デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 こんなタイトルだけど釣りではない。ちゃんと真面目に書きましたよ今回は。
 まあ、当初書こうと思っていた話が、思いのほか思うように進まなくて、急遽別の話を前倒しする形で持ってきたのは、少しばかり無念ですが……
 ところで四話構成にすると、どうしても各話がナンバリングになっちゃいますよね。前後編とか、序破急とかできにゃい。起承転結は……なんか意味違う気もするしなぁ。


40話「釣られました [起]」

「はぁー……なんか、飽きてきたなぁ」

 

 彼は気怠そうに溜息を吐く。視線の先には、水面に沈む一筋の釣り糸。

 彼は“こちら”に来てから、ずっと釣りをしていた。海で、川で、磯で、沼で、池で、湖で。延々と釣り糸を垂らし続けてきた。

 一体、どれくらいそうしていただろうか。過ぎてみれば時間などあっという間、とても長い時間が経ったような気もする。だが同時に、それほど時間が経っていないような気もする。

 

「まさか、このぼくが釣りに飽きるなんてね、あいつがいないからかなぁ。なんやかんや、一人釣りって初めてだしなぁ。加えてここまでずぅっとお喋りの相手がいないんじゃ、流石に辛いねー」

 

 その悠久にして刹那の時間は、釣りを生業とする彼の精神さえも摩耗させていた。

 彼は顔を上げ、水平線の向こうまで目を向けて、ぐるりと首を回す。

 見渡す限りの、水の色。青く、蒼く、碧い。

 しかし彼はその海色に満足できなかった。

 

「こっちの海は汚いなぁ、景色で心を満たすこともできない。青黒いっていうか、なんか臭い。見た目が悪いだけじゃなくて、水そのものが気持ち悪い。毒でも流してるみたいだ。これならアッコロのクソタコのせいで海が赤くなる方がまだマシだよ」

 

 不平不満を垂れ流す。ここで相槌でも打ってくれる相方がいれば少しは気楽だったが、そんな相手もいない。

 ただ独り、ささやかな毒を吐くだけだ。

 

「あーあ、こんなことなら、クロノスの話に乗っとけば良かったかなぁ。どうせあいつが戻ってこないなら、気ままに釣りでもしてる方がいいと思って飛び出してきたけど……まさか、こんなにつまらないとは」

 

 ふわぁ、と欠伸をしたところで、竿が独りでに動く。

 ぐいぐいと引っ張られる感覚。大欠伸を噛み締めながら竿を上げると、小魚が一匹、食いついていた。

 それを見て彼は、舌打ちを一つ。

 

「……ちぇ、雑魚か。獲物がしょっぱいのも、飽きる原因だよなぁ。島を釣り上げるなんて伝説的神業はあれっきりにしても、せめてリヴァイアサン級の大物は釣りたいねぇ。こっちにはそのクラスの獲物はいないのかな? 星がちっちゃいから」

 

 小魚を海に放り投げ、再び釣り糸を垂らす。

 何千、何万、何億、何兆。星の数以上にやってきたことの繰り返し。

 今まで、それに飽きるなんてことはなかった。常に新しい獲物が、刺激があり、いつだって楽しかった。

 釣れた日は大漁に喜び、釣れない日は友との語らいを漏らして楽しんだ。

 しかし今はどうだ。釣れようが釣れまいが、なにも感じない。ただひたすらに虚無だ。

 自分の存在理由と言っても過言ではない行為が、価値のないものへと廃れていくような感覚に蝕まれる。

 

「なんやかんや、ネプトゥーヌスの頭でっかちがどやしに来たり、アッコロのタコ助が海を赤くして邪魔しに来たり、ヘルメスのド変態が獲物を掻っ攫ってたりしてた時の方が、楽しかったのかもなぁ」

 

 この今の苦痛に耐えかね、遠い昔の出来事を思いを馳せる。

 昨日の成果より今日の成果。それが信条だったはずなのに、過去に縋るだなんて、らしくない。

 釣果を語るものとしての誇りもなにもが、掠れて、薄れてしまったのだろうか。

 

「まあでも、もう皆いなくなっちゃったし、仕方ないか。いないもんはしゃーない。僕には、もう釣り(これ)しか残ってないわけだし」

 

 だから、こうするしかない。

 半ば惰性で、ほとんど諦めて、彼は僅かに、竿を揺らした。

 

「ん……いや、考え方を変えるか」

 

 と、そこで。

 彼はふと思いつく。

 悪巧みをするには釣りが一番だ。釣りをしていたら、次の悪戯が思い浮かぶ。そう言っていたのは“彼”だった。

 そんなことを思い出しながら、思考を巡らせる。

 普段ならなにも考えずに釣り糸を沈めているだけだが、今は考える。頭を回転させる。

 

「海釣りも川釣りも磯釣りも池釣りも沼釣りも湖釣りも、場所で分類される釣りはコンプした。なら、獲物に狙いを付けてみよう」

 

 ただの釣りには飽きた。なら、その釣りの趣向そのものを変えれば、いいのではないか。

 

「でも、そうだなぁ。もう大抵の獲物は釣っちゃったっぽいしなぁ。っていうかこっちの獲物は、どれもこれも似たような姿で、面白みに欠ける。この前釣ったでっかいタコも、アッコロに比べればちっぽけだったしなぁ」

 

 もっとも、あの神話の化物の方が規格外なんだけど、と彼は呟く。

 釣りそのものの趣向を変える。釣りに目的を付ける。彼の信条からすればそれは邪道だが、あまりにも退屈すぎて、その信条を曲げることにも躊躇いは薄かった。

 しかし、幻の魚だとか、すべての生き物を釣り上げる、という目標ではダメだ。その程度のことは、既に通過している。

 彼に釣り上げていない獲物など、もはや存在しないだろう。

 

「……違うな。ぼくにもまだ、こっちで釣っていないものはある」

 

 海の魚も、川の魚も、磯の魚も、池の魚も、沼の魚も、湖の魚も、あらゆる獲物を釣り上げた。

 しかそ“水中の外”の獲物はまだ、釣っていない。

 

「獲物はなにも、海にしかいないわけじゃない。水の中だけじゃない。そして“釣り上げる”という行為は、必ずしも釣り竿と釣り針で為されるものではない」

 

 自分が語るべき相棒は、島をも釣り上げた。“彼”と彼は、それを釣果として、神話になった。

 ならば、水の外に目を向け、獲物を釣り上げることに挑戦するのも、アリではないか。

 

「暇すぎて死にそうだし、たまには頭を使って釣りをしますか」

 

 それは、今まで自分が為してきたような釣りではないけれど。

 “彼”がしてきたこと。それに近しいなにかではありそうだった。

 

「ぼくはただの釣り針でしかないけど……これでも釣果の神話を語る者。ま、やるだけやってみよう。どうもこっちには、あっちから流れてきた奴らがたくさんいるようだし、そいつらを使えばいいかな」

 

 彼は、竿を上げる。魚はかかっていなかった。

 竿を担ぐと、海を背に、陸を見遣る。

 今までずっと海を見てきたので、大地と向き合うというのは、生を受けて初めてのことかもしれない。

 その新鮮さに、ほんの僅かに退屈を満たす高揚を覚えつつ、彼は歩み始める。

 

 

 

「それじゃあ。この世界に、釣り糸を垂らしてみようか――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 もうすっかり秋です。栗やお芋のパンがおいしい季節です。

 今は帰りのHR中。しばらく休んでいた、担任の鹿島先生も戻ってきました。

 

「――んじゃーそんな感じで、学祭準備は進めといてくれ。で、他の連絡事項は……」

 

 先生は乱雑にまとまったプリントの束をめくっている。

 体育祭、文化祭、中間考査――秋は行事とかが色々ある季節なので、先生も連絡事項が多くて大変そうです。

 

「これは、あー……まあ、あんま関係なさそうだけど、連絡しとけって職員会議で言われたし、伝えとくか。最近、悪質なブラックバイトが流行ってるっぽい」

 

 ブラックバイト?

 バイトって、アルバイトだよね。それがブラック……ブラック企業みたいなもの?

 

「なんでもずっと家に帰ってこない奴もいるらしくてな……まあ、お前らは中学生だし、まずアルバイトなんてできないから、あんまり関係はないな。だが、間違っても変な誘いには乗るなよ」

 

 そう釘を刺すと、鹿島先生はプリントを纏めた束を、無造作にファイルの中に突っ込んだ。

 

「さて、そんなもんか。これでHR終わりだ。最近は寒くなってきたし、欠席者も多いから、風邪には気をつけろよ。んじゃ、解散!」

 

 その快活な声と共に、ガタガタとクラスメイトたちが立ち上がる。圧力や束縛から解放されたかのように、ゆるりと各々の時間をはじめる。

 そしてそれは、わたしたちも例外ではない。

 とりあえず教科書とかを鞄の中に詰めていると、みのりちゃんがゆらりとやって来た。恋ちゃんもいる。

 

「ブラックバイトだって。最近はブラックな職場の話ばっかりだねぇ」

「………そんな話……する……?」

「ツイッターとかで」

「うぅん……いや……年齢層、ちがう……から……」

 

 ツイッター……わたしはやってないけど、二人はやってるのかな?

 わたしがやらない理由は、うっかりお母さんの本――まだ印刷されていない、いわゆる生原稿――の感想を言っちゃったら、色んなところに迷惑をかけちゃうからなんだけど。

 そういう、うっかりなことがないとも限らないから、怖くてSNSとかできないんだよね……

 

「ブラックバイトか……なんかその話、兄貴から聞いたことある気がするな。まあ、兄貴の話なんてどうでもいいんだけど」

「水早さんは、お兄さんと仲が悪いのですか?」

「えっ? どうして?」

「お兄さんのことを、蔑ろにしているような言動が見受けられます。ダメですよ、ご兄弟なら、互いに敬い、認め合わなければ」

「そーですそーです! ユーちゃんはローちゃんと、とっても仲良しなんですよ! 霜さんもおにーさんと仲良くです!」

「いや、そんなこと言われても……兄貴だしなぁ」

「いい人だと思うけどな、霜ちゃんのお兄さん」

「悪い奴じゃないけど、特別いい奴ってわけでもないし。大体、兄弟なんてこんなもんじゃないのか?」

「ユーちゃんとローちゃんは仲良しさんです!」

「わ、わたしも、お姉ちゃんとは仲良いよ? たまに怒られるけど……」

「私も……仲良し……つきにぃ、ごはん、作ってくれる……おいしい……」

「恋のはなんか違うだろ、色んな意味で」

「私はぁー、兄弟姉妹とかぁー、いないんですけどぉー?」

「実子は実子で、なんか面倒くさい絡み方するし……くっ、まさかあんな兄貴のせいで、こんな変に話がこじれるとは……!」

 

 はぁ、と嘆息する霜ちゃん。

 霜ちゃんのお兄さん、霜ちゃんと出会う前にちょっと会ったことがある、くらいの面識しかなくて、名前も知らないけど……確か、あの人も元学援部、なんだよね。

 剣埼――いつきくんの、先輩。だったらやっぱり、悪い人ではなさそうだけど。

 霜ちゃんはお兄さんのこと、苦手なのかな?

 

「しかしブラックバイトね……兄貴はよく「うちのバイト先はブラックだ」って文句垂れてるけど」

「へぇ、どこ?」

「コンビニ」

「うわ普通。面白くないなぁ」

「だろうね」

「そういえば、先生も仰っていましたね。Arbeit……日本では、非正規の雇用のことでしたか」

「やー、就職とかまったく知らんけど、非正規だからってバリバリコキ使う会社が多いらしいね」

「嘆かわしい限りです。労働には、人の行いには、それ相応の対価があってしかるべきです」

「ま、まだボクらには関係ない。三年後くらいには改善されていることを願おう」

「まーねー。どうでもいいよねー、ブラックバイトとか」

「でも、結構な大事になってるみたいだよ、そのブラックバイト」

「え……? うわっ!?」

 

 ぬぅっと、わたしたちよりも大きな人影が現れる。

 線が細くて、柔和そうな顔立ちで、だけどどことなく怪しげな笑みを貼り付けたこの人は……

 

「お、朧さん……? どうしてここに……?」

 

 二年生の、若垣朧さんだ。

 新聞部に所属していて、この前の『用事連続殺傷事件』や『動物惨殺事件』では、色々お世話になった。わたしたちとも、決して浅くない関係の人だ。

 でも、ここは一年生の教室だし、どうして二年生の朧さんが?

