そんなこんなで、話はできあがってたけど、なんやかんや書くのに苦労しました。前回投稿から一ヶ月ですって。それなりに速筆な自信はあったんですけど、そんな自信も失墜しちゃいますね。
今度は文化祭のお話。ただし烏ヶ森ではなく、他校の文化祭です。前々から話には上がってたやつですね。
今回は小鈴や一騎の、ちょっとだけ違う面が見られるかもしれません。
こんにちは、伊勢小鈴です。
今日は待ちに待った文化祭……なのですが、わたしたちの学校の文化祭じゃなくて、他の学校の文化祭に来ています。
なんでも、この学校には恋ちゃんや先輩――いつきくんの友達がいるとか。
そのお友達が主催するデュエマの大会が、この文化祭で催されるみたいです。
……文化祭でデュエマって、よく考えたらよくわからないけど……あんまり深く考えないようにしよう。
「ようやく件の学校に着いたね」
「なんだか、ちょっとちっちゃいですね?」
「そりゃうちは中高一貫だし、大きいのは当然だよ……このくらいが普通だ。むしろこれでも大きいくらいじゃないか?」
「そだねー。私、ここも入学する学校の候補だったから色々調べたけど、他の学校と比べてもまあまあ大きいよ」
校門前まで来たわたしたち。門扉は大きく開かれていて、人の出入りは、思ったほど多くない。
というのも、今はまだ午前9時前。文化祭、まだ始まってないんだよね。ちょっと早く着きすぎちゃったみたい。
けれど、門には大きなアーチがそびえ立っていて、校庭の方にもテントがいくつも並んでいる。まさに、祭の直前、という感じでとても楽しげです。
「さて、時間になったら一騎先輩が迎えに来てくれるということだったけど……」
「まだ来てないね。っていうかなんで部外者であるはずの先輩が迎えに来るの?」
「そんなことボクが知るか」
「……もういい……いこう……すぐいこう……いますぐ……かきゅうてきすみやかに……もうまてない」
「えっ? こ、恋ちゃんっ?」
恋ちゃんは、いきなり小走りで駆け出す。
いつもゆったりしてて、わたしよりも運動できない恋ちゃんが、なんだか今日はすっごく行動的で活動的だよっ?
「どうした恋? なんか今日はここに来るまでずっとそわそわしてたけど」
「っていうか日向さんは道わかるの?」
「たぶん……」
「不安しかないな」
「と、とりあえずちょっと待ってください、日向さんっ」
ローザさんは恋ちゃんを制止しようとするけど、それさえも聞かずに恋ちゃんは一人でたったか前に進んでいく。
今日の恋ちゃんはちょっと変だ。なんだか、焦っているというか、急いているというか……
なにより、歩くスピードがいつもより段違いに早い。走れば追いかけられそうだけど、生徒らしき人たちがそれなりに行き交っていて、不用意に走るのも危ない。かといってこのままじゃ、見失っちゃうかもしれない。
と、思った時だった。
「むきゅっ」
恋ちゃんは、誰かとぶつかって足を止めた。
「おっ、と。ごめんなさ……って、恋か」
「つきにぃ……」
恋ちゃんはぶつかった人を見上げる。
それはいつきくんだった。
ちょうどわたしたちを迎えに来てくれたようだ。
「あ、先輩だ。ちょうどいいところに来たね」
「すみません先輩。どういうわけか、恋が一人で駆け出してしまって……もう待てないとかなんとか」
「待ててない? ……あぁ、成程」
いつきくんは、なにか納得したように深く頷いた。恋ちゃんの落ち着きがない理由に、なにか心当たりがあるようだった。
そして、恋ちゃんに向き直って、窘めるように言う。
「恋、お前が浮かれる気持ちもわかるけど、集団行動はきっちりとしてくれ。友達と一緒ならなおさらだ」
「むぅ……だって……」
「暁さんともすぐに会える。心配することはない」
「……わかった……」
恋ちゃんはじっといつきくんを見返すと、視線を逸らしながら頷いた。
「……ごめん」
「いや、それは構わないんだけど、やけに舞い上がってるな、恋」
「お祭りだからではないのですか? 異国の文化ではありますが、私も少なからず胸が弾みますよ」
「ユーちゃんもです! おまつり、楽しみです!」
「いや、そんなキャラじゃないでしょ、日向さんは。お祭りとか陽キャのイベントはむしろ忌避するタイプでしょ」
「それはそれで酷い偏見だとも思うが……」
でも確かに、夏祭りの時はそこまではしゃいでいたような気はしない。お祭りだから舞い上がっているというよりも、“このお祭り”であることが重要なのかな。
「ところで、長良川さんと……亀船さんだっけ? 二人は来てないの?」
「あ、代海ちゃんは用事があるから遅れるって連絡がありました。昼前には着くらしいですが」
「長良川さんは?」
「寝坊」
「……そうか。なら先に行っていようか」
一瞬、なんとも言えない表情になるいつきくん。遅刻を窘めたいけど、本人はここにいないし、お祭りなんだし固いことは言いたくないから黙っていよう、みたいな表情だった。
まあ、謡さんも急いでこっちに向かっているみたいだし、遅れはするけどすぐに来る……とは、思います。
いつきくんは踵を返して、来た道を戻るように、わたしたちを先導する。
大会は昼前から午後にかけて行われる予定で、今から会場入りするのだろう。
歩いている最中、ふと霜ちゃんがいつきくんに尋ねる。
「ところで、先輩はどうして先に来ていたのですか?」
「あぁ、それは沙弓ちゃん……ここの部長に頼まれてね」
「頼まれた?」
「会場のセッティングとか」
「……先輩って一応、扱いとしては客人ですよね? 客に準備を手伝わせてるんですか……?」
「彼女はそういう人だからね……まあそれに、俺としても、友人に力を貸すのは吝かではないよ。だいぶ強引に迫られたけど」
「先輩もお人好しですねー」
「素晴らしい方ですよ、剣埼さんは」
という話をしながら、恋ちゃんを見遣る。
いつもどこかぼぅっとしていて、ぼんやりとどこかを見ているような恋ちゃんだけど、今日は、今も、なにかずっとそわそわとあたりをキョロキョロしている。
「うずうず……うずうず……」
「恋はさっきからずっと浮ついてるな」
「口でうずうずって言ってるくらいだしね」
「まあ、、無理もないよ。恋はずっと今日を楽しみにしてたしね」
「文化祭を?」
「というより、人に会うのを、かな。なんだかんだで暁さんに会うのも久し振りだしね」
「あきらさん? とは、どなたでしょうか?」
「あぁ、暁さんっていうのは……」
と、いつきくんが言いかけたところで、言い切るよりも先に恋ちゃんは言った。
宣言するかのように。それは絶対の真実であり、揺らぐことのない真理であるかのように。
明確に、明瞭に、確信を持って、はっきりと告げた。
「私の……好きな人……」
『えぇ!?』
その言葉に、みんな、思わず声を上げてしまった。いつも冷静な霜ちゃんも、大抵のことは笑って流せてしまうみのりちゃんも、そして当然、わたしも。
好きな人。まさか、恋ちゃんの口からそんな言葉が出てくるなんて……
しかも、なんだかちょっと顔を赤らめているような……ってことは、まさか、本当に、そういう意味……?
「いや、あの……恋……? それは……」
「日向さんに恋人がいたなんて、こいつはたまげたよ!」
「いや、好きというだけで恋仲と決まったわけではないが、しかし恋の口からそんな言葉が出るのは確かに意外だ……」
「恋さん恋さん、その人はどんな人なんですかっ?」
「すごい……つよい……かっこいい……」
「まったく想像つかないけど相当なイケメンっぽいね」
「強い人……それは、大きい人なのでしょうか?」
「ん……そう、よりは、ちょっと……」
「ボクは男としては背が低い方だけど」
「ってことはむしろショタっぽい感じかな? 年上?」
「同い年……少し……男、らしい……?」
「おぉ! なんか盛り上がってきたね!」
霜ちゃんよりちょっと背が高いくらいで、強くて、格好良い、そしてわたしたちと同じ中学一年生……正直、あんまり想像つかない、なんとなくすごそうな人だ。
なにより恋ちゃんが、好き、とはっきり口にするくらいの人だ。ただ者ではなさそうです。
「……誤解が広まってる気がする……解いた方がいいのか……? いや、でもまあ、盛り上がってるところに水を差すのもな……すぐ会えるだろうし……」
そんなこんなで、いつきくんに連れて行かれたのは、ちょっと古い感じの校舎だ。
そしてその奥の方にある教室――遊戯部と書かれたプレートが掛かった一室へと入る。
中には、二人の生徒らしき人がいた。片方は女子生徒、もう片方が男子生徒だ。
「沙弓ちゃん、戻ったよ」
「はーい。お帰りー、一騎君」
一人の女子生徒が、こちらにやって来る。
背の高い女の人だった。みのりちゃんくらいか、それ以上かもしれない。利発そうな顔立ちで、なんとなく大人びた雰囲気がある。
「さゆみ……おひさ」
「おひさー、れんちゃん。で、こっちの子たちが、話に聞いてた子たちね」
その人は、こちらに視線を向けた。
どことなく底の知れないような眼差しが、わたしたちを覗き込む。
「遊戯部、部長の
「……遊戯部って、名前だけは聞いてたけど、どんな部活なんですか?」
「古今東西のあらゆる“遊戯”という文化に触れて、自ら体験し、研究する……という名目で活動している部よ」
「名目」
「実際は遊びほうけてるだけじゃない?」
「ふふふ。否定はしないけど、やることはやってるわよ?」
悪戯っぽく微笑む卯月さん。
部屋を見回すと、確かに棚の中にボードゲームやパズルなんかが仕舞われているのが見える。将棋盤とか、リバーシとか、立体四目とか、わたしも知っているものもあるけど、見たこともないものもたくさんある。
遊戯……遊びとは言うけど、これだけたくさんのゲームがあるというのは、それだけですごいことのように思える。
「まあ今日はこの部屋のゲームは使わないわ。今日はデュエマの大会だもの。あなたたちも、遊戯部主催のイベントに参加してくれてありがとう」
「は、はぁ……」
「部員はここにいる人で全員……ではないですよね、流石に」
「まあ流石にね。あと二人いるわ」
「あと二人? え? たった四人ですか?」
「えぇそうよ。だから一騎君を助っ人に呼んだわけだし」
「早朝からこんな遠いところまで呼び出されて、大変だったよ……」
「あらいいじゃない、私と一騎君の仲でしょう?」
「どういう仲?」
……なんだか、いつきくんと、卯月さん……仲良さそう……
話だけを聞くと、確かに卯月さんのやっていることは強引で、勝手に思えるけど。
それでもいつきくんは、困った顔をしながらも、どこか少し楽しそうに見える。
それは、わたしの知らない顔。
わたしの知らない、いつきくんの顔だ。
「それはあれよ。一夜を共に過ごしたじゃない」
「えっ!?」
「ちょっ、沙弓ちゃん! 間違ってはいないけど、そういう誤解を招く言い方はやめてっていつも言ってるよね!?」
「そうだったかしら? でも、間違いを伝えてなければ問題ないわよ」
「誤解されて伝わったらダメでしょ!」
一夜を、共に過ごしたって……え? え? どういうこと? そういうこと?
