彼女達が笑うために   作:怠さの塊

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8話

下に戻れば少しは落ちついたのだろう亘史さんが座ってお茶を飲んでいた。

どうしてこうなったのか訳を聞くと、どうにも子供に良いところを見せようと仕入れた小麦粉を一気に運ぼうとしたことでギックリ腰になったらしい。

そして、沙綾は日頃の練習と手伝いで疲れからか風邪を引いてはいたが、千紘さんに無理をさせられないとのことで手伝いをしていて今になって限界がきたとのことだった。

 

「はぁ、状況は分かりました。なら、俺をここで雇って下さい。亘史さんの腰が治るまでの間くらいは」

 

「けど、君にはボクシングの練習があるだろう?それなのに悪いよ」

 

「向こう1週間は休むよう言われました。それに、無理して前みたいに千紘さんが倒れたらまた沙綾が悲しみますから。嫌ですよ俺は、世話になってる人が倒れるのも悲しむのを見るのも」

 

それを聞いた亘史さんが少し考える仕草をしながらお茶を飲む。

正直な話この家の人達には昔から世話になりっぱなしだから、大きな恩がある。だから、そのためにもできることは何でもやるつもりだった。

 

「はぁー 、このやり取りを前にもした気がするよ」

 

「奇遇ですね。俺もそんな気がします」

 

「あの時も君に助けて貰ったからこんな時まで頼るのは良くないと思っているのだがね」

 

「俺は昔の恩を今もまだ返しきれてないと思っています。それに、知り合いが困っているのを見過ごせるほど俺は落ちぶれてはいませんので」

 

「何を言っても譲らないか。君のそういう所は沙綾によく似ているよ。じゃあ、タクミ君 僕の腰が治るまでバイトとしてよろしく頼むよ」

 

「分かりました。明日からお願いします。とりあえず、今日は店の方片付けて来ますね」

 

後片付けの済んでない店の掃除を手早く済ませる。

疲れ切った身体など山吹家の皆さんのためなら休める理由にすらならなかった。

掃き掃除を終え、水気をきったモップで床を拭き仕上げに取り掛かる。

片付けを済まして、入り口看板をひっくり返しcloseの表記に変え入り口に鍵をかければやることは全て終えた。

 

「後片付けは終わりました。じゃあ、俺帰りますから明日からお願いします。」

 

荷物を取り、帰ろうとすると後ろからシャツを掴まれた。

振り返ると、純と紗南が掴んでいた。

 

「これはどっちの入れ知恵ですか?」

 

「あら、なんのことかしらね?あなた」

 

「さあ、よくわからないな そうだ、タクミ君こんな時間なんだ今日は泊まっていきなさい」

 

「最初からそのつもりだったんじゃないんすか?」

 

そう言って、荷物を置き手に持った惣菜をテーブルに置く。

どうやら、今日は1人寂しく食べる夕食ではなくなったらしい。

いつものように冷たい食事ではない、家族の温かさに満ち溢れた温かいものであった。

 

 

 

食べ終えたリビングでは、皿を洗う水音だけが鳴り響き静かな時間だった。

 

「ごめんね。手伝ってもらっちゃって」

 

「そんなこと言わないで下さいよ。昔から世話になってるし、今日は泊めてもらうんですから家事くらい手伝わないと申し訳ないですよ」

 

無言で皿を手渡されると、それを拭き並べていく。

それは、いつも家でやる作業となんら変わらない筈なのにいつもとは違っていた。

 

「お母さーんお風呂入ろうー」

 

「紗南ちょっと待ちなさい。タクミ君先にお風呂に入って来なさい」

 

「いや、コンビニ行かないといけないので千紘さん先に入ってください。俺はシャワー浴びるだけなので」

 

そう言って、最後の皿を洗い並べて鞄から財布を取り出しコンビニに向かった。

 

 

帰ってくる頃には、10時前だったためか純と紗南の姿が見えなかったためきっと、もう寝たのだろう。

 

「おかえりなさいタクミ君」

 

「ただ・・いま?」

 

「あら、どうして疑問形なの?」

 

これまでおかえりなさいと言われたことがあまり無いためどうしても戸惑ってしまい、上手く返せなかった。

 

「いえ、パン屋って朝早いからもう寝てるのかなと思ってまして。あ、すいません冷蔵庫借りていいですか?」

 

許可を貰い、冷蔵庫に炭酸飲料と沙綾が食べやすいようなゼリー飲料やスポーツドリンクを冷蔵庫にいれた。

 

