デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 正直、最後の場面がやりたかっただけのお話。文化祭なんてそのためのダシですよ。とりあえず最後だけでも読めば大丈夫(大丈夫じゃない)。
 でもスーツはいいぞ。


42話「文化祭だよ ~烏ヶ森編~」

 白いシャツのボタンを、ひとつひとつ、ゆっくりと留めていく。

 スラックスに脚を入れ、ベルトを巻き付ける。

 勧められた赤いネクタイを、不器用に締めて。

 黒いジャケットに、袖を通した。

 ……よし。

 

「き、着れたよー……」

「おっと、終わったみたいだね。待ってたよ」

「やっとか。ボクは待ちくたびれたよ」

「Beeile dich! もう始まっちゃいますよ!」

「……これで、終わり……?」

「そうですね。皆さんのところに行きましょうか」

 

 

 

 ――こんにちは、伊勢小鈴です。

 今日は文化祭。それも、この前のように他校の文化祭ではありません。わたしたちの学校、烏ヶ森学園の文化祭――鴉羽祭です。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 今日は待ちに待った文化祭です。わたしたちのクラスの出し物は喫茶店……なのですが。

 クラスのみんなの装いは、一様に黒い。

 どういう経緯でこうなったのかはもう覚えてないのだけれど、ただ普通にお茶やお菓子を出すだけじゃつまらない、なにかアクセントを加えよう、ということで、みんながスーツを着込むことになりました。

 ……まあ、わたしは事あるごとにコスプレみたいな恥ずかしい格好してるから、ちょっとやそっとの衣装には動じないよ……

 

「しっかし、衣装合わせでシャツのボタンが弾け飛んだ時は凄かったねぇ。私リアルでははじめて見たよ、感動した」

「その話はやめて……恥ずかしいから……」

「でも、霜さんが直してくれたんですよね!」

「水早さんは手先が器用なのですね」

「まあ、あれくらいならね……というか小鈴は肥えすぎだ。君は牛や豚どころかカバじゃないのか? なんなんだ94cmって」

「わー! わー! ちょっと霜ちゃんそれ以上は!」

 

 なんだか最近、霜ちゃんがちょっと辛辣です……わたしだって、好きで大きくなってるわけじゃないんだから……背も伸ばしたいんだよ……

 

「……伊勢さんはさておき、このような出で立ちは、水早さんや香取さんには似合いますね」

「そ、そうだよね! 霜ちゃんもみのりちゃんも、すごくカッコイイよ!」

「なんか露骨に話題を逸らしてきたな。こういう格好はむしろ男性的だとは思うが、そう言われて悪い気はしない。たまにはこういうのも悪くないね」

「小鈴さん! ユーちゃん! ユーちゃんは! ユーちゃんはどうですか!?」

「ユーちゃんもかわいいよ」

「[[rb:Juhu! Ich bin froh! Danke! >わーい! 嬉しいです! ありがとうございます!]]」

 

 元々男の子っぽい霜ちゃんや、スラッとしてるみのりちゃんには、黒いパンツスーツはとてもよく似合っている。

 ユーちゃんや恋ちゃんたちも、ちっちゃい子が目一杯おめかししてるみたいで、ちょっと微笑ましい感じだ。

 不安もあるけど、それ以上に気持ちが跳ねる。

 なにせ今日は、この学校ではじめての文化祭なのだから。

 

「さて、文化祭が始まってから少し経ったし、そろそろ誰か客が来てもおかしくないが……」

 

 と、霜ちゃんに連れられて教室の入口に視線を向けると、ちょうど、ガラガラと扉が開け放たれた。

 

「やっほー! 恋! 小鈴! 来たよー!」

「暁ちゃん!」

「あきら……!」

 

 やって来たお客さんは、空城暁ちゃん――この前、別の学校の文化祭で出会った、恋ちゃんのお友達――だった。

 恋ちゃんは暁ちゃんを見るや否や、彼女の胸へとまっしぐらに駆けていく。

 ……恋ちゃんちっちゃいから、お腹に突撃するみたいになってるけど。

 

「おうっふ! 恋は情熱的だなぁ……」

「きてくれた……うれしい……」

「そりゃまあ、恋がうちに来てくれたんだし、こっちだって行くよ。一騎さんや、小鈴もいるしね! 小鈴もやっほー、元気?」

「あ、うん」

「小鈴は相変わらずおっきいなぁ、凄いなぁ」

「えっと……」

 

 暁ちゃんの視線に、ちょっと戸惑います。こっちを見ているようで見ていないようで……

 なんてわたしが困惑していると、暁ちゃんの後ろから、さらに三人の人が続く。

 あの人たちは、確か、暁ちゃんと同じ部活の……遊戯部の人たちだ。

 

「あらあらまあまあ馬子にも衣装ね。おめかししちゃってまあ」

「おい部長。言っておくがその諺は褒め言葉にはならんぞ」

「でもみなさん、なんだかカッコいいですね。わたしの家の人たちみたいです」

「いや、極道と同列に並べて考えるのもどうなんだ……?」

「今の柚ちゃんの発言で、このクラスの全員が殺し屋に見えてきたわ、私」

「そんな、おおげさですよ……」

「ま、でもどうでもいいわ」

 

 遊戯部の部長さん……卯月さんは、適当な席にドカッと座り込む。 

 

「さて、それじゃあ、私たちはお客様なのだし? 注文させてもらいましょうか?」

「態度デカいなあんた」

「とりあえず美少女を一人お願いするわ」

「メニューから注文しろ」

「はーい。美少女一丁!」

「なんで今のオーダーが通るんだよ!」

「用意があるからね」

 

 あるの!?

 って、わたしまで反応しちゃった……みのりちゃん、また適当なことを言ってるんじゃないよね……?

 なんて不安に思ってたら……

 

「はいどうぞ、ご注文された美少女をお連れ致しました」

「…………」

 

 ちょこん、と卯月さんの前の席に、座らせた。

 

「ユーちゃんです!」

 

 ……ユーちゃんを。

 

「…………」

「Ich bin Julia! Bitte nenn mich U-chan! Wie ist Ihr Name?」

「ごめんなさい。私、英会話はちょっと……」

「いいえドイツ語です」

 

 ……なに、これ?

 

「あきら……いこ……」

「え? 恋のクラスはいいの?」

「私……あと、だから……」

「あ、そうなんだ。じゃあ案内してよ。ゆずも行こ」

「わたしも、ご一緒していいんですか……? こいちゃん?」

「ん……いい……ゆずも……」

「ありがとうございます。じゃあ、お邪魔させていただきますね」

 

 あ……恋ちゃん、行っちゃった……わたしも暁ちゃんと少しお話ししたかったけど、まあいいや。

 あんなに楽しそうな恋ちゃんに水を差すのも悪いしね。

 視線を移すと、霜ちゃんが眼鏡の男の人――霧島さん? 霧島くん? 確か一年生って聞いたような気がする――へと声を掛けていた。

 

「やぁ、浬。君も来たんだね」

「霜か」

「君はこういう場所は苦手だと思っていたのだけれど」

「正直好かない。だが部長に無理やり連れ出された。そして今、来たことを猛烈に後悔しているところだ」

「そうかい。まあ仕方ないね。」

「霜。お前のクラスは、なんというか……」

「君から衣装の感想を聞くつもりはないよ。言いたいというのなら止めないけどね」

「……そうだな。やめておこう。だがひとつだけ、いいか?」

「なんだい?」

「お前の学校おかしくないか?」

「質問を質問で返すようでわるいけど、ボクからもひとつ」

「なんだ?」

「君の部活も大概狂ってなかったかい?」

「…………」

「…………」

「……注文、いいか?」

「ご自由に。気が狂う間の微かな安息だとでも思って、ゆっくりしていってくれ」

「そうさせてもらう」

 

 ……なんだか、霜ちゃんもちょっと楽しそうだなぁ……

 さて、わたしも、やることやらないと。

 

「それじゃあみのりちゃん、ローザさん。わたしは行ってくるね」

「伊勢さんは、なにをなさるんですか?」

「外で宣伝だよ。なんか、霜ちゃんが「場合によっては店の回転が著しく落ちかねないから、中での接客は控えてくれ」って……」

「あー、まあ、スーツはぴっちりしてるもんねぇ。いつもよりも目立つもんねぇ」

「どこ見てるの……」

「あんまり客に居座られてもウザいし、見た目がいいなら外に出して広告塔に使うのが丸いか。水早君はよく考えるなぁ」

「なにを言ってるのかよくわからにけど、わたしは行ってくるよ」

「はいはーい。まあ看板持って色んなとこ歩き回ってくれれば、後は適当に遊んでていいよ」

 

 と、みのりちゃんは裏へと回っていく。ローザさんも、入り始めてきたお客さんの対応をする。

 わたしも、自分のするべきことをしなきゃね。

 渡された看板を手に、わたしは、教室を後にした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 正直、宣伝というのはなにをすればいいのかよくわからなかったから、とりあえず言われたとおり、看板を持ちながらぐるぐると校内を回っていた。

 見慣れたいつもの学校も、今はちょっとした異世界だ。制服姿ではない色んな格好をした人たち、老若男女を問わず学外から来た人たち、後頭部の生徒……普段なら見ない光景が、そこには広がっていた。

 そんな中、わたしは見慣れたものを目にする。

 目深に被ったフードの女の子。流石に大きなリュックサックはないけれど、その馴染み深い人影に、その安堵のような嬉しさが込み上げる。

 わたしは少し弾んだ声で、彼女を呼んだ。

 

「代海ちゃん!」

「こ、小鈴さん……」

 

 その子――代海ちゃんは、ビクッと体を震わせる。

 ……この前、色々あったし、もしかしたら、その時のことを引きずってるのかな……

 もしそうなら、わたしも気をつけないと。

 

「えっと……大丈夫?」

「……はい」

 

 代海ちゃんは、ゆっくりと頷いた。

 少し気にはなるけど、代海ちゃんがそう言うなら……わたしも、引き下がるしかない。

 ちょっと空気が重い。せっかくの文化祭なんだし、この前の二の舞はイヤ、だよね。

 一応、宣伝を任されてはいるけど、みのりちゃんはちょっとくらい遊んでてもいい、って言ってたし……

 