いつきくんと卯月さんって、もしかして……
「……そんなこと……どうでも、いい……」
「どうでもいいの!?」
「さゆみ……あきら……どこ……?」
「あぁ、それは間が悪かったわね。暁ならちょっと前に、柚ちゃんと教室の方に行ってるわ。大会前には戻ってくるみたいだけど」
「むぅ……」
拗ねたように唇をちょっぴり尖らせる恋ちゃん。
恋ちゃんがこういう仕草を見せるのは、少し珍しい。
「ま、そのうち戻ってくるわ。ゆっくり待ちなさいな」
「ん……んん……」
「待ちきれないって顔してるわね。なら、そろそろ文化祭も始まる頃だし、そっちに行ってみる?」
「……そうする……みんな、は……?」
恋ちゃんはこちらを向いて、わたしたちに尋ねる。
わたしたちも一緒に来ないか、というお誘いなんだろうけど……
「ボクはどちらでも構わないよ。勝手の知らない場所だからね、少しでも知識のある人に任せるよ」
「私も賛成です。合理的です」
「ユーちゃんもです!」
「私もどっちでもいいけど……小鈴ちゃんはなにか不満?」
「えっ? い、いや、その……」
恋ちゃんに付き合うのも、いいと思う。
けどわたしの関心は、わたしの気持ちは、今、きっと、別のところにある。
「いつ……先輩は、ど、どうするんですか……?」
「俺? そうだなぁ、俺も暁さんのところに行ってもいいけど……沙弓ちゃん、俺はどうすればいい?」
「一騎君はもう少し私に付き合いなさい。ほら、大会の準備とかあるし」
「なんで俺は他校の文化祭で準備を手伝ってるんだろうね……っていうか、もう大体終わってるよね?」
「まあまあ、固いこと言わないの。今度なにか……なにか……そうね、いいことしてあげるから」
「なにそれ」
仕方ないな、といつきくんは嘆息する。
「とまあ、沙弓ちゃんが離してくれそうにないから……ごめんね」
「そ、そうですか……」
いつきくんは、こちらには来ない。あちら側にいる。
それは特段、奇異なことでもない。むしろわたしは、いつきくんと一緒にいることの方が少ないのだから。
でも、そんな現実とは別に、胸の奥がもやもやするし、ちくちくする。
「……ふーん?」
卯月さんが、なにかを思ったようにこちらを見ている。
そして、卯月さんは、にやりと口角を上げた。
「ごめんなさい、やっぱり予定変更」
「え?」
「カーイー! ちょっとー!」
部室の隅の方で、なにか作業をしている眼鏡の男子生徒に呼びかける。
男子生徒は露骨に顔をしかめて、気怠げに、鬱陶しそうに、渋々と卯月さんの元へとやって来る。
「……なんだよ。そんなにデカい声出さなくても聞こえる。というかあんたらの会話は全部聞こえてたぞ。うるさくて仕方ない」
「それは話が早いこと。あ、この目つきと目の悪いのはカイ。
「うるせぇよ」
霧島さん、っていうんだ。背が高くて、この人も大人っぽいなぁ。
でも、目つきがちょっと怖い……
「それでカイ、これから一騎君と私で会場設営とかの機材の最終調整だったわよね?」
「そうだな」
「その役目、あなたに任せたわ」
「それは……まあ、構わないが、なぜだ? 理由を言え」
「私、これから一騎君とデートに行ってくるから」
「は?」
「え?」
「沙弓ちゃん?」
デート?
デートって、あのデート?
……え?
「なによ。どうせどこかで一緒に見て回る約束だったでしょう?」
「そんな約束したっけ? いや、別に君と文化祭を見て回ることはいいんだけど、なんで今?」
「んー、たの……一騎君とデートしたいから?」
「また唐突だね!?」
「好きな人と好きなことをするのはいつだって唐突なのよ」
「なにそれ……」
――好きな人と好きなことをする――
それって……それって……!
「う、う……あうぅぅぅ……」
「うわっ! 小鈴が急によろめきだしたぞ」
「おーい、小鈴ちゃーん。だいじょぶー?」
「だ、だいじょうぶ……じゃ、ないかも……」
頭がすごいぐらぐらする。胸もものすごくばくばくしてる。
なに、なんだろう、なんなの、この感じは……!
「というわけで行きましょう、一騎君」
「え、いや、でも」
「おい待て部長。まさか、俺一人で残りの準備をすべて済ませろって言うのか?」
「どうせ大会は昼前だし、もう大体終わってるし、カイならやれるわ。頑張って」
「ふざけんな。あんたの勝手で俺の負担を増やすな。そもそも一騎さんをあんたの我儘で振り回すなよ。善意で手伝ってはくれたが、本来一騎さんは客人だぞ」
「あら? ひょっとしてカイも一騎君とデートしたかった? まったくもう、本当にカイは男が好きなんだから」
「ぶっ飛ばすぞてめぇ」
霧島さんは憤怒の形相で卯月さんに詰め寄っていたが、卯月さんはそれらをのらりくらりと口先だけでかわしてしまう。
そして、いつきくんの手を取った。
「というわけで、一騎君もいいわよね」
「いやよくないでしょ。浬君が可哀想だよ」
「カイなら大丈夫よ。それとも一騎君は、私とのデートは嫌? 私とは文化祭を回れないって?」
「そんなことはないけど……」
「ならいいじゃない。行きましょ行きましょ」
「あっ、ちょっと沙弓ちゃん……っ!」
卯月さんはそのまま、いつきくんの手を引いて、軽やかな足取りで出て行ってしまった。
残されたのは、霧島さんと、わたしたち。
「クソッ、本当に行きやがったあいつ……!」
吐き捨てるように言った。すごく怒っているのがわかる。しかし同時に、どこか、なにか諦めているようでもあった。
そして霧島さんは、こちらにやって来る。
「なあ、悪いが部長の奴を連れ戻してきてくれないか? 俺一人じゃ手が足りん」
「は……? 眼鏡の、言うこと……聞く、義理とか、ないし……」
「お前は本当に俺への風当たりが強いな。俺はともかく、一騎さんは気の毒だろ」
「……べつに。さゆみも、つきにぃも……おにあい、だし……」
「そうか? いや、そんなことはどうでもいい。客人なのに早朝からうちのイベントの準備に駆り出された上に、あのアホの部長に付き合わすのは、あまりにも一騎さんに申し訳が立たない」
「私は、どうでもいいけど……そんなことより、あきら……」
「こいつはいつでもそればっかだな……!」
霧島さんとしては、部長の卯月さんに戻ってきて欲しい。
そして、卯月さんが戻ってくるということは、つまり、いつきくんも……
「……行こう、恋ちゃん」
「こすず……?」
「ごめんね。でも、ちょっとだけでいいから、わたしに付き合って……!」
「小鈴さん?」
「なんだか、伊勢さんの様子が、いつもとちょっと違いますね……?」
「……こすずが、言うなら……ちょっと、だけ……」
「ありがとう、ごめんね」
とても、とても変な気分だ。嫌な気分だ。
お腹の中がひっくり返ったみたいで。心臓がちくちくして、気持ち悪いほどばくばくしてて。
早く、この気持ちをどうにかしたい。
どうすればいいのかはわからないけど、どうしたいのかは感じられる。
それを思った瞬間には、わたしも部室を出て、二人の後を追っていた。
「わわっ、小鈴さん!」
「日向さんに続き伊勢さんまでおかしく……どうなっているんでしょう」
「うーん。よくわかんないけど、なんだか面白いことになってきたね?」
「そうか? ボクはむしろ面倒なことになっているような気がするんだが……」
「こすず……おっかける……ストーキング……ストーキング……」
「犯罪的な言い方するなよ」
「……こいつらに任せて大丈夫なのか……?」
☆ ☆ ☆
わたしは、露店のようにたくさんのテントが並ぶグランドで、二人を発見した。
それと同時に、後から追いかけてきたみんなとも合流する。
そしてみんなでひっそりと二人の様子を伺う。
「ほら見て一騎君! 明らかに予算の足りないしょっぼいテントが立ち並んでるわ! 毎年のことながら、出し物も軒並みレベルが低い!」
「どうして自分ところの文化祭を罵倒するの!?」
「私は見たままを言っただけよ」
「だとしても、わざわざ悪く言うことないじゃないか……俺はそんなに酷いとは思わないけど。中学校の文化祭としては十分じゃない?」
「烏ヶ森の方が立派じゃない?」
「それは、その……うちと比べるのは酷というか、学校の条件が違うから……」
「あらら、自校自慢?」
「沙弓ちゃんから切り出したんじゃないか! そもそも、皆それぞれ頑張っているし、楽しんでいるんだから、そこに貴賤もなにもないよ」
「綺麗事ねぇ。まあ大丈夫、私も他人の楽しみに水は差すような無粋な真似はしないから。それに、私は悪し様には言うけど悪いとは言わないわ。ただの個人の感想であって、他人を動かしたいって意図はないから。それに、こういうレベルの低いところで、創意工夫を凝らしていいものを作るクラスや部活を見つけるのが楽しいのよ。全部が豪華だと味わえない楽しみ方よ」
「だいぶひねた楽しみ方な気がするけど……沙弓ちゃんはいつでも楽しそうだね」
「当たり前じゃない。楽しんでこその人生でしょう? 自由と命があるのだから、楽しく生きなきゃ。一騎君も、たまには色んなしがらみを振り払って楽しむべきだと思うけど?」
「はは……肝に銘じておくよ」
困り気なのに、寂しげなのに、同時にどこか楽しそうで、嬉しそうで、安心したような笑みを浮かべるいつきくん。
む、むむむ、むむむむむ……!
わたしの前では、あんな表情を見せたことなんてなかったし、あんな顔のいつきくんも見たことはない。
なんというか……なんていうか……
「本当にね。あなたは真面目すぎて遊びが足らないんだから」
「俺は俺なりに楽しんでいるつもりなんだけどな……」
「仕事が楽しいってタイプ? ワーカーホリックかしらね。というか一騎君、本当にいつ遊んでるの? 授業に部活に家事に育児に、あっちのことまでやって、自分の時間なさ過ぎない?」
「そこはまあ、色々上手くやってるんだよ。っていうか育児ってなにさ。恋は幼児じゃないよ」
「幼児でなくても我が子みたいなものじゃないの。もうすぐ嫁に行きそうな勢いだけど」
「あぁ、あれなぁ……暁さんは迷惑じゃないだろうか……最近は夕陽さんにも迷惑掛けてるっぽくて、俺も頭と胃が痛いんだ……」
「そういえば空城さんも来るらしいわね、今日」
「そうなんだ……恋が迷惑掛けないように、ちゃんと見ておかないと」
「真面目ねぇ。れんちゃん、あれはあれで強かだし、放っておいてもいいと思うけど」
「もっとまともに生きていれば、それでもよかったんだけどね」
「アウトローにはアウトローの生き方があるのよ」
「できれば真人間として生きてくれ……」
そんな話を聞いていると、横で恋ちゃんがぼそりと囁くように言った。
「……ゆーにぃ、くるんだ……」
「誰?」
「私の……未来の、おにぃ……?」
「背景がすっ飛びすぎて意味が分からない。どういう関係なんだよ」
「許嫁かぁ」
「過程をぶっ飛ばして結果だけを出すな。頭が痛くなる」
「うぅ、二人が、わたしの知らない話題で盛り上がってる……」
「妬いてる小鈴ちゃんもたまにはいいねぇ」
「あ、あのっ、二人とも移動しますけど……人混みに紛れて見失ってしまいそうです……」
「追いかけましょう!
