なお今回は特殊レギュレーションによるデュエマです。普通のデュエマに飽きた人はやってみてね。
とある日の生徒会室。
役員の生徒たちが慌ただしくしている中、最奥の椅子に座る女子生徒――生徒会長、伊勢五十鈴が、一人の後輩の女子を呼びつけた。
「謡。ちょっと謡、来て」
「はーい。なんです会長」
「後で部室棟の方におつかい行ってきて。備品のアレ。そろそろだから」
「あぁ、アレですね。ヤバいとこはどうします?」
「ブラックリストのところは、とりあえず置いておいて。あそこは地雷原だから、後で慎重にやらないと」
「了解でっす。じゃ、早速行ってきますねー」
「よろしく頼むわ」
長良川謡は、手慣れた様子で五十鈴の指令を受けると、書類の束が入ったファイルを持って立ち上がる。
とそこで、謡の耳にさらに下の後輩たちの会話が耳に入った。
「……ブラックリストって?」
「なんかあるらしいよ。ヤバい部活動が載ったリストが」
「なにそれ怖い」
「ブラックリストについて気になるのかな?」
「うわっ、謡先輩……き、聞こえてました……?」
「バッチリ」
噂が立つと飛び込みたくなるのが、謡の性分。
ついつい、後輩たちの他愛もない雑談に首を突っ込んでしまった。
「ブラックリストっていうのは、簡単に言えば問題のある部活のことさね」
「問題?」
「そ。部員がいなくて実体が存在しない部とか、会計処理の関係で実質的に予算がゼロの部とか、事実上“存在しないはず”の部がね」
「あぁ、成程」
「っていうのは表向きね」
「ブラックリストに表向きとかあるんですか……」
「勿論そういうのもあるけど、そんなのは少数派で、実際は単純な話だよ。部活動という組織そのものの問題というより、部員の人格がアレなせいで、結果として問題を起こすような部のことだよ」
「なんか納得しちゃいました」
「つっても多くは会計処理が杜撰だとか、部長会議のサボリ常習犯とか、まあその程度なんだけど」
「その程度って評価でいいんですかそれ」
「もっとヤバいのがいるからね。部室の扉を頑なに開放しない
「うわぁ……」
後輩たちは軽く引いていた。
しかし、これでもまだマシな方なのだと、謡は言う。
「文化部はまだマシだよ。本当にヤバいのは運動部でね。無駄に行動的だったり、パッションとエナジーに溢れてるから、もうなんでもかんでもやり放題。
「めっちゃ気になりますけど聞くのが怖いので聞かなかったことにします」
「とまあそんな感じで、うちの学校にはヤバい部がいくつかあってね。まー、部活動設立のルールが緩いから、そういうのに溢れ返るのは道理なんだけど」
「それ、放置してていいんですか……?」
「ダメだから、なんか会長が手を打ってるみたいだけど……まあ今は厳重注意だけだよね」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫だったり、だいじょばなかったり。聞き分けのないところは本当、いくら言っても無駄だし。あと、部員の人格に多大な問題があるだけで、目だった問題を起こさない――というか、生徒会が直接手を下しにくい問題を起こす――ところもあるから始末が悪い」
「え、なんですか、そこって」
後輩に尋ねられ、謡はほんの僅かな時間、逡巡する。
その条件にあてはまる団体は、さてどこの団体だったかと考え、検索し、絞り込む。
そして、真っ先に名前が挙がったのが――
「――遊泳部」
☆ ☆ ☆
「ユーちゃんって、遊泳部なんだよね?」
「そうですよ?」
「そう言えば遊泳部って、普段なにをしてるんだ? 遊泳って言うくらいだから、大会とかには出ないんだろうけど」
「あ、それは私も気になってました。ユーちゃん、お家でも「楽しかった!」しか言わないから、なにをやってるのかよくわからなかったので」
「そもそもユーリアさん、なんで遊泳部なんてよくわかんない部活に入ったの? そんなに泳ぐの好きだった?」
「ユーちゃん、泳ぐのは好きですし楽しいですけど……たぶん一番は、ブチョーさんに
「アウフ……なに?」
「たぶんスカウトされたって言ってる」
「みのりこ翻訳……便利……」
「人をグーグルみたいに言わんで」
「でも、正しいですよ。凄いですね、香取さん。ドイツ語がわかるだなんて。どこかで習ったり、ドイツ語圏に住んでたことがあったり、旅行に行ったりしたことがあるんですか?」
「いやフィーリング」
「え……?」
「実子はそういう奴なんだ。しかし、スカウトね。どんな風にスカウトされたんだい?」
「えっと、確かあれは、小鈴さんとお友達になった後のことでしたっけ――」
☆ ☆ ☆
「銀髪外人ロリ、ゲットだぜぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「もしもし警察ですか? 誘拐犯がうちの部室に突撃してきたんですけど……」
「ちょっと会話のテンポが速すぎるわ。もう少し合間とか行間とかを大事にしてくれないかしら?」
烏ヶ森学園中等部には、競泳部という部活が存在する。その名の通り、その名の通り競泳を主な活動とする部活動で、県大会を勝ち抜くほどには強い部活だ。実績があり、規律もある、とてもクリーンな部活動である。
しかし奇妙なのは、“競泳”部という名前。水泳部ではなく、競泳部と名付けられている。その理由は、競泳部と対を為す――わけではないが、似たベクトルの、しかしまったく別の部活動に関与している。
それが、遊泳部だ。
その遊泳部の部室に、女子生徒の高らかな叫び声が木霊する。
決して広いとは言えない部屋には、長テーブルが二つくっついて設置されており、その周りは足の低いベンチが二つ、パイプ椅子がひとつ、そして年季の入ったアームチェアで囲まれている。
壁際に寄せられた棚には、書籍から文房具からよくわからない置物や工具などが雑多に詰め込まれている。そして部屋の一部には衝立が置かれており、部屋を仕切っていた。
およそ綺麗とは言い難い部屋に、突進するように飛び込んできた女子生徒。そしてその女子生徒の小脇に抱えられた、銀髪の少女。人を連れてくるにしても、正当な手段でないことは明らかだった。
既に部室でくつろいでいた三人の部員は、女子生徒の奇行及び犯行に対して、淡々と対処法を提示する。
「おい、部長がまたなんか拾ってきたぞ。どうすんだ?」
「返してきてください。また生徒会に目を付けられますよ」
「イクちゃん、私も一緒に行ってあげるから、返してきましょう? ね?」
「嫌だ!」
部長と呼ばれた女子生徒ハッキリと拒絶する。
あまりにも強固な、強い意志だった。
「銀髪の外人ロリっ子だよ!? 超希少種じゃん! これを逃す手はないと思うんだよ! ねぇ、皆もそう思うでしょ!?」
「思わん」
「思わないわ」
「思いませんね」
「君らに人の心はないのか!」
「犯罪者予備軍に言われたくねーよ。いいから返してこい」
「人は拾ったら、元の場所に返さなきゃね」
「……というか、この学校で銀髪のロリっ子って、まさか……」
三人の部員のうち、小柄な男子生徒が、女子生徒の抱えている少女を覗き込む。
「あ、あのー。そろそろ、降ろしてください……?」
「君は……えーっと、ロー……いや、ユー……リア? さん、だっけ?」
「塩井の知り合いか?」
「隣のクラスに、外国人の双子の女の子がいるんですよ。綺麗な銀髪の子だって話で」
「双子! え、なに、このロリっ子と同じ顔がもう一人いるの!? それはひと狩り行かないと!」
「行くな馬鹿」
「とりあえず、その子を降ろしてあげましょうか。ほら、イクちゃん」
「む、そうだったね。ごめんごめん。ロリには紳士たれ、だね」
「紳士面するには手遅れだぞ」
「イクちゃんは一応、女の子だから淑女よね」
「そこはどうでもいい」
女子生徒は、銀髪の少女を解放した。
少女は乱れた髪を軽く直すと、あどけない眼で、部員たちを一瞥する。
「ここはどこですか?」
「色々説明はするけど、とりあえず、あなたのお名前は?」
「ユーちゃんはユーちゃんです! ユーリア・ルナチャスキー!」
「ルナチャスキーさんね。それで、あなたはどうしてここに?」
「そこの女の人に声をかけられたんです。「おねーさんと一緒に楽しいことしない?」って」
「百点満点の不審者だな。花丸をくれてやる」
「それで抵抗したら、無理やり連れて来られたってとこですかね。まあ、部長らしい誘拐事件でしたね」
「Nein! したいって答えたら、お姉さんが連れて来てくれました!」
「本人同意かよ!?」
「危機意識が薄くて不安になりますね」
部員たちは少なからず驚いていた。部長の人格は理解している。その上で、その意志に賛同してこの場に足を踏み入れる者がいるとは、思わなかったからだ。
しかし、彼女の勧誘によって部室に足を運ぶ。それは、つまり、
「……本人同意の上なら、これは立派な新入部員ということじゃないかしら?」
「そうだな」
「そうだよ! だから、私たちも自己紹介しよう!」
女子生徒は、くるっとその場に回って、明らかに無駄な動きしかないポーズを決めて、胸に手を当て、高らかに名乗りを上げる。
「あたしは
「らぶちーなんて呼ぶ人、いるんですか?」
「いねぇだろ」
「いるよ! よっちゃんはらぶちーって呼んでくれるもん!」
「誰ですかよっちゃんって」
「流石の私もらぶちーはちょっと恥ずかしいわ」
「どうせ適当な部長だし、適当に呼んでやってくれ」
「なにおう! デルタの癖に生意気な!」
「まあまあ、相手は外国の方。日本語発音が苦手かもしれませんし、その辺は大目に見てあげましょう」
「結構ペラペラだったような気もするけど」
「でも塩井君の言う通りだね!」
などとコントを繰り広げる中、ユーは育水の名前を反芻していた。
「つづら、らぶ……ぶ、ぶ……ブチョーさんですね!」
「うん! 素直でよろしい! ご褒美になでなでしてあげよう」
「わふぅ、Danke!」
「なんだか犬っぽいわね、この子」
ユーは水々に、頭どころか顎の下まで撫でられ、完全に犬扱いされていた。
そんなスキンシップもそこそこに、水々は次の部員を指し示す。
「じゃあ次ね! こっちの童貞臭い男はデルタ!」
「おいコラ、余計なこと言うな馬鹿野郎」
「ぎゃふっ」
そこまで大きいわけではないが、それなりにがっしりした体つきで、どこか粗野な印象を与える男子生徒――出太は、口を挟む水々の頭に拳を落とす。
「ドーテー?」
「なんでもねぇ! 二年、
「なんかクールぶってるけど、基本的におっぱいとエロいことしか考えてない童貞だよ!」
「てめぇはいちいち口を挟むな!」
「おっぱい……ユーちゃんも好きですよ!」
「おっと、意外な返しですね」
「そこ、乗っかるのね」
「ふわふわもちもちしてて、気持ちいいですよね!」
「……おう、そうだな」
(童貞だから触ったことないのね)
(リアル生乳を見たこともないと思われます)
「ごめんねユーちゃん、デルタ童貞だから、生のおっぱいは触ったことないんだよ」
「にゅ?」
「だから! お前は! 余計なことを! 言うな! 黙ってろクソロリコンチビ!」
「なんだとー! そこまでちっちゃくないやい!」
と、水々と出太がいがみ合いを始めたが、これはもはや日常茶飯事なので、誰も気には止めない。
「お前は昔っから余計なことばっかり口に出しやがって! 名誉棄損って言葉を知らないのか!?」
「知りませーん! 大体さぁ、なにをそんなに隠すのさ。なにかやましいの? 隠れてコソコソしなきゃいけないことなの? デルタってばやらしいんだからー」
「ぐ……それはそれだ! 性癖は自由だが、それを公にするこたねーだろうが! そうだろ塩井!」
「こっちに飛び火させないでくださいよ。どうでもいいんじゃないんですか?」
「ほら塩井君もこう言ってるじゃん! デルタのムッツリ! 童貞! おっぱい星人! 悔しかったら「小学生は最高だぜ!」って言ってみろー!」
「んだとてめぇ……!」
「部長の思考回路が支離滅裂で理解できません。この人はなにを言ってるんですか?」
「イクちゃんは昔からあんな感じよ。理解しようとすること自体が間違ってるの」
「け、ケンカですか……?」
「あー、確かになんか最近、この二人よく喧嘩してますよね」
「音楽性の違いってやつね」
「性癖の違いでしょ」
部長と副部長の争いを、遠巻きに見つめて関与しようとしない部員が二人。
止めようとすらしないので、ヒートアップするばかりだ。
「大体よ、チビがチビ追いかけ回して、ここは小学校かってんだよ。なぁ?」
「小学生じゃないもん、中学生だもん! いいじゃん! 可愛いは正義! イコール、ロリショタは正義! でしょ!? 紅ちゃん!」
「こっちに矛先を向けないでイクちゃん。確かにショタっ子は正義だけども」
「おっと化けの皮が剥がれてきましたね先輩」
「ところで、今って部員紹介の途中じゃなかったかしら?」
「あ、そうだった。デルタ、この決着はまた今度つけるよ!」
「望むところだ。ガキは所詮ガキってことを教えてやる、ちんちくりん」
「お互いに論理が破綻してますし、一生決着がつかないと思うのですが」
ひとまず二人の諍いは収まり、紅と呼ばれた女子生徒が進み出る。
女性としては、比較的長身で、大人びた雰囲気のある女子だ。
「
「紅ちゃんはねー、小さい男の子が大好きなあたしの親友だよ!」
「イクちゃんは黙ってて。司君、次は任せたわ」
横からひょっこり、文字通り首を突っ込む育水。
その頭を押し返しながら、紅は最後に残った男子生徒にバトンを渡す。
かなり小柄で、顔つきも童顔な少年だ。背丈は育水とそう変わらない程度で、ともすれば小学生にも見えていたかもしれない。
しかしどこか冷ややかな表情が、歳不相応な雰囲気を醸し出している。
「はいはい。
「年上のお姉さんが大好きなうちのマスコットだよ! ユーちゃんとマスコット争奪戦に出る予定!」
「棄権するので不戦勝で譲ります」
育水の茶々を適当に受け流す司。
そしてこれで、全員の自己紹介が終わった。
「以上四名が、我ら遊泳部のメンバーなのだ! どうどう? カッコいい?」
「カッコいいです!」
「マジか」
「おー、さっすがー! ユーちゃんは話がわかるねぇ!」
「……大丈夫なのかよ、この子」
「演技とか、合わせてるってわけでもなさそうだし、イクちゃんと同じ波長って、やっぱり心配になるわね、人として」
「部長と波長が合うって、なかなかな人材な気がします。将来は大物になるか、世紀末級の馬鹿ですよ」
育水たちには聞こえ(ても構わ)ない声で会話する三人。
とそこで、ユーは疑問を投げかける。
「それで、ユーエイブって、なんですか? ブカツ? ですよね?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。それは――これを着れば、わかるっ!」
育水がどこからともなく取り出したのは、水着だった――
☆ ☆ ☆
「――で、学校の水着と同じ感じだったんですけど、真っ白で、キレイで、とっても
「ちょっと待て」
笑顔で語り続けるユーちゃんだったけど、途中で堪えきれなくなったように霜ちゃんが制止する。
わたしも途中から驚きが勝って、内容があんまり頭に入って来なくなってきた。
「どこからツッコめばいいんだこれは」
「白スク、所持……あぶない、部活……」
「話を聞く限りは愉快だけどねー」
「笑い事……なのかな?」
怪訝そうに、そして心配そうにユーちゃんを見つめる霜ちゃん。表情は変わらないけど、少し引いているっぽい恋ちゃん。二人とは対照的に、楽しそうに笑っているみのりちゃん。
そして、
「そ、そんな、人攫いがいる部活に、ユーちゃんがいたなんて……!」
「ローザさん……?」
わなわなと震えているローザさん。
これは……なんだか、前にも見たことある反応のような……?
