臨海学校から帰ってきた翌日、俺は中破したガーディアンの修理をナタリアさんにお願いしていた。
「それにしても派手に壊したわね」
「うっ、すいません」
返す言葉もない。本当に申し訳ない。
「まあでも大活躍だったらしいじゃない」
「いえ、俺はただ織斑と篠ノ之を回収しただけですから。福音を止めたのは全部織斑を中心とした他の専用機持ちの活躍です」
「謙遜しなくてもいいのに」
「謙遜じゃなくて事実ですから」
あいつらの活躍には本当に頭が下がる思いだ。実際専用機持ちたちが戦闘している間も俺は白銀に訓練をつけてもらっていただけだったし。
「あの…このIS、いつ治ります?」
「半日…って言ってあげたい所だけどここまで傷ついちゃってるから1日は欲しいかしら。ごめんなさいね」
「そんなすぐ治るですか⁉︎」
楯無さんの見立てでは最低3日はかかると聞いていたのだが…
「あら、ダイチ君はまだ会った事がなかったっけ?」
「誰にですか?」
「我がスイスが誇るIS部隊の鬼隊長に、よ」
「いえ、存じ上げていないです」
そもそも俺はスイスに渡ってISを受け取ってすぐに日本に帰国して、その直後に臨海学校に行ったので、正直なところまだスイス所属という実感すら湧いていないのが現状だ。
「彼女の訓練は苛烈極まるものとして有名でね…しょっちゅう訓練機を中破状態にしてくるから私ももう慣れたのよ。だから修理は得意なの」
そう言うナタリアさんの表情はうんざりとした様子だった。
「それは、お疲れ様です…」
「あなたもいずれ会うことにはなると思うけど気をつけてね」
「分かりました。ありがとうございます」
「これ以上仕事増やされるようなら私、流石に転職するから…」
ナタリアさんの呟きは現場を支える裏方の人間の悲哀を感じさせるには十分なものだった。
「…肝に命じます」
そうして修理を任せたあと、俺は整備室を後にした。
__________
翌日の放課後、本当に修理を済ませていたナタリアさんからISを受け取って、俺は楯無さんの特訓を受けていた。
「重心がずれているわ。姿勢制御も忘れないで」
「くっ…はい」
合宿前から取り組み始めたシューター・フローでの
実際今までの訓練では上手くいくときもありつつも何度も墜落しかけたり、明後日の方向に弾を飛ばしたりと再現性が低く、とても実戦で使えたものではなかった。
だが、今日は少し感覚が違った。遠心力に流されつつもそれを外に逃していくイメージ。その感覚は明鏡止水に通じるところがあった。
(この感覚…‼︎今ならイケる‼︎)
俺はスピードを上げつつ立て続けにパラライザーを連射する。それは見事に標的に吸い込まれていった。
「⁉︎凄いじゃない‼︎降りてきていいわよ!」
オープンチャネルに入る楯無さんの驚き混じりの声。それを聞き俺は少しずつスピードを落とし楯無さんのそばに降り立つ。
「これまでの練習でも少しずつは上達していたけど今日はどうしたの⁉︎一気に人が変わったみたい」
「はぁはぁ…ありがとうございます。実は…」
俺は息を整えながら夏合宿中にあった白銀との特訓のことを話す。
「なるほど…明鏡止水とシューター・フローが感覚として似ていて、そして今回の合宿で攻撃方面への活かし方を習ったことが射撃の精度の向上にも繋がった、か…」
少し険しい顔になる楯無さん。
だがそれも一瞬、次の瞬間にはいつものような人懐っこい笑みを浮かべる。
「射撃でこれだけやれるならバッチリね。次からは実際の戦い方の組み立てなどを考えながらの特訓をしていきましょうか♪」
「…お手柔らかにお願いします」
ニコニコで告げる楯無さんに対し、俺は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
_不意に周囲の空間に緊張が走る。
「⁉︎ダイチ君、危ない。退避して‼︎」
「ッ‼︎」
楯無さんの指示に従い大きく後ろに下がる。
次の瞬間、先ほどまで俺が立っていた場所には強烈な竜巻が発生していた。いくらガーディアンの装甲が厚いといっても巻き込まれればただではすまなかっただろう。
「一体誰が…」
それに何よりここはアリーナ内なのだ。こんなことが自然に起こるはずがない。だとすれば必然的に誰かが引き起こしたということになる。
俺が犯人を探そうとした時には既に楯無さんには犯人の検討がついていたようで上空を睨みつけていた。
「随分と乱暴な挨拶じゃないかしら?」
釣られて俺も上空を見上げるとその視線の先には、白い一機のISが佇んでいた。
「今の攻撃に気付けんとは…更識が随分と目を掛けていたようだから期待したが、どうやら人を見る目はなかったようだな」
突然の攻撃だけでなく、楯無さんに対する侮辱。そんなことをされて黙っていられるほど俺は人間が出来ていない。
