デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 タイトルを分数から四字熟語に変更。やっぱこっちの方がらしいかな、と思って変更しました。ごめんね。
 そして今回は数少ないトンボ兄さんの活躍回です。いまいちパッとした活躍がないけど、今回はちゃんと格好良いはず。


40話「釣られました [承]」

「葉子さんっ!」

「す、鈴ちゃーん……待ってたのよー……」

 

 こんにちは、伊勢小鈴です。

 先生から連絡を受けて向かった先は、学校の保健室。

 そのベッドの上で、葉子さんがぐったりと横たわっていた。顔が真っ青で、苦しそうだ。

 

「ごめんなさい、葉子さん……わたしのせいで……」

「いいのよー。おねーちゃん怒ってないのよー。パンが美味しかったのは本当だしね」

「葉子さん……」

「姉さんは甘い。私としては、今すぐにでも毒を盛った彼女を縊り殺してやりたいところですが」

「ダメー、ダメなのよハエ太。鈴ちゃんだって、悪気があったわけじゃないんだから」

「故意か否かなんてどうでもいい。結果として、彼女はそうした。それ以上の理由はいらない」

「ハエの心情はぼくも察するに余りある。が、姉上はそれを望んでいない。耐えろ、耐えるのだ我が弟よ。己の(エゴ)で姉上を悲しませるな」

「……ちっ」

 

 先生は露骨に憎しみのこもった顔で舌打ちして、黙った。

 ……ごめんなさい、先生。

 

「それでバタつきパンチョウ。あなたは、どのような意図で我々を呼び出した?」

「いやぁー……その、なんなのよー? えぇっと、鈴ちゃんはわかってると思うけどー……私ね、“視た”のよ」

 

 “視た”、ということは、やっぱりあのメールは葉子さんからだったんだ。

 三人称の眼。客観的な、第三者の――あるいは、読者や、神様の視点で、今の状況を“視た”。

 その結果、あのおじさんが黒だと判別できた、ということらしい。

 

「複眼か……そのような満身創痍で、使えるのか?」

「えへへ、おねーちゃんだもん。あ、これはヤバいやつだ、って思って、頑張ったのよー。褒めて褒めて」

「はいはい、凄い凄い」

「ありがとー、ハエ太ぁ」

「わかったからハエ太はやめろ」

「それで、なにを視た?」

「色々。たくさんのものを視たのよ。流石に視すぎて疲れちゃったけど……とりあえず、【不思議の国の住人】の一人として言っておかなきゃいけないことはひとつなのよ」

 

 葉子さんは、よっこいしょー、と言って身体を起こす。

 そして、アギリさんを見つめた。

 

「たぶん、なっちゃんも、絡んでるのよ」

「なに?」

 

 怪訝そうに眉根を寄せるアギリさん。

 なっちゃんも、この事件に絡んでいるって……それって、どういう……?

 

「どういう意味だ。それは真実か? どのような理論、理屈でその答えを導き出した?」

「どーどー、落ち着くのよ。先に言っとくと、私の客観視は千里眼とか未来予知とは違うから、視た光景に対する解釈は、最終的には私の主観が混じっちゃうんだけど……うん、でも、そんな諸々を踏まえても、きっとあの子は無関係じゃないのよ」

「あなたの推理が混じっているのか。それは、大丈夫なのか?」

「姉さんの視たものを疑っているのか? ヤングオイスターズ」

「まあ、不安なのも仕方ないのよ。私の推理はメタ推理。読者の視点で状況を見て、それが一つの物語と仮定した上で、命題を、根拠を、未来を予測して読み取るのよ。私は神様のつもりで視てるけど、世界ってなるようになってるだけで、思い通りになってるわけじゃないからねー」

 

 メタ推理……つまり、物語の外の情報による推理だ。

 作中の人物では得ることのできない情報……たとえば「本の帯にこう書いてあったから、こういう展開が予想できる」とか「この作者の作風はこうだから、こういうトリックを使うだろう」みたいな、物語の外にいる読者だからこそ持っている情報を用いて推理する、ということができる。

 半分くらいはお母さんの受け売りだけど、メタ推理とはそういう、裏技めいた考え方だ。

 そして葉子さんは、そんな裏技で、今回の事件について、独自の考え方で推理をしていた、みたい。

 

「屋台の人が黒だってわかったのも、あの状況で白なんてあり得ない、っていうことなのよ。そんな偶然は、物語には存在しない。創作のお話は、奇跡や運命はあっても、つまらない偶然なんてないの。みんなみんな、なにかと繋がっているのよ」

 

 身体が弱っていることなんて微塵も感じさせず、毅然とした態度で言い放つ葉子さん。

 なんだか葉子さん、いつもよりもキリッとしてるっていうか、凜々しいように感じる。

 

「……ねぇハエ太、今の私、ちょっとカッコよくなかった? ねぇねぇ」

「ウザいよ。いいから話を進めろ」

「むぅ、わかったのよ」

 

 ……はい。

 えぇっと、とりあえず、葉子さんは、わたしたちの認識する世界をひとつの物語と仮定して、その中の出来事を見ているようです。

 

「相変わらず、あなたの思考は独特だ。理解はできないが、信用はしよう。あなたの推理を聞かせてくれ」

「なのよ。今、起っている出来事は三つ」

 

 葉子さんは三本の指を立て、それを一つずつ折っていく。

 

「一つは、私たちもよく知る、なっちゃんの家出なのよ」

「家出って……」

 

 葉子さんはそう認識しているみたい。状況的には、囚人が脱獄したような風に聞こえたけど。

 けど確かにそれは、非情に大きなトピックだ。それこそ、なっちゃんの追跡に注力すれば、ひとつの物語になりそうなほど。

 続いて葉子さんは二本目の指を折る。

 

「次に、鈴ちゃんがくれた美味しいパン」

「件の毒入りパンか。ついでに聞くが、これの中身は分かるか?」

「それはちょっとわかんないのよー。流石に私の眼でも、成分解析はできないのよ」

「我々という種を定義したあなたでも、か?」

「んー、あれも凄く調子のいい時だからこそわかることだし、色んな人の協力あってこそなのよ。なにより、ここには“お母様”がいないからね」

 

 ……お母様?

 葉子さんの、お母さん?

 あれ? そういえば、葉子さんやアギリさん、代海ちゃんたちの……【不思議の国の住人】の、出生って――?

 

「でもわかったこともあるのよ。ちょっと断言できないけど」

「それは?」

「この世界にはない技術、材料、製法で作られてるっぽいのよ。あと、致死性もなさそう。けど即効性はある。ちょっとずつ、じわじわ衰弱させていく、ってところだと思うのよ。時間をかけてちゃんと療養すれば、自然治癒しそうなのよー」

「つまり放置したとして、問題はないわけか」

「でも助けてね? これでもめっちゃ辛いのよ! ダルダルなのよ!」

「ご、ごめんなさい……」

「鈴ちゃんを責めてるつもりじゃないのよ」

「それで、三つ目というのは?」

 

 今、わたしたちの周りで起った出来事。

 なっちゃんの脱走、謎の体調不良を引き起こすパンの販売。

 そして、あと一つが、

 

「黒いお仕事なのよ」

「へ?」

「うちの職場か。あそこは地獄だ。あれこそブラックと呼ぶのに相応しい。私はなぜ教員などという奴隷にされてしまったのか、帽子屋さんに問い詰めたいところだ」

「もしかして、ブラックバイトのことですか?」

「なのよ」

 

 ブラックバイト……先生や、朧さんが言っていたっけ。

 あれも、今回の事件に関係するの……?

 

「この三つは繋がってるのよ。同時期に違う三つの話題が存在するってことは、その三つは関わり合っているものなのよ」

「メタ推理とは言うが、まるで言い掛かりみたいな酷いこじつけだな……」

「バタつきパンチョウの視点は、我々とは違う。まともな思考回路で取り合っても、噛み合わないものだ」

 

 三つの話題が同時に発生しているなら、それらが関係しているはず、なんて……確かに、物語では関係ないと思えた複数の事件が、重なり合っていることが多いけど……

 それを「この世界は物語だから」という視点で関連性を見出すのは、わたしたちの感覚では理解しがたいものがある。

 でも……葉子さんが言っているなら、きっと、嘘ではない……真実だと、わたしは思う。

 そう、信じたい。

 

「三つの事件が関係しているというのはわかった。問題は、その連中がなにをしているか、だ」

「いやー、それはわかんないのよ」

「なぜだ」

「わかんないものはわかんないのよ。私の眼だって万能じゃないのよ。そこまでよく視えなかったし、考えてもまるっきり検討がつかないのよ」

「……そうか」

「毒入りのパンを販売しても、致死性じゃないってあたりが妙ではあるよね。毒による虐殺などが目的ではない、だけど毒を食わせる害意はある。なにが目的なのか、さっぱりだ」

 

 そうだよね。それは安心できるけど、毒の使い方が不可解だ。

 毒って言えば、推理小説なら毒殺の手段に使われるし、毒とはそういうもの。

 殺さない毒、だけど衰弱はさせる……?

 うーん、わたしも推理が得意なわけじゃないし、わかんない……

 

「見当も付かんな。しかたない。敵の目的については後回しだ。バタつきパンチョウ、他に分かったことは?」

「えーっとねー、そう! 黒幕のアジトは突き止めたのよ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 アジトを突き止めたって、それはもう、ほとんど解決編なんじゃ……?

 葉子さん、すごいなぁ……

 

「ふっふーん、色々なところから頑張って覗いて見つけたのよ。これはお手柄だよね? ねぇ、ハエ太?」

「なぜ私に聞く。そしてハエ太はよせよ、姉さん」

「それで、居場所はどこだ?」

「慌てない慌てない。あなたの弟さんが色々教えてくれて、色んな考え方で考えて、ようやく見つけたのよ」

「弟……? ……奴か。そういえば、部活動かなにかで調べるとか言っていたな」

「なのよ。あの子の助言がなかったら、ちょっと見つけるのは大変だったのよー」

 

 アギリさんの弟さん……誰だろう? って、わたしは彼らの兄弟姉妹については、あんまりわからないんだけど。

 アヤハさんと、プールでちょっと下の子たちを見たくらいだ。

 葉子さんは、葉子さん自身が視たものと、そのアギリさんの弟さんから得たらしい情報を元に特定した、アジトについて語る。

 

「まず、ブラックバイトについての噂ね。えっと、学生さんとかが遅くまでバイトに行って帰ってこないって話だけど、私は、その人たちはパン工場の従業員になっていると視たのよ」

「謎多きブラックバイトの噂と、毒入りパン販売を、あなたのメタ推理とやらで繋げたわけか。強引かつ安直ではあるが……」

「でも、あの屋台のおじさんも、工場とか、催眠がどうとか、従業員にするとかなんとか、そんなことを言っていたような……?」

「毒入りパンを生産するための労働力を得るために、学生たちを起用した。その結果、ブラックバイトという噂が立ったわけか。クリーチャーが絡んでいるなら、催眠でも企業偽装でもなんでもできそうではあるし、筋は通っている、のか?」

 

 パン工場、そこであの毒入りのパンが作られている。

 そして、今回の事件を引き起こした黒幕も、そこに……

 

「で、その場所を探りたいんだけど、問題はバイト先がわからないことなのよ。電話番号もわからないから、職場に直接行くしかないけど、その職場もわからないのよ」

「そうだな。もっとも、敵が人ならざる存在であれば、その程度の偽装はあってしかるべきだろうが……通常の手段では辿り着けない場所に存在するのか?」

「待った。ボクらは、捜索に出た警察や探偵も行方不明だと聞いたが、彼らは工場に辿り着いたんじゃないのか?」

 

 そういえば、朧さんがそんなことを言っていたような……

 それもどこまで本当なのかわからないようだけど、それでも確実にその怪しい工場を探している人はいたはず。

 そして、そういう人たちが、行方知れずになっているとも。

 

