デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 胸糞展開とか残酷な描写はあるけど、ここまで読んで耐えられた読者なら、この程度なんでもないと思います。


断章 かつてを追想する者達の噺
番外編「スカウトだ」


 海、だった。

 曇天の暗く重い空。荒波とは言わずとも穏やかでもない、寒々しい冬の海原を進む一隻の小船。

 乗船しているのは、たった2人。

 如何にも船乗りらしい出で立ちの初老の男性。

 そして、目深に帽子を被り、スカーフで口元を覆った男。

 初老の男性は怪訝そうに男に問うた。

 

「しかし、あんちゃんも物好きだよなぁ」

「む?」

「おでみてぇななんでもない船乗り捕まえて、あんな辺鄙な島に行きたいなんてよぉ……なんだってあんな島に行きたいんだ?」

「我らが同胞がそこにいるから、だが」

「あの島にお友達がいるたぁ、あんちゃんあの島の出身か?」

「地殻変動が起こってから、流石にこの星の地形の変化等を細やかに記憶しているわけではないが、違うだろうな」

「あんちゃんは難しいことを喋るなぁ。学者さんか?」

「ただの狂人だ、気にするな」

 

 なんということもなく、男は流す。

 男性は不安そうに首を傾げるが、それ以上は突っ込まなかった。

 

「して、その島がなんだという? 辺境にして絶海の孤島とは聞いているが」

「まぁ、滅多に人が出入りするとこじゃねぇなぁ。ここらへんは潮の流れが速いし複雑なんだ。あの島自体も、変なことしてるって噂だよ」

「閉鎖的空間によって特殊な文化が芽生えたか。あり得ぬ話ではないな」

「少なくともおでぁここ数十年、あの島に行くってやからは見たことねぇなぁ。ほんとにあんちゃんの友達がいんのか?」

「彼女が“視た”と言うのだから、当然いるのだろう。奴は能天気な虫けらだが、非常に稀少で貴重な才覚がある。もしも奴の眼が間違っていたとしたら……腹いせに抉り取ってやるか。はは、弟に殺されそうだな!」

「……あんちゃん、なんかこえぇなぁ……」

 

 半ば呆れたような船乗りは、それっきり、島に着くまで口を閉ざしてしまった。

 

「おう、着いたぞあんちゃん」

「助かる、船乗り。船旅の駄賃は金一封、猫と戯れる夫人が支払うだろうさ」

「まあそれはいいんだけどよ……あんま長居しねぇで戻ってくんだぞ。おでぁここで待ってっからよ」

「おうとも。大船に乗って待っているがいい。その船、小さくもここまで我らを運んだ方舟なれば、神々の怒りさえも乗り越えるだろうさ」

「神なぁ……そう、かみさんだ」

 

 神。

 信仰と、崇拝によって産まれる、神秘と幻想の産物。

 

「ただの噂なんだがなぁ、この島――」

 

 船乗りは、おもむろに告げた。

 

 

 

「――神様が治めてるってぇ話だ」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 整備されているわけではない。だがそれでも、人が通った痕跡のある獣道を進む。

 しかしやがて、その歩を止めた。

 

「……殺気立っているな。閉鎖的な島だと言うから警戒して然るべきだろうが、先に言っておこう。こちらに争う意志はない」

 

 言葉を発すると、茂みから人影が現れる。

 銛を持った、男だった。

 帽子の男とも、船乗りとも違う。原始的な、けれどもどこか奇妙な意匠の衣服を纏っている。

 まず間違いなく、この島の島民だ。

 島民の男は、帽子の男に問う。

 

「あんた、なにしに来たんだ?」

「同胞に会いに来ただけだが」

「同胞……? あんたみたいなよそ者の仲間が、この島にいるはずがない」

「まあそうだな。ならばただの観光客ということでもいいさ。孤島の文化調査でもいい。ただ人と話し、島を見て、見定めたいだけだ」

「……怪しい奴だな」

 

 露骨に警戒心を上げる島民。

 しかし帽子の男は気にする風でもなく、悠然としていた。

 

「ところでこの島には神がいるそうだな」

「シロガミ様のことか?」

「シロガミ、というのか。どんな神なのだ? 邪神か?」

「……邪神っちゃ邪神かもしれねぇ」

 

 島民は重く口を開いた。

 

「アレは、人を喰う神様だからな」

人喰い(マンイーター)と来たか。穏やかではないな。そんな恐ろしいものをよくもまあ、放置できるものだ」

「……仕方ねぇんだ」

 

 拳を握り締め、憎々しげに言った。

 

「枯れちまったこの土地で生きるには、シロガミ様の力を借りるしかねぇ。シロガミ様は、どんなものでも産み出す」

「なんでも、か。それはそれは」

「人も働けば腹が減る。シロガミ様の力を借りるには、生贄を、捧げるしか……」

 

 神の恩恵を得るために供物を捧げる。

 人の世にはよくある人身御供の文化だ。

 神秘の信仰が失墜したこの時代において、そのような文化がまだ根付いているというのは、明らかな歪みだが。

 逆に言えば、それだけこの島は閉鎖的だということなのだろう。

 

「こいつはなんとも摩訶不思議(ファンタスティック)なことだ。しかし有益な情報感謝する。してそのシロガミとやらはどこだ?」

「……あんた、まさかシロガミ様に会いに行くつもりか?」

「そのつもりだが」

「やめとけ。シロガミ様に会いに行った奴は、みんな狂っちまうんだ。毎日毎夜、悪夢にうなされて、そのまま死んじまう……人が近づいていいもんじゃねぇよ」

「その点に関しては問題ない。人でなしだからな」

「悪いことは言わねぇから、もう帰った方がいいぞあんた。こんなところに来ても、なんにもならねぇ」

「このまま無為に生きる方が無意味でな。死んだのならその時はその時、なにかを為さねば滅びるだけの生なのだ。前に進むしかあるまいて」

「…………」

 

 島民は男を怪訝そうに見つめる。

 不信や疑念ではなく、まるで珍妙な生き物でも見るような、理解不能な存在を目の当たりにしたような、不可解な視線だ。

 

「……村を突っ切った先、黒い森の奥にいるけどよ……」

「黒い森とな! ははは、これはいい。確定事項か」

「なに笑ってんだよ……あんた、本当に意味わかんねぇな……」

「安心しろ、不理解は慣れている」

 

 なにか諦めたように、島民は肩を落とした。

 そして男は島民に指示された道程を行く。

 親近感と嫌悪感を覚える、黒い森を目指して。

 

[newpage]

 

 黒い森に行く途中には、小さな村があったので、軽く立ち寄った。

 村の様子は、ハッキリ言って異様だった。

 一見すると小さな漁村といった具合で、木造の家屋が目立つ。なんてことのない普通の小さな村、だが。

 家を覗くと、明るいし、暖かい。

 電気ではない。こんな孤島に電気など通っていない。ガスも同じだ。

 謎の光、謎の熱。

 明らかに、人為的に作られたモノではない。

 言葉では説明できない現象だ。名状し難い事象である。

 アレこそが“どんなものでも産み出す”力の現れ、なのだろうか。

 