そう、前に壮絶な姉妹ゲンカが起こった時みたいな。
「一応、本人の同意の上だったみたいだけど?」
「いいえ、ユーちゃんはきっと騙されてます! ユーちゃんは世の中の危険を分かっていないんです! だから危ない人に騙されちゃうんですよ!」
「参った。話を聞く限り否定材料が存在しない」
ローザさんはガタッと立ち上がると、教室の扉を開く。
「黙っていられません! 私、抗議して来ます!」
「え、ちょっとローザさん!」
「……彼女、ユーのことになると一直線だな」
「ど、どうしよう……?」
「追いかけるべき、だよな、これは。全員で行くか?」
「あ、私はパス」
「えっ、みのりちゃん?」
「そろそろ時間だからね」
「時間って、なんの?」
「スーパーの特売」
「とくばい」
なんというか、ちょっと切実な理由だった。
「久々に肉が食えるからね。このチャンスを逃す手はないよ!」
「まあ、君は精神はともかく、肉体は悲しいほど貧相だから、もっと食べた方がいいのは確かだ」
「チビがなにか言ってる」
「みのりちゃん、それは霜ちゃんより背の低いわたしも含まれるの……?」
「小鈴ちゃんはいいの。おっきくてちっちゃいのが可愛いんだから」
「大&小……矛盾……」
「ま、私はユーリアさんの好きにさせればいいと思うけどね。そんな悪いとこでもなさそうだし? というわけでばいばーい」
ひらひらと手を振って、みのりちゃんは行ってしまった。
でも、みのりちゃんにはもっと食べてほしいし、食べ物のことなら仕方ないよね。
「私も……今日は、ちょっと……」
「恋ちゃんも? 学援部?」
「ん……まあ、そんな、とこ……」
「じゃあ、ボクと小鈴にユー……それからローか。実子がいない分、やりやすいかもね」
「そんなこと言っちゃダメだよ、霜ちゃん」
「あいつがいると、話が理路整然と進まないから、面倒くさいんだよな……とにかく行こう」
「う、うんっ!」
「Ja! ブチョーさんたちに会いに行きますよー!」
「……いってら」
と、恋ちゃんに見送られながら、わたしたちはローザさんの後を追い、遊泳部の部室を目指す。
「さて……あきらたちのとこ……いかなきゃ……」
☆ ☆ ☆
「銀髪外人ロリ、ゲットだぜぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「もしもし警察ですか? 誘拐犯が自首して来たんですけど、場所を間違えたみたいで」
「このやり取り、前にも見たことあるわ。懐かしいわね」
「いや、被害者めっちゃ叫んでるぞ。今回はガチ犯罪じゃねーか」
響き渡る悲鳴。それは、明らかに異常を知らせるサインだった。
「なんかユーちゃんっぽい女の子がいたから、スカウトしてきた! 今日から君も遊泳部員だ!」
「ちょ、ちょっと離してくださいっ!」
「イクちゃん、無理やりはダメよ。可哀そうだから離してあげましょう。ほら、暴れて怪我でもしたら大変でしょう?」
「えー。まあ、紅ちゃんが言うなら、いいけどー」
「なんで不満げなんですかね」
廊下まで聞こえてくる喧騒。これはただ事じゃないと思って、わたしたちは慌てて教室へと飛び込む。
「ローザさーん!」
「……今日は来客が多いですね」
「あ、ユーちゃーん! ぐーてんぐーてーん!」
「Guten Tag! ブチョーさん!」
教室に入ると、ローザさんを除いて、四人の部員さんがいました。
えーっと、ユーちゃんの話だと、この一番小柄な女の人が、部長さんなのかな……?
わたしよりも少し背が高いくらい。髪は自然な感じで色が抜けかけていて、ちょっと茶髪っぽかった。
「ほーらユーちゃん、おいでー」
「にゅ? うにゅっ」
「やー、ユーちゃんは今日も可愛いなー。ぎゅーっ!」
「ぎゅー、です!」
出会って早々、ユーちゃんは部長さん? と抱き合っていた。なんだか二人とも幸せそう。ユーちゃんかわいい。
「ここが遊泳部……部室は、意外と普通だな」
「おや、水早君ではないですか」
「げ、塩井君……」
ギョッとしたように身を震わせる霜ちゃん。
知り合いなのかな?
「なんで君がここにいるのさ」
「不服ながら僕は遊泳部員ですので」
「そうか……やっぱりここ、そういう部活なのか……」
「君が僕になにを思っているのかは知りませんが、ここは魔窟ですよ。それよりも部長、お客さんですよ」
「え、お客さん……って、うわっほい!」
「ひゃぅっ!?」
こちらに視線を向けた部長さん。
その部長さんに、わたしも抱き締められました。
なんか最近、いつもこんなことになってる気がします……って、
「なにこの子! ちっちゃくて可愛いぃー! 鈴のついた髪紐とか、チャーミングすぎない? 新たなロリっ子発見だよー! っていうか、お、おぉぉぉ……! デルタ! デルター!」
「うるせーぞ部長、なんだよ」
あぁ、あわ、あわわわ……!
な、なんか制服の上着剥ぎ取られたし、ブラウスのボタンも外された……!?
部長さんは第二ボタンまで外すと、襟元を掴んで、制服の胸元をはだけさせられた。
「見て見て! おっぱい!」
「ぶッ!」
「な、なにするんですかぁ!」
い、いきなり服を脱がせられるなんて……!
抵抗しようとするけど、意外と力が強い……いや、わたしが非力なんだけど、とにかく振り解くこともできない。
そのまま部長さんの手が、わたしの胸をわし掴む。
「なにこれすっごい、私よりちっちゃいのにこんなに大きいなんて……F? G? いや、もっとある? この感触、トップはたぶん95くらいあるし、ともすれば……?」
「や、やめてくださいぃ……!」
「えーい考えるのはやめやめ! デルタ! デルタが大好きなものがここにあるよ! ……って、なんで蹲ってんの? 嬉しくないの?」
「嬉しい、が……俺の身体が喜びすぎている……ちょっと待ってくれ……」
状況はよくわからないけど、とにかくわたしの身がピンチです。みのりちゃんでもここまで激しくすることは……滅多にないのに、この人は人目も憚らず、服を脱がせて身体をまさぐってくる。
とにかく恥ずかしくって、早くなんとかしたくって、わたしはほとんど泣きつくように霜ちゃんに叫ぶ。
「そ、霜ちゃーん!」
「うっ、悪い小鈴、あんまり君を見れない……君のその姿は、人の劣情を煽りすぎる……!」
「そんなこと言わないで、助けてよー!」
「わかっているさ……あぁ、こんな時に実子がいれば。なんでこんな時に限ってあいつはいないんだ! 肉なんて食ってる場合じゃないぞ!」
なんだか教室にいた時と言ってることが違う気がするけど、確かにみのりちゃんがいれば、なんとかなったかもしれない。
霜ちゃんは気を遣ってわたしの方を見ないようにしながら、先輩たちに鋭い声を浴びせかける。
けど、
「あの、先輩方。人の友人にセクハラするのは控えて――」
「ねぇ君!」
「うわっ!」
苦言を呈する前に、女の人が割り込んできた。
綺麗な人だ。艶やかな黒髪の美人さん。柳尾さん、だっけ。
けど、なんだろう。なぜか、呼吸が荒いような……?
「な、なんですか」
「女子用の制服着てるけど……男の子、よね?」
「えっと、まあ、はい……」
「凄い……可愛い」
「はい?」
次の瞬間。
ガバッ! と、霜ちゃんは柳尾さんに抱き締められる。
「はぁ!? なっ、ちょっと……!?」
「凄い凄い! 女の子みたい! え、お肌すべすべだし、おめめパッチリだし、髪もサラサラだし……今まで出会った男の子の中でも、トップクラスに好みだわ……!」
霜ちゃんは柳尾さんに抱き締められたまま、ジッと見つめられたり、頭を撫でられたり、匂いを嗅がれたり……わたしがみのりちゃんにされているようなことをされていた。
柳尾さんの顔も、なんだか蕩けたみたいに艶やかで……ちょ、ちょっと、ドキドキ……は、しないかな。
むしろ、目の焦点が合っていなくて――いや、霜ちゃんだけにロックオンされてて、怖い。
「可愛い……ねぇ君、こっちに来てお姉さんとちょっと遊びましょう!」
「な、なにを言って……って、引っ張らないでください! くっ、なんだこの馬鹿力は! 振り解けない……!」
今度は抱え上げられる。がっしりと身体をホールドして。
霜ちゃんはそこから抜け出そうと暴れるけど、柳尾さんの拘束はピクリともしない。彼女はとても強かった。
自力での脱出は不可能と考え、霜ちゃんは知り合いらしい塩井君に助けを求める。
「し、塩井君! この人なんなんだ!」
「クソショタコンです。適当にあしらってください」
「無理だ! 助けてくれ!」
「断ります」
「な……っ!?」
「僕もその先輩に毎日玩具にされてるんで。まあ、保身が一番ですよね。君とは体育で顔を合わせる程度の仲ですし、義理はありません。いいスケープゴートです」
「畜生!」
「はーい、美少年ひとりお持ち帰りでーす。じゃあイクちゃん、お先にー」
「あ、うん。ばいばーい、紅ちゃん」
「この、クソッ! 離せえぇぇぇぇぇぇぇぇ――!」
と、霜ちゃんは最後まで抵抗していたけど、その抵抗も虚しく、断末魔を上げてどこかに連れて行かれてしまいました。
……あれ? これ、とてもピンチじゃない?
なぜかわたしはずっと身体を触られてるし、霜ちゃんは連れて行かれちゃったし……え? え?
混乱と困惑で頭が真っ白になる。どうしたらいいのかわからないけど、部長さんの手が止まった? なんだかしんみりした声で、副部長さんに向かい合っている。
「……デルタ、ごめんね。あたし、デルタのこと誤解してた。デルタは、おっぱい大好きなだけのキモイ童貞エロ野郎だと思ってた」
「おう、思ってたよりも酷いな」
「でもあたしが間違ってた。おっぱいはロリっ子にも合う! あたしもおっぱいが好きになったよ!」
「それは良かった。これでお前も俺たちの仲間だ。塩井、喜べ。仲間が増えたぞ」
「同じ括りにしないでください。胸はあればいいですけど、僕にとって必須項目ではありません」
え、あの、えっと……
なんというか、話に乗りたくないっていうか、なんだか恥ずかしい話をしています……あんまり胸とか言わないでほしいな……
同じ一年生の男の子――塩井君? は、この混沌とした状況でも、顔色一つ変えずに、涼しげだった。
だった、けど。
「なんだよクールぶりやがって。お前だって、こいつとかみたいに、女好きなことに変わりないだろうが」
「そう乱雑なカテゴライズはやめてほしいですね。僕は大人っぽい女性に興味関心が向くだけです。いいですか? 僕は先輩方のように、特定の部位の大小という単純な物差しで測れる嗜好ではないんですよ。大人、という概念は年齢、体格は勿論、服装やアクセサリーといった服飾品のチョイス、あるいは香水やマニキュア、さらに言えば化粧品の扱い、そういった諸々を総合した“雰囲気”が肝であり、これらは複合的要素からなる概念であるがゆえに一概には言えないものなのです。勿論、身長が高い、胸が大きい。これらはその人物を大人っぽく見せる大きな要因になりますが、これらの要素があっても顔が童顔だったら台無しになってしまうように、バランスが大事なんです。だからと言って顔が老けていればいいというわけでもなく、そこには一定の若さ、つまりは美しさが必要になるわけで、その美しさを定義するには――」
な、なんか、急にたくさん喋り始めた……?
涼しげな顔だけど、なんというか、その様子はとてもシュールだ。
「で、出たー! 塩井君の早口オタク喋り! 顔はいいのに年上女性の話になると急に饒舌になって早口で喋るせいで微妙にモテなくなる、塩井君の必殺ムーブメントだー! 口の中が気持ち悪いくらいクッチャクッチャしてるぞー!」
「どういうことですか!?」
「あいつ本当に気持ち悪いよな」
「あなたたちもですよっ!」
はっ!
