デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 誘拐犯に続き盗撮魔とか、物騒かつ犯罪的な臭いしかしないタイトルが続きます。8話です。
 今回くらいから、ようやっとこの作品らしさというか、やりたいことができてきたというか……えっと、とりあえずデッキ構築とかに色々力を入れました。
 勿論、ストーリーも。何分、軽々しく扱いづらい題材を取り入れているので、かなりギリギリのラインを攻めていますが……


8話「盗撮魔です」

「はー……やっと終わったよ……」

「ちょっとだけお疲れですね。でも、体育って楽しいです!」

「無理……死ぬ……」

 

 更衣室に戻って、各々様々な表情を見せるわたしたち。ユーちゃんはいつでも元気いっぱいだけど、恋ちゃんは今にも死にそうな顔をしてて、とても心配です。

 あ、こんにちは。伊勢小鈴です。忘れてたので言いましたけど、この挨拶って、毎回必要なんでしょうか?

 現在は放課後。わたしたちはついさっきまで体育の授業の補習を受けていました。授業を欠席した分を取り戻さなくてはならないのです。

 サボっていたのか、と聞かれると、流石に否定するよ。仕方なくお休みしたの。仕方なくだよ。女の子には色々あるのです。

 ……まあ、ユーちゃんと恋ちゃんに関しては、学校に来てなかった時期があるから、その分のツケが溜まっているのだけども。

 

「こんなクソみたいに暑い日に、グラウンドで、体育とか……教育委員会は頭が、狂ってる……消えてしまえばいいのに……」

「仕方ないよ、お休みした分はグラウンドでの授業なんだから……あと恋ちゃん。女の子なんだから、もうちょっと言葉には気をつけよう?」

「でも、こんな暑い日にはプールがいいですよね! プール!」

「そっちも嫌だ……」

「ユーちゃんはプール好きだよね」

「はいです! 大好きです!」

 

 確か、遊泳部に入ったって、前に聞いたことあったっけ。

 なんで水泳部とか競泳部じゃなくて、遊泳部があるのかがちょっと気になるけど。競泳部があるなら逆ベクトルの遊泳部があってもおかしくはない……気がする。

 余談ですが、わたしたちの通う烏ヶ森学園は、そんな少し変わった部活が多いです。生徒の自主性を重んじる云々で、部活動の設立に関する規定が緩いかららしい。

 ただしその代わり、予算の管理とか、部の運営とか、そういうことをしっかりと生徒だけでやらなくてはならない。自由には責任が伴う、というのがこの学校の方針らしい。顧問はあまり干渉しないんだって。

 なんで部活にも入ってないわたしがこんなことに詳しいのかと言いますと、お姉ちゃんから聞きました。わたしのお姉ちゃんはこの学校の三年生で、生徒会長さんなんだよ。すごいでしょ? わたしの自慢のお姉ちゃんです。

 

「……まあ、思うところも、ないわけじゃないけど……」

 

 勉強もできて、運動もできて、生徒会長としてバリバリお仕事してて、わたしの自慢のお姉ちゃん。

 わたしの憧れだし、尊敬もしているけれど、ただそれだけかと言われると、そうでもない。

 ……あんまり考えるのはやめよう。早く着替えないと。

 わたしはいい加減、体操服を脱ぐ。

 この更衣室はグラウンドと直通。放課後は運動部も使うから、あんまりゆっくりもしていられないしね。

 

「ずっと思ってたんですけど、小鈴さんっておっきいですよね!」

「ふぇ?」

 

 ユーちゃんが、なぜか目をキラキラさせてこっちを見ている。いや、この子が目をキラキラさせているのはいつものことだけど。

 だけど、その……視線が……視線の先が……恥ずかしいんだけど……

 

「ユーの言う通り……確かにこれは、中一の体型じゃない……こんなあからさまな体型、二次元でしか見たことない……」

「こ、恋ちゃんまで……」

「ちょっと触ってもいいですか?」

「ダ、ダメだよっ! やめて!」

 

 無邪気な笑顔で迫り来るユーちゃんの手。胸を隠しながら後ずさるわたし。

 

「わかりやすいコンプレックス……ありがち……大なるものはもう少し寛容であるべきだと、私は思う……」

「そんなこと言われても……」

 

 わたしだって、好きで大きくなったわけじゃないんだから!

 むしろ、そのせいで小学校から周りの目が恥ずかしかったり、服選びも大変だったし……しかも身長がないから、なおさら。

 

「うぅ……どうせ背が伸びないなら、わたしは二人みたいなスリムな体型がよかったよ……」

 

 恋ちゃんはちょっと痩せすぎな気もするけどね。

 身長なんて130cmちょっとしかなって言うし、心配になっちゃうよ……

 

「そういえば、外国の人って背が高いイメージだけど、ユーちゃんは細身だよね……それとも、中学生だとこのくらいなのかな?」

「ドイツのお友達は、もっとおっきかったですよ。ユーちゃん、ドイツでもちっちゃいです」

 

 あ、やっぱりそうなんだ。

 

「背が低いと、いろいろ大変だよね……」

「でも、ちっちゃいほうが泳ぎやすいんですって! それに、ブチョーさんが言ってました! ガイジンロリはキチョーでジュヨーがあるって!」

「うん、ちょっと危ない発言だね……ユーちゃん、その部長さんには気をつけようね?」

 

 日本の文化をまだちゃんと知らない純粋なユーちゃんは、かくっと首を傾げて疑問符を浮かべている。わたしも、ユーちゃんには純粋なままでいてもらいたいです。

 

「恋ちゃんも、もう少し肉付きがよくなるといいね」

「大丈夫、問題ない……貧乳はステータスだし、ロリには十分な需要があるから……」

「そういうことじゃなくて、不健康そうに見えるってことだよ……」

 

 実際、極端に運動苦手で、身体も虚弱気味だし。

 骨、ちょっと浮き出てるんだよ? いくらなんでも心配になっちゃうよ。

 食生活自体は、わりとちゃんとしてるって聞くけど、これは体質だけで片付けられる問題でもない気がする。

 

「って、そんなことより、早く着替えなきゃ」

 

 別にいつまでに着替えなきゃいけないとか、この後に予定があるとかじゃないけど、運動部の人が来た時に邪魔になっちゃう。

 着替えを入れてるロッカーを開ける。二人の視線が痛いし、いつ襲われるか冷や冷やする。手早くブラウスを手に取って袖を通す。そして、ボタンを留めていく。

 このボタンを留めるのが、毎回難儀なんだよね……上の方が留めにくくって。中学に上がって制服を着るようになってから、ずっと。まだちょっと慣れない。

 ボタン留めに手間取って、二人の視線を感じるような気がする……と、その時だ。

 ふと下げた視線。ロッカーの中に、なにかが見える。

 第二ボタンを留めるのを一旦諦めて、屈んでそれを手に取った。

 

「なんだろ、これ……ビデオカメラ?」

 

 黒く直方体に近い形状の機械。丸いレンズが見えていて、それはわたしの知る限りでは、映像記録機――いわゆるビデオカメラだった。

 なんでこんなものが、ロッカーの中に……

 

「運動部の忘れものかな?」

 

 運動部の人たちは、自分たちの動いている様子を撮影するって聞くし、そう考えるのが自然な気がする。

 すると、恋ちゃんがやって来た。

 

「これ……動いてる……」

「え!? 撮影中ってこと!?」

「うん……」

 

 撮影中のビデオカメラが、女子更衣室に設置されている。

 その意味がわからないわけがなかった。

 

「……盗撮」

「う、嘘、全部撮られてたの……!? いつから!?」

「わからないけど……消しとく……」

 

 恋ちゃんがわたしの手からビデオカメラを取る。なにか操作をすると、わたしの返した。

 

「消した……体操服に着替えるところから、撮られてた……」

「誰がこんなこと……先生に言った方がいいかな……?」

 

 自分が盗撮されるなんて思ってなかったし、正直あんまり実感が湧かない。だけど、たとえ学内でもなんでも、盗撮は犯罪だ。このまま放っておくわけには、いかないよね……?

 と、その時。小さく女子更衣室の扉が開いた。

 入ってきたのは、わたしたちと同じ紺色のセーラー服に赤いリボン制服――烏ヶ森の制服を着ている、ショトヘアーの生徒だった。

 校章の色を見るに、わたしたちより一つ上の学年。二年生だ。

 体操服やユニフォームじゃないから、運動部の人じゃない? あ、でもマネージャーさんかも。

 

「っ……」

「あ、すいません。すぐ出ます……っ」

 

 急いで着替えるわたしたち。運動部の人だったら、邪魔になっちゃう。

 そう思ったけど、その人はわたしたちを見るや否や、身体を震わせて、行ってしまった。

 

「……!」

「あ……っ!」

 

 僅かに開いた更衣室の扉。廊下を覗いてみると、もう誰も見えなかった。

 

「行っちゃった……」

「恥ずかしがり屋さんだったんでしょうか?」

「コミュ障……」

 

 なんだったんだろう、さっきの人は。

 なんだか、妙な視線も感じたけど……

 わたしたちのささやかな謎。

 この時はまだ、その謎の意味を、知らなかった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「この後、どうしようか」

「だったら小鈴さん! ワンダーランドいきましょう! ユーちゃん、デッキをカイゾーしたんです!」

「私も……ちょっとテストプレイしたい……」

「恋ちゃんも? でもわたし、恋ちゃんにはほとんど勝てないんだけど……」

「恋さんはとっても強いですもんね!」

 

 体育の補習が終わって、着替えも済ませて、わたしたちは帰路に着こうとする。

 補習が被ったのはたまたまだけど、最近はこの三人で一緒にいることが多くなった。

 きっかけは……デュエマと、クリーチャーの事件だけど……

 

「あ!」

「小鈴さん? どうしました?」

「ビデオカメラ……更衣室に置いてきちゃった……」

 

 あの人が入ってきて、慌てて着替えてすぐに出たから、うっかり忘れてしまっていた。

 

「取りに戻りますか?」

「う、うーん……」

「面倒……それに、回収されてそう……秘匿性が大事だから、あんなもの、そんな長々と置いとかないだろうし……現に私たちに発見されてる」

 

 しまったなぁ。

 再発防止のために先生に報告するはずが、現物を置き忘れるなんて……

 

「……たぶん、大丈夫……次、気をつけておけばいい……」

「そうですよ小鈴さん! 次があります!」

「次があったら困るんだけどね……」

 

 わたしのうっかりで学校の女子生徒全員に迷惑が……なんて拡大して考えたりはしないけど、でも、それも大袈裟ではないんだよね。

 今から急いで戻るべきかな……

 どうしようか考えていると、横で恋ちゃんが携帯を取り出した。

 