「これはこれは。ますます期待が高まるな」

 

 村人たちの不信の眼差しを軽く吹き流し、黒い森へと進んでいく。

 邪神が座する場所、と言うのなら、成程、それらしい。

 その森は確かに黒い。木々が、花々が、あらゆる葉緑体、花弁、木の幹に根が黒く染まっている。

 まるで死の世界だ。

 ただの人間であれば、このような不気味な場所、一秒とて居座りたくはないだろうが。

 男は人ならざる人でなし。確かにこの森の黒さには嫌悪感を抱くが、それは人間が抱く恐怖とはまったく違う性質の忌避感だ。

 同時に感じるのは共感、親近感。あるいは、懐かしさ。

 

「総ての同胞が産まれ落ちた原初の黒い森……思いのほか、早くに見つかったものだ。重畳重畳」

 

 暗く、昏く、黒くなっていく。

 闇が広がり、闇に染まり、闇へ堕ちていく。

 もはやどれだけ歩いたかもわからない。迷宮のような森。狂った感覚が異常を示す頃。

 闇の中で、視界が開けた。

 

「――――」

 

 息を呑む。

 肉塊のような樹木に囲まれた真中に、ソレはいた。

 小さな痩躯の少女の身。

 しかしその顔は闇のように黒く、肉は溶け落ちていて、悪魔のような大口を開いている。

 辛うじて人の身を保っている。いや、違う。

 人の身に、なりかけているのだ。

 人の姿になる途中。身体はほとんど人間のそれ。仔山羊としての頭だけが、まだそのままでいる。

 ――確定だな。

 

「……嘆願でも供物でもないな。何用だ、汝」

 

 彼女はゆるりと大口を開く。

 全身から同じような大口が牙を剥いて叫喚する、などという悪夢もない。

 それを確認し、男はスカーフの下で微笑む。

 

「いい具合ではないか。邪神などと言うから大樹の姿やと思ったが、思いの外、人間のそれだ。夫人殿の力の影響は、存外遠くまで届くものだな」

「なんの話だ?」

宗教勧誘(スカウト)だ」

「は?」

 

 意味不明だと言わんばかりの反応。

 仕草までも、妙に人間味がある。

 島民からの扱いに反して、想像以上に、人間らしい。

 

「話せば長くなるのだが、そうだな。まず、念のために最後の確認をしよう。貴様に自覚はあるか? 自分はヒトではないと。この世に生まれるべきではなかった怪物であると」

「……汝も(アタシ)と同じ存在だと?」

「おっと理解が早い。そうだその通りだ、その回答で百点満点(Good)だ」

 

 存在の同調具合が近いだけでなく、知性も近いときた。

 この閉鎖された島で、恐らく特異な環境で生きてきたとは思えないほど聡明で、人に染まっている。

 交渉がスムーズに進みそうで、男としては好都合だった。

 

「確認はこのくらいでいいだろう。では本題だ。単調直入に言うとだな、我々は共に手を取り合えると思うのだよ」

「汝はこの島の者ではないのか」

「おっとそちらの確認がまだだったか。その通り、島の外からの来訪者だ」

客人(まれびと)、ということか。それも、(アタシ)と同じ種の……まさか存在するとはな」

「その感想はこちらも同じだ。よもやこんなところで生き残っているとはおもわなんだ。だからこそ勧誘しに来たのだが」

「なんのために?」

「利用し合い、力を合わせて我らという種の王国を構築する。即ち、我らが種族の繁栄のためさ」

 

 自分達は人ではない。人でなしの、怪物だ。

 この星にほんの僅かしか残されていない、人の陰に隠れ、ひっそりと息づく者。

 日陰身の生を余儀なくされている。だからこそ反旗を翻すのだ。

 この星に。この星を支配する人に。

 そして、自分達を縛り付ける存在に。

 

「星、人、母。我々には、様々な呪縛がある……それを共に覆してみる気はないか? 同胞よ」

「話にならぬ」

 

 返事は、一瞬だった。

 

「汝の理想に興味は無い。星の転覆も、人への反逆も、(アタシ)は知らぬ。(アタシ)が知る世界はこの島だけだ。覆すものなど、なにひとつとして存在しない」

「猿山の大将がなにをほざくか。貴様は所詮、井の中の蛙よ」

 

 断られた瞬間、悪し様に罵る男。

 だが、すぐにその言葉は萎む。

 

「……と、強気に出てみたものの、それは真なれども、本気で貴様を求めている。脳天を地に擦りつけてでも、足先を赤子のようにしゃぶり尽くしてでも、貴様が、欲しい」

 

 声色はまったく変えないまま、先ほど罵倒した口と同じところから言葉が発せられてるとは思えないほど下手に出る。

 

(アタシ)の力、か」

「あぁ。民家を見たがな。あの奇っ怪な光や熱は、貴様がもたらしたものだな?」

「そうだが」

「道理も人智も飛び越えた、名状しがたい概念的エネルギーの発現。これは、貴様の有する個性の塊、力の結果なのだろう」

 

 結果しか見ていない以上、その力の本質、詳細まで語ることはできない。あくまでも予測に基づく概要しかわからないが。

 それでも、確かに言えることはある。

 あれは自分達が持つ、人ならざる超常の力の一端である、と。

 即ち、やはり彼女は同胞で同族で、迎え入れたいと願う仲間である、と。

 

「万物創造、何者をも生み出し、産み落とす力。それは紛れもなく母上から授かった権能の片鱗。絶対的に人を超越したその力が、どうしても、欲しい」

 

 キチガイウサギは妬みそうだがな、と男は笑う。

 

「これは懇願だ。どうか、我らの下に来るつもりはないだろうか?」

「……そこには、汝の他にも、同族がいるのよな」

「勿論だ。先日、3人の虫けらを引き入れたところだ。脳ミソに花粉が詰まった長女、自ら燃え尽きる長男、暴食の次男と、どいつもこいつも愉快さ極まっている。他にも、兄弟姉妹が多すぎて哀れな若い牡蠣共、情欲に駆られた気の違っているウサギ、醜悪すぎて美しい夫人殿――まあ、様々だ」

「…………」

「興味が出て来たか? こちらの世界は地獄だぞ。一度踏み込めば、我らがあまりにも矮小で惰弱であると思い知らされる。しかしてだからこそ、母上に反旗を翻したくなるというものよ」

 

 彼女は黙りこくる。

 思案、しているのだ。

 その仕草も、人間らしい。

 

「もう1つ、問おう」

 

 やがて面を上げ、彼女は男に問うた。

 

「汝は、どれだけの時を生きた?」

「逆に問おう」

 

 しかし男は、その問を、問で返した。

 

「貴様は、どうなのだ?」

「忘れたに決まっているであろう」

 

 さも当然、と言わんばかりに、彼女は言う。

 

「何度命を“産んで”“接ぎ木”したか、もう数えとらん」

 

