話がある、と言って織斑先生に呼び出されたのは襲撃事件から三日後の放課後だった。いよいよ来たかと思いつつ職員室に行くとここでは話しにくい、とのことで職員室の奥にある特別指導室に通された。
正直俺は緊張していた。特別指導室というのは、窓がなく防音もしっかりしているため生徒たちの間では、拷問部屋だ、とか取調室だ、とか言われていて恐れられていた。実際あまたの問題を起こしてここで「特別指導」を受けた問題児の生徒は次の日からは見違えるように真面目な生徒に変わったという。そんなところに連れて行かれたのだ。身に覚えあるとはいえ、いやあるからこそ緊張しないはずがない。
「織斑先生、その…話と言うのはこの前の無断外出の件でしょうか?」
特別指導室に入り俺は恐る恐る尋ねる。
「いや、それは事情が事情なだけに今回は不問とすることにした。今日はお前のこれからの処遇についての話だ。立ち話もなんだし座ってくれ」
とりあえず応接セットの椅子に座る。処遇、という思ってもみない言葉に俺は戸惑っていた。
「処遇って学園内のですか?」
「いや、お前の所属する国と専用機についてだ」
「所属?日本じゃないんですか?」
さらに予想外の展開だ。俺は日本人だから当然日本所属になるものだと思っていた。基本的に国家の代表操縦者はその国の国民から選出される。まあ、楯無さんのように自由国籍でも持っていれば話は別だが、俺はもちろんそんなものは持っていない。
「普通の場合はそうなるな。ただしお前の場合は世界でただ二人しかいない男性操縦者だ。前々からその二人を日本が独占することに対して、各国から不満の声が上がっていたんだ。そんな折に今回のIS襲撃事件が起こった。お前の身の安全を確保するために対応の遅い日本政府に代わって専用機を与えると言う口実で国際IS委員会において協議が行われる事になったんだ」
IS襲撃事件_俺が風月様の病院に行っている間に起きた謎のISによって一夏と鈴が襲われた事件だ。
ただ理由がいくら何でも強引過ぎるだろう。ISは昨日注文して今日出来上がるような簡単な代物ではないことは各国も分かっているはずだ。
「学園側としての対策については説明したんですか?」
俺は専用機こそ持ってはいないが専用機が出来るまでの繋ぎとして生徒会用の訓練機が常時貸し出されている。その上楯無さんが護衛についてくれているので安全は十分確保されていると言っていいだろう。
「もちろんしたさ。それでほとんどの国は納得してくれたが一部の国、なかでもアメリカが猛反発した結果今回の流れとなったんだ」
「アメリカ、ですか?」
「ああ。アメリカはISの出現以降その威信が大きく揺らいでそれを取り戻そうと必死なんだ」
「そこで俺を自国の代表にしようって訳ですか…」
なるほど話は分かった。アメリカにとっては今まで忠犬のような存在だった日本が突然自分達に変わって世界の中心となったのだ、そりゃ面白くないだろう。そこで世界で二人しかいない男性操者の片割れを自国の代表にすることで日本と同等な存在であることを世界にアピールするのが目的ってことか。
「それって断ることは出来ないんですか?」
一応ダメ元で訊いてみた。
「それは無理だろうな。もう各方面で準備が進みつつある。もし断ればお前が研究所送りにされるだけではなく最悪の場合は六角家の人達にも危害が及ぶ可能性がある」
「ッ…やり口が汚いですね」
六角家がいくら元暗部であれど国家という圧倒的な暴力装置の前には何も出来ないであろう。それに俺は旦那様や雪菜様を巻き込むのはゴメンだった。
「あと今回の協議に参加するための前提として一定以上のIS開発力、詳しく言えばアメリカと同等かそれ以上の開発能力を有している必要がある。これに当てはまるのは今の所日本、イギリス、フランス、イタリア、ドイツの5カ国だけだ」