 

「狭霧ちゃんに用があって来たんだけど……いない?」

「え、狭霧さん、ですか? さっきまでいた気がするんですけど……」

 

 狭霧さんというのは、若垣狭霧さん。わたしたちのクラスメイトで、朧さんの妹さんだ。

 ちょっと……少し? いや結構? 変わった人で、自由というか、傍若無人というか……気ままな人だ。

 朧さんも狭霧さんによく振り回されているみたいで、色々苦労しているようです。

 

「参ったな、オレだけじゃ手に余りそうだから、狭霧ちゃんにも手伝って欲しかったんだけど。メロンソーダを優先されてしまったかな、これは……まあいいや。どうせだし、ちょっとお喋りしよう」

「……なにか企んでるんですか?」

「まさか! オレには、企みなんてないよ。ただ今回の件は、うちの部でも注意勧告を兼ねて取り上げようと思ってね」

 

 今回の件、というのは、先生も言っていたブラックバイトのことだろう。

 朧さんは、噂や事件に非常に敏感だ。好奇心旺盛というか、知りたがりというか……とにかく、なにかがあれば、即座にその情報を手に入れてくる。中には、ものすごくどうでもいい情報とか、眉唾すぎるものも少なくないけど……

 そしてついさっき、先生が言っていたブラックバイトの話。これについても、もう情報を入手しているようだった。

 

「実は今話題のブラックバイトだけどね、これは労働基準法に触れるような企業の総称、不特定多数の職場のことを指す……というわけではなさそうなんだ」

「……ある一つの企業の隠語(スラング)、ってことですか?」

「恐らくはね。まあ、だいぶ都市伝説染みてるけど」

「まーた都市伝説かぁ。前もそんなんじゃありませんでした?」

「うにゅ……」

「…………」

 

 ユーちゃんとローザさんが、苦虫を噛み潰したような、苦い表情をしている。

 以前、朧さんと一緒に捜査した事件は、結局はうやむやのまま立ち消えた、ってことになったけど、実際はそうではなかった。

 朧さんには、クリーチャーのこととか、“あの人たち”のこととかは言えないから、わたしたちも誤魔化すしかなかったけど……

 都市伝説ではないかと始まった以前の事件は、本物の殺傷事件と化していた。

 じゃあ、今回は……?

 

「で、その都市伝説というのは?」

「どこかにひっそりと存在する工場で、夜な夜なこの世のものではない“なにか”を生産している、みたいな話だね」

「怪談っぽいですね」

「っていうか、かなーりふんわりした話ですね?」

「まあ、都市伝説だから」

「あの、それは、なにを作ってるんですか……?」

「さぁ? 地球外の食べ物だとか、万病に効く薬だとか、あるいは逆に強烈な毒性を持つ毒薬だとか。世界を滅ぼす兵器を作ってるなんて、ぶっ飛んだ噂もあるよ。ほとんど与太話だけどね」

 

 うーん……確かに、どれも事実とは思えなかった。

 噂には尾ひれが付く、とはよく言うけど、これじゃあ噂というより、ほとんど妄想だ。

 

「まあなにを作っているのかは、そこまで問題視されていない。というかさっぱりだ。大事なのは、両親や友人になにも告げず、ふらっと働きに出る者がいる、ということだ」

「働きに出るって、わかるんですか?」

「夜遅くに帰ってきた学生が、両親に言ったそうだよ「バイトしてた」って」

「そのくらいなら、別にそーんな変な感じしないですけどねぇ」

「それが連日続いて、色んな場所で発生して……ってなると、ちょっとずつ怪しさが浮き彫りになるんだよ。バイト先の連絡先もわからないし、業務内容は覚えてなくて、給金も出ていなさそう、とかなんとか」

「それは……確かに、怪しい、ですね」

 

 その話自体、どこまで真実かはわからない。さっきも言ったように、噂話には尾ひれがつくものだから。

 だけど、そんな話が噂としてある以上、すべてがすべて、まるっきり嘘とも言い切れない。

 

「なにより怪しいのは、企業実体がまるっきり不明ってことだ。どこの会社、どこの企業、どこの職場、なにもかもがわからない。なのに、働きに出ている人は皆、その不明な職場に向かっている様子。警察とか探偵とかも動いてるけど、軒並み行方不明になってるって話もある。いやぁ、好奇心をくすぐられるね」

「…………」

「おっと、そんな目で見ないでよ。今回は君たちに協力を要請するつもりはないよ。君らには、この前の事件で色々と迷惑をかけちゃったしね。今回はオレ個人……というか、普通に部として動くつもりさ」

 

 と、まるで弁明するように言う朧さん。

 霜ちゃんやみのりちゃんは、ずっと朧さんがなにか企んでいるんじゃないかと疑っていたけど……あの時、騙していたのはどっちかっていうとこっちだし、わたしはちょっぴり罪悪感がある。

 今回は……朧さんは新聞部として活動するみたいだから、わたしたちの出番はないんだろうけど。

 

「オレは基本的に、ソロで動く方が好きなんだよ。組むとしたら、信用に足る兄弟姉妹くらいだ」

「Ja! おねーちゃんは大事です! 朧さんも、ちゃんとわかってます!」

「言外にボクらは信用できないって言われてるようなのですが」

「ごめん、そういうわけじゃないんだ。ただ、この前はそうせざるを得なかっただけで、基本的にオレは、初心者素人を取材に引きずり回したりはしないって話。あの時はイレギュラーで、君たちとは、もっと純粋な先輩後輩関係くらいでとどめておきたいのさ」

 

 そう言って、朧さんは少しだけ、わたしたちから視線を外す。

 どこか遠くを見るような目で、ぼそりとなにかを呟いた。

 

「……それに、厄介な人に目をつけられて、安易に君らには手を出せないしね」

「へー。誰に目ぇつけられてるの?」

 

 と、その時だ。

 また、ぬぅっと人影が忍び寄る。

 朧さんはその声に身体を震わせ、振り返ると、目を剥いた。

 

「! げっ、長良川さん……!」

「げっ、ってなにさ」

 

 その人影は、謡さん――長良川謡さんだった。

 そういえば、朧さんと謡さんはクラスメイトなんだっけ。

 なぜか朧さんは、謡を見てたじろいでいるけど……

 

「いや……なんでもない、なんでもないよ。オレはなにも言っていない。オレは記者だからね、個人の思想は持たないんだよ」

 

 朧さんは、どういうわけか慌てているように見えた。

 ……どうして?

 

「それじゃあ、オレはこのへんで失礼するよ。狭霧ちゃんも探さないといけないしね。ばいばい!」

 

 と言って、朧さんはそそくさと、足早に、逃げるように、1-Aの教室を後にした。

 

「……なんだったんだろうな、あの人」

「というか、謡さんはどうしてここに……? あ、ひょっとして生徒会のお仕事とかですか?」

「いんや? 生徒会室に行くの嫌だから、適当にぶらぶらしてた」

「またサボリか」

「ダメですよ、長良川先輩。自分の役目は……特に、自分で選んだことなら、しっかりとやり遂げないと」

「耳が痛いなぁ。でも、私もやることはちゃんとやってるから」

「確かにお姉ちゃんも「やらせたことは大抵きっちりやるんだけどね」って言ってたような……」

「実子みたいな要領よく手抜きする、小狡いタイプか」

「え。私、先輩と同じ扱い? うっそでしょ」

「私は実子ちゃんが不満げなのが不満だよ」

 

 唇を尖らせる謡さん。けれど、すぐにいつものニコニコした表情に変わる。

 

「ま、私のことはいいんだよ。それより皆、今日も姉ちゃんのバイト先行くの?」

「なにもないなら、ボクはそのつもりだったが……」

 

 今日も今日とてワンダーランドへ……と思ったけど、今日のわたしには、少し考えがあります。

 考えっていうか、提案が。

 

「それなら、その前にちょっと寄り道してもいい?」

「寄り道? どこに?」

「どこ? うーん……どこだろう」

「? 小鈴、君はなにを言ってるんだ?」

 

 どこ、と聞かれるとなんと答えればいいのか困ってしまいます。

 それはどこにでもあるようで、そこにあるとは限らない、どこかにあるものだから。

 哲学じゃないよ。実際そうで、あれをどう表現するべきか、わたしはちょっとだけ悩みました。

 

「えーっとね、最近おいしいパン屋さんを見つけたの。ちょっとよくわかんないパンなんだけど」

「よくわからないってなにさ。なんか怖いな」

「それって、お昼に食べてたドーナツみたいなやつ?」

「うんっ。今日は運良く朝に出会えたから、買えたんだ」

「……出会えた?」

 

 霜ちゃんがつっつく。

 そうです。わたしは今朝、運命的な出会いをしたのです。

 それは偶然で、奇跡的な邂逅。

 そう、それは、いわゆる……

 

「移動屋台なの、そのパン屋さん」

「移動屋台! それはまた珍しいね」

「しかも焼き芋やラーメンじゃなくてパンか」

「そう、こういうの」

「まだ持ってるし」

 

 わたしは、包装に包まれたパンを取り出す。

 あんまりおいしそうで珍しかったから、たくさん買い込んじゃったんだよね。鞄を圧迫して、潰れちゃいそうです。

 

「おいしそーですね!」

「おいしいよ? みんなも食べる?」

Esse(食べます)!」

「いや……ボクはいい」

「おなじく……なんか、こわい……」

 

 ユーちゃんは受け取ってくれたけど、霜ちゃんと恋ちゃん、それからローザさんと謡さんにも、受け取りを拒否されてしまいました。

 うーん、残念。おいしいのに。

 

「みのりちゃんは?」

「ん……んー……」

「なにを悩んでるんだ。君は食い物には貪欲だろう。迷わず食いつくと思ったが」

「いや、そりゃタダ飯食えるなら万々歳なんだけど、小鈴ちゃんから食べさせられるものって、なんか悪夢が……」

「あぁ……なつまつり……」

 

 夏祭り? あぁ、懐かしい。

 みんなで、たこ焼きとか、焼きそばとか、焼きとうもろこしとか、フランクフルトとか、わたあめとか、りんご飴とか、ケバブとか、たくさん一緒に食べたよね。楽しかったなぁ。

 みのりちゃんはしばらく、うーん、うーんと唸って、答えを出す。

 

「うーん……やめとこう。私も怖い」

「そっかぁ。残念」

「おいひーでふ。むぐむぐ」

「ユーちゃん、ほっぺにお砂糖ついてるよ」

「うにゅ、Danke! ローちゃん!」

「しかし、これはなんだ? ドーナツか?」

 

 今ユーちゃんがもぐもぐとおいしそうに食べているパンは、楕円形の揚げパンみたいなもので、表面にグラニュー糖っぽいものがまぶしてある。

 食感からして油で揚げていることは確実。生地になにか練り込んでいるのかもしれないけど、わたしもどういうパンなのか、よくわからない。ドーナツ、という表現が一番近いと思うのだけれど。

 でも揚げパンっぽいから、わたしは大好きだよ。

 

「……まあいいや。じゃあ、道すがらその移動パン屋台とやらを探しつつ、ワンダーランド行こうか」

「そうしよ。みんなもきっと気に入るよ」

「ちなみに、他にどんなパンがあるの?」

「え? これだけですよ?」

「一種類だけかよ! なら今食べても、後で食べても同じじゃないか?」

「作り立ては違うんだよ!」

「へぇー、作り立てなんだ」

「いえ、包装されてるので、たぶん別のところで作って、それを売ってるだけだと思います」

「……小鈴ってさ、なんで食べ物が絡むと知能が下がるの?」

「えっ!? な、なんの話?」

「……ポンコツイーター……」

「ポンコツ!?」

 

 と、その時。

 ザザザ……とノイズがかった音が聞こえる。

 それは私たちの頭上――各教室や廊下に設置されている、スピーカーから発せられていた。

 

 

 

『えーっと……名前なんだっけ……そう、1-Aの伊勢。至急、職員室の木馬……じゃない。陸奥国のところまで来てください』

 

 

 

 というところで、放送は途切れた。繰り返しの放送もない。

 呼ばれたのは、わたしの名前。そして、あの声は……

 

「……今のって、先生?」

「あのやる気と正体を隠す気のない呼び出しは、間違いなくあの人だな。小鈴、呼ばれてるけど」

 

 先生がわたしを呼ぶなんて珍しい……しかも校内放送で。

 

「一人で大丈夫?」

「大丈夫だよ。学校だし、場所も職員室だから」

「念のため、スキンブルに見張らせとこうか」

「そんな、警戒しすぎですって……」

「小鈴、君は以前、痛い目を見たことをもう忘れたのか?」

「だ、だってあれは……先生も悪くないというか、そんなに故意って感じじゃなかったっていうか……」

 

 ただ職員室に呼ばれただけなのに、みんな大袈裟だよ。

 

「……はぁ。小鈴の危機意識の低さは問題だが、確かにここでそんな派手に動くとは思えないな」

「そ、そうだよ。気にしすぎだって」

「……それより……呼び出し、って……なに……? めずらしい……」

「校内放送を使ったのですから、授業に関するなにか、ではないのですか? あるいは委員会とか」

「いやぁ、あの先生、採点も回収も面倒くさがって、小テストどころか宿題すら出さないんだよ?」

「わたしも、なにも委員会には入ってないし……」

「謎すぎるな……」

 

 うん、言われてみると、呼び出される心当たりはまったくない。

 先生も、あんまりわたしたちと干渉したがらない……っていうか、あんまり生徒や学校関係者と、もっと言えば姉兄にとは無関係のものとは関わろうとしたがらないから、こういうのは本当に珍しい。

 逆に言えば、それだけ大切な用事、ってことなのかな……

 

「じゃあ、とりあえずスキンブルには見張らせておくよ。私たちは、昇降口あたりで待ってよう。行ってらっしゃい、妹ちゃん」

「あ、はい。それじゃあ、行ってくるね」

「はい。お気を付けて」

 

 そうして、わたしは一人で職員室に向かった。

 ……本当に、なんの用事なんだろう?

