?」

「はい」

 

 にやにやと笑っている。彼のそういうところは、個人的に少しいけ好かないものの、これも自分の一つであるため、言葉を飲み込む。

 それよりも、彼は「虫の三姉弟“たち”」と言った。それはつまり、一人ではないということだ。

 『ヤングオイスターズ』の長女は、キッチンに蕎麦を置くと、廊下を速足で進む。

 そして、

 

 

 

「ひゃー、水がちべたい!」

 

 

 

 どこか陽気で呑気な、頭の中に花束でも詰まっていそうな、幼くて朗らかな声が聞こえてきた。

 

「窓拭きも大変なのよー。カキちゃんはいっつもこんなことをやってるのよ?」

「まったく面倒くさい作業だ。こんな時期に、冷水に手を突っ込んで作業だなんて、帽子屋さん並みに頭がイカレているね」

「本当にねー。カキちゃん、凄いのよ。でも、私も頑張らなきゃ!」

「……姉さん、もういいんじゃないのか? この家は壊れても、ハンプティ・ダンプティさんが復元するんだ。そんな隅から隅まで手入れする必要はないだろ」

「それは違うのよ、ハエ」

「違うって、なにが?」

「確かに、壊れてもハンプティ・ダンプティさんがいれば、壊れたものは直せる。でもね、なにかを大事にするっていうのは、そういうことじゃないのよ」

 

 彼女は、真っ赤になった手を、バケツの中の冷水に突っ込んで、黒く汚れた雑巾を濯ぐ。

 煌びやかな服が汚れることも厭わず、彼女は穢れにも、痛みにも、笑って立ち向かっている。

 

「私はトンボのお手伝いをしてるけど、同時にカキちゃんのお手伝いもしてるの。この場所は、カキちゃんが大事にしようと、一生懸命になってる場所なのよ。カキちゃんの頑張りが詰まってるんだから、それを大事にしないと」

「……あの人はただ、保身のために屋敷を管理しているだけだと思うけどね」

「だとしても、なのよ」

 

 彼女は、にこやかな笑みを浮かべる。

 花畑を舞う蝶々は、いつでも笑顔を絶やさない。たとえ、極寒の真冬であろうと。

 

「……それにしてもカキちゃん、ずっとこんなことしていたなんて、凄いのよ」

「確かに、そうだね。私は仕事なんて無理だ。面倒くさくてやってられない」

「家事ってとっても大変。カキちゃん、みんなのために毎日こんなことをして……なんだか、私よりもお姉ちゃんっぽいのよ」

「まあ、それはそうかもね。でも、私たちにとっての姉は、姉さんだけだよ」

「ふふっ、ありがと、ハエ」

「……どういたしまして」

「それじゃあ、次はあっちをやるのよ! 行くのよ、ハエ!」

「はいはい。わかりましたよ、っと」

 

 二人の虫けらは、掃除用具を持って廊下の奥へと姿を消す。

 二人がいなくなってから、『ヤングオイスターズ』は物陰で、ボソッと呟いた。

 

「……アホか、あの虫けら女。掃除すんならもうちっとマシな格好しやがれ。そのクソ面倒くさい服、誰が洗濯すると思ってんだ」

 

 そして、くるりと踵を返し、スタスタと歩き出した。

 

「あれ? お姉さん、どうしました?」

「ちょっと買い忘れたモンがある。お前は蕎麦を湯がいといてくれ」

「え。あの量の蕎麦を?」

「そんくらいならできるだろ。んじゃあな」

「あのちょっと、お姉さん!? 嘘でしょ!?」

 

 後ろで弟がなにか騒いでいたが、すべて無視した。

 そして『ヤングオイスターズ』は、屋敷の門を潜る。

 

(……24時間営業なら、今から行っても問題はない、な)

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 朝――1月1日。元旦。

 この国の者にとっては、非常に大きな意味のある特別な日だが、日の丸国旗とはまるで無縁な生い立ちの【不思議の国の住人】としては、特別でもなんでもない。ただの、寒い日の朝だ。

 

「おはよー……なのよー……」

「お、おはようございます、バタつきパンチョウさん……」

「おっす。なんか眠そうだな、チョウのねーちゃん」

「なのよー、お掃除ってとっても大変なのよー……」

「え、姉さん夜までやってたの? 馬鹿じゃない?」

「……な、なんで、パンチョウさんが、お、お掃除を……?」

「掃除って、ヤングオイスターズのねーちゃんがやるんじゃねーの?」

「まあ、色々ありましてね。説明は面倒くさいのでしません」

 

