デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 十王編が今章に登場するキャラクターやそれらの構図と相性良さそうなものの、各チームや王国が出るタイミングとかで色々難儀しそうだなと思い始める今日この頃。
 今回は、わりと意味不明なまま意味不明な奴らが意味不明なことしてるお話。


46話「配信されたよ -前篇-」

 みなさんこんにちは、伊勢小鈴で――

 

「う゛」

「どうしたんだい小鈴? ビーストフォークがデーモン・ハンドに握り潰されたような声を出して」

「ホック、はずれた……いや、壊れたかも……」

 

 家に帰るなり、ひどい不幸に見舞われました……これ、高かったのに……先月買ったばかりなのに……

 

「そんなことより小鈴、お腹が空いたよ」

「そんなことって……いや、うん。そうだね、お昼にしようか」

 

 さっきのパン屋さんで買ってきたパンの袋を机の上に置く。中から適当なパン――プレッツェルにしよう――をひとつ取り出して、包装を剥く。それを鳥さんに差し出すと、鳥さんはくちばしでついばむように、それをつっつく。

 わたしもちょっと食べ足りないから、袋の中に手を伸ばしてベーグルを手に取り、口を付けながら、鳥さんを見遣る。

 ――今、鳥さんの体には、包帯が巻かれている。

 それだけじゃない。全体的に、弱々しい。見て分かるほど今の鳥さんは衰えている。わたしから急かすようにお昼ご飯をたかるくらいに、余裕がない感じだ。

 あの時の傷がまだ残っているというのもあるけど、どうもそれだけじゃなさそう。なんだか鳥さんは、意気消沈しているというか、精神的なところで参っている様子でもあった。

 しばらく、無言が続く。

 パンを咀嚼する音だけが、無音に響く。

 やがてわたしは、食べ終えたパンの包装を置き、鳥さんに向き直った。

 

「……鳥さん、あのね」

「なんだい」

「わたしの、身体のことなんだけど」

「あぁ……」

 

 鳥さんは、どこか観念したように頷く。

 あるいはそれは、頭を垂れた謝罪だったのかもしれない。

 

「それは……すまないと思っている。本当は、君をそこまで“人でなし”にするつもりは、なかったんだ」

「……やっぱり、帽子屋さんの言ってたことって、本当なんだね」

 

 それはわたしも、薄々感じていた。

 身体の感覚が、なんとなく違う気がしていたのだ。

 それをハッキリと自覚できたのが、この前の帽子屋さんとの一戦でのこと。

 彼に言われて、わたし自身も認識して、ようやく自覚した。

 わたしは、もう――“人じゃない”って。

 

「僕の限られた力で、君に十分な力を与えるには、そうするしかなかったんだ。君の、人としての性質を引き換えに、クリーチャーとしての性質を付与するしか」

 

 鳥さんは、申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「僕は太陽神話の権能……彼の奇跡を一部、受け継いでいるから。奇跡のような恩恵を与えるけれど、それは無償の施しじゃない。必ず、なにかが犠牲になる。そして僕は君に、クリーチャーと戦えるだけの力を、クリーチャーとしての力を与えた。君の、人間性を犠牲にね」

「人間性……」

「少しずつ、君の身体はクリーチャーの性質に蝕まれていっている。人としてあるべき当然の在り方、人としての常識としての在り様、そういったものが失われていっている。クリーチャーとしての力と、引き換えに」

 

 それは、身体能力、身体機能が人間離れしていくというだけじゃない。

 思考、意識、感覚。そういった目に見えないもの、概念的、観念的なものまでも、クリーチャーのそれへと塗り変わっていく。

 今はまだ、人らしさを残しているようだけれど。

 いずれわたしは、本当に、存在として人じゃなくなる。

 

「……そっかぁ」

「すまない。本当は、こうなるはずじゃなかったんだ。僕がずっと君に付き添っていれば、ここまで急速に進行することもなかった」

 

 大ケガを負って、帽子屋さんに連れ去られて。そうしてわたしの内に秘められたクリーチャーとしての性質は、鳥さんによる制御を失った。

 今も、きっと上手く御せてはいないんだと思う。ケガしたままで、力も戻っていない、今の鳥さんでは。

 だから今この瞬間も、わたしはどんどん、クリーチャーになっていってしまっているんだろう。

 それを、鳥さんは哭くように悔やみ、謝る。

 

「んー……」

 

 けれど。

 

「いいよ、気にしないで」

 

 そんなに、気にならなかった。

 自分がクリーチャーだということの自覚がないわけでも、実感がないわけでもない。

 その上で、わたしはそれが、そこまで重大なこととは、思えない。

 

「……わかっているのかい? 小鈴」

 

 そんなわたしに対し、鳥さんはより重苦しい声をあげる。

 忠告するように、鋭い眼差しを向けて。

 

「気にしないというのは、君の寛容さによるもの……だけじゃない。君のその思考そのものが、クリーチャーに毒されている証左だよ」

「…………」

「これでも君とずっといたんだ、僕にだってわかる。昔の君なら、絶対にそんなことは言わなかった。自分達の仲間とはまったく違う道へと突き放されることを受け入れるだなんて、そんな非道を許しはしなかっただろう」

 

 どこか諭すような、力強い言葉。

 慌てて引き留めるような、必死な声。

 

「小鈴。君は、人間から、自分の仲間から乖離するのが、恐ろしくないのかい?」

「こわくなんてないよ」

 

 鳥さんの言いたいことは、わかる。

 わたしの意識が既にクリーチャーのものに染まってしまっているから、自分の身が変わってしまうことへの恐怖が湧かない……そうかもしれない。

 でも、それだけじゃない。確かなわたしの気持ちとして、それを受け入れられることだって、あるんだ。

 

「わかってるよ。わたしは昔と変わったと思うし、昔なら、自分が人間じゃなくなるなんて、耐えられなかったかもしれないけど……」

 

 今は、そうじゃない。

 今のわたしは、昔のわたしとは違う。

 

「……人間だとか、そうじゃないとか、そんなの、関係ないから」

 

 わたしの意識や感覚が人とは違ってしまったとしても、わたしが今まで経てきた思い出や、人とのつながりは、ここにあるから。

 

「わたしの友達は、たとえ人間じゃなくても、わたしにとっては大事な友達なんだ。だったら、わたしが人間じゃなくなったとしても……なにも変わらないよ」

 