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「し、失礼しまーす……陸奥国先生は、いらっしゃいますか……?」

 

 コンコンと軽くノックしてから、職員室に入る。

 職員室に入ったのは一度や二度じゃないけど、どうもこの場所に来ると、無条件で緊張してしまう。

 わたしは職員室に入ると、キョロキョロと先生の机を探す。すると、奥の方から、片腕が伸びるのが見えた。

 

「こっちですよ」

「あ、はい。今行きます」

 

 腕はすぐに引っ込んでしまったけど、目的地はわかった。

 わたしは一直線に先生の机へと向かう。

 先生の机は、結構きれいだった……いや、きれいすぎない?

 プリントの一枚もない。それはきれいに整理整頓しているというよりは、仕事したくないから、仕事に関わるものはすべて退けた、ということを示しているみたいだった。

 そのことについて言及しようかと一瞬迷ったけど、先生は眉間に皺を寄せていて、明らかに不機嫌そうだったので、やめました。怖いです、先生。

 

「え……えっと、な、なにかご用ですか? 先生……?」

「えぇ。これを」

 

 そう言って先生は、折り畳んだメモを手渡した。

 そして、

 

「以上です。もう帰っていいですよ」

「……え?」

「聞こえませんでした? 難聴ですね。とっとと帰れと言いました」

「え、えっと……これは……?」

「開いて確認してください。私はまだ仕事が残っています。これ以上、あなたにリソースを裂きたくない」

「はぁ……?」

 

 そのまっさらな机でなんの仕事をするんだろう?

 いや、もっと他に聞きたいことはあったけど、先生はどうもピリピリしていて、怒っている節さえあったので、それ以上の言及は怖くてできませんでした。

 

「し、失礼しましたー……?」

 

 わたしは困惑しながら、そそくさと逃げるように職員室を後にする。

 

「な、なんだろう、このメモ」

 

 そして、先生から貰ったメモを開く。

 そこに書かれていたのは――

 

 

 

[カフェ Walrus & Carpenter]

 

 

 

「――? ? ……?」

 

 カフェ? ……え? なにこれ?

 えぇっと、この英語の文字。これはカフェの……お店の名前?

 うーん、よくわからない。

 わからないけど、とりあえずわたしは、みんなが待っている昇降口へと向かう。けれどそこにみんなの姿はなかった。

 校門の方かな? と思ってそっちに向かうと、予想通り、みんなは校門前にいた。

 それと、

 

「お、小鈴ちゃん戻ってきた」

「わーい! 鈴ちゃんなのよー!」

「わっ、葉子さん……!」

 

 ぎゅむっ、といきなり抱きついてきた、背が高くてスタイル抜群の女の人――陸奥国葉子さん。

 本当の名前は『バタつきパンチョウ』さんっていって、先生のお姉さんだ。今は購買の店員さんをやってて、わたしもよくお世話になってる。

 

「もー、おねーちゃんは悲しいのよー。毎日見てたはずのすずちゃんの顔が、今日は見れなかったのよー」

「ご、ごめんなさい、今日は先に買ってて……そ、それより、あの、葉子さん、苦しいです……胸が……お胸が……」

 

 ぎゅうぎゅうと、すごい質量のものが押しつけられて、息苦しい。葉子さんは背も高いから、ちょうどわたしの頭が埋まっちゃう。息ができない。

 

「小鈴ちゃんが人の胸に圧殺されているところを見るのはなかなか圧巻」

「いんがおほー……」

「わたしが誰かを胸で窒息させたみたいな言い方やめてよ!」

 

 ガバッ、と葉子さんの抱擁から脱出する。というか、普通に手を離してくれた。

 

「そんなことより鈴ちゃん、これからお帰り? お出かけなのよ?」

「あ、そうなんです。これから動くパン屋さんに行くんです」

「動くパン屋って」

「葉子さんも行きますか?」

「それはとっても魅力的なのよ! でも残念ながら、今日の私はトンボとハエ太を待ってるのよ」

 

 葉子さんは、お仕事が終わると、たびたび校門前で弟さん――先生と、用務員のお兄さん――を待っている。

 元々朗らかで明るい性格だし、美人さんだし、スタイルいいし、目立つから、校門前にいるだけでも存在感があって、あっという間に学園の人気者になったりしてる。

 それはそれとして、すごく兄弟思いなお姉さんだから、今日も弟さんたちを待っているみたい。一緒に歩いて帰るために。ただそれだけのために。

 なんでもないことだけど、そのなんでもないことのために力を尽くす葉子さんは、すごく輝いて見える。

 人気者になるのも、当然だね。

 

「うーん、なら、今朝買ったもので良かったら、食べます?」

「本当? ありがとう、鈴ちゃん!」

 

 鞄から、できるだけ潰れていないパンの包みを一つ取り出して、葉子さんに手渡す。

 葉子さんはおいしそうに、もぐもぐとパンを頬張っていた。

 すごくきれいな人なのに、その仕草というか、表情とかは、わたしたちとあまり変わらないようにも感じられる。

 童顔と言ってしまえばそれまでだけど、その幼さも、若さも、ひとつの魅力だ。

 

「ところで小鈴、あの無気力教師の要件はなんだったんだい?」

「あ、うん。なんか、メモを渡されたんだけど……それだけ」

「それだけ? どんなメモだ?」

「こんなの」

 

 みんなに[カフェ Walrus & Carpenter]と書かれたメモを差し出す。みんなはそのメモを覗き込む。

 

「う゛ぁるーず、あんと、かるぺんたぁ……?」

「わーるず、あんど、きゃるぺんたぁ……」

「ヴァールズ・カーペンターじゃないか? 意味はわからないが」

「カーペンターは大工じゃない? ヴァールズはわかんないけど」

「お、《フェイト・カーペンター》だね」

「関係ないぞ」

「というか、これが読めたからなに? って話だよね」

 

 みんなも首を捻っていた。そうだよね、これだけじゃよくわからないよね。

 

「たぶん、これはお店の名前だと思うんだけど……」

「カフェってあるしな。今調べたが、わりと近所の喫茶店だ」

「ここに行けってこと?」

「さぁ……? でも、そうなんじゃないかな」

「なーんか怪しいねー」

 

 わたしは、メモを渡されただけだから、この場所を教えられても、どうすればいいのかわからない。

 普通に考えたら、この場所に行けってことなんだろうけど、その理由も、意義も、なにもかもが不明だ。

 どうしようか困っていると、葉子さんがパンを頬張りながら、ひょっこり首を伸ばして顔を覗かせる。

 

「どしたのよ?」

「葉子さん……えっと、先生からこんなメモを渡されたんですけど、なにかご存じですか?」

「ハエ太が? ……はっ! 電話番号のメモと言えばコールガール! まさか、お姉ちゃんに黙ってそんなウサちゃんみたいなイケナイことを……!」

「電話番号じゃなくて……お店の名前みたいなんですけど」

 

 と、葉子さんにもメモを見せると、どうやらなにか心当たりがあったようだ。

 

「ん? あらら、これってカキちゃんがお仕事してるところなのよ」

「カキちゃんって……えーっと、アヤハさんですか?」

「そうそう、『ヤングオイスターズ』の長女のカキちゃん」

 

 『ヤングオイスターズ』――十二人の兄弟姉妹という群そのものが個体であり、同時に個々は群の集合意識でもある。

 ……と、正直わたしもよくわからないんだけど、なんだかすごく特殊な人たちで、葉子さんたちの仲間だ。

 その一人、長女である女の人が、アヤハさん。

 アヤハさんには、朧さんとも一緒に捜索した、この前の事件ですごくお世話になった。

 どうも色んなところでアルバイトをしているみたいだけど、このカフェが、アヤハさんのバイト先?

 

「あの人の勤め先だって? なんか、ますます怪しいぞ」

「罠じゃん?」

「でも……これが、罠、なら……頭、悪すぎ……」

 

 まあ、なにも隠してないしね……

 ここに行け、なんて罠としてはあまりにも露骨だ。先生は別に行けと言ったわけじゃないけど。

 

「罠かぁ。カキちゃんは、あんまそーゆーことするタイプじゃないけどなぁ?」

 

 そしてその説は、葉子さんも否定する。

 

「カキちゃんはちょっぴり乱暴だけど、どっちかっていうと保守的なのよ。やらされてるならともかく、罠を仕掛けるような子じゃないのよー」

「……それはまず、あなたを信用していいかという話ですけども」

「むむ、そう言われちゃうのは悲しいのよ。おねーちゃんは信用第一なのよー」

「わけわからん姉理論を振りかざさないでください」

「わたしは、葉子さんは信用できると思うけど……」

「君は色々絆されやすいから……まあ、仮に罠としても意味不明すぎるし、なにか気になるものではあるけど」

 

 罠とするにはお粗末すぎる。

 なら、ここにはなにがある? 先生は、アヤハさんは、わたしたちになにを求めている?

 少なくともここに行けば、それはわかるだろう。

 

「どうする? 妹ちゃん」

「……行ってみよう」

 

 アヤハさんとも――【不思議の国の住人】の人たちとは、因縁浅からぬ関係だ。知らぬ存ぜぬを決め込むことはできない。

 

「それじゃあ葉子さん、また明日」

「はーい。ばいばーい、なのよー!」

 

 葉子さんに見送られながら、わたしたちは『カフェ Walrus & Carpenter』へと向かう。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 学校を出てしばらく歩くと、『Walrus & Carpenter』と書かれた見えてきた。

 外装は……とても、普通だ。なにも言うことがない。強いて言うなら、結構大きな喫茶店に見える、っていうことくらいかな。

 ただ看板に、金槌を持った大工っぽい小人と、アザラシなのかトドなのかセイウチなのかジュゴンなのかマナティーなのかわからないけど、海洋の哺乳類っぽい生き物が、向かい合って貝を食べているシュールなイラストが、妙に印象に残る。

 お店に入ると、快活な店員さんが迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませー! 何名様でしょうか?」

「七人、なんですけど……その、人を待ってて……?」

「あ、そうでしたか。どちら様でしょう?」

「えぇっと、アヤハさんっていう……あれ、アヤハさんの苗字ってなに?」

「知らないよ」

 

 そういえば、ちゃんと名乗ってもらったことなかったっけ。名前を知ったのは、なっちゃんがアヤハさんのことをそう呼んでたからだし。

 なんて思っていると、店員さんの方から切り出してきました。

 

「アヤハ……? もしかして、うちで働いてるアヤハちゃんのお知り合い?」

「あ、そうですっ」

「そういえば、ここでバイトしてるって言ってたな」

「アヤハちゃんから誰か来るとかそんな話を聞いたような……アヤハちゃんはもうアガリだから、待ってたらすぐ来ますよ。今は弟さんがいますけど」

「弟……?」

「あちらです。ご案内します」

「……あの、すみません。その前に、ちょっと、おトイレ行ってきていいですか?」

「どうぞ。お手洗いはあちらになります。当店は男女共用なので、ご注意ください」

「Ja。Danke」

 

 ユーちゃんがお手洗いに行き、わたしたちは店員さんの案内で奥の広い席に案内される。

 そこには、男の人が一人、座していた。静かに、微動だにせず。

 大人の人……に見えるけど、どこかの学校の制服みたいなブレザーを着ている。高校生、かな……?