☆ ☆ ☆
二人に見つからないように人混みに紛れつつ後を追うと、二人は飲食系の出し物をしているテントで、なにかを買ったようだった。ここからだと、人が多くてよく見えないけど……でも、声はしっかりと聞き取れる。
「あはははは! なにこれまっずい!」
「沙弓ちゃん、そんなこと言わないの。作ってくれた人に失礼だよ」
「事実だから仕方ないじゃない」
「だとしても、あんまり人の作ったものに文句を言うべきじゃないと思うよ」
「文句じゃないわ、ただの感想よ。改善しろ、なんて気持ちは微塵もないもの」
「それはむしろ悪質なクレーマーじゃないかな……?」
「それに、なんでも一面的に捉えちゃ本質を見失うわ。見方を変えてみれば、一見すると悪口に見える言葉でも、至言になるかもしれないじゃない」
「少なくとも料理に対する「不味い」って感想は、悪口以外の何物でもないよ」
「というわけで、また一騎君のご飯食べさせてね」
「今どういう文脈でそうなったの!? 国語の成績大丈夫!?」
「わりと得意科目だから平気よ。それにほら、一騎君の味噌汁を毎日飲みたい、みたいなことはいつも思ってるのよ」
「さりげなくスルーされた……まあ、俺の気持ちとしては構わないけども、現実的に毎日は無理でしょ……」
「あらら? 伝わらなかった? 一騎君こそ国語は大丈夫? むしろ古典? 今夜は月が綺麗ですね、って言って伝わらないタイプ?」
「いやわかるけど。沙弓ちゃんだし、どこまで本気なのか測りかねてる」
「私はいつだって本気よ。嘘はつかないわ」
「問題はどこまでが本当か、なんだよね……」
雑踏越しに聞こえてくる、いつきくんと卯月さんの会話。
その話で、わたしの気持ちは揺さぶられる。
「いつきくんのご飯……! わたし、食べたことない……!」
「つきにぃの、ごはん……おいしい……すごい、おいしい……すごく、いいもの……毎日、食べられる……毎日、食べていい……」
「毎日食ってるだろ」
「うぅ、わたしも食べたいよぅ……」
「手料理なら私がいくらでも振る舞ってあげるんだけどなー。食費さえ用意できれば」
「色々突っ込みたいところはあるけど、とりあえずそういう話じゃないから君は黙ってろ」
「また移動するようですよ。あの方向は……校舎の方ですね」
「部室があったのが旧校舎だったか。あっちは新しい建物……本校舎だな。基本的にクラスの出し物とかはあっちにあるんだろう」
「Gehen wir! 行きましょう!」
☆ ☆ ☆
いつきくんと卯月さんは、二人並んで廊下を進む……んだけど、なんだか、その、卯月さんの距離感が近いというか、なんというか、そんな気が……
「結構、色々あるんだね。お化け屋敷とかもあるんだ」
「滅茶苦茶クオリティ低いからお勧めはしないわ」
「そ、そうなんだ」
「狭いしチープだし、どこに楽しむポイントを置いてるのかわかんないのよ。お化け屋敷っていうアトラクションのガワだけ用意して、それをなぞってるだけ、みたいな。アトラクションのどこが面白いのか、どうしたら面白いのか、客が求める面白さはなにかを考えて作ってないから、つまんないわ。せめて参加者の視点移動くらいは頭に入れて作って欲しいものね」
「……沙弓ちゃんも、そういうところは真面目だよね」
「あら? 私はいつだって真面目で真剣よ。真面目に手を抜いて、真剣に楽しむの。これでも部長だもの、しっかりしなきゃね」
「沙弓ちゃんはしっかりっていうか、ちゃっかりって感じだけどね」
「一騎君は仕事に一途で、私は遊びに真摯なのよ。なにせ私は、遊戯部の部長だからね」
「別に俺は仕事が大好きなわけじゃないよ」
「生徒のお悩み相談なんてする部活やってるのに?」
「学援部はスカウトされたから入っただけだし……前の部長の温情というか、拾われたようなものだしなぁ」
「そういえば前に言ってたわね、生徒会から追い出されたとかなんとか」
「……その話は、今はやめた方がいいかな。楽しい話にならない。俺も、沙弓ちゃんの楽しい気分を盛り下げたくはない」
「一騎君」
それは、一瞬ビクッとしてしまうほど、冷たく鋭い声だった。
卯月さんはさっきまでの悪戯っぽい笑みが掻き消え、代わりに貫くような視線を、いつきくんに向けている。そして、不満をぶつけるように言った。
「そういう時はハッキリと、自分はその話をしたくない、って言いなさい。私を、自分の嫌なことから避ける理由に使わないで。あなたのことだから、無自覚で、その気はないのでしょう。私のことを思ってそう言っているのでしょう。けれど、それはそれとして、私個人としては、ちょっとイラッとくるわ」
「ご、ごめん……」
「あとせめて、自分が楽しくないから、って言って頂戴。誰かを楽しませることを考える前に、自分が楽しむことを考えて。どんな遊びだって、まず自分が没入しなきゃ」
「悪かったよ……沙弓ちゃんは本当、遊びに厳しいね」
「厳しくないわ。ただ、私は自由主義でも、気に入る遊び方と、気に入らない遊び方があるって話よ。今の一騎君は、ちょっと気に入らなかった。それだけよ」
「……俺はそういう沙弓ちゃんが好きだよ」
「私はそういう一騎君は嫌いね。あ、でも一騎君本人は好きよ。好き好き大好き愛してる」
「なんで取って付けたように言ったの?」
「あら? 気持ちを込めて言って欲しかった?」
「それはそれで反応に困るな……」
「まあ、こういうことは、口にした方がなんか面白そうだしね?」
「? どういうこと?」
「さぁて、どういうことかしらねー?」
と、その時、卯月さんの視線が一瞬、背後に流れたような気がした。
もしかして、尾行がばれてる……?
いや、それよりも……
「ねぇ……なんか今、変な話が聞こえなかった?」
「雑踏のせいで聞き取りづらかったけど、生徒会がどうとかって言っていたような……」
生徒会……お姉ちゃんや謡さんの所属する場所。
いつきくんら学援部と、生徒会は、あんまり仲が良くないって話は聞いているけど……よく考えたら、わたしはその理由もなにも知らない。
けれど、あの人は、卯月さんは、そのことも知ってる……?
なんだかとても、情けない気持ちが湧き上がる。
昔、少し出会ったというだけで、彼がわたしのことを覚えていてくれたというだけで、わたしは舞い上がっていたのかもしれない。
わたしは、今のいつきんのことを、なにも知らないんだ。
「……うぅ」
「うわ、小鈴ちゃんが泣きそうな顔してる。かわ……かわいそ」
「可愛いって言いかけたなこいつ」
「小鈴さん、つらいんですか? 悲しいですか? だいじょうぶですか?」
「だ、だいじょうぶ、だよ……うん、だいじょうぶ、だいじょうぶだもん……!」
「なんだか今日は妬いたり怒ったり、感情の起伏が激しいな、小鈴。マイナス感情だけど」
「嫉妬や怒りはあまり褒められたものではないですが……というか、なぜ伊勢さんはそんなに悲しそうに……?」
「あ、ローザさんは知らないのか」
「正直ボクもあんまりわかってない」
「……あれ? ひょっとして小鈴ちゃんのやきもちの理由知ってるの、私だけ?」
「みなさんっ! 一騎さんとぶちょーのおねーさんが行っちゃいますよっ!
