デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 今の展開だと、色んな場面での話が同時に展開されるせいで、一話一戦の形式にしづらいなと感じています。とはいえ分割して細切れにするにしても、一場面の長さにもムラがあるため、区切りがなかなか難しい。


46話「配信されたよ -後篇-」

 これでも小学生の頃は良い子だったのだ。

 決められたことをきっちりこなし、言われたことはしっかり守り、すべきこと、やるべきこと、すべてをそつなくやってのける。

 私はそんな子供だった。

 傍から見れば、私は優等生に見えたのだろう。実際、私も“そうあるべき”ということをやってきた。それが正しいことだと、無意識に信じていた。

 父と母が家を出る時も、私に家を任せた時も、私はそれがいつも通り私がすべきことで、そうあるべきことだと疑わなかったし、子供心ながらその大役が誇らしくもあった。

 父も母も、私を信じてくれている。私にはそれだけの力がある。それが私の役目である。

 

 だけど、すぐにその誇りは、綻んだ。

 

 いくら優等生でも、褒めそやされようと、私はただの子供だった。

 私は秀才かもしれないけど、天才じゃない。優れた人間かもしれないけど、神でも英雄でもない。

 他の子よりもちょっと成長が早いだけの、凡庸な子供だ。

 私にできることは、結局のところ、誰でもできること。私は、他の子供より、それがちょっと早く上手くできただけ。

 誰かにできないことができるわけじゃない。

 両親が家を出てから、すぐに理解した。

 

 料理はできる。しかし面倒くさい。

 

 掃除もできる。けれど面倒くさい。

 

 洗濯もできる。だけど面倒くさい。

 

 それは、その怠惰は、自我を得た瞬間だったかもしれない。

 私は気付いた。私は、ただ、言われたことをやっていただけの傀儡だったんだと。

 他人の期待という名の役割に、唯々諾々と、意志なく従っていただけなのだと。

 それが悪いことだとは思わない。その生き方は、楽だから。

 誰かと一緒にいる。誰かのためになる。誰かを拠所にできる。

 そんな、楽で楽しい、幸福な生き方は他にない。

 だから、一人は嫌だ。

 一人になると、私は私の自我で潰されてしまう。

 その寂寥に、孤独の重責に私は耐えられない。

 どうすればいいのかわからず、生き方を見失ってしまう。

 だから、だから、誰か私を頼って欲しい。

 私はその頼りを頼って、生きていくから。

 だから、お願いだから、誰か私の傍にいて。

 私を一人にしないで。

 戻ってきて――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――ママ……パパ……」

「すまんがオレ様は貴様のパパでもママでもないぞ」

「ぶはっ!?」

 

 夢うつつの意識が、一瞬で覚醒し、飛び跳ねるように起きた。

 焦りに駆られながら、首を回す。聞こえるはずのない声の主が、そこにいた。

 

「う、え!? え、あなたは、なんで……!? い、いや……」

 

 なぜここに? という言葉を飲み込んで。

 香取実子は、彼に問う。

 

「……まさか、ぼ、帽子屋、さん……!?」

「そうだが?」

 

 男は――帽子屋は、あっけらかんと答えた。

 実子は、その姿に思わず閉口する。

 

「…………」

「どうした黙りこくって。あぁ、そうか。今は頭を曝け出しているからな。この有様は見せたことはなかったか」

「いや……まあ、いいや」

「ところで貴様はオレ様に父性を求めているのか? これでも一国の王だったが、しかし父と呼ばれるのは些か荷が重い。母性などはより知らぬ、我らが母は畜生ならざる怪物だからな」

「その話は忘れろ!」

「しかし今後、厄介になる以上は貴様の期待には応えてやろうという気がないでもないのでな。参考までに聞いておこうと思った次第だ」

「……厄介になる?」

「おう」

 

 このイカレた男はなにを言っているのか、と考えながら、記憶を辿る。

 そもそも、なんで自分は、こんなけったいな男の横で寝ていたのか。

 

「……そういえば私、水早君と……」

「そうだな。道端で倒れていたので、拾ってきたぞ」

「助けてくれたってこと?」

「解釈は自由だ。オレ様にはオレ様の目的意識がある。それ以上でも以下でもない」

「目的ぃ……?」

 

 顔が曝け出されているにも拘わらず、考えが読めない。底が知れない男だった。

 恐らく、嘘を吐いていたり、騙していたりするわけではない、ように思うが。

 真意が読み取れない。あるいは、表も裏もないのだろうか。

 渇いた砂地のように張り付いた虚無の表情が、彼の思考を覆い隠してしまっている。

 そのあまりの虚ろさを見ていることができず、ふと視線を降ろし、目を剥いた。

 思わず口元に手を添える。見なければよかったと後悔した。

 彼の腹は、黒く抉られていた。

 乾燥した礫岩のような臓物が覗き、砂礫のような血が溜まっている、破損した肉体。

 いや、もはやそれは肉と称することすら憚られる、乾ききった骸だ。

 

「ぉぇ……帽子屋さん、怪我してるけど……病院行ったら?」

「不要だ。そもそも、我々のような怪物を診察できる病院など存在しないだろう」

「いやでも、なんかヤバいよ……ちょっと、気分悪くなるくらい、傷口がエグいんだけど……どうしたの、それ」

「マジカル・ベルにやられた」

「え? 小鈴ちゃん?」

 

 思ってもみない名前に、実子は目を丸くした。

 

「なにそのジョーク。あの虫も殺せないような子が、そんな傷をつけられるとは思えないんだけど」

「いや、奴は覚悟を決めたら凄まじいぞ。神すら畏れぬ人でなしだ。まったく、オレ様はあそこまで傲慢で自分本位な畜生女は初めてだ」

 

 やれやれ、と帽子屋は肩を竦める。

 しかしその一瞬だけ、見えた気がした。

 彼の中の、憤慨が。

 

「本当は死ぬつもりだったのだがな。マジカル・ベルめ……自分勝手にも、オレ様の眠りを妨げおってからに」

「……ほんと、なにがあったの?」

「なにが、とな。ふむ」

 

 実子が再び問うと、帽子屋は顎に手を添えて黙考する。

 過去を、思い返すように。

 

「そうさな――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――やっぱり、できないよ」

 

 

 

 小鈴は、剣を引き抜いた。

 砂のような血、枝のような管、枯れ葉のような臓が、零れ落ちる。

 しかし帽子屋は、立っていた。

 燃え尽きることも、切り捨てられることもなく。

 その命は、まだ、稼働していた。

 

「わたしには、できない……あなたは、代海ちゃんにとって大事な人だから……あなたがいなくなったら、代海ちゃんは、悲しい顔をするから……」

 

 彼女は涙を流していた。悲しい顔をしていた。

 震える手で、握った剣を取り落としそうになりながら、帽子屋に希う。

 

「お願い……生きて、帽子屋さん」

「人をズタズタに切り刻んでおいてどの口がほざくか。流石のオレ様も憎まれ口の百や二百も叩きたくなる」

「代海ちゃんは、あなたのことを大事に思ってた。あなたがいるから、活きていけたって。だから……」

「オレ様のお気持ちは無視か。綺麗事ばかり並べても、結局は手前の都合というわけだな」

「それでもいい。いや、そうだと思う。これはわたしのワガママだ。その上で、わたしは、あなたにいてほしい」

「開き直ったな。あぁ、綺羅星のような少女と思ったが、その実、隕石のような女だったというわけか。神秘的だが、厄介極まりない」

 

