デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

72 / 136
 これはデュエル・マスターズなのだろうか? と書き上がってから少しばかり自問自答しましたが、そもそもこの作品はデュエマの二次創作である以前に作者の創作だということを思い出しました。
 つまり、作者のやりたいようにやる。たとえそれが、本家本来のデュエル・マスターズであろうと、知ったことではないのです。
 デュエマである以前に小説であり、これはデュエマが存在するというだけの物語なのだと。
 なんて言うと開き直ってるだけな気がします。
 だとしても、今回にありったけの熱量を込めて執筆したことに変わりなく。
 暴力的な文字数も、緻密で精巧な描写も保証はしかねますが。
 構想を練ってから何ヶ月か何年か忘れましたが、そこから今現在に至るまでの持ちうる力を吐き出して書いた一話。
 どうぞ、お楽しみくださいませ。


44話「入国、不思議の国へ -王座-」

 1億5000万年。

 隕石の衝突は、本当は『ハートの女王』の到来であり。

 その時から、彼は、この地球上に存在していた。

 悠久とも言えるほどの、気が遠くなるような長い時間、ずっと、ずっと。

 生き続け、世界を見続けていた。

 だからこそ、狂っている。狂ってしまった。

 それが、『帽子屋』の、真実。

 

「実のところ、こうして自我を保っていられるだけでも奇跡でな? 身体も精神も軋んで歪んで崩壊寸前。今まではどうにか気合いと本能で生きながらえてきたのだが、女王が動き出してから、もうどうでもよくなって、気が抜けてしまったよ」

 

 やれやれと肩を竦める帽子屋。

 ひょうきんだが、その手にも、声にも、まるで力は無い。

 抜け殻のようだった。

 

「とはいえ女王を抑えるために使用していた短針と長針が戻ってきた故、肉体の方はすこぶる絶好調と来た。魂以外は見事に生きながらえた健康的な死体だ」

 

 今の帽子屋は、壊れた時計を無理やり動かしているようなもの。

 それは正しく、生ける死体だ。

 そうなってまで、彼は女王を抑え、監視し、そして【不思議の国の住人】なる同胞達を集めた。

 壊れても、狂っても。

 そんな悲惨な結末が、見えていたにも関わらず。

 最初から、狂っていたのか。

 

「ま、そんなところだ。くだらん昔話だよ。そうして積み上げてきた塵の山は、代用ウミガメと女王の接触で、一瞬にして吹き飛んだがな」

「代海ちゃんは……どうして?」

「知ったことか。女王になにやら訴えかけていたようだがな、その結果、女王の覚醒を進め取り込まれては世話ない。遅かれ早かれ時間の問題だったろうがな」

 

 第一の落し子とはいえ、帽子屋はあくまでも女王の眷属。

 単身で女王を完全に封じ込めるなど、本来は不可能だ。

 様々な偶然、幸運が重なり、億万の時間、女王を封印していたものの、それがいつまでも続くとは思っていなかった。

 だからこそ、焦りもあった。

 早急に解決しなければならない急務だという自覚はあった。

 だから、代用ウミガメの責任とは言わない。あれが引き金であったにせよ、帽子屋は、それを咎めない。

 すべては結果だ。破滅への道筋が確定したのだから、そうなった瞬間、それ以外のすべては取るに足らない些事となる。

 彼女が女王と接触するにあたった経緯も、なにもかも。

 もはや無駄なことで、関係ないことだ。

 

「代海ちゃんは、きっと……苦しんでたんだと、思う」

「ほぅ、そうなのか」

「あなたたちのことを知れば知るほど、あなたたちは、わたしたちとは全然違うものだって、わかったから」

「だろうな。我々は貴様ら人間の猿真似をしているに過ぎん。うわべだけを取り繕った、仔山羊の剥製だ」

 

 1億5000万年。

 その間、人の進化の過程を見て、地球最強の種に倣い、弱いながらも生き長らえてきた。

 人に近づき、取り入る化物。

 人のようで、人でない、なにかになった、黒い仔山羊。

 女王の権威から逃げるクリーチャー(プレイヤー)

 それはもはや、人なのか、怪物なのか。

 本人達でさえ、その在り方は定かではない。

 

「だから代海ちゃんが、わたしたちとあなたたちの間で、板挟みになってたかもしれないって、今更ながら気付いたよ。葉子さんが言ってたのも、きっと、そういうことなんだと思う」

「成程な。その視点はなかった。それで?」

「……わたし、友達なのに、気付いてあげられなかったよ。助けて、あげられなかった」

 

 小鈴は、ギリッ、と歯を喰い縛る。

 

「……悔しいよ」

「そうか。なら勝手に悔やんでいろ」

「あなたは、どうなの?」

「は?」

 

 小鈴の問いに、帽子屋は素っ頓狂な声を上げる。

 

「代海ちゃんは、あなたのことを大事に思ってた。自分が生きているのは帽子屋さんのお陰だって、そう思うくらい信じてた」

「まあ同胞だからな。奴には利用価値も十二分にあった。志を同じくする仲間の扶養くらいはするさ……が、どういうことだ? まさか恩義を感じられているのだから、その恩義に報いろとでも言いたいのか? なんだ貴様、オレ様に説教しにきたのか? その手の話ならば帰れ。十といくつも生きていない餓鬼に説教されるなど、気持ち悪いほど愉快すぎて吐き気がする」

 

 茶化すように手を払う帽子屋。

 けれども小鈴は、まっすぐに、真摯な面持ちで、帽子屋を見据えている。

 

「あなたは自分の仲間を、助けに行かないの?」

「話が通じん。さては貴様も頭がおかしくなったか? まったく三月ウサギめ、狂わせるのは身体だけにしておけ。会話ができないのではオレ様ではないか。頭も身体と言って洒落でも決め込む気か、奴は」

「代海ちゃんが……大事じゃないの?」

 

 小鈴は、問を重ねる。

 帽子屋は一瞬、口を噤んだ。

 

「……女王に連れて行かれた以上、もうどうにもなるまい。二重の意味でな。個人も世界も終わりだ。奴は世界をひとつ滅ぼすほどの力があるのだから」

「質問に、答えてよ」

「貴様に言われたくはない」

「代海ちゃんのこと、なんとも思わないの? 帽子屋さん」

「惜しい奴を失くしたとは思う」

 

 だが、と帽子屋は続けた。

 

「それ以上に、女王が動き出してすべてが終わりだ。それで思考も人生もすべて終焉。結末が確定したバッドエンドだ。そんな物語の続きなど、どうでもよかろう」

「……まだ、終わってないよ。人のお話を、勝手に終わらせないで」

「終わりさ。すべて終わるのさ。奴の非力で愚鈍な一手で、女王は覚醒する。その瞬間、太陽は堕ち、世界は暗黒に包まれる。この星に記された、億万の物語と共にな」

 

 それが、ハートの女王。

 黒い森でひっそりと産まれ落ち、生き長らえた、仔山羊たちを統べる母。

 抗おうという考えは、根本から間違っているのだ。

 なの、だが。

 

「そんなの……あきらめ、ないでよ」

 

 震えた声で、小鈴は声を絞り出す。

 恐れも、怒りも、あらゆる感情をない交ぜにして、吐き出す。

 

「友達が、仲間が、大切な人が苦しんでいるのに……そんな簡単に、あきらめないで!」

 

 心からの叫び。

 ずっと共に生きてきた仲間を見限るという行為への、怒り。

 他人事などではない。それを許せるはずもない、が。

 

「簡単に? これは異な事を言う」

 

 どこか棘を滲ませた言葉が、突き返される。

 

