猫と犬は相容れない   作:あずき屋

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「振り返ってみりゃ、ロクでもねぇ事ばかりだったな」

「なんだよ急に。
センチメンタルに浸るような犬種でもあるまいし」

「そんな犬種いたらいたでビビるだろ。
逆に知りたいわ」

「ま、別にいいけどよ。
果てしなく興味がねぇしどうでもいいからな。
ンなことより、早く進めろよ。
お前のターンだぞ」

「フォウ公、代わりに頼むわ。
ちょっとトイレついでに飲みもんとってくる」

「フォーウ♪」

「この毛むくじゃらに出来るわけねぇだろ!」

「心配すんな、全然お前より上手いから。
このゲームのランキング1位コイツだから」

「マジかよ......俗物に染まり過ぎだろ」

「時にはそういう気持ちになることもあるだろう。
彼とて人間だよ。
無論、私にも似たような経験があったがね」

「俺も昔はつまんねぇことでグダグダ悩んでたこともあったなぁ」

「おや、君でも悩むような時期、いや悩めるだけの容量があったのかね?」

「ハッハッハ!
来いよ、遊び殺してやる」

「ワシにもあったようななかったような......」

「信長が......?」

「先輩、流石にそれは失礼かと」

「めんどくせぇ犬だな。
ま、興味ねぇが後で暇つぶしにシュミレーターにでも引き込んでやるか」

「君も大概だな」




第15話 こういう頃もあったなと思える内はまだマシな人生

 

「おう!無事召喚出来たようで何よりだ!

そんで、こっからどうするマスター」

 

「クーフーリンさんには先に街へ偵察に向かって欲しいです。

ほんの少し離れた後方から信長を付けて擬似的なツーマンセルで行動。

もし戦闘になれば信長が一拍置いて迎撃。

敵数と状況を確認した後に隙を見て合図を出して。

可能なら総力戦で無力化させて、厳しかったら撤退して策を練ろう」

 

「了解だ、潰せんならやっちまってもいいよな?」

 

「それが良かろうな。

マスターが居らんとはいえ、むざむざ此方の手札をひけらかす程でもあるまい。

逆手に取らせれば伏兵の可能性もチラつかせて牽制に使えるしのぅ」

 

「無難な策で何よりだ。

ならば私はもしもの時のカードという認識でいいのかな?」

 

「うん。

エミヤさんは防衛戦が得意みたいだし、マシュとも相性はいいはず。

第二波が来たとしても撤退は出来ると......思うよ?」

 

「大丈夫です先輩。

必ず守りきってみせますから、ご自分の判断に自信を持ってください。

紫助さんが聞いたら笑われちゃいますよ」

 

『攻防均等に割り振られたいい作戦だと僕も思うよ。

藤丸くん、もっと自信を持って。

君が堂々としてくれれば、マシュを含めたサーヴァントは君にきちんと応えてくれる』

 

『成長の兆しが眩しくて何よりだとも!

後はもっと経験を積んで、堂々と指揮してくれれば私達も安心してサポートに回れるよ!』

 

 

紫助の背中と指示を思い出しながら、自分なりに立てた堅実な策だ。

自信は薄いが、皆からの後押しがあれば踏み切れる。

まだまだ弱いとは自覚している。

だから、もう少し力を貸して欲しい。

いつか自分に自信が持て、迷いない指示が出せるまで。

 

 

「んじゃ行くか信長!

何処ぞの野郎に遅れを取るとは思わねぇが、一つ頼むぜ!」

 

「うっはっはっは!!

その愚問、盛大に笑い飛ばして聞き流そうランサー!

主こそワシの流れ弾に注意せい!」

 

「喧しい男だな全く......まぁいい。

マスター、少しいいかね?

