20xx年
_ある男子中学生がISを動かした_
そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、各国に衝撃を与えた。
IS_正式名称はインフィニット・ストラトス。既存の兵器をはるかに上回る性能を持つこの兵器の登場とともにこの世界は一変してしまった。なぜなら、この兵器にはなぜか女性にしか扱えないという致命的な欠点があったからだ。
この事実は、不完全ながらも男女平等の実現に向けて努力していた社会を、完全なる女尊男卑の社会へと変えてしまったのだ。
それこそ歴史の中で女性が受けていた差別に対する意趣返しのように・・・
しかし急激に社会が変化したといっても、各国の首脳や軍の中枢のような地位は未だに男性が握っていることも事実である。
この男子生徒の登場は、男性の復権を目指す彼らにとっては僥倖であり、またその争いに巻き込まれ利用されていくことも想像に難くなかった。
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しかしまあ、俺にとっては男がISを動かそうがサルがISを動かそうが関係ないわけで、普段と変わらぬ日常を送っていた。
「ねえダイチ、見てください。この方が世界で唯一の男性IS操縦者の方ですって!」
テレビを見ていた少女がこちらを振り返りながら興奮気味に声を上げる。
彼女の名は
名は体を表すという言葉通り雪のように白く透き通った肌を持ち、腰のあたりまでまっすぐ伸びた黒髪や、すっきりとした目鼻立ち、くっきりとした二重の大きな瞳は、年齢に見合わず可愛いというよりはむしろ綺麗という形容詞が似合う。
容姿だけではなく茶道や華道、日本舞踊などにも精通しており、今や絶滅危惧種となりつつあるまさに『大和撫子』と呼ぶにふさわしいお方であり、俺がお仕えしている六角家の一人娘である。
「まあ、世界は広いですからね。探してみれば案外見つかるんじゃないですか」
俺はお茶を淹れる手を止めずに答える。
テレビからは、日本政府がこれまで行ってこなかった男性に対するISの適正検査の実施を検討している、といったニュースが聞こえてきた。
全く一体どこからそんな金が出てくるのだろうか、半ば呆れながらも少しずつ二人分の湯飲みにお茶を注いでいく。
「雪菜様、お茶請けは羊羹かおまんじゅうかどっちがいいですか?」
「羊羹が食べたいです」
「承知しました」
戸棚に隠してあった秘蔵の羊羹から二人分を切り分け、お茶と一緒にお盆にのせて持っていく。
「美味しい!流石ダイチですね」
お茶を一口含んだ雪菜様の顔がパッとほころぶ。
「いえいえ、別に大したことじゃないですよ」
「本当に美味しいんですから謙遜しなくてもいいのに。私は世界一だと思っていますよ」
「それでは、お褒めにあずかり光栄です」
「そうです。あなたはもっと自分に自信を持つべきです」
俺の冗談に対し満足そうに彼女はウンウンと頷く。
どういうわけか雪菜様は俺の部屋によくお茶を飲みに来る。
この部屋は六角家の正面にあるアパートの一室で、六畳一間と決して広くはないのだが、何故か彼女は気に入っているらしい。
することと言えば二人でお茶を飲んだり、テレビを見たり、他愛のない話をしたり…要は大したことはしていないのだが、俺はこの時間が結構好きだ。
いつものように二人でどうでもいい話をしていると、彼女は突然思い出したように切り出す。
「今度の日曜日、一緒に国際IS展に行きませんか?」
国際IS展?_確か各国の最新鋭ISの実物大のレプリカが見られることで話題になっていたあれか。
「雪菜様、IS好きですもんね」
女性にしか扱えないということもあり、ISに関して詳しい女性も多い。その中でもどうやら雪菜様はかなり熱心な方であるらしい。
「それもありますけど…」
そこで彼女は口ごもる。
「?」
「それに…最近はダイチと二人でお出かけする機会がなかったものですから…あの…ダメ、でしょうか?」
少し頬を赤らめながら彼女は遠慮がちに尋ねてくる。それも上目遣いで。
いくら何でもそれは反則だ。彼女にそんなことをされて、断ることが出来る男などどこにいるだろうか。
「いやっ、別に構いませんよ」
俺は照れているのがばれないように、少し顔を逸らしながら答える。
現実問題として、執事兼雪菜様の護衛を務める身としては、どこか人の多い所へ出かける時には、ついて行かなければならないといった事情もある。
…まあ一緒に出掛けたかったというのは、もちろん俺の本心でもあるが。
「ありがとうございます!楽しみにしておきますね!」
そういう彼女はかなりご機嫌な様子だ。そんな彼女を見ていると、自然とこちらも嬉しい気分になってくる。
この外出が人生を大きく変化させることになるなんて、この時の俺はまだ知る由もなかった。