「あー……それは、まあ、たぶん運良く工場を見つけられたけど、なっちゃんが……」

「なっちゃん?」

「あ、いや……う、運悪く、捕まっちゃったんじゃないかしら? なのよ?」

 

 葉子さんは、なにか言葉を濁すように、言い淀んだ。

 

「そ、そんなことより! 肝心のパン工場の場所だけど、場所も連絡先も不明なのには、やっぱり理由があるのよ」

「場所を特定されないため、ではないんですか?」

「それはあくまでも結果でしかないのよ。答えはもっと根本的(シンプル)。そう、つまり――」

 

 葉子さんは精一杯のしたり顔をする。こういうの、ドヤ顔っていうんだっけ。

 そして、ピンッ、と指を一本立てて言った。

 

「――それは、どの場所でもない、電話線が通じてない場所なのよ!」

「なに言ってんのこの人」

「どの場所でもないって、なんだろう……なぞなぞ?」

「電話線が通じてなくても、携帯とかあるけど」

「うぅ、痛いところ突かれたのよ……は、ハエ太ぁ」

「知るか」

「聞かせろ、バタつきパンチョウ。どの場所でもない、とはどういう意味だ」

「特定の場所じゃないってことなのよ。それはどこかにはあるけど、そのどこかとは限らない。ともすればどこにでもあるけど、どこにもない、みたいな」

「哲学かな?」

 

 どこにでもあるけど、どこにでもないって……あれ? でも、なんか最近、そういうのを見たような……

 特定の場所にはない。どこかにはあるけど、そのどこかはわからない。見つけられるかどうか、常に不定。

 そう、それは、わたしがあのパンを手に入れるための屋台。確か、あれは――

 

「あっ、そうか! 移動してるんだ!」

「なのよ!」

 

 たぶん、肯定。

 葉子さんはそうだと言っている。

 工場は“移動している”と。

 

「工場が移動? それは移転って意味なのか? いや、どれほどの規模のものかはわからないけど、だとしても、まさか工場を各地に配置して、転々としている、なんて大掛かりな話じゃないよな?」

「……たぶん……移動型の、工場……」

「移動型工場? なにを言って……」

「水早くーん。これはクリーチャー事件の可能性が高いらしいよ?」

「……あぁ、成程。それなら思い当たる節があるな」

 

 霜ちゃんたちは、なにかピンと来たみたい。え? わかってないのはわたしだけ? 移動する工場ってなに? 工場に足がついてるの?

 なんて、ちょっぴり混乱してて、工場が移動する、の意味がわからないまま、話は進行する。

 

「だが、それだけでは敵の拠点の居場所の特定には至らない。移動型ならば、むしろ居場所の特定がより困難になるだけではないのか?」

「そんなことないのよ? 工場だってずっと動いてるわけじゃないだろうしね」

「移動“する”工場、というよりは、移動“できる”工場、と呼ぶべきかな」

 

 移動可能な工場。だから、他の人からしたら、その場所を特定するのは難しいんだ。

 居場所がバレそうになったら、移動して場所を変えればいい。すごく単純だけど、工場が動くなんて普通は信じられないし、有効な方法に思える。

 

「それに、居場所だってわかるのよ。これはメタ読みなんて必要ない推理なのよ。あなたなら、そういうの考えるの得意じゃない? それなりに大きな工場が構えられて、誰からも気取られないような場所なんて、限られているんだから」

 

 葉子さんの言葉を受けて、アギリさんは口元に指を添えて思案する。

 しばらくして、なにか思い至ったように、顔を上げた。

 

「……成程。我々と同じか」

「なのよ」

 

 二人の間で、なにかが通じている。けれどわたしたちにはちんぷんかんぷんだ。

 

「二人で勝手に納得するな。どういうことか、もう少しわかりやすく言ってくれ」

「山だ。それも、人の気のない、私有地ではないような」

「や、山……?」

「山の中に工場があるって? 動く工場なら、そういうこともある、のかな?」

「……でも、それ……どこの、山……?」

「私有地でなく、登山客も寄りつかないような山など、そう候補は多くない。すぐに調べる、こちらは任せろ……この手の探索は次男(四番目)に委ねるのが吉か」

 

 アギリさんはすぐにどこかに電話を掛ける。今の口振りからして、葉子さんに情報を提供したっていう弟さんに、どの山かの調査をお願いしたのかな。

 さて、これで事件の大まかな像は見えた。相手の居場所も掴んだ。

 となれば、後は動くだけだ。

 

「私はちょっとここから動けなさそうだけど……私の分までお願いするのよ。皆、頑張って」

 

 葉子さんはベッドの上で微笑みながら、グッと親指を突き上げる。

 葉子さんをこんな風にしてしまったのは、わたしの責任だ。かなり葉子さんにはお世話になってしまったけど、せめて事の始末くらいは、わたしが付けなきゃ。

 

「ふふっ。ベッドに寝込みつつ、助言して皆に思いを託すこの感じ……私、凄く強キャラ感出てるのよ」

「どうでもいい。いいから寝てろ。今も、相当無理をしてるんだろ」

「む、おねーちゃんの見栄をそうやって蔑ろにするのはよくないのよ。でも、ありがと」

「なに言ってるんだよ。見栄なんて張らなくても、姉さんは眩しすぎるくらい綺麗なんだ。汚れ役は全部、私が引き受ける」

 

 そう言って先生は、光の宿らない眼で、こちらを――いや、もっと遠く。外、というどこかを見据えている。

 背筋が、ぞわりとする。たまに見せる、先生の昏い眼。愛情が昂ぶりすぎて、誰かへの害意と憎悪に変じた、とても恐ろしい眼光だ。

 この様子だと、先生も一緒に来るのかな……

 ダメ、とは思わない。お姉さんがこんな状態だし、許せない気持ちはあるはず。葉子さんのために、事件を解決したいという意志はあって当然だ。たとえそれが、憎しみに塗れた復讐心からなるものだとしても。

 でもそれは、やっぱり怖くて、危ないような気がして、不安で……心配だ。

 また以前のように、先生が怒り狂ってしまうのは……

 その時、スッと先生を制するように、大きな手が伸びる。

 

「待て、弟よ」

「兄さん……?」

 

 先生のお兄さん……えっと、『燃えぶどうトンボ』さん、だっけ。

 わたしたちの授業を直接受け持ってくれる先生や、購買で毎日のように顔を合わせる葉子さんと比べると、校内で会うことが少ないから、ちょっぴり印象は薄い。

 そのお兄さんが、先生を止めた。

 

「ぼくが行こう」

「兄さんが出るまでもないよ。ここは私が……」

「ならん。ハエ。貴様は駄目だ」

「……なんだって?」

 

 ダメ、と確固たる拒絶を見せるお兄さん。

 先生は、その言葉に眉根を寄せる。不機嫌そうに、不愉快そうに。

 

「私はここを動くなって?」

「そうだ」

「なのよー、私もハエ太が出るのは反対なのよー。私の看病してなのよー」

「図々しいぞ。それより、私がダメってどういうことだよ」

「貴様の場合、眼が開く恐れがあるからな。今も、滾る憤怒を強固なる精神で抑え込んでいるのだろう?」

「…………」

「姉上が倒れた原因がそこにある、となれば貴様は爆ぜる激憤に駆られ、狂乱の暴徒と化すだろう。ぼくも、姉上も、貴様の狂える姿は、もう見たくない」

「……それでも、私は……!」

 

 お兄さんは、先生を説得して止めようとするけど、先生も退かない。

 誰よりも姉兄のことを思っているからこそ、先生はその気持ちをぶつけたがっている。でも、そのせいで悲しい結末を迎えてしまうことを、お兄さんも、葉子さんも望んでいない。

 仲のいい、優しい姉弟なのに、その優しさも、愛情も、ほんの少しだけずれてしまっている。

 先生は止まらないし、止まるつもりはない。

 けれど、その時、ガバッと葉子さんが先生にしがみついた。

 

「ダメー! ダメなのよ!」

「っ、姉さん……! けど、私は……!」

「ダメったらダメ! メッ、なのよ! おーねちゃんの言うことを聞きなさい!」

 

 葉子さんは頬を膨らませて、珍しく怒鳴るように怒る。

 ……いや、怒るって言っても、駄々をこねているようで、小学生の姉が幼稚園児の弟を叱咤するみたいな、子供じみた叱責だけど……

 

「ハエ太は行っちゃダメ! 私の看病をするの!」

「ちっ……頭が働いてないせいか、いつにも増してガキっぽくなってるな、この人……」

 

 けどその幼い叱咤は、かえって効いたのかもしれない。

 先生は毒気を抜かれたように、その表情から昏さも、恐ろしさも、抜け落ちていく。

 さらにお兄さんが続けた。

 

「ここは兄を立てると思え、我が弟よ。ぼくとて腹に据えかねているのだ。姉上の仇を取る大義を背負わせよ」

「……ああもう、わかったよ。好きにしろ」

 

 先生は投げやりにそう言って、そっぽを向いてしまった。

 なんだかとても悪い気がするけど……でも、これでよかった……のかな?

 

「話は決まりだ。ぼくも同行する。異存はあるまいな? あっても聞かぬがな」

「当然。この場は非力なものが多い、あなたの剛力は頼りになる。勿論、その“眼”も」

「トンボ、わかってると思うけど、無理しちゃダメなのよ。相手は選べるけど、だからこそ、あなたの眼は危険なんだから」

「承知しているとも。なに案ずるな、姉上。そこな娘を利用し、姉上に病毒をもたらした不遜な輩は、このぼくが打ち砕いてみせよう」

「なにもわかっちゃいねぇ、この虫けら……まあ、私も人のことは言えないか」

 

 えぇっと、とにかくこれで本当に、すべて決まった、よね。

 毒入りのパンを製造している工場に乗り込んで、黒幕を直接倒す。そして、この事件を解決する。

 それから……なっちゃんのことも。

 

 

 

「では、いざ行かん! 狡猾なる悪漢共を打破せんと――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 とりあえず、今までわかったことを謡さんたちに連絡する。そして、ユーちゃんのことはローザさんと謡さんに任せることにして、わたしたちは山に向かった。

 アギリさんが弟さんに調べて貰ったところ、登山者がほぼおらず、私有地でもない近場の山は、ひとつだけ。そしてそれは、わたしたちも知る場所だ。

 そこは以前、アヤハさんと一緒に登山した山だった。

 あの時は、そこを根城にしているクリーチャーの仕業で、おぞましい数の虫で溢れていたけど、今回はそうでもない。虫はまあ、いっぱいいたけど、それでも普通の数だ。

 ちょっぴりキツいプチ登山の末、わたしたちは奇妙な場所に出た。

 

「……周辺の木々が、不自然に薙ぎ倒されているな」

 

 そこは山中にしては、かなり開けた場所。

 けれどただ開けているわけじゃない。樹木が押し潰されたり、無理やり倒されたみたいに折れてしまっているために、開けている。ちょっと普通の光景じゃなさそうだ。

 

「でも……見た感じは、なにもなさそう……?」

「ハズレか? あるいは、もう移動してしまった後かもね」

「だったら……めんどい……」

「ねぇ、誰か来たっぽいんだけど」

「えっ?」

 

 みのりちゃんの言葉に、バッと振り返る。

 確かに、微かに足音が聞こえるような……それに、木々で隠れて見づらいけど、誰かがこちらに登ってきているように見える。

 

「ど、どうしよう……?」

「まさか登山客ではないだろう。ここに敵の拠点があると仮定するならば、工場の従業員が出勤しに来た、と考えるべきか」

「だったら早く隠れよう。催眠をかけられてるらしいけど、敵の息が掛かっていることには違いない。見つかったらまずいかもしれない」

 

 そ、そうだね。

 わたしたちは急いで茂みの中に身を隠す。すると少しして、大学生くらいの男の人が、どことなくおぼつかない足取りで、開けた空間へとやって来た。

 目は虚ろだし、すごくゆらゆらと身体が揺れてて、とても正気な人間には見えなかった。

 