マシュも聞いておいて欲しい」

 

「え、どうしたの?」

 

「君たちは気づいているかどうか分からん。

それを前提に話しておこう。

青葉紫助のことだ」

 

いつにも増して神妙な面持ちで向き直るエミヤ。

仏頂面はいつもの事だが、今回はもっと真剣さを増した表情だ。

彼が話の登場人物として挙げた人間。

カルデアで知らぬ者はいない青葉紫助の件だ。

 

 

「薄々感じてはいると思う、彼の異常さが私はどうも引っかかる。

撃破とまではいかずともサーヴァントと拮抗できる実力、常識外れの強化魔術らしきもの、何よりあの常軌を逸している戦闘技術。

彼がサーヴァントであるのなら、白兵戦において最強と評されるセイバークラスにも引けを取らない実力を持っているだろう。

だが、分かっているとは思うが彼は人間だ。

私も彼と剣を交えたからこそ理解出来た節は幾つかあるが、どうもまだ確証には至らない。

君たちは私とは違い、彼と過ごす時間は比べて長かったのだろう?

率直な意見が聞きたいんだ、彼はどういう男なんだ?」

 

「どうって、いつも巫山戯た感じの」

 

「ええ、いつも巫山戯た感じの」

 

「分かっている。

あの男はどうも常に巫山戯た言動を繰り返す。

まるで何かを隠すような」

 

「............それってどういう意味ですか」

 

 

マシュの纏う空気が変わる。

隠し事、それは誰でも持ちうる至極当然の事情。

だが、ことエミヤから隠されることなく発せられる猜疑心は、マシュの心情を揺さぶるには十分過ぎた。

紫助を疑っている訳では無い。

それはエミヤとて理解は出来ている筈だ。

エミヤの理解していることを、マシュ・キリエライトは理解している。

なのに、何故だか彼に対するその発言は聞き逃せない。

自分でもよく分からないモヤモヤした感情が、この時になって初めて自覚できる程に膨れ上がったのだから。

 

 

「いや、誤解しないで欲しい。

彼を内通者として疑っている訳では無いよ」

 

「そうでしょうか、エミヤさんの口ぶりから察するにとてもそうとは聞こえません」

 

「マシュ、どうしたの?」

 

マシュにしては考えられない感情の発露。

感情への理解が乏しかった時もあったが、紫助たちが介入してくれたお陰で今では人並みの感情を理解し、自分自身にとって素直な表現が出来るようになった。

だが同時に、成長したが故に小競り合いを避けることは出来ない。

自身にとってかけがえのない人を害するような発言は、例え(英霊)であっても許し難い行為だ。

 

 

「先輩、私は何時だって貴方の味方です。

どんな苦境に立たされたとしても、それだけは変わりません。

いつ何時であろうと、私は貴方の盾で在り続けるつもりです。

でも、それと同じくらいに......私は、紫助さんのことも信じています。

確かにあの人はおバカです。

状況を考えることなくふざけて、考え無しによく分かんないことして、嫌がっても無理矢理こちらをトラブルに巻き込んでくるそんな人です」

 

 

戦場の真っ只中でふざけて、危険に身を晒したことだってある。

明らかに格上の相手に、迷いなく刃を向けたことだってある。

ぶっつけ本番で宝具を受けろと、無茶な物言いを言われたことだってある。

思えばその他にも多くの気遣いを受けてきた気がする。

そう思ったが最後、この胸の内にて湧き上がるそれを止める手立てがなくなる。

決して止まらず、この口は思いの丈を述べ続ける。

 

 

「そんな無鉄砲で無茶苦茶な人は、自分の力じゃどうにもならない時にいつも私たちの前に立つんです。

お手本を見せてくれるように、先の見えない真っ暗闇の道を先導してくれるんです。

どんな時も身体を張ってくれて、多くの痛みを伴うことになったとしても厭わず背中を見せてくれる。

知ってますか?

この盾を構えるより早く、あの人はその身体を躊躇せず盾にするんです」

 

それこそ、何度でもだ。

冬木での特異点で、彼は何度その身を盾にしただろうか。

 

 

右も左も分からない初めての戦闘で───

『甘んじてそいつを受け入れな』

 

サーヴァントを1人で請け負って───

『行け、とっととぶっ飛ばして帰んぞ』

 

諦めに決別を誓って───

『それでも俺は、俺たちは......諦める訳にはいかねぇんだ』

 

 

「そんな人を疑うような発言を、私は聞き逃すことはできません」

 

