『海境島』それは、日本本土より西へ300キロ先にある絶海の孤島だ。定期便はほとんど出てなく島への食料便として使うのが主とし、人の行き来はあまり無いと言う。
海境島に鎮守府が出来たのは深海棲艦との開戦後すぐとの事だ。海境島の立地は日本と他国との間にあり、戦いの拠点や各国の補給ポイントなどの役割がなされることから、日本が初めて離島に鎮守府を建設した島らしい。また、海境島周辺の海域は少し特殊な海流が流れており敵の侵入を防ぐために利用していて、さらにはそこにたどり着く魚の種類や量はとても多い事から漁業が盛んだ。
そんな歴史を持つ鎮守府だが、現在は周辺海域の安定が確認されて以降海境島の鎮守府は海域攻略からの任務移行の命令を受け、海域周辺の見回りや補給ポイントの維持管理が主な任務となった。
それから程なくして日本海軍はより本土に近い海域に人工島を立てる立案を提出したと言う。理由としては先程もあげた海域の安定と海境島までの往来に対する時間と燃料の効率化。そして海域維持を日本と他国との共同作戦とする事で海域をカバーすることが出来た。
補給ポイントととしての役割はまだ死んではいないがそれは緊急時のみとして日本と各国の間で同意した。これを境に海境島鎮守府は事実上島からの完全撤退をする事になったと言う。
それが20年も前の話でそれ以降補給ポイントととして使った記録は1度だけと…
俺は先輩から貰った資料を軍が用意してくれた船の客室で目を通していた。部屋には必要最低限の物しか置いてなく客室と言うよりも留置所に近い雰囲気だ。中には船のエンジン音と波の音しか聞こえない、まるでこの世界に1人だけ取り残されているように静寂と孤独を感じる。
窓からはいつも以上に海が荒れているのが確認出来き天気も港にいた時の快晴ではなく分厚い雲が空を覆っていた。
海境島には24時間以内に着くよう命令されている。資料にも書いてあるとおり定期便は無かったため軍が用意してくれたが、300キロも離れた孤島に行くんだそれなりに時間がかかる。船の長時間滞在は訓練で何度も経験したが疲れは溜まる。これは鎮守府に着いたらまず休まないと倒れてしまうかもしれない。そんなことを思いながら残りの資料にも目を通していく。
1番気になっていたのは秘書艦だ。俺たち海軍は艦娘との接触が決して多いという訳では無い。技術開発スタッフにしても解析通信スタッフにしても艦娘とは間接的にしか面識はない。学校にいた時も鎮守府がすぐ近くにあったが艦娘の姿は見れるものの触れ合う機会はあまり無いと言っていい。
また、艦娘がどのように深海棲艦と戦い勝利を収めるのかも海軍なら誰しも知っていることだが、やはり初めて見た時は圧巻の一言だった。
だがそんな艦娘達の事を中には恐怖対象にする人も少なくない。なにせ俺ら人間とほとんど変わらない体をしたのが、海の上で武器を体に装着し深海棲艦と言う正体不明の敵と戦う。一般市民や軍の人間も『バケモノ』と呼ぶのも理解できる。
そのため軍では毎年鎮守府での海軍パレードを催している。これは艦娘が俺達国民を守ってくれていることや危害を加えたりする様なものでは無いと宣伝する狙いがあり、艦娘の実演演習や出店などの触れ合いの場は俺達海軍や国民にとっても貴重な体験の場と言えるだろう。
軍も国民の税金を元に運営している為に国民から不安の声が多すぎると支障が出る。それをできるだけ避けるためにも艦娘の美化アピールをして支持を得ているが、艦娘に対する全ての不安を取り除けているかと言うとそうではないのが現実だ。
それに、軍が艦娘に対する処遇もあまりいいものでは無いと聞く。その原因はやはり艦娘に対する恐怖心とも言えるだろうし人間が生み出した『兵器』としての見方が強く、艦娘への暴力暴言や虐待をする鎮守府も中にはある。そうで無くとも、艦娘に心の壁を築き必要最低限の関係しか持たない提督がほとんどらしい。だから、艦娘と人間とのあいだには深い溝が出来上がってしまった。
もちろん、艦娘を人として接する提督も中にはしっかりと存在する。先輩もその1人で鎮守府内での悪い噂を聞かないし、周りの鎮守府から見ても考え方がまるで違うらしい。
俺はその事を踏まえ秘書艦の資料へと目を落とした。資料には『叢雲』と名前が書いてあり顔写真が貼られていた。叢雲は吹雪型駆逐艦の5番艦で新人提督が初期艦として選べる5人の内の1人だ。