 帽子屋は溜息を吐く。同時に、ぼとり、ぼとりと、ざらつく音を立てながら臓物が零れ落ちる。

 それを意にも介さず、彼は天を仰いだ。

 

「自殺願望などとうに擦り切れていたが、死ねないというのは、存外、辛いものだな」

「……ごめんなさい。でも……」

「もういい喋るな。気持ちなど、心など、遙か彼方に枯れ果てたが、今し方貴様に対する嫌悪だけは湧いて出た。オレ様は、貴様の理想のようにだけは絶対に動かん」

 

 帽子屋は虚無と、諦観と、侮蔑の混ざった眼で小鈴を睨みつける。

 

「だが自死を選ぶなど論外だ。拾った命は最後まで使い潰してやる」

 

 彼は被っていた帽子を取り、重い足取りを進める。

 

「あぁ、どいつもこいつもろくでもないな。貴様も、女王も。纏めて死んでしまえばいいのに」

「帽子屋さん……」

「なんだ?」

「なんだか、随分と感情的になったね」

「そうか?」

「うん」

「……わからんな。元々、あらゆる機能が壊れた身。オレ様の中で、なにかがバグを起こしているのやもしれんな」

「大丈夫なの?」

「貴様に死ぬほど切り刻まれて無事なわけがあるか戯け。見ろ、破れた砂袋の如く臓物が零落している」

「ごめん……」

「まあ、そんなものはどうでもいい。貴様がすべてを救うと宣うなら、オレ様はオレ様の民すべての死に場所を探そう」

「…………」

 

 それは小鈴が望むような、誰もが幸せになれるような結末に向かうものではないが。

 

「代用ウミガメも、他の不思議の国の民たちも、一様に眠る墓標を立てに征くさ」

 

 諦念に駆られた不思議の国の王は、後ろ向きながらも、前に進んだのかもしれない。

 イカレ帽子屋は個人(帽子)を捨て、一国の王として、為すべきだと思う最期の責務を果たしに行かん。

 

「ではな、マジカル・ベル――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「――まあ、取るに足らんことだ」

「なにその妙に長い間」

「バタつきパンチョウに倣って言うならば、回想シーン、だ」

「はぁ?」

 

 なにそれ? と実子は訝しげに首を傾げる。

 神妙に考え込んだかと思えば、結局なにも話さない帽子屋に僅かな苛立ちを覚えながらも、彼から無理に言葉を引き出す自信もなければ、引き出された言葉が真実とも思えないので、諦める。

 

「わっけわかんないなぁ、帽子屋さん……最初に会った時からそうだったけど」

「しかしオレ様としては、貴様には多少なりとも親近感はあるのだぞ。使いっ走りの白ウサギ」

「ふぅん。ところで帽子、どうしたの?」

「帽子は国に捨ててきた。オレ様はイカレ帽子屋としての個を捨て、不思議の国の王として、我らの眠る墓場を見つけに行くことにしたからな。ふむ、不死(しなず)の大木たる落し子が、死に場所を探して彷徨うというのも、愉快な話だが。そのために、去って行った連中を掻き集めなければならん。とりあえずは、眠りネズミ、蟲の三姉弟あたりか。ヤングオイスターズの長姉がくたばる前に、なにより女王が目覚める前に、事を為さんとな」

「うーん、よくわかんないんだけど」

「こちらの話だ。そして当面の間、国から出て行った者共を回収するための拠点が必要でな。しばらく居候させて貰うぞ」

「……マジ?」

「マジだ」

 

 至極真面目な顔で答える帽子屋。

 彼は真顔で冗談を言うようなタイプだろうと実子は察するが、逆に、ふざけたようなことを真面目に宣うような大胆さも持っている。

 はじめて彼が接触してきた、あの時だってそうだった。

 友を襲うなどと、冗談にしても笑えないことを、大真面目に言い放ち、実行させた。

 だからこれは、冗談であってほしい、真の言葉なのだろう。

 

「えー……女子中学生が一人で住んでる家に居座る中年男って、構図がヤバくない? 犯罪じゃん」

「オレ様は1億5000万歳だぞ、貴様に性欲など湧かん。三月ウサギでもあるまいに」

「なにそのジョーク」

「真実なのだが」

 

 流石に今のは嘘だろう。桁が冗談でしかない。

 それはそれとして、彼の荒唐無稽な要求をどうするべきか。

 ここ最近は不登校だったが、今は冬休み。この家に他に人はいない。親も、親類も、足を踏み入れることはない。

 条件は整っている。

 あとは、実子が彼を受け入れられるかどうか、だ。

 恩はある。実子としても、彼個人が決して憎くはない。

 だから、受容という点では、なにも問題はなかった。

 

「まあ……いいけど。助けてくれたみたいだし、それに……」

 

 心の奥底で燻るものがある。

 

「……や。やっぱなんでもないや」

 

 思わず口から零れそうになった言の葉を押しとどめる、が、

 

「オレ様に依存しようというのならやめておけ」

「!」

 

 帽子屋はそんな実子を見透かしたように、言い放つ。

 

「貴様の生き様はわかる。他者に寄生し、蜜を吸い、楽に生きる生き方だ。いや、貴様の場合は寄生というより共生か? 相手の利益や期待に依るところもあるのだろう。その方が穏便だからな」

「…………」

「我々も似たような生き方をしてきたからな。そもそも貴様に声を掛けたのも、貴様の生き様が我々に通ずるものがあったから、というのもある」

 

 共感性(シンパシー)というやつだ、と帽子屋は言う。そして、

 

「その上で言おう。オレ様に取り入るのはやめておけ」

 

 実子に忠言を呈する。

 

「マジカル・ベルは良い蜜壷となったのやもしれんがな。オレ様は黒ずんだ枯れ木だ。オレ様に寄生しても、吸えるのは乾いた汚泥だけ。そんなものを吸っていたら、あっという間に腐り落ちるぞ」

「でも、私は……」

「意識を保て、思考を止めるな。あくまでオレ様と貴様は、互いの利益と目的のために寝食を共にするだけ。互いを目的とするべきではないし、そこに私情を侵蝕させるべきではない」

 

 彼らしからぬ、論理的で、倫理的で、合理的な、諫言だった。

 さらに帽子屋は念押しするように、実子の顔を覗き込む。

 

「いいな?」

「……はい」

 

 有無を言わさない、覇気無き威圧に、実子は首肯するしかなかった。

 結局、まだ自分は一人のままなのだと、突き放される。

 

「ま、多少の情が湧くくらいは許容するがな。しかしオレ様を拠所にするのはやめておけ。老婆心というやつだ」

「……帽子屋さん、男の人じゃん」

「ふむ、確かに。とはいえ我らに本来は性別などないのだがな。長く生きすぎたせいで、今や男性機能も息していない。三月ウサギも無駄なことばかりしていたものだ。オレ様は文字通りの枯れ木だと言うのに」

 

 裂けた腹を押さえながら、帽子屋は虚空に語る。

 そして実子へと視線を向けた。

 