「億万と生きているオレ様が、容易く諦念に走ったと思うのか? 皆無に等しい手を尽くし、狂いながらも抗い、壊れてもなお稼働を続けたオレ様が、簡単に、諦めるなどと」

 

 ハンッ、と口先で嗤う帽子屋。

 自分を、そして小鈴を、嘲笑い、吐き捨てる。

 

「笑止千万。あまりオレ様を愚弄するなよ、小娘」

 

 簡単に諦めるなど、そんな過程はとうの昔に通過した。その選択を是とするのなら、帽子屋という男は今、ここに立っていない。

 1億5000万年の妄執。その強靭なる意志は、今ここに、人のような何某かの姿として顕在しているのだ。

 

「億万の時を女王と沿い続け、その威容をこの目で見てきたからこそ導き出された結論だ。無知なアリスに諭される謂われはない」

「……あなたは、本当に……」

「なんだ? まだ言いたいことがあるのか?」

 

 なにかを言いかけて、飲み込んで。

 小鈴は、改めて帽子屋に向き直る。

 

「……友達が、言ってくれたんだ。立ち止まることだけは、許さないって。あきらめてしまうことが、一番の罪だって」

 

 それが、自分の悪いところだと。

 厳しく、辛辣に、そして優しく、穏やかに。

 

「そう叱ってくれた。みんな、一緒にいてくれた。だからわたしはここまで来れた。みんながいたから、わたしは未来を信じられるし、信じたいって思う」

「そうか。くだらん」

 

 つまらなさそうに、帽子屋は切り捨てる。

 

「貴様らの友情でオレ様が絆されるとでも思ったか。自分のことをさも当然のようにオレ様に語るな。いい加減、オレ様も眠っても良かろうよ」

「でも……!」

「あぁ、わかったわかった」

 

 羽虫を払うかのように、帽子屋は億劫そうに、そして鬱陶しそうに、気怠げに、殺意を露わにする。

 

「もういい、消えろ。貴様の囀りは、どうも頭に響く。不愉快だ」

「……なんで、わからないの……!」

 

 帽子屋の瞳に宿る光は昏く、混沌に渦巻く。

 それでも小鈴は必死に言葉を紡ぐが、その言葉は、彼には届かない。

 

「あなたを頼りにしている人がいるのに。あなただって――」

黙れ(shout up)。貴様は既に、この亡き者の国の安眠を脅かす害敵に他ならない。疾く失せよ。去らぬならば死ね。いやさ殺す」

 

 1億5000万年もの間、不思議の国を統べた王。

 原初にして偉大なる黒い仔山羊。

 『帽子屋』――真の名を『イカレ帽子屋(マッドハッター)』が、立ち上がった。

 

「民が滅べば国は滅び、我が野望も失墜の一途を辿るのみ。ならばならばと我が同胞よ、亡き者達よ。我らの繁栄も栄光も、この国諸共に捨て去り、母君の濁った羊水の底で眠るのが定めだろう。故に皆の衆、安心しろ。勝手決めたる暴君のお触れを発令してやろう。なに、狂った王に賛美は不要。我が行くは絶望の彼方。最悪な結末(Bad End)を超え、死線の最期(Dead End)のその先へ、狂気の終焉(Cathulu End)へ導かん!」

 

 王は亡国への手向けの言葉を、吐き捨てる。

 それが、戦火の導だった。

 

 

 

さらば、不思議の国よ(Gone to the Wonderland)――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「呪文《ボーンおどり・チャージャー》! 山札の上から2枚を墓地へ!」

「1マナで《ジョジョジョ・ジョーカーズ》! 《バングリッドX7》を手札に加え、《シューズッキュン》を召喚!」

 

 《ノロン》《ボーンおどり・チャージャー》と、小鈴は墓地にカードを積み重ねる。

 帽子屋は《ヤッタレマン》から、さらなる同胞へと繋げていく。

 

「マッハファイターで《ノロン⤴》を攻撃、《ガチャダマン》とJチェンジ! 能力でGR召喚だ」

 

 入れ替わり、立ち替わり。

 剛速球が放たれ、割れ、新たなクリーチャーが呼び寄せられる。

 枯れた大地に命が芽吹く。偽りで虚な、儚い命が。

 

「おっと? これはいい、《ポクタマたま》だ。能力で貴様の墓地をすべて山札の下に戻す」

「!」

「貴様の積み重ねてきたものも、偉大なる狂気の前では虚無に還る。オレ様と同じようにな」

 

 相手の墓地をすべて山札に戻す《ポクタマたま》。

 その力で、小鈴が溜めていた墓地が、消失した。

 少しずつ積み上げてきたものが、一瞬で無に還る。

 

「さて、それではそいつには死んで貰おうか。バトルだ、《ガチャダマン》のパワーは3000、破壊する」

「っ!」

 

 弾丸のように放たれる鉛玉に、小鈴のクリーチャーは押し潰される。

 

 

 

ターン3

 

 

小鈴

場:なし

盾:5

マナ:4

手札:2

墓地:1

山札:28

 

 

帽子屋

場:《ヤッタレマン》《ガチャダマン》《ポクタマ》

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:2

山札:25

 

 

 

「わたしのターン! 2マナで《ノロン⤴》を召喚!」

 

 墓地を消され、小鈴の動きは鈍るが、鈍った程度では、止まらない。

 多数の道化に囲まれながらも、また新たに墓地にカードを溜め込む。

 

「……わたしの手札がこれ一枚だから、コストを支払わずに使うよ。GGG!」

「ほぅ」

「呪文《“閃忍勝(シャイニング)威斬斗(ウィザード)》! パワー3000以下のクリーチャーをすべて破壊!」

 

 墓地から仲間を引き上げる小鈴の未来を、たった一手で潰した帽子屋。

 同胞を並べ数で以て優位を取る帽子屋の盤面もまた、小鈴のカード1枚で壊滅した。

 

「一瞬、か。儚い命だ」

「さらにわたしのマナゾーンに火のカードがあるから一枚ドロー! 《熱湯グレンニャー》を召喚してターン終了!」

「オレ様のターン。《バングリッドX7》を召喚。マッハファイター、《グレンニャー》を攻撃だ。攻撃時にマナ加速、そのまま《グレンニャー》を破壊……ターンエンド」

 

 

 

ターン4

 

 

小鈴

場:《ノロン⤴》

盾:5

マナ:5

手札:1

墓地:5

山札:23

 

 

帽子屋

場:《バングリッド》

盾:5

マナ:4

手札:2

墓地:4

山札:24

 

 

 

「わたしのターン! 《ノロン⤴》を《偉大なる魔術師 コギリーザ》にNEO進化!」

 

 生き残った小さな命は、新たな姿に進化する。

 魔法、魔術。そんな、奇跡のような、夢のような、不思議な力。

 曖昧に願い、縋ったもの。今まで幾度もその力を借りてきた。

 

「攻撃する時、キズナコンプ! 《デーモン・ハンド》で《バングリッド》を破壊! そして、Wブレイクだよ!」

 

 黒い魔手が帽子屋のクリーチャーを握り潰し、水流の余波がシールドを叩き割る。

 飛沫のように散る破片をものともせず、涼やかに、虚無的に、帽子屋は佇んでいた。

 

「……攻め急いでいるな。あるいは、死に急いでいるのか? なにを急いているのやら。貴様らの進む道などはない。生路は断たれ、暗黒の世界史か広がっていないというのにな」

「そんなこと、ない……! わたしは、そんな世界は、イヤだ……!」

「喚こうが騒ごうが、どうにもならんよ。それは邪神に定められた決定事項だ。2マナで《ヤッタレマン》を召喚、コストを下げ4マナで《スゴ腕プロジューサー》を召喚。《バツトラの父》をGR召喚し、ターンエンド」