 ――あぁ、やはり、か。

 なんとなく予感していたことが、的中した。

 

「では、この島に根付いたのは? 島民の話によると、人が住み着く以前にはいなかったと思うのだが」

「しばらく海にいたのでな」

「あぁ、貴様、哀れな牡蠣共と同じか。森の仔山羊(Dark Young)ではなく、水底の海藻(Dark Sargasso)であったか。これは失敬、勝手に陸のものだと思い込んでいたよ。海出身の同胞は比較的少ないのでな、いやはや面目次第もない」

 

 などと、謝罪なぞは形だけ、そんな気は露程もない笑みを浮かべながら、男は向き直る。

 

「まあ、そうだな。では貴様の質問に答えよう」

「汝の問いかけに意味はあったのか?」

「純然たる興味と歓楽だよ。意味は、ない」

「汝は(アタシ)をからかっているつもりか?」

「同胞との出会いに嬉しくて、つい」

 

 興が乗ってしまったのだ、許せ。と男は笑う。

 

「だが貴様の生きた年数はおおよそ見当が付いた。数万から数百といったところだろう」

「それは絞り切れているのか?」

「計算が大雑把なのは許せ。教養が足りていないのだ、義務教育を受けていないからな」

「……義務教育とはなんだ?」

「どうも軽口を叩きすぎて話が進まないきらいがあるな」

 

 しかしその停滞を嫌うのではなく、男はむしろ楽しそうに頬を緩める。

 

「真面目に回答するとしよう。少なくとも貴様よりも、遥かなる過去より生きていると断言はできる。いや、できないが?」

「どちらだ」

「貴様と同じくカウンティングなど忘却の彼方だからな。自分の歳などわかるものか。しかし母上をこの目で見続けた者であるが故に、古参の自信はある」

「母、か」

「母上だ。女王、と呼ぶこともある」

「ふむ……」

 

 彼女は、思案している。

 恐らく永い間、この島に居続ける彼女にとっては、男の来訪も、同族の存在の知覚も、母の存在の発覚も、大きなことだろう。

 神のように振る舞う邪神の眷属なれども、それは上っ面だけのこと。

 中身は、まるでなにも知らない無垢な少女のようだ。

 一度に流れ込んだ超重量にして大質量の情報を、彼女は小さな身で飲み込んでいる。

 男はその様子を、卑しく笑って見つめていた。

 

「存外、揺れているのだな」

「この島にも思うところはある」

「己の植民地は手放したくないと? 支配領域は手元に置いておきたいということか?」

「支配とは異な事を。(アタシ)は求められているから与えているだけだ。そして与えるということは、相応の糧が必要だ。(アタシ)は、神ではないのでな」

「そうだな。島民は、そうは思っていないだろうが」

「そうなのか?」

「そうだろうとも」

「そうか」

 

 神ではない。

 なんと言うことなく言い捨てたが、それはつまり、彼女は島民と隔絶していることの表れだった。

 首から下が少女とはいえ、肝心の首が化生なのだ。そのような異様を目にすれば発狂タイムアタックが始まるのも無理はないが、それはつまるところ、神と民との間に致命的な齟齬があることを意味する。

 繋がりの薄い信仰。畏怖による妄想。

 なんと脆い共存だろうか。脆い以上に、危うい。

 それはひょんな切っ掛けで、容易く崩壊し、牙を剥く関係だ。

 

「糧は人間でなくてはならないのか?」

「力となるのならばなんでもいい。だが、人は美味い。そこを否定する気はない」

素直(シンプル)だな。この舌はもう味覚が死んでいるが、その感性は尊いものだ。嫌いではない」

 

 曖昧な神の在り方。

 本来、神とは存在しないもの。民の祈りと信仰によって、空想が大衆の中に根付いた幻想。

 それが実態を持っているというだけで歪な神なのだが、その上で、この神ということになっている怪物と島民は、決定的にずれている。

 ただそこに在るだけの神もどき。神もどきに縋って空想の恐怖を膨らませる狂った民。

 合致しているのは、この小さな島がお互いにとっての小さな世界だということくらいか。

 ――まあ、どうでもいいことだがな。

 

「それで、どうするのだ? 貴様はここで人を貪り続けるか? それとも、我が手を取るか? 好きに選ぶといい。しかしここに貴様が居座る意味は、少しは考えるべきだと思うがね」

「……この島の民が絶望の渦中で生きていることは承知の上だ。この小さな世界は、閉ざされ、停滞し、時が止まっているも同然。死の島だ」

「そうだな」

「そして恐らく、その死に導いたのは、(アタシ)だ。(アタシ)がこの地に降り立ったからこそ、奴らは我()に縋る選択肢を得てしまった。故に奴らは、この島に、(アタシ)に囚われてしまった」

「だろうな」

 

 神という存在は、邪神だろうが守護神だろうが、崇拝されるものだろうが畏怖されるものだろうが、とにかく大きな影響力を持つ。

 信心とは厄介な代物だ。それがそこに在るだけで、人々の目を曇らせ、選択という枝葉を剪定しかねない。強い信仰があればなおさらだ。

 この島では、信仰ではなく畏怖と恐怖なのだろうが、どちらにせよそれは「そうしなければならない」という強迫観念、ある種の信心に他ならない。

 思い込みも、信じることも、この場合は大差ないのだ。

 故に彼女は本人が意図しないうちに、島民を束縛していた。

 

「その罪科は、多少は感じるところではある」

「存外、人間味があるのだな」

「故に、だ。切っ掛けがあるのならば、この地を去ることも吝かではない」

「ふむ」

「しかし同時に、(アタシ)がこの島から消え去ることで苦しむ民の姿も想像がつく。それを無視するわけにもいかぬ。それが(アタシ)の責だ」

 

 恐怖であれ、畏怖であれ、狂気であれ。

 この怪物が拠所、この島の在り方を支える基盤であることは確かだろう。

 それが消え去ればどうなるか。確実なことはなにも言えないが、人々は戸惑うだろう。それまで当然のようにあったものが、失われるのだから。

 

「どちらの選択も(アタシ)に責がある。しかしそれを我が手で選択するのは、傲慢であり、正しくはない、のだろう」

「成程、建前が多い。つまり、そういうことか」

 

 億劫そうに、なのに楽しそうに、男は息を吐いた。

 微笑みっぱなしの緩んだ頬が戻ることはなく、愉快そうに笑ったまま、彼は告げる。

 

 

 

「無理やり引きずり出せ、と」

 

 

 

 ――やれやれ、面倒なお姫様だ。

 だが、楽しくなってきたのもまた、事実。

 

「貴様の根っこは随分と頑固者だ。ならばそれを、引っこ抜いてやろうではないか。これでも数々の呪木を引き込んだ敏腕プロデューサー、貴様を狂気の果てまでプロデュースしてやろう」

「意味がわからん。が、良かろう。(アタシ)も容赦はせぬ」

「いいさ。貴様の全霊、とくと見定めさせて貰う。そして同時に、我らが国の民を代表し、我が国をプレゼンテーションをしてやろう」

 

