デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 ブラックバイト編もこれで結びの回。
 ちょっと分かりづらいところがあるかもしれませんが……そこは、納得しろとは言いません。不平不満でも、クレームでリクエストでも、なんでもお申し付けください。その覚悟はできてる……たぶん。
 あと、今回は恋の本気も見れます。恋好きの人には、もしかしたら刺さる回、かもしれませんね。


40話「釣られました [結]」

「――これで全員か?」

「ブラックアルバイターはたぶん全員じゃない? 流石に中が広すぎて、ちょっと確証持てないけど、まあ逃げ遅れてたらそれまでってことで!」

「恋ちゃんと、アギリさんもがまた来てないよ?」

「あの人はともかく、恋か……まあ、恋なら大丈夫だろう」

 

 わたしたちは、工場長さんを倒して工場の稼働を止めてから、無理やり働かされていた人たちも解放し、みんなを工場の外まで誘導してきたところです。

 工場自体がすごく広くて、どれだけの人が働かされているかもわからなかったから、全員避難できたかはわからないけど……

 

「しかしこれ、身バレとか大丈夫なのかな? 私たち、ガッツリ顔見られたけど」

「絶対に怪事件として報道されるだろうしね。全員パニック状態で、ボクらの顔なんて覚えちゃいない、と信じるしかない」

「噂になったりしたらやだなぁ……」

 

 写真を撮られたりしてるわけじゃないけど、ちょっと不安です。

 わたしたちのことについては、普通の人たちには秘密にしておきたいし……

 

「案ずるな。今回の件は、公爵夫人にでも握り潰させる。完全に情報を抹消することはできないが、それなりに隠蔽は可能だろう」

「あ、アギリさん……!」

「おぉ、若牡蠣の。無事に戻ったか」

「なんとかな」

 

 アギリさんは、なにかを担いで、わたしたちと合流した。

 担いでいるのは……人。子供だ。っていうか……

 

「な、なっちゃん……?」

「あぁ、バンダースナッチだ。捕らえるのになかなか難儀した。スナーク狩りは二度とごめんだ」

 

 わたしは、意識を失っているのか、ぐったりとしているなっちゃんを見て、少し目を逸らす。

 彼女の腕や足はすべて、あらぬ方向に曲がっていた。およそ人体が駆動し得ない方向へと。

 なっちゃんがやったことは許されることではない。それはわかっているけど……ここまで酷いことをしなきゃいけないのだろうか、とも思う。

 それは、わたしが口を出すことでもない、のだろうけれども。

 

「工場の支配人は殴殺した。バンダースナッチも捕獲した。捕虜も解放し、なにより解呪の秘薬も入手した。これにて此度の事件も、万事解決であるな」

 

 トンボのお兄さんが、満足そうに頷いている。

 あの後、働かされていた人を逃がすために工場内を巡っていたら、出荷前と思われる解呪薬を発見した。

 どういうわけかこの工場では、食べた人を体調不良にする呪いをかけたパンを作りながら、その呪いを解くための薬も作ってて、その薬を見つけられたのは嬉しいんだけど……

 

「わけがわからない。それは本当に使えるものなのか? 罠だったりしない?」

「かの工場長の視点で見るに、彼奴は嘘は言っていない様子だ。あるいはぼくが毒味をするか?」

「やめておいた方がいいと思うがな。バタつきパンチョウに調べさせれば済む話だ」

 

 ちょっと不安だけど、なんにせよ、これでユーちゃんや葉子さんの不調も治るはず。

 他にいるかもしれない被害者に薬を届けられないのは残念だけど……あの呪いは、長く身体に残るものの、自然治癒はするみたいだし、生死に関わるほど強い呪いでもないみたいだから、まだ良かったかもしれない。

 ……呪い、かぁ。

 お母さんなら、お祓いとかできるのかな……?

 できたとして、なにがどうなるということでもないんだけど。

 呪いとか、そういうオカルト的なことを聞くと、どうしてもそんなことを考えてしまう。

 わたしのこの鈴も、魔除けとかそういうお守りらしい。

 悪い気から、わたしを守ってくれるもの。

 流石にそんなオカルトな話を信じることは出来ない。お母さんは、効果は本物だって言うけど……効果が実感できないから、どうも真偽が不明なままだ。お姉ちゃんなんて「大切なものだから付けはするけど、そんな迷信は信じないわ」って一蹴してたし。

 まあ、お姉ちゃんの言う通り、魔除け云々はさておき、お母さんからもらった大切なものではあるんだよね。いっこ、あげちゃったけど。

 何気なく、わたしの髪を結ぶ鈴の髪紐に手を伸ばす。

 その時だ。

 

「っ! い、痛……っ!」

 

 思い切り、後ろから髪を引っ張られた。

 あまりに突然で、わたしは踏ん張ることも出来ず、勢いよく後ろに倒れ込んでしまう。

 

「えっ!? こ、小鈴ちゃん!? なに、どうしたの? 大丈夫?」

「わ、わかんない……なんか、急に髪を……」

 

 なんというか、髪がなにかに絡まって引っ張られたような感覚だった。

 うぅ、髪って引っ張られるとすごく痛いのに……

 毛根がひりひりと痛み、無意識に後頭部をさするように触れる。

 そこで、はっと気付いた。

 

「……ない」

 

 頭に受ける感覚が、明らかにいつもと違う。

 引かれるような感じがなくて、すとんと、自然な状態。

 頭をさする。けれど、その手は髪を梳くばかりで、なにも触れない。

 そこにあるはずのものが、ない。

 わたしの髪を結んでいたはずの、鈴が。

 

 

 

「へぇ、なかなかいいアミュレットを付けてるじゃないか」

 

 

 

 拡声器で張り上げたような声がした。

 ふっと顔を上げる。活動を停止した工場型クリーチャーの背――屋上部に、人影が見える。

 流石に遠すぎて、姿はハッキリと見えない。けど、確かに、そこに誰かいる。

 

「負けた腹いせにちょっと意地悪してみようと気まぐれを起こしただけだけど、これは意外といい玩具になるかな? まあ、魔除けなんてぼくには無用の長物だけど。っていうかこれ、魔除けどころか退魔のチャームじゃないか。クリーチャーの性質によっては、身体吹っ飛んでたな。なんて恐ろしいものを付けてるんだ、君」

 

 独り言のように、しかし明らかにこちらに聞こえる声で呼びかける誰か。

 誰なのかまったくわからない。こちらから呼びかけようにも、遠すぎて声は届かなさそう。

 一体、誰なの……?

 

「えぇっと、なんだ? おめでとうって言えばいいのかな? 君らは見事、ぼくの釣りの計画を台無しにしてくれた。って言うのは傲慢だね。釣りというものは、人と魚のガチバトルだし、今回は魚の代わりに獲物と定められた君らの抵抗が勝った。それだけの話だもんね」

 

 どこか飄々とした声が響く。

 ……釣り? 計画?

 どういうこと……なにを言っているの……?

 

「あ、ひょっとしてぼくが何者かわからない? なっちゃんあたりから聞いていたと思うんだけど……まあ負け犬が喋ることはないか」

「バンダースナッチ……もしや、お前が“社長”か?」

 

 アギリさんが、声を張り上げて叫ぶように問いかける。

 けれどその声が届いている様子はなかった。

 

「なんか一応、区切りというかケジメというか、勝ち負けのラインはハッキリさせた方がいいと思ってしゃしゃり出てしまったけど、正直ぼくにできることはもうないんだよね。ただ、ぼくの完全敗北だから、安心して帰ってねって、それだけ。色んな人間に撒いた呪いも、そのうち勝手に解けるだろうし、君らが気に病むことはなにひとつない」

 

 完全勝利だよ、と声の主は言う。

 実際、わたしたちは呪いのパンの生産も、ブラックバイトの問題も、脱走したなっちゃんの保護も、すべてのタスクをクリアしている。

 その言葉に、偽りはない。ない、のだけれど……

 

「まあ、またなにか企むかもしれないけど、その時はその時だ。君らは勝利の喜びを噛み締めるといいさ。ぼくは、無念と虚無感を抱えながら、どっか行くからさ。じゃあね」

「ま、待って!」

 

 ぼんやりとしか見えないけど、人影が立ち去ろうとしているような気がする。

 わたしたちはすべきことをしたし、解決しなきゃいけない問題はすべて解決した。それはいい。

 けど、それらとはまったく関係なく、わたしには新たな問題が浮上する。

 後ろで広がる髪を振り乱して、わたしは叫んだ。

 

「その鈴、返して!」

 

 聞こえているかは、わからない。それでも叫ぶ。

 お母さんからもらった鈴の髪紐。なんでそれを奪っていくのか、まったくわからないけれど、それを持って行かれるのは、とても困る。

 それだけは、失いたくないものだから。大切な、ものだから。

 持って、行かないで……!