「ん……連絡……つきにぃから……?」

「恋ちゃん?」

「つきにぃが呼んでる……面倒くさい……」

「そんなこと言っちゃダメですよ! 一騎さんはいい人なんですから!」

「むー……んん……?」

「今度はどうしたの?」

「つきにぃから、レスポンス……こすずがいるなら、連れて来いって……」

「え? わたし?」

 

 画面を見せてもらうと『伊勢さんがよければ、一緒に部室に来てもらってもいいか頼んでほしい。強制はしない』という剣埼先輩の言葉が並んでいた。

 

「部室ってことは、学援部の活動のこと、だよね。たぶん……それに、わたし?」

「ユーの時みたいな、ことかも……」

「そっかぁ……」

 

 ユーちゃんの時は、クリーチャー絡みだったからなんとかなっただけで、わたしなんかが力になるとは思えないけど……

 

「部室棟に行く途中に、更衣室に寄れるし……ついでみたいになっちゃうけど、行こう」

 

 断る理由はなかったし、それになにより、先輩の力になるなら……そう思って、わたしたちは学園生活支援部の部室へと向かった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 『学園生活支援部』というプレートのかかった部屋までやって来た。

 ここに来る途中に寄った更衣室では、ビデオカメラは見つけられなかった、恋ちゃんの言うように、もう回収されてしまったらしい。

 そのことに申し訳なさを感じつつ、部室の扉を開く。

 

「し、失礼しまーす……」

「伊勢さん。恋と……ユーリアさんも?」

 

 部室には、剣埼一騎先輩と、もう一人、男子生徒がいた。

 だけど、制服の形が、少し違う。確かこの制服は、高等部の制服だ。

 

「いきなり呼び出してごめんね。とりあえず三人とも、座って」

「は、はい。失礼します……」

 

 先輩に促されるまま、わたしたちは空席に座る。

 わたしと、恋ちゃん、ユーちゃん。剣埼先輩に、高等部の先輩。

 五人が学援部の部室に集まる。

 

「恋はともかく、伊勢さんたちは正式な部員じゃないから、こういうことを頼むのはよくないんだけど……生憎、他の部員は所用で動けなくて、恋だけじゃ心もとなかったから……」

「わ、わたしは大丈夫です。はい」

「ユーちゃんもです!」

「そう言ってくれると嬉しいけど、本当に無理はしなくていいからね。君らが責任を感じることもないから」

「で……つきにぃ。なんなの……?」

 

 恋ちゃんが、本題に入れ、と言わんばかりに先輩を見つめる。

 

「うん。えっと、どこから話そうか……そうだな。先輩」

「なんだ」

 

 と、ここで初めて、高等部の人が声を発した。

 剣埼先輩は、その人を指して言う。

 

「この人は水早(みはや)さんっていって、見ての通り高等部の先輩だよ。うちのOBでもあるんだ」

 

 高等部の先輩は、水早さんというらしい。

 正直に言って、取り立てて特徴があるわけじゃないから、どうにも反応しづらかった。

 

「その水早先輩から、うちに依頼があったわけなんだけど……それが、先輩の弟さんについてなんだ」

「弟さん?」

「水早霜っていうんだけどな。俺と同じように烏ヶ森に通ってて、今は中等部だな。学年は一年で、クラスは確か……Aクラスだったはずだ」

「1―Aって……」

「ユーちゃんたちと同じクラスですね」

 

 なんとなく、話の流れが読めた。

 これはたぶん、ユーちゃんの時と同じ流れだ。

 

「察したみたいだね。きっと君らの思う通りだよ」

「そんでも一応はちゃんと説明する。率直に言うと、俺の弟は不登校状態で、学校側からすりゃ問題児同然でな。俺も手を焼いてるんだ」

 

 やっぱり。

 水早くん。その名前には、聞き覚えがあるような、ないような……先生は出欠を取る時も、学校に来なくなった人のことは飛ばして、生徒に意識させないようにするから、あまり記憶にない。

 一応全生徒の名前が載ってる名簿には、名前があったような気がしないでもないけど、わたしだって全員の名前を完璧に暗記しているわけじゃないし、関わりがない人だったらなおさらだ。

 

「その人は、どうして学校に来なくなっちゃったんですか?」

「…………」

 

 ユーちゃんの純粋な質問に、二人の先輩は口をつぐんでしまう。

 ユーちゃんの時は、実際にはクリーチャーの仕業だったんだけど、表向きは軽い鬱病ということになっていた。

 今回も同じようにクリーチャーの仕業だとは思わない。不登校になるのには、それなりの理由があるはず。

 それはなんなんだろう。

 

「……どうなんだろうな。俺も、あいつがどうして塞ぎ込んでるのか、その明確な理由はよくわからないんだよな」

「ただ、水早先輩が言うには、ここ最近の弟さんの様子が、明らかにおかしいらしいんだよ」

「おかしいって、具体的には、どのように……?」

「急に家から消える」

「え」

「って、言うのは大袈裟だが、家族に黙ってどっか行ってるみたいなんだ。」

 

 家出、というわけではないけれど。

 行き先不明の外出が多い、ってことなのかな?

 

「それと、ちょっと家のものがなくなってたりもするな。俺は……青年向け雑誌だが、俺の兄貴はビデオカメラがなくなってる」

「セーネン……?」

「先輩にしては言葉選びを頑張った方ですが、それもギリギリですよ……」

「とにかくだ。家のものがちっとなくなってんだよな。俺はどうせ兄貴からパクったエロ本だからいいけど、兄貴はビデオカメラを無断使用されて、少しキレ気味なんだよなぁ」

「先輩。女の子もいるんですから、言葉を選んでください……もうメッキが剥がれてますよ」

「家から消えてるって、ことは……ユーみたいに、引きこもってたわけじゃ、ない……」

「お外にはでてるんですね!」

「でも、行き先がわからないまま、急に外に出るって、ちょっと危ないよね……」

「まあ、そうだな。親父もお袋も、基本的にはその辺を心配してる」

 

 基本的には、という水早先輩の言葉に、ほんの少し引っ掛かりを感じた。なにか、含みがあるような。

 あるいは、まるで別のことにも、心配事があるみたいな口ぶりだ。

 だけどわたしたちは、それ以上言及することはできなかった。

 

「で……? その不登校野郎を、どうする……?」

「言葉が悪いよ、恋」

「こいつが剣埼の妹分か……四天寺にも聞いたが、随分な大物だな」

「すいません、先輩。うちの恋が……」

「構いやしないさ。事実だしな。それより、これからどうするか、か」

 

 水早先輩は少し考え込む仕草を見せる。

 そして、しばらくして顔を上げた。

 

「とりあえず、俺の弟がどうなってるかを知るべきだろうな」

「はぁ……でも、水早くん、会ってくれるんでしょうか……?」

「無理かもな。だがまあ、無理なら無理で、それでもいい。うちに来れば、なにかしらは得られるだろう。俺にはなにも感じないあいつの部屋も、剣埼たちなら、あるいは……」

 

 ユーちゃんの時のように、水早くんの家に実際に押し入る、という方針。

 その方法が正しいのかはわからない。

 だけど、他にどうすればいいのかも、わたしにはわからなかった。

 なら、先輩の示す道筋を辿るしかない。

 

「……いいんですか? 先輩」

「しゃーないさ。我ながら回りくどいとは思うが、バレたらバレた時、だ。あいつには悪いとは思うけどな」

「俺も踏み込むラインは慎重になりますが、しかし今回は、相手が相手ですよ」

「わかってる。全部、承知の上だ。だが、そのせいでお前らに、必要のない責任と傷を負わせることになるかもしれないが……そうならないよう、俺も努力する」

 

 なにか、先輩たちがひそひそと小声で耳打ちしている。

 なにを言っているのか、あんまり聞き取れないけど……バレるとか、踏み込むラインとか、責任とか……なんのことだろう?

 

「さて、それじゃあ善は急げだ。早速、(ウチ)に行くとしよう――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「なんで……どうして……!」

 

 辛い。苦しい。

 身体も。心も。

 どっちが本当に辛いのかは、わからない。

 どっちも苦しいけど、どっちがどっちなのか、わからなかった。

 自分がどう生きればいいのか。どういう存在として進めばいいのか。

 昔は彼女がそれを教えてくれた。頼りない兄貴や、理解のない両親の代わりに。

 だけど、彼女はもういない。

 代わりに彼女は残してくれた。彼女の、最後の願いを。

 その願いが、楔のように胸に穿たれている。

 彼女の願いを叶えなければいけない。だけど、どうすればいいのかわからない。

 暗夜を手探りで進むように、不明瞭にもがいている。彼女の求めるものに近づこうと、精いっぱいの努力はしている。

 なのに、なぜだ。

 なにも満たされない。なにも感じない。なにも、どうしようもない。

 辛苦だけが、身体に刻み込まれる。

 

「……ならなくちゃ。絶対に」

 

 変わらなくてはいけない。

 彼女に憧れてた自分を捨てて、彼女が望んだ自分に。

 どうしても。

 

ゴンゴン

 

 無骨なノック音。

 その直後、自分を呼ぶ声。

 “今の姿”はまずい。着替える暇はない。慌てて靴を引っ張り出して、窓に手をかけた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 わたしたちは、水早先輩の家に招かれた。

 水早くんの悩みを聞いて、できれば解決すること。それが学援部への依頼内容。わたしたちは、一応同じクラスだし、ユーちゃんも似た経緯があるから、力になれるかもしれないということで、そのお手伝い。

 水早先輩は、水早くんがなんのために、なにをやっているのか。それさえわかれば後はどうでもいい。学校に戻る必要はない、って言ってたけど、本当は学校に復帰して欲しいと思ってるはず。

 でも、簡単にはいかないよね。なにか、とても大きなものを抱えているみたいだし……

 

「ここが弟の部屋だ」

 

 そして、なんやかんやで水早くんの部屋の前まで来ていた。

 水早先輩は、ゴンゴンと扉をノックする。

 

「おーい、(そう)! いるかー?」

 

 水早先輩が大きな声で呼びかける。

 だけど、部屋からはなにも聞こえてこなかった。

 

「……返事がない」

「ただの屍のようだ……」

「こらっ、恋!」

「じゃあ、物色させてもらうか」

「か、勝手に入っていいんですか……っ!?」

「構うもんか。責任は俺が取る」

 

 と言って、扉を開け放つ水早先輩。

 部屋の中は、少し散らかっている様子があったものの、綺麗な部屋だった。

 そして、わたしの男の子の部屋のイメージとは、大きく違っていた。

 

「わぁ! かわいい部屋ですね!」

 

 ユーちゃんは、開口一番、そう言った。

 レースがあしらわれた、たなびく水色のカーテン。ベッドや机の上に置かれたぬいぐるみ。チェック柄の青いカーペットから、写真立てのフレームまで、女の子らしい調度が見て取れた。

 部屋を見た感じだと、全体的に水色が多い。青系の色が好きなのかな?