「......参ったな、そんな曇りなき瞳ではっきりとそう口にされては益々もって立つ瀬がない。

謝罪しようマシュ・キリエライト。

済まなかった、誤解を生む発言をしたことをここに詫びる。

誠意として、これまで以上の働きをもって応えよう」

 

「............いえ、こちらこそ感情的になりました。

すみません、頭を冷やしてきます」

 

「マシュ...........」

 

「「「マシュ殿............」」」

 

俯いた彼女の表情は、長い前髪が翳りとなって分からなくなる。

怒りに一段落して、冷静になって自己嫌悪に陥っているのだろう。

心優しい彼女なら当然の結果だ。

本来、怒りを露わにして食ってかかる性格ではない。

それが身内での出来事なら尚更。

意見の相違で議論することはあれど、感情を爆発させたことはない。

先程以上に静まり返ってしまった集団に見ていられなくなったのか、ロマニが口を開ける。

 

『済まないエミヤ、彼女に代わって僕が君に謝る。

本当にごめん。

でも、それでも彼女を責めないであげて欲しいんだ』

 

「君がそこまで言わずとも責める気は毛頭ないよ。

寧ろ、彼と同等レベルな鬼気迫る感覚を受けたことに驚いているだけだ」

 

『それは.........』

 

『いいレオナルド、僕が話す。

紫助くんから口止めされてるんだけど、マシュにさえ伝わらなきゃ許容範囲内だ。

藤丸くんがいるからこそ聞いておいて欲しい。

ただ、分かっているとは思うけれどマシュにだけは話さないでくれ』

 

「ドクター、一体何が?」

 

『彼女がサーヴァントと融合したデミ・サーヴァントであるということは知ってるだろう?

事の始まりは、その更に前に遡る』

 

本来なら語られるなく風化していくはずだったとある物語。

(紫助)が望んだもののうちの一つ。

彼女(マシュ)が望まなかったうちの一つ。

余計な考え事をさせないよう務めてきた彼の思惑は砕け散る。

その考えは杞憂だと願い語るロマニが見てきた物語。

 

 

 

────────────────

 

 

「..............あ」

 

集めた砂が掌から落ちていくように、手元から一冊の本が滑り落ちる。

しかし、少女が眺めるのは砂ではない。

見やるのは落ちた本ではなく、広げた自分の小さな手。

凝視せずとも見える。

自分の腕が、たかだか数分本を読んだだけで震えている。

 

この小さくか細く震えているのが、数年前のマシュ・キリエライト。

姿形にこそ特に変化はないが、精神的に幼い印象を与えているのは、一重に彼女の精神が成熟していないのが原因だ。

 

 

 

 

筋力が安定していない。

心の内が酷く不安定だ。

 

震えは波打つ水面のように、自分の瞳も揺らせる。

これがどういった感覚なのかも分からず、少女は身体を震えさせる。

肉体の調整が上手くいっていないのか。

それとも予想を上回る速度で崩壊しているのか。

 

「いや............っ!!」

 

ただ、いても立ってもいられなくなる。

これが恐怖という感情か。

呼吸は乱れ、焦点は定まらず、身体は震え続ける。

自分の肩を掻き抱き、耐えることで精一杯だ。

これからどうなるのだろうか。

この閉じ切った瞼の暗闇のように、深い深い底へ落ちていくのだろうか。

 

知識としては知っている。

人は母と呼ばれる人物より産まれ、その傍らにいる父と呼ばれる者より育てられるのが当たり前だと。

しかし、自分の生まれはその例に入らず人工的に生み出されたもの。

この身を触媒とし、人知を超えた存在であるサーヴァントを憑依させ、人工的な英霊を実現させるために作られたデザイナーベビーだ。

故に父や母は存在しない。

培養器こそが自分の母体である。

デミ・サーヴァントとしての価値は確かにあるのだろう。

ここに生きていることこそがその証明のうちの一つ。

だが、マシュ・キリエライトとしての価値はどうだ。

 

誰か一人としてマシュ・キリエライト個人の誕生を望んだか。

誰か一人としてマシュ・キリエライト個人の成長を喜んだか。

誰か一人として、マシュ・キリエライト個人の運命を憂いたか。

 

誰一人として個人としての自分を見てくれていない。

ただの実験体のうちの一つとしてしか相手してくれない。

 

