前回の二倍の長さです。一話目が少々短すぎたので、一話目とくっつけるかどうか迷ってます。
時間は少し進み朝食の時間がやってきた。スバルの磨いたテーブルには最初から居たエミリアに続いてロズワールが着いた。
「おやおやスバル君、おはよう」
「ああ、おはようさん」
相変わらず朝から見るには少し目に悪そうな化粧だ。
と、返事を返すとロズワールは意外そうな顔をした。
「おやスバル君、どうしちゃったのかーな? 今日はいつにもましてテンションが低いじゃないか」
それはそうだろう。先ほどこの机をピカピカに磨いている間に些細な、しかし今のスバルにとっては少々うんざりな事件があったのだから。
「なんでもねーよ。……単にちょっと気分が悪いだけだ」
少々雇い主に対して配慮がなさすぎる口調だが、いつものスバルの態度と比較すれば特に変わりはない。
平常通りとはいかない心境だが、スバル自身ロズワールと話すと必然的にラムの姿が頭をよぎるのだ、現状を考えればリラックスできないのも仕方はない。
「ふーむ。スバル君はあれから少々疲れ気味のようだねぇ」
ロズワールは神妙な顔でわざとらしく手を顎に当てると、部屋を見回しながら言った。
「それはあれかナ。やっぱりラムに心を奪われすぎて、仕事に手が回らないということかな?」
スバルは思わず吹き出してしまう。
もちろんロズワールも本気で言ってはいないだろう。この屋敷で暮らしているものならばこの一週間スバルとラムの関係が少々悪くなっていることに気づかないことはない。ましてや、この抜け目なさそうなピエロならば言うまでもない。
「そんなんじゃねーよ。ってか逆だ。かわいい新人が鬼姑みたいな先輩にいじめられてるだけだっつの」
「姑とは、これまたユニークな表現だねぇ」
ロズワールは不健康そうな唇を吊り上げ苦笑した。
そこで今度は別の方向から声がかかる。
「おや、姑とは僕の事かな?」
姑という言葉を聞きつけエミリアの髪の中から現れたのはパックだ。
「ちげーよ。確かに俺がエミリアと結ばれるときに一番の障害になりそうなのはお前だがな」
「よくわかっているじゃないかー」
パックは机に突っ伏しているスバルの前で人懐っこい笑顔で浮遊している。
「今朝だって、リアの前で一生懸命働いてたもんね。そういうひたむきなところは親としてはポイント高いよ!」
その言葉にスバルの顔がガバッと持ち上がる。
「本当ですかお父さん!」
「はっはっは、僕の娘にふさわしいとはまだまだ認めてないけどね!」
「やっぱりな!」
再びうなだれるスバルだが、こうした日常の会話は嫌いではない。むしろ大分屋敷になじめてきた分楽しい。
だからこそ、なぜラムにこう苦手意識が芽生えてしまったのかが分からない。
あの繰り返される一週間の間であったことを入れてもラムの事は嫌いではないのだ。
彼女の毒舌もあのループの間は苦ではなかったし、こうまでストレスが溜まるものではなかったはずだ。ならば一体何が変わったというのか。
「バルス、来なさい」
不意に入り口付近から名前を呼ばれた。といっても元の世界含めてこんな名前で自分を呼ぶ者は一人しかいないのだが。
「はいよ」
特に反論することもなく、椅子から立ち上がる。行きがけに目の前でエミリアと会話するパックを揉んでから腰に手を当てこちらを待つ先輩の方へ向かう。
「使用人なら食卓で当主様とお話ししてないで、厨房へ来なさい」
至極まっとうな言葉だとスバルは思ったが、厨房へいってもやることがないのだ。
何度も言うがこの屋敷には人がいない。使用人三人に対して、この館の居住者はパックを含めなければ三人。スバルの感覚からいけばどう考えても過剰戦力だ。
これではバカでかい屋敷の掃除はともかくとして、食事に関しては、そこらの一般家庭と量はそう変わらない。
「でもなー。実際問題、俺が厨房いってもろくにすることがねーし」
前を歩くラムへとつい愚痴をこぼす。
「そうね、確かにレムがいる以上、バルスが厨房でする必要がある仕事は掃除以外ないわ」
スバルの発言をあっさりと肯定するラム。
ラムにも特にしなければいけない仕事はないだろうに、という言葉はぐっと呑み込む。そこら辺はラムもしっかりと認識しているので口に出すことはないが、スバルの厨房でする仕事は結局いてもいなくても変わらないお手伝いさんなのだ。これでは士気が上がる訳もない。
「だろ? まあ俺も全く料理が出来ないとは言わないけど、レムが何でもできすぎなんだよな」
料理メニューに関してはレムに一任されているし、例え作業が多少面倒でも――例えば切る作業が多そうな料理の時には、ラムが風魔法を唱えれば一瞬で細切れになった野菜たちが出来上がってしまう。
