デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 今回はネズミ君のお話です。


47話「帰郷します Ⅲ」

「うめぇ! かーちゃん! おかわり!」

「おう、俺がよそってやる」

「悪ぃなにーちゃん! 頼むぜ!」

 

 そこは、水早家の食卓。

 父と、母と、上の兄と、下の兄。そして自分――水早霜。

 そしてそして、そこにもう一人の、少年。

 赤く染めたり、脱色したりした髪。目にはカラコン、身体には刺青。ギラギラと主張するアクセサリーに、じゃらじゃらと音を掻き鳴らす鎖。

 低い背丈に、幼い双眸。

 恐らく小学生だろう少年に、父母や上の兄は、困惑の眼差しを向けている。

 しかし問いかけは、霜に向けられた。

 

「……ねぇ、霜」

「ごめん母さん、なにも聞かないでくれ」

 

 とはいえ霜も、答えるに答えられない。自分でもよくわからないのだ。

 彼の名は『眠りネズミ』。そう呼ばれていた少年。

 道端で倒れていたのを発見し、思わず家に上げてしまったが……

 

「しかしだな、この子は一体……」

「何度も言ってるだろ……友達の、弟、みたいなものだよ」

 

 とりあえず家族には、そうやって押し通している。

 間違ったことは言っていない。嘘、とは言い切れない、と思う。

 しかしそれが曖昧模糊とした浅い理由付けであり、家族が納得できるようなものではないことも、同時にわかっている。

 両親に続いて、今度は上の兄が、霜を追求する。

 

「歯切れが悪いな、霜」

「兄さん……」

「後ろめたいことでもあるか?」

「それは……」

「責めているつもりはない。だが、なにせお前は揺れやすいからな」

「その通りだ。霜、父さん達はお前が心配でだな……」

「まーまー、お袋も親父も兄貴も、いいじゃねーの」

 

 霜が言葉に詰まっていると、下の兄が、眠りネズミに茶碗を渡しつつ、割って入る。

 

「霜がメシに顔出して来たってだけで十分だろ。ダチの弟くらいなんだよ、こいつがちゃんと人間関係育めてる証拠じゃねーか」

「でもここ最近、学校に通っている様子がなかったじゃない。学校の先生からも電話が掛かってきたし……」

「机向いてお勉強するだけが人生じゃないだろ? 心配なのはわかるけどよ、あんま寄って集って言葉責めにすんのもよくないぜ。整理する時間だって必要だ」

「兄貴……」

 

 下の兄が、弟を慮っているということは、わかっている。

 かつて塞ぎ込んでしまった時も、真っ先に行動を起こしたのは、この兄だ。

 なにも聞いてこない癖に、なにもかもを知ったように、なにも知らないで、知ったかぶりで、気を遣う。

 兄のそういうところが霜は好かなかったが、しかしこの瞬間においては、それが助け船となっていることも、また事実だった。

 

「うめぇうめぇ! ヤングオイスターズのメシよりもうめぇ!」

「おう上手いかファンキー小学生。もっと食え食え、俺が塩を振ったこのフライドポテトとかお勧めだ」

「サンキューにーちゃん! 確かにこいつはバッドでドープなソルティ加減だな!」

「だろ?」

 

 眠りネズミは、兄と意気投合して盛り上がっている。屈託のない笑顔で、笑っている。欠伸しながら、快活に笑っている。

 薄汚れて、本当にドブネズミのような姿で路傍に倒れ伏していたのに。

 よほどのことがあったのだろうと、思われるのに。

 彼はなにもかもを忘れて、今この瞬間だけを楽しんでいるように見える。

 憂いも、嘆きも、苦悩も、なかったかのように。

 

「……ごちそうさま」

「霜……!」

「……大丈夫」

 

 母親の声を、静かに制する。

 そう、大丈夫。大丈夫なはずなんだ。

 

「ボクは、大丈夫、だから」

 

 だから、今は、今だけは。

 もう少し、時間が欲しい。

 あと少し、待って欲しい。

 

「……君も来てくれ」

「ん? おう! そろそろ眠くなってきたしな! 美味かったぜかーちゃん、にーちゃん! ごちそーさん!」

 