「代海ちゃんは、これからどこに行くの?」

「え、えぇと、……あ、アタシのクラス、展示、なので……やること、あんまり、なくて……ほ、ほとんど、自由、なんですけど……」

 

 代海ちゃんのクラスは展示なんだ。

 展示は事前になにかを作ったりして、それを教室に置いておくだけ。交代で何人かが教室にいればいいだけだから、負担が少ない、ってお姉ちゃんは言ってたなぁ。

 地味で人気もないから、文化祭なんてどうでもいいっていうやる気のない連中がよく取る手段、とも言ってたけど……代海ちゃんのクラスは、文化祭にはあまり積極的じゃないのかな……

 だったら代海ちゃんも、実はあんまり文化祭を楽しめていないのかもしれない。元々、彼女たちはわたしたちとは違う存在だし、目立つようなことはできないみたいだし……

 だから今も、手持ち無沙汰で、行くアテもないのかもしれない、なんて思っていたけど、どうもそういうわけではないようです。

 

「アタシは……こ、これから、ネズミくんたちを、迎えに……」

「ネズミくん? え、あの子が来るの?」

「はい……たぶんもう、校門まで来てると、お、思うので……それと、ユニちゃんと、ライくん……って、名前だけじゃ、わかりませんよね……えと、ユニコーンちゃんとライオンくんっていう……いわゆる、アタシたちの“同胞”の子が、遊びに、来たいって……」

 

 ……すっごい遊ぶ気満々でした。いや、代海ちゃんがというよりは、代海ちゃんの仲間が、だけど。

 ネズミくん……『眠りネズミ』と呼ばれていた、あの男の子。

 色々と独特で、わたしはちょっぴり苦手なんだけど……

 

「……一緒に、ついていってもいいかな?」

「え……」

「わたし、見ての通り宣伝で、色んなところ回らなきゃ行けないんだけど、あんまり行くアテとかもないし……」

「は、はぁ……か、構いません、けど……」

「……それに、代海ちゃんとも、一緒に文化祭を回りたいから」

「小鈴さん……」

 

 本当に、ただそれだけ。

 今は代海ちゃんと一緒にいたい。

 ……他にも友達が来るみたいだから、邪魔になるようなら引っ込むけど、少しの間くらいなら、いいよね?

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 途中で妙に視線が気になった気がするけど、代海ちゃんと一緒に、大きなアーチの掛かった正門まで辿り着きました。

 すると、

 

「おねーさん!」

 

 唐突に、小さな女の子が、突撃してきた。

 ……いや、実際には抱きついてきたんだけど、その勢いは頭に角でもつけた動物が突進するかのようでした。

 女の子は代海ちゃんを、ガシッと捕まえる。

 

「おねーさん! おねーさん! ウミガメおねーさん!」

「ゆ、ユニちゃん……? ど、どうしたの……?」

 

 ユニちゃんと呼ばれた女の子は、顔を上げる。

 すごくきれいな子だ。真っ白できめ細やかな肌、ぴょこんと角のように跳ねた真っ白な髪、潤んでいるけれど透き通るような瞳。

 ちょっとユーちゃんっぽい感じのかわいい女の子は、代海ちゃんに向かって叫ぶように言った。

 

「ネズミおにーさんがいなくなりました!」

「え……? い、いなくなった、って……?」

「なんか気付いたら、どっか行っちまったんだよ、ネズミのアニキ」

 

 と、今度は男の子がのっしのっしとやって来る。

 小学生くらいに見えるけど、女の子に比べると、わりと大柄な子だ。たてがみのような茶髪が、妙な存在感を放っている。

 

「本当にネズミのおにーさんはチョロチョロしています……ユニは困ってしまいますよ」

「う、うん……それは、困ったね……ネズミくんが単独行動、かぁ……」

「ところでウミガメおねーさん。このお化けみたいな胸の人は誰ですか?」

「お化け!?」

 

 女の子はわたしを指さして言う。

 いや、その……確かに色々言われることはあるけど、そんな直球に……しかも、年下の女の子に言われるなんて……

 

「こ、この人は、小鈴さん……あ、ユニちゃんたちには、マジカル・ベルって言った方が、通じる、かな……」

「あぁ、お話には聞いています。どんくさそうな女の人と聞いていましたけど、お話の通りの方なんですね。ユニは合点がいきました」

「どんくさい!?」

 

 さっきから言葉が刺々しくない、この子!?

 

「この子、なんなの……」

「ご、ごめんなさい……ユニちゃんはその……ちょ、ちょっと、攻撃的、というか……なんというか……こういう子、なので……」

「そ、そうなんだ……」

 

 代海ちゃんの仲間……【不思議の国の住人】の人たちって、なんだか変わった人が多いよね……

 

「元はと言えば、ライオンくんがちゃんとネズミのおにーさんに付いていかないからだよ。なんでライオンなのにチョロチョロしてるのよ」

「はぁ? ぼくのせいだってか? アニキを見てなかったのはユニだって同じじゃねーか!」

「ライオンくんがしっかりしてないからだよ! ライオンくんがしっかりしてれば、ユニだってライオンくんを見張る必要はないんだから!」

「ぼくを言い訳にするんじゃねー! いつもいつもなんでもかんでもぼくのせいにしやがって!」

「だってそうじゃない! ウミガメおねーさんの言うこともちっとも聞かないし!」

「ぼくはネズミのアニキの方を尊敬してるからな!」

「だったらちゃんと見ておいてよ!」

「祭りがあったらそっちに目が行くのは当然だろ!?」

「むぅ、このぉ……!」

「こんにゃろぅ……!」

 

 なんて思っていたら、なんだか急に、二人が剣呑な空気になって、そのまま言い争い、果ては取っ組み合いになる。

 

「け、ケンカ……!? と、止めなくていいの!?」

「い、いつものことなので……『ライオンとユニコーン』……争うことを定められた二人、なので……止めても、止まりませんし……そ、それに、ユニちゃんも、ライくんも、本当は、とっても仲良し、なので……」

「そ、そうなんだ……」

「そ、それより、ネズミくんが、心配、です……どこかで寝ちゃってるかも、しれないし……あ、あるいは……」

 

 一瞬、陰るように考え込む素振りを見せた代海ちゃんは、くるりと踵を返した。

 

「……あ、アタシ……ネズミくんを、探しに行きます……!」

「あ、ならわたしも行くよ。一緒に探した方がいいはずだし」

「小鈴さん……で、でも、これは、アタシの問題で……」

「友達なんだから。そんなこと気にしなくていいよ。それに、わたしも心配だもん」

 

 あのファンキーな子が、文化祭というお祭りの場にいる……考えたらちょっと怖い。

 下手に騒ぎになっても大変だし、それを見過ごすこともできないよね。

 

「あ……ありがとう、ございます……」

「ところで、あの子たちはいいの……?」

「基本的に、自分たちだけ完結した争いしかしない、ので……あ、あとで、回収しましょう……」

「……なんだかこなれてるね、代海ちゃん」

「いつも送り迎えとか……してるので……下の子たちは、あ、アタシの受け持ち、ですから……」

「受け持ちとかあるんだ」

「ヤングオイスターズの三女さん、とかが手伝ってくれたら、た、助かるんですけど……性格的に、難しい、ですし……」

 

 なんだかよくわからないけど、代海ちゃんたちにも、色々あるようです。

 

「と、とにかく探しましょう。外……よりは、まずは、な、中を……」

「うん。そうだね」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ネズミくん、どこに行っちゃったのかな……」

「校内全域……とは言わないまでも、文化祭の出し物がある場所だけでも広いからね……」

 

 校舎内に入ってから、それなりに走り回って探してるけど、一向にそれらしい姿は見えない。

 小さな子だけど、見た目はとにかく派手だから、見つけやすいとは思うんだけどなぁ……

 とはいえ、校内は広い。まだまだ探せていない場所はたくさんある。もし高等部の方にまで行っていたら、さらに探すのが大変になる。

 

「闇雲に探しても見つけられなさそうかな……代海ちゃん。ネズミくんは、どういうところに行きそう?」

「え、えぇっと……ど、どうでしょう……ネズミくんはいつもいつも、あ、新しいものが好き、なところがある、ので……」

「新しいもの、っていっても……」

「そ、そうですよね……」

「うーん、なにかあればちょっとした事件になってそうだし、そういう話が聞こえてこないってことは、実は大丈夫なのかなぁ」

「そうだと、いいんですけど……ね、ネズミくんですから……安心、できません……」

「……そうだよね」

「こんな時期に、お、お布団の外で寝ちゃったら……か、風邪、ひいちゃいます……」

「あ、そっち?」

 

 確かにそれはそれで大変だけれども。

 どうしようか、と歩いていると、ふとたくさんの人の集団を見つけた。

 いや、それは集団と言えるほど整合性の取れたものではなくて、たくさんの人が烏合の衆として集まっているだけだ。

 たくさんの人、というのは文化祭では珍しくないけど、それにしても多い。

 

「あれ、なんだろう。すごい人だかりができてるけど。なにかイベントでもやってるのかな?」

「えぇと……『軽音部(ロック) ライブ会場』……って、か、書かれてます……」

「軽音部……」

「ロック……」

「…………」

 

 たぶん今、わたしとみのりちゃんは同じことを考えてる。

 わたしたちは顔を見合わせて、頷く。入口に密集している人たちを掻き分けて、無理やり、中へと入った。

 中は暗くて、派手で眩しい照明が、ステージを照らすだけだった。

 

「ヒィィィィィィィヒャァァァァァァァッ、ハァァァァァッッッ!」

 

 絶叫が、爆音が、歓声が、耳をつんざくほどに響き渡る。

 慣れない轟音と、暗いのに眩い場所に困惑するけれど、わたしたちはステージに釘付けになっていた。

 なぜなら、そこには――

 

 

 

「こいつは最高バッドにロック! てめーら見てろバッドドッグ! ここは天国バッドな特区! ダラッシャァァァァッ!」

 

 

 

 ――『眠りネズミ』くんが、いたのだから。

 

「ね、ネズミくん……!? なんでステージに……!?」

 

 喫驚する代海ちゃん。本当になんでだろうね。

 本来、学外の人は、こういうステージイベントに主催側として参加できないはずなんだけど……っていうか、本来の部の人たちはどうしてるんだろう? 