「とりあえず、おい白ウサギ」

「……実子だよ。香取実子。最初にそう名乗らなかったっけ?」

「不思議の国流の呼び名を与えてやったのだが、不服か」

「ウサギっていうと、あのエッチなお姉さんが思い浮かぶから嫌なんだけど」

「そうか。では実子」

 

 改めて名前を呼び。

 王のように、傲慢に命じる。

 

 

 

「腹が減った。食い物はないか?」

 

 

 

「…………」

 

 一瞬、沈黙。

 実子は見たくもない彼の腹を見て、一言。

 

「そのお腹で、食べ物入るの……?」

「腹から出ていくな、物理的に」

 

 などと言いながら。

 実子は、買い出しに出た。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ローザ!」

「ごめん……ユーリア……」

 

 ローザは膝を折った。

 軽快な勝利のファンファーレが、耳障りなほどけたたましく鳴り響いている。

 

「一戦目しゅーりょー、なのです。はい、一旦撮影中断(カット)なのです」

 

 ぷつり、とファンファーレが止む。

 そして少女は、ユーリアに視線を向けた。

 

「それで、あなたはどうするのです? ユーリア・ルナチャスキーさん?」

 

 目の前で姉が負けた。

 なにもわからない。けれど彼女が感じていたことと同じことを、ユーリアも感じている。

 この少女は、危険だ。

 にこやかな笑顔の裏に隠された、敵意、害意。

 あるいはそれ以上の、なにかもっとおぞましいものが、潜んでいる。

 恐怖は、ある。

 逃げたい気持ちはある。

 けれど。

 

「ローザは立ち向かった……それなら、私が臆病風に吹かれるわけにはいかない」

 

 それ以上に、彼女の勇気を無碍にはできない。

 己が心の内から湧き上がる、この熱を無視して、踵を返すことなんてできない。

 たとえ選択肢を与えられても、ユーリアは逃避を選べなかった。

 

「それに、あなたがローザにひどいことをするのなら、私は戦うよ」

「酷いことなんてとんでもない! ちょっと大人しくしてもらったり、居住地を変えてもらったりはするのですが、丁重におもてなし致すのですよ!」

 

 少女は笑う。明るく、朗らかな顔で微笑む。

 しかしそれは、鈴の音色のように笑う、ひだまりのような彼女とは、まったく違う。

 あたたかみではなく、冷徹さを秘めるための笑み。

 本性を見せないための、隠匿の微笑だ。

 

「えぇ! ちゃんと腐らないよう、メルちゃん特性ホルマリンに頭まで漬けて、大事な検体として記録、保存してあげるのです!」

「…………」

 

 そして同時に、無邪気な残虐性の発露でもあった。

 彼女は、決定的になにかが欠けている。

 あるいは、最初から存在していない。

 人間としての、なにかが。

 

「実はちゃんとデッキも複数用意してきたのですよ? おかげさまでアンケートは好評、集計した「使って欲しいカード」は目移りしてしまうくらい多種多様でしたので、ひとつのデッキには収まらず。結果として、いくらか準備してきたのです。メルちゃんに抜かりはないのですよ」

 

 白衣の内側を晒すと、無数のデッキケースが収められていた。

 彼女は先ほどのデッキを収め、新たなデッキを取り出す。

 

「ユーリア……」

「大丈夫だよ、ローちゃん」

 

 スッと、ユーリアはローザの前に立つ。

 姉と入れ替わり、少女と相対する。

 

 

 

「準備はよろしいようで。それでは第二戦、開始なのです!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ヘリオスは予想通り、町に繰り出していた。

 長閑な日差しを一身に浴び、欠伸をしながら、悠々と歩を進める。

 

「やっぱミーナの小言はうるさいよなぁ。なんとか抜け出してきたし、鬼の居ぬ間に洗濯と行こう」

 

 この世界には、楽しさが溢れている。

 右を向けば、美味しそうな匂い。

 左を向けば、興味深い景観。

 目を閉じれば、楽しげな声。

 これほどの興味を惹かれるものがあってなお、じっと待っているなんてできない。悩む時間さえも勿体ない。

 

「さーて、さっきはパンヤ? ってとこで美味しいもの食べたけど、次はどこに行こう……お?」

 

 キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、ふいに彼は足を止めた。

 視線の先には、なにもない。

 いや、それは、なにも知らぬ者からすれば、だ。

 彼にはわかる。目の前の空間。そこが、歪んでいることに。

 

「これ、メルの王国じゃん。なんでこんなところに?」

 

 それは彼らが女王より与えられた“王国”へと続く門。

 本来ならば国主がいなければ、王国は顕現しない。

 彼女がここにいるのか。それとも、なにか別の要因が働いているのか。

 思考は、刹那。

 

「……面白そうな予感!」

 

 衝動も、刹那。

 その瞬きのうちに、彼は決断した。

 面白そうなこと。自由を得た身ですべきこと。

 己が役割を果たすべく、次に選ぶ行動は、これだと。

 

「僕を除け者にして楽しいことをしようたってそうはいかないよ!」

 

 そして、ヘリオス・マヴォルスは――彼女の王国へと、飛び込んだ。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユーリアとメルの対戦。

 互いに《ダーク・ライフ》《フェアリー・ライフ》と繋いだ、3ターン目。

 

「《不死妖精ベラドアネ》を召喚(フォーラドゥング)です! 山札から1枚をマナへ、1枚を墓地(フリートホーフ)へ! Ende!」

「それでは、こちらは《フェアリー・シャワー》を唱えるのですよ。1枚をマナへ、1枚を手札へ。ターンエンドなのです!」

 

 

 

ターン3

 

 

ユー

場:《ベラドアネ》

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:3

山札:24

 

メル

場:なし

盾:5

マナ:5

手札:4

墓地:2

山札:24

 

 

 

 ユーリアのターン。

 彼女はカードを引き、マナを溜め、そして、

 

「……手札を1枚、墓地へ」

「お?」

 

 手札を、捨てた。

 

 

 

「マスターG・O・D・S(ゴッドオーバーダイナマイトスペル)――《“魔神轟怒(マジゴッド)万軍投(マグナ)》!」

 

 

 

 捨てた手札が起爆剤となり、爆ぜる。

 爆炎は燃え広がり、炎上し、焼け落ちていく。

 

「3回GR召喚です! 《ダラク 丙-二式》! 《グッドルッキン・ブラボー》! 《バルバルバルチュー》!」

 

 魔神の怒りが轟き咆える。

 同時に、3体のクリーチャーが、炎の中より生まれ出でる。

 彼女の義憤に、応えるかのように。

 

「《ダラク》で山札の1番上を墓地へ! 《バルバルバルチュー》の能力で、シールドを手札に加えます! Ende!」

「おぉぅ、なかなか攻めっけあるムーブメント! いいですね!」

 

 《“魔神轟怒”万軍投》。3回GR召喚をするという、単純明快、それ故に強力無比な呪文。

 加えて、自身の効果で手札を捨てることができ、そのターン中に捨てた手札の枚数1枚につき2コストが下がるため、低コストで放って盤面を揃えることも可能。

 もっともユーリアは、《“魔神轟怒”万軍投》の効果で1枚しか手札を捨てていないので、下がるコストは2だけ。

 ユーリアは捨てた手札に視線を落とし、ターンを終える。

 

