護りたいもの   作:影風

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夏休みスタートです!!!


【第26話】更識家

 終業式の前日、楯無さんがふと思い出したように尋ねてくる。

 

「そういえばダイチ君は夏休みどうするの?」

 

「家に戻っても誰もいませんし、夏休み前半は寮に残りますかね」

 

 旦那様のリハビリは8月いっぱい続くと聞かされていたし、戻っても特にすることがないので夏休み前半は学園に残ってISの訓練をするつもりだ。ちなみ後半はスイス軍での訓練がある。

 

 しかし俺の計画は楯無さんの一言で崩壊する。

 

「えっ、聞いてなかったっけ?この部屋を含めた幾つかの部屋は設備をメンテナンスするから、夏休み中は使えないわよ?」

 

「はい⁉︎」

 

 思わず大きな声を上げる。が、言われてみれば織斑先生がそんなことを言っていたような気もしてきた。

 

「どうしよう…」

 

 完全に計画外だった。とはいえ行くところもないしなぁ…早めにスイスに行くにしてもこんな直前に予定変更だと向こうに迷惑かかるよな…

 

 そんな俺の様子を楽しげに見ていた楯無さんだが、少しだけ視線を逸らして言った。

 

「…もしよかったらうちに来ない?」

 

「え?」

 

 思わず聞き返す。

 

「どうせ行くところないんでしょ?部屋ならいくらでも余ってるし、しばらく泊まるくらいなら大丈夫よ」

 

「いやいや、流石にそれは…ご家族にもご迷惑になると思いますし」

 

「ならないわよ。むしろお父さんもお母さんも一度会ってみたいって言ってたし」

 

「それはそれでハードルが高いんですが…」

 

 苦笑しながら返すと、楯無さんは少しだけ肩をすくめる。

 

「まあ、無理にとは言わないわよ」

 

 そう言って視線を外す。その姿に一瞬、ほんの少しだけ落胆の色が見受けられた。

 

(…ここまで言ってもらってるのに断るのは野暮か)

 

 俺は小さく息を吐く。

 

「お言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 その返事はあっさりしていたが、その声音はどことなく嬉しそうだった。

 

__________

 

 翌日、終業式を終えた俺は最低限の荷物をまとめて楯無さんと共に学園を後にした。

 

 電車に揺られている間、ふと考える。

 

(更識家。暗部の家系か…)

 

 六角家も暗部ではあったが、俺が物心ついた時にはもう廃業していたし、きっと勝手が異なるだろうと少し緊張する。

 

 そんなことを考えているうちに到着する。

 

 ただ大きいだけじゃない。格式や、静けさ、そして独特の張り詰めた緊張感が微かに漂っていた。

 

(これが現役の暗部…)

 

 微妙に気圧されている俺を横目に楯無さんはすいすいと中に入っていく。まあそりゃ実家だもんな。

 

「どうしたの?早く行くわよ」

 

「すみません」

 

 俺は促されるままに門をくぐった。

 

____

 

「初めまして、上代大地と申します。いつも楯無さんにはお世話になっています」

 

「あらあら、あなたがダイチ君ね。うちの子ったらいつもダイチ君の話をしてばかりなのよ」

 

「ちょっと、お母さん‼︎」

 

 楯無さんは真っ赤になって抗議するが、お母さんはどこ吹く風と言った様子でクスクスと笑っている。楯無さんの性格はお母さん譲りだったのかと妙に納得する。

 

「もう、案内するから!ほら、行くわよ!」

 

「ゆっくりしていってね〜」

 

 そう言って俺の腕を引っ張っていく楯無さん。その場から引き剥がされるように玄関を上がって家の奥へと進んでいく。

 

「あの、なんかすみません」

 

「いいのよ、お母さんいつもああだから」

 

 そう言ってどんどん廊下を進んでいく。家の中を進むにつれて徐々に空気が静寂に包まれていき、同時に生活の空間からヒリヒリとした緊張感が走る。

 

 やがて、彼女の足が止まる。目の前には一層重い空気を纏った襖

 

「お父さん、ただいま戻りました」

 

「どうぞ入ってくれ」

 

 襖の向こう側から低い落ち着いた声。少し緊張してきた。

 

「失礼します」

 

「失礼します」

 

 俺は楯無さんに続いて部屋に入る。部屋は華美な装飾はないが、床の間に飾られた掛け軸と生花が部屋にアクセントをつけていて全体的に「和」を体現していたものだった。

 

 和装で初老の男性がそれまで読んでいた本を置き、眼鏡を外して顔を上げる。柔和な笑みを浮かべているが、笑顔の奥にはこちらを値踏みする鋭い視線を感じる。

 

「どうぞ座ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 楯無さんと横並びになって更識さんと向き合う。

 

「初めまして、上代大地と申します。楯無さんにはいつもお世話になっています」

 