「フランスは少しアメリカとは距離を置いていますが他は見事にアメリカに近しい国ばかりですね。既に根回しは済んでる感じですか?」
「ああ、恐らくな。フランスも肝心のISの開発面の遅れがあるから候補には含めるものの実際はアメリカの友好国の中から選ぶ出来レースになることは間違いないだろう」
「…」
思いもよらない自分の身に降りかかる圧倒的な国家間の陰謀。俺1人の力ではどうにもならないことは流石に分かっていた。
「すまんな…」
「えっ?」
織斑先生から溢れた思いもよらない言葉に俺は驚きを隠せない。
「今回の会議は率直に言えば織斑の身代わりとしてお前を他国に売り渡すものだ。文句の一つも言いたくなるだろう」
「やはりそうなんですね…」
元世界最強の織斑千冬の弟で日本製のISを持っている織斑一夏と、何処の馬の骨とも分からないただの一般高校生。日本政府としてどちらかを優先して護るなら選択は火を見るより明らかであった。俺は選ばれなかったのだ。
「私はこの学園の全てを守ると決めていて勿論それには上代、お前も含まれている。国の力に対抗出来るには同じ国だけというのは原則だが私は私なりに可能な限り動いては見る。が、期待はするな。ん、どうした?」
「いや織斑先生がそこまで生徒のことを考えていて下さったのが失礼ですが意外でして…」
ここで口を滑らせてしまったと思い、出席簿アタックが飛んで来ると身構えたが頭を軽くぽんぽんと二度ほど叩かれただけだった。
「これでも教師の端くれなんだ。教え子のことくらいちゃんと考えるさ。会議は2週間後だからとりあえずそれまでに考えておいてくれ」
そう言って織斑先生は部屋を出て行ってしまった。さて一体どうしたものか。また一つ悩みの種が増えてしまった。
____
「所属国家を選ぶ…か」
織斑先生からの午前中の話の後、授業中や部屋に戻ってベッドで横になって考えて見たがうまくいい考えが出てこない。
「若者よ、難しい顔してどうした〜?恋煩いか〜?」
「もっと高尚な悩みですよ」
「恋よりも高尚な悩みなんて贅沢な子ね。若者は若者らしく恋煩いしてればいいのよ」
「…」
「で、何悩んでるの?私で良ければ相談に乗るわよ」
そう言えば楯無さんはロシア代表だったか。こう言うのは経験者に聞いてみるのが一番か。
「楯無さんってどうしてロシア代表になったんですか?」
「私はピロシキが食べたくて」
「…」
「ごめんごめん、そんな怖い顔しないでよ。なんでかって言われたらそれが一番メリットが大きかったからかな」
「メリット?」
「うん。うちの家系は特殊な暗部って言うのは前に話したわよね?」
「はい、国内外からの暗部に対する暗部ですよね」
「そう。うちの家系に伝わる今の私の『楯無』って名前も比類なき堅固な守りの鎧の名前であると同時に、例え楯が無くても守り切るという決意を込めた名前だと名を受け継ぐ時に父に聞いたわ。だから私はアメリカにある程度距離の距離を保っている国家に所属することで、いざという時に自分を犠牲にする事で自分の家族、祖国、全てを守れると考えてロシア国籍を選んだの」
そう語る楯無さんの顔は真剣そのもので決意の硬さが伝わってきた。
「日本の暗部の当主なのに外国籍を持っていることをずっと疑問に思っていたんですがそういうことだったんですね」
「ガラにもなくちょっと重い感じになっちゃったけど、要は自分にとって何が一番大切かを考えてみること。アドバイスとしてはこんな感じだけどお役に立ったかな?」
「とても参考になりました。本当にありがとうございます!」
俺は深々頭を下げる。普段は飄々として周りには悟らせないけどやはりそこは日本を守る暗部の当主。相当な苦労をしていることを改めて実感し改めて畏敬の念を持つ。
