デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 大変長らくお待たせ致しました。
 今章の最後になるだろう44話、完成しました。
 例によってまたしても三話完結の長い話になりますが、平にご容赦を。
 遂に不思議の国に通じる門が開かれ、様々な物事が詳らかになるかもしれません。
 それでは不思議の国の真実を、どうぞご覧あれ。


44話「入国、不思議の国へ -城門-」

 おはようございます、伊勢小鈴です。

 ……寒い。

 気付けばそこは、見知らぬ部屋。

 妙に散らかっていて、空気がどんよりと濁った感じ。

 床にはゲームとかカードとかが散らばってる。デスクの上には大きなパソコンが一台、存在感を放っていた。

 ……本当にどこ?

 誰かの家、誰かの部屋みたいだけれど……

 混乱のあまり呆然としていると、ガチャリ、と扉が開いた。

 

「あ、妹ちゃん。起きた?」

「謡さん?」

 

 入って来たのは、謡さんだった。

 見知った人の登場に落ち着く。けれど、ここがどこなのか、どうして謡さんがいるのか、さっぱりだ。

 謡さんはわたしの傍に来て、しゃがみ込む。

 そして心配そうに、わたしの顔を覗き込んだ。

 

「身体は、大丈夫?」

「身体? えっと、別になんともないと思いますけど……?」

 

 強いて言えば寒いくらいだけど、今の時期は寒いものだし、布団の温もりがあるし、問題はない。

 なにがなんだかわたしにはよくわからないけれど、謡さんはほっとしたように胸をなで下ろした。

 

「ならよかったよ……本当に」

「あの、なにかあったんでしょうか?」

「あれ? ま、まさか、覚えてない? 昨晩のこと」

「昨晩?」

 

 ……なんのことでしょう?

 意識というか、記憶が混濁している。昨晩……夜のこと……

 うーん、思い出せない。

 なにか、とても大切なことを約束したような気がするんだけど……

 

「そ、そっか。覚えてないなら、いいや……むしろその方がいいのかも」

「?」

「そんなことより! はい服。布団の中とはいえ、暖房は切ってるし、流石にずっとそのままだと風邪引いちゃうからね」

「あ、ありがとうございます……え? 服?」

 

 と言われて、はじめて自分の身体を見下ろす。

 一糸纏わぬ見慣れた肌色が見えます。

 ……裸、ですね。

 

「どっ、どどどど、どうして、わたし、はだか……!?」

 

 どうりで寒いわけだよ! いくら布団の中とは言え、服を着てないんじゃ寒いに決まってるよ! 今何月だと思ってるの!?

 

「わ、わたしが寝てる間、なにがあったんですかー!?」

「えーっと……毒抜き?」

「毒抜き!?」

 

 そんな料理みたいな!

 

「や、まあ、だ、大丈夫だって。事はつつがなく終わったから。妹ちゃんもなんともなかったし」

 

 謡さんは宥めるように。

 そして、とても穏やかな目で、言った。

 

「……うん。妹ちゃんの身体は、綺麗なままだから。大丈夫」

「は、はぁ……?」

 

 よくわからないけれど、謡さんがそういうなら……と、わけがわからないなりに納得する。

 

「とりあえず、早く着替えなよ。」

「あ、はい。わかりました」

「服もちゃんと洗濯したからね。あ、洗ったの私だから安心して」

「はい……はい?」

 

 洗濯した? わたしの、服を?

 ……それって。

 

「っ……!」

 

 気付いて、しまった。

 その瞬間、カァッと、顔に熱が上っていくのがわかる。

 謡さんもなにか察したのか、視線を逸らして、憐れむような乾いた愛想笑いを見せる。

 

「いやぁ、流石にビックリしたなぁ。私より年下なのに、凄い中学生もいるもんだなぁ、って。体型的な問題なのかもだけど」

「っ、う、うぅー……」

 

 顔を真っ赤にして恥ずかしさに耐えるしかなかった。

 なんで、なんで今日に限って……! 休みの日だからって油断してたというか、なんというか……今日は“ダメ”な日なのに……でもこんなの考慮できないし……

 

「まあ、なに? 会長もわりと歳不相応っていうか、そういう感じだし……私は気にしないよ?」

「だ、誰にも言わないでくださいね!?」

「言わないよ……恥ずかしいなら、そんなの付けなきゃいいのに……」

「だって、だってぇ……」

「会長は堂々としてたもんだよ。むしろ見せつけるくらいの勢いで。かえって格好良いくらい」

「私とお姉ちゃんは違うんですー!」

「はいはい。ま、こんなの言いふらしたりしないよ。そんなことより、早く着替えて、皆で朝ご飯を食べよう。待ってるから」

「は、はぃ……」

 

 宥めるようにわたしをあしらって

 ……うん、まあ、謡さんでよかった。学年違うし、お姉さんだし。

 ずっと裸のままというのもいい加減寒い。もう半ば諦めて、わたしはいそいそと着替えるのでした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「お、おはようございます……」

「おはよ、妹ちゃん」

 

 部屋から出ると、リビングのようでした。そこは、やっぱり見知らぬ……いや?

 なんだか見覚えがあるような気がする。確か、前にもここに来たことあるような……

 

「こすず……」

 

 わたしがうんうんと思い出そうとしていると、小さく、か細い、けれどもハッキリと聞き取れる微かな声が聞こえてきた。

 

「恋ちゃん……」

 

 わたしよりずっと小さくて、華奢な矮躯。お人形さんみたいな真っ白な肌に髪。

 表情もお人形同然で、感情が全然読み取れないけれど、わたしを見た恋ちゃんを、ほんの僅かに、微笑んでくれた……ような気がする。

 

「……なんで恋ちゃんが?」

「だって……ここ、私の、家……」

「あ、そうなんだ……」

「ちなみに妹ちゃんが寝てたのはれんちゃんの部屋だよ」

 

 あれ恋ちゃんの部屋だったんだ……ななというか、すごく、きたな――

 い、いや、なんでもない。なんでもないよ。

 

「先輩がお米炊いといてくれたけど、妹ちゃんはご飯とパン、どっちがいい?」

「あ、それならパンでお願いします」

「うん。聞くまでもなかったね」

「そうでしょうとも。それは愚問というものです、謡」

「……誰!?」

 

 いつの間にか席に着いていた……お兄さん?

 なんとなく幼い感じがするけど、妙に爽やかな風貌の男の人。年上っぽいけど、年下にも思えて、なんだか不思議な感じの人だ。

 というか、なんだかこの人のこと、知っているような……?

 

「……えぇ。この姿では、初対面、でしたね」

「どうしたのさ、そんな変に畏まって」

「言わないでください、謡。俺でも焦がれる人に遭遇すると、気が逸り、動悸は激しく高鳴り、そして焦燥と不安の果てに呂律が回らなくなることもあるのです」

「つまり好きな人の前でキョドってるんだね」

「誤解を恐れぬ大胆な物言い痛み入ります」

「君がそんな繊細な奴だとは思わなかったよ、スキンブル」

「……え?」

 

 謡さんの呼んだ名前に、硬直する。

 そして思わず、反芻した。

 

「スキンブル……くん?」

「えぇ、まあ、はい。スキンブルシャンクスです」

「うそっ!? え、な、なんで? にゃんこじゃない……すっごいカッコよくなってる!」

「……どうも」

「うわ照れてる。なにこいつ、私が褒めても「ははは、謡の称賛はそよ風のように心地よいですが、些か飽きが来そうですね」とかほざくのに!」

「そのようなことを言った覚えはないのですが」

「でも言うでしょ」

「言いますね」

「この野郎!」

「理不尽な」

 

 そんな軽口を交えて謡さんに叩かれているスキンブル……くん?

 あの可愛い黒猫が、まさかこんな爽やかなお兄さんだったとは思いもしなくて、まだちょっと混乱してます。

 

「とまあ、驚いたとは思うけど。なんやかんやこんな感じで。よくわかんないけど、スキンブルは人になったのでした、と」

「はぁ……」

「まあこいつも【不思議の国の住人】の一人、みたいなもんだし、人の姿を取れるのは不思議ではないんじゃないかな」

「なるほど?」

 

 そういうことなのかな?

 言われてみればそんな気もするよ。

 

(んじゃ、ここは照れ屋な君に変わって私が受け持ってあげる)

(感謝します。あなたが主人で本当に良かった)

(はいはい。都合のいいときだけ調子いいことばっかり言うんだから)

(だとしても本音ですよ)

 

 ? なんだか二人で視線を合わせてるけど、どうしたんだろう。

 首を傾げていると、今度は玄関の方から、電子音。インターホンの音……?

 

「おや、誰か来訪なさったようですね」

「あー、たぶんあの子達だ。私出るよ」

「庇った直後に戦線離脱は無情ではございませんか? ご主人(マスター)?」

 

 表情は変えず、だけど瞳だけは非難の眼差しを向けるスキンブルくんを尻目に、謡さんは玄関へと向かっていく。

 でもここ、恋ちゃんの家なんだよね。恋ちゃんが応対しなくていいのかな……謡さんは、来客が誰か想像ついていたようだけど……

 誰だろう、と思っていたら、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて――

 

「小鈴さーんっ!」

「わっ……!?」

 

 体当たりするような勢いで、小さな影が突っ込んで来た。

 ひしっ、としがみつくように抱きついてきたのは、さらさらな銀の髪――ユーちゃん、だった。

 ユーちゃんは泣きじゃくる子供みたいに、ぐりぐりとわたしの胸に顔を埋めていた。

 

Vos incolumes erant libenter(小鈴さんが無事でよかったですー)!」

「えっと……ゆ、ユーちゃん?」

「ユーちゃん。伊勢さんが困っていますよ。気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着いて」

「あうぅぅ……」

 

 と、その後ろから、ユーちゃんと同じ顔、同じ髪、同じ声――ローザさんが、ユーちゃんをわたしから引っぺがす。

 ユーちゃんはまだ少しぐずっていたけど、喜んでもいて、顔がくしゃくしゃだ。

 一方でローザさんは落ち着いていて、ユーちゃんを宥めながら、わたしに向き合う。

 

「伊勢さん。ご無事でなによりです」

「ローザさん……えっと、これは?」

「昨日、私たちはこの家にあなたを届ける前に別れたので、実は詳細はわからないのですが……おおよその話は、長良川先輩等から聞き存じていますよ」

「?」

「って言っても、当事者の妹ちゃんがあんまり覚えてないみたいなんだよね……ま、朝ご飯でも食べながら、ゆっくり話そう」

 

 謡さんは玄関の鍵を閉めながら、リビングに戻っていく。

 その際に、少し悲しげに、目を細めた。

 

「私たちの今後を決める、大事な話になるだろうからね」

「わたしたち……? あ、そういえば、みのりちゃんと霜ちゃんは――」

 

 ドクン、と。

 痛みに、胸が鼓動する。

 思い、出した。

 そうだ、そうだ、そうだった。

 なんでこんなこと、思い出せなかったのか。意識していなかったのか。

 なにかを察したのか、謡さんは立ち止まる。

 

「そっちは私、よくわかんないんだけどさ。でもハッキリしてることはあって、そーくんとも実子ちゃんとも、連絡つかなくてね」

「私たちがあそこに到着する前に……なにか、ありましたか?」

「……それは」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 謡さんも、恋ちゃんも、スキンブルくんも、ユーちゃんもローザさんも、静かに話を聞いてくれた。

 あの店での、一部始終。

 すべてを失ってしまったあの時。

 大切なものを手放してしまったあの瞬間。

 胸から、痛みが、哀しみが、とめどなく、迫り上がってくる。

 

「……そっか。そんなことが、ね」

「慰めとなるかは分かりかねますが。あの時の小鈴様は、三月ウサギに毒されていました。本来ならば口にすることを躊躇い、噤むものでさえ、刹那の情感に流され言の葉に乗せてしまうでしょう」

「でも……でも!」

 

 思わず、声を荒げてしまう。

 

「わたし、思っちゃったんだ……あの時のみのりちゃんも、霜ちゃんも……いやだ、って、二人なんて、友達なんかじゃない、って……だから、本当の、本音で、本心から……言っちゃった、から――」

 

 後悔と自責が濁流のように流れ、氾濫する。

 どうして、なんで、と頭の中で反響する。

 それでもわたしは、あの時のわたしは、あの瞬間のわたしは、言ってしまったんだ。

 

 

 

「――絶交だ、って」

 

 

 