 

「お願い、返して! それは、すごく……だいじな……もの、で――」

 

 ――あれ?

 なんだろう、身体が、重い。

 すごく気怠くて、身体の奥底から気持ち悪さが込み上げる。

 全身を海水に浸されたように、ぞわぞわって、寒気がする。

 身体が動かない。力が入らない。

 膝は折れ、足は崩れ落ち、手をつくことも出来ない。

 視界は明滅して、頭がぼぅっとする。濁るように、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。

 

「小鈴!?」

「小鈴ちゃん! しっかり!」

「どうしたマジカル・ベル! なにがあった!」

 

 みんなの声が聞こえる。

 けど、それもすぐに聞こえなくなって。

 わたしの意識は――途絶えた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――ま、そうもなるか」

 

 彼は、地に倒れ伏した彼女を流し目で見遣る。

 どれほどあのマラサダを食したのだろうか。弱い呪いと言っても、完全に意識を失うほど呪いを溜め込んでいたとなると、流石に生命の危機に瀕するだろう。

 もっとも、彼女らは解呪薬を手に入れているはずなので、死ぬことはないだろうが。

 そもそも、殺す気などないのだ。確かに、マラサダを喰わせるために、それなりに中毒性のある物質を使用しているが、普通はいくらか食べれば、呪いで不調を起こし、食欲も失うはず。

 だというのに、彼女は倒れるほどの呪いを溜めることができた。それもひとえに、“これ”のお陰(せい)だろう。

 チリン、などと音は鳴らない、不思議な鈴を掲げて見る。

 

「しっかし凄いアーティファクトだね、これ。体内に蓄積していた呪いを完全に抑え込むなんて」

 

 彼女から“釣り上げた”鈴。しかしそれは、鈴の形をしているだけで、本質的にはもっと別のものだ。

 邪悪なるものを祓い、手にした者に安寧をもたらす、魔除けの護符(アミュレット)

 彼は邪悪な存在でも、それに類する力も持たないが、それでもあまり近づきたくないと思えるほどに、その力は絶大だった。

 魔を除けるどころか、退け、滅してしまうほどに。

 

「マラサダの呪いは食べ物を通して体内に残留したものだから打ち消すことはできなかったようだけど、それでも呪いの影響を完全に抑圧するとは恐れ入る。外からの干渉なら大幅カット、二つもあれば内外共にほぼ完全な耐魔性能を発揮できるね……まったく、なんつーもんを作るんだか。この手の装飾と言えば、ぼくも似たようなものだけど、ぼくの場合は退魔(アミュレット)というよりは招福(タリスマン)だからなぁ。受動的な方が怖いってどういうこっちゃ。専守防衛でも迎撃機能が怖すぎる」

 

 人間には、マナを操る術がない。マナ自体を保有したり、吸収できる人間もいないわけではないようだが、それを有効に活用できるだけの力はない。

 彼は、人間は貧弱で無知な存在だと少なからず思っていたが、少なくともこれを製造した者は、そこらの人間とは違うと感じた。

 下手をすれば、それは“神話”の技術に達しかねないほどに。

 

「鈴自体の強度は低そうだし、限定的な耐性しか持たないけど、込められた術式がとにかく半端ない。方向性が違うけど、気運操作という点ではラクシュミークラス、ヘパイストス並の精錬と加工の技術さえあれば、神話級の“神器”になりそうだ。いやはや、神話でもないのにこんなものを作り上げるだなんて……人間は怖いなぁ」

 

 とは言うものの、自分には効果がないことを知っているので、怖いとはいえ危険はない。むしろ自分が持っていれば、邪悪なる者に対する最強の盾となるので、メリットにさえなる。

 負けたのにいい戦利品を手に入れちゃったなぁ、などと厚かましい顔で呟き、拡声器を放り投げ捨て、釣り竿を担ぎ直し、彼はくるりと踵を返した。

 すると、

 

「おや? おやおや」

 

 一人の少女が、立ち塞がるようにして、そこにいた。

 非常に小柄で、華奢な少女だ。

 病的なまでに白い肌。色素が抜けきった白い髪。なぜかサイドだけを長く残して、残りをショートカットに切り揃えている。

 まるで病人のような虚弱そうな少女は、無表情で、無感動で、しかし、その貧弱な矮躯に反比例するような確かな意志が込められた瞳で、こちらを見据えていた。

 

「なんの用かな? 成果を上げられなかった哀れな負け犬は、大人しく去るところなんだけど」

「……やっぱり、神話空間……中に、いた……」

 

 少女はぽつりと呟くと、片手を差し向けた。

 

「……それ、かえして」

 

 少女は、小さく、透き通るような声で、しかしいやにハッキリした口振りで、要求する。

 先ほど釣り上げた、退魔の鈴を。

 

「これかい? まあ別に必要なものじゃないから、返してもいいんだけどさ」

 

 凄まじい効果を発揮する激レア装備ではあるが、だからと言って、それが彼に必要なもの、というわけではない。

 この世界には邪悪な存在などほとんど存在しない。多少の“不運”はあるかもしれないが、それも難なく抗える程度だ。こんなにも強力な装備は必要ない。

 必要はない、が。

 

「けど、ぼくはそんなさっぱりした性格はしてないんでね。負け惜しみの意地悪だ。返さない」

「それは……だいじな、もの……私の、友達の……」

「……友達、ねぇ」

 

 彼は、どこか遠くを見るように目を細めた。

 回顧するように、追想するように。

 

「いいね、君は。ぼくにはもう、友達なんていないから」

「…………」

「あいつとの釣りは、本当に楽しかった。ぼくという釣り針を使ってくれないことも多かったけど、逆に言えば、特別な釣りの時、ぼくは必ずあいつと共にあった。一緒に島を釣り上げた時の喜びと感動は、今でも忘れない」

 

 どこか寂しげに、彼は滴る雫のような言葉を零す。

 少女を妬むように、過去に縋るように。

 あるいは、心を埋めるように。

 少女は、閉口した口を、ゆっくりと開いた。

 

「……あなたは、なんの……“語り手”なの……?」

「おっと!? ぼくらのことを知っているのかい? こいつは驚いた!」

 

 彼は本当に、心の底から驚いたように、大声を上げる。

 まさかそんなことが、と言わんばかりに喫驚している。

 

「逆に聞くよ。君、クリーチャーじゃないんだろう? どうして、ぼくらのことを知っているんだい? ぼくらの世界に行ったことがあるとでも?」

 

 彼が尋ねると、少女はこくりと頷いた。

 すると釣り人は、さらに驚いたように、そして嬉しそうに、破顔する。

 

「は……ははははは!」

 

 そして――笑った。

 心の底から楽しそうに、面白そうに。

 あり得ない。その無意識を覆され、自らの認知の過ちを知り、正しさを知り、その結果に歓喜を貪る。

 

「こいつはいい! 実に愉快だ! 今回の成果がゼロでも笑い飛ばせるくらいの驚きだよ! こんなことがあってたまるか! だからこそ、面白い! この感動、素晴らしいね!」

 

 その歓喜は、支離滅裂にも聞こえた。

 彼の笑い声が止む。しかし、いまだ嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「そっかぁ、でもそうだよね。向こうからこっちに来れるんだ。こっちから向こうに行けるのも、道理か。それでも、あんなぐちゃぐちゃの世界に行くなんて頭がおかしい。狂ってるよ。その上で、こうして邂逅したのだから、あぁもう、愉快としか言いようがないね!」

「…………」

「おっとごめん、一人でハッスルしちゃってさ。ここ最近ずっと暇を持て余しててね。楽しいことに飢えてたんだ。だから、思いがけない珍事に遭遇して、テンション上がっちゃってたよ。いやはや、失敬失敬」

 

 口数の少ない少女に対し、彼は明らかに興奮し、饒舌になっていた。

 少女の冷ややかさに冷静になったのか、彼は少しばかり平静を取り戻して、言った。

 