つ、つい思ったことをそのまま口に出してしまった……流石に失礼だよね。相手は先輩だし、反省しなきゃ……
「まあ塩井君のことが置いておいて、仲直りしようか、デルタ。あたしはデルタがおっぱいに拘る理由がわかった。だからデルタも、ロリっ子を好きになろう?」
「それは無理だな」
「なんでさ!」
「ちんちくりんには興味ねぇ。やっぱ女は胸だろ」
「デルタの馬鹿ヤロー! でもちょっとわかるー!」
「あ、あのっ! お願いですから、せめて上着を返してください! というか、離してくださいっ!」
「そうです! いい加減にしてください! なにをしてるんですかあなたたちは!」
「ローちゃんが怒ってます……」
最後の希望、ローザさんが立ち上がった。
あまりにも自由で……その、ちょっと恥ずかしい感じの話を躊躇いなくしてしまう先輩たちに、怒り心頭な様子だった。
「あまりにも非常識です! 人を困らせるような行いを進んで行うなんて、言語道断です! 地獄に落ちますよ!」
「地獄に落ちるってよ、部長」
「閻魔様がロリっ子の可能性ってないかなぁ?」
「ないだろ、流石に。仮に女だとしても、どっちかっていうと巨乳なイメージだ」
「ふざけないでください!」
自由奔放な二人に、ローザさんの怒りはどんどん増すばかり。
うーん、なんていうか……相性悪そうだなぁ。
「あたしはロリっ子至上主義だから、ユーちゃんと同じ属性の君も平等に愛する所存だけど、それはそれとして、あたしはミーハーな女の子。今は新領域たるおっぱいの気分だから、相手するのはもう少し待ってほしいかも」
「なにを言ってるのかはさっぱりわかりませんが、伊勢さんにいやらしいことをするのはやめてください!」
「そっかー。そーだなー。うーむむ」
「……?」
「無駄だと思いつつも一応は言っておきますが、今の部長、いつも以上に狂ってるので、まともに取り合うと火傷しますよ」
「? それって、どういう――」
「じゃあこうだ!」
「え……うみゅっ!?」
わたしを拘束する腕の片方が離れた。かと思うと、その腕はローザさんを掴んで抱き寄せる。
結果、ローザさんとわたしは、二人まとめて部長さんの餌食にされてしまいました。
「それならWだ! うはぁ、やわらかー!」
「や、やめてください! ちょっと!」
「ローちゃんと小鈴さん、うらやましーです……楽しそうです……」
「ユーちゃんも見てないで助けて……あぁちょっと! どこ触っているのですか!」
ジタバタと抵抗するローザさん。お陰でわたしも脱がされないけど服は乱れて、もうなんというか、なにが起こってるのかわかりません。
ユーちゃんはなぜか羨ましそうにじーっとこっちを見ているし、どうなってしまうのでしょう。どうにかなってしまいそうです。
「ブチョーさん、ユーちゃんも入れてください!」
「おう? うーん、なるほろ。姉妹丼に巨乳のトッピングか、最高じゃん。でも、流石のあたしも三人同時は手が足りないにゃー。だから悪いね、塩井君、接待を頼んだ!」
「嫌ですよ。なんで僕がそんな興味ないことを」
「私の従姉のお姉ちゃん」
「いくつですか?」
「今19、大学一年生」
「背は?」
「169cm!」
「顔は?」
「美人系、めっちゃクールだよ!」
「その他は?」
「上から88、57、86のE。体重は勘弁してあげて」
「わかりました。成人していないのと、数値でしか判断できないのがやや不満ですが、十分です。写真か映像で手を打ちましょう」
「おい部長、俺にもその姉ちゃん紹介してくれよ」
「なんなのですかこの人たちは!」
「ユーリアさん、それじゃあちょっとお散歩でもしましょうか」
「おさんぽ! ユーちゃん、おさんぽ大好きです!」
「あ、ちょっと、ユーちゃん――!」
そんなこんなで、ユーちゃんも塩井君に連れて行かれてしまいました。
残されたのは、わたしとローザさん。そして、わたしたちを捉えた部長さん。ついでに、ずっとこっちを見ている副部長さん。
……ど、どうしよう……
「よーし、これでゆっくりロリボディを堪能できるね。さぁ君たち、おねーさんといいことしようか……ぐへへへへへ」
「キモいぞ」
「どうしようか、もっと脱がせる? でもデルタが興奮しすぎて倒れたら困るし、やりすぎるのもよくないよねぇ」
「今更ですか……っていうか、あの、離してください。あと、上着も返してほしいんですけど……それと、あんまり見ないでください、恥ずかしいです……」
「ごめんねー、デルタ童貞だから」
「うるせーぞ」
「とか言って、チラ見して視線を逸らせないでやんのー。やーい、ムッツリスケベー」
「うるせーぞ!」
「い、いい加減に離して……なんでこの人は、片手でこんなにも俊敏かつ器用な動きができるのですか!」
「なんか、クリーチャーっぽいよね……」
ちょっと人をやめてる感じの動きと思考が。
「…………」
「どうした部長。手が止まってるぞ」
「……揉むの、飽きた」
「おい」
「新しい刺激が、欲しい」
「だったら離してください! こんなことが許されると思っているのですか!」
「それはそれ。なんていうか、もっとこう、エキサイティングでサプライズでエロティックなパッションが欲しい」
「なに言ってんだお前」
「うーん……ピラッ」
「きゃっ!?」
え!? なに今の太腿のあたりに当たったふわっとした感じ!?
も、もしかして……スカートめくられた!? き、今日に限って……!?
「……ロリ顔なのに、凄いの履いてる、この子。服の下だけギルティ級にセクシーだわ。中学生が付けていい奴じゃないよこれ」
「急に真面目トーンになるなよ、ビビるだろ」
「ちょっとあたしも冷静になっちゃうくらい凄かった。ロリなのは外面だけで、中身はむしろデルタとか塩井君好みっぽいなぁ。ま、あたしは見た目が可愛ければなんでもオッケーだけど……ちょぉっと、突き詰めてやりたくなっちゃうねぇ」
「やべーな。育水の奴、変なスイッチ入ったぞ。悪い、ちぃっと我慢してくれや」
「な、なにを……?」
部長さんの手がうねる。うねうねしてる。
そのうねうねした手で、指先で、わたしの服を、脱がそうとする。もう半分くらい脱がされてるけど。
そのさらに先に。触れられたくない秘奥へと、その手を伸ばしてくる。
「やめてください、ひゃぁ……っ!」
「上も下と同じようなの付けてるのかなぁ。気になっちゃうなぁ。どれどれー?」
「や、ダメ……!」
ブラウスのボタンも、スカートのホックも。
あとほんの一押しで、すべてが解かれ、放たれてしまう。
指先一つで、わたしの秘していたものがすべて、曝け出されてしまう。
そんな時だった。
「そこまで――!」
「うわっぽい!?」
ガラガラガッシャン! と、とんでもない音を立てて部室の扉が開かれて、誰かが突入してきた。
その人は、部長さんとわたしたちを強引に引き離して、抱き寄せる。
……この声、そしてこの匂い、感触……まさか。
「大丈夫!? 妹ちゃん!」
「よ、謡さん……」
やっぱり、謡さんだ。
謡さんは、キッと鋭い眼差しを向けた。
「ちょっとらぶちー! なにやってんのさ!」
「おや? よっちゃんだー! やっほい!」
「よっちゃんってこいつかよ!」
「デルタ君も絡んでたか。まったく、遊泳部がいつも以上に騒がしいと思ったら、なんてことを……」
「よ、謡さぁん……!」
「おっと。よしよし妹ちゃん、もう大丈夫だよ。ローザちゃんも」
「あ……ありがとう、ございます……」
謡さんはわたしの服を整えてくれると、またさっきの鋭い眼差しで、部長さんを睨みつける。
「で、弁明を聞きましょうか、らぶちー」
「ロリっ子は可愛い!」
「私もそう思う。じゃあ首を出せぃ」
「斬首刑ですと!? どうかお慈悲を!」
「慈悲も情状酌量の余地もなく極刑だよ! テンション上がったにしてもやりすぎ! 男の子の前で女の子の服を脱がすとかなに考えてるのさ!」
「大事なところは見えないから!」
「嘘おっしゃい! なにも考えずに強制ストリップだったでしょーが! トラウマにでもなったらどうするつもりだったの!」
「そこはほら……ねぇ、デルタ」
「俺に振るなよ!」
「デルタ君も! 女の子に興味あるのはわかるけど、後輩の女の子に手を出すのは最低だよ」
「手は出してねぇよ!?」
「らぶちーの凶行を止めなかった時点で共犯です。けど、君は流されてた面もあるだろうし、この事実を吹聴するだけで許してあげる」
「ただでさえ女子から煙たがられてるのに、俺がより変態扱いされるじゃねぇか! 勘弁してくれよ……!」
「大丈夫だよデルタ! デルタは元々女子から嫌われてるから! なにも変わらないよ!」
「うるせぇ馬鹿! てめぇのせいだクソロリコン! 死んで詫びろ!」
「なんだとおっぱいマニア! だったらデルタは鼻血の出しすぎで死んじゃえ!」
「んなアホな死に方があるか!」
「デルタだったらありそうじゃん!」
「二人とも! いい加減に! しなさい!」
『ぐはっ!?』
な、殴った……!?
謡さんが暴力を振るうところ、初めて見たかも……
「あ、あの、流石に暴力は良くないと思います……」
「いいのいいの。この人らにはこのくらいがちょうどいいのさ。いや、いつもは私だって殴らないけど、なんか普段の十倍くらい暴徒になってるんだもん。もう殴るしかないよね」
「いたたたた……よっちゃーん、痛いよー」
「マジ痛ぇ……畜生、とんだとばっちりだ」
「二人とも、正座」
「え」
「正座」
「あ、はい……」
謡さんの冷たい言葉に、二人とも大人しく正座した。
「下級生の女の子にセクハラ。身体を触るのも、服を脱がすのも、れっきとした犯罪だよ。わかる?」
「……ちょっとフィーバーしちゃったんだよ。悪気はなかったんだよ。ね? よっちゃん?」
「はい?」
「ごめんなさい」
「視て犯すのもまた罪。抑止として働かず、見て見ぬ振り。それにも罰。ねぇ、デルタ君?」
「いや、俺はなにもしてねぇし……」
「うん?」
「すみません」
……なんか、とても珍しい光景な気がする。こんな謡さん初めて見た。
その後も、二人はずっと説教する謡さんにへこへこと頭を下げていた。
「まったく、たまたま通ったのが私だったからよかったけど、これがもしフーロちゃんとか他の人だったら、会長にバレて即廃部&打ち首だよ」
「え、会長様?」
「この子、会長の妹ちゃんだよ」
「マッジ!? 私そんな背徳的……もとい恐れ多いことしてたの!? ちょっと滾る!」
「お前メンタル強ぇーなぁ」
「ほら、ちゃんと謝りなさい」
「ははー! 会長様の妹様とは露知らず、粗相を働いて申し訳ありませんでしたー!」
「あの、その、いえ……えっと……」
べたぁー、と決してきれいとは言えなさそうなタイルの床に土下座する部長さん。
な、なにもそこまでしなくても……
「……そろり」
「ローアングルからスカートの中覗かない!」
「ぐぇっ!」
「…………」
……う、うーん……
「育水、こいつは素直に頭下げた方がいいぞ。俺も頭冷えた。今回は流石にやりすぎた」
「……そうだね。ごめんね。あたし、ちょっとハジケすぎちゃったみたい」
「あ、いえ……い、いいんです、もう……」
「妹ちゃん、断罪するべき時はきっちり処断しないとダメだよ。らぶちーはすぐ付け上がるから」
「いえ、本当にもう、大丈夫ですから……それよりも、謡さんはどうして?」
「生徒会の仕事で部室棟に用事があったからね。その途中で、やたら遊泳部が騒がしいと思って、覗いてみたらこの有様だよ。ブラックリストに載ってるここに来るつもりはなかったけど、流石に見過ごせなくてね」
「ブラックリスト?」
「なんでもないこっちの話」
「ですが、お陰で助かりました……本当に。ありがとうございます」
「どういたしまして」
謡さんが助けに来てくれなかったら、どうなっていたことか……わたしの服はもう戻ってこなかったかも。
そう思うと、とても恐ろしかった。
「にしても、荒れてるわりに今日は人が少ないね。紅ちゃんと、あの一年生の男の子は? っていうか、なんで妹ちゃんたちはこんな変態の巣にいるの?」
「私たちは、ユーちゃんのために来たんです。この人たちの頭がおかしいから……」
「頭がおかしい!?」
「確かに頭のネジが外れてるどころか、ネジの代わりにきのこの山でも刺さってそうな人たちばっかりだもんね」
「あたしはたけのこ派かなー」
「おいやめろ戦争が起きる」
「で、ユーリアちゃんのためっていうのは?」
「それは――」
ローザさんが謡さんに説明しようとする、その時。
またしても、部室に誰かが駆け込んできた。物すごい勢いで。
……っていうか。
「そ、霜ちゃん……?」
「あぁ、小鈴、無事だったか……よかったよ……」
駆け込んできたのは、霜ちゃんだった。
「どうしたの、な、なんかすごい疲れてるけど……っていうか、どうして男の子の制服を着てるの?」
「無理やり着替えさせられた。まったく、なんなんだあの人は、ゴリラの腕でも移植してるのか? まったく力で抵抗できなかった……隙を見て逃げ出すだけで精一杯だ」
「紅ちゃん、力持ちだもんねー。デルタより腕相撲強いし」
「うちの部で競泳出身なのあいつだけだしな」
「呼んだかしら?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ひょっこりと顔を出す柳尾さんに、霜ちゃんの絶叫がこだまする。
……トラウマ、植えつけられちゃったみたいです。
「く、来るな! 寄るな!」
「あらら、随分と嫌われちゃったわね」
「紅ちゃんステイ。それ以上進んだら、生徒会が相手になるよ」
「? 長良ちゃん? イクちゃん、この状況って、どういうこと?」
「バレちった」
「成程」
部長さんたちよりも物わかりがいいようで、柳尾さんはその一言だけでスッと身を引いた。
「……ま、いいでしょう。美少年は視界に入るだけで心安らぐものだしね」
「っ……! この変態め……!」
「寵愛の対象からなら、たとえ罵倒でも褒め言葉だわ」
「こいつもメンタル強いな」
「なんでもいいけど、状況を混沌に戻さないでね、紅ちゃん」
「私は思ったことを口にしただけよ」
ふふっ、と大人っぽく微笑む柳尾さん。
なんだけど、その笑みはちょっと怖い。霜ちゃんも怯えきっているし……
「で、なんだっけ。どうしてみんな、こんな異常者の巣窟に足を踏み入れちゃったの?」
「ユーちゃんが、この人たちの部活に入ってしまったようなので……ユーちゃんの健全な生育のため、やめさせようかと」
「あぁそれがいい。ここはユーの情操教育に悪すぎる。今すぐ退部届を出すべきだ。というかいっそ廃部にしてしまえ!」
「霜ちゃん、落ち着いてっ」
珍しく霜ちゃんが荒れています。みのりちゃんといる時でも、こうはならないのに。
とりあえず霜ちゃんを落ち着かせて、謡さんも交えて、ローザさんの目的を話した。
「……成程ねぇ」
「あの子を退部させるために、わざわざうちの部まで乗り込んできた、と」
「そしたら部長に誘拐されて混沌の坩堝にダイビング、ですか」