 わたしも男の子の部屋に入ったことがあるわけじゃないけど、でもこの部屋の感じは、なんだか男の子っぽくないということだけは分かる。まるで女の子の部屋だ。

 

「……なんか、変」

 

 恋ちゃんがぼそりと呟く。

 部屋が女の子らしいことに言ったわけではないようだった。

 

「恋ちゃん? どうしたの? なにかあった?」

「ん……これとか」

 

 そう言って彼女が差し出したのは、一冊の本。雑誌ぽい。

 表紙には一糸纏わぬ女の人が映ってて――

 

「わ、わわわ……っ!」

「うぉ! 俺の参考資料!」

 

 水早先輩が恋ちゃんから本を慌てて取り上げる。

 でも、ちょっと見えちゃった……

 この部屋の雰囲気とそぐわない本。確かに、少し変かも。

 恋ちゃんは今度は、窓に視線を向けていた。

 

「エロ本広げっぱなし……窓も空いてる……慌てて外に逃げた……?」

「なくもないな」

 

 わたしたちが来たことに気付いていたのかどうかはわからないけど、お兄さんがノックしただけで慌てて逃げる……

 やっぱり、水早くんにはなにかあるのかな。

 

「PCは……流石にロックかかってるか……こっちは……手紙……?」

「恋。あんまり勝手に弄るなよ。いくら学援部への依頼といっても、人の部屋を勝手に漁るのは倫理的にアウトなんだから」

「で、ゴミ箱……ティッシュたくさん……」

「恋! 俺の話、聞いてるのか?」

「んー? なーんか変に未使用感溢れるティッシュの山だな、こいつは」

「先輩も乗っからないでください」

 

 次々と物おじせずに部屋を物色する恋ちゃんと、それを窘める剣埼先輩。

 恋ちゃん、普段は大人しいけど、いざなにかを始めると、積極的というか、なんでも手に付けようとするよね……遠慮がないというかなんというか。

 ユーちゃんは可愛いぬいぐるみの数々に見惚れてる。わたしも、もうちょっと水早くんのなにかを知るための手掛かりを探さないと……

 

「あれ? これ……」

 

 ふと“あるもの”が目についた。

 その瞬間、わたしの中でなにかが繋がった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 一通り部屋の中を見たけど、家探ししすぎるのは水早くんのプライバシーを侵害することになると言って、剣埼先輩によって早々に切り上げられた。

 恋ちゃんは色々と探ってたみたいだけど、概ね表面的なところしか部屋は見ていない。

 だけど、それでもわたしからすれば、大きな発見があった。

 水早くんの家から出て、帰り道。剣埼先輩は別の用があると言って、今はいない。

 わたしと、恋ちゃんと、ユーちゃん。三人で並んで歩いている途中で、わたしhが切り出した。

 

「恋ちゃん。ユーちゃん。わたし、わかったかも」

「ん……私も。このくらいの推理、余裕」

「え? え? お二人はなにかわかったんですか!?」

 

 ユーちゃんはずっとぬいぐるみ見てたから、知らないよね。

 恋ちゃんはやっぱり、気づいてた。

 

「水早くんがなにについて悩んでいるのかはわからないけど……どこに行って、なにをしてるのかは、わかったよ」

「おぉ! 小鈴さん、そこまでわかったんですね! それで、それってなんですか!?」

「水早くんの部屋に、あったんだよ」

「なにがですか?」

「ビデオカメラ」

 

 短く答えると、ユーちゃんは小首をかくんと傾げた。可愛い仕草だった。

 でも、これだけじゃこの子には伝わらないんだ……もう少し、踏み込んで言おうか。

 

「水早くんの部屋で、ビデオカメラを見つけたんだけど……そのビデオカメラはね、わたしたちがこの前、更衣室で見つけたやつと同じ型だったんだよ」

「えぇ!? っていうことは、トーサツマは水早さんってことですか!?」

 

 ユーちゃんの盗撮魔のイントネーションがお芋の名前みたいになってるのはともかく。

 偶然の一致という可能性もあるけど、その可能性は極めて高いと思う。

 水早くんが隠れて外出していることや、ビデオカメラをお兄さんから無断借用していることを考えると、単なる偶然とは思えない。

 

「不登校児だったら、盗撮がばれても犯人として探し当てられる可能性も低い……ゲス野郎の姑息な隠蔽工作……」

 

 と、恋ちゃんは酷評してる。

 だけど、なんか引っかかるんだよね……

 男の子が、その、女の子の着替えとか、そういうのに興味を抱くのはわかるけど……水早くんが本当にそれを望んでいたのかどうか。

 あの部屋はあまりにも女の子らしすぎる。エッチな本はあったけど、あれは水早先輩のものらしいし……

 水早くんがどういうつもりで盗撮をしているのか。その動機が、不鮮明だ。

 少なくともわたしは、男の子だからという理由だけでは、まだ納得できない。

 なんにしても、いつかは水早くんに直接会って、話をしないといけないんだろうけど……

 

「本人に問いただして、正直に言ってくれるかな……」

「データ消したのが裏目に……証拠がない……」

 

 恋ちゃんは理詰めで問い詰めるつもり満々だった。

 そういうの、わたしはよくないと思うんだけど、事が事だし仕方ないのかもしれない。

 だとしても、問い詰めるための材料がないのだけれども。恋ちゃんはしばらく思案すると、ふと口を開いた。

 

「……目には目を、歯には歯を……」

「恋ちゃん? 急にどうしたの?」

 

 ハンムラビ法典の有名な条文を引用する恋ちゃん。いつも社会の授業では寝てるのに。

 有名な条文だから、知ってても別に不思議はないけど。

 なんて思ってるわたしの耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。

 

「相手がカメラで女の着替えを覗くなら……こっちもカメラで盗撮現場を押さえる……」

「え!?」

 

 恋ちゃんの提案は、それはそれは衝撃的だった。あのユーちゃんも絶句している。

 そんなわたしたちの心情なんて微塵も理解していない様子で、恋ちゃんは続ける。

 

「カメラは私が提供する……」

「こ、恋ちゃん! それは犯罪だよ!」

「……ばれなきゃ犯罪じゃない」

「そういう問題じゃないでしょ!?」

「大丈夫……悪用目的じゃない……」

「で、でも、みんな嫌がるよ……」

「そうですよ! 悪いことはダメです!」

「……こすずもユーも、いい子ちゃん……めんどい……」

 

 つまらなさそうに吐き捨てる恋ちゃん。

 実際に水早くんが盗撮する現場を、こっちが盗撮する。確かに、この上ない証拠になるし、相手の裏もかける確実な手段なのかもしれない。アプローチはいいと思う。

 それが、相手のやってることと同じ、犯罪であるということを除けば、だけど。

 流石に法に触れることはできない。もっと、別の方法じゃないと。

 

「水早くんが設置したカメラを回収して、それを突き出せば……」

「自分じゃないとシラを切られたら終わり……」

「そ、そっかぁ……」

 

 でも、犯罪はダメだし、どうしよう……

 その後も、わたしたちは恋ちゃんの犯罪を止めるために、説得を続けた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 目を閉じると、あの日の記憶が蘇る。

 意識が失せると、かつての思い出が呼び起こされる。

 思い出したくないわけじゃない。だけど、“彼女”の存在と、言葉が、ボクに楔を穿つんだ。

 ボクがボクであるために選んだ、ボクの存在証明。

 彼女が僕に遺した言葉は、それを覆す。

 自分が自分であるための証明を失った時、人はどうすればいいんだろう。

 考えに考えた結果、ボクは自分を変えることにした。

 それはボクにとって、転生するのと同じようなことだった。

 だけど、ボクは本当に変われたのかな?

 ちゃんと変わることができたのかな?

 まだ変わり切れていないんじゃないのかな?

 どうすれば、ボクは変われるんだろう。

 どうすれば、ボクは本当のボクを、見つけられるんだろう――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 悲報です。

 結局、恋ちゃんの案は採用されてしまった。

 恋ちゃん、普段は自己主張全然しないし、大人しいんだけど、一度自分の意思を持ったら凄く頑固なんだよね……今回でそれを思い知ったよ。

 ひっそり、こっそり、わたしたちは例の女子更衣室に、ビデオカメラを仕掛けた。

 わたしたちも見つかったら大問題になるし、そもそも同じ場所で盗撮魔がまた現れるとも限らないし、逆に見つかったら打つ手なくなっちゃうし、リスキーすぎる気もするんだけど……

 だけどそんなわたしの不安は、すぐに打ち消されることとなった。

 毎日毎日、カメラを設置しては回収してを繰り返した、三日目。

 遂に目標(ターゲット)を捉えた。

 という恋ちゃんの連絡を受けて、わたしはユーちゃんと一緒に、恋ちゃんの家を訪ねている。

 思えば、ここって剣埼先輩の家でもあるんだよね……そう思うと、緊張する。

 だけど先輩は今はいないようで、すぐに恋ちゃんの部屋に通されたから、緊張もなにも、あまり感じなかったけどね。

 それよりも今は、例の映像についてだ。

 

「こんなに早く成果が上がるなんて、思ってもみなかったよ……」

「私も流石に予想外……相手は素人くさい……」

「はやく見ましょうよ! Beeile dich(はやく、はやくっ)!」

「急かされても困る……取り込んだ映像、流すから……」

 

 恋ちゃんが、ビデオカメラと繋いだパソコンでなにか操作すると、ディスプレイに映像が流れ始めた。

 無音の更衣室。やがてたくさんの人が入ってきた。そこに映ってるのは女の子の――

 

「って、恋ちゃんストップ! これはダメなやつだよね!?」

「ん……間違えた……こっちだったかも……」

 

 恋ちゃんがファイルから別の動画データを再生する。

 危なかった……危うく見ちゃいけないものを見るところだったよ。

 今度も無音の更衣室から始まった。さっきと同じように、人が入って来るけど、今度は一人だけ。そして、明らかに挙動がおかしかった。

 キョロキョロと周りを気にするように視線を彷徨わせて、ひとつのロッカーを開ける。中でなにかゴソゴソと弄っていた。

 カメラを仕掛けているといってもおかしくない所作だった。恋ちゃんが仕掛ける時も、大体こんな感じだった。

 だけど、わたしたちが目を奪われたのは、そこじゃない。

 