☆ ☆ ☆
ちょっと人気がなくなってきた廊下。わたしたちは柱の陰に隠れつつ、二人の後を追い続ける。
とある教室の前で、ふといつきくんが足を止めた。
扉に張られたプレートには『理科室』と書かれている。そして、教室前には立て看板が立てかけられていた。
「……ん? 『化学部 結晶実験展示』? へぇ、こんなものもあるんだ」
「なに一騎君、そんなの興味あるの? ぶっちゃけ地味でクソつまらないわよ? まったく祭りの空気と合わないし。まだお化け屋敷の方が雰囲気を楽しめるだけマシよ」
「でも、こういうのってなかなか見る機会もないしさ。誰かが本気で打ち込んだ成果なら、きっと面白いよ」
「意外にも食い下がってきたわね。まあいいけど。一騎君の自己主張はなかなか貴重だし、付き合ってあげる」
「ありがとう、沙弓ちゃん。それじゃあ入ろう」
「カイもそうだけど、ほんっと男の子ってこういうの好きよねぇ」
今までは卯月さんはいつきくんを引っ張っていたけれど、今回は逆に、いつきくんの要望で、二人は理科室へと入っていく。
「……男の子って、ああいうの好きなの?」
「さてね。ボクは面白いと思うけど。若もなんだかんだ好きそうだ」
「ユーちゃんは、そーゆーお勉強っぽいのはニガテです……」
「こういうのは、学業に繋がることを、授業とは違う形で発表するから面白いんじゃないか。実践利用こそが知識の本質であり価値なんだから、それを手っ取り早く体験する方が、勉強の意義を見出せるというものさ」
「成程……水早さんは、とてもいいことを言いますね。実演形式にすればユーちゃんもお勉強をちゃんとしてくれるかもしれないわけですか……」
「んなことより、教室に入っていったけど、どうする?」
「ふむ。教室の中だと流石にばれそうだな。こっちにはユー、ロー、恋、実子と、目立つ輩が多いし」
「う、まあ確かに、日本でこの髪の色は目立ってしまいますよね……」
「私……目立つ……?」
「身長だけで判断を下されたの納得いかないんだけど。あの部長さんの方がたぶん背ぇ高いし。っていうか身体的特徴で言ったら、一番目立つのは小鈴ちゃんじゃん」
「小鈴は存在が地味だから」
サラッと酷いことを言われた気がするけど、気にしません。
でも、霜ちゃんの言うことももっともだ。教室にどのくらい人がいるのかはわからないけど、卯月さんの口振りからして人は少ない気がする。
となると、窓から様子を窺うか、扉の隙間から中を覗くかだけど……
と考え込んでいると、不意に、背後から呼びかけられた。
大きな声が、人の少ない廊下に響く。
「お、見つけた。おーい! 妹ちゃーん!」
聞き慣れた声。振り返るとそこには、謡さんがいた。
謡さんは手を振りながら、ぱたぱたと小走りにやって来る。どうやら、遅ればせながらもようやく到着したようだった。
「うわっ、先輩だ」
「うわってなに、実子ちゃん。酷いや」
「よ、謡さん! しーっ! しーっ! ですよ!」
「? なに?」
事情を知らない謡さんは、こくんと首を傾げている。
「今ちょっと部長と部長をストーキングしてるんですよ」
「いやどこの部長なの?」
「一騎先輩と、遊戯部とかいう、今日の大会を主催してるところの部長です」
「あぁ、例のね。っていうか、なんでその二人をストーキング?」
「なんかデートしてるんで」
「デート!? え? イツキ先輩が? めっちゃモテモテなわりに浮いた話のないイツキ先輩が?」
喫驚する謡さん。わたしたちよりも学校での付き合いがちょっと長い謡さんでも驚くみたいです。
というか、やっぱりいつきくんって……モテるんだね……
謡さんは驚きつつも、どこか腑に落ちたように深く頷く。
「ははぁ、成程。あの人、女子も男子もすべての告白を断ってるって噂があるけど、そっかぁ、彼女持ちだったからかぁ。他校の人とは予想外だけど、答えがわかれば納得できるね」
「男からも告白されるのか……」
「つきにぃ……ホモ……?」
「やめてやれ」
「先輩って意外と節操なしなんだね」
「だからやめろつってんだろ」
「水早さん……口が……」
「ふーん。まあ確かに、イツキ先輩のデートとか興味の塊でしかないけど、そーくんとかローザちゃんとか妹ちゃんは、こういうの好きじゃないような気がするなぁ」
「いや、当の小鈴が事の発端というか」
「妹ちゃんが? ……へぇー」
「な、なんですか……?」
しげしげとわたしを見つめる謡さん。なんだかちょっと、にやにやしているように見える。
「そういえばスキンブルもそんな感じに見えるとかなんとかって……でも、そっかぁ、そういう感じかぁ。なんていうか……罪だなぁ」
「そんな感じで、小鈴がなにか妬いているっぽいんですよね」
「やきもちだね」
「もちもちです!」
「大きなお餅だね」
「ですです!」
「中身のない意味不明な会話をするな。動物園の猿の鳴き声の方がまだ有意義だ」
「で、件の先輩の彼女? はどんな人なの?」
「あんな人です」
霜ちゃんが教室の窓を指さして、そこから中を覗き込む。
理科室では、二人が展示されている、キラキラしたもの……結晶? を眺めながら、談笑している姿が見える。
「沙弓ちゃん、塩の結晶だってさ。簡潔でわかりやすい作り方もあって、面白いね」
「これって物凄く簡単なやつじゃない? カイも小学校の頃に自由研究でやってたわよ?」
「簡単だからこそだよ。人が寄りつきにくい題材でも、誰にでも簡単にできる、っていう身近さがあるからこそ取っつきやすいんだ。集客にも工夫があっていいじゃないか」
「んー、まあ、そういう目で見れば楽しいかもしれないけども……」
「こっちのも綺麗だよ。硫酸銅の結晶だって」
「硫酸銅ってなにかしら。なんかヤバそうな名前だけど、カイなら知ってるかしら」
「俺もあんまり専門的なことは知らないけど、指定劇物の類じゃなかったかな」
「え、ってことはこれ毒物じゃない。こわ……そんなもの文化祭で展示しないで欲しいわ」
「いいや、むしろ文化祭という場でないと、こういうものを公開することなんてまずないよ。きっと凄い時間や手間暇かけて作ったんだろうし、多くの人に見て貰えることは大事だと思うよ」
「そんなもんかしらねー……」
「それに、ちゃんと見張ってる人もいるし、大丈夫じゃないかな」
「大丈夫じゃないと困るんだけどね」
……いつきくん、楽しそう……
ちょっとだけはしゃいでいるような、楽しそうな笑顔を浮かべている。あんな無邪気に笑ういつきくんは見たことがない。
そんないつきくんを見るのは新鮮で、少しかわいくて、けれど、ほんのちょっとだけ寂しいと感じる。
あの笑顔は、わたしの前で見せているものじゃないから。
わたしとは関係のないところに、あの笑顔があるから。
「うっわ。ガチデートじゃん。なにあのイツキ先輩、めっちゃ楽しそう」
「正直ボクも、あんな先輩は滅多に見ないので、少し驚いています」
「穏やかで微笑みの似合う人ではありますけど、遊んで楽しそうに笑う、というところはあまり見ないですからね」
「なんていうか、あの人といる時の一騎先輩って、感情豊かというか……誤解を招きそうですけど、凄く人間味がありますよね」
不意に、霜ちゃんはぼそりと言った。
「今までボクは先輩のことを、偉大な人だとか、自分たちとは全然違う、どこか遠くにいるような凄い人、みたいに思ってましたけど、それが等身大の人間に見えるっていうか」
「んー、ぶっちゃけ私あんまあの先輩のこと知んないけど、聖人君子の完璧超人って言われてるくらいだしねー。ちょっと別世界の人っぽいイメージはあったかな」
「言われてみれば私も、どこかあの方のことを特別視していたかもしれません」
「けれど今の先輩は、とても自然体に見える。気兼ねも気負いもなく、立場も称号もなく、あらゆるしがらみを振り払った、ただ一人の人間として、今を楽しんでいる、みたいな」
「私は学援部としてのイツキ先輩しか知らないけど、確かにあの人、誰にでも親身に接してくれはするし、こっちに合わせてはくれるけど……逆に言えば、その人に“合わせなきゃいけない”ってくらいには、誰とも違うステージにいるのかもね」
けれど今のいつきくんは、間違いなく、平凡で凡庸な、ただ遊び、なんの憂いもなく、衒いもなく、笑っていられる人間に過ぎない。
あそこにいるいつきくんは、わたしたちがいつも見る、偉大なる先輩「剣埼一騎」ではなくて。
ただの一人の男の子としての「剣埼一騎」なんだろう。
それは、それ自体は、喜ばしいのかもしれない。そんな一面が彼にもある。その親しみは、決して悪いものじゃない。
けれどその顔は、わたしたちの前では見せない。
あの人の……卯月さんの前で初めて見せて、知ったことだ。
それが、とても……悔しい、気がする。
「っていうか相手の人もけっこー綺麗だなぁ。背ぇ高いし、クールビューティーじゃん」
「クール……?」
「めっちゃはっちゃけてるじゃん」
「人格はさておき、容姿だけで言えば、なかなかのものだと思うよ。中学生にしては、女らしさがありつつも格好良い系……ボクの周りではあまり見ないからな。普段どんな服を着ているのか、気になる……」
「そーくんも私欲が出て来たね」
「あ、あの、二人が出て来ましたよ……?」
一通り見て回ったのか、いつきくんと卯月さんの二人は、理科室から出て来た。
そのいつきくんの表情は、どこか満足げだ。
「ありがとう、沙弓ちゃん。付き合ってくれて」
「まあ一騎君が楽しめたならそれでいいわ。さて、次はどこに行こうかしらね。お昼にはちょっと早いけど、調理部にでも行く? あそこは毎年パンを焼いているのだけれど、これがなかなか美味しいのよ」
「パンか。小鈴ちゃんが喜びそうだな……ん? お昼?」
「どうしたの?」
「いや、昼前には大会が始まるわけだけど……もうそろそろ大会の時間じゃない?」
「確かにそうね」
時間を確認する。現時刻はおよそ10時。
確か大会の開始が11時だから、確かに運営側としては、もう時間に余裕はあんまりなさそう。
「時間は大丈夫なの?」
「んー、まあ、たぶん」
「たぶんって……しっかりしてよ沙弓ちゃん、君が責任者なんだから」
「いやいや、私はわかってたわよ? ただ、時間ギリギリまで粘ろうと思ってただけで」
「もっと時間には余裕を持とうよ」
「まあまあ。ゆってほとんどの準備は終わってるからそんなに切羽詰まってないし、細かいところはカイがやってくれるわよ」
「あんまり浬君の負担を増やしちゃダメだよ……」
「うちの副部長は優秀だから。まあでも、ここは一騎君に免じて一度戻りましょうか。続きは大会が終わってからにしましょ」
「え、まだやるの?」
「当然。嫌?」
「い、嫌っていうか……沙弓ちゃんはいいの? 友達とかいるんじゃない?」
「べっつにー。私はー、一騎君と一緒がー、いいなー、なーんて」
一瞬、卯月さんの視線が泳いだ。
それはいつきくんに向けて言っているはずだけど、視線だけは、どこか違うところを見ているみたいな……
っていうか、午後も卯月さんといつきくんは一緒なんだ……そうなんだ……む、むぅ……うぅ……
「……成程。そういうことか」
謡さんは、わたしと卯月さんを交互に見遣って、理解した、と言わんばかりに頷く。
「会長が言ってた妹ちゃんの悪いとこって、こういうとこなんだろうなぁ……どう考えても誘ってるけど、このとっかかりすら掴めないんじゃなにも進展しなさそうだし、仕方ない。ここは私がきっかけを作るとしようかな」
「先輩? どうしましたか? なにを言ってるんです?」
「なに、ちょっとお節介を焼こうと思ってね。妹ちゃん。ここは気張るところだよ」
「え? は、はい……?」
な、なに? 謡さんはなにを言っているのでしょう……?
と思ったら、謡さんは急に立ち上がり、あろうことか、二人の前に飛び出した。
「ちょっとお待ちなさいな、そこのお熱い美男美女!」
そして、なぜかちょっと芝居がかった調子で宣う。
……本当に、どうしちゃったの、謡さん……?
「あら? 言われてるわよ一騎君」
「俺? 沙弓ちゃんじゃなくて? ……って、長良川さん? 到着したんだ……っていうか、な、なにしてるの……?」
「いやちょっと後輩のためにキューピッドになろうと思いまして。恋愛成就なんて柄じゃないから、狩り場と弓矢だけ用意して、後はお任せ、って感じで」
「うん?」
「そんなことより、流石にちょーっといちゃつきすぎですよイツキ先輩。仲睦まじいのは結構なことですが、ひとつの恋物語は、同時にひとつの悲恋を生むというもの。私は後輩の泣き顔なんて見たくないんですよ」
「な、なんの話……?」
わかりません。
謡さんがなにをやってるのかも、なにをしたいのかも。
「というわけで、妹ちゃんカモーン!」
「えっ?」
「呼ばれてるぞ、小鈴」
「出てっていいのかなぁ……?」
「バラされちゃったし、しゃーないしゃーない。ゴーゴー」
うぅ……本当、謡さんはどうしたいの……?