「あ、塩井君。おかおかー」
「ただいま戻りました。そろそろ頃合いかと思って戻りました。嘘です。校内散歩で引き留めるのには限度がありました」
「その嘘、必要あるか?」
「ローちゃん、小鈴さん! ただいまです!」
「おかえり、ユーちゃん」
「……ユーちゃんは、大丈夫? なにもなかった?」
「? 購買のおねーさんに、アメを貰いました!」
「いいですよね、購買のお姉さん。顔つきや口振りはかなり幼い面がありますが、肉体、精神はまごうことなく姉属性。口調とかそんな表層ではなく、精神、あるいは魂が姉という年上女性の象徴的なものを表していて、とても美しいです。勿論、そこに高身長、肉感的な肢体など、容姿による情報が入り美しさという評価点をさらに押し上げているわけですが。僕は幼顔には反吐が出るくらい嫌悪感がありますが、彼女のそれはあまりない。どころか僕に新境地を開拓させそうな幼さですらある。いやぁ、素敵ですよね、購買のお姉さん。ご兄弟の肉食虫のような眼光がいなければ、義理の弟になる申し出をしていたくらいで――」
「オタク喋りやめろ」
「あーもう! この部活は本当に話がまとまらないね!」
塩井君と一緒にユーちゃんも戻って来て、一同が揃う。
遊泳部の皆さんは、各々が好き勝手に話を進めるから、もうしっちゃかめっちゃかだけど、謡さんはなんとか秩序を取り戻そうと、場を取りまとめようと頑張っている。
「カット! とりあえず場面転換して仕切り直し!」
……そのせいなのか、なんか葉子さんみたいなこと言ってるけど。
☆ ☆ ☆
「つまり君たちは、ユーちゃんを退部させるために来たんだね」
「そうです。この部はユーちゃんに悪い影響があると判断しました。ここにあの子を居させるわけにはいきません」
なんやかんやあって、みんなで席に着いて、話し合いの場が設けられた。
そして、そこで(もう一度)、ローザさんの要求を突き付ける。
色々ありすぎて忘れそうになるけど、ローザさんはこの部活の状況が、ユーちゃんに良くない影響があるとして、退部させたいと申し出る。
ローザさんの気持ちはわかる。でもそれはちょっと乱暴なんじゃないかと思うけど……正直、わたしもこの部活はちょっと、どうなのかと思っちゃいました。
そしてどういうわけか、その認識は遊泳部の人たちも同じみたいで、
「一理ありますね。いやむしろ、全面的に同意できますね」
「ねー。デルタみたいなエロ童貞とか、紅ちゃんみたいなショタコンといると、悪い影響があるかもしれないよね」
「てめぇのこと棚上げにしてんじゃねぇクソロリコン」
「一番悪影響を及ぼしてるのはイクちゃんだと思うわ。だってロリコンなんだもの」
「ロリコンに罪はない!」
「あるだろ」
「どうでもいいよ。身内同士で罪をなすり付け合わないの! 皆一様に同罪だから!」
「暴論です、冤罪です。僕はなにも悪いことしてないのに」
「うるさい! 問答無用!」
「よ、謡さん、落ち着いて……」
「ボクも人のことは言えないが、キャラ崩壊が甚だしいな、この部室は……」
そして話がまったく進みません。
「むぅー……ユーちゃんはやめたくないです。ここは、とっても楽しい場所なんですから」
「ダメだよユーちゃん! ここは……とても、よくないところだよ。清廉潔白で正しい成長ができないよ」
「否定できませんね」
「否定できないわよね」
「否定する要素が微塵もねぇ」
「もはや部員までも同意しちゃってるし」
「話がわかると言うのか、なんと言うのか……」
けど、部員さんのほとんどが否定しない。拒絶もしない。
思ったよりすんなり、ローザさんの要求は通ってしまいそうだった。
「そうだねぇ。うちの部員って、みーんな変なのばっかりだし、ユーちゃんのピュアさは失われちゃうかもねー」
「それじゃあ、そういうことで。ユーちゃんは連れて帰りますので」
「だが断る!」
「えっ?」
ダンッ! と、部長さんは机を叩いて立ち上がる。
テンションのアップダウンが激しい人だ……
「ユーちゃんはうちに正式に入部した、貴重な新入部員なんだから! 手放せるわけないよ! ロリだし! 銀髪外人ロリだし! 希少種ロリだし!」
「それはまあ、確かにそうですね。人手は多いに越したことはないですよね」
「人材も、大切な財産だものね」
「ちっこいのがいないと、部長がうるせーんだよなぁ」
「ユーちゃんもやめたくないです!」
「ダメだよユーちゃん。この部活は、絶対にユーちゃんの大事ななにかを曲げてしまうんだから……!」
「……っていうか、なんか遊泳部諸君は、主張が一貫してないね? 急にユーちゃん退部に難色を示しちゃって」
「ぶっちゃけどうでもいいです」
「私も、司君がいるならそれで」
「ちんちくりんに興味はねぇし」
「非情!?」
なんだろう、この人たち……集団としての一貫性がないっていうか、仲悪いのかな……?
……いや、そうじゃないか。
この人たちは、あまりにも素直で、裏表がないんだ。
「つーか、ちっこいのにいなくなって欲しくないのは、部長だけだろ?」
「そうでしょうね。イクちゃんは、ユーちゃんにいて欲しいのよね」
「とーぜん! うちの大事な部員だもん!」
「……そういうことなら、まあ、筋としては一応、部長につくべきなんでしょうかね、僕らは」
「仕方ねーなぁ」
「結局、こういう対立構造になるのか」
霜ちゃんが溜息を吐く。
なんとなくわかっていたけど、最終的に遊泳部の人たちは、ユーちゃんを引き留める方向でまとまったみたい。
けど、このままだと主張が平行線にしかならないと思うんだけど……どうするんだろう?
「君はユーちゃんをうちから引き剥がしたい。あたしたちは新しい
「お前の願望じゃねーか」
「そういうことなら、勝負だよ!」
「勝負、ですか」
「そう。君らが勝ったらユーちゃんは返す。だけどあたしたちが勝ったら、君を頂く!」
「わ、私ですか!?」
勝負。
なんとなく、以前のユーちゃんとローザさんのケンカを思い出す。
あの時ほど剣呑ではないけれど……やっぱりちょっと、空気がピリピリして痛い。
「ふははははは、二人目の銀髪外人ロリっ子美少女をゲットするチャンスだよ! これを逃す手はない!」
「俺はあっちの鈴の子の方が好みなんだが……」
「私もあっちの可愛い男の子が欲しいわ」
「僕は購買のお姉さんが素敵だと思うんですよ」
「ボクら全員ターゲットにされてるぞ、小鈴」
「あわわわわわ……」
「私はノーマークなんだけど。いや、いいけどさ。こんな編隊を組んだ変態たちに狙われたくないし」
遊泳部の方々の視線が怖い。
霜ちゃんと一緒に謡さんの背に隠れながら、成り行きを見守ります。
「……いいでしょう。それで、勝負はなにで行うんですか?」
「ふっふっふ、それはねー……デルタ! 例のブツをカモン!」
「なんだよ、例のブツって。うずまきか?」
「あれじゃない? 箱入り娘」
「バベルの塔では?」
「ちっがーう! ガラクタだよ!」
「なに言ってるのかわからない上にぐっだぐだなんですけど……」
そんなやり取りがしばらく続いた後で、副部長さんが部室の棚から、なにか大きい箱を持って来た。
ん? なんかこんな感じの箱、どこかで見たような……?
部長さんはその箱を開ける。すると、見覚えのあるものが出て来た。
「これって……デュエマ、ですか?」
「デュエマで勝負するのか? にしては、随分とカードが多いようだけど……」
あぁ、そうか。この箱、使わないカードを入れておく
そのストレージいっぱいに詰まったデュエマのカード。
この中にあるカードでデッキを組んで、デュエマをするのかな?
「っていうか、先輩たちはデュエマやるんですね」
「いいや? あたしたち、カードは持ってないよ」
「え、じゃあこれは?」
「それは部室に置いてあったカード。なんか昔は、てぃーしーじーどーこーかい? っていう部活だったんだって。今はなくなっちゃったけど。その人たちが部室に置き忘れたものだよ」
「あー、なんか昔あったみたいだね、そういう部活。会長から話だけ聞いたことあるや」
「それで、これでどう勝負するんですか?」
「そのデッキ丸々使って勝負するんだよ」
「えっ? デッキ? これが、ですか? っていうか、これで勝負? ……え?」
ローザさんは、目を白黒させていた。わたしも、よくわからない。
この膨大なカードの束がデッキだということも、これを使って勝負するということの意味も。
わたしたちが困惑していると、霜ちゃんが思い出したように口を開いた。
「……聞いたことがある。これは、ワンデッキというものじゃないか」
「ワンデッキ?」
「
「一つ、という意味のワンだ。その名の通り一つのデッキで行うローカルな特殊レギュレーションだよ。人や内容によってはタワーデュエルとか、
「そんなルールのデュエマがあるなんて……」
「あくまでもプレイヤーの間で勝手に開発された、非公式な遊び方だけどね」
「……と、後輩君は言ってるけど、そうなの? らぶちー」
「いえーす! 知ってるなら話は早い!」
ワンデッキデュエル……まったく知らない遊び方だ。
でも、基本的には普通のデュエマっぽいし、あんまり難しくはないかな?
「しかし、仮にも水泳部の派生である部活に、なんでこんなものがあるの? 残してても邪魔だろうに」
「うちで揉め事が起こると、大抵はこれで解決してるんだよ。色々公平だからさ」
「最近は争う前にユーちゃんを抱き締めて落ち着くようになったから、これを引っ張り出すのも久々ね」
「そうそう。やっぱりロリっ子は癒し効果があって最高だよね!」
「いや部長、部長が暴走する前にルナチャスキーさんで鎮静させてるだけですからね。僕らは触れてすらいませんよ」
「塩井さんも、ユーちゃんをギューってしていいんですよ」
「ゆ、ユーちゃん……! 相手は男の子だよ!」
「魅力的な提案をどうもありがとうございます。けれどやめておきましょう。後が怖いですし、少女には興味はありませんので。あと十年経ったら、同じ誘いをお願いします」
「気持ち悪いけど紳士的……!」
「どうでもいいけどよ、やるなら早くしようぜ」
「それもそうだね。それでいいかな? ロリっ子ツインズちゃん」
「ローザです。ローザ・ルナチャスキー。ロリとか、変な呼び方するのはやめてください」
「そっか、ごめんねローザちゃん」
こうして。
遊泳部の部長、十九渕育水さんと、ローザさんとの、ちょっと変わったデュエマが始まったのでした。
☆ ☆ ☆
「先に簡単なルールを説明しておきましょう。デッキはこのデカいのが一つだけ。このデッキのカードしか使えませんが、このデッキのカードはすべて使えます。ドローなどはすべてこのデッキから行って、墓地は共有。それ以外は普通のデュエマです。シールドをすべて割って、ダイレクトアタックを決めれば勝ちです」
「理解しました。説明ありがとうございます」
「シールドをすべてブレイクしたら勝利、か。LOは……まあ、この枚数なら考慮する必要はないな。EXウィンも、狙えるだけのカードがあるようには思えないから、考えなくていい、か」
デッキ共有、墓地共有。それ以外は普通のデュエマ。
ただ、普通のデュエマはデッキを自分で組んで用意するものだから、こうしてなにが入っているのかわからないデッキというのは、新鮮だし、不安だ。
なにがあるのか。どう動けばいいのか。初見ですべてを判断しなくてはならない。
ローザさん、大丈夫かなぁ……
「よーし先攻! 私のターン!」
じゃんけんの結果、先攻を取った部長さんは、1ターン目から早速、仕掛けてくる。
「《ミッチー》をマナチャージ! そして1マナ!」
「っ、1ターン目から来るのか?」
「早いね。らぶちー、なにするつもりだろ。《ブレイズ・クロー》とかかな」
火文明のマナを生み出して使う1マナ。パッと思いつくのは《凶戦士ブレイズ・クロー》とかだけど……
そんな予想をする中、部長さんが繰り出したのは――
「喰らえ! 《
……?
「ぐ、グレート……ムダ?」
「これでターンエンドだよ」
「え、あの、呪文の効果は……?」
「ないよ」
あっけらかんと言い放つ部長さん。
呪文の効果がないって……?
「どういうことなの……?」
「わざわざ説明するのも無駄で馬鹿らしいが、あの呪文は“能力がない呪文”だ。クリーチャーにも、能力のないクリーチャーがいるだろう? それの呪文版だ」
「でも、クリーチャーはバトルゾーンに出るし、攻撃できるし……能力のない呪文なんて、どう使うの?」
「呪文に反応する効果を誘発できるが、基本的に同色同コストのカードで事足りる。そして今は、呪文に反応するカードすらない」
「と、いうことは?」
「まさしく“無駄”撃ちってことさ」
え……じゃあ、部長さんは意味のないことをしただけってこと。
手札も減ってるし、それってなんのメリットもないんじゃ……
「なーに、サービスだよサービス。あたしはこのデュエマを知り尽くしてるし、ハンデハンデ」
「部長の奴、遊んでやがるな」
「イクちゃんらしいけどね」
「……なんだか、軽んじられているようで、いい気分ではありませんが……勝負は勝負です。私は真剣に臨みますよ。私のターン」
楽しそうに笑っている部長さんとは対照的に、真面目な表情のローザさん。
カードを引いて、ジッと手札を見つめると、その中の一枚を抜き取ってマナに置く。
「マナチャージして、ende」
「あたしのターン! チャージ! エンド!」
「私のターン……むぅ」
またローザさんは考え込む。
わたしたちも、ちょこっと手札を覗き込むけど、その、なんというか……
「こりゃ酷いね」
「予想はしていたが、やっぱりあのデッキ“ロクでもない”カードばかり入っているんだな。ストレージのあまりものを詰め込んだみたいだ」
覗き込んだ手札にあるのは、ほとんど知らないカードで、能力を見ても、どれもこれも使いづらそうなカードばかり。文明もバラバラだし、どうやって対戦を進めればいいのか、掴めなさそう。きっとローザさんも同じことを思っている。
とりあえず今は、マナを溜めるしかないけれど……
「……マナチャージ。ende」
「あたしのターン、ドロー! お、いいカード引いたね。んじゃあマナチャージして、3マナで《無防備のファミリア キナコ》を召喚するよ! 《キナコ》はタップして場に出るよ」
先んじたのは、部長さんだった。
先攻なだけあって、先にクリーチャーを呼び出して、先手を取る、けど……
「……か、可愛い……」
そのクリーチャーは、とっても……キュートだった。
おねむな様子の……これは、犬、かな? もっちりしたわんちゃんが二段重ねになってます。かわいい。
「あのカード……ちょっとほしい」
「お? 妹ちゃんもクリーチャーのイラストに惹かれるようになっちゃったか。いよいよプレイヤーとしての沼に嵌ってきたね」
「だが待て、可愛いのは顔だけだ。あれは少し厄介かもしれないぞ」
「? どーゆーことですか?」
「見てればわかるさ。たぶん」
厄介? あのもちもちしたクリーチャーが?