 朝食を取るために、広間へと向かう面々。

 その途中、『燃えぶどうトンボ』の姿が見えた。

 

「あ、兄さん。おはよう」

「ハエ……代用ウミガメと眠りネズミも一緒か。そして……」

「トンボ。おはようなのよ」

「……あぁ」

 

 『燃えぶどうトンボ』は、どこか浮かない表情だった。

 昨日の敗北を、そしてその結果を、ずっと引きずっているのだ。

 

「姉上……昨日はすまない。よもやぼくの失態で、姉上にまで責務を背負わせてしまうとは……」

「いいのよトンボ。私だってお姉ちゃんなんだから! 弟にばっかり、重荷は背負わせないのよ」

「私は完全にとばっちりなのですが。別にいいんですけどね。えぇ、構いませんとも。面倒事を押し付けられて本当に面倒でしたがね」

「あんたが一番面倒くせーよ、ハエのにーちゃん」

「そんなことより、早くみんなでご飯を食べるのよ! ごーごー、れっつごー! なのよ!」

「はわわわわ……! あ、あのっ、ひ、引っ張らないでいただけるとっ!」

 

 『バタつきパンチョウ』はいつもの明るさで、『代用ウミガメ』や弟たちの手を引いて、朝食が準備されているはずの広間へと向かう。

 今日の朝食はなんだろうか。スクランブルエッグか、魚の切り身か、サンドイッチか。

 彼女の手料理を楽しみにしながら、広間の扉を開けると――

 

「おう、虫けら共か。遅いぞ。冬眠か?」

 

 ――他の【不思議の国の住人】が、座して待っていた。

 だからなんだと思うかもしれないが、これはなかなかに、異常なことだ。

 自分勝手で、我が強く、独特で異常者の集い。それが【不思議の国の住人】というものだ。

 飯を食べるだけでも、彼らは遺憾なく己の個性を発揮する。皆一様に座して待つことなど、あり得ない。

 しかしそのあり得ないことが起きている。これはどういうことか。

 

「……ど、どうしてみなさん……その、ご、ご飯を、食べていらっしゃらないのですか……?」

「貴様らを待っていたのだ。まったく、呆れたものよな。なぜ儂が、愚鈍な愚者を座して待たなければならんのか」

「本当よね。焦らされるのは嫌いじゃないけど、ベッドの上以外で焦らされるのは好きじゃないわ」

「飯の席で下ネタはやめろよ。これから喰う飯が不味くなるだろうが」

「しかし役者は揃ったようだな。ヤングオイスターズ、これでいいのか?」

「おう。悪いなダンナ、待ってもらって。だがまあ、そういうしきたりみたいだからな」

「おなかへったー。アヤハー、はやくー」

「……どういうことなのよ?」

「席に着けばわかる」

 

 言われるがままに席に着く『バタつきパンチョウ』たち。

 席に着いてから、発見がひとつ。席には皿と箸しかなく、食べ物がない。

 そしてもう一つ。食卓の上に、いくつかの四角い箱が置かれていること。

 

「先に言っとくが、今日の飯はワタシが作ったわけじゃねーし、味見もしてねーから、味は保証しないぜ。文句はそこの虫けらに言いな。つーわけでてめーら、今日の朝飯はこいつだ!」

 

 パカッ、と箱の上部を覆う蓋が開かれる。

 そして、そこにあったのは――

 

「! こ、これって……!」

 

 ――黒豆、数の子、田作り、伊達巻、昆布巻、紅白蒲鉾、花型人参、椎茸、焼き魚、栗金団――

 多種多様な品が、箱の中に詰め込まれた料理。

 つまり、これは、

 

 

 

「お、おせち、なのよ……!?」

 

 

 

 『バタつきパンチョウ』が望んでいた、正月料理だ。

 

「か、カキちゃん!? これって、まさか私のために……?」

「……別に。なんかコンビニの前を通ったら押し売りされたんだよ」

 

 そっぽを向いて答える『ヤングオイスターズ』。彼女の弟妹はなぜか、ある者は微笑ましそうに、ある者は楽しそうに、にやにやと笑っていた。

 

「なんとも面妖な味付けだ。甘味のようでいて、塩辛いようでいて……」

「不思議な味と食感ね。どんな食材を使ってるのかしら?」

「このお野菜、切り方が綺麗ですね。お花みたいです」

「うわなんだこれ酸っぱ!?」

 

 見たことも食べたこともない料理に、あちらこちらから、様々な声が聞こえる。

 こんな騒々しい朝食は、初めてだ。

 

