デュエ魔法少女マジカル☆ベル   作:モノクロらいおん

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 50話。区切りはいいけれど、主人公も一切登場しない半端な感じに……まあいいか。
 リハビリと状況整理をこのへんにして、そろそろ本格的に話を動かしていきますよ。


50話「再活です Ⅰ」

 そこは河川敷であった。

 12月の凍てつく風が吹き荒ぶ冬の夜の、河川敷。

 そこに、見るからに怪しい人影が、ひとつ、ふたつ、みっつ。

 

「ハエ太ー。この草、食べられるのよ?」

「まあ大抵の雑草なら、茹でれば食べられるんじゃない? あとハエ太はやめろ」

「おーい姉上。拾ったガスコンロが動かなくなったぞ。今日からまたしばらく手動火起こしである」

「むー、あれ時間が掛かるから嫌なのよー」

 

 バタつきパンチョウ、燃えぶどうトンボ、木馬バエ。

 蟲の三姉弟は不思議の国から出た後、住居を探していたが、連帯保証人がおらず敷金も入れられず、不動産屋で物件を借りることもできなかった。その結果として、住処のないその日暮らし――率直に言うと、ホームレス生活を満喫していた。

 道端の草を食み、虫を喰らい、時々小動物を狩り、泥のような水を啜る。原始時代さながら、木片をこすり合わせて摩擦で火を起こし、雨や川の水でそれらを煮る、という生活であった。

 もはや質素だとか清貧だなんて言葉では語れないほどに惨めで落ちぶれた様相だが、しかし彼女たちはそんな境遇に対し、顔色に翳りのひとつも見せなかった。

 

「今が冬で助かったのよー。死ぬほど寒いけど、乾燥してるから火が起こしやすいのなんの」

「であるな。しかし時折、警官が我々の生活の妨害をしてくるのは感心できぬことよ」

「火はまずいんだろうね、この社会だと。私らの知ったことではないけれど」

「あ、この草甘め。生でも結構いけるのよ」

「そういえば先ほど雀を数羽ほど狩ってきたぞ」

「雀って条例とかで獲るの禁止だったような……まあ関係ないか」

「今夜はごちそうなのよ! パーティー! おっにくーおっにくー!」

 

 どころか、むしろ今の原始人のような生活を楽しんでいる節すらある。

 女王の覚醒も、それによる世界滅亡へのカウントダウンも知っているはずの彼らだが、それを忘れているかのような気楽っぷり。

 あるいは、それは、狂気か。

 

「……随分と愉快な食事ですね、皆々様方」

 

 そんな蟲たちの団欒に、声が掛かる。

 

「うわ、なにこれあり得ない……よくこんな生活できるね、うち、流石にこれは無理……」

「正直オレもドン引きだが、堪えて狭霧ちゃん」

 

 軽薄そうな少年と、蟲たちの生活に引いている少女。

 『ヤングオイスターズ』の兄妹、朧と狭霧だった。

 

「む、貴様らは」

「珍しい客がいたものだね。えーっと……」

「カキちゃんの弟君と妹ちゃん! えーっと、何番目なのよ? 3番目くらい?」

「惜しい、4番目(次男)です。若垣朧ですよ。こっちは5番目(三女)の狭霧ちゃん」

「うち一応、先生の授業受けてたんだけど」

「そうでしたか。そんなどうでもいい記憶は持ってても無駄なので、とっくに捨てました」

「しかして珍客だな。ヤングオイスターズの端末が、我々に何用だ?」

「兄さんの言う通り。私たちは既に不思議の国から去った身。あなた方とは関係ありませんよ。とっとと帰ってください」

「まーまー、ハエ太。そんなカリカリしないのよー。知らない仲でもないし、せっかくのお客さんなんだから、ちょっとお喋りするのよー」

「姉さんがそう言うなら……けどハエ太はやめろ」

「……ご厚意、痛み入ります」

 

 恭しく頭を下げると、朧は逡巡する。

 兄姉以外にはとにかく冷淡な木馬バエ。豪快だが同時に矜持と我の強い燃えぶどうトンボ。そして、朗らかだが、超越的視座を持つバタつきパンチョウ。

 彼らを相手に、どのように説得するか。

 一瞬のうちに思考を巡らせ、そして、

 

「……不思議の国に、戻ってきてくれませんか?」

 

 率直に、言った。

 のらりくらりと騙しても意味はない。今はただ、切実である。

 だから、朧はまっすぐ、そのままの言葉を口にする。

 

「オレたちは女王への反乱を決意しました。もう手遅れかもしれないけれど、遅きに失したのだろうけれど。公爵夫人様の意志を汲み取るには、あまりにも遅すぎたとわかっているけれども。こんな最悪の状況になってはじめて抗うことを覚えるだなんて、愚かの極みであると承知はしている。その上で、オレは決起しました」