また、資料には艦娘の叢雲では無く史実艦の叢雲に関する起工、進水、就役、最期の詳細がのっているが、俺が欲しい艦娘の叢雲についての情報はほとんど記されてない。
(だって、身長ならまだしもBWHのスリーサイズまで載ってるのは流石に…俺は性格とか好きな物とかそこら辺の情報が欲しかったんだが。)
これを見ても、海軍が艦娘に対する姿勢をうかがえてしまう。俺は残りのページもめくると叢雲に関するプロフィールが載っていた。待ってました、と言わんばかりにそのページに目をおとすが、欄は白紙だった。
印刷ミスかと思ったが、最後の欄に提督への一言が書いてあった。
『よろしく。』
それだけだった。いや、確かに一言だけどこれはさすがに良くないんじゃないかな。多分だけど、艦娘も俺達人間に対する思いは同じなのかもしれない。
俺は興味を無くしたかのように資料を閉じベットに横になる。ベットが「ギシギシ」と軋む音がする。叢雲の写真と一言を見るに、少し気の強いというか気の難しい子なのかもしれないと、これが叢雲に対して俺が初めて持った印象だった。
「コンコンコン」と部屋のドアをノックする音で俺は目を覚ました。どのくらい眠っていたのかは分からないが仮眠程度でも寝れたのは嬉しい。
『もう少しで海境島に到着します。』
そうドアの向こうからどもった声が聞こえた。俺は適当に返事をし、机に散らかった資料を鞄へと入れる。海はあいかわらず荒かったが、空は随分と分厚い雲が薄れ日差しが海へと差し込む。俺は客室から船内の階段を上がり甲鈑へと移動した。
「うわ、寒!」
つい声が出てしまった。季節はまだ4月上旬、普段外にいるだけでもまだまだ寒い日が続いている。海の風はそれを嘲笑うかのように俺の耳元をすり抜け体全身に当たってくる。軍から支給された黒コートと手袋にマフラーと真冬の格好ではあるが、海の上ではこれくらいが丁度いい。だが、ふと気付いた点があった。
(あれ?ちょっと待て、この格好で甲鈑の上で仁王立ちするのってなんだか、かっこよくないか…しかも、片目眼帯だよ。)
そう思い俺はさっそく腕を組んで仁王立ちをする。絶海の孤島を目指し荒れ狂う海を突き進む船。その甲鈑には襟を立て黒いコートを着た男。コートは海の風で揺れその様子は夜の世界、漆黒の波を想像さそる。男の目は片目だったが、力強く全てを見遠をすかのようただ一点を見つめていた。
(なにそれかっこいい。)
俺は勝手に脳内妄想を異常なまでの速さで膨らませていた。まさかこのタイミングでこんなシチュエーションができるとは。不敵に笑がこぼれる。
それを周りの軍の人が見て顔を引きつらせる。おっと、いけないいけない。寒い船の上で冷たい目線を向けられたら流石に俺のメンタルがアイスブレイクしてしまう。
とりあえず、一旦落ち着いて頭の中をクールにって、これ以上寒くなったらやばわ。(アイスブレイクの意味合いは違うけどね。)
さて甲鈑に上がったのはいいものの、肝心の海境島が見えない。周りを見渡しても目に映るのは荒々しく波をたてる海と未だにはっきりと晴れない空が永遠と続いているだけだ。
俺は少し不安になり近くにいた軍の人に訪ねようとしたその時、突如として船の前方に濃い霧が発生し船全体を覆ってしまった。
俺はその状況に驚いたが、船はそんな中でも速度を落とさずにどんどん進んでいく。船にはレーダー探知機があるがやはりこれほどの霧となると、海に隠れている岩に座礁しないか多少の不安を覚えてしまう。
だが、それと同時にちょっとした冒険感と言うのだろうか、不思議と内心この状況を楽しんでいる自分がいることに気がついた。このままどこか別の世界にたどり着くのではないかそう考えてしまう。
船が霧の中を進むこと数分、霧が少しずつ薄れ視界がだんだんと戻ってくる。俺は、興奮した胸の内を落ちつかせる様に深呼吸をし船の先端から霧を抜けていく様子を見ながらじっと待った。
『ぼふん』と雲を抜けたような音が聞こえ目を静かに開ける。すると目の前には、ひとつの島が現れた。
一瞬、本当に別の世界に来たのではないかと思えるほど、俺はその風景を目にし言葉を失う。先程まで島一つ無かった海の中で、霧の中に島があるとは想像できなかった。
波は霧の外とは打って変わって静かになっていた。海の色も綺麗なコバルトブルーをしていて、まるで南国の海をイメージさせる程だった。
船は迂回し島にある港の船着き場へと移動を始めた。数分後、船は徐々に速度を落としながら前方に見えて来た港内へと進む。港内には複数の漁船があるが島民の姿は確認出来ない。港内に響きわたるのは船のエンジン音と俺たちを監視するかのように上空を飛んでいる海鳥の鳴き声だけだ。