「しかし、ラッキーだったねぇ」

「え? なんで?」

「奴が件の従業員なら、ここに工場があるという事実が確定するな」

「それに、一見してなにもなさそうな場所だが、隠し通路とか、秘密の入口が存在する可能性がある。このまま見ていれば、その場所を彼が教えてくれるわけだ」

 

 そっか。つまり、あの人の後を付けるんだね。

 そうしてわたしたちが茂みに潜んで、男の人の動向を探っていた――その時だ。

 突然、男の人が消えた。

 

「え……っ!?」

「消え……た……?」

「ワープ? 瞬間移動? なに? 工場って移動ポータル的なので移動するの?」

「そんなものも見えなかったけど、今のは一体……?」

 

 わたしたちの見間違いじゃなければ、確かに男の人は“消えた”。影も形も残さずに。

 それこそ、本当に瞬間移動でもしたんじゃないかってくらい、唐突に消失した。

 その事実に面食らっていると、お兄さんがスッと立ち上がり、さっきまで男の人がいたところへと駆け出した。

 

「お、お兄さんっ? どうかしたんですか?」

「疾く集うがいい。閉まるぞ」

「し、閉まる?」

 

 なにが? と思いながらも、わたしたちは慌ててお兄さんの後を追う。

 すると、お兄さんの姿もまた、消えた。

 そのことに驚きながらも、わたしたちもその場所まで駆けると――

 

「……あ、あれ?」

 

 ――世界が、変わっていた。

 いや、景色は大きくは変わっていない。周りには、山の中らしく木々が見える。

 けれど、空は黒い。夜のように暗いって感じじゃない。なにか、黒い煙のようなもので覆い尽くされているのだ。そして地面は、なぜか真っ黒に汚れている。そこに草花は一切ない。

 そしてなにより、目の前に、明らかな異物が存在していた。

 

「な、なにこれ!?」

 

 まず視界に飛び込んできたのは、四つある柱のようなもの。古いのか、赤茶色に汚れていて、ひび割れている箇所もある。また、下水口かなにかだろうか、丸い穴がいくつか空いていて、そこから紫色の、明らかに身体に悪そうな液体が地面に流れ落ちていた。これが、地面が汚れている原因なのかな。

 さらに視線を上らせると、緑色に光る筋が見えた。それは血管にも見え、脈打っていることがわかる。さらに上部には、小窓のようなものも見える。

 そこまで視線を上げると、全体像が見えてくる。わたしが柱だと思っていたものは、柱ではなかった。それは、足だ。

 それはものすごく巨大な、怪獣でもあった。そして、工場でもあった。わけがわからない。わからないけれど、その両方が、正しい。

 これは怪獣であって、工場でもある。背中の煙突から黒煙を吹き出して、尻尾から汚水を垂れ流している、怪獣の姿をした工場。

 そして、わたしもにわかに信じがたいけど……これはきっと、生きている。

 その証拠に、工場の(怪獣の?)腹部よりやや上の方、胸の位置に、心臓のようなものが「ドクンッ、ドクンッ」と生々しく鼓動している。

 

「《メガロ・デストロイト》……まあ、工場でクリーチャーと言えば、こいつしかいないよね」

「えっ!? これクリーチャーなの!?」

「じゃなかったらなんなのさ」

「なんにせよ、ここが敵の拠点、そして毒入りパンの生産工場というわけだ」

「なんかヤバい液体垂れ流しにして、めちゃくちゃ環境汚染もしてるように見えるんだけど。本当に食品生産工場なのここ? 衛生管理大丈夫?」

「大丈夫ではないだろうな。が、奴らにとって我々の衛生管理など、重要視もしない。そんなことより、燃えぶどうトンボ」

「承知している。こちらだ」

 

 お兄さんは迷いなく歩を進める。わたしたちも、なんとなくその後を追う。

 そういえば、さっきの男の人、いなくなってるけど……というか、これは一体、どういうことなの? こんなおっきなクリーチャー、まったく見えなかったけど……

 

「結界、というのか。要するにカモフラージュだな。正しい入口からでなければ侵入できず、侵入できなければ外界から内部は観測できない。そういった、特殊な防壁だろう」

「な、なるほど……」

 

 ということは、さっきの男の人が消えたり、お兄さんが駆け出した場所が、入口だったのかな。

 わたしたちが見えていた風景は偽物で、今のこの風景が本物……そう思うと、ちょっと怖い。

 だって今この場所は、空も、大地も、なにもかもが汚染されている。恐らく、有害ななにかで。

 山ひとつが、枯れ果ててしまいそうなほどに。

 

「案ずるな、マジカル・ベル。貴様の悲嘆は、まださほど深刻ではない」

「ふぇっ? わ、わたし、口に出してました?」

「すまん。貴様の視点でも“視させてもらった”」

 

 わたしの視点で視る……?

 それって、葉子さんや先生みたいな……

 

「ぼくの眼は“二人称の眼”。弟のような己を見つめる眼でなく、姉上のような神の視座でもない。そこにいる“貴様”の視点で、世界を拝謁する眼だ」

 

 えぇっと、確か【不思議の国の住人】が特異な力を有する中で、葉子さんたち蟲の三姉弟には、複眼と呼ばれる特殊な眼がある、という話だ。

 長女の葉子さんは“三人称の眼”、完全な第三者の視点で世界を視ることで、客観的に、あるいは超越的に物事を観測する眼。

 次男の先生は“一人称の眼”、世界を自分だけの視点に収束させることで、自分以外の思考や思想を完全に遮断する自我の眼。

 そして長男のお兄さんの眼が、二人称の眼。自分ではなく、誰かでもなく、“あなた”の視点。

 

「勝手ながら、貴様の視点で世界を視た。この荒廃した自然を嘆くその心情はぼくも理解できる。真に遺憾であろう。が、安心召されよ。この世界は、別世界だ」

「べ、別世界……?」

「結界は外と内を隔絶する城壁、というわけではない。この結界内部が、ひとつの特殊な空間を構築しているのだ。即ち、結界内部は異界、というわけだな」

「異界……」

「故に、この世界の草木は、貴様の世界のそれと同等のものではない。この世界の汚染は、かの世界には届いてはいまい」

 

 ちょっと難しい言い回しで、わかりづらいけど……つまりこの世界は、わたしたちの世界とは関係のない別世界で、この世界が汚れていてもわたしたちの世界に影響はない、ってことなのかな。

 

「……なぜそんなことがわかる?」

「言ったはずだ。ぼくの眼は二人称の眼。世界の在り方を視るのは、ぼく自身の眼ではなく、そこにいる貴様の眼に他ならない。智のある者の視座なれば、相応の認識を得ようというもの」

「先ほどの男の視点を乗っ取ったわけだな。この世界への入り方も、そして工場への侵入経路も、そうして発見したわけだ」

「あ、これって工場の入口に向かってたんだ」

「左様。姉上のように、単独で使える個性()ではない故、取り回しは悪いのが玉に疵だ」

「い、いえ。すごい、お手柄ですよ、お兄さん」

「そう褒めるな。歓喜に身体が震えるではないか」

 

 本当に嬉しそうに、けれど少し照れたように笑う。

 お兄さんは迷いない足取りで、柱の方へと歩いていく。きっと、そこに工場への入口があるんだ。

 中はどうなっているんだろう……これもクリーチャーみたいだけど、その中に入るって、大丈夫なのかな?

 そもそも中に入って本当に大丈夫なのかも心配になってきた。ここは、敵陣のど真ん中なのだか。

 色々な不安が渦巻く。敵の目的も、正体もハッキリしない。

 それに、葉子さんは言っていた。この事件には“あの子”も、関わっているって。

 『バンダースナッチ』……なっちゃんも――

 

「――!」

 

 刹那。

 悪寒。ものすごく嫌な気配が、突き刺すような邪悪な感覚が、身体を突き抜ける。

 ほとんど直感だった。見上げると、なにかが、こちらに近づいてくる。

 怪獣の背中。工場の煙突のあたりから、こちらに向けてまっすぐに、落ちてくる、なにか。

 わたしは、思わず足を止めた。

 

 そして――一閃。

 

「っ……!」

 

 ピッ、と赤い雫が散る。

 頬に微かな痛み。視界の端に映る、光を反射した白刃と、白と黒の人影。

 わたしはその人物を知っている。

 細くぷにぷにした手足。小さく華奢な矮躯。幼い顔立ち。まるっきり子供の姿。

 病的なほどに真っ白な髪を揺らして、真っ黒な衣を纏い、血の滴る刃を携えた、その子は――

 

「な、なっちゃん……!?」

 

 

 

 ――『バンダースナッチ』、だった。

 

 

 

「き、貴様……バンダースナッチか!?」

「空からだと……!?」

 

 驚きのあまり軽く放心してしまっていたけど、我に返る。

 けれど頭は混乱している。あり得ない。どういうことか、意味が分からない。

 なっちゃんは、確かに“空から降ってきた”。

 工場のてっぺんからここまで、10m以上は離れているように見える。少なくとも、人が――それも幼い女の子が飛び降りて、平気な高さじゃない。

 なのになっちゃんは、怪我ひとつ負っている様子はない。

 ――彼女たちは人間ではない。なら、身体が異常なほど頑丈、という線も考えられる。でも、なっちゃんに限っては、それはあり得ない。

 だって、あの事件の日、なっちゃんはアヤハさんに、手足を折り砕かれていたのだから。

 アヤハさんが異常なほど力があった、というのなら話は別だけど、そうでもなければ、人の力で骨折するような身体が、あの高度からの落下に耐えられるはずがないんだ。

 なにが、どうなっているの……!?

 

「……うーん」

 

 なっちゃんは刃先についた血と、わたしを交互に見て、首を捻る。

 高所からの跳躍なんて、なんてことはないとでも言うように。

 その刃先の向かう先にしか、興味がないかのように。

 

「はずしちゃったかぁ。もういっぽ、ふみだしてくれれば、ころせたのに。おねーさん、うんがいいね」

 

 ……え? あれ?

 わたしは身震いした。この子に対する恐怖を、理解より先に、感じてしまった。

 ファンタジーならあり得るようなことが、実現して恐怖に変わるような感覚だった。

 

「なっちゃん、言葉が……」

「んー? なぁに?」

 

 なっちゃんは、わたしの言葉に、言葉を返す。

 ちょっと舌足らずではあるけど、流暢に、そして確かにわたしの言葉を受けて、返答したのだ。

 わたしが知っているなっちゃんは、いつもひとりで喋っているみたいで、言葉も途切れ途切れで、対話をしているという感じがしなかった。

 けれど今のなっちゃんは、わたしと明確に“対話”した。

 今まで一方的に喋るだけだったはずなのに、ある日突然、動物の方から話しかけられたみたいな。

 化物が人の言葉を発したみたいな怖気が、わたしの全身を走り抜ける。

 

「随分と口達者になったものだ、バンダースナッチ。学習を怠るお前が、どこで言語を覚えてきたのやら」

「そんなことはどうでもいい。それよりもバンダースナッチ、貴様、ここでなにをしているか……!」

「? むしけらのおにーさんたち、おこってる? なんで?」

 

 なっちゃんは、こくん、と首を傾げる。

 その動作自体は愛らしいけれど、同時に、どこか恐ろしくもあった。

 言葉が通じても、なにも理解できなくて、なにも理解されない。そんな、相互不理解と、未知の満ちる暗黒が、彼女の瞳から垣間見える。

 

「なんでおこってるの? わかんないよ。私のほうがおこりたいもん」

「なにを……!」

「だって、みんなひどいよ。私をつないで、しばって、うごけなくするんだもん」

「罰を責める前に己の罪を自覚することだな。自身の悪行を顧みろ」

「えー、だってあれは、ぼーしやが……」

「口を噤め、バンダースナッチ。これ以上、お前の対話するつもりはない。言葉を解そうが、化物と交える言葉は持ち合わせていないからな」

 