 人間であるかどうか。そんなことは関係ない。わたしの友達が人でなくったって友達であるように、わたしが人間じゃなくなって、クリーチャーになってしまったとしても、わたしはわたしだから。

 だったら、それをこわがる理由なんて、どこにもない。

 お母さんたちには、ちょっと、悪い気がするけど……でも。

 

「それにほら、鳥さんだって、わたしの友達なんだから。友達と一緒で、イヤな気持ちになんてならないよ」

「小鈴……」

 

 たとえわたしの意識がクリーチャーのものに塗り潰されてしまったとしても。

 この気持ちだけは、絶対だと信じられる。

 代海ちゃんも、鳥さんも、もちろん学校のみんなも……全員、わたしの友達。大切な人たちだ。

 たとえ、人間とは違う存在だとしても、ね。

 そんなつながりを経てきたから、わたしはわたし自身に対しても、そう思えるんだ。

 

「そうか……君がそこまで言うなら、いいさ。君に流し込んだ力の制御には、できるだけ務める。思いの外肥大化してきていて、なかなか難しいのだけれど……君の願望の成長性は、存外、大きかったんだな」

「成長……ねぇ、鳥さん、ところでなんだけど」

 

 ふいに、思ったことを問うてみる。

 ちょっと気になっていたことを。

 

「わたしの身体の成長も、もしかして、鳥さんの影響……?」

「ん? あぁ、そうかもね。僕の与えた力には、ある程度の指向性があってね。基本的に、誰かの願望を叶える力なんだ」

「願望……」

「君の場合、君が“そうなりたい”と思った方向性で、力が発現する。だから君の身体に変化が訪れたのなら、それは君が望んだものだ」

 

 そういえば前にもそんなことを言ってたような……えーっと、つまり。

 

「わたしの今の身体の成長は、わたしが望んだ形、ってこと……?」

「そうなるね。今は僕の制御が上手くいってないから、より顕著な形で現れていると思う」

「えぇ……もうちょっと、身長は欲しいんだけど……背だけ伸びないのは、なんというか……どうにかならない? ちょっと、その、色々困ることが出て来てるんだけど……」

「まあ僕の力は不完全だからね。願望を叶えるといっても、恐らく完全には叶わない。どこかしら半端になってしまっているかもしれない」

「そのせいだよ! 絶対にそのせいだよ! おかしいと思ったよ! 中学上がる前は80くらいだったのに、1年足らずで20cmも大きくなるなんて!」

「なんの話だい?」

「鳥さんにはわからないことだよ!」

「君から振ってきたんじゃないか……なんだい、これがヒステリーってやつなのかい? アルテミス嬢じゃないんだから……」

「わたしこれでも色々大変なんだからね! 着れる服もぜんぜんないし!」

「そうなのか」

 

 まるで実感も共感も感じないような鳥さんに、ほんのちょっとの怒りと不満をぶつけていると。

 携帯が鳴った。

 

「……謡さん?」

 

 開いてみると、着信相手は謡さんだった。

 今日は生徒会のお仕事があるはずだけど……それはそれとして、電話なんて珍しい。

 とりあえず、通話を繋げる。

 

「もしもし? 謡さ――」

『小鈴ちゃん! さっきの見た!?』

「え? な、なに、なんですか?」

『さっきURL送ったんだけど……あぁもういいや! とにかく大変だよ!』

 

 電話越しの謡さんは、すごく慌てている。

 切羽詰まったまま、ノイズっぽい声で、まくし立てるように言った。

 

 

 

『双子ちゃんたち――ネットに晒されてるよ!』

 

 

 

「……え?」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「さてはて、どーしましょー」

 

 青の少女は、座したまま天を仰ぐ。太陽の届かない、暗い一室の天上を。

 すると白の男が、彼女に向いた。

 

「どうする、とは?」

「水早霜くん、香取実子ちゃん。お二方への“粛正”は失敗しちゃったじゃないですか」

「そうだな。結果は振るわなかったが、私は君の努力を正しく評価しているつもりだ。気負う必要はない、機会はまだ十分にあるのだから」

「それはどうもありがとうございます。しかしそれはそれとして、あたしも失態は取り返さなければならないのです……いえ、違いますね」

 

 身体を起こして、少女は顔を綻ばせる。

 屈託のない、無邪気な子供のように、微笑んだ。

 

「このままでは“興味が尽きない”のです」

「…………」

「えへへ、これはお姫さまの影響なのですかね? 【不思議の国の住人】よりも、あたしは、彼女たち(マジカル☆ベル)の周辺が気になっちゃって気になっちゃって」

 

 疼くように身体を震わせて、彼女は指先を走らせる。

 それが描く紋様は、虚空に水面を生み、波紋が広がり、電影(モニター)の形を成す。

 

「彼女たちはどういう人間なのか。なにが好きでなにが嫌いなのか。普段はなにをしているのか。日々の食事、生活サイクル。バイタル、メンタル。どこに住んでいるのか、家族は誰なのか……知りたい、知りたい、とにかく知りたい」

 

 指先が降りる。滝のように流れ落ちる小さな手は無の空間を叩く。虚無は固まり電子(パネル)となり、それは海原を漂流する板(キーボード)のようだった。

 モニターに表示される、無数の情報。少女はそれを、にこやかで、楽しげな表情で眺めている。

 しかし白の男は、少し不服そうだった。

 

「……メル。君の働きは評価している。だが、君の、そして我々の本分は、ゆめゆめ忘れるなよ」

「もっちろん! わかっているのです! でもほら、やっぱりお姫さまの記録(データベース)の薄い部分を見てみたいのですよ、あたしは」

 

 もはや彼女は、他のものなど眼中になかった。いや、あるいは、世界のすべてが彼女の眼中なのであった。

 役割だとか、使命だとか、そんな問答はとうの昔に通過した。

 今、重要で優先すべきことは、他にある。過去の問いかけは終わったことであり、既知としたものなのだ。

 今更、振り返ることでも、蒸し返すことでもない。

 それになにより。

 

「あたしはお姫さまの“眼”、お姫さまが目を背けた世界を見るためにいるのです」

 

 それが、自分に課せられた役目。

 広い世界を見る。数多の情報の海から、新たな叡智を吸い上げ、貪り、愚行を以て賢者となる。

 己が名の現すままに在る、【死星団(シュッベ=ミグ)】としての姿だ。

 

「……なーんて! 本当はあたしがそうしたいってだけなのです! でもそれが結果的に皆さんのためになるのなら、それはとても合理的なのですね!」

 