 

 互いに、クリーチャーを破壊しては破壊され、破壊されては出し直し、また破壊し潰し、破壊と展開を繰り返す。

 複数のクリーチャーを繋ぎ合わせ、連鎖させる小鈴。多数のクリーチャーをばら撒き、暴発させる帽子屋。

 双方その性質を理解してか、あるいは知らずに思うままにか。

 削がれた手足で、擦り切れた魂で、撃ち合い、殴り合う。

 

 

 

ターン5

 

 

小鈴

場:《コギリーザ》

盾:5

マナ:6

手札:0

墓地:4

山札:23

 

 

帽子屋

場:《ヤッタレマン》《プロジューサー》《バツトラの父》

盾:3

マナ:6

手札:2

墓地:5

山札:22

 

 

 

「2マナで《グレンニャー》を召喚! 一枚ドローして、さらに4マナ! 《知識と流転と時空の決断(パーフェクト・ウォーター)》! 二回GR召喚するよ!」

 

 不浄の命が立ち並ぶ漆黒の森に、鮮やかな清流が舞う。

 三筋の水流は、ひとつは手中に。残りふたつは戦場へと流れ落ちた。

 

「《ダラク 丙-二式》と《甲殻 TS-10》をGR召喚! 《ダラク》の能力で山札の一番上を墓地へ! そして、《コギリーザ》で攻撃する時にキズナコンプ発動! 《“閃忍勝”威斬斗》!」

「またしても盤面壊滅……まあ、今回は同じようにはいかんがな」

 

 再び盤面を戦果で焼き払われた帽子屋だが。

 伊達に狂いながらも、願望と本能だけで不思議の国を治めてきたわけではない。

 イカレ帽子屋は、二度も、同じ手に屈する男ではないのだ。

 

「《スゴ腕プロジューサー》の能力発動! こいつはバトルゾーンを離れた際にもGR召喚を行う! 《ゴッド・ガヨンダム》をGR召喚! マナドライブ、手札のジョーカーズを捨て二枚ドロー」

「でも、攻撃はそのまま通るよ! 《コギリーザ》でWブレイク!」

 

 燃ゆる切れ味も、銀河に届く熱も、雛鳥から授かった力さえも、ここにはない。

 それでも、祈りがある。

 魔法のような奇跡と、奇跡のような魔法。そして、それを信じる仲間と、自分の意志だけは捨てていない。

 その願いがあるのなら、それだけでいい。

 たったそれだけでも、わたしは、戦える――!

 

「虚無、だな」

 

 舞い散る水飛沫と、シールドの破片に晒されながら、帽子屋は手を伸ばす。

 

「我らの国興しは無駄に終わるが、貴様の尽力もまた無為だ」

 

 そして伸ばした手で、破片を一掴み、握り潰す。

 

「S・トリガー、《松苔ラックス》を召喚」

 

 ぼとりと落ちた、一塊。

 《松苔ラックス》。ブロッカーで、相手のクリーチャーを1ターン行動不能にするS・トリガー。

 トリガーとしては強力な一枚、なのだが。

 

「あぁなんということだ。マジカル・ベルの攻撃はもう終わっている。なんと無駄なトリガーであろうか。防御札が防御の役割を果たさず無駄撃ちとは、これではただの紙屑も同然ではないか」

 

 攻撃クリーチャーがいなくなったところでS・トリガー。そんなことは、よくあることだ。

 無駄になってしまったトリガー能力に歯軋りし、悔やむこともある。そんなものは茶飯事だ。

 この世界には、無駄なものも、無駄なことも、溢れている。

 ゴミにしかならない物質。非効率的な行いという概念。果ては、命さえも。

 

「故に……その無駄を有効活用してやろう」

 

 波濤が、押し寄せる。

 激流が渦巻き、逆巻く。

 

 

 

「マスターJトルネード」

 

 

 

 大波はうねり、捻れ、大渦となる。。

 巨大な高波、苛烈な渦潮、荒々しい激流。

 それらが帽子屋のクリーチャーを飲み込んでいく

 

「《ゴッド・ガヨンダム》《松苔ラックス》。合計コスト10以上になるようジョーカーズを手札に戻すことで発動。来たれ、無駄と無為と無意味を積み上げた、無価値な地獄に座する死海の槍兵よ」

 

 無意味で、無駄で、無為な命が取り込まれ、母の元へと還っていく。

 暗い、暗い、水底のような、黒い森へと。

 

「狂乱にして狂瀾。踊り狂え、狂って踊れ。荒れ狂う嵐にて、死と狂気を振り撒け! 黒き海は今、異形なりし化生が屹立する黒い森と化す!」

 

 真っ黒な水飛沫を叩き上げ。

 遙かなる(ソラ)へと、一本の槍が突き上げられた。

 水面に映るは深遠なる宇宙。暗黒の星々の群れ。

 暗夜の森の如く、火のない松明を手に、彼は闇の中を進んでいく。

 

 

 

「His name is――《ジョリー・ザ・ジョルネード》!」

 

 

 

 《ジョリー》、しかしてそれはジョニーではない。

 海馬を走らせ海面を疾駆するのは、海神にもなれぬ、邪神に遣わされただけの操り人形。

 《ジョリー・ザ・ジョルネード》。《ジョリー・ザ・ジョニー》の兄。そんな、あまりにも無意味で無価値な設定だけが残る、空虚な存在。

 地獄の中で生きる彼らにはおあつらえ向きな、虚無なる道化だ。

 

「《ジョルネード》の能力は単純明快。登場時、三度のGR召喚を行う。ただ、それだけだ」

 

 大海原に、水柱が三本、屹立する。

 黒い森の大樹の如く、仔山羊の如く、新たな命が、無為に産み落とされる。

 

「蟲のように這い、鼠のように啼け。若牡蠣の如く哀れに、化生の如く燻り怒れ。そして、海亀と同じ末路を夢見よう」

 

 ひとつ――ぼとり。

 

「死に行く塵芥こそが我ら。母に産み落とされ、見捨てられ、切り捨てられる惰弱な命」

 

 ふたつ――ぼとり。

 

(ゴミ)が集まったところでただの(ゴミ)。さぁ、マジカル・ベル。我らの骸に埋もれて死ね! 腐った地の底で、短く、幼く、儚い命を埋葬するがいい!」

 

 みっつ――ぼとり。

 

「――《バツトラの父》! 《ポクタマたま》! 《クリスマⅢ》!」

 

 《ジョルネード》が噴き上げた水柱は三柱の大樹となり、果実のような命が腐り落ちる。

 

「屑は屑らしく死に、苗床となり、糧となるべし。《クリスマⅢ》を自壊、マナ加速し、マナゾーンからカードを回収する」

「ターンの終わりに、三体も……!」

「さぁ、オレ様のターンだ。マナチャージし、すべてのマナを使い切る」

 

 捻り出されたマナは、7。

 無色透明な、極限まで絞り尽くされた、極薄なる出涸らしマナ。

 嘶きが聞こえる。蹄の音が響き渡る。

 其は誰か。祖は何か。

 原初とは、原始とは、起源とはなにか。

 無から生まれし混沌が形を成したものこそが、それだ。

 落し子(Thousand Youngs)の起源、道化(jokers)の起源。

 そのふたつが重なり交じり、狂気と化す。

 

 

 

「You're name is――《ジョリー・ザ・ジョニー》!」

 

 

 

 死の風が吹く。

 潮風よりも渇いた、荒涼とした疾風。

 朽ちた腐敗の大地を踏み締め、それは死神の如く、終焉を告げるべく、駆けつけた。

 我が親の、最大の眷属。

 