「なんにせよ、君は神話を知り、語り手を知り、なによりぼくらの世界を知った来訪者というわけだ。それなら、君にはちゃんと名乗っておくべきだね。敬意っていうか、お礼? いや、そうじゃないな。ぼく的にはそう、親しみを込めて、かな」

 

 彼は、爽やかで、しかしどこか悪戯っぽい微笑みを貼り付け、名乗りを上げる。

 

「ぼくはマナイ……いや、アカラだ。釣果の神話を語る者だよ。君は?」

「……恋」

「恋か。うん、いい名前だ。ぼくも、はじめて引っかけた獲物には恋をしてたものだよ」

 

 冗談めかして言うアカラ。

 一方で恋は、なにか確信を得たように、彼に問う。

 

「神話……やっぱり、あなたは……でも、なら、どうして……」

「こんなことをしたのかって? 単純な話だよ」

 

 その問いは、アカラも予想していた。

 彼女たちも、流石に勘づいているだろう。今回の騒動の黒幕が自分であることに。

 そして、事件があれば、必ず動機もある。

 その動機がなにか知りたい。そう思うのは自然なことだ。

 だから、機会があるのなら、その疑問をぶつけられることだろうとは思っていた。

 彼は応える。その疑念に。

 多くの人間も、クリーチャーも、人外も巻き込んだ、大事件の動機。それは――

 

 

 

「暇だったからさ」

 

 

 

 ――酷く、低俗なものであった。

 

「……ひま……?」

「そう、暇。暇潰しだよ。退屈で退屈で仕方なかったから、ちょっと遊んでいただけさ」

 

 事も無げに言うアカラ。

 暇潰し。ただそれだけの理由で、彼は呪いを振りまき、人を操り、狂犬を従えた。

 少女は無表情だ。しかし、どことなく困惑しているようにも見える。

 アカラは続けた。

 

「ぼくは釣りが趣味でね。っていうかむしろ生き甲斐でね。こっちの世界でも釣りを楽しんでいたんだけど、あんまり長いこと釣りしてたら、なんかつまらなくてね。飽きちゃったんだ」

 

 肩に担いだ釣り竿を揺らしながら、アカラは語る。

 飄々としているが、そこの声はどこか物悲しげで、寂しげでもあった。

 しかし彼はそれを隠すように、陽気な語り口で言葉を紡ぐ。

 

「で、色々考えた末に、じゃあ人間を釣ってみよう、って思ったわけ」

「釣る……釣り……?」

「なにも、釣り竿と釣り針を使わなきゃ釣りができないわけじゃない。ぼくは釣り針だけど、魔法の釣り針だ。どんな意味だろうと、どんな概念だろうと、釣ってみせる」

 

 釣る、という言葉は、必ずしも魚釣りに限らない。

 たとえば、恋の頭には今、インターネットの掲示板や、SNSが浮かんでいた。人を誘い、自分が思ったとおりに動かす。そういう、“釣り”。

 まるで【不思議の国の住人】たちの個性()のような、言葉の拡大解釈だ。

 

「呪いをかけたマラサダを餌に、人間を嵌めて、釣る。弱い呪いだから、死ぬほどじゃないけど、衰弱はしていく。長く、長くね」

 

 毒ではないから、どれだけ検査しようと、人間の科学では原因は究明できない。

 誰も、マラサダが原因で体調不良に陥ったと考えることはできず、足がつくことはない。

 

「そして、そんな彼らに、今度は解呪薬を売り出す。第二の餌だ。これでもう一回釣る。そうしたら人間たちは、呪いが解けてハッピー。病気から回復したら、お腹がすくだろう? そこでもう一回、マラサダを売る。そしたら、また呪われる。だから解呪薬がまた売れる。キャッチ&リリースで、無限に釣りが楽しめる! これでしばらくの間、ぼくは退屈から解放される。どうだい? 愉快だろう?」

「……全然」

 

 楽しげに笑うアカラに対し、恋は無感動な目で返す。

 心の底から、笑えないと言うように。

 しかしアカラはどこ吹く風だ。恋の冷淡な態度も、気に留めない。

 

「結構、苦労したんだよ? 人間をどう釣るかを考えて、計画する。同時に、こっちの世界に流れてるクリーチャーで良さそうな奴を探したんだ」

 

 それが、工場長――《ゲオルグ・バーボシュタイン》だった。

 

「ゲオルグは愚かだったけど、勤勉だったからね。ぼくの暇潰し計画にはピッタリだった。ぼくが持て余した退屈という需要に対して、それを解消するための玩具を供給してくれる。本当、都合がよくていい奴だったよ。いなくなっちゃって残念だなぁ」

 

 笑いながらそんなこと言うアカラ。

 彼は楽しそうに、一人で勝手に喋り続ける。

 

「なっちゃんも面白かったよ。ぼくはヘルメスみたいな変態知識欲魔人じゃないから、別になにかを知ることに興奮とかはしないけど、それでも彼女の成長と発展は、見ていて面白かった。あまりにも不確定要素が多すぎて、かえって面白い。彼女も、いい玩具だったんだけどね……そうそう、なっちゃんと言えば、彼女を釣り上げたところがまた愉快でね。監獄みたいな場所に、細い釣り糸を垂らして、一気に引き上げたんだ。拘束されていたから、引き剥がすのが大変だったけど、ま、ヘルメスからぶんどった魔術知識が役に立ったよね」

「…………」

 

 恋は口を開かない。反応しない。

 この手の陽気な人物は得意ではない。根本的に自分と気質が違う。陰と陽の差がある。

 それになにより、彼に狂気染みたなにかを感じていた。

 その思想に、ではない。

 もっと奥深く根付いた、なにかだ。

 恋が閉口してジッとアカラを見つめていると、不意に、彼は言った。

 

「ねぇ君、ぼくと友達にならないかい?」

「…………」

「君は他の人間とは違う。面白い。ぼくは君から、色んな話を聞きたいと思う」

「…………」

「おっと、罠じゃないよ? 純粋に、君と一緒なら楽しいかと思っているだけだ。君なら、少しはぼくの心を満たしてくれそうだと期待しているんだ」

 

 どこか、縋るように言うアカラ。

 恋はそこに、シンパシーのようなものを感じた。

 あるいは追想か。回顧か。

 かつての、自分を見ているかのような。

 

(……あの時の……私と、おなじ……)

 

 失ったものがある。もう取り戻せないものがある。

 心にぽっかりと空いた穴を埋めたくて、どうしようもない喪失感と虚無感から逃れたくて、誰でもいい誰かに依り縋ろうとする。

 それが悪だとは思わない。惨めと嗤うこともない。それは過去の自分の否定に他ならない。

 あの時の自分が、どうしようもない弱者で、周りに当たり散らすだけの子供だったとしても、あそこで得たものは――正義だけは、捨ててはならないから。

 だから。

 

「……できない」

「え?」

「私は……あなたを、許せない、から……許しちゃ、いけない、から……」

 

 ――あなたと、友達には、なれない。

 そう、恋はアカラを、突き放した。

 

「ちぇ、つれないなぁ」

 

 しかしアカラは特に気にした風もなく、唇を尖らせるだけだった。

 

「私は……友達の、たいせつなもの、を……とりかえしに、きた……友達が、苦しいなら……それだけは、見すごせない、から……」

 

 恋は眼下に視線を降ろす。ほとんどなにも見えないが、微かに聞こえた友の声で、なにが起っているのかは察した。

 有象無象の人間を救いたいと思うほど殊勝ではないし、聖人でもない。

 ちっぽけな自分にできることなど、限られている。尽きぬ慈愛を万民に与えるなんて、できっこない。

 けれどせめて、友は――自分に光を見せ、明るい世界に導き、ぬくもりをくれた仲間くらいは、守ろうと思う。

 昔から、守ることだけは、得意だから。

 その相手が、自分から、違う誰かに変わっただけ。

 恋は静かに、デッキを取り出した。

 いつものデッキとは違う。古びて、年季の入った、まるで戦場でも持っていたかのようにボロボロの、デッキケースを。

 

「あなたを、倒す……私の、輝く太陽の、ため……そして、あの時、誓った……私の、正義に、従って……」

「……ははっ。最後まで遊んでくれるのか。いいね、大盤振る舞いだ」

 