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IS展は日曜ということもあり、かなりごった返していた。ISが女性にしか扱えないこともあってか、客の大半が女性でありかなり居心地が悪い。
「ダイチ、見てください!イギリスの第三世代型ISの
雪菜様は入ってからずっとこんな調子で、子供のように目を輝かせながら説明してくれる。が、一般的に男性はISについて学ぶ必要がないため、その知識はゼロに等しい。教育の現場にまで女尊男卑の影響が表れているのだ。
もちろん俺もその例外ではない。そのためさっきからの雪菜様の説明は半分も頭に入って来ていなかった。
「ダイチ、こっちにはレプリカじゃなくて実物のISが展示されていますよ!」
興奮気味の雪菜様に連れられ、別のコーナーに移動する。
そこには黒っぽい無骨な感じのISが展示されていた。
名前は打鉄。説明文によれば量産型のISで、飛びぬけた性能こそないものの誰にでも扱いやすい汎用性が特徴らしい。
「ねえダイチ、聞いていますか?」
上の空で聞いていたのが態度に表れてしまっていたのだろうか。彼女は少し拗ねたように訊いてくる。
「いや、聞いてますよ。確かイギリスの専用機がどうのこうの…」
適当になんとかごまかして切り抜けよう。この発想がいけなかった。
「ちゃんと聞いていないじゃないですか!もういいです。しばらく一人で回ります!」
しまったと思った時にはもう遅く、雪菜様は怒ってどこかに行ってしまった。
置いて行かれた俺は、彼女を追いかけることはしない。なぜならこうなってしまった彼女には話しかけても無駄だということが経験上分かっているからだ。
雪菜様の怒りが収まるのを待つため暫くそこら辺をぶらつくこと10分、『お昼ご飯をご馳走してくれるなら許してあげます』というメールが届いた。
今回はすぐに解決しそうだ、と心の中でひとまず安心する。以前機嫌を損ねた時には3日間一切口をきいて下さらなかったことがあった。あれは流石に堪えた。
(後でちゃんと謝ろう。そして午後からはしっかりと話を聞くことにしよう)
そんなことを考えながら俺は『分かりました』と短くメールを返信して彼女と合流すべく歩き出す。財布の中身、大丈夫かな…
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その時だった。ドンッ、という低い爆発音が数回聞こえ、それとほぼ同時にガラスの割れる甲高い音が響き渡る。次の瞬間、会場内はパニックになった。誰もが我先にと出口に向けて走り出す。
(一体何が起こっているんだ…とにかく雪菜様の所に急がないと!)
俺は人の流れに逆らい、雪菜様の方へ必死で向かう。雪菜様は確か今は量産型ISの展示ブースにいたはずだ。
人ごみをかき分け、何とか目的地へとたどり着く。
しかし俺がそこで目にしたものは、一体の黄色と黒のカラーリングが不気味なISとそれを取り囲む警備員たち…
そしてその足元で倒れている一人の少女だった。
_プチンッ
「ああああああああああっ!!!!」
俺の中で何かが切れた。気が付くと俺は、声にならない声をあげながらそのISに殴りかかっていた。
生身の人間がISに勝てるわけがない。流石にそのことは俺にもわかっていた。でもそうせざるを得なかった。
ISに対する怒りや憎しみはもちろんあったが、それ以上に雪菜様を守れなかった自分に対する怒りが俺を突き動かしていた。
だが、次の瞬間には俺の体は壁際に吹き飛ばされていた。武器を使われたわけでもない。ただうるさいハエを追い払う時のように、ただ振り払われただけ。ISにとって生身の人間とは、敵と認識するほどのものですらなかったのだ。
_ズキッ
立ち上がろうとすると右足に強い痛みが走る。恐らく骨にヒビが入っているのだろう。頭からは血も流れている。
(俺に力があれば…なんでもいい。力が欲しい…‼︎)
俺は半ば無意識に展示されていた量産型IS、
恐らく普段の俺なら、ISを起動させようなんて馬鹿なことはしなかっただろう。だがこの時の俺は、それを考える思考能力も判断力も残っていなかった。
_キンッ
金属音が頭の中に響く。そして次の瞬間、膨大な情報が頭の中に流れ込んできた。
突然の出来事に思わず倒れこみそうになるのを何とか踏みとどまる。すると、気づかぬうちに俺の右手には剣が握られていた。
(これなら…これならいける‼︎)
そう思った俺はISにまっすぐ向かっていく。
そして、そこで意識が途切れた。
_____
次に目覚めたのはベッドの上だった。さっきまでの惨状は夢だったのではないかという考えが脳裏を掠めるが、全身の痛みがそれを否定する。
(一体雪菜様はどうなったんだ?)