「あともう一つ、ダイチ君にアドバイスをするとしたら今出されている選択肢から選ぶんじゃなくて自分から選択肢を作るっていう手もあるってことも覚えておいて」
「選択肢を作る…ですか」
「そう、貴方は世界で2人しかいない貴重な男性操縦者。その価値を活かすも殺すも貴方次第よ」
織斑先生から国家所属の件を聞いて以来六大国の中、そしてその中でも特にアメリカに決まるものだと心のどこかで思ってた俺にはない思いもよらない視点。やはりこの人は本当に凄い人なんだなぁとまた実感する。
「ありがとうございます。やっぱり1人じゃどうにもならないことも相談するって大事ですね。とても参考になりました」
「おねーさんに惚れちゃったなら素直に言っていいのよ?」
「ちょっとカッコいいなって思ってたのに今の一言で台無しですね」
「酷い!せっかく進路相談に乗ってあげたのにそれはあんまりじゃない⁉︎」
楯無さんはいつもの飄々としたモードに戻っていたけど、それは俺を気遣ってのものであるのは明らかだったし、ありがたくこちらも調子を合わせていつものように減らず口を叩いていた。
________
翌日の放課後、俺たち生徒会にまた大きな仕事が回ってきていた。
「楯無さん、これって…」
「どうやら私の手元にある書類だけが間違っているわけじゃないようね」
楯無さんも同じところに引っかかっていたようだ。
転校生のうちの一人、フランス代表候補生であるシャルル・デュノア。名前から分かるように書類には男性と書かれていたのだ。
添付されていた写真にはブロンドの髪の中性的に整った顔立ちの人物が写っていた。この写真からでは女性か男性かの区別はつき辛い。
「ダイチ君はどう思う?」
意見を求められた俺は率直な感想を述べる。
「恐らく女性だと思います」
「その根拠は?」
「織斑、俺に続いて三人目が発見されたなんてニュース聞いていません。プライドの高いフランスのことですから自国から三人目が見つかればすぐさま公表するでしょう」
「ねえねえ、どうしてわざわざそんなことするの?」
「俺と一夏に接触しやすくするためだろ。まあメインは第4世代相当のISを持っている一夏だろうけど」
やはり異性よりは同性の方が何だかんだ一緒に行動することが多くなる。まあそのせいで目立つ羽目になってるんだがな。
「デュノア社は第3世代機の開発が上手くいってなくてこのままだとISの開発許可が剥奪されるらしいし、その線が濃厚ね。あとはデュノア社の広告塔ってところかしら」
「でしょうね。どうやら同じクラスになるようなんでそれとなく探ってみますよ。それと…もう一人も曲者っぽいですね」
手元の書類によるともう一人の転校生の名はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの代表候補生で、なおかつドイツ軍IS部隊の隊長を務める現役軍人だそうだ。軍人というだけでも十分面倒くさそうなのにその上備考欄には協調性に問題あり、と書かれていた。
「軍人なのに協調性がないって大丈夫なんでしょうか…」
虚さんがボソッと呟く。どう考えてもツッコむところはそこじゃないと思うんだが…やはり本音の姉というだけあってどこかズレているような気がする。
「さあ、でも実力があれば大丈夫なんじゃないですか。○命係なんて協調性0でおまけに逮捕者まで出してますけど存続してますし」
「あれは軍じゃなくて警察でしょ」
楯無さんがため息をつきながらツッコむ。ていうか楯無さんもドラマとか見るのか、意外だな。
「こいつも同じクラスか…。うちのクラス専用機持ち流石に多すぎません?」
専用機持ちなんて一学年に2、3人ってとこが平均なのに何でうちのクラスだけで既に4人目なんだ?