「ではこちらも! 6マナで《ドルツヴァイ・アステリオ》召喚!」

「!」

「マッハファイターなのです! 《グッドルッキン・ブラボー》を攻撃!」

 

 《ドルツヴァイ・アステリオ》のパワーは1000。しかしマナゾーンにあるカードの枚数だけ、パワーが1000加算されていく。

 現在のパワーは7000。決して高いという数値ではないが、低パワーのGRクリーチャーを踏み潰す程度ならば、造作も無い。

 そして、《ドルツヴァイ》の突撃は、敵を貫く矛なだけではない。

 その角は、大地を鋤く鍬でもあるのだ。

 

「《ドルツヴァイ》がバトルに勝ったので、あたしのマナが2倍に!」

「う……」

 

 6マナが、一瞬で12マナへ。

 マナの多さは、できることの大きさだ。

 12マナもの大量のマナで、彼女は一体、なにを為すというのか。

 

 

 

ターン4

 

 

ユー

場:《ベラドアネ》《ダラク》《バルチュー》

盾:4

マナ:6

手札:1

墓地:6

山札:22

 

メル

場:《ドルツヴァイ》

盾:5

マナ:12

手札:3

墓地:2

山札:17

 

 

 

「私のターン……2マナで呪文《ダーク・ライフ》です」

 

 次のターン、彼女はきっと仕掛けてくる。12マナものマナを使った、大掛かりな一手を打ってくるに違いない。

 もはや悠長に準備している時間は無い。

 だから、

 

「……準備完了です!」

 

 ここで――終わらせる。

 

「5マナで《魔光蟲ヴィルジニア卿》を召喚!」

 

 それは神の蟲。地底を漁り、屍肉を貪り、増長する忌まわしき外道の怪物。

 

「墓地のクリーチャーを1体、手札に戻します……そして、このクリーチャーは《ヴィルジニア卿》と同じナイトの種族を持っているんですよ!」

 

 《ヴィルジニア卿》は騎士にあるまじき穢れた行いを以て、力を得る。

 墓を荒らし、汚らしく骸を掘り起こし、それを貪食する。

 その骸が、我が身と同じ騎士ならば。

 

「闇と火。《ヴィルジニア卿》と《バルバルバルチュー》を――進化(エヴォルツィオン)!」

 

 低俗なる蟲の身が、膨れ上がる。

 墓地に眠る屍を喰らい、変貌する。

 零落した邪眼が――覚醒する。

 

 

 

「小鈴さん、Ich bitte dir(力を貸してください)――《暗黒邪眼皇 ロマノフ・シーザー》!」

 

 

 

 それは、友から借り受けた切札。

 赤き情熱に、黒き意志を重ね、銃を構える。

 

攻撃(アングリフ)! 《ロマノフ・シーザー》で攻撃する時、メテオバーン発動です! 《ヴィルジニア卿》を墓地へ送って――発射(フォイア)!」

 

 糧となった獣を弾として込め、撃ち放つ。

 その弾丸は、魔法の如く、揺らめき燃え上がる。

 

 

「唱えるのは《CLIMAX(クライマックス)-ARMOR(アーマー)!》! 2回、GR召喚です!」

 

 その弾は、《“魔神轟怒”万軍投》で予め装填していた呪文。

 《“魔神轟怒”万軍投》ほどの大火ではないが、その火は瞬く間に延焼する。

 

「来ましたよ! 《ヨミジ 丁-二式》《ダラク 丙-二式》! 《ヨミジ》のマナドライブを発動します! 《ヨミジ》を破壊して、《バーンメア・ザ・シルバー》をバトルゾーンに! 《バーンメア》の能力で、《グッドルッキン・ブラボー》と《マシンガン・トーク》をGR召喚! この子たちみんな、スピードアタッカーです!」

「わぁ! いっぱい出て来たのです!」

 

 《ロマノフ・シーザー》が引き金を引き、《CLIMAX-ARMOR!》から射出されたGRクリーチャーが新たなクリーチャーを呼ぶ。そしてそのクリーチャーが嘶き、更なるGRクリーチャーが呼び寄せられる。

 本来の持ち主である彼女よりも、その弾は苛烈に燃えていた。

 

「そして、《マシンガン・トーク》の能力で、《ロマノフ・シーザー》をアンタップです! Tブレイク!」

「んー……残念! ノートリガーなのです! ひょっとしてメルちゃんピンチなのです?」

「Ja! このまま勝たせてもらいますよ! もう一度《ロマノフ・シーザー》で攻撃! そして墓地から、《ダーク・ライフ》と《法と契約の秤》を唱えます!」

 

 ユーリアの猛進は、止まらない。

 友の力を借りて爆走し、姉のために心を燃焼し、彼女はひた走る。

 

「さぁ、来てください! 《ダラク》を――進化!」

 

 ただ一直線に、自分の大切なもののために。

 立ち止まらずに、走り続ける。

 

 

 

Die Boeseauge der Dunkelheit werden dich toeten(闇の邪眼があなたを射貫く)――Ich bitte dir(お願いします)! 《悪魔龍王 キラー・ザ・キル》!」

 

 

 

 姉は最後まで戦った。

 ならばその姉のために戦う自分が、立ち止まる道理はない。

 愚直に邁進し、駆け抜ける。

 

「《キラー・ザ・キル》の能力で、《ドルツヴァイ・アステリオ》を破壊します! そして、《ロマノフ・シーザー》で残りのシールドをブレイク!」

「うーん、またノートリガー。受けはそこそこ厚めにしたはずなのですが、上手くいかないのです」

 

 これでシールドはなくなった。

 ユーリアの場には、《キラー・ザ・キル》に、大量に並んだGRクリーチャー。しかもそのすべてにスピードアタッカーが付与されている。

 このまま、押し切る。

 

「《グッドルッキン・ブラボー》でダイレクトアタックです! 《グッドルッキン・ブラボー》はマナドライブで、2回攻撃ができるんです!」

「あたしのシノビを見越しての大量展開……うーん、これはメルちゃん大ピンチなのです! 助けてください《サイゾウミスト》! 墓地を戻してシールドを追加するのです!」

 

 当然のように現れる《サイゾウミスト》が、霧の壁を作る。

 攻撃は、通らない。

 だがこの一撃だけじゃない。

 まだ、まだ、仲間はいる。

 彼女を倒すための、力がある。

 それがある限り、ユーリアは、止まらない。

 

「今度こそとどめです! 《キラー・ザ・キル》で、ダイレクト――」

「ちょーっと待つのです! こっちの処理、終わってないのですよー?」

 

 続けざまに攻撃しようとしたところで、制止される。

 彼女の手に、青い光が、渦巻き収束していく。

 

「いいタイミングで引いたのです、S・トリガー発動! 《深海の伝道師 アトランティス》!」

 

 ズンッ、と。

 大陸の如き巨躯が、戦場に浮上する。

 海洋を占領する信心深き怪物は、海を溢れさせんばかりの大波を、解き放つ。

 

「《アトランティス》の能力発動なのです! お互い場のクリーチャーが1体になるように、クリーチャーをすべてバウンスなのです!」

「え……っ!?」

 