 たとえあの時のわたしが狂っていたとしても、そう思った。そう言った。その事実は変わらない。

 口にするとかしないとか、それ以前に、わたしはそう思ってしまったんだ。

 二人と友達であることを、拒絶したいって。繋がりを断ち切りたいって。

 それが言葉になってしまって、そして、現実になった。

 

「わたしが……わたしの、せいで……」

 

 友達を助けることもできず。

 友達は連れ去られてしまって。

 あまつさえ、友達を、自分から手放してしまった。

 わたしの、わたしにとって、なによりも大切なものだったのに。

 わたしが弱かったから、力も、心も。

 そのせいで、わたしのせいで、すべてが壊れ、崩れてしまった。

 目元の熱さを、堪えきれなかった。

 

「わたし、もう……なんにもなくなっちゃったよぅ……」

 

 力をくれた鳥さんは、もういない。

 助けてくれた友達も、自分から突き放した。

 守りたいと願った人も、守れなかった。

 わたしが今まで積み上げてきたものは、もう、なにも残っていない。

 ただただ、悔やんで、悲しくて、みっともなく泣きじゃくることしか、できなかった。

 だけど。

 

「……告解は終わりましたか?」

 

 ぴしゃり、と。

 鋭く、切り込むような、声。

 

「え……?」

「あなたの罪はそれですべてか、と問いました」

 

 ローザ、さん。

 彼女はまっすぐにわたしを見据えていた。

 そして、静かに語りかけてくる。

 

「泣くのはいいでしょう。悲しい時は涙するものです。悔やむのもいいでしょう。振り返ってしまう弱さは恥ずべきことではありません。卑下するのもいいでしょう。自分の弱さを受け入れることは大事なことです」

 

 ですが、とローザさんは続けた。

 

「立ち止まることだけは、許しません」

 

 ぴしゃり、と。

 彼女は言の葉を紡ぐ。

 

「それは、最もやってはいけない罪です。すべてを無駄にして、台無しにしてしまう、愚かな行為です。私は、そんな愚かな友人を持ちたくはありません」

 

 抉るような強い言葉。

 次々と、その衝撃が、わたしを打つ。

 

「あなたが本当に自らの行いを罪だと思うのなら、それを償いたいと願うのなら、そのように、するべきです」

「でも……わたし、二人に、ひどいこと、言っちゃって……」

「だからなんだというのですか。確かに、一時の感情に流されて吐き出した暴言は罪かもしれませんが、あなたはその罪を告解し、懺悔しました。私には牧師としての資格があるわけではありませんが……私は、あなたの罪の告白を聞き届けましたよ」

 

 ローザさんは、微笑んだ。

 柔らかく、温かな、笑みを浮かべている。

 

「なら、それで十分です。あとはそこから、立ち上がり、前に進んでください。その意志の発露さえあれば、あなたは赦されますし、誰がなんと言おうとも、この私だけは、あなたを赦します」

「ローザ……さん……」

「……まったく、しょうがない人です。ユーちゃんとは違う意味で、あなたも手の掛かる人のようですね」

 

 ローザさんはグッと腕を伸ばして、私の瞳から雫を拭い取った。

 

「そうやってうじうじ泣いて立ち止まってしまうのは、あなたの悪いところですね。ですがそれがわかれば、改善できます。前に進めます。さあ立ってください。そして、あなたがすべきことを為すのです。伊勢さん」

 

 わたしを、叱咤する言葉。

 厳しいけれど、それは、優しい言葉だった。

 誰かに叱られたことなんて、ほとんどないけれど。

 まだ蟠りが解けたわけではないえけれど。

 立ち上がることは、できた。

 そして。

 

「大丈夫、不安に思う必要はありません。あなたはなにもなくなったと仰いましたが、それは間違いなのですから」

「え……?」

「あなたにはまだ、残ってるものが、こんなにもあるではないですか。ほら」

 

 ローザさんが指さす先には、わたしを叱りはしないけど、一緒にいてくれる人たちがいた。

 

「そうですよ、小鈴さん! ユーちゃんたちがいます!」

「ん……私、も……」

「後輩が頑張ってるのに、先輩たる私が見てるだけってわけにもいかないしね」

「俺も人の姿を得たからには、為すべき事は為す所存です」

 

 ユーちゃんが、恋ちゃんが、謡さんが、スキンブルくんが。

 みんなが、寄り添ってくれる友達が、残っていた。

 ……そっか。そう、だよね。

 確かに、力も、友達も、願いも、色んなものを失ってしまったけれど。

 それでもまだ、わたしにも、残っているものがあったんだ。

 

「私たちの願いはいつだって、小鈴ちゃん、あなたの力になることなんだから。だからあとは、あなたが、どうしたいか、だよ」

「わたしの……したいこと……」

「うん。正直、酷い状況で、散々な結果だけど……過去を悔やむのはもう終わった。じゃあ次、あなたは、どうしたいのかな?」

「わたしは……」

 

 わたしのしたいこと。

 それはもちろん、決まっている。

 

「……みんなを……鳥さん、霜ちゃん、みのりちゃん、そして……代海ちゃん。みんなと、もう一度、会いたい……!」

「会うだけ?」

「ううん。仲直りして、ちゃんと謝って、もう一度……いつもみたいに、遊んで、笑って、一緒にいたい!」

 

 ただそれだけのこと、だけど

 わたしにとっては、それがなによりも大事なことだった。

 すべてを失ったわけではない、残った友達もいる、けれど。

 失われたものを、失われたままには、していたくない。

 取り戻したい。もう一度、欠けてしまったこの関係を、やり直して、元通りにしたい。

 “いつものわたしたち”を、もう一度……!

 

「……伊勢さんらしい答えですね。安心しました」

「Ja! そうですね……Hor mal Rosa(ねぇ、ローザ)

「? Was(なに)? Julia(ユーリア)?」

Verzeihung(ごめんね),Lass mich etwas Schlimmes tun(いやなことさせちゃって)

Verzeihen Sie(いいよ).|Das ist mein Rolle(これが私の役割で、) und Jemand sollte sagen(誰かが言わなくちゃいけないことだから)……unt(それに)

unt(それに)?」

「……Ich bin auch ein Freund(私だって、友達なんだから)

Sag es ihr(それ、小鈴さんに直接言ってあげたら?)

Verlegen(照れるから遠慮しとく)……」

Ja mei(まったくもう)!」

 

 ……わたしたちにはわからない言葉で、ユーちゃんとローザさんがなにか話してる……

 

「二人とも、なんのお話ししてるの?」

「むふふ、ローちゃんは実は照れ屋さんなのです」

「ユーちゃん!」

「? そ、そうなんだ……?」

「なんにせよ、方針は決まったね」

 

 謡さんが全員を見渡しながら、取り纏める。

 これから、わたしがすべきことを。

 

「まずは皆で仲直り! それと、鳥さんも助けに行く!」

「は、はい!」

「ん……」

「Ja!」

 

 やるべきことはたくさんあって、重大だけれど。

 みんながいるから、きっと……!

 

「それじゃあ、早速みんなのところに……」

「いやいや、妹ちゃんは、まずは家に帰った方がいいよ」

「え……あっ」

 

 そうでした。

 すっかり忘れていたけれど、わたし、なにも言わないまま、家に帰ってないんだった。

 

「一応、私の方から会長には一報入れておいたけど……若い娘さんが急に外泊とか、よくないでしょ」

「はい……」

「急く気持ちも分かるけど、あなたに心配する人がいるように、あなたを心配してる人もいるんだよ」

「……わかりました」

 

 そう謡さんに説かれて、わたしは一度、帰宅することになった。

 その間に、謡さんたちも準備をするから、と言って、みんなで一時解散。お昼過ぎに、再集合する手はずとなりました。

 外泊……修学旅行とか林間学校以外では、外泊なんてはじめてだ。

 お母さん……は、大丈夫として、お姉ちゃんやお父さんは、怒ってるだろうか……怒ってるだろうなぁ。

 ……どうしよう。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 怖々とした気持ちを抱えながら、帰ってきました、我が家に。

 玄関を潜るのが怖い。でも、帰らないわけにはいかない。

 ここだって、わたしの帰る場所なんだから。

 とはいえ無断外泊してしまったから、恐る恐る、玄関を潜る。

 

「た、ただいまー……」

「小鈴」

「ひぅっ」

 

 すると、鋭く突き刺さるような声が、わたしを出迎えてくれた。

 

「お、お父さん……」

 

 いつも以上に厳めしい顔をしたお父さんが、わたしの前に立ち塞がる。

 お父さんは、静かだけど、とても重々しく、口を開いた。

 

「遅かったな」

「えと、その……」

「おおよその事情は五十鈴から聞いている。が、少し気が緩んでいるんじゃないのか?」

 

 険しい睨むような視線。

 昔から、この視線が苦手だった。

 お父さんのことは家族として好きだし、尊敬もしている。厳しいけれど、それだけにまっすぐで、実直で、誠実な人だって知っている。

 だけど、そうだとわかっていても、わたしはお父さんのこの目が苦手だ。

 この目が嫌で、昔のわたしは、怒られないようにしていた。

 だから久しくこの目を見ることはなかったけど。

 今、わたしは、数年ぶりにお父さんのこの目に晒されている。

 

「まったく。お前ももう中学生なのだから、少しは落ち着きを持ちなさい」

「…………」

「半ば無断の外泊だなんて、そんな時間までなにをやっていたんだか」

「……ごめんなさい」

 

 そう、小さく呟くことしかできない。

 本当に、ごめんなさい。

 なにも言えない。事情は、話せない。 

 そんな後ろめたさが、ちくちくと、突き刺さる。

 

「小鈴。お前はまだ子供だが、いつまでも子供なわけではない。もう少し、大人になっていく、という自覚を持ちなさい」

「……うん」

「まったく。ただでさえお前は若い少女の身だ。もっと自立したようにだな……」

 

 お父さんのお説教が始まった。

 と、思ったら。

 

 

 

「うっせー!」

 

 

 

 ……リビングから怒声が響いてきた。

 いや、これ……お母さんだ。

 

「うるっさいよー、おとーさん! そんなグチグチネチネチ言わないの。イライラするでしょーが」

「みすず……」

 

 お父さんが、弱った顔をする。

 お母さんはずるずると寝転がった姿勢のまま、お父さんに叱り返す。

 

「そーゆーのは私の聞こえないところでやって! 執筆の邪魔邪魔。しっし!」

「……みすず。前々から思っていたが、お前もお前で娘の教育が適当すぎないか? 娘がほぼ無断で外泊だぞ。少しは言うべきことも、思うこともあるだろう」

「ぜーんぜん? あ、お泊まり会の話は聞きたいなー。私、学生の頃そーゆー経験無かったし」

「おい。しっかりしろ母親」

「小説家ですので」

「それ以前に母親だろう」

「残念だったね、どっちも私だ」

「なにを言ってるんだお前は?」

 

 あぁ……はじまった。

 夫婦喧嘩なのか、夫婦漫才なのか、よくわからない二人の口喧嘩? が。

 

「そもそもね? 規則通り規律通りなんてのは、大人になってから腐るほど味わうんだから。今くらい、自由にのびのびやってもいいと、私なんかは思うんだけども。違うかね?」

「その将来に向けて生育するのが今の時期だろう。五十鈴はあんなにも自立しているというのに、小鈴ときたら……」

「あー! そーゆーのよくないよお父さん。兄弟姉妹で比べるのは感心しないなー。月並みな言葉だけど、皆違って皆いいんだから。五十鈴には五十鈴のいいところと悪いところがあるし、小鈴には小鈴の悪いところといいところがあるんじゃない」

「悪いとこがあるのなら、それは正すべきだろう」

「いんや、私はいいところを伸ばすべきだと思うなー。あと、悪いところって言ったけど、良さも悪さもケースバイケースだし。悪い部分をいい感じに切り取ってみるのも一興でしょ」

「しかし悪いものは悪いのだ。健全でまっとうな生育のためには、自立した精神が必要で……」

「っていうかぁ、本人がそうしたいって思ってやってるなら、それも自立心じゃない? それを自分の思う通りに操ろうとするのは親のエゴっていうかぁー」

「しかしだな、年頃の娘が急に外泊というのは決して社会通念的にも褒められたことではなく、もしも事件に巻き込まれたり、変な男に絡まれていれば……」

「そん時はお祝いしてあげよう。父親の顔が見れなくても、私は幸せならオッケーです」

「お前には母親としての自覚がないのか!?」

 

 お父さんは、真面目で、実直で、誠実な、お堅いけれどまっすぐな人、だけれど。

 だからこそ、なのかな。

 ふんにゃりふわふわしているお母さんとは、致命的に相性が悪い……いや、いいのかな?