「それは承知の上で多分2人とも織斑先生の監視下に置いておきたいってことじゃない?」
「そんなものなんですかね。山田先生が大変そうですが…」
頭を抱えている姿が容易に想像できて同情する。
「とりあえず2人の監視は任せたわよダイチ君、あと本音」
「了解です」
「オマケ扱いとかお嬢様酷い〜」
本音が文句を漏らしているがまあ俺としても正直戦力に加えてはいない。だがたまに予想外の方向から情報を持ってきてくれるので少しだけ期待しておこう。
_________
翌日事前の連絡通り2人の転校生が我がクラスにやってきてクラス中が湧き上がったのも束の間、その2人の姿を見るなり水を打ったように静まり返る。
「お、男…?」
誰かがそう呟いた。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入を…」
人懐っこそうな笑顔、礼儀正しい立ち振る舞いと中性的な顔立ち。まさに物語から出てきた貴公子であるかのようなデュノアの挨拶に教室中が沸きかえる。
「男子!三人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形!熱血系の織斑君ともクール系の上代君とも違う守ってあげたくなる系の!」
「三角関係キターーー‼︎」
どうしていつもこう最後に不穏なものが混ざるのか…俺が思わず頭を抱えていると織斑先生の一喝によって騒ぎが沈静化される。
「皆さん、お静かに。まだ自己紹介が終わっていませんから〜」
山田先生の言う通りシャルルの隣にはもう一人、圧倒的な存在感を放つ少女がいた。輝くような銀髪。左目の眼帯。赤く温度のない冷たい目。その雰囲気から『軍人』であることは明らかだった。
「…」
「挨拶をしろ、ラウラ」
腕を組み周りの生徒を見下し黙り込んでいる転入生に対し織斑先生が促すと
「はい、教官」
と織斑先生の方を向き佇まいを直して敬礼をする。
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
そしてこちらを向き直ると
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
簡潔極まりない挨拶を済ませると再び沈黙する。思っていた以上に協調性がなくて思わず苦笑いするとボーデヴィッヒと目が合う。
黙ってこちらに向かってくると一言。
「貴様が織斑一夏か?」
「いや、俺はマイナーな方。織斑は前のこいつだ」
「そうか」
バシン!と平手打ちの乾いた音が教室に響く。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど認めるものか」
「いきなり何しやがる!」
「ふん…」
ボーデヴィッヒは一夏に強烈な一撃を加えた後、俺には要はないと言った様子でスタスタと前に戻っていく。
2人の転校生、3人目の男子生徒、軍人、いきなりの平手打ち。クラスを混乱させるには十分で異様な空気が教室内に満ちる。
「では、ホームルームを終わる!各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は2組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」
そんな空気を引き締めるように織斑先生がパンパンと手を叩いて指示を出す。
「おい織斑、上代。同じ男子なんだ。デュノアの面倒を見てやれ」
まあ、そうなるよな。デュノアがこちらに近寄ってくる。
「君が織斑君で、君が上代君?初めまして。僕は_」
「挨拶は後だ。とにかく更衣室に移動するぞ。行くぞ!」
一夏は挨拶を遮りデュノアの手を取って走り始める。俺もそれに続く。
状況が読み込めていないデュノアに俺は状況を説明する。
「俺たち男子生徒は空いている更衣室を使わないといけないから遠い更衣室に行く必要があるんだ。だから女子生徒より急いで動く必要がある。それに…っ、⁉︎思ったより早くきたな」
「えっ、何が⁉︎」
「あっ、転校生発見!」
「しかも織斑君と上代君と一緒!」
ホームルームが終わり各クラスからの情報収集の斥候が出てき始めていた。織斑やデュノアが遅れてもいいが俺は鬼の織斑先生の特別指導を受けるのはゴメンだった。
ただ1人で抜け駆けても連帯責任を喰らうのは明らかなので、俺と一夏はデュノアの盾になるように女生徒たちの隙間を縫っていく。
「金髪の王子様!」
「アメジストの瞳も素敵!」
「織シャル?上シャル?」
「そこは織上でしょ‼︎」
どうしてこうもこうも不穏なものが一部混ざるんだ…
「織斑君と上代君すごい人気だね。いつもこんな感じなの?」
「いや、いつもはこんなことはない。今日はデュノアがいるからだろう」
「…?」
キョトンと首を傾げる。こいつまさか自分が男であるって設定忘れているのか?