 すべてを飲み込み、海神(わだつみ)の怒り。

 地を揺るがし、海の底の大水を巻き上げ、波濤となりて命を飲み込む暴威。

 神話に語られるが如き天災を、引き起こす。

 

「あたしは《アトランティス》を残して、残りのクリーチャーを手札に戻すのです! あなたはどうするのです?」

「き……《キラー・ザ・キル》を、残します……」

 

 大波一過。

 後に残るものは、なにもない。

 汚泥も、自然も、営みも、命も、すべて、すべて。

 押し流されてしまった。

 残ったのは、《キラー・ザ・キル》ただ1体。

 そして、彼女の手には、

 

「《キラー・ザ・キル》で……ダイレクト、アタック……」

「ニンジャ・ストライク! 《怒流牙 サイゾウミスト》!」

 

 《アトランティス》で戻された、《サイゾウミスト》が再び握られている。

 

「墓地を山札に混ぜてシールドを追加! これで攻撃は止めました!」

「……Ende」

 

 どれほどの大軍を率いようとも、自然の災禍には敵わない。

 諦めない、進むことを止めない、と息巻いても。

 広大な海洋、神に遣われし怒りの前では、人のちっぽけな意志など、有象無象に過ぎない。

 

「あたしのターンもらいまーす! これでフィニッシュなのですよ!」

 

 マナの大きさは、できることの大きさ。

 手札の多さは、できることの多さ。

 豊潤な大地から、母なる海へと流れ込むマナ。

 蓄えられた手札から、最善最高の一手を導き出す知識。

 

「9マナをタップ。さらに追加で3マナの支払い――バズレンダ!」

 

 ライトが明滅する。

 己の存在を誇示するかの如く、ポップでファンキーな音を掻き鳴らし、警鐘を鳴らす。

 それは、すべてを押し潰す災禍ではなく、有象無象を束ねて力とする先導者。

 

賢者(ファン)の皆! いっぱい、いーっぱい! メルちゃんのこと、見てくださいね!」

 

 数多の手札から選ばれ、大量に注ぎ込まれたマナを以て、それは咆える。

 有象無象の衆生の声を聞き、その凡庸さと、共鳴するように。

 彼らを手本に、智を学ぶために。

 

 

 

「あたしにいっぱい、色んなこと、教えてくださいね――はいどうぞ、《ロールモデルタイガー》!」

 

 

 

 地を駆け、海を奔る。

 波濤に乗り、原野を超え、疾走する。

 人々の声を聞き、それらを束ねた検体。有象無象の思考が反映された、標本の獣。

 それは記録という牙を剥き、遠吠える。

 

「バズレンダは召喚する際、追加でコストを支払うことで、効果を複製する能力……って、賢者(ファン)の皆さんには解説するまでもありませんでしたね! これは失敬! でもまあ、一応なのです」

 

 と、カメラの前でポーズを取って。

 くるりと、ユーリアに向き直る。

 満面の、死神のような笑顔で。

 

「ともあれ《ロールモデルタイガー》の能力発動なのです! あたしはマナゾーンから、マナゾーンの枚数以下のコストを持つクリーチャーを呼べるのです。そしてそれは、バズレンダで二連打なのですよ!」

 

 《ロールモデルタイガー》が咆哮する。その吠え声は大地を割り、海を裂き、奥底より新たな命を引きずり起こす。

 

「出すのはこれ! 《黒神龍エンド・オブ・ザ・ワールド》と《水上第九院 シャコガイル》!」

 

 地の底より這い出るのは、世界を終焉に導く漆黒の龍。

 海の底より湧き上がるは、世界の理をねじ曲げる海魔。

 ただ手本をなぞるだけの一手。しかしそれは、先駆者たちが積み上げてきた叡智の発露。

 即ち、事実上の終了宣言(ゲームセット)だ。

 

「まずは《シャコガイル》の能力で、墓地をリセット! まあ元々ありませんけどね! でも順番が大事なのです」

 

 《シャコガイル》が渦巻く。無意味に大渦を放つ。

 これは、ただそこにいるだけで意味がある。それ以上の意味は無い。

 

「お次は《エンド・オブ・ザ・ワールド》! 山札を3枚残して、それ以外をすべて墓地へ! まあなんでもいいのでてきとーに」

 

 山札をガシッと掴み、乱雑に3枚だけ残して、それ以外を投げ捨てる。

 精細を欠くような所作に見える。実際その通り。だがしかし。

 それで十分すぎるほどに、ユーリアは終わっていた。

 

「さて……おわかりなのです? あたしの場には、LOを勝利に変換する《シャコガイル》。そしてたった今、あたしの山札は3枚まで減ったのです」

「……ぅ」

「つまり――ターンエンドなのです」

 

 

 

ターン5

 

 

ユー

場:《キラー・ザ・キル》

盾:3

マナ:8

手札:4

墓地:3

山札:21

 

メル

場:《アトランティス》《ロールモデルタイガー》《エンド・オブ・ザ・ワールド》《シャコガイル》

盾:0

マナ:11

手札:5

墓地:17

山札:3

 

 

 

 なにも、できない。

 ターンが返ってきた。震える手でカードを引く。

 しかし、

 

「ゆ、ユーちゃんの、ター――」

「はい《シャコガイル》の能力発動なのでーす! 5枚ドローするのです!」

 

 最後にデッキに触れることさえできず。

 自分がカードを引くより先に、相手の手札にカードが入る。

 当然、山札が残り3枚、5枚もドローする資源は残っていない、が。

 

「山札を引き切ったので、これにて終了なのです!」

 

 今この世界は、理がねじ曲がっている。

 彼女にとっての敗北は、敗北にはならない。

 ローザが大事にしている、規律も、秩序も、なにもかもが、ぐちゃぐちゃに歪んでいる。

 そこでは、ユーリアの声は届かない。

 なにを言うこともなく、不屈の意志も、歩みを止めないバイタルも、すべてが無為となり。

 ――終了した。

 

 

 

「対戦、ありがとうございました! なのです!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 耳障りなファンファーレが、軽快に、甲高く、響き渡る。

 それは海原メルを称えるための凱歌。

 

「いやー、さっすがあたし、連勝なのです! メルちゃんはやはり天才なのですね!」

 

 そして。

 

「……さて」

 

 それは、双子にとっての敗戦の鎮魂歌だった。

 

「放送カット。残りは時空の巻き戻し編集で後付けリアルタイム付け足しするとして、お仕事お仕事。推し事ではないのですよ?」

 

 冗談めいて、少女は双子に視線を向ける。

 笑っているのに、その奥にあるのは底知れない暗闇。

 人間ではなく、獣が笑っているような。否、獣以上の、神ですらない、邪悪ななにかがほくそ笑んでいるような。

 そんな、おぞましい眼をしていた。

 だからこそ、それが神をも恐れぬ、神すら畏れるほどの邪悪を宿していると直感したからこそ。

 ローザは、身体を起こしてユーリアを庇うように立つ。

 

「待って! ユーリアは……この子だけは……!」

「ローザ……!」

「んー、これはいわゆる、麗しき姉妹愛というものなのです? 姉妹丼……成程、そういうのもあるのですね。あたしの妹はリズちゃん? 弟がリオ君? じゃあディジーさんはお父さんで、ミーナさんはお母さんなのですね!」