端的に言ってしまえば、最近スバルは仕事にやりがいを覚えていないのだ。
それは厨房仕事に限らず、屋敷の雑事全般に対してそうだ。
原因としては、仕事のやりがいのなさもそうだが、あの魔獣事件で大けがをしてから体が不調になっているというのが大きいだろう。
これはきっと死の危険をかいくぐり続けたあの夜の疲れと、繰り返される一週間から抜け出せた安堵感からくる気のゆるみのようなものなのだ。スバルは自分でもそう自覚しているのだが、それでもどうすれば緩んでしまった弦を張りなおせるのかがいまいち分からない。
「料理はもう出来ているわ。だからバルス、今日は盛り付けの練習でもしてみなさい」
こちらを振り返りつつそう告げられたラムの言葉にも、やはり気が進むことはなかった。
「スバルくん上手ですよ!」
スバルが皿に野菜を盛り付けていくたびに横で歓声が沸き起こった。
「へへ、俺には盛り付けの才能があるのかもしれねーな……」
「あ、でもここはこうした方がいいですね」
「あらら……」
スバルががっくり首を落とすとすかさずレムのフォローが入る。
「いえ、でも盛り付けをしたことがないスバル君にしてはとっても上手ですよ!」
「微妙に嬉しいけど嬉しくねーな」
そんな二人の様子を少し離れてみているラムの表情は、さながら『彼氏できた!』と言ってリーゼント頭を連れてきた娘を見るようなものだ。
その手に握られた芋から垂れる皮も、ナイフが小刻みに揺れているのか少しばかり不出来なものだった。
「いやーでも料理の楽しさってのはこういうとこにもあるんだな。俺ってば調理の方ばっかに目が行ってたぜ……」
スバルはうんうんと神妙に頷きつつ、目の前に並べられたサラダの皿を眺める。……割と満足のいく出来だ。
「あらバルス、そのサラダが美味しそうに見えるならそれは領民たちのおかげであって、バルスの盛り付けによるところは少ないわ」
「ふっふっふ」
スバルはそんなラムの言葉にも今回ばかりは不敵に笑う。
「それならこっちはどうだ!」
そう言いスバルが座っているラムにも見えるようもう一つの皿を差し出す。
その上にはこんがりと焼けた食パンと目玉焼きが少しずらしつつ載せられ、そしてその上から調味料がジグザグに垂らされている。
これぞスバルが元の世界で学んだ『美味しそうな盛り付け方』テンプレである。
それを見たラムの反応はというと、眉を少し動かした程度で、
「確かにバルスにしてはいい盛り付けだけど、それにしたって目玉焼きとパンをうまく焼いたのはレムだわ」
それに、と付け加えつつ、ラムは瞳をスバルの持つ皿から横にズラす。
スバルにとってはあんまり見てほしくない方向だ。
「その植物はなんなの? まさか朝食のスープを植木鉢か何かと勘違いしてしまったのかしら」
ラムの目線の先にあるのはおわん型のスープから少々茎がしっかりした植物が二、三本顔を出した謎の作品だ。
朝食の、色の付いたスープに対して致命的にあっていないのは明白だった。スバルも作った直後にそれに気づいたため、この一杯以外には余計なことはしなかった。
よって幸いな事にこの限定品スープが、貴族の食卓にあがることはなさそうだった。
「いや、これは俺も無いと思うわ」
スバルも後半二品が上手くいったためか、心おきなくこの料理を切り捨てることができた。
「そうですね、流石にこれはちょっと持っていくことは出来ませんね」
スバルには目がないレムでもこれなのだ。まあスープに関しては単体で十分見栄えするので何もしないで良かったのだろう。
そんな二人の様子をみてラムも追及する気をなくしたのかため息を一つ吐いた。
「もういいわ。バルス、その皿をトレーに乗せなさい。ワゴンで運ぶから」
そう言って立ち上がると、ラムも皿をそれぞれトレーに載せ始めたので、三人で皿をカートに乗せていく。
「なあレム、今日は俺はワゴン押してってもいいか?」
気まぐれだったがレムは笑顔で了承した。
「はい、もちろんです!」
レムのお墨付きももらったところで料理を全てカートに乗せ終えたので、スバルが慎重に押していく。
「おお? っとっと」
カートは貴族らしく多少なりとも重厚感があり、食堂の堅い床の上はまだしもカーペットの上を走らせるのは少し力が必要だった。
「いつもお前が運んでるの見てなんも思ってなかったけど、これ思ったより大変なんだな」
スバルは出来るだけ様になるようにと、全身で押すようにして丁寧にカートを滑らせていく。
「はい、レムはこれでも鬼なので」
鬼の力というのは人の何倍くらいあるのだろうか、スバルはゲームの様に数値化して力を測れたら面白そうなのになとぼんやり考えつつ食堂へと運んで行った。