「…………」

「これは生存を望んだ長女の志でもあります。ヤングオイスターズはもう、オレと狭霧ちゃんしか残っていない。ほとんど崩壊した種だけれども、せめて喪った姉兄妹弟の遺志は継ぎたい。それが今のオレにできる数少ない贖いであり、責任だから」

 

 飄々と、のらりくらりと、その場凌ぎで騙くらかして生き延びてきたが。

 あまりにも漫然と、惰性で生きすぎた。

 長女は必死に、死なないように生きていた。不思議の国としてもそうだったが、それは違う。

 生きるとは、死なないことではないのだと、思い知らされた。数多くの仲間を喪い、居城を剥奪され、絶望の淵に立たされて、ようやく理解できた。

 

「一方的で身勝手なのは承知の上。正直、まともな策も公算もない。あなた方へのメリットもなにもない。だからただのお願い、懇願です。オレたちを助けて欲しい。力に、なってください……!」

「う、うちからも、お願いします……」

「……だってさ姉さん」

「さてどうしたものか、姉上」

「えー?」

 

 若牡蠣たちの必死な懇願に、バタつきパンチョウは能天気なほど気の抜けた声で、

 

 

 

「いーんじゃない?」

 

 

 

 承諾した。

 

「え? あ、えっと……あっさりですね?」

「だってカキちゃんの弟君たち、困ってるのよ? だったらお助けするのはやぶさかではないっていうかー、当然みたいな?」

「……国から出て行った以上、オレたちに力を貸すことはもうないのとばかり思ってましたよ。女王を倒す算段だってないのに」

「そりゃそうなのよ。お母さまは絶対倒せないのよ。無理無理、みんな死んじゃうのよ」

「え……」

 

 朧は言葉に詰まる。

 さっきまでの朗らかさはなんだったのか。いや、その明るさのまま、まるでトーンを変えず、彼女の気は地続きであった。

 

「あなたたちの力にはなる。できる限り助ける。でも、私の考え……じゃないか。世界の真理は変わらないのよ」

 

 ゆるく、どこか諭すように、バタつきパンチョウは言う。

 

「ハートの女王、お母さまは“絶対”なの。あれは存在そのものが、この星の規格と不釣り合いなほど超絶大なのよ。格が違う、次元が違う、それが言葉そのままの意味。理屈も論理も常識も意識も、なにもかもが別格。同じ土俵にいないのよー」

「えっと……それは、わかってますけど――」

「わかってないのよ」

 

 スパッと、彼女は言い切った。

 一瞬だけ、彼女の声が凍える。

 それは真冬の川風よりも、冷たく突き刺さる。

 

「私には、ちょっとだけ“視える”のよ。そして同時に、今まで何度も“視てきた”のよ。お母さまが如何なるものか。言葉では言い表せない脅威、恐怖、狂気。邪悪と闇の権化であって、言の葉では語り尽くせないほどの混沌。倒すとか、殺すとか、そういうのは埒外なのよ。奇跡が起こっても渡り合うなんて無理。だってマジモンの神様だもん」

 

 朗らかに、能天気に、気楽に。

 バタつきパンチョウは、誰よりも現実を、絶望を受け入れていた。

 

「私はそれを理解しているのよ、だから余生を静かに暮らそうと、弟たちと国を出た」

「…………」

「姉上……」

「まあ帽子屋さんにカチンときたのもあるけどね。とにかく、お母さまはもうどうしようもない。残った時間をどう使うかでしかないのよ」

 

 あまりにも残酷すぎるが、しかしてそれは事実。

 淡い希望など幻想。朧はそれを、叩き付けられた。

 反論の余地などない。自分が、淡いという言葉ではぬるすぎるほどの、蜘蛛の糸よりもか細い、理論上ですら可能とは言えないような、奇跡を求める以上の強欲で、無に等しい可能性にしがみついているだけ。

 それに比べて、誰よりも「世界が詰んでいる」ことを理解し、実感し、開悟した彼女の言葉は、なによりも重い。

 

「でも、だから、あなたたちがその残り時間をどう使うかも自由だと思うのよ。私は絶対無理だと思うけど、無理だから諦めろなんて言わない。国を離れたって仲間だもの、助けがいるなら力を貸すのよ」

「……はい。ありがとう、ございます……」

 

 素直に喜べなかった。

 それはつまり「どうせ最後にはみんな死ぬ。手を貸そうが貸すまいが同じだから、手伝ってもいい」という意味だ。

 一歩前進したはずなのに、気持ちは沈む一方だった。

 楽観を叩き割られた朧に反して、バタつきパンチョウはコロコロと表情を変える。もはや達観しすぎて、狂気を感じるほどのにこやかに笑っていた。

 

「んー、じゃあとりあえず、一旦お屋敷に帰るのよー。ウサちゃんと久し振りに遊ぼうかな」

「あの害獣の遊びって、ほとんど淫婦の夜遊びじゃないか。なにするんだ?」

「ハエ太の言ったままのことだけど?」

「え?」

「あ、いや……えーっと、その、今『三月ウサギ』さんは……」

「ウサちゃんがどうかしたの?」

 