「小鈴さん、恋さん、これって……」

「うん……」

 

 わたしたちは、水早先輩の弟さんが、カメラを仕掛けていたのだと思っていた。

 でも、そこに映っていたのは、わたしたちの予想を裏切る姿だった。

 

「女の子……!?」

 

 映像の中にいたのは、紺色のセーラー服の、女子生徒。

 しかもそれは、わたしたちが最初にカメラを見つけた時、更衣室に入ってきた女子生徒だった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「俺の弟は女なんだ」

 

 

 

 わたしたちの予想を裏付けるように、水早先輩はそう言った。

 場所は学援部の部室。わたしたち三人は、剣埼先輩、水早先輩らと向かい合っていた。

 わたしたちが盗撮した例の映像を出すわけにもいかず、ばれたらまずいところだけを隠して、大事な核心部分だけを言ったら、なにかを察したように先輩はすぐ白状した。

 水早くんが女子更衣室で盗撮をしていたことは、ビデオカメラからわかった。だからわたしたちは、彼のことを探ろうと、わたしたちもカメラを仕掛けて、証拠を掴んだわけだけど……わたしたちのカメラに映っていたのは、女の子だった。

 それがなにを意味するのか。その答えが、水早先輩の言葉だった。

 

「弟が……女……」

「? どーゆーことですか? ユーちゃんにはわかんないです……」

 

 ……なんとなく、わたしには水早先輩の言いたいことがわかる。少なくともわたしが感じていた違和感、腑に落ちない感覚、疑問は、先輩の言葉でほとんど払拭された。

 傍でユーちゃんが首をかしげている間、先輩方がなにか言っている。

 

「やはり部屋に入れるのはまずかったんじゃないですか? こんなにも早く、しかもほとんど確信を持って水早君のことがバレてしまいましたよ……」

「まあ、しゃーないさ。正直、この子らに協力を仰いだ時点で、こうなっちまうことは承知の上だ」

「その通りですけど、これに関してはナイーブな問題ですし、軽々しく口にすることは……」

「だとしても、協力してもらってんのに情報を開示しないっていうのは、おこがましいと言えないか?」

「それは……そう、ですね」

 

 こっちもなんとなく感じていたけど、先輩たちはわたしたちに、なにか黙っていたみたい。

 

「悪かったな。本当なら、ちゃんと話しておくべきだったっていうのに」

「でも、分かってほしいんだ。これから話すことは、水早君の大事なところに踏み込みかねない。簡単に人に言えることじゃ、ないんだよ」

「……はい」

 

 ユーちゃんや恋ちゃんはどうなのかわからないけど、わたしは覚悟はしている。たぶんそういうことだろうと、思ったから。

 先輩たちが、おもむろに口を開く。

 

「最初にも言ったが、俺の弟は女だ。生物学上は男なんだが」

「ユーちゃんには、それがどういうことなのかわかんないです……」

「いわゆる、身体は男の子でも、心は女の子って意味だよ。この表現が正確でないということを前提として、わかりやすい似たものを指す言葉を使うなら――性同一性障害、というんだ」

 

 とても回りくどく言う剣埼先輩。だけど、それだけ大事なことなんだと思う。

 性同一性障害……身体の性別と、心の性別が一致しない障害。話にだけなら、聞いたことがある。

 だけど先輩は、一概にそう定義しない。それが、水早くんに対する心遣い、なんだと思う。

 

「だいぶ昔からだ。俺の弟は、確かに男なんだが、女に憧れてるようなところがあってな……小学校までは、しょっちゅう女の格好してた」

「でもそれって、ヘンなんじゃないんですか?」

「そうだね。多くの人から見たら、それは“おかしいこと”と思われてしまうかもしれない。だけど、水早君にとっては、そうじゃないんだよ。ユーリアさんも、日本に来た時、ドイツの生活と違うことがあって、大変だったことはない?」

「あ、あります! 日本人(ヤーパナー)のみなさん、電車が遅れると、とっても怒ってました! すごく、怖かったです……」

「自分からすれば普通のことでも、他人からしたら普通じゃないと思われる。水早君も、同じようなことで悩んでいたんじゃないかな」

「そうだな。学校でも結構、問題だったらしいしな……つっても、あいつには拠所があったんだが……」

「よりどころ?」

 

 言い換えれば、心の支え。

 それがあったから、水早くんは男の子でありながら女の子であっても、やっていけたのだろうか。

 でも水早先輩は、“いた”と過去形で言っていた。

 それって、つまり……

 

「……あいつの幼馴染だ。俺たち兄弟の幼馴染でもあったんだが、一番仲良くしてたのは霜だった。女の姿でいるあいつを肯定した、唯一の女の子だ」

 

 それが、水早くんの拠所。そういうものが、人が、いたんだ。

 でも、それだけでは、終わらない。

 

「だが――その子は、もうこの世にはいない」

「っ……」

「死んだんだ。交通事故だ」

 

 思わず、息を飲んだ。

 死。

 それは、この世界にたくさん溢れていることだし、お話の中でも、ニュースでも新聞でも、色んなところに満ちている概念。

 だけど、わたしたちの認知している範囲では、滅多に見られないものだった。

 凄く近いのに縁遠い。そんな不思議な概念。

 

「伊勢さんたちは知らないかな。今年の三月……春休みの出来事なんだ」

「つきにぃは、知ってるの……?」

「うん。その子は、烏ヶ森の二年生だからね」

「えっ? そーなんですか!?」

「正確には、二年生になる予定だった、だがな」

 

 三月だと、まだ進級はしていない。

 つまりその人は、二年生になる前に、この世を去った。

 

鈴谷凛(すずやりん)さんっていうんだけど、君たちの一つ上の学年の、女の子だったんだ」

「その人が、水早くんの……」

「拠所。わかりやすく言えば、理解者、だな。あの子と霜は幼馴染なんだが、男なのに女の格好したがるあいつを、普通に受け入れてたよ。どころか、服を貸したりもしてたな」

 

 しみじみと語る水早先輩。

 その口振りからも、なんとなくだけど、鈴谷さんがどれだけ水早くんにとって大事だったかが、伝わってくる。

 それに、水早先輩が、水早くんのことを大事に思っているということも。

 

「ってことは、水早くんが学校に来ないのは……」

「リンちゃん……おっと、鈴谷凛の死が関係しているのは、まあ間違いないだろうな。抱えてるものが抱えてるものだし、茶化されたり、冷やかされたりしたことも多かったせいで、人間不信なところのある奴だったんだが、彼女の死以降は、それに輪にかけて他人を嫌うようになったっていうか……明らかに閉鎖的になって、部屋に引きこもるようになった」

 

 心の拠所を失ったから。

 唯一の理解者がいなくなったから。

 だから、塞ぎ込んでしまったというのは、理解できる。

 

「ただ、本当にそれだけなのか。それだけで終わっているのかが、気になってるんだ」

「……?」

「塞ぎ込んでるだけなら、まだ話は単純だったんだ。だけどあいつは、なにを考えてるのか、行き先不明の外出をしたり、兄貴のカメラを無断使用したり、俺のエロ本――じゃない、参考資料を持って行ったりしてる。流石にこの奇行は理解しがたくてな。心配なんだ」

 

 理解できない行動をしているから、心配。

 ただ落ち込んでいるだけならわかりやすいけど、水早くんはそうじゃない。謎の行動を繰り返している。

 それが、水早先輩の不安の種になっている。

 

「だから、それを剣埼に頼んで調べてもらおうと思って、君らにはその手掛かりになってほしかったんだが……悪かったな、黙ってて」

「い、いえっ。とても大事で、繊細なことだってわかったので……もう気にしてません」

 

 先輩たちの言葉で、わたしたちの予想は、これで確信に変わった。

 それだけで、十分だった。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「……どうしましょう」

「とりあえず……推論は裏付けが取れた……証拠もある……」

「うーん……」

 

 悩ましいところではあるよね。

 水早くんが、男と女の性差に悩んでいるのなら、彼が“女装して学校に来ている”という推論はかなりの真実味を帯びる。

 そして、女子の制服を着たショートカットの女の子は、女子の制服を着た水早くんだと考えられる。

 亡くなった鈴谷凛さんは、水早くんに服を貸していたらしい。それも踏まえると、水早くんが女子の制服を持っていることにも、納得できなくもない。それに彼が着ていた制服の校章は、二年生のものだった。鈴谷凛さんは年齢がわたしたちよりひとつ上。彼が鈴谷凛さんの制服を着ていたなら、ここでも辻褄が合う。

 結局は全部推論だけど、さっきの話と併せて当てはめると、当たっているような気がする。

 だけど、問題はそれからだ。

 水早くんが女装して女子更衣室にカメラを仕掛け、盗撮をしている。だけど、それはなんのため?

 男の子が盗撮するのは、まあ、その、わからなくもないけど……女の子になりたがってる男の子が、そんなことをするのかな?

 わからない。

 それに、彼が盗撮をしているということを掴んでも、そこからどう彼とコンタクトをすればいいのかも。

 

「うーん……」

「……とりあえず、ひっつかまえて聞き出すのが手っ取り早い……」

「ランボーはダメですよ、恋さん! メッ、です!」

「面倒くさい……」

 

 剣埼先輩が言っていたように、この問題は、とてもデリケートだ。

 水早くんの心は、確実に弱っている。そして、迷っているし、歪んでいるかもしれない。

 無理やり、乱暴に解決するような手段を取るのは、ダメ、だと思う。それはきっと、水早くんをもっと追い込んでしまう。

 慎重にならなければならない。だけど、慎重になったからって、どうしたらいいのか、なにが最善なのかは、わからない。

 わたしたちは、どうやってこの事件を、解決に導いたらいいんだろう――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ――好きだよ、ソウちゃん――

 

 ボクを苦しめる、彼女の最期の言葉。

 それ以降、ボクは充足感を捨てた。

 可愛いワンピースや、ふりふりのスカートはボクを満足させた。女の子の服は、ボクを幸福にした。

 彼女もそれを喜んでくれた。ボクと一緒に笑ってくれた。

 だけど、彼女が最期に遺していた言葉に、ボクは気づかされた。

 彼女はどうあっても女の子だったということに。

 彼女の気持ちは嬉しい。だけど、それはボクという存在を見つめ直さずにはいられなかった。ボクという存在が変わらずにはいられなかった。

 変えないわけには、いかなかった。

 彼女が好きと言ってくれた。ならボクは、彼女の好きに応えなくてはならない。

 女の子ではなく、男の子として。

 男の子には、どうなったらなれるのか。

 都合のいいことに、ボクには兄貴が二人いたから、二人をサンプルにしようと思った。一番上の兄貴は堅物だから、機材を拝借。軟派な下の兄貴からは、資料を拝借。

 バレているとは思うけど、ボクにはそれを気にする余裕はなかった。

 男の子への成り方を知らないボクは、どんな手でも使う。

 それが、法に触れることであっても。

 倫理的に悪いことであっても。

 …………

 ……でも、苦しいんだ。

 幼い女の子を見ても、スタイルのいい女の子を見ても、可愛いとか、綺麗とか、そんな感想しか湧いてこない。

 男に必要な興奮は、そこにはなかった。

 ボクの心は、完全に女の子になってしまったのか。

 わからない。

 彼女と一緒に女に染まるのは、楽しかったし嬉しかったけど。

 その思い出が、ボクの楔となっている。

 穿たれた穴は痛くて、辛くて、苦しくて。

 ボクはどうすればいいのか、わからない。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 今回は随分と恋ちゃんに主導権を握られてしまっていた。