 少女はにこやかに笑っている。心の底から楽しんでいるかのように、笑っている。

 緑の女は、それを無言で見つめていた。

 

「…………」

「なんですかリズちゃん。あたしに言いたいことでもあるのです?」

「いいえ。あなたは、あなたの役割を忠実にこなしている。それなら、私から告げる言の葉はないわ」

「むぅ……ま、いいですけど! ではでは、そろそろあたしは配信のお時間なのです!」

「配信?」

「Yes!」

 

 少女は清流のような指運でパネルを操作する。

 するとモニターに、世界的に広く使われている動画共有サービスの画面が開く。

 男は怪訝そうにそれを覗き込み、首を傾げて疑問符を浮かべている。

 

「配信とは、なんだ? なにを配り伝えるのだ?」

「あれ? ミーナさん知りません? 最近の流行りなのですよー」

「すまない。私の主な役割は、居城と姫の守護。俗世のことには疎いのだ」

「真面目ですねぇ。ま、見ててくださいよ。今日は突発ゲリラ生配信! まあ不測の事態とか、まずい部分はリアルタイム編集でナチュラルにカット&チェンジするのですが」

「そういえば君は、我々が産み落とされてすぐ、なにかの映像記録を管理していたな。それと関係あるのか?」

「はい! 動画を撮影して、それを全世界にアップロード! 落し子(コズミック)系Vチューバー、海原メルちゃんのデビューなのです! 目指せフォロワー1兆人!」

「……メル、君の言っていることは、たまに理解ができない。だがこれだけは言える」

 

 少女に向き直り、男は真剣な眼差しで、口を開いた。

 

「この星の総人口は約80億人だ。1兆という数字は、現実としてあり得ない」

「そのくらい知ってますぅー! 今のはメルちゃん流ジョークです! この前、視聴者さんが教えてくれました!」

「そう、か……視聴者?」

「まあ、お母さんが起きれば人口なんてポコポコ増えるのですし、1兆人というのはそういった将来的な視野も見てのことでですね」

「そうか……そうなのか。よくわからないが……」

「ちなみに今のフォロワー数は4999万8605人なのです! えへん、もうすぐで5000万フォロワー達成なので、なにか企画がしたいのですね! これでも米国の大統領の半分くらいなので、まだまだ全然なのですが!」

 

 少女の言葉に、男はずっと疑問符を浮かべながら、画面を覗いていた。

 理解できないのも無理はない。彼ら彼女らは、この世界に産み落とされたばかりの、赤子同然の存在。

 この世界の“今”を急速に吸収する彼女は、そのような存在であるが故に、世界の現在の姿を取り込んだが、彼にはそこまでの役割も、力も、権能もない。

 

「まあまあ、そう難しく考えなくてもいいですよ。これは娯楽、全世界の皆さんを楽しませて、その愛と人気をあたしが得る行為。そして、その反応を通して、あたしがこの世界を知り、数々の驚きを知識として得るための手段(ツール)なのです」

 

 そう、これは手段なのだ。目的ではない。

 あらゆる情報を見るための手段。この世界を観察するための道具。。知識を集積するための実験。

 この世界の外観を、概念を、人を、その思考を、思想を、在り方を、生き様を。ありとあらゆるすべての情報を、閲覧し、記録する。

 これは、そんな己が役割のための、手段のひとつに過ぎない。

 

「よし! 準備完了なのです! スタジオのセッティングよし! 撮影機能の調整よし! 対戦相手(ターゲット)の捕捉――よし!」

 

 画面越しに映るふたつの銀髪。

 再生数を伸ばすためのサプライズ。TCGという方向性でキャラを付け、その主題に沿ったテーマを用いる。演出、編集、トーク、投稿頻度、すべてOK。

 そして、これをただの趣味にしないために、きちんとすべきことも盛り込む。

 Vチューバーとしての仕事(趣味)、ゲリラ生配信。それは同時に、【死星団(シュッベ=ミグ)】としての仕事(役割)の始まりである。

 そして彼女は、配信(粛正)を開始する。

 

 

 

「遠隔王国展開! さぁさぁ今日も楽しく愉快に興味深く、この世界を観察すると致しましょう――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユーリアとローザは、部活を終え、帰路についていた。

 部活と言っても、ローザは部活動に所属していないので、ユーリアの方――即ち、遊泳部。

 ローザもそれに付き合って、本日の短い活動時間を彼女らと共にしたのだが、

 

「……疲れた」

「? ローちゃん? だいじょうぶ?」

「うん、大丈夫……でも、あの部は、相変わらず凄まじいね……」

「楽しいよ?」

「ユーちゃんが楽しいならいいんだけど……少し、はちゃめちゃに過ぎます……」

 

 ローザはぐったりしていた。

 わかっていたことだ。遊泳部の面々が、破天荒で非常識なことなんて。

 倫理も道理もぶっ飛んだ連中だ。まともに付き合えば馬鹿を見る。そんなことは、わかっていた、はずなのだが。

 

「ユーちゃんのことも、心配だから」

「もー、ローちゃんはシンパイショーですね!」

「真面目に言ってるんだよ?」

 

 遊泳部のタガが外れた倫理観もそうだが。

 それだけではない。

 

「……冬休みになっちゃったね、ユーちゃん」

「……うん」

 

 たった2人の下校路。

 遊泳部での活動は、確かにはちゃめちゃで、楽しかったが。

 物足りない。

 あるはずの賑わいが、存在しない。

 爛漫なユーリアの顔も、どこか陰りを見せていた。

 ユーリアだけではない。

 ローザもまた、憂いを帯びている。

 

「大変なことになっちゃったね」

「……うん」

「ドイツにいた頃も、たくさん、たくさん大変なことはあったけど……こっちに来てからの大変なことは、もっと凄い」

「……うん」

「大丈夫?」

「……うん。大丈夫」

「浮かない顔、してるよ」

「ローちゃんだって同じだよ」

「うん、そうだね。私もユーちゃんと、皆さんと同じ気持ちだから」

 

 たとえ、共に過ごした時間は短くても。

 彼女たちの繋がりの大きさ。共であることの繋がり。

 それがどれだけ大きなことであるのかは、理解していた。

 理屈だけじゃない。その大切さ、それを失いたくないという気持ちは、同じなのだ。

 