 

 あ、お母さんは別にいたのです、などと言いながら。

 彼女の意識も、興味も、既に別の遠いところに飛んでしまっているような。

 もはや目の前の矮小な人の子など、取るに足らないものであると言わんばかりに。

 彼女は、双子を見ていながら、彼女たちなど眼中になかった。

 

「まあでも、メルちゃん優しいので! 双子というアイデンティティはきっちり保持したまま、二人纏めて直葬なのです! 大丈夫、安心するのですよ。このあたしが手ずから処理するので、傷ひとつない、永久保存版の綺麗な標本にするのです!」

 

 彼女は、朗らかに言ってのけた。

 嘘偽りのない、冷徹で、晴れ晴れとした笑顔で。

 

「……狂ってます」

 

 ローザの口から零れたのは、そんな言葉だった。

 人の身、人の心、人の感覚から遥かに逸脱した精神。

 狂っていると称することすら生ぬるい。それは狂気そのもの、その権化。

 彼女が狂っているのではなく。

 彼女自身が、狂気なのだと。

 

「なんで……」

 

 ユーリアは、震えた声を絞り出す。

 姉の手を握り締め、彼女に寄り添うように、前に出て。

 自分よりも幼い少女に恐れを抱きながらも、言の葉を紡ぐ。

 

「こんなこと、するんですか……?」

「ん?」

「ユーちゃんには、あなたのしたいことは全然、わかりません……!」

 

 それは、理不尽への抵抗だった。

 疑問をぶつける。なぜ、と問いかける。

 それで状況が好転するわけでも、現実が変わるわけでもないが。

 自分自身の納得のために、ユーリアは少女に問う。

 

「えー、あたしのしたいことなのです? そりゃまあ、いっぱいあるのですよ? いっぱい配信して、ファンの皆さんからたくさんの知識を頂くことがあたしの使命なのですけどー」

 

 少女はどこかおどけたように、飄々と答えた。

 しかし、ふっと、声が冷める。

 

「それとは別に、あなた方を粛正する必要があるのです」

「粛正……?」

「ミーナさん風に言うなら、なのですけどね。でもあたしからすれば、これは採集なのです」

 

 だって、と少女は続ける。

 

「お姫さまはあなた方の殺害を望んでいないのですから」

 

 面白そうとも、つまらないとも、なんともならざる無感動な声。

 ただ淡々と、不気味なほど冷淡に、彼女は説明する。

 

「あの方は優しすぎる。怒りも、憎しみも、自虐に巻き込んですべてを飲み込もうとしてしまうのです」

 

 憤怒がある。憎悪がある。それでも、怒れない、憎めない。

 ただただ、寂しい。惜しい。

 かつて、傍にあったものが――恋しい。

 

「そんなぶきっちょで寂しがり屋なお姫さまのために、過去の遺産を拾い集めて、それを永久に保存するのです。それがあたしたち【死星団(シュッベ=ミグ)】に課せられたお仕事のひとつなのです」

 

 恋しいから、掻き集める。

 己への憐憫と、内から湧き出でる激情。反発するそれらを、我が子に託す。

 だから青の彼女は、ここにいる。

 彼女は怒りでも、憎しみでも、正義感でもなく。

 ただそこにある機能という役割で以て、蒐集を為す。

 

「そういう意味では良かったのですね。だってあなたたち、お友達とずっと一緒にいられるのですよ? 意識も脳領域における思考くらいは残しておけば、お互いに寂しいこともない……うーん、流石メルちゃん! 優しさに溢れているのです!」

 

 冷めた声に熱が戻る。躁のアップダウンが激しい。しかしどこにも欺瞞はなく、すべてが本音であり、本気。

 彼女はきっと、本気でそれが優しさなどだと思っている。

 友達のためだと、宣って。

 

「お友達……」

「……そのお姫さまって、もしかして……」

「おっといけないのです! ついつい話し込んじゃったのですね。いけないけない、きっちりお仕事はこなさないと、ミーナさんに注意されちゃうのです」

 

 少女はは指先を走らせる。

 虚空という水面には、海洋の如くモニターが広がっていく。

 雫のように人差し指が虚空のモニターに触れると、双子達の上空、その空間が歪む。

 歪な空間は捻れ、曲がり、別の形を成していく。

 名状しがたい鋼鉄のような塊が、大口を開け、その奥底に潜む深淵にてこちらを覗いている。

 古い教会の奥底で見た鉄塊の乙女の如き、忌むべきもの。

 理解はできない。形容もできない。しかし、それが忌避すべき恐ろしいなにかであることだけは、理解できた。

 

「捕獲装置ってこんな感じでいいのですかね? 培養槽の準備はバッチリなのですが、こっちの方はもっと改良が必要そうなのです。まあ、とりあえず捕縛できればよしということで、ひとつどうぞなのです」

 

 ピッ、と少女は人差し指を立てる。

 そしてそれを、振り下ろした。

 

 

 

「降下」

 

 

 

 鉄塊が――降りてくる。

 大口が、迫り来る。

 

「っ……!」

「ローザ……!」

 

 双子達は身を寄せ合う。

 逃げることは叶わず。身を守ることも能わず。

 祈祷と、懺悔と。

 後悔と、謝罪を。

 それぞれ胸に秘めたまま。

 深淵がに、飲まれ――

 

 

 

「あぶなーい――!」

 

 

 

 ――なかった。

 轟音。

 爆弾でも爆発させたのかと思うような、耳を劈く破砕音が轟く。

 ぱらぱらと降り注ぐ、鉄塊の残骸。

 そして双子たちを守るように、彼女らの前に立つのは、燃えるように赤い髪の、一人の青年だった。

 

「いやー、危なかったね君たち。大丈夫かい?」

「えっと……」

「た、助けてくれた……のですか?」

「可愛い女の子がピンチのようだったからね。ま、当然さ」

 

 彼は爽やかに答えると、少女の方を向く。

 そして、にこやかに片手を上げた。

 

「おや、メルじゃないか! やぁ」

「やぁ、じゃないのでーす!」

 

 真に屈託のない青年の笑みに、少女は吃驚と怒りが混じった声で絶叫する。

 

「っていうかリオ君!? なんであたしのスタジオもとい王国(アトリエ)にいるのです!?」

「なんか面白そうだから、入ってみた」

「うわ本当なのです!? 真正面からの侵入履歴にしっかり記録されてるのです! なんで気付かないのですかあたし!」

 

 これがあたしのキャパの限界なのですかー! と、青い長髪を掻き毟り、頭を抱え、悶える少女。

 青年はそんな少女に、優しく語りかける。

 

「どうしたんだいメル? 鬼のような形相を浮かべて。悩みでもあるのかい?」

「えぇ! 目の前に最大級の悩みの種にしてでっかい火種が転がってるのですよ!」

「マジか。どこだい?」

「てめーは鏡を見るのです!」

 

 ウィンウィン、と機械音を鳴らしながら、天上から水晶のような鏡が降りてくる。

 青年はそこに映る自分を眺め、一言。

 