 眠りネズミは大量の飯をかき込むと、素直に霜の後に付いていく。

 自室に戻る。そこで、彼に問う。

 これまで聞けず仕舞いだったことを。

 

「君は……どうしてあんなところで倒れていたんだ?」

「んぁ?」

 

 欠伸しながら、眠りネズミは気の抜けた声で答える。

 

「眠いから、だな」

「……聞き方を変えよう」

 

 眠気で思考回路が鈍っているのか、ギャグなのか、それとも本気で言っているのか……判断はつかないが、いまいち会話が面倒くさそうだと思いつつも、霜は問い直す。

 

「君は一人でなにをしていた?」

「カメ子探してんだよ」

「カメ子? ……あぁ、彼女か」

 

 亀船代海。『代用ウミガメ』。

 彼の仲間でもある少女。

 それを探している……とは、どういうことなのか。

 

「いなくなっちまったんだよなー、カメ子」

「いなくなった? それは、どういうことだい?」

「僕が知るかっての。僕にもよくわかんねーけど、かーちゃんがどうこうとか……」

「母親? 君たちの、母親かい?」

「おう」

「…………」

 

 まるで意味はわからないが、代海が彼らの下を去った、ということだけは辛うじて推察できる。

 そして彼は、彼女を追って来たが、その途中で体力と気力が限界を迎え、道端で倒れていた、と。

 

「しっかしバットに助かった! もう何日もなんも喰ってねーから腹減ってたんだ! お前のかーちゃん、マジでメシウマだな!」

「……それはどうも」

「まあなんかちっとばかし空気がスパイキーでクランキーだったが、いい場所じゃねーの。あの国みたいにジメっとしてねーし、あったけーぜ」

 

 眠りネズミは快活に笑う。

 本当に、心の底から、そうだと信じているような。

 他人の家庭なのに、それを自分のことのように喜んでいるような。

 ――なんなんだ、彼は。

 

「マジサンキューな! えーっと……名前、なんつったか?」

「……霜だよ。水早霜」

「おう! サンキュー、ソウ!」

「まあ拾ったのはいいよ。流石に道端に倒れている人を放置するのも座りが悪いし、それに打算がないわけじゃない」

「んー? つまり、どういうことだ?」

「なんでもない。それより、君はこれからどうするんだい?」

「あ? 決まってんだろ、カメ子探すんだよ」

「どこにいるか、見当はついているのかい?」

「アテなんざねぇよ」

「……呆れた。なにがあったかわからないが、そんなことで見つかると思ってるのか?」

「見つかるか、じゃねぇよ。見つけるんだよ」

 

 眠りネズミは断言した。

 真剣で、真摯な眼差しに、爆ぜるほどの炎を灯して。

 

「カメ子は僕のダチだ、マイメンだ。ほっとけるかよ」

「…………」

 

 その、あまりの剣幕、そして確かな信念の籠もった言葉の圧に、思わず言葉が詰まる。

 なんとも言い返せず、言葉を呑むが、代わりに霜は思案する。

 ここで彼と出会った意味。それを、どう使うべきか。

 

(亀船代海……思えば、ボクと小鈴の決裂の契機となった人物、とも言える)

 

 すべての発端は、あのカードショップでの出来事。

 そして選択を違えたがために、彼女と決裂した。

 しかし、しかしだ。

 縁が切られようとも、繋がりが断たれようとも、思う情念だけは、消えていない。

 

(ボクが小鈴のためにできること……彼女に迫る脅威があるのなら、その芽を事前に摘み取る。あるいは、その情報を……)

 

 今までも、なにか異変がないか、彼女の危機になりそうなことはないか、細々と身を隠しながら探っていたが。

 ここに来て、大きな切っ掛けとなり得る情報が、現れた。

 

(なんにせよ、目下最大の特異点となりそうな不思議の国と接触できたのは僥倖だ。その使者が彼っていうのが、またなんとも言えないが……贅沢は言えまい)

 

 どうするかは、考えている。

 意味があるのかはわからない。もしかしたら、徒労で、無意味で、なんの収穫もない無駄な行いにしかならないかもしれない。

 しかし今は、とにかく手札が足りない。手札がなければ、情報が無ければ、知識がなければ、なにもできやしない。

 だかた今は、少しでも多くの、無駄になるものでもいいから、情報が欲しい。

 そのためには、踏み出さなくてはいけない。

 