「……正直、ちょっと落ち込む」

「ローちゃん?」

「私は、非力で無力だなって。デュエマも弱いし」

「そんなことないよ! いっぱいユーちゃんと練習したでしょ?」

「それでもだよ。友達が苦しんでいる時に、私はなにもできない」

 

 どうすればいいのか。どうしたら解決するのか。

 解法がない。正解の道筋も、打開の策も、わからない。

 暗闇の世界に放り出されたように、先が見えない。

 

「どうしたら、いいんだろうね」

「……ユーちゃんにも、わからないよ」

「そっか……そうだよね」

Aber(でもね)!」

 

 突如、ユーリアは声を張り上げる。

 姉を覆う暗雲を、吹き飛ばすように。

 

「きっと、大丈夫!」

「大丈夫って……」

「だって日本の冬は、ドイツよりも厳しくないから」

「……?」

「ほら見て、ローザ」

 

 ユーリアは、空を指さす。

 真冬の空。空気が澄み渡り、どこまでも、どこまでも蒼く、透明で、高い空。

 その遙かな空には、赤いひだまりが、悠々と、煌々と、照っている。

 

 

 

「ちゃんと――太陽が昇ってる」

 

 

 

 日ノ本の国。

 そこは天に陽の照る大いなる国。

 この空は、ここに在る限り明るく、そして温かい。

 それは人にとって、なによりも尊い救いなのだ。

 

「……ドイツの冬は、暗いもんね」

「Ja! あっちに比べたら、こっちの冬なんてへっちゃらですよ!」

 

 なんだってできちゃいます! と、ユーリアは笑顔を見せる。

 どこか彼女に似た、彼女よりも少しだけ眩しい、ひだまりのような笑顔を。

 

「ユーリアは前向きだね」

「それが私の取り柄だからね!」

 

 まったく根拠も計画性もない、ただの根性論。

 普段なら呆れつつも窘めるところかもしれないが。

 その能天気なまでの明るさは、とても眩しくて、優しくて。

 見ている方も、少しだけ前向きになれそうだった。

 

「ふふ……じゃあ、私はユーリアが先走りすぎないように、しっかり見てなきゃ」

「うん! よろしくね! ローザ!」

 

 なにも解決していない。打開策も方針も、なにも決まっていない。

 それでも気持ちだけは、軽くなった。

 どうするべきかを考えるのは、きっと自分の役目だ。ローザはそう感じている。

 彼がいないのなら、代わりに自分が頭脳になろう。

 妹のお陰で、ほんの少し、暗雲は晴れたのだから。

 俯きがちな顔を上げる。

 すると

 

 

 

 ――ザザ……ザ、ザザザ――

 

 

 

 ――(ポン)

 

 ――(ポン)

 

 ――(ポン)

 

 

 

 ――スタート(ピー)

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

『メルクリー――チャンネルー!』

 

 

 

「!?」

 

 ノイズが鼓膜の奥、脳髄に走った瞬間、視界が暗転する。

 剥離した意識が再浮上した瞬間、そこはまるで見知らぬ場所だった。

 青く透き通る、透明なドーム状の空間。清流が重力を無視して滝のように流れ落ち、海嘯のように逆流し、池のように水溜まり、そして騙し絵のように循環する。

 本の匂いと、薬品と、それらに混じった汐の香り。

 上下左右、四方八方、天上天下、縦横無尽に敷き詰められた、数多の書架。

 そしてそれらを覆い隠さんばかりのモニターと、無数のカメラ。天上から鳴り響く軽快な楽曲。

 中央には、近未来的なデザインの台が、浮かんでいる。

 

「なに、ここ……どこ? 図書館……カメラ?」

「め、メル? ネル……?」

 

 あまりにも突然の出来事に、双子は困惑するばかりだった。

 この場所はなんなのか。そして高らかに響く、この少女の声は誰なのか。

 一瞬の間に、あらゆる疑問が湧き出て通過する。

 それを即座に既知にするための知識は、彼女たちにはない。

 

「メルメル~! 『メルクリチャンネル』! 始まり始まりー、なのです!」

 

 てってってー、てーれてれてててー、と謎のBGMや合いの手が聞こえてくる。

 それらを背に現れた――否。いつの間にかそこにいたのは、青い髪の、小柄な少女。

 幼い華奢な矮躯にスクール水着のようなインナーを纏い、その上からだぼだぼの白衣を羽織っている。

 彼女は銀縁の眼鏡をクイッと上げると、即座にそれを折りたたみ、胸ポケットにしまった。

 

「――はい! タイトルコール終了なのです!」

 

 少女は軽快な声と笑顔で、カメラに向いていた。

 あどけない、けれども愛らしい無邪気な笑顔を見せている。

 

「やっほー、賢者(ファン)のみんなー! 今日も今日とて地球でお勉強中、海原メルなのです! 脱愚者! 賢者目指して今日も頑張るのですよ!」

「ファン……? 賢者、愚者……?」

「海原メルって……あの子のこと?」

「今回は突発ゲリラ生配信! 前にアンケートを取って選ばれたカードたちや、賢者のみんなからのコメントを参考にデッキを組んでみたよ! そしてー、対戦相手はこちら!」

 

 と、次の瞬間。

 水を通した光が、スポットライトのようにローザを照らし出す。

 

「仮名ロサちゃん! 編集でちょっと顔隠してますけど、すっごい可愛い女の子なのです!」

「え? え?」

「ローちゃん……ど、どういうこと?」

「私にもさっぱり……」

 

 まるで状況が飲み込めない。

 物理法則も常識もねじ曲がった摩訶不思議な謎の空間。

 そこで少女が1人、芝居のようななにかを始めたかと思えば、何事かローザを指名してきた。

 なにひとつとして理解できない。

 

「む……ちょっと映像と時空間をカットしますね」

 

 ブツッ、とBGMが途切れる。

 そして少女は、双子達に向いた。

 

「まずは、ようこそあたしの王国(アトリエ)へ。まあ今回はアトリエというより撮影現場(スタジオ)なのですが!」

「えっ……っと」

「流石にしどろもどになりながら動画撮影というのも締まらないので、ちょっとばかり説明をするのです」

 

 返答を待つことなく、少女は一方的に言葉をぶつけてくる。

 

「今回のメルクリチャンネルでは、デュエル・マスターズの対戦動画を投稿するのですよ。その対戦相手として選ばれたのが、あなたなのです! ローザ・ルナチャスキーさん」

「私が……っていうか、なんで私の名前を……?」

「そりゃあ知っていますとも! お姫さまのお友達だった人、なのですから!」

Prinzessin(おひめさま)……?」

 