 黒い森で密やかに行われる、化物どうしの戦い。

 殺意も害意もない、ただの決断のためだけの儀式。

 傍から見れば、それはただのカルトにしか見えないだろうが。

 これは無意味でも無価値でもない。人ならざる人でなしが、前に進むための一歩。

 故にこそ男は、諸手を広げ、彼女を歓待する。

 

 

 

ようこそ、不思議の国へ(Welcome to Wonderland)――同胞よ、我が国をどうかご笑覧あれ」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 黒い森の中。

 同族どうし、2人の黒い影が相争う。

 

「――《零星(ゼロスター)セブホール》! 《ギラミリオン・ギラクシー》よ、その身に(まがつ)の星を降ろせ!」

 

 銀河の化身に、黒い星々の暗雲が翳る。

 黒雲が吹き出す霧のような闇。

 

「《ギラミリオン》を依代に、《セブホール》を憑霊! 《セブホール》、供物を積み上げろ!」

 

 それが、死骸を積み重ね、そして骸をひとつ、運んでくる。

 

「《コブ・シディア》を我が手に」

「ではこちらのターンだな。4マナで《ライフプラン・チャージャー》、山札から5枚を捲り探索……ふむ、ここは《エスカルデン》を手札に加えようか」

 

 

 

ターン3

 

 

シロガミ

場:《ギラミリオン[セブホール]》

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:5

山札:22

 

 

狂人

場:なし

盾:5

マナ:5

手札:4

墓地:1

山札:25

 

 

 

「《κβ(カパベッタ) バライフ》! 《続召の意志 マーチス》へと憑霊! そして《マーチス》よ、さらなる依代を呼べ!」

 

 名状し難き神の遣いが、知覚できないような奇音を放つ。

 それは救いを求める声か、それとも、絶望を呼ぶ凶声か。

 そして、その呼び声に応じたのは――

 

「――《防羅の意志 ベンリーニ》!」

 

 世界を背負う、白い亀。

 しかしそれはまるで意味が無い。ただそこにあるだけの、置物だ。

 

「マナドライブは未達、か」

「関係あるまい。さらに《悪魔妖精ベラドンナ》! 汝も贄となるがいい! 大地を育む糧となれ!」

「ではこちらは《エスカルデン》を召喚。2枚ともマナに送ってしまおう。ターンエンド」

 

 

 

ターン4

 

 

シロガミ

場:《ギラミリオン[セブホール]》《マーチス[バライフ]》《ベンリーニ》

盾:5

マナ:7

手札:1

墓地:6

山札:19

 

 

狂人

場:《エスカルデン》

盾:5

マナ:8

手札:3

墓地:1

山札:22

 

 

 

「《重罪(ジュウシン) マンダ()ム》! 《救命の意志 テュラー》を依代に憑霊!」

 

 白き意志に邪神の分霊が降りた。

 その瞬間、墓場に光が灯り、それが彼女の手元に宿る。

 

「《マンダ堕ム》は失われた神器をもたらす。それを汝に託そう、《ギラミリオン》」

 

 宿した光は《ギラミリオン》へ。

 百に千に(よろず)の輝きを宿した依代は、新たな剣として、託された神器を取る。

 

 

 

「闇に巡る迷いを断て――《グロダルマチア・ヘブンズアーム》!」

 

 

 

 それは、遙かなる過去の遺産。

 喪われたはずの魔導具の再現。

 闇の(ソラ)に浮かぶ星々の如く、迷いの中にある者を導く標として、その刃は煌々と輝く。

 

「迷宮に立ち込める闇を祓い、己が心に巣喰う迷いを斬る光……それが貴様の心境か」

 

 目深に被った帽子をほんの少しだけずらし、その奥底から昏い眼光で彼女を見遣る。

 

「決断できぬだけで、貴様はこの島に広がる堕落の道も、我らと征く修羅の道も、受け入れているのだな」

 

 ならば、とカードを引く。

 

「それを潰すのは野暮天(ナンセンス)というものか。貴様の歩みを見届けようではないか。《マクスカルゴ・トラップ》を唱えるのはやめだ、《エスカルデン》を召喚。山札を2枚捲る」

 

 あえて《グロダルマチア・ヘブンズアーム》や《ギラミリオン》は処理しない。

 どのように切り込むのか、かの虫けらではなくともその未来は見えるが、それを止めようとは思わない。

 運命は流れるままに。

 本来ならばそのような思考はくそくらえだが。

 たまにはいいだろうと、気まぐれに流れ行く。

 

「《フェアリー・ライフ》と《ジャスミン》……手札に入れる価値はないな、そのままマナへ。続けて《超機動(トラップ) デンジャデオン》を召喚。攻撃はしない。ターンエンド」

 

 

 

ターン5

 

 

シロガミ

場:《ギラミリオン[セブホール/グロダルマチア]》《マーチス[バライフ]》《ベンリーニ》《テュラー[マンダ]》

盾:5

マナ:7

手札:1

墓地:5

山札:18

 

 

狂人

場:《エスカルデン》×2《デンジャデオン》

盾:5

マナ:11

手札:1

墓地:1

山札:19

 

 

 

 さて。

 刻は訪れただろう。

 一手待った。その一手で、彼女も準備ができたはず。

 邪神の眷属が神降ろしなどと、笑い話もいいところだが。

 (sin)に降ろすは神ならざる罪。

 彼女の背負った、罪科の十字架である。

 

「《ギラミリオン》! その身に我が()を降ろせ!」

 

 7つのマナが湧き上がり、《ギラミリオン》に宿る。

 

「これは(アタシ)の迷いを晴らす償いなれど、此なる闇は汝の目を曇らせるものとならん。故に」

 

 銀河にも等しい星々の光。それと共にある罪なる闇。

 迷いの先にある煌めきは、そこにある。

 

 

 

「相済まぬ、迷宮入りだ――《牙滅罪(ガメッシン)(ジャ)ンブルグ》!」

 

 

 

 何者も逃がさぬ頑強なる壁は、正しく迷いの(みち)。来たる者を滅ぼす迷宮を背負った、玄き亀。

 虚なる孔は異次元へと続く鏡面(レンズ)となり、存在しない無の月を守護する、聖なる神となる。

 

「迷いの黒亀、月のレンズの守護獣、なんともまあ、神々の闇鍋となった混沌よな。だがいい、貴様のその欲望、我らが栄光を進むのに相応しい貪欲さだ」

(アタシ)は欲などに囚われるつもちはない」

「だが、“生きたい”だろう? 無為に過ごすのではない、己が命の在り方を感じ、魂を脈動させたいと願うだろう? 生憎そのような感性は忘れてしまったが、こちらに来れば、その熱を与えてやろう。我らが同胞の誰かか、あるいは魔法使いかなにかがな」

「巫山戯たことばかり抜かす男だな」

「頭がイカレているのでな。多少は許せ」

 