軍の船は港の空いているスペースに船を停泊させ、俺にここで降りるよう言ってきた。話によれば、もうすぐ島の責任者が到着する予定らしい。
俺は、その指示に従い一言二言挨拶をしてから船を降りた。軍はそれを確認すると船を再び動かし本土へと帰還し始め俺は敬礼をしながら見送った。
(出来れば船でのことは言わないで欲しい。)
船を見送って数分後、車のエンジン音が聴こえそっちを見ると、俺の前に1台の車が近付いてきて車の中から1人の中肉中背の男性が降りてきた。年齢は40くらいだろうか…
男性は俺を見つけると笑顔を見せ足早に駆け寄ってきた。
「いや、すいません。遅れてしまって。」
男性は申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にしないで下さい。俺も先程ついたばかりなので。あなたがこの島の責任者ですか?」
「はい。私はこの海境島の責任者で漁業組合の会長をしているものです。」
「漁業組合の会長ですか。」
「ええ、この島は昔から漁業が盛んでその組合の会長が自動的に島の責任者になるんです。」
「なるほど。」
「ささ、ここで立ち話はなんです。車で鎮守府へと案内します。」
俺と会長さんは車に乗りさっそく最終目的地である鎮守府へと移動した。
海境島は南北に長く島全体の大きさはわずか30キロ程しかない小さな島だ。漁港は島の南に位置し街は島の中心よりやや東側にあり鎮守府は街とは反対側にある。とは言っても街から長い距離も離れている訳では無いらしく、それほど交通の移動は不便ではないという。
俺は車の中で会長から説明を受け頭の中で地図を浮かべながら話を聞いていた。
「しかし、本土から連絡を受けた際は驚きました。まさか島の鎮守府が復活するとは思いもよりませんでしたよ。」
「本土からいつ頃連絡を?」
「約、3ヶ月ほど前ですね。急だったの鎮守府の方はあまり片付いてないんですよ。ははは、すいません。」
そう会長はいい平謝りする。まぁ、急の連絡だったなら仕方ない。それは本土が悪いな。
けど、3ヶ月ってほんとに急な話だよね。今まで提督不在の鎮守府でほとんどの機能が停止してた鎮守府を新たに動かすのに時間がかかるのは目に見えてる。ましてや、20年近く前に撤退して以降使われてないとなると鎮守府の設備や建物自体も良い状態ではなさそうだ。
これは、鎮守府運営よりも先に取り掛からなくては行けないことが山ずみだな。俺はそう思いながら島の景色をぼんやりと見ていると会長の視線に気がついた。(危ないから前向いてよ会長…)
「なにか?」
「あ〜私が想像していたのと違いまして。提督をされると聞いたのでもっと怖い人というかなんというか…」
「まさか、こんな子供が提督をするなんて島の安全は大丈夫なのかとても信用出来ない。ですか?」
会長は言葉を濁すが俺が変わりにそういった。まぁ、会長の言いたいことは分かる。鎮守府は島周辺の海域を守るためにあるものだ。それを、子供なんかに任せられないと思うのが普通だ。
それに、鎮守府の運営には地域の手助けが必要不可欠になる。ある程度大きな鎮守府なら軍や政府からの支援もしくは自力で何とかるが、ここはそうはいかないだろう。俺という存在が不安要素の一つだ…
「そこまで言うつもりはありません。鎮守府の提督をする方ですからお力は本物だと信じてます。ただ、君みたいな子が提督をするとは本当に驚きました。」
「まぁ、あまり前例が無いみたいですからね。でも島民と海域の安全は必ず守りますのでご安心ください。」
「それは頼もしいかぎりです。」
正直どうして俺が提督をする事になったのかは正確な理由がまだ分からない。その事をここで話すと不安を持たせる原因になるから余計なことはしばらくは言わなくていいだろう。
「すいませんがもう一つ質問を。ここの島民は艦娘のことをどう思っていますか。」
それともう一つ、最初に聞かなくてはいけない事を質問する。この返答次第では今後の運営に大きく影響する。島から鎮守府が無くなり、艦娘を20年以上直接見てない人もいるかもしれない。そんな人達が艦娘のことをどう思っているのか。とても気になるところだ。
会長は少し考えた様子を見せながら答えた。