 水早くんとの接触。これ以上わたしたちができることはないような気もするけど、ここまで踏み込んでしまったからには、大人しく引き下がるわけにもいかないという気もする。それでいて、これ以上は踏み込んでもいけないという気もする。

 そんなわたしの葛藤は、恋ちゃんにはなかったのかな。恋ちゃんは水早くんと直接接触して、話を聞くという手を取った。

 話を聞く、という点ではわたしも納得できなくもないけども……結局はそうしないと、水早くんが抱えているものは見えてこないんだから。

 ただ、どこまで踏み込んでいいのか。そして、わたしたちにその加減ができるのか。特に恋ちゃんにそれができるのか。それが不安だった。

 恋ちゃんは歯に衣着せぬ物言いをするし、言葉の毒も強い。直に話を聞くって言っても、ディベートで相手を論破するわけじゃなくて、水早くんの気持ちを聞き出すことが目的なんだから、言葉で狼藉を働くようなことがあってはいけない。

 わたしはそんな恋ちゃんが、やりすぎないようにストッパーになるべきなんだけど、わたしに務まるかなぁ……?

 ところで、どうやって接触するかというところに疑問を抱くと思うんだけど、方法は単純明快です。カメラで盗撮現場の証拠をつかんだ時とほぼ同じ。

 水早くんが更衣室に入ったタイミングを見計らって、本当にそのままの意味で直接接触する、らしい。

 そんなわけで、わたしたちは更衣室近くの階段の陰に隠れて、水早くんが来るのを待っていた。

 と、その時だ。

 不意に、声をかけられる。

 できれば、こんな時、こんなところで聞きたくなかった声を。

 

「小鈴!」

「と、鳥さん!?」

 

 いきなり、鳥さんがやって来たのは。

 本当に突然でびっくりした。この場にいるのは、鳥さんのことを知ってるユーちゃんと恋ちゃんだけだから、大丈夫だけど。

 

「トリさんです! この前はおわせなりました!」

「なんだ……焼き鳥か……」

「焼き鳥って僕のこと?」

「そう……間違ってない……」

 

 ど、どうだろう。

 当たってたとしても、その呼び方はあんまりだと思うけど……

 

「小鈴、クリーチャーの気配だ。またこの学校で確認されたよ!」

「また……?」

「実は今まで何度か、それらしい気配を察知してたんだけどね。ただ、上手く小鈴と会えなかったり、気配が弱かったりで補足できなかったんだけど、今回は上手くタイミングを合わせられたよ」

「それはよかったね……」

 

 だけど、今はそれどころじゃ……

 

「! 小鈴さんっ。来ましたよ!」

「よし……行動開始……」

「あ、ちょっと待ってっ!」

 

 水早くんが更衣室に入っていくのを確認したらしい。恋ちゃんとユーちゃんの二人が、腰を浮かせる。

 鳥さんのことも気になるけど、今はこっちだ。鳥さんに、今は手が離せない、ということだけを伝えて、わたしも二人の後に続く。

 更衣室に突入するわたしたち。そこには案の定、紺のセーラー服を着たショートカットの生徒――水早霜くんがいた。今まさにビデオカメラを持っているところだった。

 彼はわたしたちを見ると、ビクッと身体を震わせて、その場から立ち去ろうと一歩踏み出すけど、わたしたちが入口を陣取ってるせいで、それもできない。

 一番最後に入ったわたしは、後ろ手で扉を閉めると、彼に問いかけた。

 

「水早霜くん……だよね」

「……ボクのこと、知ってるんだ」

 

 初めて、その声を聞いた。

 変声期を迎えていない、男の子とも、女の子とも言えない、子供の声。

 だけどやっぱり、彼は男の子なんだ。顔立ちも、あどけないし女の子っぽいけど、よく見れば男の子のそれだということがわかる。

 わたしはできるだけ警戒心を抱かせないように、努めて朗らかに話しかける。

 

「うん。わたしは伊勢小鈴です。一年A組で、その、君のクラスメイト、だよ」

「……ボクはもう何ヶ月も学校に来てないけど……今更、ボクのクラスメイトがなんの用?」

 

 気を遣ったつもりだけど、あまり効果はなかったみたい。水早くんは、警戒するように視線を鋭くする。

 さり気なく手に持つビデオカメラを鞄の中に仕舞っている。カメラを仕掛けようとしていたことは、なかったことにするつもりっぽい。

 これは本当にそのまま聞いても、シラを切られてたのかも。

 話の本題も、本来なら彼の持っているビデオカメラについてなんだろうけど、上手いこと話をすり替えられちゃったし。

 だけど、それでもわたしたちのすべきことは変わらない。

 

「君のお兄さんに頼まれたの」

「兄貴に……?」

 

 少し意外そうな声を上げる水早くん。だけど、すぐになにか理解したように気を取り直した。

 

「こんなボクに構うとしたら、真ん中の……お節介にもほどがある。悪いけど、構わないでくれ……これは、ボクの問題だから」

「……女装して更衣室に忍び込んで……女の裸盗撮して……なにがしたいのかさっぱり……なにが、お前の問題、だ」

 

 恋ちゃんが口を挟んだ。

 彼女の声は、どこか攻撃的に感じられる。

 これは、少しまずいかも……

 

「こ、恋ちゃん……」

「恋さん、ちょっと言い過ぎですよ」

「こすず、ユー……黙ってて……」

 

 恋ちゃんの小さな矮躯から発せられる、不思議な気配。

 その圧力に気圧されてしまい、わたしもユーちゃんも、黙り込んでしまった。

 

「女になりたがってるって、聞いたけど……本当に、そうなのかどうか……」

「……それ以上、ボクに踏み込んでくるな」

「実は……もっと考えるべきことが、あるはず……死んだ女に、なにか、吹き込まれた……?」

「……黙れ」

 

 こ、恋ちゃん、それ以上は……!

 わたしが想像していた最悪の展開よりも、さらに悪い方向に進んでいく。

 明らかに二人から、険悪なムードが展開されている。空気が重いし、悪い。

 どうやってこの場を鎮めようかと考えていると、背後から声がした。

 ……背後?

 わたしが最後に入ったから、わたしの後ろには誰もいないはずなのに、と思ったら。 

 

「小鈴」

「と、鳥さん!?」

 

 鳥さんだった。

 ちゃっかり入って来てるよ!

 ここは一応、女子更衣室なんだよ! 鳥さんはオスなんだから入って来ちゃダメだよ!

 ……本当にオス、なのかな?

 いや、そんなことは今はどうでもいい……たぶんどうでもいいんだけど、そんなことを言う間もなかった。

 

「クリーチャーの気配だ。彼から感じるよ」

「え?」

 

 鳥さんの口から、思ってもみなかったことを聞かされる。

 水早くんから、クリーチャーの気配?

 

「クリーチャーの力が溢れつつあるのを感じる……なにか、彼の“核”に触れたのかも」

「核……」

「なんにせよ、彼はクリーチャーに侵食されてるみたいだ」

 

 水早くんが、クリーチャーに憑りつかれてる?

 水早くんが抱えている問題も、クリーチャーに関わること?

 そこまでは鳥さんもわからないけど、なにか、彼の中では様々なものが複雑に絡み付いているようだった。

 わたしと鳥さんがそんなことを言っているうちに、恋ちゃんと水早くん、二人の剣呑な空気はどんどん悪化していく。

 

「私情としては、盗撮されたっていう一点……それ以上に、お前の態度は……ムカつく」

「ボクも、君みたいな輩に、ボクの大切な領域を踏みにじられるのは不愉快だ」

 

 水早くんが、明確に怒りを表した、その時。

 彼の背後に、なにかの影を見た。

 

「っ」

「見えた? 凄いね。変身しなくても、もう見えるようになったんだ」

「見えたというか、一瞬だけ、なんかぞわっとしたよ……人じゃないって確信できる感じ……なんか、怖い……」

 

 視覚的に見えた気がするけど、感覚的にはそうじゃない。なにか、身体の芯に働きかけるように、感じた。

 クリーチャーの、存在を。

 

「……クリーチャー……か……」

「恋ちゃん……?」

「小鈴……ユー……下がってて……」

「恋さん?」

 

 恋ちゃんはなにを察したのか、前に進み出る。

 そんな恋ちゃんの意思に引き付けられるように、水早くんも同じように進み出た。

 それは水早くんの意思なのか。それとも、クリーチャーの意思なのか。

 

「私が……カタ、つける……」

 

 そう恋ちゃんが言った瞬間。

 二人は、戦いの場に立っていた。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 恋ちゃんと、水早くんデュエマが始まっちゃった。

 本当なら水早くんと話し合うための接触だったはずなんだけど……

 でも、水早くんがクリーチャーに憑りつかれているのなら、まずはその前提を取り除かないといけない。

 彼の、本当の気持ちを聞くためにも。

 二人の対戦は、今のところ、どっちもシールドは五枚。恋ちゃんは《霞み妖精ジャスミン》を召喚して、マナを増やしてる。

 一方、水早くんは水のカードをマナに置いてて、まだ動かないけど……

 

「ボクのターン。《メテオ・チャージャー》をマナに置いて、《ネクスト・チャージャー》を唱えるよ」

「火のチャージャー……」

「手札の交換はしない。ターンエンド」

「私のターン……《フェニックス・ライフ》を唱える……山札の上から二枚を見て……こっちをシールド、こっちをマナに置く……」

 

 恋ちゃんのマナに置かれたのは、《悠久を統べる者 フォーエバー・プリンセス》。火と自然のクリーチャーだった。

 

白赤緑(リース)か、珍しいね」

「ビートダウンでもないのに青赤なのも、どっこいどっこい……」

「そうかい。確かにビートダウンみたいに殴らないけど、遅いと思って油断してると、即死するよ」

 

 

 

ターン3

 

場:なし

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:0

山札:28

 

 

場:なし

盾:6

マナ:5

手札:3

墓地:2

山札:24

 

 

 

 意味深なことを言って、水早くんのターン。

 水早くんはマナチャージをすると、素早く手札を切った。

 

「《No Data(ノーデータ)》を召喚だ!」

 

 出て来たのは、直方体の……クリーチャー?