 説明はすると言ったが、それはほとんど説明になっておらず。

 ただ、ローザが対戦相手に指名された、ということしかわからなかった。

 あまりにも不条理、あまりにも理不尽。

 【不思議の国の住人】も、荒唐無稽で理解不能な事件に巻き込んでくれたが。

 これは、彼らの行いを遥かに超えている。

 

「ま、それが同時にあなた方への粛正でもあるわけなのですが、それはそれとして!」

 

 一瞬、少女は冷たい視線を向けた。かと思えば、朗らかに笑っている。

 それはどことなく悪戯っぽく、冷徹で、そして楽しそうな、悪意ある微笑だった。

 

「時空間カット解除。こっから先はノー編集の生放送なのです! ま、適宜必要なところでリアルタイム編集しますけども。個人情報とかプライベートには気をつけるのですよ」

 

 再び、軽快なBGMが鳴り始める。

 少女の手にはデッキがひとつ。目の前の台は、どう見ても、そういうことなのだろう。

 

「……どうしても、立ち向かわないといけない、ということですか」

「ローちゃん……」

「大丈夫だよ、ユーちゃん。私は、大丈夫」

 

 妹を安心させるように。そして自分自身に言い聞かせるように。

 ローザは、台に――少女に向かう。

 少女は満足そうに口元を綻ばせた。

 

 

 

「それではそれでは! 対戦、よろしくお願いするのです!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 自動でかき混ぜられる山札。目の前に並ぶ5枚の盾。手元に引き寄せられる5枚の手札。

 そこで起こる現象は、クリーチャーと相対する時の、あの不思議な空間と変わらない。

 ただ、あれよりも明らかに異質で異常だ。

 海原メルと名乗る謎の少女。

 あまりにも唐突で突飛だが、恐らく彼女は、クリーチャーか、あるいは【不思議の国の住人】に類する何者か。

 情報が欠落しているが、少なくとも彼女が、こちらになにかしらの害意のようなものを秘めていることだけは、感じられた。

 敵……なのかどうかも不明だが。

 少なくとも、今この場においては、この苦難を乗り越えなくてはならない。

 ローザは意を決して、手札を取る。

 

(《憤怒》《転生》《集結》《絶十》……いい手札です)

 

 ローザは手札を見遣る。

 かなりいい手札だ。最速3ターン目に《絶十》を着地させる流れが既に見えている。

 無論、最速で出しても1ターン棒立ちになってしまうので、一度《集結》を噛ませる方が現実的な動きだろう。

 

「先攻、頂きます。《剣参ノ裁キ》をマナチャージ、ende」

「あたしのターンもらいまーす。青マナチャージ! そして1マナ!」

 

 1マナから動くだなんて、動きが早い。しかし速攻デッキでも、それを抑え込むだけの防御力はあるとローザは自負している。

 しかし、彼女の動きは、ローザの刹那の想定を超えていた。

 

 

 

「《「流星の雫(シューティング・ドロップ)」》――ギャラクシールド、Standby!」

 

 

 

 手札を1枚切る。

 それはクリーチャーのカード。しかし、バトルゾーンには現れない。

 

「え……?」

 

 氷が迫り上がる。その中でクリーチャーが眠り、壁のようにそびえ立つ。

 それは、正しくシールドそのものであった。

 

「手札が、表向きのシールドに……?」

 

 表向きでシールドを増やす、ということ自体は驚かない。それはローザ自身が主軸にしている戦略そのものだから。

 しかし手札から直接、クリーチャーがシールドゾーンに置かれるというのは、見たことのない挙動だった。

 

「ギャラクシールド。シールドを経由することで、より軽くクリーチャーを呼び出す手段なのです。無論、それだけで終わるようなメルちゃんではないのですが!」

 

 氷壁に呼応するかのように、彼女の手札が光る。

 そして彼女は、続けざまに手札を2枚、バトルゾーンに放った。

 

「あたしのシールドゾーンにカードが置かれたので、2体の《赤攻銀 イザヤック》を手札からバトルゾーンへ出すのです!」

「あ、え……!?」

 

 銀の鎧と翼。光雷の剣。

 自軍の守りを()認した鋼鉄の尖兵が、手札から飛び出した。

 《イザヤック》はシールドゾーンにカードが置かれると、手札から踏み倒せるクリーチャー。

 それが、軽量ギャラクシールドによって、超高速で出撃する。

 

(クリーチャーが一気に2体も……まだ1ターン目なのに……!)

 

 そう。バトルゾーンに出れば、《イザヤック》はパワー4000のバニラ。単体では決して強力ではない。

 しかし今は、1ターン目。ほとんどの対戦において、誰も、なにもせず、なにもできないような順目だ。

 その時点で2体のクリーチャー。これは特異かつ明確なアドバンテージである。

 多少の速攻デッキなら抑え込む自信はあるものの、相手の不可解かつ奇異な挙動に、ローザは不安が隠しきれない。

 

 

 

ターン1

 

 

ローザ

場:なし

盾:5

マナ:1

手札:4

墓地:0

山札:30

 

メル

場:《イザヤック》×2

盾:5+(《「流星の雫」》)

マナ:1

手札:2

墓地:0

山札:29

 

 

 

「わ、私のターンです! 《憤怒スル破面ノ裁キ》をチャージして、2マナで《憤怒スル破面ノ裁キ》! 1枚ドローし、裁きの紋章を表向きでシールドへ!」

 

 ローザの手札は順調そのもの。《破面ノ裁キ》で手札を整えつつ、表向きのシールドを展開。

 しかしどれだけ手札がよくても、2ターン目にできることは、2ターン目にできることでしかない。どれほど運が良くても、それ以上のことはできないのだ。

 嫌な予感がする。相手の超高速展開の意図は不明だが、即座になにかを起こすことは確実だと断言できる。

 しかし、これだけ早いターン数では、対策を立てることもできない。

 

「え、ende……」

「ローちゃん……」

 

 後ろに控えるユーリアの不安も伝わってくる。

 ミスはしない。間違えない、違えない。

 完全完璧に、このデッキを操りきってみせる。

 しかしその上で――果たして、勝てるのだろうか。

 

「あたしのターン! 《「流星の雫」》――浮上(Galaxy)出撃(Go)!」

 