「ふむ……今日も僕はキマってるね」

「うっせーばーかなのです! そんなことは言ってないのですよ!」

「いいね。メル、君は怒っている時の方が活き活きしてて魅力的だよ。気取ってないで、いつもそうしてればいいのに」

「こんな時におねーちゃんを口説くんじゃないのです!」

「メルは姉さんって感じしないな……確かに僕の方が後の生まれだけどさ」

「ローちゃん……これ、なに?」

「さぁ……?」

 

 助かった、のだろうが。

 あまりにも状況が意味不明だった。

 なにやら助けてくれた青年は、少女と知り合いのようだが……

 

「あーもう、色々めちゃくちゃなのです! リオ君が絡むとろくなことがないのですね!」

「僕のせいなのかい?」

「ったりめーなのです! とにかくそこ退いてくれないです?」

「え? やだよ」

「なにゆえなのです!?」

「また危ない隕石が落ちてきたら、彼女らが危ないだろう?」

「あーもう、ほんっとなにもわかってないのですね、リオ君は……! 思慮がなくて思考をしないどころか、記録領域すらめちゃくちゃなのです!」

 

 見るからに苛々している様子の少女に、青年はきょとんとしている。

 少女は頭を抱えながらも、ぶつぶつと、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「……クールダウンなのです、あたし。外的要因により、計画が狂い、破綻。味方がエネミーの状況は最悪なのです。状況を軌道修正するより、ここは一旦退いて立て直すべきなのです。総合的に見て、その方が効果的、効率的、合理的……な、はずなのです。仕留め損ねた場合の保険もあるのですし……」

「どうしたんだいメル? そんな独り言をぶつぶつしちゃってさ」

「リオ君は黙ってるのです! もういいから、今日のところは帰るのですよ!」

「えー……ミーナがうるさいから、帰るの嫌なんだけど」

「いいから来るのです! 強制送還なのです!」

「え、ちょっ、うわ、やめ――」

 

 ブツンッ

 と、通信が切れたように、青年と少女の姿は消えていた。

 それどころか、あの摩訶不思議なスタジオも、綺麗さっぱり消え失せ。

 ローザとユーリアは、いつもの町、いつもの世界へと、戻されていたのだった。

 

 

 

「今のは、一体……」

「なんだったのでしょう……?」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「もー! リオ君のバカバカバカバカバカー!」

 

 青の少女は、赤の青年をポコポコと駄々っ子のように殴りつける。

 青年は特に痛そうな素振りは見せないが、困ったような、それでいて鬱陶しそうにその拳を受けていた。

 

「せっかくいいところまで進んでたのに! リオ君のせいで全部台無しなのですよー! バカー!」

「まあまあ、でも聞いてくれよ、メル」

「む、なんなのです?」

 

 少女は青年を殴る手を止めて、彼の言葉に耳を傾ける。

 そして青年は、決め顔で少女に言った。

 

「女の子のピンチに颯爽と駆けつけて助ける僕さ、最高にカッコよくなかった?」

「アホ抜かせなのでーす!」

 

 力強く、一発の殴打。

 青年は「うっ」と若干仰け反ったが、しかし特別、痛痒というほどでもない。

 

「もうリオ君なんて知らないのです! とっとと出てけなのでーす!」

「うーん、どうも今日はメルの機嫌が悪いみたいだ」

「どう考えてもお前のせいだけどな」

「僕が悪いのかい?」

「お前以外に悪い奴はいない」

「その通りだ。ヘリオス、貴様はまた勝手に居城を抜け出した挙げ句、仲間の厳正たる行いを妨害した。その罪、重いぞ」

「えー……なんで僕が悪役みたいになってるんだ? 女の子助けたのに……」

「状況をよく見てからそういうのはやるのです! どう考えてもあそこは、あたしの魅せ場だったのでしょーが!」

 

 牙を剥き出しにして、青年に噛みつく少女。

 その怒りの理由がよくわかっていない様子の青年だが、とりあえず自分の具合が悪いことだけは察した。

 

「うーん、仕方ない。ディジー、今日は君の部屋に邪魔させてくれないかい?」

「あいつが荒れる火種を放置して、こっちにまで飛び火しても困るしな。仕方ねぇな、だが邪魔はすんなよ。言っても効かねぇだろうが」

「まったくね、鬼の目にも涙とはこのことか」

「全然意味違うけどな」

 

 赤の青年は、黒の男に連れられて、その場から消える。

 残った青の少女は、怒り心頭のまま、手足をバタバタとバタつかせていた。

 

「むむむぅー、リオ君のやつー! いくら温厚なあたしでも、怒りが超超超天フィーバーなのですよー!」

「落ち着けメル。それほど興奮するなど、君らしくもない」

 

 それを、白の男が宥める。

 しばらくそうしているうちに、少女は落ち着いたようで、大人しく座する。

 

「まったくもう……まあ、双子ちゃんたちに関しては、手を打ってるので大丈夫なのですが。次に誰をどうするか、なのですよねぇ」

「なにか問題が?」

「問題っていうか悩んでいるのです」

 

 少女が虚空を指でなぞると、モニターが浮かぶ。

 そこに映る、3人の少女の姿。

 いずれも、姫と関わりのある友であった者。

 即ち、粛正であり、蒐集の対象だ。

 

「まず伊勢小鈴ちゃん。彼女はお姫さまがご執心の子なので、あたしでも軽々に手が出せないのです」

「そうだな。私も彼女に関しては慎重になるべきだと考える」

「ここは保留で、次に長良川謡ちゃん。こちらは単独ではそこまでなのですが、傍らに不思議の国の残滓、チェシャ猫……今はスキンブルシャンクスでしたか? 彼がいるのです」

「ふむ。君はマジカル☆ベル周辺が担当だからな。確かにこの組み合わせは、対応に悩むところだ。私が手を下すのも吝かではないが……」

「ミーナさんはあんまりここから動けないのですからね。ディジーさんは……まあ、やってくれるとは思うのですが。どうも役割がハッキリしないお方なのですからね」

「あぁ……とはいえ我らが同胞であることに変わりはない」

「まあ、とりあえずここも問題を先送りなのです。そしなにより、て一番の問題は彼女、日向恋ちゃん」

 

 モニターに映る、無感動な瞳の少女。

 日向恋。青の少女が最大のイレギュラーと断ずる存在。

 

「姫は彼女に関して、他よりも高い感応があったはずだな」

「はい。でも問題はそこじゃなくてですね……」

「?」

「彼女……反応がちょいちょいロストするのです」

 

 少女の言葉に、白の男は首を傾げる。

 

「ロスト? 存在を確認できないということか?」

「まー、そうなのですね。一応、普段は捕捉できているのですが、たまにふっと反応が完全消失しちゃうのです」

「……そんなこと、あり得るのか?」

「普通ならあり得ないのです。あたしの走査はこの星全域と、周辺宇宙空間――人間が認識できる宇宙の範囲すべてに及ぶのです。その中のどこにも反応がないということは、あたしたちが感知できない外宇宙まで移動していることになるのです。しかも、一瞬で」

「…………」

「流石のミーナさんも絶句しちゃうほどなのですね。で、今この星の生命体の文明レベルで、当人らが認知していない領域へ一瞬で移動するなんて所業は不可能なのです」

「それは……つまり、どういうことなのだ?」

「あたしの走査が不十分……というのも、ないと思うのです。だからきっと、彼女はなんらかの手段で、あたしの走査を妨害(ジャミング)している、と考えるのが普通かと」

「それは可能なことなのか?」

「うーん、どうでしょ。彼女たちにそこまでの設備や技術があるとは思えないのですが……でも、最も現実味のある可能性が、これくらいなのです」

 