「今のところISを動かせる男子って俺たち
「あーっ‼︎うん、そうだね‼︎」
3人を強調するとやっと設定を思い出したのか合点が言った様子だ。こいつ、隠す気あるのか…?
「しかしまあ男子が増えてくれて嬉しいよなダイチ‼︎」
「ああ、2人でも十分すぎるほど注目を集めてたからターゲットが分散するのは大歓迎だ」
「アハハ…2人とも大変なんだね」
「シャルルもそうじゃないのか?フランスだと男子操縦者でもそんなに浮かなかったのか?」
「あーっ‼︎そう、僕も大変だったから心強いよ‼︎」
…こいつ、もしやわざとやっているのか?あまりに甘い演技力に実はうっかりさんの本物の男の子説に賭けたくなってきたぞ?
「やっぱどこの国でもそうだよな。とりあえず俺は織斑一夏!一夏って呼んでくれ!」
「俺は上代大地だ。俺も名前で大丈夫だ」
「うん、よろしく一夏、ダイチ!僕のこともシャルルでいいよ」
「分かったシャルル」
そうこう言ってるうちに俺たちは第二アリーナ更衣室に到着する。
(さて、重要な着替えだな)
俺は自分の着替えを始めつつもシャルルを横目に入れるが、、、
「ワァッッ!二人ともいきなり何し出すの⁉︎」
俺たちの着替えの様子を見るや否や赤面して素っ頓狂な声を上げる。
「何って着替えだろ?」
「着替えはそうだけどそんないきなり…」
まるで可憐な乙女のような反応をしているが今は少し間が悪い。
「シャルル、頼む急いでくれ。俺たちは向こう向いてるから」
「えっ、ダイチ何でだよ?」
「一夏いいから向こう向いとけ!特別指導食いたいのか?」
「それは困る」
そう言って一夏は大人しく着替え始める。
そう、ここでグダグダやってると俺たちはもろとも鬼教官、もとい織斑先生の特別指導を受ける羽目になる。我々は運命共同体なのだ。
「…ありがとう」
小声でそう呟いたシャルルの着替える音がする。確認したいが今は時間がない。
数分後、3人とも無事着替え終わりアリーナに向かう。道中デュノア社に関する話題が出たが、少し表情が曇った。
(実家と上手くいってなくてわざとバレようとしてるのか…?)
そんなことを考えながら無事アリーナに到着する。何とか間に合った。そう安堵しているとパシーンと久しぶりに鋭い痛みが脳天に走る。
「何でですか⁉︎」
「人のことを鬼呼ばわりするからだ」
IS学園の強い人は心が読める。すっかり忘れていた。
_______
昼休みになり学食に向かおうとしていると一夏がシャルルを連れてやって来た。
「おーい、ダイチ。シャルルと一緒に昼飯を食うんだけどお前もどうだ?」
「そうだな、せっかくだしご一緒させてもらおうかな」
「いつもは断るのに珍しいな」
意外そうな顔をする一夏。
「まあ今日はパン買ってきてるしたまにはな。それにシャルルとも話してみたいしな」
俺は意味ありげな笑みを浮かべながらそう言うとシャルルはギョッとした表情になった。どうやら向こうも俺が疑っていることには気づいているらしい。
まあそんなことにこの唐変木が気づくわけもなく
「よし、じゃあ行こうぜ」
そう言って何事もなかったかのように歩き始めた一夏を慌てて俺とシャルルは追いかけた。