 

「す、すげぇ……なんなんだ、あの少年は! いきなり俺たちのライブを乗っ取ったかと思えば、観客が一気に湧くなんて……!」

「技術も楽譜も滅茶苦茶なのに、なんだこの心を揺さぶるメロディは! 魂を燃え上がらせるシャウトは!?」

「わからねぇ。わからねぇが、オレのハートは最高に昂ぶっている……! すげぇ、すげーぜ少年!」

 

 ……感動してる……

 どういう経緯でこうなったのかはわからないけど、部の人たちは、ネズミくんがステージに上がっていることに異論はないようです。いや、ダメなんだけどね、本当は。

 ネズミくんはステージでしっちゃかめっちゃかにギターを引き鳴らし、わけのわからない音量で叫び散らし、もうなにがなにやらわからない。

 しかも、急に手にしたギターを高く掲げた。

 そしてそれを――振り下ろす。

 

「見てろてめーら! これが! 僕の! ロックだぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」

 

 ガッシャーン! と、スピーカーから放たれる爆音に比べればなんてことのない、けれどもあまりにも衝撃的な破壊音が轟く。

 床に叩き付けられたギターは、真っ二つに折られ、辛うじて弦で繋がっているだけのスクラップと化した。

 ……え? ギター壊れたよ? 壊れたっていうか壊したよ!? これはいいの!? 大丈夫なの!?

 

「オレが兄ちゃんから譲り受けた古ぼけたギターを木っ端微塵に……これが、これが真のロックだっていうのか!?」

「きっとそうに違いねぇ。この胸の高鳴り、オレがはじめてロックに触れた、あの時と同じだ……!」

「部長がそこまで言うなんて……ってことは、やっぱあれが、オレたちの求めていた真のロック……!?」

 

 部の人たちはどういうわけか感嘆している。もう混沌過ぎてわけがわかりません。

 

「おまけだギフト! 烈火に燃えろエクスプロード! こいつで一気にバックドラフト!」

 

 ネズミくんは、両手を大きく広げるようなポーズを取る。その瞬間、なにか光るものが見えた気がするけど……と、思った瞬間。

 バチバチバチッ! と、破裂するような音が轟いた。

 こ、今度はなに!? 爆発!?

 っていうか、なんか少し焦げ臭い?

 よくわからないけど、なんだかすごく危険な気がする。なにが起こっているのかさっぱりわからないけど、直感的にそう思う。

 止めなきゃ、と思ったところで、急に背後から光が射し込む。

 それと同時に、怒号が飛び込んできた。

 

 

 

「くぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 こ、この怒りに任せた叫び声は……聞き覚えしかない声は……!

 

「ロッ研! あんたら文化祭でなにしてんのよ!」

「お、お姉ちゃん!?」

 

 扉を蹴り開けて突入してきたのは、『生徒会巡回中』と書かれた腕章を付けた、わたしのお姉ちゃんだった。さらにその後に、何人かの知らない人――お姉ちゃんと同じ腕章を付けてる。生徒会の人かな?――が続く。

 それらを見るや否や、湧き上がっていた観客や部の人たちは、一様にギョッとした表情を見せる。

 

「やっべ、生徒会だ! 見つかったぞ!」

「外部の少年をステージに上げたなんてバレたら、廃部一直線だぞ! 部長! どうしましょう!?」

「少年を逃がせ! この逸材をここで失うわけにはいかない! ロックバンド研究部がなくなろうとも、ロックの希望を絶やすな!」

「部長! 流石っす! その自己犠牲精神、めっちゃロックっす!」

「というわけで逃げろ少年! ここはオレたちが引き受ける!」

「なんかよくわかんねーけど、バッドな状況なのは理解した! 任せたぜ、にーちゃんたち! また一緒に遊ぼうぜ!」

「あぁ! 今度は共にステージに上がろう!」

「あんたらに次なんてないわよ! 大人しく牢屋にぶち込まれなさい!」

「牢屋ってなに!?」

 

 なんだか物騒な単語が聞こえたよ!?

 この学校には変な部活動が多いって、話には聞いてたけど……こういうことなの?

 わたしは既に遊泳部を見ているけれど、あの人たちとは違う方向で、なんていうか、すごい。

 部屋の中が喧噪で覆われる。生徒会の取り締まりという危機を察知してか、観客だった人たちまで、逃げ出すくらいの混乱だ。

 部の人たちは、生徒会の人たちの道を塞ぐように立ちはだかっているけれど。その隙に、ネズミくんの姿も見失ってしまった。

 

「関係者以外によるステージ利用、20点。危険物の所持及び使用、80点。度を超した危険行為、迷惑行為等々、合わせて200点超……軽音部、もとい、自分たちを軽音部だと思い込んでいる精神異常者集団『ロックバンド研究会』は、以前から練習音がうるさいなどの理由でブラックリスト入りしていましたが……今回の加点でオーバーフローしましたね。廃部確定ラインを余裕で超えました」

「ルールなんざ守ってロックができるかってんだ! あの少年は、オレたちにそれを教えてくれたんだ!」

「意味不明なこと言ってんじゃないわよ。ほら、このうるさいの早く連れてって。中の人は全部外に出して! 会場もすぐに閉鎖! 急いで! さっきの部外者も早く見つけなさい!」

「それだけはさせんぞ! あの少年は我らが希望だ! 生徒会の毒牙から絶対に守ってみせる!」

「なーにが毒牙よ! あんたらの方がよほどヤバい集団じゃない! ほら、大人しくしなさい!」

 

 ……なんだか、とても剣呑な状況になってきたなぁ。

 なんて他人事のように言ってる場合じゃないかも。ネズミくんが追われているみたいだし、わたしたちも決して無関係じゃない。

 

「ど、どうしよう、代海ちゃん……」

 

 そう代海ちゃんに呼びかける。けれど、返事は返ってこなかった。

 それもそのはず。首を回しても、振り向いても、どこにも代海ちゃんの姿はなかったのだから。

 

「あ、あれ? 代海ちゃん……? どこ行っちゃったの……?」

 

 さっきの逃げ惑う人々に流されてしまったのかと思って、一度部屋から出るけど、代海ちゃんの姿は見えなかった。

 となると。

 ひょっとして、代海ちゃんは……

 

「一人で、ネズミくんを探しに……?」

 

 いつもならそこまで心配はしないけど、今は状況が状況だ。お姉ちゃん、すごい怒ってるし……ネズミくんだけじゃなくて、彼の関係者である代海ちゃんにも、火の粉が降りかからないとも限らない。

 

「わたしも、行かないと……だよね」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「よっちゃんやめて! それはあまりにも残酷だよ!」

 

 代海ちゃんとネズミくん、二人を探して校内を彷徨っていると、また聞き覚えのある声が耳に届いた。

 視線を向けるとそこには、一人の女子生徒の足に、懇願するように縋りつく小柄な生徒の姿があった。

 ……っていうか、あれ、謡さんと……えぇっと、あの縋りついている人は、遊泳部の部長さんの……十九渕さん? だったっけ。

 

 

「残酷でもなんでも、ダメなものはダメ! これはルール違反だよ、らぶちー!」

「なにが!? どうして!? あたしらの活動記録を文化祭で披露することのなにが悪いっていうの!?」

「こんないかがわしい写真が許されるわけないでしょ! 公序良俗に反するモノは全部禁止!」

「みんなの記念写真じゃん! ちょっとローアングルだったり水着だったり脱ぎかけだったりするだけじゃん!」

「それがダメって言ってんの! 問答無用! すべて没収!」

「うわぁーん! おーぼーだぁ!」

 

 十九渕さんが謡さんに泣きついているように見える。そして謡さんの手には、大量の写真の束?

 な、なんだろう? なにか揉めてる? みたいだけど……

 

「えーっと……これは、な、なにをやってるの……?」

「検閲じゃないかしら?」

「わっ!?」

 

 いきなり声を掛けられてビックリした。

 振り返ると、そこには背の高い女の人……っていうか、この人……

 

「あ、えぇっと……卯月、さん? お一人ですか?」

「そうよ。暁と柚ちゃんはれんちゃんに取られ、弟分のカイは女装少年に取られ、部員たちにフラれちゃったのよ、私」

「はぁ……」

「ならせっかくだし、友達と回ろうかなって思ってふらふらしてたら、こんな状況に、って感じね」

「友達……? あ、いつ……先輩のことですか?」

「んー、一騎君もアリだけど、今回は別かしらね。っていうかそこにいるわ」

「そこ?」

 

 卯月さんが指さした方向に、わたしも目を向ける。

 するとちょうど、十九渕さんを引き剥がし、大量の写真を手にした謡さんが戻ってきた。

 

「まったく、らぶちーも遊泳部も、油断も隙もないんだから……ごめんねー。お待たせ、ゆみちゃん!」

「ゆみちゃん?」

「思ったより掛かったわね。あなたも色々大変なのね、謡」

「あれ、妹ちゃんじゃーん! こんなとこで会うなんて奇遇だね!」

「あ、はい……えっと……」

「ん? どしたの?」

「……謡さんと卯月さんって、仲が良かったんですね?」

 

 友達って、謡さんのことだったんだ。

 霜ちゃんも霧島くんと仲良くなってたし、結構みんな、あの時の文化祭で遊戯部の人たちと仲良くなってたんだね。

 

「あぁ。まあねー」

「なんか色々話してたら意気投合したのよね。学年も同じだし、馬が合うっていうか」

「学年? あれ、卯月さんって、三年生じゃ……?」

「私? 私は二年よ」

「そうだったんですか!?」

 

 ちょっとビックリした。

 部長だし、いつきくんともタメだったし、てっきり三年生かと思ってたけど……まだ二年生だったんだ……

 

「ところで妹ちゃんはどうしてこんなところに? このへんは危ないよ? 色んなセキュリティを抜けて学祭の出し物申請を通り抜けた生き汚い変な部が押し込められた空間だから」

「え、えーっと、わたしは……その、代海ちゃんを探してて……」

「白身ちゃん? 美味しそうな名前ね」

「いやいやゆみちゃん。ゆみちゃも見てるはずだよ。そっちの文化祭の時にも来てたじゃん。後から来た、フードの子」

「あぁー……あの子、ね」

 

 卯月さんは、どこか含んだように言う。

 

「その子なら、そういえばさっき見た気がするわね」

「! 本当ですか?」

「えぇ。確か、あっちの方に行ったはずよ」

「地味系部活が押し込められた静寂ゾーンじゃん。あっちって全然人が来ないんだよねー」

「……ありがとうございます!」

 

 わたしは、卯月さんからその話を聞いて、すぐに駆け出した。

 代海ちゃん……待っててね……!