「さぁ、オレ様の鬼札(Wild Card)の登場だ。しかし残念なことに、劇的だがつまらんよ。どうせ虚無に終わる。こんなものは無意味な消化試合にもならん、無効試合も甚だしいのだから」

 

 《ジョニー》《ジョルネード》、そしてその他のジョーカーズ。

 見た目の上では、小鈴を殺しきるだけの打点はキッチリ揃っている。

 6発の弾丸を余すことなく使い切り、彼女の命を撃ち抜けることだろう。

 

「オレ様のマナは7、バトルゾーンには4体のクリーチャー。そのすべてがジョーカーズだ」

 

 だが、綺麗に数を揃えて、などと。

 そのような礼儀も、上品さも、イカレた帽子屋は持ち合わせてはいない。

 討ち滅ぼすならば無惨に、踏み躙るなら残虐に。

 狂いに狂って時計の針はくるくる回る。

 永すぎる長命は、あらゆるものを狂わせる。

 心も、体も、理も。

 狂って壊れて歪んで捻れて――暴走する。

 

 

 

「G・ゼロ――《ジョジョジョ・マキシマム》」

 

 

 

 号砲が、轟いた。

 それはもはや拳に収まる銃に非ず。

 世界滅亡、などとはとても言えまいが。

 ただ一人の少女を灰と化すには、十分すぎる凶器だ。

 

「《ジョリー・ザ・ジョニー》を選択。このターン、この一撃に限り、オレ様のクリーチャーの数だけブレイク数が追加され、ついでに貴様は呪文が使えん」

 

 帽子屋は歩を進める。からん、からんと薬莢を落とし、弾倉に一発一発、弾を込めていく。

 

「《ジョニー》は元がWブレイカー、そこに4点乗って6点……装弾数は6発だ。《ジョニー》と《ジョルネード》の能力で、ブロックもできんぞ」

 

 カチリ、と弾倉を嵌め。

 カチャリ、と狂気を持ち上げる。

 銃口の先、標準を合わせた場所(ポイント)には、幼い少女。

 

「一発にすべてを賭けるなんてことはしないさ。貴様が苦しみに悶え、死に果てるまで、何度でも弾を撃ち込んでやろう」

 

 彼は口角を上げる。

 首巻きから覗かせる、落し子の歯牙を剥き、慟哭するように、世を、人を、神を、己を嗤う。

 

「さすれば多少は、狂い堕ちたこの気も、晴れるやもしれんからなぁ!」

 

 引き金にかかった指に、力が込められる。

 一瞬。

 ほんの、短い瞬きのうちに。

 

 死が――放たれた。

 

 

 

「マスター――ブレイク!」

 

 

 

 まずは、一発。

 少女のシールドが、一枚、吹き飛んだ。

 

「くぁ……っ!」

「一発目、《コギリーザ》を破壊」

 

 続けて二発目。

 容赦の無い殺意が襲いかかる。

 

「二発目、《グレンニャー》を破壊」

「く、あぁ……!」

 

 続けて三発、四発。

 弾倉は軋んだ叫び声を上げながら回り、撃鉄はイカレたように頭を上下に振り続けている。

 銃声の戦慄と、銃弾の舞踊で催される、狂気の宴。

 歌姫は、少女の苦悶と嗚咽。

 血で赤く、死で黒く、この狂宴を彩っていく。

 

「っ……S・トリガー……《次元波導魔法HAL》――」

No good(通らんな)

 

 辛うじて手繰った一枚を持ち上げるも、それさえも撃ち抜かれ、地に墜ちる。

 

「使えんと言っただろう。貴様の魔法とやらは、既に失墜している。ここにはもはや、奇跡は存在しない」

 

 故に絶望せよ、マジカル・ベル。

 奇跡に縋った力など、なんの役にも立たないのだと。

 

「さぁ、五発目だ」

 

 パァン、と空虚な砲が轟く。

 シールドを貫通し、打ち砕き、弾丸はまっすぐに、少女の胸を撃つ。

 

「ぁ――」

 

 呼気が途絶える。

 衝撃で後ろに吹き飛び、少女は斃れた。

 

「まぁ……こんなものだろう。特になんの感慨も湧かんな」

 

 硝煙の匂いも、煙も構うことなく。

 帽子屋はまっすぐに、少女へと歩む。

 人間の識別、知覚、分別。

 特異な少女の発見、関心、執着。

 一歩、一歩。狂いながらも足掻いた道筋、彼女に歩み寄った道程を想起しながら、帽子屋の言の葉は虚空に木霊する。

 

「……貴様がいなければ、奴らと決別することもなかったのかもしれんな」

 

 惜しい、のだろうか。

 悔しい、のだろうか。

 哀しい、のだろうか。

 魂が擦り切れた億万年の精神では、もはやそれすらも自覚できない。感覚が覚束ない。

 それでもなにか、湧いてくるようだ。

 湧水、などと清らかなものではない。

 濁り穢れた、汚泥のようなものが、湧いてくる。

 

「合縁奇縁。あぁそうだ、奇縁だな。貴様という縁がなければ、こうはならなかったのかもしれない。故にこれは、それを見極められなかったオレ様の落ち度であり、その責任であり、清算であり、ただの憂さ晴らしだ」

 

 縁を結ぶ。その結んだ縁の結果がこれならば。

 帽子屋は、八つ当たりでも、筋違いでも、冤罪でも、ひとまずは怒りと憎しみをぶつけるべきだと。

 なにもわからない、虚な心で、そう結論づけた。

 

「終わりだ、マジカル・ベル。オレ様でもハートの女王でも運命でも、好きに呪え。忌まわしく怨嗟を吐き散らしてろ」

 

 6発目。

 銃口を、小鈴の胸に埋めるように、押し付ける。心の臓の、真上に。

 最後の弾丸、終焉の引き金。

 倒れ伏した、無防備で、無力な、魔法すらも纏わぬただの少女に。

 『イカレ帽子屋』は、死を贈る。

 

Good bye(死ね)――Magical Bell(伊勢小鈴)

 

 ぐっ、と。

 引き金が――

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 ――引けない。

 

(撃鉄が、上がらない――)

 

 なにかが、引っかかっている。

 なにかに遮れられ、阻まれ、撃鉄が上がらない。

 引き金が引けない。弾が出ない。

 こいつを――殺せない。

 

「……やっぱり、あなたは優しいよ」

 

 頬に一筋の星光を流して。

 彼女は、震える手を伸ばしていた。

 銃身と、撃鉄の隙間。

 そこに、そっと一枚のカードを添えて。

 伊勢小鈴は、赤く濡れた瞳で、帽子屋をまっすぐに睨み、見据える。

 

「わたしに怒りを感じるくらい、あなたは仲間思いだ」

「怒りだと? オレ様がか? なにを言っている? わからん、貴様は、なにを……」

「でも!」

 

 小鈴は、声を張り上げた。

 沸々と湧き上がる、後悔のような怒り。

 諦念に駆られた者へと捧げる、叱責を叫ぶ。

 

「だからこそ、わたしは許せない。あなたが、自分が大事にしているものを、大事にしない。あきらめてしまう絶望も。そこに至ってしまう、その“狂い”も!」

 

 人でもなく、行いでも、動機でも、道行きでもなく。

 狂気に対する怒り。

 それを告げた瞬間、カチリ、と。

 止まった時が、流れ出す――

 

 

 

「――S・トリガー! 《終末の時計(ラグナロク) ザ・クロック》!」

 

 

 

ターン6

 

 

小鈴

場:《クロック》

盾:なし

マナ:6

手札:4

墓地:3

山札:26

 

 