「今の言葉、撤回して下さい」
「ふん、ISの操縦だけでなく上官に対する口の利き方すらなっていないとは一体どんな教育を受けてきたんだ」
予想外の言葉に俺は尋ね返す。
「上官?」
「ああそうだ」
そう言って白いISは地上に降りて来た。
「私の名はタニス・リヴィエール。貴様が所属することになるスイス軍IS部隊、通称『聖天馬騎士団』の隊長を勤めている者だ」
そこで俺は昨日の話を思い出す。
「あなたがナタリアさんが言っていた…」
「ナタリアから何を聞いたかは知らんが、私は奴ほど甘くはない。上代大地、今ここで私と勝負しろ。貴様が負けたらスイス所属を辞退してもらおうか」
高圧的な物言いに対し、売り言葉に買い言葉で俺は返す。
「いいですよ。ですが俺が勝ったら楯無さんに先ほどの言葉の謝罪をしてください」
「ちょっとダイチ君…‼︎」
「いいだろう。ならとっとと準備しろ」
そう言ってリヴィエールさんはIS戦の所定ラインに立つ。
「楯無さん、勝ってきますから」
そう言い残し俺も所定ラインに移動する。
しばしの間静寂がアリーナを包む。
そして試合が始まった。俺はいつものように明鏡止水を発動させる。
リヴィエールさんの武装はショートブレードが一本。他には特に銃器のようなものも見当たらない。だが、先ほど上空から攻撃してきたようにあれはただのショートブレードではなさそうだ。
距離があるにも関わらずリヴィエールさんはその剣で空間を数度薙ぎ払う。その刹那、気の流れが大きく乱れる。
(エネルギーの刃…‼︎それも早い…‼︎)
俺は間一髪でその凶刃を回避する。
がその次の瞬間、足元から発生した竜巻に巻き込まれ機体が制御を失う。強力な風の刃でシールドエネルギーがゴリゴリと削られる。
「ぐわぁ‼︎」
「ダイチ君‼︎」
「どうした、その程度か‼︎」
リヴィエールさんは攻撃の手を緩めることなく次々とエネルギー刃を放つ。
(明鏡止水どころじゃない…‼︎このままだとはめ殺しじゃねえか‼︎)
「うぉぉぉぉぉ‼︎」
俺は
「なっ⁉︎」
「遅い‼︎」
振り下ろされる剣を何とかファントムで受け止める。追撃に備え何とか剣を構え直す。
「まだまだだ‼︎」
次の瞬間には再び距離を離しつつ、既にファントムの射程範囲外からエネルギー刃を放ってくる。
俺はスラスターを吹かして全力で逃げ回りながら改めて相手の武装を確認する。
遠近両用武装《ソニックソード》
『エネルギーの刃を飛ばすことが出来るショートブレード。その放ったエネルギー刃《ソニックブーム》は着弾すると竜巻を引き起こす。ギザン社製』
おおかた予想通りの性能ではあるが、これは厄介だ。正面から飛んでくるエネルギー刃だけでなく、時間差で弾着した後に発生する竜巻にまで意識を向けなければならないのだ。つまり最低限の動きで攻撃を回避する明鏡止水とは相性が悪い。
しかも誘導が抜群に上手い。常に飛び回りつつ放ってくる刃と竜巻に意識を向けて回避すると、その先には本人が待ち構えていて接近戦を仕掛けてくる。その剣の腕前も相当なもので、決してその実力が武装頼りのものではないことが伝わってくる。
(地面に着弾した時は竜巻になってるけどアリーナシールドに着弾した時は起きていない。ということはエネルギーをぶつければ…?)
意を決してソニックブームにパラライザーを撃ち込む。だがしかし、
「クッ…‼︎」
打ち消すことに失敗した凶刃をギリギリ回避する。軌道は少し変わっていたので多分仮定は間違っていない。ただパラライザーの出力が小さ過ぎて打ち消すに至っていないだけだ。
(チマチマ撃ってもしょうがない。強力なエネルギーをぶつけるしかないな…)
少しずつ手元にピースは集まって来ているが、まだ足りない。何とかもう少し情報を集めないと。
____
「どうした?男性操縦者というのは逃げ回ってばかりの腰抜けか⁉︎」
「チッ…!」
言い返したいが、実際逃げ回って時間を稼いでいるので何も言えない。何より実質ショートブレード一本で戦うのは相性が悪過ぎる。
恐るべき高機動と高威力の攻撃。しかもこれだけ動いているのに一向に攻める手が緩んでいないとなると燃費も悪くなさそうだ。
(落ち着け…スイス製のISってことはピーキーな性能で弱点があるはずだ)
俺は必死に回避に専念しながら、リヴィエールさんの挙動を解析する。するとわずかな違和感があった。
(敵は絶対こちらの攻撃が当たらないタイミングでしか攻撃を仕掛けて来ていない?これはもしかすると…‼︎)
仮定でしかないが半ば確信はあった。それ以上に熾烈な攻撃の波に晒されてかなりシールドエネルギーを削られているので賭けに出るしかない。
相手の回避技術は生半可なものではない。確実に攻撃を当てられるタイミングを狙わなければならない。