わたしは仕方なく、こっそりと物陰から出て行って、いつきくんや卯月さんの前に立つ。
「小鈴ちゃん……い、いたんだ……」
「は、はい、その……」
「羨ましそうにずっと見てたわね。お友達と一緒に」
「げ、こっちもバレてるし」
「うわっ、恋に伊勢さんに水早君に香取さんに……み、皆いる……?」
「一騎君、本当に気付いてなかったのね。少しは周りを気にしないとダメじゃない。ここが戦場なら、背中から撃たれてたわよ?」
冗談めかして言う卯月さんは、調子を変えないまま、続けた。
「そんなことよりも、ぞろぞろと何用かしらね。私と一騎君のデートの邪魔だなんて無粋だと思わない? ねぇ?」
「いやいや……」
「うんまあ、正直イツキ先輩が楽しそうにしてるとこはレアだったしまあまあ眼福だったけど、それはそれとして、そこの心身イケメンを独占されると色々困るんだよね。主にこの子が」
「わ、わたしっ!?」
「君以外誰がいるんだよ」
「ねー」
な、なんか、話がどんどんわたしの方に引き寄せられているというか、近寄ってきてる……?
ただ見ているだけだったはずなのに、これじゃあまるで、わたしが中心みたいな……
卯月さんは謡さんの言葉を受けて、なにか適当に頷いている。
「ふーん。へー。そう。それで?」
「午後の予定は譲ってくれません? 勿論、一方的に譲れ、なんて言いませんよ。軽く勝負でもして、勝った方がイツキ先輩のデート権を貰う、っていうのはどうですか?」
「どうですか、って言われても。その勝負をしたところで私にはなんの得もないわけだし、受ける意義がないわね」
「意義がない? そんなこと言っちゃいます?」
「なにが言いたいのかしら?」
「いやだって」
謡さんはちょっと楽しそうに、にやりと口角を上げながら、言った。
「勝負して決めた方が“面白そう”でしょう?」
「乗ったわ」
即答だった。
ちょっとだけ渋っていた卯月さんは、その一言で、即決で謡さんの誘いに乗った。
いやもう、わたしもなにがなんだかよくわからないんだけど……でも、これって謡さんが言い出してることだけど、わたしのことで……な、なんでこんなことに……
「なんでこんなことに……俺に決定権はないのかな……?」
……いつきくんも、なんだか似たようなことを思っている様子。なぜか、わたしたちの意志が介入しないところで、他人同士でわたしたちの処遇が決められているみたいな。
「で、なにで勝負する? うちは遊戯部、大抵のゲームは置いてあるわ。トランプでもUNOでも麻雀でも人狼でもモノポリーでもスコットランドヤードでもTRPGでもセガサターンでもニンテンドースイッチでも、アナログなボードゲームからデジタルなゲーム機までなんでもござれよ」
「ゲーム機があってもテレビはないだろ」
「スイッチならなくても大丈夫だから」
「テレビがなくても視聴覚室でできるから」
「ちょっと沙弓ちゃん。それはダメでしょ」
「で、どうするの? なにやる?」
勝負の内容を委ねる卯月さん。
ゲーム……わたしは、あんまりゲームはやらないから、ちょっと不安だよ……
強いて言うなら、よくやるゲームと言えば……
「それなら……大会前の、
「あら、悪くないセンスね。いいじゃない」
わたしの意を汲んだのか、それとも偶然か。あるいは最初からそうだと決めていたのか。
瞬時に二人の間で合意され、契約が交わされる。
そして謡さんがこちらを振り向いて、言った。
「さぁ妹ちゃん、デッキを取る時だよ」
わたしと卯月さんの、いつきくんを賭けた勝負。
その内容は、あまりにも身近で、当然で、必然的であった。
当たり前のように、それは、わたしに大きな決断を、物語の分岐を迫る。
そう、それは――
「――デュエマだ」
☆ ☆ ☆
「――ったく。ようやく戻ってきたと思ったら、面倒事を持ち込みやがって……」
「まあいいじゃない。きっと楽しいわよ」
「お前がな」
「それじゃあ、対戦前に確認しとくわね フォーマットは本日における殿堂構築。制限時間は大会開始まで時間がないから30分。勝った方が一騎君とデートね」
「デ、デート……は、はい……」
「イツキ先輩が景品かぁ」
「つきにぃ……もてもて……」
「なんか素直に喜べないんだけど……」
いつきくんを景品扱いするのは気が引けるけど……でも、このまま卯月さんといつきくんがずっと一緒にいるのは、なんだか、ちょっぴり嫌だ。
彼女が、いつきくんを独占するのが、どうしても許せなかった。
だからって、二人の気持ちを蔑ろにするようなことはしたくないけれど……ここまで来てしまったからには、もう止まれない。
わたしはデッキを手に、卯月さんと向かい合う。
「とりあえず超次元ゾーン公開ね。私はないけど」
「わ、わたしはこれです……!」
小鈴:超次元ゾーン
《銀河大剣 ガイハート》
《神光の龍槍 ウルオヴェリア》
《時空の凶兵ブラック・ガンヴィート》
《勝利のガイアール・カイザー》
《勝利のリュウセイ・カイザー》
《勝利のプリンプリン》
《シルバー・ヴォルグ》
《ブーストグレンオー》
いつもの《ガイハート》に、サイキックを加えた超次元。
それから、今回はもうひとつ、用意しているものがある。
「それと……これも使います」
それは裏面が白いカード。十二枚の束で構成された、小さなデッキのようなもの。
超GR。通常デッキや超次元ゾーンとは別に存在する、GRクリーチャーが眠る場所だ。
「あら、GRね。それなら、がっちゃーん、って言わないと」
「え? えっ?」
「ほらほら、がっちゃーん!」
「が、がっちゃーん……?」
え? な、なに?
よくわからないまま、よくわからない掛け声をかけつつ、超GRを指定されたゾーンにセッティングする。
……がっちゃーんってなんなんだろう……?
「あはは、本当に言ったのね」
「え!? えぇっ?」
「沙弓ちゃん。そうやってからかうのはよくないよ」
「ふふっ、ごめんなさい。茶番はこれくらいにして、はじめましょうか」
「あ……はい……」
うぅ、よくわからないけど、対戦が始まる前から翻弄されてしまってる……
しっかりしないと。この対戦に勝てば、わたしも、いつきくんと……
(で、デー……ト、って……)
か、考えたら、なんだか恥ずかしくなってきちゃった……わたし、なにやってるんだろう……
……と、とりあえずデュエマだねっ。
1ターン目はお互いにマナチャージのみ。そして2ターン目。お互いにはじめの一歩を踏み出す。
「わたしのターンです! 2マナで《熱湯グレンニャー》を召喚します! 一枚ドローして、ターン終了!」
「私のターンよ。2マナで《ブラッディ・タイフーン》を唱えるわ。山札から三枚を捲って、二枚を墓地へ、残りを手札に加える。ターンエンドよ」
ターン2
小鈴
場:《グレンニャー》
盾:5
マナ:2
手札:4
墓地:0
山札:28
沙弓
場:なし
盾:5
マナ:2
手札5
墓地:3
山札:25
「わたしのターン! 3マナで《ボーンおどり・チャージャー》! 山札から二枚を墓地へ!」
「なら私は《リロード・チャージャー》よ。手札を一枚を捨てて、一枚ドロー」
……うーん。
ここまで、使用カードの違いはあるものの、わたしたちの動き自体はそう変わらない。手札を増やして、墓地を増やして、マナを伸ばす。卯月さんも、わたしと同じ火、水、闇の三つの文明を使ったデッキみたいだし……
ただ、もちろん使ってくるカードは違うわけだから、気は抜けない。どんな風に仕掛けてくるんだろう。
ターン3
小鈴
場:《グレンニャー》
盾:5
マナ:4
手札:3
墓地:2
山札:25
沙弓
場:なし
盾:5
マナ:4
手札4
墓地:4
山札:23
「わたしのターン、3マナで《エナジー・ライト》! カードを二枚引きます。さらに2マナで《【問2】 ノロン⤴》を召喚! さらに二枚引いて、手札を二枚墓地へ! ターン終了!」
「引いては捨てて、大変そうね。次のターンに仕掛けられそうな雰囲気だけど、さて、どうしましょうか」
墓地もマナも十分、手札も揃ってる。
事実、わたしは次のターンにはいつもの動きを為すことができる。
わたしのクリーチャーが一体でも残っていれば、だけど。
「……やりたいことはなんとなく予想できた。全体火力が欲しいところだけど、まあ、ないものは仕方ないし、軽くしばいておきましょうか。5マナで《世紀末ハンド》、《ノロン⤴》を破壊するわ。ターンエンド」
「っ、でもそのくらいなら……」
ターン4
小鈴
場:《グレンニャー》
盾:5
マナ:5
手札:3
墓地:6
山札:20
沙弓
場:なし
盾:5
マナ:5
手札3
墓地:5
山札:22
《ノロン⤴》は破壊されちゃったけど、クリーチャーが一体でも生き残っていればだいじょうぶ。
このターンで、仕掛ける……!
「わたしのターン! 6マナで《偉大なる魔術師 コギリーザ》を召喚! 《グレンニャー》からNEO進化!」
「《コギリーザ》……へぇ」
にやにやと妖しい笑みを浮かべている卯月さん。
その表情はひどく不気味だけれど、ここまで来て止まったりはしない。
全力で行くよっ!