 拒絶されても、敵意を向けられても、アカラは笑みを絶やさない。

 恋はくすりともせず、無感動な瞳に揺らぐことのない正義を湛えて、彼に向き合う。

 アカラは渇望するように。

 恋は、友を思い、しかして、自身の物語の混濁を感じながら。

 

 共に、神話の枯れた戦場へと、赴く――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ――恋とアカラの対戦。

 恋の場には、なにもない。ここまでクリーチャーを出さず、呪文も唱えず、ただひたすらマナチャージを繰り返すのみ。

 アカラは対照的に1ターン目から動き続けていた。1ターン目には《水面護り ハコフ》を、2ターン目に《一番隊 ザエッサ》を呼び出し、ひたすらクリーチャーを展開していく。

 

「ぼくのターン! 《ザエッサ》でコストを軽減。1マナで《貝獣 アンモ》を召喚! 山札から一枚目を捲って、それがムートピアなら手札に加えられるよ」

 

 はらり、とアカラが捲ったカードは、《一番隊 ザエッサ》。ムートピアだ。

 

「お、いいね。じゃあこれを手札に加えて、1マナで二体目の《ザエッサ》を召喚だ。さらに二体の《ザエッサ》でコストを2軽減、《空中南極 ペングィーナ》を召喚!」

 

 水槽(プール)を背負ったペンギンが、羽ばたき、滑空する。

 多くのムートピアを背にした人の鳥、《ペングィーナ》が、バトルゾーンに降り立つ。

 

「《ペングィーナ》の能力で、他のムートピアの数だけドローできるよ。ぼくのムートピアは、《ペングィーナ》を除いて四体、四枚ドロー!」

 

 ムートピアに安らぎと楽しみを与えることが、《ペングィーナ》の役目。《ペングィーナ》はムートピアを乗せ、また、ムートピアを連れてくる。

 直後、アカラの手元に大量のカードが流れ込む。難を逃れ、安心と歓楽を求め、ムートピアたちが集ってきたのだ。

 

「大漁大漁っ。ターンエンド」

 

 

 

ターン3

 

場:なし

盾:5

マナ:3

手札:4

墓地:0

山札:28

 

 

アカラ

場:《ザエッサ》×2《ハコフ》《アンモ》《ペングィーナ》

盾:5

マナ:3

手札:5

墓地:0

山札:29

 

 

 

「私のターン、ドロー……チャージ、エンド」

 

 クリーチャーを展開し、手札を増やし、激しく動くアカラに対し、恋はあまりにも静かだった。

 もう4ターン目。だというのに、なにも行動を起こさない。

 手札事故を勘繰ってしまうほどに、彼女はジッと、耐えるように佇んでいる。

 

「随分と静かだね。ひょっとして、君も釣り人かい?」

「違う、けど……」

「そう。その辛抱強く待つ姿勢は、釣り人のそれかと思ったけど……違うか。残念だよ」

 

 本来ならば、アカラも獲物がかかるのをジッと待ち続ける方が好みではあった。

 しかし相手が動かないのならば、こちらから動くしかない。

 それになにより、今は、激しく動きたい気分だったのだ。

 

「悪いけど、ぼくは仕掛けるよ。もう待つのは飽きた。1マナで《ペングィーナ》を召喚!」

 

 続いて現れるのは、二体目の《ペングィーナ》。

 展開すればするほど手札を増やす《ペングィーナ》は、出せば出すほどに手札を潤す。

 

「今度は五枚ドローする! さらに1マナで《ペングィーナ》! 六枚ドロー! ははは! 大漁だねぇ!」

 

 そして手札が潤えば当然、さらなるムートピアが――《ペングィーナ》が、呼び寄せられる。

 連鎖的に現れ、《ペングィーナ》が大量の手札を運ぶ。その様に、アカラは大きく笑うが、

 

「ん……いや。ちっ、雑魚ばっかりだ」

 

 自分の手札を見るや否や、落胆したように舌打ちした。

 ドローとはつまり、必要なカードを引き込む行為だ。

 過剰と言えるほどのドローを見せたアカラには、なにか目的のカードがあったはず。しかし、これだけのドローでも、それを引き込むことはできなかったようだ。

 

「ここまでやっても魚影すら見えないってことは、手の届かないところ(シールド)に引っ込んじゃったかな。仕方ない。手を変えよう」

 

 アカラはつまらなそうに吐き捨てると、方針を転換する。

 メインプランのなり損ないを、サブプランとして活用する。

 

「バトルゾーンに五体以上のムートピアがいることで、手札から《Iam》をノーコストで召喚! 《ペングィーナ》からNEO進化だ! この能力で召喚した場合、進化でない他のクリーチャーはすべて手札に戻る。続けて2マナで《ザエッサ》を召喚。ターンエンド」

 

 

 

ターン4

 

場:なし

盾:5

マナ:4

手札:4

墓地:0

山札:27

 

 

アカラ

場:《Iam》《ザエッサ》

盾:5

マナ:4

手札:18

墓地:0

山札:10

 

 

 

 アカラの場には、ワールド・ブレイカーに化けた《Iam》がいる。

 次のターンには、シールドをすべて打ち砕く、世界を破壊する一撃が放たれてしまう。

 しかし恋は、微塵も動じる素振りは見せない。

 静かに、淡々と、カードを操る。

 

「私のターン……マナチャージ、して……5マナ」

 

 ここで遂に、恋が動いた。

 手札を一枚引き抜いて、バトルゾーンへと静かに差し向ける。

 

「《音感の精霊龍 エメラルーダ》……手札を、一枚、シールドに……エンド」

 

 しかして行動は、それだけだ。

 ブロッカーを出し、シールドを増やす。ブロッカーで《Iam》のワールド・ブレイクは防げるが、逆に、シールドをいくら増やそうと、ワールド・ブレイクですべて薙ぎ払われることに変わりはない。

 

「《ザエッサ》を二体召喚。これでムートピアの召喚コストは3少なくなるから、2マナで《崇高なる知略 オクトーパ》を召喚、《ザエッサ》からNEO進化だ」

 

 そして、アカラには溢れんばかりの手札がある。

 たった一体のブロッカーを退ける程度、造作もない。

 

「《オクトーパ》の能力で《エメラルーダ》を拘束。最後に1マナで《異端流し オニカマス》を召喚だ」

 

 ブロッカーは動けない。打点は十分。

 アカラは勢いのまま、衝動のまま、激しく昂ぶる狂瀾に身を委ねる。

 

「それじゃあ、行こうか!」

 

 釣り竿を突きつけ、彼は命じる。

 獲物を釣り上げることはなく、強引に押し寄せ、打ち倒せと。

 

 

 

「《Iam》で攻撃――ワールド・ブレイク!」

 

 

 

 刹那、恋のシールドがすべて、吹き飛んだ。

 粉々に、木っ端微塵に粉砕される盾。

 その破片を一身に浴びながらも、恋は微動だにしなかった。

 表情の変わらない面持ちで、虚空を眺めるように、失われた防壁をの残滓を見つめている。

 しかしその眼は、どこか悲しげにも見えた。

 

「……ごめん」

「? 突然どうしたんだい? まさか、命乞い? やめてよ、興醒めだから。暇潰しとはいえ楽しまなきゃ。君はずっと仏頂面だし心配になってしまうよ。ほら、笑って笑って。最後まで遊ぼうよ」

 

 陽気で、饒舌で――焦燥に駆られるようなアカラ。

 恋には、彼の奥にある心情が、なんとなくわかっていた。

 それを言語化できるほど器用ではないし、頭も良くないから、言葉にはできないけれど。

 ただただ、伝わってくる。

 その心情を汲んでやるべきなのかもしれない、と思った。

 けれど、それはできない。

 

「……今の、私、は……こすずの、友達、だから……あきらたち、とも、つきにぃたち、とも……違う、立場……違う、物語……」

 

 もし、戦いの場が“こちら”ではなく“あちら”ならば、もっと別の手段を取れたかもしれない。

 けれど今ここでは、それはできなかった。

 立場が違う。物語が違う。

 今の自分には、万人に平等に降り注ぐ“慈愛”を優先することはできない。

 酷く個人的で独善的な“友愛”を為すしか、できないのだ。

 

「うん、だから……ごめん。私は、友達との、約束を……大切な人との、約束を……あの時、誓った、正義を……守らなきゃ」

 

