「禁断解放――《伝説の禁断 ドキンダムX》!」
憎しみ、恨み、怒り。昏き情念に燃える、禁忌の巨神が顕現する。
しかして所詮は群体であり、主から剥がれ落ちた
彼は二振りの邪槍を握り締め、咆轟する。
それに呼応するように、公爵夫人の肉体に開かれた大口も、絶叫する。
「これこそは我が憤怒! 我が憎悪! 我らを
《レッドゾーン》が疾駆する。その轟音と、《ドキンダム》の慟哭が
「《レッドゾーンZ》の能力で、小癪にも仕込んだシールドを焼却する! 続く《レッドゾーン》の能力で、《ハイオリーダ》と《ティツィ》、共に破壊だ!」
先行する《レッドゾーン》が戦場を蹂躙する。空まで炎上し、大地が焦げ付き、命が散らされる。
無論それだけでは終わらない。背後でそびえ立つ《ドキンダム》が、邪槍を投げ放つ。
邪槍は拡散し、枝分かれ、無数の雨となりて、殺戮の限りを尽くす。完膚なきまで、何者も生きれぬ破滅の世界を創る(壊す)。
「《ドキンダム》の能力で《エイキャ》を封印! 《レッドゾーン》で――Tブレイク!」
ミネルヴァのバトルゾーンは更地と化した。楽団は蒸発し、残ったものは悉くが石化する。
塵のように命が舞う。骸は無惨に打ち棄てられ、煙る炎は苛烈に揺らめく。
地を砕き空を裂く。神聖なる光の神殿は炎上し、罅割れる。荘厳さも清廉さも秩序も、なにもかもが陵辱され、貶められ、崩れていく。
なにもない虚無の道を駆け、刹那。
《レッドゾーン》は3枚のシールドを、一瞬で吹き飛ばした。
「《プーンギ》でシールドをブレイク!」
残った1枚のシールドも打ち砕かれる。
ミネルヴァにシールドはない。しかして背後には、《反反-ロッカー》《レッドゾーンNeo》《ドキンダム》が控えている。
怨敵を噛み潰さんと牙を剥き、眼を血走らせ、脈打つ鼓動に合わせて低い唸り声を上げている。
「貴様を守る盾はすべて砕いた。あとは貴様の胸に邪槍を穿ち、終いだ」
「……我が領土、我が居城、我が神殿。私の王国を踏み荒らして尚その暴言。怒りすら果て、憐憫を覚えずにはいられないな」
「なんだと?」
「慎むがいい。如何に貴様が叫ぼうとも、威を示そうとも、それは彼女の産み落とした力の一欠片、彼女の威光の断片に過ぎない。貴様の振るう力、それ即ち、貴様が忌み嫌う彼女の権能の一片であるのだから」
ミネルヴァの言葉に、公爵夫人の顔は醜く歪む。怒り、苦しみ、嘆き、それらが混沌を為す絶望の慟哭に、黒い肉塊は膨れ上がり、触腕はのたうち回り、大口は絶叫する。
「黙れ! 女王の狗が儂を騙るな!」
「貴様とてわかっているはずだ。彼女は、我らが母は、殺せない。少なくとも、弱き人間には不可能だ。そして、彼女の仔である我らにも。であれば、弱き人を模した、彼女の落し子である貴様らに、彼女が殺せる道理など微塵もない。シリーズの言の葉を借りるのならば、そう、運命か。根源的因果律からして、貴様の願望は破綻しているのだ」
「ほざけ! それでも、我らは、儂は……ッ! 殺す! 女王を! 貴様らも! 我らを呪い縛るすべてのものを!」
「……蔑む気すら失せるほど憐れなり、公爵夫人。しかし、貴様の歯牙は私にすら届かない。私は貴様らとは違う。この身は姫の願いを、母の望みを、主命を受諾した
一身に受けるシールドの破片に手を伸ばす。
「私は【
暗夜の宙。握り締めたミネルヴァの手中に、光が溢れる。
「S・トリガー! 《「
呪詛にすら成り得る公爵夫人の憎悪を受けてなお、その呪いを打ち砕く光。
それは狂信者にとっては絶大な希望に繋がる一筋の明光。しかして常人には、それは狂乱と絶望がもたらす混沌の暗光に他ならない。
ミネルヴァは手札を1枚、虚空へ添える。
「《ヘブンズ・ゲート》を――シールドへ!」
宙に顕現した、門。
今はまだ閉じているが、触れればその瞬間に開くことは免れない。
公爵夫人は、歯噛みする。
(《ヘブンズ・ゲート》……厄介なものを)