「なぁ、君」

「あん? んだよ」

「ボクを、君らの家に連れて行ってくれないか?」

「はぁー!?」

 

 霜の要求に、眠りネズミは、驚きとか怒りとかいうよりも、不快そうな顔をする。

 眠りネズミの家、即ち【不思議の国の住人】たちの拠点に、案内しろと言うのだ。

 総合的には明確なものではないとはいえ、敵対関係である相手を案内しろというのも、随分な話だ。

 とはいえ彼の性格を加味すれば、恩を売るような形になるが、なにか近い形で探れるという打算はあった。

 拠点に乗り込むまでは無理でも、なにか、それらしい情報でもあれば……

 そう、思っていたのだが。

 

「えぇ、(ウチ)に帰んのかよ……あそこにゃ二度と行きたくねーんだが……」

 

 なにか、様子が思っていたのと違う。

 眠りネズミはバツの悪そうな、ただ気分が乗らないだけ、とでも言うかのような、げんなりした表情を見せる。

 なんというか、家出した手前、帰るに帰りにくいかのような……

 そんな雰囲気を醸し出していたが、眠りネズミは一息吐くと、即座にスイッチを切り替えた。

 

「ま、ダチの頼みってならしゃーねぇ! メシの礼もあるしな! 任しときな!」

「あ、あぁ……」

 

 ――ダチってボクのことか?

 いつ、友達になったのだろうか。

 それを問い返そうという頃には、彼はもう、瞼を落としていた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 翌日、眠りネズミの案内によって、不思議の国の本国へと向かうこととなった霜。

 眠りネズミによると、不思議の国は電車で数駅ほど行った隣町、その小さな山の中に屋敷があり、そこに全員が集まっているらしい。

 ……別に、地下に広がる秘密基地なんかを想像していたわけではないが。

 なんというか、妙に俗っぽいというか、思ったより身近にあったというか。

 そもそも、彼らも学校に通っていたりして、同じ町で遭遇することが多いのだから、それほど遠くに住んでいるわけではない、というのは分かりきっていたのだが……

 

「……まあ、どうでもいいことだな」

 

 むしろ近くにいるのならば好都合。時間もコストも削減できたと、前向きに考える。

 トコトコと、小柄でファンキーな少年と並ぶ、少女のような少年。

 傍から見れば異様な組み合わせなのかもしれない。

 人通りは少ないが、時折すれ違う人から奇異の視線を感じる。

 ……気にならないことはないが、気にすることでもない。

 この姿も、この行動も、自分のしたいことなのだから。

 だから……いいのだ。

 

「そういやよー」

 

 眠りネズミが唐突に話を振る。

 

「マジカルベルはどうしたんだ? お前らいつも一緒だったけどよ」

「……そのことか」

 

 あまり触れられたくない話題ではあるが。

 だからって不満や不快感を剥き出すのはお門違いだし、彼をあまり邪険にして案内を放棄されても困る。

 霜は少し逡巡してから、濁して言う。

 

「彼女とは、色々あってね。別行動だ」

「はぁん。ケンカでもしたか?」

「……そんなところかな」

「いいなぁ、ケンカ」

「なにがいいんだ? いいことなんてなにもないだろう」

「そうでもねーよ。殴り合って、罵り合って、言いたいこと全部吐き出せるのが一番だ」

 

 眠りネズミは、どこか心残りがあるように言った。

 

「言い残したこととかあるのが、一番モヤモヤすんだよなー。あー……」

「なにか懸念でもあるのか?」

「んー……んにゃ、もういいや。どうせ寝たら忘れちまう、んなことより次のことだよ次! いや、今だ今!」

 

 目元を擦り、欠伸をしながら、眠りネズミは駆ける。

 

「なんでソウがウチ行きてーのかは知んねーけど、メシとベッドの恩は返すぜ!」

「そうかい。助かるよ」

 

 ベッドと言っても、彼は寝落ちしたので床で寝ていたのだが。

 今朝からずっと欠伸しているというのに、妙に精力的に駆け回る眠りネズミ。眠いのか元気なのか、ハッキリしないな、と霜が半ば呆れつつ彼の後ろを付いていると。

 