 約束を違えることはできない。

 誓いを破ることはできない。

 友情に反することはできない。

 正義に背くことはできない。

 多重に重なった世界と物語に囚われながらも、雁字搦めの鎖に縛られながらも、彼女は苦悩の中から答えを選び取る。

 

「私は、友達を、守る……絶対に……そう、決めたから……」

 

 自分の不甲斐なさのせいで、友を傷つけ、大切な人を傷つけ、大事な契りも喪いかけた。

 同じ失敗はしない。二度と間違えない。

 そのために必要なのは――力だ。

 ただ敵を打ち倒す力ではない。それはもっと別の誰かのもの。自分が真に誇るべきは、もっと別の力だ。

 

「……S・トリガー」

 

 盾の残骸舞う神話的な世界。恋は、その一片を、手に取った。

 光が、彼女の手中に収束する。

 カチリ、と鍵の開く音。

 天まで昇る輝かしい世界の扉が今――開かれる。

 

 

 

「私の世界の扉を開け――《ヘブンズ・ゲート》」

 

 

 

 光輝を放つ神々しき天国への門。

 それは、恋が信じた世界へと繋がっている。

 その先にあるのは、彼女が信を置く、仲間たちの世界だ。

 そして今、彼女の力が、解き放たれる。

 

「手札から、光の、進化でない、ブロッカーを……二体……バトルゾーンへ」

 

 囁くような言の葉に導かれ、先兵のクリーチャーが門を潜り抜けて、戦場へと降り立った。

 

「《歴戦の精霊龍 カイザルバーラ》……二体……」

 

 先兵とは言え、それは、歴戦の名を持り、あらゆる戦場を駆け抜けた猛者だ。

 《カイザルバーラ》は登場時、カードを一枚引く。そして、手札からコスト7以下の光のクリーチャーを呼び出す。

 このクリーチャーが呼び水となり、さらなるクリーチャーを招集する。

 

「《カイザルバーラ》の、能力……一体目、《龍装者 ゼブルエ》……」

 

 一体目の能力で現れたのは、蒼華の龍骨を纏う聖騎士。

 茨の剣と、蒼薔薇の盾を携え、《カイザルバーラ》に続く。

 そして、二体目に続くのは、

 

「おねがい……《真・龍覇 ヘブンズロージア》」

 

 輝く槍を手にした、正義の使者。

 それは、龍と心を通わし、龍の魂が込められた器を振るうドラグナー。

 光の龍のすべてを導く、先導者だ。

 

「《ヘブンズロージア》の、能力で……コスト5以下の、光のドラグハートを……呼ぶ」

 

 《ヘブンズロージア》は槍を掲げる。すると、天高く光が伸びた。

 雲を突き抜け、空まで届き、太陽さえも飲み込むほどの、眩い光。

 そして、白雲を切り裂き、天空の彼方より、輝ける城塞が、降りてくる。

 

 

 

「来て――《真聖教会 エンドレス・ヘブン》」

 

 

 

 それは真に聖光を讃えた神殿。

 龍の魂を宿し浮遊する、空中要塞ならざる、空中教会だった。

 

「これで、処理、おわり……どうする……?」

「…………」

 

 今まで陽気だったアカラが、はじめて押し黙った。

 新たに増えたブロッカーは三体。《オクトーパ》は攻撃できるが、それでクリーチャーを止めたとしても、ギリギリ届かない。

 

「……ターンエンドだ」

 

 アカラは眉間に皺を寄せ、不満そうにターンを終える。

 そしてこれが、彼の最後の攻撃であった。

 

 

 

ターン5

 

場:《カイザルバーラ》×2《エメラルーダ》《ゼブルエ》《ヘブンズロージア》《エンドレス・ヘブン》

盾:0

マナ:5

手札:6

墓地:1

山札:23

 

 

アカラ

場:《ザエッサ》×2《オクトーパ》《オニカマス》《Iam》

盾:5

マナ:5

手札:14

墓地:0

山札:9

 

 

 

 恋のターン。

 マナチャージして6マナ。

 彼女は再び開く。

 天国の――自分の世界への、門を。

 

「呪文……《ヘブンズ・ゲート》」

 

 音もなく天に浮かぶ光の門。

 そこから、新たな光の軍勢が、戦場へと降り立つ。

 

「《カイザルバーラ》……それと、《龍覇 エバーローズ》」

「またそいつ……!」

「《カイザルバーラ》の、能力で、ドロー……《龍覇 セイントローズ》を、バトルゾーンへ……《セイントローズ》で、コスト5以下の……《エバーローズ》で、コスト4以下の……光のドラグハートを……呼ぶ……」

 

 二体目、三体目と、立て続けのドラグナーが現れる。

 そして彼らは、各々が信じた砦を、武器を、呼び寄せる。

 

「来て――《天獄の正義 ヘブンズ・ヘブン》《不滅槍 パーフェクト》」

 

 天に地に、正義を賛美する方舟。

 そして、不滅の誓いを込めた槍。

 《ヘブンズ・ヘブン》は《ヘンドレス・ヘブン》と共に空に浮かび、《パーフェクト》は《エバーローズ》の手中に収まる。

 次々と現れるクリーチャー。そして、ドラグハート。

 いくら楽観的なアカラでも、この状況が相当に危機的であることくらいは理解できる。

 彼は焦燥に駆られるように、声を荒げた。

 

「くっ、《オニカマス》の能力発動! 召喚以外で出したクリーチャーは手札に戻れ!」

「《パーフェクト》の、効果……装備した、クリーチャーは……破壊以外で、場を、離れない……」

 

 《カイザルバーラ》と《セイントローズ》が手札に押し返される。

 しかし《エバーローズ》だけは、《パーフェクト》の加護により、《オニカマス》の効果から免れる。

 

「……攻撃。《ヘブンズロージア》で……《Iam》を……」

「な……!? 《Iam》のパワーは25000だよ!? 自爆する気か!?」

「そう……」

 

 《ヘブンズロージア》が、《Iam》に特攻する。

 しかし《ヘブンズロージア》のパワーはたったの5500。パワー25000の《Iam》には到底叶わず、一瞬で返り討ちにされる。

 しかし、

 

「《エンドレス・ヘブン》の、効果……自分のクリーチャーが、破壊されるたび……シールドを、一枚、追加する……」

 

 死したクリーチャーの魂は、龍の教会の賛美により、聖なる加護を受ける。

 《ヘブンズロージア》の魂の鎮魂の賛美歌によって、恋を守る盾となった。

 さらに、

 

「《ゼブルエ》の、能力、発動……自分のシールドが、一枚、置かれるたび……相手クリーチャーを、一体、フリーズ……《オクトーパ》」

 

 蒼き茨が《オクトーパ》へと伸びる。

 茨は《オクトーパ》を縛り付け、拘束した。

 

「《ゼブルエ》で、攻撃……スマッシュ・バースト、《ローゼス・ブルーム》……シールド、追加……《ゼブルエ》の、能力、発動」

「ま、また……!」

「《ザエッサ》を、フリーズ……《オクトーパ》を、破壊……《カイザルバーラ》で、《ザエッサ》、攻撃……破壊」

 

 シールドが増える。クリーチャーは動きを止められる。そして、殴り倒される。

 ギリギリと、鎖で縛られ、締め上げられるようだった。

 あと一歩で倒せそうな、儚く虚弱な少女。しかし、その一歩は、あまりにも遠い。

 アカラの投げる釣り糸は、彼女には届かない。

 

「ターンエンド……《ヘブンズ・ヘブン》の、効果……手札から、光の、ブロッカーを、一体、バトルゾーンへ……《カイザルバーラ》」

 

 方舟から、手札に送り返された《カイザルバーラ》が舞い戻る。

 多重のブロッカーで守られ、薄い盾を取り戻し、恋は自身の守りを固め直す。

 同時に、アカラを縛る鎖も、より強く、固く、彼を締め上げる。

 

「ドロー……《エメラルーダ》を、バトルゾーンへ……手札、一枚、シールドへ……《ゼブルエ》の、能力で、《Iam》を、フリーズ……」

「ぐ、ぬ、ぅぅぅ……!」

「さらに……私のクリーチャーが、五体以上……《パーフェクト》の、龍解条件……成立」

 