 

 

 

「あらら、行っちゃった」

「なんか慌ててる感じだったね、妹ちゃん。大丈夫かなぁ?」

「それにしてもあの子……凄いわねぇ」

「だよねぇ」

「私はあのレベルとなると、春永先輩くらいしか思い当たらないわ」

「たまに話題に出るけど、私その春永先輩ってよく知らないんだよね。そっちの文化祭の時もまともに話してないし」

「わりと信憑性のある噂だけど、三桁はあるって話よ」

「はぇー、高校生って凄いなぁ。私の姉ちゃんも高校生だけど。姉ちゃん私と大して変わんないけど」

「ちなみに私が入学する前からその噂はあるわ」

「……魔境だねぇ」

「そうね」

「ゆみちゃん、次はどこ行く?」

「どこでも。なんかいい感じのところに案内して頂戴」

「うわー、ゆみちゃんそういうところだよ。さて、どうしたものかなぁ」

「ふふふ、あなたのチョイス。楽しみにしてるわよ、謡」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――ネズミくんっ!」

「あん?」

 

 室内ということなどまるで意に介さず、ローラースケートで追っ手を撒いた眠りネズミの背に、呼びかける声。

 眠りネズミが振り向くと、そこにいたのは、軽く息を切らした代用ウミガメだった。

 

「お、カメ子じゃねーか! どーした?」

「どうしたじゃないよっ! ネズミくん、な、なにをやって……」

「あー……? あー……お前、もしかして僕のステージ見てたか? 超バッドでエキサイトだったろ!」

 

 喜々として語る眠りネズミ。

 しかし代用ウミガメは、不安そうに顔を歪ませるだけだ。

 

「あ、あぁいうの、よくないよ……! いろんな人に、め、迷惑とか、かかるし……アヤハさんだって、そういう目立つことは、危険、だって……」

「あー、うっせーうっせー。僕が僕のやりたいことやってなにが悪いんだっての」

「悪くは、ない、けど……で、でも、やりすぎ、っていうか……危ない、っていうか……」

「知ったこっちゃねーなぁ。あそこのにーちゃんたちだって、客だって激アツで、僕もヒートアップ。ギンギンに盛り上がって、Win-Winな関係。なーにも悪いこったねーよ!」

「でも……ネズミくんがやったことで、大変な目に遭った人も、いる、し……」

「知るかバーカ。誰だよそいつ。そんなら今すぐ連れてこいっての」

「え、えと……そ、それは……」

 

 気の弱い代用ウミガメの言葉は、強気な眠りネズミにすべて打ち砕かれてしまう。

 論理も理論もないが、ただ気勢だけで、代用ウミガメは押し負けていた。

 

「せっかくの祭りだ、頭空っぽにして楽しもうぜカメ子!」

 

 ニカッと、満面の笑みを浮かべる眠りネズミ。

 なにも考えない。しがらみもなにも感じさせない、屈託のない笑顔。

 苦悩も葛藤も、それを呼び起こす知性と理性さえをも投げ捨てたような生き様。

 それは危険でありながらも、代用ウミガメにとっては、ほんの少し……羨まさすら感じる。

 けれど。

 

「……だ、ダメ、だよ……ネズミくん」

「あん?」

「あ、アタシは……ネズミくんたちに、あ、危ないことは、させられない……」

 

 それに、

 

「あの人の……こ、小鈴さんの、居場所で……混乱を、起こすわけにも、いかない、から……!」

「……中途半端なこと言いやがって」

 

 眠りネズミは、つまらなさそうに鼻を鳴らす。

 しかしそれも一瞬。彼はすぐさま、ニィっと表情を笑顔に歪ませた。

 

「まー知ったこっちゃねーけどな! おいカメ子! 僕に言うこと聞かせてーなら、どうすっかわかってんだろ!? なぁ!?」

「む……ね、ネズミくんは、いつも、そうだね……」

「ったりめーだ! 楽しくなけりゃ生きてる意味はねぇ! 一分一秒一瞬が惜しい! やんなら早くしようぜ! 眠くなっちまう!」

 

 火の手が迫るように急かす眠りネズミ。

 聞き分けのない子供のようではあるが、実のところ、彼を操る方法は、存外単純なのだ。

 歓楽に向けてひた走る彼に、目の前の楽しみをお預けして動かすには、別の楽しみを与えてやればいい。

 彼は、彼が「楽しい」と思った結果には忠実なのだ。たとえそれで、自分が不利益を被ったり、本来の目的から逸れようと、その瞬間の楽しみが享受されれば、彼は思うように動くだろう。

 手っ取り早く彼に楽しみを与える方法。彼が求める、スリルや混沌という熱は、すぐそこにある。

 代用ウミガメは、パーカーのポケットに手を入れる。そして、それを握り締めた。

 

「ネズミくん……お、おねーちゃんの言うことは、聞かなきゃダメ、だよ……!」

「ハッ! バタつきパンチョウみてーなこと言っても、カメ子にゃ似合わねーぜ!」

 

 あちらは既に準備万端。いやさ、準備などというものはないのだろう。生きている限り常在戦場。目が覚めている限り、彼は準備などなく全力全開だ。

 代用ウミガメは小さく息を吐くと、ポケットから取り出したデッキを、突きつける。

 

「あ、アタシが勝ったら……ちゃんと、言うこと、聞いてね……!」

「おう考えてやんよ。んな御託はいいから、とっととおっぱじめようや!」

 

 今にも爆ぜてしまいそうなほどの意気を見せる眠りネズミ。

 代用ウミガメは、それに応える他ない。

 荒ぶる火鼠を押し止めるべく、代用品の海亀は、かの大火へと立ち向かう――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 代用ウミガメと、眠りネズミによる対戦。

 互いに互いを知る者同士。代用ウミガメは、相手が眠りネズミということを踏まえ、最初に《奇石 ミクセル》で牽制する。

 一方で眠りネズミは、相手が誰だろうと関係ない、とでも言わんばかりに、《一番隊 チュチュリス》で、自らの動きを加速させようとしていた。

 

 

ターン2

 

代用ウミガメ

場:《ミクセル》

盾:5

マナ:2

手札:3

墓地:0

山札:29

 

 

眠りネズミ

場:《チュチュリス》

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:0

山札:28

 

 

 

 とはいえ、《ミクセル》の存在が、眠りネズミにとって大きな障害となることは確かだ。

 眠りネズミは、大きく舌打ちをする。

 

「クッソ、カメ子の奴。《ミクセル》なんて鬱陶しいモン出しやがって……!」

「ネズミくんには、これが効くもんね……《一番隊 クリスタ》を、に、二体、召喚……ターン、終了、だよ」

「んならとっととぶっ飛ばす! キャストスペル! 《KAMASE(カマセ)-BURN(バーン)!!》! GR召喚だ!」

 

 眠りネズミが呪文を詠唱する。刹那、爆ぜるように白いカードが舞い上がり、その姿を現す。

 

「《ホッピーホップ》! 《ミクセル》とバトルだ!」

「っ、《ミクセル》が……」

 

 

 

ターン3

 

代用ウミガメ

場:《クリスタ》×2

盾:5

マナ:3

手札:1

墓地:1

山札:28

 

 

眠りネズミ

場:《チュチュリス》《ホッピーホップ》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:1

山札:27

 

 

 

 

「あ、アタシの、ターン……《クリスタ》二体で、2軽減。2マナで、《龍装者 バーナイン》を、し、召喚……! 《バーナイン》の、能力で、ドロー……さ、さらに1マナで、《音奏 ハープララ》も、召喚、だよ……あ、アタシも、GR召喚……!」

 

 《ミクセル》こそやられたものの、《クリスタ》を二体確保した代用ウミガメの動きは早い。

 《バーナイン》で補給路を確保し、さらに《ハープララ》でクリーチャーを展開し続ける。

 穏やかな竪琴の音色が、超GRから一枚のカードを呼び寄せ、それを顕現させる。

 

「《発起の意志 ラパエロ》……! め、メタリカが、二体、出たから……《バーナイン》の、能力で、二枚ドロー……1マナで《ミクセル》を、召喚……ターン、終了」

「クッソ、また出やがった! ガッデム!」

 

 せっかく破壊したメタカードが、再び現れた。

 眠りネズミにとっては、厄介なことこの上ないだろう。

 

「ちっくしょう。だが、こいつはしゃーねぇ、行くっきゃねぇ! 《チュチュリス》で1軽減、1マナで《ダチッコ・チュリス》召喚!」

 

 《ミクセル》がいるため、コスト軽減による大型クリーチャーの早出しは悪手となりかねない。

 それでも眠りネズミは、その逆風に自ら向かっていく。

 

「《ダチッコ》で3軽減、《チュチュリス》で1軽減、B・A・D1で1軽減! 5コスト軽減し、1マナで《“末法(マッポ)”チュリス》を召喚!」

「こ、コスト6のクリーチャー……《ミクセル》の能力で、や、山札の一番、下に……!」

「の前にこっちだ! 《“末法”チュリス》がバトルゾーンに出た時、僕の山札を三枚めくる。んで、そん中のビートジョッキーがゴートゥヘル! ロックンロール!」

「う……で、でも、ネズミくんは4マナ、だし……踏み倒しされても、だ、大丈夫、だよね……?」

「あぁん? おいおいカメ子、あんま僕を舐めてんじゃねーぞ!」

 

 眠りネズミは山札から三枚を捲り上げ、その中の一枚を弾き飛ばした。

 装甲がひび割れ、今にも崩れそうな破砕戦車が発進する。

 