「ヤングオイスターズ……かたじけない」

「なんでアンタが礼を言うんだよ」

「う、うっ、うぅ……」

「アンタはなんで泣いてんだよ!? そこは笑うとこだろーが! 念願のおせち料理だぞ!」

「わ、わかってるのよ……でも、その、う、嬉しくて……カキちゃん!」

「うぉっ!?」

 

 『バタつきパンチョウ』は立ち上がって、『ヤングオイスターズ』に抱き着いた。

 泣きながら、そして笑いながら。

 

「カキちゃんありがとう! 好き! 好き好き好き! 大好き! 愛してるのよ!」

「えぇい、抱き着くな! アンタ無駄にデカいんだからよ! 重いし苦しい! 飯の一つでそんな騒ぐな!」

 

 『バタつきパンチョウ』を引き剥がしながら、『ヤングオイスターズ』は思う。

 

(どこまでも自然体で、自分に正直で、兄弟姉妹のしがらみもなく、姉でありながらも確固とした自分自身を持つ……ったく、この虫けらはよぉ)

 

 個体差があるとはいえ、同じ長女だというのに、自分と彼女はまるで違う。

 飾ることなく、無理をすることなく、責任感に潰されず、姉らしく振舞いながらも自分を見失わず、己という生を祝福し、謳歌する。

 呪われた生である哀れな牡蠣たちとは、大違いだ。

 その生き様はとても尊く、そして――

 

「……羨ましいったらねーな」

「? なにか言ったのよ?」

「なんでもねーよ。それより、アンタも食え喰え。飯は早いもの勝ちだかんな」

「なのよ! ほら、カキちゃんも。あーん」

「あん!? なにやってんだよアンタは! んな恥ずかしいことできっかよ!」

「恥ずかしがることないのよ。私はお姉ちゃんなんだから!」

「ワタシだって姉だっての! って、あぁクソッ! 豆を押し付けんな! わーったよ、食えばいいんだろ! 食えば!」

 

 『バタつきパンチョウ』に押し付けられた黒豆を、パクッと口に含む。

 

「むふふー、食べるカキちゃんも可愛いのよー!」

「なにアホなこと言ってんだ。頭に蛆でも湧いてんのかよ」

「ねぇ、カキちゃん」

「あんだよ」

「おせち、ありがとう。とっても美味しいのよ!」

「……そいつはよかったな」

「来年こそは、カキちゃんの手料理で食べたいのよ!」

「このクソ手間のかかるモンを作るのかよ……味付けも材料も特殊だし、簡単に作れるモンじゃねーんだが……」

 

 お断りだ、と言いたいところだったが。

 彼女は、笑っていた。にこやかに、朗らかに、屈託のない笑顔を見せていた。

 正月。それは一年に一回日だけの、特別な日。

 自分たちにとっては特別でもなんでもないし、飯とは生きるための糧でしかないが――人間社会に馴染むために文化を学ぶのも悪くないと、思わなくもない。

 一日くらいは、手間暇かけて飯を作る日があってもいいだろうと。

 一日くらいは――本気で誰かを笑顔にするための料理をするのも、悪くはないだろうと。

 

「……また来年な」

 

 彼女の笑う顔を見ていると、柄にもなくそんなことを思ってしまう。

 

(これはワタシの感情なのか、あるいは兄弟姉妹の“誰か”の感情なのか……わかんねーな)

 

 そんな風に自分を誤魔化しつつ、料理に箸を伸ばす『ヤングオイスターズ』。

 その時だ。

 

「あ! そうだったのよ!」

「お、おぅ、今度はなんだよ……?」

「カキちゃん!」

 

 『バタつきパンチョウ』は『ヤングオイスターズ』に向き直り、真剣な、けれどやはり、蝶々らしく笑みを絶やさずに、告げた。

 

 

 

「あけましておめでとう、なのよ!」

 

 

 

 それは、なんてことのない新年の挨拶だった。

 少し面食らってしまったが、それならば返す言葉は決まっている。

 

 

 

「……あぁ。おめでとうだ、『バタつきパンチョウ』」




 元々はこれ、年末年始くらいに季節ネタとして書いたものなんですよね。だからこのタイミングで書くのもどうなん? って感じです。
 また、作中ではあえて明言していませんが、このお話は本編の時間軸と同じとは限りません。作中での時間は明確にしてませんからね。一年前とかかも。
 次回は……問題作の遊泳部の話にでもしましょうか。誤字脱字感想等々ありましたら、お気軽にどうぞ。
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