無防備とか言ってるし、とても強いクリーチャーには見えないけど……
「私のターン……やっと動けます。3マナで《青守銀 モルゲン》を召喚。ende、です……」
ターン3
育水
場:《キナコ》
盾:5
マナ:3
手札:2
ローザ
場:《モルゲン》
盾:5
マナ:3
手札:4
共有墓地:1
共有山札:∞
「あたしのターン! アンタップ、ドロー! 4マナで《王立アカデミー・ホウエイル》! 三枚ドロー! さーて、殴っちゃうぞー! 《キナコ》でシールドブレイク!」
「……S・トリガーは、ありません」
部長さんのターン。早速、前のターンに召喚した《キナコ》でシールドをブレイクする。
ローザさんはなにもかもが後手後手だけど、このくらいじゃ、そんなにピンチってわけでもないよね?
「そうだね、ローザは別にピンチじゃない。今は、ね」
「今は、って?」
「《キナコ》は、タップして場に出るデメリットと引き換えに、3コストでパワー5000もある。普通のデュエマなら、多少パワーが高いだけでは対処するのは容易いから、脅威でもなんでもないが、これは普通のデュエマじゃない。だから、恐らく……」
ローザさんのターン。ローザさんはカードを引き、そして、
(……《キナコ》が倒せない)
悩ましそうに、手札を凝視していた。
(パワー5000……私の手札に、あれを超えるパワーはありません。除去カードもない。《モルゲン》で攻撃したら、パワーで負けてしまう……攻撃するのも躊躇ってしまう……)
手札と、場と、《キナコ》を、じぃっと見つめて、悩み続けるローザさん。
「あのデッキは、不要なカードの“寄せ集め”。言ってしまえば、ほとんどすべて弱いカードで構成されている。そんな使えないカードたちの中で“パワーが高い”ということは、大きな武器になる」
「パワーが?」
「いつものデュエマって、あんまりパワー気にしないけどね。パワー500でもシールドは割れるし。パワー気にするのって、《ミクセル》とか《オニカマス》とか退かす時に考慮するくらいじゃない?」
「ユーちゃんも、パワーなんて関係なく破壊しちゃいます」
「普通のデュエマならね。だが考えてもみてほしい。パワーが高ければ、それだけ殴り返しや火力を受け難いということでもある。それはつまり、除去耐性が高いということでもあるし、ブロッカーも乗り越えやすい。あのジャンクも甚だしいカードの塊では、まともな除去カードも少ないと見た。つまりパワーの高さは生存力であり、戦闘力でもある。パワーが高ければ、相手が対処できないまま、一方的に殴り続けられるわけだ。単純だが、厄介だよ」
なるほど……
普通のデュエマと変わらないなら問題ないかと思ってたけど、自分でデッキを用意するわけじゃないから、そういうところも大事になるんだ。
「あいつ賢いな。一瞬でこの遊びのセオリーを見抜きやがった」
「可愛くて頭もいいなんて、素敵よね……あぁ、欲しい……」
「っ……いや、屈しない。ボクは圧力には屈しないぞ……!」
「気丈なところも可愛いわ……」
「なんだかんだこいつも気色悪いよな。見てるだけでぞわぞわするぜ」
「僕なんて毎日のように膝に上に乗せられているのですよ。骨が当たって尻が痛い、もう少し肉付きが良くなってからにして欲しいものです。先輩」
「善処するわ」
(この人たち、本当になんなんだろう……)
仲がいいのか悪いのかもわからない。
とにかくわたしの理解の範疇を超えている。
「と、とりあえず、《オクトーパの相対性魔力抗議》を唱えます。これで、《キナコ》の攻撃を封じます。ende、です」
ターン4
育水
場:《キナコ》
盾:5
マナ:4
手札:3
ローザ
場:《モルゲン》
盾:4
マナ:4
手札:4
共有墓地:3
共有山札:∞
ローザさんは《キナコ》を除去することはできなかったけど、1ターンだけ動きを止められた。
その1ターンで、なにか対抗策が引けるといいけど……
「殴れないかー。じゃあ、あたしのターン。《堕魔 ヴァイプシュ》を召喚。攻撃はできないから、このままターンエンドだね」
「私のターン……2マナで《エマージェンシー・タイフーン》を唱えます。二枚ドローして……え、
「どったの?」
カードを引いたローザさんは、その引いたカードに怪訝な視線を向けていた。
一体なにを引いたの……?
「あの、すみません。“ガチャ”って、なんですか?」
ガチャ?
デュエマとは全く関係ない、場違いにも思える言葉に、わたしは面食らってしまう。
「おもちゃ屋さんとかに置いてある、ガシャポンのことかな?」
「ローが言ってるのは、たぶんデュエガチャのことだな」
「デュエガチャって?」
「えーっと、デュエマの対戦で使う、玩具みたいなのがあるんだよ。六つのスロットがあって、特定のカードを使うとスロットが回り、それがランダムで表示される。そして表示された効果を使用する、っていう」
「そんなカードがあるんだ……」
ランダムで効果が決まるだなんて、独特だなぁ。みのりちゃんとか、好きそう。
でも、そういうカードを使ってる人ってまったく見たことないや。
「効果がランダムだし、そもそも公式の場では使えないことがほとんどだから、使う人はまずいないね。っていうか、デュエガチャあるんですか?」
「ないよ。だからいつもサイコロ使ってる」
「あぁ、そっか。サイコロも六面だもんね」
「それで、その効果って、どういうものがあるんですか?」
「えーっと確か、ドギラゴン・ガチャの方は赤緑的な……マナ加速とか、強制バトルとか、マナから踏み倒しとかだったかな。ドキンダム・ガチャはパワー低下、ハンデス、リアニメイトとか、黒っぽい効果だったはず。少しうろ覚えだけど」
「携帯使って調べてもいいよ」
「ありがとうございます。では、少しお時間をいただきますね」
許可を貰ったので、ローザさんは携帯を取り出して「デュエガチャ」で検索をかける。
「……おおよそ理解しました。では、《エマージェンシー・タイフーン》の効果で手札を一枚捨てます。そして3マナで呪文《ドキンダム・チャンス》を唱えます」
「出たなデュエガチャ起動カード」
「あれがそうなんだ」
「《ドキンダム・チャンス》の効果で、ドキンダム・ガチャを二回回して、その効果を使います」
「オッケー。デルタ、サイコロ取って」
「おう。ほらよ」
副部長さんが、棚からサイコロを取り出して、部長さんに投げ渡す。
そしてそれをローザさんに手渡した。
「出目と効果の関係はこんな感じね」
1[墓地:自分山札の上から3枚を墓地に置く。]
2[補充:カードを1枚引く。]
3[回収:クリーチャーを1体、自分の墓地から手札に戻す。]
4[忘却:相手は自分自身の手札を1枚選び、捨てる。]
5[衰弱:相手のクリーチャーを1体選ぶ。このターン、そのクリーチャーのパワーを-9000する。]
6[復活:進化でないクリーチャーを1体、自分の墓地からバトルゾーンに出す]」
「わかりました。では、一回目のダイスロールです」
ローザさんは受け取ったサイコロを、手から滑り落とすように放る。
机の上を跳ねて転がるサイコロ。
その最初の出目は、1。
「[墓地]だね」
「単なる墓地肥やし……墓地共有のこのルールでは、恩恵は微妙。ハズレか」
「……まだです。二回目……!」
サイコロを拾って、二回目のダイスロール。サイコロがローザさんの手から離れ、机の上を転がる。
そして、
「6……[復活]です! 墓地から進化でないクリーチャーを復活させます!」
二回目は、大当たりを引き当てた。
[復活]は進化でないクリーチャーなら、どんなクリーチャーでも呼び戻せる。どれだけ大きなクリーチャーでも関係ない。
既に仕込みは終わっている。だから後は、釣り上げるだけ。
ここでローザさんが呼び出すのは、
「復活です――《バックベアード》!」
「ぐはぁ!?」
巨大で、真っ黒な目玉のクリーチャー。
なんだかイラストが他のカードと違う感じするけど、とてもおどろおどろしいクリーチャーだった。
……っていうか、部長さん、どうして吐血(したような素振りを)してるんだろう……?
「出たぞロリコン殺し!」
「イクちゃん専用殺戮妖怪じゃない……!」
「このロリコンどもめ、ですね」
「なに言ってるのこの人たち……?」
部員さんたちもなにか盛り上がっているけど、どうして?
「……ネタについてはさておき、ここで《バックベアード》は最高だな。一気に盤面を取り返せるぞ」
「えぇ、可愛い
「うぎゃー! ぜ、全滅なんて……よよよ」
「ende、あなたのターンですよ」
これで部長さんの場に並んでいたクリーチャーは全滅。ローザさんのクリーチャーもやられちゃったけど、ローザさんにはパワー8000の《バックベアード》が残ってる。
霜ちゃんの言うように、これがパワーの大きさが重要になるデュエマなら、この状況はローザさんが断然有利。
部長さんもこの惨劇と劣勢に、泣き顔を見せて……
「……なーんてね!
と、思ったら。
一転していたずらっ子のような笑顔を見せ、手札を切った。
「呪文《ZEROハンド》! 《バックベアード》を破壊!」
「!?」
な、なに、今のは……!?
コストを支払わずに呪文を唱えた……? S・トリガーでもないのに!?
「ま、またなにか出たけど、あれは……?」
「今回、説明が多いな……あれは侵略ZERO。相手がコストを支払わずにクリーチャーを出したターンの終わりに、手札からタダで使えるカードだ」
コストを支払わずにクリーチャーを出す……ローザさんはこのターン、《バックベアード》を《ドキンダム・チャンス》の効果で出していたから、条件を満たしちゃってたんだ。
《バックベアード》でローザさんが優勢になると思ったけど、まさかカウンターのためのカードを用意していたなんて……
「さらに! 呪文を唱えたから、墓地の《ヴァイプシュ》を手札に戻すよ!」
ターン5
育水
場:なし
盾:5
マナ:5
手札:2
ローザ
場:なし
盾:4
マナ:5
手札:3
共有墓地:12
共有山札:∞
「あたしのターン! 4マナで《スケルトン・バイス》!」
「プレミアム殿堂カード!? そんなものまであるのか……!」
「ぷ、プレミアム……?」
「要するに禁止カードだ。ゲーム性を壊しかねない強さのせいで、使用できないカードだけど……あれはまずいぞ」
「効果で手札を二枚捨てさせるよ。そりゃっ!」
「う……!」
手札を削り落とされるローザさん。
単純だけど、これは強烈だ。一瞬で手札が一枚になってしまった。
「さらに2マナで《ブレイン・ストーム》! 三枚ドローして、手札を二枚、山札の上に置くよ。ターンエンド!」
「トップ固定……普通のデッキなら、なにかしらのコンボで使うけど、このデュエマはデッキ共有。トップに置いたカードは相手に渡る……ってことは」
「私のターン、ドロー」
カードを引くローザさん。
そして、また顔をしかめた。
「……なんですか、このカード。凄くキラキラしてますが……強い、んですか……?」
なにやら怪訝そうに、困惑したように、カードを見つめている。
そしてしばらく考え込んで、そのカードをマナに置いた。
「うーん……いや、やはり使わないと思います。《アクア・マスター》をチャージ」
「やはり、いらないカードを押し付けたのか」
「どういうこと?」
「さっき、らぶちーは《ブレイン・ストーム》で手札を山札の上に置いたよね? 普通のデュエマなら、山札の上のカードは次に自分が引くカードだけど、このデュエマはデッキが共有。だから、いらないカードを山札の上に置いたら、そのカードを相手にトスできるんだよ」
「相手のドローを一回分、腐らせるってことだね」
「Oh! ブチョーさん、サクシ、ですね!」
「このデュエマを知り尽くしていると言うだけはあるな。変なカードを寄せ集めたデッキで戦うんだ、コンボやらなんやらより、単純なリソース、特に手札が重要になる。不要カードを押し付けるということは、それだけ相手の手札を腐らせることになるわけだから、なかなかいやらしいな。ハンデスも絡めているのだから余計に」
つまり見事、ローザさんはハズレを引かされてしまった、ということ。
手札が少ない状態で、その時に使えないカードを引いてしまった時の残念感は、わたしも何度も味わってるから、よくわかる。
「と、とりあえず、クリーチャーを出さないと……5マナで《夢の兵器 デュエロウ》を召喚します。能力で、私は二枚ドローします」
「こっちも一枚ドローできるね」
「ende、です」
ターン6
育水
場:なし
盾:5
マナ:6
手札:3
ローザ
場:《デュエロウ》
盾:4
マナ:6
手札:2
共有墓地:16
共有山札:∞
「《デュエロウ》で呪文のコストは下がる……重くて使いづらい呪文が撃ちやすくなっただけ、いいのか?」
「まあ、《アクア・マスター》よりは使えるかもね。らぶちーの手札を増やしちゃったのが、ちょこっと気がかりだけど」
「大したカードを引いていないことを祈るしかないか」
デッキのほとんどが“使いづらい”カードで構成されたデッキ。
ということは、ローザさんが使いづらいカードを引かされたように、部長さんの手札も強いカードがあるとは限らない。
限らない、けど。
「無駄無駄ァ! 4マナで《ドンパッチおじさん》を召喚! 手札の《ヴァイプシュ》を捨てるよ。さらに3マナで《父なる大地》! 《デュエロウ》と《アクア・マスター》を入れ替えてね! そして呪文を唱えたから、捨てた《ヴァイプシュ》が手札に戻る!」
「カード自体は強くないが……なんというか、随分となれた動きというか」
「弱いカード同士でも、思ったより綺麗に繋がるもんだね」
クリーチャーを出しつつ、ローザさんのクリーチャーを入れ替えて、捨てた手札を取り戻す。
一見すると使いづらそうなカードばかりだけど、部長さんはそれらを見事に操っていた。
本当に、このルールを知り尽くしているんだ。
「わ、私のターン……《レオパルド・グローリーソード》? を、出します。一応《アクア・マスター》につけて……ende」
ターン7
育水
場:《ドンパッチ》
盾:5
マナ:7
手札:1
ローザ
場:《アクア・マスター+グローリーソード》
盾:4
マナ:7
手札:1
共有墓地:17
共有山札:∞
「…………」
「どうしたんですか? 小鈴さん? さっきから、あのキラキラなカードをじーっと見てますけど」
「いや、なんかわたし、あのカードを知ってるような気がして……」
「? まあ、七英雄とか言われて、変な意味で有名なカードだし、知ってても不思議はないと思うけど。小鈴がそういうのを知ってるのは意外だが」
「そうじゃなくて、あのカード、どこかで使ったことあるような……」
「《アクア・マスター》を? 妹ちゃんが?」
「流石にそれはないだろう。あんなの、使えるカードじゃないよ。他のカードと間違えてるんじゃないか?」
「そうかなぁ」
まあ確かに、あのカードは持ってないはずだし、使ったことがあるわけもないんだけど。
やっぱり気のせいかな。
「あたしのターン……おぉ!? ここでこれとは、あたしはツイてる!」
「こ、今度はなにを引いたの……?」
状況はローザさんが不利。そこに、さらに畳み掛けるようなカードがあるの?