 お父さんの矛先は、だんだんとわたしから、お母さんへと向いていく。

 

「まったく、小鈴も子供だが、お前もお前だ、みすず。昔からいつもちゃらんぽらんで……そんなんだから家から追い出されるんだぞ!」

「出てったのは私からですー。はいざーんねーん!」

「なにが残念だ。身寄りを頼れない苦しさは、お前がよくわかっているだろうに」

「私は死んでも小鈴の味方ですしー。それにほら、なんやかんやでお父さん(あなた)は私を拾ってくれたし、意外と人生なんとかなるなる」

「そんな適当に生きているからお前は放っておけな……」

「ん? なになに? なんか言ったかな?」

「なにも言っていない! くっ、お前は相も変わらずやりにくい……!」

「お褒めにあずかり光栄のいたりー……チラッ、チラッ」

 

 ……?

 なんか、お母さんが目配せして、口をぱくぱくさせてる。

 いや、小声でなにか言ってる。えっと……?

 

(ここは 私に任せて 先に行け)

 

 ……!

 お母さん……!

 お父さんがお母さんと言い合っている間に、わたしは回れ右して、音を立てないよう、ゆっくりと玄関の扉を開く。

 

「い、いってきまーす……」

 

 心の中でもう一度、ごめんなさい、と謝ってから。

 本当は、もっとちゃんと謝って、訳も話して、後腐れ無く行きたかったけど。

 そんな未練を飲み込んで、わたしは、また、家を出た。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 お母さんに一報だけ入れて、外のパン屋さんで軽く食事を済ませてから、予定よりちょっと早い時間に、みんな集まった。

 わたしのすべきこと。わたしのしたいこと。

 絶交は撤回。みのりちゃんや霜ちゃんと、仲直りすること。

 攫われてしまった鳥さんを助け出すこと。

 そして、代海ちゃんと……もう一度、ちゃんと話したい。

 タスクは三つ。その中でまず、最も達成が近そうなのは、一番目。

 仲直り、だ。

 とはいえ二人とは連絡がつかない。どこにいるのかもわからない。

 けど、わたしが家に帰ったりパンを頬張っている間に、謡さんは糸口を見出していた。

 

「相変わらずそーくんも実子ちゃんも応答がないんだけど、そーくんの方はついさっきアテが見つかってね」

「アテ? それって……?」

「……つきにぃ」

「いつきくん?」

「……くん?」

「あ、いや、えっと……ちが……っ!」

 

 ついうっかり、癖でいつきくんって言っちゃった……! 先輩なのに!

 

「あの、あのあの、ち、ちがくって……え、と、それで! 霜ちゃんとの連絡はつきそうなんですか!?」

「メタリカもビックリするほど、強引に話を曲げましたね……」

「……そーくんのお兄さん、元学援部だからさ。イツキ先輩なら連絡先を知ってるんじゃないかって思って連絡したら、大当たりでね。ついさっき、水早先輩の連絡先を貰ったの」

「な、なるほど! その手は考えませんでした!」

「わざとらしい……」

 

 謡さんは携帯を操作して、わたしに投げ渡した。

 っていうか、これ。誰かに電話をかけてる。

 

「わたしが繋いでもいいけど、これは妹ちゃんの問題でしょ。なら、あなたが出た方がいいよ」

「は、はい……そう、ですね」

 

 その通りだ。

 わたしが捨てた縁は、わたしの問題だ。

 なら、それを再び結び直すのも、わたしだ。

 やがて、通話が繋がった。

 

「あ、あのっ! お久しぶりです、伊勢小鈴、です。えと、霜ちゃんのお兄さん……です、よね……?」

『あぁ。そうだが』

「その、わたしたち……実は……」

『待て』

 

 急に、向こうからストップがかかった。

 

『話は剣崎から聞いてるが、詳細は知らない。だが俺は、お前らの事情に首を突っ込む気もない。俺はただ、剣崎と先輩と後輩のよしみだけで、お前達と繋がる。オーケー?』

「え、は、はい……」

『よし、なら俺はまったく無関係な村人Aの立場でお前達と接するぞ。深入りも過度な協力もしない。それでいいか?』

「……はい。すみません」

『気にすんな。こういうのはきっちりやっとかんとな。で、要件は?』

「えっと、その、霜ちゃんのこと、なんですけど……」

『霜? あー……ちょっと待ってな』

 

 ドタドタと、電話越しに足音が聞こえる。

 しばらくして、ぼそり、と独り言のような声が届いた。

 

『……逃げられたな』

「逃げ……え?」

『昨日からなんか変な感じだなとは思ってた。が、どうも俺の話し声を聞いてなにを察したのか、窓から逃げたっぽい』

 

 窓から逃げた!?

 霜ちゃん、意外とワイルド……あ、でも、昔もそんなことしてたような。

 

「ど、どうしましょう……」

『……深入りはしないし、事情は聞かん。俺は無関係な村人Aだ。だがそれ以前に、あいつの、霜の兄貴だ』

 

 弟に悪態突かれるほど頼りないがな、と自嘲的に、けれども確固たる意志を持って、お兄さんは続ける。

 

『なにも知らない立場からなに言ってんだと思うかもしれない。キツイ言い方になっちまうかもしれない。それでもあえて、あいつの兄貴として言う。いや、頼む……あんま、あいつを追い詰めないでやってくれ』

 

 それは、懇願だった。

 哀しみと、憐れみと、思慮に籠もった、嘆願だ。

 

『あいつもあれで男だ。見栄を張ってはいるが……一度、大事なモンなくしてるんだ。もう二度と、同じ思いはゴメンだって、あいつも思ってる。そう思って、動いてるはずだ』

「…………」

『悪いな、身内贔屓で。そっちにもそっちの事情があるのにな』

「い、いえ……わたしこそ、ごめんなさい……」

『いやいい。あいつが逃げに回ってるのもわかる。悪手を打ってるのはたぶん霜だ。けど、心ってのは、理屈じゃどうにもならない歪みを起こすもんだからな』

 

 やれやれといった風に、お兄さんは電話越しでも分かるほど、溜息を吐いた。

 

『思えば、剣埼と伊勢もそうだったなぁ。俺の周りはこんな奴ばっかか。どういう因果だこりゃ』

「え? 先輩と……なんですか?」

『いやなんでもねぇ、こっちの話だ……あっぶねぇ、危うく口滑らすところだったぜ』

「……?」

『ま、ともかくだ。少しだけ待ってくれ。あいつも馬鹿じゃない、むしろ俺より頭いいくらいだ。だから、じきに気付くはずだ。どうすりゃ最善に至れるのかってのをな。でも意地っ張りだから、そっちから手を伸ばしても、きっと振り払っちまう』

 

 意地っ張り……確かに。

 霜ちゃんは、見た目は可愛いけれど、その内は、凜々しくて、キリッとしてて、鋭くて、格好良い。

 だからこそ意地を張ってしまうことも、あるのかもしれない。

 霜ちゃんがなにに、どうして意地を張っているのかなんて、わたしにはわからないけれど。

 霜ちゃんも霜ちゃんで、なにか考えがある……のだと思う。

 

『いやほんと悪いな、面倒くさい弟でよ。でも仕方ねーんだ。あいつもなんだかんだまだガキだから、そういう不器用なことしかできねーんだわ』

「……はい。お話、ありがとうございました」

『すまんな、なにも力になれなくて』

「いえ、そんなこと……霜ちゃんのこと、少しでもわかったので。良かった、です」

『そう言って貰えると助かる。俺は村人Aのスタンスは崩さないが、その範疇でならいくらでも協力するさ。霜が心配なのは俺も同じ……俺も、前のあいつは、見たくないしな』

「はい……よろしくお願いします」

『おう。じゃあな』

 

 ぷつり、と通話は切れた。

 

「ど、どうでした? 小鈴さん」

 

 ふるふるとした瞳で尋ねるユーちゃん。

 わたしは申し訳なく、首を横に振る。するとユーちゃんはがっくりと肩を落とした。

 

「そっか。ならこっちはひとまず、時間に委ねるしかないかな……次はどうする?」

「……みのりちゃんの家に、行きます」

「実子ちゃんの家、知ってるの?」

「はい。行ったこと、あるので……ちょっと遠いですけど」

 

 霜ちゃんは直接会っても、きっと逆効果になってしまう。お兄さんも、それを懸念している。

 だけどみのりちゃんなら……もしかしたら。

 そんな願いを胸に、今度は、みんなでみのりちゃんの家に、向かうのでした。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「……出ないね」

 

 みのりちゃんの家。

 一般的な一戸建ての家。普通にインターホンを鳴らしてみたけど、反応はない。

 カーテンも閉め切られていて、人の気配すらなかった。

 

「家宅の周囲、窓から覗ける範囲で内部も視察しました。が、人の気配はありませんね」

「家族とかもいないのかぁ。なんかちょっと不穏なんだけど」

「みのりちゃんは、一人暮らしですよ?」

「え、あ? そうなの? 中学生で……マジ?」

「はい。ご両親が仕事の都合で、海外を転々としているから、とかって聞きましたけど……」

「はー、すっごい。うちなんて専業主婦と家に籠もってるイラストレーターだよ」

「しかし香取さん自身の気配や姿もないとなると、外出中、なのでしょうか?」

「……ひきこもり?」

「その可能性は比較的薄いですが、否定もできませんね」

「……はっ! も、もしかして実子さんも、いつかのユーちゃんみたいにクリーチャーに……!」

「あったねぇ、そんなことも」

「クリーチャーの気配……鳥さんがいれば、わかるんだろうけど……」

 

 今ここに、鳥さんはいない。

 わたし一人では、あまりにも無力だ。友達が苦しんでいるのか、どう思っているのかすら、わからない。

 

「さて、そーくんも実子ちゃんもハズレだけど……外出中なら、いずれ戻ってくるよね」

「そうでしょう。ならばここで待機、帰宅を待つ、というのが最善やもしれません」

「ひきこもってたら……?」

「その時が問題だよねぇ」

「居留守を使われているのであれば、こちらと接触する気が無い、ということですからね」

「実子さんが……そんな……」

 

 どうしよう。

 とりあえず待ってみる、べきなのかな。

 ……なんだか、もどかしい。

 どうにかしようって、前に進もうって、決意したのに。

 待つしかない、なんて。

 そう思った時だった。

 

 

 

「あーもう! なんなのよー!」

 

 

 

 苛立ったような、女の人の声が、聞こえてきた。

 思わず振り返ると、道路を歩く三つの人影が、視界に映る。

 とても、見覚えのある、三人組だ。

 

「賃貸契約……正直、舐めていたよね」

「よもや入居に際し審査があるとはな。連帯保証、敷金礼金……むぅ、考えたこともなかった」

「あーゆーのは公爵夫人様とかが全部やってくれてたのよー。こういう時に夫人様のありがたみを痛感するのよー」

「そもそも私たちの所持金が足りなさすぎる。敷金礼金、仲介手数料に保険金、預かり金……自主退職した分、収入がないから、どうにもならないな」

「ぼくはまだあの学舎に席があるはずだが。用務員として」

「私もまだ購買のおねーちゃんなのよー」

「私はとっとと退職したい。が、三人で生きるには金が要る。ままならない世界だ……」

「これでは当分、寝床も高架下だな。見張りはぼくが受け持とう」

「いや、私がやるよ。姉さんと兄さんは寝てて」

「そんなこと言わないのー。見張りは交代制! 二人とも、寝る時はちゃんと寝るのよ!」

 

 ……っていうか、この人達は……

 思わず、声を掛けてしまった。

 

「よ、葉子さん!?」

「およ? わっ、すずちゃーん!」

 

 その声に向こうも気付いたようだった。

 葉子さん……『バタつきパンチョウ』のお姉さん。

 そして、その弟さん。お兄さんと先生、もとい『燃えぶどうトンボ』と『木馬バエ』のお兄さん。

 葉子さんは背が高く、スタイルの良い女の人。派手で鮮やかな衣服、長く煌めくような金髪……だけれども、服も髪も、土で汚れている。

 

「あの、葉子さん、髪に土が……」

「あらごめんなさい。でも、ありがとうなのよー」

 

 わたしの背じゃ葉子さんの頭に手が届かないから、屈んで貰って土を払う。

 先生の目がちょっと怖かったです。

 

「……よくもまあ、ぬけぬけと顔を出せたものだよね」

「牙剥き出しですね、飼い猫と飼い主さん。姉さんには爪を立てさせませんよ」

「うむ。我ら国籍を捨てようと、姉上の弟であることに変わりなく。故に姉上への忠義も不変なり」

「私は、あなたたちがこの子にしたことを忘れてない」

「無論、俺も謡と同意見ですよ。不思議の国の蟲たちよ」

 

 そして、謡さんとスキンブルくんの目も、怖い。

 敵意を露わにして、火花が散りそうなほどの鋭い眼光で、睨み合っている。

 けどそこで、ユーちゃんが、割って入った。

 

Warte(待ってください)! この人たちは、その……違うんです!」

「違う?」

「はい。その人達は、その、確かに足止めはしてたんですけど……」

「……途中で、とおして、くれた……」

「……本当に?」

「あぁ、そんなこともありましたかね。まあ姉さんの指示ですし」

「姉上の言葉は絶対だ。帽子屋殿の指令に勝る故な」

「そもそも私たちは、もう帽子屋さんとは関係ないですしね」

「我々は国籍を捨て、不思議の国を出国した身であるからな。いやさ亡命か?」

「追われてはいないけどね」

「……出国?」

 

 出国。国から、出て行った……?