 だから実は総合的に動きにくいのです、と彼女は言う。

 相手に未知なる部分がある以上は、軽々しく動けない。

 対応が不十分なうちは、どんな反撃や抵抗があるかわかったものではない。

 故に少女は、手をこまねいていた。

 

「今回は試験的に、双子ちゃんに仕掛けてみたのですが、あっちも機を窺っているのですかね? どうも尻尾を見せてくれなくて」

「なるほど。しかし日向恋……危険だな」

「はい。ちょっとこれはメルちゃんでも予想しがたいブラックボックスなのです。だから彼女に関しては、調べつつ一旦“見”に入るのですよ」

「となると……先に私が動くべきか」

「およ? ミーナさん出動なのです?」

「あぁ」

 

 白の男は、剣の柄を握り締め、天を仰ぐ。

 遥か高い、漆黒の(ソラ)を。

 

「不思議の国を叩く。メル、君にも手伝ってもらう」

「まっかせてくださいなのです! そういうことならお供致すのですよ、ミーナさん」

「私とメル、そしてリズの3人。すぐに出るぞ。準備は怠るな」

「りょーかいなのです! リズちゃんもがんばるのですよ!」

 

 と、青の少女が呼びかける。

 しかし、反応はなかった。

 

「……あれ? いない? ミーナさん、リズちゃんはどこに行ったのです? あの子がいないなんて珍しいのですね?」

「リズなら、彼女を迎えに行った」

「彼女? ……あぁ」

「“あれ”は我らの手にあるべきもの。母君が覚醒に向かっている今、必要なものではないが……あるべきもは、あるべき場所に収まるべきだ」

「ミーナさんもリズちゃんみたいなこと言うのですねぇ。ま、リズちゃんが最もおかーさんに近いのですし、お姫さまを通じておかーさんから生まれたあたしたちは、言ってしまえばリズちゃんの性質を起点にしているとも言えなくもないわけなのですが」

「末子とはいえ、彼女の役割は大きい。無論、全員が各々の役割、役目があり、力があり、必要な存在だがな」

「まー……そうですねぇ」

 

 青の少女も天を仰ぐ。

 真っ暗な闇。この森に、光は差さず、ただひたすらに暗い闇が広がるばかり。

 当然そこには、月も無かった。

 

 ――今は。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 暗い町。

 闇が息づく路地。

 『バンダースナッチ』は刃物を手に、夜闇を練り歩く。

 帽子屋に唆されて惨殺を為した記憶。釣り人の語り手に騙られて刃を振るった経験。

 それらを経て、バンダースナッチは今、己の意志で、ただの自我のみで、隠匿の町を歩む。

 女王が動き出し、不思議の国が崩壊すると悟り、すぐに亡命したバンダースナッチは、小さな命を刈っていた。

 植物を、動物を、切り裂き、刻む。

 無論、こんなもので足りるはずがない。その程度ではなにも見えないし、なにも満たされない。

 きらきらした輝きは、いずこへ。

 それを探すべく、彼女はただ歩む。

 ただし、大事にはしない。

 影に隠れ、息を潜ませ、密やかに凶刃を振るう。

 

 ――そろそろ、ひとを、きりたいなぁ。

 

 そうすれば、光り輝くなにかが見えるかもしれない。

 そんな希望を抱きながら、彼女は歩き続ける。

 そして、

 

 

 

「ここにいたのね」

 

 

 

 夜風が吹く。それに乗ってやってくる、玉蜀黍畑の香。

 素朴で、どこか野性的な出で立ちの、けれども超然とした、まるで精霊のような女が、立っていた。

 伸ばしっぱなしで手をまったく加えていない、緑の髪。

 冬の時分にも関わらず、 一枚布を引っかけただけのような、あまりにも原始的な衣のみを纏い、足下も裸足。

 野性的というよりは、超越的に。

 始原の象徴の如く。

 寒さで震えることもなく、彼女はそこにいた。

 

「? おねーさん、だれ?」

「今のあなたなら、わかるわ。感じなさい。自分が何者なのか。そうすれば、自然と理解できるわ」

「……?」

 

 バンダースナッチは、後ろ手で刃物を隠しつつ、小首を傾げる。

 しばし考え込み、一言。

 

「ぼーしやさんと、おなじ?」

「あなたが、あなたとしての自覚を持てば、すべてわかることよ」

「うーん……」

 

 熟考するバンダースナッチ。

 考え、考え、考え、考え込む。

 思考し、思案し――歩を、進める。

 女に、躙り寄る。

 

「……わかんないや」

 

 そして――隠していた刃を、突き出した。

 

 ――ちょうどいいところに、きてくれた。

 

 そんなことを思いながら、女の腹を容赦なく、刺し貫く。

 ――はずだった。

 刃物は確かに肉を貫いた。

 しかし女の腹は、刃物の先端が僅かにめり込むのみ。

 女の掌が、刃を受け止めていた。勿論、鋭利な刃はその肉を切り裂き、刺し、貫通していたが。

 女がその刃を握り込むと、ミシッ、と。

 小さな音を立てて、金属の刃は砕け散り、崩れ落ちた

 血は出ず、黒い粘液のようなものが、ぐじゅぐじゅと蠢き、再生する。

 

「……おねーさん、なに?」

 

 バンダースナッチは問う。女は、表情の無い顔で、少女を見下ろしていた。

 

「私も、あなたも、根源は同じ。千の仔を孕む母から生まれ落ちた、新たな落し子たちの末」

 

 黒き森の奥底。黒い霧に包まれ、闇が支配する地上の世界。

 深淵、暗闇。虚なる暗黒が、彼女の瞳の中に広がっている。

 女は、静かに言の葉を紡ぐ。

 ただそうあるべきと、己が役割に従って。

 

 

 

Ⅴ等星(クィンクステラ)――名は、シリーズ・コレー」

 

 

 

 ――――

 バンダースナッチは、己が身に、なにかを感じていた。

 なにかが疼く。なにかを自覚した。

 その正体はまだ掴めない。しかし、そうだ。

 自分は――“『バンダースナッチ』などではない”。

 

「あなたは私たちが奉るべき祭具。あなたがいるべき場所は黒き森を抜けた狂気の廃村。月無き夜に座して、遙かなる宙を見上げる鏡」

 

 女は――シリーズは、黒い肉が蠢動する手を差し伸べる。

 

「さぁ、こっちよ。『バンダースナッチ』なんて、輪廻に逆らう枯木に押し付けられた偽物の皮を剥ぎ取りなさい――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ムーン=レンズ」




 前後編にしたけれど、ぶっちゃけ双子で分けただけで、内容的にはあまり前後編感ない。挿入したいシーンも次回に回したりなんだりで、うん、やはり上手くいかないですね。ひょっとしてスランプという奴なのかもしれない。
 まあ、もっと区切りを意識して投稿すれば解消されそうな気もするけれど……できるだけ、一話一戦の形式は保持したい保守的思考が……
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