朝食を終え食器を下げて皿洗いなどをした後は、しばしの自由時間だった。
ここぞとばかりにスバルはエミリアの居る所へ向かう。
といっても場所が分かっているわけではないが、恐らく中庭辺りを散歩しているだろう。まだ自室にはいっていないはずだ。
スバルはエミリアが自室に戻ってしまった後は、たとえ自由時間が長くあっても出来るだけ行くのを自重するようにしている。エミリアは王戦の候補者として勉強すべきことがまだ沢山ある。その邪魔をすることになるのは、スバルとしても避けたいからだ。
入口近くの窓から外を探すと、エミリアが芝生に寝っ転がっているのが見えた。傍で飛んでいるのはパックだろう。
その姿を見ると、自然と頬が緩んでしまう。
すかさず外に出てエミリアの居る方へと小走りで駆け寄っていく。
「エーミーリーアたーん!」
「スバル?」
銀髪の少女が髪を芝生に垂らしつつ体を持ち上げこちらを振り向いた。
「なーにしてるの!」
エミリアの傍に寄り、スバルも草の上に腰掛ける。
「フフ、何って、あんまりいい天気だからこのままお昼寝しちゃおうかなって」
そうはにかみながらエミリアが言うと、パックが口を開く。
「僕としてはホントにそうしててもかまわないと思うんだけどねぇ」
パックの口ぶりをスバルが疑問に思う。
「というと?」
「いやー、わが娘は努力屋さんだからねー。もっと気を緩めてもいいと思うんだけれど」
その言葉にスバルは納得した。なるほど今のエミリアの言葉は彼女なりの冗談だったらしい。
考えてみればまじめな彼女のことだ。午前中からしっかりと国についての勉強やらなんやらをするのだろう。
スバルにはあんまり真似できなさそうだ。
「もう、パックったら。……私は王になるのにまだまだ足りないことだらけだから、人一倍努力しないといけないんだから」
他の参加者というものをスバルは知らないが、考えてみれば一国の王を決めるのだ。それなり以上に学を積むなり武を鍛えるなりしなければなるまい。
まあスバルはほかの候補がどんな賢人や戦士であっても、エミリアを推すことに変わりはないのだが。
「エミリアたんは十分頑張ってるって。ちょっとくらい休んだってお釣りがくるよ」
「ありがとうスバル。でも他の王選に参加する人たちもきっと、毎日毎日頑張っているだろうから、私だけ怠けることは出来ないわ」
なんとも力強い言葉だ。最近いつも微妙にさぼっている自覚があるスバルとしては、耳が痛い感覚と同時に、背筋が伸びるような思いがした。
「うーん、エミリアたんを見てるとこっちまでしっかりしなきゃって思えてくるよ」
「スバルこそ、少し頑張りすぎてるのよ」
「それはないよ」
エミリアの言葉は少し意外なものだったが、誰より自分が自覚している。
「そう? ……だって」
エミリアはそう一拍おき、
「元々ここに来たのだって見ず知らずの私を助けてくれたからでしょ? それで大怪我まで負って、今度はこの屋敷の使用人になるって言いだして、いつの間にか魔獣の群れから村を救っちゃうし」
「確かに、スバルはよく頑張ってるね」
エミリアの言葉に同意するように、灰色の毛並みを揺らしながらパックがうなずく。
しかしそうか、はたから見れば結構頑張ってるな俺、とスバルは冷静に考え直す。
はたから見ずとも、それ以上に、命をかけてエミリアや村の面々の命を救ったスバルは十分賞賛に値するものだろう。
そうはいってもそれはそれ、今は今だ。
「でもそれにしたって、最近はちょっと気が緩みすぎなんだよなぁ、俺」
そう言いつつ、腕で体を支え、首を後ろに投げ出すと視界にパックが入り込んできた。
「まあそう肩を落とすこともないさ。君はただの人間にしては最近頑張りすぎてたんだよ。特に一週間前の事なんかは、普通の人だったら一生に一度あるかないかの大活躍さ!」
「確かにそうだな……ってあれ、その言い草だとこれからもあんな事があるみたいじゃない?」
「そりゃもちろん。リアの隣を狙っているんだったら、あんなハードルは軽く超えてもらわないと」
「うへえ、その通りだけど……簡単に言ってくれるな!」
この愛くるしい顔をした触り心地のいいもふもふは、見た目に反して案外厳しいことを平然と言う。ギャップというやつだろうか?
「もう! パックったらまたそんなこと言って……」
対するエミリアは本気で怒っている様子だ。この様子だと、スバルの思いは未だまったく届いていないらしい。
「先は長いぞスバルくん」
わざとらしく低い声で語りかけるパックに対して、
「はいはい、わかってますよお父上さま」
スバルもおどけたように返答するのだった。