 《エバーローズ》が、手にした槍を掲げ、天高く撃ち上げる。

 空に輝く光は、その身を変えていく。否、秘められた魂を解放する。

 淡く光る天使の翼。高潔を示す鎧。力を象徴する龍の双眸。

 自身の魂を封じた槍を掴み取り、天命の執行者は、流星の如く地上へと降り立つ。

 

 

 

 

「龍解――《天命王 エバーラスト》」

 

 

 

 仲間たちの力を得て解き放たれた《エバーラスト》。

 それは、恋を、恋の仲間を守る盾となる。

 

「《エバーラスト》の、能力……私の、光のドラゴンは……破壊以外で、場を、離れない……《オニカマス》も、効かない、から……」

「う……」

 

 このターンに踏み倒された《カイザルバーラ》も《エメラルーダ》も、光のドラゴン。

 そのどちらもが《エバーラスト》の加護を受け、除去を受け付けない。

 水のメイン除去となるバウンスは、無力化された。

 

「ぼ、ぼくのターン……!」

 

 もはや盤面は絶望的だ。

 この状況をどう脱するべきか。そもそもここまでで重大な失敗があったのではないか。

 焦燥のあまり、思考がバラバラに駆け巡る。心を落ち着かせることは得意だが、この短い間に平常心を取り戻すことはできなかった。

 

「と、とりあえず生き延びること優先だ……! 5マナで《蓄積された魔力の縛り》を……」

「《ヘブンズ・ヘブン》の効果……光以外の、呪文のコストは、1増える……」

「……ちぃ、だがそれでも唱える! 《エバーラスト》と《ゼブルエ》を拘束! た、ターンエンド……!」

 

 

 

ターン6

 

場:《カイザルバーラ》×3《エメラルーダ》×2《ゼブルエ》《エバーローズ》《エバーラスト》《ヘブンズ・ヘブン》《エンドレス・ヘブン》

盾:3

マナ:6

手札:3

墓地:3

山札:18

 

 

アカラ

場:《ザエッサ》《オニカマス》《Iam》

盾:5

マナ:6

手札:13

墓地:4

山札:8

 

 

 

「私のターン……《ヘブンズ・ヘブン》」

 

 恋のターンが始まる。

 その瞬間、恋は宙に浮く方舟に呼びかけた。

 

「私のブロッカーが、三体以上。龍解条件……成立」

 

 《エバーラスト》同様、《ヘブンズ・ヘブン》もまた、仲間の力によって、方舟に封じられた魂が解放される。

 空高く浮かぶ方舟は、その奥底に眠る正義の種を、賛美の歌と共に、芽吹かせた。

 

 

 

「龍解――《天命讃華 ネバーラスト》」

 

 

 

 清廉なる華で飾り、黄金の花弁を散らす。

 正義を託す賛美歌も、天命を象徴する花弁も、すべては天に地に広がっていく。

 光輝の大槍を携え、《ネバーエンド》は降り立つ。アカラを縛る鎖の代わりとして、恋を守る代替の盾として。

 そして恋もまた、彼らの正義に自分の正義を重ね、応える。

 

「6マナ……《ヘブンズ・ゲート》」

 

 再三開かれた、世界の扉。

 そこから、蒼い花弁が舞い散る。

 

「《蒼華の精霊龍 ラ・ローゼ・ブルエ》……二体……そして、《ネバーラスト》で、《Iam》を、攻撃……」

 

 龍解したばかりの《ネバーラスト》が、大槍を構えて飛翔する。

 その時、《ラ・ローゼ・ブルエ》の蒼き花弁が、空を舞った。

 

「《ラ・ローゼ・ブルエ》の、能力……ドラゴンが、攻撃するたび……シールドを、追加……そして、《ゼブルエ》の、能力で……《ザエッサ》を、フリーズ……」

 

 舞い散る花弁は寄り集まり、恋を守る盾となる。

 そしてその守護の意志に応じ、《ゼブルエ》の茨がアカラのクリーチャーを束縛する。

 仲間の連携を横目に、《ネバーラスト》は《Iam》へと突貫する。

 

「ぐ……で、でも! 《Iam》はNEO進化クリーチャーなら、パワー25000! どうしたってパワーはこっちが上だ!」

「わかってる……けど、《ネバーラスト》の、能力……私の、光のクリーチャーは……すべてのバトルに……勝つ」

 

 グサリ、と《ネバーエンド》の槍が《Iam》を貫く。

 抵抗虚しく、《Iam》は力尽き、果てた。

 

「《カイザルバーラ》で、《ザエッサ》、攻撃……シールド、二枚追加……破壊」

 

 追い打ちのように、動けない《ザエッサ》を踏み潰す。

 シールドは既に七枚。ブロッカーは多数。

 アカラのクリーチャーは《オニカマス》のみ。恋のクリーチャーを除去することさえできず、盤面は取り戻せないほどに決定的だった。

 

「ぼ、ぼくのターン……《蓄積された魔力の縛り》で……」

「無理……《ネバーラスト》の、能力……光以外の、コスト5以下の、呪文は……唱えられない」

 

 加えて呪文も封じられている。

 アカラは、多重に巻き付いた鎖で、雁字搦めだ。

 動くことさえ、できない。

 

「……《ザエッサ》《ハコフ》《アンモ》《ホーラン》《オニカマス》を召喚……ターン、エンド……」

 

 せめてもの抵抗と言わんばかりにクリーチャーを並べるが、それでどうにかなるはずもない。

 勝敗は、とっくに決していたのだ。

 

 

 

ターン7

 

場:《カイザルバーラ》×3《エメラルーダ》×2《ラ・ローゼ・ブルエ》×2《ゼブルエ》《エバーローズ》《エバーラスト》《ネバーラスト》《エンドレス・ヘブン》

盾:7

マナ:6

手札:1

墓地:3

山札:14

 

 

アカラ

場:《オニカマス》×2《ザエッサ》《ハコフ》《アンモ》《ホーラン》

盾:5

マナ:7

手札:9

墓地:7

山札:7

 

 

 

「……ターン開始時、私のシールドが、相手よりも、多いから……《エンドレス・ヘブン》の、龍解条件……成立」

 

 アカラを縛る鎖は、さらにきつく彼を縛り上げる。

 天空に座す《エンドレス・ヘブン》が、聖なる合唱を捧げる。

 天を照らし、地上にも降り注ぐ正義の光を浴び、世界のすべてを明らかにする。

 《エンドレス・ヘブン》は仲間の力ではなく、恋自身の意志の力によって、真なる龍の魂を解き放つ。

 

 

 

「龍解――《真・天命王 ネバーエンド》」

 

 

 

 それは、最後の天命王。

 決して終わらない正義を執行する、光の王。

 《ネバーエンド》は、聖なる輝きを放つ神槍を握り締め、恋の傍らに降り立った。

 

「……それじゃあ……終わらせる」

 

 長い長い束縛だった。

 しかしそれも、これで終焉だ。

 

「《エバーラスト》で攻撃……《ハコフ》を、フリーズ……シールドを、追加……《ゼブルエ》で、《ザエッサ》を、フリース……Tブレイク」

 

 ドラゴンが攻撃するたびに、《ネバーエンド》の能力で相手のクリーチャーは束縛される。

 《ラ・ローゼ・ブルエ》がシールドを増やし、そのたびに《ゼブルエ》もクリーチャーを縛り付ける。

 《エバーラスト》の槍が、アカラのシールドを三枚、薙ぎ払った。

 アカラは割り砕かれたシールドのうち一枚を手に取るが、

 

「S・トリガー、《転生スイッチ》……くそっ、ダメだ! 使えない……!」

 

 《ネバーラスト》の天命により、その呪文は封じられている。

 そして、次に《ネバーラスト》が天を翔ける。大槍を構え、アカラへと突撃する。

 その時、恋は小さく、微かに、けれど澄み渡るような声で、言った。

 

「……あなたには、正義も……意志も……信念も……なかった」

「え……?」

「きっと……だいじなこと、忘れてる……」

「忘れてるだって? ぼくが? なにを……」

 

 確かに、アカラの胸にはずっと、ぽっかりと穴が空いたような虚無感が漂っている。

 長く長く続いた空虚な時間。刺激がなく、仲間もいない釣りを、惰性で続ける日々。

 それは酷く退屈で苦痛だったが、なによりも辛かったのは、無二の親友がいないことだった。

 