 クリーチャーみたいだけど、なにかの機械に見える。その姿は、クリーチャーとは思えなかった。

 名前もNo Data(情報がない)だなんて、不気味……

 

「小鈴、あのクリーチャーだ」

「え? なにが?」

「あのクリーチャーが、彼の異常の原因だよ」

 

 鳥さんが、機械のクリーチャーを指して言う。

 《No Data》……あのクリーチャーが、水早くんの異常の原因?

 どういうことだろう?

 

「ターン終了する時、《No Data》の能力で、ボクの手札とシールドを一枚ずつ入れ替えるね……ターンエンド」

「シールド交換……トリガー、仕込んだ……?」

 

 《No Data》の能力で、水早くんはシールドを入れかえる。

 シールドを入れかえるってことは、手札にあるS・トリガーを仕込んだって考えられるけど……どうなんだろう。

 

「入れ替え、だね」

「? それがどうしたの?」

「それが、彼の異常なのさ。シールドは楯。言い換えれば、周囲からの“見られ方”だ。外から見られる情報と言ってもいい」

「……?」

「彼は図らずも、それをすり替えられているのさ。彼の内面と外面の落差。表面に出すべき自分と、自分自身の中に潜む自分を、あのクリーチャーによって入れ替えられている……その戸惑いが、彼の心の暴走を引き起こしているんだ」

 

 鳥さんの言うことは難しい。どういう意味なのかよくわからないけど……しっかりと考えてみよう。

 水早くんの内面と外面。それはたぶん、水早くんの抱える“性差”の問題。

 心は女の子でいたくても、身体は男の子。女の子として振舞おうとする自分と、どうしたって男の子である自分。

 今までの水早くんは、幼馴染の存在もあって、その二つを上手く切り替えられていたんだと思う……でも、それがクリーチャーの仕業で、自分の望まない方向に入れ替えられている……?

 

「……酷い」

 

 人の心の問題は、とてもデリケートだ。ましてや、それが自分の性に関することなら、なおさら。

 わたしだって胸が大きくなり始めた時は、周りとの差に凄く悩んだ。いくらそれが当然のことだと言われても、悩まずにはいられなかった。

 水早くんの場合は、どちらかと言えば少数派(マイノリティ)な悩み。それを打ち明ける相手も少なかっただろうし、いなかったかもしれない。ずっと自分で思い悩んでいたかもしれない。

 その心をかき乱すなんて……酷いと思う。

 わたしの中で、なにかが沸々と湧き上がるのを感じた。

 

(恋ちゃん……頑張って……!)

 

 目の前で水早くんに立ち向かう恋ちゃんを応援しながら、わたしは二人の戦いを見届ける。

 

「とりあえず……《幸弓の精霊龍 ペガサレム》を召喚……シールドを一枚追加して、ターン終了……」

「《ペガサレム》か。シールドが増えたけど、それは一時的なものだよね。今のボクには関係ないな」

 

 まだどっちも大きな動きを見せていない。攻撃もしてない。

 ピリピリとした空気のまま、水早くんのターン。

 

 

 

ターン4

 

場:《No Data》

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:0

山札:27

 

 

場:《ペガサレム》

盾:7

マナ:6

手札:2

墓地:2

山札:22

 

 

 

 

 

「ボクのターン。まずは《No Data》の能力で追加ドローして……《極武者カイザー「斬鬼」》を召喚!」

「《「斬鬼」》……?」

「ターンエンド。《No Data》の能力で、手札とシールドを入れかえるよ」

「よくわからない……私のターン、《ペガサレム》の能力で、さっき追加したシールドを回収……」

 

 《ペガサレム》の能力は、1ターン限りのシールド追加。

 1ターン経っちゃったから、追加したシールドは手札になってしまう。

 

「……《「斬鬼」》がいるってことは、殴ってくるはず……ここは、出し惜しまない……殴る」

 

 恋ちゃんはしばらく手札を見つめると、そう呟いて、カードを切った。

 マナゾーンのカードを七枚タップして、タップしたカードを三枚、手に取る。

 

「マナゾーンの《シュトルム》《ホーリー》《フォーエバー・プリンセス》の三体を、進化元にして……」

「!」

 

 手に取ったカード三枚を、重ね合わせた。

 重なったそれらのカードにもう一枚重ねて、バトルゾーンに出す。

 

 

 

「マナ進化GV(ギャラクシー・ボルテック)――《超神星グランドクロス・アブソリュートキュア》」

 

 

 

 な、なにあれ……!?

 マナゾーンのクリーチャー三体を吸収して現れた、物凄く大きなクリーチャー。あれは、鳥……?

 燃えるように輝く大きな鳥。その姿はまるで、不死鳥だ。

 

「《アブキュア》……!」

「《アブソリュートキュア》で攻撃……メテオバーン発動」

 

 メテオバーン。

 その言葉に反応して、《アブソリュートキュア》の下にあるカードがすべて、墓地に置かれた。

 

「進化元三体を墓地に置く……この時、《フォーエバー・プリンセス》の能力が割り込んで、墓地のカードをすべて山札に戻す……それから《アブソリュートキュア》の能力発動……山札の上から三枚をシールドへ……」

 

 一気に、恋ちゃんのシールドが三枚も増えた。

 す、すごい……これで恋ちゃんのシールドは九枚。これだけのシールドがあれば、そう簡単には負けないよね。

 

「Wブレイク……」

「S・トリガー発動! 《無法のレイジクリスタル》!」

 

 シールドを一気に増やしながら攻撃するけど、いきなりS・トリガーが出てしまった。残念。

 でも、状況は恋ちゃんが有利だし、大丈夫だよね……?

 

「使い回されるのは嫌だけど、仕方ないな。パワー6000以上の《アブキュア》を手札に戻す(バウンス)! パワー6000以下の《ペガサレム》は破壊だ!」

「……ターン終了」

「マナを見た感じ、《アブキュア》型の白赤緑トリガービートか……シールドが増えるだけならボクのデッキでは関係ないけど、トリビはちょっとな……」

 

 困ったような表情を見せる水早くん。

 これだけたくさんのシールドがあったら、割り切れないし、困ってしまうはず。

 だけど、水早くんは諦めてなかった。

 

「……いや、でもこの際もう仕方ない。一気に勝負をつけに行くよ!」

 

 ある意味では諦めがついたと言うように。水早くんは、手札のカードを切る。

 

「6マナで《龍素記号Sb リュウイーソウ》を召喚!」

「《リュウイーソウ》……?」

「見せてあげるよ、ボクのコンボを!」

 

 そう言って水早くんは、前のターンに召喚した《「斬鬼」》に手をかける。

 

「《極武者カイザー「斬鬼」》で攻撃! この時、《「斬鬼」》の能力でボクのシールドを一枚、手札に加えるよ! そうすれば、相手のパワー6000以下のクリーチャーを破壊できる」

「私の場に、クリーチャーがいないのに……?」

 

 シールドを手札に加えることで、6000以下のクリーチャーを破壊する能力。

 うーん、なんだか燃費が悪い気がするなぁ。たった五枚しかないシールドを一枚失って、できることがパワー6000以下のクリーチャーを破壊するだけなんて。

 でも、それ以上に水早くんの行動は、わたしにも疑問だった。恋ちゃんの場にクリーチャーがいないのに、わざわざシールドを手札にするなんて。

 シールドを減らすだけなのに、どうしてそんなことをしたんだろう。その答えは、すぐに明らかになる。

 

「クリーチャーなんて関係ない! このシールドが手札に加えられる時、手札に加える代わりに――(ストライク)・バック、発動!」

「……まさか」

 

 恋ちゃんの瞳が、一瞬だけ揺れた。

 わたしも、水早くんからなにか危機的なものを感じた。

 水早くんは《「斬鬼」》の能力で手札に加えたカードを、表向きにする。

 

「《リュウイーソウ》の能力で、ボクの手札にある呪文は、同じ文明のカードでS・バックできる。ボクが捨てるのは火文明の《メテオ・チャージャー》。だから、手札から火文明の呪文を、コストを支払わずに唱えるよ!」

 

 S・バック……これも、教わったことがある。

 確か、シールドを手札に加える時、手札に加わったカードがS・バックで指定されたカードなら、それを捨てることで使えるカード。

 《リュウイーソウ》は手札の呪文に、その呪文と同じ文明のS・バックを付与する。ということは、手札からどんな火文明の呪文でも唱えられるということ。

 わたしにはなにが出るのか想像もつかないけど、恋ちゃんはなにかを察している様子だった。

 そして、水早さんの手から、シールドから加えられたカードが墓地に落ちる。

 直後、凄まじい号砲が轟いた。

 

 

 

「まとめて吹き飛べ――《ティラノ・リンク・ノヴァ》!」

 

 

 

 水早くんが唱えた呪文は……コスト14!?

 流石に目を剥いた。こんなコストの高い呪文があるんだ……14マナなんて、そんなにマナは溜まらない。普通に唱えるのはほとんど無理なんじゃないのかな?