そして相手の攻撃を観察して分かったことがもう一つ。ソニックブームは平均5発、最大8発飛ばして来た後には必ず物理剣として切りかかってくる。恐らくエネルギーの再装填に時間が必要なのだろう。そこで一気に畳み掛ける‼︎
(1、2、3、4…)
俺は必死にスラスターを吹かせてソニックブームを回避する。まだだ、あと4発。
(5、6…)
竜巻とソニックブームの波状攻撃による立体的な檻。逃げ道が少なくなってくるがあと一発さえ凌げばいい。
(来た…‼︎)
俺は7発目を交わすと同時にパラライザーのマガジンをファントムにセットし、リヴィエールさんに向かって
「やぶれかぶれで血迷ったか‼︎」
俺を迎撃するようにリヴィエールさんはソニックソードを振るう。ソニックブームが目の前に迫る。
(8発目…‼︎)
「うおおおおお‼︎」
俺はファントムを振るう。パラライザーのエネルギーをまとった剣はソニックブームを消滅させる。
「なにっ⁉︎」
終始冷静だったリヴィエールさんの表情が初めて崩れる。
(賭けに勝った…‼︎ここで押し切る‼︎)
しかしそれも一瞬、リヴィエールさんの口元が歪んだ気がしてギョッとする。
「フッ」
不敵な笑みを浮かべたリヴィエールさんはもう一度ソニックソードを振るう。
(9発目⁉︎)
至近距離で放たれた高速の凶刃。回避が間に合わないことは明らかだった。目の前の映像が全てスローモーションに映る。
完全に読み間違えた。リヴィエールさんはここまで読んであえて再装填までの弾数を誤解させるように立ち回っていたのだ。
ファントムは先ほどの一振りでパラライザーのエネルギーを使い果たし、今やただの物理剣でしかない。つまり今の俺には防ぐ術がない。
(…いや、まだだ。この距離だからこそ…‼︎)
俺はほぼ無意識に
「なっ⁉︎」
「喰らえっ‼︎」
リヴィエールさんが振り返るよりも早くファントムを叩き込む。
さすがの彼女といえど全く予期せぬ攻撃を防ぐことは出来ず、勢いよく地表に叩きつけられる。
追撃に移ろうとする俺に対し、楯無さんからプライベートチャネルに通信が入る。
『はーい。試合終了』
「へっ?」
予想外のセリフに呆気に取られていると、視線の先には、ISの展開を解除し両手を挙げているリヴィエールさんの姿があった。
____________
その後俺たちはナタリアさんにISの整備を任せたあと食堂にきていた。直したばかりのISを中破状態にして持って行きナタリアさんの頭を抱えさせたのは言うまでもない…本当に申し訳ありません。
「改めて試すような真似をしてすまなかったな」
そう言ってタニスさんは深々と頭を下げる。
「いえ、気にしていないので大丈夫です。ですがどうしてこんなことを?」
「副官としての実力があるかどうかを見極めるためだ」
「副官?俺がですか?」
全く寝耳に水な話だ。
「ああ。軍のお偉方から言われたんだよ。『折角の男性操縦者を手に入れたのだから副官に任命しろ』とな」
忌々しげにタニスさんは吐き捨てる。
「だが、我々にもプライドがある。我が隊の隊員は皆幼い頃から血の滲むような努力を重ねて来た者ばかりだ。そんな彼女たちの差し置いて男であるからという理由だけで副官に就任させるなど到底納得出来る話ではなかった」
「なるほど納得がいきました」
どおりでやたら目の敵にされていた訳だ。
「だが、私の心配は杞憂だったようだ。君の実力は申し分が無い。これなら皆も納得するだろう」
そう言って彼女は初めて表情を緩め右手を俺に差し出してくる。
「改めて『聖天馬騎士団』へようこそ。君のような素晴らしい者が仲間になることを心から歓迎する」
俺はその手をしっかりと握って言う。
「そう言って頂けて光栄です。少しでも皆さんのお力になれるように頑張ります」
「ああ、これから宜しく頼むぞ」
そこでふと疑問が湧き上がる。
「あの…俺にもし実力がなかった場合はどうなってたんですか?」
すると彼女は何でもないと言った様子でとんでもないことを言い放つ。
「完膚なきまで叩き潰した後晒し者にしてお偉方に再考を促すつもりだった」
「ひえっ…」
そして絶対零度の声音でこう続ける。
「無論君がそんなことをするとは思っていないが、我が隊の品位を損ねるようなことをした場合も同様の処分を考えているから気を引き締めたまえ」
「はい!」
俺は思わず背筋を伸ばし敬礼していた。
「よろしい、では共に頑張っていこうか」
…何だか所属する国家を間違えたような気もするが今更言ったところで仕方がない。それに新しい仲間の存在に少しワクワクしている自分もいる。
何にせよこれからより一層の努力をしなければ。俺は改めて心に誓った。
タニスさんの元ネタもファイアーエムブレム蒼炎、暁の女神です。
5/10戦闘シーンの一部修正しました(エネルギー刃→ソニックブーム)