「更識蒼雲だ。こちらこそ娘たちがいつもお世話になってるね。」

 

 柔らかい言葉とは裏腹に、その視線は一瞬ではあるが俺の一挙一動を細かく見ていた。

 

 背中に少し緊張が走るも、こちらも六角家の執事として生半可な指導を受けてきた訳ではない。普段通りに振る舞うだけだ。

 

 数秒の沈黙のあと、蒼雲さんはフッと視線を外し、湯呑みに手を伸ばす。そこでふと思い出したように告げる。

 

「刀奈、すまないが飲み物を頼む」

 

「はい…えっ、名前⁉︎」

 

「ああ、家で娘の名前を呼ぶのは別に変なことではないだろ。それにダイチ君にはもう教えているんだろ?」

 

 何もかもお見通しと言った様子の蒼雲さんに楯無さんはタジタジと言った様子である。

 

「うっ、持ってくる」

 

 そう言ってバツが悪そうに楯無さんは席を外し、部屋には俺と蒼雲さんが残される。

 

 部屋を沈黙が包む。

 

「そんなに緊張しなくていい」

 

 先に口を開いたのは蒼雲さんだった。

 

「別にとって食おうって訳じゃない。少なくとも今はね」

 

「…恐縮です」

 

 俺の言葉に蒼雲さんは目を細める。

 

「六角家の執事か。聞いていた通りだな」

 

 特にそれ以上の言葉は続けず、湯呑みを軽く揺らす。

 

「風月の容体はあれからどうなっているかな?」

 

「今は傷は治って歩くリハビリ中で、概ね順調だということです」

 

「そうか、なら今度見舞いに風月の好きなクッキーでも差し入れるか」

 

「風月様はクッキーがお好きなのですか?」

 

 いつも緑茶を飲んで和菓子を食べていらしたから意外だった。

 

「おや、六角家の執事ともあろうものが主人の趣向も知らなかったのかね?」

 

「うっ…申し訳ありません。精進します…」

 

「冗談だよ。あいつはしれっとカッコつけたがるからイメージを気にして隠してたんだろう。和菓子も嫌いではないけど小さい頃から食べてて飽きたとずっと言っていたよ」

 

 そう言って蒼雲さんは笑う。

 

「風月様とは付き合いが長いのですか?」

 

「ああ、お互いの家の都合上生まれた頃からの付き合いさ。まあいわゆる腐れ縁ってやつだね」

 

 そこで地雷を踏んでしまったことに気付く。

 

「あっ…すみません」

 

「どうして謝るんだい?」

 

「その、六角家は暗部としての役割を更識家に押し付ける形で廃業したと聞いていましたので…」

 

「風月のやつそんなことを言っていたのか」

 

 蒼雲さんは肩をすくめやれやれと言った様子で首を振る。

 

「あのタイミングであいつが言い出してくれなかったらうちが言い出していただろうし、元々1つの役目に2つの指揮系統があるという構図に無茶があったんだ。遥か昔政府がまだ集権化出来ていない時には六角、更識両家が併立及び対立していた時期もあったけど、今のような世の中になってはそれも難しいし必要ない。どこかのタイミングで暗部の再編が必要だったのを風月も分かっていて泥を被る形で言い出してくれたんだよ」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、立場が変われば見方も変わるし物事には様々な面があるってことだよ。今回のはいい課題になっただろ?」

 

「確かに…」

 

「それにしても風月のやつ、いい後継者を見つけたものだ」

 

「後継者、ですか?ですが既に六角家は…」

 

 俺の言葉を遮って更識さんは言う。

 

「いくら廃業したとは言え今まで裏の仕事をやってきたんだ、恨みを持つ人間なんて山ほどいるさ。だから六角家の娘と結婚する人間は並大抵の人間では務まらんよ。それは君も経験済みだろう?」

 

「ええ、ですが俺はあくまで六角家の執事であって雪菜様とそのような関係になることはありませんので」

 

 大切なことなので強調しておく。

 

「やれやれ、刀奈や風月から聞いていたが君はかなり頑固だね。そう言うことならうちに来ないかい?刀奈も君のことを買っているようだし風月の秘蔵っ子とあれば大歓迎だ」

 

「冗談でしょ?」

 

「冗談なことあるものか。現に君は刀奈の名前を知っていたじゃないか。まさかただの自己紹介で教えてもらった、なんて勘違いしているわけではなかろう?」

 

「…信頼してもらっている証拠だとは思います」

 

 かろうじて絞り出した俺の答えを蒼雲さんは笑い飛ばす。

 

「ハッハッハッ。これは想像以上の堅物だ。唐変木とも違う。強いて言うなら_」

 

「臆病者、かな」

 

 一瞬にして空気が凍りついたような錯覚に陥る。俺は自分の核心を言い当てられ冷や水を食らったように背筋に寒気が走り、思わず表情が強張るのを感じる。

 