「おらぁ! 《ゴリガン砕車 ゴルドーザ》!」

「っ! コスト4……《ミクセル》で止められない……で、でも、《“末法”チュリス》は、山札の下に……!」

「知ったこっちゃねーなぁ! こいつの仕事はとっくにフィニッシュ! こっから僕のメインディッシュ! 《ゴルドーザ》でアタック! ブレイク!」

「っ……!」

「そぅらもう一発だ! 《ホッピーホップ》もブレイク!」

「あぅ……と、トリガーは、ないよ……」

 

 《ミクセル》をすり抜け、代用ウミガメに連撃を叩き込む眠りネズミ。

 ターン終了時、《“末法”チュリス》で無理やり動かした《ゴルドーザ》の機体は稼働限界を迎え、爆発し、木っ端微塵の鉄屑と化す。

 

「《“末法”チュリス》で出したクリーチャーは、エンド時にぶっ壊れちまう……が!」

 

 《ゴルドーザ》はタダでは死なない。

 爆散した機体は手榴弾だ。仕込んでいた火薬と共に、砕けた機体そのものが鉄片となり、代用ウミガメのクリーチャーへと降り注ぐ。

 

「クラッシュ&スマッシュ! 《ゴルドーザ》のラスト・バースト発動! 呪文《ダイナマウス・スクラッパー》だ!」

「あ……」

「相手クリーチャーのパワーが6000以下になるように破壊する! 《ミクセル》《クリスタ》二体を破壊!」

 

 

 

ターン4

 

代用ウミガメ

場:《バーナイン》《ハープララ》《ラパエロ》

盾:2

マナ:4

手札:5

墓地:4

山札:23

 

 

眠りネズミ

場:《チュチュリス》《ダチッコ》《ホッピーホップ》

盾:5

マナ:4

手札:1

墓地:2

山札:26

 

 

 

(ネズミくん……やっぱり、強いよ……!)

 

 自身の体質のせいで、活動時間が常人の半分しかない眠りネズミだが、それだけ彼は、短い時間に注ぎ込むリソースが強大なのだ。

 瞬間に放たれる爆発ですべてを薙ぎ倒すように、速く、強い。

 たった一瞬という時に限定し、費やされる力。それは、己の限界を超えてでも、総力をその瞬間に集約し、解放される。

 ごく短い瞬間に限れば、彼の早さという強さは、公爵夫人や帽子屋すらをも凌駕するかもしれない。

 

「こういうの、ネズミくんには、悪いけど……に、2マナで、《黙示賢者ソルハバキ》を召喚……!」

 

 短期決戦に持ち込まれると、彼には敵わない。

 ならば、その時を引き延ばすまでだ。

 

「そ、《ソルハバキ》の能力で、アタシのマナと、手札のカードを、一枚ずつ、入れ替えるよ……そ、そして、4マナで《Dの牢閣 メメント守神宮》を、展開……!」

 

 戦場は、巨大な錫杖を奉納した、煌びやかな楼閣へと浸蝕される。その加護を受けるのは、代用ウミガメ。

 眠りネズミの力はごく短い時間にしか集中しない。それなら、話は簡単だ。

 守る。ただひたすら防御に徹し、時間を稼ぐ。眠りネズミの速攻を、防御を固めてはね除けるのだ。

 

「僕のターン!」

「で、Dスイッチを使うよ……! 《メメント守神宮》をひっくり返して、ネズミくんのクリーチャーは、全部、タップ……!」

「……うっぜぇなぁ」

 

 眠そうに眼をこする、眠りネズミ。

 今が5ターン目。このあたりで、眠りネズミが力を発揮する領域から脱するはず。

 ここを乗り切れば、彼の集中も途切れ、戦況も代用ウミガメへと傾くことだろう。

 

「ねみぃ……おら、こいつだ! 5マナで《“乱振(ランブル)舞神(マシーン) G・W・D》! まずは《バーナイン》とバトル! ぶっ壊せ!」

 

 自身の眠気を飛ばそうとするかのように、咆える眠りネズミ。

 《G・W・D》が走り、代用ウミガメの場を蹂躙していった。

 

「さらに攻撃だ! 《ラパエロ》とバトル! 破壊だ!」

「……! S・トリガー《メメント守神宮》、フィールドを張り替える……!」

「ターンエンド!」

 

 

 

ターン5

 

代用ウミガメ

場:《ソルハバキ》《ハープララ》《メメント》

盾:1

マナ:5

手札:3

墓地:6

山札:22

 

 

眠りネズミ

場:《チュチュリス》《ダチッコ》《G・W・D》《ホッピーホップ》

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:2

山札:23

 

 

 

「あ、アタシのターン……2マナで《クリスタ》を召喚……2マナで《ハープララ》を召喚……の、能力で、《純白の意志 ヴィンチ》を、GR召喚、するよ」

 

 こちらのクリーチャーも殲滅されてしまっているが、時間稼ぎはできている。

 とはいえ代用ウミガメも、眠りネズミの激しい爆撃により、リソースがかなり削られている。

 眠りネズミはクリーチャーも展開しているため、このままでは数に物を言わせて押し込まれかねない。

 敵の攻撃を防ぐための壁。それを並べるためにも、補給路が必要だ。

 《バーナイン》は破壊されてしまったが、代用ウミガメのデッキには、《バーナイン》以外にも、戦力を補給する手段がある。

 

「……こ、これで、アタシの光の、コスト3以下のクリーチャーが、五体……シンパシーで、5マナ、軽減して……2マナで、《共鳴の精霊龍 サザン・ルネッサンス》を、召喚……!」

 

 低コストのクリーチャーたちの協奏に導かれ、一体の龍が降り立った。

 《サザン・ルネッサンス》。その龍は、小さな光が奏でる音に共鳴し、さらなる旋律を奏でるための知識を授ける。

 

「能力で五枚ドロー……ターン、終了、だよ……!」

「僕のターンだ!」

「《メメント守神宮》の、Dスイッチ……! クリーチャーを、タップ……!」

「ガッデム! マージでうぜぇ!」

 

 横にクリーチャーを並べても、並べた端から寝かされてしまう。眠りネズミは苛立ちも隠さず吐き捨てる。

 それでも彼は、止まるということを知らない。起きている限り、目が覚めている限り、彼は動き続ける。瞼が落ちないのならば、それは進めという意味なのだから。

 

「5マナをタップ! 呪文《“必駆”蛮触礼亞(ビッグバンフレア)》!」

「! そ、そんなカードも……!?」

「二体目だ! 《G・W・D》をバトルゾーンへ! 呪文の効果で《クリスタ》とバトル!」

 

 “まずは”呪文の効果で、《G・W・D》が《クリスタ》を轢き潰す。

 さらにそのまま、《G・W・D》は代用ウミガメへと突貫する。

 

「まだまだぁ! 《G・W・D》の能力で《ヴィンチ》とバトル! さらにアタック! 《ソルハバキ》とバトルだ!」

「く、クリーチャーが……《サザン・ルネッサンス》でブロック……!」

「ターンエンド!」

 

 《サザン・ルネッサンス》に阻まれ、《G・W・D》は大破する。

 しかし代用ウミガメが展開したクリーチャーも片っ端から破壊され、しかも眠りネズミは《G・W・D》の能力で後続を引き込んでいる。

 今頃、猛烈な眠気が彼を襲い、集中も切れてきている頃だろうが……それでも彼は、まだ止まらない。

 重い瞼を押し上げて、爆音で己を奮い立たせて、燃え尽きない火鼠となり、猛進し続ける。

 

 

 

ターン6

 

代用ウミガメ

場:《ハープララ》×2《サザン》《メメント》

盾:1

マナ:6

手札:5

墓地:8

山札:17

 

 

眠りネズミ

場:《チュチュリス》《ダチッコ》《G・W・D》《ホッピーホップ》

盾:5

マナ:6

手札:3

墓地:4

山札:19

 

 

 

(ネズミくんが、こんなに粘るなんて……で、でも、流石に、そろそろ限界なはず……!)

 

 ごしごしと瞼をこする眠りネズミ。少し足下もふらついている。

 彼は、一度始めた対戦(あそび)の途中で眠ることを、なによりも嫌う。だからこの対戦中も、眠らないようにするために、彼は無理をしている。

 無理をすればするほど、体に負担がかかり、集中力も切れる。

 あと1ターンか2ターンでも耐え凌げば、眠りネズミの勢いも止まるはず。

 眠りネズミは、己に灯した炎が鎮火するまでに代用ウミガメを倒しきれるか。代用ウミガメは、眠りネズミの火が落ちるまで耐えられるか。根比べの競争だった。

 

「あ、アタシの、ターン……! 《クリスタ》を召喚……さらに、《ハープララ》を、召喚……能力で、GR召喚するよ……!」

 

 竪琴の戦慄が、ソラに輝く。

 その光を受け降り立つは、銀河の煌めき。

 

「《煌銀河(ギラクシー) サヴァクティス》……!」

 

 正義の具現とも言うべき、輝ける龍だ。

 《煌銀河 サヴァクティス》。フィニッシャーに成り得るほどの力を持つクリーチャーだが、今の代用ウミガメにとっては、それすらも前座に過ぎない。

 縦横無尽に戦場を駆け巡る鼠花火を掻き消す一手は、他にある。

 

「《クリスタ》でコストを1軽減して、1マナ……も、もう一体、《ハープララ》を、召喚……! 《破邪の意志 ティツィ》を、GR召喚……!」

「並べやがるなぁ、カメ子! だがよ、それで足りんのかぁ!?」

「……大丈夫、だよ。あ、アタシは、数で守る、わけじゃない……これは、準備、だから……」

「あん?」

「アタシのクリーチャーの数だけ、し、シンパシーでコストを軽減……1マナタップ」

 

 代用ウミガメのクリーチャーは、《ハープララ》が四体、《サザン・ルネッサンス》《クリスタ》《サヴァクティス》《ティツィ》が一体ずつの、計八体。

 八体分のクリーチャーによるシンパシーに加え、《クリスタ》のコスト軽減を合わせ、1までコストが下げられたクリーチャー。

 本来であれば10マナもの超大型クリーチャーが、今ここに、顕現する。

 

 

 

「“おいた”は、もう、ダメ、だよ……! 《大神絆官(だいしんぱんかん) イマムーグ》……!」

 

 

 

 それは、火鼠の凶行を止めるべく顕現した、正義の使者。

 これにより、代用ウミガメの布陣は、これまでと比較にならないほど、頑強となる。

 

「こ、これで、ターン終了、だよ……!