________
「一夏、これは一体どういうことだ?」
屋上に行くとそこには不機嫌な様子の篠ノ之と鈴とオルコットが待っていた。
「天気がいいから屋上で食べるって話だっただろ?」
「そうではなくてだな…」
状況を鑑みるに篠ノ之は二人きりで食事をすることを期待していたんだろうが、この唐変木がそんなことを考えているわけがない。俺は心の中で篠ノ之に合掌する。
「せっかくの昼飯だし、大勢で食ったほうが美味いだろ?それにシャルルは転校してきたばかりで右も左もわからないだろうし」
「うぬぬ…それはそうだが」
なんとも納得がいかないと言った様子の篠ノ之。手元には自分の分とは別のお弁当。頑張って作ったんだろうな…本当にこの唐変木は、、、
「アハハ…なんかゴメンね、篠ノ之さん?」
「いや、デュノアは悪くない。すまないこちらの事情だ。それと私のことは箒と呼んでくれていい」
「ありがとう。僕のこともシャルルって呼んで。それせ確か2人は鳳鈴音さんとセシリア・オルコットさんだよね」
「そうですわ!私のことはセシリアと呼んでくださいな」
「私は鈴でいいわよ」
「ありがとう二人とも。よろしく」
そう言って爽やかな笑みを浮かべるシャルル。こういう風にちゃんと演技してれば中性的な男に見えなくもない。
「そういえば篠ノ之とオルコットとはこうして話すの初めてだな。改めて俺も自己紹介しておくと上代大地だ。名前呼びでも大丈夫だ。よろしく頼む」
「ああよろしく。私も同じく名前で大丈夫だ」
「その…色々ありましたが改めましてよろしく頼みますわ。私のことも名前で呼んでくださいな」
「ああ、箒。セシリアよろしく頼む」
「何でダイチは2人と初対面なの?一緒にご飯食べてるんじゃないの?」
キョトンとした顔で聞いてくるシャルル。中々付かれたくないポイントを的確に狙ってくるな?
「一夏といると目立つから俺は別行動してるんだ。それは今日だけでも分かっただろ?」
まあそれに箒やセシリア、鈴と言った恋する乙女たちの戦場を邪魔するほど野暮な人間ではない。
「でもあんたも大概目立ってるわよ?」
「は?嘘だろ?」
慎ましやかに学食の隅っこで食べていて、ステルス性能を完璧に発揮しているんだが?
「だってあんたの周りいつも空いてるから学食入ったらすぐどこにいるか分かるわよ」
「そういうことだったのか…」
俺が空いてる所に座るのではなく、俺が座るから空くのか。俺はモーセか何かか?
「ダイチと鈴って案外仲がいいんだな?ダイチのほほんさん以外とあまり喋ってるとこ見ないから意外だったぞ」
「誰のせいだと思ってるのよ⁉︎」
「この唐変木め…」
本当に鈴の言う通りである。鈴が一夏のあまりの唐変木っぷりに相談に来て、そこから何だかんだちょくちょく話す仲になったのだ。
まあ、数少ない生徒会メンバー以外で喋れる相手なのでありがたくはある。
「そんなことより一夏、あんたの分よ」
そう言って鈴は一夏にタッパーを放る。
「おぉ、酢豚だ」
「そう。今朝作ったのよ。あんた前に食べたいって言ってたでしょ?」
なんでもないように繕っているがやはり少し照れが入ってるが、どうやら一夏は酢豚のことで頭がいっぱいのようだ。鈴、ドンマイ!