 ククク、とスカーフの奥で笑いながら、闇と光、罪に迷い、あらゆる()を背負った守護者を見上げる。

 彼女が降ろした(シン)。同時にそれは(sin)

 この迷宮を抜けた先は、果たして贖罪か、罪科か。

 

「……(アタシ)がどのような世界に座するとも、その結末は、迷宮を抜けた先にあるだけのこと。さぁ行け! 我が闇の中を、光の剣で切り開け!」

 

 《ゲ邪ンブルグ》を降ろした《ギラミリオン》が、《グロダルマチア》を振り上げ、咆哮する。

 その瞬間、《デンジャデオン》が錆び付き、崩れ落ちた。

 

「攻撃のたびにパワー低下、か。これは虫けら共から託された、そこそこ大切なカードだったのだが、まあ破壊されてはゴミも同じ、どうでもいいことだ」

 

 《ゲ邪ンブルグ》は登場時と、攻撃のたび、墓地のカードの枚数だけパワー低下を放つ。

 それによって防衛の要となる《デンジャデオン》のパワーがマイナス圏に突入、強度が自重に耐えきれず、崩壊した。

 しかも、それだけでは終わらない。

 

「立て、《ギラミリオン》。《ベンリーニ》の生を、《ギラミリオン》へ!」

 

 不動だった《ベンリーニ》が脚を折り、祈るように座する。

 同時に、《ギラミリオン》が再び立ち上がった。

 

「それだけではない。 さらに《グロダルマチア》の力により、我(アタシ)を守る結界はより強固なものとなる!」 

 

 彼女のシールドが1枚、増えた。

 メタリカをタップするたびに起き上がる《ギラミリオン》。攻撃するたびにパワー低下を放つ《ゲ邪ンブルグ》、シールドを追加する《グロダルマチア・ヘブンズアーム》。

 闇の迷宮を打ち払い進む光の星。

 それはなんと禍々しく神々しいものか。

 邪悪なる神の眷属だというのに、光を灯す様は、矛盾であり混沌。

 なにもかもが滅茶苦茶で、無茶苦茶で、不条理で、狂っている。

 だからこそ、惹かれるのだ。

 同族として、迎え入れたいと願うのだ。

 スカーフで隠してはいるが、ずっとずっと、微笑みが止まらない。

 

「ふっ、S・トリガー《フェアリー・シャワー》だ。マナと手札を増やす」

「だが、それでは(アタシ)は止まらぬ! 《ギラミリオン》! 《マーチス》の力を吸い上げ、神器を振るえ!」

 

 再び刃が振るわれ、2枚のシールドが切り裂かれる。

 

「こちらのクリーチャーを破壊しつつ、シールドを追加し連続攻撃……いやはや困った困った。おっと《フェアリー・ライフ》を唱えておこう」

 

 このような同胞がいる事実に、歓喜が込み上げる。

 自分と同じとは言わずとも、近いだけの永い時を刻んできた、女王の兵隊。

 相反する矛盾と混沌を抱えた狂気の産物。それでいて、不確かで揺れ動くものの、腐り堕ちていない意志がある。

 成程、此奴は人間からすれば邪悪なる神なのだろうが。

 自分にとっては、もしかしたら、我が国を照らす光と成り得るのかもしれない。

 イカレた頭でそんな期待をしてしまうほどには、彼女は非常に、魅力的だった。

 

「これで終いだ! 外界へと続く門扉を砕け――《ギラミリオン》!」

 

 《デンジャデオン》《エスカルデン》。クリーチャーはすべて破壊された。

 シールドはすべて切り捨てられ、相手のシールドは8枚。

 戦況は絶望的なのだろう。しかし、この素晴らしい同胞との出会いに、震えが止まらない。

 擦り切れたはずの精神が躍動している。腐り落ちたはずの魂が脈動している。

 そんな錯覚を覚えるほどに、希望に満ちあふれていた。

 

「迷宮踏破、おめでとう」

 

 パチパチ、と手を叩く。

 皮肉ではない。純粋な称賛。

 そして、感謝を込めた拍手を打つ。

 

「その先は希望に満ちた極楽浄土だ。いまだ未完の新世界だが、案ずるな。貴様の多産の力を借り受け、必ずや我らの世界を築いてみせようではないか」

「まるで己が勝者のような口振りだな、狂人。我が刃を受ければ、同族の身とて死ぬぞ」

「おっとそれは困るな。こんなにも劇的で運命的な出会いを果たしたのだ。なにも為せずに死ぬなどあり得ないな。そうだ、まだ、死ねないのだ――」

 

 迷宮を脱した《ギラミリオン》が、《ゲ邪ンブルグ》の罪を背負い、《グロダルマチア》の煌めく刃を振りかざす。

 

「――女王の呪縛から解放されるまではな」

 

 その切っ先が、男の身体を切り裂かんとする。

 二律背反の混沌が、破滅を伴い、押し寄せる。

 だが、しかし。

 

 

 

「S・トリガー――《地獄極楽トラップ黙示録》」

 

 

 

 矛盾と相克による混沌ならば、負けていない。

 地獄を進んで極楽の世界を目指す。

 それは創世の神話に等しい所業であり、語られることのない黙示の一頁。

 そのたった一欠片を、落とす。

 

「《ギラミリオン》をマナに送る。破壊ではないから、《テュラー》の能力も使えんな」

 

 ぐしゃり、と。

 《ギラミリオン》《ゲ邪ンブルグ》《グロダルマチア》――3枚のカードはマナへと沈んでいった。

 

「生き存えたか。だがそれも当座凌ぎよ」

「どうかな?」

 

 首の皮一枚で繋がった状態。相手は強固な壁で、何者にも攻略されない絶対的な迷宮を構築している。

 正攻法で突破するのは不可能だろう。

 しかし、ここにいるのは、悠久を生きる狂人だ

 正攻法で勝ちに行くわけがない。

 

「醜き夫人殿よ、貴様が扱えなかった禁忌には、オレ様が触れてやろう」

 

 ぐおんぐおんと、機械的な音が響く。

 《デンジャデオン》ではない。あれはもう、完全に壊れてしまった。

 ではこの駆動音はなにか。

 その答えは、即座に具現する。

 

 

 

「禁断起動――《禁断機関 VV-8》!」

 

 

 

 車輪、排気孔、原動機。

 世界を疾駆するための絡繰りを埋め込み、その上で、それは胸に鍵を突き刺した。

 男は、そっと自分の胸に手を当てる。

 

「登場時、山札から5枚を捲り、その中から2枚を手札に。残り3枚で《VV-8》を封印!」

「なんだ、動けぬ木偶か。そのまま眠っていても(アタシ)には届かんぞ」

「あぁそうだな。永久に眠っていれば、それが最高なのだがな」

 

 男は忌々しく(ソラ)を仰ぐ。

 しかしすぐに、微笑みを湛えた眼で向き直る。

 

「まあしかし、案ずることはない。ことこの眠り姫に関しては、即座に叩き起こしてやろう。残り8マナを使い切る!」

「!」

 

