都内の高級ホテルの一室。そこでシャルル・デュノアはある人を待っていた。
約束の時間ぴったりにドアがノックされた。
「どうぞ」
ガチャリとドアを開け壮年の紳士が部屋に入ってくる。冷静を装っているが期待と焦りが隠し切れていなかった。
「デュノア君、白式のデータが手に入ったと言うのは本当か⁉︎」
「はい…この5Dメモリクリスタル内に」
そう言ってシャルルはガラスディスクを取り出す。ISのデータは膨大なものとなるので、通常の記憶媒体では保存しきれないからこう言ったものを使う必要がある。
「おぉ、良くやった!さあ、それを早く渡しなさい」
男は興奮を隠し切れないと言った様子で息巻く。
「はい…」
シャルルは手の中にあるガラスディスクを渡そうとする。がその手を止め、思い留まる。
「これを渡したら僕は本当に解放されるんですか?」
「ああ、当然さ。君はもう男装してIS学園に侵入する必要はなく、デュノア社にも以前通りの予算を提供することを約束しよう」
「足がつかない下っ端を寄越すかと思って心配していたんですが、やはり白式のデータほどの重要なものなると自ら出向いてくれましたか」
「…‼︎何者だ⁉︎」
別室に隠れていた俺はおもむろに姿を表す。
「初めまして、上代大地と申します」
笑顔で手を差し出すが、男は明らかに警戒した面持ちで隣のシャルルに尋ねる。
「デュノア、どうして2人目がここにいる?」
「その…」
「私がデュノアさんに頼んだんですよ。あなたと話をするためにね」
「話?一体何の話だ?私はデュノアのお友達紹介に付き合っている時間はないんだが…」
苛立ちの中にも想定外の展開に焦りがあるのを感じ取る。
「それにしても中々面白い話をされてましたね。デュノアさんが男装だったり白式のデータを盗んだりと…」
「一体何のことか分からないが?」
「そうですか。シャルル、失礼」
そう言って俺はシャルルのポケットに入れていたICレコーダーを取り出し再生ボタンを押す。
『ああ、当然さ。君はもう男装してIS学園に侵入する必要はなく、デュノア社にも以前通りの予算を提供することを約束しよう』
「これは何でしょうか?」
その音声を聞くや否や、男の顔は真っ赤になり声を荒らげる。
「デュノア!貴様裏切ったな⁉︎こんなことをしてデュノア社がどうなるか分かっているのか⁉︎」
「そっ、それは…」
男の怒声にシャルルはビクッと身体を震わせる。
「どうなるか分かっていないのはあなた方の方です」
「そっちこそ録音くらいで何を調子に乗っている?男装もスパイ行為もデュノア社とそのテストパイロットによる独断。そんな録音いくらでも捏造出来るし、マスコミに持ち込んだ所で小娘のたった証言一つで世論が動くとでも思っているのか?」
こいつやっぱりデュノア社もろとも切り捨てるつもりか。腐り切ってやがる。
「デュノアさん1人の発言ではそうかもしれません。ですが、男性操縦者である俺の証言も加わればどうでしょうか?」
「は?」
「『デュノア社及びフランス政府からの圧力で泣く泣く男装をさせられ、スパイ行為を働くように強要させられるも、良心の呵責からデュノアさんから真実を打ち明けられた』。こう俺が発言するだけで、デュノアさんは一躍スパイから悲劇のヒロインとなります。世にも珍しい男子IS操縦者並びに見目麗しい悲劇のヒロインと陰謀論と一蹴するフランス政府、世間は一体どちらを信じるでしょうかね?」
「なっ…」
「自由を標榜するフランスという国が、女性を男性に仕立て上げスパイ行為をさせた。女尊男卑の昨今ですから、これほど美味しいマスコミのネタはないでしょうし、フランスという国の威信が揺らぎかねないスキャンダルだと思いますがどうしますか?」
男はしばらく言葉に詰まるがふぅ、と息を吐きこちらを見つめる。
「…そちらの要求は何だ?」
「私の所属に関して、アメリカから持ちかけられている裏取引を公表して下さい」
「何をバカなことを‼︎そんなこと出来る訳ないだろう⁉︎」