 なっちゃんがなにかを言いかけたけど、アギリさんはそれにかぶせるように、会話を打ち切った。

 つかみどころがなくて、目的も、感性も、思考も、正体も、なにもかもがよくわからないなっちゃんだけど……その“よくわからなさ”が、今まで以上におぞましい。

 アヤハさんも、アギリさんも、みんな、なっちゃんのことを化物とか言っていたけれど。

 わたしも、思ってしまったんだ。

 この子は、言葉を話すようになった、怪物なんじゃないかって。

 そのくらい、今のこの子は……怖い。

 

「燃えぶどうトンボ。この化物との対話は無意味だ。情報を得るメリットより、翻弄されるデメリットが勝る。無力化して連行するぞ」

「息の根さえ止めなければ、構わんな?」

「手段は問わない。腕でも足でも腹でも、好きに抉れ。死にさえしなければ、後でハンプティ・ダンプティと代用ウミガメがどうにかする」

「心得た」

 

 物騒な言葉を交わして、アギリさんとお兄さんは、なっちゃんと相対するように立つ。

 幼い女の子に対して、片や学生とはいえ大人の男の人が二人で立ち向かうというのは、大人げないように見えるかもしれない。

 けれど今この時、わたしたちは、まったくそんな風には考えられなかった。

 あのなっちゃんが纏う、言葉にできない空気は、男の人だとか、大人だとか、そんなものは関係ないと思わせるほどに、奇異だったから。

 ……けど。

 

「おにーさんたち、私にひどいことするつもりなんだ」

 

 なっちゃんは、刃物をコートの内側に仕舞った。

 手を頭の後ろに動かし、後ろに後ずさる。

 

「しゃちょーのおかげで、私、たすかったんだよ。おにーさんたちは、きらきらじゃないし……あそぶのは、またこんどね」

 

 すると、ピョンッ、となっちゃんは飛び跳ねた。

 そこでまた、わたしたちは目を剥くことになる。

 なっちゃんの小さな身体は、なにかに引っ張られるようにして、高く高く飛んでいく。

 人間には不可能な、どころか地球上のどんな動物にもできなさそうなほどの、高い跳躍だった。

 

「じゃーねー」

 

 後ろ向きに空を飛ぶなっちゃんは、最後にひらひらと手を振りながら、工場の頂上部へと消えていく。

 わたしたちはその様子を、呆然と見ていることしかできなかった。

 

「……あの子、変な子だとは思ってたけど、あんなアクロバティックなことできるなんて凄いね」

「アクロバティックなんて次元じゃないだろあれは。何十メートル跳んだんだよ。明らかに異常だ」

「バンダースナッチは、姉上の眼を以てしてもその存在が掴み切れん。目的も思想も、個性()さえも理解不能な怪物だ」

「だが、肉体そのものは外見通りだったはずだ。身体を強化する類の個性()を持つ【不思議の国の住人】もいるにはいるが……あれがそんな単純な異能を発現するとも思えない」

 

 アギリさんたちにも、なっちゃんの異様な行動、異常な身体能力については思い当たる節がない様子だ。

 

「……今ここで奴の奇行について考察しても意味はないだろう。奴の捕縛も必須だが、そのための筋道がある」

 

 ひとまず侵入だ、と言って、アギリさんはお兄さんと共に先へと歩む。

 パンの生産も止めなくちゃいけない。異常な労働を強いられている人たちも解放しなければいけない。なっちゃんのことも、どうにかしないといけない。

 葉子さんは、これらの出来事のすべては繋がっていると言っていた。そして実際、工場はあったし、労働者もいたし、なっちゃんも関わっていた。

 じゃあ、それらの出来事を繋げているのは、なんなんだろう。

 この工場の主? なっちゃん?

 それとも――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 トンボのお兄さんの案内のお陰で、すんなり工場内に入ることができました。

 中は、本当に工場って感じです。わたし、工場なんて入ったことないけど……

 無機質で機械的な廊下がずっと続き、しばらく歩くと、左右に扉がずぅっと並んで現れる。

 

「部屋が多いな」

「ひとつひとつ虱潰し……は、流石に辛いよね。ここは敵陣のど真ん中だ。できるだけ迅速にカタを付けたい」

「もっともな意見だな。我々の目的は、バンダースナッチの捕縛および回収。お前たちの目的は、この工場の機能停止、及び労働者の解放だな」

 

 アギリさんは、今回の目的を改めて確認する。

 わたしたちは、毒入りのパンなんて危険なものを作るのを止めさせて、無理やり働かされている人たちを助けたい。

 アギリさんは、元々なっちゃんを連れ戻すことが目的で、それを遂行したい。

 やりたいことは、ハッキリしている。

 

「我々はバンダースナッチを捜索する必要がある。それらしい姿は見えないが、警備の者もいるだろう。この工場が十全に機能している限り、あの小娘を探すのも苦労する。となれば先に、工場を破壊するか」

「は、破壊!?」

「破壊工作、という意味だ。警備機能を落とす。お前たちも、むやみやたらと暴漢に追われたくはないだろう」

「ん……まあ……」

「戦闘はできるだけ避けるのが定石だよねー」

 

 そうだね。わたしは鳥さんがいるからなんとかなるけど、みんなはそうはいかない。

 できる限り、敵との接触は避けなきゃ。

 

「さしあたってすべきことは、隠密行動しながらの情報収集だ。この工場の警備システム、動力炉、責任者……まあなんでも構わないが、機能を停止できるような要素を探す。それと、バンダースナッチの所在だ」

「如何にして探す? 若牡蠣の長男よ」

「浅知恵も甚だしいが、手がないわけではない。バンダースナッチはこちらで請け負おう。工場への破壊工作はあなたに任せる。あなたの眼なら、見つけられるだろう」

「……戦力を分断するってことか?」

「そうだ」

 

 アギリさんと、お兄さん。それぞれ分かれて、行動する、というのがアギリさんの提案だった。

 確かに、六人でぞろぞろと動いても目立ちそうだし、それは悪くない案だと思った、けど。

 

「だが、お前たちは燃えぶどうトンボの方へ行け。こちらは一人で行く」

「えっ? ひ、一人で、ですか? 危険じゃ……」

「危険度で言えば、発見されるリスクはそちらの方が高い。それについて、こちらは発見のリスクは低い。存在を兄弟姉妹に押しつけられるからな」

「存在を押しつける? ……あぁ」

 

 そういえば以前、アヤハさんが言ってた気がする。

 『ヤングオイスターズ』は、自身の存在感を他の兄弟姉妹に肩代わりさせて、最大で十二分の一人分まで、気配を薄めることができる、とかなんとか。

 正直まったく意味はわからないけど、要するに影が薄くなって、存在を感知されにくくなる……らしい。

 

「そういうわけだ。むしろこちらは一人の方が都合がいい。それに、バンダースナッチ捜索の任は、主に姉が――即ちヤングオイスターズが主体となり課せられた使命。帽子屋の命令に素直に従うというのも癪な話ではあるが、この際だ、仕方ない。どうあれ、この組み分けは妥当だと思うが」

「承知した。が、貴様は本当に大丈夫なのか?」

「問題ない。情報収集においてはあなたに劣るために、発見は遅れるかもしれないが……その時は、労働者の救助についてでも考えておけ」

 

 そう言って、アギリさんは一人で、廊下の奥へと消えて行ってしまった。

 

「アギリさん……大丈夫かな……」

「奴はヤングオイスターズの長男であり、ヤングオイスターズの次期頭首だ。巧妙に、狡猾に立ち回るだろう……が、相手はバンダースナッチだ。不安がないとは言えんな」

 

 お兄さんは、険しい顔で言った。

 わたしたちよりもなっちゃんのことをよく知るこの人たちがここまで言うってことは、やっぱりそれほどになっちゃんは危険なんだ。

 

「しかし奴の提案は有り難い。ぼくは姉上に毒牙をかけた工場主を討ち滅ぼすつもりでこの場にいる。バンダースナッチなぞ二の次だ」

「意外と自分勝手な理由だった」

「各々に思惑があって、それがたまたま、いい具合に合致しただけか……ま、喧嘩して仲間割れになるよりはよほどいい」

 

 仲間割れ……

 【不思議の国の住人】の人たちは、なんていうか、各々の距離感がよくわからない。

 葉子さんやお兄さんたち蟲の三姉弟は、互いにすごく仲がいい。先生はちょっと、気難しい人だけど……それでも、姉兄を大事に思っていることに違いはない。

 アヤハさんも兄弟姉妹――そして自分自身――を大事にしている。けど、あのカフェでは、いきなり弟さんと口論をしていたし、考え方に食い違いがあるようにも感じる。

 他にも、代海ちゃんは他の人たちと友好的にだけど、いつか来た『三月ウサギ』『公爵夫人』といった人たちは、なんだか同じ仲間に対しても、敵愾心を向けていたように思えた。

 協力し合うし、仲間意識もある。だけど、それだけじゃない。仲間のような、家族のような距離感さえ感じるけど、同時に争い合う相手でもあるかのような。

 それに、なにより……なっちゃんだ。彼女が、異質すぎる。

 なっちゃん本人は、特別他の【不思議の国の住人】を敵視しているつもりはなさそうだけど、決して友好的というわけでもない。自分本位というか、なんというか。

 だからわたしは、ふと考えてしまう。こんな風に思うのは、いけないと思いながらも、考えてしまう。

 どうして【不思議の国の住人】の人たちは――帽子屋さんは、なっちゃんを連れ戻そうとするのか。

 放っておけないのはわかる。放置していてはいけない子だということには賛同する。

 けれど、手足を折り砕いてまで連れ戻して、檻に閉じ込めて、鎖で繋いで……そんなことをして、どうしようというのか。

 だったら殺せばいい、なんて残酷なことは言えない。けど、痛みで苦しめて、自由を奪って、そうしてまで自分の手の内に置いておくことに、なんの意義があるのか。

 わたしには……わからない。

 帽子屋さんが、なにを考えているのか――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「しゃちょー、ただいまー」

「おや、なっちゃん。お帰りなさい。首尾はどう……って、見てたから知ってるけど。君を釣り上げた、もとい引き上げたのはぼくだからね」

「ごめんなさい。だめだった」

「君が仕事をし損ねるなんて、ほんの少し驚いたけど、今度の客人はなにか不思議な感じだったからねぇ。仕方ないさ」

「ありがとー、しゃちょー」

「ところでなっちゃん、彼らは君の知人かい?」

「そうだよ。ぼーしやのところにいたの」

「ふぅん。つまり、君を鎖に繋いでいた連中の一味か。ということは、君にとっても鬱陶しい存在じゃないのかな?」

「うーん、どうでもいいかな。おにーさんたち、きらきらじゃないし。でも、じゃま」

「だろうね。ぼくとしても邪魔だ。けどそれは、あくまでもこの工場の防衛的観点から見た場合さ」

「ぼーえーてきかんてん?」

「ぼくの目的は、工場に依存するわけじゃない。工場長が討ち死にしようが構いやしないのさ。まあ勿論、この工場自体はいい玩具だから、できれば残したいとは思うけど、それに固執する理由はどこにもない。また新しい玩具を探せばいいだけさ」

「じゃあ、にげる?」

「そうは言ってないさ。ギリギリまで工場長の防衛戦は見守っているよ。高みの見物だけどね」

「私は? 私は、どうすればいい?」

「なにもしなくてもいい。最初に彼女らを仕留めていたなら、そのまま工場の動力炉に投げ込んでいたところだが、失敗しちゃったからね」

「うー、ごめんなさーい」

「だからいいってば。失敗しちゃったのは仕方ない。たまには、そういう変化があるのも面白いからね」

「……しゃちょー、たのしそう?」

「うん、そこそこね。いい具合に楽しめてるよ」

「たのしいと、いいの?」

「勿論。幽閉されていた君をたまたま発見して釣り上げたのも、こっちに流れてきたクリーチャーを集めて商売に手を出したのも、ぼくの胸中に空いた、虚しい穴を埋めるための手段でしかないからね」