 それって、どういう……?

 

「抜けたんですよ、【不思議の国の住人】から。これも、姉さんの意向ですがね」

「え……!?」

 

 思いもよらない真実に、一瞬、頭が追いつかなかった。

 抜けたって……葉子さんが……!?

 にわかに信じられないことだった。

 葉子さんはわたしたちにもよくしてくれたけど……だからって、【不思議の国の住人】としての立場を蔑ろにすることもなかった。

 どちらにも優しく、マイペースに微笑んでいた人、だったのに。

 それが、抜けた、って。

 

「……帽子屋さんには、悪いことをしたのよ。でも、流石の私でも、耐えられなかった」

 

 葉子さんの表情が陰りを見せる。

 今まで見たこともないような、沈痛な面持ちだった。

 

「ウミガメちゃんも、ネズミくんも、カキちゃんも、なっちゃんも、うさちゃんも、夫人様も帽子屋さんも……みんなみんな、私にとっては大切な友達。それは今も変わらないけれど、だからこそ、手を貸すのは、もうやめたのよ。お姉ちゃんのワガママ、なんだけどね」

 

 悲しんでいるというより、嘆いているというより。

 困ったように、葉子さんは肩を竦める。

 

「ちょっと……自己嫌悪、なのよ」

 

 はじめて見るかもしれない、葉子さんが、本当に弱った姿を。

 翅を濡らした蝶のように、羽ばたくのも億劫そうに、頼りない葉っぱにしがみつくように、葉子さんは吐露する。

 

「ダメなことをしそうなら、止めるべきだった。ダメになっちゃいそうなら、支えるべきだった。私は皆が大事で、どれも大事にしたくて、すべての思いを大切にしたかった。だけど、どれも中途半端で、手が届かなくて……全部、ダメになっちゃった」

 

 どこか遠くの(ソラ)を見ているような、虚な瞳を虚空に向けている。

 諦めとも違う。達観したような、超然とした眼。

 その静かな面持ちからは、葉子さんの内面は、まるで窺い知れない。

 

「私は気ままに生きることが好きだし、それをやめる気はないけれど、それでもちょっと、後悔はしちゃうのよ」

 

 悲しげにも見えて、無感動にも見えて、諦念にも見えて、虚無にも見える。

 だけど、

 

「だから、あとはなるように。弟たちと気ままに過ごすって、私は決めたのよ!」

 

 最後は、ひだまりみたいな笑顔で、笑う。

 葉子さんも、葉子さんで、悩んでいるんだ。

 そういった素振りはまったく見せなかったけど、この人でも、悩みも、迷いも、苦しみもある。

 そんな葉子さんに、わたしの都合を押し付けるのは、気が引けた、けど。

 

「よ、葉子さん。その、わたし……!」

「……うん。あなたは、とてもいい子なのよ。本当に、掛け値なしで、私たち姉弟の妹として迎えたいくらい、まっすぐで、素敵な子」

 

 わたしの言わんとしていることを汲み取って、葉子さんは、わたしを抱き締めて、見つめる。

 

「そんなあなたは、知る権利がある。あるいはあの子を“人に近づけた”あなたには、真相を知る義務があるのよ」

 

 柔らかくて、明るくて、優しい声。

 けれども、同時に、それは厳しくて、重くて、鋭くもあった。

 

「だからちゃんと、あなたの目で見ておきなさい。今の不思議の国の現状を、しっかりとね」

 

 まっすぐな目で見据え、そして、笑った。

 

「私はもう、【不思議の国の住人】じゃないけど、友達と、大好きな妹のためなら、お姉ちゃんはまだまだ頑張れちゃうのよ!」

「いえ、わたし……妹じゃないです……」

「えー、でも妹にしたいのよー……ちらっ、ちらっ」

「姉さん」

「むー、わかってるのよー。まったくジェラシーなんて可愛いんだから、ハエ太ってば」

「うぜぇ……それとハエ太はやめろ」

「ふふっ。あ、すずちゃん、紙とペン持ってるのよ?」

「え? 紙とペン、ですか? えーっと……」

「私のものでよければ、お貸ししますよ」

「ありがとなのよー、銀髪ちゃん! ……の、お姉ちゃんなのよ。同じお姉ちゃん属性? これはライバルなのよ?」

「違います。私の妹はユーちゃんだけです」

「そっかー。これは手強いのよー」

 

 先生やローザさんのじっとりとした視線なんてどこ吹く風。葉子さんは受け取った手帳に、ササッとなにかを書き始めた。

 

「はいこれ」

「これは……?」

「住所と地図なのよ!」

「地図? どこの……?」

「そんなの決まってるのよ!」

 

 それは、暗夜に灯る道行く光。

 輝く蝶の光は、深い霧と闇に包まれた世界を照らす。

 優しくも眩しい輝きと笑顔で、葉子さんは、告げた。

 

 

 

「――不思議の国、なのよ!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 不思議の国の場所が記されたメモ。

 それが意外と遠くて、電車を使って移動して、駅を降りてから少し歩いて、わたしたちは私有地らしい山の前で、立ち止まった。

 

「ここ……の先、だと、思うけど……」

「地図……わかりにくい……」

「っていうかスキンブルに聞けば一発じゃん。スキンブル、ここで合ってる?」

「実は俺、不思議の国の外界で公爵夫人から剥離したのでございます。そしてその記憶は様々な部分が欠落、もとい共有できていないのです。仮に共有していたとして、剥がれ落ちた権能のひとつ。すべてが完全に共有されているはずもなく、曖昧模糊にもなりましょうや」

「使えないなぁ君も!」

「というのは本当ですが、真面目な話、ここだと思われます。俺の根幹を成す魂のようなものが、どこか騒がしいので」

「言い回しが厨二臭い……」

 

 うんまあ、なにはともあれ、この山の中に、不思議の国はある……ってことで、いいのかな。

 とはいえ山だ。しかも、見た感じ、結構深そう。

 下手に入ったら、遭難しないかな……?

 

「……あ、こっちですね!」

「ユーちゃん?」

「このあたり、人が出入りした跡がありますよ!」

「えっ?」

 

 ユーちゃんが指さすところを見る。

 確かに、微かに草が踏み分けられたような跡が見てとれるけど……言われなければ、気づけなかったくらいの跡だ。

 

「よく見つけたね、ユーちゃん」

「えへへ。ユーちゃん、こういうのは得意なんです!」

「ユーちゃんはお散歩好きですから。私も好きですが」

「でも、ユーちゃんのおさんぽって……」

「行軍……登山……」

「まあ、日本人の方の感性からすると、少々厳しいようですね。私も日本に来てから少し学びました」

 

 ドイツの人からすると、野山を何㎞と歩くほどのハイキングは、総じて散歩と言うらしいです。

 霜ちゃんは「二度とユーの散歩には付き合うものか」と、みのりちゃんは「自転車でなら付き合ってもいいや」と言ってたのを思い出す。ちなみに恋ちゃんは言葉を発しませんでした。

 

「むむむっ。やっぱりです。この山、いっぱい人が来てますよ!」

「中に入ってみれば一目瞭然ですね。山道こそない獣道ですが、明らかに人が頻繁に出入りしている痕跡があります」

「って言われても、よくわかんないんだけど……」

「人の足で踏まれ続けた結果、草の生育が悪い、道のような跡が続いているんです。わかりませんか?」

 

 言われてみれば、確かに草の生え方が薄いところがあって、それが続いている。

 それが、人が出入りした跡なのであれば、ここには多くの人が、多くの頻度で立ち入っているということ。

 つまりそれは、この奥に、不思議の国があることの裏付けでもあった。

 

「……行こう」

「ん……」

「ユーちゃん、先頭をお願い。私は最後尾につくから」

「Ja! Einverstanden(了解です)!」

「Schmetterling……ちょうちょを見て、「Fee(妖精さんだー)!」って言って脇道に逸れちゃダメだよ」

「そんなことしませんよ!? もうっ、ローちゃんはいじわるです」

「さっきのおかえしだよ」

 

 と言いつつ、先頭にユーちゃん、殿にローザさんがそれぞれ着いて、わたしたちは、山の中へと入っていく。

 その奥にある、不思議の国を目指して。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 生い茂る木々を掻き分けて進んだ先。

 鬱蒼とした山の中、急に、視界が開けた。

 奇妙で不自然なほど広い、山中の敷地。

 そこには、木々に覆い隠されるようにして、とても大きな邸宅があった。

 

「ここが……」

「不思議の国、だね」

 

 太陽の陰、陽光から逃れるようにして、ひっそりと佇む屋敷。

 そこは普通の家よりもよほど立派なお屋敷だけど。

 国と称するには、あまりにも小さかった。

 深山の奥に潜む日陰身の世界。

 わたしたちは今から、その門を叩く。

 のだけれど。

 

「思ったよりも早かったね。しかも、まさか君まで来るとは」

 

 屋敷の入口に、彼らはいた。

 不敵な微笑みを絶やさない少年と、なんの関心も無く緑色の飲料を傾ける少女。

 知ってる。わたしも、わたしたちも、知っている、人たちだ。

 

「お、朧さん……!? それに、狭霧さん……え? なんで、二人が……?」

「察しが悪いなぁ。いやまあ、そのくらいバレないように立ち回っていたのも事実だけどさ」

「面倒くさいから。お兄ちゃん、手っ取り早く」

「はいはい。ま、バタつきパンチョウのお姉さんが言うとしたら、もうオレたちの正体なんて隠すまでもなくバレバレなんだろうけど。それでもあえて、名乗ろうか」

 

 朧さんと狭霧さんは、予定調和のように、過ぎたことのように、口を揃えて、告げる。

 

「オレは兄弟姉妹の中でも四番目の次男――ヤングオイスターズ」

「同じく。五番目、三女」

 

 ヤングオイスターズ。

 それは、アヤハさんやアギリさんと同じ……つまり。

 この人達も、本当は【不思議の国の住人】、だったってこと……?