 《マクスカルゴ・トラップ》を差し置いて繰り出された《エスカルデン》、ブレイクされたシールドから飛び出たS・トリガー。

 それらの過剰なマナ加速によって溜まりに溜まったマナをすべて解放する。

 

 

 

双極・詠唱(ツインパクト・キャスト)――《ギガタック・ハイパー・トラップ》!」

 

 

 

 大地が、揺れ動く。

 黒い森が、鳴動する。

 あらゆる命が、森に飲まれていく。

 

「バトルゾーンのカードをすべてマナゾーンに送る! 大地に還るがいい、神どもよ!」

「すべて、だと……!?」

「《VV-8》は封印されているが故に、還元拒否だがな。しかしこいつに架せられた封印は、剥がれ落ちる」

「な……!」

 

 封印されている《VV-8》自体は、バトルゾーンに存在していない扱いとなる。故に《ギガタック・ハイパー・トラップ》の影響を受けない。

 だが封印自体はバトルゾーンに存在するカードに他ならないため、マナに送られる。

 結果、残ったのは、封印がすべて外れた《VV-8》のみ。

 そして禁断の封印がすべて解かれたということは。

 

 

 

「禁断機動――《禁断機関 VV-8》!」

 

 

 

 《VV-8》が、駆動する。

 車輪は廻り、排気孔は息吹き、原動機が暴れ回る。

 その鋼鉄の駆動は、時間さえも操り、理を歪め、書き換える。

 

「オレ様の時間はまだ終わらん! 追加(エクストラ)ターンだ!」

 

 男は更に強く、胸を掻き毟る。

 胸中の疼きなどおくびにも出さず、ただただ、愉快に笑う。

 

「10マナをタップ」

 

 歪めた僅かな時間は、刹那。

 瞬きのうちに、終わりを告げた。

 同胞を殺しはしない。それは望むところではない。

 故にこれは、ただ勝つためだけの一手。

 無血ならずとも、不殺で彼女をこの島から連れ出す道標。

 

 自由の弾丸を――放つ。

 

 

 

「《ジョリー・ザ・ジョニー Joe》――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「わけがわからぬまま終わったのだが……今のはなんだ」

「気にするな。原初の男(アダム)として共感性があるだけの鬼札(ジョーカー)だよ」

 

 無血も不殺も為して終わった小さな大戦。

 結果として、男は少女が島に張り巡らせた禍根を、文字通り根こそぎ焼き切った。

 

「結果は出た。だが決断は貴様が下せ。どうする?」

「……疑念も懸念もあるが、ひとまずは汝に付いて行こう。我が同族らの群集、興味がないでもないしな」

 

 それは重畳、と男は笑う。ずっと笑っている。笑い通しだ。

 これで男の目的は達せられた。

 同胞を探し、仲間に引き込む。そのために、遠路遙々この船路を渡ったのだ。

 その甲斐はあったというもの。想定以上の成果に、笑顔が更に破顔してしまいそうだ。

 

「だが、少し待て。仮にもこの島に住まう者であったのだ。狼藉も畏怖もあったとて、民に」

「いいだろう。浜辺の小船で待っていよう。あぁ、船賃はこちらで払うから気にするな」

 

 クククと笑い声を零しながら踵を返す――寸でで、留まった。

 

「おっと……待て。そういえば貴様、その要望では民らが狂い果てるだけだぞ」

「む……そうか」

 

 島民は、彼女の威容を目にすると狂い果てるのだと言っていた。

 この島の民たちと別れを告げる気概は買うが、そのまま村に降りれば、阿鼻叫喚にしかならないことは火を見るより明らか。

 感傷的な離別を怪物の様相で台無しにするなどあまりに無粋。そう思って男は、自身の被る帽子に手を掛ける。

 

「これを持っていけ」

 

 そしてそれを、彼女に投げ渡した。

 

「完全ではなくとも、それで顔を隠しておけ。少なくとも、まともな会話くらいはできるだろう」

「助かる」

 

 少女は男に倣って、鍔の大きな帽子を目深に被る。

 黒々とした化物の双眸は、完全ではないものの、狂気に満ちた威容を覆い隠す。

 

「では、後で落ち合うとしよう」

「あぁ。ではな」

 

 その言葉を最後に。

 2人は、黒い森の中で、道を別った。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 黒い森から村へと降りる。

 村人の何人が男のことを気に留めていたかは定かではないが、閉鎖的で小さな島であれば、島の外からの来訪者というだけで目立ち印象に残る想像に難くない。

 故にあの男の帽子を被った子供が降りてくるということに、村人たちは騒然とする。

 吃驚に駆られ、怪訝で奇異な視線を向けてくる村人たちに、彼女はどこまでも響く声で告げる。

 

「聞け! 皆の衆!」

 

 ビリビリと、空気が弾ける。

 帽子だけでは隠しきれない狂気と、神の眷属として微かな神威で以て、島民たちの口を噤ませる。

 

(アタシ)は、汝らがシロガミと呼ぶ者だ」

「シロガミ様……!?」

「な、なんでシロガミ様が村に!?」

「まずいじゃないのか……?」

「なんだってんだよ、い、生贄を直接攫いに来たってのか!?」

 

 村人たちが(どよ)めく。

 自分達が神として畏れていた者がここにいる。少女の姿で、存在している。

 動揺しないはずがなかった。

 しかしその響めきを鎮める時間も惜しい。彼女は、そのまま続けた。

 

「畏まるな。(アタシ)は神ではない。そして案ずるな。(アタシ)は今この時より、この島を去る」

「なんだって……!?」

 

 動揺と響めきはさらに大きくなる。

 この島の文化、信仰の基盤の破壊。

 それは覚悟の上だ。その上で、それを為すことで、贖わなくてはいけない罪がある。

 今こそ、それを清算するときだ。

 

(アタシ)は、(アタシ)を探し、誘い、招いた同胞と共に征くと決めた。故に、この島を去るのだが、その前に、(アタシ)は、汝らに告白しなければならぬ罪がある。それを、ここで告げよう」

「罪……?」

(アタシ)としてはその気はなかったのだが、結果的にこの島を枯らし、汝らをこの島に縛り付けてしまったこと。我が力で汝らに万物を与え、この島に繋ぎ止めてしまったこと。結果、この島を、汝らの未来、希望を閉ざし、闇の渦中へと沈めてしまったこと。これらの咎を、(アタシ)は告げ、償おう」

 

 彼女は高らかに宣言した。

 どこか、誇らしい気分だ。

 意識していなかっただけで、本当は、ずっと悔やんでいたのかもしれない。

 人の生活も、文化も、興味は無かったはずだが。

 自分が与えていた影響を、案じてはいたのかもしれない。

 今となっては、すべて過ぎることではあるが。

 

(アタシ)がこの島を去れば、汝らに授けた万物万象も消え去るだろう。さすれば汝らは自由の身だ」

 

 シロガミなどという幻想の神は消え去り、その痕跡もすべて消える。

 神に支配され、繋がれた民の呪縛は消滅する。

 この島は、解き放たれたのだ。

 