い、一体、なにが……?
「5マナで――《結婚してくれやぁ!!》」
……結婚?
「なに、あのカード……?」
「えーっと……」
今まで何度もわたしの疑問に答えてくれた霜ちゃんだったけど、霜ちゃんも戸惑いのあまり、口をもごもごさせて言葉が出ないでいる。
あのカードは一体……見た感じ、光のD2フィールド、に見えるけど……結婚ってなに?
「あれって、あれだよね……“幸せフィールド”」
「えぇ、そうですね……」
「幸せ……?」
「効果は……もういいや。説明するようなことじゃない」
「なんでっ!?」
霜ちゃんが説明を放棄した!?
どういうことなの? あのフィールドは、一体なにが幸せなの?
「フィールドの効果で、あたしたちは幸せに包まれる! ハッピー気分のまま《ドンパッチおじさん》でWブレイク!」
「と、トリガーは、ありません」
「ターンエンド! この時、幸せスイッチ発動! プロポーズします!」
「プロポーズ!?」
Dスイッチじゃなくて幸せスイッチ!? なんでプロポーズするの!?
いやそもそも、幸せに包まれる効果ってなに? もうわけがわからないよ……
部長さんはとても真剣な顔で、ローザさんと向き合い、そして、その思いを告げる。
「
「え……嫌です……」
「バッサリだな」
「なんだったの、これ……」
「気にするな」
プロポーズは失敗に終わったようです。
……デュエマって、変なカードいっぱいあるね……
「っていうか今の、同じ5マナ払うなら《ヴァイプシュ》出した方が良かったんじゃないの……? そうすれば次のターンジャスキルなのに」
「確かに……しかし、ふざけてはいるが、わりとヤバいぞ、この状況」
霜ちゃんが剣呑な様子で言う。
「《ドンパッチおじさん》のパワーは6000、おまけにWブレイカーだ。早く対処しなければ、すぐに殴り切られるぞ」
「パワー6000、《キナコ》よりも高い……」
「打点もね」
ローザさんのシールドは残り二枚だから、あと一撃でも受けたら、シールドがゼロになってしまう。
「倒せるカードがない……《月光の守護者ディア・ノーク》と《禁断W エキゾースト》を召喚します……ende」
ターン8
育水
場:《ドンパッチ》《結婚してくれやぁ!!》
盾:5
マナ:7
手札:1
ローザ
場:《アクア・マスター+グローリーソード》《ディア・ノーク》《エキゾースト》
盾:2
マナ:8
手札:1
共有墓地:17
共有山札:∞
パワーの高い《ドンパッチおじさん》を倒せず、ローザさんはブロッカーで凌ぐことしかできない。
そうこうしているうちに、部長さんの猛攻は続く。
「あたしのターン! 4マナで《
「え、どうしてですか……?」
「そういう効果だから」
「握手するのが効果なの?」
「一応、拒否はできる」
そうなんだ……いや、そういうことじゃないと思うけど。
なんていうか、またおかしなカードが出てきたなぁ。変なカードばっかりだよ。
「あーくしゅ! あーくしゅ! ハンドシェイク! ハンドシェイク!」
「ハンドシェイクは違うわ、イクちゃん」
「握手って……いやまぁ、カードの効果なら仕方ありませんか……」
ローザさんは差し出された部長さんの手を握る。一見するとスポーツマンシップに溢れてるように見えるけど、たぶんまったく関係ない。
「うよっしゃあぁぁぁぁぁ! ロリっ子のおててにぎにぎしちゃったぜぇ! もうあたし、手洗いませーん!」
「きたねーな」
「私、もうイクちゃんと一緒にご飯食べるのやめるわ」
「部長、これから部室に近づかないでくださいね」
「みんな酷い!? 別にいいけどね! 今のあたしの手は正にゴッドハンド! 最&高の喜びを手に入れたのだ!」
「喜びというか、その手は悦びになるのでは」
「そうとも言う!」
……今のは聞かなかったことにしよう。
もう、手遅れなきもするけど。
「……あの、握手するだけですか?」
「おっとそうだったね。おててにぎにぎの後は、お互いに三枚ドローできるよ。」
「私も引けるんですか? 変わっていますね……では、遠慮なく」
ドローもできるんだ。握手するだけだったらどうしようかと思ってた。
既にプロポーズするだけのカードを出されてるから、もう並大抵のことでは驚けないけど。
「ふんふむ。よし、3マナで《パルピィ・ゴービー》を召喚! 山札の上から五枚を見て、好きな順序で戻す!」
「また山札操作……」
「そんで《ドンパッチおじさん》! 行っけー!」
「ブロックします……が」
おかしなことがあったけど、部長さんは《ドンパッチおじさん》で攻撃に移る。
シールドがゼロになってしまうこの攻撃は受けたくない。だから当然のように、ローザさんはブロックを宣言するけど、少し逡巡した。
「……《ディア・ノーク》でブロック」
そして、《ディア・ノーク》をタップする。
「え? そっちでブロックするの? どれでブロックしても《ドンパッチおじさん》には勝てないし、パワーの高い《ディア・ノーク》を残した方がいいんじゃ……?」
「《エキゾースト》は破壊されたら、カードも引けるしね
「たぶん、トップのいらないカードを引きたくなかったんだろう」
「カードを引きたくない、ですか?」
「相手は《パルピィ》で山札操作をした。そして《エキゾースト》でブロックしてドローすることも予想できる。ならば上から順番に不要カードを置いている可能性が高い。ローはそんな相手の裏をかいて、トップ三枚に積まれてるだろう比較的不要なカードのうち一枚を引かず、相手に贈呈するつもりなんじゃないか?」
「ほほぅ。前もユーリアちゃんをガンメタしたり、攻撃を受け切って切り返したりしてたけど、結構策士だよね、ローザちゃん」
「ローちゃんは賢いですからね!」
「ユーももう少し知識を身に着けような」
「……バトルは、《ディア・ノーク》のパワーが5000なのでこちらの負けです。どうしますか?」
「むぅ、ターンエンド」
「では、私のターンです。ドローして……《750男》をチャージ。そして、6マナで《アクア・マスター》を進化させます」
「進化!?」
ここで進化って……《アクア・マスター》は水文明でリキッド・ピープルだけど、なにが出て来るんだろう?
いや、でも確か、今の《アクア・マスター》って……
「《アクア・マスター》には《レオパルド・グローリーソード》がクロスされているので、どの種族の進化クリーチャーにも進化できます。なので、《アクア・マスター》を、《世界樹ユグドラジーガ》に進化!」
とりあえず、でクロスしていた《レオパルド・グローリーソード》が役に立った!
《レオパルド・グローリーソード》の効果で、種族の進化条件を無視して、《アクア・マスター》は《ユグドラジーガ》へと進化する。
「また随分と古いカードが出たが……これはいいぞ」
「一応、《グローリーソード》を《エキゾースト》に付け替えて……攻撃です。《ユグドラジーガ》で《ドンパッチおじさん》を攻撃!」
「《パルピィ・ゴービー》でブロック……は、できないのか。ステルスだったね」
「ステルスってなに?」
「相手のマナゾーンに指定された文明があると、ブロックされない能力……だったはずだ。かなり昔の能力だから、ボクもよく知らないけど」
「普通にブロックされない能力の下位互換みたいなもんじゃないの、それ?」
「否定はできませんね」
……で、でも、今回は相手のブロッッカーを無視して《ドンパッチおじさん》を倒せたし、結果オーライだよね!
ターン8
育水
場:《パルピィ》《結婚してくれやぁ!!》
盾:5
マナ:7
手札:3
ローザ
場:《ユグドラジーガ》《エキゾースト+グローリーソード》
盾:2
マナ:9
手札:3
共有墓地:19
共有山札:∞
「あたしのターン……むぐぐ、ここでいらないカードを引いてしまうとは……」
「ローの読み通りか。慣れてはいるけど単純だな、あの人」
呻く部長さん。
ローザさんが《エキゾースト》を破壊せず、カードを引かなかったことは、結果としては成功だったみたい。
「確か、四番目くらいにあれを置いてたはずだから、ここは……《終断α ドルーター》召喚! フィールドがあるから、一枚捨てて二枚ドロー!」
「あのクソフィールド、役に立ってるぞ」
「たまーに役に立つのよね、あれ」
あのクリーチャーは、ユーちゃんも使ってた……あ、そっか。
《ドルーター》は“フィールド”があれば能力が使えるから、《ドルマゲドン》がなくても、他のフィールドがあればいいんだ。
それが、幸せフィールド、なんていう変なフィールドだったとしても。
「よーし引いちゃったよ! 《ジェットパンチ・ドラグーン》召喚! タップされてる《ユグドラジーガ》を破壊!」
「やられてしまいましたか……ですが、まだ手はあります。私のターン、3マナで《ライク・ア・ローリング・ストーム》を唱えます。山札から三枚を墓地に置いて、墓地から《カシオペア・ストーリー》を手札に戻します。呪文を唱えたので《堕魔 ヴァイプシュ》も手札に戻りますね」
「《ヴァイプシュ》奪われた!」
「あぁそうか、墓地が共有だから、相手の捨てたカードも取れるのか」
山札が共有で、上に置いたカードを相手に押し付けられるのなら。
相手の捨てたり、破壊されたカードも、共有の墓地から自分が拾うことができる。
結果、ローザさんは相手の《ヴァイプシュ》を手に入れた。それ一枚で戦況が大きく変わることもなさそうだけど、ないよりはいいのかな。
「7マナで《エキゾースト》を《聖帝カシオペア・ストーリー》に進化! アーク・セラフィムから進化するクリーチャーですが、《レオパルド・グローリーソード》の効果で進化できます」
「まーたぁ!?」
「何気に大活躍してるな、あのクロスギア」
「能力で、山札から五枚を表向きにします」
《カシオペア・ストーリー》の能力で、ローザさんは山札から五枚をめくる。
めくられたのは、《ギロチン・チャージャー》《怒りの赤髭 ゴセントラス》《3月》《さくらいおん》《青守銀 ダンケ》だ。
「その中から、各文明のクリーチャーを一枚ずつ手札に……《ゴセントラス》《さくらいおん》《ダンケ》の三枚を手札に。残りを山札の下に……よいしょ」
「あ、箱の下とかに差し込んじゃっていいよ。どうせもう回ってこないし」
「シャッフルするカードは全部抜いてるものね」
「つーかシャッフルできねーしな」
何百枚あるのかわからない超強大で膨大なデッキ。確かに、これだけの枚数のカードの束をシャッフルするのは、大変かも……
「では、次です。墓地に呪文が十枚以上あるので、《怒りの赤髭 ゴセントラス》をG・ゼロで召喚します」
「ふぁっ!? 初見でなんて高等テクニックを! 恐ろしい子!」
「いや、墓地共有ルールを理解している時点で、そのくらいできんだろ」
「基本ルールの応用だし、高等ってほどでもないわよね」
共有墓地には、部長さんとローザさんが二人して溜めたカードがたくさん。呪文の枚数も、とうに十枚を超えている。
ローザさんはこのターンに一気に大型クリーチャーを展開して、畳み掛ける。
「攻撃です! 《カシオペア・ストーリー》でWブレイク!」
「え、えーっと、じゃあ《パルピィ・ゴービー》でブロック!」
ターン8
育水
場:《ドルーター》《ジェットパンチ》《結婚してくれやぁ!!》
盾:5
マナ:8
手札:2
ローザ
場:《カシオペア+グローリーソード》《ゴセントラス》
盾:2
マナ:9
手札:5
共有墓地:25
共有山札:∞
「なかなかに辛み。えーっとここは……《超獣大砲》であたしの《ドルーター》を破壊して、《ゴセントラス》も破壊! さらに4マナで《リバース・チャージャー》! 墓地の《ゴセントラス》を手札に戻すよ!」
「おっと、これは……!」
「G・ゼロで《ゴセントラス》返し! 《赤髭》は寝返った!」
「むぅ……!」
「このルールなら《ゴセントラス》のG・ゼロの達成は容易いが、相手の使ったカードを奪うこともできる以上、奪って返しに出しやすい、というデメリットでもあるわけか。あの壁は厄介だな」
「普通にパワー高いし、ブロッカーだし、打点もあるし、ちょっとヤバくない?」
「ヤバいですね。というか、《カシオペア・ストーリー》って進化クリーチャーなのにパワー6000しかないのか。ちょっと低すぎないか? 8000くらいあってもいいだろ」
確かに、最大で五枚も手札を増やせるのはすごいけど、7コストでパワーが6000しかないのは、少し物足りないかも。
能力が違うから単純比較はできないけど、《エヴォル・ドギラゴン》は6コストでパワー14000だし……1コスト上がってるのに、パワーは半分以下しかないなんて。
「私のターン。手札は多いですが、なんとも使いにくいカードばかり……とりあえず、5マナで《さくらいおん》を召喚。マナを増やして、さらに6マナで《青守銀 ダンケ》を召喚します。山札から一枚を裏向きに、一枚を表向きにして追加……ende」
ターン9
育水
場:《ジェットパンチ》《ゴセントラス》《結婚してくれやぁ!!》
盾:5
マナ:9
手札:1
ローザ
場:《カシオペア+グローリーソード》《さくらいおん》《ダンケ》
盾:3(+《ギガジール》)
マナ:11
手札:3
共有墓地:27
共有山札:∞
「むぃーん、さーてどうしましょかねぇ。殴ったはいいけど、先のこと考えてなかった」
「ノープランだったのか」
「らぶちー、君って奴は……」
「イクちゃんはいつもあんな感じよ」
「知ってるけどさ」
「まあ、勢いだけの馬鹿だからな」
「でも僕、その勢いだけでこの部を創立した点は評価してますよ。あぁ、この人はなにかを生み出せる馬鹿なんだ、って」
「それは褒めているのか?」
「正直、先代の生徒会長が押しに弱かっただけだったと思うのだけれど」
「外野がピーチクパーチクうるさいよ! とりま《クアトロ・ブレイン》! 四枚ドロー!」
「なんかやけっぱちになったぞあいつ」
「イクちゃんだから」
けど、ここで一気に四枚ドローは、結構強いんじゃないかな?