 

「……なーんか隠してるとは思ってたけど、思ったよりも邪悪だったね、朧君」

「いやいや、別にオレらはこの立場を利用して悪事を働いてなんていないさ。一度しかね」

「一度?」

「昨日のコーカス・レースだけだよ、明確に騙す意志があったのは。バンダースナッチの一件についてはオレらも後から話を聞いただけで、騙されていたのはお互い様。ま、そういった信用を積み重ねた結果が昨日だから、なんとも言えない部分はあるけどね」

 

 いつもの調子で、底の知れない微笑みを浮かべる朧さん。

 だけどもその微笑みは複雑怪奇。

 諦念にも、虚無にも、絶望にも、楽観にも、懇願にも、祈祷にも見える。

 なにを思っているのか、その思想はいくつもの願いが絡み合い、混ざり合い、混沌と渦巻いていて、まるで窺い知れない。

 

「とまあ、恨み辛みはあるだろうけど、残念。ここにはなにもないよ」

「なにもない?」

「すべてが終わったのさ。女王様は動き出してしまったし、館は見てくれを繕ってるだけでボロボロ。王は魂が抜け、民も離反し始めた。もう不思議の国は亡国だよ」

 

 亡国……

 葉子さんたちも【不思議の国の住人】から抜けたと言っていた。

 その理由や事情については、深くは話してくれなかったけれど。

 なにかがあったのは、間違いないんだ。

 

「そういうわけで、ここは兵どもが夢の跡、ってことさ。観光地はないし活気もない。衰退必至な滅亡の国、一足早い遺跡だね。入館料とかもないから、好きにするといいさ」

「……ひとつ、聞いてもいいですか?」

「オレはガイドでもないんだけどなぁ。まあいいよ、なにかな?」

「代海ちゃんはどうしてるんですか?」

「…………」

 

 一瞬、朧さんは口を閉ざした。

 表情のない顔で、わたしを見つめている。

 やがて、はぐらかすように、口を開いた。

 

「さて、それはオレの口から語っていいのかな。どう思う? 狭霧ちゃん」

「知らないしどうでもいい。終わったことじゃん。こっからどうにかなるの?」

「どうだろうねぇ。ま、オレは下っ端も下っ端だし、あえて語らないことにしよう」

「…………」

「どうしても知りたければ、この先に進みなよ。オレらは門番でもなんでもない。君たちを食い止める義務も意志もない。ただなにもできず、アテもなく海を漂う、哀れな牡蠣達(ヤングオイスターズ)さ」

 

 自虐的に言って、朧さんは道を空ける。

 これ以上、語ることもない。

 わたしは、黙って開けられた道を行く。

 重厚な木製の扉に手を掛けた時、背後から声が掛かった。

 

「あぁそうだ、伊勢さん」

「……なんですか?」

「三月ウサギの狂気を乗り越えて、この館に辿り着いた君を称えて、ちょっとだけ教えてあげるよ」

 

 朧さんは、なにかを期待するような口振りで、館を指さす。

 

「帽子屋さんは玄関を抜けた先だ。まっすぐ食堂を突っ切った先のお茶会場。そこに、彼はいるよ」

「……ありがとうございます」

 

 振り返らないまま、重い扉を押し開けた。

 そしてわたしたちには、不思議の国に、入国する――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 マジカル・ベルたちが館に入って行くのを見届けてから、朧はぽつりと漏らした。

 

「……もう、なにをしたって無意味なのさ。なんたって、もうなにをしても無駄、どう足掻いても無理。ヤングオイスターズの半数以上はそんな結論を出しているからね」

アギリお兄ちゃん(二番目)だけは、そうは思ってないけどね」

「あぁ、まあ、あのお兄さんはね。でも、お姉さん(一番目)がアレじゃあ、オレたちも厳しいよ。なんたって、こうして息をしているだけで悲哀で肺を焼かれる気分なんだ。生きるのが辛いとは正にこのことか」

「うちは……悲しいよ」

 

 狭霧は飲み終えたペットボトルを、力なく歪ませる。

 朧はなにも言わなかった。なにも問わなかった。なにも聞かなかった。

 言葉を介さずとも、その悲しみは伝わってくる。朧もまた、狭霧である。同じ存在として共有された群集個体なのだから。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん。アギリお兄ちゃんから、招集かかってるけど」

「オレはパスかな。アギリお兄さんには悪いけど、今回は静観させてもらう」

「……珍しい。なんで?」

「狭霧ちゃんは、スクープでなにが大事か、わかる?」

「知んないし」

「答えは意外性。誰も知らない出来事、誰も予想できない真実。そういうのが好まれるんだよ、スクープ記事っていうのは」

「ふぅん」

「そりゃあ、事実を積み重ねて論理的に解決するってのも大事だけどさ。でも、オレたちは今、どん詰まりの崖っぷちにいる。もう助からないってレベルで、絶望の淵に立たされてる。なにせ相手はあの女王様だ、小細工もその場凌ぎも、纏めて押し潰されるがオチさ」

 

 ヤングオイスターズの感情はない交ぜだ。十二人の兄弟姉妹の思い、願い、絶望、嘆願、すべてが詰まり、混ざり合っている。

 ほとんどがどす黒い、悲観的な感情だが、その中に微かな光が、二筋灯る。

 ひとつは長男、アギリ。心折れた長女に代わり、立ち上がった次世代筆頭。

 そしてもうひとつ。長男よりもなお弱いが、それでも確かに灯る光が、朧の中にはあった。

 

「すべてが絶望の中、一発逆転になるのは、誰も想像できないような一手。利益を細かく小さく積み上げた論理じゃ、強大すぎる脅威には太刀打ちできない」

「……だから、あいつの味方するの?」

「味方はしない。オレはヤングオイスターズだ、兄弟姉妹の妨害なんて絶対にやらない」

 

 だけど、と朧は続け。

 

「彼女らの邪魔もしない。オレはヤングオイスターズであると同時に、オレ自身だ。オレは、オレが結論づけた未来も信じたい」

 

 姉の絶望も、兄の奮起も、弟妹の悲嘆も、すべて理解できるし、受け入れざるを得ない。

 ヤングオイスターズは個人でありながら群集。しかし群集であっても、個人は個人。自分という存在、自分の意志は、自分のものなのだ。

 普段であれば共有される自我に執着しない朧だが。

 今だけは、あるいは今だからこそ、自分が考えて導き出した答えを、捨てなかった。

 

「決断できなかった妥協と嗤えばいいさ。あるいは諦めの言い訳と蔑んでも構わないよ。結局オレは、答えを導き出しただけ。行動は、起こさないのだから。ほら、ダサいだろう?」

「……いや」

 

 朧の自虐に、狭霧は首を横に振る。

 

「はじめて、オボロお兄ちゃんが格好良く見えた」

 

 まっすぐで、屈託ない言葉。

 同じ存在だからこそ、その言葉に嘘偽りがなく、心からの言葉であると、わかってしまう。

 ここまで純粋な称賛を受けるとも思わず、さしもの朧も、面はゆさで面食らう。

 

「……それはどうも。じゃ、動かずただ待つだけのオレの暇潰しに付き合ってくれるかい?」

「メロンソーダ」

「言うと思った。今回はなんと、ここに既に用意があるのさ。何箱欲しいんだい? 三箱だろうと四箱だろうと開封してあげよう。さぁ、好きなだけ求めたまえよ」

「二本」

「え?」

 

 指を二つ、突き出す狭霧。

 それに朧は、目を丸くする。

 

「二本? たった二本でいいの? 二箱の間違いじゃなくて?」

「うん、二本」

「本当にそれっぽっちでいいの? 狭霧ちゃん。らしくもない」

「そんなことない。うちはうちだけど、うちだってヤングオイスターズの一端。うちはうち自身であると同時に、お兄ちゃん(あなた)であり、お姉ちゃんたち(あなたたち)なんだから」

 

 朧がふたつのペットボトルを狭霧に投げ渡す。

 しかしそのうちの一本が、投げ返された。

 そして、狭霧は妹として、微笑む。

 

 

 

「一緒に飲もう、お兄ちゃん」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 屋敷の中は、趣ある邸宅そのものだった。

 赤いカーペットが敷かれた床。天井は高く、小さな明かりが浮かび、薄暗く屋敷を照らしている。

 玄関から一直線、カーペットが道標のように、まっすぐ伸びている。

 その奥へと視線を向け、小鈴は、皆に向き直る。

 

「……あの、謡さん、みんな……」

「どうしたの?」

「わたし……帽子屋さんのところに、行きます」

「……」

「だから、その、ごめん。みんなは、鳥さんを、お願いしたい、んだけど……い、いいかな……?」

「大丈夫?」

「わたしは……平気、です」

「……そういうことなら。請け負うよ」

「ありがとうございます……」

 

 ぺこりと頭を下げて。

 小鈴は一人、不思議の国の奥へと、走り去ってしまった。

 

「さて、私たちも動かなきゃだけど……鳥さんか。どこにいるんだろうね」

「広いお屋敷ですからね。闇雲に探すのは得策ではありません」

「……そういえば」

「どしたのれんちゃん?」

「たしか……牢屋が……ある、って」

「牢屋?」

「……思い出しました。確かに、あのちょっと粗暴な感じのお姉さんが、言っていましたね。あの白髪の女の子を繋いでたって」

「ユーちゃんがお腹痛くなっちゃった時ですね!」

「牢屋かぁ……」

 

 確かに、攫った人物を閉じ込めておくには、おあつらえ向きな場所だ。

 もっとも、攫われたのは人ではなく鳥だが。しかし閉じ込める、という意味では同じこと。

 

「ひとまず、そういう方針で探してみようか。妹ちゃんは一人で行っちゃったけど、ここは敵地のど真ん中。分散すると危ないから、固まって動くよ」

「異論はありません。それがよいと思います」

「さて、それじゃあどこから探すかだけど」

「そこは大丈夫だと思います。さ、ユーちゃん。頼んだよ」

Ueaberlass es mir(任せて)!」

「え、なに?」

「ユーちゃん、秘密の抜け穴とか、隠し扉とか探すの、得意なんです。勝手に教会を探検して歩き回ったりしてたので……」

「へ、へぇ……そうなんだ」

「うっかり魔女狩り時代の名残らしい拷問部屋を見つけた時は、流石の私も戦慄しましたよ」

「それは……怖いね」

 

 異国の双子にささやかな驚異を感じつつ、ぴょこぴょこと跳ね回るユーリアを先頭に、一同は不思議の国の捜索に乗り出すのだった――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――四番目()五番目(狭霧)から報告、もとい情報共有を確認。侵入者を感知。対応のため、召集発令……しかし」

 

 アギリはぐるりと見回す。

 見慣れた弟妹(じぶん)の姿。しかし、欠けがある。

 

「招集に応じなかったのは、門番にもならぬ四番目と五番目、そして一番目と、その付き添いの三番目、か」

 

 十二人いる兄弟姉妹。うち四人が、この場にいない。

 全員で集合していることの方が珍しいが、招集に拒否することはそうない。特に、今のような非常事態には。

 否、非常事態だからこそ、今の不思議の国の滅亡と衰退があるからこそ、三分の一のヤングオイスターズが欠けているのだろう。

 

「長女は仕方あるまい。その介護も理解できる。しかしあの二人は……否。彼らには、彼らの思考があり、意志があり、自我がある。それもまた自分自身、無闇に否定するべきではないな。むしろ、どう転んでも誰かの思惑が叶う、と考えるべきか」

 

 状況は壊滅的。本来なら、小さな侵入者にかかずらっている余裕などない。

 しかしこちらの数少ない資源、資産を失うわけにもいかない。

 亡国と言えども国は国。腐っていようと民は民。

 不法入国者を、ただ見ているわけにもいかない。

 

「あなたも、いつまで腐っているつもりだ」

「……なによ」

 

 アギリの声に、棘のような鋭い声が返される。

 ボサボサになった髪、荒れて黒ずんだ肌、澱んだ瞳。

 華やかさも、美しさも、艶やかさも、そこにはない。

 ただの落し子に堕ちかけた淫欲の獣――三月ウサギが、虚ろにアギリを睨み返す。

 

「邪淫を振りまくあなたは邪悪だが、まだ活力があった。しかし今のあなたは抜け殻同然。姉と同じだ」

「…………」

「女王の覚醒を恐れているのか、代用ウミガメの失態に怒りを覚えているのか、友との離別で悲嘆に暮れているのか、はたまた帽子屋の機能停止に絶望しているのか……」

「全部よ、全部」

 

 三月ウサギは吐き捨てる。

 アギリのことが鬱陶しそうに。けれども振り払うほどの気力もなく。

 覇気のなくなった三月ウサギを、アギリは無感動に見下ろす。

 

「……あなたには、思うところもなくはない。情はある、合理もある。故に手を差し伸べることも吝かではないが」

「あんたが僕を勧誘するだなんて、珍しいこともあるのね。嫌われてると思ってたわ」

「同族嫌悪もあろう。姉はあなたを疎んでいたが、個人的にはあなたに同情している」

「同情ですって?」

「女王の落し子として、だ」

 

 ぴくり、と三月ウサギの眉根が動く。

 

「多産の権能を受け継いだのは代用ウミガメ、落し子の異形を受け継いだのは公爵夫人。しかし、多産の“結果”の具現、数多の仔としての性質を受け継いだのは……『ヤングオイスターズ(我々)』だ」

 

 数多の仔を産み落とすという所作ではなく、産み落とされた落し子という怪物そのものでなく、数多に産み落とされた仔という概念。

 その権能、性質を女王から受け継いだのが、ヤングオイスターズだった。

 

「兄弟姉妹ですべての精神性を共有するというのは、確かに有益だ。しかし数多の仔の精神の集合とは、心が、歪む」

 