こんなものが生命か。

こんなものが自我か。

こんなものが自分の運命だというのか。

 

今にも押しつぶされてしまいそうな、見えないナニカに苦しむというのなら自我など持ちたくはなかった。

人として歩める可能性など欲しくなかった。

薬物や魔術に頼らなければ存命できないこんな身体など求めてはいない。

冷たい雪や暗雲に囲まれ、本にある通りの美しい空が眺められない世界になど生まれたくなかった。

 

───ただ、空が見たかっただけなのに。

 

止めどなく溢れる涙は一向に癒してくれない。

恐怖を少しでも紛らわそうとする悪あがきだ。

だからだろうか、不意に頭の上に乗せられたそれに気づかなかったのは。

 

 

 

───どうした、怖い夢でも見たのか?

 

 

 

 

「────あっ」

 

暗闇から声が聞こえる。

誘われるがまま顔を上げると、そこには暗闇が優しい顔を覗かせていた。

光を飲み込むような黒い瞳、自分とは対象的な黒い髪。

恐怖すら覚えそうな風貌の中に、似つかわしくない小さな笑み。

優しくあやす様な手が、少女の頭を撫でていた。

 

「ったく、あの野郎共にも困ったもんだな。

こんなになるまで気づかねぇとはよ」

 

「あ、あなたは......?」

 

「んー?

ただのお節介だよ。

泣いてる女の子を何とかしてくれってお前さんのお医者さんから頼まれてな、俺にもどうすりゃいいか分かんねぇからこうしてるだけだ」

 

少し力が篭った大きな手。

こちらの視線を確認するや否や、その手は先程とは打って変わって乱雑に頭をこねくり回してくる。

こそばゆく、雑さに身を竦ませてしまう。

でも、不思議と安心する妙な感覚を覚える。

どうしたらいいのかこちらも分からずおどおどしていると、その手は少女の涙を払うべく目じりを指で拭う。

 

「身体は大きくてもまだまだガキだな。

俺も人のことは言えねぇけど」

 

「す、すみません......」

 

「気にすんな、あー本読んでたのか。

なになに......『桃太郎』か、懐かしいな。

どれ、お兄ちゃんが読み聞かせてやる。

分かったらさっさと寝とけ」

 

「むきゅっ」

 

「はいはい、良い子はちゃんと布団に入ったかー?

寝る前にメガネはちゃんと外せよー?

............そんな顔すんな、ちゃんと最後までここに居る。

こんなんすぐに読み終わるからな、寝付くまでもう三作ぐらい呼んでやるか。

はい、桃太郎伝説始まり始まりー。

『むかしむかしある所に、じいさんとばあさんがイチャコラしてました』」

 

それが、彼との馴れ初め。

 

 

──────────────

 

下らない話を延々と、それこそ世が明けるまで続けたことがあった。

本当にどうしようもない話題だったけれど、マシュの目がキラキラと輝いていた。

彼女にとっては、彼の話全てが面白かったんだろう。

僕もよく絡まれた。

仕事中なのにお構い無しさ。

よく所長に睨まれはしたけれど、強く咎められるようなことは言われなかった。

多分、こっちにすごく気を遣ってくれたんだろうね。

 

「あのっ!

この『一寸法師』の主人公は最後に何処へ向かったのですか?!

ピンク色の女性が沢山いる空間に消えていったというのですが、その先が分からないです!」

 

「なんだ分かんねぇのかしょうがねぇな。

そこは酒池肉林の恐ろしき大魔界、入ったが最後二度と出ることは出来ない“この世全ての快楽世界(アンリマユ)”。

この世の悦と苦痛に溢れた場所に、主人公はたった一人で乗り込んだんだよ。

最初の難関に早々ぶち当たる。

道中痛みと快楽を司る『エスエ・ムジョウ』という悪魔と三日三晩壮絶なバトルは圧巻だな。

乱れ飛ぶ鞭と『女王様とお呼び!』という恐ろしい呪詛で絶対勝ち目はないだろと思いきや、主人公は鋼の精神でこれに耐えぬく。

辛くも勝利するが、天守閣に向かうべく前身するものの堕落の化身『泡神・ソー』の罠に嵌る。

向上心抵抗心諸々を全部削ぎ落とす泡が主人公を苦しめ、記憶含めた全てを良からぬもので塗り潰そうとされるが気合いで突破。

くんずほぐれつの末に大魔王『A」

 