 

「それでは、ごゆっくり」

 

 店員さんが引っ込んでしまい、わたしたちも各々席に着く。

 けれど、男の人はまるで動く気配がなくて、じぃっとわたしたちを見つめている。

 ……な、なんか、怖いです……

 前髪の切れ目から覗く眼差しが鋭く、まるで獲物を狙う猛禽か、海獣のようだった。

 表情はない。どことなくムスッとしているようにも見えるけど、なにを思っているのか、なにを考えているのか、上手く読み取れない。

 

「えっと、あの……」

「……マジカル・ベルか」

 

 どうしようかとたじろいでいると、ゆるりと、男の人は口を開いた。

 とても低く、重くのしかかるような声で。

 

「『ヤングオイスターズ』の長男だ」

「あなたが、アヤハさんの弟さん……?」

「あぁ。お前たちは、姉のことをそう呼ぶのか……なら、識別名が欲しければ、アギリとでも呼べ」

「アギリさん、ですか?」

「どちらも同じヤングオイスターズだ、識別する呼称がなければ不便だろう。逆に言えばこの名は、その程度の意味しかない」

 

 すごく淡々としていて、事務的で、機械的だとさえ感じる声だ。

 

「長男ってことは、アヤハさんのいっこ下……?」

「年齢のことではあるまい。順番で言うなら、そうだ。二番目だ。つまり、次世代の『ヤングオイスターズ』の頭目(一番目)となる」

 

 次世代の、一番目……?

 今、ヤングオイスターズの兄弟姉妹で一番お姉さんなのは、アヤハさんなはず。

 けれど次世代……次があるという言い方は……それは……

 

「そうだ。姉の寿命も、そう長くない。ヤングオイスターズも、次の世代について考えなくてはならない頃合いだ」

「っ……!」

 

 寿命が、長くない……?

 それって……でも……

 

「あ、アヤハさんは、まだすごく若いですよ……?」

「人間の年齢で言えば、今は19か。さて、若いと呼べるのは、あと何年だろうな。若さを失えば、我々は存在を確立できなくなる。そして若さの定義とは曖昧で絶対ではない。いつ、若さという定義から外れ、ヤングオイスターズの定義から外れ、その存在を見失うか。それは我々にもわからない。すべては姉次第だ」

「それは……」

「……お前たちに案じられることではない。が、申し訳ない。つまらない話をしたな」

「まったくだぜ」

 

 と、その時。

 どことなく粗野で、ハスキーな声が聞こえてきた。

 

「姉ちゃんが死ぬ話とかしてんじゃねーよタコ。ワタシはまだ、お前らを置いて死ぬつもりなんてねーっての」

 

 アヤハさんだ。

 アヤハさんは、ギロリとした鋭い眼光を、アギリさんに向け、見下ろしている。

 けれどアギリさんも、そんなアヤハさんに食いつくように、睨み返す。

 

「だが、現実問題として、あなたの寿命は残り短い。帽子屋もそのことを懸念している」

「ダンナはダンナだ。ワタシはワタシだ。んで、お前らも、お前らだ。生き様をてめぇ以外で決めるもんじゃねーだろ」

「だが、あなたは、(ボク)たちでもある。あなたの命は、あなただけのものではない。それに、あなたは発言と行動が矛盾している」

「あんだと?」

「自分の生き様は自分で決めると言いながら、あなたはなに一つ、自分では決められていない。帽子屋に唆され、いいように操られ、振り回され、そして縋っているだけだ。自分の本当の意志を殺している」

「……帽子屋のダンナには恩義もある。それに、今はあの人に着いていく方が合理的だろ」

「違う。それは合理性ではない。怠惰と諦念だ。よりよい選択肢を探す努力を怠っているだけだ」

「じゃあ、その選択肢を探る間、ワタシらはどう生きればいいんだよ。理想ばっか語って、現実を見やがれ」

「わかっている。(ボク)はあなたとは違う。兄弟姉妹(ボク)が今よりも幸せな未来に進めるよう、あらゆる知識を、技術を、経験を、蓄えている」

「…………」

「……姉様。そんなボロボロの身体で、いつまで殻に閉じこもっているつもりだ。あなたがそうだから、いつまでたっても俺(ボク)たちは哀れな若牡蠣なんだ」

 

 睨み合いは口論に発展し、両者の間には、酷く険悪で剣呑な空気が纏わり付いていた。

 けれどそれは、やがてアヤハさんの方が口をつぐむ。アヤハさんは、不機嫌そうにドカッと席に着いた。

 

「ちっ……自分と言い争いほど、不毛なもんはねーな」

「あ、あの……」

「あぁ、悪ぃ悪ぃ。つまんねーとこ見せたな。こんな姉弟喧嘩を見せに来たんじゃねーんだよ、今日は」

 

 ガリガリと頭を掻いて、仕切り直しと言わんばかりに、アヤハさんはわたしたちに向き直る。

 

「まず、木馬バエから大体の話は聞いてるな?」

「え? いえ……なにも聞いてないです……」

「……クソッ、虫けらめ。マージで自分の兄ちゃん姉ちゃんのことしか眼中にねーのな」

「木馬バエだからな。連絡を取る相手を間違えている」

「しゃーねぇだろ。チョウの姉御は機械音痴、トンボの兄貴はそもそも繋がらねーんだから」

 

 うん、よくわかんないけど、やっぱり先生が渡したメモは「この場所に行け」ということらしい。

 そしてアヤハさんは、先生を通してわたしたちにコンタクトを取ろうとした、みたい。

 

「はぁ……まあいい。じゃあ、最初から話す。またアンタらを巻き込んじまって悪いがな」

「……また?」

「あぁ、また、だ」

 

 嫌な予感がした。

 ぞわりと、悪寒が背筋を走り抜ける。

 

「前置きは終わりだ。率直(ストレート)に言うぜ」

 

 わたしたちを巻き込むというのは。

 アヤハさんが、“また”と言う、出来事といったら――

 

 

 

「――『バンダースナッチ』が脱走した」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「だ、脱走……? それって、どういう……?」

 

 あの事件以来、なっちゃんの姿は見ていない。今どこで、なにをしているのかも知らない。

 アヤハさんが連れ帰ったようだけど、それ以上のことはわからない。音沙汰無しだ。

 先生や葉子さん、代海ちゃんなんかに聞いたこともあるけど……「あなたがそれを知る必要はありません。鬱陶しいので消えてください」「んー、ヒ・ミ・ツ、なのよー」「あ、アタシは、ちょっと……よく、わからないです……ごめんなさい……」と、なにも教えてくれなかった。

 まあ、あれ以降、特に事件とかもなかったから、そんなに気にはしていなかったんだけど……脱走って……?

 

「急にいなくなった、ということか」

「そうだな。バンダースナッチの奴は、危険だってんで、しばらく謹慎処分? つーのか、まあそんな感じで行動制限を掛けてたんだが、気付いたらいなくなっててな。目下捜索中だが、まったく足取りが掴めねぇ。あいつ自体はガキだから、そう遠くには行ってねーはずなんだが……」

「はぁー、つっかえ。なーんでちゃんと見張ってないかなー」

「あぁ、まったくだ。見張りさえいればこんなことにはならなかった。裸にひん剥いて牢屋にぶち込んで手枷足枷首輪も付けて鎖に繋いだだけで満足しちまってた……ったく、どうやって脱出したのやら」

「本当にどうやって脱出したんだよ」

「せめて両手両足はへし折っとくべきだったな」

「怖いこと言わないでください……」

 

 あの時、アヤハさんはなっちゃんを止めるために、本当に腕や足を折ってたから……とても冗談とは思えない。

 けれどアヤハさんもただ乱暴者なわけじゃない。それはつまり、そうしないといけないくらい、なっちゃんは危険なんだ。

 

「お前らも知っての通り、あいつはヤバい。とにかく危険だ。野放しにしておけねぇ」

「そう、ですね……また、前みたいな事件が起こったら、いけませんもんね……」

「そういうわけだ。アンタらにゃその説で迷惑かけたし世話にもなった。伝えねーわけにはいかねーと思ってな」

「わぉ、殊勝」

「本音はなんだ?」

「はん、相変わらず聡いガキだ。隠してもしゃーねーな。バンダースナッチを探すの手伝え」

「まあそんなとこだろうと思ったよ」

 

 逃げ出して行方知れずになった、なっちゃんの捜索。

 それはまるで、この前の事件の再現だ。

 あの時は、最後までなっちゃんが犯人だということはわからなかったけど……

 

「で、アンタらはなにか知らないか? あいつが野に放たれた以上、なにかしらの事件になってそうだが」

「さぁ、それらしいことは知りませんけど……」

「そうか。まあ、そうだよなぁ。そう都合良く知ってるわきゃねーよなぁ」

「ごめんなさい……」

「いいさ別に。ま、なにか分かったら連絡くれや」

 

 そう言って、アヤハさんはグッと伸びる。

 どうやら、話は以上らしい。

 

「さて、後はバタつきパンチョウの姉御がなんか掴んでればいいんだがな……とりあえずアンタらは、無理しない程度に奴のことを探ってくりゃいい。またなんかあったら、こっちから連絡するからよ」

「は、はい……わかりました」

「さて、店出るか。前払いだ、ドリンクの代金くらいはワタシが出してやる」

「マージかぁ。ランチくらい頼んどけばよかったなぁ」

「図々しいぞ」

「ところで、どうして弟さんも一緒に?」

「たまたま近くにいたからな。どうせなら手伝えと」

「人使いの荒い姉だ。だが、今が非常時であることは重々理解している。次代のヤングオイスターズの頭目としても、無視はできない」

「いちいち突っかかるような言い方する弟様だな、畜生め。ま、そういうこった」

「ふぅん……ところでその制服、雀宮ですよね? うちの姉ちゃんもそこ通ってるんですけど、長良川詠って知ってます?」

「お前たちの名前は知識として入れている。が……その名前は、校内では聞かないな。クラスが違う」

「そうですか」

 

 と、他愛のない話をしながら、お店を出ようかというところで、ローザさんが翳りのある表情を見せた。

 

「……ユーちゃん、遅いですね」

「難産か……」

「実子、一応ここは飲食する場だ。下品な発言は控えろ」

「私……ちょっと、様子を見てきますね」

「あ、じゃあわたしも行くよ」

 

 わたしとローザさんの二人で、お手洗いに向かう。

 流石にちょっと遅いし、少し心配だ。

 と思いながら、お手洗いの扉を開く。

 そして、わたしたちは思わず息を飲んだ。

 なにもなければいい。そんな無意識の願望は、簡単に打ち砕かれる。

 扉の先には、壁を背にぐったりしている、小柄な銀髪の女の子の姿。

 ――ユーちゃんちゃんだ。

 

「ゆ、ユーちゃん……!?」

「Julia! Wie geht es lhnen(大丈夫)!? kheit(病気)!?」

 

 血相を変えて、真っ先にローザさんが駆け寄る。わたしも慌てて、その後に続いた。

 

「な、なにがあったの……?」

Mir ist schwindelig(ふらっとしちゃって)……」

 

 なにを言ってるのかまったくわからないけど、日常的に使えてる日本語が咄嗟に出てこないくらい、余裕がないように思えた。

 ユーちゃんは息が上がってて、汗もかいてるけど、顔色はすごく悪い。

 ど、どうしよう……どうしたら……

 その時、後ろの扉がキィ、と開く。

 

「なんかドタバタしてるけど、どったの……って、うわっ! ユーリアさん、なんか顔が真っ青だよ!? な、なに? なにがあったの?」

 

 みのりちゃんだ。わたしたちの様子がおかしくて、見に来てくれたみたい。

 

「わかりません。と、とりあえず救急車を……!」

「そ、そんなに……ひどくはないよ、ローちゃん……」

 

 ユーちゃんは青ざめた顔で、力なく笑う。

 そしてそのまま立ち上がろうとするけど、すぐにバランスを崩して、倒れ込みそうになる。

 

「あ……っ」

「おっとっと」

 

 けど、寸でのところで、みのりちゃんが抱き留める。

 

「めっちゃふらふらじゃん。えっと、どうしよ。ユーリアさん、大丈夫? 気持ち悪い?」

「うにゅ……」

 

 ふるふる、と弱々しく頭を横に振るユーちゃん。

 みのりちゃんは、ユーちゃんのおでこに手をあてがう。

 

「うーん、なんか熱っぽい? 風邪……って感じじゃない気がするなぁ、なんか」

「ど、どうしましょう……?」

「吐き気はないっぽいし、とりあえず休ませた方がいいのかな。席に戻るか……歩ける?」

「な、なんとか……」

 

 とりあえず、ここは場所がよくない。男女共用だし、他のお客さんも使うし、吐き気がないのなら長居するべきではない。

 みのりちゃんに支えられたユーちゃんと一緒に、わたしたちは元の席へと戻る。

 そこで、アヤハさんが携帯片手に、誰かと話している姿が見えた。

 

「――おう、わかった。そこならすぐ近くだ。すぐ向かう」

 

 ピッ、と通話を切るアヤハさん。

 その表情は、どこか険しい。

 

「アヤハさん? どうかしたんですか?」

「すまん、野暮用だ」

「我々の同胞……あぁ、あなた方は名前は知っているか。代用ウミガメらが、倒れたそうだ」

「! 代海ちゃんが!?」

「場所はすぐ近くだ。とりあえずワタシは行くぞ」

「あ、あの、わたしも……!」

 

 代海ちゃんも、わたしの友達だ。放ってはおけない。

 ユーちゃんのことも心配だけど……

 

「私はユーちゃんをお家に……」

「なら私も一緒に行くよ。可愛い後輩を放ってはおけないし」

「すみません、先輩……お願いします」

「こっちはローと先輩がいるから大丈夫そうだな」

「……うん」

 

 とりあえず、ユーちゃんのことは、ローザさんたちに任せよう。

 わたしたちは、アヤハさんたちと一緒に、代海ちゃんの元へと向かう。

 ……わたしの周りで、わたしの友達が倒れるなんて……

 なにが、起きてるんだろう……?