 姉のようにな、とアギリは続け、三月ウサギを見遣る。

 

「あなたも同じだろう。邪淫という性質のみが存在し、情欲のみが発露し、だというのにその淫欲が導く先にはなにもない。虚無だ」

「…………」

「矛盾し、破綻した生態。概念の再現だけの、欠陥の落し子として、我々はある意味、似たもの同士なのかもしれんな」

 

 澱んだ眼でアギリを見上げる三月ウサギ。しかしアギリは、もう彼女に背を向けていた。

 けれども肩越しに、アギリは三月ウサギを見る。

 

「我々は、マジカル・ベルらの迎撃にあたる。我らに聖獣を扱うだけの力はないが、しかしむざむざあれを手放す理由もない」

「……だから?」

「死屍累々の不思議の国といえど、民はまだ、生きている。生きているのなら、できることもあろう。宿した情感を沈殿させるのは、あなたらしくない」

「僕に手伝えって?」

「合理性を考慮すれば、手はいくらあっても足りないほどだ。しかし情の上では、あなたは、なにもせずに腐っているべきではないと考える」

「あんた……そんなに僕に情念があったわけ?」

「姉が不機嫌になるから、あまりあなたと直接言葉を交わす機会がなかった。それに、平時にこのようなことを言ったところで、あなたには届くまい」

「そういう知った風な口振り、ムカつくわね」

「ほぅ、少しは調子がでてきたようだ」

「……やっぱムカつくわ、あんたも」

 

 その言葉を背に、アギリは他の弟妹たちを引き連れ、この場から去って行く。

 一人残された三月ウサギは、天を仰いだ。

 天上に楽園などあるはずもないが。

 それでも夢見てしまうような未来に、手を伸ばすように。

 

「……つまんな」

 

 ならば、どうするか。

 どうにもならない。だから、どうしようか。

 問題を解決する力はない。頭領は壊れ、友は去り、持ち得る力はほとんど無になった。

 残ったのは、自分自身。

 淫蕩に塗れた獣の情動。

 三月ウサギの手の中に残ったのは、たったそれだけだ。

 

「はぁ……口車に乗せられたみたいで、癪だけど」

 

 三月ウサギは、立ち上がる。

 

「自分の感情を押し殺したまま果てるっていうのは……もっと、ムカつくわね?」

 

 自分自身に、言い聞かせ。

 そして、歩み始めた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ほーんとすぐ見つけたねぇ」

「ふふん。数々の教会を冒険したユーちゃんに、シカクなし! です!」

「お願いだから、教会ではもう少しおとなしくしてね……怒られちゃうから」

 

 食堂のような広間から脇に逸れ、キッチンらしき場所を通り、食料庫と思われる一室の死角に隠された隠し通路。

 その先を進むと、暗い、微かな明かりが灯された、正に牢獄と言うべき狭い空間が、縮こまるように広がっていた。

 土が剥き出しの地面。岩肌が露わになった壁。冷たい空気。鉄格子の嵌まった檻。

 小さな白い雛鳥が、一羽。鳥籠の中に、力なく横たわっている。

 

「! トリさ――」

「待った!」

 

 しかし、それだけではない。

 暗闇の中に、ぼんやりと浮かぶ、無数の影。

 深淵からの眼差しが、こちらを静かに覗き込んでいた。

 

「……想定した時間よりも、かなり早い到着だな」

 

 深淵から這い出る、一人の男。

 アギリ――ヤングオイスターズの一人にして、次世代の“長男”を名乗る男。

 

「しかも、マジカル・ベルもいない、か。予測から外れた結果だ。だからといって、なにが変るわけでもなかろうが」

「……今度こそ、番人、かな」

「理解しているのなら話は早い」

 

 アギリは静かに、けれども確かな交戦の意志を瞳に宿している。

 玄関で通した弟妹のように、タダで通してくれる、などというぬるい展開はあり得ない。

 

「聖獣は渡さん。今この時において、それは無用の長物と成り下がり、それを欲した我らの王も堕落したが、我らはまだ、希望を諦めたわけではない。ここにいる、弟妹(じぶん)のためにも」

 

 闇の向こう側。蠢く小さな影。

 そのほとんどは、小学生くらいの、子供だった。未就学児と思えるような幼児も、兄や姉に抱えられるようにして、そこにいる。

 不安げに瞳を揺らし、恐れるように痩せ細り憔悴した身体を震わせ、見栄を張るかのようにキッとこちらを睨んでいる。

 綾波(アヤハ)天霧(アギリ)(オボロ)狭霧(サギリ)

 今まで触れ合ってきたヤングオイスターズたちよりも、ずっと幼い、子供たち。

 それも当然のことだ。ヤングオイスターズとは、哀れな若牡蠣たち。若くなくては、ヤングオイスターズ成り得ない。

 最年長のアヤハが、成人前後。長男のアギリが、高校生。四番目、五番目の朧や狭霧が、中学生。

 ならば末子がどれほどのものか、考えればわかることだ。十二人の兄妹の半数は、自分たちよりもずっと幼いはず。

 そしてこうして対面して、理解する。

 彼らは、彼女らは、弱い。

 力のない、弱者だ。

 巨悪にも、恐怖にも。立ち向かうことも、抗うこともできないような、非力な子供。

 ただ粗暴に力を振るうだけで、たちどころに彼らは喰われてしまうだろう。

 これが、今の不思議の国。

 いや、今まで表層に浮上しなかっただけで、不思議の国の暗部は、最初からこうだったのかもしれない。

 弱者達の巣窟であり、温床。

 人の世から外れ、日陰身で生きることを強いられた弱者達の寄り合い。

 暗く陰鬱な弱き者たちが棲まう隠れ家。

 どうすることもできない、どうしようもない、どん詰まりの世界。

 それが、不思議の国の実態、なのかもしれない。

 

「見ての通り。我々に戦力はほとんどない。民は去り、魂が腐った者だけが残った……弟の言葉を借りれば、亡国、だ」

「だから、見逃せ、って?」

「……無血で事が済むなら、それに超したことはない。個人的にも、幼い弟妹を戦地に送り出す真似はしたくない」

 

 目を伏せるアギリ。

 その言葉が偽りだとは思えない。そして、幼子を戦いに出すことの残酷さは、十分に理解できる。

 しかし同時に、それが都合の良い言い分だということも、わかってしまう。

 

「私としても、あまり戦いたくはないよ。あの子は、きっとそれを望んでないから」

 

 けれど。

 いやさ、だから、

 

「落とし所は、こうかな――スキンブル!」

「!」

 

 謡の呼びかけと共に、暗闇に、姿が浮かぶ。

 礼服を纏い、猫のように笑う青年――スキンブルシャンクス。

 その手には、鳥籠が、抱えられていた。

 

「いつの間に……いや、チェシャ猫……!」

「姿を消すことが、俺の取り柄です。情に訴えかけるのは結構ですが、俺はわりと自分の都合良く生きていますので。ほら、婦女子への覗きとかしますしね?」

「それは犯罪だからやめろ」

 

 しかしこれで、立ち塞がるヤングオイスターズたちの壁は、逆転した。

 

「力を無くした人と戦うのは忍びない。だけど私にも、後輩との約束があるんだ。だから血は流さない、だけどこの子は返して貰う」

「というわけですので、退路も確保致しました。この黴臭い牢獄から迅速に立ち去りましょう」

 

 あとはただ、背を向けて全力で逃げるだけ。

 小鈴のこともあるが……ひとまずは、鳥籠の中で眠っている彼の安全を確保しなければならない。

 

「防衛戦になると構えていたはずが、追跡(チェイス)になるとは……詰めが甘い。いや、この逆境で詰めもなにもないが、なんにせよ付け入る隙が大きすぎる。自省せねばならん、が」

 

 アギリもまた、すんなりと逃がすつもりはない。

 

「姉も、妹も、弟も、剣を捨てた。しかし(ボク)は、必要とあらば牙を研ごう。哀れな若牡蠣と言えども、哀れなまま、終わるものか」

 

 幼い弟妹たちを差し置き、アギリは進み出る。

 ヤングオイスターズの長男、次世代の頭目筆頭。だが、それでも、彼しか戦えないのであれば、頭数では圧倒的な差がある。

 それでも不屈の闘志と覇気を滲ませ、アギリが躙り寄る。

 

(これは、簡単に逃がしてはくれなさそうかな……仕方ないか)

 

 ポケットに手を突っ込む謡。

 そして、前に進み出て、

 

「なら一応先輩として、私が――」

 

 ――と、殿を務めて皆を逃がそうと思ったが。

 そんな謡よりも前に立つ少女がいた。

 

「れんちゃん……?」

「……私に、まかせて」

 

 色の抜けた髪をたなびかせ、恋はか細い腕と身体で、盾となる。

 

「しんがりは……まかせて」

「恋さん……!」

「だいじょうぶ……守るのは、得意、だから……」

 

 無感動な瞳を緩やかに開き、口元を柔らかく綻ばせる。

 その身はすぐに壊れてしまいそうなほど頼りないけれど。

 眼に宿る意志は、折れも曲がりもせず、確かな炎を灯していた。

 

「……スキンブル、皆。行くよ!」

 

 謡の先導の下に、一同は地下より這い出でる。

 ただ一人、殿を担う恋を残して。

 

「既に保険はかけた。役に立つかはわからんが……そうでなくとも、お前を即座に突破し、聖獣を奪還する」

「させない……ここは、私が……とめる」

 

 恋は、たった一人で。

 アギリは、弟妹を下がらせ。

 互いに向き合い――無意味な争いが、始まった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 恋は《ケンザン・チャージャー》を使ったのみで、場にはなにもない。

 一方でアギリの場には、《重圧(プレッシャー) CS-40》に、《チュパカル》が二枚、《サンドロニア》が一枚、《ガニメ・デ》が一枚と、既に四枚ものオーラが蓄積している。

 

「4マナ……《トライガード・チャージャー》……シールドを一枚、手札に……手札を一枚、シールドに……エンド」

 

 恋の動きは静かだ。クリーチャーも出さず、僅かな呪文を唱えるのみ。

 たった五枚の盾。しかしそれは、高く、堅く、アギリの前にそびえ立つ。

 

「仕込んだか。だが、この期に及んで退却はない。前進の意志なくして、希望の未来はあり得ない」

「…………」

「1マナで《*/零幻チュパカル/*》を起動。《ワイラビ(フォース)》をGR召喚し、《チュパカル》をインストール」

 

 三体目の《シュパカル》が、具現化する。

 これでアギリのオーラの使用コストは3軽減。加えて、アギリには十分な手札があり、それをさらに増やす手段もある。

 

「コストを3軽減し、1マナで起動! 《ガニメ・デ》の情報を更新! アップデート!」

 

 《ガニメ・デ》の異形が、ジジジ、と綻ぶ。

 拡張するように、拡大し、拡散するように、それは大翼を広げた。

 

「智は空に――《極幻空 ザハ・エルハ》!」

 

 単眼はギョロリと多数の眼球に。

 それはさらなる智を求め、空へと羽ばたく。

 

「《ザハ・エルハ》の能力でまずは一枚ドロー。さらに2マナで、新たなオーラを起動!」

 

 今度は《ザハ・エルハ》が、電子音と共に綻び始めた。

 ぐにゃりと翼が歪み、尾は渦巻き、細く、しなやかに変貌する。

 

「空は夢へ――《極幻夢 ギャ・ザール》!」

 

 管のような身体をしならせる、夢の猿。

 智を得て、一度は地に降り立つ。

 が、しかし。

 

「《ザハ・エルハ》を《ギャ・ザール》へアップデート! 一枚ドロー。そして攻撃だ! 《ギャ・ザール》の攻撃時に能力発動! 一枚ドローし、手札からコスト6以下のオーラを使用する!」

 

 続けて、《ギャ・ザール》の身体が綻ぶ。

 細身の身体は膨張し、分離し、変形し、硬化する。

 

「夢は星に――《極幻星 ジュデ・ルーカ》!」

 

 人の形、同時に、星の姿を象った電影。

 地に降りたそれは、再び宙へと浮かび上がった。

 

「《ギャ・ザール》を《ジュデ・ルーカ》にアップデート! 《ザハ・エルハ》の能力でドロー……さぁ、シールドブレイクだ」

「パワード・ブレイカー……」

「その通りだ。《重圧 CS-40》の基礎パワーは4000。《サンドロニア》《ガニメ・デ》《ギャ・ザール》がぞれぞれ2000加算。《ザハ・エルハ》と《ジュデ・ルーガ》がパワーを4000加算する――合計パワーは18000!」