「《コギリーザ》で攻撃! その時、キズナコンプで墓地の呪文を唱えます! 唱えるのは《法と契約の秤》! その効果で、《龍覇 グレンモルト》を復活! そして、《グレンモルト》に《銀河大剣 ガイハート》を装備!」
「わぉ、これヤバいやつね。流れるような動きでモルトビート、一騎君より綺麗ね」
「なんで俺を引き合いに出したの?」
「一騎君は顔のわりに強引なのよ。その強引さ、嫌いじゃないけどね?」
「い、今はわたしとデュエマ中ですよっ。《コギリーザ》でWブレイク!」
「まあ妬いちゃって、かーわいい」
ブレイクされた二枚のシールドをめくりながら、卯月さんは悪戯っぽく不敵に微笑む。
そして、
「ほら、可愛いあなたにご褒美よ、S・トリガー《デーモン・ハンド》! 《グレンモルト》を破壊するわ」
「う……た、ターン終了です……」
「……沙弓ちゃんのターンが回って来ちゃったね」
「6マナか……流石に部長も引いてるだろうな」
わたしは6マナの時点で、《コギリーザ》から呪文を撃ち放つ動きが始まる。
そして、わたしと同じような動きをする卯月さんは……
「ま、当然ながら、ここに来てなにもせずに焦らすとか、あり得ないわよね? 6マナをタップよ。呪文《
それは、わたしと同じく、術式を起動する
ここから、数々の呪文が乱れ撃つという、号砲だ。
「効果で墓地からコスト7以下の闇または火のクリーチャーを、スピードアタッカーを付与した状態で復活させるわ。ここで戻すのは《邪眼教皇ロマノフⅡ世》! 《ロマノフⅡ世》の能力で、山札から五枚を墓地へ! その後、その中にあるコスト6以下の呪文をタダで唱えるわ。ってなわけで、もう一回《煉獄と魔弾の印》! さっきと同じように、墓地からクリーチャーを復活させる!」
二連続で放たれた《煉獄と魔弾の印》。さっきよりもたくさん積み重なった墓地から、屍を掻き分けるように、それは這い出でる。
「あなたの
龍のような、悪魔のような、恐ろしい髑髏の形相。
そして、その手に握られているのは、蒼く輝く剣のような銃。
銃……あまりいい思い出はないけれど、あの銃は、帽子屋さんのとは違う。
「《ロマノフⅠ世》は登場時、山札から闇のカードを墓地に送れるわ。ここでは……とりあえず、二枚目の《ロマノフⅠ世》を墓地に送っとくわね」
「ロマノフサインか……まあなんとなく予想はできてたけど」
「なんかふつー。並べながらぶん殴るだけじゃん」
「……いや……さゆみの、やること、だし……たぶん、ただワンショットは……しない」
「れんちゃんは聡いわねぇ。ま、いいけど。とりあえず《ロマノフⅠ世》で《コギリーザ》を攻撃よ! その時、《ロマノフⅠ世》の能力発動。墓地からコスト6以下の闇の呪文をタダで唱えるわ。唱えるのは《煉獄と魔弾の印》! 効果で二体目の《ロマノフ》を復活! 唱え終わった呪文は山札の下に送られるわ」
《ロマノフ》は銃口を《コギリーザ》に向ける。そしてその引き金を引くと同時に、墓地の呪文が弾丸として放たれる。
その挙動は、わたしの《コギリーザ》と同じだ。
「そしてこの《ロマノフ》の効果で……まあ、なんでもいいわね。保険として《煉獄と魔弾の印》でも落としておくわ。さぁ、バトルよ! 《ロマノフⅠ世》のパワーは8000!」
「《コギリーザ》のパワーは7000……ま、負けです……」
「それじゃあ次に、二体目の《ロマノフ》で攻撃よ!」
復活した二体目の《ロマノフ》が、今度はわたしに銃口を向ける。
……これってひょっとして、墓地から次々に《ロマノフ》が復活して、襲いかかってくるんじゃ……?
「《ロマノフ》に囲まれて襲われる、って思ってる?」
「っ」
「安心しなさい。私はそんな、多勢で囲んで嬲るなんて酷いことしないから。私の狙撃手は一人でいいの」
「一人って……もう《ロマノフ》は二体並んでるだろうに」
「そうね。だから“二体目はいらないわ”」
《ロマノフ》は弾を込める。失われた魔法の弾丸を。
「マウント取って嬲るなんて趣味じゃないわ。死角から不意討って虚を突く方が好きなのよ、私。そういうわけだから」
卯月さんは、墓地から一枚のカードを拾い上げる。
それはまさしく、わたしの意識と知識の外から、襲いかかってきた。
「月の影から襲っちゃいましょう――《強襲する
直後、わたしの手札が二枚、食い破られる。
「っ!?」
「《髑髏月》の効果で、まずは、あなたの手札を二枚ハンデスよ!」
「えっ、て、手札破壊……!?」
わたしが持っていた二枚の手札が一瞬で削り取られ、わたしの手札はなくなってしまった。
「で、でも、シールドブレイクで新しく手札が増えれば……」
「残念、そういうわけにもいかないのよ。《髑髏月》の追加効果発動! 自分の闇のクリーチャーを破壊すれば、この呪文は手札に戻る! 攻撃中の《ロマノフⅠ世》を破壊して、《髑髏月》を手札に戻すわ」
「……!」
思わず目を剥いた。
攻撃中のクリーチャーを破壊して、強引に攻撃を止めるなんて……
そのせいで、わたしのシールドはブレイクされない。つまり、手札が増えない。
そして卯月さんは宣言通り、射手は一体だけとなった。わたしの望まない形で。
「うーわ、ロマサイでブラサイみたいな動きしてる」
「ハンデスして攻撃キャンセルか……随分と無理やりだな」
「本来なら《ロマノフⅠ世》で唱えた呪文は山札の一番下に行くけど、呪文の効果で移動先が置き換えられたから、《髑髏月》優先ってことで。ふふん、一転攻勢ね。一騎くーん、見ってるー?」
「むぅ、うぅぅぅ……!」
「できればこの変な状況は直視したくないんだけど」
「一応言っとくけど、一騎君がすべての元凶よ」
「なんでっ!?」
「残念ながらそれは間違ってないですよ、イツキ先輩」
「長良川さんも!? 俺、なにかしたっけなぁ……」
「なにもしないからこそ、ってことがあることも忘れずにね。それじゃ、私はこれでターンエンドよ」
ターン5
小鈴
場:なし
盾:5
マナ:6
手札:0
墓地:9
山札:20
沙弓
場:《ロマノフⅡ世》《ロマノフⅠ世》
盾:3
マナ:6
手札4
墓地:10
山札:22
状況は芳しくない。
シールドは割られなかったけど、代わりにクリーチャー全滅、手札もゼロ。そして相手には、切り札であろうクリーチャーが二体。
このままじゃ、ジリジリと攻め入られてしまう。早くなんとかしないと……
「ご、5マナで《狂気と凶器の墓場》! 山札から二枚を墓地に置いて……《マッド・デーモン閣下》を復活! 能力で《グレンモルト》を手札に!」
とりあえず、手札に《グレンモルト》を保持。クリーチャーを出しておいて、次のターンに《ガイギンガ》に繋げられる準備をしておく。
今は、これくらいしかできない。
「健気ねぇ。良心が痛んじゃうわ」
「なにをほざいてんだこいつ」
「まあカイったら。まるで私が非道な悪役みたいに扱って、酷いわ」
「違うっていうのかよ」
「否定はしておくわ。あ、6マナで《強襲する髑髏月》、手札を捨てなさいな」
「手加減しろとは言わんが、やっぱ性格悪いなこいつ」
「続けて《ロマノフⅡ世》でシールドをWブレイク!」
遂に卯月さんがわたしのシールドを攻めてくる。
デュエマにおいて、シールドブレイクはチャンスだ。S・トリガーで状況をひっくり返せる可能性があるし、手札が増えて反撃の機会も生まれる。
けれど今回に限って言えば、逆転の機会は半分だ。
S・トリガーで、《ロマノフⅠ世》をなんとかしないといけない。けれど、
「と、トリガー……そんなぁ」
「ノートリね。それじゃあ《ロマノフⅠ世》で攻撃よ、墓地から《強襲する髑髏月》を唱えて二枚ハンデス! 攻撃中の《ロマノフ》を破壊して手札に戻すわ。そしてターンエンド」
ターン6
小鈴
場:《デーモン閣下》
盾:3
マナ:6
手札:0
墓地:13
山札:17
沙弓
場:《ロマノフⅡ世》
盾:3
マナ:7
手札4
墓地:11
山札:14
シールドをブレイクされても、ブレイクされたシールドが即座に叩き落とされてしまい、手札が増えない。
数で囲んで袋叩き、ということは確かにないけど。
これはこれで、じわりじわりと嬲られているみたいだ
きっと卯月さんは、毎ターンこれを繰り返してくるはず。逆転するには、S・トリガーに頼るか、山札の一番上を信じるしかない。
「わたしのターン、ドロー……あっ」
どうしようもなく、ただ信じるしかない山札の一番上。
ここで引けたのは、この状況を覆しうるかもしれない一枚だった。
「これなら……6マナで《龍装艦 チェンジザ》を召喚!」
「おっと? なにそれ? そんなカード入ってるの? なんかヤバそうね?」
「《チェンジザ》の登場時、カードを二枚ドロー、そして手札を一枚捨てます。さらに各ターンはじめてコスト5以下の呪文を捨てた時、その呪文をタダで唱えられます! 呪文《法と契約の秤》!」
「……あぁ、成程。マジでヤバいわね」
はい。これは、とってもヤバいと思いますよ。
引きは最高。流れはこちらに来ている。
「墓地から《偉大なる魔術師 コギリーザ》を出します! 《チェンジザ》からNEO進化!」
「ハンデス耐性にもなる《チェンジザ》に重ねて《コギリーザ》を出すか……小鈴は決めに行くつもりみたいだ」
「もう我慢ならないって感じだねぇ」
攻撃可能な《コギリーザ》、墓地にはクリーチャーを復活させる呪文。そして……
下準備はとっくに終わっている。第二波、今度こそ決めてみせる。
「《コギリーザ》で攻撃する時、キズナコンプ! 《狂気と凶器の墓場》を唱えて、墓地から《グレンモルト》を復活して、《ガイハート》を装備! シールドをWブレイクです!」
「やっば……トリガーなし」
「《グレンモルト》で最後のシールドをブレイク!」
これで卯月さんのシールドはゼロ。
たとえ《グレンモルト》がやられても、まだ《マッド・デーモン閣下》がいる。
このターンで、決着――
「……あ、やったわ。S・トリガー! 《テック団の波壊Go!》」
「そ、そんな……!」
――には、ならなかった。
寸でのところで、S・トリガーを踏んでしまう。しかも、よりにもよって《波壊Go!》なんて……
「モード選択は当然バウンス。コスト5以下のカードをすべて手札に戻すわ。《デーモン閣下》と《ガイハート》を手札へ!」
「あぅ……」
追撃のための《マッド・デーモン閣下》は手札に戻り、《ガイハート》も攻撃後というタイミングが来る前に消えてしまったから、龍解できない。
たった一枚のカードで、必要なところをすべて抑え込まれてしまった。
「あっぶなー。《ロマノフ》で唱えられないからって抜かなくて良かったわ……で、どうする?」
「……た、ターン終了、です」
「はい。じゃあ私のターンよ。2マナで《ローレンツ・タイフーン》。二枚ドローして、手札の《ロマノフⅠ世》を捨てるわ。そして6マナ、《煉獄と魔弾の印》で墓地の《ロマノフⅠ世》を復活。そして能力で《強襲する髑髏月》を墓地に落としましょうか」
流れるような動きで墓地にカードを溜めつつ、《ロマノフ》が再登場。呪文を放つ――わたしの手札を奪う――準備を整える。
けれど卯月さんはすぐには動かず、思案するように盤面を見つめている。
(さーて、ここよね……殺しに行くか、一旦溜めるか。正直もう後がないし、SA一体で即死だから、乾坤一擲でプレイヤーに行ってもいいけど……)
ちらり、と卯月さんの視線がこちらに向けられる。
な、なんだろう……ちょっと、ぶ、不気味というか、なんというか……なにを考えているのか、わからない。ちょっとだけ怖いです……
(あの一騎君が気にする子だものねぇ。もうちょっと遊びたいところよね……えーっと? 《法と契約の秤》はマナ、墓地、ボトムで三枚、《狂気と凶器の墓場》は墓地とボトムで二枚かしら? 見えてる《グレンモルト》も三枚……ふぅーん?)