帽子屋

場:《ジョルネード》《バツトラの父》《ポクタマたま》《ジョニー》

盾:1

マナ:7

手札:3

墓地:9

山札:19

 

 

 時は巻き戻る。

 帽子屋は所定の位置に。小鈴も立ち上がった。

 壊れた時計は、元の時間に調律される。

 それでも以前、壊れたままだが。

 狂った針は、今この瞬間だけは、正しい時を示している。

 イカレ帽子屋の狂気が、たった一時、たった一瞬だが――祓われた。

 

「……はっ! はははははははははははははは! くク、クハはははhaははHAはははははハハハはハはははハッ!」

 

 帽子屋は、高らかに嗤う。

 狂った声で、全身の大口を共鳴させ、叫喚させる。

 悍ましい怪物の雄叫びが、亡き者たちの不思議の国に、響き渡る。

 

「HA……ハハっ、はぁッ……! ククク、そうか、そうかそうか! オレ様相手に、時を止めるか! 悠久の時を経て、時の輪廻に繋ぎ止められたオレ様を止めるのは、やはりその針か!」

 

 愉快そうに、恨めしそうに、激憤に駆られたように、混沌の形相で帽子屋は嗤う。

 指先は黒く染まり、脚は根の如く大地を掴む。

 しかしそれは異形の巨木などとはとても言えない。

 黒い肌には泡は立たず、カサカサと干涸らび、枯れ堕ちていた。

 化けの皮が剥がれ、女王の眷属としての性質が浮上してきている。

 しかし心身共に摩耗しきっている。無数の大口のほとんどは閉ざされ、肉塊は枯れ木と化している。

 もはや黒い仔山羊(Dark Young)としての力も衰え、老体どころか死骸同然だ。

 それでも、自分は人ならざる人でなしの怪物だ。

 懐かしい感覚だ。

 最後にこの異形の身に堕ちていったのは、いつだったか。何百、何千、何万年前か。

 己が身が黒い落し子に堕ちていく感覚に浸りながら、彼女はこの腐敗し、朽ち果て、枯れ堕ちた怪物になにを思うのか。どんな眼でこの化物と相対するのか、興味本位に顔を上げる。

 すると。

 

「む……おい、マジカル・ベル」

 

 それは腐った感覚でも、朽ちた第六感でもわかるほどに、異常だった。

 ゆらりと、彼女の体が揺れる。

 陽炎のように、揺らめく。

 直感的にわかった。

 ――こいつは、違う。

 

「……わたしのターン」

 

 カードを、引く。

 ただの少女でしかない、平凡な、“人間”。

 ――否。

 

「おい、貴様……なんだ? それは。いや、貴様、聖獣の力をがないというのに、それは……」

「……《龍覇 グレンモルト》を召喚。来て――《銀河大剣 ガイハート》」

 

 銀河の彼方より飛来する大剣。

 彼はそれを掴み取る、が。

 

 

 

「――剣を貸して、グレンモルト」

 

 

 

 小鈴は、一歩。

 前に出た。

 そして、進む。

 

「!」

 

 ほとんど反射的に、帽子屋は叫ぶ。

 

 

 

「銃を寄越せ、ジョニー――!」

 

 

 

 全身の叫喚と同時に、《ジョニー》は帽子屋へと、自身の銃を投げ渡す。

 それを受け取りつつ、狙いを定める。定めるまでもなく、照準を、銃口を、彼女に向ける。

 

「こいつ、オレ様を――」

 

 

 この気配。鬼気迫る勢い、覇気。

 彼女は剣を手に、こちらに疾駆してきた。

 重い身体を引きずって。動かぬ四肢を唸らせて。

 そして、俄に信じ難いことではあるが、彼女は。

 

 

 

「――殺す気か?」

 

 

 

 多重の銃声が咆哮のように轟く。

 撃てる限り撃ち尽くした弾丸。そのすべてが、疾駆する少女を撃つ。

 胴体を、胸を、目玉を、額を、下腹を。

 余すところなく、急所を撃ち貫いた。

 

(全弾命中(オールヒット)! これで止まれ――)

 

 ――はずだった。

 

 

 

 ザクリ、と。

 刃が肉を斬った。

 

「……は?」

 

 グシャリ、と。

 剣は腑を抉った。 

 

「…………」

 

 振り下ろされ、引き抜かれる。

 ぼとり、ぼとりと。禍々しい肉塊が、臓腑から零れ落ちる。ぽたぽたと、黒血が僅かに滴る。

 

「……暴力女め」

 

 憎々しげに、帽子屋は嗤う。

 内側から崩れ落ちる臓物と肉塊と共に、体の構造、物理的な仕掛け、理に従って、膝を折る。

 枯死した老木を削り取るようにして振るわれた剣の切っ先。それを握る、少女。

 

「肩から腹にかけて、思い切りぶった切ったな。こちらも急所に撃ち込んでやったはずなのだが……」

 

 帽子屋は彼女を見上げる。

 二の太刀を構えることもなく、彼女も、こちらを見下ろしていた。

 

「随分と元気そうだ」

「帽子屋さんも。よく喋れるね。血も、ぜんぜん出てない」

「長生きだからな。身体は干涸らび、痛覚、いやさ触覚そのものが鈍いのだ。味覚も薄い。嗅覚はほぼ死んでいる。視覚と聴覚が残っていれば十分だが、いずれにせよお陰で痛みを感じずに身体が動かん。まるでゾンビだな。おっと、最初からオレ様は死体のようなものだったな」

 

 軽口を叩きながら、ゆるりとふらつきながら、帽子屋は立ち上がる。

 切り開かれた傷は、異形の大口と同化するかのように、大きく裂かれていた。

 今一度、彼女を見遣る。

 剣を取った瞬間に感じた違和感。

 魔法を失い、奇跡の力が失墜した、ただの平凡な人間。

 人間――の、はずなのだが。

 

「……あぁ、そうか。そうだったのか。成程、後天的ではあるが、貴様もオレ様たちと同類か。いやむしろ、貴様の方が、本来のそれに近い。近いものに、なってしまったか」

 

 奇妙な違和感。その正体が、わかった。

 撃ち込まれた銃創がほんとどない身体。僅かな傷はあれども痛打にはほど遠い頑強さ。

 そしてなにより、剣を取った。それこそが、彼女が平凡ならざる非凡。人間ならざる人でなしの証左。

 即ち。

 

 

 

「貴様、クリーチャーだな?」

 

 

 

 厳密にはクリーチャーのなり損ない、あるいはなりかけ、といったところか。

 姿形こそ、なにも変わっていない。ただの人間だが。

 それは【不思議の国の住人(我々)】と同じ。

 見かけを、そう見せかけているだけのこと。

 怪物から後天的に人間の姿を得た不思議の国とは違う。彼女の場合は、内側から、変わっていったのだろう。

 

「あの聖獣の力だな。貴様が如何なる力を得ていたのか謎ではあったが、クリーチャーの力をその身に取り込んでいたというのであれば理解はしやすい。クリーチャーを喰らうのはクリーチャーだからな。非力な人間を手っ取り早く同じ土俵に乗せる手段としては、シンプルかつストレートだ。手法は悪くない。なぜそれが今になって、自力で発現しおおせたのかは不可解だが……いや」

 

 彼が与えた奇跡というのは、成程、合理的だ。理に適っている。考え方としては悪くないどころか、彼の境遇や経緯を鑑みれば、ベストを尽くしたと言えるだろう。

 だがしかし、その一方で。

 かの聖獣は、無視できない禍根を、無垢な生娘に刻み込んでいった。

 