 

 パワー6000ごとにブレイク数が一枚追加。そして、《ジュデ・ルーカ》の今のパワーは18000。

 即ち、

 

「パワード・ブレイカー・レベルⅣ――パワード()・ブレイク!」

 

 一撃で、四枚のシールドが吹き飛んだ。

 

「っ……」

 

 まだ二枚のシールドが残っているが、それでも半分以上が一度に叩き割られたのだ。軽い攻撃なはずがない。

 しかし、ただやられる恋でもなかった。

 

「S・トリガー……発動」

 

 恋の本領は、ここからだ。

 友の歩みに合わせる必要は、もうない。

 彼女たちを守るためなら、本当の自分を曝け出すことも厭わない。

 全力を出してもいいと思うくらいに、彼女は強くなった。それと同時に、全力で戦わなくてはならないと感じるほどに、脅威は迫っていた。

 ――あの時は、あまりにも遅きに失した。

 いくら力があろうと、意志があろうと、手が届かなかった。

 だからこれは、共に捧げる償いだ。

 そして、宣誓だ。

 もう失わせないと、傷つかせないと。

 守り抜くと――救い出すと。

 

「……私の、太陽は……ここにある」

 

 二つの月ならぬ、二つの太陽。

 おかしな話だが、それもまた、煌めいていて、いいのだと。

 

「絶望を閉ざせ。希望を開け。この先は、私の――世界」

 

 雲を裂き、天上より、それは現れた。

 

 

 

「私の楽園(せかい)は、ここにある――《ヘブンズ・ゲート》」

 

 

 

 天国へと続く楽園の扉が、開かれる。

 絶望を閉ざすために、希望を紡ぐために。

 世界の守護者が、降臨する。

 

「《歴戦の精霊龍 カイザルバーラ》……二体、バトルゾーンに……」

 

 舞い降りたのは《カイザルバーラ》二体。

 つまり、まだ終わらない。守護者にして執行者は、まだ、続く。

 

「ドロー……《真・龍覇 ヘブンズロージア》……《不滅槍 パーフェクト》を、装備……次……ドロー……《エンペラー土偶郎》」

 

 《カイザルバーラ》に導かれ、《パーフェクト》を携えた《ヘブンズロージア》、そして《土偶郎》も顕現。

 続けて《土偶郎》も、新たな尖兵を呼び寄せる。

 

「《土偶郎》の、能力、で……私の、ブロッカーの数だけ……GR召喚」

 

 ブロッカーは《カイザルバーラ》二体、《土偶郎》。合計三体。

 三回のGR召喚が行われる。

 

「《白皇角の意志 ルーベライノ》《続召の意志 マーチス》……《マーチス》二体……マナドライブ、さらに、二回」

 

 天上の調べは次々と使者を招く。

 龍を、天使を、断罪者を。

 

「GR召喚……《白皇鎧の意志 ベアスケス》……二体」

 

 数多の使者が軍となり、一瞬で恋の場を埋め尽くす。

 たった一枚のトリガーから、展開されたクリーチャーは九体。

 すぐにでも返しにアギリを圧殺してしまうほどの軍勢、だが。

 

「カウンターか。しかしクリーチャーを展開しすぎたな。それは愚策だ」

 

 立ち並ぶ光の軍団に怯まない

 正義の執行者がどれほど神々しい光を放とうとも臆しない。

 アギリもまた天を目指す者。

 (ソラ)を仰ぎ、遙かな空の先にある楽園に、星が輝く。

 

「《ジュデ・ルーカ》の能力起動! 攻撃後、ブレイクしたシールドの数だけ山札を閲覧。コスト6以下のオーラを強制起動する!」

 

 アギリの山札が次々と捲られ、ジジジ、と電子音を鳴らしながら、次々と現実へと浮上していく。

 

「《*/零幻チュパカル/*》《*/弐幻サンドロニア/*》《*/肆幻ウナバレズ/*》、そして――」

 

 データとは情報。情報とは、ある種の精神であり、命、魂そのもの。

 星の輝きは、哀れな若牡蠣の意志を、魂を、形にする。

 

「仇為す正義をも修正し、世界は今、楽園へ至る」

 

 形ある魂は今、満天の星空へと、高く、高く、飛翔する。

 天国を――目指して。

 

 

 

「星は天へ――《ア・ストラ・ゼーレ》!」

 

 

 

 儚く、哀れで、けれども強かな魂は、飛翔し、星となり、天国という楽園へ到達する。

 不確かで不安定な身体。実体のない電子の身なれど、もはや彼らの肉体は要らない。

 気高い精神だけで、七色の大翼は、神秘的に煌めき、羽ばたく。

 

「《ジュデ・ルーカ》の情報を更新する。アップデート、《ウナバレズ》及び――《ア・ストラ・ゼーレ》!」

 

 電子音の混じる怪鳥の凶声。

 切り裂く剣すらも捨て、星を超えた《ア・ストラ・ゼーレ》は、天を舞う。

 

「さぁ、ゴミ箱(ジャンクデータ)空に(消去)する時だ」

 

 アギリの眼は猛禽の如く。

 暗い宇宙の中にあっても、澱んだ電子の海の中でも、星と命の瞬きが灯る。

 

「《ア・ストラ・ゼーレ》の能力により、これよりパワーの低い相手クリーチャーをすべて手札に戻す。《ア・ストラ・ゼーレ》をインストールした時点で、こいつのパワーは28000!」

「……っ」

 

 大量のオーラを取り込んだ《ア・ストラ・ゼーレ》は、膨張に膨張を重ね、恋を守る番兵たちを圧倒するほどの巨躯となった。

 今一度、凶声を轟かせ、怪鳥は大波となり、光の軍勢に迫る。

 

「電子の海に沈め。お前のクリーチャーを――すべて初期化(オールデリート)!」

 

 波に呑まれたクリーチャーは、一瞬で肉体を失い、精神が崩壊する。

 存在そのものが、最初からなにもなかったかの如く、削除された。

 天国のもんから現れた光の軍団が、たったの一瞬で、すべて消滅したのだ。

 ただの一体を除き。

 

「《パーフェクト》を装備、した……《ヘブンズロージア》は、破壊以外じゃ、離れない……っ」

 

 不滅の槍の加護を受けた《ヘブンズロージア》だけが、《ア・ストラ・ゼーレ》の暴威から逃れることができた。

 しかし、この電子の巨鳥を前では、たった一体のクリーチャーでは、あまりにも矮小に過ぎる。

 

「さらに……《ベアスケス》の、能力……マナドライブ……シールド、追加、二枚……さらに、

「だからなんだという。《チュパカル》と《サンドロニア》に、新たなGRクリーチャーを構築、インストール――」

 

 再三の凶声。

 それは、更なる恐怖と、絶望を、叫ぶ。 

 

「――《マシンガン・トーク》! 《ア・ストラ・ゼーレ》をアンタップする!」

 

 バサッ――と。

 《ア・ストラ・ゼーレ》が、再び飛翔する。

 

「シールドを増やそうとも、《ジュデ・ルーカ》の餌が増えただけに過ぎない。再起動、攻撃開始!」

「《ヘブンズロージア》……ごめん」

 

 《ア・ストラ・ゼーレ》が星の輝きを放ち、大翼を羽ばたかせ、恋のシールドを突き破る。

 しかしそこに、《ヘブンズロージア》が、命を捧げる。

 

「マナ武装……シールド・セイバー……私のシールドは、一枚だけ、守られる……」

 

 我が身を擲つ殉教の意志。

 《ヘブンズロージア》はその身を犠牲に、恋のシールドを死守する。

 

「ブレイク枚数は二枚か。だが、それでもプログラムは起動する。《ジュデ・ルーカ》!」

 

 《ア・ストラ・ゼーレ》に取り込まれた《ジュデ・ルーカ》が光を放つ。

 その瞬間、再び、アギリの山札が舞い上がる。

 

「オレガ・オーラ起動。《*/弐幻ピンドメタル/*》《*/弐幻ケルベロック/*》!」

「…………」

 

 捲られたカードに、ほんの少し、恋は眉根を寄せる。

 

「《ワイラビⅣ》をGR召喚、《ピンドメタル》をインストール。さらに《ケルベロック》を《ア・ストラ・ゼーレ》にインストール! 能力でアンタップだ!」

 

 またしても、《ア・ストラ・ゼーレ》が飛翔した。

 その翼は疲れを知らず。その風は止むことなく。

 縦横無尽に(ソラ)を舞い、羽ばたき続ける。

 楽園へと、至るまで。

 

「攻撃続行! 最後のシールドをブレイク!」

 

 《ヘブンズロージア》の殉教も虚しく、恋のシールドはすべて打ち砕かれる、が。

 

「……S・トリガー、《ライブラ・シールド》……どっちも、一枚ずつ、シールド追加……」

 

 恋は、耐え続ける。

 新たにシールドを展開し、電子の怪鳥を相手に、一歩も引かず、ただひたすらに立ち続ける。

 細く白い膝は折れることなく、端正な双眸が恐怖や痛苦に歪むこともなく。

 華奢な矮躯で大地を踏みしめ、静かな瞳で天を仰ぎ見る。

 

「堪えたか。だが、お前のターンは二度と来ない。耐えきれると思うな」

 

 寸でのところで耐えたところで、やはり彼女は風前の灯火。

 何重にも巡らせた勝利への道筋は強固であり、そう易々と耐えきれるものではない。

 暴風暴雨の前に、彼女が立ち続けていることができるのか。

 アギリの導き出す答えは――否。

 この圧倒的な暴威によって、蹂躙する。

 

「プログラムの書き換えを行う。理を歪め、規律をねじ曲げろ――《ア・ストラ・ゼーレ》!」

 

 幾度にも渡る、凶声、羽ばたき。

 逆巻く水流が空間を歪ませる。渦巻く竜巻で時間が捻れる。

 それらを我が物とし、流れを引き寄せ、時空を支配する。

 泡沫の夢、未完の絶技なれども、それは絶対的支配権の行使。それは即ち――楽園の理。

 

 

 

「エクストラターン、続行!」

 

 

 

ターン5(アギリ:追加ターン)

 

 

場:なし

盾:1

マナ:6

手札:9

墓地:3

山札:21

 

 

アギリ

場:《重圧[チュパカル×2/サンドロニア/ガニメ・デ/ザハ・エルエ/ギャ・ザール/ジュデ・ルーカ/ウナバレズ/ア・ストラ・ゼーレ/ケルベロック]》《ワイラビ[チュパカル]》《接続[チュパカル]》《マシンガン・トーク[サンドロニア]》《ワイラビ[ピンドメタル]》

盾:6

マナ:4

手札:4

墓地:1

山札:12

 

 

 

「ターン開始! 四体の《チュパカル》によりコストを4軽減、1マナで《サンドロニア》を起動、《ピンドメタル》の情報を更新。三枚ドローし、手札を二枚、デッキボトムへ。さらに2マナで《ジュデ・ルーカ》、これを二枚起動! 《ア・ストラ・ゼーレ》に追加ダウンロード!」

 

 二枚目、三枚目の《ジュデ・ルーカ》が現れ、三連星が輝く。

 そして、電子の怪鳥が、劈く咆哮を轟かせ、翼を大きく広げた。

 

「攻撃開始! 《ギャ・ザール》で四枚目の《ジュデ・ルーカ》を起動! 《サンドロニア》に重ね、アップデート!」

 

 すべての《ジュデ・ルーカ》が現れ、満天の星空が宇宙を支配する。

 その(ソラ)を翔けるは魂の巨鳥。楽園を守り、天国へ至るための神の鳥。

 神鳥はその威容を以て、天翔る。

 

「飛翔せよ、《ア・ストラ・ゼーレ》! 我らが楽園のため、安息に至れる天国のため! 女王に仇為すため――偽りの太陽を、飲み込め!」

 

 暴風が、吹き荒れる。

 荒波のような暴雨が全身を貫くように叩き付け、身体が軋む。

 ピキピキ、と盾が悲鳴を上げている。

 

「楽園……天国……」

 

 けれども、細い足で大地にしがみつき、恋は小さな身体で大風に抗う。

 超然と、悠然と、強かな眼の光を湛えて。

 

「……あなたには、あなたの守りたい世界がある、とおもう……けど」

 

 吹き荒ぶ嵐の中、舞い散るカードを一枚、掴み取る。

 