「コホンコホン、一夏さん。私も今朝たまたま偶然何の因果か目が早くに覚めまして、こう言うものを作ってきましたの。よければおひとつどうぞ!」
そう言ってバスケットを開く。中には綺麗なサンドイッチが入っていた。が、一夏をはじめ周りの反応があまり良くない。
「お、おう。後でもらうよ…」
そう言って一夏は酢豚を食べ始める。
「そうですか…ダイチさんもよろしければお一つどうぞ」
そう言って差し出されたバスケットには綺麗なサンドイッチが並んでいた。
「じゃあ、ありがたく頂くよ」
俺はサンドイッチを一切れ取る。一夏と鈴が慌てているような気がするが一体どうしたんだろうか。そんなことを考えながらサンドイッチを口に運ぶとその理由が分かった。
甘い。とにかくサンドイッチが甘いのだ。見た目は普通のBLTサンドなのだが尋常じゃないレベルで甘い。その甘さとトマトの酸味がまた絶望的に合わない。
「中々個性的な味だな。セシリア、レシピはちゃんと見て作ったか?」
「いえ…ですが本と同じように出来ていますし問題ないのでは?」
「セシリア、お前一夏が基本を蔑ろにして我流の操縦で無茶なことをしてたらどうする?」
「そんなの基本動作から教え直すに決まっていますわ!IS操縦において基本が疎かにしていては、より発展した戦闘技術を習得することは出来ませんし、基本をマスターした上で独自に戦術を編み出すのが重要ですわ!」
「そう、その通りだ。そしてそれはお前の料理にも同じことが言える。お前の味付けは個性的で悪くない。ただ基礎を抑えていないから土台が揺らいで、折角の自己流のアレンジが台無しになっている状況だ。まずはレシピ通りに作って見てそこから自分なりのアレンジを加えて行くのがいいんじゃないか?」
俺の言葉にセシリアは少し考え込むが、自分でも思い当たる節があったようで少し反省した様子で告げる。
「確かに大切なことを忘れていたかもしれません。気付かせて頂きありがとうございます。今度は一夏さんに美味しいと言ってもらえるようなサンドイッチを作りますわ!」
「そうだその息だ。お前ならまず間違いなく出来る」
そう言ってセシリアを励ます俺に鈴が感心したように小声で言ってくる。
「セシリアを傷つけずに改善点はちゃんと伝えるなんてあんたやるわね…」
「まあ下手に誤魔化すのは俺にとってもセシリアにとっても良いことないし、それに何であれ相手を騙すっていうのは良心の呵責に苛まれるものだしな。なあ…シャルル?」
「えっ⁉︎」
俺の問いかけに露骨に反応するシャルル。もうこれ演技でやってるなら俺には見抜けない。確定だろ…
その後も何だかんだあったがつつがなく昼飯の時間は過ぎて行った。
そう言えば一夏とシャルルの部屋は同じになるらしい。しばらく泳がせて様子を見るか。
________
シャルルが転校してきて5日が経ち、放課後に一夏とシャルルがISの実習をしたらしい。
何だかんだで観察を続けていたが、相変わらずISの実習の時の着替えでは一緒に着替えようとはしないし、男であるのを忘れているかのような取ってつけた取り繕いは多いしでまあほぼ確実に女性であろうことは明らかだった。
ただ人を騙そうとする人間にはそれなりの悪意を感じるものだが、シャルルに関してはそう言ったものは喋っている限りでは見受けられず、それが逆に判断を難しくしていた。要は騙す気が無さそうで、いい奴すぎるのだ。
だが実は俺の知らない所で既に一夏のデータが抜かれているのかもしれない。ISの実習もしたとのことだし一夏に聞いてみるか。
そう思い実習後の一夏を捕まえて話を聞く。
「どうしたんだ?ダイチ改まって」
「いや、シャルルと男二人の生活が羨ましいからどんな感じかって聞きたくてな」
「めちゃくちゃ楽しいぞ!やっぱり男同士だと気を遣わなくていいし!」
お前はもう少し気を遣えと思いつつも話を聞いていく。
色々なことを聞きながら聞きたいことはきちんと聞けた_着替えるところは見せないしシャワーも毎回シャルルが後に使っているらしい。
そして、最後に一番大切なことを聞く。
「一夏、白式誰かに弄られたりはしてないか?」
「何言ってんだよダイチ、心配性だなぁ〜。何もおかしいところはないぞ」
「…そうか」
「ああ!そういやダイチ、シャルルがなんか俺を避けてる気がするんだが何か心当たりないか?」