 そういえば、彼らは屋敷が襲撃されたことを知らないのだった。

 手短に、朧は今までの経緯を話す。

 

「現在、不思議の国は少数の生き残りがいるだけで、ほとんどの民は討たれてしまいました。その中には、『ヤングオイスターズ』の長女に、三月ウサギさんや、公爵夫人様も……」

「うそっ!? ウサちゃんに、夫人様まで……」

「夫人殿を打破するとは、相当な手練れだな。して相手は何者だ?」

「ここまでの話から察するに、女王様と無関係じゃなさそうだけれど」

「はい。オレたちもそう予想しています。そしてその敵の名は――」

 

 と、朧が続けようとした、刹那。

 

 

 

「――【死星団(シュッベ=ミグ)】」

 

 

 

 月夜の宙に、男の声が響く。

 一同が振り返ると、そこには、白い総髪をなびかせ、白刃の剣を帯びた影がひとつ。

 微かな月光に照らされた凶星(まがつぼし)が、妖しく輝いていた。

 

「我が名はミネルヴァ・ウェヌス。【死星団】がⅠ等星(モノステラ)、始まりに輝く者。貴様らを処断すべく馳せ参じた」

「2番! メルちゃんもいるのですよー。ゆるーく深夜配信しながらまったり残党狩りなのです」

 

 ミネルヴァと名乗る男の背後から、ひょっこりと青髪の少女が顔を出す。

 その2人を見るや否や、朧と狭霧の顔色が変わり、血の気が引くように青冷めていく。

 

「お前、たちは……!」

「あ……ぅ、あぁ……」

 

 恐怖がフラッシュバックする。数々の仲間、兄弟姉妹を喪った事実が、槌で殴られたような衝撃を叩き付ける。

 体が硬直する。思考が纏まらず、震える感覚だけが全身を支配する。

 

「そこな小僧と小娘、ヤングオイスターズの兄妹だな。あの時は3番目の次女に邪魔され取り逃がしたが、今宵は逃さぬ」

「えー、ミーナさーん。今回そっちはあたしにくださーい。なのです」

「む。メル?」

「実はちょうどいいのを持ってきてるです。今回はちょっとー、実験というか試験運転も兼ねようかなーと、思ってるのですよ。で、やっぱ“コレ”おお相手なら、彼らが適任そうなのです」

 

 メルと呼ばれた少女は、虚空に指を滑らせる。星をなぞるように、奇妙な図面を引くように、指先でなにかを描く。

 すると彼女の背後の空間が捻れ、穴が空く。空間に穴が空くというだけでも奇天烈だが、さらに奇妙なことに、その奥にはさらに空間が広がっている。培養槽のようなものが立ち並んだ、薄暗い実験室のような場所。そこから、ゆらり、ゆらりと、なにかがゆっくりと這い出てくる。

 

「……!」

「え……うそ……?」

「これは……!」

 

 蟲の三姉弟らは、吃驚を見せる。

 しかしそれ以上に、ヤングオイスターズらは、平静を崩し、あまりの衝撃に目を見開く。

 落ち着いてきた思考が再びフリーズする。体の震えは新たな恐怖と激情に上塗りされる。

 それは黒々とした肉の塊。腕も足も、爛れたように膨れ上がり、ふやけたように皺だらけ。それらは海藻のように広がり、海を漂うように長い触手として枝分かれし、伸びている。もはや、どこまでが腕で、どこまでが足なのかさえわからない。

 どこか落ち着かない様子で、ぐじゅぐじゅと肉塊の表面を泡立たせている。それはまるで、溺れ死なないよう必死に水面に顔を出す土左衛門か、あるいは死の間際になにかを訴える屍のようだった。

 わかる。これはハートの女王の落し子、黒い森の子山羊、即ち自分達の本性そのもの。

 しかしそこには決定的な歪みがあった。黒藻に絡め取られるように、真中に据えられた顔。歪んでいても、虚ろでも、それだけは、見間違えようがなかった。

 

「そん、な……あ、あなたは……!」

「くふふっ、よかったのです。これは感動のご対面、なのですよ?」

 

 悪戯っぽく微笑む少女。

 声にならない声をあげる兄妹たち。そうしてなんとか、朧は絞り出した声で、“彼女”を呼ぶ。

 いるはずもない。生きているはずもない。命脈が尽き、活動限界が訪れたはず。見限って、見捨てて、切り捨てたはずの、彼女を。

 

 

 

「――お姉ちゃんっ……!?」

 

 

 

 『ヤングオイスターズ』の長女、若垣綾波(アヤハ)

 年老いた若牡蠣は、変わり果てた姿で、舞い戻ってきたのだった。




 黒い仔山羊は有名だけど、ほぼ同じ存在であるダーク・サルガッソーは非常にマイナー。まあ探索者が水中に潜ることなんてほぼないしな……
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