「んー、よくわかんない」

「ぼくもなっちゃんのことはまだよくわからないな。君は本当に不思議な子だ。身体は貧弱なのに ぼくが賢愚神話の奴から釣り上げた――もとい掻っ攫った叡智をなんなく吸収してしまったし。君はこの世界の生き物じゃないのかい? もしかして、ぼくらと同郷だったりする?」

「しらなーい。でも、ぼーしやは、私たちは、おかーさんがうみおとした、っていってたよ」

「ふぅん。この世界の法則から考えると、君の性質はあまりにも異常なんだけどね。ひょっとすると、君らのルーツはこの世界にないのかもしれない。外来種が繁殖した結果、とかね。それはそれで、興味深いが……」

「なぁに? どーしたの? しゃちょー?」

「……なんでもないよ。君がどんな出自でも関係ない。ただ、君という存在そのものは、非常に面白い。ヘルメスの鬼畜生ならいざ知らず、ぼくは観察なんて趣味じゃないし、釣った獲物は食べるか逃がすかって主義だけど、それを曲げてもいいと思うくらいには、君は飽きない。ぼくの持て余した暇を、いい感じに満たしてくれる」

「? ありがとー」

「どういたしまして。こちらこそありがとう……さて」

「どこにくの?」

「言っただろう、高みの見物さ。こんなガラクタに未練はない。ただ、どう面白く事が運んでくれるか、というだけの話なんだから。ぼくはただ、毎日の楽しみを見届けるだけさ」

「まいにちの、たのしみ?」

「あぁ――今日の釣果はどんなものか、だよ」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 わたしたちは工場をひっそりと進んでいく。

 時折、警備員っぽい黒い人(たぶんクリーチャー)が巡回していて、彼らに見つからないように隠れたり、迂回したり、(お兄さんが)殴り倒したりしながら、奥へ奥へと入り込んでいく。

 しばらく進むと、見るからに生産ライン、みたいな広い空間に出た。わたしたちが出たのは通路で、そこからフェンス越しに、ベルトコンベアとか、なにかよくわからない機械とかが、眼下に見える。

 ベルトコンベアの上には、わたしが買った屋台のパンが次々と流されている……こうして見ると、おいしそうなんだけど……

 さらにそこには、たくさんの人の姿も見えた。みんなどこか目が虚ろで、動きも機械的。ロボットのように、機械を操作したり、ベルトコンベアに乗った食品のチェックをしたり、パンを梱包したりしている。

 

「そういえば、あの人たちどうすんの?」

「助ける必要はあるよね。ひとまず、催眠だかなんだかを解いて、それから避難誘導……」

「……できる……?」

「この数は厳しいね。どうするかは後で考えるとして、とりあえず安全だけは確保しないと」

「兎にも角にも、この工場の主を打破せねばならんということか」

「問題は、その工場主? がどこにいるかじゃない?」

 

 そうだよね。

 この工場はかなり広そうだし、虱潰しで探すにも限度がある。数は少ないとはいえ警備員もいる。あまり時間は掛けられない。

 

「なに、問題ない。その点についてはぼくに任せよ」

 

 するとお兄さんはそう言って、ズカズカとどこかへ行ってしまった。

 ……行っちゃったよ。どうしよう。

 任せよ、と言われても、その間わたしたちはどうすればいいのでしょう? ただ隠れて待っていればいいのかな?

 しばらくの間、手持ち無沙汰のまま、もんもんと待っていると、お兄さんが戻ってきた。

 

「相済まぬ。待たせた」

「本当にね」

「なにをしに行ってたんだ?」

「うむ。この手の作業は不得手なのだが、所謂、情報収集だ」

 

 お兄さんが言うには、この工場で働かされている従業員や、警備員の“視点”を得て、この工場の内情を探りに行ったらしい。

 それならそうと言ってくれればいいのに……

 

「従業員らの視座から得た情報によると、この工場の管理、運営は工場長が総て取り仕切っており、工場長は工場長室に座しているようだ。工場長室の場所も把握済みだ。迅速に到着できることだろう」

「ぐう有能」

「教職をやる気が一切ない弟と、テンションの高すぎる姉のせいで、勝手に変人だと思ってたけど……この人、意外とまともなのか……?」

 

 面食らったような表情を見せる霜ちゃん。

 わたしも、お兄さんのことはあまり知らなかったけど……というか、今でもよくわからない。

 なんだか今のお兄さんは、葉子さんたちと一緒にいる時とは、ちょっと違うような……?

 

「まとも、か。それは貴様らが、己のことをそう認知しているからだろうな」

「どういうことだ?」

「我が眼は二人称の眼。一人称視点の弟が自我に苛まれるように、三人称視点の姉上が空想の視座で思考するように、我が人格の指向は“貴様”に引っ張られる」

 

 お兄さんは、どことなく理知的で落ち着いた調子で、語りかけるように言う。

 

「弟は己が視点で世界を見る、故に自我が人格に浸透する。姉上は神の視点で世界を見る、故に超越的な意志が自我に侵蝕する。ならば、同じ蟲の姉弟であるぼくも、それと同じ事象が起きるまで」

「……二人称視点、つまり“相手の視点”で世界を見るから、相手の人格に影響を与えられる、って?」

「然り」

 

 言われてみれば……お兄さんは、葉子さんといる時は、葉子さんみたいに楽しそうにはしゃぐ様子が多々見られた。

 先生と一緒の時は、姉弟を特に強く思っている様子だったし、アギリさんと一緒の時は――わたしはアギリさんのことを詳しく知らないけど――どことなく論理的で、アギリさんの波長と合っているように思えてきた。

 相手によって口調や態度を変える、という人はいるけれど、それとはまたちょっと違う感じだ。

 

「まるで鏡だな」

「鏡、か。成程、言い得て妙だ。上っ面のみを映すという点でも、実に正鵠を射た喩えと言えような」

 

 お兄さんはにやりと微笑む。うん、言われてみると、ちょっと霜ちゃんっぽいかも。

 

「相手を、映す、って……あなたは、それで……いいの……?」

「なに、案ずることはない。ぼくはぼくだ。貴様の影響を受けるのは、表層に過ぎん。ぼくの信じる正義も、意志も、すべてはぼく自身のもの。それを見失うほど、ぼくは愚かではない」

 

 お兄さんは、まっすぐに恋ちゃんを見返して、そう言った。

 

「ふん、身の上話など、どうでも良いのだ。して今は、なにをするのだったか」

「忘れてるし。無能では」

「えぇっと、工場長がどうとかって話を……」

「おぉ、そうであったな。そうだ、どうやらこの工場の長は、ゲオルグ・バーボシュタインという名のようだ」

「知ってた」

「本当にそいつなのか……たまに思うけど、クリーチャーって背景ストーリーとリンクしているのか……?」

「いや……たまたま、だと思う……」

「たまたまって?」

「世界は……いっぱい、ある……背景ストーリーみたいな、世界がある……なら、“それ以外の世界”も……ある……可能性があれば、偶然も、あるから……」

 

 無数に存在する世界。わたしがベルと出会ったのも、過去の平行世界だった。

 けど、普通は別の世界があるかどうかなんて、わたしたちにはわからない。あるかもしれないし、ないかもしれない。

 可能性がそこにあるのなら、どうにだって受け取れる。そして可能性が皆無ではないのなら、それは否定されない。

 悪魔の証明ってやつだ。“存在しないこと”の証明は、とても難しい。存在しないことが証明されない限り、逆説的にそれは存在する、と言えてしまう。

 恋ちゃんが言っているのは、その否定できない無限の可能性から生まれる、必然的な偶然性だろう。あらゆる世界の可能性があるなら、わたしたちが知っている範囲のものと被ることもある。

 ……とはいえ、なんだか恋ちゃんは、妙に断定的な口振りにも聞こえたけど……

 

「なんだが随分と訳知りな感じで言うね、恋」

「別に……」

「……なにか隠してる?」

「……別に」

「なにか知ってるなら、できれば正直に話して欲しいな。君まで疑いたくはない」

「…………」

「や、やめようよ、霜ちゃん……」

 

 たまに見る、怖い霜ちゃんの影がちらつく。

 代海ちゃんに迫った時のような姿は、あまり見たくない。

 恋ちゃんはいつもと変わらない、毅然としているような、超然としているような、あるいはただぼぅっとしているだけなのか、判然としない。

 

「なかなかどうして、血気盛んだな。拳で打ち合うというのならば、それも良かろう。存分に殴り合え!」

「ちょ……ちょっと、お兄さん……!」

 

 剣呑になりつつある空気で、お兄さんはさらに煽る。

 そんな火に油を注ぐようなことしないで、と思ったけど、

 

「……いや、いい。ボクが悪かった」

「む、なんだ。退くのか」

「あなたがボクらの諍いを楽しんでいるように見えてね、萎えた。それに、今は争っている場合じゃない」

「そうか。ぼくとしては、貴様らが如何様に己が意志で殴打し合うのか、興味をそそられたのだがな」

「そういうのが萎えるんだよ。ボクの論争は誰かのためじゃない、ボクのためだ。ボクのストレスで勝手に利を得ようとしないでくれ」

「利ではなく喜だが、まあいい。先んじてここの主を討ち滅ぼすというのなら、ぼくは一向に構わん。では参ろうぞ、工場長室とやらへな」

 

 お兄さんは、ドカドカと迷いのない足取りで進んでいく。

 ……よくわからないけど、収まった、のかな。

 霜ちゃんは毒気を抜かれたように首を振りながら、お兄さんの後を追う。恋ちゃんは……いつもとあんまり変わんなくて、よくわからないけど、きっと今のことはそんなに気にしていない、ような気がする。

 と、いうより……なんだか今日の恋ちゃんの様子は、いつもと違うような気がする。

 どこがどう違う、というのはハッキリと言えないんだけど……うーん、なんて言うのかな。

 まるで、ベルを見ているみたいな。

 ここにいる恋ちゃんは確かに恋ちゃんなんだけど、どことなく、違う物語の恋ちゃんのような。

 同じ登場人物なのに、物語が違う。違うお話に出るその人を見ている、みたいな。

 見え方が違う。そんな感じだ。

 もちろん、わたしが勝手にそう思っているだけなんだけど……

 

(……恋ちゃんは、恋ちゃんだもんね)

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 お兄さんの案内で導かれたのは、すごくわかりやすく『工場長室』と書かれた扉。

 見るからに、ここが目的の部屋だけど……

 

「流石に露骨じゃないか? ボクらが侵入していることはバレていそうだし、罠の可能性もあるぞ」

「構うものか。陥穽でもあろうものなら、諸共打ち壊して進むまでだ」

 

 そう言ってお兄さんは、工場長室へと続く扉を、強引に蹴破った。ドラノブすら回そうとせずに、蹴りの一撃で扉を開けて――もとい、破壊してしまった。

 

「なんだ。存外、軽い物だな」

 

 などと、拍子抜けしたように言って、お兄さんはズカズカと部屋に入っていく。

 ……その行いになにか言いたい気もしたけど、たぶん言ってもどうにもならなさそうだし、そんな場合にでもないし、言葉をグッと飲み込んで、お兄さんの後に続く。

 工場長室の内装は、工場内とは違っていた。どことなく事務的だけど、格調高くもあって、工場長室っていうより、校長室とか、社長室みたいな雰囲気だ。

 奥には大きなデスクが一つ。そこには、大柄な人影が座していた。

 その人影は、ぐるりとこちらを向く。

 それは人型だけれども、明らかに人間ではないことが一目で分かった。

 ガスマスクのような巨大な呼吸器で顔面を覆っており、頭や肩からは、煙突みたいな突起がいくつも飛び出している。背中から伸びているのは、廃液でも排出しそうなホース。そして全身を、機械的で奇妙なスーツで覆っていた。

 これは……どう考えても、人じゃない。人に化けている様子もない。確実にクリーチャーだ。

 わたしはひっそりと、鞄の中の鳥さんに囁く。

 

(鳥さん……)

(あぁ、クリーチャーだね。酷い臭いだ)

 

 やっぱり。

 警備員もクリーチャーのような風貌だったけど、彼らとは雰囲気も違う。

 ということは、この人が、工場長なのだろう。

 