 相手にターンが回る。

 その瞬間、氷壁は砕け散り、中で眠るクリーチャーが目覚め、起動する。

 シールドはクリーチャーとなり、バトルゾーンへと浮上した。

 

「今度はシールドがクリーチャーに……!?」

「あれれー、まさか本当に知りません? 最先端のカード知識がないのは、情報的にディスアドですよ? っていうかさっきも言ったじゃないですかぁ」

 

 くすくすと彼女は笑う。

 そういえば、そんなことを言っていた。

 シールドを経由してより軽くクリーチャーを出す能力――ギャラクシールド。

 実際の動きを見せつけられたら、成程、よくわかる。

 

「ではでは、《「自由のクルト」》をチャージし、2マナで《「流星の雫」》を進化なのです! 《アストラル・リーフ》!」

 

 《「流星の雫」》は、大水に飲み込まれる。

 それはさながら巨大な岩礁の如く、それそのものが大海にして世界であるかのように。

 海より深い貪欲さで、知識を貪る。

 

「《リーフ》の能力で3枚ドロー! そして《イザヤック》で攻撃! 革命チェンジ!」

 

 手札を蓄え、そのまま流れるように攻撃。

 大海は収縮し、少女の手元へと還っていく。

 同時に海が広がる場所には、星がき煌めいていた。

 

「《ミラクル1 ドレミ24》! 能力で手札から、コスト3以下の光または水の呪文をタダで唱えちゃうのです! そして唱えるのはこれなのですよ、《ヘブンズ・フォース》! その効果で、手札からコスト4以下になるように、クリーチャーを好きなように出せるのです!」

 

 《ドレミ24》が振るうステッキから、光が瞬く。

 そこから、新たなクリーチャーが、ステージに上がる。

 

「出すのは《「流星の雫」》と《パラディソ・シエル》! 《パラディソ・シエル》は《「流星の雫」》に重ねてNEO進化なのです!」

「また、クリーチャーが増えた……!」

「大丈夫、ご安心ください! 増えたら減りますので! 《パラディソ・シエル》がバトルゾーンに出た時の能力で、あたしは場のクリーチャーを2体、手札に戻さなくてはならないのです。戻すのは《アストラル・リーフ》と攻撃中の《ドレミ24》。これで攻撃は中止なのです」

 

 《パラディソ・シエル》は低コストながらも強大なパワーと打点、そしてドロー能力を備えているが、代わりに自分のクリーチャーを2体手札に戻す強烈なデメリットがある。

 それが攻撃の最中(コンバット・トリック)で現れたことで、《ドレミ24》の攻撃が中止された。

 

「自分で攻撃を止めた……?」

「ローちゃん! 油断しちゃダメ! 途中で攻撃を止めたってことは、なにかあるよ!」

「その通りなのです! さぁ次なのですよ! 《パラディソ・シエル》で攻撃! 能力で3枚ドローし、手札から《「流星の雫」》を墓地へ! そして同時に革命チェンジ宣言! 《ドレミ24》!」

 

 手札に戻ってきた《ドレミ24》が、《パラディソ・シエル》と入れ替わり、再びステージに上がる。

 そして同じように、光瞬くステッキを振るうのだ。

 

「《ドレミ24》の能力で、手札から《ヘブンズ・フォース》! 今度は《マリン・フラワー》《T・アナーゴ》を添えて《パラディソ・シエル》をバトルゾーンへ! 《T・アナーゴ》に重ねてNEO進化なのです! 《パラディソ・シエル》の能力で、《マリン・フラワー》と《ドレミ24》を手札に! さぁ、また攻撃中止なのです」

「え、あれ、これって……」

 

 攻撃する《パラディソ・シエル》が、革命チェンジで手札に戻る。

 攻撃中の《ドレミ24》は、《ヘブンズ・フォース》から出た《パラディソ・シエル》によって手札に戻される。

 ぐるぐるぐるぐると、循環するように、《パラディソ・シエル》と《ドレミ24》が、めまぐるしくバトルゾーンを巡っている。

 

「《パラディソ・シエル》で攻撃! 3枚ドローして《ドレミ24》を墓地へ! そして当然、手札に戻った《ドレミ24》と革命チェンジなのです!」

 

 手札に《ヘブンズ・フォース》がある限り、何度でも、何度でも、これらのクリーチャーは巡り巡る。

 そしてその《ヘブンズ・フォース》も、《パラディソ・シエル》のアタックトリガーで、無理やりに手札に引き込まれていく。

 

「お次はこれ! 《♪銀河の裁きに勝てるもの無し》! 効果で《超Ω(メガ)級 ダルタニック(ビヨンド)》をGR召喚! そして手札から2枚目の《♪銀河の裁きに勝てるもの無し》! 《パス・オクタン》をGR召喚し、《ヘブンズ・フォース》! 《マリン・フラワー》《T・アナーゴ》《パラディソ・シエル》!」

「う……」

 

 呪文を経由してさらに呪文。ついでにGRゾーンからクリーチャーも湧いてくる。

 潤沢な手札を贅沢に使い、寸止めで巡る攻撃から、新たな命をすくいあげ、アドバンテージを得ていく。

 

「《T・アナーゴ》から《パラディソ・シエル》をNEO進化! 当然、戻すのは《T・アナーゴ》と《ドレミ24》! そのまま《パラディソ・シエル》で攻撃! 3枚ドローして《「自由なクルト」》を墓地へ! そして手札から《♪銀河の裁きに勝てるもの無し》! 《予知 TE-20》をGR召喚し、もう一度《♪銀河の裁きに勝てるもの無し》! GR召喚!」

「あ……う、く……」

「ローちゃん……!」

 

 なにもできない。

 目の前で大海原が渦巻き、拡大する様を、指を咥えてみていることしかできない。

 

(……3ターン目が、遠い……!)