「マシュになんてデタラメを教えてるんだ君は!!?」

 

本当に内容はどうしようもないものだったけれど。

 

─────────────

 

彼は何度かマシュに課題を出したんだ。

学力を測るみたいな名目だったとは言ってたけど、本心はただ学びたいマシュのひたむきな姿勢、新しいことを知ることが楽しくて仕方の無い子どもの輝いたモノを見ていたかったんだと思う。

次の課題はいつってよく彼にせがんでたよ。

塞ぎ込んでいた頃と比べたら劇的な変化だ。

スタッフ全員も最初は驚いていたさ。

表情が抜け落ちた時と違って、彼に会わずとも表情がよく出ていたんだから。

 

 

「ドクター!

お兄さんはどこですか?!」

 

「どうしたんだい、そんなに血相を変えて。

彼なら厨房に向かったけど」

 

「お兄さんに言われてた課題のレポートが終わったのでその報告と提出です!

『力太郎』の底力はどこから来るのか私なりに考察しました!

生まれて間もない頃に見たおじいさんとおばあさんの夜のプロレスからヒントを得て」

 

「ようしまず僕に寄越しなさい。

余すところなく添削して届けてあげるから」

 

個人的には、もう少し違うベクトルのレポートを出して欲しかったけれどね。

 

 

────────────────

 

机にばかり向かう姿を見かねて、いつだからか運動に引っ張り出したこともあったっけ。

彼女が変にアクティブになったのは、多分あの頃の影響が強かったからなんだろう。

映像の中でしか見たことの無い動きの一つひとつが、マシュにとっては新鮮で興味を引かれるものだった。

文字通り、何もかもが初めてで面白かったんだ。

ダンス一つにしても、彼の動きを食い入るように見てたな。

最終的には二人で色んな踊りをしてたっけ。

羞恥心より楽しさが勝る彼女の全開で踊る姿を見て、不覚にもウルっと来ちゃったのを覚えてるよ。

 

 

「どうだ!これが!俺の!魂だ!!」

 

「す、スゴいですお兄さん!!

動きが洗練された素晴らしい踊りでした!

映像でしか見たことがないので感激しました!」

 

「ふっ、そう褒めんな。

実はまだ隠し玉を用意しててな、もうそろそろ来る頃合いだから......あ、来た来た。

おーいこっちだ!

聞いて驚け、アイツはなんとこのカルデア唯一のドルオタだ。

追っかけの曲も振り付けも完コピレベルだからな。

期待してていいぞ?」

 

「どうしたのさいきなり呼び出して。

え、何かなマシュ......その期待に満ち足りたような、何かを期待しているような、どこかの誰かに在らぬことを吹き込まれた純粋な少女のような瞳は......」

 

「お願いします!ドクター!」

 

「やっぱり何か吹き込まれたんじゃないか!

何のお願いなんだい!?

僕で叶えてあげられることなんて凄く限られてるんだけど!?」

 

「てめぇの魂見せてみろや!!」

 

まぁ、最初の辺りは僕も踊らされてたんだけどさ。

 

────────────────

 

彼は僕と同じで、甘いものが大好きなんだ。

だから時折差し入れを交わすこともあった。

そんな僕らの姿を見たのか、途中からマシュが彼に料理を教えて欲しいって言ってたよ。

後から聞いた時には本当に驚いた。

彼女が自分の好奇心より、誰かのために何かを学ぼうとしたんだ。

聞いた知識を誰かのために生かすため、熱心に何日もキッチンに彼と篭ってたなぁ。

あ、実はレオナルドもこっそりドアから覗いてたんだっけ?