「僕のターン! ようやっと殴れるぜ!」

「……いいや」

 

 《メメント守神宮》で攻撃を止められ続けた眠りネズミだが、ここにきてようやく、その束縛から逃れることができた。

 しかし、眠りネズミはまだ自由にはならない。

 あらたな枷が。彼には課せられるのだから。

 

「させないよ、ネズミくん……! あ、アタシには、《イマムーグ》が、いるから……!」

 

 《メメント守神宮》の加護を受け、立ちはだかる《イマムーグ》。

 ただ巨大なブロッカーというわけではない。五体以上のクリーチャーがいるため、破壊以外の除去を受けつけないが、それが本懐でもない。

 今の《イマムーグ》は、あらゆる攻撃を受け、防ぎ、いなし、流す、鉄壁の守護神だ。

 

「《イマムーグ》は、自分のクリーチャーをアンタップすれば、攻撃先を曲げられる……そして、アタシのクリーチャーは、みんな……《メメント守神宮》で、ブロッカー、だよ……!」

 

 眠りネズミの攻撃は、《メメント守神宮》の効果を受けたクリーチャーによってブロックされる。数で攻めようとも、《イマムーグ》がタップしたクリーチャーを起き上がらせ、攻撃を曲げる。そして起き上がったクリーチャーは、再びブロック可能となる。

 パワー12500の《イマムーグ》と、ブロッカーを与える《メメント守神宮》が場に存在する限り続く、鉄壁の無限回廊。

 眠りネズミは今まさに、楼閣の中の迷宮に囚われたのだった。

 

「ネズミくんはの攻撃は、もう、アタシには、届かない……この意味、ネズミくんでも、わかるよね……?」

「いやわかんねーわ」

「えぇ!?」

「眠すぎて頭が動かねーんだよ」

 

 元々、大して動く頭ではないが。

 

「でもまぁ、つまりあれだろ?」

 

 しかし、彼は今を生きる火鼠だ。

 考えこそしなくとも、目の前の障害くらいは、認知する。

 そして障害があると認知できたのならば、やることはひとつだ。

 

 

 

「そのデカブツ、ぶっ壊せばいいんだろ?」

 

 

 

「え……?」

「ようやくこいつの出番が来たなぁ! ハンドトラッシュ! 3マナタップ!」

 

 眠りネズミは、手札を一枚投げ捨てる。

 その捨てた手札を燃料に、手札から唱える呪文の詠唱を、加速させる。 

 

「B・A・D・S2! 《“必駆”蛮触礼亞》! 手札からビートジョッキーを出すぜ!」

 

 爆発的な炎が噴き上がり、軋むような駆動音が鳴り響く。

 一切合切を粉砕するかの如き爆炎を突き破り、現れたのは――

 

 

 

「超えろ時間(スキップ)! 砕けろ装甲(トラッシュ)――《勝利龍装 クラッシュ“覇道(ヘッド)”!》」

 

 

 

 ――巨大な、戦車だった。

 爆発の中を突き進んだせいだろうか、機体は焦げ付き、ひび割れていて、今にも崩れてしまいそうだが、その軌道は迷いなく力強い。

 騎乗する猿人の指揮により戦車は、まっすぐ代用ウミガメの戦場へと進軍する。

 

「《“必駆”蛮触礼亞》の効果だ! 《イマムーグ》とバトル!」

「《イマムーグ》のパワーは12500、だけど……」

「《クラッシュ“覇道”》は9000! だが、バトル中のパワーはプラス5000!」

 

 突撃する《クラッシュ“覇道”》。そのキャタピラが、《イマムーグ》を巻き込み、押し潰した。

 巨大な《イマムーグ》でも、より高いパワーには対抗できない。破壊には無力であり、そのまま、粉砕されてしまう。

 

「い、《イマムーグ》が……!」

 

 あっという間だった。

 迷宮に閉じ込めたはずが、その迷宮ごと、破壊されてしまった。

 無限に続く防御は木っ端微塵。代用ウミガメの敷いた布陣に穴が空き、隙を晒してしまう。

 

「おまけだ、《FASORASI(ファソラシ)・ドッカン》を召喚! んで、《G・W・D》で攻撃! 《ティツィ》とバトル! そのままブレイク!」

「《サザン・ルネッサンス》でブロック……!」

「んなら《FASORASI・ドッカン》の能力で、《グッドルッキン・ブラボー》をGR召喚! 次だ! 《クラッシュ“覇道”》!」

「し、S・トリガー……! 《メロディアス・メロディ》で、《ダチッコ・チュリス》と《ホッピーホップ》を、た、タップ……!」

「うっし、ならターンエンド……だが!」

 

 眠りネズミはそれ以上は殴らず、攻撃を止める。

 しかし、その瞬間、《クラッシュ“覇道”》が炸裂。爆発するように、巨大な戦車が木っ端微塵に粉砕された。

 

「ヒャァッハァーッ! これこそロック! ダイナミックにクラッシュ&トラッシュ! これが僕のタクティクス! どいつもこいつもぶっ壊れちまいな!」

 

 叫び散らす眠りネズミ。感情の昂ぶるまま、情動の乱れるがままに、彼は激しく荒ぶる。

 大火を抱いた火鼠は、戦場を焼き払うほどに、早く、強く、駆け巡る。

 

「《“必駆”蛮触礼亞》の効果で《クラッシュ“覇道”》がクラッシュ! 僕のクリーチャーがぶっ壊れたから、《FASORASI・ドッカン》の能力でGR召喚! 《ドドド・ドーピードープ》! んーで、《クラッシュ“覇道”》の能力発動!」

「あ……ぅ……」

 

 砕け散った《クラッシュ“覇道”》の残骸。とある龍の化石で組み上げられたそれは、砕けた瞬間に、かつての記憶を再現する。

 勝利を求めた奇跡の所業。今という歓楽のために求める、理の破壊。

 即ち――

 

 

 

「もう一度――僕のターン!」

 

 

 

 ――時の超越(エクストラターン)だ。

 

 

 

 

ターン6(眠りネズミEXターン)

 

代用ウミガメ

場:《ハープララ》×4《サザン》《クリスタ》《サヴァクティス》《メメント》

盾:0

マナ:7

手札:1

墓地:10

山札:15

 

 

眠りネズミ

場:《チュチュリス》《ダチッコ》《FASORASI》《ホッピーホップ》《グッドルッキン》《ドーピードープ》

盾:5

マナ:6

手札:1

墓地:8

山札:17

 

 

 

 代用ウミガメに残されたブロッカーは、たった二体。

 時の理を打ち砕き、超克した眠りネズミの火は、最大まで燃え上がっている。

 それを消し去ることは、もはや叶わない。

 

「おらおらおらぁ! いくらでも行くぜぇ! 《“末法”チュリス》召喚! 能力で《クラッシュ“覇道”》! 手札が一枚になったから、マスター・GGG(ゴゴゴ ガンガン ギャラクシー)! 《“轟轟轟(ゴゴゴ)”ブランド》!」

「あ、あぅ、うぅ……」

 

 ――代用ウミガメに落ち度があるとすれば、それは、眠りネズミを“過去”で見ていたこと。

 眠りネズミが短期決戦で強いのも、長期戦に弱いのも確かな事実だが、それを一面的に受け取ってしまったのが敗因と言えるだろう。

 

「これだ。これだこれこれ! 大切に積み上げたものを一瞬でぶち壊す! デカくて強ぇ切り札を使い捨てる! これがロック! さいっこうにドープでバッドだなぁ!」

 

 運悪く“今”の眠りネズミは、代用ウミガメの想定から、ほんの少し外れていた。持ち得るリソースを一瞬に注ぎ込むということ自体は、そう変わっていないが、そのタイミングがずれていた。

 言うなれば彼は、爆弾を抱えているようなもの。花火は点火した瞬間に爆ぜたりしない。ほんの少しの猶予を持ち、一気に爆発するものだ。

 その“待ち”の時間を考慮しなかったが故に、彼も最大の歓楽のために待つことができるということを見落としていたが故に、彼女は読み間違えた。

 そして、身を守る術を失った代用ウミガメに、爆発的な火力を伴った鼠花火が襲いかかる。

 

「《クラッシュ“覇道”》! 《“轟轟轟”ブランド》! アタック!」

「さ、《サヴァクティス》と、《クリスタ》で、ブロック……!」

 

 残ったブロッカーで攻撃を防ぐ。

 しかし当然ながら、その程度では、防ぎきれない。

 隙間を縫うようにして駆け寄る火鼠が、代用ウミガメに食い掛かる。

 

 

 

「《ダチッコ・チュリス》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「……なぁ、カメ子」

 

 対戦が終わった直後、眠りネズミは代用ウミガメに呼びかける。

 勝利の勢いのまま、自分の衝動に従って走り去っていくと思っていた代用ウミガメは、眠りネズミのどこか気遣うような呼びかけに面食らう。

 

「お前さぁ、なにがしたいんだ?」

「な、なにって……?」

「なーんかふらふらしてるっつーか、決めあぐねてるっつーか。どっちつかずって感じだ。悩みでもあんのか?」

「…………」

 

 眠りネズミが他者を心配するという珍しい行為に、一瞬の驚き。

 そして直後、自分の内心を見抜かれたことに対する、喫驚と、後ろめたさ。

 代用ウミガメは口を噤むが、ほんの一時の翳りから、眠りネズミはなにかを察したように、続けた。

 

「なにに悩んでんのか知らねーけど、なんかあんなら言えよな」

「そ、れは……で、でも……」

「カメ子はうじうじしてうっぜーけど、僕のマイメン。ねーちゃんでダチだろ? なんかあるなら頼れって」

「ネズミくん……」

 

 年下――自分たちの年齢というものは曖昧であまりハッキリしないが――に励まされる自分に若干の情けなさを感じるものの、彼の気遣いは、純粋に嬉しかった。

 同時に、思う。

 

 ――あぁ、アタシは、やっぱり、“こっち側”、なんだね――

 

 あちら側なのか、こちら側なのか。どちらにいられるのか、どちらにいてもいいのか、どちらにいるべきなのか。

 定まらず、揺れ動く。

 