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 代海ちゃんは、近くの公園にいた。

 そして代海ちゃんの傍らには、ベンチでぐったりと倒れている、一人の女の子と、二人の男の子。

 三人のうち二人は知らない子だけど、一人だけは知ってる。

 脱色染髪、刺青にじゃらじゃらしたアクセサリーの数々。このファンキーな子供は、ネズミさん――『眠りネズミ』くんだ。

 彼らも、ユーちゃんのように顔が真っ青で、力なく横たわっている。

 

「あ、アヤハさん……!」

「代海ちゃんっ! だ、大丈夫?」

「小鈴さんも……あ、アタシは、だいじょうぶ、なん、ですけど……ね、ネズミくんたちが……」

「おぉぅ……マジ卍でBADコンディションだぜ……」

 

 弱々しい手つきで、手を振るネズミくん。気丈に振る舞おうとしているけど、弱っているのは明白だった。

 

「『眠りネズミ』に『ライオン』『ユニコーン』か」

「いつものチビっこ四人組だな。なにがあった?」

「それが、よくわからなくて……急に、三人が倒れちゃって……」

「いや、急に倒れるわきゃねーだろ」

「物事にはすべからく、そうなる理由と原因がある。ひとつひとつ、順繰りに、なにがあったのか回想しろ」

「は、はい……」

 

 アギリさんに促され、代海ちゃんはこれまでの出来事を思い出すように、うーんと唸る。

 

「え、えっと、あ、アタシは、いつも通り、ネズミくんたちを、む、迎えに行って……そ、その帰りに、ネズミくんが、おなか空いたって、言うから……」

「買い食いたぁ、ワタシの前でよくも堂々と言えたもんだな。ワタシの晩飯はそんなにいらねーか」

「ひゃぅ……え、えと、アタシも、い、一応、止めたんですけど……晩ご飯、は、入らなくなっちゃう、って……」

「んなの……ガマン、できっか、っての……飯は、食い時に、食う……ぜ……」

「あぁ、お前は黙ってろ。この際、夕飯の話はどうでもいい」

「むしろ、お前たちが無事に夕飯が食えるかどうかが懸かっているな。それで、なにを買い食いした? それとも拾い食いか? 悪いものに当たった可能性もある」

「えぇっと、たまたま屋台……なんて言うんでしょう、移動屋台? み、みたいなものが、来て……パン、みたいなものを、買って食べたんですけど……」

「……移動屋台?」

 

 その単語に、ピンと来るものがあった。

 それは、ひょっとして……

 

「代海ちゃん、そのパンの包装って残ってる?」

「あ、はい。これです」

 

 代海ちゃんはポケットから、食べ終えたらしきパンの包装を取り出した。

 それは、わたしも見覚えがある。これは間違いない。

 

「これって、あの屋台のだ」

「小鈴が持ってきてたやつか」

「そういえば、ユーリアさんは小鈴ちゃんの持ってきたパンを食べてたね」

「だから腹を下したとでも言うのか? 小鈴はなんともないようだけど」

「胃袋が頑丈なんじゃない?」

「え!? そういうこと?」

「見たところ、この三人の症状に下痢や嘔吐は見られない。食中毒の類ではなさそうだがな」

 

 アギリさんは言う。そういえば、ユーちゃんもおなかを壊した、みたいな症状ではなかった。

 みのりちゃんは風邪みたいって言ってたけど……

 

「現状、我々の認識としては、このパンを食べた者がもれなく体調不良、だ。さてこれは、偶然なのかどうか」

「マジカル・ベルがなんともねーしな。ただの偶然って気もするが、怪しいのは確かだ。もう一手、なにかねーもんか」

「……あのさ」

「恋ちゃん? どうしたの」

「あの……購買のも……食べてた……」

「あ……葉子さん!」

 

 そういえば、葉子さんにもあのパンをあげたんだった。

 

「ちっ……おい、バタつきパンチョウに連絡してくれ」

「彼女は電子機器の扱いが不得手だ。弟の方に掛ける」

「下の方の弟だぞ」

「わかっている」

 

 アギリさんはアヤハさんに言われ、手早く携帯を操作して、電話を掛ける。

 しばらくコール音が鳴ると、繋がったようだ。スピーカーにしているのか、こっちにまで先生の声が聞こえてくる。

 

『ヤングオイスターズ? なんですか? こちとら姉がぶっ倒れて、あなたに構っている余裕など微塵もないのですが』

「大当たりだ」

 

 アギリさんは、つまらなさそうに、淡々と告げた。

 

「申し訳ない、木馬バエ。バタつきパンチョウの容態を教えて欲しい」

『容態? さて、保険医が言うには、熱っぽいですが、原因はよくわかりません。いきなり、急に、倒れやがったんです、この人。本当、手の掛かる迷惑な姉ですよ』

「了解した。それだけわかれば十分だ。手を煩わせた」

 

 そうしてアギリさんは、通話を切る。

 

「そんな、葉子さんまで……」

「こいつは参ったな、バンダースナッチどころじゃねぇ。チョウの姉御の“眼”に期待してたんだが、そういうわけにも行かなさそうだ」

「でも、手掛かりはハッキリしているね」

 

 ユーちゃんに、ネズミくんたち、葉子さん。

 わたしはなんともないけど……このパンを食べた人は、誰もが風邪のような発熱を引き起こしている。

 ちょっと、ただの偶然とは思えなくなってきた。

 

「謎の体調不良を起こすパンか。そしてこれは、謎の移動屋台で販売されている、と」

「じゃあその屋台を探せばいいわけだね」

「……クリーチャー絡みの事件……なのかな」

「まだわからないな。ただ、食品で体調不良っていうと毒っぽいけど、にしては症状に下痢も嘔吐もないというのは妙だ。なにか、普通じゃない薬物が混入されているのかもしれない」

「なーんかキナ臭い話になってきたねぇ」

「とりあえず、件の移動屋台とやらを探そう。なんにせよそれが原因っぽいからね」

 

 あの移動屋台のパン屋さん……売っているパンはすごくおいしかったから、それが原因だなんて思いたくないけど……

 

「んじゃ、ワタシはネズミ共を屋敷に連れて帰る。代用ウミガメ、お前も手を貸せ」

「は、はいっ」

「お前はこいつらを頼む」

「……了解した」

 

 アヤハさんは女の子と男の子一人ずつ、代海ちゃんはネズミくんを背負う。

 さらにアヤハさんはタクシーを呼んで、その場を後にする。

 

「さて、問題はその移動屋台をどう探すか、だな。移動しているんじゃ、探すのも大変そうだ」

「なにか巡回ルート的なのはないの?」

「うーん、わたしも今日はじめて見つけたから、よくわかんない……」

「……こういう時は、雑用の、出番……」

「ん? 先輩のこと?」

「謡さんはここにはいないよ……」

 

 謡さんはローザさんと一緒に、ユーちゃんを自宅まで帰しているところ。

 一応、こっちの状況は連絡しておこう。

 

「ちがう……敵を、探すなら……序盤鳥……」

「鳥? 鳥さんのこと?」

「あぁ、空から探すってことか。まあ、移動屋台ってことはそう遠くまでは行ってないだろうし、悪くないな」

 

 なるほど、確かに空からなら探しやすいよね。

 それなら鳥さんを起こさなきゃ。

 わたしは鞄から、鳥さんの寝床の木箱を取り出して、蓋を開ける。

 中には、まだ鳥さんがお昼寝をしていた。

 

「鳥さん、起きて。起きてってば、鳥さんっ」

「ん……? どうしたんだい? クリーチャーの気配は感じないけど……」

 

 鳥さんは眠そうに目をしぱしぱさせている。なんだかちょっと不安だ。

 けれど、今は鳥さんに頼るしかない。

 

「ねえ鳥さん、屋台を探して欲しいんだけど」

「ヤタイ? なんだいそれは」

「ほら、今朝も見たでしょ。鳥さんは寝てたかもしれないけど……」

「あぁ……そういえば小鈴がうるさくなにか言って見せてたような気がするな。なんとなく覚えてるよ」

 

 うるさくって、そんなにうるさくしてたかなぁ?

 確かに、珍しいパン屋さんで、ちょっと興奮しちゃってたかもしれないけど……

 

「まあいいや。それを探せばいいんだね。なにが起ってるのかはさっぱりだけど、了解した。ふわぁ……じゃあ、行ってくる」

 

 そう言って欠伸をすると、パタパタと鳥さんは飛んでいった。

 ……なんか、本当に心配になってきたよ……

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 眠そうなわりに、鳥さんは珍しく、きっちりやることをやり遂げてくれた。

 案の定、屋台はそう遠くまで行っていなかったようで、すぐに例の屋台を見つけてわたしたちに知らせてくれる。

 鳥さんのナビゲートのお陰で、わたしたちはすぐ、移動屋台を見つけられた。

 

「そ、そこの動くパン屋さん! 止まってくださーい!」

 

 わたしが大声で呼びかけると、屋台はピタリと止まった。

 そして、屋台から店主のおじさんが顔を覗かせる。

 

「うん? おう、今朝も買ってくれた嬢ちゃんか。今度は友達連れてきたんだな」

「あ、はい……じゃなくて。えっと……」

 

 ど、どうしよう。

 ここのパンが怪しいのは確かなんだけど、どうやってそのことを聞き出せばいいんだろう。

 わたしがどうすればいいのかわからずたじろいでいると、横から霜ちゃんが切り込んだ。

 

「そのパン、美味しそうですけど、どこで、どうやって作られているんですか?」

「そら工場だよ。おっちゃんはただの販売員だから、詳しいことは知らねーけどな」

「成程。ところでそれは、どこの、なんという会社なのでしょう? 買って美味しければ、お礼でもしたいのですが」

「嬉しいことしてくれるが、わざわざそんなことしなくていい。買って、食ってくれれば、それで十分だ」

 

 やんわりと、できるだけ怪しまれないように、あくまでも一般客を装って問いただす霜ちゃん。

 だけどおじさんは、霜ちゃんからの投げかけられる質問をすべて躱す。

 一見するとそれは、子供をあしらう大人のようだけど……さっきまでのみんなの容態を見た後だと、なんとなく、なにかを隠しているように見える。

 その後も、みのりちゃんも参加して二人で色々と訪ねるけど、おじさんはまともに取り合ってくれない。

 すると、

 

「おい店主」

 

 アギリさんが進み出る。

 アギリさんは、人間じゃないけど……わたしたちよりも大人だ。

 ひょっとすると、なにか上手い方法で、話を聞き出してくれるかもしれない。

 

「なんだあんちゃん」

「ここの商品を食した者が倒れた。原因を知っているか」

「なんていう直球(ストレート)! ボクらがカマをかけたにのはなんだったんだ!」

 

 ……すごい、率直だった。

 聞き出すもなにもない。あまりにも直接的だ。

 流石のおじさんも面食らったように、目をしぱしぱさせている。

 

「人が倒れた? さぁて、知らないなぁ。口に合わなかったんかね、そいつは悪いことしちまったな」

「一人二人ではない。幾人も、同じ症状で倒れている。その食品になにか問題があったと見るが……中身を確認しても?」

「あ……? いや、それは……」

 

 ……? 言い淀んだ……?

 おじさんは、どことなく困ったような表情を見せている。

 それって、もしかして……

 

「あれ、メール? 誰から……?」

 

 ポケットの中で携帯が震える。

 画面を見ると、メールの通知が一件。開くと、知らないアドレスから。件名はなし。

 文面には、短くこう書かれていた。

 

 

 

『そのひとはくろなのよ byおねーちゃん』

 

 

 

(おねーちゃん……? ……葉子さん?)

 

 この特徴的な語尾は、たぶんそうだ。自分からお姉ちゃんなんて言うのも、葉子さんっぽい。

 そのひとはくろ……その人は黒?

 葉子さんには、物事を客観視して、普通では得られない情報を得る“眼”がある、らしい。それで未来予知染みたこともできるとかなんとか。

 これも、その力によるもの……?