俺はそのことで頭が一杯だった。ベッドから起き上がろうとするが、うまく体が動かない。そんな俺の様子を見て医者が慌てて止める。
「君、まだ動いたらダメだよ!」
制止を振り切り無理やり上半身を起こした俺は、医者に食らいつかんばかりに問い詰める。
「雪菜様は!ISに襲われた少女はどうなりましたか⁉︎」
「ああ、彼女か…」
不意に医者の表情が曇る。
俺は最悪の事態を想定したが医者はすぐにこう続ける。
「勘違いしないで欲しい。彼女は死んでいないよ」
その言葉に俺はひとまず安堵するが、医者はこうも続けた。
「死んではいない、ただそれだけだがね…」
俺は医者の言っている意味が理解できなかった。
「それって…どういう意味ですか?」
そう訊いた俺の声は震えていた。
「自分で呼吸をしていて、心臓も自分で動かしている。ただそれだけの状態。いわゆる植物状態というやつだ」
医者の言葉に俺の頭は真っ白になる。が、すぐに一つの思いが湧き出てきた。
俺のせいだ。俺のせいで雪菜様は…
「俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ俺のせいだ」
「君、落ち着きなさい!」
医者が怒鳴る。
「俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺の…」
見かねた医者に鎮静剤を打たれ、俺の意識は遠ざかっていった。
_____
それから二か月間、治療とカウンセリングを重ね精神的にも落ち着いたということで退院することとなった。
そして今日、カウンセリングの先生が同伴するという条件で雪菜様のお見舞いに行くことが許可された。
俺はノックをして病室に入る。
ベッドの上で雪菜様は眠っていた。その姿は事件前とほとんど変わらず、何も知らなければ本当にただ眠っているだけに見える。それが逆に俺の心を苦しめた。
「ダイチ、君はもう大丈夫なのかい?」
ベッドのわきに座っていた旦那様に声をかけられる。その顔には疲労の色が色濃く表れていた。
「俺はもう大丈夫です」
「そうか、それならよかった」
そういって無理に笑おうとするが、どうにも笑顔がぎこちない。
「あの、俺が近くについていなかったばかりに…本当に申し訳ありませんでした」
俺は旦那様に対して深く頭を下げる。
謝って許されることではない。そんなことはわかりきっていたが、それでもとにかく今の俺には謝ることしかできなかった。
「頭を上げてくれ。今回のことはどうしようもないことだったんだ。それにいくら君でもIS相手ではどうしようもなかっただろう」
「ですが、身代わりになるくらいは…」
_バチンッ
突然俺の右頬に痛みが走る。あまりの唐突さに、旦那様に叩かれたのだという事実に気づくのに数秒かかった。
「君は…君は自分がいったい何を言っているのか、分かっているのかい?」
旦那様の声は怒りで震えていた。目には強い怒気が籠っている。十年間六角家に仕えてきて初めて旦那様が怒っているのを見た瞬間だった。
「私は君を使用人として見たことはないよ。私は君をずっと家族の一員として扱ってきたつもりだ。もちろん雪菜だってそうだろう。君が身代わりになるようなことを雪菜が望んでいたと思うのかい?」
強い語調で一気に捲し立てると、俺の体を抱きしめて言った。
「だから、自分が身代わりになればよかったなんて馬鹿な考えはしないでほしい。もっと自分を大切にしてくれ…」
「はい…」
旦那様は泣いていて、俺はそう答えるので精いっぱいだった。
自分が使用人としては高待遇なことには気づいていたが、まさかそこまで思って下さっていたなんて考えたことがなかった…
感謝とともに戸惑いがあり、俺は言葉を紡ぐことが出来なかった。
しばらくの沈黙。それを破ったのはノックの音だった。