「いや、俺にはないがひょっとしたら何か慣れないことで言いにくいことがあるのかもしれないし俺の方でも気にしておく」
「おう、サンキューな」
そう言って一夏は去って行った。
状況証拠は真っ黒。だけど心象は白。うーんどうしたものか…
________
放課後の生徒会室。俺はこの1週間の観察結果を楯無さんに報告していた。
「で、例の転校生はどうだった?」
「ほぼ確実女性ですね。体つきもとても男には見えませんでしたし、ここ数日真夏のような暑さにも関わらず、ハイネックでのどを隠してました。これは女装する時に男性がのどぼとけを隠す時に使われる手法ですが、逆に女性が男装する時にのどぼとけがないことを隠す時にも使える手法です」
「かみしー、男装に詳しいんだね〜」
本音が感心した声を上げる。いや、だから食いつくポイントがおかしいだろ。
「まあ知り合いがちょっとやってたんでな…」
その知り合いとはもちろん雪菜様のことである。ちなみに俺は女装をさせられた、なんてことは口が裂けても言えない。
「なるほど。じゃあ予想通りデュノア君はデュノアさんって訳ね?」
「ええ、間違いないと思います」
「ところで私たちが気付くくらいなんですから織斑先生もとっくに気付いているはずです。それなのにどうして織斑先生は動かないんでしょう?」
虚さんの疑問に楯無さんが答える。
「多分証拠が揃っていないんでしょうね。今動いてもデュノアさんを捕まえることは出来ても尻尾切りになってその黒幕には手を出せない。こういうのは一網打尽にしないと第二第三の事件が起こっちゃうからね」
「黒幕ってデュノア社?」
「いや、いくらISを作っている企業とはいえ一企業の力でここまでは出来ない。きっと政府のお偉方の中に黒幕がいるはずだ」
「デュッチーにお願いして会わせてもらうとか?」
「それこそ知らぬ存ぜぬで尻尾を切られて終わりだろう」
黒幕は早々手が出せないから黒幕なのである。どうにか交渉材料がないとおいそれと引っ張り出せないだろう。
「正直今回のフランスの件はデュノアさんには申し訳ないけど、学園の秩序を守る生徒会長の立場としては看過出来るものじゃなくて、ちゃんと対処しておかないとなし崩し的に他の国も同じ手で来かねないから、言い方は悪いけど見せしめ的に厳しく対処するしか無いのよね」
そういう楯無さんからは生徒会長として、そして普段は見せない暗部の当主としての冷酷な一面が滲み出ていた。
「デュノアに関しての身辺調査は終わってるんですか?」
「ええ、
たった1週間でそこまで調べ上げるとは流石暗部。それと同時に俺の裏付けはあくまで補強材料であることに気付き、背筋が寒くなる思いがした。
気まずい沈黙が生徒会室を包み込む。その重い雰囲気を変えるように本音が口を開く。
「そう言えばかみしーどこの国家所属にするか決めたの?」
「あぁ、完全に忘れてた…このまま何もしないとアメリカ所属になるって感じだ」
「アメリカか〜、自由の国だね〜。あれ自由の国ってフランスだっけ?」
「どっちも自由の国だけど、かたや秘密外交、かたやスパイだの色々がんじがらめで泣きたくなる」
フランスもアメリカと距離置いてた気概はどこに行ったのか。フランスにはアメリカに食ってかかるくらいでいて欲しいものなんだが…
そこで俺の脳内に電流が走る。別にシャルルのことを思ってではない。自分の取るべき最善の手、それを思いついただけだ。
「楯無さん、デュノアに関して俺に預けてもらえませんか?」
________
(絶対にバレてるよ…)
シャルル・デュノアことシャルロット・デュノアは危機感を感じていた。白式のデータを盗むため男としてIS学園に転入し、同室となった織斑一夏や他の女生徒達には疑いを持たれずに潜入することが出来た。だが一人、もう一人の男性操縦者である上代大地は初めから明らかに疑いの目を向けてきていた。
結局未だに織斑一夏からは白式のデータは奪えていないし、大浴場が開放されるらしいから流石に一緒に入らないというわけにはいかず、それまでに
(頑張れ、僕…!)
そう言っていつものようにコルセットをつけ、ジャージを着てシャルル・デュノアに切り替える。
シャワー室から出てふとドアの方を見ると下の方に何か紙が差し込まれていることに気づく。
疑問に思って拾い上げてみるとそこに丁寧な字でこう書かれていた。
『
楯無さんは優しいお姉さんだけど仕事人のイメージ