「沙綾の分のゼリー飲料とスポーツドリンク買ってきたんですが、沙綾は?」

 

それを聞いた千紘さんは首を振った。

 

「あの子にずっと無理させてるのよね。昔から、もっと自分の好きなことをやって欲しいんだけどね」

 

そう言って、目を伏せる千紘さんにどんな言葉を掛ければいいのか分からず戸惑うしかなかった。

ここで、責任を取れない言葉をかけれるほど俺は最低にはなれなかった。

 

「沙綾にもきっと支えてくれる良い人が見つかるよ」

 

亘史さんがそう言いながらこちらを見てくるが俺にはその言葉に頷けなかった。

 

「すいません、明日は早いですよね?俺シャワー浴びて早めに寝ます」

 

逃げるように着替えをもって風呂場に逃げ込みシャワーを浴びる。

昔、女性の先輩からお前は究極の女たらしだからそのうち背中刺されて死ぬぞと言われたことを思い出した。

 

「気のあるような態度を取って、傷つけて。そんなことしてるとマジで刺されるよな」

 

誰に言うでもない独り言だけが風呂場に響く。

 

 

風呂から上がり、リビングに戻ると千紘さんはまだ起きていた。

 

「寝ないと身体に悪いですよ千紘さん」

 

「沙綾のタオルを替えたりしないといけないのよね」

 

そう言って、マグカップにお茶を入れてくれた。

マグカップを受け取り、暑いお茶を冷やしながらちびちびと飲んでいく。

温かい煎茶を飲み息を吐いた。

 

「俺がやっときますよ。今日は、試合以外は結構寝てるので」

 

「けど・・・タクミ君に悪いわ」

 

「千紘さんが倒れたらまた沙綾が自分のせいだとか言い出しますよ。それに俺をもっと頼って下さいよ。亘史さんも千紘さんも」

 

前に千紘さんが倒れた時にも沙綾とだいぶ揉めたがあの時は昔世話になったからと一喝して何も言い返させなかった。

 

「タクミ君も結構頑固よね。じゃあ、お願いしようかな」

 

「頑固って言うよりは、千紘さんが心配だから言ってるんすよ」

 

立ち上がった千紘さんから湯のみを受け取り、自分のマグカップと一緒に洗う。

寝室に向かう千紘さんを見送りながら片付けをしていくと

 

「タクミ君 沙綾に手を出すなら静かにね。純と紗南が起きちゃうから」

 

「いや、出しませんよ!」

 

最後の最後に爆弾を落として寝室に向かう。

何故、知り合いの母親にはああも頭が上がらないのか不思議でしょうがなかった。

手を拭き、沙綾の氷嚢を変えるために二階に上がる。

ベッドに眠る沙綾の額から氷嚢を取り、頭を撫でる。

 

「お前は頑張り過ぎなんだよ。なんでもかんでも一人で考えこむのは悪い癖なんだからさ。もっと周りに甘えろよな」

 

「ん・・お母さん?」

 

頭を撫でていたせいか沙綾を起こしてしまったらしい。

すぐに手を退けて、ベッドの横に座り込む。

 

「悪いな。千紘さんはもう寝たよ」

 

「え、タクミなんでここに?」

 

「明日から1週間ここでバイト。それと、今日はもう遅いから泊まることになったんだ」

 

「ごめんね・・・お父さんと私のせいだよね?」

 

「謝るなよ。知り合いそれも昔に世話になった人達が困ってたら助けるのは当然だっての。それより、何か食べれそうか?」

 

「うん。少しお腹空いたかも」

 

「そっか、ならゼリー飲料とかあるから取ってくるよ」

 

階段を降りて、冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクとゼリー飲料そして、ジンジャーエールを持ち部屋に戻ると、真っ白な下着姿で着替え途中の沙綾がいた。

 

「悪い。ノック忘れてた」

 

ドアを勢いよく閉め、沙綾が着替え終わるまで外で待つことしていると、中から呼ぶ声があった。

 

「いいよ、着替え終わったから」

 

無言でドアを開くと、そこにはベッドに頭まで布団を被った沙綾がいた。

再度、ベッドの横に座り込みゼリー飲料を取り出した。

 

「悪かった。ノックしとけば良かったな」

 

謝ったが、何も言わない沙綾に痺れを切らし、布団を奪い取るとそこには、顔を赤くした沙綾が最後の抵抗とばかりに手で顔を隠していた。

 

「きゃっ」

 