「そうですね、私個人としては艦娘に対する不信感はありませんし苦手では無いです。かつてこの島に鎮守府があった頃私は艦娘の姿を見ています。海域を守り島民を守ってくれた事は忘れません。ただ、武器を持ち敵と戦う人ならざるものその真実を知った時は恐怖心を覚えましたね。」
そう言うと会長は何かを思い出す、懐かしむような悲しい表情を見せた。
「他の皆はどう思っているかは正確には分かりません。鎮守府が復活すると報告した時は様々な意見が飛び交い艦娘に対する不安な声や反対意見も中にはありました。一応、軍や政府の命令と言う事で落ち着きましたが、島民全員が艦娘を歓迎しているとは決して言いきれません。」
「そうですか。」
やはりと言うべきか、島民の艦娘に対する不信感は多いかもな。本土だったら鎮守府の近くで暮らしている住民なら艦娘の話が出るのは意外と自然な事で、海軍の関係者が身近にいればその人にでも話を聞ける。
またパレードに行けば艦娘の姿を直接見る事も触れ合うこともできるため、本土の人は艦娘への興味はある程度あると言っていい。
だが、ここの島民はどうだろう。艦娘が居ない以上話題に出ることはほぼないと考えていい。もしテレビや新聞や何かしらの情報で艦娘の事を耳にしてもこの島には関係ないと結論づければ艦娘の事はまず考えない。
その島民が、艦娘への不信感を持っているということは単に艦娘が恐怖対象なのか、もしくは20年以上前にここで何かあったのか…。いや、それは少し考えすぎか。
なんにせよまずは艦娘への意識改革と提督として働く俺への信頼感を得ないと鎮守府運営はうまく進まないかな。救いは、艦娘への不信感が島民全員では無いことだろう。会長自身も苦手では無いと言っているからいろいろと手伝ってもらおう。
「その点についてはいろいろと迷惑をかけると思いますがよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
港を出て15分、小さな林を抜けると目的の場所である海境島鎮守府にようやく到着した。時計を見ると命令されたら時間には余裕で間に合ったようだ。
鎮守府は島の西側に建てられ鎮守府専用の港がある。先輩から貰った資料によると元々あった森の一部を切り開いて作ったらしく面積もそれなりに大きい。鎮守府の建物もそこまでボロい感じでもなく20年も経っている中で俺からしてみれば立派だ思う。
俺と会長は正門を通り中に入って行き鎮守府の本館入口へと移動し本館を見つめる。かつては多くの艦娘と軍の関係者がいたであろう鎮守府。今はただ静かに佇んでいてここの時間は止まったままだ。それを今日この時を持って鎮守府の時計の針が再び動き出すのを考えると少し身震いする。
「まずはここの鍵を渡しておきます。鎮守府内は掃除をしましたが広いので隅々までとはいきませんでした。食料品や寝具類は取り揃えておきましたので確認お願いします。また鎮守府の精密機械は一切触れておりません。動作確認もお願いします。ボイラーは古くなっていたのでこちらで新しく修理させていただきました。今日にでもお湯をわかせるはずです。」
会長から簡単に鎮守府の説明を受けるが1つ抜けていることがあったので質問する。
「そう言えば、先に『叢雲』と言う艦娘が鎮守府に来ていると思いますがもう中にいるんですか?」
「叢雲……ああ、それでしたら明後日この島に到着予定ですよ。」
「…へ?明後日?」
「ええ、本土からはそう連絡を受けてます。」
まさかの連絡ミスが発覚した。これまずくない?海域が安定してると言っても絶対じゃないし他の鎮守府から応援が来るまでの時間稼ぎや敵艦隊の発見、情報の共有すらできないって…鎮守府の役割何一つ果たしてないじゃん。でも居ないものはしょうがないか。
まぁ、1日ならなんとかなるでしょー。
「分かりました。明後日ですね。」
「はい。では私はこれで失礼します。もし困ったことがあったらいつでも連絡下さい。」
会長はそう言い車で帰って行った。1人になった俺は本館から外を見渡す。グランドには所々雑草が生え海の風でなびき殺風景で1人だからだろうか、寂しさを覚える。時刻は夕方にさしかかり寒くなってきたので鎮守府内の見学も兼ねて風呂と寝る準備をすることにしよう。
軍が建てたものだからそれなりに立派で中は期待できそうだ。傷んでいるところはあるとは思うが見つけ次第直していこう。そう考えながら鎮守府の固く重く閉ざされた扉を開いた。
登場人物
提督…1人
艦娘…叢雲
島民…会長
その他エキストラ