男は顔を真っ赤にして怒鳴ってくるが、今話の主導権を握っているのは俺だ。
「では、このことを公表するしかないですね」
「そんなことをすれば我が国は…」
「考えてみて下さい。木を隠すなら森の中。不祥事を隠そうとするなら、より大きな不祥事を起こしてしまえばいいのです」
「どういうことだ…?」
「幸いデュノアさんのことはIS学園内では広まっていますが、まだニュース等にはなっていません。そこで『アメリカが男性操縦者を独占しようとした』といったよりインパクトのあるニュースを提供し、そのことで世間が持ちきりの隙に、こっそりデュノアさんに関しては手違いがあったと発表すればいい」
「だがしかし、その場合アメリカから受けられる予定となっていた技術提供の話が…」
予想はしていたがやはりか。IS大国としてのメンツの保証と実利をちらつかせる。非常にうまいやり方だ。
「ではストーリーを変えこうしましょう。フランスは技術力の無さという足元を見られ、アメリカが技術提供をする代わりに、フランスは男性操縦者である私の確保の協力及び白式のデータを盗んで共有する。これがアメリカから持ちかけられた条件だとすれば、フランスもデュノアさんも、アメリカと言う強者から脅迫された被害者と目に映ることでしょう。あの超大国の唯一の弱点は世論です。デュノアさんの美しい容姿も含め悲劇の少女として、世論を味方に出来る可能性があります」
「だがそんなことをしてもやがてすぐに反論が来て真実が明らかに…」
「今回のアメリカの外交で1番割を食ってるのは俺です。1番の被害者である俺があなた方と共同で全世界に向けて情報を発信すれば、それが“真実”となります。子供や被害者といった弱者は嘘をつかないとの思い込みが世の中にはありますからね」
「むっ…」
「それに全てが嘘という訳ではないですし、何よりアメリカが嘘と証明しようにも裏外交を公表することは出来ないでしょう。この取引、そちらにとっても悪いものではないと思うのですが、どうしますか?」
提案という体をとっているがこれは最早脅迫であった。男は少しの間考えこむが、やがて降参したように首をすくめため息をつき手を差し出す。
「…本国と調整しよう」
「ありがとうございます。
俺は差し出された手をしっかりと握った。
________
翌日の夕方、日本において衝撃のニュースが発表されていた。電撃的な記者会見。これも勿論アメリカの対応を遅らせるためのものだった。
急遽告知したにも関わらず日本の記者以外にも他国の記者の姿も散見され、改めて男性操縦者というものの注目度を再認識する。
「皆さんは3人目の男性操縦者の存在はご存知でしょうか?」
俺の言葉に会場がざわつく。当然だ、3人目など存在しないのだから。
「一部の方はご存知かもしれませんが、私の隣にいるシャルル・デュノアさんが先日3人目の男性操縦者としてIS学園に転入してきました」
隣のシャルルに注目が一斉に集まる。がシャルルは男装をしておらず、女性なのは明らかである。
「ただご覧の通り彼の正体は女性であり、結果として彼女は男装していたと言うわけです」
「どうして男装をしていたのですか?」
「それが今回皆さまにお集まり頂いた1番の理由です。デュノアさんは私及び織斑一夏のISデータを取得するために男装していたのです」
俺の発言に会場が大きくざわつく。
「それはつまり、スパイ行為を働いていたということですか?」
「率直に言えばそういうことです。ただしデュノアさんにはどうしてもやむを得ない事情があり、そのような行為を及ばざるを得なくなったのです。私は良心の呵責に耐えかねたデュノアさんから自分は女性であるとの告白を受け、また同時に、アメリカ合衆国からフランス政府に持ちかけられている私の所属に関する裏取引の話も打ち明けてくれました」
「裏取引と言うのはなんなんですか?」
さらに騒つく記者陣から質問が飛ぶ。その質問にフランス側の代表が答える。