腕の隙間から見える首元が若干えろく見えるのは思春期だから仕方ないのだろう。

袋からキンキンに冷えたゼリー飲料を剥き出しの首元に押し付けると、可愛らしい声が出て笑ってしまった。

 

「恥ずかしがってないでないでさっさと食べて薬飲んで寝ろよ」

 

「私下着姿見られたんだけど」

 

ジト目で睨まれても素知らぬふりをしてゼリー飲料を開けて手渡すと不満気な表情で受け取り、口に含む。

その姿に笑いながら、ジンジャーエールを飲み始めた。

飲み終えたゴミを受け取り蓋を閉めもう一つ手渡した。

 

「・・・ありがとう」

 

「気にすんな」

 

無言の時間に耐えかねて、沙綾を見ると目が合い、すぐに視線を晒される。

 

「そんなに下着姿見られたことが 痛いな」

 

言い終えない内に顔に枕が当たる。

仕返しとばかりに枕を手に持ち、顔を埋めた。

 

「沙綾の匂いがする」

 

ちらっと沙綾を見るとまた顔を赤くして、口をわなわなしながらこちらを見ていた。

いや、本当弱ってる沙綾可愛いくて仕方ない。

ニヤニヤしながら再度顔を埋めると今度はペットボトルが飛んできて頭に当たる。

あまりの痛みに悶絶していると、ベッドから出てきた沙綾が枕を奪って戻って行った。

 

「最低 変態」

 

「沙綾。男ってのはみんな変態なんだからな」

 

「なんでそんなに自信満々で言うかな?」

 

「風邪引いてる沙綾を弄るの楽しいから。それに冗談言って笑って欲しかったかったんだよ。弱ってる沙綾も良いけど、いつも通りの沙綾じゃないとね」

 

食べ終わったゴミを受け取り、薬とお茶を手渡すと沙綾は無言でそれを飲んだ。

 

「さあ、飯食って薬飲んだら早く休め。みんなお前のこと心配してたからな。あと、喉乾いたらベッドの横にスポーツドリンク置いてるからこれ飲めよ。何かあったら電話してすぐに来るから」

 

ベッドに寝転がる沙綾が手を出してきた。

 

「ねぇ、タクミ 眠るまで手繋いでて欲しいな」

 

無言で差し出された手を握ると安心したように目を瞑った。

そして、静かに呟いていく。

 

「私はタクミに酷いこと沢山言ってきたのにさ、タクミは私が困ってたら絶対助けてくれたよね」

 

「俺が小学校通ってた時から沙綾や千紘さんと亘史さんには世話になったからな。恩は返さないと」

 

「普通ならあそこまで言われたら優しくはしてくれないと思うけどね」

 

「違うよ沙綾。俺はあの時救われたんだ。入学当初からランドセルじゃなくて、バックパックで身体の小さい小学生には全く合わないような

ぶかぶかの大人服しか着ないような変な奴に話し掛けてくれて。周りは誰も話し掛けてもくれなかったのに沙綾は違ったんだぜ」

 

小学校の時から周りとは格好が違っていたため周りの子供からしても異質で誰とも仲良くなれなかった俺にたまたま隣の席だった沙綾が話し掛けてくれた。人の優しさなんて知らなかった俺に優しさを教えてくれたのは氷川家と山吹家の皆さんだった。

それから巴達と話すようになり交流が広がった。

きっとあの時沙綾が話し掛けてくれなかった今の俺よりももっと酷い性格をしていたと思う。

だから、山吹家の皆さんには感謝しかない。

 

「私のお父さんとお母さんを取らないでだっけ?」

 

「うん、いつも遠足の時タクミがパンを弁当代わりにしてるのを見かねた母さんがタクミの分作ってくれて、最初はどうも思わなかったけど三年生になる頃にはなんで家族でも無いタクミに弁当作るんだろ?

なんで優しくするんだろうってずっと思ってたんだ」

 

「最終的には、弁当を顔にぶちまけられて私のお父さんとお母さんを取らないでって大泣きして走って行ったよな」

 

「あの時は、タクミにお父さんとお母さんを取られると思ってたんだー。今思えばタクミに優しくしてた理由なんて分かるし、我ながら酷いことをしたなって思うよ」

 

沙綾も沙綾で色々思う所はあったらしく、その心境が今語られたこの状況は少しだけ居心地が悪かった。

 

「そうでもないさ。あの時は、沙綾に申し訳ないなってずっと思ってたし、あの時は千紘さんや亘史さんに甘え過ぎだったと思うから」

 