卯月さんはすぐに視線をわたしから外して、色んなところに散らす。
そして、顔を上げた。
「……決めた。《ロマノフⅠ世》で《コギリーザ》を攻撃! 能力で《煉獄と魔弾の印》を唱えるわ。効果で《ロマノフⅠ世》を復活! そして山札に戻った《煉獄と魔弾の印》を再装填!」
「クリーチャーが……!」
当然、パワーで劣る《コギリーザ》は《ロマノフ》にやられてしまう。
卯月さんは決めに行かずに、バトルゾーンを制圧することを選んだようだ。このまま抑え込まれてしまえば、また厳しい戦いを強いられる。
けど、卯月さんもシールドはゼロ。あと一撃さえ叩き込めば、勝てるんだから……!
「次の《ロマノフⅠ世》で攻撃! 《煉獄と魔弾の印》で《ロマノフⅠ世》を復活! 《煉獄と魔弾の印》を墓地に戻して、《グレンモルト》とバトル!」
卯月さんは二体目の《ロマノフ》で《グレンモルト》を撃ち抜きつつ、さらに《ロマノフ》を並べ……え? あれ?
《ロマノフ》が三体……?
「……おい部長」
「なにかしら副部長」
「さっき狙撃手は一体でいいとかなんとか言ってなかったか?」
「言ったわね」
「なんで《ロマノフ》を並べてるんだ?」
「それはそれ、これはこれ。私は楽しく勝ちたいけど、負けたくはないもの。勝つために手段は選ばないわ」
「勝手な奴だな……」
「沙弓ちゃんらしいけどね」
「その“らしさ”がな……いや、もうどうでもいい。勝手にやれ」
霧島さんは半ば投げやりになったように言い捨てた。
卯月さんは自分で言ったことと反することをしているけど、でも確かに、できること、やってもいいことは咎められない。
わたしが恐れていたことが、ここに来て現実になっただけなんだ。
「ま、別に並べるのが嫌なんじゃなくて、《髑髏月》で詰めていこうとすると、自然とあんまり並ばないってだけなんだけどね。私だって、必要とあらばワンショットプランも取るわよ」
「あんたはでまかせで適当に言い過ぎだ」
「盛り上がるならいいじゃない?」
「ヘイトを稼いで盛り上げるな、ルーニー女」
「ルーニーって言ってくれるあたりに優しさを感じるわね。ま、盛り上がってるならヘイトでも煽りでもなんでもいいのよ。炎上商法上等よ。あ、三体目の《ロマノフⅠ世》で攻撃するわね。墓地から唱えるのは《強襲する髑髏月》! 手札を二枚ハンデス、さらに攻撃中の《ロマノフⅠ世》を破壊して呪文回収、攻撃もキャンセル!」
「また……!」
バトルゾーンは再び全滅。《チェンジザ》で辛うじて増やせた手札も根こそぎ。
クリーチャーも手札もない。また、さっきと同じ状況だ。
ターン7
小鈴
場:なし
盾:3
マナ:6
手札:0
墓地:18
山札:17
沙弓
場:《ロマノフⅠ世》×2《ロマノフⅡ世》
盾:0
マナ:8
手札6
墓地:13
山札:10
状況は振り出しに戻る。いや、相手にクリーチャーがたくさん並んでいるし、むしろ悪化しているかもしれない。
でも、すべてが悪いわけじゃない。ここでスピードアタッカーとか……たとえば、《グレンモルト》でも引ければ、そのままとどめが刺せる。
あと一回攻撃を通すだけで勝てるんだ。わたしが縋れるのは、その一点のみ。
「わたしのターン! ドローして……むぅ。でも使うよ! 3マナで《KAMASE-BURN!》! GR召喚を一回行います!」
「まーた変なカードを使ってくるわね。というかそのGR、飾りとか相手の呪文利用のためじゃなかったのね」
うん。実はちょっとだけGR召喚する呪文も入れてるんです。あんまりGR召喚するカード持ってないから、積極的に使うつもりはないんだけど……
《KAMASE-BURN!》の効果でGR召喚。そして、出て来たクリーチャーと相手クリーチャーでバトルできる。GRクリーチャーは全体的にパワーが低めだから、バトルには期待できないけど、なにが出るかな……?
「出て来たのは……あ、《
「あっちゃぁ。いいとこ引いたわね、微妙に痛いかもしれないわ」
「ターン終了です!」
「私のターンよ。打点は揃ってるけど、トリガー一枚で返される可能性も十分あるのよね。となれば……2マナで《ブラッディ・タイフーン》! 山札から三枚を捲って、二枚を墓地へ、一枚を手札に!」
卯月さんはここに来て、残り少ない山札を、さらに掘り進んでいく。
な、なにをするつもりなのかな……?
「よしよし、ギリギリだけど引けたわね。じゃあ6マナで《煉獄と魔弾の印》! 効果で《ロマノフⅡ世》を復活して、能力発動!」
「えっ? 卯月さんの山札って、残り何枚ですか……?」
「六枚よ」
《ロマノフⅡ世》の能力は、いわゆる強制効果。発動できるなら、絶対に発動しなきゃいけない能力だ。
たった六枚の山札から、五枚を墓地に送り込むって……ギリギリ一枚は残るけど、かなり危ないんじゃ……
「じゃあ《ロマノフⅡ世》の能力を解決よ。山札六枚のうち五枚を削るから、6分の5……90%で当たりを引くわね」
「脊髄で確率計算すんな」
「山札を極限まで削って突撃……残り枚数は流石に考慮してるけど、まあたぶん当たるよね」
「外したら外したで楽しいけどね? 当然あたるけど! 唱えるのは《煉獄と魔弾の印》! 《ロマノフⅠ世》をバトルゾーンに復活! 能力は勿論使わないわ」
「使ったらLOだしな」
「山札は残り一枚……けど、攻撃可能な《Ⅰ世》と《Ⅱ世》が二体ずつ……!」
わたしのシールドは残り三枚。二体のクリーチャーを止めることができれば、見かけの上では生き残れる。
けれど、実際には二体じゃ済まない。なぜなら……
「じゃ、今度こそ殺しに行くわ。《ロマノフⅠ世》で攻撃する時、墓地から《煉獄と魔弾の印》! 三体目の《ロマノフⅠ世》を復活!」
《ロマノフ》が、新たな援軍を呼ぶから。
攻撃するたびに墓地から追撃のためのクリーチャーが現れる。そのたびに、止めなければいけないクリーチャーの数が増えてしまう。
ど、どうしよう……な、なんとかなる、のかな……?
《クロック》とか、入れてたっけ……?
「シールドをWブレイク!」
「っ……し、S・トリガー、《インフェルノ・サイン》! 能力で墓地から《龍装艦 チェンジザ》を復活! 二枚ドローして、手札を一枚捨てます!」
「耐えるわね……いいわ、ぞくぞくしちゃう」
妖しく微笑む卯月さん。卯月さんとしてもギリギリな状況だと思うんだけど、すごく余裕のある笑みだ。
いや、余裕があるというより……このギリギリの状況を、楽しんでいるみたいだ。
けれどこっちとしてはまったく余裕がない。どうすれば生き延びられるのかを考えるだけで必死だ。
引いてきたカードを見て、考えて、選択する。
わたしは一枚のカードを捨てた。
「わたしが捨てるのは《水面護り ハコフ》……呪文面は《蓄積された魔力の縛り》! 各ターンはじめてコスト5以下の呪文を捨てたので、その呪文を唱えます! 《ロマノフⅠ世》二体を拘束!」
「うーん、また初めて見えるカードね」
これで、墓地から後続を呼ぶ《ロマノフⅠ世》二体は封じた。
残っているのは《ロマノフⅡ世》が二体。
あと一体、クリーチャーを止められれば……!
まだ、勝機は残ってる……!