「非常に嘆かわしい問題ですが、現実として我々のISに関する技術力に関しては、他国に比べ遅れをとっているという状況があります。その点に関してアメリカから技術提供を受ける代わりに、男性操縦者のアメリカ所属のサポート及び白式のデータ取得を目的として、苦渋の決断ではありますが、デュノアさんの性別を偽り送り出すことになってしまったのです」
「男性操縦者のアメリカ所属というのは上代さんに関してですか?」
「ええ、その通りです。アメリカは上代さんの所属を自国の所属にするために友好国に圧力をかけていた。そういうことになります」
ただでさえヒートアップしていた会場の熱気がさらに高まる。
「ただ不本意なデュノアさんの侵入工作や本人の声を聞き、やはりこんなことは“自由の国”である我が共和国として、一共和国民が犠牲になるような作戦をこれ以上続けることは出来ない。正々堂々と技術開発を進めていくことこそが我が国の“正義”だと改めて確信したということが今回の記者発表に至った経緯です」
フランス代表の発言により会場は蜂の巣を突いたような騒ぎになる。このタヌキめ、シャルルを切り捨てる気満々だったくせによくもそんな綺麗事を口に出来るものだ。だが、お陰でいい感じに場も温まったし、俺はここで追い討ちの一手を打つか。
「私は世界でただ2人しかいない男性IS操縦者であり、もう1人の男性操縦者である織斑一夏さんの日本の所属が決定しているため、私自身は日本の所属でなくなる覚悟は、ISを動かした日から出来ておりました」
そこで一度言葉を切り、会場を見回し注目を集める。
「ですが、やはり生まれ育った国を離れて生活するのは辛く、私の一生に関わる問題でもあります。それならばせめて、自分の所属する国は自分で選びたい。我が儘であることは十分承知しています。ですが私は男性操縦者である前に1人の人間であり、無理は承知の上でフランス政府にご協力をお願いした所、今回共同の会見を快く開いて下さったという流れになります」
よくもまあこんな嘘をペラペラと喋れるものだ。我ながら呆れながらも感心する
「技術提供を受けられないという悪影響が、正直どれほどのものであるか、一個人としては理解しきれているとは思いません。ですが、そういったリスクを背負いつつもアメリカとの関係よりも1人の自国民を、そして私のような他国民のためにも、このような会見を開いて下さったフランス政府には深く感謝と敬意を示します。本当にありがとうございます」
「今後もフランス政府としては…」
記者会見は予定の時間を大きく超過し、1時間後にはネットを中心に世界中の話題の中心となっていた。
ようやく記者会見が終わり舞台袖に引っ込む時シャルルが俺の袖を掴み上目遣いで告げる。
「あのダイチ、本当にありがとう…」
「俺はただ俺の利益のために動いただけだ。きにするな」
そういって俺はシャルルの手を離し軽く答える。主に今回のメインは自分の所属国家のフリーハンドを得るためだしシャルルに関しては都合が良かっただけだ。
舞台袖で待っていた楯無さんが呆れ半分と言った様子で出迎えてくれる。
「お疲れ様。それにしてもよくもまああんな嘘を堂々とペラペラと喋れるわね。政治家とかに向いてるんじゃないの?」
「吐くなら大きな嘘のほうがバレにくいんですよ。知りませんでした?」
ため息をつく楯無さんに俺は冗談めかして返す。
「それに楯無さんが言ったんじゃないですか。『選択肢は自分で作るものだ』って」
「誰もここまでやれとは言ってないわよ…」
楯無さんは頭を抱える。
「まあでもこれでちゃんと世界も動くでしょうね。しばらくは楽しんで見守りましょう」
「まるで悪魔ね…」
「褒め言葉として受け取っておきます」
そういって俺は自分の人生を決める重要な1日は幕を閉じていった。
昔は長ければ長いほどいいだろうと考えていたのですが、歳を重ねるにつれて限度があるだろうと思いました