 わたしはこっそり鞄の中に退避させた鳥さんに訪ねる。

 

「鳥さん、この男の人って、クリーチャーだったり……?」

「え? いいや、クリーチャーの気配は感じな……うーん……?」

 

 鳥さんは自分で否定しておきながらも、悩むような素振りを見せる。

 

「クリーチャーの気配っぽくはないけど、なんか妙にざわつくな。クリーチャーじゃないけど、そうじゃないとも言い切れないというか、微かにクリーチャーらしいものを感じる気がするような、しないような……」

「は、ハッキリしないね……」

 

 あんまりハッキリものを言ってくれないのは鳥さんの悪い癖だけど、今回はなんというか、本当に正確に分かっていないみたいだった。

 

「では、その商品をこちらが買い取れば問題ないな、店主」

「あ、いや。もし変なモンが入ってたらいけねーしな。販売は一時中止して、ちっと工場の方に問い合わせてみるわ」

「それならこちらからもクレームを入れよう。会社でも工場でも構わん、連絡先を寄越せ。こちらは被害を被っている客だ、そのくらいの権利はあって然るべきだろう。そもそも商品販売において――」

 

 わたしが鳥さんと話している間にも、アギリさんはおじさんに詰め寄っている。

 おじさんはかなり押されているけど、まだ決定打とはならない。

 

「……よくわからないから、試してみるか」

「試すってなにを……あっ、鳥さんっ」

 

 鳥さんは鞄から飛び出す。見た人がビックリしちゃうから、そういうことは本当にやめて欲しいんだけど……今は周りに人がいないけど。

 

「うわっ! なんだこの白いカラス!」

 

 鳥さんはちょっとだけどうしようもないところもあるけど、それでも鳥。

 その足先の爪は鋭く、飛び出した先のおじさんの肌を切り裂いた。

 そこからドバドバと、赤い鮮血が飛び散――らない。

 

 

 

ジジジ……

 

 

 

 傷口からは、なにか光るなものが、小さく蠢いている。

 それは、およそ人間らしいものではない。まるでロボット……いや、もっと形のないものに感じられる。

 一瞬の電光がずっと続いているみたいな、なにかのエネルギーが可視化されたみたいな……

 

「……成程。店主、そちらも人ならざる者か」

「ちっ……バレたか。つーか、オレらのことを死ってるだと……? お前ら、クリーチャーか?」

「残念ながら違う。少なからず関わりを持つものではあるが」

 

 クリーチャー……!

 おじさんは確かにそう口にした。鳥さんはクリーチャーじゃないって言ってたけど、これはもう、間違いない!

 

「アギリさん! 下がってください! 鳥さん、お願い!」

「あれはクリーチャーじゃなさそうなんだけど、どうもそれに類するなにからしい。食べられそうにないけど、野放しにはしておけないね」

 

 みんなの前で、ちょっと恥ずかしいけど、そんなこと言ってる場合じゃない。

 相手も好戦的な敵意を向けている。鳥さんの力で、わたしはいつもの、ふりふりの格好へと衣装を変える。

 

「……まあいい。ここは任せよう、マジカル・ベル」

 

 アギリさんは後ろに下がる。それと入れ替わるように、わたしは前にでる。

 その間にも、おじさんの傷口の電光は強くなっていく。まるで、電気が弾けるみたいに、バチバチと。

 それは威嚇のようだった。戦う意志の、現れであるかのように思えた。

 

「クソが! お前らが何者かなんて知らねーが、“社長”の邪魔させるかよ!」

 

 店主のおじさんが叫ぶ。

 そしてその瞬間、時空が、歪む感覚が、わたしたちを支配する。

 やっぱり、今回もそうなってしまっていたんだ。今回も、クリーチャーによって引き起こされた事件だった。

 ただ、ひとつ、違ったのは。

 

 

 

 今回の事件は、本当の意味で“わたしの物語”ではなかった、ということだ。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「超GR(ガチャレンジ)ゾーン――セットアップ!」

「え……っ?」

 

 対戦が始まる直前。

 屋台のおじさんの手元から、パラパラとカードが舞い上がる。

 その数は十二枚。デュエマのカードっぽいけど、裏面は白かった。

 十二枚のカードは円上に広がると、混ざり合うように一ヶ所に集い、ガチャンッ、と墓地を挟んだデッキの向こうへと設置された。

 

「な、なにあれ……超次元ゾーンじゃ、ないよね……?」

 

 ちょうがちゃれんじぞーん、って言ってたけど……な、なんのことだろう……?

 そんな、不思議なカードを見せつけられたまま、対戦は始まる。

 そしてわたしが相見える不思議なカードは、それだけでは終わらなかった。

 

「2マナでオレガ・オーラ起動! GRプログラムを構築!」

 

 お、おれがおーら……?

 また聞き覚えのない言葉。

 次の瞬間、十二枚の白い束から一枚、カードが弾け飛んだ。

 

「GR召喚――《接続(アダプタ) CS-20》!」

 

 白いカードはバトルゾーンに落下して、一体のクリーチャーになる。

 いや、クリーチャー……なのかな? たぶんクリーチャー、だと思う。

 それは、まるでICチップのようなちっちゃな造形で、あまり生物みたいな感じがしない。ロボットとかよりもより機械っぽくて、言うなればそれは物、物体だ。

 自然的な生命体のようには感じられない。

 ただ、チップの下部から、ぶくぶくと目玉のような気泡が泡立った。

 すごく奇妙で……怖い。

 それに、それだけじゃ終わらなかった。

 

「さらに《接続 CS-20》に、《*/零幻(れいげん)チュパカル/*》をインストール!」

 

 今度は手札のカードが、バトルゾーンに飛んでいく。

 それはICチップのクリーチャーの上に、覆い被さるように重なると――その姿を、変貌させた。

 こちらはより生物らしかったけど、その容貌は上手く言語化ができない。隻腕の不自然に長い爪、ギョロリとした目玉、背中にびっしりと生えた突起、流線型のしなやかな身体。

 現実には存在しないような、奇々怪々な怪物。ドラゴンなんかとは違う、人々が空想した、オカルトのようなクリーチャーだ。

 クリーチャーの姿もそうだけど、そのカードの配置もまた、奇妙だった。

 

「横向きのカードが、クリーチャーと合体した……!?」

 

 白いカードの上に、横向きのカードが乗っかっている。

 ICチップのクリーチャーは、上に乗ったカードに取り込まれ、その姿となる。

 ……そもそも、あの上のカードは、クリーチャーなの……?

 

 

 

ターン2

 

小鈴

場:《グレンニャー》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:0

山札:28

 

 

店主

場:《接続[チュパカル]》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:0

山札:28

 

 

 

「わ、わたしのターン。2マナで《【問2】 ノロン⤴》を召喚するよ。まずは二枚ドロー」

 

 相手のカードは見たことないものばっかりでよくわからないけど、どうであれこれはデュエマ。わたしは、わたしのやり方で行くしかない。

 引いてきたのは、《グレンモルト》と《ボーンおどり・チャージャー》。

 手札には《狂気と凶器の墓場》や《コギリーザ》もあるし、うん、いい感じ。

 

「手札を二枚捨てて、ターン終了」

「ドロー。《チュパカル》の能力で、オーラの使用コストは1軽減される」

 

 オーラ……そういえば、さっきもオレガ・オーラがどうとかって……

 あの横向きのカード。あれが、オーラ……?

 

「さらに《接続 CS-20》の能力で、このクリーチャーと接続するオーラのコストは1軽減される。よってコストを2軽減し、オレガ・オーラ起動!」

 

 手札のカードが、またもバトルゾーンに飛んでいく。今度は、あの白いカードは出てこない。

 けれど代わりに、横向きのカードが、場にあるカードの上に乗る。

 

「情報更新――《*/零幻チュパカル/*》を、《極幻智 ガニメ・デ》にアップデート!」

 

 カードが、さらに重なった……!

 それによってなのか、奇妙な姿をした怪物は、より奇っ怪な姿になる。

 水かきみたいな膜に、幾本もの腕。身体は軟体動物のようにうねっている。

 水棲生物のような身体に反して、頭は水を貯めるタンクみたいで、中には電気的な光が走っていて、どことなく機械的。眼のようなものもあるけど、単眼だ。

 

「《ガニメ・デ》の能力発動! このオーラがGRクリーチャーと接続した時、同時に接続しているオーラの数だけドローする。よって二枚ドロー!」

 

 その怪物は、多腕を伸ばして山札からカードを二枚、引き抜いた。

 そしてそれは、相手の手札になる。

 

「さらに1マナで《チュパカル》を起動、《予知(プレコグ) TE-20》をGR召喚し、これに《チュパカル》の情報をインストール! 《予知 TE-20》が場に出た時、GRまたは山札のトップを見て、それをボトムに沈めることができる。今回は山札を見るぞ!」

 

 ま、また新しいICチップのクリーチャーに、さっきも見たお化けみたいなクリーチャーが……!

 

「……いらんデータだ。これは奥底に仕舞い込んでおく。さらに1マナをタップし、《ガニメ・デ》に《幽影エダマ・フーマ》を追加だ!」

「今度は闇のカード……!」

 

 今までずっと水のカードっぽかったけど、今度は闇のカードだ。

 黒い、影みたいな……?

 

「《エダマ・フーマ》は、接続したクリーチャーの身代わりになる。こいつが場を離れようとしても、《エダマ・フーマ》が代わりに壊れるだけだ」

 

 身代わり……ってことは、一回限り、除去への耐性を得た、ってことだよね。

 つまりあのクリーチャーは退かせない。退かすためには、二回の除去を撃たなくちゃいけない。

 ちょっと、厄介かも。あのカード、オーラっていうカードを使うコストを下げるみたいだし、できれば早く倒したいんだけど……

 

「ターンエンド」

 

 

 

ターン3

 

小鈴

場:《グレンニャー》《ノロン⤴》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:2

山札:25

 

 

店主

場:《接続[チュパカル/ガニメ・デ/エダマ]》《予知[チュパカル]》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:0

山札:25

 

 

 

 倒したいけど、どうしたってあのクリーチャーは倒せない……それなら。

 

「3マナで《ボーンおどり・チャージャー》! 山札から二枚を墓地に送るよ」

 

 変なことをされる前に倒す。

 もう必要なカードは揃っている。あとは、それらを適切な場所に配置するだけ。

 

「それから、2マナで《ノロン⤴》を召喚! 二枚引いてから、手札を二枚捨てて、ターン終了」

「それで終わりかい。なら遠慮なくいかせてもらおうか」

 

 その時、おじさんの雰囲気が変わった。鬼気迫るような凄みがある。

 なにか、来る……!

 

「二体の《チュパカル》で2軽減、《接続 CS-20》の能力でさらに1軽減し、コストを3軽減。4マナをタップ!」

 

 3コストも軽くして、4マナ払う。つまり、7マナのオレガ・オーラ。

 横向きになったカードが、走査(スキャン)するみたいに、《エダマ・フーマ》を覆っていく。

 けれどそれは、情報の読み取りではない。

 より強い情報への、上書きだ。

 

 

 

「殺害記録更新――《卍魔刃(マジマジン) キ・ルジャック》!」

 

 

 

 おぞましい死神が、現れた。

 翼のように背の焔が揺らめき、不自然に細長い腕の先には、深紅に染まった鋭利な爪。

 身体の至る所から飛び出した刃に、わたしはあの子を連想してしまう。

 

 なっちゃん――『バンダースナッチ』を。

 

「《エダマ・フーマ》の情報を、《キ・ルジャック》に上書き! そしてインストールされた《キ・ルジャック》の能力発動!」

 

 《キ・ルジャック》の、仮面に覆われた相貌が光る。

 獲物を捉え、ズタズタに引き裂かんとする、殺意の眼だ。

 

「接続されたオーラの数だけ、《キ・ルジャック》の刃は増える。そして、手持ちの刃物の数だけ、《キ・ルジャック》は悪性のクリーチャー(情報)を切除する!」

 

 ジャキッ、ジャキンッと、《キ・ルジャック》の身体からさらに、鎌のような刃が伸びる。

 《キ・ルジャック》は、それらの凶器を掲げ、わたしのクリーチャーへと振りかぶった。

 

「《キ・ルジャック》と共に接続されたオーラは四枚! よって四体のクリーチャーを破壊!」

「きゃ……っ!」

 

 凶刃は、わたしの場にいた三体のクリーチャーをすべて、根こそぎ、根絶やしにした。

 後も残さず、すべて切り裂き、引き裂き、切り捨てた。

 

「ぜ、全滅……!」

「ターンエンドだ」

 

 

 

ターン4

 

小鈴

場:なし

盾:5

マナ:5

手札:1

墓地:9

山札:20

 

 