「お茶淹れて来たわよ…ってなにこの空気?」

 

 襖が開き、楯無さんがお盆を持ったまま固まる。

 

「ごめんごめん、冗談だよ」

 

 蒼雲さんはそういうと、楯無さんが持ってきた湯呑みに手を伸ばす。

 

 一口、静かにお茶を啜ってから小さく息を吐いた。

 

「…青いな」

 

「えっ?」

 

 楯無さんが不思議そうに首を傾げる。

 

 蒼雲さんは湯呑みを置き、今度はまっすぐこちらを見る。

 

「だが、悪くない」

 

 そういうと蒼雲さんは静かに立ち上がる。

 

「刀奈」

 

「な、なに?」

 

「客人をいつまでも年寄りの話に付き合わせるのも悪い。部屋に案内してあげなさい」

 

「…分かったわ」

 

 どこか釈然としない様子ではあるが、楯無さんは頷く。

 

 蒼雲さんは部屋を出る直前、ふとこちらを振り返る。

 

「ダイチ君」

 

「はい」

 

「ここにはしばらく泊まっていくのだろう?気を遣いすぎて肩が凝っても困る。自分の家だと思ってゆっくりしていくといい」

 

「…ありがとうございます」

 

 俺が頭を下げると、蒼雲さんは小さく笑う。

 

「風月のところの人間は真面目すぎる。少しくらい肩の力を抜くことも覚えなさい」

 

「…善処します」

 

「うん、それでいい」

 

 そう言い残し、蒼雲さんは静かに部屋を後にした。

 

 襖が閉まると同時に、それまで張り詰めていた部屋の空気がふっと緩む。

 

「………はぁ」

 

 思わず息を吐くと、隣から呆れたような声が飛んで来る。

 

「ダイチ君、緊張しすぎ」

 

「そりゃしますよ…」

 

 むしろよく平静を保てていた方だと思う。

 

 楯無さんはそんな俺を見て小さく笑うと、お盆を抱え直す。

 

「私たちもいきましょうか」

 

 そう言って俺たちの部屋を出る。

 

「じゃあ使ってもらう部屋に案内するわね」

 

 廊下を歩きながら、楯無さんがふとこちらを振り返る。

 

「ねえ、さっきお父さんに何か変なこと言われなかった?」

 

「特には。少し話をしただけですよ」

 

「ほんとに?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 俺の返答に、楯無さんは少しだけ眉を下げる。

 

「ならいいけど…あの人、たまに冗談なのか本気なのか分かりにくいことを言うから」

 

 俺は思わず苦笑する。

 

「それはなんとなく分かりました」

 

「でしょ」

 

 小さく笑ったあと、楯無さんは前を向き直る。

 

「まあ、悪い人じゃないんだけどね」

 

「それも分かります」

 

 現役暗部の人間ということで冷徹な人物かと思っていたが、むしろ思っていたよりずっと人間味のある人だった。よく考えれば楯無さんのお父さんなのだ、人として尊敬出来るのは当然だ。

 

 やがて廊下の先に、整えられた襖が見えてきた。

 

「ここが客間よ」

 

「ありがとうございます」

 

 楯無さんが襖を開ける。

 

 その瞬間、俺は一瞬固まった。

 

 布団がぴったり二枚並んで敷かれているのだ。

 

「…は?」

 

「えっ?」

 

 楯無さんも同時に固まっている。彼女のいつものイタズラかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

「ちっ、違うからね⁉︎⁉︎⁉︎」

 

「わっ、分かってますよ⁉︎‼︎」

 

 そこへ、廊下の奥から軽い足音が響いた。

 

「あらあら、ちゃんと用意しておいたのに遅かったわね♪」

 

 現れたのは楯無さんのお母さんだった。どこか楽しそうな笑みを浮かべている様子は楯無さんそっくりだ。

 

「お母さん、これはどういう_」

 

「どうもこうも、若い男女が同じ屋根の下なんだから、気を遣っただけよ?」

 

「いやいやいやいや‼︎」

 

 楯無さんが即座に真っ赤になる。

 

「な、なに考えてるの⁉︎ 私とダイチ君はそういうのじゃないから‼︎」

 

「え〜?でも刀奈、ダイチ君の話いつもしてるし仲良さそうじゃない」

 

「そういう問題じゃない‼︎」

 

 俺も慌てて首を振る。

 

「違います‼︎ 本当に違いますから‼︎」

 

 楯無さんのお母さんは楽しそうにくすくす笑うと、軽く手を振った。

 

「はいはい、ごゆっくりね〜」

 

「だから違うってばぁ‼︎」

 

 楯無さんの叫びが廊下に響く中、俺は小さくため息を吐く。思ったより賑やかな夏休みになりそうだ。




次も1週間くらいで書けたらいいなと思います
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