 

 

「ご機嫌だな、眠りネズミ」

 

 

 

 それは、現れた。

 

「てめぇは……!」

 

 それは、枯木のようにそこにあった。

 乾ききった黒い汚濁の塊が、人を為すかのように。

 貌を隠すこともなく、虚ろに足っていた。

 そう、それは――

 

「――帽子屋ぁ!」

 

 『帽子屋』だった。

 眠りネズミは目を見開き、憤怒の形相で睨み付け、叫ぶ。

 

「てめぇ! どの面下げて来やがった!」

「まあ落ち着け眠りネズミ」

「ざっけんな! てめぇの腐ったやり方にゃうんざりなんだよ! もう顔も見たくねぇ!」

「成程な、これは帽子を捨てて来たことは失敗だったか、なにせ顔が隠せない」

 

 怒り心頭の眠りネズミに対して、帽子屋は軽口を並べ立てるばかり。

 だがその様子は、以前とは違う。

 飄々としているというよりは、諦観に駆られているような。

 余裕のある態度ではなく、どこか達観したような、虚無感溢れるような。

 そんな空気を纏っていた。

 

「まあ今のオレ様は、帽子屋という個人ではなく、不思議の国の王としてここに在る。王は民に御身を晒すものだ、許せ」

「許さねーよボケ! なにしに来やがったんだクソ野郎が!」

「貴様を迎えに来た」

「迎えだぁ……?」

「おうさ」

(ウチ)に帰れってか。はっ、てめーの口車に乗る気はねーよ。だが、ダチとの約束だ、今から戻るっちゃぁ戻る――」

「あぁ、違う、そうではない」

「あん?」

「貴様の帰郷は求めていない。帰るべき国などもはや存在しない。貴様が……否、我らが還るべきは、土だ」

「土……?」

「貴様にもわかりやすく言ってやろう」

 

 もはや帽子で隠すこともなく。

 虚空を見据える瞳は、まっすぐに眠りネズミを指し示す。

 

 

 

「貴様を殺しに来た、眠りネズミ」

 

 

 

 殺意という、時計の針で。

 終わりの刻限を、突きつける。

 

「……僕とやろうってのか?」

「貴様の過眠症を解消してやろうと思ってな。オレ様が統べる民はすべて、安らかに終わらせてやろう」

「てめーの言い分は気にくわないが、いいぜ。殴り合いなら上等だ! てめーは一発ぶん殴ってやりてーと思ってたんだよなぁ!」

 

 帽子屋の真意は読めない。しかし眠りネズミは、怒りと闘志に燃え滾っている。

 しかし、しかしだ。

 相手は帽子屋だ。不思議の国の、王。

 それを相手取って、無事で済むものか。

 

「…………」

「悪ぃ、ソウ。ちっとばかし野暮用だ。けど心配すんな、速攻でカタつけてくっからよ!」

 

 どう言葉をかけるかわからず、飲み込む霜に、眠りネズミは欠伸をしながら笑う。

 なにも懸念も心配もないような、最悪の結末も絶望の未来もあり得ないと笑い飛ばすように。

 眠りネズミは、帽子屋へと立ち向かう。

 

「眠気は飛ばねーが、火ぃ点いたぜ、帽子屋ぁ……もう、止まんねーからよ!」

「いいだろう。ならば、貴様が燃え尽きるまで付き合ってやろう。この、忌まわし力でな」

 

 ドロリと。

 帽子屋の指先が黒く溶ける。

 泡立つように黒い肉塊が膨れるが、それはすぐに収縮し、砂礫のように渇いていく。

 霜の背筋に悪寒が走った。あの奇妙で、おぞましいものはなんだと、本能が警鐘を掻き鳴らす。

 

「……帽子屋。てめー、そっち側かよ」

「いいや、女王に与する気はないさ。故にこそ貴様を、落し子ではなく民として、葬るのだ。そのために、王としての権威は行使させてもらおう」

「はんっ、好きにしやがれ! てめーの腐った根性、焼き切ってやらぁ!」

 

 眼を熾すように、眠りネズミは瞼を擦る。

 そして、不思議の国の戦場が、開かれた――




 帽子屋とネズミ君の会話、噛み合ってるようであんまり噛み合ってないですね。
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