「その後からは私達は全く話さなくなったよね。卒業してからもずっと、久々に話したのも私がバンド組んでドラム練習し始めた時だったっけ?」

 

「小5の時に同じクラスなったけど、あの時はすぐに問題起こしたもんな。久々に話したのも知り合いのスタジオであまりにもドラム下手くそだったから見るに見兼ねてな」

 

「けど、また話せて私は嬉しかったんだ。あの時のことお母さんに話したらお母さんとお父さんに怒られてなんでタクミに優しくしてるのかも説明されてちゃんと謝るように言われたのにさ。タクミと話すのが怖くてね。5年生の時も今更どんな顔してタクミに声かけていいか分からなかったんだよね」

 

あの時の俺は純粋に荒れていたというのもあっただろう。

それに、火種が飛んできて一気に引火したものだから酷い問題を起こしていたが、あの時は沙綾も沙綾で色々思う所があったらしい。

会話も無くなった5年間は彼女も俺に対する罪悪感があったのだろう。

 

「俺は別にあれで良かったと思ってるよ。もし、あの場面で沙綾と話してたら沙綾まで白い目で見られかもしれないからな。そんなことよりも俺は、バンドは二度とやらないって言ってたお前がまたバンドを組んで良かったよ」

 

バンドを組んでた時の沙綾はとても生き生きしていてとても楽しそうにしていた。それが、千紘さんが倒れてからは二度とバンドを組まないとまで言いだした日には頭を抱えたが今となっては要らぬ心配だったようだ。

 

「うん、香澄達には本当に感謝してる。みんなのおかげで私はまた好きな事ができるから」

 

「そっか。あの子達のおかげなんだな沙綾のドラムがまた聴けるのは本当に良い仲間に巡り会えたな。沙綾が楽しそうで良かったよ」

 

優しく頭を撫でると握られていた手にさらに力が込められた。

先程まで瞑っていた目は開きなにより決意に満ちていた。

 

「タクミは・・・私の気持ち気づいてるよね?」

 

「まあ、そう虐めてくれるなよ」

 

「私はタクミの事好きだよ」

 

唐突にこんな事を言い出すとは思わなかったため少しの間、ポカンとしてしまったがすぐに笑って誤魔化した。

 

「風邪引いてるとやけに素直になるんだな。早く寝ろよ沙綾が悪化したら大変だから」

 

「ねぇ・・・タクミは?」

 

「ごめんな・・・俺好きな人いるから沙綾の気持ちには応えられないよ」

 

ここできちんと断っておかないと後々沙綾を傷つけることになる。

これで良かったのだと自分に言い聞かせる。

花咲川も羽丘と同時期に共学化したんだから沙綾ほどの美人なら引く手数多だろう。

 

「そっか・・・そうだよね」

 

悲しそうな顔をされると、心が痛くなる。

結局、こういうところが俺をタラシにしてしまうのだろう。

悲しそうな顔をする沙綾のベッドに屈み込み頬にキスをする。

沙綾が先程より顔が赤くなり開いた口が塞がらなくなる。

沙綾の頭を優しく撫でて部屋を後にした。

 

 

 

 

タクミが出て行く直前に頬にキスをされた。

そのせいで、顔が熱くなって眠れなくなってしまった。

 

「告白断っておきながらあんな事されたら諦められなくなるじゃん」

 

スポーツドリンクを飲んで顔を冷やす。

あの憎ったらしい女タラシには元気になったら仕返しをしなとなぁと心の中で考える。

だが、何も浮かんでこなかった。

きっとこれも惚れた弱みなのかもしれないと思うとあんなタラシに惚れてしまった自分の迂闊さが知れる。

 

「本当に最低」

 

スマホを使ってタクミにメッセージを送ると少しだけ気分が晴れたので再度眠る事にした。

 

 

 

結局は、俺は本当に最低なんだろう。

これでは、背中を刺された所で何の文句も言えない。

空き部屋に用意された布団に寝転がり目覚ましをかけて寝ようとすると、手元スマホが光りメッセージを知らせてくる。

内容に、笑いながら既読だけつけて寝る事にした。

 

「悪かったな。最低で」

 

誰に対して言うでもなくそう呟いた。

きっと、明日からは忙しくなるだろう。

目を閉じれば試合で思ったより疲れていたらしくすぐにウトウトし始めて意識が落ちていった。




これとは別に過去の話も作ってはいるけど、いつ投稿するか分かりません。
沙綾ホント健気ですよね。
巴と沙綾マジ好きです。
二人がヒロインの作品増えて欲しいです。
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