「むしろ聖獣はコントローラー、制御する側、か。魔法の支配から外れたことで、侵蝕されたな、貴様。迂遠(マイルド)に言えば、貴様はクリーチャーとしての性質を行使するだけの力を得ただろう。しかし率直(ハード)に言えば――」

 

 中途半端、混じり合った混沌(カオス)こそ、邪悪で、忌み嫌われるもの。

 完全ではなく、完全ではないからこそ、異端で、異形。

 即ち。

 

 

 

「――化物(同類)だぞ、マジカル・ベル」

「そんなの関係ないよ」

 

 

 

 ぶんっ、と大剣を振り。

 小鈴は帽子屋の言葉を、即座に切り捨てた。

 

「わたしがクリーチャーになろうと、あなたたちが地球の生き物じゃなかろうと、そんなことは関係ない。代海ちゃんも、みんなも、わたしの友達だ」

「恐怖は、ないのか? 異形と向き合うことに」

「友達をこわがる理由がどこにあるの?」

「……狂っているぞ、貴様」

「あなたほどじゃないよ」

 

 億万の時を経て狂った怪物と。

 中身が怪物に成って行く少女。

 果たして、狂気はどちらにあるのか。

 それを論ずる意味は、きっとない。

 答えなど、問答する以前に出ている。

 どちらも、狂気に触れているのだから。

 

「でも……あなたは、本当は優しい人なはず」

「はぁ?」

 

 大剣を携えた少女は、訴えかける。

 しかし帽子屋は怪訝な視線を向けるばかりだ。

 ちぐはぐで、なにひとつ、歯車が噛み合わない。

 

「なんだ、貴様そこまでイカれていたのか。優しい? オレ様が? そんなつもりはなかったのだがな」

「だって……そんなに生きて、狂うほど苦しんでまで、仲間のことを思って、戦ってきたんだから……!」

「仮にも同胞、使える配下、手足は必要だからな。腐らせるわけにもいくまいて」

「だとしても! それを続けるあなたの意志はすごいもの。1億年なんて、わたしには想像もつかない……それが、どれだけ大変かも、辛いかも、ぜんぜんわかんない。でも!」

 

 グッと、剣を握る手に力がこもる。

 瞳に溜めた雫を流して、少女は狂った枯れ木に言葉を投げる。

 

「それだけ、あなたが自分たちを、その仲間のことを思ってきたことだけは、わかるよ」

 

 だから――

 

「――だから、わたしはあなたが許せない」

 

 少女は、切っ先を帽子屋へと突きつける。

 熱意と、怒りを、乗せて。

 

「その優しさがあるのに、ここであきらめてしまうあなたが。1億年も積み上げてきたものを捨ててしまう、あなたが!」

「……女王が動くのならば、仕方あるまいて」

「それがなんだって言うの! それはあなたが今まで築いてきたものをあきらめる理由になるの?」

「オレ様の妄執も、我が尽力も、なけなしの誇りも……ハートの女王の前では埃の如く、一瞬で吹かれるだけだからな。我々は、オレ様は、あまりにも弱い」

「そんなことない!」

 

 口を閉ざした、落し子の大口。

 魔法も奇跡も、大切なお守りさえも失った、なにも持たない平凡な少女は、ただひたすらに叫ぶ。

 

「あなたの強さを、最後まで貫いてよ! そうじゃないと、葉子さんや、先生、お兄さん、代海ちゃん……あなたを信じた人たちは、どうなるの?」

「…………」

「わたしも、あきらめちゃいそうになった。でも、あきらめられなかったよ。友達が……大好きで、大切なみんながいたから」

 

 なにもかもを失っても、残ったものがある。

 傍で支えてくれる、共。

 一緒に苦難の道を歩んでくれる、仲間。

 絶望の渦中でも希望を失わずにいるのは、彼女たちのお陰。

 そしてそれは、自分だけではない、はずなのだ。

 

「あなたは……そうじゃないの?」

「……戯言を」

 

 崩れ落ちた体内が、黒く蠢く。乾いた枯れ木のような肉は、再生機能も修復機能も劣化しすぎている。それはただ蠢動するだけで、なにも為さない。

 この身が限界を告げている。回避し得ない未来を予感している。

 そんなことなどは、わかりきっていたのだ。

 心など、とうの昔に擦り切れた。

 魂など、遙かなる時に霧散した。

 そう思っていなければ、狂いでもしなければ、1億年は長すぎる。

 正気を保つ苦しみに苛まれるくらいなら、狂っていたかったというのに。

 奴はこんな自分に「狂うな」と命じるというのか。

 この化物に、そんな残酷なことを、言い放つのか。

 この老木に、まだ、生きろと鞭打つのか。

 なんと非道な女だ。

 ……なぜだろうか。

 ――腹が立つ。

 

「オレ様が、否、我々が。ここまで言葉を尽くしてもわからんのか。この国の惨状を見ろ。憔悴した民達を見ろ。それだけでも、女王の惨憺たる力の一欠片くらいはわかるだろうに」

 

 どろり、ぼとり

 どす黒い粘液と肉塊を腹から吐き出しながら、帽子屋は諸手を広げる。

 見てくれこそは修繕されているものの、人の生きた痕跡が踏み躙られた国。

 民の多くは立ち去った。残った民は絶望した。

 その怨嗟が、世界に渦巻いている。

 それすらも理解できないのかと、玉座に座する狂人は、怪物に堕ちた少女に説く。

 

「バタつきパンチョウは生存を諦め、余生を快楽に走った。眠りネズミは怒りに任せ、路頭に迷うだろう。バンダースナッチは自我が曖昧なまま、闇夜に消えた。ヤングオイスターズは分離し、頭目が腐り堕ちた。そして代用ウミガメは、女王の依代だ」

 

 あんなにも陽気で希望に満ちた蟲でさえ、破滅の運命を受け入れた。女王が為す滅亡の不可逆性を真に理解しているが故に。

 同胞を失った怒りに燃える鼠は、衝動のままに走り、やがて燃え尽きる。火鼠一匹の命は、あまりにも儚く、短いのだ。

 燻り怒れる怪物は、ついぞその正体を掴めないまま。何者なのかも、なにが為したいのかも、その命の意味もわからないまま、じき果てる。

 生存と発展に尽力した若牡蠣たちは、哀れな結末を迎える他ない。首魁は絶望に苛まれ、魂は狂気に蝕まれ、それがすべての兄弟姉妹へと伝播する。

 そして――それらの絶望を引き起こした発端。最も人間に近づき、人間に憧れ、人間も怪物も分け隔て無く滅ぼすことになる、依代の少女。

 

「貴様の信じた者どもがこの惨状だ。どいつもこいつも狂って終わり。終末へ邁進している。公爵夫人も、三月ウサギも、ジャバウォックも、ハンプティ・ダンプティも、皆々全てがだ」

 

 希望を持つな、などとは言わない。

 しかそこれほどの絶望を見てなお、その希望を押し付けるのは、傲慢に他ならない。

 

「……誰も彼もが、そうなってしまう。それが、女王だ。落し子たる我々がそうなのだ。ただの人が、女王の威容に、狂わずにはいられないだろう。その理解が多少でもあるのなら、抵抗は苦しみを増すだけだ。もはや、潮時なのだよ、我らは」

 

 最初から、無茶な話だった。

 まともな繁殖のできない、異形の怪物が、ただの生き物のように生き、繁栄するなど。

 それは願望であり、夢幻。

 成し遂げられたのならば、大偉業となろうが。

 これは神話ではない。弱者たちの当たり前の生だ。

 劇的でも、なんでもない。

 何も成せず、無意味に終わる、無価値な物語に成り下がるのが、オチというもの。

 

 

 

「だからもう……放っておけ」

「この――分からず屋ッ!」

 

 

 