 

 延々と1人でカードを回し続ける少女。その回転の中、渦は広がり、巨大化していく。

 まだ、2ターン目だというのに。

 3ターン目は遥か水平線の先。手が届かないほど遠くにあるように幻視してしまう。

 

「さぁ、ご覧くださいませ、お姫さま。これが、あなたが目を逸らした世界の真実なのです――」

 

 ノイズがかった言の葉を口ずさみ、少女はその1枚を手繰り寄せる。

 

 

 

「――《煌銀河(ギラクシー) サヴァクティス》!」

 

 

 

 暗い(ソラ)に流るる一筋の流星のような、大いなる銀河のような、眩い光の龍。

 その光は神々しくもあり、同時に不安を煽る異教の輝きでもあった。

 ローザの背筋に、怖気が走る。

 彼女の裏側に、なにか恐ろしいものがいる気がしてならない。

 自分達が信じる神も、常識も、倫理も、すべてを塗り潰しかねないような、漆黒の闇が垣間見えたような。

 

(この感じ……通り魔のあの子みたいな……)

 

 バンダースナッチと相対した時と、似た感覚。

 未知なる恐怖。超越したような不快感。邪悪の権化。

 これは人の手では遠く及ばないなにか。人の力では太刀打ちできない、別次元の存在。

 脳裏に警鐘の音が焼きつく。本能が、直感が、啓示のように、稲妻のように、貫き降りる。

 

「そして最後に《ヘブンズ・フォース》! 《マリン・フラワー》《T・アナーゴ》《パラディソ・シエル》を出して、《パラディソ・シエル》は《T・アナーゴ》からNEO進化! 《マリン・フラワー》と《ドレミ24》を手札に!」

 

 4枚目の《ヘブンズ・フォース》が切られた。

 延々と一人遊びのようにカードを回していても、それは無限ループではない。《ヘブンズ・フォース》が撃てなければ終了する、不確定かつ有限のループ。

 このターンだけで、《アストラル・リーフ》と、《パラディソ・シエル》の攻撃4回。ターン開始時のドローも合わせれば、合計で16枚もドローしているのだ。

 デッキの大半は掘り尽くし、クリーチャーも展開した。

 これが、2ターン目の行動の結果だ。

 

「うーん……」

 

 しかし少女は不満げに首を捻っている。

 これだけのことをしてなお、物足りないと。

 少女は貪欲に求めていた。

 

「これでターンエンドするしかないっていうのが、ちょっと残念なところですよね。まあ、仕方ないことですけど。ターンエンドなのです」

 

 

 

ターン2

 

 

ローザ

場:なし

盾:5(《破面》)

マナ:2

手札:4

墓地:0

山札:28

 

メル

場:《イザヤック》《ダルタニック》《オクタン》《予知》《サヴァクティス》《パラディソ》

盾:5

マナ:2

手札:3

墓地:11

山札:16

 

 

 

「わ、私の、ターン……」

「ローちゃん……」

 

 指先が、声が、震える。

 妹を不安にさせないように気丈に振る舞う余裕すらない。

 返ってきた3ターン目。それは地獄を味わう時間でしかない。

 暗い海で、孤独に座礁した小舟のように、不安と、恐怖と、苦痛が、冷たく突き刺さる。

 

「……いいえ」

 

 世界は黒く暗い。明かりのないこの海で、帰路を求めるのは、きっと絶望的なのだろう。

 しかし、可能性の灯火が消えたわけではない。

 暗くても、なにも見えなくても、希望が閉ざされたわけではないのだから。

 

「苦しんでも、悩んでも、挫けそうでも! 私は、諦めませんよ……! 弱い私が足を止めてしまえば、それこそ弱者のまま終わってしまう!」

 

 そんなのは、嫌だ。

 友が苦しんでいるのだ。辛苦に打ちひしがれて、それでも立ち上がって、前に進んでいるのだ。

 ならば自分が膝を折る道理など、ありはしない。

 彼女が前に進むというのなら。

 その後ろを追って、そして並び立って支えよう。

 友達、なのだから。

 

「《ダイヤモン将》をチャージ、3マナで《転生ノ正裁Z》! 《憤怒スル破面ノ裁キ》を置いたシールドを手札に戻します! そして、サバキZ!」

 

 少女のカードは、大海に立ち込める雨雲の如く循環していた。

 しかしカードが巡るのは、彼女だけではない。

 まだ準備はまるで整っていないが、せめてその一欠片でも、見せつけてやろう。

 《転生ノ正裁Z》により、ローザのシールドが、手札に戻る。

 そして、加えられた2枚を、彼女は捨て去った。

 

「《憤怒スル破面ノ裁キ》と《超煌ノ裁キ ダイヤモン将》をそれぞれ捨てて、サバキZを発動! 《集結ノ正裁Z》! 《集結ノ正裁Z》と《魂穿ツ煌世ノ正裁Z》を手札に!」

「手札に《穿ツ》がなかったのかなんなのか。ま、なんにせよ英断だと思うのです。《パス・オクタン》も《イザヤック》もいるのですからね」

 

 わかっている、わかっている。そんなことは、口に出されなくたって分っている。

 知らないことはまだ多い。けれど、知ったことだってたくさんある。

 相手のクリーチャーのことも、知っている、覚えている。

 だって、

 

「たくさん、たくさん練習したから……弱くても、みなさんに、少しでも並び立つために……!」

 

 皆ほどカードに対する経験も知識もない。熱意もかける思いもない。

 けれど、人に対する情はある。義理もある。

 妹を守りたい願いがあり、使命があり、正義がある。

 ならば、自分がカード1枚に打ち込む理由は、それで十分だ。

 難解で、複雑で、瞬時の判断ができず、頭がパンクしそうになっても、妹と回し続けた。

 それはなんのためか。

 今、この受難を、乗り越えるためではないのか。

 

「2枚目も《集結ノ正裁Z》! 山札を捲り、《転生ノ正裁Z》と《革命聖龍ウルトラスター》を手札に!」

「エンジン掛かってきたのです。これは怖いのですね」

 

 しかし、 

 

「あと1ターン……もちますかね?」

 

 答えは――否

 

「《T・アナーゴ》をチャージして、1マナで《マリン・フラワー》。2マナで《アストラル・リーフ》に進化なのです! 3枚ドロー!」

 

 追加打点を用意して、準備万端。

 3ターン目。速攻デッキにおける、最速のキルターンの基準。

 彼女は、仕掛けてくる。

 

「攻撃開始なのです! 《サヴァクティス》で攻撃する時、革命チェンジ宣言!」

 

 少女の並べる駒は、どれもこれもが個性的。統一感のないバラバラなユニット。

 しかし彼女は、それらを手札という糸で繋ぎ合わせる。

 能力のすべてが無意味な《サヴァクティス》は、そのカードに記された数字と、色と、種族(タグ)によって意味を成す。

 

「もう《ドレミ》なんて可愛らしいカードではないのですよ。ここで呼ぶのは当然、これなのです!」

 