「もう、(アタシ)にも、島にも、縛られることはない。好きに生きればいい」

 

 騒然とする島民たち。無理もない。これも、わかっていたことだ。

 厳格な支配体制を敷いていれば、もっと他にやりようがあったかもしれない。あるいは互いに干渉し合わない関係であれば、なにを告げる必要もなかったのだろう。

 しかし空想の神は人への関心がなく、人は神を畏怖するものとして縋りついているだけだった。

 中途半端でどっちつかずの支配。それが、歪で脆い世界を構築してしまった。

 だからこそ、その世界を正そう。

 迷いを断ち、正しき道へと進路を定めよう。

 それが神として在った、自分にできる最後の責務として。

 

「あぁ……それと、最後にひとつ」

 

 言うべきことは言い切った。

 最後に、意味不明な軽口ばかりを叩く彼に倣おうと。

 確かな事実であり感謝の言葉を、微笑みに乗せて、彼らに届けた。

 

 

 

「汝らの捧げた供物は――美味かったぞ」

 

 

 

 そして。

 

 

 

 衝撃が――頭蓋を割った。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「……遅いな」

 

 潮風に吹かれながら、男は少女を待つ。

 しかし待てども待てども、彼女は来ない。

 船から船乗りが顔を出し、不安げに男に問う。

 

「なぁ、あんちゃん。そろそろ船を出さねぇと……」

「待て。まだ、奴が戻ってない」

「あんちゃんの友達ってぇかぁ? つってもよぉ、もうじき日が暮れるし、お日さんがねぇと船も出せねぇ。おでぁこんな島で一晩過ごすのは御免だ」

「そう、だな」

 

 答えながら、男は思案する。

 宴でもやっているのだろうか。その可能性は否定できないが……

 

「……あの虫けら女ならば、なにが起こるのかを予見したのやもしれんがな」

 

 神の視座も、未来視も持たぬ自分では、予知も預言もできようはずがない。

 故にただの推測と妄想で語り、歩み出す。

 

「船乗り。しばし待て。帰りが遅ければ、貴様はそのまま帰るといい」

「あんちゃん? お、おい!」

 

 後方から聞こえてくる船乗りの制止を聞き流し、男は歩を進める。

 村へと向かって。

 

「嫌な予感などと、今更言っても遅きに失しているのだろうが。しかしてさすれば、行くしかあるまいて」

 

[newpage]

 

 頭蓋が、割られた。

 手足が、踏み潰された。

 胴を、臓腑を抑え込まれ、息が詰まる。

 痛い、いたい、イタイ。

 全身を稲妻のように走る、激痛。

 絶え間なく振り下ろされる、鉄塊。

 動けない。

 民たちは周囲を囲み、憤怒の形相で、ひたすら暴威を振るい続けている。

 それを撥ね除けるだけの膂力はこの身にはない。

 此なる暴力を鎮めるだけの創造を為すという思考も、気力も、不可解が巡る混乱によって消し飛んでしまった。

 

「な、ぜ……何故だ! 何故、汝らは……!」

「なんでだって!? そんなこともわからないのか!」

 

 民が叫ぶ。怒りのままに、衝動のままに。

 数々の島の人々が、慟哭している。

 

「仲間を喰われて、黙ってられるかってんだよ!」

「お前のせいで! お前の、せいで……!」

「お前のせいで、母ちゃんがいなくなった! 父ちゃんもいなくなった! 兄貴がいなくなった! 次は俺か!? 息子か!? それとも女房か!?」

「しかも、俺たちに与えたものがなくなるだって!? なら、俺たちが捧げた人たちも返せ! 返せよぉ……!」

「これから私達は、どうやって生きていけばいいって言うんだ!」

「もう、うんざりだ! お前が……お前がいなければ……お前のせいで……!」

 

 口々に語られる怨嗟。

 あぁ、そうか。

 どうやら逆鱗に触れてしまったようだ。

 それに、なにより。

 自分は彼らのことをなにも理解していなかった。勝手に妄想して、わかったつもりになっていただけだ。それが無意識で、前提になっていた。

 妄想で自分を神に仕立て上げた島民と同じだ。勝手な思い込みが、破滅へと繋がっていた。

 人を喰らうということが、どれだけの禁忌で、それだけ恐ろしいことで、どれだけの怒りを生んでいたのか。

 それが、わからなかった。

 自分もやはり人でなし。

 ただ、それだけだ。

 ――だけど。

 

「シロガミ様……いや、お前なんて、ただのバケモノだ!」

「や、やめ……!」

 

 地に伏す空想の神に向けて。

 鉈が振り上げられ、落とされた。

 

「死ね、バケモノ――!」

 

 

 

 

 

 ――死にたくない。

 

 

 

 

 

 “アタシ”は、そう願っていた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「おぉ……なんということだ」

 

 男が村に到着した時、そこは地獄のようだった。

 多くの村人が、少女の矮躯を抑え付け、乱暴しているではないか。

 それどころか、ごろり、と黒く溶け落ちた怪物の首が転がってくる。

 

「よもやこうなるとは、予想していなかった」

「あんた……」

 

 島民のひとりが、男に気付く。最初に男が出逢った島人だ。

 男は足下に転がってきた首を拾い上げ、その帽子を被り直す。

 

「其奴は、死んだ、のか?」

「あぁ……シロガミ様は死んだ。殺したんだ、俺たちが、神様を、殺したんだ……!」

 

 島民はわなわなと震えている。

 神殺しの恐怖、戦慄。あるいは歓喜、悦楽。

 様々な情感が激流の如く渦巻いている。

 ――人を狂わせる狂気には、三種類ある。

 ひとつは、恐怖。

 ひとつは、快楽。

 そして――虚無。

 狂気の三柱のうちの2つを飲み込み、その上でこの小さな島は、信仰が失墜したことで、虚無に包まれる。

 すべての狂気が立ち並んだ世界は、絶望と破滅が待つだけだ。

 それを頭で理解しているわけではなかろうが、そのどうしようもないどん詰まりを幻視したのだろう。

 島民は、笑っていた。

 

「は、ははは……」

 

 怪物を、神を殺した。

 その事実に、畏るべき異形に、彼らは、打ち震えている。

 

 

 

「ははは……はーっははははははははは! なんだこいつは! ざまぁみろ――」

 

 

 

パァン!