店主

場:《接続[チュパカル/ガニメ・デ/エダマ/キ・ルジャック]》《予知[チュパカル]》

盾:5

マナ:4

手札:2

墓地:0

山札:24

 

 

 

「クリーチャーがいなくなっちゃった……」

 

 わたしの戦術には、クリーチャーが必要だ。場に水のクリーチャーが一体でもいないと、上手く機能しない。

 それがすべていなくなってしまった。手札も少ないし、ゆっくり態勢を立て直している暇はない。

 となれば、わたしは賭けるしかない。

 

「マナチャージ……そして、5マナで《狂気と凶器の墓場》! 山札から二枚を墓地において、墓地からコスト6以下のクリーチャーを復活させるよ! 呼び出すのは《偉大なる魔術師 コギリーザ》!」

 

 正直、不安しかない。NEO進化していない《コギリーザ》だけを残さなきゃいけないことを。

 強力なクリーチャーは、それだけで狙われやすい。次のターンにやろうなんて思ってゆっくりしていると、あっという間に除去されてしまう。みのりちゃんも霜ちゃんも、ユーちゃんだってそうする。恋ちゃんは……攻撃しても、耐えられるように動くけど。

 なんにせよ、相手は除去が得意な闇文明も使ってるんだ。《コギリーザ》が生き残れるかどうかは、ちょっと怪しい。

 いや、そもそも。

 

「……ターン終了」

 

 わたしには、次のターンがあるかさえも、わからないのだ。

 

「1マナで《*/零幻ルタチノ/*》を起動、《ワイラビ(フォース)》をGR召喚し、インストール。能力で一枚ドローし、手札を一枚墓地へ」

 

 今度は、ワラビみたいな植物っぽいクリーチャーが、寸胴な蛇のような姿に変わる。こっちは、少しかわいらしい。

 

「続けて1マナ《ア・ストラ・センサー》。山札から三枚を見て、呪文かオーラを回収する。回収するのは《極幻智 ガニメ・デ》。そしてこの《ガニメ・デ》を1マナで起動、《キ・ルジャック》に追加!」

 

 《ガニメ・デ》が《キ・ルジャック》と合体する。だけどそれはカード上の話。実際には、《キ・ルジャック》が《ガニメ・デ》を取り込んでいる。

 力があっても、それよりもずっと力が強いものに吸収されてしまう。《ガニメ・デ》は強いカードだったけど、それ以上に、《キ・ルジャック》の方が強力だ。

 だから《キ・ルジャック》は、《ガニメ・デ》を取り込み、吸収し、己の力に変えてしまう。

 勿論、その力も行使する。

 

「《ガニメ・デ》の能力で五枚ドロー! さらに2マナで起動、《極幻夢 ギャ・ザール》! 同じく《キ・ルジャック》に追加する!」

 

 うっすらと、猿のような姿が、幻のように浮かぶ。だけどそれも、《キ・ルジャック》に吸収されてしまった。

 

「これで終いだ。ったく、うちの“工場”を探ろうとさえしなけちゃ、こんなことにはならなかったってのにな……悪いが、嬢ちゃんには消えて貰うか、催眠かけてうちの従業員にするしかねぇ」

「従業員……? それって、まさか……」

「とりあえず、黙ってな! 《キ・ルジャック》で攻撃! その時、接続された《ギャ・ザール》の能力発動! カードを一枚引き、手札からコスト6以下の呪文またはオーラを使用する!」

 

 なにか気になることを言っていた気がするけど、今はそれどころじゃない。

 遂に相手の攻撃が、来る……!

 

「《*/弐幻(にげん)ケルベロック/*》を起動! こいつが接続することで、《キ・ルジャック》の刃は磨かれ、研ぎ澄まされる――アンタップだ!」

「っ、連続攻撃……!?」

 

 攻撃するたびにオーラが使えて、しかもそのオーラでアンタップできるってことは……そのカードが手札にある限り、攻撃し続けられるということ。

 一体、何枚持っているんだろう……《ガニメ・デ》でたくさんドローしてるから、二枚くらいは持ってるかもしれない。いや、それより、この一撃の重さは、どれほどのものか……

 

「《キ・ルジャック》はパワード・ブレイカーだ。パワー6000ごとに、ブレイク数がひとつ追加される」

「で、でも、そのクリーチャーは、パワー2000しか……」

「“クリーチャー”は、な」

 

 ……あぁ、そうか。

 オレガ・オーラはクリーチャーじゃない。クリーチャーなのは、一番下の白いカードだけ。

 あれはただ、クリーチャーにくっついているだけ。ドラグハート・ウエポンみたいに、装備されているだけの、強化パーツなんだ。見た目が変わるのも、その現れ。本体は一番下のクリーチャーのみ。

 オーラは色んな能力を付与して、クリーチャーを強くするみたいだけど、もっと原始的で、単純な強化だってある。

 それはパワー。純粋な、力だ。

 

「オレガ・オーラには追加パワーがある。これを合算し、接続したクリーチャーのパワーを数値を引き上げる! そ《接続 CS-20》に付けられているのは、パワー+2000の《ガニメ・デ》が二枚、《エダマ・フーマ》《ギャ・ザール》《ケルベロック》が一枚ずつ、そしてパワー+8000の《キ・ルジャック》。その合計パワーは――20000!」

 

 に、にまん!?

 わたしのデッキの最高パワー、《エヴォル・ドギラゴン》でさえ悠々乗り越える超パワーだ。

 それに、パワード・ブレイカー? あれは、パワー6000ごとに一枚ずつブレイク数が追加されていくらしい。

 6000で二枚()、12000で三枚()だから、20000は……

 

 

 

「パワード・ブレイカー・レベルⅣ――パワード()・ブレイク!」

 

 

 

 《キ・ルジャック》の悪魔の刃が迫る。

 四枚の刃による斬撃。それは、わたしのシールドをズタズタに切り刻む。

 

「っ、く、うぅ……!」

 

 これで、わたしのシールドはあと、たった一枚だ。

 相手の攻撃可能なクリーチャーは、残り二体。

 だけどあの一番強い、一番カードが重なっている《キ・ルジャック》は、一回限りだけど除去を受け付けない

 それに、あの猿みたいなクリーチャー――じゃなくて、オレガ・オーラだっけ――と、犬みたいなカードのコンボで、また連続攻撃されかねない。

 ただクリーチャーを倒そうとしても、受け流されてしまうだけ。この場を切り抜けるには、あのオーラ自体を、なんとかしないと。

 でも、そんなことができるカードなんて……

 

(……カード?)

 

 そういえば、あれって……クリーチャーじゃ、ないんだよね?

 クリーチャーにくっつくカード。それ自体はクリーチャーではなくて、ただのカード。クリーチャーを強化するための、いわば付属品だ。

 パワーは合算って言ってたから、ちょっと不安だけど、それなら……

 わたしは、砕けたシールドの中から一枚のカードを、掴み取る。

 

「これだよっ! S・トリガー発動《テック団の波壊Go!》!」

「な……っ!?」

 

 明らかに動揺を見せた。ということは、やっぱりそうなんだ。

 

「《波壊Go!》は二つの効果から一つを選ぶけど、今回はこっちだよ。相手のコスト5以下の“カード”を、すべて手札に戻す!」

 

 次の瞬間。

 相手の場が、大波に押し流された。

 顔を上げると、ほとんどカードは残っておらず、相手の手札が異様に増えている。

 やった……成功した……!

 

「ちぃ、オーラを纏めて消されたか……!」

 

 一体のクリーチャーと合体してるから、コストも合算で除去できない、なんて可能性もあったけど、どうやら成功したみたい。

 相手のオーラはほとんど引き剥がした。残っているのは、コストの高い《キ・ルジャック》だけ。

 

「《ギャ・ザール》は消えちまったが、《エダマ・フーマ》で《接続 CS-20》は守った。《キ・ルジャック》も残ってる! まだ終わらねぇ! 《キ・ルジャック》で最後のシールドをブレイク!」

「っ、トリガーは、ないよ」

「ターンエンドだ。《キ・ルジャック》は接続したクリーチャーが破壊されても、墓地のオーラを引き戻す。仕留め損ないはなしだ」

 

 

 

ターン5

 

小鈴

場:《コギリーザ》

盾:0

マナ:6

手札:4

墓地:12

山札:17

 

 

店主

場:《接続[キ・ルジャック]》

盾:5

マナ:5

手札:11

墓地:3

山札:15

 

 

 

 ……生き残った。

 わたしも、そして、《コギリーザ》も。

 それなら、やれる……!

 

「わたしのターン! 6マナで《偉大なる魔術師 コギリーザ》を召喚! そして、前のターンに出てた《コギリーザ》で《キ・ルジャック》を攻撃! その時、キズナコンプ発動! 自分のクリーチャーのキズナ能力をすべて発動させるよ!」

 

 わたしの場に《コギリーザ》は二体。だから、この二体の《コギリーザ》の能力が使える。

 ベル(わたし)も信じた、絆の力を……!

 

「《コギリーザ》は二体いるから、二回発動! 墓地からコスト7以下の呪文を唱えるよ。まずは《狂気と凶器の墓場》! 山札の上から二枚を墓地に置いて、《コギリーザ》を復活!」

 

 さて、問題はあのクリーチャーとオーラ――《キ・ルジャック》。

 破壊したら、墓地から《エダマ・フーマ》が戻ってきてしまう。だから手札に戻したいけど、コストが7だから《波壊Go!》では手札に戻せない。それにクリーチャーじゃないから「コスト6以上のクリーチャーを破壊する」効果でも破壊できない。破壊しちゃダメなんだけど。

 手は塞がっちゃったように思えるけど、あれにはたぶん、他にも隙がある。

 あの人は、確かにこう言っていた。

 

 

 

 ――《キ・ルジャック》は接続したクリーチャーが破壊されても、墓地のオーラを引き戻す。

 

 

 

 オレガ・オーラ、それはクリーチャーではないカード。クリーチャーとは別に存在して、クリーチャーと繋がるカード。

 それなら、きっと……

 

「二体目の《コギリーザ》のキズナ能力で、二枚目の呪文を唱えるよ。唱えるのは――《テック団の波壊Go!》」

「ぐ……っ!」

 

 相手は呻く。やっぱり、そうなんだ。

 《テック団の波壊Go!》じゃ、《キ・ルジャック》は退かせない。

 だけど、《キ・ルジャック》と繋がってる“クリーチャー”は、手札に戻せる。

 《キ・ルジャック》の能力は、《キ・ルジャック》と繋がっているクリーチャーが破壊されなければ発動しないから、その下のクリーチャーの方を戻してしまえばいい。

 そして、クリーチャーを失った《キ・ルジャック》はどうなるか。

 

「ちぃ……GRクリーチャーはGRゾーンの下へ、《キ・ルジャック》は手札に戻る……!」

「手札に戻るんだ……」

 

 てっきり墓地に行くと思ってたけど……って、そうか。

 クリーチャーと繋がっているからこそ、クリーチャーの行き先と同じところに行くんだ。

 オレガ・オーラ。クリーチャーとは別のカードでありながらも、クリーチャーがなくては存在できない、クリーチャーと繋がり、寄り添うカード。

 デュエマには、こんな不思議なカードもあるんだね。

 

「攻撃相手がいなくなったから、《コギリーザ》の攻撃は中止。ターン終了だよ」

「くっ、オレのターン! 《チュパカル》を起動! 《アネモ(サード)》をGR召喚してインストール! 二体目の《チュパカル》も起動、《予知 TE-20》をGRしてインストール!」

 

 おじさんは見た山札を、そのまま戻す。あれは、必要なカードだったんだ。

 

「1マナで《ガニメ・デ》を起動! 《アネモⅢ》と接続した《チュパカル》を、《ガニメ・デ》にアップデート! 二枚ドロー! さらに2マナで《エダマ・フーマ》を二枚、《ガニメ・デ》に追加接続!」

 

 う、また一気に、オーラが出て来た……

 

「ターンエンド……!」

 

 

 

ターン6

 

小鈴

場:《コギリーザ》×3

盾:0

マナ:7

手札:3

墓地:11

山札:16

 

 

店主

場:《アネモ[チュパカル/ガニメ・デ/エダマ×2]》《予知[チュパカル]》

盾:5

マナ:6

手札:9

墓地:3

山札:12

 

 

 

「わたしのターン……」

 

 ど、どうしよう……?