「あいつがいない釣りなんて、楽しくないに決まっている。だからぼくは知恵を絞った。あいつがいなくても、楽しい毎日を過ごせるように……それが、間違いだとでも言うのか?」

「……まちがってる」

「っ! なにを……!」

「あなたは、それで……ほんとうに、楽しい……?」

 

 恋の言葉に、息を呑むアカラ。

 直後、《ネバーラスト》が大槍を突き立てた。

 残ったシールドがすべて吹き飛び、粉々になる。

 

「私、コミュ障だし……頭、悪いし……人のこと、よく、わかんないけど……クリーチャーのことは、ちょっとだけ……わかる……と、思う……」

「な、にを……」

「あなたは……自分が、思ってるほど……楽しそうじゃ、ない……無理やり、理由をつけて、楽しそうに……演じてる、だけ。大切なこと、忘れてる、から……」

 

 大切なこと。アカラにとって大切なものがあるとすれば、それは当然、釣りと、人生を共にした親友に他ならない。

 神話の追放と共に消えた友。彼と共に行う釣り。

 かけがえのないものがあるとすれば、そんな、思い出くらいだが。

 

「……あぁ、そうか」

 

 そこで、彼は気付いた。

 その思い出の中に、最も大切なものがあることを。

 

「そうかそうか。そりゃあ、楽しくないわけだ。あいつは、こんなことで楽しむはずがないからね」

 

 悪戯好きな彼。島を釣り、怪物を退治し、太陽神話を罠に嵌め、高い空を作り上げた。

 それは酷く周囲をかき回したが……一度だって、誰かを悲しませたことはなかった。

 すべては誰かのため。自分の悦楽と、誰かの歓喜を、共に引き上げる。

 それが、彼だったはずだ。

 彼のやり方と反するような“釣り”をしたところで、楽しいはずがない。

 そんなことさえも、忘れてしまっていたようだ。

 

「ははっ。愚か者はぼくだったか。長い虚無の海に浸されて、狂ってしまったかな」

 

 渇いた笑いを浮かべるアカラ。

 彼は、天を仰ぐ。どこか遠くを見つめるように、零した。

 

 

 

「あぁ、ごめんよ。ぼくが悪かった。反省する。だから、許してくれ――マウイ」

 

 

 

 ぴちゃん、と水音が聞こえた気がした。

 

「……《ネバーエンド》」

 

 恋は無表情に、しかし沈痛そうに、《ネバーエンド》を向かわせる。

 

「こうするしかなくて……ごめん」

 

 神槍を掲げた最後の天命王は、正義を執行するべく、アカラの下へと翔ける。

 

「これは……私の、エゴ、だから……“あいつ”も、いないし……慈悲も……“慈愛”も……ない」

 

 彼にとって友が大事であるように、恋にとってもそれは、かけがえのない存在だ。

 今の自分では、この物語では、慈愛を語ることはできない。

 自分に誓った正義と、友と契った約束を胸に、恋は、悲痛の裁きを下す。

 

 

 

「《真・天命王 ネバーエンド》で、ダイレクトアタック――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ――よくわからないうちに、事件は解決していました。

 いや、事件解決自体はわかっているんだけど……なんていうか、わたしが倒れてから、起きるまでの間に、なにがあったのかがさっぱりわからない。

 鈴を取られちゃって倒れてからは、解呪薬を飲まされたらしくて、なんとか意識は回復した。その時に恋ちゃんが、わたしの鈴を取り返してくれたんだ。

 だけど、わたしの鈴を取ったあの人影が誰なのかは、わからなかった。恋ちゃんはなにか知っている風だったけど、なにも教えてくれないし……

 まだ体調不良で困っている人はいるだろうけど、一応、事件は解決した。でも、ちょっともやもやします。

 結局、わたしはあの事件の真相はよくわからなかったし。呪いのパンを売りつけておきながら、それを治す薬も売るって、どういうことなのか……恋ちゃんは「きまぐれと……ひまつぶし」なんてよくわからないことを言うし。

 そんな感じでとてもむずむずしますが、それでも一応、解決は解決なので、そこはよかったところです。ユーちゃんと葉子さんも、薬を飲んだらすっかり元気になったし。

 

「……でも、ちょっと残念だなぁ」

 

 家に帰り、玄関の扉を押し開けながら思う。

 あのドーナツみたいなパンだけは惜しい。

 呪いのパンなんてものは困るけど、あのパンに関しては、ずっと食べていたいくらいおいしかったから。

 

「わたしの中で、揚げパンと覇権を争うよ……むむむ……!」

 

 ドーナツも揚げるから、広義的にはどちらも揚げパンであるような気はするけど、それはそれ。

 また、食べたいなぁ。どうやって作ってるんだろう。どうせ工場まで行ったんだから、もうちょっと作ってるとこをちゃんと見ておけば良かったよ。

 と、ちょっと公開しながらリビングに行くとお母さんがいた

 

「お母さん。ただいま」

「おかえりー……って小鈴か。いいところに来た」

「え? なに?」

「お土産。食べる?」

 

 と言ってお母さんが差し出してきたのは、楕円形で、こんがりと揚げられたパンのような――ドーナツだった。

 なんか、すごく見覚えがある形だ。

 ぞわぞわと悪寒が走る。まさか、事件を解決したのに、お母さんが……!

 

「お、お母さん! それ、ど、どこで……!?」

「どこって、えーっと、なんか屋台だっけ? どうだっけ? なんて言ってたっけなぁ」

「屋台!? 屋台で買ったの!?」

 

 それは、とてもまずい。ドーナツはおいしいけど、まずい。

 薬はわたしに使った分と、ユーちゃんや葉子さんに飲ませた分で、持ってきたものは使い切ってしまった。あの工場はもうなくなってるし、薬はない。

 ど、どうしよう、お母さんが……!

 

「あ、パッケージにお店の名前書いてあるわ。なんて書いてるんだろこれ? ゆーうぃー?」

「はぇ? パッケージ? お店?」

「そうそう、ハワイのお土産物屋さんじゃない?」

「ハワイ!?」

 

 え、なに? なんの話?

 なにか、わたしとお母さんの認識が噛み合っていない気がする。

 

「あの、お母さん……それって、どこで買ったの……?」

「これは貰い物。昔お世話になった編集さんが、ハワイ旅行に行ったって言うから、なんか貰った」

「は、ハワイ旅行の、お土産……?」

 

 このドーナツは、あの屋台で買った、呪いのパンにそっくりだ。

 でも、別物……? あのパンは、これを参考にして作った、とか……?

 

「ハワイで人気のお菓子で、マラサダって言うんだって。小鈴、パンとか好きでしょ? あげるよ」

「あ、ありがとう……」

 

 お母さんから、その、マラサダ? を貰う。

 一口頬張ると……お、おいしい……!?

 焼きたてじゃないから冷めちゃってるけど、表面はカリッとしてて、歯を立てた直後に、ふんわりもちっとした生地が口の中に広がる。

 生地そのものの味に加えて、まぶした砂糖も相まってすごく甘いのに、まるでくどさを感じない。

 冷めている状態でこれなら、揚げたてを食べたらどれだけおいしいって言うの……!? わ、わたしの思い出の揚げパンが、霞んじゃいそうだよぅ……

 

「美味しい?」

「う、うんっ! すごい! すごく、おいしい! びっくした! おいしいよお母さん!」

「うん、なんかこっちがびっくりするくらい美味しそうで良かった」

 

 うぅ、まさかあのパンをもう一度食べられるなんて、感動しちゃったよ……!

 マラサダ、って言うんだ。ハワイで人気ってことは、普通に売ってたり、作れるんだよね。

 ……どこかのパン屋さんに置いてないかなぁ。

 

「ハワイかぁ。ハワイと言えば、ハワイ神話をモデルにしたアニメ映画があったよね」

「え? そうなの?」

「うん。半分人間で、半分神様――いわゆる半神だね――の物語。魔法の釣り針を使って、なんか色々やるんだよ」

「なんか色々……」

「お母さんも見たの昔だから忘れちゃった。ハワイとかそのへんの神話は詳しくないんだよー」

「そ、そっかぁ」

 

 お母さんでも、わからないことはあるんだね。もぐもぐ。おいひい。

 これは呪いのパンじゃない。安心して食べられるから、よりおいしく感じる。

 

(……そういえば、あのパンを食べた人は、みんな身体を壊しちゃってたけど)

 

 わたしも、いっぱい食べちゃったからなのかなんなのか、理由はよくわからないけど、最後にはあのパンの呪いを受けちゃった。

 でも、

 

 

 

(代海ちゃんだけは、なんともなかったような……?)