 それにこれだけ大きなコストなら、それだけ強力な効果を持っているはず。どんな効果なんだろう……

 

「《ティラノ・リンク・ノヴァ》……」

「少し古いカードだけど、説明する必要はないみたいだね。まあ、説明するほど難しい効果でもないけど……ね!」

 

 刹那。

 恋ちゃんのシールドが、一瞬で吹き飛んだ。

 

「……っ」

「《ティラノ・リンク・ノヴァ》の効果で、相手のシールドをすべて手札に加えさせる! これで君は丸裸だ!」

 

 再び目を剥くわたし。

 確かに単純だけど、凄く強い効果だ。問答無用でシールドを全部なくしちゃえるなんて……恋ちゃんが増やした九枚のシールドが、全部まとめてなくなっちゃった。

 シールドが増えても関係ないっていうのは、このことだったんだね……

 だけど、効果が強力な分、この呪文には弱点もあるみたい。それは重すぎるコストと、

 

「……S・トリガー、《フェアリー・ライフ》でマナを増やす……《メガ・ブレード・ドラゴン》召喚……、それと、《ペガサレム》二体……シールドを二枚追加する……」

 

 S・トリガーが使えるところ。

 恋ちゃんのデッキはS・トリガーがたくさん入ってる。だから、これで攻撃を凌ぐこともできるかもしれない。

 

「それじゃあ止まらないよ! 《「斬鬼」》でシールドをWブレイクだ!」

 

 そういえばこれって、《「斬鬼」》が攻撃中のことだった。

 途中で呪文を唱えても、攻撃は続くんだ……《ペガサレム》で増えたシールドを《「斬鬼」》がそのままブレイクした。

 これでまた、恋ちゃんのシールドはゼロ。

 

「……S・トリガー、《閃光の守護者ホーリー》……相手クリーチャーをタップする……」

「《No Data》の攻撃が止められたか……仕方ない。ターン終了だ。手札とシールドを入れかえるのも忘れないよ」

 

 だけど、最後のシールドから《ホーリー》が出たお陰で、ギリギリ耐えられた。

 よかった……でも、またシールドがなくなっちゃった。

 恋ちゃん、大丈夫かな……

 

「……決める」

 

 と、思ったけど。

 わたしの心配は、杞憂だったかもしれない。

 

「《ペガサレム》を進化――」

 

 恋ちゃんはもう、切り札を引いていたんだ。

 

 

 

「――《聖霊龍王 ミラクルスター》」

 

 

 

「っ、ここで《ミラクルスター》か……!」

「《ミラクルスター》の能力で、《リュウイーソウ》と《「斬鬼」》をフリーズ……」

「単純とはいえ、二体フリーズは厳しいな……」

「…………」

 

 恋ちゃんは少し考えてから、攻撃対象を宣言する。

 その対象は、水早さんではなく《No Data》だった。

 

「《メガ・ブレード・ドラゴン》で《No Data》に攻撃……相打ち」

「やっぱりこっちから処理するか。慎重だね」

「次に、《ミラクルスター》でTブレイク……仕込んだシールドから」

 

 《リュウイーソウ》と《「斬鬼」》はフリーズで動けないから、放っておいても大丈夫。

 恋ちゃんのアタッカーは《ミラクルスター》《ペガサレム》《ホーリー》。水早くんのシールドは残り二枚。とどめまで行ける。

 と、思ったけど。

 

「S・トリガー《終末の時計 ザ・クロック》だ!」

「《クロック》……予想はしてたけど、本当にあった……」

「《クロック》の能力で、このターンは強制終了! ボクのターンだ!」

 

 ターンを強制的に飛ばしてしまうS・トリガー、《終末の時計 ザ・クロック》。

 このカードの存在を初めて知った時、わたしも驚いたけど……ターンを飛ばして攻撃を止めるって、まず発想が凄いよね。

 ブレイクの途中でもお構いなしに止めちゃうから、水早くんのシールドが一枚残ったまま、恋ちゃんのターンが終わっちゃった。

 

「《アクア・スーパーエメラル》を召喚! 手札とシールドは……入れ替えない! さらにもう一体召喚だ!」

「ブロッカー……」

「このターンは攻撃しても意味がない……なら、ターン終了だ」

 

 恋ちゃんの場には《ホーリー》がいるから、攻撃できるのが《クロック》しかいない水早くんは、攻撃できない。

 ブロッカーが二体いても、恋ちゃんの攻撃できるクリーチャーは三体いる。それに

 

「私のターン……《アブソリュートキュア》をマナ進化GVで召喚……進化元は《罠の超人》《シュトルム》《フォーエバー・プリンセス》の三枚……」

 

 恋ちゃんの手札には、マナ進化できる《アブソリュートキュア》がいる。

 進化クリーチャーはすぐに攻撃できるから、これでアタッカーが四体。今度こそ、とどめを刺せるはず。

 トリガーが、やっぱりちょっと怖いけど。

 

「盾交換しなかったってことは、トリガーはない……? ここは殴るべきか……《アブソリュートキュア》で攻撃……メテオバーンで進化元を墓地に……《悠久》の処理を割り込んでデッキをシャッフル、シールドを増やす……」

 

 一気にシールドが三枚も回復した恋ちゃん。不安な要素はあるけど、今度こそ行けるはず。

 水早くんの最後のシールドが割られる。ブレイクされたシールドを見て、水早くんの顔から、表情が消えた。

 女の子っぽい、男のような、なにもない表情だった。

 

「……来てくれたか」

「《クロック》……?」

「いいや。だったらボクも嬉しかったけどね」

 

 俯き加減だった水早さんは、スッと恋ちゃんを見据える。

 そして、割られたシールドカードを手にして、叫ぶ。

 

「さぁ、勝負だ!」

 

 すると、そのカードを墓地へと投げ放った。

 

「このブレイクで手札に加わったカードは、《無法のレイジクリスタル》!」

「トリガー……」

「だけどボクは、このトリガーを使わない。手札にも加えない。代わりに墓地に捨てて、S・バック発動――」

 

 S・トリガーなのに、しかも強力な《無法のレイジクリスタル》を使わずに、S・バックで捨てちゃうの?

 もったいない。わたしはそう思ったけど、水早くんが考えていることは、わたしとは全然違った。

 それに、わたしよりもずっと、勇気ある行動だった。

 

 

 

「喰らえ――《ティラノ・リンク・ノヴァ》!」

 

 

 

「……っ」

 

 水早くんは、S・トリガーを捨てて、《ティラノ・リンク・ノヴァ》を唱えた。

 その瞬間、《アブソリュートキュア》で回復させた恋ちゃんのシールドが、再び消し飛んだ。

 

「君のシールドには消えてもらう……さぁ、トリガー勝負だ!!」

「……S・トリガー、《ペガサレム》召喚……シールドを一枚、追加する……」

「それだけかい?」

「二枚目……《フェアリー・ライフ》。マナ加速……」

「それで、終わりかな?」

「……終わり。だけど、攻撃は終わりじゃない……《ミラクルスター》でダイレクトアタック」

「《スーパーエメラル》でブロック!」

「《ペガサレム》でダイレクトアタック……」

「そっちもブロックだ!」

 

 ……あれ?

 水早くんのシールドはもうない。ブロッカーもいない。だけど恋ちゃんの場にはまだ、《ホーリー》がいるよね。

 水早くん、もう恋ちゃんの攻撃を防げないんじゃ……

 

「…………」

 

 だけど、恋ちゃんは攻撃しない。

 なぜか、ジッと水早くんを睨みつけている。

 

「トリガーの《レイジクリスタル》を捨ててまで、捨て身の《ティラノ・リンク・ノヴァ》……こんな初歩的な打点計算を間違えるとは、考えいにくい……《ハヤブサ》、握ってる……?」

「言うわけないだろう、そんなこと」

「ブラフの可能性……でも、耐えれば打点揃ってるのに、わざわざそのリスクを冒す必要性はある……?」

 

 ぶつぶつと呟きながら、しばらく考え込む恋ちゃん。

 よくわからないけど、とどめが刺されると分かっててトリガーを手放したから、手札にシノビがあると思ってるのかな。

 でも、シノビで防御できるなら、さっきのトリガー手放しも納得できるかも。

 

「……ターン、終了……」

 

 しばらく悩んで、恋ちゃんはターン終了を宣言した。

 

「ブロッカーを残したね。その判断は正しいよ。これがラストターンだから言うけど、ボクの最後の手札は《ハヤブサマル》だ」

「やっぱり……」

 

 水早さんは、恋ちゃんの予想通り、シノビを握っていた。

 恋ちゃんのシールドは残り一枚しかない。だけど《ホーリー》はブロッカーだから、恋ちゃんのS・トリガー次第では、もしかしたら耐えられるかも。

 

「このデュエマのラストターン、最後の勝負だよ! 《「斬鬼」》でシールドを攻撃!」

「《ホーリー》でブロック……」

「まだまだ! 《リュウイーソウ》で、Wブレイクだ!」

 

 恋ちゃんの最後に残ったシールドが破られる。

 これがトリガーじゃなかったら、恋ちゃんの負け……!

 

「…………」

 

 これが最後のブレイク。

 来て。S・トリガー……!

 

「……残念」

 

 恋ちゃんは、ブレイクされたシールドを捲って、ぽつりと呟く。

 そして、そのシールドを、静かに置いた――

 

 

 

「S・トリガー……《破壊者 シュトルム》」

 

 

 

 ――バトルゾーンに。

 

「っ……!」

 

 最後のシールドは、S・トリガー、《シュトルム》。

 パワー6000以下になるように相手クリーチャーを破壊するS・トリガーのクリーチャー。

 そして、水早くんの場にに残っている《クロック》のパワーは、3000。

 耐えきった……!

 

「そんな……ボクの、負け……?」

 

 水早くんはこれ以上、攻撃できるクリーチャーがいない。

 このターンはこれで終わり、恋ちゃんのターン。

 水早くんにはシールドもブロッカーもない。《ハヤブサマル》がいても、この数なら凌ぎきれない。

 だから、これで、恋ちゃんの勝ちだ……!

 

 

 

「とどめ……《ミラクルスター》で、ダイレクトアタック――」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「…………」

 

 恋ちゃんと水早くんの対戦が終わる。

 結果は恋ちゃんの勝ち。お陰で、水早くんからクリーチャーが剥がれ落ちて、鳥さんが必死についばんでる。

 でも、なんでだろう。

 崩れ落ちて、涙を流す水早くんの姿を見ると、めでたしめでたし、とは言えなかった。

 

「どうして……なんで……どうなってるんだよ……!」

 

 《No Data》は、水早くんが抱いていた気持ちの、内面的な発現と、外面的な発現を、入れ替えていた。

 それはたぶん、彼の男の子としての気持ちと、女の子としての気持ちの居場所を、見失う結果になってしまったのだと思う。

 狂わされたものが元に戻った。そう聞くと、なにも問題がないように感じるけど、水早くんは一度変わってしまった居場所に苦しんで、それを自分なりに落ち着けようとした。

 狂ってしまったものに、自分なりに合わせようとして、それがまた元の位置に戻った……それって、もう一度狂わされたことと、同じだと思う。

 結局は、なにも変わってないんだ。

 鈴谷凛さん、だったっけ。大切な人を失ってしまった、水早くんの傷心は、なにも解決されていない。

 クリーチャーを倒したって、彼が悩んで、苦しむことには、変わりなかったんだ。

 それはとても――残酷だった。

 

「ボクは、どうしたらいいんだよ、どうすればよかったんだよ……女の子でいればいいのか、男の子でいればいいのか……!」

 

 ボロボロと雫を零す水早くん。その姿はあまりにも弱々しく、悲惨で、とても見ていられなかった。

 

「リンちゃん、教えてよリンちゃん……ボクは、君のような女の子になるべきだったの? それとも、君に相応しい、男の子に――」

 

 

 

「――甘ったれるな」

 

 

 

 ぐいっ、と。

 恋ちゃんが、泣き崩れる水早くんの襟元をつかんだ。

 

「こ、恋ちゃんっ」

「恋さん! ランボーはダメですよ!」

「二度目……こすずとユーは、黙ってて……」

 

 わたしたちの言葉に、聞く耳を持たない恋ちゃん。

 恋ちゃんは、言葉の毒は強めだけど、あんな乱暴なことはしない。いったい、どうしたんだろう……?