 グンッ、と小柄な矮躯には大きな剣を振りかぶる。

 一歩、踏み込んで。

 怒りに任せ、振り下ろす。

 それだけで彼は息絶える、が。

 

「二度目は……読めているぞ!」

 

 ババババババ! と、閃光(マズルフラッシュ)が瞬く。

 少女の身を鉛弾が激しく打つ。

 小鈴が踏み込むより先に、帽子屋が、踏み出した。

 そして握り込んだ鉄塊を、彼女の顎に目掛けて、打ち上げる。

 

「分からぬのは、貴様の方だ! マジカル・ベルッ!」 

 

 続けて踏み込んだ前脚を軸に、後ろ脚を振り抜き、腹を貫く勢いで蹴り飛ばす。

 華奢な少女は、容易く吹っ飛んでいった。

 

「邪神の前では人も仔も有象無象の塵芥だ。運命は定められた。バタつきパンチョウですら、その未来を視たのだ。オレ様が信じる同胞の予言、それを信じられぬオレ様ではない!」

「それは、希望から目を背ける理由にはならない!」

 

 砂煙が立ち込める中から、流星の如く飛び出してくる。

 相も変わらず一直線。大剣を振りかぶり、振り下ろすだけの単純な所作。

 だが、速い。

 臓腑が溢れた帽子屋では、まともに躱せない。二挺の銃で、受け止めるのが精一杯だった。

 

「バッドエンドが見えたからって! それが、仲間を見捨てる理由になるはずがない!」

「ほざけ! 糞餓鬼! 先刻より支離滅裂なことばかり言いおってからに!」

 

 華奢な身のわりに、斬撃が重い。

 枯れた身体が軋む。辛うじて残った骨が圧迫され、粉砕されそうだった。

 

「貴様になにがわかる! 1億5000万年抱いてきた、恐怖と妄執! そして、日々肥大化していく狂気! 我々が辿ってきた修羅の道が、どれほど狂っていたことか!」

「わかんない! わかんないよ! わたしはまだ12歳だ! 1億年なんて、そんなのわかるもんか!」

 

 押し返すことはできない。

 ならばと帽子屋は、力を横に逃がし、少女の脚を払う。

 転倒した刹那、頭蓋を脚で踏み砕く――が、転がって逃げられた。

 少女は立ち上がり、何度でも、突っ込んでくる。

 

「でも、伝わってくるんだ! あなたから、あなたたちから、その怖さも、狂気も! 女王様がどれだけ途方もない存在なのか……だから!」

 

 人間を超えた力で、彼女は跳躍し、振り下ろす。そして、叫ぶ。

 

 

 

「だから諦めろと言っている! どう足掻いたところで、女王には無駄なこと! すべては滅び、邪神に喰われる運命だ!」

「だからわたしはあきらめない! そんな恐ろしいものに、大事な友達を傷つけさせない! それは、わたしが許さない!」

 

 

 

 帽子屋は、狂乱する少女から離れ、引き金を引く。避けない、当たる。当たっても、止まらない。

 目玉を撃ち抜いても、零距離で胸を穿っても、少女は暴れ狂う。

 怒りに任せて、譲れない意志を爆発させて、剣を振るう。

 

「あなたにだって、後悔があるんじゃないの? まだ、やり残したことが、やりきれないことが! 仲間のために、やりたいことが!」

「どうだかな、忘れたよ! 奴らはいい同胞だったが、結局のところ、我らは女王には逆らえん。どいつもこいつも屑で塵の落し子だよ!」

「わたしの友達を悪く言うな!」

 

 ビュンッ、と空を貫く音。

 次の瞬間、帽子屋の肩に、小さな銀河が生えていた。

 

「がッ……ハッ! 理想ばかりを掲げたロマンチストめ。現実を視ろ。貴様に足りないのは、思慮と受容だ。それを見失った以上、貴様も同じ狂人だな」

「まともなことを言うね、帽子屋さん。でも、わたしにとって大事なのは、仲間なんだ。だから、狂わないで大切なものを失うっていうのなら、わたしは、狂ってでも友達を助けるよ」

 

 突き刺さった銀河を投げ捨てる。それを拾いに来る彼女を撃つ。効かない。

 いや、効いていないはずなどないのだ。

 何度も急所を撃っている。顔も、腹も、腹も、打ち据えている。

 現に彼女はボロボロだ。息は上がっている、出血も少なくない、痣と傷だからけの矮躯。

 頑丈ではあっても、痛みがないわけではない。彼女は狂っていたとしても、壊れていたとしても、歪んでいたとしても、まだ若い身なのだから。

 魂までは、擦り切れていないのだから。

 それでも、立ち向かってくる。

 下手をすれば死ぬというのに、その恐怖すらも超越している。

 死をも恐れぬ蛮勇。

 本当の、化物(クリーチャー)

 

「しかし、随分とオレ様に執着するな。そんなにオレ様の言動が癪に障ったか?」

「もちろん。すごく……ムカってくる」

「奇遇だな。オレ様もだ!」

 

 閃光、硝煙、轟音。

 空気を張り裂き、貫き、放たれる弾丸。

 少女は相変わらず、それを避けない。すべてを、受け止め、受け入れ、その上で向かってくる。

 

「自己中心的で綺麗事な理想を押し付ける貴様が、心底鬱陶しい! いい加減死ね!」

「あなたの気持ちはわかるよ。安らかにあるのも、悪いことじゃないと思う。だけど、それで助かるかもしれない仲間を見捨てることを、わたしは見過ごせない!」

「それを押しつけがましいと言っている。話を聞け!」

 

 近づいてきた彼女を、撃ち、殴り、蹴り飛ばす。

 激しく動くたびに、中身が飛び出す。しなる枝葉は折れ、根は崩れる。

 

「わかってよ! もう少し頑張ろうよ! 帽子屋さん! あなたを信じてる人が、まだ、いるはずだから!」

「うるさい! 黙れ! 口を開くな! 貴様の声は、耳障りだ!」

 

 小鈴の言葉を掻き消すように、銃声が轟く。

 銃弾の暴風雨に晒されながら、小鈴は疾駆する。

 クリーチャーの力を宿しているとはいえ、彼女の身体も限界に近い。痛みは怒りで忘れ、傷は見ないふりをして、辛うじて戦っているだけ。

 吹き荒れる鉛弾。腕も、脚も、頭も、胸も、鋭い衝撃が突き抜け、崩れ落ちそうになる。

 

(もう、少し……!)

 

 時計針のような一突きは、防がれる。

 熱意を込めた斬撃も、阻まれる。

 それが分かっていても、小鈴は、諦めない。

 

(届け、届け、届け――!)