ブロッカーの1体2体程度、貫いて押し通せないこともない。
しかし問題は、なにが現れるか。
ここで現れるブロッカー次第では、攻撃を止められる。どころか反撃の準備を整えられる可能性もある。
これまで見えている光のブロッカーは、《ハイオリーダ》のみ。そもそも対象となるブロッカーの数が少ないのか。あるいは偶々見えていないだけか。
「憐れで、愚かしく、許し難き反逆者であるが、貴様とて母の胎より産み落とされた
剣を抜き、切っ先を突きつけるミネルヴァ。
これが最後の通告だと、彼の刃は告げている。
押すか引くか。その一歩を踏み出しあぐねていた公爵夫人は、渇いた笑みを零した。
「……巫山戯たことを。帽子屋でも、もう少しマシな
それは嘲笑だった。高慢で不遜で居丈高。ミネルヴァを嘲り、見下す芽。その程度の者だったのかと幻滅する眼差しだった。
「1億と5000万の妄執。帽子屋の悲願に比べれば、儂の中の憎悪が膿んだ時間はごく短いだろうよ。念の大きさ、重さ。それは誰にも奴には敵わん。重ねた年月で見れば、儂なんぞの害意ですら平々凡々だ」
らしくもない自嘲と自虐。自身への低評価。
そして、帽子屋への敬意。まがりなりにも彼が不思議の国の長であるとことへの承認。
巨大さで言えば彼が筆頭。その他すべての住人は、枝分かれ末端であり、一粒の礫でしかない。
だが、しかし。
「儂は腑抜けた奴らに代わり引き受けてきた。女王を殺すという執念を溜め続けてきた! そうだ、儂は醜き醜女の『公爵夫人』!」
あらゆる醜悪を背負う者。
背負ったものの大きさも、それを積み重ねた重さも、帽子屋の足下にも及ばない。
しかしすべての住人には、役割がある。
あらゆる視座を持つ蟲の三姉弟は、眼。現の境界線を行き来する眠りネズミは、夢。個体でありながら群体であるヤングオイスターズは、仔。情欲に掻き立てられる三月ウサギは、淫蕩。あらゆる概念を産み落とす代用ウミガメは、多産。
母が持つ権能、性質は、一極として個人に委ねられた。
公爵夫人が引き継いだものは、醜悪。
見る者を狂気に陥れるほどの醜き双眸――だけではない。
誰かを害するという、負の念もまた、醜悪極まりない怪物のそれである。
公爵夫人はその害意という“醜悪”すべてを引き受けた。
即ち、【不思議の国の住人】すべての醜悪さ――憎悪、憤怒、害意は、公爵夫人の下にある。
「儂がただの1人でひた走る暴徒だと思うたか、うつけ。たかが“小僧”に説法された程度で、我らの義憤が晴れるものか! その程度で屈する意志であるならば、我らはとうの昔に、女王に傅いておるわ!」
女王に与する気など毛頭ない。
女王への恩讐を忘れてしまえば、公爵夫人は自分の存在意義そのものを見失う。
それは【不思議の国の住人】が抱くべき叛逆の意志の喪失に他ならない。彼らを縛り付ける呪縛への従属の証左となってしまう。
ただ1人で叛逆そのものを背負う者として、膝を折るわけにはいかない。
他の誰をも信じているわけではない。誰かになにかを託そうなどというつもりは微塵もない。
しかしここで屈してしまえば、それは自分達という“総体”すべての絶望に他ならないのだから。
非常に腹立たしいことだ。自意識が怒りの雄叫びを上げている。自分が、自分自身だけでなく、群れとしての不思議の国について考えるなど、苛立ちしか生まないが。
「儂が抱くただ1つの憎悪こそが希望と成り得るのなら、それを手放す気はない。それは決定的な敗北――惨めであろうと、我らは総てが死滅する最後の刻まで、敗北を認めることはなかろうよ」
愚かな選択なのだろうと、理性は告げる。
だが、それがどうした。
愚か者でなければ、絶対的な母神に叛逆など、できるはずもない。
「我が愚考、牙となれ! 我が愚行、彼方の宙へ突き立て! 頂天へ奔れ、《レッドゾーンNeo》!」
正しく超音速。《レッドゾーンNeo》は瞬間のうちに、シールドを叩き割った。
そしてそれは、天国の門扉を叩く一打。
門が――開く。