「貴様が工場長――ゲオルグ・バーボシュタイン、とか言ったか」

「貴様らが侵入者だな? 警備員(デストロ・ワーカー)から報告を受けている人数とは、一致していないようだが……分断したか」

「先に言っておこう。ぼくは貴様と言の葉を交わしに来たのではない。貴様を殴滅しに馳せ参じたのだ」

 

 グッと拳を握り込むお兄さん。

 本当に、このまま殴りかかりそうな勢いだ。

 対して工場長さんは、つまらなさそうに鼻を鳴らす。ガスマスク越しだから、その声はゴフゥ、という耳障りな呼吸音になっていたけれど。

 

「大方、従業員の親族かなにかだろう。バンダースナッチめ、門番の役目を果たせないとは。不始末が続くようなら、奴も工場の動力炉に放り込んでやろうか」

「させんよ。奴は鬼畜だが、我らが同胞でな。我らが屋敷に連れ帰らねばならん」

「工場への視察に、生産妨害、果ては従業員の引き抜きか。とんだ強欲な遣いがいたものだ」

 

 工場長さんは、お兄さんの話など聞く耳持たず、立ち上がって、のしのしとこちらへと歩み寄る。

 立ち上がると、余計にその大柄さが際立つ。お兄さんも大きいけど、相手の方が一回りも二回りも大きい。2mはゆうに超えているだろう。

 

「まったく。生産が順調、販売も軌道に乗り始め、次の段階に進もうかという時に、こんなくだらないトラブルが発生するとはな」

「っ……ど、どうして」

「ん?」

「どうして、毒を入れたパンなんて、作っているの……!?」

 

 わたしは、それをどうしても聞きたかった。

 わたしの大好きな食べ物が、悪いことに使われているっていうのもあるけど、それ以上に、今回の事件は規模がすごく大きい。

 どのくらいの範囲で販売されていたのかなんてわからないけれど、きっと、わたしたち以外にもあのパンを食べて倒れた人はたくさんいるはず。クラスの欠席者が多かったのも、これが原因の一つかもしれない。

 従業員にさせられている人たちも含めて、被害者は数え切れないほどにいる。なっちゃんが通り魔のような事件を起こしていた時以上だ。

 ここまで大胆に、直接的に、そして実際に害を為すクリーチャーはほとんどいなかった。

 だから、わたしは問いかける。すると、

 

「毒ではない。あれは呪いだ」

「え……の、呪い?」

「簡易な呪い、その術式を食品に練り込んでいるに過ぎない。効果も弱い。いくらあのパンを摂取しようと、死にはせん。ただ、長期に渡り肉体が衰弱していくだけだ。多少の中毒性があるから、そういう意味では、毒されると言えるがな。だが、それらの毒性を打ち消す中和剤――貴様らが毒と定義するならば、解毒剤もある」

「え!? げ、解毒剤!? あるの!?」

「あるとも。ちょうど今、それも生産しているのだからな」

 

 正直、耳を疑った。でも、確かにそう言ったんだ。

 解毒剤も生産している、って。

 

「わけがわからない。君らはバイオテロでも仕掛けるつもりなのかとも思っていたが、解毒剤だって? そんなものを作ってどうする」

「毒される者がいるのならば、その毒を浄化する物に需要が集まるのは当然の理だ。そして工場とは、需要に応えるためのものである」

 

 ……? よくわからない……

 毒物を作って、それを売り捌いて、買った人を毒する。

 自分たちで毒しておきながら、その毒を治すための薬も作る。

 そりゃあ、毒を作るなら、それを治す薬も作れるんだろうけど、そんなことをして何になるというのだろう。

 一体、なにが目的なの……?

 

「我らは需要を満たすために集められた。要望に応えるために工場を稼働している。求める者がいるのならば、それを生産する。心に虚空があるのなら、我々はそれを埋めるべく活動するだろう。少なくとも今の我が社の方針は、そうなのだ。故に、生産の邪魔をする者がいるのならば、即刻処分を下す!」

 

 色々話してはくれたけど、あまりわたしたちの話を聞いてくれる様子もなく、工場長さんは声を荒げた。

 ガスマスクを通して、その声は不快な振動へと変わる。

 

「侵入者及び妨害者への処分はとうに決定している。捕縛、連行、廃棄! そして動力炉行きだ。貴様らも、これまで我が敷地に足を踏み入れた哀れな来訪者同様、工場稼働のための燃料にしてくれる!」

 

 ドスン、と重い足を踏み鳴らす。

 ガスマスクを通した、不気味な息遣いが、より強く発せられる。

 同時に、ちくちくと肌を刺すような、殺気。

 わたしはその気迫に、一歩、後ずさってしまった。

 けれどお兄さんは、一歩、前に出た。

 

「御託など、どうでもいい。貴様がなにをしようと、どのような意志を持とうと、ぼくには関係ない。ぼくがここにいる理由はただ一つ。弟の憤怒をも請け負い、姉上の報復を為すため。故に、今この時にて、その命に従い、貴様を討ち果たさん!」

 

 拳を握り込んで、相手にも負けない鬼気迫る勢いで、咆える。

 その姿は、虫けらなどとはほど遠い。

 もっと大きく、強大な、なにかだった。

 

 

 

「臓腑を食い破られる覚悟をせよ、化生共! 蟲の三姉弟が長男、『燃えぶどうトンボ』! 推して参る!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「兄さんは、大丈夫かな……」

「およよ? ハエ太が普通にお兄ちゃんの心配してる。ちょっぴり珍しいのよ」

「ハエ太はやめろってば……私だって、心配な時は心配だ。大事な、兄さんだからな」

「んー、まあ、私は大丈夫だと思うのよー。トンボは強いから」

「私だってそう思っている。けどさ……」

「大丈夫ったら大丈夫なのよ。あの子は、私たちとは違うでしょう?」

「…………」

「ハエ太は自分のことを悪魔、とでも言うのでしょうけど。それになぞらえるなら、あの子はそんなものじゃないのよ」

「それは……そう、だな。悪魔なんて目じゃない。あれは、間違いなく最強の怪物たる資格を持った超獣だ。純粋な力なら、あれに敵うものはいないだろうさ」

「ね。誰もが畏れて、誰もが憧れる、天地を支配する力の象徴――あの子には、そんな強さがある。だったら大丈夫なのよ」

「けど、あれだって危険と言えば危険だ。あれを使う兄さんは、間違いなく怒りに突き動かされているんだから」

「トンボもハエ太には言われたくないと思うのよー」

「ぐ……こればっかりは、なにも言い返せないな」

「わかったら私の看病! 購買で焼きそばパン買ってきて! あまーいお茶も欲しいのよ!」

「……これ、看病じゃなくてパシリってやつじゃないのか? というか、職場の商品くらい自分で買えよ」

「今はハエ太に甘えたい気分なのよー。ほらほらー、お姉ちゃんの言うことを聞くのよハエ太」

「あー、面倒くさい……わかったよ。買ってくるから、ハエ太はやめろ」

「いってらしゃーい、なのよ!」

「……ちなみに、兄さんがあれで、私が悪魔ってのは……まあ否定しないけど、それなら姉さんはなんなんだ?」

「私? そりゃあ私は、可愛い可愛い妖精さんなのよ! きゃるるーん! って感じの!」

「……そうだね。じゃあ、行ってくるよ」

「なーのよー」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――《剛撃古龍 テラネスク》を召喚! 山札から三枚を捲り、すべてマナゾーンへ! ターン終了だ」

「私のターン。2マナで《ルドルフ・カルナック》を召喚し、《ヘモグロ》を破壊。二枚ドロー」

 

 トンボのお兄さんと、工場長さんとの対戦。

 お兄さんは次々とマナ加速するカードを連打して、もうマナが10マナもある。

 だけど相手の手札破壊で、手札はゼロ。

 そして工場長さんは、お兄さんの手札を奪いながら、次々とクリーチャーを並べてく。

 

「さらに2マナで、《ゲオルグ・バーボシュタイン》を召喚! ターン終了時、《ヘモグロ》を復活!」

 

 

 

ターン5

 

燃えぶどうトンボ

場:《トップ・オブ・ロマネスク》《テラネスク》

盾:5

マナ:10

手札:0

墓地:2

山札:21

 

 

工場長

場:《バギン》×2《カルナック》×2《ヘモグロ》《モンテス》《ゲオルグ》

盾:5

マナ:5

手札:1

墓地:1

山札:21

 

 

 

(《ゲオルグ・バーボシュタイン》……奴がいるとなると、手札を保持しておきたくはないな)

 

 お兄さんは少し思案してから、引いたカードをそのままマナに落とした。

 

「……マナチャージ。ターン終了だ」

『それだけか。ならば1マナ、《凶鬼27号 ジャリ》を召喚。山札から二枚を墓地に送り、《ルソー・モンテス》を回収』

 

 手札を奪われたお兄さんは動きを大きく制限されている。

 その一方で相手は、さらにクリーチャーを並べ、墓地を増やし、手札を潤していく。

 

『5マナで《法と契約の秤》! 墓地からコスト7以下のクリーチャーを蘇生する!』

 

 相手が動けない上に、手札も墓地もあるから、工場長さんは好き自由に動ける。

 資源は蓄えた。労働力も十分。

 ならあとは、“工場”を動かすだけだ。

 

 

 

『稼働せよ! 《メガロ・デストロイト》!』

 

 

 

 地の底から現れたのは、工場を象った怪獣。

 存在そのものが公害であるそれは、ただひたすらに、意志を持たず、廃液を垂れ流し、煤煙を吹き流している。

 

『ターン終了時、墓地の《ルドルフ・カルナック》を復活! 自身を破壊し、二枚ドロー!』

 

 《メガロ・デストロイト》は、体内で兵隊を生産する。

 屍を繋いで肉体を形作り、仮初めの命を吹き込み、新しいクリーチャーが蘇っ(うまれ)た。

 

 

 

ターン6

 

燃えぶどうトンボ

場:《トップ・オブ・ロマネスク》《テラネスク》

盾:5

マナ:11

手札:0

墓地:2

山札:20

 

 

工場長

場:《バギン》×2《カルナック》×2《ヘモグロ》《モンテス》《ジャリ》《ゲオルグ》《デストロイト》

盾:5

マナ:6

手札:2

墓地:2

山札:16

 

 

 

「ドロー……《地掘類蛇蝎目 ディグルピオン》を召喚。ドラゴンが場に存在するため、場を離れず、マナを一枚増やす。ターン終了」

『それだけか。こちらは遠慮も容赦もしない。《シモーヌ・ペトル》を召喚。山札から二枚を墓地へ。さらに《メガロ・デストロイト》の能力発動!』

 

 《メガロ・デストロイト》を稼働し続けるための労働力が追加された。同時に、《メガロ・デストロイト》から排出される廃液の流出が、煤煙の噴出が、より強くなる。

 その排出物が周囲を黒く汚染していく。水も、空も、大地も――生命すらも。

 空間が穢れ、そこに立つクリーチャーもまた、有害な汚染物質に侵される。

 お兄さんのクリーチャーは、足下から黒ずんで行く。

 

『マフィ・ギャングが出るたびに、相手クリーチャーのパワーをすべて、マイナス1000する! さらに1マナで《ジャリ》を召喚。山札から二枚を墓地に送り、《ヘモグロ》を回収。さぁ、さらにパワーをマイナス1000!』

 

 《トップ・オブ・ロマネスク》《テラネスク》《ディグルピオン》、それぞれのクリーチャーへの体内汚染が広がっていく。足下から徐々に、黒い染みのようなものが、せり上がる。

 

『《ヘモグロ》を召喚! 《メガロ・デストロイト》の能力でパワーをマイナス1000! これで合計3000マイナスだ』

 

 さらに汚染は広がる。《トップ・オブ・ロマネスク》は重火器が錆び付き、息も絶え絶え。《テラネスク》は翼を堕とし、地に這いつくばっている。《ディグルピオン》も、身体の半分ほどが黒く染まっていた。

 お兄さんのクリーチャーは、まだなんとか生きながらえている。その生命力はすごいけれど、相手の汚染も止まらない。

 

『《ヘモグロ》二体、《シモーヌ・ペトル》《ジャリ》の四体を廃棄!』

 

 工場長さんのクリーチャーが四体、《メガロ・デストロイト》に吸い込まれる。

 その中で、なにか燃やすようなくぐもった音が響く。

 その後、怪獣の口から、なにかが吐き出された。

 

 

 

『貴様を現場主任(チーフ)に任命する――《ジョルジュ・バタイユ》!』

 

 

 

 漆黒のローブを纏う、影のような人型。

 槌と杭、そして墓石を抱き、それは汚濁の水で濡れた地面と、煤けた黒い空で満たされた戦場に立った。

 

『《ジョルジュ・バタイユ》の能力で、墓地を倍にする! 山札から九枚を墓地へ!』

 

 墓地を倍に……!