 

 弾丸の嵐の中、少女はひた走る。魔法も、奇跡も、お守りも、すべてを失くしたまま。

 あるのは、ただ友を思う気持ち。友に祈る心。

 その意志だけで、少女は駆ける。

 

 

 

 銀河大剣が、最後の一枚の盾を――『イカレ帽子屋』を、貫いた。

 

 

 

「……おい、聞かせろ」

「……なに?」

「女王が導く結末の不可逆性を感じていてなお、なぜ貴様はそうも足掻ける? 臆病な貴様の拠所はなんだ。その希望は、どこから湧くのだ?」

「そんなの……ずっと言ってるじゃない。みんながいるからだよ」

 

 自分を支え、助け、見守ってくれる、大切な仲間。

 学校の友達。カードショップの人たち。年上の大人たち。

 

 そして――【不思議の国の住人】たち。

 

 みんな、伊勢小鈴という少女が繋いだ縁。彼女が信じる仲間に他ならない。

 

「ケンカしたって、友達だもん。あきらめたく、ないよ」

「……そうか」

「わたしはまた、みんなと遊びたい。仲直りして、友達と、代海ちゃんと、ずっとずっと、一緒にいたい」

「それが、貴様の拠所か」

「うん……それに」

 

 おぼろげな記憶。暗く、熱く、けれども明るく、温かな世界。

 よく覚えていないが、とても大切なことを言われた気がする夜。

 ひっそりと脳裏に焼きつく、忘れてはいけない、なにか。

 

「待ってくれてる人が、いるから」

 

 とても大切な人がいる。

 

「約束が、あるから」

 

 果たさなければいけない契りがある。

 

「わたしのこの気持ちを全部吐き出すまで、わたしはあきらめない。あきらめられないし、あきらめたくない」

 

 彼女が絶望に立ち向かう理由は、たったそれだけ。

 それだけで、十分だ。

 ただの平凡な少女なのだから。前に進む理由など、凡庸でいいのだ。

 それが伊勢小鈴なのだから。

 

「わたしの大好きなみんながいるこの世界を、滅ぼさせない。わたしが望む結末は、みんな誰もが望む未来(ハッピーエンド)だけ。だから――」

 

 たくさんの仲間が苦しみ、絶望の坩堝に堕とされていることは、わかる。

 その上で、それでも、ほんの少しでも大仰に、高望みをするのなら。

 最も優しい彼が、狂い果てて枯死してしまったと言うのなら。

 身勝手で、傲慢な、天高くまで昇るほどの願望を告げるのなら。

 少女は宣う。

 

「――わたしが、みんな助ける」

 

 魔法少女でもない。奇跡も失った。怪物に堕ちたただの少女が告げる。

 大言壮語と言われようと、荒唐無稽と誹りを受けようと。

 彼女は、吐露する。

 

「霜ちゃんも、みのりちゃんも、代海ちゃんも……【不思議の国の住人】(あなたたち)も、みんな」

 

 胸中に秘めた願いを、祈り。

 伊勢小鈴の、決意を。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな――わたしが救ってみせる」

 

 

 

 

 

 

 『イカレ帽子屋』は嗤う。

 『ハートの女王』を相手に同じことが言えるのかと。アレと相対してもなお、そのような希望に満ちた言葉が紡げるのかと。

 あまりに夢見がちな言の葉に、顔が綻ぶ。

 

「化け物に成り果てた小娘がなにを言うかと思えば、笑わせる」

「わたしは、本気だよ」

「だろうな。ハッタリでそんなことが言える奴ではなかろうよ。だからこそ笑えるというのだ。臆病な平和主義の導く答えが、我らの辿った修羅の道とは」

 

 女王との戦い。それは、他ならぬ帽子屋が、1億5000万年、経てきたことだ。

 だからこそ、そのような行いは無謀だと理解している。抑え込むだけで精一杯だった女王から、食い物を奪い、その依代を奪うなどと。

 あまりにも、愉快すぎる。

 

「だから、帽子屋さん。一緒に行こうよ。代海ちゃんを……わたしたちにとっての、大事な仲間を、助けに。あなたがいてくれたら、わたしも心強いもの」

 

 盾ごと、狂人の身を貫く大剣に込められた力が、僅かに緩む。

 あぁ――甘い。

 そういうところが、(ぬる)い。

 腹が立つ。面白い。怒りのあまり笑いが堪えられない。

 

「状況が変われば魅力的な提案だったな。だが悪いな、貴様に手を貸すなぞ死んでも御免だ。そろそろ眠気が限界になってきたところだしな」

「……あなたは、それでいいの?」

「むしろ貴様はどうなのだ? 勢いだけで喋っていないか? オレ様と手を組もうなどと、正気の沙汰ではない」

「そんなことないよ。これがわたしだもん。それに、わたし(ベル)にも言われたから」

 

 それは誰かのための行いだが。

 他ならぬ、自分自身の祈り。

 まったく別の世界、別の未来、別の自分。

 本来なら交わることのない彼女から託された願い。

 

「わたしは、自分で決めた道に進む。誰かに押し付けられた運命には、流されない」

「……そうか。ならばもう後は、野となれ山となれ。それほどまでに足掻くというのなら、貴様にすべて押し付けてやろう。そこまで宣うのだ、言葉の責任くらいは取れ。その債務に、オレ様は付き合わんぞ」

 

 そこで、帽子屋は諦めた。

 女王への抵抗を、ではない。

 この頑固な少女を、説き伏せることをだ。

 

(1億5000万年……永かったな。退屈だったが、仲間には恵まれたな。こんな阿呆を最後に拝むこともできた。狂い果てた価値は、あっただろうか)

 

 どうせ女王に敵うなどということはないだろうが。

 万が一、億が一、兆が一。

 ほんの微かな(クリティカルの)可能性。

 そのような極小の夢、縋る気も、賭ける気も、信じる気もないが。

 どうでもいいものであるが故に、興味も関心もない凡庸な餓鬼の理想故に。

 そのくらいならば、あってもいいだろうと思う。

 

「……では、な。もう、流石に限界だ。眠気も、身体も。だが心は不思議と晴れやかだ」

 

 干涸らび、枯れ堕ち、腐敗した老木の仔山羊は、腹の中身のほとんどを吐き出し、触腕も根の蹄も朽ちている。

 派手に暴れすぎた。何度も切り裂かれ、貫かれ、穿たれたのだ。物理的に、身体が保てない。

 あと一押しで、この身は完全に崩壊するだろう。

 

「わたし、は……」

「貴様の煌めく理想は不愉快だが、手を下すことを気に病むことはない。これも遅かれ早かれ、だ」

 

 どうせ、いつ朽ち果ててもおかしくない身だったのだ。

 いつ何時、終わりが来るか。その覚悟は、忘れてしまった過去のうちに済ませていたはずだ。

 なにも託さない。なにも遺さない。

 永い永い1億5000万年の輝き。

 そろそろ、終わってもいい頃合いだ。

 【不思議の国の住人】の仮初めの王たる『イカレ帽子屋』。

 ひっそりと、ただの少女に看取られながら、物語から退場しよう。

 

「さらばだ、マジカル☆ベル。もう二度と会うことはなかろうさ、故に後は好きにしろ。オレ様は眠りにつくとするよ」

「……帽子屋さん……ごめんなさい」

 

 枯れた堕ちた仔山羊を貫く刃が、躍動する。

 銀河大剣を握る力が、秘めたる炎が、熱を帯びる。

 熱く、熱く、熱く。

 (ソラ)の向こう側、銀河の果て、暗闇の世界をも超えていくような、熱い血の意志。

 邪神たる『ハートの女王(Shub-Niggurath)』に抗うことを決意した少女は。

 その眷属の王たる『イカレ帽子屋(Dark Young)』を超克する。

 

 

 

 

 

 

 

「龍解」

 

 

 

 

 

 

 今、この瞬間。

 大いなる邪悪なる神話に立ち向かう物語――否。

 

 

 

 

 

 

 人による、神話の一頁が、刻み込まれた。




 これにて4章は終了にございます。
 次章、第5章は恐らく、本作品のクライマックス……最終章か、その前座となるでしょう。
 そちらの構想も概ね完成はしているのですが、十王編の収録カードが凄く魅力的だったので、上手く取り込めないか精査するために、更新はしばし間を置くこととなると思います。
 その間、世界観を共有する別作品や、マジカル☆ベルも書き損じた番外編などを上げていこうかと考えています。
 あと、デュエプレ要素を取り込んだ作品もちょっと思いついたので、単発であげるかもしれませんね……こちらは未定ですが。
 とまあ、そんなところでしょうか。
 それではまたいずれ、お会いしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告