フロンティア事件からしばらく経ち、マリア・カデンツァヴナ・イヴは身の自由と引き換えに常に監視をされながらの生活を余儀なくされた。生活の場として用意されたマンションの一室はこの手の待遇としては悪くなく3部屋ほどを備えている、一人では少し広いくらいだが共同生活の名目でここにも監視の目があった。その人物とは…
「さっきから震えてどうしたマリア、小日向から教えてもらった水出しの緑茶が温まってしまうぞ。まさか寒いのか?待っていろ、今空調の温度を…む、リモコンはどこだ…」
茹だるような暑さの中、空調が効いた部屋でマリアと同居人の風鳴翼は立花響の親友の小日向未来から教えてもらった水出しの緑茶をすすりながら話していたがマリアが俯いてプルプルと震えていた。震えているのは翼が言うように寒いのではなく別の理由であるが翼は気づくことなくエアコンのリモコンを探している。マリアは我慢ならずバンと机を叩いて立ち上がった。
「翼!これは一体どう言うこと!?」
「何がだマリア?」
「この部屋のことよ!」
「部屋?やはり寒いのか、だからこうしてリモコンを探して…」
「違うッ!」
マリアは手近な床を指差す、そこはとてもではないが足の踏み場がないほどに散らかりきっていた。そこだけではなく部屋全体が、完全に散らかっていた。そしてマリアは怒ったようにまくし立てた。
「私が打ち合わせから帰って来れば何よこのザマは!?私が打ち合わせに行ってる間に泥棒でも入ったと言うの!?」
「それは…」
「何よ」
翼が少し溜めた後神妙そうで達観したような顔で静かに宣った。
「防人たるこの身は常に戦場にあったからな、私は戦いしか知らない。ならばこうなるのも道理と言うものだ」
「つまり?」
「色んなものをひっくり返していたらいつの間にやらこうなっていた」
「そんな事だろうと思っていたわ…」
マリアが呆れたようにため息を吐くともう一度気合いを入れるように大きく息をついて決意の表情で言った。
「片付けするわよ、手伝いなさい」
「…承知した」
「ついでに貴方の部屋も片付けるわ」
そう言って翼の部屋のドアを開けるとマリアは思わず絶句してしまった。そして絞り出すように声を出したのは少ししてからだった。
「何よ…これ…」
マリアが見た光景は魔窟そのものだった。散らかり切ったどころの表現では言い表せないような散らかり具合、足の踏み場などと言うものはとっくにない部屋だった。マリアはその光景に思わず膝から崩れてしまった。
「こんな部屋が存在するなんて…そんなの…セレナッ…私はどうしたら…」
「私の部屋を見るなり崩れ落ちてどうした?」
「酷すぎるのよ…なんでこんなので生活してたの貴方」
「…防人だからな!」
「もう良いわよその言い訳はッ!」
マリアは拳を握りしめ覚悟を決めたように声高に言った。
「狼狽えるなッ!世界を救うのに比べればこの程度安いものッ!」
「その通りだマリア、お前がどれだけ拒絶しようと私も手伝う。それが防人としての私の使命だ」
「当然手伝うのよ、防人とか関係なしに」
「承知」
そして始まった掃除はかなりの苦難を要した。まず散らかり放題な物を片付ける作業から入ったが…
「これはここね、これは…」
「失くしたと思っていたリディアンの楽譜!こんなところにあったのか!」
「しまった側から出すなッ!」
「む、すまん」
「全く貴方は…」
こんなやりとりが何回も続き物を片付けるだけでも時間を要した。次に部屋の掃除を始めたが…
「なんでいきなり掃除機をかけるのよ!まず部屋の上の誇りをハタキか何かで落とさないと意味ないでしょ!」
「そんなものか…承知した」
翼の壊滅的生活力から繰り出される謎行動によりマリアは頭を抱えながら何とか掃除を終えた頃には日が沈もうとしている頃だった。
「疲れたわね…」
「同感だ…」
二人はリビングで寝転がって地獄の掃除が終わったのを労いあっていた。
「にしても翼…貴方もう少し日常生活をマトモにしなさい」
「それはどうだろうな」
「どう言うことよ」
「私は防人でありこの身は剣だ、それは戦いが続く限り変わることはない」
「だからそれは…」
マリアが遮るより先に翼が更に言葉を続けた。
「だがもし…戦いが終われば…「風鳴翼」として生きられる世界が来たならば、その時は少しはマリアの言う「マトモ」に近づけるかもしれんな?」
優しく笑う翼を見てマリアはフッと笑ったあと言った。
「ホントに…可愛くないわね」
「今更何を言う、そう語って聞かせたのはお前ではないか」
「それもそうね…っと」
マリアが立ち上がるとキッチンに向かいながら言った。
「ご飯作るからそこでじっとしてなさい、これは手伝われたら堪んないから」
「承知した、マリアの作るのは美味いからな」
「それはどうも」
二人がそう言ってクスリと笑った後、マリアが夕飯を作り始めた。もしかしたらこれも束の間の日常かもしれない。だが少女たちの胸の奇跡ある限り、世界は何度でも歌を取り戻すだろう。