 一気に山札が少なくなったけど、闇文明がどれほど墓地を活用するのか、わたしは知っている。

 あれだけ墓地が多ければ、いくらでも利用して、優位に立てることだろう。

 いや、今が既に、相手の有利な状況なんだけど……

 それに、これはただ墓地を増やすだけの行動じゃない。

 

『《ジョルジュ・バタイユ》の登場により、《メガロ・デストロイト》の能力発動! 相手クリーチャー全体をさらにマイナス1000!』

 

 これで、パワー低下量は合計4000。

 もう耐えることはできない。パワー3500の《トップ・オブ・ロマネスク》は、身体を蝕む公害物質の汚染によって、死に絶えた。

 

「…………」

『さらにターン終了時、《メガロ・デストロイト》の能力で《ルドルフ・カルナック》を蘇生! 《ジョルジュ・バタイユ》を破壊……する代わりに、墓地のカード六枚を山札に戻し、破壊を免れる!』

 

 相手の墓地のカードが、山札に戻っていく。

 そっか……山札が残り少なくなっても、回復する手段があるんだ。

 そうなると、相手の攻撃を耐えて山札切れを狙うということもできない。

 そして、そんなことを考えている間にも、《メガロ・デストロイト》による汚染は続く。

 

『マフィ・ギャングの登場により、《メガロ・デストロイト》の能力でさらにマイナス1000! 合計5000のマイナスで、《テラネスク》を破壊!』

 

 今度は《テラネスク》。翼は完全に腐り落ち、鱗も変色して剥がれ、無惨な姿のまま地の上で事切れる。

 労働者が増えるたびに、《メガロ・デストロイト》は活発に工場を動かす。兵隊が生産されるほどに、汚染も広がっていく。

 その公害は、《メガロ・デストロイト》が稼働し続ける限り、決して止まらない。

 

『このターン破壊された《ヘモグロ》と《シモーヌ・ペトル》の能力で、自身を復活! 《メガロ・デストロイト》の能力でマイナス3000の追加だ!』

 

 合計で8000のパワーダウン。生き延びることのできるクリーチャーはおらず、《ディグルピオン》さえもが完全に汚染され、崩れ落ちた。

 相手は大量展開。一方でお兄さんは、クリーチャーが全滅。

 この空間は、完全に工場長さんに、支配されていた。

 

 

 

ターン7

 

燃えぶどうトンボ

場:なし

盾:5

マナ:12

手札:0

墓地:5

山札:18

 

 

工場長

場:《カルナック》×3《ヘモグロ》×2《バギン》×2《モンテス》《ジャリ》《ペトル》《ゲオルグ》《デストロイト》《バタイユ》

盾:5

マナ:6

手札:2

墓地:10

山札:4

 

 

 

 

「ぼくのターン、ドロー」

 

 盤面の差は圧倒的。手札がいないからできることもほとんどない。

 あまりにも絶望的な状況だ。十をゆうに超える数のクリーチャーの大軍。次のターンには、一斉に凶器を振りかざして襲ってくることだろう。

 

「さて……意味があるのか甚だ疑問だが、一応、唱えておく。3マナで《ストンピング・ウィード》。山札から一枚、マナを加速だ」

『この期に及んで、マナを増やすだけか。弱者の動きだな』

「……これも意義の有無は不明。が、戻す。《テラネスク》を山札の上へ装填。終了だ」

 

 お兄さんは、マナ加速をしたと思ったら、マナのカードを山札の上に置いただけでターンを終えてしまった。

 マナは、もう十分すぎるほどあるから必要ない。山札の上にカードを戻したのは、次のターンに使うため。手札に持っていたら手札破壊で墓地に送られちゃうけど、山札の上なら、手札破壊を受けず、次のターンのドローで手札に加えられる。

 けどそれは、次のターンを耐えられたら、の話だ。

 そして次のターンを耐えたとして、それは次に繋がるのか。

 お兄さんは毅然とした佇まいで、立っている。その顔には、焦燥も絶望もない。

 なんていうか……とても、まっすぐだ。

 葉子さんはまっすぐっていうか、まっしぐら、って感じだし、先生はまっすぐでも、あまりにも暗い道程だけど。

 この人はひたすらに、正道で、正当だ。

 双眸から覗くのは、滾る炎のようで、真剣そのもの。

 今にも爆ぜそうなほどに、それは熱い。

 

『猶予は与えてやったのだがな。しかしその間でなにもできなかったのならば、貴様に生きる資格も意味もない。だが、安心しろ。貴様らの死骸は、我々が有効活用してやる。具体的には、この工場の燃料だ』

 

 邪悪に微笑むと、相手は動き出した。

 

『2マナで《ビシャモンズ・デーケン》を召喚。《ジョルジュ・バタイユ》を破壊、する代わりに、墓地のカード六枚を山札の下に戻す。さらに1マナで《ジャリ》を召喚。山札から二枚を墓地に置き、《ジョルジュ・バタイユ》を回収。そして《ヘモグロ》二体と《ビシャモンズ・デーケン》、そして《ジャリ》を破壊し、《ジョルジュ・バタイユ》を召喚!』

 

 二体目の《ジョルジュ・バタイユ》が出て来てしまった。もちろん、このターンに攻撃はできないけど……これは戦力増強ではない。攻撃するための駒は、過剰なほどあるのだから。

 この《ジョルジュ・バタイユ》は、きっと“詰め”だ。

 

『さぁ、生者共を食い荒らせ! 《メガロ・デストロイト》でシールドをブレイク!』

 

 今までずっと、凶鬼を生産し、公害物質を垂れ流し、あらゆるものを汚染し続けていた《メガロ・デストロイト》が、遂に動いた。

 巨大な前足で、お兄さんのシールドを一枚、踏み砕く。

 その破片を浴びながら、お兄さんはぽつりと、なにかを呟いた。

 

「……ぼくも、覚悟を決めねばならんか」

『なんだ? 今になってようやく、死ぬ覚悟を決めたのか?』

「あぁ」

 

 お兄さんは、ゆっくりと頷いた。

 

「この身が朽ちても貴様を屠る。貴様を潰すために我が身を燃やす。そのためにも、己が身について思案するのは、やめだ」

 

 それはまるで先生のような、破滅的で、自殺的な言葉のようだった。

 でも、先生とは違う。この人の言葉は、声は、とても熱い。

 明るいでも、暗いでもない。楽観的ではないけれど、悲壮感もない。

 諦念でもなければ、無謀でもない。正常で、後腐れも、後ろめたさも、一切ない心意気。

 そう、それは、お兄さんが言ったように――“覚悟”だ。

 差し違えたいというわけではない。それを目的としているわけではない。

 けれども、そんな最悪さえをも飲み込むほどの気概と、情動を燃やしている。

 

「思案するなどぼくらしくもない。こんなもの、最初から己が衝動に任せれば良かったのだ。それで果てるようならば、その程度の男というまで」

『どういう意味だ? それは遺言か? そんなものを遺したところで、焼却炉で燃え尽きる最期は変わらないぞ』

「違うな。我が身を燃やすのは、我が炎。姉上を害した貴様を討つためにも、ぼくは己が魂をも焼き焦がそうぞ」

 

 お兄さんは、砕かれたシールドを一枚、手に取る。

 そしてそれを、叩き付けた。

 

「S・トリガー! 《無双龍聖イージスブースト》! 山札の上から一枚目をマナゾーンへ!」

 

 出て来たのはS・トリガー……だけど……

 マナを増やすだけのブロッカー。それ自体は決して弱くはないけど、この場面で有効かと言われると……

 

『……ふん。驚かせおってからに。ただの虚仮脅しか。《ルソー・モンテス》でシールドブレイク!』

 

 続けてもう一枚、シールドが割られる。

 さらに続けて、次のクリーチャーが動き出す。

 

『《ゲオルグ・バーボシュタイン》で攻撃! スマッシュ・バースト発動! 呪文《ゴースト・タッチ》! 手札を一枚捨てさせ、さらに相手が手札を捨てるたびに、《ゲオルグ・バーボシュタイン》の能力で相手クリーチャー一体のパワーを-3000!』

 

 黒い瘴気を纏った魔手が、シールドブレイクで増えたばっかりのお兄さんの手札を握り潰す。

 

『次だ、《ジャリ》でブレイク!』

「…………」

『《バギン》でシールドをブレイク!』

 

 遂に、お兄さんの五枚目のシールドが砕かれた。

 まだ相手には大量のクリーチャー。それに《ジョルジュ・バタイユ》は、墓地を山札に戻せばバトルゾーンにとどまる。S・トリガー一枚でこの盤面を取り返すことはできない。

 

「S・トリガー!」

 

 お兄さんは、高らかに宣言する。

 そして、その手から、眩い閃光が解き放たれた。

 

「双極・詠唱――《ホーリー・スパーク》! 相手クリーチャーをすべてタップする!」

 

 閃光は、真っ黒な工場長さんのクリーチャーをすべて縛り付ける。

 S・トリガー一枚じゃ、この圧倒的な盤面はもう取り戻せないけど、動きを止めるくらいならできる。

 ただの、時間稼ぎでしかないけれど。

 

『凌いだか……だが、無意味。ターン終了時に《ヘモグロ》二体が復活! 《メガロ・デストロイト》の能力でパワーをマイナスし、《イージスブースト》を破壊!』

 

 そう。きっと、相手もそれは想定していた。

 だから、《ヘモグロ》を破壊して“詰め”たんだ。たとえ耐えられても、反撃の芽を摘めるように。

 破壊された《ヘモグロ》が場に戻り、シールドブレイクで増えた手札を墓地に叩き落とす。

 さらに手札が捨てられたことで、《ゲオルグ・バーボシュタイン》の能力が発動し、S・トリガ-で現れた《イージスブースト》も衰弱死させる。

 もはやなにも残らない。

 お兄さんは、《ヘモグロ》の能力で手札を捨てる――その時だ。

 

「手札から捨てられたことにより、《永遠のリュウセイ・カイザー》が降臨する!」

 

 わ……っ!