「……ネズミくんは、いつでも、一直線、だね……ちょっと、うらやましい、よ」

「あー? ったりめーだ。気付いたら寝ちまってるからな。今を楽しむ以外になんもできねーし、それが最高にバッドだからな、僕にとっちゃ」

 

 未来を考える余裕がない。けれど彼は、それを微塵も悲観していない。

 先のことが考えられないなら、今を生きればいい。覚醒しているこの瞬間を謳歌すればいい。

 そんな、単純ながらも至難なことを、彼は平然とやってのける。

 姉のように接してはいても、そういった、個体としての強靭さは、やはり敵わない。

 

「カメ子もよぉ、あんま気負うなよ。うじうじ考えてっから、てめーはカメ子なんだよ!」

「え、えぇ……? でも……」

「でも、あんだよ?」

「……あ、アタシは……もしかしたら……みんなとも、違う、かも、しれないし……」

 

 以前、ヤングオイスターズが言っていた。自分の出生は特殊だと。

 それは代用ウミガメ自身、うっすらと感じている。

 だからこそ、自分の立ち位置がわからない。

 人に寄るべきか、彼らに寄るべきか。

 本当に自分のいるべき場所とは、どこなのか。

 

「……よくわかんね。わけわかんねーことで悩んでんのな、お前」

「だ、だよね……」

「けどよ」

 

 眠りネズミは続けた。

 考えもせず、情感をそのまま吐き出したように。

 思慮が浅い。だからこそ、彼の思うまま、心のままの言葉が、紡ぎ出される。

 

「僕なら、自分の好きにする。僕は行きてーとこに行くし、やりてーことをする。カメ子も、自分のやりてーようにやればいいんじゃね?」

 

 したいように、やりたいように。

 彼の勝手気ままな行いも、そんな子供のような理由なのだろう。眠りネズミとは、そういう人物だ。

 わかりきったことだ。しかしそれを改めて言葉にされると、その言葉を向けられると、どこか、特別なものに感じる。

 

「あ、アタシの、したいように……?」

「おう。カメ子はなんかそういうのがダメだしな。うだうだ考えるより、てめーの心に聞けよ。てめーがやりてーことが、てめーの動力だ。そうすりゃ勝手に、やりてーようになってるさ」

 

 なんとも乱雑で、論理もなにもない言葉だ。

 しかしそれ故に、彼は信頼できた。嘘も偽りもない。そんな謀略を巡らせる余裕のない生を謳歌する彼の言葉は、自由かつ純真だ。

 そしてそれは、純朴な代用ウミガメの中に、染みるように入り込んでくる。

 

「あ、アタシの、したいこと……」

 

 可能でも、許容でも、義務でもなく。

 願望で進めと、彼は言う。

 その結果が、希望か、絶望かは、わからないが。

 歩き出すための後押しには、なったのかもしれない。

 

「……え、えっと、ありがとう、ネズミく――」

 

 そう、礼を言おうと思った瞬間。

 ぽすん、と小さな頭が代用ウミガメの胸に落ちた。

 すぅすぅと、小さな寝息が聞こえてくる。

 やはり無理をしていたのだろう。眠りネズミは、その名の通り、完全に寝入っていた。

 

「もう……しかたないなぁ、ネズミくんは……」

 

 いつものように、眠りに落ちた彼を背負う。

 そう。自分の“こちら側”としての、使命のようなものだ。

 やはり自分は、中途半端で、どっちつかずだ。

 とその時、誰かが呼ぶ声が聞こえる。

 

「おーい! 代海ちゃーん!」

「こ、小鈴さん……」

 

 そういえば、彼女を置いてきてしまったことを思い出す。

 衝動的に、思ったまま、やりたいことを……既に、実践できていたではないか。

 

「あれ、ネズミくん……寝ちゃってる……?」

「は、はい。まあ、こ、これも、いつものこと、ですけど……あ、でも、生徒会の人に、な、なんて、伝えれば……」

「……お姉ちゃんには、わたしの方から言っておこうか?」

「え……? い、いいん、ですか……?」

「うん。あんまり大事になると、代海ちゃんたちも困るだろうし……あんまりよくないことだとは思うけど、代海ちゃんのためだもん」

「……あ、ありがとう、ございます……小鈴さん」

「ところで、ネズミくんはどうするの?」

「このままにしておくわけにも、いきませんし……一度、連れて帰り、ましょうか……」

「大丈夫なの? クラスの出し物もあるのに……」

「展示なので、一言言えば、なんとか……」

 

 何時間か待てば勝手に起きるが、起きたらまた勝手に動き出してしまうので、連れて帰るべきだろう。

 ユニコーンとライオンに任せてもいいが、年少の彼らに押しつけるのも忍びない。

 

(それに……ネズミくんのお陰で、勇気、出たから……)

 

 迷い惑い、恐れ戦いていたが、決心した。

 やはり自分は向き合うべきなのだろう。自分の立ち位置を確立させるためにも。自分が、どうあるものなのか、どうありたいかを決めるためにも。

 

 

 

 ――『ハートの女王』に、謁見するべきだろう。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 コツ、コツ、と暗い螺旋階段を降りる。

 【不思議の国の住人】たちが集う館の地下。女王は、そこに座しているらしい。

 

「しかし、珍しいことも、あるものだ。まさか貴様が、女王の拝謁を望むとは」

「それは……」

「『コーカス・レース』も間近だ。本来であれば、アレと相見えることを許可すべきではないのだろう。だが、貴様の蛮勇と面妖さに免じるとしよう」

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 角灯の明かりだけが、暗闇を仄かに照らす。

 微かに湿った、粘つくような冷たい空気。吸い込んだ息が、肺に張り付くようで、気持ちが悪い。

 

「しかしどういう風の吹き回しだ? 確かヤングオイスターズが、貴様の身に異変……否、先祖返りが起きているようなことを話していたが」

「あ……はい。あ、アタシ、今……なにも、食べられない、身体、で……」

「ふむ……食事ができない、か」

 

 帽子屋は、思い返すように首を捻る。

 

「……本当に、なにも喰えないのか?」

「え……? は、はい、恐らく……お水、くらいなら、飲めますけど……な、なぜ、ですか……?」

「なぜもなにもない。あらゆる生物は、なにかしらの食を貪り生きている。しかし種が違えば、食するものも違う。草を食む獣がいれば、肉を喰らう獣もいる。木の根を囓る蟲がいれば、同じ蟲を噛み砕く蟲もいる。その種が食らえるものは、別の種と異なるものである」

「はぁ……?」

「人は雑食にして、粗食にして、悪食だ。如何なるものでも喰らうが、そんな人でも喰らうことを忌避するものはある。我々はあらゆる感覚を人に身に寄せている故に、美味も忌避も人のそれと同じだ……ヤングオイスターズの誰だったかは、人の手で作られた、緑色の飲料を特に好んでいたな。眠りネズミやバタつきパンチョウも人の世の食物を好む。オレ様とて茶も飲む……それが、人の世における食というものだろう」

「帽子屋さん……?」

 

 彼は、なにを言っているのだろうか。

 狂った帽子屋の言葉が意味不明なことは、珍しいことではない。

 しかし彼は、いつもなにかを知ったように、見通しているかのように、追想しているかのように語る。

 それは狂人の妄言なのか。指導者としての諫言なのか。

 代用ウミガメにはわからない。それなりに付き合いの長い相手だが、帽子屋には謎が多い。バタつきパンチョウや三月ウサギ、公爵夫人らは、帽子屋のことを自分たちよりも深く知っているらしいが……

 帽子屋は代用ウミガメの疑問に答えるわけもなく、ただ一方的に語るだけだ。

 

「では、貴様はどうだ。今の貴様は、人の世の食を受け入れない。であるならば、貴様はなんだ?」

「な、なんだ、って……」

 

 帽子屋は淡々と枯れた言葉を紡ぐ。

 だというのにその言葉には、まるで詰問されているかのような、不思議な圧があった。

 

「貴様の舌は、口は、身体は――如何なる種のものとなったのだろうな? なぁ、代用ウミガメ」

「そ、れは……」

 

 冷淡な口調のまま、帽子屋は踏み込んでくる。

 帽子屋の言葉の信用は薄いが、しかしここまで執拗なのは、違和感がある。

 彼はなにかを伝えようとしているのか。あるいは、ただの歓楽か、享楽か、酔狂か。

 代用ウミガメは、意を決して、言葉を返す。

 

「……ぼ、帽子屋さんは、アタシの“生前”を……『代用ウミガメ』の名前を得る前の、アタシのこと……知って、いるのですか……?」

「知っている」

「!」

「が、オレ様は語るつもりはない」

 

 即答だったが、切り返しも瞬時だった。

 

「オレ様は、貴様を『代用ウミガメ』と名付けた。故にオレ様は、貴様を『代用ウミガメ』として扱う。綿津見の如きであった貴様など、知らん。アレはとうの昔に死に果てた。狂い死に損ないのオレ様とて、死者と対話するほど愉快ではない。狂乱していようと、我が同胞は我が同胞としてそこにある」

「あ……アタシが、それを望んでも……ですか?」

「そうだな。貴様がどのように変質しようと、貴様は生者。オレ様にとっての同胞だ。オレ様は、オレ様が招き入れた者を、そのように扱う」

「…………」

「まあ、貴様が本当に先祖返りをしているというのなら、嫌でも自身の存在と向き合うことになるだろう。手っ取り早く知りたければ、バタつきパンチョウにでも頼むといい。推奨はしないがな」

 

 今の言葉は、狂気なのか、正気なのか。

 わからないが……たとえ狂っていようと、そうでなかろうと、彼の言葉が無意味だとは思えなかった。

 

「さて、着いたぞ。ここが、女王の居城だ」

 

 しばらく螺旋階段を下り、広い空間似にる。 

 この世の闇を凝縮したような暗黒。

 その奥にいる――ナにカ。

 

「……!」

 

 暗闇の中に存在する、黒。

 星なき宇宙(ソラ)の如き、光の失われた世界に鎮座する存在。

 角灯の明かりが、微かに、けれども克明に、ソれの姿を示す。

 

「こ、これが……あ、あ、アタシ、たちの――」

 