一気に手札が増えたということは、それだけ攻め手も増えたということ。除去カードも引いているかもしれない。
……って、いうか、
「あの、えっと……あれ? ねぇ、霜ちゃん……」
「あぁ……なんか、デュエマじゃないカードが混じってるな……」
部長さんが引いたカード、裏面が茶色っぽくて、明らかにデュエマとは違うカードが混ざっている。もうなんでもありですか。
でも、誰も咎めないし、たぶんそこに物申しても説き伏せられてしまいそうだし、そもそも違うゲームのカードがデュエマのルールで使えるわけもないし、わたしもなにも言えなかった。
「むふむふ。なるなるねー。えっと、じゃあ《ソーラー・チャージャー》で《ゴセントラス》と《ジェットパンチ・ドラグーン》を選ぶね。これでターンの終わりに、この二体はアンタップする」
「《ゴセントラス》が警戒を持ったか。面倒だな」
「で、残った2マナで《
「じゃんけん?」
「《チョキパン》はじゃんけんの結果で能力を発動するクリーチャーだからね」
「変わったクリーチャーだね」
バニラ呪文に
「じゃんけんですか……いいでしょう」
「よしっ! じゃあ、あたしはグーを出すよ!」
「えっ?」
「心理戦!?」
「小賢しいな……」
たまにいるよね、じゃんけんでなにかを決める時に、心理戦を仕掛ける人。
こういうのは、深く考えすぎたらいけないんだけど……
(あ、相手がグーを出すということは、私はパーを出せば勝てます……で、でも、相手はそれを誘っているわけだから、ここはパーを予想してチョキを出してくる相手に勝つためにチョキを……いやでも、もし相手が素直にグーを出してきたら……)
ローザさんは明らかに、相手の出す手を考えることに没頭していた。
「うわぁ、ローの奴、完全に相手の術中に嵌ってるぞ」
「どうせ三択なんだし、適当に出せばいいのにね」
……ドイツには、あんまりじゃんけんの文化はないのかな?
「チョキにはグーを出すべき……でもその裏をかいてチョキで行けば……いやでも、相手がそこまで裏をかくかと言われると……」
「よし勝負だ! あたしはグー! じゃんけんぽん!」
「わ、わわっ、ぽ、ぽんっ!」
あれやこれやと悩むローザさんに、超特急で勝負を仕掛ける部長さん。
慌てて出したローザさんの手はパー。対する部長さんはチョキだった。
「あたしの勝ちぃ! これで《チョキパン》はスピードアタッカーだ!」
「部長、直前で「あたしはグー」って言いましたよね。酷い誘導ですよ」
「あまりにも小賢しすぎるな、あいつ」
「知ったこっちゃないよ! 勝てば官軍! 勝てばよかろうなのだぁ! 行けぃ! 《ゴセントラス》でWブレイク!」
「ブロックした方が……でもここで《ダンケ》を失ったら……う、受けます。S・トリガーは、ありません……!」
「《チョキパン》で攻撃!」
「え、えっと、《ダンケ》でブロック……」
「……だいぶペースを乱されてるな」
「今のは《ジェットパンチ》をブロックする方が良かったよね。あんまり変わらないかもだけど」
ローザさんは完全に部長さんの勢いにのまれていた。
《ゴセントラス》と《ジェットパンチ・ドラグーン》は《ソーラー・チャージャー》の効果でこのターンの終わりにアンタップするけど、《チョキパン》にはその効果はない。だからここは、パワーも高い《ジェットパンチ》をブロックして倒すべきだったはずなんだけど、焦って《チョキパン》をブロックしてしまった。
「ラスト! 《ジェットパンチ》でブレイク!」
「う、え、えぇっと、S・トリガー《フェザン・ルーラー》です! シールドを一枚回復!」
「ターンエンドだよ! 《ソーラー・チャージャー》の効果で《ジェットパンチ》と《ゴセントラス》をアンタップ!」
「シールドが残り一枚……と、とりあえず防御を固めなきゃ……私のターン、《ギガスラッグ》《キング・クラーケン》、それから《堕魔 ヴァイプシュ》を召喚! え、ende……!」
ターン10
育水
場:《ジェットパンチ》《ゴセントラス》《結婚してくれやぁ!!》
盾:5
マナ:11
手札:2
ローザ
場:《カシオペア+グローリーソード》《さくらいおん》《ダンケ》《ギガスラッグ》《クラーケン》《ヴァイプシュ》
盾:1
マナ:12
手札:2
共有墓地:30
共有山札:∞
「私のターン! よーし、そろそろ勝っちゃうぞー!」
「盤面ではローの方が強いはずなんだけど、なんだ、あの人の無駄な余裕は」
「あと、あの握ってるマジックのカードも気になるよね」
「マナに置かないってことは、土地ではないのか。いや、あんまり関係ないとは思うんだけど」
《ゴセントラス》のパワーには勝てないけど、ローザさんの場にはブロッカーが二体、しかもうち一体はスレイヤー。
それにクリーチャーも多いから、このまま押し切ればいける……?
と思ったけど、部長さんの勢いは、このくらいでは失速しない。
波に乗ったら、その波は波濤となって襲い来る。
「ドロー! おぉ、引きが神ってる! じゃあまず、《ニケ
「スピードアタッカー……でも、まだブロッカーが――」
「まだまだ! 3マナをタップ!」
ブロッカーで場を固めたローザさん。その布陣を突破することは容易ではない……と、思われたけど。
今、フィールドを包み込む幸運は、部長さんに向いている。
だから、
「《終断β ドルドレイン》を召喚! 場に自分のフィールドがあれば、相手クリーチャー全部のパワーを-1000!」
「フィールドって……!」
「ずっとあるよ! 君が私のキュウコンを断った、幸せフィールド!」
……!
また、あのフィールドが……!
「決めにいくつもりか、これは……!」
ローザさんのブロッカーはすべて行動不能、あるいは破壊されてしまった。
彼女を守るものはシールド一枚。だけど、部長さんの攻撃できるクリーチャーは三体。
S・トリガーがなければ、ローザさんは……!
「《ファルコン・ボンバー》で攻撃! 《ドルドレイン》をスピードアタッカーにして、シールドをブレイク!」
「っ、S・トリガー発動です! 《青守銀 グーテン》を召喚!」
「《ゴセントラス》で攻撃!」
「《グーテン》でブロックです! 《グーテン》が破壊されたので、シールドを一枚追加!」
「《ドルドレイン》で最後のシールドをブレイク!」
S・トリガーで防いでも、まだ足りない。
もう一枚、S・トリガーがないと……!
「……! 来ました、S・トリガー! 《たたりとホラーの贈り物》! 私のパワー5000以下のクリーチャーを破壊して、相手のパワー5000以下のクリーチャーを破壊――」
「させないよ! 2マナで《対抗呪文》! 相手の呪文を打ち消す!」
「はいっ!?」
えっ!?
部長さん、今なにをやったの!? というかそれ、デュエマのカードじゃない……!?
「ちょっと待て! デュエマでインスタントを使うなんてアリか!?」
「アリでーす! ありおりのアリでーす! この束に入ってるカードならなに使ってもいいんだよ! それがルールだ!」
「……確かに、このデッキに入ってるカードならすべて使えるって、最初に言ってたね」
「そういう意味かよ……! デュエマでインスタント、しかも打ち消しとか……!」
「残念だったね! というわけで、《対抗呪文》でその呪文は無効だよ! 残念無念また来年!」
「う……!」
インスタントとか、打ち消しとか、なにが起こったのかもなにもかもがわからないけど、とにかくローザさんのS・トリガーが無効化されたことだけはわかった。
ブロッカーはいない。シールドもない。S・トリガーも、消されてしまった。
つまりもう、ローザさんを守るものはない。
「あたしの勝ちぃ! ロリっ子二人目は貰ったよ! 大丈夫、安心して! 姉妹丼で可愛がってあげるから!」
「……!」
「《ジェットパンチ・ドラグーン》でダイレクトアタック――」
部長さんのとどめの一撃が放たれる。
その、刹那。
「――ニンジャ・ストライク!」
ローザさんの手札から、一枚のカードが、飛び出した。
「《光牙忍ソニックマル》を召喚です! 能力で《ダンケ》をアンタップ!」
「げ」
ニンジャ・ストライク……!
光のシノビ、《ハヤブサマル》じゃない……あんまり見たことないシノビだけど、なんにせよこれで、ブロッカーが機能するようになった。
最後の一撃を、防げる。
「《ダンケ》で《ジェットパンチ・ドラグーン》の攻撃をブロックです!」
「……ターンエンド」
「攻め切れなかったか。相手はこのターンローを倒すためにリソースすべてを使い切った。ここから逆転の芽が見えるな」
間一髪。正に九死に一生を得たローザさん。
部長さんにはもう、手札もないし、クリーチャーもすべてタップ状態。
クリーチャーを倒すにしても、このまま攻めるにしても、チャンスではある。
(確かに、シールドはゼロでも、バトルゾーンに余裕はあります。しかし、今の手札では《ゴセントラス》が倒せません。とどめまではギリギリ届きますが……)
カードを引いて、思案するローザさん。
これはローザさんにとってチャンスだ。でも、チャンスだからこそ、彼女は考える。
みのりちゃんやユーちゃんなら、勢いのまま反撃に出るのかもしれないけれど、ローザさんは立ち止まる。
立ち止まって、より大きな可能性を、手繰り寄せる。
(ブロッカーを残しつつ、クリーチャーを並べて待つべきでしょうか? いや、もしそれで除去カードを引かれてしまったら……)
しばしの熟考。
考えに考えを重ねて、考え抜いた結果。
「……決めました」
ローザさんは遂に、答えを出した。
「7マナで《怒号の大地ガルボザック》を召喚。さらに3マナ《ダッシュ・チャージャー》! 《ガルボザック》をスピードアタッカーにします! 3マナで《早食王のリンパオ》も召喚!」
「SA付与……! ローも決めに行くのか。思い切ったな」
「見た感じ大したトリガーはなさそうだけど、スパーク系でもあれば一発で終わりだからね。除去がなかったっぽいけど、そんでも勇気あるよ」
W・ブレイカーが三体に、他クリーチャーが三体。攻撃手段としては十分すぎる。
ローザさんはここで、勝負を決めるつもりだ。
「……行きます! 《ガルボザック》でWブレイク!」
「ぬおぉぉぉ……! トリガー! 《地獄スクラッパー》! 《リンパオ》と《ヴァイプシュ》を破壊するよ!」
「いきなりS・トリガー……でも、まだ届きます! 一応、ブレイクボーナスで4マナ増やして、続けて《カシオペア・ストーリー》でWブレイク!」
二度目のWブレイク、これで部長さんのシールドは残り一枚。
ローザさんの攻撃できるクリーチャーは二体いるから、これ以上のトリガーがなければ、そのままとどめを刺せる。
「トリガーは……あった! S・トリガー!」
「っ!」
そんな希望を打ち砕くかのようにして宣言される、S・トリガー。
それは、
「《星龍の記憶》!」
光の呪文……だけど。
それは唱えられてすぐに墓地に行ってしまう。場に、なにも及ぼさないまま。
「《星龍》……ここでか……!」
「あ、あのカードは……?」
「簡単に言えば、自分のシールドをすべてトリガーにする呪文だよ。これで彼女の最後のシールドはトリガーと化した。下手をすれば、地雷を踏み抜くことになる」
「けど、相手はアタッカー三体。ローザちゃんにはブロッカーが一体しかいないし、《さくらいおん》で殴り返しても凌ぎきれない。ここは、突撃するしかないよね」
「すべてのカードがトリガー化すると言っても、相手のシールドは残り一枚。それが有効トリガーになるとも限らないしね」
相手の最後のシールドはトリガー。罠があるとわかっているけれど、進まなくてはならない。
ローザさんに残された道は、それだけだから。
「……攻撃します! 《さいくらいおん》で最後のシールドをブレイク!」
「はっはっは! 飛んで火にいるなんとやら! 当然、こいつはS・トリガーだもんね! 勝ったッ! 第3部完!」
「あ、ダメよイクちゃん、それは負けフラグ――」
S・トリガーとなった最後のシールドをブレイクしたローザさん。
それをめくり、勝ち誇る部長さん……だけど。
自信満々にめくったカードを見て、一瞬硬直。顔が真っ青に青ざめて、苦々しい、苦虫を噛み潰したどころか、この世すべてを恨んでいるかの如き怒りと悲しみを湛えた表情を見せたかと思うと、思い直したように首を傾げて、パァッと明るくなって、なぜか楽しそうに笑みを浮かべる。随分な百面相です。
……一体、なにを引いたの?