「S・トリガー発動《ヘブンズ・ゲート》! 《音奏 ハイオリーダ》と《「
通じた先の宇宙。遙かな天上の宙より、祖なる父に付き添う楽団と騎士が呼び寄せられた。
「呪文を唱えたな? 《プーンギ》の能力発動! 《マシンガン・トーク》をGR召喚! 能力で《レッドゾーン》をアンタップする!」
《レッドゾーン》、再起動。
赤き鋼鉄は、再びエンジンを熱し、炉心を燃やす。
「次はこちらだ。《ハイオリーダ》の能力でシールドを追加、《「絶対の楯騎士」》の能力でシールドと手札をそれぞれ1枚ずつ追加。シールドに置かれた《「
ミネルヴァの防戦も負けていない。1枚のトリガーからブロッカーを2体展開、シールドを2枚追加した上で、シールド・セイバー持ちのクリーチャーまで並べる。
しかしそれでも、公爵夫人は走り続ける。
醜い執念でも、邪悪な怨念でも、彼が願った国の未来とは違うとしても、この殺意は間違いなく民のためであり、自分のためであり、総体による悲願なのだから。
「攻撃後、《レッドゾーンNeo》をアンタップ! 止まるな、進め! 再攻撃、そしてS級侵略[轟速]!」
大地が割れる。槍が2本、競上がり、突き上がる。
邪槍に貫かれ、《レッドゾーンNeo》は禁忌に侵される。
その身を醜悪に染めてでも、滾る灼熱の暴威が、彼らを奔らせる。
「墓地より《禁断の轟速 レッドゾーンX》に侵略! 《「絶対の楯騎士」》を封印!」
宙を飛ぶ邪槍。空気が爆ぜ、真空を貫き、巨兵を穿つ。
「Wブレイク!」
「《エイキャ》のシールド・セイバー発動! 裏向きのシールドを守り、《「蒼刀の輝将」》はブレイクされる」
「まだだ! 《レッドゾーン》で攻撃! S級侵略[轟速]を発動!」
しかし墓地には、もう《レッドゾーンX》はない。
それでも侵略はできる。なぜなら、バトルゾーンに、それがいるから。
「バトルゾーンの《レッドゾーンX》を、《レッドゾーン》に侵略!」
S級侵略[轟速]は、手札、墓地、そしてバトルゾーンから侵略可能なS級侵略。
しかしてバトルゾーンからの侵略は、リスクが大きい。なぜなら、[轟速]のS級侵略は、進化元ごと侵略してしまうから。
《レッドゾーンX》の下敷きになっていたクリーチャーはすべて、《レッドゾーン》と統合され、そして《レッドゾーンX》となる。クリーチャーの数を減らしてまで、生贄を捧げてまで、公爵夫人は攻める。
このターンで、殺し切るために。
手を赤く染める。身を黒く浸らせる。
非道な行いでも、それで貫ける意志があるのなら。
彼女は、止まらない。
「《ハイオリーダ》を封印! シールドをブレイクだ!」
「《「光魔の鎧」》でブロック!」
「《反反-ロッカー》! 最後のシールドをブレイク!」
門が開き、壁が現出し。
塵のように揺蕩う欠片を振り払い、宇宙の如き荒廃した極地を駆けて幾星霜の刹那。
再び、白き彼を捉えた。
「疾く失せよ、正義を騙る邪黒の眷属よ」
禁忌の邪槍が迫る。同胞にして仇敵を射殺すために。
邪念、悪念、そのすべてを切っ先に纏わせて――
「S・トリガー発動」
――しかし。
ミネルヴァは静かに指先を虚空に滑らせる。
冒涜的な呪文を唱える。それを鍵とし、天上の扉を開く。
「《ヘブンズ・ゲート》。手札から光のブロッカーを2体までバトルゾーンへ出すが……《「絶対の楯騎士」》のみだ。これをバトルゾーンへ」
「どう足掻いても凌がれる……が、反撃の手となるよりは幾分マシであるか」
殺しきれず、息を切らせながら舌打ちする公爵夫人。
これが公爵夫人の全力全開。力は出し尽くした。もう手はない。
だが、走りきってはいない。ここで殺せなくとも、生きて返すつもりはない。
「貴様が呪文を唱えたことで《プーンギ》の能力発動だ。《ポッポーポップコー》をGR召喚! マナドライブで、貴様のブロッカー、《「絶対の楯騎士」》を破壊!」
「だが、《「絶対の楯騎士」》の能力でシールドと手札を追加する。こちらを手札に、《「蒼刀の輝将」》をシールドに」