 

 

 

 島民の頭が、爆ぜた。

 

「まあ、なんだ。貴様らには貴様らの生活があり、感情があり、危ういバランスでそれらが成立し、それがこの一手で崩れたと、そういうことなのだろう」

 

 男はつまらなさそうに溜息を吐く。

 ずっと笑みを湛えていた彼の表情は、虚無そのもの。

 なにも感じない。なにも存在しない。

 無、だった。

 

「ひ……あ、あんた……!?」

「それまでの生活が一変するのだ。無慈悲な現実を突きつけられるのだ。それまでの人生、犠牲を無為にされるのだ。貴様らの悲嘆も、絶望も、激憤も、理解はできぬがわからんでもない。個人の感情の爆発、集団への誘爆、そういうのもあるのだろう。それを否定したりはせんさ」

 

 ぼとりと、手にした頭を堕とす。

 怯える島民たちのことなど気にも留めず。

 カチャカチャとひとりの頭を撃ち抜いた銃に弾を込め直しながら、男は告げる。

 

「ならばオレ様が、同族を殺され、この希望に満ちた船旅を徒労に終わらされた憂さ晴らしをしたとしても、文句は言えまいな?」

 

 引き金を、引く。

 空を射貫く音。そして、頭が爆ぜる音。

 またひとり、死んだ。

 これは本来ならば、怒りなのだろう。

 しかし彼にはもはや、怒りを覚えるだけの魂が、欠落していた。

 故にこれはなんの意味も無い。

 ただの、虚無なる虐殺だ。

 

 

 

「なぁに安心しろ。老若男女の区別なく、誰一人として残して帰る気はない――一人残らず撃ち殺してやる」

 

 

 

 あぁ。

 せっかく楽しかった旅行が、台無しだ。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 殺した。殺して殺して殺して殺し尽くした。

 愚かな人間をひらすた殺した。

 男の眉間を撃ち抜いた。

 女の脳天を射貫いた。

 弾が切れた。

 少年の頭蓋を踏み潰した。

 少女の臓を抉り取った。

 閉ざされた小さな世界で、人を蹂躙する快楽に溺れながら、怯え逃げる者どもを殺した。

 怒りとか、憎しみとか。

 そんな感情があったのかどうかもわからぬほど、無我夢中に、無心に殺し廻った。

 家々の隅から隅まで。森の奥底まで辿った。

 気付けば、夜が更けていた。

 船乗りは、もういないだろう。

 村に戻ると、そこは血の池が溜まった地獄。

 腐臭と死臭が支配する、虚無の世界。

 全身を真っ赤に染めた男は、首が落ちた仲間の下へと、歩み寄る。

 

「……死んでしまったか、我が同胞よ」

 

 浸る感傷も擦り切れているが。

 せめて言葉は遺すべきだろうと、首のない少女に向けて、男は語る。

 

「すまんな。涙などとうに枯れてしまった。しかしきっと、この微かに湧き上がる情念は、悲哀。同胞を喪い、オレ様は哀しい、のだろう」

 

 なぜこうなってしまったのか、などとは思わない。

 狂気の渦中にある人とは、そういうものだ。

 最初からこの島は狂っていたのだ。そしてその狂いを、破滅に導いたきっかけは――恐らく、自分なのだろう。

 結果論でしかないが、きっと、そうなのだ。

 自責に駆られるなどあり得ないが、かといって彼女の責でもなく、では島民たちが悪なのかと言えばそうでもない。

 弱きは罪ではないのだ。愚かさは咎にはならないのだ。

 それを認めてしまえば、愚鈍で薄弱な我らは、どうしようもない罪悪の塊となってしまう。

 故にこれは、ただの悲劇だ。

 狂った運命が導いた最期(Dead End)

 なんと、つまらないのだろうか。

 

「……ではな」

 

 男は踵を返して帰ろうとする。

 日は落ち、船はきっと行ってしまった。

 この後どうすればいいのかなんて、まるで考えていない。

 だが、

 

「む……?」

 

 なにかが、蠢いた。

 そして、気付く。

 ――頭がない。

 切り落とされた首が、どこにもない。

 消滅している。

 それだけではない。

 首のない少女の首、その断面が、黒く泡立っている。

 ぐじゅぐじゅと、ぐちゃぐちゃと。

 形を、作っていく。

 

 

 

「ぁ……」

 

 

 

「……!」

 

 さしもの男も、目を剥いた。

 首が――“生えた”。

 幼い、人間の少女の、首が。

 切り落とされたはずの怪物の首が、人の首として――再生した。

 

「や……ぁ……こ、こは……?」

 

 少女は寝ぼけ眼で、しかしどこか怯えたように、視線を彷徨わせる。

 ――いや、違う。

 再生ではない。これは、接ぎ木だ。

 この頭は、確かに人間の少女のそれ。

 しかし彼女の身体は、人の姿を模しているだけで、本質的には我々と同じ、怪物のもの。

 怪物の身体に、人間の首を、代わりに繋いだのだ。

 万物創造の権能。

 あらゆるものを産み出す力は。

 自分の命――首さえも、産み落としたのだ。

 

「あなたは……だ、だれ……です、か……?」

「…………」

 

 ――――

 

「ふっ」

 

 男は、笑った。

 

「ふっ、ふはははははははは!」

「え……え、ぇ、えぇ……!?」

 

 笑いが止まらない。

 ここまでとは、思わなかった。

 

「そうか、そうか、そうか! 貴様、そんなにも生き汚かったのか! これは、余りにも愉快極まる誤算だ! ははははははははは!」

 

 ただ命を産み出すだけに留まらず。

 死するはずの命さえも、代替のものを産み出すことで、繋ぎ止めるとは。

 

「万物創造の多産の権能。それで、死さえも超越し、新たな命を生み出したか!」

「え? えと、え、えぇっと……?」

「あぁ、すまん。貴様の生への執着が、あまりにも嬉しかったのだ。許せ、同族」

「あの、あ、あのあの……アタシ、なにが、なんだか……あなたは……だれ……あ、アタシは、なに……?」

 

 記憶が混濁している。いや、恐らく、記憶が無いのだ。

 頭、つまり記録のある脳が失われたのだ。

 故に彼女は今、産まれたばかりの赤子同然。真っ白な状態。

 

「オレ様は……まあ、『帽子屋』と呼べ。そして貴様は……そうだな。哀れな若牡蠣と同類(Dark Sargasso)ならば、海に関するものがいい。そして、代わり命さえも産み出す、依代の身体……命の、代わり……代用品……ふむ」

 

 ならば彼女の新たな生を祝して、その存在を定義してやらねばいけないだろう。

 少しばかり考え込み、彼女を新たな住人として、定める。

 

「では【不思議の国の住人】となる証として、貴様に名を授けよう」

 

 絶海に閉ざされた島に生きた、かつて神だった怪物。

 代用の首で、己の命を繋ぎ止める、生き汚い、自分勝手なエゴの塊。

 

「万物を創造し、命さえも代用し生き存える、不思議の国の亀神(Wander Turtle)。貴様の名は――」

 

 そんな素晴らしい同胞に授ける名。

 それは――

 

 

 

 

 

「――『代用ウミガメ』だ」




 という、帽子屋と代海……代用ウミガメとの出会いの話でした、というオチ。前々から書きたかったんですよね、この話は。タイミングとしてはここが最善かと思って一気に書いちゃいました。
 今回は登場人物の名前の明言をとにかく避けてましたが、どうだったでしょうか。帽子屋はすぐにわかったと思いますが、シロガミ様の正体がどのタイミングでわかったのかは、ちょっと気になるところ。一応、伏線はそこそこ仕込んでいます。対戦パートは特に。
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