少し慌てた様子で旦那様は涙をぬぐい、いつものように落ち着いた声でどうぞ、と答えた。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、黒いスーツに身を包んだやたら目つきの鋭い女性であった。そして俺に対してこう言った。
「キミが
「失礼ですが、貴女は?」
「ああ。挨拶が遅れて申し訳ありません。私はIS学園で教員を務めている
「IS学園?そんなところが一体ダイチに何の用があるんですか?」
旦那様が疑問を口にする。
「上代君はこの間のIS襲撃事件の際に、男性でありながらISを動かしました。政府はこれを知って、上代君を世界で二人目の男性IS操縦者として、IS学園に入学させることを決定したのです」
「まさか…」
旦那様は信じられないといった顔で俺を見る。
その反応も当然だろう。
俺がISを動かしたことを知っているのは、あの場にいた人間だけなのだから。
「それは拒否することは出来るんですか?」
俺は織斑さんに尋ねる。ISは雪菜様を傷つけた兵器、正直言って二度と目にしたくなかった。
「拒否することも出来ないことはないが、拒否して一体どうするつもりだ?」
「俺は雪菜様の側に…」
俺の言葉は織斑さんに遮られる。
「側にいてどうなる?君が側にいれば雪菜さんは治るのか?」
「そっ、それは…」
彼女の言葉に反論出来ず、言葉に詰まる。
織斑さんは畳みかけるように続ける。
「それに君は、世界でたった二人しかいない男性IS操縦者のうちの一人だ。君自身が狙われることも多くなるだろう。相手の中には、ISを使って君を襲ってくる者もいるはずだ。そんな時、君はISを使えなければどうやって自分の身を守るつもりだ?雪菜さんが目覚めた時自分の身も守れない人間が、どうやって大切な人を守るつもりだ?」
「…」
「君にはその守るための力があるんだ。それでもIS学園への入学を拒否するというのならそれでもいい。意志のないものに無理強いはさせられないからな」
それまで静観していた旦那様が口を開く。
「お話はよく分かりました。しかし貴女は、あんな悲惨な事件を経験した人間をISに乗せようというのですか?」
「選択権は彼にあります」
「拒否するという選択肢を実質的に消すようなことを言っておいて何を…」
反論を続けようとする旦那様の言葉を遮って俺は言う。
「旦那様。ありがとうございます。でも、もういいんです。俺は決めました」
そして旦那様を真っ直ぐに見て自分の決意を告げる。
「俺はIS学園に行きます。今回のようなことがまた起こった時に、大切なものを…家族を守るために」
俺の言葉に、旦那様は複雑な表情を浮かべる。
「…そうか、君が決めたことなら私は反対しない。だが一つだけ約束してくれ」
そう言って俺の手を強く握りしめる。
「絶対に死なないでほしい。何度も言う。君は家族だ。これ以上家族が傷つくのは見たくないんだ」
「はい…お約束します」
旦那様の思いに、思わず泣きそうになるのを何とかこらえて俺は答えた。
こうして俺のIS学園入学が決まった。
その先に更なる試練が待ち受けているとも知らずに…
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高層ビルの最上階の一室に帰還した女は、いかにも物足りないといった様子で愚痴を漏らす。
「全く手ごたえのない任務だったぜ。暴れたりねえな」
不満を漏らす彼女をなだめすかすように、美しい金髪の女性が話しかける。
「そんなこと言わないの、オータム。あなたの任務はきちんと意味があるものなのだから」
「なぁ、そろそろ目的を教えてくれてもいいだろ、スコール」
「うーん、そうねえ…」
スコールと呼ばれた女性は質問に対して少し考えた後、不敵な笑みを浮かべてこう答えた。
「世界の変革、かしら」