「それも粉砕する! 《ドキンダムX》でシールドをブレイク!」
動き出した《ドキンダム》は止まることなく。
そのまま、ミネルヴァの場を蹂躙していった。
ターン6
ミネルヴァ
場:《ベアスケス》《エイキャ(封印)》《「絶対の楯騎士」(封印)》《ハイオリーダ(封印)》
盾:0
マナ:8
手札:8
墓地:7
山札:12
公爵夫人
場:《プーンギ》《ターボ3》《ロッカー》《レッドゾーンX》《ドキンダムX》《マシンガン・トーク》《ポップコー》
盾:5
マナ:6
手札:0
墓地:6
山札:13
禁断解放
公爵夫人の狂気的なまでの暴動により、すべてはボロボロだった。
連続で繰り出した《ヘブンズ・ゲート》により、ミネルヴァも想像以上に手札を消費した。シールドもない。バトルゾーンに現れたクリーチャーも、ほとんど立ち消えてしまっている。
それに、この戦場自体、崩壊寸前だった。
地面は割れ砕かれ、柱は折れ、瓦礫が崩れ落ち、砂礫がサラサラと舞い落ち、天井も抜けて――
「――!」
「あぁ、気付いたようだな」
荘厳な神殿など偽り。神聖さも清廉さも虚に消えた。
遙かな宙は黒々と、混沌の凶星が輝いている。
ここにある崇高な崇拝は、篤き信心は、狂っている。
神殿は神殿でも、ここは祭壇である。崇める神がいて、それは邪神である。
分かりきったことではあった。しかしてその本性を、本来の姿を見せつける。
黒く溶けていく公爵夫人でさえ、戦慄を覚える。
「私の神殿をここまで荒らしたのは、貴様がはじめてだ。公爵夫人」
目が離せない。神殿の外、天上の先、闇の渦巻く宇宙にて爆ぜる暗澹の坩堝。
常人では、気が狂うほどの異様。
「……儂が言えることでもないがな。貴様も相当に醜悪で邪悪だ。光だの、輝きだの、正義だのでひた隠しにしているが、その裏に黒く悍ましきものが、これか」
「隠しているわけではない。そしてこれは、悍ましくもなく、醜悪で邪悪でもない。これこそは、私が姫君より授かった、彼女の権能」
ミネルヴァは、剣を抜く。
白刃を突きつけ、天へと掲げる。
「私は正義を執行する。彼女らに代わり、月光の代行者として、執刀の刃を振るうのだ」
夜空に舞う星々など、有象無象の塵芥。星そのものに意味はなく、それは本来の在り方を隠す翳り。
その星は銀河のために非ず。凶つ星など、生まれた順を示すための言葉遊びに過ぎない。
星々の描く軌跡が魔方陣となり、その先の黒天にこそ求める道がある。
彼の本来の在り方。慈愛と守護を纏った、真の姿。
彼女と繋がった存在である証左。
それは――月。
輝く
「夜天の奥底より出づる光――頂天の月を見上げろ」
天を仰げ。今宵の宙は黒く満ちている。
星を除け。その先に真実が座している。
光を消せ。闇を払え。そこが終着点だ。
「此処なる神殿は我が王国にて。さぁ、儀式の時だ。化身なれども彼女を降ろす門を開け! 7マナで《ヘブンズ・ゲート》! 光のブロッカーを2体バトルゾーンへ! 出づるは《奇跡の精霊ネオ・ミルザム》! そして――」
光の門に剣を挿し込む。それは鍵、遙かな遠くの宙へと狂信を届けるための呪い。
冒涜的な呪詛を吐く。しかしてそれは、暗夜に浮かぶ月への祝詞。狂気に駆られた忌むべき神話的現象。
「此なるは、我が王国に満ちる光と影。輝ける満天の宙、闇夜の奥底まで届く無明の光。月光は、暗き世界にまで満ちている。嗚呼、姫よ、母よ。麗しき天使よ、破滅の魔王よ。私に昏き月の光をお与えください」
彼は詠う。冒涜的に、狂信的に、詩を詠み上げる。
それは崇拝すべき神への賛美。彼方の月へと捧げる信仰の供物。
「貴女の為に月は輝き、闇夜に影は堕ちるのです――」
あぁ、アァ、嗚呼。
宇宙より闇の帳が降りてくる。
天上より光の音が降りてくる。
光と共にある闇、即ち影。
月の影――月光が、降臨する。
「《月と破壊と
ミネルヴァ。彼は銀河に非ず、月光である。