 《エダマ・フーマ》が二枚。つまり、三回も除去を撃たなければ倒せない耐性だ。《波壊Go!》を使えば二回で済むけど、生憎ともう種切れ。

 次のターンには《キ・ルジャック》も出てくるし、手札戻しは一時凌ぎにしかならない。《波壊Go!》だって無限に撃てるわけじゃないから、あんまり耐えられなさそう。

 だからそろそろ決めたいけど、S・トリガーも怖い……

 

「いや……このままジリ貧になる方がまずいよね。なら……」

 

 ……前に出る。

 怖いけど、前に進まなきゃ、勝てないもん。

 

「2マナで《ノロン⤴》を召喚! 二枚引いて、二枚捨てるよ。そして残る5マナで《狂気と凶器の墓場》! 山札から二枚を墓地へ、そして《コギリーザ》を復活! 《ノロン⤴》からNEO進化!」

 

 これで、四体の《コギリーザ》が揃った。

 正直、こんなにいても、そこまで呪文を乱射できるわけじゃないけど……

 

「攻撃だよっ! 《コギリーザ》で攻撃する時、キズナコンプ発動! 《コギリーザ》四体分のキズナ能力が発動!」

 

 四体の《コギリーザ》が、それぞれ両手を掲げる。

 ベルも使ってたカード。なんだか……頼もしい。それが四体もいるのだから。

 

「まずは《狂気と凶器の墓場》! 山札から二枚を墓地に置いて、墓地から《龍覇 グレンモルト》をバトルゾーンに! 《銀河大剣 ガイハート》を装備!」

 

 随分と遅くなっちゃったけど、ようやく出てこれた、《グレンモルト》。

 あと一回。あと一撃で、龍解できる……!

 

「二体目の《コギリーザ》で、《ボーンおどり・チャージャー》! 山札から二枚を墓地に……やったっ、三体目の《コギリーザ》のキズナ能力で、《テック団の波壊Go!》だよ! コスト5以下のカードをすべて手札に!」

「《エダマ・フーマ》の能力で、《アネモⅢ》を守る!」

「させない! 四体目の《コギリーザ》の能力で、《ダイナマウス・スクラッパー》を唱えるよ! 《アネモⅢ》を破壊!」

 

 今のわたしは、シールドがなくて、すごくギリギリだ。

 できるだけ、相手のクリーチャーは残しておきたくない。《コギリーザ》の力を借りて、できる限り、掃討する。

 

「《コギリーザ》でWブレイク!」

「S・トリガー! 《幽影モンス・ピエール》! 《幽具ランジャ》!」

 

 あぅ、S・トリガーだ……しかも二枚も。

 

「《接続 CS-20》をGR召喚し、《モンス・ピエール》をこれにインストール! さらに《ランジャ》も同じように重ね、アップデートだ!」

 

 ジジジ、と電影が浮かび、ICチップ型のクリーチャーが、オーラに取り込まれる。

 チップのクリーチャーは、悪魔のような角に、髑髏の面。骸骨のような姿に変貌し、さらにそれは、その髑髏面と似た重火器を手にする。まるでロケットランチャーだ。

 ロケットランチャーから、黒い煙を放ちながら弾のようなものが飛んでいく。それは、まっすぐに《グレンモルト》へと飛来し、彼を捉えた。

 

「《ランジャ》の能力発動! 同時接続されているオーラの数だけ、相手クリーチャーのパワーを-3000する! 《グレンモルト》のパワーを6000下げて破壊!」

「っ、破壊されちゃった……!」

「さらに《モンス・ピエール》の能力で、接続しているクリーチャーはブロッカーとなる!」

 

 《グレンモルト》が破壊されて、龍解できなくなった。その上、相手にはブロッカー。

 《ガイギンガ》が呼べなくなっちゃったのは痛い、けど、

 

「それだったら……数で押す! 《コギリーザ》で攻撃する時、キズナコンプ! キズナ能力を四回使って、墓地からコスト7以下の呪文を四回唱えるよ!」

 

 クリーチャーの数は十分。《ガイギンガ》がいなくても、攻め手はたくさんある。上手く墓地を増やせれば、追加のクリーチャーを呼ぶことも、ブロッカーを退かすこともできるんだから。

 そのため、《コギリーザ》たちは、魔術を練り上げ、失った呪文を取り戻す。

 

「一枚目、《狂気と凶器の墓場》! 山札から二枚墓地に置いて、《ゴリガン砕車(クラッシャー) ゴルドーザ》をバトルゾーンに! 二枚目、《インフェルノ・サイン》で《グレンモルト》を復活! 《ガイハート》を装備!」

 

 これで、さらに攻撃可能なクリーチャーが追加で二体。

 本当はブロッカーを退かしたかったけど、上手く墓地に除去呪文が落ちてくれない。

 

「三枚目、《リロード・チャージャー》! 手札を捨てて、一枚ドロー! 四枚目に《ボーンおどり・チャージャー》! 山札から二枚を墓地に置くよ!」

 

 結局、ブロッカーはどうにもできなかったけど……これだけの数がいれば、行けるよね……?

 

「Wブレイク!」

「《モンス・ピエール》でブロック! スレイヤーだ!」

「なら《コギリーザ》……いや、《ゴルドーザ》で攻撃! はじめて攻撃する時にアンタップして、シールドをブレイク!」

「S・トリガー《*/弐幻ニャミバウン/*》! 《重圧(プレッシャー) CS-40》をGR召喚してインストール! 能力で《コギリーザ》をバウンス!」

「またS・トリガー……」

 

 ここまで三枚ともS・トリガー。すごい強運……いや、元々S・トリガーの多いデッキなのかな。

 でも、こっちは残りが《コギリーザ》《コルドーザ》《グレンモルト》。

 相手のシールドは二枚。

 行ける……!

 

「最後の《コギリーザ》で攻撃! 《テック団の波壊Go!》で、コスト5以下のカードをすべて手札に! Wブレイク!」

「S・トリガー! 《*/弐幻ケルベロック/*》《幽影モンス・ピエール》! それぞれ《重圧 CS-40》と《ワイラビⅣ》にインストールだ!」

「っ、そんな……!」

 

 五枚ともS・トリガー……!?

 これでブロッカーが二体、こっちの攻撃可能なクリーチャーも二体。

 シールドゼロまで追い込んだのに、あと一撃でも通れば、倒せるのに。

 その先には、守り手が立ち塞がっている。

 こんな、この状況……ここから突破、なんて――

 

「――行ける、ね」

 

 《ランジャ》とか、《ニャミバウン》とか、直接的にクリーチャーを退かすトリガーじゃなくて良かった。

 ブロッカーが立ち塞がるだけなら、無理やり――突破できる。

 

「《ゴルドーザ》で攻撃! ダイレクトアタックだよ!」

「《ケルベロック》でブロック! こちらのパワーは、《重圧 CS-40》の基礎パワー4000に、《ケルベロック》の+2000を加えて6000だ!」

「……うん。《ゴルドーザ》のパワーは4000だから、破壊されちゃう……だから」

 

 三つ首のわんちゃんが、番犬の如く《ゴルドーザ》の進軍を遮る。鋭利な爪で、破砕車輪を削り、打ち砕き、抑え込む。

 そして三方からの牙で、機体ごと食い千切った。

 その瞬間、《ゴルドーザ》は爆発する。破壊されてしまい、木っ端微塵に爆ぜる。

 ――ただし、爆ぜるのは、自分だけじゃない。

 

「ラスト・バースト発動! 呪文《ダイナマウス・スクラッパー》!」

 

 ラスト・バースト――クリーチャーが破壊された時に、ツインパクトの呪文が使える能力。

 爆発の瞬間、中から小さなネズミが飛び出す。それは、導火線に繋がれた筒状のものを何本も持っており、導火線には火が付けられている。

 見ただけでわかる。あれはダイナマイト、爆弾だ。ネズミはそれを、メチャクチャににまき散らした。

 ダイナマイトが爆ぜる。壊れた機体の破片も巻き込んで、周囲のものを爆撃する。

 わんちゃんは、咄嗟に身を引いて躱せたみたい。けれど……

 

「《ダイナマウス・スクラッパー》の効果で、相手クリーチャーのパワーが6000以下になるように破壊するよ! 《モンス・ピエール》を破壊!」

「な……っ!」

 

 その近くにいた《モンス・ピエール》は、躱せない。

 《ワイラビⅣ》はパワー4000、そして《モンス・ピエール》が加算するパワーは2000。合計6000。

 ピッタリ、収まったよ。

 もう場に、動けるブロッカーはいない。そしてわたしには、《ガイハート》を装備した《グレンモルト》が残っている。

 

「これで……おしまいだよっ!」

 

 《グレンモルト》は大剣を掲げて、跳躍する。

 その姿は銀河のよう。彼は流星の如く、大剣を振りかぶり――突き込んだ。

 

 

 

「《龍覇 グレンモルト》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 おじさんの姿は、激しい電光(フラッシュ)と共に、消えていた。

 代わりに、小さなICチップのようなものが、ぽとりと落ちる。

 拾い上げてみると、チップは砕けてしまっていて、物言わぬガラクタとなり果てていた。

 

「成程。これが、このクリーチャーの正体か」

「どういうこと?」

「あの貧弱なチップがクリーチャーの本体。そこに、外殻を幻影として纏わせていたんだ。随分とリアリティのある幻だったけどね」

「そっか、っていうことは、あれはオーラ……」

 

 チップ型のクリーチャーに、オーラを取り付けて実際とは違うように見せかける。様々な情報を読み込ませて、人間のように振る舞わせる。

 鳥さんがクリーチャーだと認識できなかったのは、オーラが殻となって外からの干渉を防いでいたから。そして、中身のチップが小さすぎて、そこまで探知できなかったから。

 こんな形のクリーチャーもいるんだね。

 

「しかし、こんな手の込んだ仕掛けを組めるクリーチャーがいるなんてね……賢愚神話か、その従属クリーチャーくらいしか、この手の複雑なデータ生命体は作れないと思うんだが……」

「…………」

「恋ちゃん? どうかした?」

「……いや、なんでも……」

「というか、そのクリーチャーだかオーラだか、倒しちゃって良かったのか? いや、倒すべきではあったんだけど」

「あ……」

 

 そ、そうだった。

 このパン屋台のおじさんは、黒ではあっても、黒幕じゃない。

 社長とか、工場とか言ってたし……あのおじさんは、本当に売っているだけだったんだ。

 このパンを作っている場所は他にもあって、そしてそれを計画した何者かも、別に存在する。

 問題は、それらの手掛かりとなるおじさんが、いなくなっちゃったことなんだけど……どうしよう、対戦に必死だった……もっと色々聞き出せばよかったよ……

 

「まあ、それは仕方ない。少なくともこのパンが危険であることはハッキリしたわけだし、今からまた捜索を開始するしかないな」

「ご、ごめん……」

「だいじょうぶ……こすずのせいじゃ、ない……」

「ちょっとめんどくなったけどね」

 

 ……でも、確かにちょっと困りました。

 既に被害が出ているし、このまま放置できることじゃないんだけど、どうやって黒幕の居所を探ればいいのかわからない。

 他に手掛かりなんてないし……

 どうしよう、と困っていると、また携帯が震える。

 しかも、今度は電話だ。画面を見ると、見覚えのない番号。誰?

 

「ちょ、ちょっとごめんね」

 

 間違い電話かな? と思いつつも電話を繋げる。

 すると携帯の向こう側から、どこか棘があるような、怒っているような、不機嫌そうな……とにかくピリピリした声が、鼓膜を震わせた。

 

『もしもし。こちら、マジカル・ベルの電話ですか?』

「その声……せ、先生?」

『は?』

「えっ?」

『……あぁ、そういえば私は一応、仮にも、設定上は、教員でしたね。そうです、木馬バエです』

 

 びっくりした、色んな意味で。

 電話の相手は、先生だった。それ自体にも驚きだ……というか、どうしてわたしの携帯番号を知ってるの……?

 そもそも、先生からわたしに電話なんて、なんの用事だろう……?

 なにがあったんですか、と尋ねようと思ったけど、それよりも早く、一刻も早くこの通話を切りたいから少しでも早く話を終わらせたい、とでも言わんばかりの声が、先んじた。

 先生は短く、即座に通話を切ってしまいそうな勢いで、わたしに告げた。

 

 

 

『病床でずっと臥せってるうちの姉が、あなた方を呼んでいます。とっとと来てください』




 マジカルベル初のGRとオーラ。デッキ自体は、普通の青黒オーラ……じゃねえな。完全に作者の趣味全開なトリガービート仕様です。オーラ、青黒だけで防御トリガーが16枚積めるとか凄いですよね。しかも、攻撃に転用できる《ケルベロック》に、純粋に除去として強い《ランジャ》、問答無用で道連れにする《モンス・ピエール》と、普通に強いの揃ってますし。《トリムナー》とか《バライフ》とかも突っ込んで、アナカラーオーラトリガービートとか楽しそうです。強いかはさておき。というか、ビートじゃないな。普通に受け強くしただけのオーラだな。
 というところで、今回はここまで。誤字脱字や感想等ありましたら、遠慮なくどうぞ。
 次回もお楽しみに。
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