結局一日目ですぐバレてたらしいね。

甘い匂いに時折顔をだらしなく緩ませて、涎が落ちる寸前まで垂れていることに気づかなかったんだって。

マシュにこっそりもらった試作品の味を、今でもしっかり覚えてるって。

僕も本当に、嬉しかったよ。

 

 

「いいか、アイツは普段ああやって考えて忙しいフリしてるが本当は甘いモンを年がら年中食いたくて仕方ねぇんだ。

そこで、俺ら合作の小豆饅頭(餡子爆弾)を今こそ差し入れる時。

こし餡派だなんだほざいちゃいるが、アイツは結局のところ本当に美味い小豆を食ったことがねぇからそんな世迷言が言える。

そんなこし餡派に革命を起こす。

お疲れ様ですって言って笑顔で渡してやりゃ一発よ。

疲れも何かも吹き飛ぶぜ?」

 

「わ、分かりました。

日頃お世話になってるドクターに、少しでも恩返ししてきます!」

 

「おう、その意気だ。

俺は陰ながら見守ってるから上手くやれよ?」

 

「任せてください!

すぅ............はぁ、ドクター!お疲れ様です!

いきなりですが差し入れを持ってきました!」

 

「大丈夫だろ............多分」

 

「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!

餡子が爆発したぁぁぁ!!!

書類が!データが!!僕の顔が!!!マギ☆マリの秘蔵データがぁぁぁぁ!!!」

 

「ロマニ・アーキマン!!

貴方またサボってるのね!!!

減給よ減給!!!」

 

サプライズにも限度があるって、ちゃんと教えておくべきだったなぁ。

 

 

───────────────

 

彼の好きな食べ物は知っているだろう?

そう、カレーさ。

自炊してた頃の名残で、つい恋しくなって作っちゃうんだってさ。

マシュもよく彼の作るカレーをよく食べてた。

すごい幸せそうな顔をしてね。

そこから一緒にカレーを作り出したみたい。

簡単で有名な料理のうちの一つカレーだけど、調理のし始めはお菓子と同じでよく失敗してた。

彼もちょくちょくダメ出しはしてたけど、結局一回も残さず食べてたな。

お腹を抑えてトイレに向かう姿が、僕らスタッフの間で有名だった。

ようやく完成したカレーは、記念にスタッフ全員にご馳走してくれたよ。

 

 

「どうだ、これが俺の辿り着いた至高の一品。

基本切るなりして色々ぶち込んで煮込むだけだ。

お前の花嫁修業にもなるし、美味いもん食えるし一石二鳥だ。

まずは食ってみろ、そんで作ってみろ。

出来たらいの一番にあのバカ(ロマニ)に持ってけ」

 

「そこはお兄さんにではないのですか?」

 

「なんも出来なかったお前が持って行ってビビるアイツの顔の方が見てぇだろ?

俺は賭けるぜ、多分アイツは泣くな」

 

「そ、そこまでのものなんですか!?」

 

「おう泣くも泣く大泣きよ。

そりゃ辛いから泣くんじゃねぇから、安心して渡してやれ。

そんでお前はただ誇れ。

ピースでもして笑ってやれ。

それだけでアイツは救われるからよ」

 

一番に食べさせてくれたあの味は、生涯忘れることはないだろう。

 

─────────────

 

勿論、その合間にマシュの調整は続いた。

苦痛を伴うことになる薬品投与や戦闘訓練を、彼女は懸命に健気にこなしてた。

望んでもないのに繰り返されるそれに、いい顔なんて出来るわけない。

それでも、マシュは笑ったんだ。

諦めや絶望から来る悲しい笑いなんかじゃない。

苦しい日を乗り越えた先に、彼とまた楽しいことができると心の底から信じていたからなんだ。

それでも、調整は想像を絶する凄まじいものだった。

苦痛に顔を歪め、耳を塞ぎたくなる悲鳴に直面させられる。

爪を培養器のガラスや自身に食い込ませようと踠いている。

激痛を少しでも和らげるためにする逃避行動の一種だよ。

身体を固定してなきゃ、彼女の身体には痛々しい傷跡が残っていた。

涙を浮かべて、もうやめてと懇願する顔を見たのも初めてじゃない。

僕だって、思うところがなかった訳じゃないさ。

当たり前だろう、誰が好き好んであんな健気な女の子を苦しめたがる?