 

「男とか女とか……そんなことで悩んでるなんて……くだらない」

「く、くだらない、だって……?」

「あなたが男になりたいのは、好きな人のため……だったら、性別なんて二の次。そんなもの、どうでもいい」

 

 どうでもいい。

 そんな強い言葉で、はっきりと、恋ちゃんは水早くんの悩めるものを否定する。

 いや、彼女からしたら、それが彼の真の悩みではないと、言いたいのかもしれない。

 

「そんなその人が好きなら、好きな人のために、自分はなにができるのかを考えるべき……男か女かなんて些末なことを考えるのは、その後でいい……」

 

 どうしたんだろう、恋ちゃん。

 声のトーンが、心なしかいつもよりも低い。淡々としているのに、怒りにも似た、強い感情を感じる声。

 恋ちゃんには、なにか思うところがあったのかな。

 一体なにが……それを考える間もなく、恋ちゃんは捲し立てていく。

 

「女同士とか……そんなものは、あなたがあなたであること、あなたが誰かを好きであることと、なんら関係ない……」

「関係、ない……?」

 

 呆然としている水早くん。そんな彼に、恋ちゃんは最後に、痛烈な言葉を浴びせかける。

 

「男か女かで悩む振りして、本当の問題から目を逸らすな……ちゃんと、自分が好きだと信じた人と向き合え……たとえ、もうこの世にいなかったとしても」

 

 それは、小さない声だけど語調は強く、厳しい言葉だった。

 

「……それだけ」

 

 くるりと、恋ちゃんは水早くんに背を向ける。

 恋ちゃんがこんなに一気に喋ってるところも、こんなことを言うところも、初めて見た。

 わたしたちも呆気に取られたけど、それ以上に、わたしは恋ちゃんの目に、目を奪われた。

 水早くんを叱咤した彼女の目は、とても、優しい目をしていたから――

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 あれから、一週間が経った。

 期末テストや夏休みが近づく頃で、教室内の話題はもっぱらそれらだったけど、わたしの中には別のことが渦巻いている。

 水早くんのことだ。

 ユーちゃんの時は、元々ユーちゃんが明朗軽快な性格で、クリーチャーがいなくなったらその性格が戻っただけだったけど、水早くんはそうじゃない。

 確かに、水早くんからクリーチャーは剥がれ落ちた。だけどクリーチャーは原因の一つで、混乱の一端でしかなくて、それがいなくなったからといって、すべてが円満に解決する問題じゃない。

 実は、水早くんには、性差の問題以外にも、抱えているものがあった。

 それは、水早くんは、鈴谷凛さんが好きだったということ。

 彼の本当の悩み、心の傷は、性差の問題じゃなくて、大切な人の喪失だった。

 後に、鈴谷さん遺した、水早くんに宛てた手紙の内容を知ったわたしたちは、少しだけ、彼の悩みが理解できたと思う。

 水早くんが鈴谷さんを好きだったように、鈴谷さんも水早くんが好きだった。

 それが“男の子として”なのか“女の子として”なのか。その点が大きな問題だった。

 水早くんは、女の子として好きだった鈴谷さんの最期の言葉を受けて、大きな葛藤を抱えたみたい。

 女の子になりたい水早くん。彼の心は女の子のそれだったけど、本当の女の子じゃない。

 そんな水早くんのことを、好きだと言い残してこの世を去った鈴谷さん。彼女は、本当の女の子。

 わたしには同性間の恋愛ってピンとこないけど、水早くんは二重のマイノリティに苛まれていたんだと思う。

 男の子の身体で、女の子の心を持つ性差。

 女の子の心のまま、女の子が好きでいる同性愛。

 どちらも、性というデリケートな問題。

 一つ目の悩みは、鈴谷さんがいたからこそ安定していた。だけど、鈴谷さんがいなくなって、彼女の遺した言葉を聞いて、二つ目の問題が生まれた。

 それと同時に、一つ目の悩みが再発して、そこでクリーチャーにも憑りつかれて、暴走しちゃったんだと思う、っていうのは鳥さんの考察。

 わたしが考えるに、水早くんは男の子になろうとしたんだと思う。

 それが彼の望んだことであるかはさておき、女子更衣室の盗撮も、エッチな本を拝借したのも、男の子の気持ちを知ろうとしたからなんじゃないかな。

 それまで女の子の気持ちしか知らなかった彼が、男の子の心になろうとした。

 その理由はきっと、“男の子として”鈴谷さんを好きになろうとしたから。

 同性愛はマイノリティで否定的に受け取られるものと捉えられがちらしい。その否定から脱却するには、水早くん自身が男の子になるほかない。

 それが、本来の性別に戻るだけ、だなんて思えないけど。

 でも、性差に悩んで、とりわけて敏感だっただろう水早くんにとっては、大きな決断だったんだと思う。

 これから水早くんがどうするのかは、わからない。

 鈴谷さんへの感情と、どう折り合いをつけるのか。女の子の心のままなのか、男の子になるのか。

 剣埼先輩も、なにも教えてくれない。

 もうわたしは、水早くんについて知る術はなかった。

 ここまで関わった仲だし、心配はする。気にもなる。

 でも、軽々しく触れられる問題じゃないから、もう関わらない方がいいのかなぁ……

 と、その時。

 ガラガラ、と。

 教室の扉が開いた。

 それだけならなんとも思わない。誰かが教室に来たんだなって、ただそれだけのこと。

 だけど、なんか教室がざわざわしてる。なんでだろうと、顔を上げると、

 

「っ!?」

 

 思わず、息を飲んだ。

 女子の制服を着たその子は、わたしを見つけると、まっすぐこちらにやってくる。

 

「……おはよう」

「お、おはよう……」

 

 水早くんだった。

 

「学校、復帰したんだね……」

「うん、まあ……彼女に言われたこと、ちゃんと受け止めようと思ってね」

「そっか……でも、その格好……」

「うん。やっぱり自分は偽れないと言うか、こうじゃないと、ボクじゃない気がするからね」

 

 

 

 水早くんの格好は、紺色のセーラー服――女子の制服だった。

 

 

 

「でも、それっていいのかな……?」

「この学校の校則って、制服着用は義務付けられているけど、男子が男子用、女子が女子用の制服を着なくてはならない、っていう記載は一切ないから、大丈夫だよ」

「えー……?」

「って、兄貴と剣埼先輩が言ってたよ」

 

 先輩も関わってるんだ。わたしたちが暴いちゃったことの事後処理をさせちゃったのかなぁ。だとすると、とても申し訳ない。 

 

「水早くん……あ、水早さん、の方がいいかな?」

「どっちでもいいよ。もう、気にしないから」

「……えと、じゃあ」

 

 どうしよう。

 気にしないって言っても、水早くん自身にとっては今でもとても大きな問題だろうし、軽々しく触れられないこと。女の子っぽい呼び方ならそれでいいかと言われると、そうでもない気がするし……

 あ、そうだ。

 

「そ、霜ちゃん」

「え?」

「霜ちゃん」

 

 二度言った。

 わたしの個人的な感性だけど、名前呼びでちゃんづけなら、男の子でも女の子でもありかな、って。

 霜って名前はちょっと男の子っぽいけど、ちゃんづけすれば結構可愛いね

 

「……まあ、いいか」

 

 少し顔を赤らめる霜ちゃん。なにか思うところがあったのか、ただ照れてるだけなのか……わからないけど、許しが出たから、今度から水早くんのことは、霜ちゃんと呼ぼう。

 とその時、また教室の扉が開く。今度は、小柄な女の子――恋ちゃんが来た。

 

「こすず……おはよう……」

「恋ちゃん。おはよう」

「……学校、来たんだ……」

「うん、お陰さまでね」

 

 恋ちゃんは霜ちゃんを見ると、ぼそりと呟くように言う。

 霜ちゃんも、あっさりと答えた。

 この前の一件で、二人にはいろいろあったから、また険悪な空気になるのかもしれないと思ったけど、どっちもあんまり気にしていない様子だった。

 

「君には、お礼を言わないといけない」

「礼……?」

「君の言葉で目が覚めた気がする。確かに、ボクはボクだし、リンちゃんへの気持ちはなにも変わらなかった。まだ、ちゃんと答えは出せてないし、迷っているけれど……でも、悲観することはないって、思えるようになったから。君はそれに気づかせてくれた。だから、ありがとう」

「……そう」

 

 素っ気なく返す恋ちゃん。

 だけど、きっと照れてるだけだよね。

 

「……ねぇ、恋ちゃん」

「……なに……?」

「恋ちゃんって、霜ちゃんのこと知ってたの?」

「……なにが」

「その……霜ちゃんが、鈴谷さんのこと、好きだってこと」

 

 最後に恋ちゃんが霜ちゃんに浴びせた言葉。

 あれは、霜ちゃんが抱えていることを知ってたからこそ出た言葉なんじゃないかと思った。

 少なくともわたしにはそう感じられたから、聞いてみたけど

 

「……さぁ」

 

 はぐらかされちゃった。

 でも、恋ちゃんは霜ちゃんの部屋を一番熱心に探ってたし、どこかで手がかりを見つけていたのかもしれない。

 その真相は彼女だけが知る。恋ちゃんは、教えてくれる気はないみたいだけど。

 恋ちゃんが言うつもりがないなら、わたしも深くは追究しない。それでも、いいかなって。

 

「私はただ……性別がどうとか、なんてことで……好きな人への気持ちに迷うところが、見てられなかった……だけ」

「……そっか」

 

 あんまり恋ちゃんらしくないというか、恋ちゃんにもそういうところがあったんだなっていう驚きが、ちょっぴりあったけど。

 それが水早くんを救ったのなら、恋ちゃんのお手柄だね。

 なんにせよ、だ。

 本日。

 水早霜(みはやそう)くん。霜ちゃん。

 

 

 

 わたしに新しいお友達が、できました。




 というわけで新キャラ、女装男子、水早霜くんです。とはいえ彼については、一筋縄ではいかない女装キャラというか……あんまり女装とか男の娘みたいな属性で見ないで、水早霜という一人のキャラクターとして見る方がいいかもしれません。それは、他のキャラにもおおよそ当てはまることですが。
 誤字脱字、ご意見ご感想等ありましたら、お気軽にどうぞ。
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