 代用ウミガメは、思わず息を呑んだ。

 それの在り方を認めたくない。けれども確かな事実としてそコにあるものを、否定したいという願望が、口から漏れ出る。

 

 

 

「――“お母さん”……なん、ですか……?」

 

 

 

 母親。自分たちという命を生み出した存在を、そう呼称する以外に、なんと呼ぶのか。代用ウミガメは、あらゆる代用品を創造する個性()を持つが、それでもなお、代わりの言葉は持ち合わせていなかった。

 今だけは、それを酷く後悔する。こレを、コんナもノを、母親と称しなければならない事実に、悍ましさが湧き上がる。

 だからせめても、その事実を否定したかった。しかして、希うように絞り出した声は、帽子屋によって、すぐさま頷かれ、彼女の希望は否定される。

 

「そうだ。これこそが、我ら千の仔をこの世に産み落とした豊穣神。邪悪なる恐怖と淫蕩を撒き散らす狂気の具現。我らが父なる母――」

 

 あァ、アぁ、やはり、やハリ。そウなのか。

 あまりにも想像の外にあった。怪物だの、化物だの、そう呼ばれる同胞はいた。『ハンプティ・ダンプティ』『バンダースナッチ』『ジャバウォック』――人から外れた異形、人の心を持たぬ異物。そういった“出来損ない”のようなモノはいた。

 けレど、コレハ、これは、そンなモのではナい。

 今ほどこの謁見を後悔したことはないだろう。こレが、こノよウナもノでなければ、こンナこトはしなかった。

 しかし同時に、理解できた。生きている理性と知性が答えを導き出した。

 “彼女”が、こンな闇の奥底に幽閉されている意味が。

 【不思議の国の住人】を統べる君主。

 帽子屋はその名を呼び、代用ウミガメは“そレ”を見上げる。

 

 

 

「――『ハートの女王』」

 

 

 

 ソれは、黒雲の如き巨大な肉塊。表面はなんの疑いもなく泡立ち、醜く爛れている。

 樹木のようにそびえ立ち、ドロドロした粘液が溢れ、流れ、だらんと黒い触手を垂らしていた。

 根のような部位から伸びているのは、捻れた黒い蹄のような足。

 そコには、細く小さな針が二本、突き刺さっていた。

 辛うじて名状できるような部位から、そレは山羊を連想する。

 なぜこノよウな異端なる存在から、そンなモのを想像できたのかはわからない。ソんナ、この星の生命を冒涜するような空想など、あっていいはずがないのに。

 なノニ、かノ女王からは、生命の息吹を感じる。ドんな命も、種も、取り込み、孕むような威圧。

 吐きそうなほどの魅惑が、身体の奥底が熱く疼くような、気持ちの悪い(良い)感覚。

 こレガ、自分たちの……自分の、起源(ルーツ)

 信じたくない、信じられない。認められない、認めたくない。

 自分の母親が、コんナニも悍ましい怪物だなんて。

 自分が、こンな化物から、産まれた、だなんて。

 ソんナこトは、嫌だ、イヤだ、いやだ、イやダ――

 

「あまり見るな、正気(Sanity)を持って行かれるぞ」

「っ!」

 

 帽子屋はグイッと抱き寄せるように、強引に代用ウミガメの視線を逸らす。

 ハッと、意識が覚醒するかのように、曇るような纏わり付く感覚が薄らいだ。

 自分は今まで、なにをして、なにを思っていた?

 ついさっきのことが、自分のことだというのに、わからない。

 恐ろしい。目の前にいるのは、自分たちの創造主のような存在。真の意味で【不思議の国の住人】の頂天に君臨する女王であり、我らの親だというのに。

 怖い。彼女が。狂ってしまいそうな恐怖が、込み上がってくる。

 代用ウミガメは、ギュゥッと帽子屋の身体を強く抱く。

 

「ぼ……帽子屋さん……これ、は……」

「案ずるな。女王は目覚めんよ」

「め、目覚め、ない……? そ、それ、って……?」

「元々、ハートの女王は休眠状態にある。ずっと長い間な。加えてオレ様の“時計針”を二本使い、時間を止めている」

「え……ぼ、帽子屋さんの針を……に、二本も……?」

「あぁ。短針と長針、オレ様の生命線となる針を大盤振る舞いだ。それでもなお、完全に抑え込んでいるとは言い難いがな。だが、その甲斐はある。奴の狂気は薄れ、短い間であれば、直視しても正気を失い、狂気に果てることはないだろう」

 

 しかし、と帽子屋は続ける。

 

「こいつはただそこにいるだけで狂気の塊だ。それも、自分勝手に狂っているオレ様とは違う。こいつは明確に、狂気を振りまく邪悪そのもの。時が止まっていようと、あまり見ていたら、あっという間に気が狂うぞ……オレ様のようにな」

「……狂気を、振りまく……?」

「おっと、三月ウサギや公爵夫人の比ではないぞ? もっと原始的で、根源的で、破滅的な、人格の喪失(ロスト)へと通ずる狂気だ。たとえバンダースナッチやジャバウォックであろうと、その異質さ、邪悪さは、女王の足下にも及ばんさ」

 

 ジャバウォックよりも怪奇にして、バンダースナッチよりも邪悪。公爵夫人よりも惨烈であり、三月ウサギよりも淫蕩。

 そして、帽子屋を超えるほどの、狂気。

 そのすべてが、ハートの女王に、込められている。

 なんとも、恐ろしく、悍ましいものか。

 こんなものが、ハートの女王として――自分たちの君主にして産みの親であることに、耐えられない。

 

「なんだ代用ウミガメ。貴様から謁見を望んだわけだが、まさか希望があると思っていたのか?」

「っ……そ、れは……」

「落胆したか? 絶望したか? 貴様は、まさか自分たちが真なる人間になれるとでも、お伽噺のような結末があると願っていたわけでもあるまい?」

 

 狂気に犯された帽子屋は、抉るように言の葉を紡ぐ。

 

「我々はどう足掻こうと、人間には成り得ない。表層を偽り、寄生し、巣喰うのみ」

 

 わかっている、わかっている、わかっている。

 そんなことは、わかっている、ことだ。

 人間になろうだなんて思っていない。ただ、ただ、自分は――あそこに、いたいと思った、だけなのだ。

 帽子屋は狂ったように、ただ己の言葉を垂れ流し続ける。

 

「我らは弱い。故にこそ、我らは、我らのための世界が必要なのだ……女王の束縛から、逃れるためにもな」

 

 帽子屋は女王を見上げる。

 彼女を視認するということは、狂気に身投げすることを意味する。たとえ、彼女の本質が抑え込まれ、果てなき悍ましさが軽くなっているとしても、狂気の残滓は確実に精神を蝕む。

 いや、しかしてここにいるのは、【不思議の国の住人】で最も狂った男だ。

 彼の正気は零地点。最初から、失われる正気など持ち合わせていないのかもしれない。

 

「千の仔を孕む黒き深淵の森の山羊。狂気を産む淫蕩にして万物の母。最果ての邪悪なる豊穣の神話――偉大なる我らが女王よ」

 

 帽子屋は女王に語りかける。

 楽しそうに、それでいて嫌悪感を剥き出しに。

 敵愾心と敬意を込め、称えるように、蔑むように。

 屈服と叛逆を同時に秘めた言の葉で、彼は白旗を掲げるように宣戦布告する。

 

「貴様を殺すことは敵わん。何人であろうとも、貴様を殺せるものなど、この星には存在しないだろう。あるいは、この宇宙にも、存在しないのやもしれん」

 

 だが、

 

「我々は、この世界で生きる。あらゆる枷を、鎖を、束縛を、食い破る。貴様というしがらみから、脱却してみせよう」

 

 それは狂い果てた結果としての妄言か。

 それとも、狂気を飲み込んだモノとしての、宣誓か。

 

「貴様などいなくとも、我々という種は繁栄できる。我々は、我らの力で生きることができる。それを今から、証明してやろう」

 

 一方的に言い放ち、帽子屋は踵を返す。

 

「行くぞ、代用ウミガメ」

「は……はい……」

 

 代用ウミガメは、絶望のような己の起源と向き合い。

 帽子屋は、女王へと破棄の誓いを立て。

 二人は、女王の座する地下を、後にしたのだった。

 

「……さぁ、いよいよだ」

 

 地上へと戻る傍ら、帽子屋は笑みを零す。

 ハートの女王との決別。その契機となるであろう時が来たる。

 時計を確認するまでもない。その時は迫っている。

 幾星霜と待ち続けた悲願が果たされる。永劫に望み続けた嘆願が叶えられる。

 

「いよいよ、我らは太陽を手にする……!」

 

 定めの時は来た。

 主の封印は解かれることなく、目覚めることもない。

 天を仰げ。空高く、太陽は昇っている。

 至上の運命はそこに。至高の恐怖は打ち捨てよ。

 狂気も、恐怖も、苦痛も、悲嘆も、飲み下す。

 無知なる人から、陽を奪い取る。

 主が来たることは永劫なく、女王の支配する暗黒の旧世界に、輝ける光を。

 

 

 

「『コーカス・レース』の、幕開けだ――!」




 スーツっていいですよね。格好いいキャラが着ればより格好良さが引き立つし、格好良いって感じじゃないキャラも格好良く見えたりするし、綺麗系のキャラならその美しさが際立つし、可愛い系のキャラでもギャップでさらに可愛く見えたりもするし。凄いグッとくる上に、そう珍しい衣装でもないというのもポイントが高い。
 実はもっと文化祭らしいことを色々書きたかったけど、本筋から外れまくってしまいそうなので、諦めてそのへんはほとんどカット、前回に続いて、代用ウミガメのメイン回としました。ちらちら名前は挙がってたユニコーンちゃんやライオンくんも出せてまあまあ自己満足。もう彼らが本編で出ることはなさそうですが。
 次回はクライマックス、4章も大詰めということで、ずっと話には出ていた『コーカス・レース』の開催です。別にマジのレースじゃなくて、作戦名が『コーカス・レース』ってことです。今まではなあなあになっていた不思議の国の住人が、小鈴に牙を剥く……のでしょうかね。そのへんは次回以降をお楽しみに、です。
 というわけで今回はここまで。誤字脱字や感想等ありましたら、遠慮なくどうぞ。
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