「えーっと、じゃあ、S・トリガーです」
「は、はい……」
急に改まって、S・トリガーの使用を宣言する部長さん。
正直、なにが引けたのかまったく予想がつかない。この状況を打開できるカードなのか、それともハズレなのか。
部長さんが最後に引いたS・トリガー。それは――
「呪文――《
――能力のない、呪文でした。
「……最後の最後で、バニラ呪文とは。酷いハズレだな」
正しくその通り。
部長さんが、ハンデと称して最初に使った呪文と同じような呪文。本来なら能力が書いてあるはずの欄に、カードの能力は書かれておらず、唱えてもなにも発動しない。
完全に大ハズレ……だと、誰もが思った。
「なに言ってんの、大当たりじゃん」
「え?」
けど、部長さんはそうは思っていない。これはアタリだと、主張する。
「なーんか、ギスギスしたまま終わる感じで嫌だったんだよね。ちょうどいいタイミングだし、呪文の効果、ちゃんと使わなきゃ」
「呪文の効果? でも、それはなんの効果も……」
「あー、まあそうなんだけど。ほら一応、ちゃんと言葉にしたいなってさ」
「? なにをですか?」
「決まってるじゃん。“感謝”だよ」
感謝?
それって……
「いきなり連れて来ちゃってごめんね。でも、今日はいい一日だった。すっごく楽しかった。久々にコレで遊べたし……うん、だから、そのお礼と感謝だよ」
部長さんは、飛び切りのにこやかな笑顔で、告げた。
「あたしたちと
精一杯の、感謝の言葉を。
爽やかに、華々しく。
「……Danke」
これで、呪文の効果は終わり。
ローザさんは最後に残ったクリーチャーに手をかける。
その時、ほんの少し、彼女の口元は、笑っていた。
「《青守銀 ダンケ》で、ダイレクトアタックです――!」
☆ ☆ ☆
「うがー! 負けたー! く゛や゛し゛い゛ぃぃぃぃ! もう吐くー! おろろろろろ!」
「さっきまでの感動はどこへ!?」
「ほらイクちゃん、生物学及び設定上は一応、女の子ってことになってるんだから、簡単に吐くとか言わないの」
「……この人、テンションが急転直下すぎてついていけないな。実子の方がまだマシだ」
えっと……その、とりあえず、勝負は決しました。
結果はローザさんの勝ち。と、いうことは、
「ちっこいのを引き渡すってことだったな」
「そうね。ほら、イクちゃん。いつまでも蹲ってないで」
「うぅー……ごめんねユーちゃん……」
「ブチョーさん……」
「まあ、別にいいんじゃないんですか? どっちでも。というか、どうでも」
事もなげに、塩井くんは言った。
それは投げやりで、無関心で、冷たい言葉だと思った。けど、違った。
「どうせうちの部はいつだって開放的で、来るものは拒みませんし。部長の方針としても」
「それもそうね。また好きな時に遊びにいらっしゃいな」
「そっか! そうだね! いつでも遊泳部の門は開かれている! だもんね!」
「できれば扉は閉めといた方がいいと思うんだがなぁ、俺は」
「でも、部をやめるやめないって話くらいで、私たちの関係が崩れるわけじゃないし。ね?」
「うんうん! 紅ちゃんの言う通りだよ! ユーちゃん! いつでも来て! 毎日来て! いやむしろあたしが行く!」
「それはやめとけ」
「まあもっとも、これもそちらのお姉さんが許せば、の話ですがね」
「…………」
「ローちゃん……」
ユーちゃんは、ローザさんを見遣る。
なんだか前にケンカした時と、ちょっと似た空気だ。
前と違うのは、ユーちゃんは怒りではなく、悲しみで訴えかけているところ、だけど。
そしてローザさんは、そんなユーちゃんに対して、
「……いいですよ、もう」
どこか諦めたように、言った。
「うにゅ?」
「この人たちが、悪い人でないことはわかりましたし……その、退部とか、もういいです」
「なんと! それは誠ですかいな!?」
「ローちゃん……!」
「ですが! あんまりユーちゃんに変なことを教えないでくださいね! 変なこと教えたら、私も怒りますよ!」
「変なことって?」
「あ、えっと、それは……それはそれです!」
退部の話を取り下げたローザさん。
……うん。ユーちゃんも退部は望んでいなかったみたいだし、ローザさんがなにを思って意志を変えたのかはわからないけど、これで一件落着、なのかな?
「やれやれ、ここまでの話は全部茶番か」
「で、でも、丸く収まってよかったよ」
「裸に剥かれかけたのに、君はよくそんなことが言えるな」
「そ、それはそうなんだけど……っ」
あんまりそこは思い出させないで欲しいかなっ!?
……とまあ、そんな感じで。
わたしたちと、遊泳部とのドタバタした交流? は、これでひとまず、幕を下ろしたのでした。
☆ ☆ ☆
後日、遊泳部、部室にて。
「昨日は騒がしかったな」
「でも、楽しかったよ? 久々にアレで遊べたし」
「そうね。私も、とてもいい男の子を見つけられて、嬉しいわ」
「水早君には同情しますね。まあでも、これで僕への矛先が逸れてくれるなら、万々歳ですか」
「勿論、私は司君のことも大好きよ」
「困りましたね。このクソアマ――もといショタコン先輩、どうしてくれましょうか」
「お前本当はコイツのこと嫌いだろ」
「そんなことはありません。背はわりと高い方ですし、顔立ちも綺麗ですし、胸もそれなり。中学生であることを加味すれば、なかなかの上玉だと思います」
「あら嬉しい」
「でもそれは、あくまでも“中学生として見た”場合です。結局のところ、柳尾先輩は僕の一個上の先輩でしかありませんから、お姉さん感が少し薄いんですよね。身近な姉的なものと考えれば、それはそれで需要はありますが、僕が望む最上級のお姉さんではありません。勿論、それは完全完璧な理想像であり、夢のようなものなので、ある種の“叶わないもの”というものではありますが――」
「また出たぞ、塩井のオタク喋り」
「これがなければ、普通に可愛いのよね、司君。この喋りは、私もちょっとキモイわ」
それはいつもの日常、いつもの光景。
あまりに混沌で、汚濁の如き言葉と感性を思うがままに放出する者共の、宴の痕。
それもまた混沌であり、汚濁の塊であった。
「丸刈り君は? 私はよく見てなかったけど、あの鈴の子、凄い胸が大きかったけど」
「あぁ……ありゃとんでもなかったな」
「ねー。黒と紐は流石の私もビビったもん」
「あんな中学生がいるのかと思ったぜ。そんじょそこらのグラドルよりもデカかいぞ」
「だよねぇ。レースまでならまだしもねー。複合役満とかマジパナイわ」
「中学生でアレってことは、あと一年、二年もすればさらに……将来も楽しみってもんだ」
「あんな凄いの付けて中学生……っていうか、ちょっと前までランドセル背負ってたのか。ちょっと滾るね!」
「話、噛み合ってなくないですか?」
「いつものことよ」
しかしこの汚物の如き世界が、この部である。
汚らしくとも、俗物的で、獣のようであろうとも。
それが、彼らの“在り様”なのだ。
「でもさー、デルタったらずっと蹲ってばっかりだったんだよねぇ」
「まあ、丸刈り君は童貞だし、仕方ないわよ。特上の本物を前にして、パイタッチや視姦なんて真似ができるとは思えないわ」
「ぐっ、お前ら言いたい放題言いやがって……!」
「童貞は悲しいですね」
「てめぇもだろうが塩井!」
「本当にそう思いますか?」
「え……おい嘘だろ。嘘って言ってくれよ塩井。なぁ!」
「塩井君、黙ってればモテモテだもんねー。小学校の頃、彼女いたんでしょ? オボロ君から聞いたよー」
「なんですって? 司君が、汚されて……!?」
「変な想像しないでくれますか? っていうか、昔の話です。上級生とちょっと仲良くなって、好きだ好きだと言われたものの、やっぱり所詮は小学生。ガキだったので突き放しましたよ」
「辛辣すぎるな。だが安心したぞ塩井。お前は俺の味方だ」
「勝手に先輩の童貞臭さに巻き込まないでください気持ち悪いです」
「そうよ! 司君を丸刈り君なんかと一緒にしないで!」
「……俺にも辛辣だな」
仲間意識を踏み躙り、信頼も信用も打ち砕く。
嘘も偽りも唾棄して、思うがままを叩きつける。
だからこそ、この
不信や疑念といった陰りは、一切存在しない。
「で、部長。今日はなにかするのか?」
「またいつものようにだらだらしてるだけでは?」
「プールは夏の間しか使えないしね。あ、でも温水プールなら行けるわね。今度はあの子たちも誘って行くと良さ気だと思うのだけど、どうかしら、イクちゃん部長?」
「それもいいなぁ。新しい水着も用意したし……いっそ、あの子たち用の水もあるといいかも」
「誘って来ますかね?」
「知らん」
「その時はほら、またアレで勝負して引きずり込むとか?」
「おー、紅ちゃんもノリのりんじゃーん!」
「どうせ水早君に目を付けただけでしょう。彼を守る義理はありませんが、大事にしないために一応は忠告しておきますけど、彼に性別の話はわりとデリケートなので、注意してくださいね」
「呼ぶならあの鈴の子も頼むぞ。多少強引な手を使っても俺は黙認する」
「ここぞとばかりにムッツリ発動ね、丸刈り君」
「うるせーぞ」
「わかってるわかってる、デルタのことはちゃーんとわかってるよ。あたしもロリ鈴ちゃんには感謝&期待してるもん。あれこそホープ。ビッグ! バスト!」
「要するに巨胸ですね」
「いやぁ、ワクワクしてきた! みんなで遊ぶためのものも用意しなきゃ……あ、みんなでお金出し合って、カード買い足す? そろそろ同じカードばっかりで飽きてきたでしょ」
「まあなぁ」
「僕はあんまり触ってないので、そうでもないですけどね」
「でもいいわね。別のルールを考えたりとかしても面白そう」
「うんうん!」
だからこそ、彼ら彼女らは、純粋に歓喜を享受する。
気遣いも駆け引きもない、しがらみのない純粋な状態だからこそ、純粋に遊戯を楽しめる。
それが、遊泳部という部活なのだ。
「あぁ、楽しいことがいっぱいあるって、いいなぁ――!」
☆ ☆ ☆
翌日。
ドンッ!
と、ユーちゃんの目の前に、何冊もの本が積まれた。
「あの、ローちゃん……これは、一体……?」
「保健体育の教科書だよ」
「……保体の教科書?」
実際には、図書室で借りたと思われる本も混じってるけど……でも、なんでいきなり?
もしかして、この前の件に関すること……?
「私だって反省しているんです。ユーちゃんも、もう中学生。あんまりやることなすことをダメだダメだと禁止するのは、よくないと理解しました」
「ほー、それは殊勝なことで」
「なんで実子が偉そうにするんだ。君、この前の大変な時に限って呑気に肉喰ってたじゃないか。大変だったんだぞ、あの時」
「へー」
みのりちゃんはあんまり興味なさそうだった。
……ちゃんとなにがあったかを説明すればまた違うのかもしれないけど、わたしもあんまり思い出したくないし、あんまり話したくないから、この話はこれでおしまいです。
「ですが! ユーちゃんが自由に遊ぶのを許したとしても、正しい教育によって、正しい道を進まなければいけません! 変なことを知って、心が歪んでしまってはいけないのです!」
「なんだか暴論っぽいが、あの部室での惨劇を見るに、否定しきれないな」
「ですので、私がユーちゃんに正しい教育を施します。あの部活は、ユーちゃんの知識を曲げてしまいますから」
「そんな部活のひとつやふたつで大袈裟な」
「いや、そうとも言い切れない。あそこは本当に……魔界だ」
「なに魔界って。話盛りすぎぃ」
「あそこは酷い。変態……いや、人の本能に根差した好みをとやかく言うのは良くないな。だからあえてこう言うべきだな。連中は、単純に気持ち悪い、と」
「あっはっは! なにそれ、愉快そうだね」
至極真面目な顔で言う霜ちゃんを、みのりちゃんが笑い飛ばすけど……霜ちゃんの言ってることは、あんまり間違いでもない気がします。
本当にすごいところだったし……うん、色んな意味で。あけすけというか。
「お勉強……ちょっと、イヤ、です……」
「これはユーちゃんにとって必要なことなんだよ。ちゃんと、正しい知識を身に着けないと」
「でもユーちゃんは、実際に見たり触ったりして覚えたいよー」
「じっ、実際に、見たり、触ったり……!? だ、ダメだよユーちゃん、私たち、姉妹だし、女の子同士だし……で、でも、それでユーちゃんが正しくあれるのなら、私は……!」
「……ローザが、こわれはじめた……」
「大丈夫なのか、この姉妹」
「意外とポンコツっぽいよね」
こうして、ローザさんによるユーちゃんへの正しい性教育が始まる……かは、わからないけれど。
あの部活は確かに、ある意味ではとても恐ろしい。大切ななにかが曲がってしまいそうというローザさんの言い分もわかる。あそこは、刺激的すぎる。
だけど、あそこの人たちは、根はいい人たちばかりなんだと思う。
すべて素のまま、あるがままに振る舞って……そのせいで、ちょっと暴走気味なところはあるけど、でも、本当の自分を曝け出せるっていうのは、素敵なことだと思うし、すごいことだと思う。
わたしは、あんまりそういうことできないから。ちょっと、羨ましいかも。
「じ、実技がいいなら、それもやぶさかでもないけれど……で、でもまずは知識からだよ! 身体を使うのは、頭で覚えてから!」
「なんかエロいね」
「そんなことありません! 茶化さないでください! さぁユーちゃん、席に座って! お勉強のお時間です!」
「うー、小鈴さーん! 助けてください!」
「えぇっ!? わ、わたしっ?」
「……こすず、がんば……いちぬけた」
「おっと私も今日はもやしが安い気がしたなぁばいばい」
「あっ、恋ちゃん! みのりちゃん! 待って! 置いてかないで――!」
ユーちゃんに泣きつかれて、ローザさんが迫ってきて、恋ちゃんとみのりちゃんは教室から出ようとして、もうしっちゃかめっちゃかです。
霜ちゃんも、なんか遠くに避難してるし……あぁ、もう、どうしたら……!
「……それにしても」
遠くで霜ちゃんは、窓の外を見遣る。部室棟の方に、視線を向ける。
そして、誰にも聞こえない声で、囁いた。
「結局、遊泳部ってなにをする部活なんだ?」
設定だけあってほとんど触れられなかった、ユーちゃんの所属する遊泳部についてでした。こいつらだけでシリーズ一つ作れそうなくらい変な連中ですが、動きを制御するのが大変なので少なくとももうしばらくは書きません。
次回もユーちゃんを掘り下げる回を投げようかと思います。というわけで、誤字脱字感想等ありましたら、お気軽にどうぞ。