 大型のクリーチャーが、場に現れた。

 《永遠のリュウセイ・カイザー》……マッドネスと呼ばれる、手札から捨てられると場に出るクリーチャーだ。

 相手の手札破壊を利用して、場に切り札を残すなんて……《リュウセイ・カイザー》は味方すべてをスピードアタッカーにするし、もしかしたら……

 と、思ったけれど、その希望さえも崩れ落ちる。

 

『無駄だ。《メガロ・デストロイト》の能力で《ビシャモンズ・デーケン》を蘇生。自身を破壊し、《リュウセイ・カイザー》も道連れだ!』

 

 《メガロ・デストロイト》が、墓地のクリーチャーを釣り上げる。

 デタラメに肉を接合して、安い命を与えて、使い捨て、使い潰す。

 蘇った《ビシャモンズ・デーケン》は場に出た直後、爆散する。《リュウセイ・カイザー》と共に。

 一縷の望みは絶たれ、すべてが奪われた。

 結局、お兄さんはこのターンを凌いだものの、シールドも、手札も、クリーチャーも、なにもかもを失ったまま、自分のターンを迎えることとなった。

 さっきまでとなにも変わらない。シールドがすべて打ち砕かれ、退路も希望もなくなっただけ。

 シールドブレイクは手札が増えるから逆転のチャンス、だけど。

 今この時は、その逆転の芽もすべて、摘み取られてしまっていた。

 

 

 

ターン8

 

燃えぶどうトンボ

場:なし

盾:0

マナ:13

手札:0

墓地:11

山札:16

 

 

工場長

場:《カルナック》×3《ヘモグロ》×2《バギン》×2《バタイユ》×2《モンテス》《ジャリ》《ペトル》《ゲオルグ》《デストロイト》

盾:5

マナ:6

手札:1

墓地:7

山札:7

 

 

 

 お兄さんのターン。

 なによりも致命的なのは、手札がないこと。

 マナは13マナもあるけど、そのマナを生かすだけの手札が、お兄さんにはなかった。

 このターンにお兄さんが使えるのは、このターンに引く一枚のカードだけ。

 たった一枚のカードで、この状況から逆転、なんて……

 

「もはや一歩も引けぬ。残るは我が身一つ。眼前に頂く山の恵みは僅か。成程これは厳しい……が」

 

 お兄さんは、カッと目を見開いた。

 瞳の奥には、激情の炎が、轟々と燃え滾っている。

 

「ぼくは貴様を討ち滅ぼす。苦悶に臥す姉上の仇、そして憤怒に軋む我が弟のためにな!」

 

 カードを引く。

 潤沢なマナに対して、その一枚は酷くちっぽけだ。

 だけど、

 

「双極・詠唱! 3マナで《歓喜の歌》!」

 

 お兄さんは闘志を失わない。激憤に駆られても、衝動に突き動かされても、その身を焼き焦しても、彼は威風堂々と、まっすぐに突き進む。

 唱えた呪文の効果で、お兄さんの山札が、バァッと舞い上がる。

 

「山札から九枚を開放、そしてコスト9のカードを我が手に!」

 

 きゅ、九枚も……!?

 手札に加えられるのはコスト9のカード限定と、非常に範囲は狭いし、コストも重いけど、九枚もめくれば一枚くらいはどこかに埋まっているはず。それにお兄さんのマナは、まだ10マナも残っている。ここで引き込んだカードは、即座に使えるだろう。

 そのカードで、逆転できる……?

 どす黒く汚染された大空に舞う九枚のカード。お兄さんはそのうちの一枚を、噛みつくように、食い千切るように、獲物を捕らえるかのように――掴み取った。

 

「我が最強の牙、ここに来たり――《キングダム・オウ禍武斗(カブト)》!」

 

 ガッ、と食いつくようにそのカードを引き込むお兄さん。

 そして彼は静かに、けれど重い声を響かせる。

 

「……貴様は、ぼくの名を覚えているか?」

『なに? 貴様の名前だと? そんなもの、知るものか』

「そうか。ならば再び名乗りを上げる故、覚えて行け。我が名は『燃えぶどうトンボ』。燃ゆる果実を口にし、熱き火酒を吹きつけ、剛力の牙を以て天空を制する猛き蟲」

 

 すさまじい威圧感。

 彼が口を開くたびに覗く歯は、まるで牙のようで、その熱のこもった声は火の吐息のようだった。

 

「弟の如き強かな(Fly)に非ず。姉上の如き麗しの(Butterfly)にも非ず。怒り、猛り、荒ぶり狂う我が身は、蟲にして、蟲に非ず」

 

 轟くような気迫。響き渡る地鳴りのような威迫。

 それは葉子さんとも、先生とも違う。熱く、熱く、ただひたすらに熱い、激情の迫力。

 綺麗な蟲ではない。恐ろしい蟲でもない。それはもっと単純で、純粋で、純然たる――強さだ。

 蟲でありながらも、その蟲の枠を超えた強さの象徴。それは――

 

 

 

「そう、我こそが――蜻蛉(Dragonfly)!」

 

 

 

 ――(ドラゴン)

 

「天翔ける蟲は今、龍と成る。見晒せ!」

 

 架空にして、最強の存在。小さな虫けらは、その薄い翅は強靱な翼となって、大空を翔ける。

 

 

 

「双極・詠唱――大地災厄(マスター・オブ・ハザード・ガイア)!」

 

 

 

 大地が轟く。

 地中深くで、なにかが蠢いている。

 とても大きく、強大な存在が、暴れている。

 

「地を這う虫も、天翔ける虫も、等しく生ける語り草。破天に轟け、九十九の命。我らが世界の果てまで語れ」

 

 大地がひび割れる。

 岩盤が咆える。それは悲痛な叫びではなく、勇猛な雄叫びだ。

 天を衝くほどの轟音が、振動が、お話のように、雄大な言の葉を諳んじて、謡っている。

 小さな蟲が、巨大な龍が、紡ぐ壮大なる物語。

 その最初の頁が――

 

 

 

「有象無象の虫けらよ集え――《轟破天九十九語》!」

 

 

 

 ――開かれた。

 頁を捲る一瞬、物語は停止する。けれどそれは、読み手が息を継ぐほんの短い一時。

 次の瞬間、物語は爆ぜるように躍動する。僅かな静寂を打ち破り、大地から、大空へと、彼らは飛翔する。

 絶え間なく割れ砕ける地面。空を覆い尽くす黒い影。黒ずんだ空に光はなくとも、そこには確かな“力”があった。

 一瞬だった。一瞬で、そこには力を象徴する剛力の龍たちが、天地を支配していた。

 

『な……なんだ……!? なにが起こっている!?』

 

 物語は、主人公だけのものではない。その世界のすべてが物語だ。

 死人のように地面から這い出る黒い人影。こちらも一瞬にして、亡者と凶の鬼の群れが形成される。

 

「《轟破天九十九語》。それは、森羅万象、有象無象、命の総てを以てして、命の総て語る、伝説にして神話の一幕」

 

 お兄さんは、静かに語る。

 地を破り、天に轟く、九十九の命を。

 

 

 

「《轟破天九十九語》の効果により、ぼくと貴様、互いのマナゾーンのクリーチャーをすべて――バトルゾーンに呼び寄せる」

 

 

 

 …………

 わたしは、言葉を失っていた。

 マナゾーンのクリーチャーをすべて、バトルゾーンに出す、って……豪快にもほどがある。しかも、敵味方問わず。

 どういうわけかクリーチャーの能力は発動していない様子だけど、マナが根こそぎなくなって、代わりにバトルゾーンを埋め尽くすクリーチャーの群れは、圧巻の一言だ。

 数で言えば相手の方が多いけれど、お兄さんの従えるのは、一体一体が強力無比なドラゴンだ。それが、十体以上の軍勢となって、襲ってくるのだ。これが脅威でないはずがない。

 たった一枚で戦況を――戦場を塗り替えてしまったお兄さんは、号砲のように、その声を轟かせる。

 

「闘争の始まりだ! 万夫不当にして国士無双の虫けら共! 汝らは今、龍である! 汝らの剛力で、迫る悪鬼を打ち砕け! 熱き息吹で、揺らぐ病魔を打ち払え! ここが汝らの聖地、生路なき彼奴らをその牙で噛み砕き、滾る炎で塵芥に帰すがいい! 獲物はそこだ――さぁ、喰らいつけ!」

 

 龍たちが咆える。

 雪崩のように、怒濤の勢いで龍たちが翔ける。

 龍の群れと、凶鬼の群れが激突する。

 数で言えば、凶鬼たちの方がずっと多い。

 けれど、その力の差は、あまりにも圧倒的だった。

 

「マッハファイター――《無双龍幻バルガ・ド・ライバー》で、《ルドルフ・カルナック》を攻撃!」

 

 一体の龍が、黒い影の人型を叩き斬る。

 その直前、お兄さんの山札が捲れた。

 

「《バルガ・ド・ライバー》の能力で、山札から一枚目を公開。それがドラゴンならば、バトルゾーンへ呼び出す! 行け! 《不敗のダイハード・リュウセイ》!」

 

 龍が龍を呼び、龍の後に龍が続く。

 虫けらなんてものではない。その力強さは、凄烈であった。

 

「続け、《バルガ・ド・ライバー》! 《メガロ・デストロイト》を粉砕せよ!」

 

 数多の重火器の乱れ撃ちが外壁に穴を空け、二振りの刀剣が鋼鉄の身体を断ち切る。

 巨大な公害の害獣は、たった一体の龍により、一瞬で倒壊したのだった。

 

『め、《メガロ・デストロイト》が、やられるなど……!』

「《バルガ・ド・ライバー》の能力により、山札から《摩破目 ナトゥーラ・トプス》を降臨! さらに《ダイハード・リュウセイ》の能力、ドラゴンの攻撃時、貴様のシールドを一枚焼却!」

『ぬぅ……!?』

「まだまだ終わらんぞ! 《ナトゥーラ・トプス》で攻撃! 《ダイハード・リュウセイ》でシールドを焼却し、《ヘモグロ》を破壊!」

 

 《バルガ・ド・ライバー》に《ナトゥーラ・トプス》――ドラゴンたちは、次々とクリーチャーを、シールドを、蹂躙する。

 単純な数で言えば、工場長さんのクリーチャーを全滅させることはできないだろう。けど、たとえ労働者が残っていたとしても、もはや彼らには、なにかを生産するだけの力は残されていなかった。

 それほどに、龍たちは圧倒的な“力”で、彼らを踏み潰したのだ。

 

「天誅だ。《バルガ・ド・ライバー》で、《ゲオルグ・バーボシュタイン》を攻撃!」

『ぐ、う、おぉぉぉぉぉ……っ!』

 

 工場長が、容易く切り捨てられる。

 同時に《ダイハード・リュウセイ》がシールドを焼き払い、さらに続く龍が呼ばれる。

 呼ばれたのは――《永遠のリュウセイ・カイザー》。

 その瞬間に、すべてが決した。

 

「終いだ。この言の葉が貴様の最期である」

 

 工場長さんのシールドはゼロ。クリーチャーは残っていても、ブロッカーは殲滅されている。

 そしてお兄さんの場には、まだクリーチャーが残っている。加えて、それらのクリーチャーはすべて、《永遠のリュウセイ・カイザー》の能力でスピードアタッカーだ。

 天を舞う龍たちの中で、唯一、雄々しく地に立つ巨蟲が、大角を掲げた。

 

「《キングダム・オウ禍武斗》、奴に引導を渡せ」

 

 決着はついた。

 お兄さんは静かに目を瞑ると、背中を向けた。

 終わりの頁を捲り終え、本を閉じるように、最期の言葉を告げる。

 

 

 

「蟲龍の織り成す《轟破天九十九語》――これにて終幕」




 《轟破天》は実質《刃鬼》。いやー、クロニクル楽しみですねー。
 まあ、作者は特に《刃鬼》に思い入れはないのですが。だから刃鬼みたいな構築でも、容赦なく《轟破天》が使える。
 でも実際、一枚のカードからクリーチャー大量展開でフィニッシュっていうと、やっぱ《轟破天》が強いですよね。ただ強いというより、ゼニス級のフィニッシャーでさえもインフレしている感じがします。マナ溜めて撃てば確実に全部出てくるし、《刃鬼》より低コストだし。呪文メタに引っかかったり、相手が《シャングリラ・エデン》みたいなの出してきたら止まるっていうリスクはありますが、あんまデメリットじゃないですよねこれ。《チャフ》とかはまあまあ痛いですけど。
 今回のデッキも、やってることはほとんど刃鬼です。ただ、ビマナというよりターボですが。マナを溜めつつ耐えてコントロールするというよりは、急いでマナを伸ばしてエンドカード叩き付ける感じ。《轟破天》撃ったら勝ちなんだからスピード優先……なんて考える自分は、絶対にビマナ向いてない。
 そんなところで、今回はここまで。誤字脱字や感想等ありましたら、遠慮なくどうぞ。
 次回もお楽しみに。
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