「私にも……私の、だいじな世界が、ある、から……」

 

 ――“ふたつ”の世界、どっちも、だいじだから――

 

 天上の光が射す。

 静かに、世界を守るための門が、開かれる。

 

「だから……私はただ、私の守りたいものを……守る」

 

 ただ一人の少女の願い。友との楽園を死守するために。

 天使の羽が、空を舞う。

 

 

 

「《ヘブンズ・ゲート》」

 

 

 

 友のために禁じた天国の門。それを今、友のために開く。

 そこから現れ出づるは、幾度と肩を並べた仲間。

 今も、昔も、そしてきっと、これからも。

 光り輝く守り手となる者たちだ。

 

「《歴戦の精霊龍 カイザルバーラ》……それと」

 

 天国、それは楽園。

 静かなる魂の安息地。

 荒ぶる龍の本能も、正義に燃ゆる志も。

 その(せかい)において、勇士たちは死を超えた眠りにつく。

 

 

 

「やすらかな時間(とき)を――《封印の精霊龍 ヴァルハラ・パラディン》」

 

 

 

 彼女が求める安息としては、あまりにも静かすぎるが。

 この一時でも、争いのない平穏がありますようにと、祈りを捧げる。

 

「《カイザルバーラ》の能力で……《蒼華の精霊龍 ラ・ローゼ・ブルエ》を、バトルゾーンに」

 

 平穏のために戦うという矛盾。しかしその矛盾は、自分が受け止める。

 無血などと高尚なものではないが。

 友がその矛盾に苦悩するというのなら、葛藤を抱えるというのなら。

 その苦しみくらいは引き受けよう。

 矛盾していたっていいと証明しよう。

 傷つけたくない、戦わなくてはならない。

 その二律背反を、光の鎖で、繋ぎ止める。

 ――それが、私と、みんなの、(つながり)だから。

 

「《ヴァルハラ・パラディン》の、能力……シールド、追加……そして、私のシールドが、増えた……クリーチャーを、フリーズ」

 

 ジャラジャラと金属音を響かせ、オーラを多数取り込んだ《ワイラビ》が、ギリギリと輝く鎖に拘束される。

 

「まずは……一体」

 

 たった一枚の薄い盾で、恋は悠然と鎖を手繰る。

 アギリはそんな少女の意図に、瞳を揺らす。

 

「こちらの攻撃を、受けきるつもりか」

「……うん」

「愚策だ。こちらは、数も、質量も、計略もある。受動的な防衛機能で、防ぎきれるものか」

「ううん……護るよ」

 

 無貌でも、捨て鉢でもなく、確固たる意志を宿した眼で、恋は見つめ返す。

 

「私、頭、悪いから……効率よく、耐久、とか……できない、から……だから、こうやって、殴られて、受け止めるしか、できない、けど……でも、やる。やって、みせるから」

「…………」

「こすずは、耐えた……くるしくても、はずかしくても、こわくても……だったら、私も……このくらい、耐えてみせる」

 

 やることは、変わらない。いつも同じだ。

 不器用で、頭が悪くて、要領の悪い自分にできることなど、たかが知れている。

 愚直に受けて、喰らって、耐え続ける。ただ、それだけだ。

 

「……《ジュデ・ルーカ》!」

 

 アギリの一声で、星が瞬く。

 その瞬きと共に、山札から三枚が公開される。

 捲れたのは、《ア・ストラ・センサー》《ガニメ・デ》《ケルベロック》。

 

「GR召喚! 《ガニメ・デ》を《接続(アダプタ) CS-20》に、《ケルベロック》を《ア・ストラ・ゼーレ》にインストール! 《ア・ストラ・ゼーレ》をアンタップ!」

 

 三つ首の猟犬が怪鳥の中へと取り込まれ、怪鳥は再び、飛翔する。

 

「《ア・ストラ・ゼーレ》で攻撃! 《ギャ・ザール》の能力でドロー、《*/弐幻ニャミバウン/*》を起動! 《マシンガン・トーク》をGR召喚し、インストール! 《ア・ストラ・ゼーレ》をアンタップし、《ラ・ローゼ・ブルエ》をバウンス!」

「通す……S・トリガー《ライブラ・シールド》……おたがいに、シールド追加……」

「くっ……!」

 

 アギリの額に焦りが浮かぶ。

 ただ攻撃を防ぐだけなら問題はない。純然たる物量を、純粋なる打点に変換して殴り続ければ、押し切る見込みはある。

 ただしそれは、こちらの資源が無限であるならば、という前提に基づく。

 

(このままでは、こちらの山札が切れるか……)

 

 展開するためにドローを繰り返した結果だ。過剰なドローと展開は、己の寿命を縮めかねない。普段ならさほど気にすることではないが、相手が耐久戦に持ち込むというのなら話は別だ。

 加えて、《ジュデ・ルーカ》も《ギャ・ザール》も《ガニメ・デ》も、能力はすべて強制発動。そしてそれらの能力を使うたびに、山札が消費されていく。

 アギリの山札は残り三枚。これでは、下手に《ギャ・ザール》や《ジュデ・ルーカ》の能力を使えば逆に敗北してしまう。

 攻撃の順序を、考え直す必要が出て来た。

 

「……こちらから行くか。《チュパカル》で攻撃!」

「ん……《カイザルバーラ》でブロック」

「二体目の《チュパカル》で攻撃!」

「それも……《ヴァルハラ・パラディン》で、ブロック……」

「《サンドロニア》で攻撃だ! そのシールドを打ち砕く!」

「……S・トリガー……《ヘブンズ・ゲート》」

 

 シールドを砕いた端から、そのシールドから新たなカードが飛び出す。

 それはまるで、主の覚悟に堪えるように、その願いを具現とするように。

 

「《ラ・ローゼ・ブルエ》《カイザルバーラ》……《カイザルバーラ》の、能力で……《龍覇 セイントローズ》……《不滅槍 パーフェクト》を……装備」

 

 消え去っても、盾を打ち砕かれても。

 果てることなく、恋は立ち続ける。

 すべてを、守り切る、その時まで。

 

「……まだ終わっていない」

 

 押し切ろうとしても、攻めきれない。

 半歩踏み出した時点で負けていたというのだろうか。最初から全力前傾で行くべきだったのだろうか。

 思考にノイズが走る。兄弟姉妹の怨嗟と叫喚が響く。

 自分の判断を呪いたくなるが、弱者の愚考は切り捨てる。

 アギリには、守りたい、などと己の意志によるものなど“今は”ないが。

 守るべきだと断ずるものはある。

 

「《ア・ストラ・ゼーレ》で攻撃! 《ギャ・ザール》の能力で、一枚ドロー!」

 

 思いではなく理屈で。

 意志ではなく合理で。

 望むべき楽園という世界のため、今あるこの国を守る。

 電子の羽が、宙を舞う。

 

 

 

「初期化開始――《ア・ストラ・ゼーレ》!」

 

 

 

 無限に膨張し、増幅する、神にも等しい巨鳥。

 パワーが46000にまで膨れ上がった《ア・ストラ・ゼーレ》の大波に耐えられるクリーチャーなど、まず存在しない。

 しかし、

 

「《パーフェクト》……私を、守って……」

 

 天命の加護を受けた《セイントローズ》は、荒ぶる波濤をも耐え抜く。

 そして、そのまま《ア・ストラ・ゼーレ》が大翼を広げて襲いかかるが、

 

「ダイレクトアタック!」

「《セイントローズ》で……ブロック」

 

 その身を人柱として捧げ、主を守り通す。

 恋の膝は折れることなく、華奢な少女の身体は傷はあれども死に絶えはせず。

 悠然と、立ち続けていた。

 

「……耐えた」

「あぁ……そうだな」

 

 

 

ターン5

 

 

場:なし

盾:0

マナ:6

手札:10

墓地:7

山札:17

 

 

アギリ

場:《重圧[ジュデ・ルーカ×3/チュパカル×2/ケルベロック×2/ア・ストラ・ゼーレ×2/サンドロニア/ガニメ・デ/ザハ・エルエ/ギャ・ザール/ウナバレズ]》《マシンガン・トーク[サンドロニア]》《ワイラビ[ピンドメタル/サンドロニア/ジュデ・ルーカ]》《接続[ガニメ・デ]》《マシンガン・トーク[ニャミバウン]》

盾:7

マナ:5

手札:3

墓地:3

山札:2

 

 

 

 夥しいほどに並び、重なった電子生命体の軍勢。

 しかしその代償に、アギリの回路(ライブラリ)は、ほとんど焼き切れ、断絶寸前。

 もう間もなく、ショート(LO)するだろうことは明白だった。

 

「……こういうの……好きじゃ、ないけど……」

 

 争わない。それは友の望むところなのかもしれないが。

 ことこの争いに限って、争うことなく勝つという手段を取ることに、抵抗はあったが。

 その無念だけは、飲み込む。

 

「《オリオティス》を、召喚……さらに、5マナ……《スターゲイズ・ゲート》」

 

 天国の門ならぬ、星の門。

 そこから、新たな門番が姿を現す。

 

「《星門の精霊 アケルナル》……ターン終了……能力で、《カイザルバーラ》を、バトルゾーンに……ドロー」

 

 戻されたブロッカーを、再び展開。

 そして、

 

「……《龍装の調べ 初不》……タップしてるクリーチャーは……起きない」

「あぁ」

 

 アギリのクリーチャーのほとんどは、機能停止した。

 枯渇寸前の水源を前にして、足踏みしている余裕などないが。

 恋によって幾重にも張り巡らされた鎖によって、身動きが取れない。

 

「2マナで《接続 CS-20》に《*/弐幻ピンドメタル/*》をインストール、《アケルナル》を拘束。、3マナで《サンドロニア》を《*/弐幻ケルベロック/*》にアップデート、アンタップ」

 

 それでも微かな抜け穴を模索し、微に入り細を穿つかの如く、現状において可能な限りの手札を切る。

 しかし、

 

「……一手、足りないか」

 

 用意できたアギリのアタッカーは三体。しかし、恋のブロッカーも三体。

 あと一点。たった一点だが、届かない。

 

「……ごめん」

「なぜ謝る。同情のつもりか」

「同情は……ある。争っても、敵になっても……わりきれないことって、ある、から……こすずも、わたしも」

 

 敵愾心はない。しかし悲しいかな、争う理由はある。

 割り切れないし、開き直れない。

 その上で、選択し、決断し、決意した。

 自分は友のために。

 その友が取り巻く繋がり(くさり)――(せかい)を守ると。

 そしてできることなら、その意も汲もう。

 

「……ターンエンド」

 

 恋かアギリか、誰が言ったか。誰が言おうとも、同じことだが。

 終わりの時が来た。

 慈愛に満ちた光の鎖は解け、水源は涸れ、あらゆる回路は焼き切れ、失われた。

 哀れな若牡蠣は力尽き。

 小さな少女は、守り抜いた。

 無意味極まりない諍いの結末は、ただ、それだけで終わったのだ。

 亡国の住民はなにも守れず、

 慈愛の少女は友への義理を果たした。

 ただ――それだけだ。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 微睡みから覚める。

 あれから、正気を保つという意識的な行為を放棄しがちだった故に、夢と現の境界が曖昧だ。

 現実のすべてが夢幻に見える。

 いや、そんなことは、もはやどうでもいいことだ。

 そもそもこの命こそ、幻のようなもの。ひび割れ干涸らびた肉体、混濁した蒙昧なる魂。己という存在の土台は、どこにあるのかもわからない。

 そんな生ける屍のような自分に、夢も、幻も、現もなにもない。

 故にこのまま、当然の如き眠りを貪り尽くしていたかったが、彼女はそれを許さなかった。

 覚醒してしまったのは仕方ない。重い瞼を微かに開き、瞳が潰れそうなほどの眩い、薄暗い灯を帽子の鍔で遮り、隠す。

 口元にスカーフを当てたまま、枯れた声を出すこともなく、亡国への来客をぼんやりと見遣る。

 彼女は、恐らく自分の眼と違い、確かな火を灯した眼で、名を呼ぶ。

 とうに死に果てているはずの、狂ったほどに生きすぎた、人でなしの狂人の名を。

 

 

 

「――帽子屋さん」




 正直、この話の構想練って、対戦パートとか書いたの結構前なので、ちょっとカードプールが古いです。まあ青単のオーラなんて大体こんな感じですけども。
 今回はここまで。誤字脱字や感想等ありましたら、遠慮なくどうぞ。
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