 コスト5、光、ドラゴン。

 そして、際限なく掘り進めた山札、引き寄せた手札。

 数々の叡智を吸収した少女が導き出す答えは、平凡かつ強力無比な一手。

 

 

 

「《時の法皇 ミラダンテⅩⅡ》!」

 

 

 

 面白みはないのですが、と囁く。

 少女は1枚カードを引く。そして――

 

「――Tブレイク!」

 

 ローザのシールドが3枚、砕け散った。

 

「っ、サバキ……Z!」

 

 あまりの衝撃に一歩、後ずさるが。

 退いたのは一歩だけ。

 反撃の手は、それ以上。

 

「《剣参ノ裁キ》《ダイヤモン将》を捨てて発動! まずは《集結ノ正裁Z》で、《魂穿ツ煌世ノ正裁Z》と《煌龍 サッヴァーク》を手札に!」

 

 裁きの紋章が、新たな裁きの紋章を刻む動因となる。

 ローザの手元に紋章が集い、光り輝き、彼女の正義を執行する。

 

「次に《魂穿ツ煌世ノ正裁Z》! 《ダルタニックB》を磔に!」

「一瞬だけシールドにカードが置かれたので、一応、手札から《イザヤック》を場に補充しておくのです。そして《パラディソ・シエル》で攻撃です! 3枚ドローして《T・アナーゴ》を墓地へ。最後のシールドをブレイク!」

「サバキZ……! 《集結ノ正裁Z》と《憤怒スル破面ノ裁キ》を捨てて、《魂穿ツ煌世ノ正裁Z》を3枚! 《パス・オクタン》《予知 TE-20》と《イザヤック》を磔に!」

 

 紋章が打ち捨てられ、新たな紋章が刻まれる。

 一度刻まれた紋章が、再びシールドに刻まれる。

 刻まれた紋章が正義の聖光を放ち、少女のクリーチャーを磔にする。

 一体、また一体と。

 カードが循環する最中に湧き出た余剰分のクリーチャーが、立ち消えていく。

 

「えーっと、またクリーチャーがシールドに置かれたので、手札から新しい《イザヤック》補充しておきますねー……まあ」

 

 ……しかし。

 

「あと一手、守るには足りませんけど」

「…………」

 

 少女の場には、《アストラル・リーフ》が残っている。

 《魂穿ツ煌世ノ正裁Z》をいくら連射しようとも、その大いなる叡智の海には、届かない。 

 

「そもそも《パラディソ・シエル》も《アストラル・リーフ》も進化クリーチャー。《穿ツ》では対処できないのです」

 

 ちょっぴり有利対面なのでした、と少女はどこか満足げだ。

 2ターン目が終わった時点で、ローザは既に負けていた。

 対処不能な叡智の海に、飲まれる定めだったのだ。

 

「それではこれにておしまいなのです! 対戦ありがとうございました!」

 

 海鳴りのようなノイズが響き渡り、波濤の如き海原が大口を開ける。

 深海の奥底に眠る闇の眷属が貌を覗かせ、うねる。

 闇に、引きずり込まれていく――

 

 

 

「《アストラル・リーフ》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――ディジー。ヘリオスを見なかったか?」

 

 白の男は、黒の男に問う。

 黒の男は、億劫そうに首を捻った。

 

「ヘリオス? いや、見てねぇな」

「そうか……奴め、どこへ行った。日も跨がないうちに居城の守護という大任を二度も投げ捨てるとは……!」

「ま、あいつのしたいようにさせればいいだろ。お前は少し頭が固すぎるんだよ」

「この居城の守護は、姫の身の安全のためにも重要なことだ。奴にはそれがわからないというのか」

「わかってなさそうだよな、あいつは」

 

 こめかみに手を当てる白の男。黒の男は、どこか他人事だった。

 

「リズも、ヘリオスの暴走をなぜ引き留めないのか……彼女ならばヘリオスの動向も感知しているだろうに。彼女が王国を閉じれば、それだけいいのだが……」

「俺が知るかよ。だが手前の事情で押しつけがましくも他人をガチガチに縛るのもどうかと思うぜ、俺はな」

「これは私情ではない、大義だ。そして母君より定められた役割である」

「はぁん。俺にゃ母ちゃんを理由に責任逃れしてるように聞こえるがね」

「ディジー、貴様……!」

 

 キッと鋭い視線で睨み付ける。腰に携えた剣の柄に手を掛け、今にも斬りかからんばかりの殺気を放っている。

 それに対し黒の男は、どこか慌てたように、同時におどけたように、片手を突き出す。

 

「おっと怒るなよ、このくらいの軽口聞き流せ。お前の言い分も、わからんでもない。俺だって姫さん、ひいては女王様から産み落とされたんだ。お前の言う役割ってのも理解はしているさ」

「…………」

「で、ヘリオスだったか? ま、あいつのことだ。町に繰り出してるんじゃないか? どうも外のように興味津々だったみたいだしな」

「……そうか。ならば仕方あるまい。私はここを離れるわけにはいかないからな」

「あいつらに頼めばいいんじゃないか?」

「メルもリズも別件だ」

「別件って……あいつがやってることって、動画配信だろ? それはお前の言う役割から逸脱してるんじゃないのか?」

「それは……正直、わからない。だが彼女の役割は外の世界を知ること。ありとあらゆる叡智の集積であり、それは彼女にだけ与えられた役割である以上、その手段について、私から口を出すことはできない。私としても、道楽染みたあの行いに思うところはあるが……リズが口を閉ざしている以上、彼女に与えられた役割から外れてはいないのだろう」

「はぁん。そんなもんかよ」

 

 黒の男は興味なさげだ。

 しかし白の男は、変わらず深刻そうに、同時に苛立ちながら、柄を掴んだ手を離す。

 

「なんにせよ、ヘリオスには後で相応の処分を下さねばなるまいな」

「あいつがまともに処分を受けるとも思えないけどな」

 

 

 

 玉蜀黍畑の香りが吹き通る、暗く閉ざされた黒い森。

 腐食した蔦のような天蓋に覆われた、寝台の上。

 彼女は力なく寝そべっていた。

 悲しい、寂しい、苦しい。

 そして。

 

「――あい、たい……です……」

 

 譫言(うわごと)のように、彼女は虚空の(ソラ)に、手を伸ばす。

 微かな希望の先にいる、彼女へと。




 後書きで書くことがない。強いて言うなら、未発売のカードを出すのは主義に反するってことくらいだけれど……まあ些事です。
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