僕を初めとしたスタッフたちは、全員最後まで無表情を貫くことが出来なかった。

全員が必死に歯を食いしばって、涙を流しながら調整を続ける。

謝るのは筋違い。

意見するのはお門違い。

背景がどうあれ、僕らがマシュを苦しめたのは変えようのない事実なんだから。

 

それでも、彼は違った。

苦痛に苦しむ彼女の姿を、ちゃんと最後まで見届けた。

調整の度に毎回だ。

何もかも全てを押し殺して、拳を握りしめてそれを見ていたんだ。

マシュが調整から解放された時に、初めて彼は表情を崩した。

 

“お疲れさん、よく頑張ったな”

“ご褒美だ、何が食べたい?”

“今日もちゃんと寝付くまで傍にいる”

“面白い昔話を見つけた”

“アイツが隠してた美味い逸品があったぞ”

“すぐ、休ませてやるからな”

 

彼が居てくれて、本当によかった。

彼のお陰でマシュは強く、真っ直ぐ、ひたむきに、人間そのものの生活を送れた。

不安で仕方のない時や、悲しいことがあった時は何時だって彼が近くにいた。

何時だって彼女の心の支えは、彼だけだったんだ。

 

 

「あの、兄さん......?」

 

「あ?どした、また一人で眠れなくなったのか?

しょうがねぇな、まぁ幸いまだ次の候補は残ってる。

次は『浦島太郎』なんてどうよ?

玉手箱開けた後にはまだ続きがあってよ、一人じいさんになっちまった後は釣りをすることに決めたんだ。

日がな一日中朝昼晩と休むことなくありとあらゆる竿を降って」

 

「いえ、今日のお話はもう大丈夫です。

あの...........明日、最後の調整が」

 

「......不安なのか」

 

「正直言えば、怖いです。

いえ、私の身体の安定を作るために必要なことなので、そこに関して不安はありません。

ただ......ドクターが、命には関わらなくても......その、最悪の場合を覚悟してと言っていました。

何故だか分からないですけど、その最悪の場合が分からなくて怖いんです。

何だか、いつも以上に追い詰められているようなドクターの顔が頭から離れなくて、その調整の末に私がどうなってしまうのか......」

 

「.............来な、また寝かしつけてやる」

 

「え?

ですから私はまだ眠くなくて」

 

「いいから、子どもはもう寝る時間だ。

昔話はそろそろ飽きたろ?

たまには違う話でもしてやるよ」

 

「むきゅっ」

 

「そうだな、あるバカ野郎の話でもするか。

薄暗い地下で産まれ、妙な爺さんに拾われ、遠くへ飛ばされ、チャンバラ合戦に巻き込まれ、結局何も出来ず果たせず、ありふれた別れを告げられた、そんなバカな話だ」

 

 

 

 

 

 

 

─────大丈夫だ、お前は絶対死なねぇ。

起きたら綺麗さっぱりとした新しい人生を迎える。

何も怖がることはねぇし、変に身構える必要もねぇんだ。

ただ、期待しろ。

胸に希望と期待を抱いて、隣を一緒に歩いてくれる奴を見つけろ。

それが出来た時、そこから始まるのがお前の人生だ。

辛いことや苦しいこと、泣きたいことに痛いことがこれから波のように押し寄せてくる。

乗り越えてみろ、人生楽しみたきゃそれを乗り越えてみせろ。

その苦しい状況の中で、お前の本当の価値が出てくる。

 

────達者でやれよ、じゃあな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────待って............行かないで、兄さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

2人にとって、一番辛い別れになってしまった。

僕らはただ、幸せに笑って欲しかっただけなのに。

 

 




やぁどもども。
唐突だけど思い出話に入るよ。
そこまで長くないと思うけど是非もないよね。
こういうのはお約束だから。
1万字超えたから次に持ち越すとかの理由じゃないから。

ちょこっと間幕の物語的なことします。
してみたかっただけです。
他意はありません、ただの薄汚い欲望です。
矛盾とか色々あると思うけれど、どうかこういうものなのだと割り切って流して下さい。


感想くれた人も誤字報告してくれた人もありがとう。
気長にやって、時折もう一つの方に注力しますので、どうか気長に楽しんで下さい。
さいなら。

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