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「いやー、マジマジのマジ卍でBAD(ひどい)目に遭ったぜ」

 

 【不思議の国の住人】、邸宅にて。

 一同は、夕餉に興じていた。

 

「つーか買い食いとかよ、ワタシの飯はそんなに不味いか? あぁん?」

「ハングリーだからアングリー、だったらスピーディーにイーティングだ。食いたい時に食って、寝たい時に寝る。それが僕のスタイル、アンダースタンド?」

「喰っちゃ寝じゃねーか。眠りネズミじゃなくて眠りウシかよ」

 

 凄むアヤハなどどこ吹く風で、眠りネズミは食卓の料理に手を付ける。

 その横では、他のヤングオイスターズや、蟲の三姉弟もいる。

 アギリが、姉を宥めるように口を挟んだ。

 

「まあ、眠りネズミたちが被害を被ったお陰で、敵勢力を迅速に認識できたと考えれば、無駄な行為ではないかもしれない」

「ふん。姉さんがいなければ、その迅速さもゴミのようなものですけどね」

「もうっ、ハエ太ったら。そんな意地悪なこと言わないの! メッ!」

「……姉さん、その餓鬼っぽい宥め方はよしてくれ」

「はっはっは! なんにせよ、姉上は快復し、バンダースナッチも連れ戻した。万事解決で良かったではないか! いやはや、労働の後の飯は美味である!」

「私は姉さんの看病という名目で一日中使いっ走りにされて、もう疲れたよ……」

「お疲れなのよー、ハエ太! ご褒美に私のタマネギをあげるのよ」

「謝礼という名目で嫌いなものを押しつけんな。自分で食え」

「ぶぅー! ハエ太のけちんぼ!」

 

 いつもと変わらない日常。いつも通りの食卓。

 人ならざる身であっても、彼らには彼らの生活があった。

 いつしか、自分たちの世界を手にするために動くことはあっても……今この時も、これはこれで、楽しいと思える。

 そう思う、はずなのだ。

 

「……ご、ごちそうさま」

 

 代用ウミガメが、恐る恐る、席を立つ。

 

「あんだよカメ子、もう終わりかよ」

「あ、うん……そ、その、……今日は、あ、あんまり、おなか減ってなくて……」

「ったく、だから買い食いすんなっつってんだ。こづかい減らすぞてめーら」

「ガッデム! こいつはひでぇ、根性汚ねぇ!」

「うっせぇ! お前ら運んでやったの誰だと思ってやがる!」

「その節はサンキュー。バッド(だが)、こいつは絶許! マネーは絶対死守!」

 

 ギャーギャーと、眠りネズミとアヤハの口論が始まる。もっとも、彼ら彼女らが言い合うのは珍しいことではない。

 同じ母を持つとは言え、自分たちはバラバラの環境で産まれ、育ち、生きたのだ。

 ただ、帽子屋が自分たちを引き合わせ、集わせたというだけ。

 もっとも、原初が同じなだけに、衝突したとしても、決して仲が悪というわけではないが。

 それに、自分たちは仮にも仲間なのだ。

 志を共にする、仲間である。はずなのだ。

 

「……ウミガメちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ」

「だ、大丈夫です……あ、アタシ、部屋に、戻りますね……」

 

 代用ウミガメは、逃げるように、そそくさと食卓を後にする。

 誰もいない、薄暗い、肌寒い廊下。

 暗闇の中で、彼女は立ち尽くす。

 

「……やっぱり、変だよ……アタシ……」

 

 と、その時。

 激しい吐き気が襲ってくる。

 

「うっ、くっ……うぅ……げほっ、かは……っ!」

 

 込み上げてくるものを無理やり押しとどめ、むせかえるほどの気持ち悪さを吐き出す。

 最近、やはりおかしい。

 前々からなにか妙な感じはしていた。

 それ故に、彼女らから、少しばかり距離を取っていた。帽子屋からの頼まれ事による多忙さもあるが、それ以上に、この異常に彼女らを巻き込みたくなかった。

 そこには、ただの思い込み、気のせいだと思い込みたい心理もあったかもしれない。

 大したことはない。そのうち、元に戻ると。

 けれど、今日、ハッキリした。

 

 

 

「なにも……おいしくない……」

 

 

 

 味覚がおかしいのか。それとも内臓か。あるいは、もっと別のなにかか。

 わからない。なにも、わからない。

 ベロッ、と舌を出す。

 指で、そっと撫でる。

 しっとりと湿っており、細い指をそのまま口に含んだ。

 なぜか、こうしている時だけ、落ち着く。

 舐め、咥え込み、しゃぶり、歯を立てる。

 そのまま、食べてしまいそうなほどに。

 自分の指を、飲み込んで――

 

 

 

「代用ウミガメ」

 

 

 

「ぴゃ……っ!?」

 

 ――突如、声を掛けられた。

 指を咥えていたせいで変な声が出た。慌てて指を引き抜き、声の方へと向く。

 そこは暗闇しかない。しかしだんだんと、闇の置くから、声が姿を形作る。

 

「ぼ、帽子屋、さん……?」

 

 その人物は、帽子屋だった。

 室内でも変わらず、目深に帽子を被り目元を、スカーフを引き寄せて口元を隠し、顔を晒そうとしない。

 今の行為を見られていたのではないか、と代用ウミガメは慌てたが、帽子屋はそのことにはまるで言及することはなかった。

 ただ一方的に、自分の要求を突きつける。いつもの帽子屋だ。

 

「代用ウミガメ。手は空いているか? また、頼まれて欲しい」

「ま、また、“あれ”、ですか……?」

「あぁ」

「……ま、まだ、作るんですね……あ、あんなに作って……ど、どうするんですか? 帽子屋さん……?」

「どれほど必要になるか、わからんからな。多く備えるに越したことはない」

「は、はぁ……で、でも、いつまで、続けるん、ですか……?」

「ヤングオイスターズの一人が時を定めている。もうじき、時は訪れるだろう。その時が“レース”の始まりだ」

「…………」

 

 もう、おおよその準備は整った。

 残るは時間と、タイミングだけ。

 しかして帽子屋にしては珍しく、その待ちの時間さえも、手を抜かない。

 入念に、念入りに、最後まで、できることを為す。

 三月ウサギは邪心を昂ぶらせているだろう。公爵夫人は牙を研いでいるだろう。

 代用ウミガメもまた、兵隊の産卵に従事している。来たるべき時に備えて。

 

「この世に産み落とされてから、悠久とも思えるほど待ったが……ようやく、光が見えてきたな」

 

 そう、光だ。

 この世界は、自分たちの国は、暗い。

 明るい世界を手にするためには、輝く光源が必要だ。

 天地すべてを照らし出す、太陽が。

 そのために、帽子屋は計画したのだ。

 

 太陽を捕らえるための、“競争”――『コーカス・レース』を。

 

 

 

「『コーカス・レース』は必ず開催する。故に待て、そして希望せよ。我らの国に、陽の光が昇るその時までな――」




 ブラックバイト編もこれにて終了です。
 しかし、他の作品の要素にガッツリ踏み込んだ回なので、少し理解に難儀するかも知れません。作者がこのサイトに投稿している別作品『デュエル・マスターズ Another Mythology』(通称AM)と関連する話なのですが、そっちの話の進行がちょっと遅いんですよね。でもまあ、そちらを読めば、社長の正体もそれなりにわかるかな、と。
 それでも意味分かんねーよバカ! というのであれば、その怒りを作者にぶつけてください。ブログとか活動報告とか番外編とかで補完するかもしれません。
 それと今回、恋が使ったのが白単天門。知っている人なら、恋と言えばこれ、と思うでしょう。きっと。というか、マジカルベルで天門出したのってたぶんこれが初ですね……有名なデッキだし、最近は妙にプッシュされてるけど、逆風が強すぎる……
 そんな感じで、今回はここまで。誤字脱字や感想等ありましたら、遠慮なくどうぞ。
 次回は前々から言っていた文化祭の始まりです。今回以上にAM要素、というかAMのキャラがドバッと出ます。お楽しみに。
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