「でも、これでもまだ希望に縋れるのね。いいわ、もっと頑張って頂戴。私も、どんどんあなたを絶望の底に突き落としてあげるから。《ロマノフⅡ世》で攻撃――」
二体の《ロマノフⅡ世》のうち片方が横に倒れる。
それは、このターン中、二回目の攻撃。
卯月さんは、手札を一枚切った。
「――《龍装者 バルチュリス》を宣言」
そのカードに、わたしは思わず息を呑んだ。
「《バルチュリス》……!?」
「……部長め、なんであんなカード入れてるんだ?」
「ごめん、俺の変な癖が移ったかもしれない……」
《バルチュリス》……あれは確か、攻撃後に手札から現れるクリーチャー。しかもスピードアタッカーだ。
この上なく最悪な追撃だ。これじゃあ、もう片方の《ロマノフⅡ》を止めても耐えられないし、そもそもバトルゾーンにいないから、ほとんどのカードが効かない。
このタイミングで放たれる追い打ちとしては、あまりにも絶妙で、巧妙な妙手だ。
「さぁ、《バルチュリス》の後出しじゃんけん。対処できるというのなら、やってご覧なさいな。《ロマノフⅡ世》で最後のシールドをブレイク!」
わたしの最後のシールドが砕かれる。
まず、S・トリガーがあるかどうか。
「……S・トリガー」
次に、S・トリガーがあったとして、それで《バルチュリス》まで止められるのか。
このデッキにあるカード……わたしの選んだカードすべてを用いて、この状況を切り抜ける。
そのための一手は――
「《
状況は絶望的。だけど、その絶望の淵にはまだ、希望が残されている。
卯月さんはぱちくりと、驚きを隠しきれないと言うように、半ば呆れ、諦めたように息を吐いた。
「……ほんっと、次から次へと変なカードが見えるわね。一騎君の影響かしら?」
「いや、俺じゃないよ。俺は小鈴ちゃんとデュエマしたこともないし……そもそも俺がデュエマしてるところを見せたこともないんじゃないかな」
「あらそうなの? ちょっと意外ね。じゃあ我流で一騎君みたいになっちゃったのね。デッキの特性もあるんでしょうけど……あはは、面白いわね。お似合いじゃない」
「お、お似合いって……!」
「ふふふ。ま、イジるのは後にしましょう。呪文の効果の解決ね。さて、なにをどうするのかしら? 《バルチュリス》はまだバウンスできないけど?」
「…………」
そんなことはわかっている。まだ、これで生き残れると確信できたわけじゃない。その可能性が生まれただけだ。
《知識と流転と時空の決断》は「一枚ドローする」「クリーチャーを手札に戻す」「GR召喚する」という三つの効果を、二回選択する呪文だ。
《ロマノフⅡ世》は、手札に戻せば攻撃を止められる。だから問題は、戻せない《バルチュリス》だ。
後から出てくるあのクリーチャーを止めるためには、ブロッカーのようなクリーチャーが必要だ。となると……
「《手札に戻す効果と、GR召喚をします」
「《ランジェス》とか《バツトラ》とか、いるのかしら?」
「……とりあえず《ロマノフⅡ世》を手札に戻します。そして、GR召喚!」
既に《クラッケンバイン》が場に出ていて、残りのGRは十一枚。
その中に、あのカードは二枚。11分の2の確率……に、20%くらい? いや、それよりも低いかな。
微かな可能性だ。希望は僅か。
けど……だとしても、わたしにも譲りたくないものが、諦めたくないものがある。
たった2割以下の確率でも、わたしはただ、その運命を信じて、従うだけ。
真っ白なカードを、めくり上げる――
「――《バツトラの父》!」
――引けた。
《バツトラの父》は、相手の攻撃時にタップすれば、その攻撃を中止できる。擬似的なブロッカーのようなもの。
これなら、後から現れる《バルチュリス》の攻撃も、防ぐことができる。
「……能力解決よ。《バルチュリス》を出すわ」
卯月さんは静かに、手札から《バルチュリス》を解き放つ。
しかしその攻撃を阻む《バツトラの父》。後出しでも、その奇襲を許さない。
「いやー……やるじゃない。素直に感心したわ」
「え? あ、ありがとうございます……?」
「サクッと倒しちゃったらどうしよう、とか、虐めみたいな展開になったら私のイメージ下がっちゃう、とか色々懸念してたけど、杞憂だったわね」
「おい部長。いいからさっさと終わらせろ。いつまで遊んでいるつもりだ」
「はいはい。ま、勝ち確だとしても、最後までやりましょう。エンディングを飛ばす真似は無粋だもの。《バルチュリス》で攻撃よ」
卯月さんは、攻撃が止められるとわかっていても、攻撃をやめない。そこでできる、最大限のことを行う。
中途半端に終わらせず、勝とうが負けようが、ゲームという枠組みで定められたルールに従い、最後まで殉じる。
とても奔放な人って感じだけど、少なくともこの人は、遊ぶことに関しては、とても真摯なんだ。
だからきっと、この対戦も、とても真剣にやっていたのだろう。
……それを考えると、わたしが二人の仲を引き離してしまうみたいで、ちょっと気が引けるけど……
遊びに真摯だからこそ、手を抜いてしまうのは、それこそ失礼なのかもしれない。
わたしも、最後まで全力でやらなきゃ。
向かってくる《バルチュリス》を、食い止める。
「は、はい。じゃあ《バツトラの父》で――」
「革命チェンジ」
「……え?」
わたしが《バツトラの父》に手を掛けようとした刹那。
嘲るような声が、わたしの耳元で囁く。
「《悪革の怨草士 デモンカヅラ》!」
《バルチュリス》が手札に戻す。
同時に、手札から別のクリーチャーが現れる。
食虫植物のような龍。確か、あのクリーチャーは……
「《デモンカヅラ》の能力発動! 手札のクリーチャー、《バルチュリス》を捨てて、《バツトラの父》を破壊よ」
「……!」
思わず、目を見開く。
わたしが引き込んで運命は、一瞬で燃え尽きてしまう。
止めたと思った攻撃が、止められない。
「私は勝ち確って言ったのよ。“負け確”とは言ってないわ」
それはつまり、最初からこの展開を、彼女は予想していたということ。
攻撃を始めてから、卯月さんはカードを引いていないし、最初から《バツトラの父》やブロッカーが来ても、対処できるような手を整えていたんだ。
これは……もう、無理だ。
相手の方が上手だった。卯月さんの方が、わたしよりもずっと周到で、強かった。
これは、その結果だ。
「まあ、まだシノビの可能性はあるんだけども? どう?」
「……な、なにもありません……」
「あら残念。じゃあ、私の勝ちってことで」
口ではそう言いつつも、とても楽しそうに、卯月さんは宣言した。
自身の勝利を。そして、わたしの敗北を。
「――ダイレクトアタック」
☆ ☆ ☆
「はい、私の勝ち! というわけで一騎君の午後の時間も私のものね!」
「そ、そんなぁ……!」
ま、負けちゃいました……
うぅ、勝てたと思ったのに……く、悔しい……
「うーん、これでよかったのかなぁ……」
「まあいいじゃないの。午後も楽しく文化祭巡りしましょう」
勝てそうな対戦で、ギリギリのところで勝てなかったこともそうだけど、この対戦はただの対戦とは違う。いつきくんが、かかっていた対戦だったんだ。
その勝負で、負けてしまった……
「あうぅ……うぅぅ……」
「小鈴さん、元気出してください」
「うん、まあ、なんというか……ドンマイ! 元から彼女持ちなら、どのみちキツかったって」
「……そもそも、一騎先輩って、本当に……」
みんなが慰めてくれる。嬉しいけど、やっぱり辛いものは辛いです。
楽しい文化祭だったはずなのに……まだなにも始まってないのに、なんでこんなことに……
「あの……俺、正直まったく状況がわからないんだけど……どういうこと? 彼女ってなに?」
「一騎さんは、あのおねーさんが好きなんですよね?」
「え? うんまあ、そりゃあ沙弓ちゃんのことは悪しからず思ってるけど」
「あー、うん。やっぱそうですよね。そんな感じの答えですよね、イツキ先輩なら」
「?」
……うん?
あれ? なに、どういうこと?
いつきくんが首を傾げている。わたしもその反応に首を傾げる。
な、なんだか、話が噛み合っていないような気がする。
謡さんは、なにかわかっているようだけど……
「……剣埼先輩は、卯月さんと恋仲ではないのですか?」
「ぷはっ! あっはははははははははは!」
ローザさんが尋ねると、卯月さんは急に吹き出して、お腹を抱えて笑い出した。
「いきなり大笑いするな。気持ち悪い」
「あははっ、ごめんなさい。まさか本当の本当ににそう思ってくれてたなんて。演技に付き合ってくれてただけだと思ったんだけど、本気でガチだったのね」
「な、なに? え……?」
え、演技……?
それって、どういう……?
「誤解のないようにハッキリ言っておくけど、私と一騎君は友達よ。ただの仲良しこよしではないけど、少なくともあなたの思ってるような関係じゃないわ」
「? まあ確かに友達だけど、え? 今更……?」
「一騎君って本当、そういうところよねぇ。昔なにがあったか知らないけど、感覚ぶれぶれじゃない」
「え? ご、ごめん……?」
「うん、やっぱそうだよね。そこの背ぇ高い人、なんかちらちらこっち見てたし。わざとやってるな、って気はしてた」
「あら、あなたは気付いてたのね」
「妹ちゃん、可愛いから。おちょくりたくなる気持ちはよくわかりますからね」
「そ、そんな理由ですかっ!?」
「まあね。でも、ちょっとやりすぎちゃったかもしれないわ。ごめんなさいね?」
「まったくだ。クソみたいな思いつきで計画を乱すな馬鹿野郎」
……えぇっと、それって、つまり……
わたしはずっと、卯月さんに弄ばれてたってこと……!?
卯月さんは、わたしの耳元でそっと囁いた。
「まあそういうわけだから、安心しなさい。私と一騎君は“そういう仲”じゃないから」
「あ、えっと……じゃ、じゃあ……!」
「まあデート権は貰うけどね!」
「そんなぁ!?」
「そりゃあね私だってお友達と遊びたいもの。勝者の権利は譲らないわ」
うぅ……結局、その権利は手に入らないんだ……
ちょっぴり安心はしたけど、なんていうか、なんというか……!
絶妙に腑に落ちない結果に、なにか微妙な気持ちになっていると、ふと卯月さんが携帯を手に言った。
「あら? 柚ちゃんからメールが来てる。デュエマに夢中で気付かなかったわ」
「俺のところにもミシェルたちからメールだ。もうすぐこっちに着くってさ」
「うん、こっちもそんな感じね。クラスの方が一段落したし、時間だからこっちに向かうって。数分前に来たメールだから、たぶん暁と一緒にすぐ来るわ」
あきら……暁さん。
そういえば、恋ちゃんはずっとその人に会いたがっていたっけ。
いつきくんと卯月さんの間には、わたしたちの勘違いしたようなことはなかったけど。
恋ちゃんは暁さんについて、明確に「好きな人」と言った。
その人が、遂に現れる……?
「遂に日向さんの彼氏さんのご登場かー。何気にこっちも凄い気になるよね」
「……彼氏?」
「ん? 違うのか?」
「最高にイケメンな男の子って話じゃなかったっけ? 暁さん」
「あぁ、いや。暁さんはね……」
と、いつきくんが言いかけたところで、バタバタバタ! と慌ただしい足音が響き渡る。
そして、直後。
スパーン! と勢いよく部室の扉が開け放たれた。
「ぶっちょーう! お待たせしましたー!」
「あきらちゃん……は、はやいです……」
部室に入ってきたのは、二人の生徒だった。
一人は、大人しそうな雰囲気の、小柄な女子生徒。全力で走った後なのか、ぜいぜいと汗だくで息を切らしている。
そして、もう一人。その生徒は、教室の中のわたしたちの姿を見て、大仰に驚く仕草を見せた。
「って、うわっ、なんか部室に私の知らない人がいっぱいいる!?」
「お……お……」
体操服のようなショートパンツに、シンプルなTシャツ。軽く息が上がっていて、額には汗が浮かんでいるけれども、その姿さえも涼やかで、むしろその人物の溌剌さを醸し出していた。
その人は腕で荒々しく額の汗を拭う。ショートカットの黒髪が揺れる。
細いけど健康的で、大きくはないけど精力的。あどけなさの残る顔立ちは、どことなく少年的。
少年のそれとは違う。あくまでも、少年“的”。
そう。小柄な少女の傍らに立つ「あきらちゃん」と呼ばれた、その生徒は。
恋ちゃんの好きな人だという、暁さんは――
『女の子!?』
――でした。
あとがきで補足するのもなんだかなぁ、と思いつつ、まあ大したことでもないので軽く付け足すんですが。作中で「一騎のせい」「一騎の影響」みたいに言ってるのは、一騎はデッキ構築の際、銀の弾丸……いわゆるピン刺しのピンポイントメタを好むところからです。今作ではちょっと意味を拡大解釈してて、状況ぬ応じて使い分けるピン刺しのカード、くらいの意味で使ってますけど。
一騎の対戦シーンがなさすぎて誰もピンと来ないと思いますけどね……いつか彼の対戦シーンがある時は、たぶんそういうところを見せてくれるでしょう。
今時はあんまり銀の弾丸って言わないような気もしますけどね。若干、死語になってるような気がする。個人的には好きなんですけどね。イエスマンの戦略とか。《シヴィル・バインド》、格好良くない?
サーチがない小鈴のデッキでシルバーバレットはちょっと微妙ですけど、沙弓のデッキはロマノフサインをややコントロールに傾けたようなものなので、《ロマノフ》の性質上、《ロマノフ》で唱えられる範囲であれば、呪文のピン刺しはまあまあアリだと思います。本当は《ロマノフ・ストライク》とかぶっ放したかったけど、結局《髑髏月》を連打してしまった……
というところで、今回はここまで。誤字脱字や感想等ありましたら、遠慮なくどうぞ。
次回は恋の大好きな暁が本格参戦です。あと文化祭も本格始動です。お楽しみに。